GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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【迅雷風烈】 激しい雷と猛烈な風。行動が素早いさま、あるいは事態が急激に変わること。

尽(ジン、つきる)  :尽きる。出し切る。全て無くす。
雷(ライ、かみなり) :かみなり。いかずち。
負(フウ、フ、まける):背負う。負ける。
裂(レツ、さける)  :裂ける。破れる。バラバラになる。


97 尽雷負裂

 

 ──アァァアアアアアッッ!!

 

 意外なことに──真っ先に冷静になったのは、最もダメージを食らっていたルーであった。

 

「うわっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 全力疾走。たった一秒でも速くこの場を離れようと、苦悶の声を漏らしながらもルーは風を切り裂いて大地を駆ける。

 

 ただし。

 

「ルーちゃん……!」

 

 ──グゥ、ゥゥ……ッ!!

 

 チハルの視界が大きく揺れる。いつもより明らかに上下の揺れがあるのはもちろん、うまくバランスが取れていないのか、横揺れもまたすさまじく激しい。チハルは振り落とされないように必死にルーにしがみつくので精いっぱいで、周囲を気にかける余裕もほとんどない。

 

 そして、チハルのことを考えないほどルーは必死に走っているのに……その速度は、いつもの半分あるかどうかといったところだろう。

 

『応答してください! 何があったんですか!?』

 

「敵襲だ! まださっきの生き残りがいたらしい……! ルーが撃たれて足を負傷した!」

 

『え……そんな……その周囲300mにはアラガミ反応なんてなかったのに……!?』

 

 しかし事実として、ルーは撃たれて負傷している。近くにアラガミがいないのであれば遠距離からの攻撃にほかならず、そして今まで一度もダメージらしいダメージを受けたことが無いルーを傷つけられたのだから……それは、あの異常活性したコクーンメイデン以外に考えようがない。

 

 というか、そうであってほしい。いくら極東と言っても、こうも立て続けに最悪のタイミングで新たな脅威が出現するなんて、あってほしくない……というのが、今この場にいる全員の率直な感想であった。

 

 そして。

 

「な……なに、あれ……」

 

 そんな彼らの願いは、いともたやすく裏切られた。

 

『どうされました!?』

 

「空のずっと向こうに……! たくさんの流れ星が……!」

 

 三つや四つでないのは確か。少なく見積もっても三十はあるだろう。特有の光を放ちながらそれらはすさまじいスピードで動いているらしく……なんだかだんだんと大きくなっているように見えることから、どうやらそれはまっすぐこちらに向かって飛んできているらしい。

 

「オラクル弾だッ!! 降ってくるぞッ!!」

 

「ルーちゃん、避けてぇッ!!」

 

 ──アアアアアアッッ!!

 

 降り注ぐオラクル弾。震える空気。揺れる視界。

 

 それはまさしく、集中砲火と呼ぶに等しいものであった。さっきまではなんてことの無い地面だったはずの場所が一瞬で吹き飛び、そして砕けた小石や砂利がピシピシとチハルの肌を叩く。轟音が容赦なく耳の鼓膜を震わせるせいで、もはや平衡感覚すら保てない──いいや、ただでさえ負傷しながら走るルーが、爆風に煽られて余計にバランスを崩しているのだろう。

 

 辛うじて……本当に辛うじて、オラクル弾の直撃だけはしていない。ルーはなんとかギリギリ、その集中砲火の合間を縫って駆けている。ちょっとでもスピードを落とせばあっという間にハチの巣にされてしまいそうな中で、負傷した足をぶらぶらと揺らしながら、それでも懸命にその射線から逃れていた。

 

「くっそ……! 野郎、どんだけ撃ってやがるんだよ……!!」

 

「この弾幕……! 十数体以上はいるはずです……! それも、そのすべてが異常個体……いいえ、それ以上……!?」

 

 コクーンメイデンの乱戦よりもさらに過激な弾幕。コクーンメイデンのオラクル弾とはとても比べ物にならない威力のオラクル弾。何らかのアラガミによる攻撃であるのは間違いないというのに、そのくせその相手がどこにも見えない──彗星か流れ星か、ともかくオラクル弾がはるか空の彼方から降り注いでいるということしかわからない。

 

 加えて。

 

 

 

 ──オ゛オ゛オ゛オ゛ン!!

 

 ──ガァァッ!?

 

 

「きゃああああああ!?」

 

「ぐあああああああ!?」

 

 

 

 何が何だかわからない。

 

 何が起きているのかわからない。

 

 唯一分かっているのは──得体のしれない何かから、得体のしれない攻撃を受けているということだけ。

 

 それ(・・)は直撃はしていなかった。ただ単純に、ちょっと近くを通り過ぎただけのはずだった。

 

 だというのに、その衝撃だけでルーの体は完全に吹っ飛び、その巨体が宙を舞う。空気の壁をブチ破る音と衝撃波がそのあとにやってきて、それをなぞる様に大地がめくりあがっていく。

 

「くそ、が……ッ!」

 

 右も左も、上も下もわからない。完全に平衡感覚を失ったソーマは、それでも下半身に渾身の力を籠めてルーの体にしがみつく。きっとそっちはなんとかするだろう──そんな淡い期待を込めながら、ルーの体から離れつつあるエリナとコウタをまとめて片腕で支え込んだ。

 

「アリサぁ!」

 

「大丈夫です!」

 

 どうやらそれはアリサも同じであったらしい。並の人間であったら体がへし折れるほどがっしりと、アリサはその下半身でルーを締め上げている。空いている方の手ではロミオの体を抑え込んでおり、そしてギルはロミオの後襟に喰らいついて押さえている──空いている手でチハルを押さえている。

 

 ──ルゥゥ、ゥゥアア……ッ!!

 

 吹っ飛ばされながらも、しっかりと。激痛を堪え、苦悶の声を漏らしながらもルーは着地する。このころになってようやく、アリサたちはまともな平衡感覚を取り戻した。

 

「全員無事か!?」

 

「落ちた奴はいません!」

 

 ソーマの声に、一番後ろに乗っていたキョウヤが答えた。

 

「けど……! ルーの脚が、今ので完全に……!!」

 

 

 

『──射撃警戒! 避けてッ!!』

 

 

 

 ワンテンポ……いいや、何もかもが終わってから遅れてやってきた警告。現場にいる当の本人たちでさえ何が起きたのかわかっていないのだから、オペレーターの警告がこうも遅れてしまうのも無理からぬ話であった。

 

『警戒領域内に突如として巨大なオラクル反応! ソーマさんたちに超高速で接近! これは……音速以上!?』

 

「もうやられた! 警戒領域を限界まで広げろ! 今の範囲じゃ気づいたときには喰らってる!」

 

『……っ! 了解です! フランさん、アラートをチャンネルに直結させてください! 私たちが警告するのでは遅すぎます!』

 

『はい……っ!』

 

「おいルー! 帰ったらたらふく喰わせてやる! だからあともうちょっとだけ踏ん張れッ!!」

 

 ルーの左後脚は完全に吹き飛んでいた。半ばから断ち切れて、今はそこから真っ赤な液体が止めどなく流れ出ている。

 

 ただ、意外なことに先ほどよりも安定感が増しているというか、速度も出ているし揺れも少ない。やはり、余分なものをぶらぶらとぶら下げた状態では走りにくかったのだろう。千切れかけて邪魔になっていたものが完全に消えてなくなったからか、逆に健全な状態に見えないことも無かった。

 

「ルーちゃん……!」

 

 けれど──チハルにとっては。

 

 いくらルーの安定感が増すと言っても……どうせアラガミなのだからまた生えてくるのだとしても、今まで一度たりとも傷ついたことが無いルーの痛ましい姿を見て、冷静でいられるはずがない。目の前に広がる光景がとても現実だとは思えない──いいや、思いたくないという気持ちでいっぱいで、もはや何も考えられないくらいに頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

 

「いったい何なんだよ……ッ!? さっきのは明らかにオラクル弾じゃねえだろうが……!」

 

「クアドリガのトマホークみたいな何かだ! 一瞬チラッと見えた!」

 

「はァ!? クアドリガも異常活性しているってのか!? どうなってんだよ極東はァ!?」

 

「知るかよそんなもん!」

 

 最後尾にいたためか、あるいは生まれつき眼が良いからか。ともかくキョウヤだけはその謎の攻撃をわずかとはいえ視認していた。尤も、ほんの少しばかり見えたところで何の対策にもなりはしない。結局のところ、「何が何だかわからない」というこの現実は何も変わっていないのだ。

 

「だけど、トマホークじゃねえ……! だったらもっと派手に爆発しているはずだ……!」

 

「いずれにせよ、アレだけは避けなくてはいけません……! ルー、よく聞いてください!」

 

 今なお降り注ぐオラクル弾。轟音と風を切る音にかき消されないように、アリサは声を張り上げた。

 

「全力でジャミングを使ってください! あなたなら数百メートル以上の範囲で広げられるはず! 後方から何かを感じたら、即座に避けて!」

 

 平常時であれば、少なくとも数百メートル以上の範囲でルーはジャミング──ユーバーセンスを使うことができる。このボロボロの状態で、こんなにも必死に走っている中でどれだけ距離を出せるのかは未知数だが、攻撃されるかなり手前でそれを察知できるというのは非常に大きい。

 

「そうか……! あのトマホークが音速だとして……! こいつが限界までジャミングしてたら、感知してから着弾までに1秒以上は余裕がある! それだけあれば、射線から外れるくらいはギリ行けるか!」

 

「で、でもキョウヤさん……! 1秒って……! たったの1秒だよ……!?」

 

戦場(ここ)での1秒はデカいだろ! それにかつての時代、0.1秒の早撃ち記録を持つ人間だっていたんだぜ! アラガミ(こいつ)だったら1秒なんてあくびが出るほど長い時間だ……だよな、ルー!」

 

 ──ルゥゥォォォォァァアアア……!!!

 

 それはおそらく、「任せろ」、「やってやる」……といった意味合いの雄叫びだったのだろう。不思議なことに、ルーの背中に乗っている全員が同じことを思った。

 

「よし、これなら何とか逃げ切れ──あッ!?」

 

「どうした!?」

 

「向かってくるオラクル弾に! いくつか遅いのが混ざってる!」

 

 やっぱりそれも、キョウヤだから気づけたことだろう。あるいは、コウタやシエルも同じように気づけたかもしれない。重要なのは、それは常日頃から銃に──オラクルによる砲撃に慣れ親しんでいる人間でもなければ気づかないほどの些細な違和感であったということだ。

 

「気を付けろルー! ああいうのは──!」

 

 

 

 ──アアアアアッ!?

 

 

 

 砲撃。何かが焦げるような嫌な匂いとともに、もはや何度目かもわからない衝撃がチハルたちを襲う。

 

「ぺっ!? ぺっ!?」

 

「無事ですかみなさん!?」

 

「なんとか!」

 

「な……なんなのキョウヤさん!? 今……避けたじゃん! ルー、避けたじゃん!」

 

 確かに避けたはず……しっかりと大きく回避して、その余波さえも受けないようにしたはずなのに。

 

 ──グ、ゥゥ……ァァァ……ッ!!

 

 なのに実際は、そうじゃなかった。ギリギリなんとか直撃はしなかったが、そのオラクル弾は確かにルーの体を掠めている。もしあと1mでも横にそれていたのなら、ルーの背中に乗っている八人のうち三人はこの世にいなかったことだろう。

 

「ホーミング弾だッ! 野郎、速度を抑えてそっちにリソースを使いやがった!」

 

「クソが……ッ! 何でもアリかよ……ッ!!」

 

 ホーミング弾。シユウやサリエルが放つオラクル弾にも見られる特徴。アラガミが使う飛び道具としてはそこまで珍しいものでもなく、それ単体で見ればこれと言って驚くようなものでもない。それこそ、新人の座学で対処法を学ぶくらいにはメジャーなものだ。

 

 が、威力と速度がケタ違いともなれば、もはやそれは筆舌に尽くしがたいほどの脅威となる。

 

「ど……どうするんですかキョウヤさん! ミサイルを警戒しながらホーミング弾も対応しろって絶対無理! ただでさえ、こんなに集中放火されているのに!」

 

「落ち着け! とりあえずお前はコウタさんをしっかり押さえてろ! ホーミング弾は……俺がどうにかする!」

 

「できるんですか!?」

 

「できなきゃ死ぬだけだ!」

 

 そしてキョウヤは──空に瞬くオラクルの輝きに向けて、神機を構えた。

 

「威力重視の直線的な射撃は当たらない。ミサイルはルーが避けるって信じる。そしてホーミング弾は……ホーミング出来る分、威力も速度も落ちている」

 

 オラクル弾の鉄則。その一発に込められるオラクルに対して、割り振れるリソースは限られる。威力だけを追求すると速度を出せないことが多いし、ホーミング性能などの特性を盛り込んだ場合、威力が控えめになってしまう。

 

 この謎の砲撃はそのリソースが桁違いではある。ホーミング性能があるのにも関わらず、威力も速度も並のアラガミのそれの比ではない。

 

 だけど、このホーミング弾もやっぱり、ホーミング性能が無いオラクル弾と比べると明らかに威力も速度も劣る。リソースの総量が大きいためにあまりそうは感じないが、同じリソースの弾同士で比べた場合ははっきりとその違いが見て取れるのだ。

 

「まさか……!」

 

「そのまさかだ……こっちを狙って真っすぐ飛んでくるのがホーミング弾の特性だってんならよぉ……!」

 

 

 

 ──ドドドドド!!

 

 

 

 降り注ぐオラクル弾。もはや絶望的と言っていいその光景を目の前にして、キョウヤは一切目を閉じず、撃ち抜くべき獲物だけを見据えていた。

 

 

 

「そいつらだけを、撃ち落せばいい!」

 

 

 

 銃声。どん、と体に響く衝撃。ただし今回のそれは大地や空気から伝わってくるものではなく、ルーの背中の上──キョウヤの神機から伝わってくるものだ。

 

 ──ドォン!!

 

「きゃあっ!?」

 

「く……っ!?」

 

 まっすぐこちらを狙ってきたオラクル弾が、キョウヤの撃ちだした銃撃に当たってほんのわずかに逸れる。

 

 ほんのわずかに逸れたおかげで、その弾は駆けるルーの数メートルほど横に着弾した。着弾した個所は派手に吹っ飛びクレーターのようになったが……しかし、チハルたちにはそこまで大きな被害は出ていない。

 

「嘘だろ……!? 特大LLサイズのバ火力の弾だぞ……!? コスパ度外視の、モロに入ったらヴァジュラだって吹っ飛ぶ威力だぞ……!? なのに、逸らすだけ……!?」

 

「いや、それでいい! 十分だ!」

 

 わずかに逸らすだけ。しかし、明確な対抗手段ではある。現状、駆けるルーの背中の上という不安定な場所からの射撃を成功させられるのはキョウヤしかいないが、それでも対抗手段があるのとないのでは大違いだ。

 

「エリナ! もってるアンプルは全部キョウヤに使え! 足りなくなったら俺のを! コートの内ポケットの中だ!」

 

「は……はいっ!」

 

 ──ルゥッ!!

 

「!?」

 

 ぐん、と体が大きく横に引っ張られる感覚。咄嗟にキョウヤがルーにしがみつくとほぼ同時に、目にも止まらぬ速さで何かが視界の端を過ぎ去っていく。

 

 

 ──……ォォォン……!!

 

 

「チッ……! ミサイルか……! ふざけた威力しやがって……!」

 

「ですが! ルーなら確かに避けられる! なんとかこのまま射程範囲外まで逃げましょう……!」

 

 絶え間なく降り注ぐオラクル弾。そんなオラクル弾に時折混じる、ホーミング弾。それよりさらに少ない頻度でやってくる、目で捉えることすらできないミサイル。

 

「ルーちゃん、右に!」

 

「おらァ!」

 

 ──ルァァ……ッ!!

 

 オラクル弾は全力で走ることで射線から逃れて。ホーミング弾はギリギリのところでキョウヤが撃ち落して。そしてミサイルは感知した瞬間に反射的に飛びのくことで避けて。

 

 なんとかギリギリ、攻撃をしのげている。満身創痍、いつ崩れるかわからない均衡でありながらも、少しずつ少しずつ、チハルたちはその場から離れつつある。

 

「おぇっ……!?」

 

「キョウヤさん!?」

 

 ただ、やっぱり。

 

 そんなギリギリの駆け引きが、そう長い間続くはずもなかった。

 

「顔が真っ青……! 短時間で撃ち過ぎです……!」

 

 最初に崩れたのは──ホーミング弾を撃ち落としていた、キョウヤだった。

 

「くそ……っ! これくらい……っ!!」

 

「ダメです……! 手が震えてるし、目の焦点もあってない……!」

 

 いくらアンプルを使って射撃用のオラクルを補給したとしても、実際にそれを放つ人間のほうがバテてしまっては意味がない。オラクルを放出するということはそれだけで神機使いに負担がかかるということであり、こんな短時間で大量のオラクルを放っている時点で、その負荷は通常の任務でのそれとは比較にならない。

 

 確かにキョウヤは任務では銃撃をメインとし、自分の気の向くままに銃を乱射することが多い。オラクルの消費量も普通の神機使いの倍以上はあるだろう。しかしそれは例えるなら、マラソンで少しずつスタミナを消費するのと同じことで、スタミナの総量が同じであったとしても、少しずつ消費するのと一気に消費するのではその負荷は比較にはならない──というか人間の体の仕組み上、スタミナを一度に消費するのは不可能である。それは体を守るために本能的に備わっている、保護機能と言ってもいい。

 

 しかしオラクルの場合はそれが出来てしまう。消費オラクルの大きいバレットを大量に撃ちだせば、短時間で保有オラクルをほぼ消費することができてしまう。本来守るべき体のことを考えず、本能が忌避するレベルの負荷をかけることができてしまう。

 

 その結果としてもたらされるのが一過性のオラクル機能不全症候群──具体的には、急激なオラクル減少に伴う特有の嘔気と眩暈であった。

 

「くそ……ッ! 遠慮なくバカスカ撃ってきやがって……ッ!! あっちは弾切れしねェのかよ……ッ!!」

 

「それ以前に……何かおかしいです! あれからもうずいぶん距離を稼ぎました! なのに、命中精度が変わっていない! さっきからずっと、動く私たちをほぼ的確に攻撃出来ている!」

 

 少なくとも数百メートル以上。現実的に考えれば、おそらく1000メートル単位で離れた場所にいるであろうはずのそいつ。なのにいったいどうして、先ほどからオラクルの砲撃の雨が止まないのか。いったいどうしてこうもピンポイントに動く相手に攻撃ができるのか。

 

「……ッ! 来たぞ!」

 

「ホーミング弾……!」

 

 さすがに何十発も見れば、見分けもつくようになったのだろう。空を仰いだソーマが忌々しげに叫び、そしてキョウヤはふらつきながらも神機を構え直す。申し訳程度にエリナがキョウヤの膝にアンプルを突き刺すが、それでもやっぱり顔色の悪さは変わらない。

 

「ルー……! 死ぬ気で当てるが、クリーンヒットはあんまり期待するな……! 今までほどは逸らせないかもだから、もしもの時は──!?」

 

 

 

 ──オ゛オ゛オ゛オ゛ン!!

 

 ──ッッッッ!?

 

 

 

 ホーミング弾と同時に、音速のミサイルまで飛んできた。

 

 言ってみればそれだけで、獲物を狙撃して仕留めるというのであれば実に合理的で有効な方法だ。

 

「うわあああああ!?」

 

「きゃあああああ!?」

 

 ──アアアアアアアア!?

 

 もちろん、キョウヤもルーも黙ってそれを受け入れたわけじゃない。ルーはそれを感知した瞬間に全力でその場を飛び退いたし、キョウヤもまた、体が思いっきり引っ張られる感覚を感じながらも──ホーミング弾を限界ギリギリまで引き付けて、なんとかその弾道を逸らすことに成功している。それはキョウヤ自身でも信じられないほど、ほとんど奇跡に近い出来事であった。

 

 そう、そこまではよかった。今まで通りであれば、それで何とか凌げていた。

 

 けれど、敵はどこまでも狡猾であったらしい。

 

「なんで……! なんで、どうして!?」

 

「うっそだろオイ……!? マジでどうなってんだよ……!?」

 

 ──ァァ……ァァァ……ッ!!

 

 オラクル弾はあたっていない。

 

 ミサイルもあたっていない。

 

 そう、確かにその攻撃は避けたはずなのに。

 

 

 

「なんでルーの腹が裂けてるんだよ(・・・・・・・)!?」

 

 

 

 ルーの脇腹から、真っ赤なそれが止めどなくあふれている。びしゃびしゃと音を立てながら、大地を赤く染めている。何かとても大事で致命的なものがどんどん流れ出て、一本の赤くて綺麗な轍を描いている。

 

 時折ずるっと何かが地面に落ちるのは──きっと、大地を駆ける衝撃でまろびでてしまった内臓だろう。

 

「ルーちゃん! ルーちゃん!」

 

「落ち着いて、チハルちゃん!」

 

「くそ……! お前ら見えたか!?」

 

「いいえ! 何かが飛んで行ったところしか見えませんでした!」

 

「俺もっす! でも、今のは普通に避けられてたはず! 掠るような距離じゃなかった!」

 

 でも、ルーは確かに傷ついている。鋭利な刃物で切り裂かれたかのように、ぱっくりと腹が裂けている。この場にいる全員がそれを確かに認識しているのだから、これは夢でもなんでもなく、現実に起こっていることに他ならない。

 

 加えて。

 

「また来たぞ! ホーミング弾だ!」

 

「しかも……二発かよ……」

 

 右の方と左の方。ご丁寧にもそれぞれ別の方向からホーミング弾が飛んできている。ただでさえ着弾前に銃撃しないと避けられないほど厄介なのに、これでは片方を撃ち落せてももう片方が確実に当たってしまう。

 

「右は俺がなんとかする! 左は頼む!」

 

「そんな……どうするんですか……!? 私たちじゃ、キョウヤさんみたいに飛んでる弾なんて撃てないよ……! しかも、動きながらなんて!」

 

「いつも通りに撃てばいいんだよ! 四人で撃てば誰かしら一人は当たるだろ! できなきゃ死ぬだけだ!」

 

「無理……! そんなの絶対無理……! もう無理だよぉ……!」

 

 エリナの心は完全にくじけていた。神機使いになってからまだ日が浅いというのにこんな前代未聞の事態に見舞われてしまったのだから、それもしょうがないことだろう。以前カリギュラに襲われた時よりもはっきりとした死の気配を確かに感じ取っているし……なにより、神機使いになる前から知っているあのアリサとソーマがこうも危機感に満ちた表情をしている上に、反則染みた強さを持つはずのルーでさえも瀕死の重傷なのだ。むしろ、曲がりなりにもここまで冷静でいられたことをほめてあげるべきだろう。

 

「ううう……うわぁぁん……!」

 

「え……」

 

 考え得る限りの最悪の事態。敵は強く狡猾で、状況は全く良くならない──そればかりか、どんどんと悪くなっている。なまじ知識がある優等生なエリナだからこそ、自分が置かれている状況がどれだけ最悪なものなのかを理解してしまっているのだ。

 

「やだあ……! やだよぅ……!」

 

「おい……!? エリナ……!?」

 

「もうやだあ……! 助けてよぅ……!」

 

「おま……嘘だろ、こんな時に……」

 

「助けて、助けてよぉ……!」

 

 ぽろぽろと泣きだすエリナ。それを見て、キョウヤもエリナの心が完全に折れたのを悟ってしまったのだろう。何かを言おうと口を開こうとして……そして、諦めるように首を振って前を向いた。

 

 

 

 

 

「助けてよう……! おにいちゃあん……!」

 

 

 

 

 

「──ああ、もう大丈夫だ」

 

 

 

 

 

 ──ドン! 

 

 

 

 ギルのものでも、チハルのものでも、アリサのものでもない発砲音。もちろん、泣きじゃくっているエリナのものでもなければ、キョウヤのものでもない。

 

「まさ、か……!」

 

 ありえない。

 

 そんなの絶対、あるはずがない。

 

 頭の中のどこか冷静な部分がそう判断を下しつつも、キョウヤは振り返ることを止めることができなかった。

 

 

 

「……おにい、ちゃん?」

 

「おう……お兄ちゃんだ、ぞー……?」

 

 

 

 未だ血の気の戻らない真っ青な顔。弱弱しく笑いながらも、その人は──第一部隊の隊長であるコウタは、空いている方の手でエリナの頭を撫でていた。

 

「は、はは……すっげぇ頭がくらくらする……夢でも見てんのかな……」

 

 可愛い可愛い後輩が泣きじゃくって自分に縋っている。しかもどういうわけか、自分のことをお兄ちゃんと呼んでいる。これだけだったらとてもいい気分になる夢で済ませられるのに……周囲は地獄のようなありさまで、今なおオラクル弾の集中砲火にさらされている。

 

「コウタさん……! 目が覚めたんですね……!」

 

「おう……っていうか、もしかしなくてもだいぶヤバい……? さっき俺が撃ったの、激ヤバコクーンメイデン……よりもヤバい感じ……?」

 

「当たる前に撃ち落さないとヤバいホーミング弾です……! 敵の正体は不明で、もう何が何だか……!」

 

「はは……道理でエリナが泣いてるわけだ……。もうちょっとだけ頑張んないとだな……」

 

「バカ野郎……! ケガ人は大人しく寝てろ! 死にたいのか!?」

 

「そうですよ! 今のあなたは傷が塞がっているだけの重傷者なんですよ!? これ以上体に負荷をかけたら、本当に……!」

 

「はっ……寝てたらそれこそ死んじまうっての……」

 

 まだ意識はそこまではっきりしていないのだろう。できることなら、このまま目を瞑って休みたいのだろう。

 

 しかしそれでもコウタは神機を構え直し、その銃口を空の彼方へと向けた。

 

「エリナ、支えてくれ……アナグラまでは、気合いで持たせる。お前だけは絶対に、守って見せる」

 

「うん……っ!」

 

 キョウヤ一人では無理でも、二人がかりであれば。さらに言えば、その人は第一部隊の隊長で……キョウヤ以上に銃の扱いに長けている人間であれば。ホーミング弾を同時に数発撃ちこまれようとも対処ができるし、交代で対応することで休憩をはさむことができる──つまり、今まで以上に安定して、粘ることもできる。

 

「行ける……! 今度こそ本当に、なんとかなるぞ……!」

 

「は、はは……! ここで期待に応えられなきゃ、隊長としても兄ちゃんとしても失格だな……!」

 

 見えてきた光明。掴みかけてきた希望。

 

 あと少し。あともうほんの少しでも時間を稼ぐことができれば、きっとなんとかなる。

 

 

 

 ──オ゛オ゛オ゛オ゛ン!!

 

「は……?」

 

「え……?」

 

 

 

 ──弾いたはずのホーミング弾が、再び軌道を変えて襲い掛かってくる。

 ──前方(・・)から、オラクル弾が襲い掛かってくる。

 

 ──前方どころか、ありとあらゆる角度からオラクル弾が襲い掛かってくる。

 

 

 

「避、け──!」

 

 

 

 チハルが最後に見たのは。

 

 面前を埋め尽くすほどの、不気味なほどに煌びやかなオラクルの輝きであった。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 ──ルゥ、ゥ……。

 

「う、ううん……」

 

 頬に何か生暖かいものを感じて、そしてチハルは目を覚ます。

 

「……こ、こは」

 

 体中が痛い。鉄臭い匂いで鼻の奥がツンとしているし、口の中はじゃりじゃりしている。

 

 ──ルゥ……。

 

「……ルー、ちゃん?」

 

 ここに来てようやく、チハルは自分が倒れ伏していたことに気づく。どうやらいつの間にか気を失っていたらしい。ここはまだ外であることを考えると……きっと、ルーが倒れた自分を守ってくれていたのだろう。そうでもなければ、チハルは今頃アラガミに喰い荒らされてしまっている。

 

「……みんなは!?」

 

 急速に回りだす頭。がばっと勢いよく起き上がり、そしてチハルはあたりを見渡した。

 

「はっ……! はっ……!」

 

「……」

 

「う、うう……!」

 

「く……!」

 

 キョウヤ、コウタ、エリナ、ソーマ。まだ意識がはっきりしていないようで、うめき声をあげている……が、少なくとも命に別状はないらしい。いや、コウタについてはうめき声すらも聞こえていないが、一応はおなかが小さく上下しているところを見るに、大変危険な状態ではあるものの最悪の状態で無いことだけは確からしかった。

 

「砲撃が……止んでる……!」

 

 先ほどまでの集中砲火が嘘であったかのように、辺りは静まり返っている。

 

「アリサさん……! ギルさんにロミオくんも……! よかった、みんないる……!」

 

 ──ルゥ……。

 

 アリサもギルも、ロミオも。みんな満身創痍ではあるが、一応は無事だ。というか、チハルたち全員をルーが前脚でまとめて抱きしめるようにして護っている。

 

「そっか……! 気を失った私たちを運んでくれたんだね……!」

 

 ──ルゥ……。

 

 きっと、意識を失った自分たちをルーが運んでくれたのだろう。あの集中砲撃の届かない範囲まで、必死に走り抜けてくれたのだろう。どうにかして、全員を護りきって……ここまでたどり着いてくれたのだろう。

 

 それはまさしく、奇跡に等しいことであったに違いない。

 

「ありがとう、ルーちゃん! ルーちゃんのおか、げ……」

 

 そう。

 

 まさしくこれは、奇跡的なことだ。

 

 チハルたちが無事であるのは、奇跡と言ってもいいことなのだ。

 

 だから、それ以上なんて……望めるはずも無いのだ。

 

 

 

 ──……。

 

 

 

 弱弱しく鳴き、それでもなお癒しの雷でルーはチハルたちを包んでいる。

 

 その丈夫なガントレットのある前脚と、ふわふわな毛皮のある胸で、ルーはチハルたちを抱きしめている。

 

 

 

 ──そうすることしか、できなかったのだ。

 

 

 

 

 

「ルーちゃんッッ!?」

 

 

 

 

 

 ルーの下半身のほとんどが、無くなっていた。





Q.なぜメテオなどの超高威力のバレットを運用する神機使いがいないんですか?

A.消費オラクルが多すぎて普通の神機使いには扱えないからです。もし一瞬でフルマラソン以上のスタミナを消費してしまった場合、あなたは無事でいられますか?
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