GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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87 紅茶をお供に

 

「──どうぞ、入ってくださいな」

 

 とある夜。ラケルに個人的に呼び出されたジュリウスは、約束の時間のきっかり二十秒前に彼女の部屋の扉を叩いた。ノックをしてすぐにラケルの穏やかな声が扉の奥から聞こえ、そしてジュリウスは少々緊張した面持ちで部屋の中へと歩を進めていく。

 

「失礼します……お呼びですか、ラケル先生」

 

「ええ、待っていたわ……なんだか少し前にも、同じやり取りをした気がしますね」

 

 柔らかく微笑む彼女とは対照的に、ジュリウスの表情は真剣なままだ。個別に呼び出されるという時点でろくなことでないのは疑いようが無いし、そして悲しいことに心当たりが多すぎる。唯一、ラケルの機嫌が妙に良さそうなことだけは救いだが……果たしてそれが本当に良いことなのかどうか、今のジュリウスには判断がつかなかった。

 

「その、本日の用件は……」

 

「久しぶりにあなたとゆっくりお話をしたかった……じゃ、ダメ?」

 

 絶対嘘だ。

 

 いつもと同じようにラケルはくすくすと穏やかに笑っているように見える……が、どこか悪戯っぽいというか、こちらをからかうような雰囲気であるのをジュリウスは確かに感じ取っている。

 

 そして、ラケル自身もジュリウスがそう感じていることを見抜いているのだろう。ジュリウスが口を開く前に、自分から言葉を紡ぎ出した。

 

「……まずは、ナナの《血の力》が制御できたことをお祝いしたくて。結構な大ごとになると思っていたのだけれど、結果的には問題なく制御できるようになって本当によかったわ」

 

「ええ、本当に……あとは、ロミオの《血の力》も早く目覚めればよいのですが」

 

「それについては……時間が解決してくれるのを祈るしかありませんね。一応、榊博士からはかなり有力な《喚起》条件の見解をいただきましたが……」

 

「……え?」

 

「下手に開示すると、却って《喚起》が難しくなる類のものでした。少なくとも今はまだ、公開すべきものではありません」

 

 ラケルがそう言うということは、きっとその見解は間違っていないのだろう。それよりも驚くべきなのは、本来部外者で専門外であるはずの榊がこうも短時間で、ジュリウス(じぶん)でさえもいまだに理解しきれていない《喚起》の条件を見抜いたというその事実だ。

 

「もはや末恐ろしさすら覚えますね……本当に、味方で良かったと思いますよ」

 

「ああ……あなた、実際にここに来るまではアナグラのみなさんのことをかなり疑っていましたね。私は、そんなことないって言ったのに……」

 

「……」

 

 そんなのはただの結果論である。だいたい、そう思われても仕方ないような情報を喜々として伝えてきたのはそっちじゃないか──という言葉を、ジュリウスはぐっと飲みこんだ。

 

「……そんなあなたに、これから酷なことを告げなければなりません」

 

「……酷なこと?」

 

 はて、どういうことだ──とジュリウスは心の中で首をひねる。

 

 何かろくでもないことを伝えられるという予想はしていたが、こうしてワンクッションを入れられるほどの事態というのも珍しい。少なくともジュリウスの記憶にある限り、ラケルがこんな風に前置きを入れたことは指で数える程くらいしかなかった。

 

「結論から言いますね」

 

「……」

 

 いつも通りくすくすと小さく笑ったラケルは。

 

 そのくちびるから、とんでもない事実を紡ぎ出した。

 

 

 

 

 

「榊博士たちは──終末捕喰を起こそうとしているのかもしれないわ」

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 ジュリウスがそう聞き返してしまったのも、無理はないだろう。

 

 終末捕喰。アラガミ同士が捕喰を繰り返したその果てに、地球全体を飲み込むほど巨大な存在と化して、この世界のすべてを捕喰してしまう──という、人類の終末理論。とあるカルト団体がこの理論を引き合いにして人々の不安を煽り、集団自殺を引き起こしたという事件はジュリウスも知っているほど有名な話だ。

 

 だが、しかし。

 

「終末捕喰……? な、何をそんな馬鹿な……アレは、カルト教団が提唱した単なる風説では……」

 

 それは単なる風説だ。この明日の希望さえも掴めない世の中に自然と生まれた……いや、人間が生み出してしまった妄想の一種だ。本気で信じている人なんているわけないし、意図的に起こせるものでもない。ましてや……アラガミから人類を守護する立場であるフェンリルの人間が終末捕喰を発動しようとしているだなんて、バカバカしいにもほどがある。

 

 何より。

 

 ジュリウスは……自分たちと背中を合わせて戦ったアナグラの神機使いが、そんなことをする人間だとは思えなかった。信じたくなかったというほうが正しいかもしれない。

 

「い、いえ……そもそもどうして、いきなりそんなことを? なぜ今、このタイミングで……何かきっかけでも、あったのですか……?」

 

 乱れる心を落ち着かせ、ジュリウスはどうにか言葉を絞り出す。

 

「──ルーにそっくりな感応種が見つかったという通信が入ったとき」

 

 一方で、ラケルの回答は。

 

 ただでさえ混乱しているジュリウスの頭を、さらに困惑させるものであった。

 

「榊博士は……ありえない(・・・・・)と言ったのです」

 

 ルーとそっくりなアラガミ──マルドゥーク。ジュリウスが現場に到着したころには、マルドゥークはすっかりルーの腹の中に収まっていたが、しかし実際に対峙したロミオより、ジュリウスはその外観や特性などを聞き及んでいる。

 

 だが、それだけだ。マルドゥークの存在の何が終末捕喰に関わるのか、ジュリウスにはさっぱり想像がつかなかった。

 

「それは……単純に、ルーのような特別なアラガミが他にも存在するとは思わなかったというだけでは……実際、マルドゥークは普通のアラガミだったわけですし」

 

「……どうして? この極東のアラガミはあまりにも多様性に溢れすぎていると、今のあなたなら実感できているでしょう? ほかでもない彼らは誰よりもそのことを理解している……それに、ルーという前例だってある。ありえないなんて、ありえないんですよ」

 

「……」

 

「そんな判断をする人たちであれば。ルーとの初めての出会い……【スプリング・フェスティバル】でどうして【人を襲わないアラガミ】という想定の行動ができたのかしら? 人命を優先する彼らが、前例もないのにそういう行動をする方がよほどありえない(・・・・・)ことだと思いませんか?」

 

「そ、れは……」

 

 確かにそうだ。

 

 ラケルが言うことはいちいち筋が通っていて、ジュリウスには一切の反論の言葉が思いつかない。感情としてはバカげた話であると思っているのに、どこか離れた場所で自分を見つめる理性は間違いなくラケルの言葉が正しいと判断してしまっている。

 

「な、ならばいったいどうして? どうしてそれが、終末捕喰だなんて話に繋がるんです……?」

 

「ええ……落ち着いて、ジュリウス。ちゃんと最初から話してあげますから」

 

 アイコンタクト。じっと見つめられただけで、ジュリウスはすぐに紅茶を淹れる準備に取り掛かる。いつもの愛用のティーセットに、ラケルのお気に入りの茶葉。もしラケルが紅茶を望まなかったとしても、ジュリウスはきっと自分自身を落ち着けるために──この長い夜のお供を用意していたことだろう。

 

「どうぞ、ラケル先生」

 

「ありがとう、ジュリウス……私、あなたが淹れてくれた紅茶が一番好き」

 

 紅茶で喉を潤し、唇を湿らせて。その深い香りで、心を落ち着けて。

 

 やがて──ラケルはゆっくりと語りだした。

 

「実を言うと……最初から、この極東で終末捕喰をやっているかもって思っていたの。ただ、決定的な証拠が見つからなかっただけで」

 

「最初から……とは、【スプリング・フェスティバル】の報告書を読んだ時から、という意味でしょうか」

 

「いいえ──三年前からです」

 

「…………は?」

 

 三年前。聞こえてきた言葉を心の中で反芻して……しかしそれでも、ジュリウスの頭はその言葉を信じられない。理解を拒んだというか、あまりにも突拍子もなさ過ぎて現実だと受け取っていないと言ったほうが正しいかもしれない。

 

「アーク計画、という言葉を聞いたことはあるかしら?」

 

「い、いいえ……初めて聞きました」

 

「そうですよね……アーク計画とは、三年前に凍結された人類救済プロジェクトです。本当にごく一部の人間にしか知られていない、秘密裏の計画でしたけれども」

 

「人類救済プロジェクト、ですか? それっていったい……」

 

 ラケルは、表情を一切変えずに言い切った。

 

 

 

「終末捕喰の際に、選ばれた一部の人間だけを地球外に退避させることで人類滅亡のカウントダウンをリセットする──そんな、計画ですよ」

 

 

 

「…………は?」

 

 もはや何度目になるのかもわからない衝撃。ジュリウスは自分が間抜けな顔をしているという自覚がありつつも、開いた口を塞ぐことができなかった。

 

「終末捕喰が一度発動してしまえば、アラガミも含めたこの地上のすべての生き物がいなくなる──つまり、生物という存在そのものが初期化されます。その時だけ(・・・・・)宇宙へ退避して、その後、生命の再分配が始まり……地上が安定化してから退避した人間が戻れば、アラガミに怯える必要は無くなります」

 

「いや……そんな、バカな……」

 

「遥かなる昔……恐竜というかつての地上の支配者が絶滅したのも、終末捕喰が関わっていると言われているのですよ? 生物の絶滅とその後の繁栄というメカニズムの説明として、終末捕喰以上のものはないわ」

 

「……」

 

 恐竜の存在についてはジュリウスだって知っている。そして、終末捕喰によって恐竜が絶滅した理由が説明できるというのも理解した。

 

 だけれども。

 

「ま、待ってください……もしそれが本当だとしたら、選ばれなかった(・・・・・・・)人間は……いや! そもそも、そんな計画が本当にあったわけがない……!」

 

「……そう思うのが、普通ですよね」

 

 ラケルは、懐からそっとそれ(・・)を取り出し、ジュリウスの前に静かに置いた。

 

「これは……IDカード?」

 

 銀色の、IDカードあるいはクレジットカードのように見える何か。識別IDと思われる18桁の英数字の記載のほかにはフェンリルのエムブレムがホログラム加工されているくらいで……しかし、フェンリル公認のカードであるというのに、ジュリウスはこのカードが何のカードであるのかわからなかった。

 

「──これが、アーク計画に選ばれた人間に贈られるチケットですよ」

 

「……え?」

 

「フェンリルの上層部や、アナグラの神機使い関係者に贈られることが多かったみたいですね。この一枚で、贈られた本人と近しい間柄の人が脱出用のロケットに乗れるという話です」

 

「本当に……あったのか……」

 

 突きつけられた現物。いくら与太話と切り捨てようとも、動かぬ証拠がある以上、それは本当に起こったことであると認めるしかない。わざわざラケルがジュリウスをからかうためだけにこんな手の込んだカードを用意するとは思えないし、そんなことをしても何の意味も無いのだから。

 

「先生はアーク計画に選ばれていたから……そのことを知っていた……」

 

「もちろん、乗りませんでしたけどね。半分ほど疑っていましたし。……ちなみに、このアーク計画はこの極東支部の前支部長……ヨハネス・フォン・シックザールによって主導されていました。このチケットは彼から送られてきたのですよ」

 

「そういえば、昔お世話になったことがあると仰ってましたね……」

 

「ええ。……ともかく彼は、自分が選んだ人間にアーク計画のチケットを贈ったわけですけれども、ここで一つ、気になることがないかしら?」

 

「……倫理道徳は今は置いておくとして、アーク計画は終末捕喰が前提の計画です。終末捕喰がいつ発動するかの予測が出来なければ、そもそもの計画が破綻してしまう」

 

「……」

 

「前支部長は……終末捕喰がいつ発生するか、わかっていた? だから、救える範囲の人間だけでも救おうとした……?」

 

 

 

「いつ発生するのかわかっていたのではなく、自分から引き起こしたのですよ」

 

 

 

「…………は?」

 

 目の前で紅茶を飲む彼女は、いったい何を言っているのだろう。

 

 それが、その言葉を聞いてしまったジュリウスが最初に感じたことだった。

 

「そもそも、終末捕喰は単なる風説なんかじゃないの。十年以上前に、ほかでもない榊博士によって理論上実証されている。すごく困難なことではあるけれど、技術的に不可能というわけではないのです」

 

「いや……そんな、ありえない……」

 

「ありえなくなんてないわ。終末捕喰を起こせる巨大アラガミを造ればいいだけだもの。榊博士もシックザール前支部長も、オラクル研究の開祖とも呼べる人達なのですよ? 神機──剣型アラガミを造れるのであれば、同じようにアラガミを造ることも決して不可能じゃない」

 

「……」

 

「エイジス計画は知っていますね? アラガミ装甲によって守られた超巨大アーコロジーによる人類安息の地を作る……そんなエイジス島の建設計画ですが、突如出現した超巨大アラガミのアルダノーヴァによりエイジス島が半壊したため、事実上の凍結処分となっています……これも、三年前です」

 

「……まさ、か」

 

 紅茶をこくりと飲んだラケルは、にこりと笑って言った。

 

「ええ。あなたの想像通り……このアルダノーヴァこそが終末捕喰のために用意されたアラガミだと思います」

 

 三年前に、アーク計画が実施されようとしていた。地球の外へ脱出するためのチケットが配られたということは、そのチケットの送り主は終末捕喰が発動するタイミングを理解していたということに他ならない。

 

 同じく三年前に、エイジス計画によって建設されていたエイジス島が、突如出現した超巨大アラガミのアルダノーヴァによって半壊した。あんなところにいきなり巨大なアラガミが出現するとは考えにくく、おまけに……アーク計画もエイジス計画も、シックザール前支部長によって主導されたものである。

 

 ならば、その二つに関係が無いとはとても言い切れない。

 

「当時、エイジス島には多くのオラクルリソースが搬入されていました。また、長い時間をかけている割にはその建設計画の進捗は悪く……アラガミの襲撃が起きるようになってからは、ごく一部の関係者しか立ち入ることが許されなかったと聞きます」

 

「それは……エイジス計画を隠れ蓑に、アルダノーヴァを造っていたということか……」

 

「ええ。それを裏付けるように……エイジス島が半壊した日と、このチケットに記された日付は全く同じ。奇しくも(・・・・)その少し前に、フェンリル上層部をはじめとした妙に多くの著名人や技術者が極東に渡っているわ」

 

「……」

 

「これで、シックザール前支部長が終末捕喰を引き起こそうとしたのは納得してくれたと思うけど……」

 

「……ラケル先生」

 

「なぁに、ジュリウス?」

 

 大きく大きく深呼吸をしてから。

 

 ジュリウスは、力の限り叫んだ。

 

「……なんで、教えてくれなかったんですか!?」

 

「だって……そんなことを言ったら、あなた、絶対にここに来させてくれないじゃない」

 

「当然ですッ!!」

 

「うふふ、こわぁい」

 

 最初に極東に行くと決めたあの時には既に、ラケルはそれだけの推定をしていたのだ。ジュリウスが聞く限り……というか、アーク計画のチケットという動かぬ証拠がある以上、ラケルのその考えはほとんど事実なのだろう。

 

 なのに、こともあろうに。

 

 この静かで上品に笑う彼女は。

 

 ジュリウスに、そのことを一切告げなかったのだ。

 

「危険かもしれないところに! あなたは無謀にも一人で向かって! 何かあったらどうするつもりだったんですかッ!!」

 

「まじめな話をすると……それらの計画はすべて、シックザール前支部長が主導して計画したものですから。知っての通り、彼は三年前にエイジスが崩壊した日に亡くなっています」

 

「……」

 

「ここまでは前提。これからは、ここからの話をしてきますね」

 

 まだ、話が続いてしまう。すでにカップの中の紅茶はすっかりぬるくなっているのに、まだまだ話は終わらないのだ。

 

「シックザール前支部長の終末捕喰は失敗に終わっています。ただ、ここで少し私は違和感を覚えました」

 

「……違和感?」

 

「終末捕喰を発動させるには、特異点が必要です。アルダノーヴァを……地球を捕喰させる巨大アラガミを造ることができたとして、特異点はどうやって調達したのかしら?」

 

 特異点が無ければ、せっかく造ったそれもただの巨大アラガミでしかなくなってしまう。前支部長は終末捕喰を目論んでいたというのであれば、必ずどこかで特異点を確保する必要があるのだ。

 

「特異点とは、終末捕喰を引き起こすコア。超高密度の情報集積体。平たく言えば……すごく特別なアラガミです」

 

「そんなアラガミが存在するんですか……? いや、あくまで理論上の存在で、実際に見つけることができなかったから……終末捕喰に失敗した?」

 

「私も、そう思っていました……あるいは、だからこそアーク計画は(たち)の悪い冗談か何か……シックザール前支部長を陥れるために誰かが仕組んだ謀略なのかも、と思っていました。所詮、ここまでの話はこのチケットから想像を膨らませたものにすぎませんから……ですが」

 

「……」

 

「──ナナの隔離施設を見て、考えが変わりました」

 

 ナナの隔離施設。暴走してしまった《血の力》……すなわち偏食場パルス、あるいは感応波を完全に封じ込めることができるシールドルーム。元々は榊の個人的な研究をするために設けられたというそこだが、研究施設としてはあまりに狭い部屋で、そして機能としても【偏食場パルスを漏らさない】というだけでしかない。

 

「確かに奇妙な部屋ではありましたが……あの部屋がいったいどうしたというのですか?

 

「ふふ。びっくりしないでね……?」

 

 おかしくておかしくてたまらないという様子を隠そうともせず。

 

 ラケルは、そっとつぶやいた。

 

 

 

 

「彼らはあの部屋で特異点を──ヒト型アラガミを育てていたのだと思うの」





・ラケルせんせーにもアーク計画のチケットが贈られていた、と言うのは独自解釈です。「ラケルせんせーは過去にヨハネスに世話になったことがある(少なくとも面識はある)」、「ヨハネスは自身が選んだ人間にチケットを贈った(主に優秀な人材や有力者、アナグラ関係者に贈っていた)」ので、知り合いかつフェンリル随一の科学者であるラケルせんせーにも送ってただろうなって思ってます。
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