GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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66 方針

 

 支部長執務室。部屋の主やそこに集うたくさんの人間のことなんて一切考えず、金髪のオペレーター……フランは、絞り出すように唸り声をあげた。

 

「ジュリウス隊長……!!」

 

 頬も耳も、およそ頭部の目視できるすべての箇所を羞恥で真っ赤にしてねめつけてくるフランを見て、ジュリウスはとてもとてもいたたまれない気持ちになった。

 

「なんなんですかあのアラガミは……!! いえ! それについては百歩譲って良しとしましょう! ですが……!」

 

 どちらかと言えば、プライドの高いほうだろう──というのが、ジュリウスがフランに抱いている印象だった。もちろんそれは決して悪い意味ではなく、自分の仕事に誇りをもって、妥協や慢心を許さないきっちりとした人間であるという意味だ。実際、フランは若手であるにも関わらずブラッドのオペレーターを任されるほどの実力も信頼もあるのだから。

 

 ただまぁやっぱり、そうはいっても人間には感情というものがあるわけで。

 

「最初から教えてくださってもよかったじゃないですか! なんで秘密にする必要があったんです!?」

 

「それについては、本当に申し訳なく思っている」

 

 アラガミに相対して、腰を抜かして子供のように泣きじゃくる。あんな場面に遭遇したら誰だってそうなるだろうし、それを咎めたり笑ったりする人間なんてこの世に一人もいるはずがない。むしろ、こうして無事に生きて戻ってきているのだから、本人も含めて誰もが笑顔で喜べることのはずだ。

 

 ただし──それが仕組まれたもので、おまけにこの部屋にいる全員にその様子を余すことなく公開されているとなれば。

 

「私がいったい、どれだけの辱めを受けたと……!!」

 

 フランが怒る……否、上司(ジュリウス)相手にブチ切れるのも当然の話であった。

 

「いやもう本当に、本当に申し訳なく思ってるんだ……」

 

 きりきりきり、と胃が刺し込むように痛んでいるのをジュリウスは確かに感じている。フランの言い分はどこまでもまっとうで、反論のしようがない。うら若き乙女が、その泣き顔を思いっきり晒された──それも意図的に起こされたともなれば、悪意があったと捉えられてもおかしくはない。ジュリウスは心の底から、フランのことを気の毒に思っている。

 

 そして何より悲しいことに──こうしなきゃいけない、まっとうな理由も存在しているのである。

 

「ふふふ……それくらいにしていただけますか、フランさん?」

 

「うむ……我々にも責任の一端がある。責めるのなら、どうかジュリウスくんではなく我々としてほしい」

 

「ぐ……!」

 

 フェンリル極東支部(アナグラ)の一番偉い人──支部長であるペイラー・榊。

 フェンリル極致化技術開発局(フライア)の三番目くらいに偉い人──副開発室長であるラケル・クラウディウス。

 

 あらゆる意味でフェンリルの超重要人物である二人に宥められてしまえば、フランとしても口を噤むしかなかった。

 

「あの白いアラガミ──ルーは、約三か月前に発見されたばかりの特異なアラガミでね。非常に高い知能を持ち……何より、人間に友好的であるという前代未聞のアラガミなんだ」

 

「彼のアラガミは、何らかの手段で人間を評価──具体的には、その人間が庇護対象であるかを判断しているようなのです。ただし、こちらについては……」

 

「神機使いの接触サンプルは多くても、非神機使いの接触サンプルが少ないから決定的な判断をするには至ってない、ですよね?」

 

「ええ、その通り──よく資料を読んでいますね、フランさん」

 

「そして私は、ルーの行動傾向を考えると……おそらく、庇護対象としては最上位のもの。だからこの格好で、何も知らない状態で対面させる必要があった」

 

「おや、もうそこまで確認していたのかい?」

 

「ええ! おかげさまで!」

 

 あの後。ようやくなんとか事態を理解することができたフランは、そりゃもうびっくりするくらいに狼狽した。自分は子供みたいに泣いているし、おまけに出会ったばかりの先輩オペレーターに情けなく縋りついている。さらにはそんな自分を、ブラッドの見知った面々やアナグラの神機使いたちがどこか同情的な視線で見ているとなれば、どうにかして現状を理解しようとする──しようとして、混乱の極致に至っても不思議はない。

 

 フランにとって幸いだったのは──足腰が抜けたせいで、自分よりも小さな神機使いの少女に赤ん坊のように背負われて帰投する羽目になるという、かつてないほどの衝撃をすでに受けていたことだろう。それのおかげ(?)で、その【極秘資料】がもたらす衝撃をそれほど受けなかったのだ。

 

「……」

 

 そう、改めて冷静に振り返ってみると……フランは今、歴史が変わる瞬間と言ってもいいくらいの場面に直面しているのだ。それもただ眺めているだけの傍観者ではなく、「それ」に関わる主要人物として、である。

 

「……大体の事情はわかりました。内密にすべき案件だということも理解しました。これについてはもう……ええ、業務の一環なので、割り切ることにいたします」

 

 ふう、とフランは深呼吸をする。

 ほっ、とジュリウスは安堵の息をついた。

 

「ただし……私のアレを見ていた人を教えてください。あと、本件の共有者をリストでお願いいたします。そして……」

 

「そして?」

 

「絶ッ対に! このことは他言無用でお願いします! この場にいる全員に緘口令を敷かせていただきます! いいですね!?」

 

「う、うむ……」

 

 フランにそんな権限はない。そして、もともとこの件は他言無用の秘密の案件だ。しかしながら、その場でそれを指摘する……指摘できる人間は一人もいなかった。

 

「……それで、今後はどうするんだ?」

 

 フランが一息ついたのを見計らって。ソファに腰を下ろしていたリンドウは、腕を組みながら榊に問いかけた。

 

「わざわざフライアのオペレーターを呼んで、あいつと顔合わせまでさせたんだ。今後はブラッドを絡めた調査を増やしていく……ってことだよな?」

 

「うむ。この極東でも感応種の出現が多くなってきたからね。現状、感応種に対抗できるのはブラッドとルーくんのみだ。必然的に共闘する機会も増えることだろう。アナグラのメンバーとのルーくんの友好度はすでに一定以上はあるから、慣れさせる(・・・・・)ためにも必須であると考えている」

 

 ルーくんと一緒に戦ったことがあるのは、アナグラのメンバーだけだからね──と、榊は補足を入れる。実際、本当の意味で神機使いとルーが共闘した機会は意外なほどに少なく、ルーを作戦行動に組み込むためにはもう少し経験を積ませたほうがいい……というのは、少し前から話題に挙がっていたことだった。

 

「実際の任務としては、感応種狩りが多くなるだろう。ルーくんであればよほどの相手でもない限りは後れを取らないだろうし、赤い雨であろうと問題なく活動できる。なるべくたくさんの感応種のサンプルを確保し、一般神機使いでも感応種に抵抗する手段を見つける……というのが、当面の目標となる」

 

「並行して、ルーのジャミングに対する対応策の模索も進めていきます。現状では、ルーがジャミングをするだけで無人神機兵はほぼ活動停止に近い状態になってしまいますし……そうでなくとも、ルーの本来の実力と神機使いのオペレーションをトレードオフとしている現状は見過ごせませんから」

 

「ああ……まぁ、そりゃそうか」

 

 無人神機兵が抱えるいくつかの問題の一つ。通信障害に著しく弱く、もし工学的な意味でのジャミング状態になってしまった場合、その戦闘能力は大幅に低下する。強みを完全に削がれた状態になるわけで、今後のことを考えるとなるべく早く対策する必要があるのは誰の目にも明らかだ。

 

 そして、ルーが全力を出すためにユーバーセンス──ジャミング領域を使用すると、神機使いたちもまた通信ができなくなってしまう。いくらルーが単独で圧倒的な実力を持つといっても、神機使いの数を活かした作戦行動の代わりが務まるはずもないし、通信ができずに孤立した神機使いがどれほど危険であるかなんて、もはや語るまでもないことだ。

 

 故に、現状ではルーのユーバーセンスの使用を限定的にすることで一応の対策としているわけだが、せっかくの能力を宝の持ち腐れにしてしまうのはあまりにももったいない。

 

「また、表向きの目的……つまり、アラガミの行動データの収集についても進める必要があります。尤もこちらについては、特に意識せずとも自然と集まると思いますが」

 

 もともと極東のアラガミは多様性に満ちすぎている。そのうえで、ルーの研究に感応種の研究も進めるとなれば、必然的に集まるデータは膨大かつ多様で精確なものとなる。もっと言えば、ルーという物理的にアラガミを抑えつけられる存在がいることで、今まで取れなかったデータすら取れるようになるわけだ。

 

「やりたいことも、やるべきことも山のようにある。正直どれから手を付けていいかわからないくらいだが……どうかここはひとつ、みんなの力を合わせ、一丸となって取り組んでもらいたい」

 

「あなたたちならきっとできると、信じていますわ……どうかみなさん、よろしくお願いいたします」

 

 榊博士が胡散臭そうに笑って。

 そしてラケルもまた、はかなく微笑む。

 

 間違ったことは言っていないし、どちらも善性の人間であるはずなのに……どういうわけか、その場にいる誰もが何か裏があるように感じずにいられなかった。

 

「あー、博士。正直俺ァあんま学がないから、言っておこうと思うんだが……」

 

「なんだね?」

 

 地位と実績の割にはどこまでも【現場側】であるリンドウは、その場にいた大半の人間が思っていたことを口にした。

 

「結局のところ、言われたとおりにアラガミをぶっ殺せばいいんだよな?」

 

「……」

 

 身もふたもない、あまりにもシンプルすぎるその言葉。しかしながら、リンドウのその言葉を聞いた瞬間にぱあっと表情を明るくした人間は決して少なくない。「なんだ、そういうことかー」、「わかりにくいんだよな、博士の説明は」……といったつぶやきが聞こえてくるくらいだ。

 

「まぁ、そうなるね……ただ、キミたち自身もルーくんの挙動については観察するようにしてほしい。何か気づいたことがあったら、どんな些細なことでも共有してもらえると嬉しいかな」

 

「はじめっからそう言ってくれよ……で、記念すべき最初の任務はなんなんだ?」

 

 リンドウのその言葉に応えたのは──榊ではなく、ラケルであった。

 

「ブラッド隊とルーの、合同討伐任務を行います。先ほど説明した理由はもちろんのこと、ヒロの血の力──《喚起》の発動を目指したいのです」

 

「それは、まさか……!? ルーに対して、《喚起》を行うということですか……!?」

 

 意外なことに、その言葉に反応したのは──ほかでもないブラッドであるはずのシエルだ。ついでに言えば、ジュリウスを除いたほかのブラッドのメンバーは、いったいどうしてシエルがそんなにも驚いているのかがわからないらしく、どこか不思議そうにその様子をうかがっている。

 

「……ねえ、シエルちゃん。その《喚起》ってなんなの?」

 

 ちょいちょいとその肘をつついて。チハルは驚愕に目を見開いているシエルに問いかけた。

 

「……心を通わせた者の意志の力を増幅させるという、ヒロの血の力です。私の血の力……《直覚》もこの《喚起》によって目覚めました」

 

「……うん? それって、ブラッドの血の力を目覚めさせる力……ってことだよね? 《喚起》を使えば、ルーちゃんも血の力に目覚めるってこと?」

 

「いえ……私の場合は結果的にそうなっただけ、と捉えることができます。さらに言えば、たまたま(・・・・)対象が私だったというだけで、まだブラッド以外の人間……いえ、存在に対して《喚起》が発動した事例はありません。つまり、《喚起》によって何が喚び起こされるのかは、まだ正確にはわかっていないのです」

 

「……ぬ?」

 

「重要なのは、意志の力を増幅させるというそれそのもの。そして……」

 

「そして?」

 

「──血の力もまた、感応現象の一種である(・・・・・・・・・・)ということです」

 

「……あっ!?」

 

 血の力。ブラッド隊の名称の由来ともなっている、P66偏食因子に適合したものだけが持つ異能の力。ブラッド隊副隊長である神威ヒロがもつその《喚起》の力によって、別の血の力が呼び起こされるというその現象を、もっと別の視点で捉えるならば。

 

「そう、《喚起》とは本人の眠っていたオラクル的な才覚を発現させる力……すなわち、潜在的な感応能力を強化、増強する力であるとも言えるのです」

 

「そ、それってつまり……!」

 

「ふふ……シエルもチハルさんも、気づくのが速いですね。……ええ、あなたたちが想像している通り──」

 

 《喚起》によって──今までにできなかった感応現象ができるようになるのであれば。

 

 それによって喚び起こされる現象とは。

 

 

 

 

「──《喚起》によって、ルーの感応能力が強化される可能性があります。もしそうなれば……強化されたルーの感応現象で、その意志を直接共有することができるようになるかもしれませんね」

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