【人を食った(ような)話】 相手を小馬鹿にするような話。転じて、馬鹿馬鹿しい話。
「彼らはあの部屋で特異点を──ヒト型アラガミを育てていたのだと思うの」
もはや数えることすらばからしくなってきた、本日何度目かもわからない衝撃。驚きすぎて逆に驚けなくなってしまったジュリウスは、ただただ無言でラケルに続きを促した。
「その話をする前に、前提条件の確認をする必要があるわ……ねえジュリウス、榊博士はアーク計画に関わっていたのかしら……?」
「……む」
現在の極東支部の支部長であるペイラー・榊。名実ともに極東支部のトップであり、そして第一印象こそひどく胡散臭い人間に思えたものの、実際は心優しく人情に厚く、そして神機使いのことを誰よりも案じている……と、ジュリウスはそう思っていた。
その、直感に従うならば。
「関わってはいない……と、信じたいです」
「ふふふ。正直ね、ジュリウス」
「茶化さないでください、ラケル先生……それで、先生のお考えは?」
「──答えは【関わっていた】。あれだけの立場にいる人が、その計画を知らないはずがないもの。それにいくら榊博士が研究畑の人間とは言え、権力もあって現場のことも気に掛ける人間に隠し通せるはずがないわ」
「だから、アーク計画に関わっていたと考えるほうが自然である……と?」
「ええ。それに……想像してみて、ジュリウス。あなた……
「……無理、ですね」
おそらく、一か月と経たずに全部バレる。そして関係者が揃う前で計画の粗や見抜かれるきっかけとなったボロを理路整然と説明され、物理的証拠も突きつけられる。ついでに自分ですら気づいていない改善点まで指摘され、これでもかというほどダメだしされる様子がジュリウスには簡単に想像することができた。
「でしょう? ですが……榊博士の性格を考えると、アーク計画なんて絶対に実施するわけがない」
そうなのだ。だからこそ、ジュリウスはラケルの発言に違和感を覚えているのだ。もし榊のことを全く知らずに今の情報を聞いたのなら、何も考えずにそう信じることができたのだろうが……しかしジュリウスはその目で榊の人柄を見てしまっているのだから。
「そう考えると、アーク計画は榊博士の本意ではないと考えるべき。では、どうして榊博士はアーク計画を止めなかったのでしょう? どうしてアルダノーヴァが完成するのを黙って見守っていたのでしょう?」
「前支部長が、アーク計画の全貌を伝えていなかったから……でしょうか? あるいは、何か目的を偽っていただとか」
自分で言っていて、それはないとジュリウスは心の中でつぶやく。あの頭のキレる榊がそんな子供だましみたいな手に引っかかるのだとしたら、ジュリウスはここまで胃を痛めていない。
「当たらずも遠からじ……といったところでしょうか。おそらくですが、最後の最後ですれ違いが起きたのだと思うの」
「すれ違い、ですか?」
「ええ。そもそも、前支部長は極端な手段こそ取ったものの、悪人ではない……と、私は思っています。自分ができる範囲で、一人でも多くの人間を救おうとした。ただ、一人の人間が救うにしては、この世界にはたくさんの人間がい過ぎたというだけの話よ」
「……」
「なるべく多くの人間を救いたい前支部長は考えたはず。ロケットに乗せられない人間についても、どうにか救う手立てはないのか……と」
「それはまぁ、そうかもしれませんが……」
すべてのアラガミでさえも喰らい尽くす終末捕喰に対して、抗う術なんて果たして本当にあるのか。それが無いからこそ、ロケットで宇宙に避難するという方法を取らざるを得なかったのではないのか。
ジュリウスとしてはそう思えてならないが……しかし、それだけだ。それ以上なんてとてもじゃないが考えられなかった。
「そもそもとして、先ほど言った通り終末捕喰を起こすには特異点を準備しなければいけません。だけれど、そんなに都合の良いアラガミがそう簡単に見つかるはずがない。いくらこの極東でも……ね」
「……」
「でもね……その二つの問題を、一気に解決する手法があるの」
「それは……」
「──特異点が無いのなら、作ればいいのよ」
特異点を、作る。
言葉自体は理解できるのに、やはり心が理解を拒む。酷く悲しいことに、ジュリウスはこの短時間で何度もその感覚を味わってしまったせいで、もはやそれに違和感すら抱かなくなってしまっていた。
「そんな……まさか、そんなことが……」
「どうせ作るのなら、いろいろ試してみたいと思わない? さっき、特異点とは特別なコアだと言ったけれど……少し表現を変えると、すべてのものを喰らい尽くすため、アラガミの偏食傾向を無くすためのレシピとも言える。
「それって……まさか……」
「そう、例えば──人間だけ食べない、とか」
「……」
「──実に平和的な終末捕喰です。これなら、榊博士も納得してくれそうではありませんか? だからこそ、あの榊博士が計画に賛同したのだと考えられませんか?」
「た、確かに……い、いえ! それはあくまで理屈上の話でしょう!? 百歩譲って特異点を造れたとしましょう! ですが、どうやってそのレシピを書き換えるというのです!? もし本当にそんな偏食傾向を持たせることができるのだとしたら……我々は、今こうして苦労はしていませんよ!」
アラガミは何でも喰らい尽くす。生物だろうと機械だろうと、有機物であろうと無機物であろうと──果ては、マグマでさえも。だからかつての時代の防壁は何の役にも立たず、偏食傾向……すなわち、アラガミが嫌う味付けを持たせたオラクル細胞によって構成された防壁でないとアラガミを防ぐことができない。おまけに、進化し続けるアラガミはその偏食傾向も変わり続けるため、アラガミ防壁は常に更新し続けないとあっという間に食い破られてしまう。
もし、ヒトを食べないという偏食傾向が発見されたのであれば。
それは、文字通り──人類救済のカギとなる。
「……偏食傾向を持たせるだけなら、実はそんなに難しくはないのよ? それどころか、その類の検証はもう二十年も前に行われています」
「……は?」
「ふふふ……久しぶりに、基礎の授業をしてあげましょうか」
紅茶で唇を湿らせて、ラケルは小さく咳払いをした。
「偏食傾向。それは、アラガミが個体独自に持っている捕喰の傾向。言うなればその個体による好き嫌いを示すものではありますが……これには、基本的な大前提がある」
「……」
「
そんなのジュリウスにだってわかっている。神機使いになったばかりの新人が習うような内容だし、そうでなくとも、ちょっとでもアラガミに関わる仕事をしている人間であれば誰でも知っているようなことだ。別に機密でも何でもないし、調べれば誰にでもすぐわかることである。
「そして」
「……」
だというのに。
どうしてその考えに至ることができなかったのか──最も基本的なその大原則のことを忘れていたのかと、ジュリウスは自分の愚かさを呪いたくなった。
「アラガミは、
「まさ、か……」
「ねえジュリウス……わかるでしょう? 誰でも知っていることだもの。ただ、みんな目を逸らしているだけ」
「やめてください、ラケル先生……! それ以上は、どうか……!」
ジュリウスの懇願を一切無視して。
ラケルは表情を変えずに言い切った。
「──人間だけを食べ続けたアラガミなら、ヒトを食べないアラガミになるんですよ」
アラガミは食べたものの形質を取り込む。
アラガミは自らと似たような形質のものは食べない。
であれば──ヒトだけを食べ続けたアラガミは、ヒトの形質を取得し、ヒトを食べなくなる。
単純明快なわかりやすいその事実。論理として複雑なところは何もないのに、ジュリウスは本能的にその言葉を否定した。
「ありえない! そんなの矛盾している! だったらどうして、アラガミは我々を襲うというのですか!」
「……そうね、ごめんなさい。ちょっと配慮がありませんでしたね……。私が言いたかったのは、原始的なオラクル細胞にヒトの細胞を与え続けたなら、やがてヒトを模倣し始めて……そして、ヒトを食べないという偏食傾向になるって……そういう、ことなの」
「あ……」
「髪でも、唾液でも、血でも……何でもいいわ。何も、ヒトを直接食べさせるわけじゃない。そんなの、榊博士がすると思う……?」
「すみません……私の考えが至っておりませんでした」
「ううん、いいのよ……あなたが優しい子で、私は嬉しいわ……」
優しいついでに、紅茶のお代わりが欲しいのだけれど──と、ラケルはにこりと笑う。胸に残る妙な高揚感を大きく深呼吸することで鎮めたジュリウスは、ぱしんと自らの両頬を叩いてから新しい紅茶を淹れ始めた。
「良い香りですね……紅茶の香りには、リラックス効果があるそうですよ」
「ええ……文字通り、実感しておりますよ」
淹れ立ての紅茶の香りを肺いっぱいに吸い込んでから。
ジュリウスは改めて、話を切り出した。
「ヒトを食べないという偏食傾向を作り出す方法は分かりました。ラケル先生があのシールドルームでヒト型アラガミを育てていた……と推測した理由も、今ならわかります。ですが……現実的に、そんなことが可能なのでしょうか?」
「……どうして、そう考えたの?」
「まず、原始的なオラクル細胞というのが現実的ではありません。二十年前ならともかく、先ほど先生が仰ったとおり、今のアラガミは捕喰の果ての多様化が進み過ぎている。だからこそあれだけ我々人類を捕喰しても、奴らはなお食い飽きない」
「余計なものが入りすぎているから、ヒトとしての形質がほとんど現れない。もしヒトを捕喰してヒトの形質を取得しているなら、今頃人型アラガミでいっぱいですものね。……あら? でも、最近見つかるアラガミは、どこかしらにヒトの意匠を持つものがほとんどという話じゃありませんでしたっけ? そういうアラガミが多くなってきたって、何かの資料で読んだような」
「……それを言われると、ラケル先生のお話の真実味も増してきますが。いずれにせよ、オラクル細胞にヒトの細胞を与えたところで、望み通りの変化をするとは思えません」
「……もし、先行研究があるとしたら?」
「……は?」
「結局のところ、ヒトの姿をしたアラガミになればよいのです。であれば、もう少しやりやすい方から手を付けて検証を進めればいい……そうでしょう?」
「ラケル先生? あなた、何を言って……」
「──オラクル細胞にヒトの細胞を与えるのではなく。ヒトの細胞にオラクル細胞を与えればいい。アラガミをヒト化するのではなく、ヒトをアラガミ化すればいい。すなわち──」
「──ゴッドイーター……!?
気づいてしまったその事実。いや、もともとそれは分かっていたつもりではあったのだが、今のジュリウスには、右腕にあるその黒い腕輪がどうにも薄気味悪いものに思えてならなかった。
「そういう可能性もある、ということです。現に……ヒトを襲わないという偏食傾向の獲得は、部分的に成功していますよね?」
「我々の神機は、
生体兵器であり、オラクル細胞の塊である神機。同じオラクル細胞であるからこそ神機はアラガミを喰い破ることができるわけだが、何でも喰らい尽くすオラクル細胞なのに……神機に適合した神機使いだけは、神機に捕喰されることは無い。
「あえて語るまでもありませんが……神機使いを生み出したのは、シックザール前支部長と榊博士ですよ」
「た、確かに……予防接種レベルとはいえ、我々はオラクル細胞を体内に取り込んでいて……ヒトの形をしたアラガミともいえる存在ではある……。適合した神機だけとはいえ、オラクル細胞に喰われない体質だ……」
「アラガミをヒト化するよりも、ヒトをアラガミ化させるほうが技術的には楽なんでしょうね……。そしてこれだけ神機使いのサンプルがあれば──限定的とはいえヒトを襲わない偏食傾向のサンプルがあれば、完全にヒトを忌避する偏食傾向も生み出せそうじゃないかしら? その技術を確立させることも、出来そうだとは思わない?」
「……」
「そもそも、適合した偏食因子を投与してもらうことで神機使いになれるわけですが……偏食因子投与の
「神機使いは……いえ、人間に偏食因子を投与するというその行為は、アラガミと戦うことを想定したものではない。偏食因子の投与により、結果的にアラガミと戦える身体能力を有することができますが、それはあくまで嬉しい誤算で……本当は」
「ヒトの形質を持たせる研究の副産物として、たまたまアラガミと戦える存在を生み出すことができた……そういう風に思えてしまうのも、不思議はないですね」
「……」
「……」
なぜだか急にしゃべるのを止めたラケルは。
ティーカップに口を着け、こくり、こくりと小さく喉を動かして。
やがて、決心したかのように語りだした。
「ねえ、ジュリウス。本当はあなたに伝えるべきか迷ったのだけれど……今のあなたになら、むしろ伝えたほうが良いと思うことがあるの」
「……わかりました、教えてください。むしろこれ以上隠し事をされたなら、お説教の時間を設けなくてはいけないところでした」
「ふふ。大人になったんですね、ジュリウスは……」
ぐい、と紅茶を一気に飲み干して、そしてラケルは語りだした。
「ヒトの形をしたアラガミを造ることができれば、ヒトを襲わない偏食傾向を持たせることができる……ここまでは、先ほど話した通りです。そのうえで、神機使いの成り立ちを考えると……ヒトの体にオラクル細胞を投与するというやり方は、あまりに迂遠だと思いませんか?」
「それは……」
神機使いという存在が生まれたのは、半ば偶然に近しいことであるのはまず間違いない。確かに神機に捕喰されないという偏食傾向こそ獲得できているが、言ってみればそれだけしか成し得ていないのだから。
偏食因子投与により
つまり……【ヒトの体にオラクル細胞を投与する】という方法は、アラガミと戦う力を獲得するという意味では成功しているものの、ヒトを襲わない偏食傾向を獲得するという意味では成功しているとは言えないものなのだ。
「……もっと確実に、ヒトの形質を与え得る方法があるということですか?」
「そうですね……
「……? それはつまり、方法はともかくヒトとアラガミの細胞を混ぜるということではないのですか? ヒトをアラガミ化させるのか、アラガミをヒト化させるのかわかりませんが、聞く限りでは我々神機使いのそれと同じ発想のように思えるのですが……」
「そうね……その通りよ。だから、あなたには話すべきでないと思っていたの」
「……ラケル、先生?」
もし、三十秒後のジュリウスがこの光景を見ていたとしたら。
きっと、今すぐに引き返せと血相を変えて怒鳴り込んでいたことだろう。
「考え方は同じです。ですが、もっと直接的で、より高い効果が見込める方法ですよ。実際に、非常に良い結果も得られています」
「へえ……! それっていったい、どんな──」
「──生まれる前の胎児に、偏食因子を転写
・「最近見つかるアラガミは、どこかしらにヒトの意匠を持つものがほとんどという話じゃありませんでしたっけ?」……と言う部分については独自解釈です。公式では、【実際にいくつもの個体が我々人間がイメージする「神々」の意匠を取り込んでいる例が各地で報告されている】とあります。ゲーム本編で明言はされていませんが、GE2、GE3……とシリーズが続くにあたり、人面を模していたり明らかに人型であったり、どこかしらにヒト要素を持つアラガミが増えているためここではそういうことにしました。
・偏食傾向に関する説明は、初代GEのシナリオ中において榊博士が講義の形で語っています。
・今回の一連のお話には、公式設定に対する独自解釈がたくさんあります。気を付けてはいますが、矛盾しているところがあった場合は見なかったことにしてください……。
【オマケ】
GE2、GE3にて新規発見された『人面を模していたり人の骨格を有している』アラガミを探してみると、以下の通りだんだんアラガミ全体がヒトっぽくなっていることがわかります(抜け漏れがあったらそっと見逃してください……)。
GE2:5/12 41.7%
GE3:7/11 63.6%
☆GE2(2074年)
※ガルム⇒マルドゥークやキュウビ⇒マガツキュウビなど、新発見アラガミからさらに派生したアラガミや人造アラガミは除く)
・ドレッドパイク
・ナイトホロウ
・アバドン
・イェン・ツィー 〇(人型)
・カバラ・カバラ 〇(人面)
・ウコンバサラ
・ニュクス・アルヴァ 〇(人型)
・ガルム
・デミウルゴス 〇(人面)
・キュウビ
・クロムカヴェイン
・シルキー 〇(人型)
☆GE3(2087年)
※同じく派生アラガミや人造アラガミは除く。
・アックスレイダー
・マインスパイダー
・バルバルス 〇(人型)
・ネヴァン 〇(人型)
・ハバキリ 〇(人型)
・グウゾウ 〇(人面)
・ラー 〇(人型)
・ヌァザ 〇(人型)
・バルムンク
・アヌビス 〇(人型)
・ドローミ