問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」への場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



一方その頃:全力で“悪の組織第1幹部”を遂行する!

 

『ソレスタルビーイングは“全世界からの憎しみを一身に集めたうえで、世界の手によって破滅する”筋書きとなっている』

 

 

 青年が計画の一端に触れたのは、本当に偶然だった。

 計画に協力していた人間たちの《聲》を《聴いてしまった》ことが全ての始まり。

 

 

『人間に背負わせるには酷なシナリオだろう?』

 

『そのためのイノベイドだ』

 

『イノベイドたちをガンダムマイスターにして、武力介入から破滅までを肩代わりしてもらうんだよ』

 

 

 イノベイド――それが、青年の出自である。イオリア・シュヘンベルグが提唱した“革新者”――その予想図として、協力者となった人物たちの遺伝子情報を用いて生み出された存在だ。

 

 青年は“自身の生まれが特殊な出自である”ことを自覚していたし、それを忌避したことはない。

 むしろ、使命を背負って生まれ落ちたことを誇りに思っていた。自分の優位性を信じていた。

 

 

『元々は、そうやって()()するために提唱され、生み出されたはずだろうに……』

 

『我々は計画を()()()()()に戻そうとしているだけだ』

 

『イノベイドたちには、これから現れるであろう“革新者”のための踏み台になって貰おう』

 

 

 悪意に塗れた言葉だった。醜悪なエゴの塊が剥き出しになっている。けれど、奴らの言葉に嘘はない。“荒ぶる青”によって示された真実は、青年のアイデンティティを破壊しつくした。

 

 GNドライヴとガンダムを上手く扱える――それが自分の存在意義だった。自分自身が優れているという証拠だった。それが何よりもの自信だった。

 自分の優位性は、後の破滅のために与えられたものだというのか。自分はソレスタルビーイングと共に滅亡するためだけに生み出されたというのか。

 惨たらしく死ぬために生まれたのだと言われて納得できる命など存在しない。納得できるはずもない。黙っていられなかったのは当然のことだった。

 

 

「ふざけるな! 何様のつもりだ!?」

 

 

 湧き上がってきた憤りのまま、青年は男の胸倉を掴んで叫んだ。いきなりのことに驚いたようで、男は茫然とこちらを見返す。眼鏡が落ちる音が響いた。

 

 

「僕がいるから、計画が進行してるんじゃないか! GNドライヴも、ガンダムも、僕が一番うまく使えるんだ! そのために僕は創られたんだ! そうだろう!?」

 

 

 青年の言葉に、男は答えない。青年の言葉を否定/肯定するかのように、彼は静かに目を伏せた。

 黒い瞳に宿る感情は、読み取ることなどできそうにない。凪いだ水面のように澄み渡っている。

 だからこそ、青年は苛立ちを募らせた。怒りを募らせた。それを、男性にぶつける。

 

 

「なのに僕は、『純粋種を生み出すための踏み台でしかない』っていうのか!?」

 

 

 それだけの価値しかないというのか!? そのためだけに生み出されたっていうのか!?

 青年の問いに、男の瞳が揺れる。悲しみと、寂しさと、諦め。彼の感情が、かえって青年の心を傷つける。

 

 悔しかった。惨めだった。認めたくなかった。

 

 

「僕は今まで、何のために生きてきたんだ!? 僕はこれから、何のために生きていくんだ!? 教えてくれよ、イオリア・シュヘンベルグ!!」

 

 

 視界がにじむ。男性――イオリア・シュヘンベルグの顔が、よく見えない。彼の胸倉をがくがく揺さぶりながら、青年は何度も問いかけた。何度も、何度も、何度も。

 叫んで、叫んで、叫び散らして、青年はイオリアの胸倉を叩いた。憤り、怒り、悲しみ――ごちゃごちゃになった剥き出しの感情を、彼にぶつけるかのように。

 イオリアは黙して語らない。いや、語れないのだ。理由はわからないけれど、青年にはなんとなくそんな気がした。だからこそ、青年にとっては許しがたいことだった。

 

 この場にいた人間たちも、困惑したように青年を見つめている。“彼ら”も同じなのだ。向けられる眼差しからそれを感じ取り、余計に腹立たしくなった。やはり自分は、人間に使い潰されるために生まれ落ちたのか――そう考えた途端、青年の体から力が抜けた。立っていられなくなって、床にへたり込む。

 滲んだ視界に映りこんだのは、隙間なく敷き詰められたタイル張りの床だった。ぽたぽたと何かが流れ落ちる。小さな水たまりができていた。それを見て、青年は『自分が泣いていた』ことに気づく。なんて情けないのだろう。自分は創り出された存在なのに。革新者(イノベイター)なのに。

 

 

「リボンズ」

 

 

 不意に、女性の声がした。棒立ちし続けるイオリアの代わりに、藍墨色の神をお団子に束ねた女性が飛び出してくる。大きく手を広げて、彼女は青年――リボンズ・アルマークを抱きしめた。

 

 思わずリボンズは目を見開く。女性は、静かにリボンズの背中を撫でた。

 子どもをあやすかのような、優しい手つきだった。母、という単語が頭によぎる。

 女性もまた、母親にこうやってあやされていたのだろう。何となく、そう思った。

 

 

「ごめんね」

 

 

 女性が、謝罪した。その声がひどく震えている。

 「ごめんねぇ」と、女性が謝罪した。嗚咽混じりの声だった。

 

 

「……すまなかった。お前の気持ちに気づいてやれなくて」

 

 

 イオリアも、女性に続いて謝罪した。弾かれたように見上げれば、黒曜石を思わせる瞳が涙で滲んでいる。

 

 

「他でもない私が、お前を追いつめてしまっていたんだな」

 

 

 彼もしゃがんで、女性共々リボンズを抱きしめる。彼の声は震えていた。憤り、悲しみ、無力さに打ちひしがれた感情が滲んだ声。

 自分と女性を包み込む腕は、技術職のせいか、少し筋力が足りないように思う。けれども、それに込められた力は、何よりも強く、優しく、温かかった。

 

 

「でも、ひとつだけ言っておきたいことがある」

 

 

 祈りをこめるかのように力強い声で、イオリアは言葉を続けた。

 

 

「私はお前を、『純粋種の模倣品』だとか、『計画のための駒』だとか、『純粋種が誕生したら用済み』だとか……そんな風に思ったことは一度もない」

 

 

 イオリアは己の心を曝け出している。彼の言葉に嘘はない――リボンズが宿している“荒ぶる青”は、イオリア・シュヘンベルグの心のすべてを見通す。

 リボンズに向けた言葉同様、こちらを案ずる優しい感情で溢れていた。それは、彼の言葉を引き継いだ女性から伝わってくる感情(モノ)と同じだった。

 

 

「貴方は、“私たちが望んだ子どもたち”なの。貴方が生まれてきてくれて、私はとっても嬉しかった。嬉しかったんだよ、リボンズ。貴方は私たちの、自慢の“息子”なんだよ……!」

 

 

 女性の言葉に、リボンズは思わず息を飲む。

 

 

「息子……僕が? ……僕は、望まれて生まれてきた……?」

 

「そうだよ」

 

 

 リボンズの問いに、女性は即答した。

 涙にぬれた青い瞳が、リボンズの紫の瞳とかち合う。

 

 

「使い潰されるために生まれた命なんてない。あっちゃいけないんだよ」

 

「じゃあ、何故僕は生まれたんだ? その意味がわからない。わからないんだ」

 

「なら、その意味を探せばいい」

 

 

 女性はまっすぐにリボンズを見返す。その眼差しは慈愛と肯定に満ち溢れていた。なんて綺麗な輝きなのだろう。

 リボンズはそれに魅せられたかのように、女性から目を逸らせなかった。彼女は自信を持って、言葉を続ける。

 その頼もしさといったら! 自分の元となった存在の1つ――“同胞”を束ねる指導者(ソルジャー)に相応しい風格だった。

 

 

「大丈夫だよ。私たちも一緒に探すから。貴方独りで抱え込まなくていいよ。みんなここにいて、貴方の背中を支えるから。――私たちは、大切な家族だもの」

 

 

 家族。

 

 その言葉が、リボンズの心を強く穿った。傷口から滲んだのは、痛みだけではない。胸を占めるような、ほろ苦い幸福感。

 リボンズが孤独に抱え込んできた苦しみや悲しみに、じんわりと染み込んでくる。同時に込み上げてきた衝動に駆られたかのように、また視界が滲んだ。

 喉の奥から嗚咽が漏れる。耐えようとしたが、もう無理だった。無様だとわかっていたけれど、格好悪いとわかっていたけれど、叫ばずにはいられなかった。

 

 子どものようにわんわん泣き叫ぶリボンズを、女性は抱きしめてあやしてくれた。

 そんな女性と自分共々、イオリアは抱きしめてくれた。それだけで救われたような気がした。

 

 

 

*

 

 

 

 優位性の証明を諦めたわけではないし、割り切れるまではもう少し時間がかかるかもしれないけれど。

 

 “望まれた子どもの1人”という価値があるのなら、多分自分は立ち上がれる。

 一緒に迷ってくれると言ってくれた人がいてくれるなら、何度だって立ち上がって歩いて行ける。

 

 リボンズは、ふと、大きなカプセルに入った人々に視線を向けた。

 自分と同じイノベイドであり、いつぞやのイオリアや女性の言葉を借りて言えば“望まれた子どもたち”。

 リボンズの、新しい家族。じっとカプセルを見上げていたが、ゆっくりと彼らの元へと歩みよる。

 

 眠っている同胞たちに、静かに語り掛けた。

 

 

「はじめまして、僕の同胞。僕の弟妹(きょうだい)。僕の、新しい家族。……はやく、キミたちに会いたいな」

 

 

 気のせい、だろうか。

 カプセルの中で眠る同胞たちが、嬉しそうに笑い返してくれたような気がした。

 

 

 

***

 

 

 

「――やはり、ここにいたのか」

 

「ライヒヴァイン先輩」

 

 

 背後から響いた声に振り替えれば、リボンズの友人にして母の先輩にあたる“同胞”――ライヒヴァインが立っていた。

 

 夕焼けを思わせるような朱色の髪と瞳――そして彼の顔立ちは、カプセルの中で眠るイノベイドと瓜二つである。さもありなん、彼もまたイノベイドの遺伝子提供元になった協力者の1人だ。

 尚、彼の恋人にあたる女性もイノベイドの遺伝子提供元になっており、彼女の遺伝子が使われたイノベイドは“塩基配列パターン0988”という区分で纏められていた。閑話休題。

 

 

「その様子だと、全部終わったんだね?」

 

「ああ。トレヴィンやグラントらに協力していた連中は、計画の深層部から追放しておいた。勿論、関連する情報はすべて抜き取った上でね」

 

 

 ライヒヴァインは満面の笑みで頷いた。“同胞”の力を用いれば、人の記憶を弄ることは不可能ではない。ただ、“同胞”のルーツ的な部分から『非人道的行為』としてタブー扱いされているだけで。

 “同胞”から後ろ指をさされると覚悟して、彼はそれをやり遂げた。イオリア計画を私物化しようと――その手段の1つとして、イノベイドを使い潰そうと――企んでいた連中は、それを論ずる権限をすべて奪われたのだ。

 

 

「これで一安心、ってところかな」

 

「いいや。まだ終わっていない。何がきっかけで、記憶や重要機密に関する情報が復活するか分からない。監視は引き続き行った方がいいだろう」

 

 

 一区切りついたことへ安堵するリボンズに対し、ライヒヴァインは真顔で告げる。どこかの国には“石橋を叩いて渡る”という諺があるようだが、彼はそれを地で行くような考え方をしているようだ。念には念を、ということらしい。

 彼含んだ“同胞”の多くが『大事な記憶を奪われそうになったのを拒んだ結果、“同胞”として覚醒した』経緯の持ち主だったと聞く。故に、『人間でも類似のケースが起きるかもしれない』と考えているのだろう。

 例え覚えていたことを忘れてしまったとしても、何かしらのきっかけが記憶と結びついて思い出すこともあるためだ。何がきっかけになるか分からないという点も、彼の憂いの理由なのかもしれない。用心深い男だ。

 

 イオリアは彼のことを“異端審問官みたいな男”と例えたが、ソレスタルビーイングへの背教者に対して鉄槌を下す姿はまさしくソレであった。

 

 ライヒヴァイン――或いは、彼の一族――はこれからもずっと、ソレスタルビーイングの関係者たちを見つめ続けるのだろう。そして、背教者を発見次第、容赦なく叩き潰すのだ。

 彼や彼らの一族の活躍に思いを馳せつつ、リボンズは笑った。……そういう彼が自分の友人でいてくれるという事実が、どうしようもなく嬉しくて、心強かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「この力は、大切な人たちと《分かり合う》ためのものなんだ」

 

 

 黒髪をお団子に束ねた女性は、力強くそう宣言した。青い瞳はきらきらと輝いている。

 

 

「だからキミたちは、こんな方向に進化したんだな」

 

 

 女性の言葉を聞いたイオリアは、そう言って微笑んだ。

 眼鏡の奥にある黒い瞳は、彼女を慈しむように細められる。

 

 女性は彼を見て、悪戯っぽく笑った。

 

 

「“来るべき対話”のために、人を革新させようとする貴方と似たようなものでしょ?」

 

 

 一本取ったり。女性の表情は、明確にそう語っている。イオリアも楽しそうに笑い返した。

 

 

「ははははは。そんなぶっ飛んだ考えを持つキミが好きだよ」

 

「奇遇ね。私もそんな貴方が大好きよ、イオリア」

 

 

 女性とイオリアは顔を見合わせ、はにかんだように笑いあう。熟年夫婦と新婚夫婦の両面を強く押し出したような2人の姿は、いつ見ても『常世の春』という言葉が似合っていた。

 2人はひとしきりじゃれあっていたのだが、何やら物足りなくなってきたらしい。お互いの瞳をじっと見つめ合う。言葉にせずとも通じ合っているのか、2人揃って目を細めた。

 

 そして、何やら重大な決断を下したように、厳かに頷く。

 

 

「よし。じゃあ、今日も愛を育むことにしようか」

 

「オーライ! 出撃準備に取り掛かる!」

 

 

 女性の元気な返事により、夜戦開始の狼煙が上がった。イオリアは女性を軽く抱え上げ、研究室から私室へと向かう。

 うふふあははと笑い声が響いた。周囲には花が大量に飛び散っている。それが現実に起きた現象なら、廊下は花まみれになっていたことだろう。

 

 私室の扉が乱暴に閉められた。そこから響くのは、夜戦最中の騒音である。

 

 扉の向こうから大量のハートが飛んできたような錯覚が見えた。おそれく疲れているのだろう。そろそろ休んだ方がいいのかもしれない。

 でも、夜戦の騒音が響いてくる場所では、ゆっくり休めるはずがないのだ。今夜も寝不足決定か。全然嬉しくなかった。

 

 

「…………お願いだから、騒音対策をきちんとしてほしいんだけど」

 

「諦めろリボンズ。あの2人、既に自分たちの世界に入ってるぞ」

 

 

 リボンズのぼやきに答えたのは、自分と瓜二つの姿をした男だった。リボンズと男には血縁的な親子や兄弟関係はないが、『男性がイノベイドの遺伝子提供元で、リボンズは彼の遺伝子情報をもとにして生み出された』という繋がりがあった。

 

 『男性の遺伝子情報によってリボンズが生まれた』という意味で言えば、親子関係が成り立っていると言えるかもしれない。リボンズが親として認識している相手は男性ではないだけで。

 リボンズが親として仰ぎ見ている人物――その片割れには素直にそう言えてないけれど――は、つい先程夜戦に突入してしまった。……まあ、男性とその妻からも可愛がられていたけれど。

 

 リボンズはジト目で男性を睨む。

 

 

「キミもそのつもりでいるんだろう? レイ。キミの妻が部屋でスタンバイしてるのを見かけたよ」

 

「何を当たり前のことを言っているんだ。当然だろう。じゃあ、妻が待ってるから、これで。――E.A.レイ、いきまーす!」

 

 

 どこぞのニュータイプがたった1回だけ言った名台詞を残し、男性――E.A.レイは自分の私室へと突撃した。こちらも夜戦開始である。

 乱暴に扉が閉まった。やはり響く夜戦の騒音。あっちもこっちも変わりはしない。リボンズは疲れ果てた気分になった。

 今晩は、2組の夫婦による夜戦騒音のせいで眠れそうにない。おちおち休むこともできないだろう。これで寝不足は確定した。

 

 

(入籍する数時間前まで、殴り合い上等な議論を戦わせていた人間同士だとは思えないな……。すべてはこの瞬間のための布石だったというのか?)

 

 

 そう考えたとき、ふと、リボンズの中に込み上げてきたものがあった。

 感情の出どころを冷静に分析すれば、おのずと答えは見えてくる。

 

 

「…………これが、『リア充爆ぜろ』という感情か」

 

 

 呟いた途端、リボンズの頭の中が急速にクリアになったような気がした。

 

 入れ替わるように、頭の中がぐらぐらと煮えていく。自分でもよくわからない衝動に突き動かされるような形で、リボンズは立ち上がった。

 自分は今、あのバカップル2組に対して強い感情を抱いている。発散の仕方が見つからない。それでも、全力で考えてみた。結果、至ったのは。

 

 

「腹が立ったから、とりあえず明日は嫌がらせに赤飯を炊こう。そして、『目指せ、実子で野球チーム結成』『あと■人』って垂れ幕垂らしてやるんだ」

 

 

 注記しておく。ここ数日、リボンズは寝不足であった。目の下には、黒々とクマが浮かんでいるほどに。

 時間帯が深夜であることもあって、何やら変な方向にはじけ飛んでしまったらしい。平時のリボンズなら、そんなこと考え付かなかった。

 今のリボンズは、深夜のテンションと寝不足による判断力の低下により、何をするかわからない爆弾のような存在でしかない。

 

 

「あのバカップル夫婦2組は、どんな顔をするのかな? 想像するだけで楽しみだよ。……ふふ、フハハハハハ!」

 

 

 この場にもし誰かがいたら、リボンズの目が死んだ魚みたいになっていたことに危機感を感じ、リボンズを止めていたのかもしれない。

 しかし、残念ながら、ここにはリボンズのストッパーなんて誰もいなかった。だから、リボンズの行動を阻む要素は存在しなかった。

 

 おぼつかない足取りで、リボンズはごそごそと準備を始める。

 

 バカップル2組の夜戦騒音とタメを張れるほどの騒音をまき散らしながら、リボンズは一心不乱に作戦を遂行していた。

 垂れ幕に使えそうな布を持ってきて、アクリル絵の具と大きな筆で文字を書く。『目指せ、実子で野球チーム結成』『あと■人』。

 それを終えたリボンズは、よろよろとダイニングへ足を踏み入れた。戸棚からは米ともち米と食紅と胡麻塩を、冷蔵庫から小豆を引っ張り出す。

 蛇口をひねって水を出して米をとぐ。とぎ終えた米を炊飯器にセットし、小豆と食紅を適量加えてスイッチを入れた。胡麻塩は最後に振りかけるものだ。

 

 リボンズは持ってきていた垂れ幕を、ダイニングの入り口に飾り付けた。足取りと思考回路がおぼつかないせいか、随分時間がかかった気がする。

 飾りつけを終えたとき、ふと窓を見れば、もう明るくなっていた。今晩も完全に徹夜してしまったらしい。

 

 丁度、炊飯器の音が鳴った。自分が計画した通り、きちんと炊き上がったようだ。ミッションコンプリートである。

 

 

『ごはんが炊き上がりました。保温を始めます』

 

 

 それを最後に、リボンズの意識もまた、ぶつんと途切れてしまったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 結局、あの夫婦にできた実子の人数は、『2組の夫婦の子どもを足して、ドッジボールのチームが(控えなしで)1つ結成できる』程度だった。

 

 「お互いの家族で試合しようよ」と話していたバカップル2組の姿は、今でもリボンズは覚えている。

 随分と懐かしい光景だ。感傷に浸っていたらしい。今は、それに浸っている暇はないのだ。

 

 リボンズは鏡を見返した。今の自分はどこからどう見ても、絵本等で出てくる『悪の魔法使い』そのものだった。

 

 

「よし、行こうか」

 

 

 気合を入れるように声に出し、頷く。

 そして、リボンズは出撃した。

 

 

「フハハハハハ! 悪の組織第1幹部、リボンズ・アルマークとは、僕のことさ!」

 

 

 リボンズは高らかに宣言し、作戦を決行した。

 

 魔法使いのローブを思わせるような黒いマントをはためかせ、無邪気で可愛らしい子どもたちに対して、凶悪な魔法をお見舞いする。

 爆発音が響く。白い煙と一緒に、色とりどりの花がこの場に降り注いだ。それを合図に、悪の組織に所属するリボンズ直轄の部下たちも動き出した。

 無作為に選んだ子どもに新聞紙や袋を押し付け、それに杖を突きつけて怪しく呪文を唱えてみせる。鋭い発砲音が鳴り響いた。

 

 新聞紙から水が噴き出す。袋からうさぎが飛び出し、子どもたちの周囲を跳ねまわった。

 1カ月以上の時間をかけて編み出し、習得した魔法が実を結んだ瞬間である。

 

 

「わー、おにいちゃんすごーい!」

「何もないところからお花が出てきたー!」

「コップもないのに水が出てきたぞ!」

「紙袋からうさぎがー! かわいい!」

 

 

 子どもたちは目を輝かせて、惜しみなく拍手を送ってくる。そうだ、その顔が見たかった。

 リボンズは口元を吊り上げて、自慢の呪文を次々と討ち放つ。ひっきりなしに笑い声が響いた。

 

 今日の襲撃結果も上々だ。脳量子波で部下たちに「そろそろ最強魔法を使う」旨を伝える。全員から『了解!』『オッケー!』等の返事が返ってきた。

 

 リボンズの目くばせに従い、部下たちが彼の元へと終結する。悪の組織に所属する魔法使い全員の力で発動する、最強魔法。色とりどりの光が瞬き、大きな爆発音が響いた。

 白い煙が周囲を包む。煙が晴れたとき、魔法使いたちの前に沢山の籠が出現した。子どもたちが好きそうなお菓子や玩具、欲しがっていた勉強用具が山のように積み上げられている。

 子どもたちの歓声が響いた。自分たちの侵略活動は成功である。そう思ったとき、リボンズたちはいつの間にか子どもたちに取り囲まれてしまっていた。子どもたちは皆笑顔で、「ありがとう、悪の組織の幹部さん!」と感謝の言葉をくれる。

 

 孤児院の職員たちも、惜しみなく拍手をくれた。ありがとう、ありがとう、と、この場一体から感謝の言葉や想いが飛び交っている。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、リボンズたちが撤収する時間が来てしまった。

 

 いかないで、またきてね、たのしかったよ。子どもの声がひっきりなしに響く。

 

 

「悪の組織の侵略活動は、まだまだ続くよ。また来るかもね」

 

 

 悪役らしくシニカルな笑みを浮かべ、リボンズは杖を振るった。真っ白な煙が漂う。

 煙はすぐに晴れた。遠くの屋根に自分たちの姿を見つけた子どもたちが、こちらに向けて手を振ってきた。

 悪の組織の姿が消えるまで、彼らはこちらに手を振り続けるのだろう。

 

 リボンズは脳量子波で合図を出した。仲間たちもそれに従い、屋根から飛び降りる。これで、今日の侵略活動の一切が完了した。

 

 少し離れたところで待機していたスポンサーと合流し、彼と共に帰路につく。金持ちであることを誇示するような縦長の高級車に乗り込んだ。

 車内はちょっとしたバーのような内装になっている。飲み物やフルーツをつまみながら、面々は作戦成功の充実感に浸っていた。

 

 

「……どうしてか、僕たちは子どもに親しまれてしまうんだ。なぜだろうね?」

 

「なんでだろーねー」

 

「ボクたちは、世界征服を目指してるのにねー」

 

 

 リボンズの呟きに、ヒリングとリヴァイヴが答える。しかし、2人はその理由を分かっていて言っていた。

 彼らは皆、設定に準じた言動をしているに過ぎない。わざとらしい棒読みに、仲間たちはくすくすと笑いを漏らした。

 

 

「今回のマジックはうまくいったな」

 

「次は大掛かりなものに挑戦しよう。資料の収集に」

 

「ブリング、デヴァイン! そういう『設定をぶち壊しにする』会話禁止!!」

 

 

 つい地を出してしまったブリングとデヴァインに、リヴァイヴの叱責が飛んだ。

 

 叱られた2人は肩を落としながらも、マジックの種になりそうな情報を収集する手は休めない。何やら面白そうなものを見つけたようで、ヒリングらに指し示してきた。

 動画は超有名な世界的マジシャンのものだ。そこからヒントを見つけたらしく、ブリングとデヴァインが説明を始める。そこに、リジェネやリヴァイヴが加わって話し合いを始める。

 わいわいがやがや。そんな擬音が似合いそうな勢いだ。リボンズは彼らの会話を脳量子波越しに聞きながら、悪の組織の幹部らしく、優雅にワインをあおった。今飲んでいるのは、悪の組織代表取締役が好んで飲むロゼワインである。

 

 彼女は今日も、車いすで孤児院を高速移動しているのか。あるいは、拠点で仕事に追われているのか。もしくは――。

 

 

(最後の3つ目は、今のところないだろう)

 

 

 リボンズは小さく首を振った。そうなれば、自分たちにもその旨の連絡が来るからだ。今のところ、()()で動き回っているのはリボンズと友人だけである。特に友人は、“とある理由”で生み出された第2のガンダムマイスターたちの教育で忙しい。

 脳裏によぎったのは、彼が搭乗する機体の素体となったνガンダム。友人は新型機開発のため、リボンズが“虚憶(きょおく)に出てきた伝説のニュータイプ”に興味を持ったために、交代制でパイロットをしていたときのことだ。

 

 νガンダムに搭乗するたびに脳裏を賭ける虚憶(きょおく)を解析すればするほど、“伝説のニュータイプ”――アムロ・レイの強さを思い知っていく。

 

 奴はイオリア計画で生み出されたガンダムを平然と使いこなしていた。無意識に脳量子波を制御し、1000体以上の機体を切り捨てながらも、「まだ、このMSの性能を充分に引き出せてはいない」と語っていた。イオリアが生きていたら、きっと大喜びしそうな結果だった。

 終いには、イオリア計画だけでなく、リボンズが開発を進めている機体まで乗りこなしていたのである。当然、奴は無意識に脳量子波を制御し、1000体以上の機体を切り捨てながらも、「まだ、このMSの性能を充分に引き出せてはいない」と語っていた。終いには、その機体で、リボンズが想定していた以上の数値を叩き出したのである。

 それを見て、リボンズは決意したのだ。伝説のニュータイプを超えなくては、革新者の名を語ることなどできやしない。機体のスペックを上昇させるのも当然だが、その性能をフルに引き出せるよう、自分自身が成熟しなければならないのだと。

 

 虚憶(きょおく)のデータベースを参照して、リボンズはアムロ・レイの研究に没頭した。

 奴がニュータイプの中でも“最優のパイロット”であることは事実だろう。しかし、その力の出どころは不明だ。

 

 どうしてアムロ・レイは、戦場で爆発的な力を発揮することができたのか。

 

 

『なら、人間と言う生き物について、もっと詳しく調べてみたらいいんじゃないの? 特に、心理面について』

 

『くだらないことに全力投球できるのが人間なんだよ。だからこそ、いざというときに力を発揮できるんじゃないかな』

 

『一番手っ取り早いのは、バカになることだよ。バカだなって笑っている相手と同じことをする。そうすれば、ヒントくらいは掴めるんじゃない?』

 

 

 悪の組織代表取締役であり、自分にとって母のような存在の人がそう言って笑ったから。

 

 

『くだらない理由で立ち止まるのなら、走り出す理由がくだらないことでもいいと思いますよ』

 

『誰かにとっての重要事項は、誰かにとっての些事でしかない。でも、多くのことを重要事項だと受け止められることも、人間としての強さじゃないですか?』

 

 

 古き友人(とも)の面影を宿す友人がそう言って、あの日の彼のように笑ったものだから。

 

 紆余曲折を得て、リボンズ・アルマークはここにいる。悪の組織・第1幹部として、多くの部下兼家族たちを率いて侵略(ボランティア)活動を行っているのだ。

 まだ答えは見つからないけれど、『人間』についてなら、なんとなく答えを掴めそうな気がする。

 

 リボンズが答えについて思いを馳せていたとき、珍獣でも見るかのような視線を感じた。辿った先にいたのは、件のスポンサー、アレハンドロ・コーナーである。

 たくさんの人間を見てきたけれど、奴の浅ましさと腹黒さは目を見張るものがあった。それ以外は凡庸すぎて退屈極まりないのだが、天は人に二物を与えずという。仕方がない。

 ……もっとも。その浅ましい欲望のために、友人をボロ雑巾のように利用しようとする姿勢だけは、どうしても許容できそうにないのだが。

 

 昔の自分だったら、すべてを駒のように扱っていたのだろう。

 件の友人のことも、部下兼家族たちのことも。

 

 今となっては想像でしかない自分の後ろ姿を思考の端に追いやって、リボンズは首を傾げてみせた。

 

 

「どうかしましたか? アレハンドロ様」

 

「……い、いや。相変わらず、面白いなと思って」

<こいつら、頭がどうかしているんじゃないか……!?>

 

 

 うそをつけ、《聴こえてる》ぞ。リボンズは心の中で呟いた。

 どうかしてるのはコイツの頭ではなかろうか。閑話休題。

 

 

「ところで、彼は元気ですか? ……教官としての腕前はどうです?」

 

 

 リボンズはロゼワインをグラスに注ぎながら問いかけた。アレハンドロは胡散臭げに微笑む。

 

 

「ああ、あそこまで優秀なMS乗りはそうそういないよ。トリニティ兄妹との仲もいいしね。……ただ、あまりにも安泰すぎるところが逆に怖いな」

 

「どうしてです?」

 

「彼は人間としても優秀すぎるんだ。このままいくと、トリニティ兄妹に与えた役割が機能しなくなる可能性がある」

 

 

 アレハンドロの憂いは正解だ。奴の計画では、『自分がソレスタルビーイングを倒す中核的存在となり、その功績からのし上がることで世界を統一』し、『自分がそのTOPにおさまる』手はずになっている。

 トリニティ兄妹は“世間に対して「ガンダムは悪である」という見方を植え付けるために生み出された”ガンダムマイスター。つまりは駒でしかない。ガンダムに「世界の悪」としての価値を付加し終えた後は、適当に処分するつもりだったのだろう。

 遅かれ早かれ、ソレスタルビーイングとガンダムは世界によって「悪」とされ、断罪される運命にある。アレハンドロはそれを利用し、ソレスタルビーイング壊滅のタイミングを“奴自身の都合”に合わせようとしていた。流石はコーナー家。数世代かけて準備されてきた野心は伊達じゃない。

 

 コーナー一族は『己の野心が露呈するのを防ぐため』、『邪魔者をなくし、計画をスムーズに進ませるため』、監視者の一族をじっくり時間をかけて謀殺している。

 アレハンドロの代に入って、ようやくコーナー一派以外の監視者一族が全滅した。あとはコーナー家以外の連中を叩き潰せば、奴らの独壇場。アレハンドロもそう信じて疑わないのだろう。

 

 幸せな男だ。アレハンドロの面を見ていると、リボンズはつくづくそう思う。

 

 

(……先輩の言っていた通りになったな)

 

 

 今は亡き友人の憂いを思い出して、リボンズはそっと遠くを見つめる。

 奴の野心が、他ならぬ自分や友人たちの手によって打ち砕かれたとき、この男はどんな顔をするのだろう。

 

 

(似たような思考回路で物事に挑んでいる連中は、他にもいるみたいだけどね)

 

 

 例えば、ソレスタルビーイングのスポンサーをしている名門資産家、王家当主・(ワン)留美(リューミン)。彼女は戦争根絶のためより、世界を変化させることに重点を置いている。そのくせ、現状を壊した先に何を求めるのかについては不鮮明だ。ただ壊し続けることだけを望んでいる印象を受けた。現状の打破だけが、彼女の生きるすべてだとでも言わんばかりに。

 そのためなら、彼女はソレスタルビーイングへの援助も惜しまないだろう。その横で、アレハンドロにも媚を売るだろうし、軍部にも情報を横流しするくらいやってのけそうだ。古い話で鳥と動物が戦っているものがあったが、それに登場した蝙蝠を思い出した。

 あるときは鳥を名乗り、あるときは動物を名乗り、蝙蝠は世の中を渡り歩こうとした。しかし、最終的に、蝙蝠は鳥からも動物からも嫌われ、裏切り者扱いされ、追われてしまう。留美もまた、蝙蝠と同じ末路を辿るのか。あるいは、蝙蝠とは違い栄光をつかむことになるのか。現時点では不明である。

 

 現状の打破といえば、最近ソレスタルビーイングやアレハンドロの援助者になった女性がいた。その女性もまた、留美と同じく現状打破に精を出す人間だと聞く。

 彼女はあくまでも当主候補であり、その中でも冷遇されている。厚遇されているのは男性の方だが、彼は家を出て違う道に進んでいるそうだ。

 

 だが、家の人間たちは彼に家を継いでほしいと願っており、女性はそのあおりを受けているのだという。彼女は、自身の優位性を証明しようと躍起になっているらしい。

 

 

(優位性の証明、か)

 

 

 過去の自分に思いを馳せる。あの日のリボンズはイオリアに不平不満をぶちまけて今に至るのだけれど、彼や彼女たちはそれをぶつける相手はいなかったのだろうか? ――その答えを知っているのは、きっと当人だけだろう。

 

 

「まあ、いざというときは、別な方法もあるが」

 

 

 アレハンドロが笑みを深める。こういうときのこの男は、ロクなことを考えていない。

 

 

「別な方法?」

 

「ああ。彼らを世界の悪に仕立て上げる方法はいくらでもある。トリニティ兄妹が機能しなくなった場合の協力者もいるからな」

 

 

 そう言って、アレハンドロは資料を指示した。そこには、件の女性の名前が記載されていた。黒髪黒目の東洋人。名前も日本人だ。しかも、古くから続く名門の家の名前。女性が婿を迎えることで発展し、嫁に行った者が(事実上)相手の家を乗っ取り本家と嫁ぎ先を繁栄させることで、各地にコネクションを持つ家だった。

 資料を読む限り、女という生き物の恐ろしさが前面に出ているように思う。真昼のドラマのようなドロドロした空気を感じ取り、リボンズは思わず眉をひそめる。その手の展開も、リボンズにとっては理解しにくいものだからだ。代表取締役にその愚痴を零した際、遠い目をされた。

 「あれは大衆が面白いと思うものを提供するものだから、突飛な展開にしないと見てもらえないんだ」と彼女は言った。彼女はそれよりも生々しい現実を生きてきたから、その手のドラマはジャンクフードと同じようなものらしい。彼女はあまり語らないけれど、リボンズには薄らとわかっていた。

 

 外を見る。もう夕日が沈みかけていた。

 今頃、孤児院では夕飯の準備に大忙しだろう。

 

 リボンズたちは自分たちの拠点に戻り、今回の侵略結果についての報告書をまとめるつもりでいる。

 

 代表取締役が嬉しそうに笑う顔が浮かぶ。リボンズも、ふっと笑みを浮かべた。それは脳量子波に乗って伝わってしまったようで、仲間たちもくすくす笑いながらこっちを見ていた。

 リボンズはむっとした目で面々を見返した。自分たちは皆、同じ穴の狢である。面々も悪戯っぽく笑い返し、再び話し合いに没頭する。アレハンドロはこちらへの興味をなくしたようで、書類と睨めっこしながら策を練っていた。

 

 

「『世界は、思った通りに動かないから面白い』か」

 

 

 代表取締役の言葉を思い出しながら、リボンズはロゼワインをあおった。

 

 この世界は、これからもっと面白い方向に進んでいくだろう。

 願わくば、その先に、自分や友人と代表取締役の望む世界があるように。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「みなさん、お帰りなさい!」

 

「ただいまアニュー! 留守番お疲れ様ー!」

 

 

 事務作業をしていたアニューが、ぱたぱたと足音を立てて自分たちを迎えてくれた。

 彼女は自分たちの中で1番年下である。特にヒリングは、彼女を妹のように可愛がっていた。

 

 

「……あれ、靴が1つ多い?」

 

 

 妹分をハグし、その抱き心地を堪能していたヒリングが止まる。彼女の視線は、玄関の靴に釘付けになっていた。

 

 拠点に残っていた職員の数はアニュー含んで5人。しかしここには、6足の靴がある。おまけに、余分な1足は男物だ。

 靴底がすり減っているあたり、この靴の主はおそらく営業マンだろう。そういえば最近、AEUの大手企業が『悪の組織と取引がしたい』と言ってきた。

 担当者の名前は何だったか。彼の名刺を大切に抱えるアニューの姿を思い出したとき、件の営業マンが背広を抱えて帰ろうとしていたところだった。

 

 少々ウェーブのかかった茶髪に青い目をした色男。いつぞやAEUで行われたMSファイト一般部門に出場した企業の紹介で、優勝トロフィーを抱えて笑っていた男とよく似ている。

 彼はアニューに笑いかけると、アニューや自分たちに短い挨拶をして去っていった。アニューは彼の背中を熱っぽく見つめている。

 

 

「ははーん。あれが、アニューの王子サマってわけ?」

 

「う……」

 

 

 ヒリングの指摘に、アニューが顔を真っ赤にして視線をさまよわせる。他の面々も、生暖かい視線を向けた。

 どうやらアニューは、企業間の打ち合わせと一緒に、彼とのささやかな逢瀬を楽しんでいたらしい。

 リボンズには恋愛なんてよくわからないが、アニューの様子を見ている限り、悪いものではなさそうだ。

 

 あんな形もあるのか、と、リボンズは人知れず納得する。少なくとも、アニューのようなパターンを見たのは初めてだった。

 

 試しに、今まで自分が見てきた光景を思い出してみた。

 リア充爆ぜろと叫びたくなるような光景ばかりだった。

 

 

「よし。今日の仕事が終わったら、アニューの取り調べを始めようか」

 

「リボンズさん、やめてください!」

 

 

 リボンズが笑みを深くすれば、アニューは更に顔を赤くして悲鳴を上げた。羞恥に悶絶する彼女を面白がって、仲間たちも笑う。

 

 

「さんせーい! どこまで進んだかとか気になるしね!」

 

「いいねいいね! 悪の組織・第1幹部とその配下たち全員を挙げて、アニューの恋愛が成就するように応援しよう!」

 

 

 真っ先に手を挙げたのは、ヒリングとリヴァイヴだ。

 2人の言葉を受けて、ブリングとデヴァインが端末をいじり始める。

 

 

「となると、参考になる資料は……」

 

「口説き文句とファッションの研究も……」

 

「だから2人ともやめてください!!」

 

 

 真顔の男2人が一心不乱に情報収集に入る様は、はたから見れば異様であった。内容も光景もだ。

 アニューの顔が赤から青に変わったように見えたのは気のせいではなさそうである。

 

 

「よし。今日の晩御飯は赤飯だ」

 

「炊飯器なんてどこから持ってきたんですか!?」

 

 

 アニューがツッコミを入れた。

 

 リジェネはどこからともなく炊飯器を持ってきていた。他にもお祝いの席で食べるものはあるはずなのだが、赤飯が真っ先に挙がる時点で代表取締役の影響を受けている。

 ちなみにリボンズも人のことは言えないし、今晩は赤飯にしようと思っていたところだ。リジェネの行動は、かえって都合がよかった。

 アニューの恋路は、自分たちにとってはアレハンドロの秘蔵ワインを空にしてもいいくらいの大事件である。それくらいしても足りないかもしれない。

 

 今から連絡しても、アレハンドロは来れないだろう。こういうときこそスポンサーの力が必要なのに、と、リボンズは小さく舌打ちした。

 

 リムジンバスに積まれていたフルーツを持ち帰っていればよかった。後悔してももう遅い。何か、代わりになるようなつまみでも買いに行こうか。

 こういうとき、日本のコンビニが恋しくなる。あそこは24時間営業が当然だ。しかしここは日本ではない。近場のデリも、6時を過ぎれば店じまいである。

 

 

「冷蔵庫、まだ何か入ってたかい?」

 

「ああ、それなら昼間に買い足しておきました」

 

 

 顔を真っ赤にしてわたわたしていたアニューが弾かれたように答えた。彼女は本当に気の利く職員だ。

 

 玄関でのやり取りを聞いていた別の職員たちが、生暖かい目で自分たちを見守っている。そろそろ室内に入って仕事をしなければ、アニューの尋問をする時間は取れないだろう。

 リボンズは脳量子波でそれをアニュー以外の全員に通達する。面々は元気よく了承し、慌ただしく室内へと足を踏み入れた。自分たちの座る机へ向かい、報告書作成を進める。

 

 今日も悪の組織はフル活動中。

 世界征服計画は、着々と進んでいた。

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