GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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90 ヒトを喰った話(後)

 

「──結論から言えば、警戒すべきは藤木コウタ少尉です」

 

 

 

 ラケルは、今までに無いほどはっきりと宣言した。

 

「《血の力》を暴走させたナナと面会したあの日。シールドルームの用途を榊博士に聞いたら……【コウタくんなら快く教えてくれるよ】って、爽やかに言われました」

 

「……えっ」

 

「いったいどうして? どうして、本来なら関係ないはずの藤木少尉に話を振るのでしょう……? あの場で、あえてわざわざ、名指しで藤木少尉を名指しする理由なんて……」

 

「まさ、か……」

 

 ラケルは、どこか冷たいほほえみを浮かべて言った。

 

「ええ……。きっと、こちらが警戒していることに……あのシールドルームを見て、私がこの推測を確たるものにしたことに向こうも気づいたのでしょう。……だから、そういう風に話を振ったようにしか思えない。あの質問をしただけで、そこまで見抜かれた」

 

 ありえない──とは、もうジュリウスには思えなかった。いや、少し前であればそう思ったかもしれないが、今となっては……榊であれば、やりかねない(・・・・・・)と思えてならないのだ。

 

「そして藤木少尉は知っての通り、思考力、洞察力、分析力、判断力……そのすべてに恐ろしく長けています。ほんの少しの会話で、こちらが気づいていないことさえも見抜いてくる。もしあのまま普通に会話をしていたら、何をどこまで知られていたかわからない……」

 

「……」

 

「だから、そこで会話を止めざるを得なかった。そうであるからこそ、榊博士は藤木少尉に聞けと牽制してきた」

 

「榊博士もラケル先生も、たったそれだけのやり取りでお互いそこまで理解し合っていた……」

 

「──そんな榊博士に全幅の信頼を寄せられている藤木少尉の恐ろしさは、もはや語るまでもないでしょう? 彼ならなんとかしてくれると、彼の判断なら問題ないと、あの(・・)榊博士がそう判断している。変な意味ではありませんが、この手のことに関しては文字通りの化け物ですよ、彼は」

 

「……」

 

「そもそも、クレイドルの任務内容を考えると、藤木少尉がこの極東に留まり続けていること自体が不自然なんです。世界中を飛び回らないとその任務を達成できないのに、そうしているのは……」

 

「……クレイドルにとって最も重要な存在であるルーが、特異点であるルーがここにいるから! だから彼だけはここを離れられない! そして彼がここを守っているから、ほかのメンバーが外へ行けるのか……!」

 

「榊博士が懐刀として手元に置いておきたかった……というのもあるかもしれませんけどね。いずれにせよ、それだけの重大な任務を任せられるほど信頼されているのは間違いないですし、実際にそれだけの活躍をしているのは見てきたでしょう?」

 

 もし、自分がコウタと同じ立場──この極東の第一部隊の隊長、そしてクレイドルの人間であったとして。果たして今のコウタと同じことができるのか、ひいては榊博士にそれだけの信頼を寄せてもらえることができるのか……ジュリウスは少しだけそんなことを想像して、なんだか自分がとてもちっぽけなものであるという気持ちでいっぱいになった。

 

「藤木少尉には既に二度もしてやられていますからね……本当に、末恐ろしいですよ」

 

「……二度? 一度目は報告書の時でしょうが、二回目なんてありました?」

 

「…………ほら、サプライズで歓迎会をされたじゃない? まさか本当に歓迎会だなんて、びっくりしちゃったもの」

 

「…………本当に?」

 

「…………」

 

「……ラケル先生? あなた、まさか……」

 

「──その話は今は置いておきましょうか」

 

 半ば強引な話題の転換。あ、これ絶対何かやったやつだ──とジュリウスは思うものの、その詳細を聞いても今の自分には理解するのがやっと……もしかしたら、理解することさえ難しいのかもしれないと考えると、それ以上追及することはできなかった。

 

「あえて確認するまでも無いですが、藤木少尉はこの手の情報戦だけでなくアラガミ討伐の実力も確かなものですからね」

 

「それはまぁ、そうですが……しかし、情報戦のそれほど、目だったものは無いと思いますが……」

 

 ジュリウスが知る限り、コウタの対アラガミの戦績はそれなり程度、といったものだ。討伐数は確かに多いし実績もたくさんあるものの、飛びぬけて目を見張るような結果を残している、というほどでもない。この極東の部隊長クラスであればそこまで珍しいものでもなく、何なら今の自分のほうが良い成績を残しているという実感すらある。

 

「…………早速、藤木少尉の策略に引っかかってますね」

 

「え……いや、そんなまさか……」

 

「藤木少尉もクレイドルですよ? そして【スプリング・フェスティバル】の時に雨宮一番隊に配属されていたことから、ルーのことを知っているのはもちろん、三年前のあの事件にもかかわりがあったのは間違いないでしょう」

 

「それは……そうでしょうけども。それがいったい……あっ!?」

 

「……気づいたみたいですね」

 

 そう、ラケルが言ったのはすべて事実だ。

 

 事実だからこそ、おかしいのだ。

 

「当時のコウタさんは……まだ入隊して数か月の新人じゃないか……!?」

 

「そんな新人が、アーク計画の阻止やルーの秘密に触れられるなんてこと、できる……? ましてや、藤木少尉はあなたたちとは違い、特別な訓練を受けたわけでも何でもない一般人だったのよ?」

 

「──一般人ということにした(・・・・・・・・・・・)、のですね」

 

「……」

 

「こう言っては失礼だが、彼だけクレイドルの中ではあまりに経歴が平凡すぎる……。ソーマさんやリンドウ殿は言わずもがな、アリサさんだって特殊なプログラムを受けた新型神機使いだ……」

 

「もう一人のクレイドル──藤木少尉と同じ日に、神薙ユウ中尉が入隊しています。いわゆる同期入隊ですが、彼もまた新型。経歴こそ藤木少尉と似たようなものですが……」

 

 ぴ、ぴ、ぴ……とラケルは手元の端末を操作し、とある情報をモニターに映し出した。

 

「これは……アナグラ全体の、アラガミ討伐数でしょうか? この数だと……ざっくり、一年分の記録でしょうか」

 

「いいえ。神薙ユウ個人の、アラガミ討伐記録です」

 

「…………は?」

 

 中型種がそれぞれ三桁。大型種もそれぞれ三桁。第一種接触禁忌種はもちろん、第二種接触禁忌種も。その情報をそのまま信じるならば──神薙ユウは、普通の支部が一年間かけてようやく討伐できるかどうかの数のアラガミを、たった一人で討伐しているということになる。

 

「いや……いやいやいや……いくらなんでも、これはありえない……。いくらこの極東にアラガミが多いと言っても、一人でこれだけの数のアラガミなんて討伐できるはずがない……」

 

「しかもよく見ると、単独での討伐記録が結構な割合で混じっていますからね。たった一人で、神機使い五十人分以上の働きをしていると言っても過言ではありません。もし本当にこれだけの数のアラガミを討伐しているなら……文字通り、彼こそが荒ぶる神と言ってもいいくらい」

 

「……」

 

「いくら何でも、でたらめが過ぎます。でたらめ過ぎて、パッと見ると支部全体の戦績に見えてしまうほど。事実、あなたはそう判断して……言われなければ、それに気づかなかった。ここまで派手にごまかせば、却って気づかれにくくなる、ということでしょうか」

 

「よ、よく見たら……それ以外についてもあまりに成績が良すぎます。討伐数はもちろん、被弾率、損傷率、救護率、サポート率……ありとあらゆる戦績のすべてが。剣も銃も、どんな神機も使いこなしている。衛生兵としても偵察兵としても、狙撃兵としても類まれなる活躍をしている……これでは、まるで……」

 

「──同期入隊の藤木少尉が、霞んで見える。神薙中尉の活躍ばかりが目立って、藤木少尉の異常性がわからない」

 

 どんなに成績が良かったとしても。すぐ近くにいる比較対象が、もはや比較するのもばからしくなるほどの成果を挙げていたとするならば。当然、みんなの注目はそっちに引き付けられて、高いはずの成績も相対的に低く見えてしまう。

 

「そもそも、神薙中尉の経歴自体がおかしいんだ……入隊して数か月の新人が中尉になるだなんて……大ベテランのリンドウ殿を超えて昇格するなんてありえない。コウタさんの昇進ペースだって十分におかしいのに、神薙中尉のせいで全くおかしく思えない……ひょっとするとこのアラガミの討伐数も、コウタさんのものが加算されているのでは?」

 

「その可能性は大いにあると思います。もちろん、神薙中尉の実力が確かなのは疑いようがありませんが……。同期入隊というのであれば任務で一緒に出撃することも多いでしょうし、数をごまかしてカウントするのもそう難しくはないでしょう。何ならお互い、その役割を理解して行動しているとすら思えますね」

 

「神薙中尉も……神機使いになる前はその日暮らしの一般人とありますが……おそらく、これは」

 

「彼もまた、偽装しているんでしょうね。無職だったのではなく、公にできないことをしていたんですよ。そのうえで彼は、その実力を遺憾なく発揮して関係者の注目を集める役割を与えられた。何も持たない一般人が、歴戦の兵である大ベテランを超えて活躍するというサクセスストーリーの主人公……スポットライトを当てるのに、これ以上のキャラクターなんてそうそう思いつかないわ」

 

「一方でコウタさんは、その活躍の陰に隠れて裏で情報を操作し、暗躍する役割を与えられた……そうでもなければ、神薙中尉の明らかに異常な戦績と、ただの平凡な新人神機使いであるはずのコウタさんがこの案件に関わることができた説明がつかない……」

 

 すっかりぬるくなってしまった紅茶。そんな紅茶を一気に飲み干し、ジュリウスはゆっくりと深呼吸をする。

 

 自分は何もわかっていなかった。わかっていないことに気づこうとすらしなかった。自分より年若いはずの人間は自分が及びもつかないレベルの領域で活躍していて、そしてラケルや榊といった切れ者の考えなんて、説明されてようやく理解ができるかどうかといったところでしかない。

 

 そう……ジュリウスにはブラッドの隊長という誇りと自負があったが、彼らに比べればそんなものはあまりにもちっぽけなのだ。少なくとも今のジュリウスは、自分がそんな大層な存在であるとはちっとも思えなかった。

 

「いやはや……自分の無力さを突きつけられたような気分ですね……」

 

「私もよ、ジュリウス……。このアナグラのみんなは、そういう領域で戦っている……。そうでもなければ、生き残れなかった……と、言うべきかしら」

 

「……改めて、振り返らせてください。せめてそれくらいはやれなければ……私は、あまりに不甲斐なさ過ぎて、先生に合わせる顔がありません」

 

「大げさね……でも、わかったわ」

 

 ラケルもまた、最後に残った紅茶を飲み干して──そして、ジュリウスを視線で促した。

 

「まず、過去に贈られたチケットより、この極東支部で終末捕喰が行われようとしていたのは間違いない。しかし、アーク計画で助かるのはごく一部の人間だけ……あの榊博士がそれを容認するはずがない」

 

「ええ、そうね」

 

「それでなお榊博士がアーク計画を容認していたのは、その終末捕喰が人為的に起こされる平和的終末捕喰──ヒトが襲われない終末捕喰だったから。その平和的終末捕喰にはヒトを襲わない偏食傾向が必須で、それは特異点となるヒト型アラガミが有している」

 

「……」

 

「ヒト型アラガミなんて普通は存在しないが、特異点として作り出すことは技術的に可能。マーナガルム計画に、神機使いの成り立ち……榊博士もシックザール前支部長も、その根底となる技術を生み出した人間たちなのだから」

 

「……」

 

「そして、あの明らかに不自然なシールドルームと、そこにあった子供の落書き。これはヒト型アラガミを彼らが有していたという他ならない証拠で、これこそが彼らが終末捕喰を起こそうとしていたことを決定づける最後のピースだった」

 

「ええ、その通り──とてもわかりやすいわ、ジュリウス」

 

 ここまでが、おそらく前半。大事なのは、ここからだ。

 

「そのシールドルームにあった、不自然な噛み痕のようなもの。ヒト型アラガミではつかないはずのそれを我々は確かに確認した……つまりあそこには、ヒト型アラガミ以外の何かがいた」

 

「……」

 

「そして理由は不明ながら、彼らは平和的終末捕喰に一度失敗し、そしてヒト型アラガミも今はいない。であれば、再度平和的終末捕喰に挑戦したいと考えるのはおかしくない……新たなる特異点を用意する必要がある」

 

「……」

 

「その特異点の候補こそがルー。なぜなら、ルーもまたヒトを食べない偏食傾向を有しているから」

 

「……」

 

「【スプリング・フェスティバル】の時から、彼らのルーに対する態度は不自然だった。まるでヒトを襲わないアラガミの存在を知っているかのようで、そして万が一にもルーがヒトを傷つけることなんてないと信じ切っているかのようだった。そして実際、ルーは誰も傷つけていない」

 

「……」

 

「それができるのは……ルーがもっと力の弱い頃から、彼らと触れ合っていたから。だからルーは力加減ができるし、彼らもルーがヒトを襲わないと確信が出来ている。特殊なアラガミを隠して育てるのにあのシールドルームがうってつけで、ルーであればあの噛み痕をつけられる……つまり、あそこにいたもう一体の新たな特異点は、ルーだ」

 

「……」

 

「そう、最初のヒト型アラガミのあとに、彼らは何らかの方法でルーという新たなる特異点候補を作り上げていた。クレイドルの活動を見ても、ルーの特異点化に動いているのはまず間違いない」

 

「……」

 

「……だから。だから(・・・)、ラケル先生は……気づいた」

 

「……」

 

「……ルーにそっくりな感応種が見つかったという知らせを受けて、榊博士は【ありえない】といった。ありえないなんてありえないのに、そう言ってしまったのは──」

 

 ラケルがにこにこと自分を見つめてほほ笑んでいるのを見て。

 

 ジュリウスは、自分のその考えが間違っていないことを確信した。

 

「ルーを育てたのはほかでもない彼らだから……! そんな特別な、自然発生するはずのないアラガミが見つかったから【ありえない】と言ったんだ……!」

 

 これこそが真実。各所に散りばめられたほんのわずかな違和感の正体。一つ一つは何気ないことでも、それらをほかの要素と組み合わせ、過去の事例も併せて考えれば……何気ないことから、これだけの真実が浮かび上がってくるのだ。

 

「ラケル先生、あなたは……シールドルームの様子と、【ありえない】という榊博士のつぶやきだけで、ここまでのことを……?」

 

「ええ、まぁ。ですが私の場合、あのチケットをもらっていたというのが大きいです。それが無ければここまでのことは思いつかなかったですし……それに榊博士や藤木少尉なら、この程度は簡単に推測してきますよ」

 

「……」

 

 これだけのことを、「この程度」と流せるのはあなたたちだけでしょう──という言葉を、ジュリウスは心にしまい込む。そして、いつか自分が彼らに続く四人目とならねばなるまいと、決意を新たにした。

 

「……ラケル先生」

 

「なぁに、ジュリウス」

 

「……私はこのあと、どうすればいいのでしょう? 彼らの終末捕喰を止めるべき……なのでしょうか?」

 

 アナグラの人間──少なくとも、榊博士らの目的はおそらくこれで間違いないのだろう。しかし、結局なんだかんだと言っても終末捕喰は終末捕喰だ。いくらその目的が人類を救済するための平和的なものとはいえ、危険であることには違いない。

 

「ふふふ、ジュリウスったら……答えはもう、わかっているのでしょう? だから迷って……私に意見を求めた。違う?」

 

「……」

 

「最初に言った通り──私は久しぶりにあなたとゆっくりお話をしたかっただけ」

 

「……」

 

「ええ、あなたの考える通り……止めなくていい(・・・・・・・)。むしろこっそり協力してあげてもいいくらい」

 

「……本当に?」

 

「榊博士の終末捕喰理論によれば、終末捕喰はいずれ必ず発生する。例え何らかの方法で回避しようとも、新たな終末捕喰が発生する。いずれは絶対に起きて避けられないのなら……制御できる形で起こしてしまったほうが良い」

 

「……」

 

「ルーがいる今が、絶好のチャンスなのです。すでにヒトを食べない偏食傾向を有しているのだから、あとはたくさんのアラガミを食べさせて、特異点としての目覚めを待つだけ。私たちも協力できる今この瞬間が、最も都合がいいのです」

 

 このご時世では、無事に明日の朝日を拝められる保証はどこにもない。戦場を駆ける神機使いやアラガミは常に生と死が隣り合わせで、そして研究職の人間でさえも、オラクル細胞の暴走事故などの危険性が常に付きまとう。

 

 ならば──実力や能力のある存在が揃っているこの瞬間を、大事にしないとならない。今日できたはずのことが、明日もできるとは限らないのだから。

 

「たとえ終末捕喰が起きたとしても……ルーがヒトを襲うだなんて、信じられる?」

 

「……いいえ」

 

「あの榊博士たちが、悪いことをするだなんて信じられる?」

 

「……いいえ」

 

「そうよね。私も(・・)、そう思う。だから、彼らを信じましょう──」

 

 そしてラケルは、にっこりと笑って言った。

 

 

 

 

「──アナグラのみんなを、そしてルーという新しい時代と秩序を造るアラガミを」




 アバターカードの戦績があらゆる意味ですごいことになっている人、いますよね……。
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