GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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99 Dum Spiro

 

『ルーさんのオラクル反応……完全に、消失しました……』

 

 耳元の通信機から聞こえてくる音声。アラガミの反応が消えたという、本来であれば喜ばしいはずの内容の通信。オペレーターからのその一言は任務の完了を示すものにほかならず、今日もこの残酷で救いのない世界を生き抜けたという確かな証とも言える。

 

 なのに。

 

「うそ……うそだよ、ルーちゃん……」

 

 静まり返った戦場に響く、小さな嗚咽。ぽた、ぽたと零れる涙のほかに動くものはなく、誰もが悲痛な面持ちで顔を伏せている。

 

「お前……っ! ふざけんなよ……っ!」

 

 ぐしゃりと膝から崩れ落ちたキョウヤが、震える拳で地面を叩く。そんなことをしても何の意味も無いというのに。

 

「……」

 

 首だけになったルー。首だけしか残っていないルー。吹き飛んだ下半身はどこにも残っていないし、辛うじて残っていた上半身は内臓も体液も漏れ出てぺしゃんこになっている。ここまでくると無残な姿というよりも、ただただみすぼらしいゴミ屑か何かのようにしか思えず、そして実際、アラガミ素材と利用するのも不可能な状態だ。

 

「ルー、ちゃん……!」

 

「くそ……っ!」

 

 そう。

 

 今ここにある(・・)のは、仲間の遺骸ではない。

 

 ただの、何の役にも立たない死んだオラクル細胞の塊だ。

 

 

 

 

 

 

『──諦めるな!』

 

 

 

 

 

 

 通信機から聞こえてきた声。

 

 それは──ペイラー・榊の声であった。

 

『オラクル細胞はそう簡単には死にはしない! まだレーダー上でその反応を捉えられなくなっただけに過ぎん! レーダーの検知限界以下のレベルではあるが──まだ終わってはいない!』

 

 レーダーの検知能力の限界。あまりに微弱なオラクル反応である場合、レーダーでその存在を検知できないことがある。レーダー上での反応が無いというのはあくまでレーダーで検知ができないという意味であり、オラクル細胞の反応が本当の意味でなくなったかどうかは、また別の話なのだ。

 

 とはいえ。

 

『……あえて、私から言わせていただきますが』

 

 静かに呟いたのは、ラケルであった。

 

『完全には死んでいないというだけで、もはや生きているとは言えない状態なのでは……。仮に微弱ながらも反応が残っていたとしても、手の施しようが無いという現実は変わらない、です……』

 

 死んではいない。が、もはや生きているとは言えないレベルに弱っている──死ぬ寸前であるのは間違いない。そのうえで、現状は何も変わっていない……有効な治療法は無いのだから、気休めにもなりはしない。それどころか、下手に希望を持たせる分残酷な行いとすら言える。

 

『──直接投与だ(・・・・・)! 強制解放剤をルーくんのコアに直接投与すれば! きっとまだ、希望はある!』

 

「……だから! それをどうやってやるって言うんですか! チハルが……! 神機使いの力でアンプルをブッ刺そうとして針のほうが折れたんですよ!?」

 

 死に瀕しているコアに、強制解放剤を直接投与することでコアを活性化させる。理屈としては非常に単純で分かりやすいが、残念なことにその手段がない。アンプルの注射針では外皮の死にかけたオラクル結合さえも破れないのだから、コアに直接投与するなんて夢のまた夢だ。

 

「それとも神機でこいつの頭をカチ割れとでも言うんですか!? そんなことしたら、それがマジの止めになっちまうぞ!?」

 

 キョウヤの叫び。アラガミ(ルー)の体を引き裂けるのは神機でしかありえない。しかし、神機はアラガミを傷つけるために設計されたものだ。メスや鉗子の代わりになんてなるはずもなく、一度(ひとたび)振るえばとても取り返しがつかないほどの大きな傷が生まれることとなる。

 

 

 

いいや(・・・)大丈夫だ(・・・・)!』

 

 

 

 そんなごく当たり前の常識を、榊はあっさりと否定した。

 

『最小限の傷だけで済む方法がある! 一か八かの賭けにはなるが──!』

 

「あー……なるほど、そういうことか……」

 

 たった一人。その言葉だけで榊の考えを理解したのは──どこか、吹っ切れた表情をしたリンドウであった。

 

『……頼めるかい、リンドウくん?』

 

「よしてくれ。いつもみたいに、笑いながら無茶ぶりしてくれよ……きっと、そのほうがうまく行く」

 

 あんたがそんな殊勝な態度だと、心臓に悪くて困る──と、リンドウは肩に担いでいたはずの神機をそっと地面に降ろした。

 

「リンドウさん……まさか……」

 

「……やるのか? いいや……できるのか?」

 

「やるしかないだろ……ここで日和ったら、寝覚めが悪そうだ」

 

 榊の……あるいはリンドウの考えを見抜けたのは、アリサとソーマの二人だけ。ほかの人間はただ、わけもわからずに事の成り行きを見守ることしかできていない。

 

「なあ、嬢ちゃん」

 

「リンドウ、さん……」

 

「……賭けになるかもしれないが、信じてくれるか?」

 

 そう言って、リンドウは左手を差し出す。チハルとリンドウはそこまで付き合いは長くない──きっちりと話すようになったのはこの数か月のことだが、今のリンドウはチハルが初めて見るほど真剣な表情をしている。

 

「おねがい、します……! ルーちゃんを、助けて……!」

 

「……ああ、任せろ」

 

 リンドウが、任せろと言ったのだ。ならばもう、チハルはリンドウを信じるだけだ。少なくともチハルはリンドウが嘘をついたところを一度も見たことが無いし、リンドウ以上に頼りにできる人間なんてそれこそ榊くらいしかいない。何をするのかなんて予想もつかないが、榊とリンドウの考えならば、きっとそれが最も良い方法である……と、信じることに決めたのだ。

 

「最後の一本か……わかっちゃいたが、ヘマはできねえな……」

 

 チハルからリンドウに渡された【強制解放剤 極】。ルーを救う可能性を秘めた最後の希望。

 

「り、リンドウ殿……? 貴方はいったい、何を……?」

 

「おう、ジュリウス……悪いが、ちょっと集中したい。俺が動いたら、リンクエイドと回復弾をありったけ頼む。合図は任せたぞ」

 

「は……?」

 

「……頼むから、ビビッて泣いてくれるなよ。どうも、子供の泣き顔には弱くなっちまってね」

 

 そう言って。

 

 リンドウは、右手に嵌めたガントレットの金具を外した。

 

 

 

「……え」

 

 

 

 赤黒く焼け爛れた、筋繊維がむき出しになったかのような異形の腕。硬質化したオラクル細胞特有の──黒曜石を思わせる質感。その右手の甲では橙色に輝く細胞の塊がどくん、どくんと脈動しており、そこに繋がった太い血管が腕全体に張り巡らされている。

 

「そん、な……」

 

 端的に言えば。

 

 リンドウの腕は──オラクルの浸喰を受け、どうしようもないほどアラガミ化していた。

 

「うおお……!」

 

 チハルも、キョウヤも、ジュリウスも──初めてそれを見た人間が呆然とする中で、しかしリンドウはそんなことに構いすらせず、自らの集中力を高めていく。目を瞑り、心を落ち着け……榊が出来ると信じてくれたというその事実を以て、この局面から逃げ出しそうになる弱い自分を心の中でぶん殴った。

 

「言うこと、聞けよぉ……ッ!!」

 

「これ、は……!?」

 

 異形のそれと化した、リンドウの右腕。

 

 そんな右腕が──リンドウの気迫と共に、めきめきと音を立てて変形してく。

 

「て、手から神機が生えてきた……!?」

 

「ば、バカな……そ、そんなことが……!?」

 

 手から生えたのではなく、あくまで腕を変形させてそれっぽい形を作っているだけ。リンドウ自身が扱いやすいように──あるいは、アラガミを屠るという目的のために腕が収斂進化した結果、たまたま神機とそっくりの形になっただけ。自らの腕のオラクル細胞を爆発的に増殖、変形させて作ったそれは、機能としては神機と同じであっても、文字通り自らの体の一部なのである。

 

 ただし。

 

「ぐ……っ! ぐ、ゥ……ッ!」

 

 いつもの神機変形──ではなく。

 

 リンドウはこの体になってから初めて、アラガミを救うために腕を……自らが思い描く通りに腕を変形させようとしている。

 

「おおお……ッ!!」

 

「こ、れは……!」

 

 人の腕よりも長く、細く変形した中指。切るのではなく、突き刺すことに特化した形。それはまさしく小さな槍──いいや、針のようであり、どういうわけかその針は筒状になっているらしい。

 

 神機としてはあまりにも頼りなさ過ぎる細さ。これではアラガミに切りかかることもできないだろう。神機と同じようにこれを叩きつけたら、きっとそのまま折れてしまうだろうし……そもそも、刃が無いから傷をつけること自体が出来ない。

 

 できるとしたら、直接そのまま突き刺すくらい。しかしそれでも、細さが細さだから相手を倒すには至らない。突き刺したまま、そのままアラガミに暴れられて……やっぱり、ぽきりと折れるだろう。

 

 そう、これは神機としてはあまりにも貧弱すぎる。これではとても、アラガミを傷つけることはできない。

 

 だけど。

 

 今、リンドウが求めているのは──まさしく、そんな傷つけないための力なのだ。

 

「へ、へへ……! 突貫にしちゃあ、悪くない出来じゃないか……!」

 

 シリンジ状になったその指に、リンドウは強制解放剤をそのまま差し込む。まるで息づくかのように脈動したその指はそのままアンプルを飲み込んでいって……ある種の蠕動運動を以て、それを指の先端へと送り込んだ。

 

「ソーマ! どこにある(・・・・・)!?」

 

「頭の真ん中だ! 角の根元を狙え!」

 

「──っ! 回復の準備を!」

 

 す、とリンドウが構えを取る。足を肩幅程度に開いて、右腕を腰元へと持っていって。あとはそのまま腰を捻りながら、真っすぐ腕を突き出すだけでいい。

 

 

「行くぜ」

 

 

 

 裂帛の気合と共に、リンドウは右腕を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ──……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ……!? どうなったの……!?』

 

 

 

「……」

 

 

 

『ジュリウス……? 状況を教えて……!』

 

 

 

「……」

 

 

 

『……あっ!?』

 

 

 

「いッッ!?」

 

 

 

 例えるなら。

 

 そう──箪笥の角に足の小指をぶつけたかのような、そんな感じ。そんな感じの小さな悲鳴を上げて、リンドウはほとんど反射的にルーの額に突き刺した指を引き抜いた。

 

 次の瞬間。

 

「え……」

 

 首だけとなったルーの頭が輝いている。微かではあるものの、どくん、どくんと鳴動するように瞬いている。太陽の光の下ではその輝きはほとんど見えなかったが……しかしそれでも、目を凝らせばはっきりと見える。それは決して、見間違いでも気のせいでもない。

 

 そして。

 

「ルー、ちゃん……?」

 

 ルーの頭が、崩れ出す。

 

 より正確に言えば、形を留められなくなったと言うべきだろうか。ボロボロだった毛があらかた抜け落ちて、肉と皮がむき出しになり……そのままドロドロと溶けていく。いや、溶けているのはあくまで表面の方だけらしい。頭蓋骨にあたる部分は健在のようで、ただ単にそこを覆っていた肉と皮がゼリーのような、ケロイドのような何かに変質したというだけだ。

 

 その変質した何かも、あっという間に風化したかのようにかさかさとした質感になっていく。もしここに顕微鏡の類があれば、それが多くの気孔を備えた繊維状の組織であることがわかったことだろう。

 

 

 

『リンドウくん! 報告を!』

 

「……やりやがった」

 

『それは……!』

 

 

 

「あんにゃろ……俺に噛り付いてきやがった(・・・・・・・・・・)

 

『──ルーさんのオラクル反応……! 復活しました……!!』

 

 

 

 リンドウの指。元から黒く変質した……まるで爛れているかのように見える異形のそれではあったが、引き抜かれたそれは文字通り爛れている。薄い煙をわずかに出しながらしゅうしゅうと小さく音がしているところを見ると、焼け爛れたというよりかは、酸か何かに被液したときのそれに近い状態なのだろう。

 

 

 

『微弱で微かで、今にも消えてしまいそうだけれど……! それでも、安定しています……! レーダーでしっかりわかるほど……確実に、オラクル反応が復活しています!』

 

「オラクル反応があるってことは、大丈夫だろ。なんか見た目がだいぶ変わっちまったが……少なくとも、食欲は十分にありそうだ」

 

 

 

 喰われかけた自身の指。それすなわち、ルーのオラクル細胞が再び活性状態に戻ったことに他ならない。入ってきた異物に対して捕喰するという反応が出来ているのだから、あとはもうひたすら外部より栄養(エサ)を与えてあげれば遠からず持ち直すことができるはず。

 

 少なくとも、本当にヤバい峠は越えた──と、リンドウはじくじくと痛む指をさすりながら、そんなことを考えた。

 

 

 

「よかった……! よかったぁ……!」

 

「ったくよぉ……! 元気になったら覚えておけよお前……!」

 

 

 

 今なお不安で心配なのだろう。チハルは泣きながら笑いつつダメ押しと言わんばかりにリンクエイドをしているし、キョウヤもオマケと言わんばかりにふらつきながら回復弾を撃ちこんでいる。そのたびにルーの頭は脈動し、オラクル特有の淡い輝きを放っていた。

 

「とりあえず、これでルーはなんとかなっただろ。細かいことはこいつを回収してから調べるしかないだろうな」

 

『うむ、おつかれさま……よくやってくれたね。ご褒美に、いつものビールを用意しておこう』

 

「……あー、そいつは大変ありがたい話なんだが、その前に」

 

 ちら、とリンドウは──悲愴な面持ちで神機を突きつける二人を見て苦笑した。

 

 

 

「嘘だろ、リンドウさん……! あんたいつの間に、そこまで……!」

 

「こんな形で、貴方を失いたくはなかった……! せめて苦しまずに、人であるうちに……!」

 

 

 

 過去の経験から、自分がその汚れ役をするべきだと感じてしまっているギル。

 同じ隊長としての責任と親近感から、涙を流して現実に向き合うジュリウス。

 

 それはアラガミ化の事実を知っている神機使いならば当然の反応ではあるのだが──リンドウの事実を知っている人間からしてみれば、ともすれば滑稽ともいえる反応であった。

 

 

 

『榊博士……? 当然、説明していただけるんですよね……?』

 

『……む、ぅ』

 

「……俺ァ、あんたの期待には応えたつもりだ。現場として、十分以上に働いたはずだ」

 

 

 

 そっちもいろいろヤバそうだ……というか、そっちの方こそいろんな意味でヤバそうだ──なんて考えながら、リンドウはジュリウスとギルを刺激しないように、ゆっくりとその右腕を元に戻す。

 

 

 

「だから──後のことは全部、任せるぜ?」

 

 

 

 何をどう考えても面倒なことにしかならないこの後の全てを榊にブン投げることを心に決めて。

 

 リンドウは、愛しのビールに思いを馳せた。





【Dum spiro, spero】 生きている限り、希望はある!

 ちなみに前回に続き、【Dum Spiro】はゲーム本編に使われている楽曲名です。GEBの終盤、リンドウさんの精神世界でリンドウさんと共にラスボスと対峙している時に流れるあの曲ですね。
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