問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
11.ビギニング・エンカウント -天使降臨編-
「なあ、グラハム。俺たちが鹵獲しようとしていた機体って、どんな姿をしてたか覚えてるか?」
「ああ、覚えているとも!
クーゴの問いかけに対し、グラハムは曇り無き笑みを湛えて答えた。不敵な横顔は闘争心を剥き出しにしている。
だが、クーゴの問いかけが呼び覚ましたのは闘争心だけではなかったらしい。どこか熱っぽい調子で――心なしか頬を薔薇色に染めて――口を開く。
「そう。あれはAEUで行われた“
「馴れ初めは後で幾らでも付き合ってやるから、今は俺の質問に答えてくれないか」
「言ったな? 武士に二言は無いと誓えるな!?」
「自作の和菓子もつけよう。そうだな、白桃羊羹でどうだ?」
「その旨を良しとする!!」
今ここで恋愛話を始めようとしたグラハムをどうにか買収(?)し、クーゴは話の軌道修正を試みる。部下たちが羨ましそうにしていたので、彼らも茶菓子――もといグラハムと“天使”の馴れ初め話に加えることを約束した。閑話休題。
「“天使”たちの機体数と、その特徴、覚えてるか?」
「勿論だとも! 近接戦闘に特化した
「どんな意味の意図で言ったとしても失礼過ぎるだろ、このおばか」
フラッグに乗っていなかったら、グラハムの脳天に手刀の一発くらい叩き込んでいたかもしれない。
しかし、MSに乗っているという現状ではツッコミを入れられる状況ではないので言葉だけにとどめておく。
武装で頭を叩くくらいなら行けるかもしれないが、敵を前にして味方を損傷させるなんて馬鹿な真似をするわけがなかろう。
今回はクーゴ側が譲歩してやるしかないらしい。ひっそりため息をついた後、改めて機体を見直してみた。
機体の名前は“天使”たちと同名。この場で量産機を相手取る連中の機体数も丁度5体ぴったりだ。
(でも、違う。明らかに何かがおかしい)
天使のような翼が生えた青い機体、死神のような風貌で大鎌を振り回す黒い機体、両手にカトラスのようなブレードを装備した灰色の機体、竜のように威風堂々とした緑の機体、超火力に特化した重装備の赤い機体。
(その違和感に目を凝らせ。その違和感を見逃すな)
クーゴは自分自身に言い聞かせながら、必死になって思い出そうとする。
自分たちが追いかけていた機体は、どんな姿をしていたのか。
あの日見た青い機体に、翼は生えていなかった。
“天使”たちの中に、大鎌を持った黒い機体なんていなかった。
カトラスのようなブレードを持った機体だっていなかった。
緑の機体は、腕を伸ばしたり、火炎放射機のような武装なんて有してはいなかった。
重装備が特徴だった機体のカラーリングは赤ではなく、紫色だった。
確かに、自分たちが最初に目撃した機体は天使のようだった。でも、翼はなかった。あの機体は、ツインバスターライフルなんて装備していなかった。得意なのは砲撃による殲滅戦ではなく、格闘を用いた接近戦だったはずだ。
クーゴが悩むうちに、コロニーにいた応戦部隊が5機のMSに圧倒され、倒されていく。それを見ていたグラハムが目を瞬かせた後、考え込むように眉間の皴を深くしたのが《視えた》。そんな自分たちに対して、フラッグファイター一同はきょとんと首を傾げている。
「……そもそも、ここはどこだ?」
「どこって……、ニューエドワーズ基地ですけど……」
「どうしたんですクーゴ中尉? いつもの中尉らしくないですぜ?」
クーゴが零した問いかけに反応したのはアキラとダリルだ。通信越しから、彼らは怪訝そうにクーゴを見つめている。
クーゴ・ハガネは三大国家勢力・ユニオンに所属する軍人である。故に、任務で様々な基地に足を運ぶことがあった。足を運ぶ機会が無い基地もあるにはあるが、情報くらいは頭に入っている。
しかし、クーゴは現在いる基地――ニューエドワーズ基地なんて見たことが無い。否、そもそもの段階で、ニューエドワーズなんて名前の基地は、
なのに、仲間たちは当たり前のようにこの基地のことを知っている。ここをユニオン領の基地だと認識し、あそこで暴れる同名の機体を“天使”たちだと認識し、作戦行動に入ろうとしていた。
一度沸き上がった疑念は止まらない。
クーゴの脳裏に浮かんだのは、つい数分前にダリルとグラハムが交わしていたやり取り。
『各地のOZ基地が全滅したって本当ですか!?』
『ああ……。“天使”は分散して、個々同時に攻撃を仕掛けたらしい』
『ヒュウ~♪ やれやれ、“天使”とやり合うのが恐ろしくなってきましたよ!』
「OZなんて軍隊、三大国家に属する国でも、どの国にも属していない国にも存在してない」
口に出す度に、違和感が色濃く滲み出てくる。
「勿論、この基地で防衛に当たっている
ここはおかしい。
何かがおかしい。
何もかもがおかしい。
否――
「おかしいのは、
「――! そうか、そういうことか!!」
クーゴが思わずそう零したのと、グラハムが驚愕に目を見開いたのはほぼ同時。
何かに納得したように、グラハムが顔を上げた。不敵な笑みを浮かべていたはずの横顔には、溶岩のような激情が煮えたぎっている。
「何故だ。何故、今まで忘れていた!? 何故今まで気づけなかった!? 何故、何故、私は……っ!」
自分で自分自身を殺しかねない勢いで叫んだグラハムの様子からして、やっと気づいたのだろう。彼が追いかけていた“天使”に対して不誠実な真似をしていたことに。クーゴも叫び散らすグラハムの気持ちが(わかりたくないのに)わかってしまった。
あの5機は、自分たちが追いかけていた“天使”ではない。同名ではあるが、全くの別物だ。何故自分たちは、これらの機体を『自分たちが鹵獲しようとしていた機体』だと認識し、追いかけ続けていたのだろうか。
「……最悪の極みだな」
怪訝そうに首を傾げるフラッグファイターたちを尻目に、グラハムは力なく笑った。
「“愛しの君”を見間違えた挙句、全くの
「ボケていたのはお前の方だったな」
「悪かったからもう言わないでくれ」
ボケたと言われて嬉しい奴はいない。仕返ししてもバチは当たらないだろう。クーゴはグラハムの傷に塩を塗りこめつつ、もう一度この場を確認してみる。
“天使”と同じ機体名を有する別物は、OZと呼ばれる軍隊の基地で大暴れを繰り広げていた。量産機たちも必死になって防衛に当たるも、あっという間になぎ倒されていく。
つい先程まで、クーゴとグラハムはニューゲート基地のことにも、5機の別物のことにも、OZやその軍部のエースパイロットなどの情報についても、違和感なく“そういうものだ”と認識していた。
否、『認識させられていた』のだ。クーゴやグラハムのような人間が知覚できないような“何か”によって。運がいいのか悪いのか、クーゴとグラハムは違和感からそれに気づき、思い込みを振り払った。クーゴとグラハムは顔を見合わせて頷いた後、友軍たちに視線を向け――思わず息を飲んだ。
確かに友軍たちは、クーゴとグラハムを見返している。心配している者、怪訝そうな顔をしている者、狼狽している者など、表情は様々だ。
だというのに、どうしてか、彼らの表情から生気を感じない。何度目を凝らしても、精巧な作りをした人形のように見えるのだ。ぞわりと悪寒が背中を駆け巡る。
「グラハム中尉までどうしたんです? おかしなこと言い出して……」
「近寄るな!」
気遣うような口調で声をかけてきた
「敢えて問おう。――貴様らは一体、何者だ!?」
「友軍の皮を被ってたんだ。返答によっては容赦しないぞ……!」
グラハムの問いかけ/クーゴの宣言を聞いたフラッグファイターたちは暫しこちらを見返していた。相変わらず、心配している者、怪訝そうな顔をしている者、狼狽している者など、彼らの表情は十人十色。精巧な作りをした人形のように見えるという違和感さえなければ、きっと何もおかしなところはなかったであろう。
暫し沈黙と睨み合いが続いて、どれ程の時間が経過したのか。――刹那、フラッグファイターたちの表情が一瞬で抜け落ちた。先程まで浮かんでいた感情なんて嘘だったんじゃないかと思うくらいの激変ぶりに、クーゴとグラハムはぎょっとする。静から動への鮮やかな変貌具合は、いつか見た日本産ホラー映画を思い出させた。
変わったのはこの場にいた友軍たちだけではない。ニューゲート基地を防衛していたOZの量産機も、量産機相手に一騎当千の活躍をしていた機体も、動きを止めてこちらを凝視していた。誰も彼もが能面みたいな無表情。先程とは違って、誰も何も言葉を発しなかった。それが余計に不気味さを引き立たせている。
まだ戦ってすらいないのに、嫌な汗がどっと流れ落ちた。
喉の奥に蓋でもされてしまったのか、何も言葉が出てこない。
そして――次の瞬間、
「これは……」
「一体、何が起こっている……!?」
クーゴとグラハムのフラッグを凝視していたすべての機体が光の粒子と化して消えていく。ニューゲート基地と呼ばれていた軍事基地は、いつの間にか0と1の文字が漂う空間へと変わっている。
この場全体に張り巡らされた光の網は、何かしらのエネルギーが流れていることを意味しているのであろう。機械の色が青系統のためか、赤味を帯びた光のコントラストが不気味さを引き立たせる。
中央部には、殊更真っ赤な光を放つ“何か”があった。機械を巡るエネルギーは、最終的にそこに到達するようになっているらしい。そう考えると、中央部にある“何か”は重要性の高い物体のようだ。
そんな真っ赤に光る物体の上に君臨するが如く佇んでいたのは、見覚えのない機体。クーゴたちが知る“天使”と似通った面影を宿す、孔雀のようなMSだ。所属は不明、パイロットも不明、何もかもが分からないことだらけである。
こういうとき、本来は通信でコンタクトをとるのが普通だろう。だが、クーゴもグラハムも、謎の機体に声をかけることができなかった。あのMSが、この場全体を圧し潰すようなプレッシャーをまき散らしていたためだ。
「――――」
「え?」
ラジオの砂嵐みたいな異音と共に、通信が入る。
最初は何を言っているのか聞き取れなかった。
だが、徐々に通信はクリアになっていき、聞き取れた第一声は――
「――戦え」
無機質な機械音声に呼応するが如く、機体が発光した。
人型から孔雀を模したような形態へと変形し、尾羽を大きく広げた。
尾羽の先にあたる模様が砲門らしく、エネルギーが収束する。回避行動を取ったが、間に合わない!!
「う、うわあああああああっ!」
次の瞬間、視界が真っ白に染まる。
強い衝撃が機体を襲い、あちこちから爆発音がこだました。
DENGERの文字が赤く点滅する。体中が軋んだような痛みに見舞われていた。
「……、……っ、……クーゴッ!!」
「っ……。グラ、ハム……?」
「生きているんだな!? よかった……」
雑音交じりの通信が届く。グラハムのものだ。一心不乱にクーゴの名を呼ぶ彼に対し、どうにか返事をした。
ノイズまみれのモニターが映し出したグラハムの姿は、文字通りボロ雑巾のようだった。ヘルメットはひび割れ、頭からは血を流している。吐血したような形跡もあった。
クーゴもグラハムといい勝負である。勝っても負けても嬉しくなければ、そんなことで競う趣味もない。むしろ、地獄絵図の中でそんなことに興じる気分にもなれなかった。
あちこちから土煙のようなものが立ち上っている。だが、この場に張り巡らされた機械類や、光の網目となって走るエネルギーの管には一切の傷がない。それが余計に、この場の異質さをより一層際立たせている。そんな風景とは対照的に、クーゴとグラハムのフラッグだけは、翼をへし折られた鳥のような状態であった。手足はちぎれ、推進力源からは黒煙が漂う。
ノイズがまた聞こえる。グラハムとの通信とは違うものだ。通信の主は、中央部でクーゴたちを見下ろす不気味な可変機。雑音の向こう側から聞こえたのは、無機質な機械音声である。辛うじて聞き取れたのは、『ワールドシグナル』、『更なる戦乱を生み出す』、『新たな戦いの歴史を』、『世界を壊せ』という短い言葉程度であった。
程なくして、機械音声は不快な音とともに断線する。それとほぼ同じタイミングで、MSは再びエネルギーを充填し始めた。ご丁寧に、砲撃の照準は自分たちにぴったり合わさっている。尾羽の模様に光が収束していくのがはっきりと視認できた。
体の痛みに耐えながらも操縦桿を握り締めたが、フラッグはうんともすんとも言わなかった。グラハムも、クーゴと同じような状況らしい。わけのわからぬまま、わけのわからぬ場所で死ねと言うのだろうか。
(何もわからぬまま、成す術もなく死ぬのはゴメンだ!)
クーゴは心の中で叫ぶ。それもまた、無駄なあがきになりそうだった。
白い光が自分たちに降り注ぐ――ことはなく。
何の前触れもなく、青緑色の光を纏った白い機体が可変機に突っ込んできた。可変機は乱入者の存在を察知し、回避と共に照準を白い機体へと変える。放たれた砲撃は真正面から直撃したが、煙が晴れた先にいた白い機体は未だ健在。青緑色の光が砲撃の威力を削ぎ落したらしい。あれこそが、白い機体の攻撃にして最大の防御。
まるで天女を思わせるような機体だ――そこまで見て、クーゴは思わず口元を緩ませる。あの白い機体は、クーゴ太刀が鹵獲しようとしていた“天使”の一団に所属していた
次の瞬間、青緑に煌めく自立兵器の群れが飛び出した。自由自在に空を飛び回って連撃を加えるビッドと、どうにかしてそれから逃れようと変形して逃げの手を打つ可変機。だが、自立兵器の群れはある一点――兵器の持ち主である青と白の“天使”の剣へと集い、合体する。剣先に紫音の光が収束し、砲撃と変わらぬビーム攻撃を叩き込んだ!!
数多の爆発音と、漂う土煙。煙が晴れた先に佇む可変機は健在であるものの、何を思ったのか、そのまま何処かへと転移してしまった。
(見逃された……?)
可変機の行動を考察する間はなかった。0と1で組み上げられた空間は、緑青に輝く幻想的な光に包まれている。青と白を基調にした機体が、光の中心に降臨した。
背中から推進源が煌めきを放つ。2つの0が並んだような形の軌跡に、クーゴはかすれた戸息を漏らした。隣にいるグラハムもまた、じっとその機体を見上げている。
例えるなら、それは『天使の降臨』。
天使と天女が大地に降り立つ。翼の折れた戦士を労わり、迎え入れようとするかのように。
けたたましいノイズを響かせながら、通信のモニターが起動する。
「そこのユニオンフラッグ、無事か!?」
「大丈夫ですか!?」
2人の女性が、自分たちの生存を確認する通信を入れてきた。
◆◆◇
本日は晴天なり。雲一つない蒼穹が広がる。徹夜明けの脳と心身には、鮮やかな青は非常に染み渡って痛かった。クーゴが足を止めている間にも、先導するグラハムの背中はどんどん遠くなっていく。
クーゴはのろのろと首を動かした後、体を引きずるようにして彼の後に続いた。軍事演習場の観客席は、AEUの新型兵器を見に来た人々でごった返している。気を抜くと置いていかれそうだ。
そんなとき、人混みの中に見知った背中を見つけた。茶髪の髪をポニーテールに結び、白衣を身にまとった技術者――紛れもないビリー・カタギリの後ろ姿だった。
「MSイナクト。AEU初の太陽エネルギー対応型か」
派手に飛び回り、パフォーマンスを繰り広げているのはAEUの新型MS。それを興味深そうに見上げていたビリーの元へ、グラハムが歩み寄る。
「AEUは軌道エレベーターの開発で後れを取っている。せめてMSだけでもどうにかしたいのだろう」
グラハムはそんなことを言いながら、“AEUの新型兵器”を見上げた。不敵な笑みを浮かべる相棒の背中を追いかけながら、クーゴはよろよろを足を進める。
4徹の体に階段はきつい。足元がおぼつかないし、頭の中に痛みが反響していた。奴の無茶を通すためにどれ程の強行軍を組んだのか。正直、もう横になって寝たい。
「いいのかい? MSWADのエースコンビがこんな場所で油を売ってて」
「いいや、よくはない」
「いいと思っている奴の神経が知れない」
じゃれあいのような会話をし始めたビリーとグラハムの言葉を切って捨てながら、クーゴは虚ろな目で空を見上げた。“AEUの新型機”は自由自在に空を翔けぬけ、次々と標的を屠っていく。フラッグと同等の機動性だが、『“AEUの新型機”がフラッグの脅威となりえるか』と問われれば返答に窮するだろう。
どうしてクーゴがこんな場所にいるかというと、「“AEUの新型機”お披露目会を見にいく。乙女座の勘が、ここにいけば《運命に会える》と叫んでいる(要約)」と言い出したグラハムのフォローに走り回った挙句、4徹でふらふら状態にもかかわらず「山羊座のキミにも、《運命の出会い》が(以下省略)」と引きずり出されたためだ。
だいぶ前にも、グラハムは似たようなことを言った――具体的には『彼女こそ、私の運命だ。間違いない!』からの初手
空が青い。こういう状態の空を蒼穹と呼ぶ。そういえば、クーゴは蒼穹作戦という戦いに参加したことがあった。
空を取り戻し、明日を手にするための戦い。竜宮島の子どもたちとファフナーは、あれからどうなったのだろう。
(蒼穹作戦? 竜宮島? ファフナー? 何だそれ。……ああ、この前見た
寝不足のせいか、思考回路が
ここは多元世界でもなければ第4世界でもない。ブリタニア帝国が世界侵略を行っていない――そもそもの段階で、ブリタニア帝国という国家勢力が存在していなかった。故に、クーゴたちが所属する所属陣営の名前にブリタニアという5文字は付かない。
多元歴と第4世界のユニオンにブリタニアという5文字が冠された最大の理由は、『“この世界におけるユニオン陣営を主導するはずだった大国”がブリタニア帝国の国力と兵力に押し切られたので、一部の権利をブリタニア有利にすることで泥沼戦争を回避したため』だったはず。
そんなことを考えていたら、いつの間にか思考回路が“多元世界になってからの世界の歩み”を復唱し始めていた。これは本格的にマズイかもしれない。
(しっかりしろクーゴ・ハガネ。AEUにOZなんて部隊は無いし、ゼクス・マーキス上級得尉もいない。火消しのつもりで大炎上もしないんだ。ブリタニア帝国だって存在してないから、勿論、黒の騎士団も存在してない。影武者への指示内容が事故ったせいで“108人の女子生徒とデートの約束をした人格破綻者”の疑いをかけられたり、『俺はゼロ、奇跡を起こす男だ!』って叫んで
己に言い聞かせたクーゴであるが、自分に言い聞かせている際に出てきた具体例が酷すぎて頭が痛くなってきた。
意味を問う間もなく、その思考回路が断線する。残されたのは、頭の内側をガンガン殴られているような痛みだけだった。
「ねえグラハム。キミはクーゴに何をしたの」
「今回、このお披露目会に参加するために、色々と手を回してもらった」
「あれは完全に振り切れた目をしてるよ!? 死んだ魚の目だ! ……彼に何させたの?」
「……徹夜」
「何徹させたの?」
「4徹」
「ダメだよ!! 徹夜とアルコールが絡んだクーゴは『仕事以外は危険物』だって何度経験すればわかるんだい!?」
「本当に、申し訳なかったと思っている」
「あーもう、どうしてこうなるまで放っておいたんだ!?」
「……返す言葉もない」
ビリーとグラハムが、2人並んでひそひそ何かを話し合っていた。果てしなくどうでもいい。
クーゴは2人から目を逸らし、ぼんやりと空を見上げた。相変わらず目に染みる青さだ。
アフリカ共和国ではブリタニア・ユニオンが支援するギザンと、AEUがバックアップしているマラニアが連日戦闘を繰り広げている。ある種の代理戦争状態――そこまで考えてしまい、クーゴはかぶりを振った。ついさっき、『ここは多元世界ではない』と己に言い聞かせたばかりだったというのに。
「しかし、AEUは豪気だよ。人革の10周年記念式典に、新型の発表をぶつけてくるんだから」
クーゴが黙ったのをいいことに、ビリーがイナクトを見上げながら呟いた。
こういうのは、国同士の思惑や威信等々が深く絡みついている。
現在の自分の頭では、詳しく考えることはできない。ただ、漠然と、「どいつもこいつも面倒だ」ということだけは察していた。
グラハムはイナクトへ鋭い眼差しを向けたまま、ビリーに問いかける。
「どう見る? あの機体を」
「どうもこうも、ウチのフラッグの猿真似だよ。ブラストのときもそうだったけど、独創的なのはデザインだけだね」
「そこ、聞こえてるぞ!」
ビリーが肩をすくめて笑った直後、イナクトのパイロットががなり立てた。コックピットが開き、緑の角ばったパイロットスーツに身を包んだ男が観客席を見返す。ピンポイントでビリーたちの方を向き、彼はまた怒鳴りつけた。
今回、この最新MSに登場しているのはパトリック・コーラサワー。姓が炭酸飲料のようだ。いつぞやのMSファイトで優勝を治めて以来、彼はめきめきと頭角を現したらしい。触れこみは「模擬戦2000回無敗の男」だったか――そう考えたとき、ゼクスが困った様子で首を傾げた気配がした。
あのとき、彼は何と言っていただろうか。曖昧な物言いではあったが、何かを指摘されたような気がする。――そうだ、「模擬戦2000回無敗」がおかしいのだ。真面目に計算して考えると、確実に矛盾が発生する数字である。彼には他にも、2000という数字が絡む別の事象があったはず。
――いいや、そんなことは些事だ。一番特筆すべき点は、パトリック・コーラサワーの二つ名である。
機体が大破しようが、己の意志で自爆しようが、必ず帰って来た男。人は彼を“不死身のコーラサワー”と呼んだ。破界事変でも、再世戦争でも、アルティメット・クロスでの戦いでも、
そこまで考えて、クーゴは首を傾げた。変な用語が頭の中を飛び交っていたような気がしたからだ。もう何も思い出せない。
コーラサワーに“不死身”という2つ名があるなんて話、一度も聞いたことがなかったはずだ。では、なぜ“不死身のコーラサワー”という言葉が浮かんだのだろう。
「集音性は高いようだな」
「みたいだね」
グラハムは笑い、ビリーが苦笑する。クーゴは首を振った。
「違う。あれはパイロットだ。パイロットが色々と凄すぎるからだ」
「……ねえクーゴ。キミは一体、どこを見て、誰と話してるの?」
ビリーのいるほうからではなく、クーゴが“ビリーがいる”と認識している場所の反対側から声がした。おかしなこともあるものだ。
クーゴが首を傾げると、視界の端に映るグラハムが顎に手を当てて考え込むような動作をした。暫しの沈黙の後、彼はこちらに視線を向ける。
「ならば敢えて訊こう、クーゴ。キミは、あのパイロットをどう見る?」
――脳裏に浮かんだのは、いつかの
『水臭いな、お前ら! 何で名乗ってくれないんだ!』
『今は地球連邦軍の軍人なんだろ? だったら、俺の僚友だ!』
『しかし、考えてみれば凄いな……。ブリタニア・ユニオンとAEUのエースが肩を並べて戦っていたんだから』
楽しそうに、嬉しそうに、或いは無邪気にはしゃいでいた青年の姿が脳裏によぎる。嘗ての僚友でありながらも、訳あって連邦に弓引く存在になった過去を持つ2人の男と、嘗て連邦と敵対していた組織に居候していたクーゴを見た彼が言った言葉だ。
紆余曲折の末に地球連邦軍に戻って来た自分たちに対し、あまりいい目をしていない派閥があることは承知していた。何を言われようとも仕方がないと腹をくくったつもりでいたし、実際色々言われたこともある。故に、彼の態度を見て安堵の表情を浮かべた2人の姿が忘れられなかった。
「良くも悪くもお気楽で前向きだけれど、それ故に、過去の蟠りを一切気にしない。嘗て敵対した者同士であろうと、共に戦えることを素直に喜び受け入れる度量の広さと精神的余裕を併せ持つ」
クーゴ・ハガネは《識っている》。パトリック・コーラサワーは、“実力のある問題児”というレッテルで過小評価されがちな男であると。
クーゴ・ハガネは《識っている》。パトリック・コーラサワーは、MSの操縦技術は勿論、超ド級の器の広さを有する男であると。
クーゴ・ハガネは《識っている》。――だから、胸を張って言えるのだ。
「楽しみだな。――いつか、
<――ふーん。……そこのキモノ着た日本人、見る目あるじゃねぇか>
言いたいことはちゃんと言えたので、クーゴは満足して空を見上げる。視界の端で、コーラサワーが満足げな様子でふんぞり返っているのがちらついた気がした。
何があったかは知らないが、グラハムとビリーを罵倒するのはやめたようだ。しばし空を眺めていたとき、少し離れた場所から会話が聞こえてきた。
目をゆっくりと動かし、会話の主たちに視線を向ける。通路の手すりに身をかがめる壮年の男性の隣には、車椅子に乗った女性が並んでいる。2人の後ろには、茶髪の男性と金髪の女性が佇んでいた。
「ツインサテライトキャノンとツインバスターライフルを合体させて、『ツインサテライトバスターキャノン』作ってみたいなぁ」
「それを作るんだったら、デストロイを設計開発する方が早くて実用的だと思うが」
「バカね。浪漫が足りないじゃない。浪漫を追う人間だったら、サテキャとバスターは誰しもが憧れるわ!」
車椅子に乗った女性は、壮年の男性を切って捨てた。会話内容を聞く限り、AEUイナクトなんて関係ないらしい。
技術屋はみんな、浪漫を追いかける生き物らしい。いや、全人類が浪漫を追って生きていると言えるのか?
「浪漫溢れすぎても困るぞ」
「そんなことないわよ。心躍らせるような熱い浪漫がなきゃ、人間は人間で居続けられないんだから。だから毛根も意地汚く残ってるのよ」
車椅子の女性は吐き捨てるように言い放つ。壮年の男性は、目頭を覆って天を仰いだ。
「私の精神とHPは既にゼロだ。カウント不能な程オーバーキルされている」
「だから何? 遠まわしに言わず、さっさと言いなさい」
「…………お願いだから、やめろ。……やめてください……」
今度は俯いて、涙声で懇願し始めた。茶髪の男性と金髪の女性が、入れ替わるように天を仰ぐ。
クーゴも一緒になって空を見上げた。やはり、目に染みるほど空が青い。
浪漫という単語でふと思い出したことがある。クーゴが
日本の人工衛星の名前や役割を暗唱したり、星の名前を暗唱したり、星図を見たりしながら、宇宙へと思いを馳せたものだ。そちらの道に進んでいたら、どんな出会いと別れがあったのだろう。今となっては“IF”でしかない。時々ふと気になることはあるけれど、それ以上に、今この
我ながら珍しい思考回路だ。どうしてこんな方面に浸っているのだろう。寝不足の影響だろうか。もう寝たい。うとうととまどろんでいたら、向うから叱責が飛んできた。「って、こらそこ! 寝るんじゃない!」――声のした方へ目を向ければ、角ばったパイロットスーツに身を包んだコーラサワーの姿が。今、無性に炭酸飲料が飲みたくなった。
(そうだ、炭酸飲料を買いに行こう)
クーゴはのろのろと体を起こして立ち上がり、石のような足を引きずりながら歩き出したときだった。
空の向う側から、MSがやって来る。
イナクトのような角ばった機体ではなく、白と青基調の美しい機体。
緑色の粒子がキラキラ輝き、デモンストレーションを終えたイナクトへと近づいていく。
「……なんだ? あの機体」
炭酸飲料を買いに行こうとした体が止まる。雲一つない空の向う側に、クーゴの視線は釘付けだった。
(あれは、見覚えがある。……どこで?)
頭の奥底から浮かんだのは、アレと同じ機体の姿。緑の狙撃手や黒い死神、銀色の天秤等の機体の中で、一際鮮明だった2機のうちの、ひとつ。
AEUのイナクトお披露目会。そうだ、この場にはもう1人いた。AEU、ひいてはOZの軍人で、特務大尉――ゼクス・マーキス。
この件での出会いをきっかけに、自分たちは長い付き合いとなった。多元世界を共に駆け抜ける、大切な友人となったのだ。
そこまで考えて、気づく。
AEUにはOZなんてないし、特務大尉ゼクス・マーキスという人物もいない。
では、『これ』の出どころは。思い当たるのは、1つしかない。
「そうか、
クーゴははっとして、ビリーとグラハムたちの方を向いた。2人とも、あのMSに釘付けである。
特にグラハムは、舞い降りた乱入者を凝視していた。
「あの、光……」
魅了されたかのように、どこか熱っぽい響きを宿したグラハムの声がする。
不意に周囲がざわめきだした。イナクトのパイロット、コーラサワーを呼びかけるAEUのお偉いさんが頭を抱える。他の人々も通信しようとしていたが、この場には通信不良――もとい、電波不良が起きているらしい。
AEUの軍人が慌てた様子で避難誘導を始める。どうやらあのMSは味方ではないらしい。一体全体、この場で何が起こっているのだろう。寝不足で鈍かった頭が、急激に回転し始める。乱入者は静かにイナクトと向き合う。その静けさは、どこかで《視た》ことがあった。
コーワサワーは突然の乱入者を歓迎しているようだった。確かに、この乱入者を撃退すれば、イナクトと彼に箔がつく。しかし、しかしだ。どうしてか、嫌な予感しかしない。むしろ、コーラサワーが勝てた姿が思い浮かばない。撃墜される様子が何度も何度も頭の中にリフレインする。
イナクトが動く。土足で乱入した機体に向けて、格闘戦を仕掛けるために。
ブレードを展開したとき、高周波が周囲に飛んだ。あのブレードは、高周波によって対象物を切り裂くものだ。
迎撃行動に移る際の武装選択は間違っていない。むしろ、この場における最適解だろう。
――だが、それでも“浮かばない”のだ。パトリック・コーラサワーのイナクトが、あの乱入者を倒すという未来が。
「だめだ! 引け、パトリック!」
それは、もはや反射であった。クーゴは観客席から大声で叫んでいた。
通信不良で上司の声が届いていないのだから、一般観客の声がパイロットに届くはずもない。
こんなこと、無意味な行動でしかなかったのに。
<――え? 何か言った?>
何とも間の抜けた返事が聞こえ、機体と腕が後ろへ下がる。
パイロットスーツのヘルメット、およびイナクトのコックピットの窓越しから。
目が、合った。
次の瞬間、乱入者の機体の腕が変形し、ブレードが展開する! その刃は、高周波ブレードの柄の部分を、文字通り一刀両断した。
刃が空を舞い、地面に突き刺さる。あと少しだけイナクトが前に踏み出していたら、イナクトの手首は真っ二つにされていただろう。
しかし、これでもう、イナクトの接近戦用武装は失われた。残った武装は遠距離用のリニアライフルのみ。
「なんと!」
グラハムが身を乗り出す。この場に沈黙が広がった。
幾何かの沈黙の後、イナクトがリニアライフルを打ち放つ。だが、乱入者はそれを易々と躱し、イナクトの両腕を切り裂き、吹き飛ばし、叩きのめした。文字通りの蹂躙と言える有様で、イナクトが無様に倒れ伏す。ここまで一方的に嬲られる側へ回されたコーラサワーではあるものの、彼は乱入者から繰り出された“致命傷になりうる一撃”を最小限の動きで躱している。
テストパイロットがコーラサワーだったから、イナクトは四肢欠損の達磨で済んだのだろう。他のパイロットが乱入者と一騎打ちをすることになった場合、四肢欠損の達磨だけでは終わらなかったのではないか――クーゴにはそんな予感がしてならない。達磨よりもヤバい事態になる方が、より一層の醜態となって語り継がれたであろう。
AEUの関係者たちが顔面蒼白になっている。自国の新型MSがあっさりと撃破されてしまったのだ。衝撃は計り知れない。
どの勢力に属しているのか分からない謎の機体に、最新兵器が手も足も出ず、一方的に倒されてしまったのだ。
狼狽する人々の《聲》がひっきりなしに《聴こえてくる》けれど、それらは殆ど明確な音として認識できなかった。
「失礼!」
グラハムはそう言うなり、前に座っていた男性から双眼鏡をひったくった。
「な、何を……」
「『失礼』だと言った!」
「言えばいいという問題じゃないだろう、このおばか。――ああ、連れが申し訳ありません」
夢中で白い機体を見上げる彼を横目に、クーゴは男性に謝罪の言葉を述べる。謝られた男性はぽかんとしたあと、渋い顔をした。
キミも苦労しているんだね、という眼差し。クーゴは曖昧に笑いながら、グラハムの方を向いたときだった。
「――ガン、ダム? あのMSの名前か?」
「ガン、ダム……?」
双眼鏡越しから機体名を確認したグラハムが呟いた。それを受けて、ビリーが機体名を復唱する。
クーゴも舞い降りた天使を見上げた。ガンダム。どこかで聞いたことのある言葉だ。何度も何度も聞いた言葉だ。とても身近な言葉だ。だが、いつ、どこでそれを。
そうだ。自分の
ガンダムはしばしボロ雑巾と化したイナクトを見つめていた。そこへ、別の機体が舞い降りてくる。大きな輪を背負い、青緑の光輪を身に纏った純白の機体だ。
(あれもガンダムだ)
「あれもガンダムか!?」
クーゴが直感したのと、グラハムが叫んだのはほぼ同時だった。先程の白と青のガンダムが“天使”ならば、今やって来たガンダムは、さしずめ“天女”と称するべきか。あの輪や光輪は、天女が身に纏う羽衣とよく似ている。
天使は天女を見上げた。2つの機体の佇まいは、厳かで神聖な雰囲気を漂わせている。けれど、あの機体の間に漂う雰囲気に、クーゴはどうも覚えがあった。それを手繰り寄せようとしていたとき、天女がじっと観客席を見つめていたのに気付く。
しかも、どうやら、クーゴとグラハムに視線を向けているようだった。
天使と天女は無言のまま、じっと自分たちを見つめている。
そんな風に見られる覚えがないクーゴは、思わず眉をひそめた。
(なんなんだ、一体)
<――――>
不意に、誰かが微笑んだような気配がした。クーゴは思わず天女を見上げる。
機体越しに目が合った。それを確認するや否や、天女がゆっくりと腕を広げた。
青白い光が舞い上がる。誰かに何かを呼びかけるような、そんなシグナルがこの場に発せられた。
歌が聞こえる。/マントを羽織った2人の指導者が視える。
歌が聞こえる。/宇宙を流浪する白い船が視える。
歌が聞こえる。/安住の地となるはずだった赤い星が視える。
歌が聞こえる。/赤黒く染まった死の星が視える。
歌が聞こえる。/異なる種族の長たちが苦悩する姿が視える。
歌が聞こえる。/覚悟を決めた長たちが突き進む姿が視える。
歌が聞こえる。/散り逝く者たちの姿が視える。
歌が聞こえる。/命を懸けて叶えた夢が紡いだ未来が視える。
歌が聞こえる。/思いを継ぐ者たちが邂逅し、共に駆けていく光景が視える。
歌が聞こえる。/自分が見知った、美しい青い星が視える。
――歌が止んだ。/もう何も、視えなくなった。
「……今のは、ヴィジョンの共有?」
「まさか、
クーゴが呟き、グラハムがはっとした表情で天女を見上げる。しかし、奴はすぐに天使へと視線を向けた。やはり、奴の視線を奪うのはあの天使なのだろう。
天使と天女はしばし見つめ合っていたが、天使がゆっくりと空へ向かった。天女もまた、天使の後に続く。2機のガンダムは並びながら、空の向うへと飛んでいった。
「また、あの光……」
「推進力もなしにどうして……」
グラハムとビリーは呆けた様子で空を見つめる。おそらく、この場に居合わせた全員が、同じような気持ちで天使と天女の背中を見送っていたのだろう。
幾ばくかの沈黙の後、乱暴な音がした。無様に倒れ伏したイナクトの方からだ。コックピットから這い出してきたのはコーラサワーである。
撃墜されたというのに、彼は撃墜以前と何も変わってはいない。自身も態度も、がなり立てている内容すらほぼ同じであった。
「成程。最新兵器イナクト、パイロットの安全性は確かなようだ」
「違う。あれはパイロットだ。パイロットが色々と凄すぎるからだ。賭けてもいい」
グラハムの言葉を遮り、クーゴは強く断言した。
クーゴの強気な発言に、グラハムは一瞬目を見張る。
しかし、今はそんなことどうでもいい。
「それより、さっきの天女……後からやって来た方のガンダムが、何かシグナルを発したよな。あのとき、何か視たか?」
「ああ。マントを来た指導者、白い船、赤い星、2つの種族の長、死の星、散り逝く者たち、青い星!」
「ビンゴ! お前も俺と同じものを《視た》んだな、グラハム」
クーゴとグラハムが頷き合っていたときだった。控えめに、ビリーが恐る恐る声をかけてくる。
「2人して盛り上がっているところ悪いんだけど、僕には何も《視え》なかったよ」
「え」
「おそらく、この場にいる人は、何も《視えて》いないんじゃないかな」
「あのとき、虚空を見ていたのはキミたちだけだったし」と、ビリーは付け加えて周囲を見渡す。
近くにいる人々の「こいつら何を言ってるの?」という視線が痛い。グラハムはこほんと咳ばらいし、逃げるように話題を変えた。
「しかし、あのMS。軍備増強路線をいくAEUへの牽制……いや、警告と取るべきか? ……だとしても、ここまでされてAEUが黙っているわけがない」
グラハムの言うとおりである。軍事演習場からは、けたたましいサイレン音が鳴り響く。
戦場は空。しかし、機体の性能差は歴然だ。歴然過ぎた。
あっという間にイナクトやヘリオンが倒されていく。ある機体は腕を吹き飛ばされ、ある機体は動力源を潰され、ある機体は体当たりで弾き飛ばされ、ある機体はブレードで叩き切られた。機体の数は残り数機。だが、機動エレベーターの上空から何かが近づいてきた。
新手のイナクトやヘリオンである。AEUは機動エレベーターのピラー内部に戦力を隠し持っていたのだろう。機動エレベーター内に戦力を有するのは条約違反だ。あの2機を倒せたとしても、国際非難は免れまい。悲しいがな、囲まれて(言論による)総攻撃の様子が容易に想像できた。
しかしながら、ガンダムたちにとってはそんなこと関係なかったようだ。純白の天女が縦横無尽に飛び回り、イナクトやヘリオンを体当たりで弾き飛ばし、身に纏っていた光輪を打ち放ち、体勢が崩れた敵をビームガンで追い打ちする。その傍らで、白と青の天使がブレードで攻撃を弾きつつ、牽制射撃を繰り返しながら、敵を叩き切っていく。
ナイスコンビネーション。所属不明なので敵なのか味方なのか不明であるが、
クーゴは素直に感心しながら、天使と天女による舞踏を見つめていた。そこへ華を添えるように、真下からの援護射撃。緑色のガンダムだ。
「何をしているんだ。早く非難しなさい」
不意に聞こえた声に振り返れば、壮年の男性がいた。
少し前、車椅子の女性に言論でボコボコにされていた人物である。
彼の顔を見たビリーが、あっと声を上げた。
「エルガン・ローディック代表!?」
彼の言葉を引き金に、AEUの要人たちから更に血の気が引く。彼らの顔色は、真っ青通り越して真っ白になっていた。
エルガン・ローディックは、国連平和維持理事会の代表だ。実権は大きくないものの、コネクションの広さと情報力が群を抜いているため、「影の指揮者」と呼ばれる人物である。彼のカリスマ性は各国の代表が称賛するほどであった。
国連に所属する人間に条約違反の現場を見られたのだ。もはや言い逃れはできまい。エルガンはAEUの要人たちに鋭い眼差しを向けた。AEUが国際的視点から総攻撃の憂き目にあい、厳しく糾弾されることは確定事項である。
なんだかAEUの人々が可哀想だ。クーゴが同情の眼差しを彼らに向けたとき、エルガンがこちらを見ていたことに気づいた。目が合う。物腰穏やかで聡明な瞳の奥底に、恐ろしいほどまでもの激情が揺れている。その目がゆっくりと細められた。
いつだろう。何かを託すような眼差しを、彼から向けられたことがあったはずだ。それを受け取った者の中に、自分もいたはずだ。
くろのえいち。未来への災厄に立ち向かう力を。そのために集められ結成された、世界の守護者たち。彼の言葉を受け継いで生まれた、Zの名を冠した遊撃隊。
『私は……君達と、未来……を、……信じて、いる……』
満足げに笑った男が息絶える。信じて託せる相手がいたからこそ、笑って死ぬことができたのだろう。長い戦いを終えた彼は、どこか安堵の表情を浮かべていた。
孤軍奮闘し続けた彼は、どんな気持ちだったんだろう。“理想への憧れ”から聞いた、彼の『駒と思ったことは一度もない』という発言は、嘘ではなかったのだ。
その想い、そして意志は受け継がれ、新たなる仲間たちと共に、新たなる戦いの幕が開く。時の牢獄を破壊するための、長い戦いが。
『――キミは、ひどいオンナだ。■■■■■■■』
『今更“そんなモノ”を得たところで、キミが居なければ、何の価値もないと言うのに……』
――空に花が咲いた後、彼はそんなことを言っていた。
天の牢獄を破壊するための戦いが終わって以降、
「…………あの、どこかでお会いしませんでしたっけ?」
クーゴの問いに、エルガンは首を振った。
「いや、ないな。人違いだろう。…………キミこそ、私とどこかで会わなかったか?」
「今、ご自身で否定したばかりですよね!?」
質問を文字通り打ち返され、クーゴは思わずツッコミを入れる。
エルガンは考え込むように手を顎に当て、首をひねる。そして、すぐに合点が言ったように手を叩いた。
「私の
彼もまた、
「ジイさん」という親しそうな響きを宿した男性の声と、「代表」という凛とした女性の声と、「エルガン」というやや棘のある女性の声。
エルガンは短く返事をした後、こちらに軽く会釈した。そのまま、避難誘導に従って去っていく。
(あの2人、どこかで――?)
「クーゴ。我々も行くぞ」
「あ、ああ。分かった、今行く」
クーゴたちも避難誘導に従い、AEUの軍事演習場を後にしたのであった。
◇◇◇
「ねえねえティエリア。ちょっとヴェーダで『天女』を検索してほしいんだけど」
イデアの唐突な申し出に、端末越しのティエリアはむっと眉をひそめた。
「キミはヴェーダを何だと思っているんだ」
「大きなコンピューター。だから、情報もいっぱい入っているんじゃないかなって」
「仮面泥棒の居場所を探すのに使われるのと、目が見えない人の情報検索に使われるのと。どっちがヴェーダにとって嬉しいかな」なんて言えば、ますますティエリアがげんなりしてしまった。ある種の“究極の二択”だからだろう。
目が見えない、と強調すれば、ティエリアはため息をついた。同時に、何かに気づいたように顔を上げる。しばしの沈黙ののち、彼は渋々情報検索を始めた。どんな理不尽で意味不明であろうとも、生みの親の言うことには逆らえないらしい。
「検索結果を端末に送信した。あとは、端末の読み上げソフトを使うといい」
「ありがとうティエリア!」
彼に感謝の言葉を告げて通信を切り、イデアはスキップしながら刹那とロックオンの元へと戻った。ロックオンが呆れた表情でこっちを見ている。
世界に喧嘩を売ったのに、と言いたげだ。「わかってるよ」と言えば、彼はぞっとしたように息をのんだ。まだ言葉にしていないのに、どうしてわかったんだ、と。
「わかってるよ」と付け加えれば、ロックオンは余計に何とも言い難そうにしていた。刹那はイデアに背を向けたまま、何も語らない。
イデアは岩に座り、早速端末に送られてきた情報を聞き取る。
天女とは、天に住むとされる女性のことを指しており、特に、天の支配者に仕えているとされる女官の総称でもある。彼女たちは羽衣と呼ばれる特別な衣服を持っており、それを使って空を飛ぶとされた。地上へは水浴びなどの用事のために訪れるのみで、普段は天で暮らしているという。中には大事な羽衣を無くしてしまった――正確には奪われてしまったため、空に帰れなくなり、地上の男性と婚姻する話なども伝えられている。
もっとも、その話では、『羽衣を見つけたために空へ帰ったが、愛する人のことを忘れられなかったので、彼を天へと連れて行った。しかし、天女の両親が悪知恵を働かせたため、2人の間に大きな川ができて分断されてしまう。川の水が引く月の7日なら会えると天女が伝えたが、男はそれを“7月7日なら会える”と聞き間違えたため、7月7日にやってきた。そのためこの夫婦は、年に1度だけの逢瀬を重ねている』という結末を迎えるのだ。
他にも、天女と呼べるような存在とそれに関わるような民話および人物は多々いる。弁財天や吉祥天、先程の話で挙げた話に出てくる織姫などが挙げられた。一般的な比喩表現としては、優しさと美しさを兼ね備えた女性を「天女」と称することがあるという。
ハホヤーが天女と呼ばれたのは、背中の輪や身に纏った光輪が羽衣を纏っているように見えたのが理由なのだろう。他の連中がハホヤーに“輪っか付き”と酷い呼称を付けたり、“天使”として一括りにするのに、夜鷹――クーゴ・ハガネだけが“天女”という素敵な呼称を付けてくれる。
『機嫌がいいとき、キミはよくステップを踏むな』
『へ、変ですかね?』
『いや、そういう話をしたいわけじゃないんだ。ただ……』
『?』
『“天女が舞う”ってこんな感じなのかな、って』
慈しむように細められた黒曜石の瞳を思い出して、胸の奥が甘く締め付けられるような心地を覚えた。だって、彼の言葉と認識に嘘は無い。天女という言葉が似合うと、本心から思っている。
それはとても嬉しいことだ。イデアは端末を抱きしめるように手で包んだ。端末に結んだ金のハートが揺れた。優しい鈴の音色に耳を傾ける。この音色を聞くたびに、心が弾むのだ。
「さて、頑張らなきゃ。ね、2人とも?」
「……ああ」
「そうだな」
刹那とロックオンに声をかけ、イデアは自分の機体を見上げた。
3機のガンダム――ハホヤー、エクシア、デュナメスが、夜闇の中で静かに佇んでいる。
賽は投げられた。世界は、ここから変わっていく。
◇◇◇
後ろを振り返ってはいけない。
グラハムとビリーの、暗黙の了解である。
バックミラーを見れば、鏡越しからゾンビとご対面だ。だから、極力視線を向けないようにする。
ラジオから繰り返し流れるのは、ソレスタルビーイングという集団の声明文。戦争根絶のために武力介入を行うという彼らは、存在自体が矛盾している。なかなかエキセントリックな集団ではないか。もしかしたら、件の少女も、この話題を目に/耳にしているのかもしれない。
運転を終えたら少女にメールを送ろう、と、グラハムは考えた。また1つ、彼女と何かを共有できる。なんて素晴らしいことなのだろう。グラハムは上機嫌でハンドルを切った。ゾンビがバックミラーを横切ったのは気のせいだと思う。
『あのガンダムを見たとき、無性にキミに会いたくなった』とメールを送ったら、どんな返事が返ってくるのだろうか。グラハムはちらりと懐に視線を向けた。彼女がくれた藍染の扇子が目に入った。頬が緩む。
(次に会えるのは、いつだろうな)
そう考えたグラハムは、つい、見てしまった。バックミラーに映る、ゾンビを。
クーゴ・ハガネ。徹夜明け5日目を迎えそうな状態の彼は、虚ろな目でこちらを見ていた。がくん、と車体が揺れるたび、恨めし気な表情を浮かべる。
眠い、寝たい、眠れない、寝たい、眠れない、車が揺れる、揺らさないで、眠い、寝たい。鏡越しからの眼差しが訴えている。とんだジャパニーズホラーだ。
しかし、舗装されていない道路をジープで走るのだから車体は揺れる。当然、クーゴは眠れない。なんて悪循環なのだろう。早く休んでもらわないと大変なことになる。
唸り始めたらアウトだ。どこぞの呪いそのものと化してしまう。
夏場は(別の意味で)重宝するけれど、やっぱり怖いものは怖い。
「グラハム、早く目的地につかないかな。怖いんだよ。本当に怖いんだよ。今にも唸りだしそうで!」
「心得た! ただし、安全運転のため、法定速度を遵守する!」
グラハムは小声で宣言し、ハンドルを握り締めた。徹夜明けだが仕事モード(カタギリ命名)が切れたクーゴは、元の徹夜明け状態もといゾンビに戻ってしまう。
避難誘導が終わり、車内での話し合いが終わった後、彼はあっという間にゾンビへと戻ってしまった。それ以後ずっとこのままである。
早く目的地へ向かい、クーゴに睡眠を取ってもらわねば。こんな恐怖体験、二度としたくない。……毎回そう思っているにも関わらず、何度も体験する羽目になっているが。
いやでもあれは不可抗力で――などと考えていたのが悪かったのだろう。
「あああああああああああああああああああ」
「う、うわああああああああああああああああー!! 唸り出したー!」
「うおあああああああああ!? カタギリ、危ないぞ!」
次の瞬間、恐れていた事態に発展した。真っ青になったビリーが運転席へと手を伸ばし、グラハムも慌ててハンドルを切る。
ゾンビが斜め右に倒れたと思った刹那、左の扉にぶつかって、なぜか運転席の方へやって来た。怖い。本当に怖い。
「わあああ! グラハム、前、前ー!」
「ぬおおお!?」
「あああああああああああああああああああー……」
「うわああああああああああああああああああこっち来たー!!」
「だから、危ないと――おおおおおおおおおおおおおお!?」
迷走するジープが、悪路でがたがたと揺れていた。目的地は、未だ見えず。
帰還まで、しばらくかかりそうだった。
クーゴ・ハガネの災難は続く。
【参照および参考】
『Wikipedia』より、『天女』
【推奨BGM】
現実/歌が聞こえる:<地球へ... Coming Home To Terra -劇場版『地球へ...』より->(『地球へ...』アニメ版サウンドトラック)