今回のお話はR15(?)です。とあるアラガミたちの容姿について言及しています。こういったお話が苦手な方は飛ばしてください。読み飛ばしてもそんなに影響はありません。
「──よしっ! 今日もばっちり!」
お気に入りの赤いバンダナに、これまた最近お気に入りとなった上等の白いコートを羽織って、チハルは鏡の前でくるりと回った。
ついこの前、なんだかとてもとても恥ずかしいことをしてしまったような気がしないこともないが、アレは突発的な事故みたいなものである。感応現象だからしょうがないし、お互い蒸し返したくはない話題でもあるから……なんとなく暗黙の了解というか、何事もなかったように振舞うことになったのだ。
尤も、アリサだけは今まで通りにチハルを甘やかしてきて……そして、なんだか妙にエリナが懐いてきているような気がしなくもないが、チハルはもう、何も考えないようにすると決めている。
そんなことよりも、だ。
「今日は久しぶりにルーちゃんとおでかけ……!」
ここ数日、チハルはほとんどルーと別行動だった。そりゃあ、任務以外の時間で戯れること自体はあったのだが、その背中に乗って自由気ままにアラガミを狩ったのはもうずいぶんと前の話になる。ほかでもない榊博士らの通達なのだからチハルはそれに従うしかなかったのだが……しかし、不満が無いとは決して言えない。
「どこに行こうかなあ……! ちょっと遠くの方まで行っちゃおうかな……! ううん、ここは何も考えず、コクーンメイデンの食べ放題ツアーでもいいかも!」
るんるんと鼻歌を歌いながらチハルは自室を出て、まだ人の少ないエントランスへと向かう。
エントランスでは、既にヒバリがオペレーターとしてカウンターの中に着いていた。あとはもうヒバリに「いつもの」を頼むだけで、システム上の手続きも何もかもをやってくれる。神機を受け取って、エイジスに向かって……そして、ルーのその背中に乗れるのだ。
「おはようございます、ヒバリさん! さっそくですけど、いつものやつお願いします!」
胸いっぱいに広がったそんなチハルの期待は。
「あー……その、悲しいお知らせが」
「……えっ」
申し訳なさそうに笑うヒバリのその一言で、粉々に打ち砕かれた。
「つい先ほど、大規模な赤乱雲の発生が確認されまして……ここら一帯、土砂降りの赤い雨です。本日はすべての任務が中止になっちゃいました」
▲▽▲▽▲▽▲▽
「むー……」
赤い雨。ここ最近になってこの極東でも降るようになった、文字通り赤い色をした雨。これに触れると黒蛛病──発症したが最後死亡率100%の恐ろしい病気に罹ってしまうため、赤い雨が降ったら原則的にすべての任務は中止となり、即時の撤退を言い渡されるほどの恐ろしい現象だ。
こうして雨の当たらない建物内に引きこもってさえいれば問題ないし、任務途中に降りだすよりは全然マシなのだが……しかし、せっかくのお楽しみを奪われたという事実は変わらない。
「……どうしよ」
元々今日は、半ば休日のつもりだった。今更室内の訓練場に行く気分じゃないし、座学の自主学習をする気分でもない。当然のごとくアナグラの外に遊びに行くこともできなければ、実家のおかあさんに顔を見せに行くこともできない。
「暇だな……」
任務には行けない。外にも行けない。自己研鑽をする気分でもないし、そして自室に引きこもっても暇を持て余すだけ。
「……キョウヤくんと遊んであげるかあ。どうせ暇してるだろうし!」
赤い雨が降ったのだ。当然キョウヤも任務が中止になっているはずで、そしてキョウヤはそこまで勤勉なほうじゃない。きっと自室でゴロゴロとしているだけに違いなくって、それはあまりにも自堕落が過ぎるから、自分がお喋り相手になってやるのだ──と、チハルはそう決めつけた。
「そいえば、キョウヤくんの部屋に入るのって久しぶりかも」
神機使いの居住区。同じアナグラ内だから、キョウヤの部屋に着くのに数分とかからない。勝手知ったるなんとやら、鍵がかかっていないのをいいことに──チハルはノックすらせず、一切の遠慮も躊躇もないままその扉を開き、まるで自室であるかのような足取りでキョウヤの部屋へと入っていく。
「やっほ、キョウヤくん。遊びに来てやったぞぉ!」
「おん? チハルか?」
思った通り、キョウヤがいる。なにやらターミナルをぽちぽちと弄っているらしい。
ちょっと意外だったのは。
「えっ……チハル!?」
「ちょっ!? は、はやく画面閉じろよキョウヤ!」
「ヒロくんに……ロミオくん?」
キョウヤの傍らに、なぜかブラッドであるはずのヒロとロミオがいる。というか、三人そろってターミナルで何かを見ていたらしい。キョウヤが操作して、その両隣からヒロとロミオがその画面をのぞき込んでいるような形になっている。
残念ながら、チハルの位置からはその画面は見えなかったが──そういえば、今日はヒロと一緒に《喚起》できるかトライするって話だったけ……と、チハルはぼんやりと思い出した。
「……三人で何か見てるの?」
「あ、あはは……」
「そ、そうそう……」
何気ない問い。だというのに、ヒロの笑顔はひきつっていて、そしてロミオは尋常じゃない冷や汗をかいている。
(きょ、キョウヤ! 早くそれなんとかしてよ!)
(俺が何とか時間を稼ぐから!)
「ばーか、何焦ってやがる。こいつに見られたところで別にやましいものでもないだろうが。変に焦ったりすると却って怪しく見えるぜ?」
「……ぬ?」
背中で必死にその画面を隠そうとするヒロとロミオ。一方で、キョウヤのほうはいたっていつも通りというか、まるでなんとも気にしていない様子で端末を操作している。
「……何見てるの? ……あっ、もしかしてバガラリー? たしか、コウタさんもロミオくんも好きって言ってたよね!」
「あ……そ、そうそう! せ、せっかくだしみんなでみようかなってっ!」
「で、でもさ! ちょ、ちょっと子供っぽいかもだし、チハルの趣味じゃないかもだから!」
「……たしかにあんまり興味ないけど。でも、子供っぽいやつが好きでもそんなに隠すことないんじゃない?」
バガラリー。アラガミが大量発生する前に作られた──すなわち、今から二十年以上も前に作られた大長編の娯楽映像作品だ。古い作品であるにもかかわらず公共放送FBS(フェンリル・ブロードキャスティング・システム)で一番の人気を誇っており、ピーク時の最大視聴率は60%を記録したという文字通りのビッグタイトルである。
当然、チハルだってその名前は知っている。というか、チハルのバンダナと同じくらいの熱意でコウタが布教しまくっているし、そしてロミオもファンであるくらいには神機使いたちの間でも広がっていて人気がある。
生憎、冒険ものにそこまで興味がないためにチハルは詳しい内容を知らないが……しかし、大人も子供もハマれる作品なのだから、別に隠す必要なんてないのではないかと思えた。
「せっかくだし一緒に見させてもらおうかなあ。ちゃんと見たこと一回も無いし、コウタさんがあれだけハマってるんだもん、きっと面白いはず!」
「お、女の子だとつまらない……かも?」
「そ、そうそう……結構血とか出たりするし……」
「……」
そんなの今更である。なんなら、とても女子供には見せられない光景をチハルは今までに何度も見てきている。血が飛び散るのなんて毎日だし、アラガミの首や目玉が転げ落ちるのをみるのもしょっちゅうだ。バスターブレードという鈍器に近い武器を振り回していれば、手に伝わってくるアラガミの頭蓋を叩き潰す感覚も、脳漿がべちゃりと靴にへばりつくのも、もはや日常茶飯事と言っていい。
そしてそれは、この目の前で妙に焦っている二人にも言えることなのである。
「……まさか、えっちなの見てたの?」
「そ、そそ、そんなことないよ……?」
「そ、そうだよ! そんなことあるわけないよ……!」
「…………」
泳ぎまくっている二人の目。
どう見ても、怪しかった。
「……ま、そうだよね。だったらもっと慌てるはずだし、キョウヤくんも焦ってるだろうし。それにまさか、いくら任務が中止になったとはいえこんな朝っぱらからそんなの見るはずないし」
「そ、そうそう! ホントにただ、ちょっと子供っぽくて恥ずかしいって思っただけなんだよ!」
「そ、そうだ! せっかくだし、シエルやナナとおしゃべりでもするってのはどうかなっ? 良ければ俺が今から連絡して──」
「──隙ありっ!」
「「あっ!?」」
電光石火。文字通りの早業。
ほっと安堵の息をついた瞬間を狙い、チハルはその小さな体を活かして二人の体を強行突破する。体と体の隙間に自らの体をねじ込むだけなのだから──いくらチハルが可憐な少女とはいえ、神機使いの身体能力であれば造作もないことだった。
「お」
「なーに見てるんだあ? まさか、アリサさんたちの隠し撮りとかじゃないだろうなあ?」
キョウヤの腕の間。あるいは、ターミナルとキョウヤの体の間。そのなんともちょうどよくていい感じにフィットする空間に下からにゅっ! と入り込んできたチハルは、悪戯っぽい笑みを浮かべてターミナルのその画面をのぞき込む。
「どれどれ、おねーちゃんに見せてごら、んな、さ……!?」
キョウヤが焦らず、ヒロとロミオが焦るもの。
だからきっと、アリサの普段着か、あるいはツバキやジーナの写真でもこっそり見ているのだとチハルは思っていた。男の子が
というか──もし本当に
そう──信じていたのだ。
「な、なな、ななな……!?」
だというのに。
「な、なにこれぇ……っ!?」
耳の先から、首まで真っ赤になったチハル。
その目に映っているのは──非常に豊かなふくらみを持つ、裸の女の上半身であった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「な、なな、何見てんのさっ!?」
それは紛れもなく、裸の女の上半身であった。
きめ細やかで、シミの一つ、しわの一つも無い綺麗な肌。女の象徴とも言えるその豊かなふくらみは非常に大きく、そして絶妙なまでの造形美を誇っている。百人がいたら百人が振り返るほどそれは美しく──女のチハルでさえもごくりと喉を鳴らしてしまうほど、妖艶な魅力をまき散らしている。
そう、それは紛れもなく女の裸だ。それも、水着や下着みたいなものは一切ない。ほんの小さな布切れすらなく、本来隠すべきものを堂々とさらけ出している。余計なものなんて必要がない、この美を損なう邪魔なものなんて必要なはずがないと言わんばかりに、その美しい裸体を画面越しのチハルに見せつけているのだ
「こんな……こ、こんなのって……!」
火の中に突っ込んだかと錯覚するほど熱くなる顔。今まで止まっていたのではないかと錯覚するほど激しく動く心臓。
アリサやサクヤ……いいや、下手したらレア以上のそれ。チハルが今まで見てきた中で一番と言っていいそれ。
「うそ……うそだよこんなの……! こ、こんなにおっきい……!?」
す、とチハルは視線を下に向けて。
なんだかとても、悲しい気持ちになった。
「お、おお、男の子だからしょうがないかもだけどぉ……! い、いくら私とキョウヤくんの仲でも、そ、その、き……気まずくは、あるんだよぅ……!」
冗談だと思っていた。いくらなんでも、まさか本当にそんなはずはなかろうと思っていた。
だけど──いざ、本当にその事実を突きつけられてしまって。心構えができていないところに不意打ちされた分、チハルが受けた衝撃は非常に大きなものだった。
「……おーおー、このマセガキが。なんか変な勘違いしてやがるな」
「か、勘違い!? い、いったいどこをどう見たらそんなことが言えるのさっ! こ、ここ、こんなのどう見ても──!」
「これ、アラガミだぞ」
アラガミ。チハルたちが討つべき人類の脅威。
この画面に映っている裸の女を、キョウヤはアラガミだと言い切った。
「ヴィーナスっていうアラガミでな。単独でヴィーナス神属っていう区分けがされるほど珍しいアラガミなんだが……基本種でありながら、第一種接触禁忌種に指定されているヤバいやつだ」
「……えっ?」
「噂では、美を求め過ぎたサリエルが捕喰を繰り返した末の成れの果てって話だが……誰が噂したんだってツッコミは置いておくにしても、そう言われるくらいに美人なのは違いねえや」
「え……こ、このきれーなおねーさんがアラガミ……?」
「おう。赤い雨が降って任務が中止になっちまったんだけど、せっかくだから自主勉強でもしとけよーって、ハルさんが接触禁忌種とかのヤバいアラガミの閲覧権限の申請をしてくれたんだよ」
接触禁忌種。この極東においても非常に珍しい存在であり、そしてこの極東においても非常に危険だとされる恐ろしい存在だ。通常の神機使いであれば戦闘自体を許可されず、作戦エリア付近に接触禁忌種の反応が確認された瞬間に任務の中止が言い渡されるほどで、隊長クラスの実力のある神機使いがチームを組み、綿密な作戦を練ってようやく討伐できるほどである。
そんな接触禁忌種だからこそ、下っ端の神機使いにはあまり多くの情報は公開されていない。下手に行動されたり、下手に情報が漏れたりすると困るから──本当に、最低限の情報しか公開されていないのだ。
無論、閲覧制限がかかっているとはいえ、そこそこの立場の人間が申請すれば解除できる程度のものである。今回キョウヤ達がターミナルで情報を見られているのも、隊長という立場であるハルオミがその申請をしたからだ。
「いやー、まさかこんなに人間そっくりで、しかも綺麗なアラガミがいるなんてびっくりだよなー。事前に知ってなきゃ、ちょっとは撃つのを躊躇っちまっていたかもしれないぜ」
「ほ……ほんとに? た、確かによく見ると頭にツノが生えてる……」
「真っ先に気づくだろ、それ。……ん? お前どこ見てたんだあ?」
「~~っ! キョウヤくんのばかっ!」
「あだっ!?」
両腕の中にいるからこその奇襲。チハルはぴょんと飛び跳ねて、キョウヤの顎に頭突きした。
「だいたい! アラガミだったとしても、その……サリエルとかよりもよっぽど丸出しじゃんっ! ほとんど人間と同じじゃんっ! すっごくきれいなおねーさんだし、どう考えてもアウトじゃんっ!」
「ま、その名に恥じない美人であるのは認めよう。だからこそ、こうして予習していざ出会っちまった時に面食らわないようにしてるんだろ?」
「……なんか、言い訳くさい気がする」
「そんなことないって。なあ、二人とも?」
「そ、そうそう。そうなんだよ!」
「俺たちも、極東のアラガミのことは知っておきたかったから……!」
なお、ターミナルに表示されているそれは、ヴィーナスの全身ではなく上半身のみである。そこにどういう意図があったのか……あるいは、それこそが運命だったのか、真実は誰にもわからない。
「絶対怪しい……。ヒロくんはさっきからうなじをちらちら見てるし、ロミオくんは露骨にがっつり胸を見てるし!」
「おっ、二人ともこういうのがタイプなのか……良い趣味してるなあ」
「キョウヤ、お前!」
「う、裏切るのか!?」
「うろたえるのがますます怪しいっ!」
たとえアラガミでも。たとえそれが接触禁忌種であったとしても。画面越しに映る上半身は紛れもなく美しい女性の裸体なわけで……まだまだ若いヒロとロミオがついそれを目で追ってしまうのは、もはや本能的にしょうがないことである。こればっかりはもう無意識の問題なのだから、責めたところでどうしようもない。
「ちなみにだが」
「……なに?」
「一度でいいから、俺はこのヴィーナスと戦ってみたいと思っている」
「…………キョウヤくんのえっち!」
「いやいや、話は最後まで聞けって」
「……」
「ハルさんが言うには、なんとこいつ……」
「……」
「──
チハルも……いいや、ヒロやロミオも。
キョウヤの口から出たあまりにも信じられない言葉に、思わず体を強張らせた。
「えっ……今、尻からグボロって言った? 俺の耳、おかしくなった?」
「いいや、ヒロ。お前の耳は正常だ──ハルさんは確かに、こいつは尻からグボロを出すと、そう言ったんだ」
「グボロって……えっ、あのグボロ・グボロのこと? 実は極東にはグボロって言葉に別の意味があったり……」
「残念ながら、その可能性はない。俺もロミオと同じように、ハルさんに聞き返したからな」
グボロ・グボロ。巨大な魚の頭部のような体と、そんな体の半分以上を占める凶悪な口と相貌を持つ中型種のアラガミだ。アラガミの中では比較的弱い方であり、新人でもタイマンであればソロで倒せるほどの強さしかないが……遠距離攻撃が豊富で、徒党を組まれると想像以上に苦戦する厄介なアラガミでもある。
「しかも尻から
「そ、そんな……!? そんなことしたら、お尻が真っ二つになっちゃうよ……!?」
その姿を想像してしまい、チハルはそっとお尻を抑えた。
「安心しろ、人間みんな尻は二つに割れている」
「そうだけど……えっ、極東のアラガミってそんなにヤバいの……?」
「この画像を見る限りだけど……ヴィーナスの体って、俺たちと大して変わらないサイズだよね……? せいぜいが、サリエルとどっこいどっこいって感じだよ……ね? なのに、尻からグボロ……?」
「……だよな!? だけど、ハルさんはマジで尻からグボロを出すって言うんだ! それを聞いたらもう、気になって気になって仕方なくって……!」
ヴィーナスの美しいカラダよりも、そっちのほうがめっちゃ気になる。【尻からグボロ】というそのフレーズのせいで、ここにいる全員がそのことに意識を持ってかれてしまったのだ。
「噂を信じるなら、こいつはサリエルが進化したアラガミってことになるが……その、スカートは履いていないらしい。サリエルのスカートからグボロを出すってんならまだわからなくもないが、正真正銘、尻からにゅっと出すそうだ……」
「「……」」
アラガミというのは非常に多様だ。生物を模したものはもちろん、機械を模したアラガミもいる。大きいものに小さいもの、強いものに弱いもの……時には、人の想像の域を超えたアラガミでさえもこの極東には生息していたりする。
しかし、それでも。
尻からグボロ・グボロを出すアラガミなんて、いったい誰が想像したことだろう。
「……やめやめ! こんなのいろんな意味でおかしいもん! もっと健全なやつにして!」
げしげし、とチハルはキョウヤの脇腹を突いて別のページに飛ぶように促す。このままずっとヴィーナスを見ていたら、あらゆる意味で新しい扉を開いてしまいそうで怖かったのだ。
「ふーむ……じゃあ、こいつはどうだろう? この前ヒロたちが新たに発見した感応種で、なんとも俺好みなことに」
「……ぬ?」
「──剣撃が一切効かず、銃撃でしか倒せないらしい。その名も、ニュクス・アルヴァ」
「「あっ」」
ぽちぽちぽち、とキョウヤは端末を操作する。
ヒロとロミオが止めようとするも、もう遅い。
「──この人もえっちじゃんっ!! もお! わざとやってんのっ!?」
ニュクス・アルヴァもまた女体を模したアラガミであり──そして、ヴィーナスに勝るとも劣らない豊満な肉体を誇っている。ただ、ヴィーナスは紛れもない裸であったのに対し、ニュクス・アルヴァはまるで修道服を纏っているかのような姿をしていて、パッと見た限りの印象はずいぶんと違う──そう、まるで貞淑さと慈愛にあふれるような姿をしているのだ。
ただし。
「いやいや、そんなつもりは一切ないが……ホレ見ろ、まるで聖母みたいな姿だろ?」
「ど・こ・が! アリサさんよりも丸出しな聖母がどこにいるってのさ!」
聖母のような見た目のニュクス・アルヴァだが、その胸元は大きく開かれており、艶めかしい大きなそれをほぼさらけ出している。そこだけを見ると妖しく淫靡な雰囲気で満ちていて、とても聖母であるとは思えない。その表情は厳かで、慈悲深く穏やかに見えるのに……どこか根源的な恐怖を覚えざるを得ない暗さをも孕んでいた。
「ヒロくんも! ロミオくんも! 何とか言ったらどうなのさっ!」
「そ、そのー……銃撃しか効かない新種のアラガミだっての言うのは本当なんだよ……」
「あとそいつ、倒れたアラガミを回復したりとかもしていて……だから、その、今までにない特性を持つアラガミだからみんなで共有しておいた方がいいのかなーって……」
ヒロが言うことも、ロミオが言うことも、紛れもない事実である。ニュクス・アルヴァには従来のアラガミには見られない特性があるのだから、それを神機使い同士で共有するのはむしろ推奨される行いだ。
「いつだったか榊博士が言ってたろ。アラガミってのは本質的にどこか母性的なんだって。新種の強いアラガミなんだから、こんな風な奴がいてもおかしくないさ」
「ううー……!」
「マジな話をすると、こいつは順当にサリエル神属の感応種なんだよな。剣が効かない割に銃撃だったらどんな属性でもよく効くらしいが……それがどうにも腑に落ちない。なんで進化して強くなってんのに弱点が増えてんだ?」
「確かに……それに遠距離攻撃は厄介だったけど、サリエルと違って毒とかはなかったような……。あんまり体力もなかったみたいだし」
「おまけにさー。よく考えたら飛んでるアラガミに剣で攻撃することって少ないし、剣撃無効って実はあんまり強みになってないんじゃね?」
剣撃が効かないという一見厄介そうなその特性も、よくよく考えてみたらそこまで戦闘に影響を与えるものじゃない。その特性を無視した場合、防御面はサリエルの劣化と言ってもよく、そして攻撃面もまたサリエルほど厄介というわけじゃない──つまり、サリエル神属の感応種であるはずのニュクス・アルヴァは、感応種であるくせに単体で見るとサリエルよりも弱いのではないか……と、そんな推測ができてしまうのだ。
「今にして思えばあいつ、こっちへの攻撃よりも近くにいたアラガミの回復を優先していたような気がするな……」
「そうそう! せっかくコンゴウがダウンしてチャージクラッシュを当てられるチャンスだったのに、あいつが回復弾を飛ばして元気にさせちゃったんだよ! アレはいくらなんでもズルすぎだって!」
「ふーむ……単体なら大したことないが、徒党を組まれると厄介なタイプってことだな……。アラガミってのはどんどん凶悪でヤバいほうに進化するもんだと思っていたが、進化の方向性が今までと違ってきてるってことなのかね? ……いや、サリエル神属だからこそ、か?」
「どういうことだい、キョウヤ?」
「もったいぶらないで教えてくれよ!」
意味深なキョウヤのつぶやきに、少々わざとらしくヒロとロミオが乗っかる。なんだかいい感じに話題が逸れそうだったので、そのチャンスを逃すまいと必死なのだ。
「いやな、実は俺……サリエルってのはザイゴートが進化したアラガミだと思ってるんだよ」
「あー……なんか、言わんとしていることはわかる気がする……」
「どっちも浮いてるし、どっちも目が良いし、どっちも毒を使うし……というか、よく考えたらザイゴートもサリエルも人の頭みたいな部分の上にでっかい目玉があるじゃん!」
「だろ? シルエットが違いすぎるから気づきにくいが、その部分だけはほぼ同じなんだよあいつら。そのうえで……ザイゴートってのは、ほかに例を見ないくらいに堕天種が多い」
通常のザイゴート。高温適応型……つまり、【火】属性のザイゴートに、極地適応型……すなわち、【氷】属性のザイゴートと、荷電性……【雷】属性のザイゴート。通常種に堕天種が三種で、ザイゴートはそれ単体で四種類もいるということになる。
「熱いのにも寒いのにも、電気にさえも適応する……アラガミってのは元々そういう性質があるもんだが、それにしたってザイゴートの堕天種は多い。どんな環境にも適応できるってことはつまり、いろんな可能性を秘めているってことだ」
「ザイゴートが生存競争に適応した……単純に力を求めて進化したのがサリエルで、生存競争に別の形で適応した……ほかのアラガミと協力できるように進化したのがニュクス・アルヴァってことか……」
ザイゴートとサリエルではアラガミとしての分類階級が明確に異なっている以上、キョウヤのそれはあくまで一個人の推測に過ぎない。しかしながら、たったそれだけで切り捨てるにしてはザイゴートとサリエルには共通点が多く、そしてそもそもとして、アラガミには分かっていないことが多く、かつての生物の常識は通用しない。
だから、ひょっとすると。
まだ学術的な証明ができないだけで、サリエルがザイゴートから進化したアラガミである可能性は十分にあるのだ。
「確かにザイゴートの堕天種って多いけど……じゃあ、もしかすると」
「どうした、ヒロ?」
「ヴァジュラも、実はヴァジュラテイルが進化したアラガミだったりする……のかな?」
「それには明確な答えがあってだな……結論から言うと、ヴァジュラテイルとヴァジュラに大したつながりはない」
「あ、そうなの?」
「おう。そもそも俺は、ヴァジュラテイルはオウガテイルの堕天種だとばかり思ってたんだが」
あ、それ俺も──と、ロミオが頷く。ヒロもまた、キョウヤのその言葉に大きく頷いた。
「ザイゴートはあくまで属性違いの堕天種として分類されているのに、オウガテイルとヴァジュラテイルはそもそもとして呼び名が違う。ちょいと気になって調べてみたら……なんと」
「ふむ?」
「ヴァジュラテイルはオウガテイル神属に分類されているんだ。つまり、分類上はオウガテイルの堕天種と言ってもいい。ただ、ちょっと面倒くさい感じになっていてだな……」
「めんどくさい?」
「【火】属性のヴァジュラテイルは、オウガテイル神属堕天種に分類されている。んで、【雷】属性のヴァジュラテイルは……オウガテイル神属の禁忌種に分類されているんだよ」
「……えっ?」
「ど、どーゆーことだよキョウヤ……? だったら、少なくとも【火】のやつはオウガテイルの【火】属性の堕天種なんじゃないの……? 分類上そうなってんだろ……?」
「それがよぉ……そもそもヴァジュラテイルってのはオウガテイルがヴァジュラのコアを捕喰したことで生まれたらしくてな。ヴァジュラとよく似た外骨格組織を持っているうえ……独自の進化をしているのか、ヴァジュラにはない落雷能力がある。つまり黄色い方のヴァジュラテイルだな」
「……」
「で、赤いほうのヴァジュラテイルもヴァジュラとよく似た外骨格組織がある。成り立ちを考えると、赤い方は黄色い方のヴァジュラテイルが高温適応したアラガミってことになるわけだ」
通常のオウガテイルから、【氷】のオウガテイル堕天種か、【雷】のヴァジュラテイルに派生する。そして、【雷】のヴァジュラテイルから【火】のヴァジュラテイルに派生する。ヴァジュラのコアの捕喰によって得られたとされるその外骨格の特徴を考えると、通常のオウガテイルから【火】のヴァジュラテイルにいきなり派生することは可能性としてかなり低い。
「高温適応したんだから、そりゃあ堕天種だ。でもってヴァジュラテイルはオウガテイル神属なんだから、赤いヴァジュラテイルはオウガテイル神属の堕天種ってことになる」
「あー……そっか、禁忌種にしてアラガミとしての名前を変えちゃったせいで、堕天種が出てきた時にわかりづらくなっちゃったのか……」
「頭がこんがらがってきたよ……全部オウガテイルの堕天種にするか、赤いヴァジュラテイルも禁忌種にすればいいじゃん……というか、ヴァジュラテイルって名前が紛らわしいんだよ……!!」
「まぁ、ぶっちゃけ全部オウガテイルの堕天種みたいなものだとはいえ……外骨格が違う以上中身は明確に別物だし、あくまでヴァジュラのコアの捕喰をきっかけに生まれたとされる種だ。自分の力だけで適応したわけじゃないんだから、学術的には別種とするのが正しいんだろうな」
そうでもなければ、赤いヴァジュラテイルがオウガテイル神属の堕天種として分類されている理由が説明できない。あくまでオウガテイルとは別種の存在とされているのだから、そういうものだと納得するほかないだろう。それでも納得できないというのなら、あとはデータベースの表記ミスを疑うしかない。
「んじゃ、まとめるぞ。俺の考えでは、ザイゴートの適応性・成長性およびサリエルとの共通点より、サリエルはザイゴートから進化したアラガミだ。んで、ザイゴートの適応性があるからこそ、サリエルの感応種であるニュクス・アルヴァは今までのアラガミにない特徴を有している」
「異議なし!」
「オウガテイルの堕天種はあくまで青いやつだけだ。オウガテイルの堕天種っぽくみえるが、外骨格の特徴とその成り立ちから、ヴァジュラテイルとオウガテイルは全くの別物だ。おそらくだが、オウガテイルは電気や高温には適応できなかったんだろう。昔からいるアラガミのわりに、オウガテイルとしての【火】や【雷】の堕天種がいないことから、オウガテイルの適応性・成長性はザイゴートよりずっと低い……オウガテイルをベースにした中型以上のアラガミってのは生まれないだろう」
「ちょっとモヤっとするところはあるけど、異議なし!」
「ここからは完全に俺の想像だが……堕天種の多さをそのまま適応性や成長性、あるいは進化の可能性として捉えるならば、グボロ・グボロも感応種は出てきそうな気がする。あいつも堕天種が二種に黄金グボロで、通常種と合わせて四種類になるからな」
本当に感応種が出てくるのは勘弁だけどな──と、そんな風に笑ってキョウヤは話を締めくくった。
「以上、講義終わり──と。……予想外にめっちゃ話しちゃったぜ。俺、こういうキャラじゃないんだけど」
「いやいや……何言ってんだよキョウヤ! すっげーわかりやすかったし、なんかキョウヤも博士みたいだなって思った! 普通の座学だったら俺絶対居眠りしてたって!」
「極東の人ってみんなこうなの……? 正直、ここまでアラガミについて考えたことなんてなかったよ……!」
「よせやい、俺の場合は……単純に、気持ちよくスカっと銃撃できるようにアラガミを調べてただけなんだから。それがたまたま趣味と実益を兼ねていたってだけの話だ……いや、榊博士だったらそれこそが学問としての理想の姿って言うのかね?」
「ははは、そうかもな! ……いやあ、いい勉強になった!」
「うんうん、実に有意義でためになる時間だったね! 俺も見習わないと!」
「お世辞でもおだてられると嬉しいもんだぜ。たまにはこうしてみんなでざっくばらんに勉強するのも悪かねェや」
「「異議なし!」」
あっはっは、と和やかな笑い声が部屋にこだまする。そこにはやり切った表情で笑う、三人の男たちの友情があった。
「……良い話でまとめようとしているけど、三人でえっちなのを見てた事実は消せないからね」
▲▽▲▽▲▽▲▽
「あれっ? チハルちゃん、そのプリンどうしたの?」
「はて……さっきすれ違ったヒロもロミオも、プリンなんて持っていませんでしたが……」
「んー……口止め料、かな?」
「……はい?」
「んーん、何でもない! なんかキョウヤくんたち、今日はおなかいっぱいなんだって! ちょうど三つあるし、シエルちゃんたちもおひとついかが?」
──その日の夕食。チハルの席には、なぜか追加で三人分のデザートがあったらしい。
・ザイゴートとサリエルが実はめっちゃそっくりだってことに気づいたとき、マジびっくりした。
・ヴァジュラテイル(火)ですが、公式設定資料集ではオウガテイル神属堕天種と表記されています。ただ、ほかのいくつかの資料ではオウガテイル神属禁忌種と表記されていることもあるようで、どうも統一されていないっぽいです。ここでは公式設定資料集に則り堕天種であるとし、「雷属性の後に火属性が見つかったから堕天種になった」説を唱えています。
・ほんとだもん! 本当に尻からグボロ出すんだもん! うそじゃないもん! (【尻からグボロ】は創作ではなく、公式設定です)