BGM:煉獄の地下街3(炎の舞 -終わらない旅-)
【注意】
今回のお話は《聖なる探索》です。その言葉の意味が分からない方、また著しいキャラ崩壊(?)を苦手とする方、こういったお話を苦手とする方は読み飛ばしてください。
「あつぅい……! あついよぉ、キョウヤくぅん……!」
「あーもう、だから言ったのに……」
煉獄の地下街。目標であるアラガミ二体は既に沈黙し、チハルたちの目の前で倒れ伏している。そこそこ強い相手だったとはいえ、不意を突かれたわけでも、実力に見合っていない個体に襲われたわけでもないならば──特に問題なく、任務は終わる。むしろ、そうでないとおかしいとさえいえるだろう。
問題があるとすれば──この煉獄の地下街という環境そのもの。かつては地下鉄やそれに伴う施設として利用されていたはずのそこは、アラガミの活動の影響を受けたためか、マグマが噴き出す灼熱の地獄と化している。一説には、巨大なアラガミが地中深くに潜ってマグマをも捕喰しようとしたためではないか……と言われているが、それを証明できるものはどこにもない。ただ、壁面になんとも薄気味の悪いケロイド状になったアラガミの残骸があるのだけは確かだ。
そう、この煉獄の地下街にはマグマが溜まっている。
端的に言えば──めちゃくちゃ熱い。暑いじゃなくて、熱いのだ。
「うーむ……アラガミが現れてから、気象環境がぶっ壊れて季節なんてぐちゃぐちゃになっちまったもんだが……なんとも運が悪いというか」
「蒼氷の峡谷みたいな、寒い所だったら良かったんですけどね」
ハルオミのつぶやきに、キョウヤが律義に答える。特に極東はアラガミの活動による影響か気象状態が非常に不安定であり、同じ極東でも熱い所や寒い所が点在していたりする。その最たる例が、蒼氷の峡谷だろう。かつての北関東に位置するはずのそこは、今は一年中氷に包まれた極寒の世界だ。
「そうだよハルさん……なんで
「一番近かったからだな。ここ、極東支部から10kmくらいなんだぜ?」
「だったら……! 鎮魂の廃寺だってよかったじゃん……! あっちだって距離はそんなに変わらないし、こっちと違って熱くないし……!」
「残念ながら、ちょうどいい討伐対象がいなかったんだよな」
あと、寒いと露出が減るし──というハルオミの小さなつぶやき。幸か不幸か、そのつぶやきを聞き取れたのは一人もいなかった。
「しかし、それにしても──」
ハルオミは、ぐるりとあたりを見渡した。
「──実にイイ。錚錚たるメンバーじゃないか!」
発案者であるハルオミ。
同行者であるキョウヤと、白いコートのチハル。
どことなく気まずそうな顔のヒロと、額に玉のような汗を浮かばせるシエル。
そして……冷や汗を浮かばせるコウタと、不満そうな顔を隠そうともしないアリサ。
合計七人。同じ任務に出撃できるのはよほど特別な事情がない限りは四人までというのが本来のルールだが、今この場にはそれを超過する神機使いが集っている。今回、問題になっていないのは……これがフェンリルから公式に通達された任務ではなく、自由時間の神機使いたちが自主的にアラガミの討伐に来ているという名目であるためである。
「キョウヤがチハルを選んだのはある意味じゃ予想通りだ。副隊長さんがシエルを選んだのはちょっと予想外だったが……うん、実にイイ。そして……」
「……」
「まさかアリサが来てくれるなんてなあ! いったいどういう風の吹き回しだ?」
「すごくイヤな予感がしたからですけど?」
改めて、同行者である二人──キョウヤとヒロが誘った女の子二人を見て、アリサは言った。
「チハルちゃん……とっても可愛いコートですよね。なんかもう、目に入れても痛くないくらいに素敵で、思わず抱きしめたくなっちゃいそう」
「うむ。少しの大人っぽさに加えて、もこもこの可愛さをも付け加えている……単純なファッションとしてもレベルが高いし、いつもと違う特別感も一入だ。何より俺が驚いたのは……」
「……」
「──あえて。あえて、そのトレードマークとも言えるバンダナを外したところ。これに勝る特別感は無いし、普段の自分を捨ててまでそれを選んだ……【あなたのために】というその気持ちを強く感じる。……正直俺は、見くびっていたよ」
「……」
「おめかしすればいいってもんじゃない。付け加えればいいってもんじゃない。……そう、これはいわば引き算の美学。いやはや、顔面をぶん殴られたかのような衝撃だった。まさかキョウヤとチハルにこんなにも意外で、そして大切なことを教えられるなんて……やっぱり、この世界はまだまだ奥が深い」
アリサは無言で、ハルオミとチハルの間に割り込んだ。自らの体で、チハルのことをハルオミの視線から守ろうとした。
「……それと、シエルさん」
「……なにか?」
ふう、ふうとシエルは荒い息をついている。こんなにも熱い場所で戦っていたうえ……相手はグボロ・グボロの堕天種とボルグ・カムランの堕天種──つまりは両方とも、炎と高熱を操るアラガミだったのだ。近づくだけで肌が焦げそうになり、普通に呼吸をするだけで肺が火傷しそうになるくらい熱かったのだ。そうなるのも至極当然の話である。
「いつもは白いブラウスだったと思うのですが」
「あ……その、これは」
「……」
「……たまには気分転換でもって、ヒロが」
「……」
「……ヒロが、贈ってくれたんです」
シエルの顔が、熱気以外の理由で赤くなった。
シエルの着ている服。フリルのついた蒼いブラウスに、コルセットもついた黒いレーヨンのふわっとしたスカート。デザイン自体はいつも着ているものと同じ……いわゆる色違いではあるものの、いつもと印象が大きく異なっているのは間違いない。
中でも一番目を引くのは、その真っ赤なリボンだろう。シエルの見事な銀髪に、その赤いリボンはよく映えていた。
「おうヒロ、お前……服なんてどうしたんだよ?」
「そ、それが……おめかしして一緒にミッションに参加してほしいって言ったら、私服はいつものしかない、あとは制服しかないって言われて……」
「……」
「途方に暮れていたら、話を聞きつけたレア博士が用立ててくれたんだ。……聞けば、いつもの服も元々はレア博士が選んだみたいで」
「……」
「『このコ、服装に無頓着で。選ぶ手間も無くて効率的だからって、同じ服を何着も持っているの』、『いつかこのコのためになるだろうと思って用意しておいたのがあるから』って……」
「……」
「は、はは……女の人の服って高いんだね……。ブラウスだけで、俺の服一式の五倍くらいしたよ……」
「うわあ……金取られたのかよ……」
なんとなく「そういうこと」だろうと察したレアは、当然のごとくヒロから金をとった。男ならそれくらいの甲斐性はあって当然だし、むしろできることならこんなお情けみたいなことに頼らず、自分で衣装を選ぶべきだとさえ思った。それでなお助け舟を出したのは……ヒロのためではなく、シエルの初めてであろう一大イベントを無事に成功させたかったからである。
「で、でも! リボンだけは俺が選んだんだよ?」
「……それ、レア博士から『それくらいは自分で選びなさい』って強く言われませんでしたか? というか、それだけは絶対やれってかなり強めに念押しされませんでした?」
「……はは」
アリサの言葉を、ヒロは笑ってごまかすことしかできなかった。
「うむ……少々レギュレーション違反な気がしないこともないが、これもまたおめかしの一つの形だな。ただの色違いと言われればそれまでだが、そのシンプルさが却ってその良さを際立たせているように思える」
「……」
「そう──女の子が俺を思って選んでくれた衣装ってのももちろんいいが、自分が選んだものを女の子が身に着けてくれるってのも……イイ。自分の意思を示したうえで、相手に選択権をゆだねる……ラグネルの美学だな、これは」
晴れやかに笑ったハルオミは、ヒロの肩に腕をかけた。
「副隊長さん……いいや、ヒロ! すまん! 正直俺は、お前のことを甘く見ていた! だけど……お前は、”わかっている”!」
ハルオミを見るアリサの目が、どんどん冷たくなっていく。すぐ隣でその様子が嫌でも目に入ってしまうコウタは、まるで背筋に氷でも入れられたかのような──この灼熱の地下街が極寒の氷の世界になってしまうかのような錯覚を覚えた。
「全く……どうせそんなことだろうとは思いましたが、ここまでくだらないこととは……」
「ははは、まぁアリサにはまだ少し早かったかもしれないな……」
「……そんな邪な気持ちが無ければ、まだいくらかは共感できたんですけどね」
アリサだって女の子だ。可愛い服を着てみたいという気持ちはよくわかるし、許されるのならいろんなファッションを楽しみたいと思っている。服装にだってそれなり以上のこだわりがあるし、そして──可愛い姿を見てもらいたい、可愛いって言ってもらいたいという気持ちはこの世の誰よりもわかっているという自負がある。
「……」
そっと、アリサは頭上のそれに触れた。
「……」
贈り物。今までの中で一番のお気に入り。彼が自分のためだけに選んでくれたというその事実が嬉しかったし、これを自分に被ってもらいたいと思ってくれた──そんな、独占欲とも支配欲ともとれる何かに、すごく胸がときめいた。
アリサは女だ。だから、男が考えていることなんてよくわからない。あの時、彼がどんな気持ちでこれを贈ってくれたのかなんて想像することしかできないし、自分がどうしてこんなにも嬉しいのかだって、言葉にするのが難しい……というか、言葉にすることができない。仮にできたとしても、本当にあっているのかどうかの判断ができない。
けれども。
「……贈り物が嬉しくないわけ、ないのに」
たったそれだけの単純な事実。だからこそ、そこに余計なものは入れてほしくない。いや、まったく何もないというのはそれはそれでアレなのだが、アリサの中の乙女心はそう思わずにはいられなかった。
「そういえば、アリサさんの帽子ってユウさんからのプレゼントだって話だもんね。……アリサさんってば、すっごく乙女!」
「なるほど、なるほど……異性への贈り物を身に着けてもらえるというのは、男性にとっては大きな意味を持つというわけですから、その目的は見事に達成している……いえ、その意図はお互いに通じ合っているというべきでしょうか。……とても参考になりますね」
「か、からかわないでくださいよぅ……!」
なんかうまい具合に矛先がズレてくれて、キョウヤはほっと息をついた。
自分も
予想外にいいものが見れたと、ハルオミはすごく晴れやかな笑みを浮かべた。
そして──【男女ペアで参加すること】が条件だったためにアリサに無理矢理連行されたコウタは、『俺なんでこんなところにいるんだろ』……と、遠い目をしている。
「あはは! アリサさんってばまっかっか!」
「も、もう! ……そういうチハルちゃんも真っ赤ですよ?」
「……割と冗談抜きに、赤くなってませんか?」
「……う」
なんとかかんとかごまかしていたものの、既にチハルの体は限界を迎えようとしている。顔が赤いというか、おそらく全身が同じように茹ってしまっていることだろう。コートの下は紛れもなく汗だくで、油断したら神機がすっぽぬけてしまいそうになるほど、手の汗もひどいことになっている。
「言わんこっちゃない……どうせもうあとは帰るだけなんだ、そのコート脱いじまえよ」
「だ、だめっ! そ、そんなのできないっ!」
「……ん?」
なんとなくかけただけの言葉に、思いのほか強く返ってきた否定の言葉。ふと見れば、チハルの顔は熱気とは明らかに別の理由で真っ赤になっていて、そしてほんのわずかに涙目になってしまっている。
それが意味するところは、つまり。
「まさか、お前……その下、何も着てないのか……?」
「ち、違うよ!? そ、そんな変態みたいなアレじゃないもん!」
「じゃあ脱げよ」
下に何か着てるなら、別に脱いでも問題ないだろ……とキョウヤは言う。されども、どうしても脱げない……脱ぎたくない理由がチハルにはあった。
「マジな話、熱中症で倒れたらどうすんだよ。熱中症には回復錠は効果ないんだぞ」
「そうだけど、そうだけどぉ……!」
「アレか? 脱ぐつもりなかったから、ダサいのを着てきたってか? ……安心しろ、今更お前がどんなの着ていようと気にしないって」
「ううー……っ!」
そうじゃない。だけど、いい加減マジに熱くて耐え難くなってきているのもまた事実。
「……笑わ、ないでよね」
このままじゃ本当に倒れかねない。そして、ここにいるのはどうせ身内だ。
半ば茹ったチハルは、そんな言い訳をもとに──コートのボタンに手をかけた。
「おうおう、さっさとぬ──!?」
「「!?」」
それは、広義ではインナーと呼べるものなのだろう。動きやすくて、通気性もよくて、インナーとして求められる条件は間違いなく満たしている。
チハルが着用しているそれも、ワンポイントが入った薄いピンクの可愛らしいものだった。別に際立って派手だとか、珍妙なデザインをしているわけでもない。むしろ、ちょっと地味すぎる……もうちょっと華やかのものでもいいんじゃないかと、そんなおせっかいを焼きたくなってくるくらいのものである。
ただし。
「お、おま……」
「ちょ……え、その……」
言葉を失ったキョウヤとヒロは一瞬の後、何かに気づいて慌ててチハルから視線を外す。
それもそのはず。
チハルが着用していたのは、とても細い肩紐で吊った袖の無い肩丸出しの上衣──キャミソールと呼ばれるものだったのだから。
「……もぉ! 汗かくのはしょうがないじゃんっ!」
すごく恥ずかしそうに、恨めしそうにチハルは顔を赤らめる。確かに、あまりにも汗をかきすぎているせいでいろんなところにそれがわかる形跡が見て取れる。元々は薄いピンクのほぼ無地のデザインであろうはずのそれは、所々に暗いピンクの水玉ができてしまっていた。
が、それは問題ではない。いや、それはそれで問題ではあるのだが、今重要なのはそこではなかった。
「ちょ、ちょっとコウタさん……!」
この中で一番その手のことに詳しそうな──決して変な意味ではない──コウタに、キョウヤは助けを求めた。
「あ、アレって俺らが見ていいやつなんですか……!?」
キャミソール。なんだかいろいろ不安になってくるほど胸元がすっきりしすぎているし、その生地は薄くてあまりにも頼りない。ちょっと角度を変えたらいろいろもろもろ見てしまいそうで悪い意味で心臓がどきどきする。ぶっちゃけ下着とほぼ同義ではないのか……と、キョウヤにはそう思えてならない。
「わ、わからん……! 見ていいやつと見ちゃヤバいやつがあるのは確かだけど……!」
「そ、その見分け方は……!?」
「……基本的には見ちゃダメだ。でも、小さい子が着ているようなのはOKだね。チハルくらいの見た目だったら、まぁ問題はない……はず」
「……それ、見た目じゃなくて年齢で考えた場合は?」
「……」
「……」
「……部屋着か、あるいは家族とかのよほど近しい人ならOKってこともある……かな?」
「なるほど、少なくとも外をふらつく時に着るようなものじゃない、と」
コウタの妹──ノゾミくらいの少女であれば、外着としてキャミソールを着ることは珍しくない。そういう用途で、そういうデザインで作られているものがあるから、そこにやましい何かがあるはずもない。
だが、チハルのような十五歳の少女がキャミソール姿で外を出歩くなんて、よほどのことがない限りはありえない。少なくとも、コウタが持っている知識だとそういうことになる。
「ど、どうすんですかコウタさん……!? そりゃ、あいつが普通に脱いでるってことはマジにヤバいってわけじゃないはずですけど……!」
「お、俺に聞くなよぉ……! 妹以外のそーゆーの、俺わかんないよ……!」
「……ああん、もう! 見てられないです!」
「……アリサ!?」
見るに見かねたのか、それともあまりの熱気で正常な判断ができなくなっていたのか。
顔を真っ赤にしたアリサは、自らのジャケットのファスナーに手をかけた。
「チハルちゃん! そんな恰好でうろつくのなんてダメです! 私の上着を……!」
「やめろアリサ! お前がそれ以上脱いだら本当にヤバいッ! マジのまっぱだかじゃねえか!」
「まっ!? へ、変なこと言わないでくださいよ! ちゃんとスカートはいてるじゃないですか! それに、私が代わりにコートを着るってだけですよ! それなら何の問題もないでしょう!?」
「上着脱いだらスカートしかないってのは普通じゃないような……」
「コートの下が裸ってのも、ただの全裸よりヤバいような気が……」
アリサを全力で止めるコウタ。そんな二人を見て、どこか他人事のようにつぶやくヒロとキョウヤ。どうやらここにいる全員が、熱気で思考回路がオシャカになりつつあるらしい。
「あんなこと言われてますけども……チハル?」
「んー……そりゃ、かなり恥ずかしいけど。一応見られちゃダメなやつじゃないし、ここにいるみんなならいいかなって。それに……」
「それに?」
普段からもっときわどい格好している人が極東にはいっぱいいるから──という言葉を飲み込んで、チハルはにこりと笑った。
「最悪の場合、キョウヤくんの上着をはぎ取るから!」
「……なるほど、確かに。キョウヤの服であれば問題なく着られますし、男性であれば上半身裸であろうと問題ありませんね」
「でしょ? ……それより、シエルちゃんは大丈夫? 一番暑そうな格好だと思うんだけど……」
「……少々汗が気になるくらいですかね?」
「あっ、それじゃあ……」
ごそごそ、とチハルはコートのポケットを漁る。
中から取り出したのは……純白の、それはもう見事なタオルハンカチであった。
「ルーちゃんの素材から作ったタオルハンカチ! 手触りがすっごく良くて、吸水性がばっちりなのにすぐ乾く優れもの! リッカさんと、あとついでにキョウヤくんとお揃いなんだ!」
これまたやっぱりルーの端材から作られたタオルハンカチ。ふわふわした滑らかな手触りが心地よく、そして特殊な加工によりタオル地としたことで吸水性も非常に良好で、おまけにすぐ乾くという優れもの。また、当然のように絶縁性と断熱性があり、難燃性でもあるため、熱いものに触れるときや、緊急時に即席の絶縁手袋として扱うこともできるというエンジニアの携行品としての魅力も詰まった逸品である。
「わ……! すっごくいい手触り……!」
「これで汗拭いちゃいなよ。風邪ひくってことはないだろうけど……気持ちいいものじゃないでしょ?」
「ありがとう……! では、お礼というわけではないですが……チハル、私の予備のリボンで髪をまとめてみませんか? 首元をすっきりさせるだけで、結構涼しく感じられるようになりますよ」
「いいの!? ……あっ、じゃあせっかくだからお揃いにしよ! まずは汗を拭きがてら、シエルちゃんからね!」
「ふふふ、ありがとうございます……では、お願いしますね」
しゅるしゅるとリボンを解いたシエルは、チハルが髪をまとめやすいように、ほんの少し頭を傾けた。
──雪のように白い首筋が、ほんのりと桜色に染まっている。そこには、玉のような汗が浮かんでいた。
「……っ!?」
「……ヒロくん? どーしてこっちをジロジロみてるんだぁ?」
「いやっ!? その、深い意味は全然無いというか……!」
「……えっち」
「……え、えっち」
「ヒロさん……? あなた、ウチのチハルちゃんのことを邪な目で見たんですか……?」
「ち、ちが……っ! 俺が見てたのはシエルだけですってば!」
「わーぉ、さりげなく爆弾発言してら」
「それより俺、アリサの目が本気すぎてマジで怖いよ……」
▲▽▲▽▲▽▲▽
きゃあきゃあと騒ぐ若者たちを見て、ハルオミは達成感のような何か尊いものを覚えずにはいられなかった。
聖なる探索──おめかしの魅力を探るという目的は達成できた。当初予定していたよりもはるかに大きな気づきと収穫があったのだ。文句なしの大成功だし、これで一段とまた、おめかしの魅力に関する造詣を深めることができたと言っていい。
もちろん、これで終わりなはずがない。今回の探索により理解できた魅力は、まだほんの一部に過ぎない。たった一回の探索ですべてを理解できるほどこの業界は浅くないということを、ほかでもないハルオミは誰よりも理解している。
付加するのではなく無くすという引き算の美学に、そして自らの意思を示したうえで相手に選択してもらうというラグネルの美学。探索初心者でさえ、ハルオミが気づかなかった新たなる知見をもたらしてくれたのだ。おそらく、探索をすればするほど、その深淵の深さを知ることになるのだろうし──きっと、その
そのうえ。
──うなじ、か。
完全なイレギュラーではあるが、新たなるムーブメントの予感さえある。あの時ヒロが見せたあの眼差しを見逃すほどハルオミは耄碌していない。
ハルオミもかつては若かった。首やうなじの魅力なんてほとんど理解できなかった。その魅力を理解できたと──己が矮小さを知り、胸を張ってそう言えるようになったのは最近の話だ。あの若さで今の自分とほとんど変わらない境地に触れることができたヒロのことを、ハルオミは称賛したいとさえ思っている。
──あるいは、汗だく……なのかもな。
まだ一回目の探索が終わったばかり。それなのにもう二回目の探索地が定まったばかりか、そこからさらに新たな探索ルートが見つかっていく。
おそらく──いいや、きっと。
ハルオミは一生、この答えの出ない探索を行うことになるのだろう。あるかどうかもわからない、見つけたと思ったらするりと手から零れていく真理を、ただ愚直に求めて歩き続けるのだろう。
しかし、それでも。
それこそが。
答えを求め続けるというその生き方こそが──答えのないそれに対する《答え》なのかもしれない。
だって──そうすれば、いつかきっと本当の答えに出会えるはずなのだから。
──そうだよな。俺たちは、歩き続けるしかないんだ。
きゃあきゃあと──楽しそうにお互いの髪をまとめあうシエルとチハル、アリサを見て。
ハルオミは、感慨深そうにつぶやいた。
「女の子っていいよなあ~! 女の子ってだけで女の子とイチャイチャできるんだから!」
・【聖なる探索 神機の章】にて、ハルオミさんは「首」のムーブメントについて語っています。なのでうなじについて魅力を感じているのはほぼ公式設定(独自解釈)です。
・ヒロくんがうなじのムーブメントに目覚めているのは完全に創作です。
・公式設定資料集のマップを見ると、アナグラと煉獄の地下街がめちゃくちゃ近くてマジビビった。
・シエルの服装はアナザーVerのアレです。赤いリボンは創作です。
・ゲーム本編においても、レア博士がシエルのことを特に気にかけている描写がちらほらあります。すごく素敵だと思っています。
・ラグネルについては、【ガウェイン卿とラグネルの結婚】で調べてみてください。簡単に要約すると、「呪いによって醜い老婆になってしまったラグネルは、昼と夜のどちらかだけ美しい元の若い姿に戻れるが、夫であるガウェインが『私としては夜に美しい姿でいてほしいが、あなたの人生なのだから私のことは気にせず、いつ美女に戻るのかはあなたが決めていいですよ』……とラグネルの意志を尊重してくれたおかげで呪いが解け、その後二人は平和に暮らしました(超意訳)」……って話です。
・煉獄の地下街はもう何もかもがズルい。
・聖なる探索という存在自体がズルい。
・原作および漫画版の《聖なる探索》のほうがいろんな意味でもっとすごいです。