GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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「うーむ……」

 

 支部長執務室。約二週間ぶりに開かれるアナグラとフライアの状況共有のための定例会。神機使いもオペレーターも、およそ参加できる関係者が全て集ったその場所にて、その部屋の主──ペイラー・榊は小さく唸って見せた。

 

「なんというか……これは……」

 

「いっそ清々しいほど、何の成果もでていませんね」

 

「ラケル……あなた、ちょっとは言葉を選びなさいよ……」

 

 せっかく榊が濁した言葉を、はっきりと告げたのはラケルで……そして、そんな妹をあきれたように窘めたのは、姉であるレアであった。

 

「ですが、お姉さま……下手に取り繕うよりも、状況を明確にしたほうが建設的な議論ができるというものでは?」

 

「それはそうだけど……」

 

 ちら、とレアはここしばらくずっと調査を行っていたブラッド隊を──より具体的には、その血の力の発動を期待されていた神威ヒロの様子を伺い見た。

 

「は、はは……アレだけやっても、やっぱりダメだったか……」

 

「ヒロぉ……ほら、元気出そ?」

 

「そーそー。別に全くの無駄足だったってわけじゃないんだからさ」

 

 ここしばらくずっと、ヒロはルーを《喚起》するために尋常ならざる努力(・・)をしていたのだ。ルーと一緒にアラガミを屠ることはもちろん、ルーと心を通わせるためにスキンシップをしたり、ルーの一番のお気に入りであるチハルの真似をしたりなど、博士たちが思いついたありとあらゆることを文字通り体を張って成し遂げていたのだ。

 

 それなのに、何の成果も得られなかったとなれば……いくらヒロと言えど、意気消沈してしまうのもしょうがない話であった。

 

「でも俺……最上級の愛情表現だからって、ルーの角まで舐めたんだよ……?」

 

「美味しかった?」

 

「いや……なんかちょっと生臭いというか、血の匂いと妙に焦げ臭い匂いと、あと任務後のブーツみたいな匂いが混ざったようなヘンな匂いと味がして……」

 

「そりゃそうだろ。あいつ角でアラガミ突き殺したりしてるんだし」

 

 ギルのその言葉にヒロはがっくりと肩を落とす。わかっていたこととはいえ、やはりはっきりと言葉にされると相応に堪えるらしい。もしヒロにもう少し精神的な余裕があったのならば、アナグラの面々からの同情的な視線に気づけたことだろう。

 

「一応、検証を始める前は確認されなかった新たな行動として、雷の纏わせ方を変えたガントレットによる一撃が確認されたが……」

 

「前にも話した通り、アレはブラッドアーツを真似しただけの普通のオラクル攻撃でした。おそらくですが、感応現象であなたたちの意志……つまり、《喚起》が発現した結果起こるであろう現象を察して再現しようと試みた、というのが事実でしょうね」

 

 ブラッドアーツ発動時に発生する特有の偏食場パルスは確認されなかった。また、普段通りに雷を纏わせたほうがよっぽど威力は高いことからも、ルーがヒロたちの意志を感応現象で読み取って応えようとしただけにすぎないだろう──と、榊とラケルは話をまとめる。ルーの高い知能であれば十分に考えられる話であり、そして測定結果という事実もそろっているのだから、それに反論する人間はどこにもいなかった。

 

「しかし、悪い話ばかりではない。ルーくんの《喚起》こそ進展はないが、ルーくんとブラッド隊の連携についてはなかなかうまく行っているという話ではなかったかな……ジュリウスくん?」

 

「はい。おっしゃる通り、ここしばらくの検証のおかげで実戦での運用を十分に検討できるレベルにまで持っていくことができました。というか……」

 

「ふむ?」

 

「最初から、そんな必要なんてなかったのではないか……と、そう思えてなりません」

 

 ちら、とジュリウスはフランにアイコンタクトを送る。その意図を汲み取ったフランは、手元の端末を操作しながらその事実を告げた。

 

「被弾率、損傷率、サポート率……皆さんご存じの通り、神機使いの戦闘能力ないしはチーム連携度合いを測る指標はいくつかありますが、そのほとんどにおいて、ルーのそれは初日から高い数値を示しています」

 

 アラガミの攻撃を受けないから被弾率は低い。味方のアシストとしてその身を挺してアラガミの攻撃を受けても、元々が丈夫だから損傷率も低い。チハルがある程度指示を出していたとはいえ、連携行動もばっちりでイレギュラー的なフォローも問題なくこなしている。

 

 はっきり言って、初日から中堅神機使いと同等以上の動きができていたと言っていい。あえて言葉にはしないが、純粋な戦術的判断能力はすでにギルやシエルを超えているのではないか──と、ジュリウスがそう評価せざるを得ないほどの結果だったのだ。

 

「ねえ……私、そこまで神機使いのことはわからないのだけれど。でも、この数字っていくらなんでも高すぎない……? それとも極東では普通のことだったりするのかしら?」

 

「ふむ……たしかにこの極東の神機使いは、ほかの支部の神機使いに比べて全体的に戦闘評価が高い傾向はあるが……しかしそれでも、いきなりここまでの結果を出せる人間はそう多くはないね」

 

「あっ、全くいないってわけじゃないのね……」

 

「ははは、それはそうさ。それに……単純な数字だけで言えば、そちらのヒロくんもすさまじいものがあるだろう? 正直私も、入隊してわずか数か月でそこまでの数字をとれた神機使いは今までに一人しか見たことがないよ」

 

 思えば、なんとなく雰囲気も面影もどこか似ている気がするね──と、榊は小さくつぶやいて、そして話をつづけた。

 

「ルーくんの場合は、その感応能力によって周りの状況を把握できるというのが大きいだろうね。だから被弾しないし、周りのフォローもサポートもできる。ヒロくんの場合は……天性の才覚とでも言うべきものなのかな」

 

 特別な感知能力もなく、そして戦闘経験も浅いヒロがここまで活躍できるのは、生まれ持った才能のためである……と榊は述べる。実際、ヒロ自身も自分が特別なことをしているつもりはないし、自分がその時出来ることを精いっぱいやっているだけのつもりなので、説明しようにも説明ができないのだ。

 

「たしかにルーと一緒だとすっげー戦いやすいっていうか、なんかヒロと一緒に戦っているみたいな気分になるんだよなー」

 

「そうそう! うっかり前に出すぎて囲まれちゃったときもフォロー入れてくれるし!」

 

「突撃するときも、明らかに後方支援(わたし)の射線を意識した動きをしますからね……」

 

 ロミオ、ナナ、シエルがそんな言葉を口にする。

 

 一方で、苦虫を噛み潰したような顔をしたのはギルであった。

 

「……俺は、あいつと一緒は正直やりにくい」

 

「えっ……」

 

 まさかそんな風に否定されるなんて思ってもいなかったのだろう。チハルが絶望とした表情を浮かべ、同じくアナグラの面々も信じられないとばかりにギルを見る。アリサに至っては、女の子がしちゃいけない表情でギルをねめつけていた。

 

「え……なんで? なんでですか、ギルさん……? ルーちゃん、別にギルさんに変なことしたりとかしてない、ですよね……!?」

 

「お、おう……そうじゃなくて、あいつはその……」

 

「その?」

 

 涙で潤んだチハルの瞳と、そして体に突き刺さる形容しがたき気配。回答次第で今後の運命が致命的に決まってしまうことを察したギルは、慎重に言葉を選んだ。

 

「……その、おせっかいがすぎるんだよ」

 

「……ぬ?」

 

「なんていうかな……フラン、ルーの救護率の数値を出してくれないか? アレだよ、衛生兵がどれだけ味方の救護をできたかってヤツ」

 

「え、ええ……」

 

 ちょっと失礼しますね、とフランは手元の端末を部屋のモニターへとつなげ、ミッションリザルトのまとめを映し出した。

 

「これは……ギルさんとロミオさんに対する救護率の数値が明らかに突出している……?」

 

 救護率以外にも、戦闘支援に関する数値がなぜかギルとロミオのそれだけ軒並み高くなっている。別に高いことが悪いわけではないのだが、明らかに何かしらの原因があるとしか思えないような結果となっていた。

 

「ロミオは元々周りを見ずに突っ込むから被弾率も高いし、損傷率も高い……まあ、入隊して一年も経っていない新入り相応の数値だ。だから必然的にルーのフォローが多くなるのもわかる」

 

 「もう新入りは卒業してるんだけど!」──というロミオの声を無視して、ギルは続けた。

 

「だけど、俺は違う……のに、なぜかルーのやつ、俺が少しでも被弾すると過剰なくらいに回復弾を飛ばしてくるんだよ……」

 

「えっ」

 

「おまけにガードも回避も余裕でできる状況でも、無理やりに庇ってくる。それどころか、目の前に対峙したアラガミを横からかっさらわれたことだってある……俺とアラガミを戦わせようとしない。中型以上が相手だと、特にな」

 

「……」

 

「悪いわけじゃないんだが、別の意味でやりづらいんだ」

 

 ギルはキャリア五年のベテラン神機使いだ。ブラッドに入隊したのはつい最近とはいえ、神機使いとしては十分に熟練であると言っていい。当然、戦闘の成績はロミオやナナよりもはるかに良いし、戦術的な判断能力も、机上のそれだけしか持ち合わせていなかったシエルよりも優れている。

 

 だから被弾率も損傷率もそれなり程度の数字のはずなのに……なのに、ルーからは過剰なくらいに回復支援を受けている。アラガミの攻撃から庇われることも多く、危険なアラガミと対峙するとその瞬間にルーが横から割って入ってくる。

 

 ありていに言って……そう、まるで新人のような扱いを受けているのだ。

 

「確かに……もともとルーさんは女性や新人へのフォロー、サポートが多い傾向がありますが、ギルさんに対するそれは女性と同等と言ってもいいくらいに多いみたいですね……? 属性的には、ハルオミさんやソーマさんと同じくらいの数値になってもいいはずなのですが……」

 

 フランの横で戦闘データをまとめなおしたヒバリが不思議そうにつぶやく。ルーの支援傾向はおおむね初期友好度と相関関係があるはずなのに、初期友好度が低い【成人男性】、【やや粗暴で口数が少ない】という属性を持つはずのギルが、ナナやシエル……エリナと同じくらいに支援されているのだ。これは明らかに異常であるといっていい。

 

「新入りどものサポートをしてくれるって意味じゃ、そりゃありがたいさ。だけどここまでお客様扱い(・・・・・)されたらやりにくくって敵わねえ。俺が言いたいこと、わかるよな?」

 

「……ギルくん」

 

「はい?」

 

「もしかしてそれは……ルーくんなりに、狩りの仕方を教えているのかもしれない」

 

「……えっ」

 

「初めて見るキミたちを、新しい子供として認識しているのかもしれないね。資料にも載せたが、アラガミは種族的特性として母性を兼ね備えている可能性がある。おまけにルーくんはあの性格だ。キミを子供として扱うのに不思議はなくて……そしてかつての生物である狼は、親が手本を見せることで狩りのやり方を子供たちに教えていた。アラガミの性質上、元となった生物の習性を備えていてもおかしくはないよ」

 

「……ナナやロミオがそういう風に扱われるのはわかる。だが、事実としてジュリウスやヒロは俺みたいな扱いを受けちゃいない。女子供だったらその理屈は通るが、成人男性(おれ)にその理屈は通じないんじゃないですか?」

 

「うん、だから──」

 

 いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべる榊は、衝撃的なことを口にした。

 

 

 

「キミ、女の子だと思われているのかもしれないね」

 

 

 

 確かに止まった時。ぴしりと音が出たのではないかと錯覚するほど固まった空気。自分が何を言われたのかがわからない……いいや、言われたことそのものを受け止めきれなかったギルは、まるで空気を求めるかのようにして口をぱくぱくとさせている。

 

「は……? お、俺が女の、子……?」

 

「そうだとすれば、この数値も納得できるだろう?」

 

「い、いや! いったいどこをどう見たら、俺が女に見えるってんですか!」

 

「髪の長さだね。肩までかかる長さの髪の男性神機使いは、ギルくん──キミしかいない。言い方を変えると、長髪の神機使いはキミを除けばみんな女性なんだよ」

 

「……あっ」

 

 ギルは男性の中では最も髪が長い。というか、女性陣であっても明確にギルより髪が長い──普段から髪が肩に届いているのなんてアリサくらいしかいないだろう。また、レアやラケルも髪が長く、おまけにラケルに至っては背中に届くくらいに髪を伸ばしているのだから、ギルという例外を除けば、長髪の人間はみな女性であると言える。

 

「そうか……ルーが視覚的要素から対象の状態を評価しているということは前から分かっていますし、そういう意味でギルが『女性である』条件は十分にそろっていると言えますね……」

 

「お、おいおい……何言ってんだよシエル……。こんなゴツくて背の高い女がどこにいるんだよ……俺の体つきを見て女だと思うやつがどこにいるってんだよ……!」

 

「アラガミにとっては些細な違いでしかないのでは? あるいはルーのほうも、男性である可能性を考慮しつつ、念のため女性扱いしているとか」

 

 ありそうだ、というのがその場にいた大半の人間の気持ちだった。

 

「ンなわけあるかよ……!! 髪の長い短いが判断できるのに、体つきの区別がつかないわけねえだろ……!?」

 

「しかし……現状、それくらいしかギルだけが特別扱いされる理由はありません。逆に聞きますが、ギルはほかに何か反証と成り得る事実を見いだせているのですか?」

 

「……」

 

 体つき。しかし、何を以て男女の体つきの違いとするべきか。視覚的にわかりやすい指標がないわけではないが、その言葉を口にした瞬間にギルの破滅は決まったようなものだし、おまけにギルがぱっと思いつく限り、この部屋に少なくとも二人の反例が存在してしまう。

 

 つまり、誰にとっても幸せになれない。だからギルが取れる選択肢なんて、もはや一つしかないようなものだった。

 

「……いや、さっぱり思いつかない。女みたいに髪の長い男の神機使いは俺だけだから……やっぱり、髪の長さで判別しているのかもな」

 

「話を振っておいてなんだが、現状からの推測でしかないからね。検証を重ねるまでは結論は出せないし、正直そこまで優先して検証することではないと私は思っている。どうしても検証したいというのなら……」

 

 顎に指を当てて、そして榊ははっきりとつぶやいた。

 

「そうだね……胸に詰め物をしたリンドウくんを、ルーくんに接触させてみようか。男性の中では標準的な髪の長さで、そして明らかに庇護対象じゃないリンドウくんを女性陣と同じように気に掛けるのなら、体つきによる判別をしているかどうかがわかるんじゃないかな」

 

「絶対ヤだ」

 

「じゃあ、ソーマくん」

 

「寝言は寝て言え」

 

「なら……ジュリウスくん」

 

「えっ……!? わ、私ですか!? し、しかし……いや、検証のために必要であるならば──!」

 

「あのおっさんの言うことをいちいち真に受けるな。つけ上がるだけだぞ」

 

 そうか、残念だ──と、榊はさして残念とも思っていない様子でいつも通りの胡散臭いほほえみを浮かべる。やっぱりこのアナグラはとんでもなくヤバいところなのではないかと、ギルはそう思わずにはいられなかった。

 

「……さて、だいぶ話が逸れてしまったが、ともあれ現状の方法ではルーくんを《喚起》するのは難しいと判断せざるを得ない。徒に時間を消費するよりも、アプローチを変えてみるべきだ……というのが、私とラケル博士が出した結論となる」

 

「具体的には……次の調査任務からは、チハルさんをメンバーから外そうと思っています」

 

「……ええっ!?」

 

 チハルはブラッド隊の人間ではない。さらに言えば、事実上の休職中の身でもある。任務でアラガミ防壁の外に赴くこと自体が本来であればありえないことであるわけで、ラケルのその言葉には何らおかしなところはない。

 

 が、しかし。

 

「え……そんな、どうして……!? な、なんで私がルーちゃんと離れ離れにされちゃうんですか……!?」

 

 チハルはこの世界で初めて、ルーというアラガミと心を通わせた人間なのだ。ルーはチハルのお願いであればどんなことでも聞き入れるし、チハルもまた、ルーと一番仲が良いのは自分だと思っている。感情を抜きにして考えても、ルーを扱う(・・)のに一番長けているチハルを任務から外す道理はないと言っていい。

 

「わっ、わたし、何かご迷惑でもおかけしましたか……!? も、もしそうなら、直しますから……! だから、どうか……っ!」

 

 今にも泣きそうな顔。その丸くて大きな目には零れ落ちる一歩手前くらいの涙が溜まっていて、ぎゅっと握りしめられた手は確かに震えていた。

 

 さすがにそんな様子のチハルを見るのは居た堪れなかったのだろう。少々焦ったように、ラケルは言葉を紡いだ。

 

「ごめんなさいね、チハルさん。言い方が悪かったわ……あなたを悲しませるつもりなんてなかったの。そうじゃなくて、あなたとルーの仲が良すぎるのが問題なのかもしれない……そう、そういう話なの」

 

「《喚起》を発動させるためには、ヒロくんとルーくんが心を通わせる必要があるわけだが……ルーくんの興味、関心は常にチハルくんに向いていると思われる。端的に言うと、現状ではヒロくんは【チハルくんと一緒にいる人】どまりであって、ルーくん自身と向き合っている人間だという意識が限りなく低い可能性があるんだ」

 

 少なくとも、心を通わせられるほど心理的に近い位置にはいない。死線を共にする戦友ではなく、よくすれ違う職員……よりかはちょっとマシなくらいの立ち位置と認識しているのではないか、と榊は続けた。

 

「良くも悪くも、ルーくんはチハルくんのことを気にかけすぎているんだ。《喚起》の話を抜きにしても、常にチハルくんがいないといけないというのはあまりよろしい状態ではない。……脅すような表現になってしまって申し訳ないが、もしチハルくんの身に何かがあったら、その瞬間にルーくんが制御不能の危険なアラガミになると判断されかねない」

 

「そんな!? ルーちゃんはそんなこと──!」

 

「うむ、しないだろうね。私もそれは疑っていない。が、明確な根拠があるわけでもない。だからこの機会にその根拠を一緒に作ってしまおうというわけだ」

 

「調査は長くても一か月くらいにしようと思っています。それに、日中の任務以外は今まで通りに過ごしてもらって構わないの。……それでも、ダメ?」

 

「う……」

 

「あなたが本当に嫌だというのなら、私たちも考え直そうと思っています。無理強いしたところで、それをルーが感じ取ってしまえば……それこそ、検証どころの話ではなくなりますし」

 

「……」

 

「”これから”を考えるなら、やっておいたほうがいい。それに……」

 

「……」

 

「──眠っているあの子の力のために。本当のあの子(・・・・・・)を目覚めさせるために必要なことなの。我慢して……というのは心が痛むけれど、どうか協力してもらえますか……?」

 

 チハルの手をやさしくそっと包み、ラケルは穏やかに笑ってチハルを見つめる。ただただ不安な心を安心させるように、その手のぬくもりを伝えるように。

 

「……ラケル、はかせ」

 

「なぁに?」

 

「……朝と夕方は、会える?」

 

「ええ」

 

「休日の時は、遊べる?」

 

「もちろん」

 

「本当に、一か月だけ? もしすぐ《喚起》できたなら……それで、終わる?」

 

「──約束します。私があなたに嘘をついたことがありますか?」

 

「……ない、です」

 

「じゃあ……頑張れる?」

 

「……はい!」

 

 ぽんぽん、とラケルは優しくチハルの頭をなでる。少しばかり恥ずかしそうにはにかんだチハルは、何かをごまかすようにして目元を拭った。

 

 まるで親子のやり取りであるかのような、どこか心温まる光景。それは決して極秘任務のブリーフィング中に見られるようなものでも、ましてや全くの赤の他人が繰り広げるようなものでもないが、しかし確かに今この瞬間は和やかな空気が満ちている。

 

 若干一名がすさまじい形相でそれを見つめていたが、誰も気にしない。気にしちゃいけない、気づいちゃいけないと誰もが思っていた……というのが正しい表現になるのかもしれない。

 

 そして。

 

「……まぁ、そもそもとして」

 

 そんな穏やかな空気なんて気づいていないとばかりに、いつも通り胡散臭い笑みを浮かべたまま榊は言葉を紡いだ。

 

「それがなくとも、チハルくんは別行動にならざるを得ないわけなのだが」

 

「…………えっ」

 

「おや。てっきり知っているものだとばかり……リッカくんから、聞いていないのかい?」

 

 何言ってんだこいつ──という誰かの心の声が現実になる前に。

 

 榊は、当たり前のように告げた。

 

 

 

「──キミの神機が、ようやっと完成したそうだよ」




 同行回数に対して、妙にリンクエイドの回数が多かったですよね。
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