【アンエスケーパブル:結果報告書】
本報告書は、2074年7月に発行されたミッション(アンエスケーパブル/ミッションコード:7407NS017)の結果について報告するものである。
※支部長命令により、本報告書の閲覧には制限がかかっています! 閲覧権限の申請は別途申請フォームより行ってください。
◆目次◆
【概要】
◇対象ミッション
◇ミッションコード
◇ミッション開始日
◇ミッション参加者
◇ミッション目的
◇ミッション結果
【経緯】
◇ミッション発行
◇作戦行動中
◇ミッション完了
【その他】
◇ギルバート・マクレインの《喚起》について
◇神威ヒロの処分について
◆本文◆
【概要】
◇対象ミッション
アンエスケーパブル
◇ミッションコード
7407NS017
◇ミッション開始日
2074年7月13日
◇ミッション参加者
真壁ハルオミ(少尉/第四部隊/第四部隊隊長)
ギルバート・マクレイン(曹長/ブラッド)
神威ヒロ(上等兵/ブラッド/副隊長)
桜田チハル(上等兵)
◇ミッション目的
ルフス・カリギュラの討伐。
◇ミッション結果
ルフス・カリギュラの討伐、およびケイト・ロウリーの神機の回収に成功。なお、ルフス・カリギュラのコアについては損傷が激しく回収不可であった。
【経緯】
◇ミッション発行
2074年7月12日、愚者の空母近辺にてアラガミの探索および殲滅任務に赴いていた片桐キョウヤ上等兵および桜田チハル上等兵が、金属質の体を持つ未確認の紅いアラガミを確認した。その姿がカリギュラに酷似していたことから、片桐キョウヤらは即時の撤退を判断。アナグラに帰投し上記情報を展開した。
片桐キョウヤらからもたらされた情報より、その個体は2071年にグラスゴー支部に現れたカリギュラの変異体、即ちルフス・カリギュラであると推定された。当該個体は2071年の出現時にグラスゴー支部の部隊長であったケイト・ロウリー大尉(少尉からの二階級特進)を殉職に追い込むほど危険なアラガミであり、今回の接触にて確実に討伐することが求められたため、当該個体との戦闘経験がある真壁ハルオミ少尉、ギルバート・マクレイン曹長の両名を必須参加者とした指名制の討伐ミッションとして7407NS017が2074年7月13日に発行。真壁ハルオミを部隊長とした、ギルバート・マクレイン、神威ヒロ、桜田チハルの四名から成る臨時部隊が現地に派遣された。
なお、ミッション発行時の段階にて、当該個体の右肩にはケイト・ロウリーの神機が突き刺さったままであると推定されており、これの回収が第二目的とされていた。また、当該個体は2071年のケイト・ロウリーとの戦闘により大幅に衰弱していることが推定されていた。
◇作戦行動中
1035頃、真壁隊は陸路にて作戦エリアに到着。目視にてアラガミの痕跡は確認されなかったため、レーダー反応を頼りに索敵を開始した。
1043頃、真壁隊はルフス・カリギュラを発見。当初推定されていた通り、当該個体の右肩にケイト・ロウリーのものと思われる神機が突き刺さっているのを目視にて確認したため、そのまま戦闘を開始した。
当該個体は2071年のグラスゴーでの戦闘の傷が回復しておらず、右半身の損傷が激しい状態であった。特に右腕のブレードはひしゃげて潰れており、体内に格納することができずに常に露出した状態となっていた。
一方で、当初の推定と異なり当該個体に目立った衰弱の形跡は見受けられなかった。通常のカリギュラとの戦闘経験がある真壁ハルオミは、当該個体は通常のカリギュラと比較して非常に素早く、また攻撃的で明らかに打たれ強かったと述べている。ただし、通常のカリギュラに見られない特別な行動は確認されなかった。
ルフス・カリギュラとの戦闘中、ルフス・カリギュラの攻撃により神威ヒロの神機が弾き飛ばされるというアクシデントがあった。神機を弾き飛ばされた神威ヒロは丸腰のままルフス・カリギュラとの戦闘を継続。空中に跳び上がり、ルフス・カリギュラの肩口に刺さったケイト・ロウリーの神機を蹴り込むことで、ブースターによって空中に浮かんだルフス・カリギュラを地上に叩き落とした。
◇ミッション完了
1059頃、ギルバート・マクレインの攻撃が止めとなりルフス・カリギュラは完全に沈黙。オラクル反応の完全な消失が確認されたため、これを以てミッション完了と判断。真壁ハルオミら四名は同日の1248にアナグラに帰投した。ギルバート・マクレインが左側腹部に全治一日程度の軽い打撲を負ったほかに負傷者は無し。
第二目的であったケイト・ロウリーの神機の回収も実施済み。刀身、銃身、装甲ともに損傷が激しい状態だが、現時点にてアーティフィシャルCNSには目立った損傷が見受けられないため、復旧可能かどうか調査、確認中である。
なお、ルフス・カリギュラのコアは戦闘時の損傷が激しかったため回収不可であった。
【その他】
◇ギルバート・マクレインの《喚起》について
ギルバート・マクレインがルフス・カリギュラへ止めの一撃を放った際に、神機の周囲にて赤い刃状のオラクルの顕在化現象が発生した。後日の調査にて、ギルバート・マクレインより特有の感応波を観測。また、ギルバート・マクレインによる上述のオラクルの顕在化現象の再現確認を行った結果、ギルバート・マクレインが《血の力》およびブラッドアーツに目覚めていることが確認された。
正確なタイミングは不明だが、ルフス・カリギュラとの戦闘中に《喚起》されたのではないかとギルバート・マクレインは述べている。
覚醒した血の力は「周辺のオラクル細胞と感応現象を通じて共鳴し活性化させる」というもので、同行した神機使いの攻撃能力の向上効果が見込まれる。この血の力はラケル・クラウディウスにより《鼓吹》と名付けられた。
◇神威ヒロの処分について
本ミッション中、神威ヒロが意図的にケイト・ロウリーの神機に触れるという一幕があった。ケイト・ロウリーの神機は長期間整備されておらず休眠状態にあったと推測されるほか、素手では触れていない(靴越しに神機の持ち手を蹴った)ため、適合者以外が神機に接触することによる捕喰事故の可能性は比較的低い状態であったと推測されるが、重大な事故に繋がりかねない非常に危険な行為であることは明らかである。
今回は緊急避難的な目的に伴う行動であり、今後同様の行為が行われる可能性は非常に低いことから、ペイラー・榊支部長およびラケル・クラウディウス副開発室長両名による口頭での厳重注意を以て、神威ヒロへの処分とした。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「ふーむ……」
支部長執務室。やっぱりいつぞやと同じくたった一人この部屋に呼び出されたリンドウは、ディスプレイに表示されたその報告書を見て、少しばかり首を傾げた。
「……これを俺に見せて、どうしろってんだ?」
リンドウが見ているのは、先日のルフス・カリギュラの討伐任務の報告書だ。なにやらハルオミとギルの因縁の相手だということは耳にしたが、しかし結局はそれだけの話である。確かにカリギュラはあのハンニバル神属の接触禁忌種なうえ、おまけに変異個体ともなればこの極東でも少々珍しい話だが……それでも、「少々珍しい」という言葉で片付いてしまう程度のものだ。
気になるとしたら、この報告書にルーのことが一切書かれていないことだろう。この討伐任務にはチハルと一緒にルーも参加している──ハルオミは本気でルフス・カリギュラを逃さずに仕留めようと手をまわしたのに、それについては全く触れられていない。
「単純に、感想を聞きたかった……と言ったら、納得してくれるかい?」
「……無理だな」
この部屋の主──ペイラー・榊はいつも通り目を細めて笑っている。めちゃくちゃに怪しくてとんでもなく胡散臭い笑みだが、悲しいことにこれが榊の「いつも通り」だ。付き合いの長いリンドウは誰よりもそのことを知っている。
「正直よぉ……あんたにこうやって夜にこっそり呼び出された時点で、嫌な予感しかしないんだが」
「酷い言い草だね……一応、ビールの用意はあるんだが」
「おっ! じゃあ……!」
「──通常、神機使いの報酬は後払い制だからね。私もそれに倣おうと思うんだが……どうだろう?」
「俺、実はあんたのことすっげー尊敬しているんだ」
そんな茶番を挟みつつ、リンドウの手にいつもの缶ビールが渡る。これを待っていたと言わんばかりにリンドウはそのプルタブを捻り、中身をぐいっと呷った。
──それが、合図となった。
「前回、キミには……ラケル博士が何か怪しいふるまいをしていないか目を光らせてほしいと頼んだわけだが、何か進展はあったかな?」
「いいや。あんたも知っての通り、あの博士は……せいぜいがルーが《喚起》されてるかどうか、任務中の様子はどうだったのか……ってのをヒアリングしに来るくらいだな。それ以外は部屋にこもって研究をしているって話だ」
なんだかんだで、目立った行動はしていない──というのが、リンドウの率直な感想だ。これといって怪しい行動はしていないし、姿を現すときもルーの様子をヒアリングするくらいで、何か変な指示を出したりとか、妙なことを聞いてきたりもしていない。
そもそも、ラケルが一人で行動していたら明らかに目立つ。必然的に車椅子での移動となるため、このアナグラ内で隠密行動なんてできるはずがない。可能性があるとすれば、一番の腹心であろうジュリウスを使っての活動となるが──そのジュリウスも、ほかでもない神機使いとしての任務で常に誰かと一緒にいるため、やっぱり隠密行動なんてできるわけがないのだ。
あえて、ラケルの怪しい行動を挙げるとするならば──妙にチハルをディナーに誘うことだろうか。リンドウが知る限り、ラケルはおおよそ二日に一度はチハルをディナーに誘う。それもアナグラのラウンジでの食事ではなく、フライアでの食事だ。
幸いなことに、チハルはラウンジでの食事がいいと強く希望するため、フライアでのディナーは未だに実現していない。ただ、ラケルがチハルを食事に誘う度にアリサの機嫌がすさまじく悪くなるため、正直それはどうにかしてほしいとリンドウは思っている。
「アナグラ内でのあの博士の行動だったら、むしろあんたのほうが詳しそうだが……」
「これといっておかしな様子は無いねえ。お互い協力してルーくんの生態について調査したり、あとは例の無人神機兵に提供するアラガミの行動データについての確認をしたり……非常に有意義な時間を過ごせているよ」
「……」
いろいろ突っ込みたくなるのをぐっと堪えて、リンドウは言葉を紡いだ。
「……まさか、例のルフス・カリギュラのコアのことを疑ってるのか? あんた前に言ってただろ、特殊なアラガミのコアを捕喰させようとしないか注意しとけって」
報告書には記載されていないが、このルフス・カリギュラのコアはルーによって捕喰されたという話である。それもブラッド隊の──ラケルの部下であるギルが、報酬の現物支給という名目でルーに食べさせたというのを、リンドウはハルオミとの個人的な雑談で聞き出している。
「いや、それについては疑っていないよ。確かにルフス・カリギュラのコアは珍しいものではあるが、特異な能力は何もなかったみたいだからね。ハルオミくんやギルくんの因縁を考えると……単純に、ギルくんがすべてを清算したかった……というのが本当のところだろう」
「……じゃあ、どうして俺にこの報告書を読ませたんだ?」
「書かれている事実と、書かれていない事実のすり合わせのためさ」
またなんか面倒なことを言い出したぞ──と、リンドウは心の中で愚痴る。考えてもどうしようもないので、リンドウは何もかも忘れるべくビールをぐいっと呷った。
「見ての通り、この報告書にはルーくんのことは一切書かれていない。単純に、【書かなくても報告書として成立するから】というのがその理由だ。今までの報告書とは違って、今回は本当に……ルーくんはただの一要素で、主題として語られるべきものではない。だから、それ自体は何ら問題はない」
「……でも、あんたは書かれていない事実が気になってるってか?」
「うむ。機密保持のため、報告書受領時にミッションに参加した四人からヒアリングを行ったわけだが──なんとルーくんは、ブースターで逃げようとしたルフス・カリギュラに飛びついて抑えつけ、そしてお互いの首筋に喰らいつき合い、直接氷の吐息を放射されても喰らいつくのを止めなかったらしい」
「お、おお……そりゃまた、なんとも……」
ナマで見たらとんでもない大迫力だったんだろうな、とリンドウはぼんやりと思う。あれだけの巨体が取っ組み合うともなればそれだけで娯楽映画のワンシーンみたいなものだし、お互いの首筋に噛みつきあうというのも実にアラガミらしいというか、ちょっと想像できない光景だ。
「ここで重要なのは……ここまでやってなお、止め自体はギルくんが刺したというところにある」
「……うん?」
「ルーくんはね。飛んで逃げようとしたルフス・カリギュラに飛び掛かって抑えつけることができたのに、自分では止めをさしていないんだ。ルフス・カリギュラが全力で首筋に噛みついていてなお……明確な反撃は行わず、あくまでルフス・カリギュラをその場に留める、あるいは弱らせることだけに徹している」
「……あ」
「ルーくんの実力なら、飛び掛かることができた段階でそのまま止めを刺せるはずだろう? ガントレットで叩き落すなり、電撃を浴びせれば済む話なんだよ。なのにわざわざ殺さないように引っ付くだけに留めている。首筋を噛まれた時も……それこそ、同じように傷口から電撃を流しこめばいい。というか、物理的接触があった段階で、本来なら決着はつくんだ」
「……あいつだったら、膠着状態に陥ったとしても雷を当てればいいだけの話だもんな。というか……ルフス・カリギュラも雷に弱いんだろ? 戦闘中にルーの電撃を何度か受けているはずなのに、どうしてハルオミたちが苦戦するレベルで動けていたんだ?」
リンドウが知る限り、ルーのアラガミとしての実力は最上位と言っていいレベルにある。そして、ルフス・カリギュラは通常のカリギュラと同じく雷に弱い。雷のアラガミとして最高峰のルーの電撃を食らって無事で済むはずがないし、人間から見れば驚異的なその身体能力も、ルフス・カリギュラ以上に大きく力強いルーであれば、大した脅威にはならないだろう。
なのに、どうして。
どうして、ルーはすぐに倒せるはずのルフス・カリギュラを倒さなかったのか。
これじゃあ、まるで。
「ルーのやつ……手加減していた、のか?」
「より正確には、ギルくんらの心情を慮った……と言うべきだろうね。ルーくんが感応現象で人の心を理解していたとしても、人間としての知識から我々の言葉を理解していたとしても……ルフス・カリギュラがギルくんにとっての因縁の相手であることは、簡単に推測できただろうから」
そうでもなければ、説明ができない。そうであるからこそ、ルーはルフス・カリギュラを自分では倒さず、あくまでサポートに徹し、そしてギルに止めを刺させたのだ。
「……これ、つまり何が言いたいんだ? ルーが人造アラガミであるってことが……ルーの中に人間がいるってことが確定的になったって言いたいのか?」
「……それについて、キミの意見を聞きたい」
「あん?」
「自らの命を危険にさらしてでも、誰かのために行動したい……その気持ちは非常に人間的だと言えると思う。アラガミにはとてもできない行動だ」
「だな」
「だけど……自分の首が食い千切られようとしているのに、そんな風に物事を考えることなんて出来るのだろうか?」
「……俺なら、無理だな。結局はギルやハルオミの気持ちの整理ができるってだけの話で、言葉は悪いがただの気分の問題だ。人の生き死にに関わることでもないのに……そこまでは、できない」
「……だろう? そう考えると、お互いの首筋を食らい合うのを優先するというのは……アラガミの思考、あるいは
「……」
「無論、強靭なる理性でそれをしたという可能性も否定はできない。あるいは、絶対に倒されないという自信があったのかもしれない。もっと単純に──チハルくんが背中にいたから、電撃を使いたくとも使えなかっただけかもしれない。ただ、いずれにせよ……ルーくんがそこまでギルくんに肩入れする理由が、私には想像できない」
「ふーむ……まぁたしかにアラガミの時だったら、自分の身を守るよりも相手の喉笛を噛み千切ることを優先していたかもしれないが」
もちろん、榊でさえも見つけられない答えをリンドウが見つけられるはずもない。今述べたのだって、なんとなくの想像に基づいたただの感想でしかない。
結局のところ、ルーの行動が人間にしてもアラガミにしてもなんかおかしい──という、それだけのことしかわからない。それがわかっただけでも成果なのかもしれないが、リンドウとしては妙にもやもやするというか、すっきりしないというのが本音だった。
「ま、どうせこれについては【今は考えても仕方ない】ってやつなんだろ? ……書かれていない事実ってのはわかったから、書かれている事実ってのに移ろうぜ」
改めて、リンドウはディスプレイに表示されているその報告書に目を通した。
「いったいどれのことだかさっぱりわからんが……しかし、ヒロもすげえ無茶をやらかすもんだな。他人の神機に触れる奴がユウ以外にもいるとは思わなかったぜ」
「……雰囲気や面影も似ているとは思ったけれど、まさかそんな無茶をやらかすところまで似ているとはね。しかも聞くところによると……彼、事前検査もなしに有人神機兵に乗って、懲罰房に入ったこともあるそうだよ」
「えっ……有人神機兵って、下手に乗ると命に係わるって言ってたよな……?」
「うむ。まぁ、その時は赤い雨からシエルくんを助けるための止むを得ない判断だったという話だが……」
「……じゃあ、この報告書の最後にある処分ってのは」
「緊急事態とはいえ、ルール違反は二回目だからね。変に癖になってしまっても困るから──ちょっとした
「うわあ……」
榊とラケル。このフェンリルで最も頭の良い二人との、密室でのお説教タイム。下手に怒鳴られたりするよりもよほど精神的にクるのはもはや疑いようがなく、想像するだけでリンドウの胃はキリキリと痛みだしてくる。
「まぁ、それはともかくとして……書いてある事実として着目してほしいのは、ギルくんが《喚起》によって血の力に目覚めたというところだ」
「……これ、そんなに気になるか? ブラッド隊の第三世代の神機使いなんだし、順当に目覚めたってだけだろ?」
「そうだね。ただ……何をきっかけに《喚起》は発動したのだろう?」
「……ラケル博士らの言葉をそのまま使うなら、【心を通わせる】ことで発動するらしいが……具体的にはよくわかんねえな」
「そうなんだよ。だからこそ、我々はそれを解明するべきであり──」
あえて一度言葉を区切り。
そして榊は、にこりと笑った。
「公的には、ギルくんは三例目の《喚起》事例だ。だけど、本当の三例目は──
「……そうなんだよなあ」
何を隠そう、チハルに次いで三例目、アナグラにおいては二例目となる《喚起》事例はほかでもないリンドウだ。
「チハルくんがブラッドアーツに目覚め、そしてアナグラの神機使いを《喚起》させていこうとなって……最初の被験者として選ばれたのが、キミとカノンくんだ。その理由は……」
「オラクル細胞への適合率、つまり元々の感応能力が高いからだろ? 俺の場合はちょっとばかり違う意図もあっただろうが」
「うむ。まさしく
「どーせそれも、ある程度織り込み済みだったんだろ?」
「否定はしないよ」
リンドウは元々あまり考えることは得意じゃない。というか、考えるよりも体を動かす方が好きなタイプだ。だから、そんな
考えるだけ疲れるだけだ、とリンドウは何度目になるかもわからない結論に至った。
「さて。改めて聞かせてほしいのだが……どのタイミングでキミは《喚起》されたのだろう? 《喚起》された瞬間に、明確にそれとわかる自覚はあったかな?」
「一次報告でも話したが、《喚起》されたって自覚は無かったな。ヒロと心を通わせることで《喚起》するって話だったが……まぁ、普通に仲良くなったってくらいで、本当にいつの間にかブラッドアーツが使えるようになってたんだ」
「『仲良くなった』というのを、もう少しブレイクダウンして教えてくれるかい?」
「そうだなあ……ヒロのやつ、最初はちょっとよそよそしい感じだったんだよ。でも、俺は大尉殿とマブダチだ、ちょくちょく一緒に飲んでるんだぜって雑談しているうちには普通に打ち解けた」
「……」
「あとあいつ、やっぱりユウに似てるんだよな……だから自然と、すんなり受け入れられたというか。正直、これ以上説明しろって言われても俺にゃ無理だぜ?」
「──いいや、十分だよ」
自分でも正直役に立たないだろうと思っていた説明なのに、榊にとってはそれで十分だったらしい。実に満足そうな笑みを浮かべて、そしてなんとも胡散臭そうに目を細めているのがリンドウにははっきりとわかった。
「ああそうだ、一応聞いておこうと思ったんだが……」
「なんだね?」
「……少し前に、
「おや。キミにしてはずいぶんと珍しいが……それが、どうしたんだい?」
「そこでみんなが話してたんだよ。アラガミと違ってオラクルの外部出力器官をもたない神機使いは、肉体強化しかできない。銃ってのはそんな神機使いのための外付けのオラクル出力器官で──」
「……」
「外部出力器官をもたないのにも関わらず、オラクルを外部出力できる例外ってのがブラッドアーツだって」
「うむ。まさしくその通りだが……それが?」
「……俺の場合、
金色のガントレットを嵌めた右腕。そのガントレットの下には、人間のものとは思えない黒く変質したアラガミの腕がある。
三年前のあの日。リンドウは腕輪を失って──そして、アラガミの少女によって右腕にアーティフィシャルCNSによく似たコアを埋め込まれた。その後、なんやかんやあってアラガミ化したり人間としての自分を取り戻せたりしたのだが、この右腕だけは【安定的にアラガミ化】したままとうとう元には戻らなかったのだ。
そして、この部分的にアラガミ化した腕は──リンドウの意志ひとつで、神機に酷似した形状に変化させることができるのである。
「この右腕を使えば、神機を使わずともオラクルをぶっ放すことができる。実際、身内しかいないときは銃に変形させて使っているわけだし」
「酷い誤射率だ、サクヤくんを見習うべきだ……って、ソーマくんがボヤいていたね」
「……まあその、ブラッドアーツを【銃を使わないオラクルの顕在化現象である】と定義するなら、俺の場合はどうなるんだろうなって」
「……ふむ」
「一応、ブラッドアーツが発動したときは普通の神機だったが。この右腕だったら、神機を振るうのに合わせてそれっぽいオラクル攻撃を発生させるってのも、やってやれないことはないはずだ。だから正直なところ……ブラッドアーツという概念を知った俺が無意識的にそれっぽいことをやっているだけなのか、それともマジにブラッドアーツなのかの判断ができない」
なんせ、ブラッドアーツの発動事例がギルを含めてもたったの五例しかないのだ。おまけに感応能力が高まった結果オラクルが顕在化する……なんて原理の説明をされても、リンドウのそれだって感応能力によるオラクル操作でできることである。つまり、言葉だけで考えるならブラッドアーツと言っても間違いとは言えない代物になってしまうのだ。
「だから、まあ……念のため、あんただけに報告することにしたんだよ。あっちの連中には俺の体の事は話していないし、うっかり忘れそうになるがこれって機密事項だろ?」
「そうだね。キミの判断は正しいよ。そのうえでキミがブラッドアーツに目覚めたかどうかという質問の答えについては……」
「……」
「──間違いなく、それはブラッドアーツだよ。……ちょうど今日、正式な測定結果が出てね。キミからはブラッドアーツに目覚めた人間特有の感応波が観測された」
だから、どこか適当なタイミングでブラッドアーツに目覚めたと正式に報告すればいいよ──と、榊は笑う。
そして、少しばかり声のトーンを変えて語りだした。
「話を戻そう。……《喚起》はいったい何をきっかけに発動するのだろう?」
「……それがわからないから、苦労してるんだろ?」
「ははは、それはそうだけど……そこで話を止めてしまうわけにもいかないだろう? ……ここは改めて、過去の《喚起》事例における共通点を探ってみようか」
「……その言い方、すでにあんたの中では答えが出ているパターンだな」
リンドウは知っている。榊がこういう言い方をするときは、既に榊の中で明確な答えは出ているのだ。あえてこうしてリンドウに質問することで問題を明確にし、そしてリンドウが頭を悩ませているところに助け舟を出すことで自分の考えを再度整理し……自分の考えが間違っていないか、ひいてはリンドウが新たな視点での意見を出してくれないかということを期待しているのである。
「ま、もらったビールの分は働くけどよ……しかし、共通点か」
《喚起》したのはシエル、チハル、ギル、そして
「……ぱっと考える限りじゃ、俺も含めた《喚起》した四人に共通点は無いな。俺や嬢ちゃんが《喚起》しているのにナナやロミオが《喚起》されてないってことは、単純な接触時間でもないだろうし……」
「……」
「考えられるとしたら……ヒロが俺たちにどれだけアプローチをしたかってところか? あるいは、俺たちがヒロに対してどういう意識をもって接したのか……とか?」
その言葉が聞きたかったと言わんばかりに、榊がにっこりと笑った。
「私も同じように考えた。ここで一つ、追加情報を公開しよう」
「わーい、やったー」
「最初の事例であるシエルくんの《喚起》。やはり明確な時期こそわかっていないが、《喚起》前後にてシエルくんの心境が大きく変化する出来事があった。それが──先ほど少し話した、ヒロくんの無茶だ」
「ああ、有人神機兵に乗って助けに行ったってやつか」
「うむ。なんでもシエルくんは、ブラッド隊への配属直後は……その、悪い意味で入隊当初のアリサくんみたいな感じだったらしい。とにかく机上の戦術理論に傾倒し、部隊の雰囲気も一時はあまり良くなかったとか」
「うわあ……聞き覚えがあるというか、懐かしい話だなオイ……」
「だが、その一件を通して……ヒロくんの行動によって、命令よりも、自分よりも守りたい大事なものがあるということに彼女は気づいたそうだ」
「……その大事なものってのは」
「残念ながら、そこまでは彼女は答えてくれなかったらしい。ただ、かつてないほどに恥ずかしがっていてヒアリングするのにとても時間がかかりました──と、ラケル博士は言っていたよ。だからまぁ、野暮な推測はしないでおこうか」
「……」
「そしてギルくん。彼の場合はまず間違いなく【アンエスケーパブル】にて《喚起》されたわけだが。その最中に何か大きな心境の変化みたいなものはなかったか……とヒアリングしてみたところ」
「……」
「──彼もまた、恥ずかしそうにして……ヒロくんや、仲間たちに対する感謝の気持ちを新たにした……と、まぁそんなようなことを教えてくれたよ」
「……同情するよ、あの二人に」
なんだか妙にこっぱずかしいことを、この胡散臭い博士に根掘り葉掘り聞きだされたとなれば、あらゆる意味で精神的ダメージは大きいことだろう。ましてや、普通にしゃべっているだけでも心のすべてを見透かされているかのような気分になるのだ。ヒアリングの最中はずっと落ち着かない気分だったに違いない……と、リンドウは二人に対して心からの憐みの情を覚えた。
「さて。次にチハルくんだが……彼女の場合、シエルくんやギルくんのような
「そりゃそうだろ。ヒロもチハルを《喚起》しようとはしてなかったし、あの時のチハルはマジでルーのおまけみたいなものだったんだから」
「……なのに、チハルくんは《喚起》されている」
「……なんでだ? 本人が恥ずかしがっているだけで……いいや、無自覚なだけで実はなにかあったとか?」
自分で言ってから、それは無いなとリンドウは考えを改める。チハルとの付き合いはまだそこまで深くないが、もしそうだとしたらもっとわかりやすい変化が見て取れるはずだし、惚れた腫れたという観点で見ても……少なくとも、キョウヤがいるからその可能性は低いのではないか、と思えるのだ。
「当たらずも遠からじといったところだね。シエルくんやギルくんのような出来事は無かったが……」
「ふむ?」
「──チハルくんは、ルーくんを《喚起》させようと四苦八苦しているヒロくんに深く同情したらしい」
「……あっ!?」
その言葉を聞いて。
リンドウは──榊が言わんとしていることを、ひいては何が《喚起》のトリガーになるのかがわかったような気がした。
「あの時、ルーくんを《喚起》させようとヒロくんは様々な検証を行った。ルーくんの角を舐めたり、チハルくんに扮してルーくんに接触してみたり……それはもう、いろいろね」
「ほかでもないあんたらが、これ幸いといろんなことをさせたもんな……! あのヒロが死んだ目をするようになるくらいには、マジでいろんなことをさせたもんな……!」
「うむ。で、そんなヒロくんを見て……チハルくんは、ヒロくんに心の底から同情したらしい。自分の前では弱音を吐いていいと、そんな言葉さえかけたそうだ」
チハルは《喚起》対象に入っていなかった。そもそも《喚起》できるとも思っていなかったから、ヒロがチハルのことを意識していたわけでも、チハルがヒロのことを意識していたわけでもない。しかし事実としてチハルは《喚起》され、そしてその前後における明確な違いは……この心境変化くらいしかない。
そして。
「俺の場合は──ヒロのことを本当の意味での仲間として自覚できた。この場合は……受け入れたって言うべきか? どういう形であれ、ヒロに対して何かしらの特別な思いを抱くことになった」
親近感とはちょっと違う。かといって、家族愛というわけでもない。友情というのもニュアンスが異なり、強いて言うなら戦友感……そんな複雑で、神機使いなら誰しも一度は覚える感情を、リンドウは確かにヒロに対して抱いている。
「その通り。シエルくんはヒロくんに思いを寄せた。ギルくんはヒロくんに感謝を抱いた。チハルくんはヒロくんに同情し……そして、キミはヒロくんに特別な仲間意識を抱いている。加えて」
「……うん?」
「──速報だ。ハルオミくんがブラッドアーツに目覚めたらしい。やはり明確な自覚は無く、いきなり使えるようになっていたそうだよ」
「……えっ!?」
「ヒロくんに対する大きな心境の変化はなかったか……とそれとなく聞いてみたんだがね。ヒロくんに対して、同じ男として大きな共感を覚えた──と、そんなようなことを言ってたよ」
「マジかよ……!? たしかハルオミのやつ、ついこの前ヒロとかと一緒に何かの探索に行くって言ってたよな……」
「うむ。その探索で見つけたもので、何やら意気投合というか、いろいろ盛り上がったらしいね。私には詳しいことは分からなかったけれど……ともあれ、これである程度、《喚起》の条件が見えてきたと思う」
シエルはヒロに思いを寄せた。
チハルはヒロに同情した。
ギルはヒロに感謝の気持ちを抱いた。
リンドウはヒロに特別な仲間意識を抱いた。
ハルオミはヒロに大きく共感した。
現在判明している五つの《喚起》事例。その共通点は。
「──《喚起》は対象者がヒロくんに対して何かしらの特別な思いを抱き、受け入れることで発動する。ヒロくんが対象者に対してどうアプローチをするのかはあくまでその過程であり、本質的には関係ないんだ」
「それが《喚起》の……【心を通わせることで発動する】ってことの正体か」
「おそらく、ね。まだ五つだけだが、感応波の性質や状況証拠を考えると、これが一番有力だと思う。それに……これだったら、ヒロくんとの接触時間の長さが《喚起》に関係ないことにも、ヒロくんがどれだけアプローチしても《喚起》しないことにも説明がつく」
「少なくとも、《喚起》してもらおうって考えているうちは絶対に無理だろうな……うん?」
リンドウは、気づいてしまった。
《喚起》の条件は、おそらくそれで間違いないのだろう。榊も言った通り、サンプル数こそ少ないが、状況証拠的にほぼ確定だ。現在までの事例にきちんと説明がつき、その仕組みもほぼ推定できたのだから、あとはもう実例を以て証明するだけ……つまり、単純な確認作業を残すのみとなる。
ただ、そもそもとして。
一番の目的のことを、リンドウは今になってようやっと思い出したのだ。
「なあ、榊博士……」
「……うむ」
「そもそも俺たちって……俺たちが元々《喚起》させたかったのってさ……」
リンドウの頭に、なんとも無邪気そうな顔で──とてもとても楽しそうにコクーンメイデンをしがむ、純白のアラガミの姿が浮かんだ。
「うむ……もし《喚起》の仕組みが我々の推定した通りなら」
ほんの少しだけ困ったように眉を下げて。
そして榊は、はっきりと告げた。
「──ルーくんを《喚起》できる可能性は、限りなく低くなってしまうね」
ハルオミさんが《聖なる探索》でブラッドアーツに目覚めたのは公式設定です。