GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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80 四人目の博士

 

「頼む──この通りだ」

 

「ちょ、ちょちょ、そんなことしないでくださいってば、ジュリウスさん!」

 

 とある日。いつも通りミッションを終えて、いつも通りに夕食を食べ終えたチハルは──そこで、ブラッド隊の隊長であるジュリウスに頭を下げられた。

 

 あえて語るまでもないが、ジュリウスとチハルとでは文字通り階級も実力も何もかもが違う。チハルのほうがジュリウスに頭を下げてお願いをすることはあっても、ジュリウスのほうがたかだか上等兵でしかないチハルに頭を下げるだなんて、本来は考えにくいことだ。

 

「しかし……もう、俺にはこうすることしかできない。これ以上の誠意の見せ方は、思いつかないんだ」

 

「うー……」

 

 ブラッド隊の隊長に頭を下げさせてなお、チハルはジュリウスの【お願い】を承諾しない。明らかに上の立場の、それも一応はお客さん扱いである人間がこうも必死にお願いしているというのに、超個人的な感情がそれを拒んでしまっている。されど、明確に否定するのはやっぱりできないわけで──だからこそ、どこか居心地の悪そうに視線をさまよわせることしかできないのだ。

 

「おいおいおいおい……チハル、お前ジュリウスさんになんてことさせてるんだよ……」

 

 チハルの隣にいたキョウヤが、半ば呆れたように口をはさむ。今回ばかりは一切の誇張なく、上等兵がエリート部隊の隊長に頭を下げさせているというのだから、誰であっても同じ感想を抱いたことだろう。

 

「キョウヤくぅん……! 他人事だと思ってぇ……!」

 

「実際、他人事だしな。だいたい──」

 

 ジュリウスが頭を下げてまでしたかったお願い。

 ジュリウスに頭を下げられてなお、チハルが快諾できなかったお願い。

 

 そんな、とてつもない重大案件(?)を、キョウヤはとてもくだらないことかのようにさらっとつぶやいた。

 

「──ラケル博士とフライアで晩飯食うってだけで、なんでそんなに嫌がるんだよ」

 

 ラケルと晩餐(ディナー)を共にする。ジュリウスがチハルに頼んだのはたったそれだけのことで、そしてチハルは、たったそれだけのことをどうしても素直に受け入れることができなかったのだ。

 

「アナグラの飯も美味いけど、フライア(あっち)の飯も違う方向で美味そうじゃんか。お前、そういう大人っぽくておしゃれな奴に憧れてるって言ってなかったか?」

 

「そうだけど、そうだけどぉ……!」

 

 いいぞ頼む、もっと言ってやってくれ──と、ジュリウスは心の中でキョウヤに全力のエールを送る。さすがに嫌がる淑女(レディ)を無理矢理晩餐に誘うだなんて、大義名分があったとしても体面が悪すぎるし、そしてジュリウスはあまりこの手のことが得意じゃない。そうなるともう、頼れるのは外部からの援護射撃しかないのだ。

 

 何より──そろそろマジに、ラケルのリミット(・・・・)が近づいてきている。ディナーのお誘いは初めて会った時からしているのに悉く断られ続けているし、そして神機兵の開発も、ルーの研究も、最近はあまり大きな進捗がない。

 

 ジュリウスにはわかる。

 

 ラケルは一応はいつも通りの笑顔で過ごしているが──ふとした拍子に、すごく不機嫌そうな顔をする。レアに対するあたりが若干キツくなっているような気もするし、ついでに九条に対する態度なんてもう目も当てられないほどだ。

 

 そして、そんな風にフラストレーションがたまったラケルは、何をしでかすか分かったものじゃない。だから、取り返しのつかないやらかし(・・・・)をされる前に、ガス抜きをする必要があるのだ。

 

「……この際だから教えてほしいんだが、どうしてそこまで嫌がるんだ? ……そんなに、俺たちと食事をするのは嫌なのだろうか?」

 

 こういう聞き方は卑怯だな──とジュリウスは自分で自分を卑下する。このアナグラに来てから良くも悪くも言葉の使い方が上手くなってしまったことに、ジュリウスはある種の悲しさを覚えた。

 

「い、いいえ! そ、そうじゃなくて……そのぉ……!」

 

「どうか、遠慮せずに言ってほしい。最大限の配慮をすることを約束しよう」

 

「なんか、すっごく緊張しそうなんだもん……! テーブルマナーとか、私全然わかんないし……!」

 

 なんだ、そんなことか──と言いそうになった自分を心の中で諫めて。ジュリウスは努めて柔らかい笑みを浮かべた。

 

「そんなの全然気にしなくていいんだ。ブラッド(かぞく)の夕食にテーブルマナーなんて細かく気にしないさ」

 

「で、でも! 私、ナイフとフォークしかわかんないですよ!?」

 

「その二つが使えれば十分だ。大事なのはみんなで楽しく食事をすることなんだから」

 

 正直に言えば。

 

 ブラッド隊の中で、まともにテーブルマナーを理解し実践できているのは自分とシエルくらいだとジュリウスは認識している。ヒロとギルは普通の食事としては問題ないが作法としてはなっていないし、そしてロミオとナナは普通の食事としてみてもあまり褒められない状態になっていることも多い。

 

 【テーブルマナーを気にする】という発想をする時点で、チハルは十二分に及第点であると言えた。

 

「一回くらい付き合ってやれよな。あんまり断り続けるのも失礼だろ……でもお前、マジでなんであんなにラケル博士に好かれてるんだ?」

 

「わかんない……ジュリウスさん、わかります?」

 

「……いや、それは俺もよくわからない」

 

 養護施設を営むくらいには子供好きだからだろう──という言葉を、ジュリウスはぐっと抑え込む。目の前にいる十五歳であるはずのこの少女は、何も言われなければ十歳過ぎにしか見えないほど背が小さく、そしてそれをとても気にしている。下手に藪をつついて機嫌を損なうことだけは、避けねばならないだから。

 

「……ともかく、本当に気にすることなんて何もないんだ。俺たちが元々使っている食堂で、和やかにお喋りしながら夕食を食べるだけ。遅くならないうちにアナグラまで送るし、ラケル先生にはそのあたりのことを強く言い聞かせておく。だから……どうか、頼まれてくれないだろうか」

 

 ジュリウスは誠心誠意、全力を以て頭を下げる。自分が頭を下げるだけでラケルの機嫌が取れるというのならいくらでも頭を下げるつもりだし、そして何より──いい加減、マジに胃がキリキリと痛んで精神的に辛いのだ。その苦しみに比べれば、たかだか頭を下げることくらい何の苦でもない。

 

 そして。

 

「……わかりました」

 

 そんなジュリウスの切実なる気持ちは、この目の前にいる心優しい少女に届いたらしい。

 

「一回だけ、一回だけご相伴に預からせていただきますぅ……」

 

「ありがとう……!」

 

 ジュリウスは、心の中で全力のガッツポーズをとった。

 

「──でも、条件が一つだけ」

 

「──え」

 

 ジュリウスは、膝から崩れ落ちそうになった。

 

「……キョウヤくんも! キョウヤくんも一緒でお願いします!」

 

「なぬ!?」

 

「なんだ、そんなことか──もちろん、構わないとも!」

 

 なるべく顔に出さないようにしながら、ジュリウスは胸を撫でおろす。条件付きと言われた時はどんな無茶ぶりを言われるのか、体よく断られるのではないかと気が気ではなかったが、蓋を開けてみればどうということもない。

 

 ただ単純に、身近な人間と一緒に参加したいというごく普通のお願いであり……むしろ、どうして今までそのことに気づかなかったのか、最初からそう言っておけばここまでこじれることはなかったんじゃないかと自分の迂闊さが信じられないくらいであった。

 

「ま、待ってくれよ! なんで俺まで!?」

 

「だって……キョウヤくんがテーブルマナーなんてできるわけないもん。私よりへたくそがいれば、緊張しなくて済むし?」

 

「お前なあ! ちょっとはこう……向こうの都合ってもんを考えろよ!」

 

「……なぁに? 普段だったらタダ飯食べられて嬉しいって喜びそうなのに。自分でも言ってたじゃん、フライアのご飯は美味しそうだって……もしかしてキョウヤくん、緊張してるのぉ?」

 

「ラケル博士に呼ばれたのはお前だろ!? 飯だってタダじゃないんだ、呼ばれてもいない俺が行くのは──!」

 

「──そんなの気にしなくていいんだ」

 

 心の底からの笑みを浮かべて、ジュリウスはキョウヤの肩を優しく叩く。

 

「……え? ジュリウス、さん?」

 

 いや、ちょっとちがう。

 

 叩いたんじゃあなくて、手をそのまま肩の上に乗せている──否、肩を掴んでいる。

 

 この千載一遇のチャンスを決して逃すものかとばかりに、みしみしと音が出るくらいにしっかりとつかんでいた。

 

「さっきキミも言っていただろう? ……そう、ブラッド(おれたち)とフライアで晩餐を共にするだけだ」

 

「あ、あの……」

 

「だから、何の心配をすることもない──いいな?」

 

「アッ、ハイ」

 

 ラケルの機嫌を取れるのであれば。

 

 ジュリウスは、自腹でフルコースを提供するのも厭わない所存であった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「うぉぉ……なんか思った以上にガチっぽいとこだな……」

 

「ひゃああ……! 警備員さんもなんかすごくぴしっ! ってしてるぅ……」

 

 そして、晩餐会当日。

 

 ちょっと早めに……いいや、だいぶ早めにミッションを切り上げてアナグラに帰投したチハルとキョウヤは、身嗜みを整えてからフライアのロビーへと赴いた。

 

 ある意味想像していた通り、フライアのロビーはアナグラのエントランスとは何もかもが違う。全体的に白で統一されたその空間はどこか厳かな空気が漂っており、そして汚れの一つも見当たらない。アナグラのエントランスだったら床や天井、壁に無骨なケーブルや配線がむき出しのまま這っているというのに、ここにはそういったものは一切見当たらない──作戦本部というよりかは、どこか近未来的な美術館を思わせるような空間だ。

 

「うぉ……なんだよこのソファ、めっちゃ艶やかだし擦れの一つも見当たんないぞ……!? 傷ついてないソファなんて支部長室でしか見たことねェぞ……!?」

 

「や、やめてよキョウヤくん……! そんなお上りさんみたいなこと……!」

 

 もちろん、アナグラと違ってフライアの警備は厳重だ。許可をもらっているチハルたちでさえ、この中を自由に歩くことは出来ない。いや、たとえそれが許されていたとしても、こんなにも高級感あふれる場所を気ままに歩くことなんて出来ないわけで──だから、こうして迎えの人間が来るまでこの場所で待機する必要がある。

 

「なんだかんだ言ってもアナグラと同じ神機使いの拠点なんだから、そこまで雰囲気は変わんないだろって思ってたのに……悪い意味で想像が裏切られたぜ……」

 

「絶対私たち場違いだもんね……うう、これなら普通に支給品の制服着てきた方がよかったかも……」

 

「──別にそんなこと、無いと思うよ?」

 

「ええ。ここはドレスコードとかはありませんし」

 

「──あ!」

 

 遠くの方から聞こえてきた声。

 

 聞き覚えのあるその声に振り向いてみれば。

 

「ヒロくん! フランさん!」

 

 いつもと全く変わらない装い──私服姿の神威ヒロと、これまたいつもと同じ装い──オペレーターの制服を着たフランが、ひらひらと手を振っていた。 

 

「信じてたぜヒロぉ……! やっぱお前は”こっち側”だよな……! 私服姿のヤツをみてここまで安心したのは初めてだぜ……!」

 

「やっぱり最初は緊張するよね。正直俺も、今でも場違いかなって思うことがあるし……って、もしかしていつもよりちょっと良い服着てる?」

 

「おう、いざってときのための一張羅を引っ張り出してきたわ」

 

「ふ、フランさん! わ、私変なカッコじゃありませんか!?」

 

「ええ、大丈夫ですとも……でも、白いバンダナを着けているのは初めて見るような?」

 

「一張羅に合って、上品で高級感があるバンダナがこれしかなくて……」

 

 ああ、こんな時でもバンダナは外せないんですね──と、フランは心の中だけでつぶやく。神機使いは誰しも大なり小なりファッションに拘るところがある……とフランは思っているが、バンダナにここまでこだわりを見せる神機使いをフランは今までに見たことが無いし、そしてこれからも見ることは無いだろうという予感めいた確信すら抱いてしまう。

 

 そして。

 

「あ、あのぉ……」

 

「……ぬ?」

 

 意外なことに……ヒロとフランの後ろに隠れるようにして、見覚えのない人物がいた。

 

「き、キミたちがヒロくんの友人だね?」

 

 なんだか不健康そうな人だな──というのが、その人に抱いたチハルの第一印象だった。

 

 年齢はおそらく四十代くらいだろうか。少なくともリンドウより年上なのは間違いなく、そして榊より年下なのも間違いないだろうが、明確に判断するのがどうにも難しい。少し()けた頬に隠しきれていない目の下のクマがあるために老けた印象があるが、それを抜きにすれば働き盛りのナイスミドルと言ってもいいだろう。

 

 ただし──その体は見るからにやせ細っていて頼りなく、そしてその頭髪は若白髪と擁護するのも難しいくらいに白髪交じりだ。七三分けにしたその髪型も少々後退が進んでおり、気弱そうなまなざしが余計にそのみすぼらしい雰囲気を際立ててしまっている。

 

 そんな暗い雰囲気を放つその人は、いかにもそれらしい白衣──科学者の正装を纏っていた。

 

「そっか、チハルたちは会うのは初めてだったね──こちらは九条博士。さっきたまたまそこで一緒になったんだ」

 

「ど、どうも初めまして。私は九条と申す者です。ヒロくんが友人を迎えに行くと聞いて、せっかくなので挨拶でもさせて頂こうかと」

 

 九条ソウヘイ。フェンリル極致化技術開発局の開発室所属の開発チーフ……すなわち、組織上におけるレアの部下に当たる人物だ。当然、その職務は神機兵の研究・開発であり、その絡みでヒロたちブラッドとはそれなり以上の付き合いがある。

 

 そして。

 

「うん……? 九条博士って言えば……」

 

「……あっ! 神機兵の無人制御を一緒にやってるってラケル博士が言ってた人だ!」

 

 ラケルと同じく、神機兵の無人制御の研究者──というか、まさしく無人制御の研究の第一人者であったりする。有人制御の開発を進めているレアの部下でありながらも、実際はラケルと共に無人制御の開発を進めているという少々複雑な立場にいるが、いずれにせよ九条もまた、フェンリルが擁する優秀な科学者の一人なのだ。

 

「ら、ラケル博士が私のことを話していたですと!?」

 

「わ」

 

「ちょ、ちょっと詳しく教えてくれませんか……!? 最近ずっと彼女はアナグラに入り浸っていて、一向にフライア(こっち)に姿を見せないのです……! たまに見かけたと思っても話す時間が取れなくて……!」

 

「あの、その」

 

「そもそも! 極東に向かうのだって急に決まったことだというのに、アナグラで何をしているのかはさっぱりわからない……! いえ、そりゃあ提供されたアラガミの行動データは今までに無いほど価値のあるものですが、しかしそれにしたって無人制御の基礎研究のほうは全然進んでない! いったいアナグラの博士と何をやって──!」

 

「おうおう、ちょっと落ち着けよおっさん。そんな鼻息を荒くしてすごまれちゃあ、ちっちゃい子供はビビっちまうぜ?」

 

「……ああっ!?」

 

 血相を変えてチハルに詰め寄った九条の前に、キョウヤが体を割り込ませる。周りが見えていなかった九条も、さすがに冷静さを取り戻したらしい。ただでさえ不健康そうな顔が見る見るうちに青くなり、見ていて気の毒になりそうなほど目を泳がせている。

 

「す……すまない……」

 

「い、いえ……」

 

 もしかしてそういうことなのか──と、チハルはちらりとヒロを伺い見る。生憎キョウヤのそれとは違い、ヒロのそのなんとも言えない生暖かい目の意味を正確に汲み取ることはできなかったが、おそらくチハルのその直感は外れてはいないのだろう。そうでもなければ、このいかにも気の弱そうな男がこうも取り乱すだなんて、考えられないのだから。

 

「あーっと……もう知ってるかもだけど、九条博士はラケル博士と一緒に神機兵の無人制御の研究をされていて。俺たちブラッドもその関係でアラガミを狩ったり、神機兵の検証につき合ったりしてるんだ」

 

「その──九条博士はあくまでこのフライアでの研究活動を主としております。ラケル博士やブラッド隊のアナグラでの活動を具体的(・・・)に知っているわけではないので、つい気になってしまったのでしょう」

 

 九条に対するヒロのフォロー。それに続けて放たれた、二重の意味のフランのフォロー。たったそれだけでチハルとキョウヤは九条がどんな立ち位置にあるのかを大体察することができた。

 

「九条博士、せっかくなので俺から紹介させてください……この二人は俺の友人で、アナグラの神機使いです。既に何度も一緒に任務を受けてますし、提供されたアラガミのデータもこの二人が関わってるものが少なくないんですよ」

 

「え……こ、この二人が神機使い……?」

 

 キョウヤ──ではなく、チハルのほうを見て。より具体的には、チハルの頭のてっぺんから足の先までをたっぷり二往復するほど見て。そして最後に、九条のその視線はチハルの右手……神機使いの証である赤い腕輪を捉えた。

 

「て、てっきり神機使いの友人と、そのご家族だと思ったのに……ほ、本当にキミは神機使いなのかい? じ、実は訓練生とかそういう……いや、それにしたって」

 

 それにしたって、幼すぎる。チハルの表情を見て慌ててひっこめた九条のその言葉を、この場にいる誰もが正確に予想することができていた。

 

「……わ、私はもう十五歳ですよ? それに十三歳から神機使いやってますし、もう新人(ルーキー)はとっくに卒業してますから。ヴァジュラだって一人で倒せるし!」

 

「な、なんと……!?」

 

 どうだ、見直しただろ──というチハルの密かなその気持ちは、ちょっと意外な方向で裏切られた。

 

「じゅ、十五歳って……まだ中学生の子供ではありませんか……」

 

「……あれっ?」

 

「こんな見た目(ナリ)でヴァジュラを倒せるってことに驚いたと思ったんだが……そんなに年齢が気になるかね?」

 

「確かに、十三歳で神機使いになるというのは比較的早い方ではありますが……ですが、そこまで珍しいというわけではないですね。それよりも、所属している神機使いのほぼ全員が一人でヴァジュラを倒せることのほうが驚きですよ。アナグラのみなさんは、そのあたりの感覚が少々ズレ……ごほん、おおらかです」

 

 極東支部で言えば、防衛班の小川シュンが十三歳で入隊している。同期入隊であるカレル・シュナイダーは十四歳での入隊だし、身近なところで言えばエリナだって十四歳での入隊だ。神機使いではないものの、適合候補者リストに載っているヒバリもまた十三歳での入隊なのだから──やっぱり、チハルがこの年で神機使いであるというのはそんなに珍しい話じゃない。そんなことよりも、普通だったら支部の総力を挙げて対処しなくてはならないヴァジュラを、新人の登竜門扱いしていることのほうがよっぽど驚くべきことである。

 

「……というか、【中学生】ってなんだ?」

 

「さあ……」

 

 チハルとキョウヤの言葉を聞いた九条は一瞬目を見開き、そしてどこか悲しそうに語りだした。

 

「そ、そうか……キミたちは2050年以降の生まれだから……。かつての時代のことなんて知らないのか……」

 

 2050年……すなわち、今から二十四年前のこと。この世界にアラガミが突如として大量発生し、人類は既存の社会を維持できないほどの壊滅的なダメージを受けることになったわけだが、当然ながらチハルたちはまだ生まれてもいない頃の話だ。

 

「……む、昔はですね。キミたちくらいの年頃はまだまだ子供として扱われていたんです。義務教育と言って十五歳まではみんな学校に行かなくてはならなかった……いいえ、政府が学校に行かせてくれたんです。どんな人間でも勉強をすることができて、それが当たり前だったんです」

 

「マジかよ……フェンリルからの就業支援ってことか? 俺、読み書き計算は近所のもの好きなジジイに教わったんだが。というか、十歳過ぎたころからは普通にガラクタ漁りで金稼いでたんだけど」

 

「わ、私も……読み書きだけは絶対できるようにしなさいって、おかあさんが教えてくれたっけ。神機使いになる前は、配給のお手伝いをしたり近所の家の子供たちをまとめて面倒見たりしてたよ……」

 

「……十五歳まで義務教育があったとはいえ、実際は十八歳まで教育を受ける人間がほとんどでした。それどころか、多くの場合は二十二歳まで教育を受けていて……大人として自立して働きだすのは、二十三歳からだったのです。アラガミが発生する前は、それが普通だったんですよ」

 

「うっそぉ……」

 

 かつての時代を知る九条から見れば、キョウヤもチハルもまだまだ子供で遊び盛りと言ってもいい年齢だ。働くとしてもアルバイトとかがせいぜいで──少なくとも、こんな風に生身で化物と戦うことを強いられる立場ではない。もっとこう、勉学や部活、はたまた恋愛に勤しみ、その青春を謳歌するのが仕事と言っていいはずの存在だ。

 

 そもそも、義務教育を就業支援として捉える……つまり、勉強をさせてもらえるだなんて発想なんてすることが、かつての時代を知っている九条からすれば驚くべきこととなる。【勉強させられている】と不平不満を言う子供はいても、【勉強させてもらえる】と言う子供なんてあの時代にはいなかったのだから。

 

「アラガミが発生した当時……私は十四歳でした。昔で言うところの、中学二年生です。ですが……あの一年で、世界はあまりにも変わってしまった。あるのが当然だと思っていた三年目は、とうとう訪れなかった。……い、命があって、曲がりなりにも勉強が続けられただけ、私ははるかに幸せだったのでしょうけれども」

 

 だから、と九条は続けた。

 

「だから、私は──神機兵を作っているんです。わ、私自身はキミたちのようにアラガミを倒したりすることはできませんが……せめて、誰も傷つかない世界を作るために。私みたいな思いをする人間がこれ以上生まれないために……キミたちみたいな子供が、子供らしくあれるように頑張っている……つもり、なんですよ」

 

「あー……なんかそれ、ラケル博士も言ってたなあ。無人神機兵は【人にやさしい】最先端の兵器だって」

 

「──そう! まさにそれなんですよ!」

 

 あ、変な地雷を踏んじまった──とキョウヤが思った時は、もう遅い。

 

「せっかくなので、無人制御にかける私の哲学を披露させていただきましょう! ──いいですか、無人型の神機兵はパイロットが不要なのですよ! この意味が分かりますか?」

 

「えっと、その……アラガミ討伐において誰も傷つかなくなるってラケル博士が……」

 

「そう! まさしく、破壊されても誰も傷つかない! ……そりゃ私の心は痛みますがねぇ、もう誰もアラガミに殺されることはないのです!」

 

 知っている。だってチハルもキョウヤもヒロも、ほかでもないラケルからその話を聞いているのだから。何ならもっと深く突っ込んだところも……無人制御において通信障害に対する対策がいかに重要になってくるかというところも聞いていたりする。

 

「ところが有人型ときたら、どうです? あれではゴッドイーターが命を危険に晒すのと、何も変わらない! そう、無人型こそ【人にやさしい】最先端の兵器なのですよ! ……やはり、ラケル博士と私の目指すところは同じなのです!」

 

 そりゃ、同じものを研究開発しているのに目指すところが違ったら大問題だろ──という言葉を、キョウヤはぐっとこらえる。【博士】という生き物は、下手に反論すると何十倍もの長広舌で返してくる生き物だ。だから、下手に反論するよりかは逆に好きなようにしゃべらせておいた方が結果的に速く済むのだと、キョウヤはこの短い間に学んでいるのだ。

 

「あ、あの……もしかして、レア博士と仲が悪かったりする……んです、か?」

 

「べっ、別に個人的に嫌っているわけではありませんよ? ただ研究開発の上で、ライバルというだけでね……。ま、まぁ、不満が無いと言えば嘘ですがね」

 

「……」

 

「直接人が搭乗して操作する分、有人型は無人型ほど制御的に難しいわけじゃない。確かにかつては二足歩行の制御は難しいとされていましたが、【ただ普通に歩かせる】だけなら無人制御でとっくに達成できている。なのに、昔の戦車と変わらない設計思想の有人型開発に何を手間取っているのか……そもそもどうして、搭乗して操作するだけで人体に致命的な影響が出るのやら……」

 

(ねえ、聞き間違えだと思うんだけど……いま、有人神機兵に乗ると命に係わるみたいなこと言った?)

 

(奇遇だな、それ俺にも聞こえたわ)

 

 ブツブツと九条は有人神機兵に対する不満と欠点を呟いていく。何やら聞き逃すにはあまり不穏なことが呟かれたような気がしないこともないが、深く突っ込むのはなんだかとてもとても怖かったので、チハルもキョウヤも聞こえなかったことにした。

 

「……あっと、しまった! 口が滑りました! ……いえ、私は全然、レア博士と対立する気は毛頭ありませんよ! どんなに意見が食い違ったとしても、業務連絡とかでは普通にお喋りしてますし!」

 

「あっ……それ、ラケル博士も言ってた! たとえ研究の上で意見が分かれても、ケンカしているわけじゃないんだって!」

 

 チハルのその言葉を聞いて、九条は喜色満面の笑みを浮かべた。

 

「──そう! まさにその通り! やはりラケル博士はわかってらっしゃる! 我々が究極的に目指すところは同じであると! ……いやぁ、誰かとこんなにもしゃべったのは久しぶりですよ! キミたちはなんて、話しやすい人たちなんだ!」

 

「話しやすいって言うか、一方的に話されているだけの気がするけど……」

 

「ああ、それにしても本当に、ラケル博士は素晴らしい人ですよ……! 科学者として優秀で、健気で、ホタルのように儚く……あっ、いえ! 特に深い意味はなく、ただ素晴らしい科学者を敬愛してやまないという……科学者として、ですね……」

 

「しかしまぁ……やっぱ博士って人種は考えも同じになるのかね。同じこと、ウチの榊博士も言ってたわ」

 

「…………えっ」

 

 キョウヤのその言葉を聞いて、九条はこの世の終わりを見たかのような絶望の表情になった。

 

「さ、榊博士……?」

 

「ん……? 今、ラケル博士たちと一緒に研究しているウチの博士だよ。ついこの前、ちょうどあんたが言ってたようなことをラケル博士と一緒に俺たちに教えてくれたんだよな」

 

 神機兵の開発コンセプトも、科学者としての在り方も──九条がいま語ったことのほとんどを、チハルたちはほかでもないラケルと榊からすでに聞いている。

 

「き、キミたちは榊博士と面識があるのですか……!? まさしく、私はそのことが聞きたかったんですよ……!」

 

「……」

 

「ら、ラケル博士が榊博士と何やらアラガミの研究をしているというところまでは聞き及んでいるのですが、その実態が全く分からない! データの提出だけは定期的にあるけれど、あれくらいならブラッド隊だけで充分対応できるはず……! い、いい、いったいラケル博士は榊博士と何をしてるんですか……!? ま、まま、まさか……!」

 

「……あんたが心配するようなことだけは無いっすけど」

 

「し、しかしですね……あのラケル博士が、ジュリウスくんも連れずに勝手にアナグラに独断先行したのですよ? 本来のスケジュールを無視してまで、一秒でも早く榊博士に会いたかったということでは……」

 

「「……」」

 

 んなワケねェだろ、とキョウヤは心の中だけでつぶやいた。

 あったとしてもパパに甘えたいとかそっちのほうじゃないかな、とチハルは心の中だけでつぶやいた。

 

「いや待て……それはつまり、年上が好みということなのか……? でもそれなら私も年上だ……!」

 

「「……」」

 

 それにしたって年が離れすぎているような……と、ヒロは心の中だけでつぶやいた。

 フランはもう、ただただ無言で何か哀れな生き物を見たかのような目で九条を見つめた。

 

「そ、そういえば二人はどうしてここに? もし時間があるなら、このあとゆっくりアナグラでの話を──」

 

「あの……その、非常に言いにくいんですけどぉ……」

 

「俺ら、そのラケル博士から晩飯に誘われてるんですよ」

 

「え゛っ……」

 

「ラケル博士がどうしてもチハル(こいつ)と一緒に飯を食いたいって何度も誘ってきて。俺は付き添いで、あと勝手に出歩けないからヒロたちに迎えに来てもらったんです」

 

「そんなぁ……! 私なんて一回も誘われたことがないのに……というか、私が誘っても一度も返事をくれなかったのに……」

 

「「……」」

 

 先ほどとは全く別の意味で、フランは九条のことを哀れな生き物を見たかのような目で見つめた。

 

「九条博士──そもそも、お時間はよろしいのですか? 確かこの後、ブリーフィングの予定が入っていたと思いますが」

 

「……あっ!?」

 

 神機兵の無人制御の第一人者であり、開発チーフの九条が忙しくないわけがない。おまけに無人制御を共同で開発しているラケルがアナグラに籠っているものだから、その忙しさはいつも以上だ。榊やラケルの例に漏れず、こうして立ち話をするのも難しいくらいに九条は多忙な人物なのだ。

 

「む、むむぅ……非常に残念だが、確かにもう時間はない……二人とも! ど、どうか今度ゆっくりを話をさせてください! それでは!」

 

 たったそれだけ言って、九条は慌ててその場を後にする。どうにも締まらないというか、チハルたちが知っている三人の博士が纏う威厳が全く感じられない後ろ姿であった。

 

「……なんというか、ラケル博士とは別の意味で幸が薄そうというか、陰気な人だよなあ」

 

「で、でも……良い人なんじゃないかなあ? 神機兵のお話をするときはすっごく目が輝いていたし、きっとすごく優しい人なんだと思うよ?」

 

「そうかもだけどさ……ちょっと周りが見えなくなる節があるというか、なんというか……いや、ある意味じゃ博士っぽいって言えるのか?」

 

「ふむ……確かに、九条博士は無人制御開発におけるNo2と言っていい存在ですからね。ラケル博士たちがあまりにも若すぎるせいで陰に隠れがちですが、九条博士もあの若さで開発チーフになっているわけですし、神機兵開発プロジェクトの中核を担う重要な人ですよ」

 

 ちなみにチハルたちは知る由もないが、九条の実年齢は三十八歳である。あれだけ老けて見えるが、まだギリギリ三十代なのだ。そしてラケルが組織としての実質的なトップである以上、現場を実際に取り仕切っているのはほかでもない九条なわけで、そういう意味では九条はチハルたちが思っている以上に優秀で有能な人物だったりする。

 

「明らかにラケル博士に気があるみたいだったけど……意外とお似合いなのかも? お互い博士同士で気が合いそうだし、誰も傷つかない世界を目指したいーっていう気持ちも一緒だし!」

 

「……でも、共犯者(・・・)に選ばれてない時点でお察しだろ。ディナーにも誘われていないみたいだし。ラケル博士だって十五歳近く年上のおっさんに言い寄られて良い気はしないだろ」

 

「えーっ! 愛に年齢なんて関係なくない!?」

 

十七歳の男(おれ)が二歳の赤ん坊に色目使ってるようなもんだぜ?」

 

「…………それは、その」

 

「俺としてはむしろ、レア博士みたいなエネルギッシュでオトナなおねーさんこそ逆に相性が良いと思うが……おうヒロ、家族のお前はどう思う?」

 

 いきなり振られてきた話。少し前なら特に思うことなく答えられたはずのその返事だが、今のヒロは奥歯にものが挟まったような言い方をすることしかできなかった。

 

「……なんか、母親に色目を使う男を見たときの複雑なモヤモヤみたいな感じが」

 

「……ま、そうだよな」

 

「悪い人じゃないし、本気で神機使い(おれたち)のことを考えてくれているのはわかるんだけどね。それでも、家族として九条博士がラケル博士の隣にいるところが想像できないというか……いや、想像したくないというか」

 

「ヒロくん……」

 

「俺も隊長たちに染まってきたってことなのかな……」

 

 結局のところ、ヒロにとって九条はあくまで職場にいる人間の一人に過ぎない。お互いに協力し合っている仲ではあるのだが、それは仕事の範疇を超えたりはしない。もしヒロがジュリウスやラケルに抱くのと同じ仲間意識を九条に抱くのだとしたら──それはおそらく、もっともっと長い時間が必要になることだろう。

 

「……ま、何はともあれまずは俺たちのブリーフィングルームに案内するよ。夕飯の時間までちょっと時間があるし」

 

「そ、そうだった……! すっかり忘れてたけど、まだ一番のイベントが終わってなかった……!」

 

「残酷な話だよなあ。何度も誘われても行きたくないって言ってるやつがいる一方で、何度も誘っても振り向いてすらもらえない人がいるってのは」

 

 ま、覚悟を決めろや──と、キョウヤはチハルの頭をぽんぽんと叩く。

 そっちこそ、恥ずかしい真似しないでよね──と、チハルはキョウヤの脇腹を肘でつついた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「ようこそ、チハルさん──あなたとこうして食卓を囲めることを、ずっとずっと待ち望んでいましたわ」

 

「ら、ラケル博士ぇ……! その、お招きいただきありがとうございますぅ……!」

 

「うっわ……すっげーごちそう……スプーンもフォークもいくつあるんだよコレ……。おいヒロ、これどうやって使うんだよ……?」

 

「わ、わかんない……」

 

「「えっ」」

 

「お、俺だってこんな豪華なの初めて見るよ……!?」

 

「それはそうですよ。大切なお客様ですもの、精いっぱいのもてなしをするのは当然でしょう? ほら、アナグラでもそうだったじゃない」

 

「ラケル、あなた……いえ、もう今更の話ね。好きににすればいいと思うわ、うん」

 

 ヒロはおろか、ナナもロミオも、ギルでさえも委縮しきるほど豪華なその食卓。

 

 うろたえるチハルたちをよそに、ラケルはずっと上機嫌にほほ笑んでいて──その隣では、申し訳なさそうな顔をしたジュリウスがずっとずっとキリキリ痛むお腹を押さえていたらしい。





・もし九条博士がちゃんとした青春を送れていたのなら、世界はもっと平和だったんじゃないかなって思います。

・GE2本編におけるラケルせんせーの小悪魔っぷりは異常。なんであの人あんなにも男心を理解してるんだろ……。

・GE世界においては、極東狼谷学園や聖エイジス学園などいくつかの学校の存在が挙げられていますが、ここでは義務教育は存在していない、ということにしています。あのご時世で義務教育って絶対無理だし……。
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