問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


一方その頃:貴方がくれた光、或いは夜明けの始まり

 

 絶え間なく響く銃声、進軍するMSの駆動音、戦場の音にかき消される悲鳴の数々。

 

 

『――この戦いは、神に捧げる聖戦である』

 

 

 それらに紛れるように――或いは、それらすべてを駆り立てるように、男の声が響き渡る。

 同年代の少年少女は奴の言葉を信じて兵士となり、この戦場で戦っていた。

 

 

『伝統を軽んじ、神の土地を荒らす不信仰者どもに、我々は鉄槌を下すのだ』

 

 

 最初は、男の言葉を本気で信じていた。神への信仰を示すために戦った。

 そのお題目のために、両親を始めとした多くの人々を手にかけた。

 同じ国の出身者だろうと、敵国の兵士だろうと、全く関係ない国に住んでいる市民だろうと、気にもせずに。

 

 

『不信仰者に屈服してはならない』

 

 

 ――“何かがおかしい”と気づいたときには、何もかもが手遅れだった。

 

 家に帰ったとしても、あの家にはもう誰もいない。自分を迎えてくれる家族は、自分の手で殺した後だった。仲の良かった同年代の友人知人も、みんな戦場で死んでいった。

 戦い続けることで積み重ねてきた屍が、この戦いで散っていった命の怨嗟が、ほんの一瞬の行動が死に直結する戦場が、疑問を抱いて足を止めることを許さない。

 

 

『我々は戦いで死すことによって、神の身元へ導かれるだろう』

 

 

 手を止めてしまえば、立ち止まってしまえば、次に死ぬのは自分だ。最早どこにも逃げ場所はない。

 本当は既に分かっている。自分が何をしてしまったのも、自分が何をさせられていたのかも、全部わかっている。

 だからこそ、死ぬわけにはいかない。銃を捨てることができない。それ故に、戦場(ここ)から逃げ出すことはできなかった。

 

 

(――この世界に、神はいない)

 

 

 老若男女の屍の山、吹き飛んで廃墟となった家々、破壊しつくされた生活痕、ついさっきまで生きていた兵士仲間()()()()()が辺り一面に転がる。砲撃も銃撃も絶え間なく響いていた。

 

 

 

*

 

 

 

 瓦礫の山がいくつも積み上げられた戦場跡地には、MSの残骸や死体が転がっていた。夕焼けの向うには、先程少女を救い上げたMS。

 少女の手から機関銃が落ちる。彼女の身の丈ほどもある銃は、乾いた音を立てて地面に転がった。

 

 美しいフォルムの“神”はゆっくりと大地に降り立った。胸のハッチが開き、中から人間が飛び出してくる。数メートルの高さから躊躇いなくジャンプした人間であったが、上手く着地することができなかったらしい。若干バランスを崩しながら、転がるような形で地面にぶつかった。

 嫌な沈黙がこの場を支配する。まさか、今の衝撃で死んでしまったのではなかろうか。少女は恐る恐る人間へと近づく。刹那、人間はむくりと体を起こした。「失敗した。恥ずかしい。しかし、これもまた、人間の感情なのか……」などと呟き鼻血をぬぐいながらも、何事もなかったかのように立ち上がる。

 緑色の髪は短く切りそろえられていた。紫苑の瞳は静かに少女を見つめる。男とも女とも思えるような中世的な顔立ちをした人間は、少女に見られていることに気づくと居心地悪そうに視線を彷徨わせた。人間の様子に台詞を入れるとしたら『流石にまずいな、どうしよう』あたりだろうか。

 

 その人物は取り繕いながらも周囲を警戒していた。といっても、この場にいるのは少女と彼(彼女?)だけなのだが。

 安全であることを確かめた彼――わからないから、今後はこの表記でいく。間違いがあったら修正しよう――は、ふっと穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「キミは……ソラン・イブラヒムだね?」

 

 

 初対面の相手に名前を言い当てられ、少女――ソラン・イブラヒムは動揺した。

 

 彼は一体何者なのだろう。何故、兵士である自分の名前を知っているのだろうか。まさか、敵?

 ソランは慌てて機関銃へと手を伸ばす。しかし、彼が機関銃を蹴り飛ばす方が早かった。

 

 

「僕は、キミの敵じゃない」

 

 

 わかってくれ、と彼は乞う。跪き、腕を掴まれた。どこまでも真剣な眼差しに気圧され、ソランはおずおずと構えを解く。

 

 

「ありがとう。いい子だ」

 

 

 彼は安堵したように笑い、ソランの頭を撫でた。そうされたのは久しぶりで、思わず情けない表情になる。いつも頭を撫でてくれた温かい手を殺したのは、他ならぬソラン自身だったからだ。

 洗脳されていたとはいえども、両親を殺したことは赦されていいはずがない。生きるためだったとしても、友人たちを見殺しにしたり手をかけたことは赦されていいはずがない。だから、涙を流す資格はないのだ。

 それなのに。もう出るはずのないものが、瞳の奥からぼろぼろと零れはじめる。それを見た彼は静かに頷き、ソランを抱きしめてくれた。こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。両親を殺したときは、涙なんて出なかったのに。

 

 

「大丈夫。大丈夫だよ」

 

 

 青年は相変わらず、優しい声色でソランに語り掛けた。言い聞かせるようにして、根気強く、何度も。

 

 大丈夫じゃないことはソランが一番分かっていた。その言葉が気休めでしかないことも、その言葉で何かが変わるわけではないことも、何も解決しないことも、どうしようもないことも、全部分かっていた。

 だけれど、何故だろう。どうしてその言葉に嘘は無いと思ったのだ。その言葉通りに、「大丈夫」だと信じられた。張りつめていた緊張が途切れて、蓋をして押し殺し続けた何かが堰を切って溢れていく。

 

 泣いて、泣いて、泣いて、泣きはらして――ようやく落ち着いたソランは、改めて青年の顔を仰ぎ見る。

 自分に指示を出していた男たちよりも若い。だのに、穏やかに微笑む彼を見ていると、どうしてか両親の姿を連想してしまう。

 ソランがそんなことを考えていたとき、青年はきょとんとした顔で目を瞬かせる。彼は何を思ったのか、いっとう柔らかく微笑んだ。

 

 

「おーい、こっちは終わったよー!」

 

「ったく。どこの誰よ、アプサラスのデータなんて流した奴は! 技術的に100%再現はできなかったみたいだけど、後が怖いわ……」

 

「この前はクシャトリアのデータが流れていましたね。誰が、何のために……」

 

「アニューはもう休んでなよ。あとはアプロディアやフェニックスたちに任せよう。データの消去と工場潰しも頼まなきゃ」

 

「さっき、ノブレスから連絡があった。あちらの方も片付いたそうだ」

 

「エルガン代表も大変だな。国連は今日も大荒れだ」

 

 

 彼が何かを言うよりも、後ろから複数人の男女がこちらにやって来る方が早かった。誰も彼も、皆同じ制服を着ている。

 水色基調のシンプルでゆったりとした服の胸元には、綺麗なブローチが留められている。金の翼の真ん中に、赤い宝石が煌めいた。

 

 彼らは一体何者だろうか。それを問おうとしたら、青年に手を引かれた。そのままコックピットに乗せられる。

 

 

「俺をどうするつもりだ!?」

 

「さっきも言ったよ。僕は、キミの敵じゃない」

 

「話になってない!」

 

 

 逃れようともがいている間にハッチが閉まった。“神”はゆっくりと飛翔する。コックピットから見える景色の美しさに、ソランは思わず息をのんだ。

 赤い大地と茜色の空がどこまでも広がっている。ここが、自分が必死になって走り回っていた場所? 生きるために人を殺し続けた戦場だというのか。

 

 

「キミの世界が変わるのは、こんなにも簡単だ」

 

 

 青年は、独り言のように呟いた。

 

 

「それと同じように、誰かの世界を変えるのも簡単なことなんだよ。ソラン」

 

「世界を、変える……?」

 

「僕は、今のところ、変わってしまったものを見極めるので精一杯だけどね」

 

 

 何かを思い返すように――いつか見た尊いものをもう一度なぞろうとするかのように、青年は遠くへ視線を向ける。過去へ思いを馳せる彼の口元は、花が咲いたみたいに綻んでいた。

 コックピット越しの景色が目まぐるしく変わる。赤く乾いた大地は、いつの間にか鬱蒼とした緑色へ、銀色の大都会へ、果てしなく広い海原へと変化を繰り返す。

 クルジスの景色しか知らないソランには、何もかもが新鮮な光景だった。青年はそんなソランの様子を見つめながら、操縦桿を動かす。また、景色が変わった。

 

 しばらくして、また赤い大地が見えてきた。どうやらクルジス――あの戦場(ばしょ)へと戻ってきたらしい。しかし、“神”は進路を変えた。戦場を通り過ぎ、何もない荒野を選んで降り立つ。

 

 青年はソランの手を引いた。乾いた大地に降り立った2人に続いて、別のMSたちもやって来る。彼は優しい目でMSたちを――否、MSに乗っているであろうパイロットを見ていた。彼らも青年を見返していたが、すぐに前を向いた。視線の先には、街が見える。

 行け、ということだろうか。生きろ、ということなのだろうか。だとしたら、どうしてソランなのだろう。あの戦場には他にも人間がいただろうに。何故、ソランが選ばれたのだろうか。それがわからなくて、首を傾げる。青年は困ったように苦笑いした。

 

 

「なぜ、俺なんだ」

 

「……すまない。僕自身にも、いい例えが見つからないんだ。あえて言うなら、“気まぐれ”かな」

 

「っ!」

 

「でも、どうしてだろう。キミを一目見たとき、『キミを死なせてはいけない』と思ったんだ。……キミと似たようなものさ。まだ、“答え”が見つからないでいる」

 

 

 紫の瞳が言っている。「その行動の先にある、“答え”を見届けなければならない」と。

 

 

「未だに僕は何もわからないけれど、この選択に後悔はない。そして……キミなら、その“答え”を、確かな形で指し示してくれると信じている」

 

 

 そこまで言って満足げに頷いた後、青年は自分の言葉に違和感を持ったようだ。あれ、と首を傾げて、真剣な顔で悩み始める。

 しばし唸った後、彼は何か思い至ることがあったらしい。「ああそうか」と噛みしめるように言った。

 

 

「これが、マザーの言っていた“可能性に賭ける”ということか。これでまたひとつ、“答え”に近づけたよ。ありがとう、ソラン」

 

「俺は何もしていない」

 

「そんなことはない。キミは僕に可能性を指し示した。僕が知りたいと思っていた“答え”の1つをくれた。感謝してもし足りないよ」

 

 

 青年はそう言い、ソランの頭を撫でてくれた。その手つきが両親のものとよく似ていて、また泣き出してしまいそうになる。ソランは押しとどめるようにして俯いた。

 

 青年はしばらく何かを考えていたが、いいことを思いついたらしい。

 彼は静かに目を閉じる。しばらくした後、彼はソランを向き直った。

 

 

「可能性の種を蒔いた。この種をどう花咲かせるかは、キミ次第だ。……だから、そのためにも。今は生きてほしい」

 

「可能性の、種……」

 

 

 さあ、行くんだ。青年の目が静かに告げる。荒野に一陣の風が吹いた。ソランは頷き、彼に背を向けて歩き出す。

 ちらりとソランは振り返る。青年は穏やかに微笑んでいた。彼と同じように、MSやMSに乗るパイロットたちも、自分を送り出してくれているかのようだった。

 壊すことしかできない自分の手に与えられた、可能性の種。どうやって育てればいいのかは何もわからない。けれど、それは枯らしてはいけないものだ。

 

 これから自分は、地図のない道を歩んでいかねばならない。手渡されたものを抱えて、長い道のりを行かねばならない。

 ソランは顔を上げた。茜色の空と、赤く乾いた大地が続いている。一歩、一歩、踏みしめるようにして歩き始めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 幸せになる資格なんて、刹那・F・セイエイにはないと思っていた。

 幸せというものに、刹那は縁がないと思っていた。

 

 

『私はグラハム・エーカー。キミの存在に、心奪われた男だ!』

 

 

 そこへいきなり現れたのが、この男――グラハム・エーカーである。

 

 金髪碧眼の米国人で、ユニオン軍の精鋭MSWADに所属する軍人。階級は中尉であり、ユニオンの軍人にして虚憶(きょおく)持ち共有者(コーヴァレンター)“夜鷹”――クーゴ・ハガネの護衛役として同行していた男だ。そんなグラハムが、なぜか刹那に好意を向けてくるようになったのである。

 ヴェーダからのミッションを受けた刹那は、イデアの護衛役として彼女に同行した。その際、『白基調の女性らしい服装をしろ』という指示が入ったという。ミッションを受領したティエリアや、これを聞いた他の面々も頭に疑問符を浮かべた程だ。

 それがミッションならばと従った結果が“グラハム・エーカーからの熱烈なアタック”である。どうしてこうなってしまったのか。この話をしたら全員が愕然としていた。特にティエリアは「こんなのヴェーダの情報にない」と頭を抱えていた。

 

 頭を抱えたいのは刹那のほうである。オフ会と称してコンタクトを取る度に『キミが好きだ』だの『愛している』だのと真正面から向かってくるのだ。どこまでもまっすぐな翠緑の瞳は、ぶれることなく刹那だけを見つめている。

 そんな風に言われたって、正直、どう反応していいのかわからない。普通、真正面から好意を向けられたら“嬉しい”と思うのだろう。しかし、刹那は自分が幸せになってはいけないと思っている。幸せになる資格なんて、あっていいはずがない。

 

 それを願うには、奪ったものが多すぎた。壊したものが多すぎた。この手は、血で汚れすぎたのだ。

 

 刹那は深くため息をつき、端末を見る。グラハム・エーカーからのメッセージだ。今日でもう4通目である。メッセージの内容は、本当にとりとめのない出来事の報告か、あるいはどこまでも真摯な愛の言葉であった。

 何度見直しても、刹那からイデアおよびソレスタルビーイングについての情報を引き出そうとする意図は一切ない。それが逆に、刹那を追いつめているのだ。愛だの恋だの幸せだのという方面で。

 

 

(どうしろというんだ……)

 

 

 周囲に相談しても、大半の面々は(困惑した後に)生温かく笑うだけだ。

 特に、ガンダムマイスターたちは参考にしづらかった。

 

 

『マリー……』

 

 

 ハレルヤは思いを馳せはじめて話にならない。

 

 

『恋愛だなんて、僕にはそんなもの………………あ』

 

 

 ティエリアは愕然とした表情で虚空を見上げたっきりのため、こちらも無理だ。

 

 

『すべてが終わった後に、女としての幸せを手にすればいいさ。お前さんは若いんだから』

 

 

 ロックオンはそう言って微笑むのみ。

 

 

「刹那?」

 

 

 名前を呼ばれたことに気づいて顔を上げれば、イデアが目の前にいた。彼女は気遣うようにこちらを覗き込んでいる。

 メールが来ていることに気づいた彼女は、嬉しそうにニコニコ笑っていた。

 

 

「グラハムさんからのメールね。最近、返信頻度が上がっているようだけど」

 

「そういうお前は、クーゴ・ハガネのメッセージに対して頻繁に返信しているようだが」

 

「やだー見られてたー」

 

 

 照れ照れした様子で、イデアは頬を薔薇色に染める。あまりにも場違いな彼女の様子に、刹那は遠くを見たくなった。

 彼女は一体何を考えているのだろう。自分たちはソレスタルビーイング、世界に弓を引く者たちだ。

 こんな自分たちが、世界に使える軍人に現を上げたらどうなるのか。ヴェーダに頼らなくても明白だ。

 

 しかし、イデアは止まろうとしない。

 その先にあるのが破滅であろうとも、イデアにとって、些細ごとにもならないようだった。

 

 

『素敵な名言だよね。“死ぬのが怖くて、恋ができるものか!”って』

 

 

 クーゴ・ハガネとの接触後、イデアは新しい虚憶(きょおく)を視るようになった。なんでも、その虚憶(きょおく)は『多元世界に襲い来る侵略者たちを、ロボットたちが撃退する』世界のものだという。虚憶(きょおく)の中で見つけたという名言を、彼女は口癖のように唱えている。

 イデア・クピディターズという“女性”にとって、クーゴ・ハガネへの恋慕も、ソレスタルビーイングの使命と同等だと考えているようだ。滅私奉公を地でいく私設部隊に所属しながらも、彼女は己を捨て去りはしない。その強さが、刹那には眩しく思えていた。

 

 

「刹那は、どうして手を伸ばそうとしないの?」

 

 

 イデアは唐突に、刹那へと問いかけてきた。刹那は首を振り、淡々と答える。

 

 

恋愛など(そんなもの)、俺にとっては無意味だ。ミッションに支障が出るだけで、何のメリットもない」

 

「本当に?」

 

 

 イデアはずいっと刹那に顔を寄せてきた。光のない御空色の瞳は、磨かれた鏡のように刹那の顔を映し出している。

 視力を持たない彼女の瞳であるが、数多のことを見通す特殊な《眼》の持ち主だ。その眼差しは、刹那の本心すらも見通しているのか。

 暴かれてしまう、と思った。戦い続けるために駆けだした刹那が、敢えて振り向かず、見ないようにしてきた何かを、白日の下に晒されてしまう。

 

 嘗て刹那がソランだった頃、神を信じて戦い続けていた日々に終わりが近づいてきたときのことが脳裏をよぎった。

 『この世界に神などいない』という答えに辿り着きながらも、あの戦場から離れることができなかった自分の姿。

 

 

「誰かを好きになることって、誰かのことを大切に想うことって、そんなにいけないことかな?」

 

 

 静かな面持ちで問いかけてくるイデアに、刹那は言葉を詰まらせた。

 

 イデア・クピディターズ――ラテン語で“理想への憧れ”というコードネームを与えられたこの女性は、ソレスタルビーイングの理想に共感する者でありながらも、自分の感情に対してとても素直な性格だった。それと同じくらい、自分や他人の感情を重要視して、それを大切にしようとする。特に恋愛面ではそれが顕著だった。

 彼女の過去は知らない。組織の機密情報であるし、それを暴こうと思う者はいなかった。故に、自分たちは一定の距離感を保っている。異質なのは、お人よしと呼ばれる面々――その中でも特にイデアが顕著――だった。彼女が感情や恋愛に拘るのは、機密情報となっている過去と関連づいているのであろう。刹那が推測できるのはそこまでだ。

 

 

「誰かを好きになることも、誰かを大切に想えることって、とっても素敵なことだと思うんだ。そう思えるってこと自体が、凄く幸せなことだから」

 

「……なら、猶更、俺には無意味なものだろう」

 

 

 キラキラした眼差しを向けられた刹那は、御空色の瞳から逃れるようにして目を伏せる。幸せを溶かして固めたみたいな彼女の瞳を見つめていることが辛かった。宝玉のような輝きは、刹那にとって眩しすぎたのだ。

 神に捧げる聖戦のため――そのお題目で自分が犯した罪を思い出す。積み上げてきた屍の山、血塗られた両手、奪ってきた命と銃声の残響は、ソランから刹那になった今でも色褪せることなく焼き付いている。

 それと同じくらいに焼き付いていたのは、真っ青な空の下で笑う男の姿。新緑の瞳は真っすぐに刹那を映し出し、口を開けばどこまでも真摯な愛の言葉を紡ぐ奇特な男。他に女は幾らでもいるだろうに、彼は刹那以外眼中にない様子だった。

 

 胸の奥にともった熱の名前を、きっと刹那は知っていた。

 それに名前を付けてしまったら、自分は一体どうなってしまうのだろう。

 

 困惑する刹那を横に、イデアは静かに言葉を紡ぐ。

 

 

「幸せになることが許されないことだって思うなら、自分が誰かを幸せにしてあげればいいんじゃないかな」

 

「……は?」

 

 

 イデアの言葉は、刹那が抱え込んできた“モノ”に光明を示した。

 

 発想の転換。あまりにも単純なことだった。

 イデアは楽しそうに笑って、端末を指差した。

 

 画面に表示されているのはグラハムからのメッセージだ。添付された写真は、真っ青に晴れたユニオンの空。『これから空を飛んでくる。キミも、この空の下にいるのかな? 是非とも会いたいよ』というものだった。

 そういえば、ユニオン領の基地でスクランブル発進が起こったというニュースが入った。ソレスタルビーイングが本格活動した暁には、刹那とグラハムは合間見えることになるだろう。丁度、このメールの直後あたりに。

 流石に、正体不明の相手にほいほいと機密情報を提示できないらしい。不自然にトリミングされた形跡がある。おそらく、切り取られた部分には国家機密――フラッグあたりが写っているのだろう。そこは抜かりなかった。流石は軍人である。

 

 

「少なくとも、刹那は1人、幸せにしてあげられる人がいるでしょう?」

 

 

 イデアはそう言って、自分の端末を指し示す。そこに示されていたのは、クーゴ・ハガネ――夜鷹からのメッセージ。『オフ会を使い、サプライズでグラハム・エーカーの誕生日を祝う』という企画についての相談に関するものだった。彼女は2つ返事で協力要請に応じた。刹那も自分の意志で協力することを選んでいる。

 メッセージには、オフ会で訪れる地域の候補がいくつか並んでいる。日程は2泊3日で、訪れる国は日本。あとは場所を決めるだけ。『グラハムは日本文化が大好きなので、日本文化を体験できるような地域にしたいと思っている。キミたちにも楽しんで貰いたいので、体験したい、或いは興味がある日本文化があるなら教えてほしい』という文面で締め括られていた。

 

 刹那はグラハムの顔を思い浮かべた。年齢の割には、子どもみたいに屈託のない笑みを浮かべる男。刹那に熱烈かつ真剣な眼差しで愛を伝える彼の様子に、いつの間にか絆されていた。

 

 この前イデアに見せてもらったメッセージ――『いつも一緒に来るグラハムの誕生日が近いから、キミが良ければ、一緒に祝ってあげてくれないか?』という文面が、刹那の頭の中で反響する。壊すことしかできない自分にも、何か、違うことができるのだろうか。何かを成すことができるのだろうか。

 脳裏にフラッシュバックしたのは、あの日あのとき、クルジスに光臨したガンダム。ガンダムを操縦していたパイロットの青年が言った『自分/誰かの世界を変えることは、とても簡単である』という言葉だ。なぜ、今になってその言葉を思い出したのかはわからない。

 もしかして、イデアはすべてを覚悟した上で、“死ぬのが怖くて、恋ができるものか!”という言ったのだろうか。思わずイデアのほうへ向き直れば、彼女はうんうん頷いていた。悪戯っぽく微笑むイデアに、刹那はなんともいえない心地になる。

 

 

(どんな状況であっても己を貫けること、自分の想いを大切にできること。……それが、お前の強さか)

 

 

 ヴェーダが彼女を選んだ理由が、今ならなんとなくわかる気がする。

 ティエリアに言ったら、間違いなく卒倒しそうであるが。

 

 

「…………」

 

 

 刹那はイデアの瞳を見返した。光のない無機質な御空色は、曇りなく刹那の姿を映し出している。丁寧に磨かれた鏡のようだ。

 

 そこには、真摯な表情を浮かべた刹那がいた。

 グラハムの真剣な眼差しと、何も変わらない。

 

 

『少女!』

 

 

 満面の笑みを浮かべたグラハムが見えた。刹那の答えなんて、とうに決まっている。――とても簡単なものだった。

 

 

 

*

 

 

 

「この香り……クリスが近くにいるっス! やっば、俺の格好大丈夫かな? ねえイデア、俺おかしくないっスか?」

 

「そうねえ。これでも嗅いで落ち着いたらいいんじゃないかしら? ついでに体に塗ってみるとか」

 

「ぎゃああああああああ! クリスの香りとお揃いにィィィィィ!?」

 

 

 遠くの方から、イデアとリヒテンダールの声が聞こえてくる。会話を聞く限り、クリスティナが使っている練り香水(イデアが京都旅行で購入したお土産だ)をリヒテンダールにも使用したらしい。心なしか、ラベンダーの香りが漂ってきた。

 リヒテンダールがクリスティナに好意を抱いていることに気づいたのは、刹那がグラハムからの熱烈な告白を受けてからだ。あんなにもわかりやすいというのに、どうしてクリスティナは気づかないのか。不思議な現象である。

 隠し通せていると思っているのはリヒテンダールだけだし、気づいていないのはクリスティナとティエリアぐらいだと刹那は睨んでいる。昔の刹那だったら、クリスティナやティエリアのようにスルーしていたに違いない。刹那はひょっこり廊下を覗き見る。

 

 

「ああいけない! クリスが使ってるやつを持ってきちゃったわ!」

 

「ほああああぁぁぁぁぁ……ッ!」

 

 

 イデアはわざとらしく声を上げ、練り香水の蓋を見せる。蓋にはクリスティナの名前が書かれていた。それを示された結果、リヒテンダールは余計に追い込まれてしまったらしい。顔を手で覆い、言語判別不明な奇声を上げ、顔を真っ赤にしてプルプル震えている。

 丁度そこへ、何も知らないクリスティナがやって来た。イデアは即座に練り香水の入れ物を彼女のポケットへと戻す。そして、素知らぬふりを貫きながら、同じ練り香水の入れ物を指示しつつ首を傾げてみせた。

 

 

「……おかしいわね。リヒティが発狂しちゃった」

 

「ラベンダーの香りなのに?」

 

「ラベンダーの香りなのに」

 

「…………変なのー」

 

 

 いっぱいいっぱいになったリヒテンダールを見たクリスティナは、しばらく彼の様子を見守っていた。が、最終的にはスルーすることにしたらしい。それ以上気に留めることなく、振り返ることもせずに、さっさと廊下を進んで言ってしまった。

 彼女が去っていったのと入れ替わりに、リヒテンダールが崩れ落ちる。気のせいでなければすすり泣くような声も聞こえた。間接キスならぬ間接練り香水で上がっていた色々なものは、クリスティナの「変なの」発言で瓦解してしまったようだ。

 

 

「まあ、しばらく匂いは残るから、お揃いよね」

 

「え!? ええ!? えええ!!?」

 

 

 その言葉に、またリヒテンダールが飛びあがった。おろおろする彼を放置して、イデアはさっさと廊下を進んでいく。

 

 

「お、お揃い……。クリスとお揃い……」

 

(これはダメだな)

 

 

 壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返し続けるリヒテンダール。彼の眼差しは、あらぬところをさ迷い続けている。こうなっては本当にどうしようもないので、刹那もイデアを見習うことにした。彼女と唯一違うところがあるとするなら、彼の肩をぽんぽん叩いたことくらいか。落ち着けという意図が伝わってくれればいいのだが。

 廊下を進みながら、制服のポケットに手を突っ込んだ。取り出したのは、鈴蘭の花が描かれたコンパクト型の入れ物だ。中身は鈴蘭をイメージした練り香水。グラハムが自分にくれたものの1つであり、誕生日を祝ってくれたお礼という形で貰ったものだ。あの日のことを思い返しながら蓋を開ける。可憐でみずみずしく、清潔感のある鈴蘭の香りが漂ってきた。

 

 

『俺個人としても、神様はどこにでもいる説を推す。ただし、神社仏閣その他諸々より、“人の心”や“良心”と答えるがな』

 

『“人の心”?』

 

『ああ。夢とか、希望とか、信条とか、正義とか、道徳とか、優しさとか、好奇心とか、わかり合おうとする気持ちとか、誰かを大切に思う気持ちとか、誰かを守ろうとする気持ちとか。人の心の底から湧き上がる、そういうものを信じたいよ』

 

 

 不意に脳裏を翔けたのは、クーゴ・ハガネの話であった。彼の信じる“神”のこと。

 誰もが信じたいと願いながら、誰もが裏切られ、あるいは救われたもの。その言葉が、刹那の背中を押したのだ。

 

 

『私はキミが好きだァァァ! キミが、欲しいィィィィィィ!!』

 

『今日のキミも可愛らしい。まるで天使のようだな!』

 

『キミと私は、運命の赤い糸で繋がっている。素敵なことではないか!』

 

『友人が『数百年に一度だけしか歌われない“愛の歌”がある』と言っていた。しかし、結局歌詞を教えてもらうことはできなかったよ。是非ともキミに贈りたかったのだが……』

 

『先程の言葉の意味を詳しく教えてほしいのだが。というより、もう一度言ってくれないか!?』

 

『少女よ! 私と一緒に、石破ラブラブ天驚拳を』

 

 

 目を閉じれば、グラハムの言葉が脳裏を駆ける。グラハムの表情が鮮明に浮かぶ。これはもう重傷だ。

 

 そんなグラハムだから、信じてみたいと思ったのかもしれない。彼が刹那を想うその心を。刹那が彼に惹かれているこの心を。たとえその末路が破滅しかなかったとしても、後悔なんかしない。そう思ったことは、間違いではないのだから。

 刹那は練り香水を肌に軽く塗り、ポケットの中に戻した。ちゃり、と、金属音が響く。胸元のシェルカメオが音の出どころである。先週のオフ会は刹那の誕生日であり、このシェルカメオはグラハムから貰った誕生日プレゼントであった。

 空へ飛翔しようとする大天使が描かれたそれは、繊細かつ美しい技巧が施されている。正直、刹那には勿体ない。しかしグラハムは、『これはキミにこそ相応しいものだ』と言って聞かなかった。刹那を見て天使を連想するあたり、あちらも重傷だ。

 

 見目麗しい天使のシェルカメオを手にする刹那は、世界に刃を向ける者。世界に疎まれる存在だ。天使の降臨のように、人々から感謝されることはないだろう。

 けれど、世界には、ソレスタルビーイングのような存在が必要だ。無益な争いを続ける世界を、自分たちが変えなければならない。

 

 もしかしたら、日本神話で『不浄を司る者に名乗りを上げた女神』も同じ気持ちだったのかもしれない。『必要な役割でありながら、誰もやろうとしなかった役割』を自ら引き受けたのだから。

 

 

「お、フェルトの匂いだ」

 

「何とも言えない臭いがするわ。ロックオンから」

 

「え? 俺、何もつけてないぞ?」

 

「そりゃあもうプンプン。練り香水どころかどぎつい香水でも消せない程の、犯罪の臭いが」

 

「ちょっと待て!」

 

 

 向かい側の廊下から話し声が聞こえてきた。途端に、どたどたと足音が響く。

 20代女性と25歳男性の追いかけっこだ。何て珍妙な光景だろう。

 その数泊後に、きょとんと首を傾げるフェルトとすれ違った。

 

 

「……なんだか、楽しそう」

 

 

 フェルトは不満げにロックオンの背中を見つめた。刹那はぶんぶん首を横に振り、否定する。

 

 

「フェルトと話しているときの方が、ロックオンは活き活きしているぞ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「…………ふふっ」

 

 

 フェルトは反対側の廊下へと消えていった。心なしか、彼女の足取りが軽やかだった気がする。不意に『フェルト、ロックオンスキ?』という機械音声が大音量で流れ、程なく『イタイ』を連呼するだけに変わった。今の声がロックオンに届くことはないだろう。

 ロックオンとフェルトの組み合わせにも変化が起きている――それに気づいたのは、グラハムからのアプローチに応えるようになってからだ。2人の組み合わせは自分たちとは正反対。誰がどう見ても兄妹のようにしか見えなかったのに、何やら距離が近い気がする。

 それでも“疑似的な兄妹”としての印象が強いのは、フェルト側が自分自身の感情に疎いのと、ロックオン側が意図的に“兄妹のような関係”になるよう立ち回っているためだろう。どちらも様々な要因で踏み出さない/踏み出せないから関係が進展しないのだ。

 

 そのくせ、ロックオンはフェルトのちょっとした変化――イデアやクリスティナから貰った髪留めを使った、簡単な化粧をした、練り香水を変えたなど――は絶対に見逃さない。

 フェルトの方も、ロックオンが『良い』、『合ってる』、『似合う』と言ったものをよく使うようになった。巷ではそれを『愛用』と呼ぶが、フェルトはその意識が無かった。

 

 “こちらもこちらで不思議な関係だ”――そこまで考えてしまった己に気づき、刹那はそっと額に手を当てて俯いた。

 

 

(イデアに毒されている……)

 

 

 イデアがソレスタルビーイングにやってきてから、自分たちは基本ニコイチで行動することが多かった。否、イデアが一方的に刹那を構い倒しに来たのだ。

 突き放してもグイグイ来る彼女を拒絶しきれずにいた結果が、ある意味でこの有様である。自分はガンダムマイスターであって、恋愛マイスターではなかったはずなのに。

 

 

「はぁ!? ま、待て! あいつには、ミレイナにはおしゃれなんてまだ早い! ここここ、香水なんて!」

 

 

 次に刹那の前を通り過ぎたのは、端末越しに妻と会話しているイアンだった。イデアが京都で買ってきたお土産――練り香水は、別の場所で仕事に励む家族の元にも送り届けられていたか。

 現時点での慌てようを見ていると、イアンの娘が彼氏を連れ帰ったらどうなるのだろうかと考えてしまう。彼の妻は喜ぶだろうが、あの親バカっぷりを見ていると大騒動になりそうだ。

 

 

『美羽ちゃんの成長速度を考えると、来年には結婚可能な年齢にまで肉体年齢引きあがってそうですよね』

 

『近いうちに、ウエディングドレスを着ることになるのかもしれないな』

 

 

『『あ、ああ、ああああ、あああああああ……ッ!』』

 

『どうした道夫くん!? “別の父親”さんまで!?』

 

『『ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!!』』

 

 

 イデアを介して《視た》虚憶(きょおく)の1つが脳裏によぎる。美羽の父親・道夫が、誰かの言葉を聞いて発狂したときのものだ。このとき“別の父親”も連鎖的に発狂していたが、そちらの顔と名前が全く思い出せない。2人して『ウエディングドレスはまだ早い』、『娘は嫁には出さない』と叫んで血涙を流していたのが印象的だった。

 道夫の妻・弓子と“別の父親”の伴侶が苦笑しながら2人を引きずって行き、2人の父親が戻って来たときには一応平静を保てる程度には落ち着いていたか。顔つきだけは非常に不服そうというか、該当者を見つけ次第、武力介入を行いそうな雰囲気があったけれど。道夫はファフナーで強襲しそうだったが、“別の父親”はスパナとレンチを持っていそうだった。

 

 

(父さんと母さんが生きていたら、何と言ったんだろう)

 

 

 在りもしない“もしも”を夢想する。刹那が自分自身の手で手折った未来の残骸は、薄ぼんやりとしか見えない。それはきっと、刹那とソランが抱く“願望”でしかないのだ。

 両親の時間は、故郷が戦乱に巻き込まれる直前直後で止まっている。2人の行動指針になりそうなものは、ソランが覚えている限りの記憶と、刹那が後から知った当時の世界情勢しかない。

 そんなもので両親を再構成し、エミュレートしようとすること自体が無謀なのだ。そして、そんな“もしも”を夢想して嘆いたとしても意味はない。刹那はひっそり自嘲する。

 

 だというのに、ソランも刹那も、“もしも”を思い描くのをやめられなかった。

 

 遠い過去、平穏だった頃のクルジス。破壊しつくされる前の国と、廃墟になる前の自宅に向かって歩く2人。友人は金髪碧眼の男と連れ立って歩く自分を見て、驚きの声を上げていた。その中には、自分と男の年齢差についての言及もあったか。

 男は周囲から飛び交う言葉や偏見の眼差しなど意にも介さず、普段通り、威風堂々とした佇まいで自分をエスコートする。奴は軍人として社交界に出ることもあるわけだから、こういうのもそつなくこなせるのだろう。家の扉を開ければ、笑顔で自分を迎える両親の姿。

 

 

『父さん、母さん! あのね、好きな人ができたんだ!』

 

 

 両親に男を紹介したその瞬間、端末の音が鳴り響いた。刹那の意識は現実へと帰還する。

 音の出どころはソレスタルビーイングで使っている端末(もの)ではなく、ダミーの方だ。

 

 案の定、メールの主はグラハム・エーカー。むしろこの端末は、彼との連絡用として使うためのものだと言っても過言ではない。最近は多忙で返信が遅れていたし、グラハムも忙しいようで、メールの頻度は以前より少なくなっていた。

 

 メールの内容は、『友人が料理を作った。美味しかった(要約)』というものだった。2種類のチーズとバジルを挟んで揚げた鶏肉の写真が添付されている。クーゴ・ハガネが彼に贈った誕生日プレゼント――青黒檀の箸が映りこんでいた。

 写真越しからでもわかる。これは本当に美味しそうだ。そういえば数日前、クーゴ・ハガネからメールを貰ったイデアが突然、『トレミーのクルーで料理番付やろうよ』と言いだしてちょっとした惨事になったか。ちなみに、優勝者はロックオンだった。

 刹那は端末を操作し、グラハムのメールに返信する。『友人たちと料理番付をしたことを思い出した。自分も料理を作ったが、優勝者には遠く及ばない』と文面を打ち、自分が作った料理の写真を添付した。故郷、クルジスの料理である。

 

 

(こういう機会がなければ、二度と作らないままだったかもしれない)

 

 

 ひよこ豆のコロッケ・ファラフェル、中東のサンドイッチと呼ばれるシシタフ、中東の菓子・クナーファ。まだ刹那がソランだった頃、母と一緒に作った料理だ。

 刹那はメールを送信した。端末にぶら下げられた銀のハートが揺れる。端末をポケットに入れて廊下を歩き、自分の部屋への扉を開けた。

 

 そのタイミングで端末が鳴る。開けば、やはりグラハムからのメッセージ。

 

 

『これはキミの手料理なのか? 美味しそうだな。是非ともご馳走になりたいよ』

 

 

 刹那はふっと笑みを浮かべ、返信する。

 その機会があればいい、と願いながら。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 恐れていた日が来た。

 

 グラハムからのメッセージを見た刹那は、強くそう感じた。

 端末を握り締める手が震えたのは、きっと気のせいではない。

 

 

『あの機体を見たとき、無性にキミに会いたくなった。どうしてだろうな』

 

 

 AEUの軍事演習場に、グラハム・エーカーやクーゴ・ハガネは居合わせていた。そして、刹那とエクシアの初陣を間近に見ていたのだ。イデアの奇行も、おそらくそれが原因だろう。ティエリアから『ヴェーダの予測から離れて勝手なことをした』とぶちぶち文句を言われていたのと関係がありそうだ。

 刹那は大きくため息をついた。イデアは相変わらず、ガンダムマイスター内で浮世離れした雰囲気を漂わせている。「夜鷹からメールが来た」と現在進行形ではしゃいでいる真っ最中だ。ロックオンは額に手を当てて重々しく息を吐いている。そのとき、刹那の端末が着信を告げた。

 開く。見る。凍り付く。そして、刹那は悲鳴を上げて端末を放り投げた。宙を舞ったそれは、ロックオンの足元へ落ちた。何事だと問いながら、ロックオンが端末を拾う。次の瞬間、彼も刹那と同じ行動を取っていた。また空を舞う刹那の端末。それは、王留美の足元に落ちた。

 

 王留美と紅龍も悲鳴を上げ、端末を投げる。空を舞う端末は、しばらくロックオンや留美、および紅龍の頭上を何度も飛び交っていた。押し付け合いとも言えよう。

 その端末は、最後にイデアの手の中に落ちた。イデアはじっと端末を見ていたが、周囲に花が舞っているかのような明るい笑みを浮かべて刹那を見た。

 

 

「ねえ、この写真もらっていい? 待ち受けにする!」

 

「それはやめろ!」「やめなさい!」「おやめください!」

 

「というか、そんな恐怖画像、まじまじと見せるんじゃない!」

 

 

 端末に表示された画像を一言で表すとするなら、ゾンビという表記が相応しい。虚ろな目をした黒髪黒目の東洋人が、じっとこちらを見返している。これはどこのホラーだ。

 

 その恐怖画像を欲しがるとは、恋は盲目である。このゾンビの名前はクーゴ・ハガネ。徹夜明けとアルコール摂取後は危険だというヴェーダのデータが、こんな形で出てくるだなんて誰が予想できるか。イデアはきゃあきゃあ言いながら端末の画像を眺めている。

 グラハムのメッセージも『友人に無理をさせた代償として、恐怖体験をした。ユニオン夏の風物詩だが、正直怖い』とあった。最近はメッセージを送り合う頻度が減っていたから、話題の共有に躍起になっていた節があった。けれど、流石にこれはないだろう。

 

 刹那はイデアから端末を回収し、画像を彼女の端末に送った後、即座に恐怖画像を消去した。

 

 端末を開いた刹那は、『メッセージに返信できなくてすまない。本当に悪かったと思っている。嫌がらせのつもりでないことも分かっているが、流石にアレはやめてほしい』という旨のメッセージを送った。

 ついでに、『エトワールがたいそう喜んでいた。待ち受けにするらしい。彼女はどんな画像でも喜ぶだろうが、次に夜鷹の画像を送るときは恐怖画像じゃないものにしてくれ』と付け加えておく。これで大丈夫だろう。……多分。

 

 

「で、だ。アンタたちが来たってことは、次のミッションだな?」

 

 

 なんとか落ち着いたロックオンは、留美に問いかける。彼女は頷いた。

 詳しい話は、プトレマイオスからの通信で話すらしい。

 

 

「本格的な介入が始まるのね」

 

 

 イデアはのんびりとした表情で言った。本当に、彼女は戦場に立てるのだろうか。

 そう考えて、刹那は首を振る。戦場で、イナクトたちを吹き飛ばしたイデアは容赦しなかった。

 朗らかに笑いながら、そのくせ、どこまでも冷たい眼差しで敵を屠っていく。

 

 刹那もよくアンバランスだと言われるが、イデアも刹那以上にアンバランスである。

 

 

「そうだな」

 

 

 先陣を切るロックオンとイデアに続き、刹那も歩き出す。

 次の戦場は、どこになるだろうか。その詳細は、プトレマイオスの通信で明らかになるだろう。

 

 世界を変える者としての戦いは、まだ始まったばかり。

 

 

 




【参考および参照】
『COOKPAD』より『ファラフェル(中東のひよこ豆コロッケ)/(IbnOsamさま)』、『中東のサンドイッチ-「シシタフ」/(リックさま)』、『中東スイーツ♪ クナーファ(クナフェ)/MsPostmanさま』

【推奨BGM】
全体:<君.が.光.に.変.え.て.行.く>(『K.a.l.a.f.i.a』)
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