問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


10.前夜祭 -よあけまえ-

 

 一機のフラッグが悠々と空を舞っていた。

 勢いそのまま、次々と目標を屠っていく。

 

 

(流石は新武装。なかなかの切れ味だ)

 

 

 クーゴの手に、じわりと汗がにじむ。機械越しとはいえ、標的を切り裂く感覚は生々しさを伴っていた。

 

 今回は、先日完成した新兵器のテストである。いつぞやビリーが言っていた、特殊な金属を使って生み出されたブレードだ。

 その名は『菊一文字則宗(ガーベラストレート)』と『長曽禰虎徹(タイガー・ピアス)』。

 

 日本刀を模した2本のブレードが、易々と金属装甲を切り裂いた。まるで紙を切っていくような光景である。同じようにして、ビーム弾も切り裂く。鍛え抜かれた鋼の切れ味を考えると、『日本文化をネタにしたアニメで、刀が様々なものを真っ二つにしていくシーン』は、あながち間違いではない。

 一番有名なのは『日本刀対銃』だろう。地面に固定された日本刀の刃が、銃から放たれた弾丸を真っ二つにした映像だ。文字通りの一刀両断。寸分の引っ掛かりもなく、綺麗に切れていた。流石にマシンガンには勝てなかったようだが、負けても尚、凛とした在り様は、マシンガンを提供した対戦相手をも唸らせたほどである。

 最後の標的を文字通り「斬り捨てる」と、クーゴは操縦桿を動かした。空を翔けていたフラッグは大地に降り立つ。コックピットのハッチを開けて、クーゴも地上へと降り立った。ヘルメットを外す。吹き抜けるそよ風が心地よい。

 

 服を着替えて室内へと戻れば、箸を片手にビリーとグラハムが大きく手を振り、紅茶を啜っていたエイフマンが目を細める。

 

 

ガーベラストレートとタイガー・ピアス(新しい武装)の使い心地はどうだい?」

 

「いい感じだ。あとは課題を見つけ次第、フラッグ共々適宜改良、ってところか」

 

 

 クーゴの元へ駆け寄ったビリーは満足げに頷いた。技術者として、自分たちが開発した武装が日の目を浴びることが何よりも嬉しいのだろう。

 ビリーの心配事はこれで片付いた。今度はクーゴの心配事の方である。目線を弁当箱へ向ければ、中身は空っぽになっていた。

 

 

「こちらも文句なしだよ。ご馳走様でした!」

 

「今回のは、ささみフライが一番おいしかったぞ! 2種類のチーズとバジルがいい味を出していたな」

 

 

 親友2人は満面の笑みを浮かべて、綺麗な弁当を箸で指し示す。グラハムが持つ青緑色の箸が、太陽の光を浴びて艶やかに煌めいていた。

 誕生日祝いに送った箸は、随分と彼のお気に召したらしい。『この箸を使うに相応しくなるため』に沢山練習を重ねたのだそうだ。

 その甲斐あって、箸使いはみるみる上達した。今ではクーゴと遜色ない程の箸使いをする。根性と粘り強さが成し遂げた奇跡だ。

 

 ちなみに、件の京都旅行土産として、ビリーとエイフマン教授、虚憶(きょおく)調査チームの面々にも箸――箸・箸置き・箸箱の一式――を購入している。材質は鉄の刀の木と書いて“鉄刀木(たがやざん)”と読み、唐木の三大横綱の1つとして数えられていた。うっすら紫がかった色合いと、タガヤ特有の細かい木目が特徴的な逸品だ。

 仲間たちは箸の色合いや日本における漢字表記が大層気に入ったようで、狂ったように箸使いの練習に勤しんでいた。進捗が早いのはビリー・カタギリとアキラ・タケイの2名である。『日系人なめんな』と言わんばかりに胸を張っていた2人の姿が脳裏によぎり、クーゴは思わず口元を綻ばせた。

 

 だって、凄く微笑ましい光景だったので。

 

 

「それはよかった。ただ、箸で人を指すのは行儀が悪いぞ」

 

「む。すまない」

「あ、ごめん」

 

「はっはっはっは! 友とはいいものだ。キミたちを見ていると、尚更そう思うよ」

 

 

 ビリーとグラハムは素直に謝り、箸を箸箱に戻した。そんな2人を見て、エイフマンは楽しそうに笑う。

 しかし、エイフマンはどこか寂しそうに空を見上げる。届かない時間を追いかけているかのように。

 

 

「私の友人は皆、鬼籍に入ってしまったからな。もう、昔を語らう友人(あいて)はいない」

 

「プロフェッサー……」

「「教授……」」

 

 

 老紳士の言葉の重みを感じ取り、思わず自分たちは声をかける。しかし、彼はすぐに穏やかに微笑んだ。

 

 

「だからこそ、友人は大切にしなさい。たとえ進む道を違えたとしても、今見ている景色(もの)がバラバラになってしまっても、どんな形であっても、友との交流は心を豊かにしてくれる。互いの道が、互いにとっての指針になる。そして、高みへと至るための力となるからな」

 

 

 遠くを見つめるエイフマンも、そうやって友人と切磋琢磨してきたのだろう。弟子や教え子を多く抱える彼であるが、友人という存在はやはり別格だったに違いない。

 老紳士の切実な教訓に、クーゴたちは思わず顔を見合わせた。クーゴ、グラハム、ビリー。自分たち3人は、気づいたら親友と呼べる間柄となっていた。

 仲良くなったきっかけは覚えていないけれど、出会ったときのことはよく覚えている。クーゴがユニオン軍の軍人として本部にやってきたときのこと。

 

 あの日の天気予報は『午後から雨が降る』と聞いていたので、お気に入りの和傘を持って外出していた。自分が住む街の散策に出かけた先で暴漢と鉢合わせるだなんて全く想像せずに。

 小柄で幼い外見だったせいか、暴漢はクーゴに狙いをつけて襲い掛かって来た。それを和傘で滅多打ちにして無力化後、その場に居合わせた男性と協力して取り押さえ、警察に引き渡したのだ。

 

 そのときに協力してくれたのが後のグラハム・エーカーで、警察に通報してくれたのが後のビリー・カタギリである。

 

 

(あのときは一期一会の縁だと思ってたけど、本部に赴任して早々再開するとは思わなかったな。――ここまで親しい関係になるとも思ってなかったけど)

 

 

 生まれも育ちも家庭環境も性格も、何もかもがバラバラな自分たち。だけれど今、3人はユニオンの軍部に集い、同じ景色を見上げている。奇跡のような光景だ。その価値がどれ程尊いものなのかは自覚している。

 だから、3人は迷うことなく返答した。「はい、教授」「勿論です、プロフェッサー」「そのお言葉、この身に刻みます」と、返事も3者3様。「よろしい」とエイフマンは満足げに頷いた。こうしていると、教師と生徒に見えなくもない。

 

 

『カイメラ隊はー?』

『病気ー!』

 

 

 学生を彷彿とするやり取りに懐かしさを覚えていたときに響いた、場違いな音楽。確か、売れっ子の歌手がリリースした電波ソングである。音の出どころは、談話スペースにある大型テレビからだった。

 女性士官たちが黄色い声を上げ、男性士官が何とも言い難い表情を浮かべている。大画面にアップで映ったのは、件の人気歌手――テオ・マイヤー。

 

 ゆるく跳ねたクロームオレンジの髪に、透き通るような白い肌。マルベリーのアーモンドアイが、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせていた。

 

 

(巷ではあんなのが流行っているのか)

 

「…………!」

 

 

 クーゴがそんなことを考えながらエイフマンの方を向き直ると、彼は険しい顔でテレビを睨みつけていた。

 まるで、亡霊を見てしまったかのような表情(かお)をしている。クーゴが見ていることに気づくと、エイフマンは取り繕うように苦笑した。

 彼の変化に気づいたグラハムとビリーも首を傾げる。逃げられないと踏んだのだろう。エイフマンは大きく息を吐いて、ぽつりと呟いた。

 

 

「幼い頃、私にこの道を進むきっかけを与えてくれた人によく似ているんだよ。生き写しと言ってもいいくらいだ。……亡くなってもう、60年ほど経過したがね」

 

 

 痛ましい事件だった、と、エイフマンは俯いた。

 箱から宝物を取り出すような響きを伴いながら、言葉を続ける。

 

 

「彼は私より一回り以上年上でな。よく、私の勉強に付き合ってくれたよ。面倒見のいいお兄さんだった。技術者の道を進むか、音楽――特に歌の道に進むか、真剣に悩んでいたな。勉強の合間に『息抜き』と称して、書きかけの図面や論文を見せてくれたり、色々な歌を披露してくれたりもしたよ」

 

「大切なご友人だったのですね」

 

「ああ。……ワシはな、彼の友人であることが誇らしかった。彼が描いたMSの図面や論文は、当時素人だったワシから見ても画期的なものばかりだったよ。今こうして教授と呼ばれる地位に至ってからは、猶更そう感じてならない」

 

 

 グラハムの言葉に頷き返し、エイフマンはテレビの中に映るテオへ視線を向ける。

 

 

「ある日、お兄さんの家が火事になった。ワシと一緒に図面を描いていたお兄さんだけは無事だったが、その後が色々と問題でな」

 

「何があったんです?」

 

「火事の原因じゃよ。警察は早々に『お兄さんの父親が重大な汚職事件を起こした犯人で、良心の呵責に耐え切れず、妻と娘を道連れに無理心中を図った』と結論付けて、ろくに捜査を行わなかった」

 

 

 ビリーに促されて話を続けたエイフマンの眉間に皴が寄った。彼は今、当時の心境を思い出しているのだろう。苛立たし気に歯噛みする。

 当時のエイフマン少年も、今と同じような顔をしながら、お兄さん周りの出来事に対して憤りを募らせていたのかもしれない。

 

 

「周囲はお兄さんのことを犯罪者の身内として扱い、遠巻きにしていた。ワシはお兄さんが心配で、ずっとくっついていたものだよ。……『悲しみを癒せるのは時間だけだ』とは言うが、彼が立ち直るまでにも相応の時間を要した。彼がもう一度立ち上がったときは、ワシも我がことのように喜んだものだ」

 

「それで、お兄さんは……」

 

 

 クーゴが促すと、エイフマンは杖を握る手を戦慄かせた。

 

 

「丁度、お兄さんが立ち直る前後じゃった。……ワシらが住む街で、麻薬の密売が流行りだしたのは」

 

「麻薬……」

 

「街の治安は一気に悪化した。中毒者による犯罪が増えたからの。……お兄さんは、薬を買う金欲しさに襲い掛かって来た暴漢からワシを庇って――」

 

 

 エイフマンは沈痛そうな面持ちのまま目を閉じる。瞼の裏に何を思い浮かべているのか、クーゴの視点から推し量ることは不可能だった。彼の話を聞く限り、エイフマンは自分の目の前で友人を失ったのだろう。友人が亡くなってから60年の月日が流れても、エイフマンにとって、その事件は未だ終わっていない。 

 沈黙が辺りを包む。テレビから流れる電波ソングがやけに遠い。言葉は、喉につかえたように出てこなかった。グラハムとビリーもクーゴと同じで、口を開いて閉じてを繰り返す。エイフマンはふっと笑うと、話題を転換するように明るい声を出した。

 

 

「最近、MSWADのエースコンビが恋路を突き進んでいるという話を聞いたのだが、戦果は?」

 

「長く口説き続けたのが功を成したのか、最近は色々な顔を見せてくれるようになりました!」

 

 

 エイフマンの問いかけに即答したのはやっぱりグラハム・エーカーである。奴の場合は手口が強引過ぎるのだ。今までの出来事を思い出し、クーゴは反射的に目を逸らす。

 「犯罪にだけは走らないでくれたまえ。優秀なパイロットを失うのは惜しいからな」なんてエイフマンは笑っているが、忠告程度で踏みとどまってくれるとは思えない。

 おそらくこれからもこのスタンスは変わらないだろうし、もっと悪化する危険性が高かった。『グラハムの安全装置』的な役割に徹する日々も続くだろう。心労はかさむ一方だ。

 

 最近は、『少女の誕生日プレゼント選びを手伝え』と協力を仰がれている。といっても、彼女の誕生日についてわかっていることは“4月生まれの牡羊座”ということだけだ。4月のいつなのかまでは話してもらえなかったらしい。そのため、『4月のオフ会で贈り物をする』と息巻いていた。

 

 ちなみに、エトワールは11月11日生まれの蠍座、クーゴは12月22日生まれの山羊座である。彼女の誕生日には、桜の花を模した銀簪を贈った。

 それ以後のオフ会では、彼女は簪をつけてやって来るようになった。綺麗な薄緑色の髪をハーフトップに束ねたエトワールは、髪を束ねていないときよりも艶やかな印象になったなとクーゴは思う。

 

 

『なあクーゴ。カタギリ司令が仰っていたのだが、『日本のプロポーズは女性に簪を贈ること』で、『女性側が了承及び承諾する場合は、贈られた簪を受け取る』と聞いた』

 

『近現代に突入してからは、西洋文化に取って代わられて廃れていったぞ。今では指輪を贈るのが基本だ』

 

 

 グラハムが披露した日本文化――殆どがビリーの叔父であるホーマー・カタギリ氏からの受け譲りだ――の知識は、時たま数世紀前の知識が混ざっている。現代ではすでに廃れているものも多々あった。それを指摘したのだが、グラハムは『そういうことにしておこう』と悪戯っぽく笑っていたか。

 『素敵な簪のお返しに』と、クーゴの誕生日にエトワールから贈られたのは、盾を持って飛翔する鷲が描かれた懐中時計であった。クォーツとソーラーのハイブリット電池を使う電波時計である。何らかの影響で電波もクォーツも使えない場合は、ネジを巻いて使用するという徹底した機能付きだ。

 『クーゴの二つ名――“空の護り手”に相応しいデザインを探すうちに、このデザインに行きついた』とはエトワールの談である。機能も技巧も素晴らしい懐中時計だった。もちろん肌身離さず持ち歩いているし、重宝している。閑話休題。

 

 

「それで、誕生日プレゼントのリサーチは進んでいるのかい?」

 

「全然だよ! まったく見当がつかなくてなぁ」

 

 

 ビリーの問いに、グラハムは満面の笑みを浮かべて頭を掻いた。表情と正反対の言葉に、思わずビリーとエイフマンがずるっと体勢を崩す。クーゴは天を仰いだ。

 

 グラハムのやろうとしていることは、『ノーヒントで自分の専門外のクイズ問題に挑戦する』ような暴挙である。正解できる可能性は限りなく低い。むしろ0に近い。それと同じく、奴の贈り物が少女に気にいられる可能性だって低いのだ。

 クーゴがエトワールたちと一緒にグラハムへの誕生日祝いを企画したときは、念入りにリサーチしたからこその結果であった。でなければ、日本の京都旅行なんて考えようとは思わない。グラハムはそこを理解しているのだろうか。

 いや、多分、努力は続けているのだと思う。もしかしたら、クーゴが思っている以上に、少女のガードが堅いのかもしれない。顔を合わせれば高速漫才ボコり合い――というより、グラハムが一方的に突っ込み、少女が撃退するというもの――だし、メールの文面も大体似たような感じである。

 

 ここは、エトワールに協力を仰ぐべきだろうか。クーゴはちらりと端末に目をやる。ストラップ代わりに結んでいた銀のハートがきらりと光った。

 最近届いたメッセージにカーソルを合わせれば、『友人の間で練り香水が流行っている』という内容のものが出てきた。自然と頬が緩む。

 

 

「ところでキミはどうなんだい? クーゴ」

 

「何が?」

 

「エトワールだよ。あの後も何度かコラボしてるみたいじゃないか。縁結びのお守りの片割れまでもらったんだろう?」

 

 

 ビリーはニマニマと笑みを浮かべる。グラハムも生温かい眼差しを向けてきた。

 なんだろう、この空気は非常にマズイ。クーゴの勘が大音量で叫んでいる。同時に、効果的な打破方法が浮かんだ。

 

 

「ビリーが“リーサ・クジョウとどこまで進んだか”を先に話してくれるなら、言ってもいい」

 

 

 沈黙。

 痛々しいまでもの沈黙。

 そしてそのまま崩れ落ちるビリー・カタギリ。

 

 

「キミは鬼か」

 

「教授程ではありません」

 

 

 苦笑するエイフマンであるが、この方法を伝授してくれたのは他ならぬエイフマン本人である。

 なんでも、昔は『似たようなことをしつこく尋ねられたので、似たような方法で相手を撃退した』らしい。彼も相当な鬼であった。

 

 エイフマンは再びテレビへ視線を向け、懐かしそうにテオ・マイヤーを眺める。液晶画面越しに重ね合わせるのは、遠い日に亡くなった『お兄さん的存在』の面影だろうか。

 

 クーゴは一端エイフマンから視線を外し、(自らの蒔いた種とはいえ)ビリーのフォローに入った。どうやらビリー、なかなか高嶺の花と連絡が取れないようだ。逢瀬の時間も作れないのだという。『一目合えればそれだけで幸せ』という彼であるが、もしかしたらそれがうまくいかない原因なのではなかろうか。

 “他人には積極的になるようにとアドバイスするヤツに限って奥手”という噂を聞く。グラハムの暴走を肯定気味だった背景には、彼とは対照的に“積極的な行動に走れない”というビリーの面が出ていた結果なのかもしれない。お前は乙女か、というツッコミを入れたくなったが、クーゴはぐっと耐えた。

 最近、何かにつけて耐え忍んでばかりいるような気がする。昔から耐え忍ぶことは多かったけれど、ここのところは輪をかけてひどくなった。そういえば、星占いの雑誌を読み漁っていたハワードとダリルも『ハガネ中尉はすべてにおいて苦労性』と言っていたか。全く嬉しくない。

 

 

「うう……どうせ、どうせ、僕なんて……」

 

(ダメだこりゃ。……仕方ない)

 

 

 鬱々としたビリーをグラハムに押し付け、クーゴは端末を動かす。「エトワールに協力を仰ぐ」と言えば、奴は2つ返事でビリーのフォローを引き受けてくれた。

 少女への誕生日プレゼントの旨をメッセージで送れば、しばらくの間をおいて返事が帰ってきた。『最近、彼女はアクセサリー収集が急務になっているので、そこを攻めればいい』らしい。

 

 

(あの子も大変だな)

 

 

 常々クールだった少女の姿を思い出し、クーゴは苦笑した。京都旅行時も、アクセサリー系統にはあまり関心がなかったような気がする。

 

 そんな少女がアクセサリー収集に励まなくてはならないとは、彼女の周りで一体何が起こっているのだろう。女性の問題はよくわからない。

 己の道を貫いていきそうな少女であるが、我を曲げなければいけない問題にぶち当たってしまったのか。でも、これで少しは勝機が見えた気がした。

 

 なんとか回復したビリーは、エイフマンと何かを話し始めていた。おそらく現実逃避という名の話題転換だろう。内容を聞く限り、今度発表されるAEUの新型の話らしい。

 クーゴはグラハムに手招きし、端末を見せる。思ってもいない援軍に驚いていたグラハムであるが、すぐに端末を取り出して検索を始めた。

 ストラップ代わりの青いお守り2つと銀のハートが揺れた。グラハムはそのお守りだけでなく、少女がプレゼントした扇子も肌身離さず持ち歩いている。

 

 

「これはいいものだ……!」

 

 

 グラハムはそう言って、端末に表示された商品を眺めていた。シェルカメオのペンダントブローチには、大きな翼をたたんで塔の上に座る大天使が刻まれている。

 天使は目を閉じているが、瞑想しているようにも、眠っているようにも取れる表情だ。心なしか、口元には微笑が浮かんでいるように見える。天使の周りには、鳩が舞うようにして飛んでいた。

 

 グラハムは迷うことなく端末を操作した。オンラインショッピングとは本当に便利である。あと数日したら、商品はグラハムの住む部屋に届くだろう。次のオフ会までには、充分間に合う。

 

 生温かな視線に振り返れば、ビリーとエイフマンがこちらを眺めていた。「どちらも順風満帆のようだな」と微笑んだのはエイフマンであり、「羨ましいな」と羨望の声を上げたのはビリーであった。

 何とも言えなくなり、クーゴは苦笑する。どうしてか、ひどく照れくさい。入れ替わるように、グラハムは満面の笑みを浮かべた。太陽を思わせるようなそれに、自分たちはゆるく目を細める。ユニオンの昼下がりは、穏やかに過ぎ去っていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 病院での訪問ライブを終えて、テオ・マイヤーは一息ついていた。この病院は長期入院している患者が多い。特に、重篤な症状を抱える人や余命幾何もない人が中心であった。

 中には意識不明や植物状態、および脳死であるが遺族の意向で生かされている患者もいる。中庭のベンチから窓を見上げ、テオはじっとその病室を見つめていた。

 

 病室の番号は207号室。入院患者の名前はエイミー・ディランディ。彼女は自爆テロに巻き込まれてから、ずっと意識不明のままなのだそうだ。しかも、テロに巻き込まれた当時の外見のままを保っているという。

 普通の人間からすれば不可思議な現象であり、様々な研究機関が喉から手が出るほど欲しがるだろう。最も、兄2人がそれを許すはずがないし、病院側の患者およびスタッフも全力で抵抗することは明白だった。

 病室にいるのは双子の兄の方だ。彼からダダ漏れの思念と周囲の人々の話を総合するに、彼が来る数時間前に弟が病室を訪ねていたという。見事な入れ違いだ。この双子が意図してやっていることだから、本人たちの問題である。

 

 兄の思念が病室から遠ざかる。テオは窓から目を離すことなく、スポーツドリンクで喉を潤した。

 

 

(時間潰しがてら、エトワールと夜鷹の動画でも見ますかね)

 

 

 端末にイヤホンを刺し、動画を検索する。現役歌手がアマチュア――歌い手の動画を視聴しているという絵面をファンが見たら、どんな反応をするだろうか。

 プロだろうがアマだろうが、『良いものは良い』のだ。大衆に支持されているというのは一種のバロメーターになる。再生数やお気に入り登録数がそれを証明していた。

 

 

(……まあ、僕の場合は“別の理由”があるんですけど)

 

 

 テオは静かに目を閉じて集中した。夜鷹やエトワールの歌を介し、数多の虚憶(きょおく)を読み取っていく。既存のものが出てくるときもあれば、今まで出てこなかったものに触れることもあった。

 

 

(この前から《視る》ようになった虚憶(きょおく)では、グライフ博士たちが大変な目にあってたなぁ。そこの僕は加藤機関の5番隊で副隊長やってたっけ)

 

 

 同期で新参者同士という繋がりから、隊長や他の古参メンバーとドタバタしていたか。

 

 あちらで出会った五飛の姿を見ていると、夜鷹の虚憶(きょおく)で迷走している同姓同名の平行存在のことが心配になってくる。多元世界の五飛はきちんと答えを――正義を見つめなおすことができただろうか。テオの貧相な想像力では、そこまで辿り着くことはできなかった。加藤機関の名折れである。

 他にも、アルティメット・クロスと関わっていたJUDA及び加藤機関の面々と、LOTUSと関わっていたJUDA及び加藤機関の面々の背景に差異が見られた。具体例としては、加藤と城崎父娘との関係や、マサキの正体などがそれにあたる。

 

 

(うっかりLOTUSで《視た》出来事をアルティメット・クロスのマサキくんに話したら泣き出しちゃって、石神社長からはちゃめちゃに怒られたな)

 

 

 無言のままポロポロ涙を流して首を傾げるマサキと、普段とは別ベクトルで真顔且つ真面目な調子の石神から淡々と説教された出来事を思い出す。

 尚、その直後に“石神が死後に加藤へ送るはずだった遺書”が旧JUDA全体に公開放送されたため、事態はもっと混迷していくことになるのだが。

 散々アルティメット・クロスや加藤機関をぶん回してきたのだ。少しの間、怒髪天の面々に追い回されるくらい良かろう。下手人たる自分はひっそり微笑む。

 

 ……まさか、再生が始まった時間帯の自分が“石神社長から怒られている”とは思ってなかったけれど。

 

 次の曲は石神と加藤及びマサキとの関係を中核に置いたものをイメージしてみようか。プラスアルファとして、生存後に遺言が社内放送されたときのアレコレも組み込もう。

 虚憶(きょおく)の中で飛び交った残響が耳を打つ。薄氷の上を渡るような、スレスレのところでようやく掴んだ新しい未来の分岐。石神とジュダの思惑を超えた、新たなステージ。

 

 

『石神ィィィィィィッ!!』

 

『石神さん!!』

 

『石神社長!!』

 

『そっちに行ったぞ!』

 

『追え!』

 

『囲め!』

 

『逃がしませんよ!』

 

 

 ――そこに踏み出して早々、あんな愉快なことになるなんて誰が予想できるか。

 

 死の未来は覆ったはずなのに、別の意味で死にかけた石神の姿を思い出す。彼を追いかけていた人間たちの中で、特にやる気に溢れていたのはマサキだった。

 マサキがやる気になった一端を担っている自覚はあった。多分、虚憶(きょおく)の中で出てきた教え子たちとのやり取りも、彼に影響を与えたのだろう。

 

 そんなことを考えていたとき、エイミーの兄は帰宅したようだ。“彼ら”が動き出すのはもう少し先であり、わずかな休息期間を得た彼は、それを利用してここに来た。そして、しばらく――下手したら二度と――彼女に会いに来れないだろう。

 テオは立ち上がり、207号室へと向かう。病院に来る度、患者と交流するのは日課のようなものでもある。特にこの207号室にいる少女とは、結構長い付き合いだ。慣れた様子で扉を開けば、いつも通りの光景が広がる。

 

 

「エイミー、遊びに来ましたよ」

 

 

 テオの問いかけに、少女は何も答えない。当然だ、彼女は昏々と眠り続けているのだから。

 

 

「今日は、お兄さんたちと何を話したんですか? ……へー、そうですかぁ!」

 

 

 しかし、テオは構わず話を続けた/相槌を打った。

 

 

「お義姉さんが2人、増えるかもしれないんですね? ウェディングドレスの話もしたんですかー。女の子の憧れですもんねぇ」

 

 

 「僕も、結婚式でお嫁さんに着てもらいたいです」と、テオも笑う。

 が、すぐに表情が苦いものに変わった。

 幾何かの間をおいて、テオは噛みしめるように言葉を紡ぐ。

 

 

「……いや、昔、知り合いの子にも同じようなこと言われましてね。まずは相手が必要だってことは理解しているんですけれども……無理そうですね」

 

 

 テオは肩をすくめる。大きくため息をついた。

 諸事情により、『結婚は諦めた方がいい』と自覚していたためである。

 

 

「それじゃあ、話題を変えましょう。……いや、大人の都合とかじゃないですから。本当ですってば! 女をホイホイ釣り上げるとか、ないですから! 誰がそんなこと教えたんですか!? …………そこは忘れてあげましょうよ。お兄ちゃんがお兄ちゃんに粛清されちゃいます」

 

 

 眠り続ける少女に弁明し、ひとしきり脱線した後、テオは世間話を続ける。

 

 

「お義姉さんが増えたら、どんなことがしてみたいですか? ……ほほう、料理ですか。何作るんですか? ……へぇ、それは美味しそうですねー」

 

 

 そうやって、どれくらい話し込んだだろう。気づけば時計の針が2周していた。そろそろ戻らないと、スポンサー(成金の方)がうるさくてかなわない。

 奴の道化っぷりを見続けることより、エイミーに語り掛けるほうが有意義だとテオは思う。名残惜しい気がしたが、今回はこれまで。次はいつになるだろう。

 おそらくは月数回の慰問ライブやボランティアライブもできなくなるだろう。自分もまた、(方向性は違うが)彼女の兄と『同じ』ようなものだからだ。

 

 しばらく来れなくなると告げて、すぐにテオは眉を下げた。すみません、と小さく謝罪し、頭を下げる。短い挨拶をし、テオは病室を後にした。

 病院を出て、端末を取り出す。連絡相手は成金スポンサー――アレハンドロ・コーナーだ。事務的な連絡を済ませる。

 

 

「……了解」

 

 

 端末を切り、テオは空を見上げた。

 

 茜色に染まった空は落日への暗示か、夜明けのための幕引きか。変革の瞬間(とき)は近い。

 それが革新と未来へつながるかは、自分たちの手にかかっている。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そろそろだ。最愛の人の計画が本格始動し、人類の未来を賭ける壮大な戦いが始まるのは。

 女性は無言のまま、真っ青な空を見つめていた。優しい風が吹き抜ける。門出に相応しい天気だ。

 

 長かった。女性は素直にそう思う。この時間を、女性は女性なりに準備してきた。その方向性はおふざけ極まりないと人は言うだろう。でも、自分たちにとってはいつだって大真面目なことである。

 

 車椅子の方向を変えて、女性は室内へ戻った。

 子どもたちは楽しそうに遊びまわっている。

 その笑顔を見ることが、女性や職員たちにとって何よりもの喜びだ。

 

 願わくば、彼らが安心して羽ばたける世界になってほしい。そのために、女性は“天上人”たちとは違う目線で、けれど同じ願いを目指して戦う。“戦い”と一口で言うけれど、その方法だっていくらでもある。

 武器を使った武力の戦い、技術開発における頭脳の戦い、主義主張や願いを賭けた心の戦い。勝利条件だけでなく、戦術だって様々だ。それでいいのだと女は思う。それが、誰もが思う『当たり前』であり、誰もが認められない『当たり前』であり、誰もが心から思う『当たり前』なのだから。

 

 

「人が人らしく生きられて、それが『当たり前』だと言えるようになって、その『当たり前』が『当たり前』として誰もが認め、通じ合い、わかり合える世界。……そうなるためにも、人の心をつなぐ存在として、私たちが頑張らなくちゃいけない」

 

 

 噛みしめるように呟き、女性は端末をいじった。映し出されたのは、1枚の写真。

 黒髪黒目の男性研究者と彼に寄り添う黒髪青目の女性、緑髪紫目の男性研究者とそれに寄り添う銀髪碧眼の女性、黒髪の青年が笑っている。

 

 女性は、黒髪黒目の男性研究者を愛しげに眺めた。もう戻れない時間を懐かしむように、慈しむように、静かに目を細める。

 

 もうすぐだ。もうすぐ、愛する夫の遺志を継いだ“天使たち”が降り立つ。“天使たち”は世界を変革するため、世界の悪/世界の敵として戦い続けるのだ。“彼ら”に安息が訪れることはないだろう。苛烈で過酷な運命が待ち受けているのも事実。

 だけれども、だからといって、“彼ら”が不幸にならなければいけないとは思わない。自分たちもまた、すべてを救えるとは思わない。それでも守りたいものがあって、笑ってほしい人がいて、幸せになってほしい人がいる。それだけで、きっと充分なのだ。

 パンドラの箱を開けるのが“彼ら”の役目ならば、自分たちは“彼ら”と共に、“彼ら”とは違うやり方で、“彼ら”と同じ願いのために、希望を紡いでいきたい。未来へとつながる明日のために、今を守り抜かねばならないのだから。

 

 

(まあ、当面は喧嘩相手になりそうだけどね)

 

 

 自分たちがしていることを考えて、女性は頭を抱えた。

 

 女性の活動の一部は、一歩間違えると“死の商人”と呼ばれても仕方がない。所属に関係なく、自分たちが「協力してもいい」と思った相手に対して技術開発の提供をしているためだ。取引相手同士がドンパチしても、自分たちはそこに一切関知しない。

 実際、ユニオン・AEU・人類革命軍・“彼ら”含んだ私兵部隊等々、取引先は様々だ。“彼ら”の理念を考えると、“彼ら”にとって自分たちは『取引相手にして、最終的には倒すべき敵』という厄介な位置づけになっているだろう。

 

 お互いがお互いにとって、抑止力にして目の上のタンコブ的な存在であり続ける。

 元々そのコンセプトで立ち上がった女性であったが、いざ実際に対峙するとなると、やっぱり頭が痛くなってきた。

 自分よりも大変な思いをする“子どもたち”がいるのだ。これしきのことで、悩んでなどいられない。

 

 

「グラン・マ?」

 

「大丈夫? 何か、辛いことでもあったの?」

 

 

 孤児院の子どもたちが、心配そうに女性を見上げる。女性はすぐに笑みを浮かべてみせた。

 

 

「大丈夫だよ、アニエス。ジンも、心配してくれてありがとう」

 

 

 茶髪の少年と紫の髪の少年の頭を撫でる。2人は安心したように微笑み、黒髪と金髪の姉妹を連れて森へと出かけて行った。それを見ていた茶髪の男性と金髪の女性が、愛おしい光景を見守るように目を細める。

 そうだ、そうでなくてはならない。孤児院の元・院長として、悪の組織の代表取締役として、()()()()()()()()()()()()として、うじうじ悩んでいる暇などない。気合を入れるように頬を叩けば、彼と彼女もこちらに気づいたようだ。真剣な面持ちで頷いた。

 

 2人は時計を見やり、孤児院の入り口を見た。誰も来ない。

 

 

「そういえば、そろそろだと思ったのだけど」

 

「あー。あのジイさん、今頃議会の老害どもに振り回されてんだろうなぁ。……いや、逆か?」

 

「どっちでも変わりないわよ」

 

 

 彼と彼女の会話を遮り、女性は大きくため息をついた。丁度そのとき、1台の車が孤児院の門の前に止まる。待ち人来たりだ。

 現れたのは壮年の男性だった。生え際が後退し、黒髪は白髪交じりである。落ち着いているようでエキセントリック且つ激情家な男だ、原因はそこにあるのだろう。

 

 

「今、失礼なことを考えなかったか」

 

「別に。夫の方が禿げ方綺麗だったと思っただけ」

 

 

 男の表情が引きつった。

 

 

「……相変わらず、彼にぞっこんなんだな」

 

「当たり前でしょ。彼と私は」「もういい。充分すぎるほど聞いた。お願いだからもうやめろ。やめてください頼むから」

 

「何よ。私たち夫婦の惚気話が聞けないって言うの?」

 

「自覚してたのか……」

 

 

 男はこめかみを抑えて俯く。女性は言いたいことすべてを遮られたため、フグのように頬を膨らませた。

 自分たちのやり取りを見ていた茶髪の男性と金髪の女性も、なぜか揃って明後日の方向を向く。本当にどうしてだろうか。

 「本題に入る。場所を移そう」と言い、男は車椅子を押してくれた。女性は頷き、2人にも促す。4人全員が車に乗り込んだのを確認し、男は車を走らせる。

 

 

「この世界は、多元歴に突入しなかった」

 

 

 男は自分の虚憶(きょおく)が外れたことについて、ただ短く事実のみを言った。

 金髪の女性と茶髪の男性も頷く。

 

 

「クレディオやミューカスのような異星種族も、オルブロのような外宇宙の上位生命体も、地球に現れることはなかった。勿論、『異星人の戦艦が見つかってゲートが開く』なんて事件も起きちゃいない」

 

「でも、この世界には多元世界や前世の地球(ループの光景)、それに近しい世界の戦いが魂に刻まれた人間たちが多数存在しているわ」

 

「それが吉と出るか、凶と出るかはわからないがな」

 

「人の心を信じましょう。今も昔もこれからも、そうやって、奇跡を起こしてきた“実例”があるじゃない」

 

 

 女性の言葉に、3人は頷く。

 

 集った可能性が紡いだ未来がどんなものか、自分たちは《識っている》。だからこそ、人類に対して“賭けて”いるのだ。これでダメだったら、あとは地球共々人類が滅ぶしかない。

 この世界は、正直に言って、多元世界やループ世界と比較すればかなり楽な方だ。しかし、その分「戦力が少ない」という弱点がある。そこをどうカバーできるかも問題点の1つであった。

 

 頑張ってくれる人たちがいる。だからこそ、自分たちも精いっぱいのことをしなくてはならない。

 

 

「もうすぐだよ、イオリア。私も頑張るから」

 

 

 女性は最愛の夫――イオリアの名前を呼んだ。その名前に、3人は真剣な面持ちになる。

 夜明けの鐘が鳴るまで、あと少し。

 

 車は、AEUの軍事演習所へと向かっていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 イデアはふと、パイロットスーツに着替えた刹那の胸元に目を留めた。そして、悪戯っぽく笑う。

 

 

「グラハムさんから貰ったペンダント、つけてるのね」

 

 

 刹那はぎくりと身をすくませる。件のシェルカメオはパイロットスーツの下に隠れているため、普通の人間は気づかない。しかし、イデアには《視えて》いた。

 飛翔する天使が刻まれた、繊細で美しいペンダントブローチ。「変装に使えるからアクセサリーを集めろ」と刹那を言いくるめ、グラハムに「アクセサリーがいいよ」と教えた成果が出ていた。

 変装するわけでもないのに身に着けているのは、刹那本人が気に入ってるからに他ならない。要らないものはその場に放置したり、整理整頓したとしても肥やしにしてしまったりするのだから。

 

 

「だから何だ」

 

 

 刹那はぶっきらぼうに答えたが、耳元が真っ赤である。その変化を見ることができただけで、イデアには充分だ。妹分の成長をクリスに報告しなくては。ウキウキ気分でコックピットに乗り込む。

 「人のこと言えないくせに」という悪態は聞き流した。イデアの髪には、夜鷹から貰った桜の銀簪が煌めいている。髪がヘルメットの邪魔にならないように、今回の髪型はお団子型にまとめていた。

 

 仲間たちもコクピットに乗り込んだようだ。出撃準備は万全である。

 

 システム、オールグリーン。

 ハホヤー、デュナメス、エクシアはプトレマイオスより飛び出し、目標地点へと向かった。

 

 今回自分たちに与えられたミッションは、AEUの新型――イナクトをコテンパンに叩きのめし、AEUを牽制することだ。悪役プロレスラーみたいな仕事内容とは程遠い、少女と女性と色男、および機体外見だとイデアは苦笑する。

 ソレスタルビーイングの機体名は天使を由来としている。そう考えると、グラハムがあのシェルカメオを刹那に贈ったのは、偶然ではないのかもしれない。イデアはくすりと笑みを深めながら、指定ポイント(AEUの軍事演習所)へと向かった。

 ハホヤーとデュナメスは一時待機。目的はエクシアの支援だ。増援が発生した場合の保険である。刹那の腕なら大丈夫だとは思うのだが、ヴェーダは保険がお好きらしい。製作者の顔が見てみたいと思ったが、それを口に出すと厄介なことになるのでやめた。

 

 

(……グラン・マ。私、頑張るよ)

 

 

 たとえそれが、大切な“仲間たち”を危機にさらすことと同義であっても。

 目的も果たして、“仲間たち”だって守り抜いてみせよう。イデアも、孤独(ひとり)ではないのだから。

 

 

「ノブレスくんも、頑張ってるんだから。そして、後に出会うであろう、彼も」

 

 

 ――クーゴ・ハガネも。

 

 この先起きる戦いで、守るべきもののため/失ったものを取り戻すため/過去と未来につながる今を守り抜くために、空の護り手は駆け抜ける。

 恋愛とは無関係の出来事は、詳細すべてを拾い上げることは不可能だ。けれど、断片的でも、イデアには《視える》。そして、《分かる》。

 

 夜明けの鐘がなるまで、あと少し。天使たちが降臨し、世界は変革の(とき)を迎えるのだ。

 

 イデアは操縦桿を握り締めた。天使たちと共に、防衛を司る天使もまた戦場を翔る。その先にある未来を求めて。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「――始まるのね」

 

 

 女はそう呟いて、空見を上げる。

 憎たらしいほどの快晴だ。天使が降臨するにはいい日であろう。

 

 

「世界はここから変わっていく」

 

「――そして最後は、『私たちのための“革新”』へと至るのですね?」

 

 

 黒髪をツインテールに結んだ少女の問いかけに、女は頷き返した。

 

 賽は投げられた。天使たちは地上に降臨し、ありとあらゆる闘争に喧嘩を売る。そして天使は憎しみの象徴へと至り、統一した人々の手によって討たれるのだ。

 だが、天使たちも一枚岩ではない。計画に賛同している協力者の中にだって、獅子身中の虫が存在している。女たちが手を貸している“道化”もまたその1人。

 

 

「そのためにも、しっかりした準備しなくちゃね。……お願いできる?」

 

「勿論ですわ、おねえさま!」

 

 

 女と少女は楽しそうに笑う。そんな2人を遠巻きに見つめる男は、無言を保ったままだ。

 元から愚鈍だったのか、或いは自らの意志で愚鈍でいることを選んだのか。

 伽藍洞の眼差しからは、彼が何に対して思いを馳せているかまで察することは不可能だった。

 

 

 

 

 

 

<――始まるんだね>

 

 

 “てんしさま”からの祝福を受けてから、長い時間が経過した。

 “てんしさま”が代弁者を仕立て上げたのは、きっとこのため。

 

 

<このまま進んだら、ハッピーエンドなんかいかないよ>

 

 

 “てんしさま”が仕立て上げた代弁者を一言で表すとするなら、“悪魔”だろう。或いは、純度の高い“悪”。

 

 

<それを見逃したら、あの子が泣いちゃうわ>

 

 

 大事なものを奪われる痛みを知るのは、ただ1人でいい。

 

 今も昔もこれからも、自分だけでいい。

 あの子には幸せになってほしいのだ。

 そのためならば、自分は何だってできるから。

 

 ……と言っても。

 今の自分にできることなんて、たかが知れているけど。

 

 

<――それでも>

 

 

 あの子の“おはなし”の中に出てきた誰かが言っていた。「『それでも』と言い続けろ」と。

 

 

<それでも、見て見ぬふりはできないから>

 

 

 自分がやろうとしていることは、多分、あの子にとっては乱暴や狼藉の類になるのかもしれない。

 だって実際、あの子はずっと目を塞がれている。下手人は他でもない自分。あの子が死ぬまでの一生、それを解くつもりはなかった。

 自分があの子の目を塞ぎ続ける限り、許しを請うこともできない。許されないと知っているし、そもそも許される必要はないから。

 

 

<――絶対、バッドエンドになんかさせない>

 

 

 きっとやり遂げてみせる。

 必ず、絶対に。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 そのMSが大地に降り立った瞬間、この場一体ば緑色の粒子に覆われた。

 緑色の粒子に呼応するかのように、大地に花が咲き誇る。

 誰もが困惑の声を上げる中、唯一、歓喜の声を上げた男が1人。

 

 

「まさかな。よもやキミに出会えようとは」

 

 

 かの人の姿を例えるならば、初恋に浮かれる純情少年だろうか。

 

 喜色満面の笑顔を浮かべる男に対し、眼前に降り立った“天使”はこちらを見下ろす。“天使”の足元には、つい先程自分たちが撃破した“悪魔”が転がっていた。

 コアユニットの代替品として“金属生命体”を取り込もうとした、空っぽな兵器の残骸――それを見ていた“天使”は、どこか悲しそうに目を伏せた。

 

 

「人類は未だ、これ程の争いを……」

 

 

 男に話しかけられた女性は、男の声を完全に無視していた。

 男の存在を敵性存在とみなしたらしく、武装を展開する。

 

 

「今再び、武力介入を行う……!」

 

「ッ……!?」

 

「おばか! 敵の前で棒立ちするんじゃないよ!」

 

 

 量子テレポートを駆使して襲い掛かって来た“天使”と棒立ちする男の“能天使”の間に割って入ったのは、“幸福を呼ぶ青い鳥”。

 “天使”は自分たちが率いる小隊諸共、“能天使”と“幸福を呼ぶ青い鳥”を敵と判断したらしい。数多の武装を展開し、文字通りの武力介入を始めた。

 誰の呼びかけにも答えることなく、誰とも会話を成立させることもなく、ただただ攻撃を繰り出し続ける。――まるで人形のようだった。

 

 

「――何故だ!」

 

 

 攻撃を回避し、時には相殺し、時には鍔迫り合いを演じながら、男が女性に問いかける。

 

 

「心置きなく旅立ったキミが! 『いつ戻れるか分からない』とまで言ったキミが!」

 

 

 声に宿るのは、困惑と悲痛。

 例えるならそれは、突如別れ話を切り出されて狼狽する恋人の片割れ。

 

 

「問題ない。規定通り行う」

 

「私は、もうキミと戦うことなど望んでいない!!」

 

 

 “天使”と“能天使”がぶつかり合う。

 無機質な女性の声と、今にも泣きだしてしまいそうな男の叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 ――目覚めの(とき)は、もう少しだけ遠く。

 

 宇宙(そら)を継ぐ者の瞳は、まだ閉じられている。

 海も、太陽も、星も、暗闇の中で沈黙と保つ中。

 宇宙(そら)を継ぐ者の周囲だけが、透き通った群青(あお)の光を瞬かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

「…………あの、どこかでお会いしませんでしたっけ?」

 

「いや、ないな。人違いだろう。…………キミこそ、私とどこかで会わなかったか?」

 

「今、ご自身で否定したばかりですよね!?」

 

 

 

 虚憶(きょおく)の中に出てきた人物のそっくりさんが、この世界にはたくさん存在していることを。

 

 

 

 

 

「ひゃ、150mだって!? こんなもの振り回せるはずがない! 重力が少ない宇宙圏ならいざ知らず、地上で振り回したら腕が折れてしまう!」

 

「それじゃあ、この話はなかったことにするさ。お宅にはもう、技術提供をしない。交渉決裂ってところかな」

 

 

「……わかった。引き受けよう」

 

 

 

「無茶言うな! こんなもの振り回したら、敵どころか味方までぶった切りそうな勢いなんだが!?」

 

 

 

「す、すごい……!」

 

「ビームごと、戦艦を真っ二つにした……」

 

「こんなのアリなんスか!?」

 

 

 

 ガーベラストレートが、後にトンデモ武装へ進化していくことを。

 

 

 

 

「ツインサテライトキャノンとツインバスターライフルを合体させて、『ツインサテライトバスターキャノン』作ってみたいなぁ」

「それを作るんだったら、デストロイを設計開発する方が早くて実用的だと思うが」

「バカね。浪漫が足りないじゃない。浪漫を追う人間だったら、サテキャとバスターは誰しもが憧れるわ!」

「浪漫溢れすぎても困るぞ」

「そんなことないわよ。心躍らせるような熱い浪漫がなきゃ、人間は人間で居続けられないんだから。だから毛根も意地汚く残ってるのよ」

「私の精神とHPは既にゼロだ。カウント不能な程オーバーキルされている」

「だから何? 遠まわしに言わず、さっさと言いなさい」

「…………お願いだから、やめろ。……やめてください……」

 

 

 

「どの武装を追加するか、本当に悩むよねー。ビットやノルンもつけたいし、クロッシングも追加したいし、オーラコンバーターも載せたいし、ドリルもつけたいし、ドルイドシステムや月光蝶も搭載したい。ツインサテライトキャノンとかツインバスターライフルも欲しい。無限拳も欲しい。てか全部やりたい」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

「お前は何を作るつもりなんだ……」

 

「……貴女らしいよ、マザー」

 

 

 

 この世には、浪漫に燃える技術者がいることを。

 

 

 

 

宙継(そらつぐ)です。刃金(はがね) 宙継(そらつぐ)。宇宙の『宙』に、跡継ぎの『継』という字を書くんです」

 

「へえ。……そっか、宇宙の『宙』の字も、『そら』って読むからな。そう言う意味ではお揃いかな」

 

「お揃い?」

 

「ああ。俺の名前、『空』を『護』るって書くと言っただろう? 前に使われた『空』()の字が、同じ読みになるんだよ」

 

 

 

 “空の(まも)り手”と“宇宙(そら)を継ぐ者”が、本当の意味で邂逅する瞬間を。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

 

 




【参考および参照】
『トリビアの泉』より『日本刀VS銃』、『日本刀VSマシンガン』
『COOKPAD』より、『2種のチーズとバジルのささみフライ(Lmamyさま)』
『京都おはし工房』より、『鉄刀木箸 八角形』、『鉄刀木 箸置き』、『鉄刀木 箸箱』
『The Ichi(座市)』より、『桜花咲枝桜一本簪』
『アンティーク時計専門店 メルシーウォッチ』より、『盾を掴み羽根を広げる鷲 エルジンのアンティーク懐中時計』(デザインのみ)
『楽天市場』より、『フルネイム最高ランク作品【大天使の飛翔】Maestro Aniello Pernice作シェルカメオルース:千年ジュエリー』(デザインのみ。価格は不参照/現在では閲覧不可)
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