「もう、緊張しすぎて味なんて全然わからなかったよ……」
とある日、任務終わりのラウンジにて。どこか疲れ切った様子で仕事終わりの一杯を──もちろん、お酒じゃなくて普通のジュースだ──を呷ったチハルは、背の高い椅子から足をぶらぶらと揺らし、隣に座る後輩──エリナへと愚痴を呟いていた。
「なんか食器がたくさんあるし! おっきなお皿なのに載っているのはほんのちょびっとだし! しかも……なんかこう、無駄にびびっ! って感じでお皿の全然関係ないところにソースが飛ばされてるし!」
あの日の晩餐会。チハルたちに振舞われたそれは、そういうのに全く明るくないチハルから見てもとんでもなく高級で豪華なフルコースだった。幸か不幸かラケル自身はとてもとても楽しそうに食事を進めていたものの、あの場にいたラケル以外の大半が各々の理由で緊張しきっていたことは語るまでもない。
そう、あの食堂に通い慣れているはずのナナやロミオも、周りの評判なんてほとんど気にしないギルでさえも、そのあまりの格式の高さに委縮しきっていたのだ。普段通りだったのなんて、それこそシエルくらいだろう。
「んー……別に、ドレスコードとかはなかったんですよね? 聞く限りだと、そこまでガチガチのものでもないような……」
「……そういえば、エリナちゃんはいいとこのお嬢さんだったね」
「私自身は別に偉くもなんともないですけどね」
神機使いとして第一線で戦っているが、エリナはあのフォーゲルヴァイデ財閥の令嬢である。この手のテーブルマナーの類は物心つく前から当然の嗜みとして教わってきたわけで、そんなエリナからしてみれば、この程度は今更驚くようなものでもなかった。
「ああいうのは外側の食器から使えばいいんですよ。一応細かい作法とかも無いことはないですけど……その場でそれを指摘するのはとんでもないマナー違反ですし、せいぜいが後で噂されるくらいです。でも……あのラケル博士がそんなことするはずないでしょ?」
「そう……なのかなあ」
「ですです。それに……」
ちら、とエリナはキョウヤのほうを伺い見た。
「……キョウヤさん、パンって食べましたよね?」
「お、おう……それがどうしたんだよ?」
「……どうやって食べました?」
「どうって……普通に、噛り付く感じで」
むしろそれ以外にどうやって食べるんだよ──と、キョウヤは視線で訴える。あの日出てきた料理の中で、パンだけは食器を使わずに食べられる……すなわち、テーブルマナーを気にせずとも食べられるものだったのだ。チハルもキョウヤも、唯一緊張せずに食べられたのがパンだったのである。
「マナー違反だな、それは」
「なぬ!?」
エリナ……ではなく、その隣にいたエミールの呟き。まさかパンでもやらかしていたとは思っていなかったキョウヤは、信じられないとばかりに声を上げた。
「正しくは、一口ごとに千切って食べる。それとおそらく……キョウヤ、キミは肉料理や魚料理と共にパンを食べただろう?」
「お、おう……まさか、それすらマナー違反だなんて言わないよな……?」
「残念ながら、厳密にはマナー違反だ。キミたち日本人は
「……そういや、お前もいいとこのボンボンだったな」
「よしてくれ──今の僕は、ただの神機使いのエミールさ」
エミールもまた、名門シュトラスブルク家の出身で、その格式はフォーゲルヴァイデ家に引けを取らない。この手のテーブルマナーはもはや体に染みついており、無意識でこなすことができるのだ。
「でっ、でも! ラケル博士もパンに噛り付いてたよ……? だ、だから私もそれを真似して……!」
「客人に恥をかかせるわけにはいかないという、ホストとしての心遣いだろうな」
「……ナナとロミオが、掬いきれなかったスープとかソースにパンを浸して食ってたんだが、まさかそれも」
「えーっと……【美味しかった】って意味合いになる場合もありますけど、基本的にはマナー違反ですね」
「マジかよ……そういうものだと思って普通に真似しちゃったぜ……」
「ラケル博士も、『もったいないですし、美味しいですからね』ってやってたじゃん……!」
結論。あの晩餐会はあくまで家族のためのものでそこまで格式ばったものではないが、それはそれとしてチハルもキョウヤもかなりの
「……やめやめ。もうこの話はやめよう。話していても居た堪れなくなってくるだけだもん……」
「……だな。でもまぁ、これでしばらくは誘われないだろ。その時までに最低限のマナーはお前ら二人から教えてもらうとして……」
ちら、とキョウヤは反対側──少し離れたところに座っている、女の子がしちゃいけない表情をしているアリサと、その隣でぷるぷると震えているコウタを見た。
「……ラケル博士のご機嫌取りもそうだが、アリサさんのほうもいい加減何とかしないとマジでやべーぞ」
「なんだかんだで、ここのところずーっとチハルさんとはミッションに行けてないですもんね」
あの日、ルーとの感応実験を行ってからアリサはチハルに対して過剰ともとれる母性に似た執着を見せるようになった。まるでチハルのことを実の娘であるかのようにして──自身がチハルの母親であるかのようなふるまいを見せ始めたのである。
そして、ラケルに妙に気に入られているチハルは仕事でもプライベートでもラケルからの呼び出しをくらいやすい。任務においてもなんだかんだでアリサと一緒になる機会はほとんどないわけで、アリサがフラストレーションをため込んでしまうのもある意味では当然の話であった。
「アリサさん、クレイドルの仕事もあるし……あと、《喚起》するために今はヒロくんと任務に出ることが多いから」
「《喚起》済みのお前とは必然的に会う機会が少なくなる、と。感応現象でルーと意思疎通を図るって話も、なんだかんだで後回しにされている感があるもんなあ」
現状、ルーと感応現象を起こせたのはアリサだけだ。だから、ルーと感応現象で意志疎通ができる可能性が最も高いのはアリサとなる……が、あれ以降一度もルーとの感応現象は発生していない。だからこそ、《喚起》によってルーの感応能力をさらに高めることで感応現象の再現を試みているわけだが、最近は専ら、《喚起》はルーではなく神機使い……すなわち、感応種に対する戦力を増やす方向での運用となっている。
つまり、《喚起》済みのチハルと《喚起》されていないアリサでは、必然的に違う任務に就くことになる。フェンリルという組織に所属している以上、アリサもチハルも原則的に上の指示に逆らうことはできないのだ。
「あ、そういえば……ちょっと気になってたんですけど」
ふと、何かを思い出したようにエリナが声を上げた。
「感応現象って、本来は第二世代の神機使い同士で発生する現象ですよね? そうめったに起こるものじゃないらしいけど……《喚起》されて感応能力が高まっている今のチハルさんなら、普通に私たちとも感応現象って起こせるんですかね?」
「──ぜひやりましょう」
「わ」
先ほどまでの鬼の形相は何だったのか──と、誰もが言ってしまいそうになるほど目を輝かせたアリサが、少しばかり鼻息を荒くしてチハルたちに詰め寄った。
「そうですよ……! よく考えたら、その検証はまだ誰もやっていない……! 《喚起》によって感応能力が高まっているのなら、当然感応現象も発生しやすくなっているはず……! であるなら、もとより感応現象の再現率が高い私と、《喚起》されたチハルちゃんであれば最も感応現象が発生しやすいはずです!」
「アリサとチハルが感応現象を起こしても、何の検証にもならないような……」
「……隊長、それ言うのってあまりにも野暮だよ」
「むーっ!? むーっ!?」
既にチハルはアリサに抱きしめられている。【感応現象】という大義名分のもとに、これでもかってくらいに抱きしめられている。素肌同士をすり合わせるのがもっとも効果的なんです──そんな言葉と共に、ほおずりされたり手を握られたりと、文字通り好き放題されていた。
「……アリサさん、感応現象出来ました?」
「……いいえ! ですが、なんかこう……行けそうな気はします! これはもっと入念に、綿密にスキンシップをしないと……!」
「……よく考えたらアリサさんとチハルじゃ感応現象って無理じゃね? だってアリサさん、二日に一回はこいつ抱いて寝てるんでしょ?」
「あの、言い方」
感応現象を起こすには、お互いが直接触れ合う必要がある。チハルとアリサは二日に一回は同じベッドで寝ているわけで、そしてその時は必ずアリサがぎゅっとチハルを抱きしめている。つまり、既にアリサは何度もチハルと触れ合っているのだ。
「むーっ!? むーっ!?」
「でも正直どうなんだろうなぁ……。誰よりも実績のあるアリサさんでさえそうホイホイと感応現象なんて起こせないわけだし……よっぽど相性が良くないと無理なのかね?」
「私も感応現象なんてやったことないし……。むしろ、体験したことがあるのってアリサさんくらいじゃないの?」
「エリナやキョウヤはいいじゃんか。俺なんて第一世代だからたぶん誰とも感応現象出来ないんだぜ? ……ほらアリサ、いい加減やめろって。チハルの顔色がヤバいことになってる」
「ああっ!?」
ぐい、とコウタがチハルとアリサを引きはがす。当然、その接触での感応現象は再現せず、コウタはほんのちょっぴり寂しそうな顔をした。
「ふ、ふひぃ……!」
「おーおー、赤くて青いって言う不思議な顔色してやがる……で、抱きしめられた感想は?」
「……あ、あったかくて、やわらかくて」
「ほお」
「すっげー良い匂いしたあ……!」
「こいつも大概だよなあ」
拒まないこいつも悪いんじゃねえか──と、キョウヤは心の中だけでつぶやく。そして、改めてアリサの格好を見て……アリサにあんな風に抱きしめてもらえるチハルは、きっと世界で一番幸せなのだろうと考え直した。
「アリサさん。マジな話、なんか感応現象にコツとかってあるんすか? アナグラの中でまともに感応現象出来たのって、アリサさんとユウさんだけ……なんですよね?」
さすがに真面目に聞かれたからにはそれ相応の態度で返さなくてはならないと思ったのだろう。アリサは少し名残惜しそうにチハルを目で追いながらも、小さく咳払いをしてキョウヤの質問に答えた。
「んー……前にも言ったかもしれませんが、良くも悪くも精神的に不安定だとやりやすいような気がします。……その、以前の私はいろんな意味で情緒不安定でして。初めてユウと感応現象をしたときもそうでしたから」
「精神的に不安定……か。意図的に起こすのは難しいか?」
「びっくりさせたり、怒らせたり、あるいは興奮させたり……ふとした拍子に不意を突いて、というのも効果的だとは思いますけども。少なくとも、リラックスしている状態だとやりにくいような気はしますね。……あ、でも」
「うん?」
アリサは何かを思い出したかのように、ほんのりと頬を赤く染めた。
「でも、感応現象をすると──とても、満たされた気分になるんです。気持ちと気持ちがつながって、言葉を交わさなくてもお互いのことがわかるようで……安心感があるというか、充足感があるというか」
「……アリサさん、なんかえっち」
「え゛」
さーっとアリサの顔が青くなっていく。まさかそんなことを自分が言われるだなんて想像していなかったのだろう。一方で言った側であるチハルのほうはほんの少し顔を赤くしていて……そして、やっぱりちょっぴり頬を赤らめたエリナが、チハルに追従するようにコクコクと頷いていた。
「もしかして、その精神的に不安定ってやつは……ユウさんと触れ合えてドキドキしてるってこと? というか、感応現象を口実にユウさんに触ってたってことじゃん……」
「そ、そそ、そんなこと……ありませ、ん……よ?」
「……ほんとぉ?」
「……はは」
じとっとチハルはアリサを見つめる。
ささっとアリサは顔を逸らした。
「……アリサさんが邪な目的でユウさんと感応現象していたのは置いておくとして」
「あの、キョウヤくん? それはその、誤解というか……!」
「つまるところ、サンプル数が少なすぎるのが問題なんだ。一つでもいいからほかの成功例が増えれば、条件の解明にもつながるはず……だよな?」
そう言って、キョウヤはごくごく自然な動作でチハルの手を握った。
「……何すんだよぉ」
「いや……ちょうど良い所に掴みやすいものがあったから、つい」
べたべた、べたべた。キョウヤは一切の遠慮なくチハルの手を握る。右手も左手も、どちらも満遍なく。ここまで堂々とやられるとチハルとしても諦めるしかないわけで、逆に開き直ってキョウヤの頬をひたひた、ぺちぺちと叩き返す余裕(?)すらあった。
「うーむ……わかっちゃいたが、やっぱなんともねェな」
「……キョウヤくん、それ絶対私以外にやったらダメだよ? 女の子の手のことをなんだと思ってんのさ」
「あん? 別に普通に握っただけだろうが。むしろこれ以外にどういうやり方があるんだっての」
「……コウタさん?」
ちら、とチハルはコウタを見る。この頼りになる先輩であれば、自分の言わんとしていることが伝わって──否、頼れる大人としての正解を見せつけてくれるのだと信じて。
「ああ、任せろ! 俺が手本を見せてやる!」
しかし、現実は。
「……何してんですか、隊長」
「えっ」
意気揚々とエリナの手をぎゅっと握ったコウタは──そのエリナから、とんでもなく冷え切った瞳でねめつけられていた。
「え……こうやって、迷子にならないようにしっかり握るもんだよ……ね?」
「「……」」
エリナ、チハル、アリサのあきれたような目。つまるところ、コウタもまた何一つとして何が問題なのかを理解していないのだ。
「隊長……フツーに考えて、女の子の手をこんな風にわしづかみにするってありえないですよ」
「キョウヤくんもさぁ……不躾にベタベタ触ったら、張り倒されても文句言えないよ? もっとこう……ないの?」
「二人とも、レディの扱いがまるでなってませんよ……」
キョウヤはあくまで、チハルのことを同期の相棒だと思っている。少なくとも今の時点で異性だとはまるで思っていない。だから何の躊躇もなくその手を握ることができた。
コウタはあくまで、エリナのことを可愛い妹分のように思っている。というかぶっちゃけ、ほとんど妹と同じ扱いをしている。だからそういう意味では異性としてみていても、どこまで行っても年下の子供のようにしか思えていない。
「隊長もキョウヤも酷いな……レディの手を取るときは、こういう風にやるのだよ。──ちょっと失礼」
「わあ」
片膝をついたエミールが、優しくそっとすくい上げるようにチハルの手を取る。お姫様気分を味わうことができたチハルはにこっと笑ってそれに応え、それに気を良くしたエミールは同じ要領でエリナの手も取った。
「どうだい、エリナ? キミが求めていたのはこういうやつだろう?」
「作法だけは完璧なのがムカつく……! エミールのくせに!」
「ふふふ、照れなくていいんだ。なんなら僕の胸に飛び込んで存分に甘えてくれたっていいんだぞ」
「だ・れ・が! あんたなんかの胸に飛び込むって!?」
「エミールの持ち方が正解なのか……!? あんなんじゃ、人ごみに飲まれたらあっという間に離しちゃうぞ……!?」
「というか、なぁにがレディの手だよ。俺もお前もそんな大層なこと言えるような生まれじゃねえだろうが!」
「あーっ!?」
べたべた。べたべた。べたべた。べたべた。
腹いせとばかりにキョウヤはチハルの手を触りまくる。もちろん、手を掴まれているチハルがそれから逃れる術はない。必死に身をよじって少しでも抵抗するのがせいぜいだ。
「やめろよぉ! ベタベタ触んなよぉ!」
「んだよ、アリサさんが良くて俺がダメな理由はねえだろ」
「大アリだよ! 乙女の手をなんだと思ってるのさっ!」
「そ、そうですよ! キョウヤくんも、嫌がる女の子に無理矢理触るなんて──!」
「「──!?」」
それは、まったくの偶然だった。
「……あれ? キョウヤくん?」
チハルの手を握ったまま、キョウヤは動きを止めている。
そして──そんなキョウヤの腕に触れたまま、アリサもまた動きを止めていた。
「え……ど、どしたの?」
「いや待てチハル、これは……まさか」
より正確に言えば。
アリサの左手が、ほんの少しとはいえキョウヤの手──素肌に触れている。キョウヤをチハルから引き離そうと伸ばした手が、確かにキョウヤに触れているのだ。
その結果、起きたのは。
「チ゛ハル゛ぅ……!!」
「んぎゃあ!?」
だばーっと目から滝のように涙を流したキョウヤが、耐えきれないとばかりにチハルに抱き着いた。
「ごめんな゛あ゛……! 怖かったよ゛なあ゛……!」
「ちょ、ちょちょちょ、どーしたのキョウヤくん!?」
強く、されど優しくキョウヤはチハルを抱きしめる。もう二度とこの腕の中にあるぬくもりを離さないとばかりに抱きしめる。全力でしっかりと抱きしめてるのに……でも、その腕の中にあるものを傷つけない優しさも込められている。
「あう……! もう、やめてよぅ……!」
こんな風に抱きしめられたのならば。
さすがのチハルも、ちょっとばかり冷静じゃいられなくなる。
「な、なな、なにやってんですかキョウヤさんっ!? ……ってアリサさんも! なんでどさくさに紛れてチハルさんを抱きしめてるんですか!」
「大丈夫……! もう、大丈夫だからね……! もう絶対に、あなたのことを離さないからね……!」
「あー……これ、感応現象で引きずられちゃってるパターンじゃない? この様子だと、アリサがルーと共有したって言う例の記憶を見ちゃった……のかな?」
「何冷静に分析してるんですか! 隊長も引き離すのを手伝ってくださいよ!」
「むぎゅ……」
アリサとキョウヤに抱きしめられて呼吸困難一歩手前になっているチハルを救出すべく、エリナはチハルの腰をひっつかんだ。
「ほら! 隊長はキョウヤさんを引き離して! その隙になんとか私がチハルさんを引っ張り出すか──」
まさに、その瞬間。
「「──!?」」
それもやっぱり、ある種の偶然だった。
チハルの腰を掴んだまま、エリナは動きを止めている。
そして──助けを求めるようにさまよわせていたチハルの手は、エリナの手に確かに触れていた。
「え、エリナ……? お前、まさか……」
「いやいや……そんな偶然、あるわけ……」
そんなバカな、ありえないだろう──と、コウタとエミールは顔を見合わせる。どう考えても状況証拠的には「そう」なのに、まさかこんなタイミングでいきなりそうなってしまうだなんて信じられなかったのだ。
そして、コウタとエミールのその予想はほんの少しズレた形で現実となった。
「キョウヤくぅん……!」
「チハルさぁん……!」
だばーっと滝のように涙を流したチハルが、耐えられないと言わんばかりにキョウヤのことを抱きしめ返す。
あれだけプライドが高くて人に甘える姿を見せないエリナが、ポロポロと涙を零しながらチハルのことを抱きしめた。
「ごめんねえ……! ごめんねえ……! 心配かけてごめんねえ……!」
「泣かないでくださいよぅ……! チハルさんに泣かれたら、私も悲しくなっちゃうよぅ……!」
「もう、どこにもいかないからね……! もう、ずーっと一緒だからねえ……!」
「私もおかあさんになるからあ……! アラガミなんて全部ぶっ殺してあげるからあ……!」
おそらく……というか間違いなく、チハルとエリナが物理的に接触することで感応現象が発生したのだろう。チハルの様子を鑑みるに、おそらくエリナの記憶──つまり、チハルがKIA判定となってふさぎ込んでいた時のキョウヤの姿を見てしまったに違いなかった。
「エリナとチハルでも感応現象とかマジかよ……! でも、エリナがおかあさんになるってどういうことだ……? 二人が共有したのはキョウヤがふさぎ込んでた時の記憶じゃないのか……?」
「……もしかしてだが、隊長」
「ん?」
「──あれ、四人全員が同時に感応現象を起こしているのでは?」
「……えっ」
エミールのその言葉を証明するかのように。
あれだけチハルのことを抱きしめて離さなかったアリサが──ほんの少しだけ、腕を開く。はっと何かに気づいたかのように顔を上げ、きょろきょろと辺りを見渡して……そして、泣きながらチハルのことを抱きしめるキョウヤを見て、再びぽろぽろと涙を流し始めた。
「キョウヤくん……! 辛かったですね……! でも、もう何も心配することなんてないの……! 二人とも、私が守ってあげるからね……!」
母が子供をあやすように。どこまでも慈愛と母性にあふれたアリサは、チハルとキョウヤをまとめて優しく抱きしめた。
「……えっ? どういうこと? あれって……まさか、チハルがヤバかった時の記憶と、キョウヤがヤバかった時の記憶を四人全員が一緒に共有してるってこと?」
「言動から察するに、そういうことなのでは……? アリサさんはキョウヤと、キョウヤはチハルと、チハルはエリナと触れ合っていたのだから……間接的とはいえ、四人全員が接触している……」
ついでに言えば、今はもう完全に四人全員が接触してる状態にある。四人がまとめて抱きしめ合っているような状態で、四人ともがおーんおんおんと人目もはばからずに泣いているのだから、もはや疑いようがない。
「え……ず、ずるいぞお前ら! 俺だって感応現象やりたい!」
「む……! しかし隊長、許可もなく婦女の体に触れるのは騎士道として……いや! 人として許されることじゃあない! たとえキョウヤの体であったとしても、彼のプライベートにかかわることだッ!」
「なんだよエミール! お前は感応現象したくないのか!? 四人まとめて感応現象が起きてるってことは、たぶん今めっちゃ感応現象しやすい状態だぞ! これを逃したらもう二度と感応現象出来ないかもしれないんだぞ!?」
「したいさ! ああ、僕だって感応現象したいとも! 僕だって……彼女らと気持ちを一つにしたいとも!」
「……なあ、エミール。エリナってぶっちゃけお前の妹みたいなもんだろ。んで、チハルもまぁ妹みたいなもんだ。……妹に触れるってんならセーフだろ?」
「……たしかに!」
そもそも第一世代のコウタでは感応現象は起きないのでは──という指摘をする人間は、ここにはいない。コウタの甘言に簡単に惑わされてしまうあたり、エミールも心の底では感応現象を体験してみたかったのかもしれない。
「……くっ! ダメだ、全然感応現象出来ない……!」
べたべた、とコウタはキョウヤの手に触れる。何度も触れても感応現象が発生しないので、今度はエリナにターゲットを変えた。が、やっぱりいくらエリナの手に触れても感応現象は起きず、そしてチハルの手でもそれは同様だ。
「アリサならワンチャンあるよな……!?」
手、額、頬、そして脇腹。勝手知ったるなんとやらと言わんばかりに……というか、アリサ自身がまったくそのことを気にしていないことをいいことに、コウタはアリサの露出している素肌をひとしきり突く。
が、やっぱり感応現象なんて発生しないわけで。
「え、エミールはどうだ!? なんかそれっぽい兆しとか……!」
「……」
「……おい、エミール?」
無言になったエミール。
その目はどこか遠いところを見つめていて、その手はそっと労わるようにキョウヤの手に触れている。
「……」
「……」
エミールの目から、ぽろりと一粒の涙がこぼれる。
うつろだった瞳には、強い意志の光が灯る。
おい嘘だろ、お前まで俺を置いていくのか──と、コウタが思った時にはもう遅い。
「うぉぉぉぉぁぁぁぁ──っ!!」
大絶叫と共に、エミールの目から滝のように涙があふれだした。
「──僕を、殴ってくれッ!!」
「おい、おま」
「不甲斐ない僕をッ!! 騎士を名乗っておきながら、肝心な時にキミたちの傍にいられなかった──キミたちを守れなかった僕を、殴ってくれッ!!」
「ちょ、おちつ」
「そうでなければ──自分自身が許せないんだッ!!」
エミールもまた、感応現象を起こしたのは疑いようがない。ほかの四人と同じく泣いているし、言動からしても間違いないだろう。
というか、感応現象を起こしてもいないのにこのテンションで話されたなら──素でこの調子で話される人間がいたら困ってしまう。だってもう、今の段階でコウタの鼓膜に尋常じゃないダメージが入っているのだから。
「ごめんねえ……! ごめんねえ……!」
「ごめんな゛あ゛……! 怖かったよ゛なあ゛……!」
「もう大丈夫ですからね……! ママが守ってあげますからね……!」
「うわぁぁん……! チハルさぁん……!」
「騎士道ォォォォァァァ──ッ!!」
──これ、もしかして俺が何とかしなきゃいけない感じなの?
第一世代の神機使いであるため、不幸にもこの場でたった一人感応現象ができなかったコウタは──騒ぎを聞きつけたほかの人が集まるまで号泣する五人の面倒を見続けたコウタは、「この時ほど第一世代であることを悔しく思ったことは無い」と後に語ったという。
キャラデザを見ると、神機使いのほとんどは手袋または(指ぬき)グローブをしているため、素手で触れ合えるってことはあんまりなさそうです。任務終わりで手袋を外していた……ということでお願いします。