「え……私が、アナグラに?」
突如として告げられたその言葉に、フェンリル極致化技術開発局──通称フライアのオペレーターであるフラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュは、小さいながらも驚きの声を上げた。
そう、フランはフライアのオペレーターだ。それも実質的にあのブラッド隊の専属オペレーターと言っていいポジションにいる。まだ入隊して二年の若手だし、オペレーターなんてものはいくらでも替えが効く存在であるとはいえ、それだけのことを任されているのは自分の実力が認められているからだ──という自負がある。
それなのに……いったいどうして、ここにきてアナグラに行けなどと言われるのか。
これではそう、まるで。
「ああ……アナグラに行ってほしいのは間違いないが、出向や異動というわけではない。これは……そうだな、一時的な応援と言ったほうが正しいか」
「はあ……」
普段はめったに変わらないフランの表情を、彼──ジュリウスは、正確に読み取ったのだろう。あるいはそれほど露骨なまでに不満が表れていたのだろうか。ともかく、フランの気持ちを悟ったのであろうジュリウスは、なんとも言えない難しい顔をしながらそんな補足を入れる。
「知っての通り、ブラッド隊はアナグラでの合同任務に参加することが多くなってな。無論、あちらのオペレーターも非常に優秀ではあるのだが、単純に手が足りないのと……」
「……」
「──ブラッドという特殊部隊の運用においては、やはり我々フライアに一日の長がある。故に、お互いの技術交流もかねてオペレーターを派遣することとなった」
「……ふむ」
それならまあ、納得できないこともない──というのが、フランの嘘偽りのない気持ちだった。この極東へ到着してからずっと、ブラッド隊がアナグラでの合同任務に参加し続けているのは事実だし、あのラケル博士やレア博士も最近はほとんどフライアに姿を見せない……つまり、アナグラに入り浸っている。何か重大な案件に彼らが取り組んでいるというのは疑いようがなく、その任務を円滑にこなすために慣れ親しんだオペレーターである
「アナグラで学べることは非常に多い。この極東という激戦区を生き抜いてきた知恵や工夫──言葉にするのが難しいノウハウはいくらでもある。アナグラでの経験はきっとキミの糧になることだろう」
「……ふふ。そこまで気を使っていただかなくても大丈夫ですよ。……私、そんなに顔に出ていましたか?」
「ああいや、そういうわけではないんだが……」
はて、なんだか少しおかしいな──と、フランは心の中だけで首をひねる。確かに自分は少し不満そうな態度を表してしまったかもしれないが、それにしたってジュリウスの態度が妙に煮え切らないというか、ぎこちないというか。
「そうだ、
おかしい。
明言こそしてないけれど、フランは実質的には了承の意を返している。そのはずなのに、ジュリウスはなんだかとてもとても心苦しそうにも見える複雑な表情をしていた。
「ああ、あとは……そうだな、アナグラで出る食事は非常に美味しいぞ。ナナもロミオも、シエルだって毎日の食事を楽しみにしているんだ。特に晩餐はこう……和気あいあいとした雰囲気で、みんなで楽しく──」
「あの、ジュリウス隊長? いったい何のお話を……」
「みんな気のいい人たちで、リンドウ殿はちょくちょく気を使って晩酌に誘ってくれたり……」
おかしい。
明らかに、おかしい。
いったいどうして、たかだかよその支部に応援に行ってほしい……というそれだけの話で、こうもジュリウスが遠い目になるのか。いったいどうして、飯が美味いだの良い人がたくさんいるだの、任務に関係ない話ばかりをするのか。
これでは、まるで。
「……なにか、懸念点でもあるんですか? それも、私がこの案件を断りかねないほどの何かが」
「……はは」
──ああ、あるんだな。
ジュリウスのそのなんとも言えない虚無に満ちた表情を見て。フランは、自分のこれからの未来に一抹の不安を覚えた。
「フラン。……キミを信頼しているからこそ、話そうと思うんだが」
「……」
「──アナグラで見聞きしたことは、基本的には他言無用で頼む。最高レベルの軍事機密を扱っているものと理解してほしい」
「えっ」
「そしてどうか、俺の代わりにラケル先生のことを見張っ……いや、目を離さないでほしい。もし先生がなにかをやらかしそうになったら、その時は遠慮なく諫めてほしい。もちろん、俺の名前を使ってくれて構わない」
なんだかとてもとても哀愁がこもった切実なそのお願い。いったいどうしてジュリウスがそんな顔をしているのか、今のフランにはまったくもって理解することができなかった。
「状況を理解しかねるのですが……それは、私じゃないとできないことなんですよね?」
「ああ。キミが適任なんだ。キミしかいないんだ……さっき言った理由も嘘ではないが、最も条件に合致するのはフラン、キミなんだ」
「……?」
オペレーターの応援として極東に行く。ここまでは分かった。ジュリウスの代わりにラケルの補佐をする。これもまあ理解できる。神機使いとしてジュリウスが任務をこなしている間、ラケルの補助をする人間が必要となるのは尤もな話だし、それを極東の人間に頼むというのもジュリウスからしてみれば気が引けることだろう。だからまあ、理由としてはわからなくはない。
しかし、それはそれとして【条件に合致する】とはいったいどういう意味なのか。
「……実は」
「はあ」
「……キミも戦場に赴いてもらう」
「……えっ?」
「もちろん、前線ではないからそこは安心してくれ。実際、さっき話したメンターとなる人も何度か現地に赴いて仕事をしているから……まあ、極東ではそう珍しい話じゃないんだ」
「それは……後方支援ということでしょうか?」
「…………」
なんでそこで黙るんだ、とフランは思わず叫びそうになった。叫ばなかった自分をどうかほめてほしいとすら思った。
「後方……アレは後方なのか? いやしかし……」
「あの、ジュリウス隊長……? その、現地とはいえ、アラガミがいるような場所にはいかないってことであってますよね?」
「…………ああ」
「なんですかその間は」
抑えきれなかったその言葉。明らかに何かあると言わんばかりの、ジュリウスのその逡巡。いつもはいつだってまっすぐこちらを見てくるはずの彼のその目は、今はどこか遠くのほうを見ていて……というか、目に光がなくて、ここではないどこかを見つめている。
そのくせ、どこか後ろめたそうに顔を逸らしているともなれば、もはや「何か」があるのは疑いようがない。
「ともかく、何を見ても決して取り乱さないでくれ。大丈夫、キミならできると私も、ラケル先生も信じている。というかもうキミしかできないんだ。だからフラン、キミを選んだんだ……どうか、頼む」
必死の懇願。あのブラッド隊の隊長が、ただの一オペレーターでしかないフランに頭を下げている。あのジュリウスが、今までに見たことがないくらい真剣に話をしている。
ここまでされてしまえば……フランに残された選択肢なんて、もはや無いようなものだった。
「わ、わかりましたよ……! だからもう、頭を上げてくださいってば!」
──あの時、もっとちゃんと話を聞いておくべきでしたよ!
ジュリウスの必死の懇願の意味を彼女が知るのは、それから二日後のことであった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「ひっ……!?」
ラケルせんせーとの衝撃の出会い(?)から数日経って。なんだかんだで私は相変わらずエイジスにて食べては寝て、食べては寝てのアラガミ☆グルメライフを満喫している。あれだけ派手に顔面ぺろぺろしちゃったんだから何かしらのお咎めとかはあるんじゃねって思っていたけれど、マジに平穏そのもの。極東は今日も平和ですって感じ。
ちょっと変わったところと言えば、私の調査にブラッド隊の面々が加わるようになったことだろうか。調査の内容自体はよくわからんけど、ちょっとした知能確認訓練とか感応確認訓練とか、あとなんかすっげえ難しそうなナントカ確認訓練とかそんな感じ。似たようなことを何度もやっているから正直内容なんてほとんど覚えていない。
で、だ。
「あ、アラガミ……!? そんな、ウソでしょ……!?」
今日もブラッドのメンバーがやってきたぞ、おまけになんか神機使いじゃない気配もするぞ……なんて思っていたら。
──ルゥゥ?
「ひゃ……っ!?」
私の目の前で、文字通りへたり込んでぷるぷる震えている金髪の可愛い女の子。この若干釣り目がちなクールなまなざしは紛れもなくフラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュちゃん。GE2における声に出して読みたいキャラ不動の一位のオペレーターさん……であるのはいいとして。
──ルゥゥ……。
いやもう、ホントにマジでぱっつぱつの超タイトなミニスカートを穿いていてママてきにはかなり心配になる所存。すんげえ大胆なノースリーブを着用しているものだからいろいろもろもろ気になっちゃってしょうがない。隙間風とかだいぶヤバそうだしこんなんじゃ体を冷やしかねない。
というか、なんでこのコはオペレーターの制服でこんなところに来ているんだろうか? 現場に来るときはちゃんと作業着着なきゃダメでしょうに。フェンリルの安全意識はどうなってんだよ安全意識はよぉ!
──ルゥ。
「ぃや……っ!? た、たすけて……っ!?」
「あ、あはは……」
怖がらせないようにゆっくり一歩踏み出した……つもりだったのに、フランちゃんはこっちが見ていて気の毒になるような表情で隣にいたヒバリさんの腰……というよりもほとんどお尻といっていいそこに抱き縋る。抱き着かれたヒバリさんは困ったように笑うばかりで動けない。さすがに非神機使いの女の人が、ガチで下半身に抱き着いてくる人間を振り払うなんてできるわけないか。
「大丈夫。落ち着いてください、フランさん」
「いや……っ! やだあ……っ!」
「お願いです、本当に落ち着いて……! その、そんな風に泣かれるとすごく心が痛くなるんです……!」
……なんじゃろ、ヒバリさんがすごく心痛な面持ちで、そんでもってすごく母性にあふれる感じでフランちゃんを抱きしめている。ぽんぽん、ぽんぽんって優しく背中を叩いてあげていて、まるで泣きじゃくるわが子をあやす母親って感じ。
あーもう、私もこういうの弱いんだよぉ……! チハルちゃんの時もそうだったけど、女子供の涙を見るとマジで心がちくちくするんだよぉ……! 本当にこのイケメン狼フェイスが恨めしいぜ……!
──ルゥゥ……。
のそのそと動いて、あったかふわっふわ尻尾で二人まとめて包んでみる。なんだかんだでこんな風にビビられたのも結構久しぶりで、私の心もちょっぴりナーバス。これはもう、存分に甘やかしてウチの娘になってもらわないとつり合いが取れない。
「……ルーちゃん、匂いも嗅がずにいきなり尻尾いったね」
──ルゥ?
あらやだ、ウチの長女ってばヤキモチ妬いているのかしらん? だいじょうぶ、ママはあなたのこともちゃあんと気にかけているわよ?
「露出が多めの非神機使い……オラクル細胞がない、ヒトの幼体。おまけにリッカさんとも違ってインドアだから、肉体的にもか弱い。だから、即座に保護しようとする素振りを見せるだろうって榊博士は言ってたけど」
……えっ。
「……なーんか、邪な気持ちを感じなくもないような」
げげげ。
「……やっぱりルーちゃん、ちょっとえっち?」
ヤバい。存外チハルちゃんの勘が鋭い。なんか思った以上に私の精神分析(?)がされている気がする。おまけに榊博士ってば、割とガチで私の精神性を見抜こうとしているっぽい。
──ルゥ!
とりあえず何もわかっていないっぽい感じで元気に鳴いておく。無邪気だったら大体のことは許される。それに私、まだ生後数か月の実質赤ちゃんなママだし?
「もぉ……あ、ヒバリさん! えっと、フランさんは大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫……ですけど、やっぱりちょっとびっくりしちゃっているので、もう少しこのままお願いできますか?」
「りょーかいです!」
──冗談はともかくとして。フランちゃんがここに呼ばれたってことは、本格的にブラッド隊がこのアナグラに関わっていく……より正確に言えば、私の調査に加わってくるってことなのだろう。私が知る限り、私のことを共有しているオペレーターはヒバリさんしかいないわけで、さすがにヒバリさんだけでこれだけの人数を捌くのは難しいし。
なにより「知っている」オペレーターが一人だけってのは何かあったときにいろいろまずい。業務の属人化は組織崩壊の前兆ってのはどの業界でも言われていることだ。
んで、フランちゃんはGE2のレギュラーキャラだ。私が知っている本編シナリオと今の現状はかなり乖離しているだろうけれども、ある意味じゃ役者がそろったと言えないこともない……つまり、本格的にGE2の物語が始まってもおかしくない。
だって、まだ見ていないネームドキャラなんて……それこそ、グレム局長と九条博士くらいじゃね? でもって、アナグラの立場でもラケルせんせーたちの立場でも、あの二人にわざわざ秘密の共有をする理由はない……むしろ、デメリットしかないわけだから、私があの二人と直接相まみえることなんてないだろう。
……アッ、ユノとサツキもネームドキャラか。まぁ、フェンリルじゃない人についてはこの際考えないことにする。
ともかく、私がいることで起きるであろうイベントは大体済んだ……って言っていいはず。
でもって、なんか前にも振り返った気がするけど、さしあたり直近のデカめのイベントがあるとすれば……マルドゥークの襲撃、およびロミオの死亡の件だろうか。紅いカリギュラやナナちゃんの《血の力》の暴走の件もあるけれど、人の生き死にがかかわるのはアレくらいしかないはず。しかも地味にアレでジュリウスが黒蛛病に罹っちゃうし、最優先で対処しておきたいところではある。
あのマルドゥークの襲撃は明らかにGE2という物語の分岐点だったわけだけども、そこを潰すことさえできればきっと大体の問題は片付くはず。そして自慢じゃないが、私ってばけっこー強い。私にその力があるってんなら、やらない道理はないわな。
さしあたっては。
「ふふ……だいじょうぶ、大丈夫ですよ、フランさん。怖いことなんて、なにもないですからね……?」
「うう……っ!」
──ルゥ!
私の尻尾の中で半べそかいてるフランちゃん。彼女を落ち着かせて、お友達にならなくては。どうせ大体のことはいつも通りアラガミを食べてたら解決するわけだし、まずは目の前の問題をきっちり解決しないとね。
3.5部、ぼちぼち開始します。たぶん途中で一回インターバルを挟むことになると思いますけれども。