問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」への場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
「だーかーらー! どうしてお前は無駄撃ちばかりするんだ!? もう少し考えて攻撃しろよ!」
「兄さんこそ! 俺は大丈夫だって言ってるのに、どうしていつも庇おうとするんだよ!?」
隣の部隊に所属する初代と2代目“狙い撃つ成層圏”兄弟は、今日も喧嘩で忙しい。
同部隊に所属する“三つ巴”3兄妹やフロスト兄弟とはえらい違いである。
傍から見れば、“狙い撃つ成層圏”兄弟はミラーコントをしているように見えるだろう。さもありなん、2人は
兄の初代“狙い撃つ成層圏”が一撃必中の精密射撃を得意とするなら、弟の2代目“狙い撃つ成層圏”は手数で翻弄する早打ちやバラ撃ちを主体にした戦いを得意としている。指揮官の“理想への憧れ”がときたま乗せ換え企画で2人の乗る機体を入れ替えるのだが、お互いの機体の違いに戸惑う姿を見かけた。
性格の違いも大きい。兄がオレンジハロとピンクの髪の少女が大好きで立派な兄貴分なら、弟は薄紫の髪の女性が大好きで煙草を嗜む色男だ。両名に共通しているのは“ブラザーコンプレックスをいい感じにこじらせている”という点だろう。現在進行形で、だ。
なんてことはない、単純なことだ。
兄は弟が心配だから口出しするし、弟は兄に認めてほしいと思っているから反発する。
弟は兄が心配だから口出しするし、兄は弟を守れるような存在であろうとするから無理をする。
“狙い撃つ成層圏”兄弟のミラーコントを眺めていたクーゴは、互いを思いあうが故にすれ違う双子を見つめていた。
グラハムと“革新者”の色恋沙汰から逃げてきた先でこんな光景を見ることになるとは。クーゴにとっては、複雑な光景である。
そこへ近づいてくる足音。振り返れば、そこにいたのはフロスト兄弟だった。
「お互いにとってお互いが、大切な存在なのにね。こんなにも簡単なことなのに、どうして彼らは仲が悪いのかな? 兄さん」
「それがなかなか難しいところなんだろうよ、オルバ。あの2人は素直になれないだけなのさ」
そう言いながら、彼らは生温かい眼差しで“狙い撃つ成層圏”兄弟を見つめていた。フロスト兄弟は“狙い撃つ成層圏”兄弟とは違い、素直に互いへの思いを表現している。
「……いいな」
彼らの後ろ姿を見つめながら、クーゴはぽつりと呟いた。
自分も“狙い撃つ成層圏”兄弟のように、感情をぶつけられたらよかったのに。自分もフロスト兄弟のように、仲良くできたらよかったのに。
もしかしたら、存在したかもしれない可能性へと思いを馳せる。どこにでもある家族の、どこにでもいるような『きょうだい』の姿を。
無意味だと知っていながらも尚、想像せずにはいられない。考えれば考えるほど、心に陰りが出てきそうだ。
「俺もあんな風に、喧嘩したり、仲良くしてみたかったな」
自分の傷に触れると知っていても、呟かずにはいられなかった。
兄弟たちの背中がやけに遠い。元々別の部隊に所属しているというのもあるけれど。
ここにいると、かえって気分が重くなってきそうだ。グラハムと“革新者”の色恋を見ている方が、よっぽど元気になれそうな気がする。
2人が時折繰り広げるバイオレンスなやり取りを思い出し、ひどく恋しくなる。大人しく自分の部隊に戻った方がよさそうだ。別部隊の人々とシミュレーションや模擬戦をやってみたかったのだが、今はそんな気分になれなかった。
踵を返して元来た道を戻る。仲間たちの行き来は活発で、どこかで誰かが何らかの問題を引き起こしていた。似たような特性を持つ人々が遊びを通して腹の探り合いをしていたり、先の乗り換え企画の感想を述べ合っていたり、艦長に自分の機体をせびっていたりしている。
自分たちの部隊がよく使う休憩室へ戻れば、相変わらずの光景が繰り広げられていた。グラハムが“革新者”にちょっかいをかけ、彼女がその手を振り払う。彼女の顔は真っ赤だ。それを見たグラハムはますます嬉しそうにする。奴は意外と悪趣味なのかもしれない、とクーゴは思った。
グラハム曰く「これが我々の愛」らしい。あながち間違っていないところが怖い。
周囲の面々も、中心となる2人に対して生温かい視線を向けていた。
「羨ましいですか?」
不意に声を掛けられ、振り返る。我らが指揮官・“理想への憧れ”が、悪戯っぽさそうに笑っていた。
「難しいな。割を食うのがいつも俺だと考えると」
「それを差し引いたら?」
「ちょっとだけ」
クーゴは苦笑し、付け加える。
「でも、いいんだ。俺にだって、そういう相手がいることは知ってるから」
自分にも心配したいと思う相手がいる。自分のことを心配してくれる相手がいる。思いの丈をぶつけ合える相手がいる。
そう、心の底から言える相手がいる。だから大丈夫だ、とクーゴは笑った。指揮官はしばらく目を瞬かせた後、嬉しそうに頷く。
彼女は「あ」と間抜けな声を出し、急な思い付きを口走るように言った。
「その相手の中に、私はいますか?」
「…………そんなの、訊くまでもないだろ」
いい言葉が見つかりそうにないので、そうやってごまかした。
もっとも、彼女はすべて察しているのだろうが。ばつが悪くなって目をそらせば、指揮官がくすくす笑う声が聞こえてきた。
自分たちにはこれくらいがお似合いだろう。クーゴはグラハムたちのほうへ視線を戻す。“革新者”に足を踏まれたグラハムが、くぐもった悲鳴を上げていた。
◆◆◆
「さあ、始めようじゃねぇか! とんでもねえ戦争をよォ!」
“戦争屋”が駆る“権天使”と初代“狙い撃つ成層圏”の駆る“
戦争をばらまく“戦争屋”は、ここでもまた争いを引き起こそうとしていた。“
“
「ははっ、どうしたァ!? 俺を倒して仇を取るんじゃなかったのか? にいちゃんよォ!」
「相変わらず腹立たしい下種野郎だ……! 今度こそ地獄に返品してやるぜ!!」
“
射撃特化型である“
“権天使”のビームサーベルと鍔迫り合いを繰り広げる“狙い撃つ成層圏”であるが、彼の獲物はあくまでも銃。接近戦はあまり好きではなさそうだった。
対して、“戦争屋”は本職の傭兵だ。体術からナイフ捌きや銃の扱い方、MSの操縦技術までなんでもござれ。ほぼ全ての武器を獲物として扱える“戦争屋”にしてみれば、『“狙い撃つ成層圏”に白兵戦を仕掛ける』というのは文字通りの最適解であった。
鈍器として振るわれたスナイパーライフルとビームサーベルがぶつかり合う。“狙い撃つ成層圏”の舌打ちと“戦争屋”の笑い声は、両機体の拮抗状態を表しているように思えた。
競り負けたのは、“狙い撃つ成層圏”/“
「“狙い撃つ成層圏”!」
彼と懇意にしていたオペレーターの悲鳴が響く。近場で雑魚と戦っていたミシェルやムウが“狙い撃つ成層圏”を援護しようとするが、間に合わない。
万事休すかと思っていた刹那、四方八方からレーザーが降り注いだ! 不意打ちを本能で察知したのか、“戦争屋”/“権天使”が飛び退った。
ビームの雨あられが大地を抉る。もうもうと広がった煙が晴れて、“
「テメェの戦争は終わりだ、“戦争屋”!」
白と緑を基調とした機体。その面影は、どことなく“
本来、“狙い撃つ成層圏”には嘗ての愛機・“素質を冠する力天使”の後継機が与えられるはずだったのだが、紆余曲折の果てに専用の改造を施された機体に搭乗することになっている。
今、この場に降り立ったのは、何もなければ“狙い撃つ成層圏”が搭乗する予定だった“素質を冠する力天使”の正当な後継機だ。そうして、この場に響き渡った声は、彼の声と瓜二つである。以前、“狙い撃つ成層圏”は『双子の弟がいる』と漏らしていた。――そこから導かれる答えは。
「お前……まさか、ライルか!?」
“狙い撃つ成層圏”の素っ頓狂な声が響いた。兄から名を呼ばれたライルはニヒルに微笑み返す。
「フ、久しぶりだな。兄さん」
乱入者の存在に気づいた雑魚敵が、ライルを屠らんと迫る。しかし、奴らの剣は、ライルの機体に傷をつけることは叶わなかった。雑魚敵とライルの機体の間に割り込んだ機影によって真っ二つにされたためである。
夜明けの空を思わせるような淡いペールブルーの機体が、ライルの機体に寄り添うように降り立った。ペールブルーの機体は、悪の組織第1幹部関係者が搭乗する機体とデザインがよく似ている。おそらく、同系統のラインで生み出された機体なのだろう。
ライルと一緒に乱入した人物の正体はすぐにわかった。“理想への憧れ”が懐かしそうに、パイロットに声をかけたためである。彼女は“理想への憧れ”やクーゴが身を置いていた悪の組織/“星屑の流浪者たち”の構成員で通信士を担当しているアニューというらしい。
誰に促されたわけでもなく。
アニューはいい笑顔で自己紹介を始めた。
「初めまして、ライルのお義兄さん! 私、アニュー・リターナーと言います。ライルとは結婚を前提にしたお付き合いをさせていただいてます」
爆弾が落ちた。“狙い撃つ成層圏”があんぐりと口を開ける。
「元々は悪の組織に所属していた事務員兼通信士ですが、現在は“天上人”へ出向しています。“理想への憧れ”と同じ“同胞”であり、“革新者に寄り添う者”さんや“悪の組織第1幹部”さんと同じ“革新の模倣者”で、起動してから9年と3ヶ月になります」
更に核弾頭が落ちた。“狙い撃つ成層圏”のこめかみがひくついた。
「あっ、体の年齢は20代前半なので大丈夫ですよ! 夜のアレコレだってちゃんとできますし、実際もう既にやりつくしてますし! ライルったら、本当に激しいんですよ。しかも言葉責めが大好きで……」
「アニュー! 今そういう話はいいから!!」
アニューが頬を染め、ライルがツッコミを入れる。世界が焦土と化したのを目の当たりにしたかのような表情を浮かべ、“狙い撃つ成層圏”がパイロット席に背中を打ち付けた。
彼の口元は戦慄いている。この場が戦場でなければ、激高してライルへと殴りかかっていきそうだ。辛うじて、“狙い撃つ成層圏”はそれを押さえつけている。
「ハハハ、同じ面が2つだと!? 面白れぇじゃねえか!」
修羅場一歩手前の双子のやり取りを見た“戦争屋”は、新しいおもちゃを見つけたかのようにはしゃいでいた。兄弟と弟の婚約者をまとめて始末することにしたらしい。
戦闘態勢を整えた“戦争屋”/“権天使”を目にして、ライルとアニューの機体は臨戦態勢を整える。“狙い撃つ成層圏”/“
しかし、それも一瞬。すぐに“狙い撃つ成層圏”/“
「何故お前がここにいるのかとか、いつの間に彼女ができたのかとか、9歳児に手を出したのかこのロリコン野郎とか、お前の性生活や性癖がそんなんだったのかとか……訊きたいことは沢山ある」
「あんたは今まで何してたんだとか、いつの間に彼女ができたのかとか、9歳差の女の子に手を出すつもりでいるのかこのロリコン野郎とか、場合によっては警察への通報も辞さないとか……俺も、兄さんに言いたいことが沢山ある」
“狙い撃つ成層圏”とライルがしかめっ面をした。
しかし、ライルの切り替え早い。
「だが、詳細は後だ。まずはあの糞野郎を……!」
「ああ。そうさせてもらう」
ライルの言葉に従い、“狙い撃つ成層圏”はサーシェスを睨みつける。
「「“狙い撃つ成層圏”」」
ニール・ディランディとライル・ディランディ。
双子の声が、綺麗に重なり合う。
「狙い撃つぜ!」
「乱れ撃つぜぇ!」
◆◆◇
『くーちゃん、大丈夫? 苦しくない?』
心配そうにこちらを見つめる片割れは、『ちょっとまってね』と言って何かを持ってきた。
彼女がテーブルの上に置いたのは、美味しそうな匂いと湯気を漂わせるおかゆだった。こんもりと盛り上げられたしらすと小ネギ、卵と出汁の香りが鼻をくすぐる。
少年は体を起こそうとしたが、片割れは『大丈夫! 食べさせてあげる!』と主張した。何回もこうやって倒れる自分の看病をしてくれていたためか、彼女の介抱は様になっていた。
そのため、片割れは寝込んでいる少年がどんなものなら食べることができるかも、どんなペースで食べるかも、少年以上に把握している。
『――美味しい』
『そっかぁ! 良かったぁ』
少年の感想と笑顔を見た片割れは、ぱあっと表情を輝かせた。
彼女は嬉しそうに表情をほころばせる。
『『美味しいごはんは心と体を元気にしてくれる』んだって! だからあたし頑張ったの! くーちゃんに元気になってほしいもん!』
『じゃあ、すぐに元気になるね。あおちゃんの料理はみんな美味しいもん』
『ありがとう! くーちゃんがはやく元気になれるように、もっと美味しいお料理いっぱい作るからね!!』
少年の言葉を聞いた少女は満面の笑みを浮かべた。『くーちゃんが食べたいもの、なんでも作ってあげる!』と胸を張って。
片割れが笑ってくれたのが嬉しくて、自分のために頑張ってくれるのが嬉しくて、そうさせてしまう自分の弱さが歯がゆくて、視界が滲む。
彼女は『大丈夫だからね、くーちゃん』と声をかけてくれた。不甲斐ない自分はこくこくと頷き返すので精一杯。何も返すことはできなかった。
『ねえ、あおちゃん』
『なあに?』
『だいすき』
『――あたしもよ、くーちゃん!』
だから代わりに、ありったけの想いを伝える。
片割れの少女もまた、同じものを返してくれた。
こうやって心を通わせて、笑い合っていたのだ。
――
『お前なんかいなければよかったのに』
憎悪に塗れた眼差しに射抜かれる。
『お前が早く死んでくれれば、アタシは幸せになれるのに』
鋭利な言葉に射抜かれる。
『なんでアタシばかりが、こんな惨めな思いをしなきゃいけないの』
悲痛な叫びに責められる。
『あおちゃ――』
『そんな風にアタシを呼ばないでよ。気持ち悪い!!』
伸ばした手は振り払われて、侮蔑の眼差しを向けられた。
そうだ。少年はずっと、片割れと仲が悪かった。少年は片割れのことを案じていたけれど、片割れにとってそれは屈辱でしかなかったのだ。
少年は昔から、人よりも多くのことができた。『体さえ弱くなければ』と残念がられ、将来を嘱望される程度には。
だから片割れたる姉は蔑ろにされた。彼女がいくら成果を出しても、クーゴの成果にあっさりと塗り替えられてしまう。それ故に、誰も片割れを認めなかった。
自分が何を言っても、周りは変わらない。変えることができないまま。
だから片割れは歪んでいった。攻撃的な気質を強くしていった。
そうして今に至るのだ。
――
――
<――いいよ>
不意に、《聲》が《聴こえた》。か細い少女のものだった。
<何も知らなくて、いいよ>
とても優しい《聲》だった。
<■■■ままで、いいよ>
――小さな掌に、目を隠された。
――青い光が、綺麗だった。
***
(――俺も、想像力が足りなかったか)
クーゴの実家は京都にある。しかし、今回のオフ会では実家の近くには行かないからと安心していた。
というより、慢心していたのだと思う。まさかむこうがそれを察して手を打って来るだなんて、誰が予想できたか。
(加藤の言葉が身に染みるようだ。想像力が欠如すると、こういうことに繋がるんだな)
加藤が困惑した様子で首を振ったような気配がしたが、きっとクーゴの気のせいだろう。
クーゴの目の前にいるのは、黒髪黒目の東洋人女性。首までのショートヘアにとんぼ玉の簪を付け、艶やかな花が描かれた薄桃色の着物を着ていた。買い物帰りなのか、手には大量の食材が入ったエコバックが握られている。しかし、あれはカモフラージュだとクーゴは直感した。彼女はずっとここで、クーゴを待ち構えていたに違いない。
女性は品の良い笑みを浮かべている。しかし、その
晴れ渡った京都の空とは裏腹に、この場に暗雲が立ち込めてきそうだ。いや、クーゴと女性の間はもう雷を伴うレベルの暗雲で覆われている。薄く細められた黒の瞳は、相変わらずクーゴを責め続けていた。否定する要素もないので、クーゴは甘んじて受け止めるに留める。
同行していた面々は、クーゴと女性の間に漂う剣呑な気配を察知したらしい。どこか緊張した面持ちでこちらの動向を見守っていた。
(……俺の事情に巻き込むつもりはなかったんだけどな)
そのことは申し訳ないと思っている。それを彼や彼女たちに伝えることができたらいいのだが、今ここで口に出すと事態が悪化するだけだろう。何より、グラハムやエトワールらに心配をかけたくない。故に、クーゴは――表面上は――ポーカーフェイスを保つことにした。
最も、クーゴの態度は女性にとって癪に障るものでしかなかったらしい。クーゴを睨みつける眼差しが一層鋭くなった。……あの様子だと、彼女はクーゴを見逃してくれそうにない。今日の予定に大幅な支障が出ることになりそうだ。文字通りの災難である。
(今日が丸一日潰れる覚悟をした方がいいかもしれない。後で親戚に電話して、グラハムの誕生日プレゼントを宿まで持ってきてもらえないか頼んでみよう)
――などと今後の段取りを立てるクーゴであったが、それが現実逃避でしかないことは自覚している。
嫌な汗がこめかみを伝った。先手を打つべきか、彼女の手を待つべきか。無言の駆け引きが続く。
「……久しぶりですね、
手を打ったのは、クーゴだった。正確には、打たざるを得なかったといった方がいい。
姉――
「ええ、久しぶり。叔母さまの命日以来かしら?
蒼海の目がより一層細くなった。正直、目を逸らして逃げ出してしまいたいというのが本音である。それをしないのは、友やエトワールらの手前だからだと思う。要は意地の問題だ。昔は何事も諦めてばかりだったのにな、と、心の中で自嘲した。
また嫌な沈黙が周囲を覆い尽くす。蒼海の目は「なんでまだ生きてるの」と雄弁に語っていた。刃金の男児は20代になる前に亡くなるケースが多い。20代後半、しかも30代近くまで生きるケースは少ないという。クーゴはそういう意味でも注目されている。閑話休題。
男児が早逝しやすいという問題点から、刃金の家は女性が婿を迎えて続いてきた。跡取りになるのは大半が長女である。クーゴと蒼海は双子の姉弟であり、現在進行形で跡目争いをしている真っ最中だ。正直な話、クーゴ自身は跡目を継ぐ気もないし、継いだとしても意味はないと思っているのだが。
ここまでこじれたのは、ひとえに「クーゴがまだ生きている」ということが原因だ。本来なら蒼海が跡取りと決まっているはずなのだが、クーゴがまだ生きているため、未だ彼女は跡取り候補となっている。
「空へ行かねばならない」という思いに突き動かされ、クーゴは家を出てユニオンの軍人になった。だからもう、刃金の家に戻るつもりもなければ後を継げるとも思っていない。自分は刃金の血を引く男であり、軍人だ。職業上いつ死んでもおかしくないし、刃金の男の宿命がいつ発動してもおかしくない。
しかし、家の人間たちはクーゴに跡目を継いでほしがっていた。曰く、『クーゴは蒼海よりも優秀で、当主としての器に相応しい』ためらしい。買い被りすぎだとクーゴは思う。「その気はない」と何度も言っているのに、彼らは一切話を聞こうとしなかった。
(ただ単に、アラサーまで生きた男が珍しいだけじゃないか)
関係者連中のクーゴに対する扱いは、文字通り崇拝レベルだった。昔は「神童だけど、刃金の男児は早逝する。もったいない」「長くはもたないだろう」なんて言って憐れむだけだったくせに、だ。今じゃ丁寧な扱いを受けている。
幼い頃、クーゴはとても病弱な子どもだった。風が吹けば吹き飛んでしまいそうなほど細い体で、しょっちゅう体調を崩していた。『いつ死んでもおかしくないような状態だ』とよく言われていた程に。しかし――何をどう間違ったのか――クーゴは現在、病気とは無縁の生活を送っている。
身長はどうにもならなかった代わりに、軍人として空を翔ることには何の不自由もしない身体能力を得て、クーゴは今ここにいた。クーゴにとってそれは喜ばしいことなのだが、蒼海にしてみれば最悪極まりない。体の丈夫さという意味では、死と縁遠い人間になってしまったからだ。
「何度顔を合わせても驚くわね。アンタ、ちっちゃい頃はいつ死んでもおかしくない子どもだったのに。今じゃあ立派な軍人さんだもんねぇ」
「ええ、まあ」
「階級は、確か中尉だっけ? 出世したのねー」
「出撃して生きて帰ってを繰り返してたら、勝手に階級が上がっただけです」
グラハムの発言を引用する。
後で彼に謝罪しよう、と、クーゴはひっそり心に決めた。
「でも、死と隣り合わせの職業に就いたわけだし、どのみちいつ死んでもおかしくないのは変わらないわよね」
「そうですね。仰る通りです」
蒼海の言いたいことはわかる。彼女の気持ちも、よくわかる。
“どのみち死ぬから、もう当たるのはやめてくれ。友人の目の前なんだぞ”――クーゴはその言葉を飲み込み、代わりに目で訴えた。
それが蒼海に届いたのかどうかはわからない。むしろ、わかっていて握りつぶされた気がしてならなかった。こういうところが苦手である。
蒼海はふと、何かに気づいたように顔を上げた。彼女の視線は、グラハムやエトワールたちを捉えている。まずい、と思ったが、もう遅かった。
「貴方たちは、
クーゴは内心頭を抱えた。いや、本当は、もう少し早いタイミングから頭を抱えたくて仕方なかった。今までエトワールに情報を漏らさぬようにと必死になっていたのに。その努力と苦労が水の泡である。蒼海は何も知らないから、仕方ないのかもしれないが。
「グラハム・エーカーです。貴女の話は、クーゴ中尉から伺っております」
「あら。お噂はかねがね伺っておりますわ。ウチの愚弟がご迷惑を……」
今までのやり取りから薄暗いものを察していたグラハムであるが、何とか取り繕ったようだった。笑みを浮かべて見せた口元が、微妙にひきつっている。
家族と言う単語に何やら特別な思い入れを持つ彼に、ドロドロした家族関係など見せたくなかったのに。なんだか申し訳なくなった。
蒼海はかねてからグラハムに興味を持っていたようで、彼へ近寄り何やら雑談を始めた。彼女の目を見て悟る。
(グラハムと“お近づき”になろうと試みる女性とよく似た目をしてる……)
脳裏によぎったのは、何らかの理由で社交界に顔を出す羽目になった時の出来事――グラハムの地位とルックスに惹かれて群がってくる肉食系女子たちの姿だ。クーゴも地位が上がったことによる義務や責任、或いはグラハムに引っ張られて社交界に出入りするため、必然的にそういう女性を目にしていた。
上司の娘とお付き合いをすることになった理由も、社交界で奴を見初めたためだったと聞く。娘より先に上官と出会っていたことや上官が奴の人となりを把握し信頼していたということもあった。紆余曲折あった末に、奴は上司の娘と円満破局している。
しかし――心なしか、蒼海の瞳に宿る
最も、グラハム・エーカーは、その程度で撃ち落とせるような男ではない。言い寄ろうとする蒼海をそれとなくいなしている。最初から、“刃金蒼海はグラハム・エーカーの眼中に無い”のだ。
特に、ボディタッチをしようとする蒼海の動きを躱し、さりげなく手を振り払うところは称賛に価した。少女と手を組んで「恋人同士です」とアピールをしようとする部分さえなければ完璧だったのに。
「……~っ……」
少女は何か言いたげにグラハムを見上げるが、口を開いては閉じてを繰り返している。普段は顔を真っ赤にして拒絶し反撃するのに、今回は抵抗が弱弱しい。時折、何かを伺うように蒼海に視線を向けることがあった。
そういえば、彼女と一緒にいることが多いエトワールは『あの子はグラハムさんに絆されている』と言っていたか。もしかしたら彼女は、蒼海がグラハムに対して露骨な接触を試みていることに対して何か思うところがあるのかもしれない。
少女の言動――正確には“恋路”だろう――を見守っていることの多いエトワールも、蒼海の露骨な態度や発言には眉を顰めるようだ。尚、それ以上に、少女が蒼海に対して嫉妬の眼差しを向けていることが嬉しいようだ。どことなくソワソワしている。
「そちらの方は?」
「…………」
「名前も名乗れないの? あらいやだ。お里が知れるわね」
少女は沈黙を守り続ける。蒼海は冷ややかな眼差しを彼女へ向けた。
“貴方のような小娘が、彼のような人物に相応しいと思っているの?”――蒼海の目は語っている。少女はその圧力に屈することなく、まっすぐに彼女の目を見返した。少女も戦場から引くつもりはないらしい。
少女は長らく沈黙していたが、ゆっくりと口を開く。何かの決意を口に出すように。そしてその決意を、己自身に課そうとしているかのように。噛みしめるような響きを持って、少女は短く言葉を紡いだ。
「死ぬのが怖くて、恋ができるものか」
突拍子もない言葉に、蒼海が眉間の皴を深める。少女の言葉は蒼海の発言を受けた上での返答だとしたら、何かずれていた。脈絡がおかしい。
けれど、クーゴにはわかった。正直になれない少女が、精一杯の想いをこめた言葉だ。それが、彼女の出した答えなのだと。
誰かが言っていた台詞の引用だったけれど、彼女が言うと並々ならぬ迫力を感じる。エトワールが後ろで笑った気配がした。
対して、グラハムは呆気にとられている。急停止した思考回路をフルに働かせ、必死になって少女の言葉の意味を考えているようだった。
蒼海の顔から表情が消える。目がつぅっと細められた。クーゴの経験則が嫌な予感を察知したコンマ数秒で蒼海が動く。本当にさりげない動作で、蒼海が少女を突き飛ばしたのだ。
よろける少女を支えるものは何もない。彼女の丁度後ろには、先日まで降っていた雨のせいでできた水たまりがあった。蒼海は少女が白いワンピースを着ていることを知っていて、そんな暴挙に出た。
次の瞬間、何よりも早く動いた男がいた。思考回路が止まっていたグラハムだった。彼は間一髪で少女を支えると、まるで王子が姫にやるような動作で彼女を立ち上がらせる。流石は空の貴公子。その立ち振る舞いは様になっていた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……」
ひどく切羽詰った顔でグラハムは少女に問うた。
少女は驚いたように目を瞬かせ、顔を伏せた。耳が真っ赤だ。
「あら、ごめんなさい」
悪びれる様子もなく、蒼海は言ってのけた。
気のせいでなければ、小さな舌打ちの音も聞こえた気がする。
――だが。
「なあ、少女! 先程の言葉の意味を詳しく教えてほしいのだが……」
「…………何も言ってない」
「というより、もう一度言ってくれないか!? 私の聞き間違いでなければ、今、キミは――」
「何も言ってない!!」
何度でも言う。最初から、グラハムは蒼海のことなど眼中に無かった。奴は最初から最後まで、一目惚れした“運命の相手”――少女しか見ていなかったのだ。故に、奴は彼女の発言に込められた意味とその重さを察したのだろう。故に、彼女の口から発言の意味を聞きたいと思ったのかもしれない。
照れ隠しのためか、少女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。何度グラハムから乞われても、彼女は頑なに口を閉ざしている。普段がなしのつぶて同然――最近は相手にしてもらえるようになったけど――だから明確な反応を貰えたことが嬉しいのは分かるけれど、流石にもう少し落ち着いてもらえないだろうか。
グラハムを止めに行こうとしたクーゴだったが、蒼海の舌打ちを聞き取って動きを止める。彼女は露骨に不機嫌な顔をして少女を睨んでいた。彼女の予定では、水溜まりに倒れこんでみすぼらしい格好になった少女の哀れな姿が広がっていたはずなのだろう。だが、そんな未来は来なかった。
蒼海の視線が次のターゲットを捉える。少女とグラハムのやり取りを嬉しそうに見守っていたエトワールだ。それをいち早く察知したクーゴは、エトワールを庇うようにして立ちはだかる。これ以上、クーゴの関係者を蒼海の毒牙にさらすわけにはいかない。先程動けなかった分、汚名返上といきたいところだ。
クーゴの行動を見た蒼海は何やら面白そうに目を細める。瞳の奥に宿る悪意から、クーゴは決して目を逸らさなかった。少女の強さに倣った形ではあるものの、蒼海に屈するつもりは微塵もない。昔から、蒼海は他人――特にクーゴの関係者を見下す節があった。自分は蔑まれても構わないが、友人にまで手を伸ばすのは許せない。
「そこの貴女は?」
「彼女は友人だよ。インターネットで歌ってみたを投稿してる歌い手で、俺に色々アドバイスしてくれるんだ」
「歌い手? 軍人のアンタが? ……ああ、
相変わらず、嫌味がチクチク降ってくる。幼い頃からこんな感じだったから、もう慣れた。
「彼はそんな人じゃありませんよ」
「彼女の言う通りです。クーゴ中尉は、我がユニオンに必要不可欠な人材です。そして何より、私の大切な戦友だ」
幼い頃と違うのは、庇ってくれる存在が身近にいるということだ。エトワールとグラハムが蒼海と対峙する。少女は何も言わないが、彼女もクーゴを庇おうとしているようだった。庇われ慣れていないおかげで、逆に彼らの行動に面食らってしまった。
自分の情けなさに嘆きたくなる。いい友人を持ったと、クーゴは心の中でそう思った。蒼海と睨み合って、どれほどの時間が過ぎただろう。現状をどうすべきか、どうやって彼女か離れようか――クーゴが考えあぐねていたときだった。
「何をしているの蒼海。買い物が終わったなら、早く……――あら、
「……母さん」
「帰ってくるなら、一言連絡してくれればよかったのに。まったく、蒼海ときたら……」
救いの女神か、地獄からの使者か。
白髪交じりの灰銀の髪の女性はクーゴの母、
櫻華の姿を見た蒼海は苦々しい表情を浮かべた。入れ替わるように、グラハムやエトワールたちが慌てた様子で櫻華へ挨拶する。緊張している雰囲気が伝わってきた。
相変わらず、櫻華は蒼海をこき下ろすような発言ばかり繰り返している。クーゴを上げて彼女を下すその語り草が、自分たちの溝をより深くすることに気づいていないのか。
「貴女は昔から気が利かない子だったわね。だからかしら? 空護のお友達に対して“こんな場所で立ち話を強要する”なんて、非常識な真似ができるのは」
「…………申し訳ありません」
「察しだけでなく性根も悪かったわよね、貴女。そんなんだから、『刃金の跡取りとして相応しくない』と言われるのよ」
「…………」
蒼海の眼差しがクーゴに突き刺さってくる。クーゴはそれを淡々と受け止めた。
どうやら櫻華は地獄からの使者だったらしい。彼女は朗らかな笑みを浮かべて、言った。
「
◇◇◇
胴着を来た男女がコート内で向かい合う。男の身長は169cm、女性の身長は162cmのため、身長ではそうそう戦力差は見えにくい。
エトワール――もといイデアたちは、コート外から試合を見守っていた。日本武術の1つである剣道を、しかもこんな間近で見たことはない。
夜鷹の親友であるグラハムも、場の空気につられているのだろう。真剣な面持ちで、夜鷹と彼の双子の姉・蒼海を見つめていた。
2人は一礼し、竹刀を構える。姉の竹刀には激情が乗っていた。対して、夜鷹はぴんと背を伸ばし、静かに竹刀を構える。明鏡止水という言葉がよく似合っていた。
姉の方は一刀流。対して、夜鷹の場合は二刀流だ。今回彼が使っているのは、通常の竹刀と脇差程度の長さの竹刀である。
右手に脇差、左手に通常の長さの竹刀を持っており、独特の構えをしている。惚れ惚れする出で立ちだ。イデアは素直にそう思う。
(昔からキモノやワソウを着てた家系で育ってたからか、ドウギも様になってるなぁ。本当に格好いい……)
いつものイデアなら、夜鷹に撮影許可を求めて突っ込んでいたし、何なら黄色い声を上げていたであろう。だが、竹刀を持ってコートで向かい合う姉弟を見ていると、そういう真似は憚られた。
この静寂が神聖なもののように思われたし、この静寂を壊すことは許されない行為だと思ったのだ。日本文化にある“空気を読む”というのは、これに近い感じなのかもしれない。
刹那とグラハムも興味深そうに2人の姿を眺めている。文字通りの真剣勝負が繰り広げられていた。漂う空気――或いは緊張感に影響されたのか、自然とイデアたちも背筋を伸ばす。
「彼が二刀流で戦っている姿を見たことはあるが、試合現場を見るのは初めてだ。……少女、キミは剣道を見たことがあるかな?」
「ない。初めてだ。……変わった構えだな」
「剣道で二刀流は少ないと聞く。『ハイスクールを卒業した年齢にならないと二刀流が解禁されない』ことや、『一刀流よりルール上の制限が多い』のが理由らしい」
「『長い間慣れ親しんだ動きの方が戦いやすい』ということか」
「二刀流で結果を出し続ける者は、相当の腕前を持っているらしいぞ」
「成程な。確かに、あれ程の佇まいならば、熟練の戦士であることは間違いない」
いつの間に、刹那はグラハムと会話を成立できるようになっていたのだろう。妹分の変化に、イデアは頬が緩む。
しかし、それはすぐに真剣なものに戻った。竹刀と竹刀がぶつかり合う音が響く。音が頬を打つ感覚に、イデアは思わず身構えた。
攻めの手を打つのは姉の方だった。溢れんばかりの激情を込めて、夜鷹へ挑みかかる。まるで八つ当たりみたいだった。対して、夜鷹は小太刀と太刀を交差させて防御に回る。勢いと感情任せに挑みかかる姉の剣を、迷うことなく打ち払っていた。そこに余計な雑念はない。
グラハムが感嘆の息を吐き、拳を握りしめる。刹那も険しい表情で戦局を見守っていた。イデアもごくりと唾を飲み込む。2人は竹刀で戦っているはずなのに、イデアには金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきたように思う。いつの間にか、2人が振るっている竹刀が本物の日本刀に見えた。
姉と夜鷹は派手な鍔迫り合いを演じている。日本の時代劇でよく見る
イデアは剣道素人だから、攻めの手数が多い夜鷹の姉が有利に見える。しかし、姉の《聲》を《聴く》限り、あと1手が決まらないらしい。
<小賢しい……!>
苦虫を嚙み潰したような《聲》が響く。彼女は威嚇するように竹刀の剣先を揺らしていたが、夜鷹はそれに合わせて小太刀や太刀を動かす。まるで「どちらでも対応できるぞ」と示すかのようだ。
攻めるために動いているようにも見えるし、姉からの攻撃に対してスムーズに守りへ回れるようにも見える。《聲》に耳を傾けられない状態で対峙しているのだ、疑心暗鬼になるのは当然であろう。
時折上げる叫び声――おそらくウォークライの類だ――が静寂を切り裂く。姉は憎悪に塗れているが、弟は自分を飲み込もうとする負の感情を吹き払うかのような響きを宿していた。
「剣道では、一刀流の方が間合いや攻撃時に有利だと聞く。二刀流の場合、カウンター前提の戦略が定番だから攻めにくいと聞いたな」
「しかし、攻めにくいのは一刀流も同じか。反撃前提の戦術だとわかっていると尚更だ。……ふむ、いけるか」
「何がだ? 少女」
「なんでもない」
あやうく『戦う者』の一面が出かけてしまったようで、刹那は慌てて取り繕った。グラハムはそれ以上追及しない。ラッキーである。刹那は拠点に戻り次第、エクシアで新しいコンバットパターンを試すつもりでいるようだ。
彼女は食い入るように夜鷹とその姉のぶつかり合いを眺める。接近および格闘戦を得意としている彼女だからこそ、この動きは見逃せないものだと思ったらしい。イデアもじっくりその動きを見ることにした。
<アタシは、絶対にアンタを許さない>
夜鷹に向かって一心不乱に攻撃を叩き込む姉が、憎悪を剥き出しにした《聲》を響かせる。地獄の底から轟くようなソレに、イデアは思わず身を震わせた。
(何が起これば、人を――夜鷹さんを、そこまで憎むことができるの……?)
<アンタが大人しく死んでいれば、アタシはこんな人生を歩まなくて済んだのに!>
イデアの疑問をかき消すかのように《聲》が響き渡る。その叫びと共に、夜鷹の姉が思い切り竹刀を振り下ろした。夜鷹の隙を突く、鋭い一撃。
姉が嗤う。グラハムが「お」と声を上げ、刹那がはっと息を飲む。次の瞬間、夜鷹が目を見開いて踏み込んだ。獲物に襲い掛かる捕食者のように鋭い瞳は、己の勝利を見据えていたのだろう。
この場を震撼させるような大きな音が響いた。一歩遅れてグラハムの「おっ!?」という声が聞こえた。何かが吹き飛んだような激しい音と一緒に、夜鷹の姉が転倒する。
姉の一撃を止めたのは、小太刀ではなく太刀の方だった。どうやら、夜鷹は太刀で姉の竹刀を受け止め、小太刀で突きを放ったらしい。
その一撃は、姉を吹き飛ばして叩き付ける程の圧倒的な打ち込みだった。審判役をしていた夜鷹の母親が、彼の勝利を告げた。
グラハムがぱっと表情を輝かせ、刹那が感嘆の息を吐き、イデアは夜鷹へ惜しみない拍手を贈る。姉弟は向かい合って竹刀を戻し、厳かに一礼した。
「ふー……」
防具を外した夜鷹は汗だくだった。艶やかな黒髪が揺れる。防具類を外した彼の元へ、イデアたちは駆け寄った。
「見事な戦いだったぞ、クーゴ! あれがサムライの技なのだな!!」
「おばか。刀と名の付くものを使ってるからって、何でもかんでも一緒くたにするんじゃないよ」
真っ先にグラハムが夜鷹の元にたどり着き、先程の戦いを絶賛する。
夜鷹はふっと笑みを浮かべ、照れくさそうに肩をすくめた。
「本当に凄かったです! 本当の本当に、格好良かった……!」
イデアも貧弱な言葉しか出てこなくて、それがもどかしかった。彼を讃える言葉が見つからない。ただ「凄い」としか言いようがない。“次に会うときまではボキャブラリーを増やしておこう”――イデアはひっそりと決意した。
次の瞬間、竹刀を叩き付ける音が響いた。振り返れば、夜鷹の姉がこちらに背を向けている。防具越しから見てもすぐにわかるくらい、彼女の手は震えていた。憎しみに歪んだ顔をはっきりと見てしまい、イデアはびくりと身をすくめる。
「姉さん。道具に当たっても、どうしようもないだろ」
夜鷹は静かにそう言った。
「私怨で剣を振るう者は、決して極みに達せない」
その言葉が引き金となったのか、夜鷹の姉が崩れ落ちる。そんな彼女を、母親は激しく叱咤した。
姉の背中を寂しそうに見つめていた夜鷹であったが、すぐに自分たちの方に向き直った。
「着替えてから行く。待っててくれ」と言い、母親に「もう家を出る」旨を告げる。母親は夜鷹を引き留めたが、彼は首を振った。
母親は残念そうな顔をしたが、2つ返事で頷いた。夜鷹も頷き、胴着から普段着に着替えるために道場を後にする。夜鷹はもう、姉へと振り返らなかった。
静かになった道場で、姉の嗚咽が響いてきた。“この場にいてはいけない”――それを察し、イデアたちも外へ出た。もうそろそろ、夕方へ移り行こうとする時間である。
「彼はいつも、家族の話題を避けていたんだ」
ぽつり、と、グラハムは呟いた。
「私は一度、彼に言ったことがある。『キミは、どこにいってもキミと血のつながる人間がいるんだな』と」
その瞳は、空へと向けられている。
空の向う側にある“何か”を見ているかのようだった。
「私は孤児だったからな。クー……夜鷹が羨ましかった」
「!」
グラハムの言葉に、刹那が大きく目を見開く。何かを言おうとしたのだが、言葉が出てこない様子だった。
「思えば、家族の話題に触れないことが、彼なりの気遣いだったのだろう」
孤児であるなら、家族という言葉に対する憧れは強いだろう。その想いを、夜鷹は知っていた。だから、壊したくなかったのだと思う。
夜鷹自身もまた、“家族という言葉は温かいものであってほしい”と願っていたのではないだろうか。……彼は、優しい人だから。
イデアは目を伏せる。過去に思いを馳せていたのか、刹那もどことなくやるせなさそうにしていた。嫌な沈黙が場を支配する。
「私も女々しいな。そういうのを見ると、ほとほと呆れてしまう
「――ごめん、待たせた!」
グラハムは小さく咳払いし、苦笑した。そこへ、着替えを終えた夜鷹がやってくる。時間を確認した後、彼は憂鬱そうにため息をついた。この時間帯だと、今日はもう、どこも回れそうにない。まっすぐ旅館にチェックインする以外なさそうだった。
すまん、と再び彼は頭を下げる。グラハムはぶんぶん首を振り、満面の笑みを浮かべて見せた。剣道の試合で充分帳消しにできる、と。刹那もうんうん頷いていた。イデアも、首が吹き飛ぶんではなかろうかという勢いで頷いた。
それを見た夜鷹は安心したのだろう。ふっと表情を緩め、歩き始める。彼の背に続いて、自分たちも歩き出した。
◇
このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。
「そちらのクルーの中に、アニュー・リターナーを泣かせたライル・ディランディはいらっしゃいませんか!?」
「僕らの妹分を恋人にしておきながら、不貞行為を働いたライル・ディランディはいらっしゃいませんか!?」
「悪の組織第1幹部とその配下の者たちが、処刑準備を万端にしてお待ちしております」
「ライル・ディランディ、そこにいるなら今すぐ出て来い。一瞬で済ませる」
「安心していいよ。塵どころか、DNAの一遍すら残さず消してあげるから」
「完全に殺す気満々じゃないですか! 誤解だって説明したのに、ああもう……!」
「は、はは。アニューは愛されてるんだなぁ……」
(今にも死にそうな顔をしてる……)
この世には、とても仲が良い『家族』が存在していることを。
「あの後俺たちはアロウズに招集されて、皆バラバラになっちまったんです」
「今の軍はまともではない! 非人道的な行為を繰り返している! しかも、その事実を国民たちに黙っているんだ!」
「俺、嫌です。こんなの嫌ですよ! 隊長はおかしくなっちゃうし、技術顧問のカタギリさんもおかしくなっちゃうし、アロウズの動きもおかしいし、下される命令は虐殺まがいのことばっかりだし!」
「アンタ、あの“グラハム・エーカー”上級大尉殿の副官なんだろ!? だったら早く仕事しろよ!
「俺たちじゃ、どうしようもないんでさぁ……」
「もう、飛べないんです。自由に飛べないんです」
「お願いします。あの人たちを助けてください!」
「頼むから、帰ってきてくださいよ……!」
愛すべき仲間たちの翼が、渦巻く陰謀によってがんじがらめになってしまうことを。
「ソレスタルビーイングは、これからどうするのだろうな」
「さあ、わからん。だが、また何かあったら顔を合わせることになるだろう。対立するにしろ、共闘するにしろ」
「少なくとも、同じ空を飛んでいるんだ。それでいいじゃないか」
「歩いている道が違っても、今このとき見てるものが違っても。……辿り着きたいと願うべき場所は、同じだからな」
そう言って、戦友たちに思いを馳せる日が来ることを。
<ねえ、くーちゃん>
<何?>
<大好き>
<――俺もだよ、あおちゃん>
目を塞いだ小さな掌と、青い光の正体を知る日が来ることを。
クーゴ・ハガネの災難は続く。
【参考及び参照】
『Kurashiru』より、『簡単 卵としらすのおかゆ』
『スポスルMagazin』より、『【剣道】二刀流はアリ?!|構えについてのルールやメリットとは?』