問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

19 / 73
【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


13.ジェネレーション・ブレイク

 

 ユニオンのMSWAD本部についたとき、空は曇天に覆われていた。地上の光が眩く見える。

 

 クーゴ、グラハム、ビリーの3人は廊下を突き進み、上司の部屋で立ち止まった。ノックをして部屋に入り、上司に何があったかを報告する。

 上司は自分たちの話を聞いていた。その傍ら、さらさらと書類に何かを書きこんでいく。

 

 

「AEU新兵器の視察のはずが、とんでもないことになってしまったな」

 

 

 そう言って、上司はふとクーゴに視線を向けた。

 何か、クーゴの調子を伺うかのような眼差しである。

 クーゴには何も覚えがない。思わず首を傾げた。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「いいや。……あのとき、キミは徹夜明けだったから、心配でな」

 

「大丈夫です。あの後、休む時間は確保できました」

 

「そうか。……それは、本当に良かった」

 

 

 クーゴの返答を聞いた上司は、あからさまにホッとした。心の底から安堵した顔をしている。何か恐怖体験をしたかのように、彼は天井へと視線を向けた。

 出発前に自分たちは上司と話したが、徹夜明けの影響か、内容をよく覚えていない。ただ、遠くから悲鳴みたいな声が響いていたような気がしたが、何だったのだろう。

 

 やたらとゾンビゾンビ言ってた気がする。すれ違う人間が怯えていたような気もする。中には逃げ惑った挙句、階段から転がり落ちていった奴がいたような、いなかったような。ふと見れば、上司のこめかみにガーゼが張られていた。

 

 

「どうしたんですか? その怪我」

 

「ああ、大したことはないんだ。階段から転げ落ちてしまってな。軽傷だから気にしなくていい」

 

 

 クーゴの問いかけに対し、上司は曖昧に笑って答えた。この上司がアルカイックスマイルを浮かべるときは“この話題をこれ以上追求しないでほしい”という意思表示――もとい、癖である。嫌な汗が滲んでいるあたり、相当この話題を掘り返してほしくないようだ。クーゴは追及をやめて沈黙する。

 思い返すと、AEUの軍事演習場でガンダムが来襲した直後のことは鮮明に覚えているが、来襲以前のことはよく覚えていない。空が青かったことや、グラハムとビリーが何かを話し込んでいたことや、技術者が浪漫あふれる存在であることや、炭酸飲料が飲みたかったことくらいだ。

 帰りは狭い空間でがたがた揺られていた気がする。遠くから、悲鳴を上げる男2人の声がひっきりなしに響いていた。聞き覚えのある声だったが、誰の声だろう。思い出せそうな気がしたのだが、霞がかかってしまったように記憶はぼやけていた。

 

 上司の言葉に何かを連想したビリーとグラハムが視線を逸らす。前者は天を仰ぎ、後者は俯いて額に手を当てていた。こめかみに青筋と冷や汗が浮かんだように見えたのは気のせいだろうか?

 

 

「あのような機体が存在するとは、想像もしていませんでした」

 

 

 閑話休題と言わんばかりに、グラハムが上司の言葉を引き継いだ。

 

 ガンダムという機体のスペックの高さを考えると、奴と対峙して自分たちが帰還できたことは奇跡だと言えよう。

 現在、ユニオン――および世界各国の軍の技術では、あのスペックを再現する方法は皆無に等しい。

 

 

「研究する価値があると思いますが」

 

「上もそう思っているようだ」

 

 

 ビリーの言葉に、上司はファイルを取り出した。クーゴたちは手を伸ばしてファイルを開く。

 

 

「ガンダムを目撃したキミたち3人に、転属命令が出た」

 

「対、ガンダム、調査隊……ですか?」

 

 

 ファイルにかかれた言葉を、グラハムがたどたどしく読み上げる。やっぱり、と、クーゴは思った。

 

 どこの国も、あの機体のことを調べようと躍起になっている。敵として恐ろしいということは、こちらにその技術が手に入れば優位に立つことは明らかだ。3国のどこかがあの技術を手にしたら、世界のパワーバランスはひっくり返るだろう。

 この“ガンダム調査隊”、ガンダムの出現によって新設された部隊のようだ。正式名称はまだ決まっていないが、決まり次第、司令部が報告してくれるだろう。その人事で異動になった人間たちの名前を確認する。クーゴ、グラハム、ビリーの名前があった。

 

 しかし、それだけではない。自分たち以外に挙がった名前には、見覚えがあった。

 

 

「レイフ・エイフマン教授……技術主任を担当するんですか?」

 

「技術界の重鎮を持ちだしてくるとは……」

 

 

 クーゴとビリーが息をのむ。

 

 

「上はそれだけ、事態を重く見ているということだ。早急に対応しろ」

 

「はっ」

 

 

 上司の言葉を受けて、3人はファイルを閉じて敬礼した。

 ぴりぴりとした空気に、自然と背筋が伸びる。

 

 

「クーゴ・ハガネ中尉、グラハム・エーカー中尉、ビリー・カタギリ技術顧問」

 

「対ガンダム調査隊への転属、受領いたしました」

 

 

 クーゴの言葉を引き継ぐような形で、グラハムが宣言した。自分たちの宣言を聞いた上司は厳かに頷く。

 それから少し軽い話し合いを終えたのち、自分たちは部屋を後にした。全員、足取りが意気揚々としているように思う。

 廊下を歩きながら、クーゴたちは雑談を始める。火蓋を切ったのはビリーだった。

 

 

「驚いたな。キミはこうなると予見していたのかい?」

 

「私もそこまで万能ではないよ」

 

 

 ビリーの言葉に、グラハムは首を振った。

 そこで何を思ったのか、グラハムはクーゴに視線を向ける。

 

 

「クーゴ、キミの場合はどうだ?」

 

「まさか。俺だって、こんなことになるだなんて予想できるか」

 

「でも、因縁めいたものを感じてはいるんだろう?」

 

「……あー」

 

 

 グラハムがゆるりと目を細めた。否定する要素はないが、肯定するには些か自信がない。クーゴは困ったように苦い笑みを浮かべて、答えを濁した。日本人独特のアルカイックスマイルをどう受け取ったかは知らないが、グラハムはプラス的な意味だと取ったようだ。満足げに頷く。

 運命かと問われれば、正直疑問だ。クーゴは意図してガンダムと出会ったつもりはないし、関わることを選んだのは自分自身の判断だと思っている。誰かに言われたのではなく、クーゴ自らが選択したことなのだ。その結末はまだわからない。ただ、選んだことを誰かの責任にするつもりはなかった。

 クーゴはちらりとグラハムの横顔を伺い見る。自信と強さに満ち溢れた不敵な笑み。いつもと変わらない表情の1つだ。そして、クーゴが見慣れた日常光景の1つでもある。これからも続いていく、いつもの光景。しかし、どうしてだろう。何故か、険しい顔をして歩く金髪の男がダブって見えるのだ。

 

 どこかで見たような仮面では隠しきれない程大きな傷。火傷の跡だろうか。孤高で誇り高い佇まいは、まるで武士のようだ。

 いや、違う。彼は武士ではない。彼の剣は、彼の望む場所へ到達することは不可能である。私怨で振るわれているためだ。

 

 言い表せない苛立ちを、悲しみを、怒りを、そして――歪みを。ただひとつ/ひとりに対して、強く激しく向けている。

 

 

『そうしたのはキミだ! ガンダムという存在だ!』

 

 

 私怨に満ちた空の戦士が叫ぶ。

 

 

『一方的と笑うか? だが、最初に武力介入を行ったのはガンダムだということを忘れるな!!』

 

 

 激情を宿した“武士道”が吼える。

 

 そうじゃないだろう。確かに最初に介入したのはガンダムだったかもしれない。でも、選んだのは他ならぬ“彼”じゃないか。“彼女”らの元へと飛び込んだのは、“彼”じゃないか。“彼”はそれを忘れてしまったのだ。

 失ったものは沢山あった。しかし、手にしたものがあっただろう。それを、“彼”は大切にしていたではないか。愛していたではないか。見ているこちらが辟易してしまうくらい愛して、見ているこちらが微笑ましいと思うくらい愛されていたではないか。

 どうしてだ、と問う。それに気づいた“彼”がこちらを向いた。どこか困ったように苦笑しながら、ぽつりと呟く。『これが最善だと思ったのだよ』――どこをどう見ても最善ではないのだが、今にも泣き出してしまいそうな顔をされると、どうすればいいのかわからなくなる。

 

 迷って、迷って、それでも“彼”は“彼”でありたかったんだろう。でも、歪んでいることも自覚していた。

 歪みの原因をガンダムに求め、ガンダムを責め/憎み続けなければ、自分を保っていられなかったなんて。

 

 その奥底にある想いは、何も変わっていないのに。どうしてそれを、見ようとしないのだろう。

 

 

<――誰かに選ばされるのは、運命とは言わないんだよ>

 

 

 不意に、《聲》が《聴こえた》。か細い少女のものだった。

 覚えがある(覚えのない)――覚えのない(覚えがある)、誰かの。

 

 

<沢山悩んで、沢山葛藤して、沢山の犠牲を出して選んだ運命が“正しくない”ことだってある>

 

 

 ――りぃん、と、音がした。入れ替わるように響いたのは、虚憶(きょおく)の中で聞いた男の声。

 

 

『認めない……! 認めるわけにはいかない! ――城崎天児の意志を真に次ぐ者は、この私だァァッ!!』

 

 

『ふ、ふざけるな……。ふざけるなよ、城崎天児ゥゥゥ!』

 

『冗談じゃない! 私がどれだけ永い時間をかけて選択したコトだと思っている! それを、昨日今日ファクターになった子どもに……!』

 

 

 加藤久嵩――虚憶(きょおく)の中で何度か戦った相手。人類を滅びの未来から救おうと奮闘した結果、人類に対してテロ行為を行うことで死を想像させ、自滅スイッチの作動から人類を守ろうとしていた男だ。

 しかし、彼のやり方は否定された。彼の師である城崎天児と、城崎天児が見出した特異点たる早瀬浩一によって。彼が積み上げてきた屍と努力では『世界は救えない』と断じられた。だから、あのときの加藤は泣き叫ぶ子どものように暴れたのであろう。

 自分を支えていた信条のすべてが瓦解したことで混乱していた部分もあったのかもしれない。浩一の言葉を受け入れるには、彼の精神は万全ではなかった。浩一の言葉だったからこそ、事実を受け止める余裕が無かったのだ。

 

 そこへ躍り出た白と青の“天使”が、対話のために動き出す。

 美しい翡翠色の光が全てを覆いつくしたとき、加藤は師の遺志と対話を果たした。

 

 

『忘れるな、加藤クン』

 

『人は……何度だって、自らの運命を選ぶコトができる』

 

 

 師が遺した言葉の1つが、彼の行動を変えた。

 

 

『加藤機関、全隊員に次ぐ! これより我々は、全力でアルティメット・クロスを援護する!』

 

 

 加藤は再び運命を選び、今度こそ、師の志を継ぐために――人類を救うために立ち上がった。嘗ての彼が願いながらも諦めた道を、嘗ての信じられる相棒・石神邦生と同じ方向を向いて、新しく踏み出すことができたのだ。

 

 

<運命を選ぶために、自分の本心を押し殺してしまって、それを見失ってしまうこともある>

 

 

 ――りぃん、と、音がした。入れ替わるように《視えた》のは、ノイズ塗れの見知らぬ虚憶(きょおく)

 

 キラキラ輝く翡翠色の光と、それに呼応するかのように咲き誇った色とりどりの花々。

 神々しい光と共に降臨した“天使”が、再会を喜んでいた“能天使”に襲い掛かる。

 それを迎え撃つ羽目になった“能天使”のパイロットは、今にも泣きだしそうな声で訴えた。

 

 

『――何故だ!』

 

『心置きなく旅立ったキミが! 『いつ戻れるか分からない』とまで言ったキミが!』

 

『私は、もうキミと戦うことなど望んでいない!!』

 

 

 無機質な返答を繰り返す“天使”のパイロットに対して食い下がり、根気強く訴え続けていたときだった。

 攻撃の手を緩めない“天使”の態度とは対照的に、パイロットが笑ったのだ。どこまでも穏やかで、柔らかな微笑をたたえて――

 

 

『今は、共に行こう。■■■■・■■■■』

 

『な、なんと……!?』

 

 

 それを聞いた男は、酷く狼狽した。

 それが、男の願いを気づかせた。

 それが、今回の事態を引き起こした原因だった。

 

 それに気づいた男は笑う。暫し狂ったように笑った後、どこか照れ臭そうに――自分の愚かさを笑い飛ばすような調子で語った。

 

 

『この少女は、私の願望が生み出してしまったものだ』

 

『少女は――“革新者”は私に後を託した! 『一緒に来い』などと言うハズがないッ!!』

 

 

 そう言い切った男は、先程までの狼狽っぷりが嘘のように“天使”へ挑みかかる。動きも行動からも迷いや躊躇いはなくなっていた。“革新者”が本人ではないと分かったからこそ、彼は持ち直すことができたのだろう。戦いながら彼女と会話する余裕さえ戻ってきたようだ。

 けれど、長らく男の副官をしていた“幸運の青い鳥”は知っていたし、今この瞬間にも《識って》しまった。男が自分の運命を選択したその瞬間(とき)――或いは、『彼女が『一緒に来い』と言うはずがない』と断言したその瞬間(とき)――に、『本当に選びたかった道を諦めて、押し殺してしまったのだ』と。

 

 誰が悪いわけではない。誰もが最良の選択をした結果の産物だ。その末路だ。

 『信じて託す』と言った彼女と、彼女の想いを受け止めて尊重することを選んだ彼。

 2人の選択に嘘は無かった。だから男は“能天使”を受け継いで、彼女の後釜として戦っている。

 

 

『おい』

 

『?』

 

『“革新者”が帰ってきたら、ちゃんと言えよ。本当のこと』

 

『――――』

 

 

 不機嫌な顔をした副官の言葉に、男はどんな表情で、何と答えたのだろうか。

 その答えを知るには、この虚憶(きょおく)はあまりにも不鮮明だった。

 

 程なくして、その虚憶(きょおく)に関する情報(もの)が溶けて消えていく。

 クーゴの中に残ったのは、選び続けた果てに願いを見失ってしまった“誰か”への強い憤り。

 願いを取り戻しても尚、それを押し殺して戦い続けることを選び、戦場に立った“誰か”への憂い。

 

 或いは――相方が儚い笑みを浮かべなくなったことに安堵し、その変化を見過ごしていた副官自身に対する怒りだったのかもしれない。

 

 

<忘れないで。運命を選ぶということの意味を。運命をつかみ取ろうとする意志を、なくしてしまわないで>

 

 

 《聲》が《聴こえた》。か細い少女のものだった。

 覚えがある(覚えのない)――覚えのない(覚えがある)、誰かの。

 

 それに応えるように、クーゴは口を開く。

 

 

『そうじゃない』

「そうじゃない」

 

 

 虚憶(きょおく)の中で、“武士道”の言葉に対して異を唱えた男性と同じように。

 

 

『そうじゃないだろう』

「そうじゃないだろう」

 

「……クーゴ?」

 

 

 グラハムの声がした。彼の方を見る。いつもと変わらない、グラハム・エーカー中尉が首を傾げている。

 

 

「因縁とか、運命とか、宿命とか。……他者依存のものじゃないだろう、そういうのは」

 

 

 クーゴは噛みしめるように言葉を紡ぐ。

 

 

「俺たちが、俺たち自身の意志で、そうすることを選んだんじゃないか。――運命は、自分で選ぶものだろ?」

 

 

 確認するようにグラハムを見返せば、奴は面食らったように瞬きした。

 翠緑の瞳は大きく見開かれる。そこに映り込んだクーゴの表情は、やけに切迫していた。

 

 自分たちは人間だ。他者や己自身を責めたいと感じたり、責めてしまったりすることもある。でも、忘れてはいけない。その選択で失ったものを。それ以上に、その選択で得たものを。その選択をした人間が、他ならぬ自分であったことを。

 選択した先に、何もなかったわけではないだろう。辛く悲しいことだけが、いがみ憎むことだけが、選択した道の全てだったわけではないだろう。クーゴは無意識に、エトワールから貰った懐中時計を握り締めていた。

 彼女がどんな意図でクーゴのコンタクトに乗ってきたのかはわからない。でも、この先何があったって、一緒に過ごした日々が無に帰すわけではない。空の色が褪せないのと同じように、鮮明に残り続ける。

 

 つい数時間前、グラハムとビリーが『クーゴが何になっても親友だ』と言いきったのと同じなのだ。

 

 クーゴはじっと親友たちを見つめた。自分の考えが伝わったかどうかはわからない。

 けれど、グラハムとビリーは力強く笑い、頷いてくれた。ただ、それだけで充分だった。

 

 

「そうだな。己の意志で選び取り、つかみ取ったものだ」

 

 

 自分たちは前を向く。長い道の向う側に、何があるかはわからない。けれど、突き進む。

 隣を見れば、大切な仲間がいる。だから怖くなんかない。

 

 混迷する世界でも、道標を失わず、飛んでいける。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ソフトドリンクかい? ここのオススメはオリジナルカクテルだよ」

 

「わたくしは未成年でしてよ?」

 

「ああ、これは失礼」

 

 

 アレハンドロ・コーナーと王留美が同じテーブルに座り、談笑を始める。それを横目に見ながら、テオはシャーリー・テンプルを煽った。

 

 シャーリー・テンプルはノンアルコールカクテルの代名詞として知られる1種で、女性から人気が高い。華やかな見た目と爽やかな味わいが特徴だ。バーでこのカクテルを注文する女性は『飲みすぎて醜態をさらしてしまわないように気を付ける』堅実な女性として見られるという。

 世の中には“女性にアルコール度の高い酒を飲ませて酩酊状態にした後、拉致同然に連れ帰り、狼藉を働く”なんて不届き者が存在している。そういうヤツから身を守る手段として、ノンアルコールカクテル以外飲まないという手もあった。

 

 ……最も、カクテルに精通する人間の場合、そんな女性側の考えを看破して、別の絡め手を使ってくるかもしれないが。

 

 

<ノンアルコールだとは分かっているけど、いつ見ても心配になる飲みっぷりだね。……大丈夫?>

 

<アレハンドロを視界に入れなければ、なんとか>

 

 

 脳量子波および“能力”を駆使して、テオはリボンズと会話をしていた。傍から見れば、2人は無言のままカクテルを呷っているようにしか見えないだろう。

 無言のままチャイナブルーを飲む中世的な青年と、彼の隣でシャーリー・テンプルを飲み進めるアイドル(変装済み)。客観的に考えると、些か珍妙な構図である。

 

 

<気遣いが足りない男ですね。未成年でもノンアルコールカクテルは飲めるんだから、そこから選んで出してやればいいのに。そういうところが小物なんですよ>

 

<奴にとっての王留美は“そこまでしてやろうと思う関係じゃない”んだろう。良くて利用の価値がある存在、悪くて後で消すべき相手なんだよ>

 

<フォーリン・エンジェル大好き野郎め。あいつ、カクテル言葉知ってるんですかね?>

 

 

 アレハンドロのテーブルに出てきた“いつもの”カクテル――フォーリン・エンジェルを横目にしつつ、テオは小さく鼻で笑った。リボンズは肩をすくめる。

 

 

<知っていようといまいと、奴はずっと飲み続けるんじゃないかなぁ>

 

<あー、成程。カクテルの名前自体が“コーナー家の悲願”みたいなところありますしね>

 

<『天使たちを()として、その後に君臨しよう』って魂胆を持ち続けてきた一族だ。『代替わりしてもその野望だけは受け継がれてきた』とか、本当に筋金入りだよ>

 

 

 “能力”を通じて流れ込んできたリボンズの感情は複雑そうだ。嘗て彼は、ソレスタルビーイングの黎明期に所属していた獅子身中の虫が零した悍ましい計画――『イノベイドを使い潰す』ことと『イオリア計画の乗っ取り』を耳にしている。関係者は“異端審問官”によって手を打たれたが、そいつらの一族は今でも存命だ。

 人は誰かに思いを託す生き物だ。理想、正義、慈愛のような前向きな感情だけではなく、野望や憎悪のような負の感情が受け継がれることもある。その具体例が、アレハンドロ・コーナーとその一族の中に受け継がれ続けてきた悲願だった。

 善意と祈りによる行動が、常に良い結果をもたらすとは言い難い。イオリア計画だって大本は善意や祈りから生まれたものだし、最終目標地点は“希望溢れる未来”だけれど、過程で出される犠牲や痛みに関しては『止むをえまい』としている。綺麗な理想だけでどうにかなる問題ではないからだ。

 

 勿論、犠牲や痛みを抑えるためにできる限りのことをしようとする者もいる。微力ながら、テオやリボンズだってその1人だった。

 

 それ故、先人たちの善意と祈り、彼らに共感し支えることを選んだ者たちの理想や正義――それらを汚す獅子身中の虫を許せるような(タチ)ではない。

 特に、リボンズは黙っていられないだろう。何せ、奴に計画を乗っ取られることは、彼と出自を同じにする面々の未来がお先真っ暗であることに繋がりかねないので。

 

 

<嘗ての“異端審問官”が手を打ったとしても、万全ではありません。ですが、彼が手を打ってくれたおかげで、奴らの計画の不意を衝くことはできます>

 

<……まあ、黎明期に集った面々の中枢を知っている身としては、僕でも知らないような一手を仕込んでいる可能性は充分ありそうだからね。何やってもおかしくない感はあるよ>

 

 

 ソレスタルビーイングの黎明期・第1世代組を思い出したのか、リボンズは懐かしそうに苦笑していた。懐かしさ以外にも、ほんのちょっとの恐怖感も流れ込んでくる。

 彼や彼女らのことを多少なりとも《識って》いたテオも、リボンズの気持ちは手に取るように分かった。嘗ての“異端審問官”含んだ()()()()ならば、本当に何をしていてもおかしくなかったからだ。

 

 

「間もなく、サードミッションが開始されます。ご覧になるなら、モニターを3つ用意することをお勧めしますわ」

 

「ほぉう、それは楽しみだ。刮目させてもらうよ」

 

 

 留美からの話を聞いたアレハンドロは楽しそうに笑って足を組んだが、その顔はどことなく苛立たしさを滲ませている。

 

 

<あいつ、刹那のこと嫌いみたいなんだよね>

 

 

 それは、奴の横顔を覗き見ていたリボンズにも言えることだった。彼の経歴を知っているテオは、不機嫌の理由を察して苦笑する。

 

 現在のアレハンドロ・コーナーの立ち位置は国連大使。しかし、彼は嘗て、ユニオン軍に所属してリアルドのパイロットを務めていた経験があった。評判は『特に可もなく不可もなく』で、ガンダムマイスターの適性試験を突破できない存在だとみなされている。

 そんなアレハンドロにとって、“元テロリストの少年兵でしかなかった10代の少女――刹那・F・セイエイがガンダムマイスターとして推挙・採用された”という事実は、衝撃的で受け入れ難いものであったろう。武力介入の映像を見る、或いは見返す度に舌打ちをしていた。

 

 

<自分が採用されると思い込んでる時点でアレですけど。カエルの子はカエルと言いますが、それを一族単位で体現してる輩を誰が中枢に採用するかっての>

 

<違いない。……なんかイライラしてきたから、あいつにシャンディ・ガフでも頼んでやろうかな>

 

<フォーリン・エンジェルにしときましょう。何か言われても、『貴方が“いつもの”で頼んでるじゃないですか』でゴリ押せばバレませんよ>

 

 

 2人で邪な嫌がらせを考える。結末は既に決めている――或いは決まっているとはいえ、そこまで辿り着く過程でしんどいと感じることはあるのだ。ちょっとくらい、いいだろう。

 せっかくなのでバーテンダーを呼び止め、アレハンドロにフォーリン・エンジェルを注文しておく。コーナー家の悲願の権化であるが、カクテルに込められた本来の言葉は――。

 

 ふと見ると、留美の従者・紅龍がじっと彼女とアレハンドロを見つめているところだった。誰も知らないが、この男、王家の長男坊である。つまり留美の兄だ。一般的に考えると、普段は長子――特に長兄が跡取りとして選ばれるのが普通である。しかし、紅龍は無能の烙印を押されてしまい、跡取りから追われてしまった。

 その代わりに白羽の矢が立ったのは、妹の留美だった。本来だったらお嬢様として、でも、どこにでもいる普通の少女としての幸せを謳歌するはずだった彼女は、跡取りとしての厳しい教育を受けた。普通の幸せなど望めず、すべてが先代当主の意のままになるよう教育されたらしい。だから、彼女は恨む。世界のすべてを。

 だから、留美は変えようとする。自分の幸せを踏みにじりながらも、平穏に進むこの世界を憎んでいるから。大きな本流によって歪められ、打ち砕かれてしまった青春時代を取り戻そう/作り出そうとするかのように、留美は世界の変革を望む。そのために力を使う。そして紅龍は、そんな妹の傍に居続けるのだ。彼女の未来を歪めた贖罪のために。

 

 

「覗きかい?」

 

「え」

 

 

 リボンズが紅龍に話しかける。いつものようなアルカイックスマイルだ。突然話題を振られた紅龍は、驚いたように目を瞬かせていた。 

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 誰が殺した? 駒鳥を。

 

 イデアの脳裏に浮かんだのは、有名な童謡であった。

 現状を言い表すとしたら、『誰が殺した? 護り手を』になる。

 

 

「あ……!」

「あぁ……!」

 

 

 愕然とした声が、通信機越しから響いた。刹那とグラハムのものが、掠れた二重奏を奏でる。華を添えるかのように、紫電の爆ぜる音が断続的に聞こえてきた。

 刹那のエクシアとグラハムのフラッグの間に割って入ったのは、クーゴのフラッグだった。右肩はエクシアのブレードが、左肩はフラッグのビームサーベルが貫通している。

 この場にいた誰もが、状況を理解できずにいる。援護に来た“神聖なる実行者”たちしてみれば、刹那とグラハムの戦いに、クーゴが特攻に等しい割り込みをしてきたようにしか見えないだろう。

 

 イデアは思わず顔の前で手を組んだ。ヘルメット着用でなければ、両手で口元を覆っていたところだ。

 雑音交じりの回線からうめき声が響いた。動力源からは黒煙が上がる。

 

 

「……ったく。ようやく止まったか」

 

 

 弱々しい声がした。普段のやり取りを繰り広げる刹那とグラハムを見て、苦笑いしているときと同じ顔をしている。平時との違いを挙げるとするなら、パイロットスーツやヘルメットの損傷が激しく、クーゴ自身も吐血していることだろうか。

 

 

「何故、キミが……」

 

「知らない」

 

 

 グラハムの言葉を切って捨てるクーゴだが、その表情は優しい。

 

 

「どうして俺が……こんな、面倒なことを」

 

 

 紡がれる言葉は疑問の意味である。けれど、クーゴは既に理由を自覚しているようだった。それでも、どうしても言葉にせずにはいられなかったらしい。

 彼は被害者筆頭でありながら、この2人の行く末を放っておけなかった。イデアと同じ、所謂お人よしの部類に入る。

 

 

「……しょうがない、よな。ずっと、近くで、……見てきた、から」

 

 

 クーゴの心に触れる。彼が巻き込まれた出来事――刹那とグラハムが繰り広げたやり取り――が、浮かんでは消えてを繰り返していた。どうやら、グラハムはクーゴだけではなく、他の人々にも相当の迷惑をかけていたらしい。

 AEUのカティ・マネキンとパトリック・マネキン、人革のセルゲイ・スミルノフやソーマ・ピーリス、シュナイゼル・エル・ブリタニア等々。クーゴの回想を辿るだけでも、軍人から政府要人の重鎮クラスまで、幅広い方々に余波を喰らわせていた。

 その都度尻拭い的な方向に駆け回っていたのはクーゴである。何度も頭を下げながら、それでも生温かい眼差しで友人を見守るその姿を、誰もが苦い笑みを浮かべつつ見守っていた。敵味方問わず、みんなが。

 

 

「――ああ、そっか」

 

 

 何か合点がいったように、クーゴは笑った。

 

 どうして彼は、ずっとグラハム・エーカーの傍に居続けたのか。どうして今、その身を投げ出してまで彼を止めたのか。

 答えは――ノイズ塗れの虚憶(きょおく)。晴れ渡った空と、彼へ手を差し伸べる男。金髪碧眼、快活な笑み。

 

 

『キミが空を目指すなら、我々は必ず相見えるだろう。……空で待っているぞ、我が友よ!』

 

 

 ――笑っていたのは、グラハム・エーカーその人だった。

 

 クーゴ・ハガネをこんな場所まで連れてきたのは、こんな場所まで飛び続けられる理由は、ずっとすぐ傍にあった。彼の心を救い上げ、生かし続けてきた玉鋼(しん)になったモノ。鍛え抜かれた“ハガネ”が折れなかった、1番大事な理由だった。

 クーゴはゆっくりと、ノイズだらけの通信画面へと手を伸ばす。砂嵐と歪んだ友人の顔が点滅するそこへ向かって――まるでグラハム本人が目の前にいるかのように。いや、実際、クーゴの心はグラハムの心と対面している状況にあった。本人は無自覚であるが、確かに能力を発動させている。

 

 クーゴはグラハムの肩を叩いた。グラハムが困惑したような眼差しを向ける。クーゴはそれを見返して、気さくに笑いかけていた。

 

 

「大切、だったんだろ? ……『自分のすべてを、賭けていい』……そう、思えるくらいに」

 

「――っ」

 

「……ははっ。お前も、そんな顔するんだ」

 

 

 グラハムはひゅっと息をのんだ。自分の心を言い当てられて、反応に困っているようにも見える。

 クーゴにとって彼の反応はとても珍しいものだったようだ。楽しそうに笑った。

 

 しかし、すぐにそれは苦笑いへと変わる。彼を諭すように、クーゴは言葉を続けていた。

 

 イデアはそれを見守ることしかできなかった。クーゴ自身は自覚していないだろうが、彼の発現した力によって、他者が介入できない状態が作り出されてしまっている。

 ニュータイプの能力を持つ人々は、クーゴが何か力を使っていることに気づいている様子だった。しかし、それはニュータイプの持つ能力と方向性は違う。

 古の“同胞”が有していた力そのものだ。イデアやイデアの“同胞”たちが選んだ進化と同じであるが、どちらかというと、原初の“同胞”が有していたものに近い。

 

 クーゴはグラハムをまっすぐ見つめ、言葉を続ける。

 

 

「今だって。大切で、愛しくて、でも辛くて、悲しくて……苦しくて。どうしたらいいのか、わからないんだろ?」

 

「それは……」

 

「その根底にあるものは、何だ?」

 

 

 空の護り手の問いに、空の貴公子は言葉を詰まらせる。グラハムは先程、「愛が憎しみに変わった」と言った。それが、彼の持ちうる答えなのだろう。

 

 頑なな彼の心の底から、クーゴは余計なものを取り払っていく。彼やクーゴ以外の人間が写った部分にひびが入った写真立て、見るも無残に破壊されたフラッグのミニチュア、靴跡だらけのユニオン国旗、ズタズタに引き裂かれたユニオン軍の制服およびMSWADの精鋭であることを示す証明書等々。

 クーゴの整理整頓は少々手間取っていたが、目当ての品を見つけることができたようだった。傷つけられたもの、壊されてしまったものが無くなったとき、残っていたのは――縦に細長い布袋――扇子とペンダントブローチだった。前者はグラハムの誕生日に刹那が贈ったものであり、後者はグラハムが刹那の誕生日に贈ったものだ。

 彼は心の奥底にそれをしまい込んでいたらしい。驚いたグラハムの手に、クーゴは2つを握らせた。大丈夫だと示すように、彼は空の貴公子へと笑いかける。恐る恐る顔を上げたグラハムを見返して、クーゴは力強く頷いて見せた。濡れ羽色の瞳は優しく細められる。いつも通りでいい、と、彼の眼差しは告げていた。

 

 ふと、何かに気づいたクーゴが振り返る。視線の先には、茫然と佇む刹那の心があった。

 困惑する刹那を呼んで、彼は空の貴公子を指示した。右手で刹那の手を、左手でグラハムの手を引いて、重ね合わせる。

 

 

「忘れないでくれ。積み重ねてきた日々に……想いの根底に、“何”があったのかを」

 

 

 クーゴの言葉に呼応するかのように、グラハムの左手には青い扇とつがいのお守りが握られていた。

 

 

「忘れないでくれ。その運命を選び取ったのは……“自分自身”だったことを」

 

 

 クーゴの言葉に呼応するかのように、刹那の左手には天使が刻まれたシェルカメオとつがいのお守りが握られていた。

 

 

「忘れないでくれ。失ったものだけじゃなく……“手にしたもの”が、あったことを」

 

 

 クーゴの言葉に呼応するかのように、沢山の写真が宙を舞った。

 写っているのはいつかの4人。お互いの身分を伏せながらも、確かに《分かり合えていた》頃の穏やかな時間。

 2人を見守り続けたクーゴ・ハガネにとって、忘れられないモノだった。

 

 壊れたものは戻らない。失われたものは戻らない。幸せだった頃の時間で止まり続けることもない。世界は今この瞬間でも、未来に向かって動き続けている。

 

 選んだ運命に納得がいかなくとも、最早、過去と事実を覆すことはできなかった。

 だけど――それでも、まだ選べるものがある。変えられるものはある。

 

 

「――運命は……何度だって、選ぶことができる。……未来だって、同じように……変えて、いけるんだ。……幾らでも……」

 

 

 クーゴは念を押すように「忘れるなよ、絶対に」と付け加えた。そうして満足げに笑うと、2人の手から自分の手を離す。がくん、と、彼の体が水底へ沈むように落ちていく。

 それと同じタイミングで、彼が発動させていた能力は終わりを迎えた。コンマ数秒後、クーゴのフラッグに積まれていたGNドライブが、爆発音と共に黒煙を上げる。

 フラッグが傾き、そのまま、まっさかさまに()ちていく。イデアは思わず彼の後を追いかけた。それと同時に、ずいぶんと向こうから青い光が近づいてくる。

 

 光の主もまた、クーゴを助けるために動き出した“荒ぶる青”なのだろう。自分だけでは間に合わない可能性があったが、あの青と自分ならば、すくい上げられる。

 

 

<そんな……! 私は、こんなつもりでは……!!>

 

 

 救助活動に勤しむ自分たちに気づく者は誰もいない。故に、クーゴ・ハガネを死に追いやってしまったと思い込んだグラハム・エーカーが、副官が助かる可能性を考えられる余裕もないのだ。

 

 

<こんなことがしたかったワケではない……! こんな結末が欲しくてここまで来たのではない! 私は、ただ――>

 

 

 グラハムが悲鳴に近い《聲》を上げる。ずいぶんと距離が離れてしまったが、彼の機体があると思しき場所が青く瞬いていた。彼の悲鳴は、この場にいる全員に《聴こえている》ことだろう。

 誰もが困惑した感情を漂わせる中、グラハムの悲嘆を真っ向から受け止めたのは刹那だった。彼女もまた、今にも泣きだしそうな顔をしてグラハムを見返す。

 

 途方に暮れた妹分の元に飛んでいきたい気持ちを堪える。――だってイデアは、ソレスタルビーイングには『還れない』。異形に怯える仲間たちの眼差しを思い出し、イデアは首を振った。

 

 

<――運命は……未来は、何度でも……>

 

 

 ひどく震えた声だった。おずおずとグラハムが顔を上げ、刹那を《視返す》。祈るような、願うような眼差しで。

 刹那も同じ気持ちなのだ。意を決したように眦を上げて、ただ真っすぐにグラハムを《視返す》。

 嘗てのグラハム・エーカーが、ただ真っすぐに刹那を見つめていたように。

 

 それを《視た》グラハムはハッと息を飲んだ。ややあって、彼の表情が和らぐ。何か天啓を得たと言わんばかりに頷いて、泣き出してしまいそうな笑みを浮かべた。

 

 今更だとは重々承知。だけれど、今それを選択できなければ、副官の献身を無意味なものにしてしまう。グラハムが――ひいては刹那が抱え込んできた願いを、これ以上裏切るわけにはいかない。

 積み重ねてきた過去のために、これから積み重ねていく未来のために、2人は選んだ。立つ場所が変わったとしても、交わした眼差しは――重ねた心は、きっともう離れることはないのだろう。

 

 

(そっか……。2人は、ちゃんと選ぶことができたんだね)

 

<――――>

 

 

 イデアが思わずホッとしたその瞬間、“何か”の気配を感じとる。

 あふれんばかりの憎悪と殺意――その矛先は、GNフラッグとエクシア、或いはこの宙域にいる“神聖なる実行者”に向けられていた。

 

 

<邪魔者はみんな、死に絶えてしまえばいい――!>

 

 

 女性の怨嗟と共に、紫色の光が降り注ぐ。

 それらは“神聖なる実行者”たちとイデアらを、容赦なく焼き払った。

 

 

 

 ――世界が壊れる音がする。

 

 ――間髪入れず、未来が途切れる音が響いた。

 

 

 

***

 

 

 

 誰が殺した? 護り手を。

 

 それは、私。

 震える声で、貴公子が答えた。

 

 それは、俺。

 震える声で、天使が答えた。

 

 

 ――それらに『こたえる』声は、もう二度となかった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「どうした? イデア」

 

 

 名前を呼ばれ、イデアは顔を上げた。通信画面には、いつもの仲間たちが映し出されている。

 

 ロックオンが真面目な眼差しでこちらを見つめ、刹那は異常を感じ取ったのか神妙な顔つきをしている。アレルヤは心配そうに眉をひそめ、ティエリアは恐ろしい光景を目の当たりにしたような顔をしていた。

 しばし瞬きをした後、気づく。今は、サードミッションの開始直前だ。『“神聖なる実行者”と合流して決戦をしている』最中ではない。クーゴ・ハガネはここにいないし、刹那とグラハムの攻撃を喰らって撃墜されてもいない。

 先程見ていた光景は虚憶(きょおく)のものだ。それに気づいたとき、イデアは安堵の息を吐いていた。誰が好き好んで、想いを寄せる相手や仲間たちの死にざまを見なくてはならないのか。……いや、実際には未来の分岐みたいなものの1つであるが。

 

 

「ちょっと、虚憶(きょおく)を視ちゃったものだから」

 

「またかい? ここのところ、頻繁だね。大丈夫?」

 

 

 アレルヤは気遣うように声をかけてきた。イデアは微笑み、頷く。

 ティエリアがこれ見よがしにため息をつく音を、通信機ははっきりと拾い上げていた。

 

 普段は数倍にして言い返してやろうと思うのだが、先程見てしまったものがアレなので、返答する気にもならず苦笑する。そのまま俯き、イデアは先程の虚憶(きょおく)を保存した。もちろん映像で、だ。

 

 正直、残しておくことすら辛い。でも、もしかしたら、この虚憶(きょおく)の中に、未来(これから)の役に立つヒントが紛れ込んでいるかもしれないのだ。

 泣きたくなるのを堪えて、なんとか虚憶(きょおく)を保存する。その引き金となった曲は、つい先程まで聴いていた夜鷹の『歌ってみた』動画のものだった。

 クーゴ本人は、おそらくこのことに気づいている。自分が歌った歌で、自分がとんでもない目に合う虚憶(きょおく)を見ているはずだ。その周囲にいる面々だって見たと思う。

 

 それを、彼らはどう思ったのだろう。『虚憶(きょおく)の中の出来事だから』と流したのか、それとも気に留めているのか。

 イデアは後者であってほしいと思うのだが、果たして。

 

 

「…………」

 

「? どうしたの、ティエリア」

 

 

 通信機越しから唸るような息遣いが聞こえた気がした。出どころはティエリアのものである。

 普段は端正な顔立ちが、不安要素を見つけたかのように歪んでいる。何があったのだろう。

 

 

「……いや。貴様は普段、僕が何かを言うと、すぐに言い返してくるだろう。それがないから、気になった」

 

「もしかして、心配してくれてる?」

 

「別に。問題がないのならそれでいい」

 

 

 ティエリアはそっぽを向く。

 

 あら、とイデアが微笑めば、ロックオンも楽しそうに目を細める。刹那もわずかに口元を緩め、アレルヤも苦笑した。

 そのタイミングで、サードミッション開始を告げるアラーム音が鳴り響いた。マイスターたちは全員、思考回路を切り替える。

 

 世界の変革は、まだ始まったばかり。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 満身創痍状態のフラッグを分析していたビリーの話を総合すると、ガンダムの推進力はフラッグの6倍あるという。それを可能にしているのが、あの緑の光なのだそうだ。

 「よく生きていられたね」とビリーは朗らかに笑っているが、正直笑いごとではない。一歩間違っていれば、クーゴとグラハムは今、ここに存在していなかった可能性もある。

 気まぐれで生かされたというのは正直癪なのだが、命あっての物種だ。死んでしまったらリターンマッチどころではない。この雪辱は次で晴らす。クーゴは己に言い聞かせた。

 

 ガンダムの推進力になっているエネルギーは、現在の技術よりも遠い場所にあるようだ。エイフマンが太鼓判を押し、「恐ろしい男」と称したイオリア・シュヘンベルクとはどういう人物だったのだろうか。エピソードが何1つ残されていないというのも、ミステリアスさを助長している。

 

 

「できれば捕獲してみたいものだな。ガンダムという機体を」

 

「同感です」

 

 

 エイフマンがしみじみと言い、グラハムが頷く。彼の眼差しはフラッグに注がれていた。

 

 

「そのためにも、この機体をチューンして頂きたい」

 

「パイロットへの負担は?」

 

「無視して頂いて結構。但し、期限は1週間でお願いしたい」

 

「ほう、無茶を言う男じゃ」

 

 

 グラハムの言葉に、クーゴは思わず目を剥いた。彼の言葉を簡略化すると、技術班に対して『過労死しろ』と言っているようなものだ。

 慌ててエイフマンを見れば、彼は不敵な笑みを浮かべていた。青緑の瞳は熱意に満ちている。戦場に出る戦士の眼差しだ。最も、技術屋の戦場はここだろうが。

 

 

「多少強引でなければ、ガンダムは口説けません」

 

「彼、メロメロなんですよ」

 

 

 グラハムの強気な笑みを見て、ビリーが楽しそうに茶化す。彼の言葉に、グラハムは照れたように苦笑いした。

 クーゴは大きくため息をつく。グラハムのそれは、完全に、少女を口説き倒している戦術と同じだ。

 正攻法が好きなのはわかるけれど、どちらも同じ戦法で戦い抜けるとは思えない。相手によって戦術を変える必要があると思うのだが、果たして。

 

 

「あの子の次はガンダムか。お前は意外と恋多き男なんだな、グラハム」

 

「む。キミは私が不誠実な男だと言いたいのか」

 

「いや。前も言ったけど、二兎追う者は」

 

「ガンダムも少女のことも諦めるつもりはないよ。前にも言っただろう? 『道理が通らないなら、押し通す』までだ!」

 

 

 クーゴは額に手を当てた。これはもう、梃子でも自分の発言を覆すつもりはない。

 

 グラハムは妥協しない人間だ。長年の付き合いで知っていたけれど、愛や恋に対してその傾向が顕著であることを思い知ったのはここ最近である。しかも、件の少女だけでなく、MSにも適用されるなんて知らなかった。いつか『ブチ抜かないだけマシ』とか思ってしまう日が来るんだろうか?

 そんなことを考えていたら、グラハムはむっとしたように眉をひそめる。「今、キミは失礼なことを考えていないか?」とでも言いたげな眼差しだ。確かにクーゴが今考えていることは、ある意味『失礼なこと』に当たるだろう。クーゴは肩をすくめ、それ以上の言及をやめることにした。

 

 

「さて、副官殿はどうする?」

 

 

 エイフマンはクーゴに視線を向ける。「キミも同じだろう?」と、目をキラキラさせていた。その眼差しにはどうしても弱い。

 それに、クーゴにだって意地があった。負けっぱなしのまま、何もしないでなどいられない。黙っていいときと、黙ってはいけないときの違いはわかっているつもりだ。

 思い浮かべるのは、自分たちを見逃した2機のガンダム/天女と天使。気のせいでなければ、天女に乗っていたパイロットが笑っていたような気がした。

 

 嘲笑ではない。もっと違う笑い方。

 それが何を意味しているのかは、わからないけれど。

 

 だったらそれを知るために、あの天女を追いかければいい。空で対峙し続ければ、おそらく掴めるかもしれない。

 

 

「……お願いします。ただ、相棒のフラッグと技術班の体調を優先してやってください」

 

「キミは優しいな。そこがキミのいい所であり、悪い所だ。もう少し我儘になっていいんじゃがね」

 

「技術者や職人は宝ですから」

 

 

 クーゴの言葉に、エイフマンは嬉しそうに目を細めた。

 

 

「最高の褒め言葉だな。そうまで言われているにもかかわらず、キミの愛機に妥協したら、信頼を踏みにじることになるじゃろうて。……全力でやらせてもらうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 クーゴがエイフマンに深々と頭を下げたときだった。グラハムの端末が鳴り響く。告げられたのは、ガンダムの出現であった。

 場所は2か所。南アフリカとタリビアだ。タリビアならば、ここからでも充分間に合う。そうクーゴが思ったとき、グラハムがヘルメットを片手にフラッグへ向かっていた。

 

 

「やめておけ」

 

 

 意外なことを言ったのはエイフマン教授だった。驚いたのはクーゴやビリーもだ。

 

 勿論グラハムは食い掛かった。

 しかし、エイフマンは更に予想外のことを告げる。

 

 

「ワシは麻薬というものが心底嫌いでな。焼き払ってくれるというなら、ガンダムを支持したい」

 

「……“お兄さん”、ですか」

 

「ああ」

 

 

 クーゴの問いかけにエイフマンは頷き返す。理知的な老紳士の面影はどこにもなく、憎悪と憤怒に燃える老人の眼差しがあった。彼の瞳は叫んでいる。『叶うなら、己の手で、全ての麻薬を焼き払ってしまえたらよかった』――と。

 レイフ・エイフマンが麻薬をここまで嫌うのは、“麻薬のせいで故郷の治安が悪化した”ことや“彼の恩人にして年上の友人が、麻薬中毒者の暴漢によって殺されてしまった”ことが理由だろう。しかも、彼が命を落としたのはエイフマンの目の前だ。

 自分の手ですべての麻薬を焼き払うことなど出来ないと思い知ったとき、彼は一体何を思ったのだろう。恩人にして友人の無念を受け継ぐようにしてMS開発の道に進んだとき、彼はどんな気持ちで邁進していたのだろう。……到底、クーゴには想像できなかった。

 

 

「……分かっておる。分かっておるんじゃ。すべての麻薬を焼き払ったところで、お兄さんはもう二度と戻ってこない」

 

「プロフェッサー……」

 

「ワシがお前さんたちを引き留めることが間違いだとは重々承知しておる。……だが、こう考えているのも事実なんじゃ。“もう二度と、ワシのような思いをする人間がいなくなってほしい”と」

 

 

 エイフマンは悲しそうに微笑む。それを見たグラハムは息を飲んだ後、無言のまま目を伏せた。

 

 グラハムが出撃を取りやめた様子を確認したエイフマンは、謝罪と感謝の言葉を述べた。グラハムは静かに首を振って微笑む。

 これで、ソレスタルビーイングは麻薬畑を焼き払うだろう。邪魔が入ったとしても、きっと問題なく武力介入をやり遂げるのだ。

 

 

「奴らは、紛争の原因を断ち切る気じゃ」

 

 

 真剣な面持ちになったエイフマンは、静かに天を仰いだ。

 彼の言葉が、やけに重々しく響く。

 クーゴたち3人は、それを受け止めることしかできなかった。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

 

 




【参考及び参照】
『カクテル言葉(酒言葉)一覧 184種類』より、『シャーリー・テンプル』、『チャイナブルー』、『フォーリン・エンジェル』、『シャンディ・ガフ』
『誰が殺したクックロビン(誰がこまどりを殺したの?) 歌詞・日本語訳』より、『マザーグース・誰が駒鳥殺したの?』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。