GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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83 食卓への誘い

 

 暇であるッ!!

 

 ルフス・カリギュラを食べてからはや数日。相も変わらず私はこのエイジスにて食べては寝て、食べては寝て、そしてたまに神機使いの女の子と戯れる……といった、自堕落な日々を過ごしている。

 

 いや、平和なのはいいんだよ。アラガミとなってしまったこの身だけれども、中身は結局のところ良識のあるごく普通の一般人だ。同じ人間がアラガミに喰い殺されるところなんて見たくも無いし、出来ることなら悪いアラガミさんは悪さをするまえに美味しく頂きたいと思っている。

 

 だけれども、さすがにちょっとマンネリ化してきたというか。

 

 

 ──ルゥゥゥ……!

 

 

「あ、なんか唸ってる」

 

「あー……これはたぶん、ぐいーって体を伸ばしてるだけだろ。唸ってるってよりかは、自然に漏れ出た感じだな」

 

「暇なのかなあ……あとでちょっと遊んであげよーっと」

 

 私のお腹をクッション代わりにして──というか、ソファのようにして持たれかかっているケイイチくんとレイナちゃん。神機こそ手元に置いてあるものの完全にリラックスしている状態で、一切の遠慮なく私に体を預けている。ついでにここぞとばかりにほおずりなんかしちゃって……いやん、ちょっとくすぐったいかも。

 

「今遊んであげればよくない?」

 

「お昼寝の気分なんだよねえ……」

 

「……正直、任務ってよりかは休憩時間みたいなものになってるよな。アラガミなんて襲ってこないし」

 

 この二人が甘えてくれるのは嬉しい。初めて会った時はだいぶビビり散らかしていたというのに、今じゃ自分の部屋でくつろいでいるかのように気が抜けきっている。その声だけを聴けば、ベッドに寝転がりながらスマホを弄っている二人の姿が幻視できるほど……あらやだ、もしかしてこの二人ってデキてるのかしらん?

 

「ルーもあくびしてるよ、きっと」

 

「ルーのやつ、時折すごく人間臭い仕草するんだよな……」

 

 そりゃそうよ。だって(心は)人間だもの。

 

 ──冗談はともかくとして、だ。最近は割とマジにマンネリ化というか、生活の刺激が無くなってきつつある。ちょっと前までは私を《喚起》するという名目でちょくちょくブラッドとの任務……というか、ヒロくんとの任務に連れ出されたのに、最近はめっきりそれも少なくなった。

 

 どうも、私の《喚起》よりも対感応種の戦力を増やすためにアナグラのみんなの《喚起》をしていくことになったっぽい。そりゃまあ、できるかどうかもわからんアラガミの《喚起》を目指すよりも、確実にできるとわかっている人間の《喚起》を試みたほうが建設的だ。それに、私の《喚起》にいつまでも時間をかけていられるほどの余裕も無いのだろう。

 

 あと単純に、最近は赤い雨が多くて予定がドタキャンになることが多いっていう。私は赤い雨にいくら打たれようともなんともないけれど、人間のみんなはそうはいかない。黒蛛病に罹患したら基本的に致死率100%だし、貴重な神機使いをみすみす使い潰すなんて愚の骨頂。任務の中止もやむを得ない。『今日は一人で適当によろしくね』って通達されたのも、もう両手の指じゃ数えきれないくらいだ。

 

 ……まあ、一人で気兼ねなくアラガミ☆グルメツアーができるのはそれはそれで楽しいんだけどね。赤い雨が降りしきる中でコクーンメイデンをしがむのもなかなかオツなのものだし。あと調味料ってわけじゃないけど、なんか微妙にいつもと違う味もするし。赤い雨の中にある特異点的な偏食因子の味だろうか?

 

 ちょっと残念なことがあるとすれば……最近はそのコクーンメイデンの数が微妙に減ってきていることだろうか。や、探せば普通にいるんだけど、逆に言うと探さないと見つからないくらいには減ってきているわけで。

 

 もしかしなくとも、私が食べすぎてしまったか……あるいは、私のいつものお散歩道をコクーンメイデンどもが覚えてしまったか。赤い雨が降っている時のアラガミ☆グルメツアーは基本的に神機使いの巡回ルートをフォローする形で行っているから、つまりはいつも同じ道を通ることになる。人間にとっては良いことなんだろうけれども、なんとも痛しかゆしと言ったところ。

 

「平和だねえ……」

 

「平和だなあ……」

 

 ほんとそれ。こんなに平和な日々が続くと逆に怖くなってくるっていう。特に、ロミオのマルドゥークの件は絶対に何とかしたい。まさかこの極東にマルドゥークが現れないわけないんだけど、それが果たしていつのことなのか、わからないのが怖いところ。

 

 ……でも、神機兵関係のイベントが全然起きてない気がするんだよあ。なんかラケルせんせーも私が知っているラケルせんせーとはちょっと違うみたいな感じがするし、果たしてどこまで私の知識が通用することやら。

 

 というか、マジでチハルちゃんに会いたい。最近本当に会える機会がめっきり減った。前までは毎日のように甘やかすことができたのに……最近じゃ、休日の時くらいしか会えていない。あの小さなおててで顎の下を撫でてくれるの、結構好きなんだけどなあ。

 

 ……いや、まて。

 

 まさかとは思うけど。

 

 もしかして私……捨てられたのかしら?

 

 ……やだ、そんなのやだぁ……!

 

 悪いことがあったら言ってよぉ……! ママ、頑張って直すからぁ……!

 

 

 ──ルゥゥ。

 

 

「あ……おなかからぎゅるぎゅるってすごい音してる」

 

「健康な証だな。……そろそろ飯の時間か?」

 

「このコ、ずーっとお腹空かせてると思うけど」

 

「ま、アラガミなんてそんなもんだろ」

 

 …………いや、ちょいまち。

 

 

 ──ルゥゥ……?

 

 

「……ん?」

 

「どしたの、ルー?」

 

 すんすん、すんすん。

 

 冗談でふざけていたけれど……なんだ、これ?

 

 なんだかすごく美味しそうな匂いがする気がする。クッキーを焼いている時のような、あるいは上等のはちみつのような……それでいて、バター醤油をちょっぴり焦がしたような。夜の乙女のデンジャラスタイムに嗅いだら絶対ヤバい感じの匂いで、そんな匂いがだんだんと強くなっている……のに、その正体が掴めない。

 

 私のキュートなおなかが可愛い音を出しちゃったのも、この美味しそうな匂いが原因ってワケ。

 

 ……でも、マジで何の匂いだろ? どれ、ここはひとつ自慢のビリビリパワーのユーバーセンス(仮)でも使ってみるとしましょうか。一瞬だけだから許してちょうだいね……っと。

 

 ──ルゥ!

 

「わ」

 

「ふわってするよな、これ……でも、なんでジャミング?」

 

 ──げ。

 

「アラガミでも見つけたのかな? ……でも、もうここにアラガミが来ることなんてなくない?」

 

「あるいは戦闘態勢に入ったか……いずれにしろ、ただ事じゃない……のか?」

 

 まさか、そっちか。いや、確かに時系列的にはそうだったはずだけど……そうか、そういう風になったのか。

 

 あとレイナちゃんもケイイチくんも、ちゃんと警戒態勢に入ったのは実にほめほめポイントと言える。あとでママが存分に甘やかしてあげるからね!

 

「ルー、いったんジャミング解いてくれ。本部に連絡を取りたい」

 

 ──ルゥ!

 

 あいよ、了解。

 

 というかたぶん、連絡なんて取らなくても向こうから──。

 

 

 

『──イイチさん! レイナさん! 聞こえますか!? 至急、応答願います! 繰り返します、至急応答願います!』

 

 

 

 通信機から聞こえてきた、フランちゃんの切羽詰まった声。何かあったのは疑いようがなく、そしてわざわざこの二人を名指ししてきた……私の監視役であるこの二人に連絡してきているってことはつまり、私に用があるんだろう。

 

「フランさん……? ちょうどこっちも連絡しようと思ってたんですけど……なにかあったんですか?」

 

『……つながった! いいですか、落ち着いてよく聞いてください!』

 

「は、はい……」

 

 

 

『任務に出ていたナナさんが倒れ、ブラッド隊が大量のアラガミに囲まれて孤立しました──至急、ルーと共に救援に向かってください!』

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「結論から言うと──あのアラガミの異常行動は、ナナくんの《血の力》の影響によるものだろうね」

 

 未だなお顔の疲れが取れない──いいや、どこか不安そうにしている面々を前にして、榊ははっきりと断言した。

 

 今日の午後。なんてことの無いはずのアラガミの討伐任務に赴いていたブラッド隊が、突如として大量のアラガミに囲まれて孤立した。周囲にいたアラガミたちが、文字通り──まるで何かに引き寄せられるかのようにして、ブラッド隊の元に向かい始めたのだ。

 

 そして時をほぼ同じくして、戦闘中だったナナが意識を失って倒れた。アラガミの異常行動に加えてのこの異常事態に、任務をそのまま続行なんてできるはずもない。というか、下手をすれば壊滅的被害に繋がりかねないほどの緊急事態だったわけで。たまたまルーがすぐ動ける状態であったのは──すぐに救援として駆けつけることができたのは、不幸中の幸いと言っていいだろう。

 

「アラガミの異常行動の前後で強力な偏食場パルスが観測されていてね。キミたちブラッドが《血の力》を使うときに発生するものと非常によく似たものだったよ。状況証拠から察するに──ナナくんの《血の力》の影響を受けて、アラガミが引き寄せられたのだろう」

 

 この極東でもほかに例を見ないアラガミの異常行動。それに前後して発生している偏食場パルスに、倒れてしまったナナ。さすがにこれを偶然であると判断する人間は、この場にはいない。

 

「聞けば、ここ最近ナナくんの体調があまり良くなかったという話だが……ラケル博士?」

 

「ええ……。メディカルチェックでは問題なく、あくまで本人の自己申告があったくらいでしたが……まさか、こんなことになるなんて」

 

「……」

 

「あの娘は生まれが少々特別なんです。これまでも同じように体調不良を訴えることはありました。今までずっと、定期的なメディカルチェックを行いお薬を飲んでいれば大丈夫だったのですが……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 

 二人の博士の会話に割って入ったのは、ロミオだった。

 

「な、ナナの《血の力》がアラガミを引き寄せた原因になったってのはわかったけどさ! それでどうしてナナは倒れたんだよ!? 薬を飲んでれば大丈夫じゃないのかよ!?」

 

「端的に言えば、《血の力》が暴走したんだろうね」

 

「あるいは、不安定な目覚めになったせいで心身に大きな負荷がかかった……と、言えるかもしれません」

 

 おそらく。

 

 ナナは元々アラガミを引き寄せるという性質の《血の力》を秘めていた。しかしながら、何らかの理由によりその発現が酷く不安定で、ともすれば暴走ともいえる形で目覚めてしまった。本来であれば制御できるはずのそれを制御できず、心身に負荷がかかって倒れてしまった……というのが、今回の事件の真実だろう。

 

「ナナの《血の力》は、使い方を誤ればとても危険なものです。もしかしたら、ナナはそれを本能的に感じ取って……無意識に抑え込もうとしてしまっていたのかもしれません。目覚めかけている力を無理矢理抑え込んだうえで、体調不良(・・・・)が重なって……」

 

「体が耐え切れず、意識を失った……そして、《血の力》が暴発した……?」

 

「……私の責任です。もっと、あの娘の様子をよく見ておくべきでした。ちゃんと適切な処置をしていれば……こんなことには、ならなかった」

 

 ラケルが目を伏せる。それはただの結果論だよ──と榊が慰めの言葉をかけるも、どうやらあまり効果はなかったらしい。この部屋にはかなりの人数が集まっているというのに、あたりには暗くて重い空気が満ちている。

 

「……ちょっと、興味本位で聞くんだがよ」

 

 そんな沈黙に耐えられなかったのだろうか。

 

 ソファにどっかりと腰掛けたまま、独り言をつぶやくようにリンドウが問いかけた。

 

「聞く話じゃ、かなりの広い範囲のアラガミがナナに引き寄せられたって言うじゃないか。ルーの救援が間に合ったとはいえ……いや、間に合った後も、どうやってこのアナグラまで戻ってこれたんだ?」

 

 ナナの《血の力》は暴走していた。意識を失った後もアラガミを引き寄せ続けていたということは、普通に撤退すると極東支部にアラガミの大群を誘導してしまうことになる。アラガミを殲滅することができればその心配もなくなるが、そんな時間も余力もなかったし、ルーをもってしても対処しきれないほどアラガミはいたのだ。

 

「それについては、私から説明いたします」

 

 声を上げたのは、シエルだった。

 

 声を上げるだけの余裕があるのは、シエルだけしかいなかったともいう。

 

「ルー……ケイイチさんとレイナさんの救援が来るまでは、なんとかお互いをフォローしながら耐えました。良くも悪くもアラガミはナナだけを狙っており、そういう意味では動きが読みやすかったので」

 

「さすがはブラッドってか。普通、そんな緊急事態になったらけが人の一人や二人は出そうなもんだが……」

 

「……正直、かなりギリギリでした。ケイイチさんとレイナさんが間に合わなかったらと思うと……」

 

「い、いえ! 俺なんてルーの背中にしがみついていただけですし!」

 

「わ、私も! むしろ私が背中にいたせいでルーが全力出せなかったかもですし……!」

 

「おうおう、そこは素直に感謝されとけよ。お前らがいたから通信を経由してルーへの指示ができたんだろうに」

 

 ともかく、ブラッド隊はなんとかルーが現場に駆け付けるまで持ちこたえたらしい。ナナを庇いながらの戦闘だったとはいえ、アラガミの動きがはっきりしていたため、耐えるだけならギリギリなんとかなったのだ。

 

「救援が来てからは、アラガミの殲滅に移りました……が、倒しても倒してもアラガミは減りませんでした。一時的に何とか凌いだと思っても、どこからかアラガミが現れて……どう考えても、逃げ切ることはできなかった。ここでようやく、アラガミがナナに引き寄せられている(・・・・・・・・・)ことに気づいたのです」

 

 アラガミがナナに引き寄せられている以上、たとえルーの機動力を以て作戦区域から離脱したとしても、逃げた先で再びアラガミを引き寄せてしまうことになる。つまり、根本的な解決には至らない。

 

「早い話が、強力な挑発フェロモンを使ったような状態だったってことだよな?」

 

「ええ。なので──目視できる範囲のアラガミを殲滅した段階で、手持ちの偽装フェロモンをありったけナナに使いました」

 

「……なるほど」

 

 偽装フェロモン。神機使いの携行品(アイテム)の一つで、使用するとアラガミからの注意を引きにくくなる特殊なフェロモンだ。もちろん、あくまで注意を引きにくくするだけで全く気付かれなくなるわけではないのだが、うまく使えばアラガミをやりすごすことができたり、強力な不意打ちを決めやすくなったりするなどの大きなメリットがある。

 

「そこからは目に見えてアラガミの勢いが落ちました。今になって思えば……偏食場パルスによって大まかな方向こそわかるものの、肝心の本体(ナナ)が偽装フェロモンで見つかりにくくなっていたため、細かい場所までは分からなかった……といったところでしょうか」

 

「個人に引き付けられている状態から、作戦エリアに引き付けられている状態になったようなもんだな……それくらいだったら、極東(ここ)じゃいつも通りと言えないこともない」

 

「はい。その後は普通にルーに乗って撤退しました。……その、撤退中もアラガミは引き寄せられ続けていたようなのですが……」

 

「私の指示で、回収ポイントで別れる際にルーくんに挑発フェロモンを使用してもらったんだ。より美味しそう(・・・・・)な獲物がいれば、アラガミの注意はそちらに引き付けられるからね」

 

「そりゃ……まぁ、そうか」

 

 まさしく、挑発フェロモンの正しい使い方である。そしてアラガミたちにとっては不幸なことに、そのフェロモンに誘われてしまえば──逆に自分が美味しく捕喰されてしまうという、あまりにも致命的な運命が待ち受けているのだ。

 

「一応、チハルくんには謝っておこう……ルーくんを囮にするような真似をしてすまなかったね」

 

「い、いいえ! 緊急事態でしょうがないことですし、それにたぶん……」

 

「ふむ?」

 

「……たぶん、ルーちゃんも囮にされたなんて思っていないと思う。むしろ、アラガミ食べ放題ができてラッキー! ……くらいにしか感じてないんじゃないかなあ」

 

 ああ、たぶんそうだろうな──と、その場にいる全員の気持ちが一つになった。

 

「……ともかく、あとは状況を聞いた私が隔離施設を用意し、ナナくんをそこに保護した……というわけだ」

 

 そうして、今に至る。当然のことながら、挑発フェロモンを使用されたルーはその後もアラガミを捕喰し続け、付近のアラガミを喰らい尽くした後にエイジスへと戻っていったことがレーダーで確認されていた。

 

「当面の危機は去ったと言っていいだろう。……話すべきは、これからのことだ」

 

 アナグラにアラガミが引き寄せられる心配は無くなった。囮に使ったルーも無事が確認されている。

 

 ならば、残る問題は。

 

「ナナの《血の力》の暴走……いや、それよりもナナの容態か。早くラケル先生に診てもらわないと」

 

「ええ──そういえば、ナナは今どこにいるのですか? 神機使いの病室ではなく、特別な隔離施設に運び込まれたと聞いているのですが……」

 

「「……」」

 

 アリサ、コウタ、そしてリンドウ──と、ソーマ。理由を知っている……実際にナナが運ばれる様子を見た人間は揃って顔を見合わせた。アリサとコウタは眉間にしわを寄せて何やら悩んでいる様子だし、リンドウとソーマは早々に諦めた……というか、榊に丸投げするつもりなのだろう。二人そろって肩をすくめて、黙秘を貫くポーズをとっている。

 

「えっ!? ラケル先生も知らないんですか!? もしかして、ジュリウスも!?」

 

「あ、ああ……こちらの医務スタッフの方に引き渡したあとは、そのままお任せしたが……無論、命に別状はなく、ベッドで安静にしているというところまでは聞いてるが」

 

「言われてみれば……隔離施設って、例の隔離病棟ではないですよね? あそこは普通の建物のはずですし」

 

「……そもそもというか、今更の話なんだがよ」

 

 今までずっと黙っていた──少々窮屈そうにしながら部屋の端に立っていたギルが、声を上げた。

 

「なんで俺たちは──いつもの支部長執務室(へや)じゃなくて、研究室に呼ばれたんだ?」

 

 支部長執務室……ではなく、アナグラの研究室。かつてはほぼ榊の私室と化していたそこ──今は時折ソーマも使っている──に、ジュリウスたちは呼び出されている。何やら素手で触ったらいけなさそうな怪しい機材がそこらに散乱しているし、重要そうな資料がごちゃっとそこらへんに積まれてあったりしていて……ありていに言って、【大事なお話合い】をするのにふさわしい場所とはとても思えない。

 

 ついでに言えば、この人数を収容できるほどのスペースもない。いや、きちんと整理すれば問題ないのだろうが、この惨状ではなかなか圧迫感があるというか、かなり窮屈な感じがするというのが実情であった。

 

「……榊博士?」

 

 穏やかに笑ったラケルが、榊を見上げる。その声に少しばかり非難がましい色が見えたのは、果たして気のせいか。

 

「ふむ……もちろん理由はあるのだが……おや?」

 

 ぴ、ぴ、ぴ……と、榊が特に気にした様子もなく手元の端末を操作する。そして、にっこりと笑ってつぶやいた。

 

「朗報だ。ナナくんの容態はだいぶ落ち着いたようだね……例の偏食場パルスの反応は消えたようだ」

 

「それはよかった……では、さっそくその隔離施設へ案内していただけますか?」

 

「いいや、それには及ばない。なぜなら──」

 

 ぴ、ぴ、ぴ……と、榊は再び手元の端末を操作した。

 

「ナナくんがいるのは、すぐ隣の部屋なのだから」

 

「「えっ」」

 

 研究室の、右奥にある赤い扉。意味ありげなハザードシンボルの表示がされているその重厚な扉が、ぶしゅうと音を立てて開く。

 

 その先には。

 

「あ……みんな!」

 

「ナナ! ……うおっ!?」

 

 ベッドにごろりと寝転がるナナがいる……のはいいとして。

 

「な、なんだよここ……?」

 

「病室……病室、なのか……?」

 

 神機使いに宛がわれる個室より二回りほど狭いその部屋。部屋全体が無機質な白いパネルで覆われており、なるほど確かに病室か……あるいは、何かしらの実験室を彷彿とさせる雰囲気だ。

 

 ただし。

 

「なんだかすごく荒れている……ような」

 

「おまけに壁には……子供の、落書き?」

 

 備え付けのベッドや冷蔵庫が、まるでアラガミに齧り取られたかのように抉られている。目立つのはその二つだが、よくよく見るとあちこちに似たような傷があり、まるでこの中で小さなアラガミが暴れまわったかのような有様だ。

 

 加えて、真っ白いその壁にはクレヨンか何かで描かれたと思しき落書きがある。花、魚、肉、眼鏡……そして、にっこりと笑った女の子。子供の自由帳か、あるいは託児所であれば珍しくもない光景なのだろうが、フェンリル随一の頭脳を持つ博士の研究室のさらにその奥、ハザードシンボルの表示がされるほど重要な部屋で見られるものでは決してない。

 

 奇妙でちぐはぐで、なんとも拭いきれない妙な違和感。人によっては薄気味悪ささえ覚えてしまう……のに、どこか暖かで懐かしい雰囲気のあるその部屋。

 

 そんな部屋のベッドの上で、ナナがひらひらと手を振っていた。

 

「ナナ……体は、大丈夫なのか?」

 

「う、うん……一応、もう大丈夫。……心配かけちゃって、ごめんなさい」

 

「いいんだ。お前が無事なら、それで……」

 

 ほっと安心したようにジュリウスが息をつく。無言で駆け寄ったシエルはナナの体をぎゅっと抱きしめ、ロミオやヒロはそんな二人の肩や背中をポンポンと優しく叩いている。部屋の端っこのほうでは、そんな様子をギルが優しく見守っていた。

 

「……ここが、隔離施設?」

 

「うむ。元々は個人的な研究のために設けたものでね。ほかの設備に影響が出ないよう、電波暗室……この場合は感応波暗室になるのかな。ともかく、非常に強力なシールドルームとなっている。ナナくんの偏食場パルスだろうと感応波だろうと、外に漏れ出ることは無いだろう」

 

「……内部から外部へ感応波が漏れ出ないということは」

 

「……」

 

「当然、外部から内部のことを検知することもできない……中の様子を探ることも、できない」

 

「……まぁ、そうなるね」

 

「──いったい、何を研究なさっていたのでしょうか?」

 

 ラケルは穏やかにほほ笑む。しかし、その目に宿る光は非常に強く──そして、榊はそんなラケルの無言の追及をいつもと変わらない様子でばっさりと切り捨てた。

 

そんなこと(・・・・・)は重要じゃないだろう? 今考えるべきは、ナナくんの今後についてじゃないかい?」

 

「……ええ、そうですね。おっしゃる通りです。私としたことが、つい」

 

「いやいや、研究者として気になる気持ちはよくわかるとも……機会があったら、コウタくんに聞いてみるといい。彼ならきっと快く教えてくれるとも」

 

「「えっ」」

 

 マジかよこの人──とでも言わんばかりの、絶望と驚愕が入り混じった視線で訴えてくるコウタを完全に無視して。

 

 榊は、ナナに声をかけた。

 

「ナナくん。……今の状況は、どこまで理解しているかな?」

 

「あ……その、私、任務中に倒れちゃって……」

 

「……ラケル博士?」

 

「ええ……下手に隠すのも良くないですし……この娘も、きっとうすうすは感づいているでしょうから」

 

 ナナのベッドの傍らへと車いすを進めたラケルは、そのままそっとナナの手を両手で包み込んだ。

 

「ナナ、落ち着いて聞いて──あなたの《血の力》が不安定に目覚めて、アラガミを引き寄せてしまったの」

 

「……やっぱり。なんとなく、そうなんじゃないかなーって」

 

 撤退中。ナナは意識を失って倒れていたわけだが、所々で意識が戻る場面があった。誰かに背負われてアラガミから逃げる中で、なんとなくそんな気がして……そして、目覚めたときのこの状況。普通の病室でないことは明らかで、どこかに隔離されているようにしか見えないのであれば……そういう結論に至るのも、そう不思議な話ではない。

 

「あは、あはは……本当に、ごめんなさい……こんな《血の力》なんて、迷惑だよね……」

 

「そんなことありませんよ、ナナ……力というのは使い方次第なのですから。それに、あなたのことを迷惑だなんて……家族(わたしたち)がそんな風に思うだなんて、本気で思っているのですか……?」

 

「ラケルせんせぇ……!」

 

 感極まったのだろうか。ナナは涙ぐみながらラケルに抱き着き、そしてラケルはそんなナナを優しく抱きしめ返す。安心させるように、自らの体温を伝えるようにぎゅっと抱きしめて……とんとん、とその背中を優しく叩いていた。

 

「……我々アナグラの人間も、ラケル博士と同意見であると宣言しておこうか」

 

「このお部屋を用意してくれたのは榊博士なの。ここであれば、偏食場パルスが外に漏れることもないから安心して……元気になったら、榊博士にちゃんとお礼を言いましょうね」

 

 もう一度ナナを優しく抱きしめて、そしてラケルは言い聞かせるようにナナに語り掛けた。

 

「……いまはだいぶ落ち着いている状態です。ですが、またいつ《血の力》が暴走するかわかりません」

 

「そんな……じゃあナナは、ずっとここから出られないのかよ!?」

 

「落ち着いて、ロミオ……そうならないように、一緒にこれからのことを考えましょう? 大丈夫、これだけたくさんの人がいるんだもの……きっと、いい考えが思いつくはずよ」

 

「うむ、その通りだ。この極東には、三人寄れば文殊の知恵──という諺もある。みんなで意見を出し合えば、きっと──」

 

「……おう、お二人さん」

 

 今までずっと黙っていたソーマが、若干の苛立ちを見せながらつぶやいた。

 

「あんたらみたいな人間がそういう言い方をするってことは、もう既に答えは出てるんだろ? 下手な小芝居はやめて、さっさと結論を言ってくれ」

 

 何を言われようと、どの道俺たちは命令を聞くだけなんだからな──と、ソーマはぶっきらぼうに言い放った。

 

「……ラケル先生?」

 

「……榊博士?」

 

 ジュリウスとリンドウの、どこか責めるような口調。ラケルと榊は二人で顔を見合わせ、そしてどこか弾んだ口調で語りだした。

 

「であれば、遠慮なく──推測ではありますが、先ほど述べた通りナナはどこか本能的に自分の力を抑え込んでいるのでしょう。元々目覚めかけている力を無理矢理抑え込んだために心身に不調が起き、そして《血の力》の発現が不安定なものになってしまったのだと思われます」

 

「より正確には、コントロールする術を知らないまま目覚めてしまった……と、捉えるべきなのかもしれないね。知っての通り、《血の力》も広義では感応波で、つまるところ神機使い本人の精神状態の影響を強く受ける。ナナくんの今の状況を考えると、やはりいつ暴発してもおかしくはない。この状態でコントロールしろと言っても、まず不可能だろう」

 

「では、どうすればいいのか──ということになりますが、この問いに対する答えは意外と簡単です。《血の力》を完全に覚醒させて、コントロールできるようにすればいいのですよ」

 

「すなわち、抑え込もうとするのではなく、全力でその《血の力》を開放するんだ。その全容を……正しい在り方を感じ取れれば制御もしやすくなるだろうし、力の安定化もすることだろう」

 

「例えるなら、塞がった水道管みたいなものでしょうか。正しい出口を下手に塞ぐから予想もしていないところから漏れだすし、暴発したときの被害も大きくなる。でも、全力で栓を捻れば……出口がきちんと開通して正しく水が流れるし、どれくらいの量が、どんな風に流れるのかも理解できる。力の安定化さえできれば、あとはもうそれを調節するだけです」

 

「力を畏れず、正しく開放する……いろいろ言ったが、つまるところそれだけだ。何度も何度もその力を使って練習するだけ、とも言える。なんだかんだと言っても、技術の習得には反復練習が一番だからね」

 

「待って待って、待ってぇ……!」

 

 二人の博士から、まるで示し合わせたかのように情報を浴びせられてナナの頭はパンク寸前になった。というか、この部屋にいる大半の人間は大なり小なりナナと同じ気持ちだろう。まともに話を理解できたのなんてそれこそシエルやアリサくらいしかおらず、そんな二人でさえも……事前の準備も何もなくこれだけのことを話し出す博士たちに、驚きを隠せない様子であった。

 

「えと、えっと……つまり、ここでまた《血の力》を使えばいいの……?」

 

「いや、《血の力》を使うのはここではなく戦場でだ」

 

「ええ。《血の力》はいつだってアラガミとの戦いの中で目覚めています。感応波などの何かしらの相互作用の影響があると思うのですが……いずれにせよ、たった一人でこの部屋で、本気で戦う気分にはなれないでしょう? 良くも悪くも、あれは戦うための力なのですから」

 

「うん……でも、私が《血の力》が使ったらアラガミが寄ってくるんだよ……!? 全力で、制御できるまで何度も《血の力》なんて使ったら、今度こそダメかもしれないじゃん……!」

 

 不安定な状態であっても、あれだけ広範囲のアラガミが誘き寄せられたのだ。暴発していたせいで過剰に出力が出ていた……と楽観的な予測もできないことは無いが、いずれにせよ大量のアラガミを引き付けることになるのは間違いない。そして、本当にうまく制御できる保証も無いのだから、やはり相当に危険であることは間違いないだろう。

 

「やっぱり、ダメだよ! 私のせいでみんなを危険な目に合わせられないもん! だったら私、ずっとこのお部屋に──!」

 

「だいじょぶだよ、ナナちゃん!」

 

 部屋に響き渡る声。

 

 自信満々の様子で、チハルが言い切った。

 

「たとえどれだけアラガミを引き寄せたとしても──ルーちゃんに乗ってれば、絶対に追いつかれないから!」

 

「で、でも……ずっと追いかけられちゃうんだよ……? アナグラに、帰ってこれないんだよ……!」

 

「へーきへーき。私、神機なし、補給なしで五日間もサバイバルしたことあるもん。今度はばっちり準備ができるし、ナナちゃんも一緒なら楽勝でしょ!」

 

「えっ……あ、いや、たしかにそう……かも」

 

「経験者は語るってか……すげえ説得力だなあ」

 

「それに……ルーであれば、そこらのアラガミには負けませんし、例のジャミングでアラガミの位置も正確に把握できますね……」

 

「というかそもそもアイツ、挑発フェロモンぶっかけられた状態でアラガミ全部平らげてエイジスまで戻ってるんだろ。今更心配することなんてないんじゃないか?」

 

 ルーの背中に乗っていれば。たとえアラガミを引き寄せていたとしても、追い付かれることは絶対にない。ルーのスタミナは無尽蔵と言っていいくらいだし、追い付かれたとしても普通にそのまま捕喰するだけだろう。ジャミングによるユーバーセンスがあるから囲まれることも不意打ちされることも無いし、緊急撤退を余儀なくされる……なんて事態は起こりようがない。

 

 懸念があるとすれば、ルーの背中に乗ることとなるナナのほうだが……神機なし、補給なしでアナグラの外で五日間もサバイバルをした実績のあるチハルが一緒にいれば問題ない。たとえ作戦が長期化したとしても、もっと酷い状態で過ごした経験があるのだから、その程度なんてこともなく笑って過ごせるのだ。

 

 つまり。

 

 もう、ナナがそれを断る理由なんてどこにもないのだ。

 

「チハルちゃん……!」

 

「……決まり、だね」

 

 決意に満ちたナナの顔。

 

 にこりと笑ったチハルは、高らかに宣言した。

 

 

 

「一緒に、アラガミ食べ放題ツアーだよっ!」





・令和のこの時代に、十年以上前に発売されたゲームの二次創作を見ているみなさんにあえて説明する必要はないと思いますが、ナナちゃんの生まれや育ち(ゴッドイーターチルドレン)の詳細についてはゲーム本編をご確認ください。

・偽装フェロモンも使ったことないっていう。

・シオちゃんの部屋の扉にあるハザードシンボル、あれよく見ると架空のもので実際には存在しないっぽいです。

・シオちゃんがあの部屋に描いた落書きは花、魚、肉、眼鏡(?)、女の子、鳥、太陽、雲……と、あと一個あります。漫画版ではアングルのせい(?)で見えませんでしたが……。
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