問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
「こんにちわ」
「邪魔するぞ」
ユニオンの昼下がり。
扉を開ければ、ビリーとエイフマンが何やら話し合いをしている真っ最中だった。彼らは図面を指示し、あれやこれやと討論を続けている。おそらく図面はフラッグ。チューンナップ作業の最中である。
廊下からバタバタと誰かが走る音が聞こえてくる。技術班の中でも機体整備に関わっている人々のものだろう。グラハムが示した期限まで時間がない。技術者たちは不眠不休で戦い続けていた。
見ていて申し訳なさが込み上げてくる。持ってきた差し入れは、ビリーとエイフマンの分しかない。今度は技術者陣でも食べれるようなお菓子などを持って来よう。クーゴは心の中でそう決めた。
「ああ、2人とも。どうかしたのかい?」
クーゴとグラハムに気づいたビリーが顔を上げる。エイフマンも作業の手を止めてこちらを見た。
「新型が待ちきれなくて。つい、来てしまったよ」
「俺は2人へ差し入れ。期限通りにチューンナップを終えるのも大事だけど、休息も大事だし」
照れたように笑うグラハムは、まるで子どものようだ。彼の様子を見たビリーとエイフマンがゆるりと目を細める。
クーゴが差し入れの包み――重箱クラスの大きさのものを示せば、今度はビリーとエイフマンが表情をほころばせる番だった。
「味は私が保証しよう。つい先程、味見役を任されてね」
「ずるいよグラハム!」
「そう言うなカタギリ。味見役で食べた分、私の分はもうないのだよ……」
「あはは。それは妥当な判断だね」
ビリーに責められたグラハムは、至極残念そうに差し入れの入った包みを見つめる。許可が出たらすぐにでも自前の箸でかっ浚ってしまいたそうだった。彼が持っていた本黒檀の箸箱が、出番を今か今かと待ちわびているように見える。残念ながら、今日はもうおしまいなのだが。
テンションダダ下がりのグラハムを横目に、ビリーは包みの結び目を解いていった。心なしか、ビリーとエイフマンの表情が『宝箱を目の前にした探究者』を連想させるような表情をしているように思う。目がきらきら輝いていた。
黒塗りの重箱がお目見えし、ビリーはゆっくりと蓋に手をかける。どこか重い響きを持って、蓋が開いた。ごくりと鳴った喉はビリーやエイフマンのものだったのか、それともグラハムのものだったか、はたまたクーゴのものだったのかはわからない。
お目見えしたのは、カリカリの衣を纏った若鳥の唐揚げ、ふんわりと焼き上げられたオムレツ、ズッキーニとじゃがいものシンプルな炒め物、茹でたブロッコリーと味噌ドレッシングの和え物、雑穀米のおにぎりだ。弁当箱の保温性が優れているため、まだうっすらと湯気が漂っている。
「うわー、今回のお弁当もおいしそうだね!」
「キミはパイロットよりも料理人の方が向いているのかもしれんのぅ」
そう言いながら、2人はいそいそとテーブルを片付けた。少し遅めの昼食準備に取り掛かる。クーゴとグラハムもそれを手伝った。
ビリーとエイフマンは鉄刀木の箸を箸箱から出して、早速おかずへと箸を伸ばす。グラハムはじっとそれを眺めていた。
若鳥の唐揚げは塩麹を使っているため、鶏肉はジューシーな味わいになっている。オムレツの中身はチーズだけでなくナツメグも入っており、味にアクセントをつけていた。ズッキーニとじゃがいもは親戚からの貰い物であり、どちらも鮮度がいい。ブロッコリーも同様だ。
先程グラハムに味見を頼んだとき、彼は絶賛しながら食べ進めていた。しかも、あわやビリーとエイフマンの分がなくなるかという勢いでだ。慌てて止めなかったら、また材料をそろえて作り直しになっていたことだろう。お昼に間に合わない危険性もあった。
今回作った料理は写真撮影し、エトワールに送信している。話題提供も親しくなるために必要なことだ。最近、互いに忙しくてコラボ企画の時間が取れそうにないという部分もある。こういう所で地道に積み重ねておかないと、自然消滅と可能性も無きにしも非ずだ。
丁度いいタイミングで端末が鳴る。見れば、エトワールからの連絡だった。
『お料理、おいしそうですね。是非食べてみたいです。普通は、女性が男性に作るものなのかもしれませんけど……』
(――あ、困ってる)
エトワールの文面を読んだクーゴは、直感的にそう思った。
一般論として、料理は女性が作るものだというのが浸透している。料理上手な男性と付き合う女性は肩身が狭いという話も聞いたことがあった。1人身が当たり前のクーゴには、何と言えばいいのかわからない。自分の身の回りのことをこなしていた結果、料理の腕が伸びただけに過ぎないから。
『おいしいごはんは、心と体を元気にしてくれる』――クーゴがひっそりと座右の銘にしている格言のひとつだ。といっても、誰がそう言っていたかは覚えていない。大方、テレビ番組等で聞きかじったことを真面目に実行していたんだろう。料理を始めたのは家を出てからだが、その頃にはもう、色々とこだわっていたように思う。
――
『おいしいごはんは、心と体を元気にしてくれるんだよ!』
そう言って、笑っていた人がいたはずだ。その言葉通りの美味しい料理を振舞って、クーゴの回復を誰よりも祈ってくれた相手がいたはずなのだ。
誰もが『クーゴは長生きできない』と言っていた中で、たった1人だけ、『クーゴは元気になって、彼女ができて、幸せに長生きする』と断言していた人が。
力強く笑っていたのは誰だった? 申し訳ないと謝り、未来を諦めようとしていたクーゴの背中を押してくれた人は誰だった?
クーゴの
『空で待っていると言ってくれた人との約束を守れるように』と応援してくれたのは――
<――いいよ>
不意に、《聲》が《聴こえた》。か細い少女のものだった。
<何も知らなくて、いいよ>
とても優しい《聲》だった。
<■■■ままで、いいよ>
――誰かに目を隠された。青い光が瞬く。
(――あれ?)
クーゴは思わず目を瞬かせた。何か、大事なことを忘れているような気がしたのは何故だろう。考えても思い出せないので、一端そこで思考を中断する。
『おいしいごはんは心と体を元気にしてくれる』――クーゴがひっそりと座右の銘にしている格言のひとつだ。といっても、誰がそう言っていたかは覚えていない。
大方、テレビ番組等で聞きかじったことを真面目に実行していたんだろう。料理を始めたのは家を出てからだが、その頃にはもう、色々とこだわっていたように思う。
気が付いたら、同僚や仲間たちから『メシがうまい日本人』と見られるレベルに至っていた。現時点で、既に何人かの胃袋を掴んでいる。閑話休題。
(こういうとき、どうフォローすればいいんだろう)
端末の文面と睨めっこしながら、クーゴは考える。
エトワールは目が見えないから、料理を作るのにも不自由するはずだ。
こんな状態で「エトワールの料理が食べたい」なんて言ってみろ。彼女には辛い言葉であることは間違いない。傷口に塩を塗りこめるようなものだ。
でも、自分の料理の腕を自慢するのも何か違う気がする。それだって、料理ができないことを気に病む文面を送ってきたエトワールの傷に塩を塗ることだ。
何かいい案はないかと悩んでいたときだった。それは唐突に、まるで天啓がひらめいたかのように頭に浮かんだ。思い浮かびさえすれば、単純なことだった。
「そうだ。一緒に作ればいいんだ」
なんて名案。その想いに突き動かされるように、クーゴは端末にメッセージを打ち込んだ。そのまま送信ボタンを押す。
しかし、送信した後で、何とも言えない緊張感が漂ってくる。“対応を間違ってしまった”感が否めない。今更心臓がばくばく激しい音を立てはじめた。
背後から食べ物の咀嚼音が聞こえていたはずなのに、いつの間にか静かになった気がする。談笑の声もなくなった。心臓の音だけが、クーゴの耳を打つ。
幾ばくかの時間をおいて、端末が鳴った。クーゴは慌てて確認する。エトワールからのメッセージだ。文面を目で読み上げる。
『それは楽しそうですね。今度のオフ会はその方向にしましょうか』
(良かった……!)
緊張から解放され、クーゴは大きく息を吐いた。どうやら、彼女の地雷をぶち抜かずに済んだらしい。
『やっと休暇が取れそうです。それも短い間ですけど。夜鷹さんの都合が合えば、どうでしょうか? コラボ企画をする時間は取れないかもしれませんが、それでも宜しければ……』
思わず内容をもう一度読み直してしまった。同じ文面があるだけだった。思い過ごしではないようだ。クーゴは安堵の息をこぼす。ああよかった――と、一息つこうとして、ふと違和感を感じて振り返る。
ビリーとエイフマンが獲物を見つけたかのようにクーゴを見ていた。グラハムに至っては、周囲に花が舞っているのではと思う勢いで笑っている。何とも言えない予感に、クーゴは視線を逸らしたくてたまらなくなった。
「クーゴ。キミはグラハムの行動力に物申すことが多いけど、キミも相当斜め上の行動力を持ってると思うよ」
「そうだな。普通だったら、一緒に料理を作る前に、お弁当の持ちよりとかが最初ではないのかな?」
ビリーの指摘に何か思うところがあったグラハムが、ニヤリと笑う。クーゴは言葉に詰まった。
こんなときこそ何とかしないと。しかし、先程と違って名案が出てこない。
クーゴの脳内が崖っぷちに陥っていたときだった。
『ラジオネーム・『となりのレイフ』さんのリクエスト、テオ・マイヤーの『Dear JUDA』。リリースされたばかりの最新曲ですね。どうぞお聴きください』
脇に置いてたラジオがそう告げたとき、エイフマンが驚いたようにラジオへと視線を向ける。曲が流れ始めたのを確認し、彼は嬉しそうに口元を緩めた。
意外な光景に、思わず自分たち3人は目を点にした。エイフマンが現役歌手に興味を持つだなんて、行動も理由も想像できなかったためだ。
目を瞬かせるクーゴたち3人の様子がおかしかったのだろう。エイフマンは笑みをこぼしながら、遠い日の憧憬を追いかけるように目を細める。
「以前、亡くなったお兄さん的存在の話をしただろう? ……この歌手を見ていると、彼が帰ってきたような気がしてのぉ」
「似ていらっしゃるのですか?」
「ああ。思い切ってその話を本人にしてみたら、大変喜んでくれてな。それ以来、よくメールのやり取りをしているんじゃ」
グラハムの問いに答えたエイフマンは笑った。彼の口ぶりから見るに、テオ・マイヤーという歌手/エイフマンのいう『兄のような人』は聡明な人物だったのだろう。
曲の印象としては物悲しい感じのバラード調であるが、メインとなるサビ部分では歌詞の感情にリンクしたような歌い方で盛り上げにかかる。1番は悲嘆と憎悪、2番は驚愕と親愛、3番は怒りと親愛からの叫びだ。感情の変化が鮮やかに伝わってくる。作詞作曲もテオ・マイヤー自身がやったらしい。
エイフマンは頬杖をつきながら聞き入っていた。思わずクーゴたちは顔を見合わせる。幼い頃、エイフマンはこんな表情を浮かべて、お兄さん的存在の歌に聞き入っていたのだろうか。タイムスリップしないとわからないけれど。
(でも、所々既視感を覚える部分があるよな。この歌詞)
例えば、『信じていたのにどうして裏切ったんだ。何がお前をそんな道に進ませたんだ。お前を信じ、お前に託した自分が間違っていたのか(意訳)』とか。
例えば、『お前はあの日に告げた言葉を真実にするために、お俺ごと人類を救うために戦っていたのか。――ああ、今、俺とお前は、確かに同じものを見ているのだな(意訳)』とか。
例えば、『どういうことだ貴様。遺書なんて聞いてないぞ。お前は最初からああやって死ぬつもりだったのか!? ふざけるなよこの馬鹿!!(意訳)』とか。
この感情に近しいものを、クーゴは確かに《視た》ことがある。具体的に言えば、アルティメット・クロスに所属していた
加藤機関と和解し、彼らを仲間に加えたときの僅かな休憩時間。静かにぽろぽろ涙をこぼす菅原マサキと、彼を泣かせたと思しき下手人を懇々と説教する石神邦生。そのタイミングで放送されたのは、加藤久嵩に宛てた石神邦生の遺書だった。石神は自分が死ぬと見越して、加藤に向けて音声データを残していたらしい。
不意打ちでそんなものを流された石神は、狼狽した挙句『意図せず生き残ってしまったので、誰にも知られないうちに遺書のデータを消去しようとしていた』ことを漏らしてしまってさあ大変。諸々の理由で堪忍袋の緒が切れたアルティメット・クロスの面々によって、旧JUDA全体を使ったリアル逃走中が開幕したのである。
『石神ィィィィィィッ!!』
『石神さん!!』
『石神社長!!』
『そっちに行ったぞ!』
『追え!』
『囲め!』
『逃がしませんよ!』
“散々アルティメット・クロスを振り回した挙句、最初から死ぬつもりで色々と準備や手回しに奔走していた”となれば、誰だってキレる。
『いやー、本当にもう散々だよ。ジュダの奴は『こんな未来知らない』ってバカ笑いするだけで何も教えてくれないしィ……』
逃げ込んできた石神に対し、
「……ところで、エトワールからのメッセージに何て返答するの?」
「あ」
ビリーの指摘に、クーゴは現実に引き戻され、慌てて端末を見た。結構な時間放置してしまった気がする。
クーゴはちらりとグラハムを見た。彼は不敵な笑みを浮かべている。行く気満々だ。
「丁度休みなんだし、行ってみたらいいんじゃない?」
「それなら、作業のペースを少し緩めても問題なさそうじゃのぅ」
茶化すようにしてビリーとエイフマンが言った。思わず自分たちも苦笑する。
ここの所忙しかったわけだし、しばらく休むのも悪くはない。クーゴは端末を取り出し、メッセージを送る。
待ち合わせ場所に、日本の東京都内にあるとある公園の名前が提示されたのは、それから数時間後のことであった。
◇◇◇
「あれ? 新しくここに引っ越してきた人?」
不意にかけられた声に顔を上げれば、どこか見覚えのある少年が部屋に入ろうとしているところだった。
「あ」「あ」
「え?」
この少年は、京都で石破ラブラブ天驚拳を撃っていた恋人の片割れだ。
向うは、それを見ていた自分たちのことに気づいていなかったらしい。
「貴方、石破ラブラブ天驚拳を撃ってましたよね? 京都で」
「京都……あのとき!? み、見てたんですか!? ……あ、その、ルイスと僕は……」
イデアが指摘してやれば、少年はかあっと顔を真っ赤にした。照れ照れした少年は、しどろもどろになりながら恋人の話を始める。それを見た刹那は『ああ……ご愁傷様』、或いは『もう助からないぞ』と言わんばかりの表情を浮かべた。
恋愛話は大好きだ。話を聞いているだけでウズウズしてくる。介入せずにはいられない。イデアはもっともっと根掘り葉掘りしようと、少年の話に耳を傾けては促した。彼は自ら話題を提供してくれる。イデアはニコニコ顔で聞いていた。
しかし、それも長くは続かない。この少年は素直で謙虚な性格らしく、自分が“自己紹介もせず、相手を長話につき合せている”ということに気づいてしまった。すみません、と彼はぺこぺこ頭を下げる。正直惜しかった。
彼の名前は沙慈・クロスロード。姉と一緒に、刹那とイデアの隣の部屋に住んでいる学生だ。こちらも自己紹介をし返す。
沙慈は挨拶と一緒にぺこりと頭を下げた。しかし、刹那は無感動な目で彼を見返すのみ。
あまりにも不愛想な態度に、沙慈は困ったように眉をひそめる。イデアは慌てて刹那をフォローした。
「ごめんなさい。刹那は不愛想だけど、根はとても優しい子なんです」
そう言って、イデアは紙袋からクナーファを取り出した。こんなこともあろうかと、彼女に頼んで多めに作ってもらったものだ。ここでクナーファが出てくるとは思っていなかったらしく、刹那はぎょっと目を剥く。
「よかったら、これどうぞ。クナーファといって、中東のお菓子なんです」
「あ、わざわざご丁寧にありがとうございます」
「このお菓子、刹那が作ったんですよ」
「へぇ! 凄いな……」
イデアの言葉に、沙慈は感嘆の声を上げた。早速沙慈は切り分けられたクナーファを一口、齧る。彼の表情がぱぁっと輝いた。おいしい、と、沙慈はクナーファを絶賛する。あまりにもべた褒めされるので、刹那は照れたようにそっぽを向いた。
沙慈は不愛想な刹那がおいしいお菓子を作る図を想像したのだろう。人はギャップというものに弱い。沙慈が刹那に対する評価を上方修正したのを感じ取り、イデアはほっと息を吐いた。リカバリとフォローは得意分野である。
「……姉が、いるんだろう。一緒に食べればいい」
「うん、ありがとう! お礼に、今度は何かおすそ分けするよ」
刹那がぶっきらぼうに言うと、沙慈は嬉しそうに笑って頷いた。それじゃあ、と挨拶を交わし、彼が部屋へ入ろうとしたときだった。
エレベーターが同じフロアに着いたベルが鳴る。ぱたぱたと足音が近づいてきた。久しく聞いていなかったが、懐かしい友人のものだとすぐにわかった。
おそらく、“同胞”同士のコネクションを通じて、彼らの元にも連絡はされているはずだ。あとは、刹那や沙慈らにばれないよう、初対面を演じるのみ。
「こんばんわ、沙慈さん! 今帰ってきたんですか?」
帰ってきたのは少年だった。夏の木々を思わせるような深緑の髪と瞳が特徴で、空へ羽ばたく鷹を思わせるような鋭さとしなやかさを秘めている。相変わらず、元気そうでなによりだ。
「ああ、
「はい。図書館での調べ物も終わったんで」
沙慈の問いに、少年――
一鷹の部屋はイデアたちの左隣だ。必然的に、イデアと刹那の部屋の前を通ることになる。だから、見慣れぬ新参者に気づくのも当然であった。
最も、一鷹とイデアは初対面ではない。彼もまた、イデアの“同胞”の1人だ。ソレスタルビーイングとは無関係であるため、刹那は何も知らないが。一般人の沙慈はもっと何も知らないと言えよう。
「初めまして。私たち、今日ここに引っ越してきた者です」
<久しぶり、一鷹くん。元気だった?>
「そうなんですね! よろしくお願いします!」
<はい! イデアさんも元気そうで何よりです>
表面上は初対面を演じつつ、イデアは一鷹との再会を喜ぶ。イデアと一鷹の――“同胞”同士が持つ能力が成せる技だ。そういう特性もあって、このまま思い出話が始まってしまいそうな勢いである。
そのとき、一鷹が住んでいる部屋の扉が開いた。出てきたのは、水色の髪と瞳を持つ少女。彼女は一鷹を見つけて出迎えの挨拶をし笑いかけた。そこまでは問題ない。問題は――
「あっ!」
<ごめんアリス! 初対面のフリお願い!!>
「え? アリス、イデアさんの知り合い?」
「だ、大丈夫です! 問題ありません!」
「えぇ……?」
彼女はしばらく目を瞬かせておろおろしていたが、沙慈に指摘されて即座に宣言した。困惑する沙慈に対し、その言葉でごり押しにかかる。最終的に押し切られた沙慈は追及をやめてくれた。
“困惑していたが勢いに押し切られた”のは刹那も同じである。彼女は何か言いたげにイデアを見ていたが、イデアも敢えて初対面のフリを続けることにした。
危うかった。あと一歩間違えば、「問題ありません」どころか「問題しかありません」になっていただろう。まあ、彼女にとっては「問題ありません」が口癖のようなものだが。
「初めまして! 私はAL-3。家政婦用アンドロイドです。気軽にアリスとお呼びください」
少女――AL-3、愛称アリスの自己紹介に、刹那は驚いたように目を瞬かせた。どうやら、沙慈も初見でアリスと対面したとき、あまりの人間らしさに驚いたらしい。「グライフ教授はすごいよね」と、うんうん納得している。
アリスの開発者であるクラール・グライフ氏は、沙慈の通う学校で教鞭を振るう教授の1人であり、一鷹の養父でもあった。ちなみに、グライフ氏にはもう1人孫がいるが、彼も若くして技術者として活躍していた。今日はまだ家にいないあたり、頑張っているらしい。
「む、新参者か?」
<ハルノごめん! お願い、今は初対面のフリして!>
<了解です、イデアさん>
アリスの後ろから現れたのは、赤い髪の女性だった。アリスの二の舞になるのを防ぐため、能力を使って先回りする。女性はすぐに把握できたようで、初対面の相手に対する態度を取ってくれた。
「はじめましてだなぁ、新しいお隣さん! 迎撃する!!」
「ダメー! そんな挨拶の仕方じゃ怖がられますし、何より迎撃しちゃダメですよ!!」
明らかに機能不全気味な女性は、突如スタンガン片手に迎撃宣言を出した。もちろん、アリスからダメ出しが飛んできた。このやり取りも変わっていない。
女性の行動に刹那は反射的に拳銃を抜こうとしており、イデアは慌ててそれを制した。周囲を伺うが、刹那が拳銃を所持していることは露呈しなかったようだ。
<はは、ハルノも元気そうでなにより>
イデアが能力越しに再開を祝えば、女性――HL-0、愛称ハルノも軽く会釈した。相変わらず家政婦AIが機能不全を引き起こしているようだ。以前よりも悪化したような気がするのは何故だろう。グライフ博士は適宜改良中と言っていたのに。
<僕のときは『ここに引っ越してきた者だ。迎撃する』って言われたなぁ>――近くでやり取りを見守っていた沙慈の思考が流れ込んできた。やっぱり変わっていない。いや、まだこっちのほうがよかったんじゃないだろうか。声の質量とノリ的な方面は落ち着いていたのに、どうしてこうなった。
とりあえずこの場を収拾させ、3人にも刹那作のクナーファをおすそ分けする。一鷹たちは大喜びで部屋へ引き上げていった。沙慈も自分の部屋に戻る。彼らはこれから、家族同士で団欒を楽しむのだろう。イデアは目を細めて彼らを見送った。
「さて、軽く話し合ったらゆっくり休もうか」
「そうだな」
刹那を促し、共に家へ入る。ここに来たばかりのため、部屋の中はまだ殺風景だ。いつか部屋を引き払うときまで、ここはイデアと刹那の拠点であり、生活スペースになる。
明日は必要な家具類を買い揃えに行かなければ。そのことを刹那と軽く話し合った後、テレビをつける。北アイルランドの民族紛争が事実上の停戦状態になったという話題だった。
世界はゆっくりと、けれど確実に変わり始めている。
劇薬による急激な変化を望んでいるかと言われれば、イデアはNoと答える方だ。人類が変革するのには長い時間が必要である。それを生きているうちに見届けられれば御の字だろう。イオリア・シュヘンベルグやその協力者たちも、同じようにして構えていたのかもしれない。
誰も彼もが結論を急ぎすぎるのだ。世界も、ソレスタルビーイングのクルーたちも、ガンダムマイスターたちも。それは、“人類の寿命が著しく短い”という点もあるのだと思う。自分が生きている間に答えを見たいと焦るから、余計に迷走してしまう。なんて悪循環。
そんなことを言うと、イデアとその“同胞”たちは「暢気すぎる」と言われるだろうか。そこが自分たちの難しいところだ。いくら寿命が長いとはいえ、“同胞”たちにだって「堪忍袋の緒が切れる」ことはある。古の“同胞”を束ねた2代目の戦士がいい例であった。
(安住の地となるはずだった
人が死ぬ。昨日まで笑っていた仲間が、次の瞬間には息絶えている。生存者を探す。
何やら寂しくなって、イデアはふと歌を口ずさんだ。“同胞”たちの中で伝わる、“同胞”の辿った歴史を語り継ぐ歌だ。イデアが1番好きな歌でもある。
受け継がれてきたバトンを手にとって、自分たちはここにいる。イデアはゆっくり瞳を閉じた。刹那が動く気配はない。イデアが歌うのを容認しているらしかった。
「あ」
イデアの歌が止まったのは、端末が鳴り響いたからだ。ソレスタルビーイングの定期連絡や緊急ミッションではない。見れば、クーゴ・ハガネ――夜鷹からのメッセージである。おいしそうなお弁当の写真が添付されてきた。
カリカリの衣を纏った若鳥の唐揚げ、ふんわりと焼き上げられたオムレツ、ズッキーニとじゃがいものシンプルな炒め物、ゆでたブロッコリーと味噌ドレッシングの和え物、雑穀米のおにぎり。思わずイデアは喉を鳴らす。刹那も興味深そうに端末を覗き込んでいた。
写真越しだというのに、出来立ての料理の香りが漂ってきそうだ。今日の晩御飯をホットドックで済ませたのがいけなかったようで、イデアのお腹が悲鳴を上げる。しかし、響いたのはイデアのものだけではない。音の出どころを辿れば、刹那は反射的に目を逸らした。
イデアはニマニマ笑いながらメッセージを返信する。男性でここまでおいしそうな料理を作るなんて――そこまで考えたら、何やら気が重くなった。絶対、イデアの作る料理よりもおいしそうだ。いや、実際においしいのだと思う。おいしくないはずがあろうか。
その気持ちがメールの文面にも反映されていたことに気づいたのは、メッセージを送信した直後だった。流石にこれはまずい。オロオロしている間に、また端末が鳴った。夜鷹からのメッセージである。イデアは慌ててそれを開いてみた。
『なら、一緒に作りませんか?』
開いた瞬間、反射的に立ち上がったイデアは悪くないはずだ。その反動で、刹那がベッドの上にひっくり返る。
「……ねぇ、刹那」
「な、何だ?」
「次のミッション開始まで、まだ時間あるわよね」
「事実上の休暇よね」と言えば、刹那が何かを察したようで目を剥いた。ちょっと待て、と彼女が鬼気迫る顔でイデアの腕をつかむ。
さあ、彼女をどうやって籠絡しようか。ついでに、ソレスタルビーイングのクルーたちも論破しないといけないだろう。特にティエリアは強敵だ。
俄然やる気が出てきた。そうと決まれば、と、イデアは大急ぎで頭の中にプランを立てていく。
数多の敵や困難を打ち破り、今度のオフ会に『夜鷹の手作り晩御飯による晩餐』を勝ち取ったのは、その数時間後のことであった。
***
刹那の作った――正確には、イデアが刹那におねだりして多めに作らせておいた――クナーファは、ご近所でも大好評であった。お隣さんの沙慈、彼の姉である絹江、ご近所さんのグライフ家のみんなから「おいしかった」と絶賛されている。
たまに沙慈の家に遊びに来る人々――沙慈と一緒に京都で石破ラブラブ天驚拳を打っていた恋人の片割れ・ルイス・ハレヴィ、沙慈とルイスの先輩でイデアの“同胞”である
特にルイスは『とてもおいしかったので作り方を教えてほしい』と家に押しかけてきた。『代わりにこっちもおいしいスペイン料理を教えるから』と、沙慈に荷物(材料)持ちと調理助手をさせた上で頭を下げてきたのである。刹那は非常に困惑していたが、結局、押し切られるような形で了承していた。
今晩の夕食は、ルイスとのお料理交流会で作ったもの――スペイン料理である。
海の幸である魚介類と野菜がたっぷり入ったパエリア、スペイン風のニンニクスープ・ソパデアホ、きゅうりとミントを使った清涼感溢れるガスパチョ、白米に牛乳・砂糖・レモンの皮などを入れて甘く味付けしたデザート・アロス・コン・レチェ。
お国柄故か、テーブルの上が華やかになったような心地になる。鼻歌交じりに夕食を食べ進めるイデアに対し、刹那は黙々と料理を口に運んでいた。食べるペースが普段通りなので、特に問題なく食べれるのであろう。
「あー、おいしかったー!」
「……お前はいつも幸せそうに食べるんだな」
イデアが満足げに感想を述べれば、刹那は呆れたようにため息をつく。本人は気づいているかどうかは分からないが、心なしか、口元が柔らかく緩んでいるように見えた。
そんな妹分の様子が嬉しくて、イデアはますます上機嫌になる。最近は刹那の故郷である中東の料理を作ってくれる頻度が増えたし、作っている最中に何かを懐かしむような柔らかい表情を浮かべるようになった。
初めて出会ったときは“腹に入れば何でもいい”を地で行くような食生活を送っていたことを考えると、本当に大きな変化だ。特に、調理中に柔らかい表情を浮かべている刹那から流れてくる思念では、快活な笑みを浮かべるグラハムの姿が浮かんでいる。
(恋愛っていいなァ)
鼻歌交じりに片づけるイデアと、そんなイデアを見て苦笑に近い調子で表情を緩ませる刹那。
彼女は感情をあまり表に出さない性格ではあるが、初めて出会ったときと比較すれば、これでも充分感情を発露するようになってきたと思う。
徐々に変革しつつある刹那の姿に、イデアは益々笑みを深くした。――こういうのを見ると、介入せずにはいられないクチなので。
「ねえ刹那」
「どうした?」
「次のオフ会でさ、グラハムさんに何かお料理作ってあげたら? お土産に持たせてあげる用でさ」
イデアの提案を受けた刹那は目を丸くして凍り付いた。
ぱちぱちと目を瞬かせる姿は、16歳とは思えぬ程に幼い。
「……どうしてそんな話になるんだ」
「だって、夜鷹さん言ってたもの。“グラハムさんが『刹那が作ってくれた、刹那の故郷の料理が食べてみたい』ってぼやいてる”って!」
眉間の皴を深くした妹分に、イデアは端末を指し示す。先日届いた夜鷹からのメッセージだ。
「グラハムさん、喜ぶんじゃないかな」
イデアはニコニコ顔で刹那との距離を詰める。刹那は何とも言い難そうに視線を彷徨わせていたが、目元と耳が真っ赤になっていた。頑なにイデアと目線を合わせない姿が可愛らしい。
“夜鷹'sキッチン(仮称:命名はイデア)”のメニューはお好み焼きとなっている。『みんなでワイワイ一緒に作って楽しむ』という部分に焦点を当てた結果の産物だとか。
イデアや刹那、グラハムのような海外勢にとって、お好み焼きは“具材がたくさん入ったおかず風パンケーキ”という位置づけだ。だが、日本生まれでお好み焼き経験者の夜鷹からしてみれば、“充分主食としてカテゴリできる粉もの料理”という位置づけらしい。肉や野菜をメインにし、様々な具材を生地に混ぜ込むため、食べ応えがあるのだとか。
メール越しから伝わって来た思念からは、彼の友人たちと思しき面々と鉄板焼きでお好み焼きパーティをする光景が《視えた》。最終的に『お好み焼きがあればおかずは何もいらない』という状況に陥ってしまい、他のおかずを食べる気力がなくなってしまったらしい。余ったおかずはみんなで分けて持ち帰ったそうだ。そのことを刹那に吹き込めば、彼女はイデアに背を向けて沈黙してしまった。
顔は全く伺えなくなった代わりに、刹那の感情が漂い始める。思わず拾い上げてみると、彼女はイデアが吹き込んだ知識から逆算を始めていた。どうやら、グラハムのお土産としてデザートを作ることにしたらしい。その中で幾つかの候補が彼女の脳裏によぎっているようだ。あまりにも微笑ましい姿に、イデアはひっそりと笑みを深くした。
(そうやって、分かり合えて行けたらいいな)
そうやって分かり合える世界が、当たり前になってほしい――。
旧き“同胞”が夢見た世界を思い浮かべつつ、イデアは刹那から視線を逸らす。伝わってくる思念を見ないふりしながら、いつものように歌を口ずさんだ。
◇◇◇
今日も今日とて、アレハンドロの腰巾着ごっこが幕を開ける。正直、こいつにつき合わされるのは面倒極まりない。
それをアレハンドロに言ったら、『キミのアイドルごっこにつき合わされているのはこちらの方だ』と文句を吐き捨てるのだろう。テオは心の中で盛大に舌打ちした。
<ソレスタルビーイング、およびイオリア・シュヘンベルグについて調べ回っているジャーナリストの話、聞いたかい?>
アレハンドロの長話につき合わされていたリボンズが、能力を駆使してテオに語り掛けてきた。テオも同じようにして、2つ返事で頷く。
<流石、グラン・マが気に入った逸材ですよね。食いついたらすっぽんの如く逃がさない。そうやって、スクープを追い続ける>
<マザーは、彼女が真相にたどり着くと踏んでいるらしい。そして、来るべき
リボンズがちらりとこちらを見た。端末を見ろ、と目で合図する。それに従い、テオは端末を開いて情報を確認してみた。
対象者の名前と、対象が今まで手掛けてきた番組や記事についてのデータが添付されている。どれも鋭い切り口で、大胆に書きだされていた。
最近のジャーナリストは気骨がないと思っていたけれど、女だてらによくやる人だ。“強い女性像”の典型的な性格をしているのだろう。
しかし、真相に触れるということは、粛清対象者にされるということもさしている。いずれ、彼女はアレハンドロ・コーナーやそれに関係する一派に近づくだろう。自分の野望のために監視者一族を全滅させたアレハンドロだ。ぱっとあらわれた女性ジャーナリストの口を封じるなんて容易に想像できた。
ジャーナリストだけならまだ御の字かもしれない。ヘタすれば、彼女の関係者――主に家族や恋人――も粛清対象にされる危険性もある。奴らの一族は、実際、そうやって監視者一族を潰してきた。その証拠も、闇に葬り去ってきた。葬り去られた真実を白日の下にさらすのは容易ではない。
一応、アレハンドロ本人には自分たちが張り付いているものの、奴はいくらでも手駒を有している。
<彼女の家族やその周辺は、グライフ一家が見守ってるみたいだけどね>
<ああ、ラッシュバードとストレイバードを開発した。あんなに優秀な発明家なのに、どうして世界に認められないんでしょうね>
<認められるために発明をしているわけじゃないからね。それに、そういう所が悪の組織や“同胞”たちにとって都合がいいんだろう。本人も理解しているというところが、また……>
難儀なものだ。世界に人を見る目がないのか、悪の組織が彼の功績の大半を隠ぺいしているからか、本人に『一山当てる』という気がないからか。あるいは、全てが複雑に絡み合った結果なのか。惜しいことだとテオは思う。
逆に、今をときめくレイフ・エイフマンのように、功績が認められるのを繰り返すという方が奇跡なのかもしれない。彼は技術者としての腕前も確かであるが、それ以上に、チャンスをつかむ才能も秘めていたのだろう。
<……先輩後輩コンビは、件のジャーナリストに接触できたのかな>
リボンズは、ぽつりと呟いた。勿論脳内で、だ。
<先輩は少々意地悪なところがありますからね。後輩くん――ぶっちゃけ僕から見れば2人とも先輩なわけですが――も、気苦労絶えないでしょう>
<そうだね。僕から見ても、後輩くんは先輩だけどね>
そう言いながら、テオはくすりと笑みを浮かべた。横目でリボンズの様子を盗み見る。彼は相変わらず、アレハンドロの長話につき合わされている様子だった。
どうしてこの場に留美と紅龍がいないのだろう。彼女がいるだけでも、アレハンドロの長話で被る被害は大幅に減るというのに。
愛想笑いを浮かべるリボンズの口元が引きつっている。流石の彼も限界が近いようだ。テオは成す術がないので、<ご愁傷様>としか言えそうにない。
そんな状況を打破するかのように、部屋の扉が控えめにノックされた。「入りたまえ」と、アレハンドロが優雅な声で許可を出す。
がちゃり、と扉が開いた。入ってきたのは、綺麗な着物に身を包んだ東洋人女性。そういえば、アレハンドロがいつぞや言っていた気がする。新しいスポンサーが増えたらしいが、この来訪者――彼女のことを指しているのだろうか。
見る限り『腹に一物抱えていそう』な女だ。表面上は何ともないが、深層心理を探ろうとすると、どす黒い悪意に飲み込まれそうになる。アレハンドロ以上の大物だろう。愛想笑いするので手一杯になりそうだ。
アレハンドロが女性の隣に立つ。彼女を自分たちに紹介するためだろう。
正直、彼女とはあまり近づきたくない。それは、リボンズも同じ気持ちのようだった。
顔の筋肉をフルに使った愛想笑いをするなんて久しぶりである。明日は顔面筋肉痛か。
そんなテオの心など知ったこっちゃないアレハンドロは、胡散臭い笑みを浮かべながら、言った。
「ああ、キミたちにはまだ紹介していなかったね。彼女は我々の同志だ。名前は――」
◇◇◇
「よいしょ」
「「おぉー!」」
フライ返しでお好み焼きの生地をひっくり返せば、エトワールとグラハムが歓声を上げた。刹那は感嘆の息を吐くだけで留めているが、心なしか目がキラキラしているように見えるのは何故だろう。
生地に火が通ったのを確認し、クーゴは手早くトッピングと盛り付けにかかる。ソース、青のり、マヨネーズ、鰹節の順番に味付けし、生地を切り分けて3人に配った。自分の分は1番最後である。
「「イタダキます!」」
「……イタダキマス」
「いただきます」
ぽん、と、手を合わせて挨拶する。少女やエトワールもクーゴとグラハムの見様見真似ではあるが、日本の食文化およびマナーを守ってくれた。なんだか嬉しい。
本来なら“誰か1人が焼く係になる”のが効率がいいのだが、『生地を自分で焼いてみたい』という27歳児の要望に沿うような形となっている。その旨をエトワールと少女に伝えたところ、『自分たちもやってみたい』と希望してくれたので良かったと言えよう。
今、クーゴが焼いたお好み焼きは割とオーソドックスなタイプである。生地に入れた材料は細切れにした豚バラ肉、千切りにしたキャベツ、揚げ玉、ネギ、薄味の出汁、摺り下ろした長芋ぐらいだ。尚、イモにアレルギーがないことは確認済みである。食事で危険な目に合うのは問題だからだ。
「生地がふっくらしてておいしいですー!」
「ソースの量が少ないのではないかと思っていたが、しっかりとした味がするな! これがダシというやつか?」
「塩分の過剰摂取は体に悪いんだよ。具材多めにして出汁を入れれば、そこまで味付けを濃くしなくてよくなるってワケ」
オーソドックスなタイプが大好評であることを確認しつつ、クーゴは自分の分のお好み焼きを頬張った。調味料は薄味に整えているが、出汁が利いているため味はしっかりしていた。
積極的に感想を述べてくれるのはエトワールとグラハムだった。その言葉通り、2人は割と速いペースでプレーン風味を食べ進めていく。刹那は沈黙を保っていたが、食べる手を止める様子はなかった。
程なくして、プレーン味風味はすべて全員の胃袋に収まった。クーゴはあらかじめ用意していた次の生地が入っているボウルをグラハムへ手渡す。奴は満面の笑みでそれを受け取った。
クーゴの脳裏をよぎったのは、最初にお好み焼きパーティをしたときのグラハムの
早速生地をプレートに流そうとしていたグラハムに対して警告する。
「1回でボウル1つ分使うんじゃないぞ」
「……勿論、心得ているとも!」
ちょっと嫌そうにクーゴを睨んだグラハムであるが、奴はすぐに調子を取り戻して生地を焼き始めた。いつぞやの失敗を活かし、生地の量をお玉1杯半で留める。
グラハム・エーカーの国籍はアメリカだ。アメリカにおける食品のサイズは、日本のものと比較して非常に大きい。肉はブロックで買うのが普通だし、ポテトチップスだって日本の業務用より何周りも大きかった。そんな基準で生きてきたグラハムにとって、クーゴが焼いたお好み焼きのサイズは充分ミニマムと言えたのだろう。
結果、奴とその他数名で行ったお好み焼きパーティで、奴は
当時のことを思い出しながら今のグラハムを見ていると、何だか生暖かい気持ちになるのだ。現在、彼はお好み焼きの様子をじっくり伺っている。
生地にぽつぽつと穴が開いたのを確認し、グラハムはフライ返しを差し込んだ。真剣な面持ちになりながらタイミングを計り、ひっくり返す。
あの頃より上達してはいるが、やはり、綺麗にひっくり返すことはできなかったようだ。右側に崩れる形でホットプレートに着地した生地を見たグラハムは悔しそうに俯く。
「フライ返し2枚でひっくり返すと安定するぞ?」
「その優しさはありがたいが、敢えて言おう。今はいい」
別のフライ返しを差し出したクーゴを制し、グラハムは生地の生産を続けた。1枚目の盛り付けが終わり、奴は2枚目へと取り掛かる。
グラハムが焼いた生地は、オーソドックスな具材の他に、乾燥した桜エビやしらす、ちくわ、細切れにしたイカやホタテなどが入った海鮮風であった。
生地を作る際にひと悶着――『桜エビやしらすと目が合った』と大騒ぎになった――あったが、割愛する。生地に混ぜ込んで焼いてしまえば、そうそう原型など残りはしないのだ。
「エビの味がきいてておいしいですー!」
「……意外といけるな」
上機嫌で海鮮風お好み焼きを頬張るエトワール。その隣に座っていた刹那も、小さな声で感想を零した。それを聞いたグラハムはさらに真剣な面持ちになって2枚目の様子を窺う。並々ならぬ雰囲気に気圧されたクーゴも、自然と身を張り詰めてしまう。
期を見つけたのか、グラハムは生地を手早くひっくり返した。だが、今度はやや左側に崩れてしまう。先程よりは充分綺麗な形になっているのだが、グラハムが納得するようなものではなかったらしい。
再び悔しそうに俯いたグラハムは、生地の焼き加減を確認した後、手早く味付けと盛り付けを行った。残った生地は残り2枚分。張りつめた横顔からして、奴はあと2回で綺麗な形のお好み焼きにしようと試みているらしい。
3枚目に取り掛かったグラハムだが、今回のお好み焼きも綺麗にいかなかった。残りは1枚分である。
先の3枚同様――否、それ以上に真剣な面持ちで、グラハムはタイミングを計っていた。
生地の焼き加減、ひっくり返す際のアレコレを計っていたグラハムが動く。
「――そぉい!」
「わー、凄い凄い!」
「…………!」
お好み焼きがひっくり返る。最後の最後で、グラハムの手がけたお好み焼きは、綺麗な形にひっくり返った。それを見たエトワールがパッと表情を輝かせて喝采する。刹那は何も言わなかったが、感嘆の声を漏らした。グラハムは2人――正確には刹那のリアクションを目にした途端、得意満面に――けれど、どこか照れ臭そうに笑った。
惚れた相手に格好いいところを見せることができて満足したのだろう。奴は最後のお好み焼きにトッピングして切り分けた後、自分の分のお好み焼きに手を伸ばした。焼くのに集中していたため、彼の分のお好み焼きは手付かずである。最後に焼いたもの以外は既に冷めかけていた。それでも、奴は満足げに食べ進めていたが。
微笑ましい光景を眺めつつ、クーゴは自分の分を食べ進めた。海の幸を沢山入れたこともあって、味に深みが出ている。そういえば、旨味を発見したのは日本人だったか。『食へのこだわりは世界の中でも随一』だと言われた民族だ。自分たちが大事にしている旨味と言う概念を世界に知らしめたときの学者は、どんな気持ちだったんだろう。
程なくして、海鮮風のお好み焼きは全員の胃袋に収まった。次はオーソドックスなものにチーズを入れたタイプのお好み焼きだ。担当はエトワールである。
「なあ。俺も手伝った方がいいか?」
ワクワクした様子でボウルとお玉を持ったエトワールに、クーゴは声をかけた。エトワールはきょとんとした様子でこっちを見返す。
彼女が特殊な《眼》を持っていることは知っているが、本来のエトワールは
刹那が彼女に同行していたのは、身体的なハンデを補助するためだったはず。――故に、クーゴは声をかけたのだ。
エトワールはしばしぽかんとした様子でクーゴを見ていたが、ややあって、顔に赤みが差し始める。
グラハムが色めき立ち、少女が目を瞬かせたような気配を感じたのは何故だろう。
「……いいんですか?」
「当たり前だろ」
「……じゃ、じゃあ、お願いします……!」
エトワールはぱああと表情を明るくした後、何故か照れ照れした様子で頭を下げてきた。クーゴは頷き、彼女に許可を取って腕に触れる。補助のためのボディタッチだ。
「ふふ、へへ、えへへへへ」
「……大丈夫?」
「はい! 問題ありません! えっへっへっへ」
なんだか普段より浮足立っているのが気にかかるが、そこをカバーするための補助である。
クーゴはエトワールの様子を気にかけつつ、お好み焼きの調理を進めていく。
すべてのお好み焼きを焼き終わるまで、エトワールは終始楽しそうな様子でいた。
次のお好み焼き生地の具材は変わり種軍団――豚バラ肉の代用としてハムやベーコン、及びウインナー、電子レンジで十数秒蒸した野菜類、練り物――ちくわ、はんぺんなど、出汁――、ひっくり返す役目は刹那である。
『友人たちとの料理番付で故郷の料理を作っていた』という点では、彼女は自炊慣れしている方なのだと思う。
ただ、日本式の鉄板料理は未経験らしく、どこか拙い動きをしていた。そんな少女の動きをじっと見つめていたグラハムが声をかける。
「なあ少女」
「なんだ」
「私が補助しようか?」
「俺に触るな!」
「愛が痛い!」
グラハムの鳩尾に、見事な肘鉄が決まった。
**
「ごちそうさまでした」
「「「ゴチソウサマでした」」」
ぽん、と、手を合わせて挨拶する。少女やエトワールもクーゴとグラハムの見様見真似ではあるが、日本の食文化およびマナーを守ってくれた。なんだか嬉しい。和やかな雰囲気のまま、クーゴたちは片づけを始める。
よくもまあ、エトワールはクーゴの斜めに舞い上がった発言を許してくれたものだ。クーゴはしみじみ考えながら、皿洗いに精を出す。グラハムが皿を拭き、エトワールと少女が手渡された皿を棚に戻していった。
言いだしっぺとしての役割は、これできちんと果たした。内心、ほっと息を吐く。
「夜鷹さんのつくったお好み焼き、おいしかったです!」
「よかった。それは何よりだ。『おいしいごはんは心と体を元気にしてくれる』からな」
嬉しそうに語るエトワールの笑顔に、自然と頬が緩んだ。クーゴの格言に何か思うところがあったエトワールは、首振り人形のようにぶんぶん首を縦に振る。
「そうですよね。やっぱり、おいしい料理が一番ですよね」と、噛みしめるようにして頷いていた。それを聞いた少女が居心地悪そうに目を逸らす。
確か、少女は『手早く食べられる方がいい』派だったか。屋台のホットドックや固形および液体タイプの栄養食品を中心に食べている、と自己申告してくれた。
ちらりと少女に視線を向ける。どうだった? と尋ねれば、彼女はふいっと目を逸らしながら、蚊の鳴くような声で呟く。「おいしかった」と、口が動いていた。クーゴはふっと頬を緩める。刹那、グラハムが頷きながら少女へ近づいていく。
次の瞬間には、いつも通りのやり取りが繰り広げられていた。グラハムがちょっかいを出し、少女が思いっきり手を振り払う。彼女の顔は真っ赤だ。
それが、グラハムにとって嬉しいことらしい。好きになった相手の、いろんな表情が見たいということだろうか。
(食事をしているときは、グラハムもあの子も穏やかな雰囲気だったんだけどなぁ)
むしろ、穏やかな顔をしているときの方がいいと思うのだが。少女も、そういうグラハムを見ているときは素直にしていたような印象を受ける。
彼女は『強くぶつかられると頑なになってしまう』タイプらしい。駆け引きよりも真っ向勝負が好きな男だ、これからも難儀なことになりそうである。
クーゴの思考回路を引きもどしたのは、エトワールの言葉であった。
「『おいしいごはんは心と体を元気にしてくれる』かぁ。素敵な格言ですよね」
「ああ。誰から聞いたのかは覚えてないけど」
「でも、ちゃんと覚えていたってことは、とても大切な人が教えてくれたことだったんですよね?」
「……そうだな」
エトワールの問いに、クーゴは頷く。彼女の言葉通り、この格言はとても大切な人が教えてくれたものだった。
今となっては、その相手が誰だったのかすら思い出せないけれど――どうして、思い出せないのだろう。ずきり、と、クーゴの頭が鈍く痛んだ。
何か忘れている。とても、とても大切なことだったはずだ。思い出さないと。忘れてはいけない、大切な記憶だったはずなのだ――
<――いいよ>
不意に、《聲》が《聴こえた》。か細い少女のものだった。
<何も知らなくて、いいよ>
とても優しい《聲》だった。
<■■■ままで、いいよ>
――誰かに目を隠された。青い光が瞬く。
(――あれ?)
クーゴが首をひねったとき、クーゴとグラハムの端末が鳴り響いた。
連絡の主はエイフマンだった。
後ろからビリーの声がするため、ビリーはグラハムに連絡しているのだろう。
「フラッグのチューンが終わった。至急、戻ってきてもらいたい」
「はい、わかりました。今すぐ戻ります」
端末を服のポケットに戻す。丁度、グラハムもビリーと話し終わったらしい。目と目で合図を送りあい、エトワールと少女に礼を言い、慌ただしく帰還の準備を始める。
「おい」
そのとき、少女がグラハムの服の袖を引いた。グラハムは目を瞬かせながら首を傾げる。少し待て、と手で合図をした少女は、冷蔵庫を開けて何かを取り出した。
紙製の箱の中には、可愛らしい陶器の中に入った菓子。乳製品由来の甘い香りが鼻をくすぐる。少女はその箱を、グラハムへ突き出した。
「ウムアリというんだ」
「ウムアリ?」
「俺の国の料理だ。祝賀や祭りのときに振舞われる、菓子の1つだ」
ぶっきらぼうな口調であるが、彼女は菓子――ウムアリについての簡単な説明をしてくれた。
ウムアリは中東の言葉で“アリのお母さん”と呼ばれる伝統的なデザートで、祝賀や祭りのときに振舞われるという。
パンとバターを使ったプリンのような焼き菓子には、沢山のナッツや乾燥フルーツが入っている。焼く前にすべての材料を牛乳に浸し、その上から砂糖をかけて焼き上げたそうだ。
いつぞや、グラハムが『あの子の料理だ』と言って端末の画像を見せつけてきたことがあった。『是非とも味わってみたい』と言っていたが、もしかして、彼女はそれを覚えていたのだろうか。
くれる、らしい。グラハムはしばし呆気にとられていたけれど、差し出された紙箱をおずおず受け取った。少女はどこか申し訳なさそうに目を伏せる。
「……口に合うかどうかは、わからないが」
「いいや、そんなことはないよ。ありがとう」
グラハムは満面の笑みを浮かべた。手放してなるものかと言わんばかりに、ウムアリが入った箱を抱え込む。足取りも軽やかだ。
「それじゃあ、また、次のオフ会で」「楽しみにしてます」と、クーゴとエトワールは挨拶を交わした。そのまま解散し、帰路を急ぐ。
空を見上げる。綺麗な満月が浮かんでいた。そこに、うっすらと暗雲が漂い始めている。今にも覆い隠されてしまいそうだった。
***
帰路に就く間、グラハムは上機嫌にウムアリを頬張っていた。
はたから見れば菓子を味わっているように見えるが、『それと並行して何か別のものを味わっている』ように見えるのは何故だろう。クーゴはそんな気がしてならない。
ただ、ウムアリを食べて破願しているグラハムの姿は、この世の春を味わっているように見えた。少女の菓子が、奴にそんな顔をさせている――そう考えると、こちらも自然と顔がほころぶ。
「なあ、グラハム」
「どうした」
「今のお前の顔、あの子に送ってやってもいいかな?」
「その旨を良しとする! 最高の1枚を頼むぞ!」
「自然なヤツ撮りたいから、カメラ意識しないで食っててくれ」
「む……」
相棒からの命を受け、クーゴは端末のカメラ機能を起動する。
奴の要望が叶ったのは、それから十数分後のことであった。
エトワールから『あの子がグラハムさんの写真を待ち受けにした』という話を耳にしたのは、それから更に数時間後のことである。
クーゴ・ハガネの災難は続く。
【参考及び参照】
『COOKPAD』より、『唐揚げ好きのカリカリジューシー鶏の唐揚げ(まゆちょこりんさま)』、『ふんわり♪チーズオムレツ(ブランディさま)』、『お弁当に✿新じゃがとズッキーニの炒め物(しゅーくりんぐ大好きさま)』、『ブロッコリー♪味噌ドレ和え*お弁当に(なゆほさま)』
『クラシル』の『スペイン料理のレシピ おすすめの14選を紹介』より、『シーフードパエリア』、『スペイン風ニンニクスープ』、『きゅうりとミントのガスパチョ』
『スペイン語を学ぶなら、スペイン語教室ADELANTE』の『どれが好き?スペインの代表的なデザート』より『アロス・コン・レチェ』
『ビジット・ドバイ』の『トライしてみたい有名なアラビアのスイーツ9選』より『ウムアリ』