問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



15.再戦 -にかいめ-

 

「くーちゃん、誕生日おめでとう!」

 

「あ、ありがとう、あおちゃん」

 

 

 少女の祝辞を聞いた少年は、淡く微笑んだ。少女が手渡したプレゼントを開け――彼は目を丸くする。

 

 

「これ、和傘?」

 

「うん! くーちゃんに似合うと思って!」

 

 

 少女が少年に贈ったのは、両親が愛用している老舗の和傘メーカーの商品だ。しかも、子ども向けの小さなサイズではなく、大人が使うような大き目なものである。

 片割れの“おはなし”に出てくるような空の色をイメージした、鮮やかな青の蛇の目傘だ。蛇の目傘は和傘の1つで、雨が降った際に使うことを目的にしている。

 

 少年は呆けたようにそれを見つめた後、悲しそうに笑った。

 

 

「雨の中でも出かけられるようになるかな?」

 

「なれるよ! だってくーちゃん頑張ってるもん!」

 

「……これ使ってても、不格好じゃなくなるくらいには大きくなれるかな」

 

「だからなれるって! くーちゃんは180超えたイケメン日本男児になるんだから! 和装が似合う格好いい男に!!」

 

 

 少女は片割れに蛇の目傘を握らせる。少年はこちらを伺うように見つめていたが、暫くの沈黙の後にまた淡く笑って頷いた。

 

 『くーちゃんは長生きできない』という大人たちの言葉は、この少年から着実に希望を奪い取っている。諦めの眼差しを向けられても尚、未来を信じることができるのは、片割れに対して『空で待ってる』と言ってくれた人たちが関わる“おはなし”だった。それがなかったらきっと、弟は心を病んで弱っていたに違いない。

 医者でもなければ大人でもない少女にできることはたかが知れている。片割れに対して、根気強く未来図を語ること。未来を信じたいと願いながらも諦めモードに入ってしまいつつある弟に、彼の心の支えである人々の元に辿り着けるように背中を押してやることだ。――だって弟には、幸せになってほしいので。

 少年は慈しむような眼差しで傘を見つめる。少女が選んだ傘を気に入っていくれたらしい。室内で傘を広げるような真似はしないが、傘をさして雨の街を歩く光景を思い浮かべるように窓へ視線を向けていた。外には雪が深々と降り続いている。雪景色に青い蛇の目傘という組み合わせはさぞかし映えることだろう。

 

 『くーちゃんは長生きできない』と語る大人たちの根拠は、『直系男児は長生きできない』というジンクスと、実際に直系男児が早逝しているという事実からだ。

 早逝した直系男児の特徴――小柄で病弱、天気や心理的な理由でしょっちゅう体調を崩す――は、今の片割れの状態そのもの。故に、みんなそれに当てはめて考える。

 

 

(そんなことない。くーちゃんは元気になって、“おはなし”で会った人たちに会いに行くんだ。その人たちと仲良くなって、その人たちをウチに招待するために帰って来るんだ)

 

 

 少女の訴えを、本当の意味で取り合ってくれる相手は誰もいない。言われている片割れ自身も『そうなったらいいな』程度にしか思っていない。そう思えないようにされてしまった。

 現状に憤りを募らせているのは少女だけだった。『約束を守るために頑張りたい』と思う片割れの願いを肯定し、背を押してやったのも少女だけだった。

 この理不尽に立ち向かえるのも、片割れに『理不尽に立ち向かう権利がある』と訴えることができるのも、自分だけなのだ。少女は少年の手を握りしめながら祈る。

 

 

(いつかくーちゃんが、自分の意志で『理不尽に立ち向かう』ことを――『生きるために戦う』ことを、選べるようになりますように)

 

 

 ――自分にも“そうする”権利があると気づいて、それを躊躇うことなく行使できるくらいに元気になってほしい。

 

 今は淡く笑って諦めがちな片割れだけれど、本当は芯が強くて真っすぐな気質の持ち主なのだ。その強さと美しさを、姉はよく知っている。鍛え抜かれた鋼は、そう簡単に錆びたり折れたりしない。

 鍛えている最中だからこそ、脆く折れやすい面が表に出てきているだけだ。正しい意味で鍛えられていないからこんなことになっている。――そんな現状に、姉は全く納得してはいないのだ。

 

 

「くーちゃん」

 

「何?」

 

「鍛え抜かれた“ハガネ”は、そう簡単に折れたりしないんだよ」

 

 

 それを聞いた片割れは、やっぱり、何とも言えなそうな顔をした。姉は力強く宣言する。

 

 

「今まで沢山頑張ってきたじゃん。これからも、沢山頑張るでしょ。――だから、くーちゃんは絶対に大丈夫」

 

「……ありがとう、あおちゃん」

 

 

 少年は控えめに微笑む。それでも、先程までの悲しそうな色はない。それに気づいた少女は思わず目を見張った。

 それが嬉しくて、飛び跳ねたいような気持に駆られる。……今それをやったら片割れの体調に影響が出そうだからやらないけど。

 そんなことを考えていたら、片割れの少年から名前を呼ばれた。何かと首を傾げれば、弟は柔らかく微笑んだ。

 

 

「俺、絶対、今日のこと忘れないよ」

 

「くーちゃん……」

 

「俺も、あおちゃんに素敵な誕生日プレゼント渡せるくらい、元気になるからね」

 

 

 いつも謝るばかりだった弟が、申し訳なさそうに目を伏せるだけだった弟が、淡く微笑むばかりだった弟が――少しづつ前向きになり始めたことに、少女の心は温かくなった。

 

 でも、前向きになって言うことが“少女に素敵な誕生日プレゼントを渡す”というのはいただけない。だって自分は、既に沢山のプレゼントを貰っているのだ。

 少年がいつも聞かせてくれる素敵な“おはなし”。数多の戦乱を乗り越えた遊撃部隊が、人類同士の争いに終止符を打ち、異種族との対話を果たし、未来に向かって旅立っていく物語。

 愛と正義と勇気と希望で彩られたソレは、少女の心に熱をともした。浪漫あふれる物語を聞くのが、少女にとって楽しい時間だったのだ。――だから、少女は満面の笑みを浮かべて告げた。

 

 

「これからも、いつもみたいに“おはなし”聞かせてよ。あたしの欲しいプレゼントは、毎年それがいいからさ!」

 

 

 

 

 

 

 “てんしさま”のせいで、あの子たちは沢山つらい目にあった。特にあの子の親友――“空の貴公子”は、凄惨という言葉が陳腐に思えるような目にあっている。大好きな人――“革新者”がいるのにその人を裏切るような真似をさせられて、大事な人たちとの記憶も奪われて、大切な人たちの身柄にも危険を持ち込まれた。

 少女もできる限りのことはしたけれど、()()()()()ことが帳消しになるとは思っていない。遺恨は今でも沢山残っているし、納得していない――或いは納得できないことだって沢山あるのだ。『坊主憎けりゃ袈裟まで』理論が適用されていとしても、何もおかしなことはない。

 

 

『キミは“革新者”の声を『男だったら、これ以上ないくらいイイ声をしているんだろう』って言ってたらしいけど、キミの声も素敵だと俺は思うよ』

 

『真っすぐで、気高くて、凛としていて、愛情深くて、自分の目的を成し遂げるためなら世界をぶっ壊すことも救うことも厭わないような――強い女性(ヒト)の声だ』

 

 

 あの子はそう言って笑った。慈しむような眼差しをしていた。

 

 

『貴女の声を聞いてると、何だか背中を押されるような気持になるんだ。ありとあらゆる理不尽を打ち砕くような、力強い声だよね』

 

 

 あの子の大好きな人――“天女みたいにきれいな女性(ひと)”は、懐かしそうに笑った。

 

 

『キミとよく似た声を持つ女性(ヒト)に出会ったことがある。色々思うところはあるが、彼女もまた、私にとっては“恩人”だよ』

 

『お前なら、世界の歪みを破壊することができるだろう。……その声を持つ、お前だからこそ』

 

 

 “空の貴公子”と“革新者”は、同じ声を持つ少女とそんな会話をしていた。2人とも、穏やかに笑っていた。

 特に“空の貴公子”は“てんしさま”の()()()()のせいで酷い目にあったのだ。今でもその傷跡は癒えていないのに、そんな風に笑う。

 同じ声を持つ少女の声が聞こえると、ほんの一瞬、張り詰めた雰囲気で身構えたり、手足が震えたりしているのに。

 

 誰にもそれを悟らせないように振舞う“空の貴公子”の姿を見る度に、胸が痛くなる。――そして、それに気づいているあの子たちの気遣いも。

 少女や“てんしさま”の()()()()がなければ、こんな痛みを味わうことなく生きていけたはずなのに。

 

 罪を償う機会は失われた。自分にできることは殆どない。だけど、そのまま引き下がるわけにはいかなかった。……だってまだ、自分の中で輝く“ハガネ”は折れていないのだから。

 

 

<……今のあたしに、できること>

 

 

 前を向く。“てんしさま”の代弁者と同じくらいの劇物が、女の人たちを玩具にして遊ぼうとしている光景が広がった。

 この場にいる女性陣はみんな、奴に対して怒りをあらわにしている。勿論、“天女みたいに綺麗な女性(ヒト)”や“革新者”もその1人。

 

 

「ばっちいから触らないでくださいっ! 私に触っていいのはあの人だけなんだから!!」

 

「やめろよ。彼女が嫌がっているだろう?」

 

 

 “天女みたいに綺麗な女性(ヒト)”は、明確に拒絶の意志を明らかにした。それを聞いたあの子は、当たり前のように彼女の機体の前に立つ。1億点満点のスパダリムーヴだ。

 

 

「変態なら1人で間に合っている。……俺にはアイツくらいで丁度いいんだ」

 

「“革新者”!? それは、それは一体どういうっ」

 

「“空の貴公子”、援護を頼む」

 

「――っ、心得た!」

 

 

 淡々とした調子で言い切った“革新者”であるが、心なしか、耳元が少し赤い。“空の貴公子”も“革新者”の言葉に秘められた想いや意図を読み取ったのか、2つ返事で援護に入る。

 顔は普段の戦闘通りやる気満々な笑顔を浮かべているけれど、“空の貴公子”の深層にあるのは、嘗て己が味わった地獄。それは、『“革新者”を同じ目に合わせてなるものか』という決意に繋がっていた。

 

 

「はっきり言うけど、1番目と2番目は既に殿堂入りしてるし、他の数字にも大事にするべき相手が既に当てはまってるのよね。――残念。テメェのために割く数字(モノ)なんざ、1つも無いんだよ」

 

「息子の前で母親を口説くってどういう神経してるんだい? そういう性癖? だとしてもこんなオープンにするなんて……生きてて恥ずかしくないかい??」

 

 

 ゴミを見るような目で変態野郎を詰るのは、仲良しの母と息子だった。他の弟妹たちも変態野郎へ罵詈雑言をぶつけている。

 個人的に1番笑ったのは、「巷のやべぇ動画でもこんなに酷いものはないぞ」からの「よし、ネットミームにして未来永劫語り継いでやる」だと思う。

 夕焼け色の髪をした瓜二つの青年の棒読み具合もあって、何名かが噴き出していた。その傍ら、紫の髪の青年が早速カメラで録画を始めている。

 

 どこもかしこも大騒ぎだ。だって、女を玩具だとしか思っていない変態野郎が好き放題やってるから。同盟を結んでいるはずの相手からも『こいつはクソ』と断言されるレベルだから。――故に。

 

 

<――くーちゃんの大事な人たちに触るんじゃないよ、この“ピー(あまりにも不適切な単語なので伏字)”が!!>

 

「な、なんだ!? 急にヒステリカの出力が……!」

 

 

 相も変わらず好き放題やっている変態野郎に、少女は喧嘩を売る。そのとき、変態野郎が執心していた相手――少女と同じ声を持っている、白と青のラグナメイルを駆るパイロットと目が合った。

 彼女は何か言いたげにこちらを見ていたけれど、すぐに凶悪な笑みを浮かべる。白と青のラグナメイルは迷うことなく、変態野郎の駆るヒステリカ目掛けて襲い掛かった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「バックパックと各部関節の強化、機体表面の耐ビームコーティング。武装は、アイリス社が開発した新型ライフルを取り寄せた」

 

「壮観です、プロフェッサー」

 

 

 エイフマンの厳かな声が響いた。新たな力を得たフラッグは、以前よりも凛々しくなったように思う。

 黒光りする機体を見上げ、グラハムが感嘆の声を上げた。クーゴも小さく頷き同意する。

 

 

「喜んでる」

 

「ん?」

 

「嬉しそうなんです。俺とグラハムのフラッグが」

 

 

 クーゴは愛機を見上げながら、ゆるく目を細めた。エイフマンは何を言っているのかわからなかったようで、しばし目を瞬かせていた。「ツクモ・ゴッドです」と補足すればわかってくれたようで、ぽんと手を叩く。エイフマンは納得したようにうなずいてくれた。

 日本の民間伝承には“付喪神”というものがいる。本来は『長く使った物や長く生きた生き物に神が宿る』という伝承のことを指す。他にも、『人の強い思いを受けた、あるいは長い期間人間に大切に扱われてきた物が、使い手に答えてくれる』という話も伝わっていた。

 その影響か、日本では『物は大切に使いなさい』という教えが徹底しているように思うし、物を人に見立てるという“擬人化”に抵抗はない。むしろ、サブカルチャーとしての“擬人化”が闊歩しているようだ。特に20世紀の終盤以降、“擬人化”は爆発的な勢いで世界に広まっていった。

 

 

「そういえばキミは、モノを大事にしていたよな。先代の和傘とか」

 

「あれは誕生日に貰った10年物だよ。……用途以外の使い方したせいで、あっという間に壊れたけど」

 

 

 グラハムの指摘を受けたクーゴの脳裏に浮かんだのは、ユニオンのMSWAD本部に赴任するために初めてアメリカに足を踏み入れた当日のこと。グラハムたちと初めて顔を合わせることになった1件だ。

 

 ナイフを持った暴漢を和傘――誕生日に貰った青い蛇の目傘で滅多打ちにした事件は、今でも3人の間では語り草となっている。その事件のせいで、蛇の目傘は大破からの再起不能となり、泣く泣く処分するに至った。現在クーゴが持っている和傘は2代目で、初代とは色合いが違う青い蛇の目傘である。

 2代目も使い込みつつ手入れを行っており、もうそろそろ片手を超える年数だ。手入れをきちんとすれば10年程持つと言われているが、手入れ以外にも、和傘の保存環境から影響を受けて寿命が減ることもあった。2代目の蛇の目傘とも末永く付き合いたいのだが、どうなることやら。閑話休題。

 

 沸き立つ自分たちを見たビリーが補足する。

 

 

「耐Gシステムを稼働させても、全速旋回時には12Gもかかるけどね」

 

「望むところだと言わせてもらおう」

 

 

 ビリーの言葉に、グラハムが即座に切り返した。

 

 翠緑の瞳には一切の迷いがない。

 揺らがないところがグラハムのいいところだ。

 

 武装面がよくなったからといって、すべてがパワーアップしたとは言えない。何事にも代償(リスク)は付き物だ。

 しかし、リスクを恐れていては勝利を得られない。ときには自ら茨の道を分け入る勇気だって必要である。

 所属部隊を超えた戦友であるゼクス・マーキスだって、そうやってトールギスを駆っていたではないか。

 

 

「たかだか12Gぐらい、何の問題もない。トールギスなんて15Gだぞ? おまけにパイロットスーツなんてなかったし」

 

「なんと! 流石は我が友、ゼクス・マーキスだ。我々も負けていられないな」

 

「「トールギス?」」

 

 

 クーゴとグラハムはうんうん頷き合う。自分たちより7、8歳年下のパイロットが15Gに耐え抜き、戦い抜いたのだ。負けるつもりはないし、負けていられない。

 ビリーとエイフマンが首を傾げる。しかし、ビリーは即座に虚憶(きょおく)の話だと合点がいったようで、「ああ、あの機体か!」と、すぐに手を叩いた。

 

 

「トールギスといえば、あのビーム兵器! 僕たちの技術では見かけない奴だったよね。何とか転用しようとしたけど、上手くいかなかったっけ」

 

 

 多元世界の弊害だ、とビリーは嘆いた。時空振動で多くの次元が重なって誕生した多元世界は、元々あった技術も世界によってバラバラ/まちまちであった。そのため、“ある世界にとっては奇跡に等しいレベルの技術を、他の世界が日常レベルで有していた”なんてことは珍しくない。

 

 例えば、可変式の戦艦が存在していたり、機体のサイズが20メートルを超えるものであったり、敵味方問わず広範囲を殲滅する兵器武装を有していたり、スイッチ一つで殲滅兵器を放つ大要塞が存在していたり、主を不老不死にしてしまう機体があったり、ドリルでいろんなものをぶち抜いてしまう機体があったり。

 中にはフラッグよりも高い機動性を有する可変機もあった。2人の歌姫を守るために、空を飛んだ早乙女アルトの横顔が浮かぶ。元女形の歌舞伎役者ということもあって、何かの機会で女装した彼は文字通りの美人になってたような気がした。刹那、『出た、アルトの早乙女スペシャル!』と叫んだスナイパーのことを思い出す。今日もどこかで、彼の眼鏡が割れているのだろうか。

 

 

「他にも興味深い技術があったなぁ。ドラグーン・システムとか、サイコフレームとか、光子力エネルギーとか、ブレイズ・ルミナスとか」

「個人的には、ガンダニュウム合金を機体の装甲に使ってほしかったのだが……」

「無茶だろグラハム。あの金属、コスト高いし。俺たちの世界の技術じゃ再現不可能だって言われてるじゃないか」

 

「……虚憶(きょおく)における多元世界の技術は、どれもこれも我々の技術では追いつけないものばかりじゃな。わしが生きている間に実用化されるかどうか」

 

 

 エイフマンが悔しそうな声で呟いた。研究というものは1世1代で完成しない場合の方が多い。後継者に思いを託していった技術者や、志半ばで挫折したり無念な結果に終わった先人の想いを受け継いで立ち上がる者もいるのだ。でもやはり、『自分の目で、技術の完成および実用化を見たい』というのが人間の性だろう。

 レイフ・エイフマン、73歳。友人が皆鬼籍に入ってしまった彼は、自分の残り時間が少ないことを自覚しているのかもしれない。プロフェッサー、と、グラハムが彼を呼んだ声は、ひどく震えていた。ビリーも悲しそうな表情でエイフマンを見つめる。若者たちの暗い思いを察したエイフマンは、お茶目に微笑んだ。

 青緑の瞳には、見果てぬ夢を追いかける者が宿す力強さに満ち溢れている。まだ死ぬつもりはない、と、高らかに宣言しているかのようだった。あれならまだまだ現役でいられそうだ。クーゴたちは安心して表情を緩めた。再び、チューンされたフラッグを見上げる。

 

 飛びたい。2機の機体は、そう叫んでいるように思う。

 

 よろしく、と、クーゴは自分の愛機に語り掛けた。頭部の窓に光が反射して煌めく。まるで、フラッグもクーゴを主と定めたかのようだ。

 試作型も兼ねているため付き合いは短いかもしれないが、それでも大切な愛機だ。自分もその機体に恥じぬパイロットでありたい。

 

 クーゴが決意を新たにしたときだった。

 

 

「おお、これが中尉の乗るフラッグですか!」

 

 

 聞き覚えのある声に振り返る。見覚えのある仲間が2人、そこにいた。

 彼らは厳かな表情で、自分たちに敬礼した。

 

 

「ハワード・メイスン準尉、ダリル・ダッジ曹長。グラハム・エーカー中尉の要請により、対ガンダム調査隊に着任しました」

 

「来たな。歓迎しよう、フラッグファイター」

 

「久しぶりだな、2人とも」

 

 

 2人に対し、クーゴとグラハムも敬礼を返す。彼らと顔を合わせるのは久しぶりだ。

 

 最近は多忙のため、虚憶(きょおく)のヴィジョン共有を使う“多元世界技術解析および実験チーム”はあまり身動きが取れなかった。何せ、クーゴとグラハムたちが対ガンダム調査隊に任命され、多忙の真っただ中にいたためである。ガンダムの調査のため、他の部隊にいる面々も色々あったのだ。

 その中からグラハムは彼らを引き抜いてきた。ハワードとダリルも、“多元世界技術解析および実験チーム”に属するチームメイトであり、クーゴのコーヴァレンター能力と相性がいい人間でもあった。彼らがピンポイントで引き抜かれ、調査隊にやって来た――意図された采配に、クーゴはグラハムを見やる。彼は悪戯っぽく目を細めた。

 

 配属されてきた2人も察していたようで、子どもが悪戯を成功させたような笑みを浮かべる。クーゴは思わず苦笑いした。上層部にばれたら、違う方面で問題になるだろう。

 このことを知った“多元世界技術解析および実験チーム”の面々が、ハワードたちにブーイングを浴びせる姿が容易に想像できる。特にアキラあたりはふて腐れそうだ。

 どんな建前で2人を引き抜いたのかは知らないが、ハワードとダリルは実力もあるし人柄もいい。信頼できる相手であることは間違いないし、グラハムの人事は正しいといえよう。

 

 布石は万全、といったところか。落ち着きがないように見えて、案外抜け目のない男だ。

 

 クーゴがそんなことを考えたとき、グラハムの眉がぴくりと動いた。「今、失礼なことを考えなかったか?」とでも言いたげな眼差しである。

 「いいや何も」と目で伝えて流す。我ながら、いけしゃあしゃあとしている。クーゴは心の中で苦笑いした。

 

 

「ガンダムを追いかける傍ら、虚憶(きょおく)の調査をする部隊の出来上がりってわけか」

 

「もしかしたら、『虚憶(きょおく)の中に“ガンダムに対抗できるヒント”があるかもしれない』って、上も判断したんじゃないかな」

 

 

 クーゴの言葉に、ビリーも楽しそうに笑った。エイフマンも“多元世界技術解析および実験チーム”からもたらされる情報には興味があったようで、ゆるく目を細める。

 これからが本番だ。クーゴは再びフラッグを見上げる。虚空の向う側に浮かぶのは、自分たちを見逃した片割れ――大きな輪の付いた白いガンダム。

 

 リターンマッチは近い。クーゴはなんとなく、そんな予感を覚えていた。

 

 

 

*

 

 

 

「ああああああああああああ! 通知が、通知が止まらない!」

 

「恨みを買う理由は自覚しているが……!」

 

「徹夜明けハガネ中尉シリーズばっかり送られてくる!」

 

「こっちは酒飲んだ地獄のTRPGセッションばっかりだ!」

 

 

「「うわぁ! 寝不足と酒が入ったときのヤツ来た!」」

 

 

 ――暫くの間、ハワードとダリルがこんな会話を繰り広げていたが、詳細は教えてもらえなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 女性はじっとテレビを眺めていた。映し出されるのは、コメンテーターとジャーナリストの討論会である。……といっても、いらぬ発言をしたコメンテーターがジャーナリストにやりこめられている状態のため、討論が成り立っているかと訊かれると微妙であるが。

 ちなみに、この場面に至る数分前、コメンテーターは『ソレスタルビーイングを国際警察にすればいい。維持費もいらないし一石二鳥だ』と発言していた。その発言に弾かれたように反論の口火を切ったジャーナリストは、コメンテーターの発言を追及し始めたのである。

 穏やかな物腰の奥には、どこまでも苛烈で攻撃的な意志がある。世間の片隅に生じた綻びに目を留め、そこを見逃して世界を運営していこうとする人間たちを痛烈に批判する青年に、女性は友人のことを思い出した。流石はエルガン・ローディックの秘蔵っ子だ。激情家である所まで似ている。

 

 今頃、国連でも同じような意見を言った相手を、エルガンが(言論によって)一網打尽にしているのだろう。

 その光景が、異様に鮮明に思い浮かんだ。まるで、生中継されているかのように。――否、女性にはその光景が《視えて》いた。

 

 

「本来なら、我々が成し遂げなければならなかったことだ。それらすべてを彼らに丸投げする? なんて浅はかな」

 

 

 物腰は柔らかいものの、エルガンが纏う覇気は天地を揺るがしかねない強さがあった。

 

 上が上なら、下も下か。女性は苦笑し、“同胞”たちの活躍を見守る。彼らだって、やりたいことや進みたい道があっただろうに、女性の理想と約束のために協力してくれていた。感謝してもしきれない。

 やりこめられた議員/コメンテーターが小さく縮こまっていた。完全論破を成し遂げたエルガン/青年は、淡々とした様子で椅子に座る。何事もなかったかのように、エルガン/青年は司会役として話を進行させた。

 血縁関係があるわけでもないのに、2人の癖や性格はとてもよく似ている。まるで親子みたいだ、と女性は思った。特に、大人しそうに見えて反骨精神が強いところや、各方面――特に技術系に関する知識を有しているくせに、愛読書はファンタジー小説や童話だというところは。

 

 青年が好きな話は『ピーターパン』で、両親がプレゼントした絵本を大切に持ち歩いている。大人になった今でも、良くも悪くも純粋な眼差しと夢見る心を忘れていない。

 彼の眼差しは、多くの大人たちが見過ごす/見ようとしない世界の矛盾を見つめていた。澄み切った夜闇色の瞳は、都合の悪いものから決して目を逸らさなかった。そこがいい。

 

 

「グラン・マ」

 

 

 ふと、声をかけられた。振り返る。突き出されたのは、青を帯びた灰色の毛をしたナキネズミ――()()では“架空の生き物”――の人形だ。

 顔を上げる。緊張した面持ちの子どもが2人、こっちを見返していた。ちら、と、互いにアイコンタクトで合図を送りあっている。

 片や、宇宙を思わせるような藍墨色の髪と蒼い瞳を持つ少年。片や、太陽を思わせるような金色の髪に若葉色の瞳を持つ少年。

 

 彼らは何をしようとしているのだろう。能力を駆使しようとする前に、彼らが動くほうが早かった。

 

 

「げんきで、ちゅー、か」

 

 

 たどたどしく紡がれたのは、生来の少年を知っている人間から見れば、らしくない言葉使いであった。

 人形の首が、ぎこちなく動いた。もう一度、少年は「げんきで、ちゅー、か」と、念を押すように言う。

 

 少年2人はじっとこちらを見つめていた。緊張した面持ちで、夏でもないのに汗をかいて、ごくりと生唾を飲み干している。

 

 

<全然反応しないぞ>

 

<だ、大丈夫だよ! 練習ではうまくいってたし、アニエスたちだって『おもしろい』って言ってたじゃないか!>

 

<まさか、全然元気にならなかったか? むしろ怒らせたか?>

 

<う、うわああああああ! グラン・マ、何でもいいから早く何か言って! 無反応が一番こたえるんだよー!>

 

<難しいな。どこをどうすればいいんだ……>

 

 

 流れてくる思念は大パニックそのものだった。補足するが、この2人は一切会話していない。目でちらちら合図し合っていただけだ。

 やっていることと考えていることと表情の落差に、女性は思わず噴き出した。それを見た少年2人は、安堵したように表情を緩ませる。

 彼らの表情は、そこからすぐに、花が咲いたかのような笑顔へと変わった。顔を見合わせ、即座に女性へ向き直る。

 

 

「元気が出たよ、ありがとう」

 

「「どういたしまして!」」

 

 

 礼を言えば、少年2人は嬉しそうに頷く。そしてすぐに、彼らはハイタッチした。

 女性が元気になったと思った少年2人は、楽しそうに談笑しながら外へと駆けだして行った。女性は2人の背中を見送る。

 

 いつかの日、彼らと同じ姿と名前を持った指導者たちを見送ったときのように。けれど、あのときとは違い、傍に誰もいない状態で。女性はぼろぼろと涙をこぼした。

 

 口元を抑えて嗚咽を堪える。いかないで。いかないで。死なないで。いなくなっちゃいやだよ。いつか聞いた/叫んだ声が、頭の中に反響した。それにつられてしまったせいで、涙が止まってくれない。

 腕で涙をぬぐい、テレビを消す。画面に映った自分の顔はとても情けなかった。大きく深呼吸して、頬を叩く。思い出と感傷に浸るのはここまでだ。自分も頑張らなくては。前を向く。

 

 ――さあ、行こうか。

 

 

「グラン・パ。私、今日も頑張ってるよ」

 

 

 だから心配しないでいいよ。これからも見守っていてね。

 

 彼の持っていた能力と同じ色の空を見上げて、女性は微笑んだ。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 二大国家――AEU特務部隊OZとブリタニア・ユニオンの“ガンダム追っかけ”が率いる部隊。

 今回の作戦メンバーを考えると、その言葉がしっくりきてしまうのは何故だろうか。

 

 操縦桿を握り締めながら、クーゴはそんなことを考えた。

 

 AEU特務部隊OZから派遣された部隊の総大将は、ライトニングバロンと名高いゼクス・マーキスである。彼の副官として配属されたルクレツィア・ノインは、ゼクスとは旧知の仲で、所謂ツーカーの間柄らしい。ただし、彼らはグラハムと少女のような恋愛関係ではないようだった。

 グラハムが生温かな眼差しを向け「キミも頑張れ(超要約と意訳)」と言っていたけれど、そのアドバイスは見当違いだったのではなかろうか。ゼクスとノインは意味を理解していないようで、顔を見合わせて首を傾げていた。息ぴったりでお似合いだとは思うが、本人たちにその気がないなら仕方ないだろう。

 話が大幅に逸れてしまったが、自分たちは現在、テロリスト狩りに来ていた遊撃隊の裏部隊を襲撃するため現場に急行している。ゼクスとノインが率いる部隊とは、現地で落ち合う予定となっていた。合流ポイント到着まで、あと数分。ガンダムたちとの戦いも近い。

 

 

(しかし、よく考えると、ガンダムっていっぱいいるよな)

 

 

 コロニー製のガンダムが4機、ソレスタルビーイング製のガンダムが5機。確認されているだけでも、世界には9機のガンダムが存在していることになる。他にも脅威となりうる機体は沢山いるが、自分たちが中心に追いかけているのはガンダムであった。

 しかし、なぜだろう。何とも言えない嫌な予感がする。もしもこの先、万が一、ガンダムという機体の数が増えるようなことが起きたら、確実にゲシュタルト崩壊しそうな人間が部隊(みうち)にいた。……誰かって? 今回ブリタニア・ユニオン軍を率いているグラハム・エーカー中尉その人である。

 

 AEUの軍事演習場でガンダムの降臨/蹂躙を目の当たりにしてから、彼はあの機体に魅入られてしまっていた。その結果が現在の有様である。

 

 普段はまだいい。戦闘中がまずかった。すさんだ心に武器は危険だと言われているが、『グラハムに意中の少女』もしくは『グラハムにガンダム』も充分危険な組み合わせだとクーゴは考えている。居合わせた人間の気苦労的な意味で、だ。

 クーゴの頭と胃に鈍い痛みを感じたのは、緊張しているからという理由だけではなさそうだ。出所は分かっている。精神的なものだ。これからストレスフルの戦場に飛び込むのだから、気を引き締めなければやっていられなかった。

 自分たちの後ろにダリルとハワードが続く。その少し後ろには、ブリタニアが派兵した機体が続いていた。現場に到着する。ゼクスたちの部隊とほぼ同じタイミングで、遊撃隊たちの前に現れた。両勇共に準備は万全であった。通信は良好とは言い難いものの、作戦のすり合わせはとうに終えている。

 

 あとは、作戦を始めるだけだ。

 偶然を装って、遊撃部隊もろともガンダムたちを撃破するのみ。

 

 

「まさか、我々がAEUと合同で作戦に当たるとはな」

 

「今回の任務は特命だ。複雑な事情があるのだろう」

 

 

 意外な展開に、ダリルが感慨深そうに呟いた。ハワードは任務の裏にキナ臭さを感じたようだが、そこについては言及しないことを選んだらしい。

 対して、グラハムは色々な意味でテンションが高かった。目を爛々と輝かせ、僚友と敵部隊を確認する。

 

 

「僚友はライトニングバロン、敵はガンダム……。心躍るな」

 

「ただし、黒の騎士団やゲッターロボ、リ・ブラスタ、レッドショルダー等にも注意すること。要は気を抜いたり、むやみな単騎突撃は控えろってことだ」

 

「わかっていると言った!」

 

 

 クーゴの指摘を本当に理解しているのかはわからないが、グラハムは不敵な笑みを浮かべて返答する。翠緑の瞳には一切の迷いはない。あの日、AEUの演習場で降臨した青と白基調のガンダムへ向けられていた。

 AEUとの協力作戦を通してしまっただけでなく、作戦とはいえブリタニア・ユニオンの領土であるエリア11――旧国名:日本への『侵入』までもを許可させたトレーズ・クリシュナーダの手腕は驚嘆に値する。

 ゼクス曰く、『トレーズは魔法を使った』らしい。クーゴもそれに同意見である。見返りとして払ったカードは何だったのだろう。詳しいことはゼクスでも知らないようだし、トレーズ本人も黙して語らなかった。

 

 

「すべては仕組まれた計略……」

 

 

 クーゴはふっと笑みを浮かべた。他人から見たら、これ以上ない悪い笑みだったろう。

 時代劇で私腹を肥やしていた悪代官も、こんな気持ちだったのだろうか。

 

 そんなクーゴに触発されたのか、グラハムとゼクスも頷き返した。不敵な笑みを更に深くして、言葉を紡ぐ。

 

 

「だが、これはあくまでも偶然の遭遇戦」

 

「エリア11内での特別演習に参加したAEU特務部隊OZ(われわれ)と哨戒任務中のブリタニア・ユニオン軍(かれら)は、偶然にもテロリストの一団を発見」

 

「――よって、それぞれに賊を殲滅すべく、部隊を展開させたという筋書きだ」

 

 

 改めてグラハムとゼクスの言葉から考えると、悪意に満ちたシナリオだ。エレガントを地でいくトレーズからは想像できない展開である。

 いいや。案外、彼は彼なりにけじめと覚悟を背負って、この脚本を描いていたのかもしれない。もしくは、誰かからこの脚本を譲り受けたか。

 

 だが、敵はそれを看破したようだ。即座にAEU特務部隊OZとブリタニア・ユニオン軍(じぶんたち)を迎撃する体制を整える。指揮官が優れていることもあり、遊撃部隊の反応は早かった。

 

 トレーズもそこは見越しているだろう。だったら話は早い。クーゴが操縦桿を握り締めたとき、敵部隊の会話を拾い上げた。

 どうやら、彼らは己を囮にして(主に軍事力を有する陣営に対する)敵味方の判別をしていたようだ。釣られてくれた、と、彼らは不敵に笑っている。

 そんなことはこちらも承知だ。互いが互いにとっての釣り餌であり、獲物である。釣ったのはどちらか、釣られたのはどちらか。

 

 

「確かめさせてもらうぞ、ZEXIS!」

 

 

 ゼクスが搭乗する機体――獅子座の名を冠するMS・リーオーが唸りを上げる。

 

 

「キミたちが私の想いを受け止めるに足る存在であるかどうかを!」

 

 

 グラハムが搭乗するユニオンフラッグが空を舞う。

 クーゴの注意などなんのその、彼は迷わず白と青基調のガンダムへ向かって突撃した。

 

 

「わかってない……!」

 

 

 頭を抱えたくなったクーゴは何も悪くないはずだ。通信の向うで、誰かが苦笑いした気配がする。

 あちらには平和そうだから、珍妙な光景に見えるのかもしれない。それはそれで羨ましいことだ。

 

 ……まあ、話は完全に別次元になってしまったが。

 

 クーゴは腰の鞘からガーベラストレートとタイガー・ピアスを抜刀し、構える。敵も味方も大混戦。一瞬でも気を抜けば、待ち受けるものは『死』一択だ。気は抜けない。

 黒の騎士団も、ゲッターロボも、ダンクーガも、リ・ブラスタも、そして――ガンダムも、機体性能差から考えると強敵だ。だが、相棒たちとフラッグで、どこまで戦い抜けるか。

 まずは、グラハムの援護に回らなくては。クーゴは操縦桿を握り締め、暴走気味な相棒の元へと駆けたのであった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「ソレスタルビーイングは世界を試した。だからこそ、今、世界に試されていると言っても過言じゃない」

 

 

 悪意に満ちたシナリオの虚憶(きょおく)をまとめ終えて、クーゴはぽつりと呟いた。出動要請に備えていた調査隊の面々が、納得したように映像画面を見やる。クーゴもそれに続いて画面を見た。

 テレビ画面には、ユニオンの傘下から離れてエネルギー権の主張をしたタリビアの大統領が演説していた。ユニオン軍は反逆者である彼らを鎮圧するため、グラハムやクーゴらを含んだ部隊を派兵する。この時点で、ユニオンもタリビアも予想しているのだ。ソレスタルビーイングの来襲を。

 

 問題は、“ソレスタルビーイングがどちらにつくか”という点だ。もしも彼らがタリビアにつけば、その強硬姿勢を容認してしまうことになる。対してユニオンの武力鎮圧を静観すれば、“戦争根絶のために介入する”という彼らの理念そのものが瓦解してしまう。

 文字通りの八方塞がり。流石のソレスタルビーイングも万事休すだろう――それが、大方の意見だ。タリビア大統領もユニオン代表も、嫌な笑みを浮かべながら戦況の流れを見守っているに違いない。政治とは常に駆け引きの世界にある。

 もっとも、ソレスタルビーイングが自らの理念を貫き通すために取りうる選択肢は他にもある。イオリア・シュヘンベルクの声明をよく聞いていれば、なんとなく思い浮かぶ結論だ。『武力を持ちうるものすべてが攻撃対象になり、争いを起こそうとするものも含まれる』という言葉に、答えはあった。

 

 

「俺がソレスタルビーイングだったら、タリビアとユニオンの両方を潰す。それだって、方向性は違うけど『中立』であることには変わらない」

 

 

 クーゴの発言に、グラハムが納得したように頷いた。

 

 

「成程。『喧嘩両成敗』のようなものか」

 

「文字通り、茨の道だろうがな」

 

 

 クーゴは険しさを隠すことなく眉間にしわを寄せた。虚憶(きょおく)で自分たちが乗った作戦も充分闇討ちと言えるレベルだが、政治家の考えていることは恐ろしい。何を選んでも、ソレスタルビーイングの存在価値に影を落とすことになるだろう。

 どちらのシナリオがいいかと問われたら、クーゴは迷わず「トレーズがいい」と答える。ソレスタルビーイングの存在意義にダメージは与えられないけれど、兵士として参戦して――言い方は悪いが――気持ちよく戦えるのは、彼の考えた作戦だからだ。用は心の問題である。

 流石は優雅で気高き敗者(しょうしゃ)。トレーズは彼自身が“勝利条件”と定めた条件すべてを満たし、己の敗北という形で事実上の勝利者となった。“ZEXISとの最終決戦”に勝つことより、“人類に人の心を示す戦い”に勝つことを選んだ結果である。

 

 何を勝利とするかは人それぞれだ。相手を打ち負かすことだったり、自分がより多くの利益を得ることだったり、損失を最小限にとどめることだったり、他者により多くの損害を与えることだったり、相手に時間を浪費させることだったり、挙げると本当にきりがない。

 

 そんなことを考えていたとき、連絡が入った。ソレスタルビーイングのガンダムたちが動き出したらしい。行先はタリビアだ。クーゴも立ち上がり、自分の愛機に飛び乗る。今回がカスタムフラッグの本格的な初戦闘である。

 カタパルトが開く。先陣を切って飛び出したのはグラハムのカスタムフラッグであった。クーゴも彼の後に続き、空へと飛び出す。振り返れば、ダリルとハワードのユニオンフラッグが随伴してくれていた。

 

 

「ついにガンダムとご対面ですか。楽しみですよ、中尉」

 

 

 通信越しからのハワードの声は、やや浮き足立っているように思う。理由はわからなくはない。

 

 

「私もだ」

 

 

 グラハムも闘志に満ちている。彼の想いを代弁するかのように、チューンされた彼の愛機がスピードを上げたような気がした。クーゴは苦笑いしつつ、それに続く。

 

 新たな力を得たフラッグが、どれだけガンダムに迫ることができるのか。自分たちのために頑張ってくれた技術者たちの想いを背負っているのだ。前回のような敗北は許されない。

 空を切り裂くようにして、4機のフラッグが翔け抜ける。目的地であるタリビアは、もうすぐそこだ。クーゴは操縦桿を強く握りしめる。

 

 戦況はユニオン軍が制空権を手にし、タリビアは地上MS部隊を主要3都市に展開している。一触即発と称しても過言ではない。ソレスタルビーイングがどんな行動をとるかで、MS部隊の動きは一変するだろう。はてさて、状況はどう転ぶのか。

 自分たちが向かう都市は、一番東側にある都市だ。どのガンダムが現れるかは不明だが、目標通り“一戦交える”ことは可能だろう。そこで撃墜あるいは鹵獲できれば御の字で、敗北しそうな場合は生きて撤退すればデータが手に入る。それを活かせば、撃破や鹵獲だって夢じゃない。

 飛行形態のフラッグ4機は目的地に到着した。既にガンダムは武力介入を行っていたようで、AEUの軍事演習場に降臨した天使と天女が一騎当千の活躍をしていた。天使の左腕に装備されていたブレードが、タリビアの地上MS部隊を薙ぎ払っていく。天女は機動力を活かしつつ、体当たりでMSを弾き飛ばす。瞬く間に部隊は全滅した。

 

 どうやら、ソレスタルビーイングはタリビアを紛争幇助国と断定したらしい。今頃、タリビアの大統領はどんな顔をしているのだろうか。

 ソレスタルビーイングがどんな判断を下そうと、政治家は即座に作戦を変えていくだろう。己の政治生命、ひいては国民のために。

 

 

「これで俺たちユニオン軍は、大手を振ってガンダムに仕掛けることができる、……ってわけか」

 

 

 クーゴはぼそりと呟いた。自分の声がやけに暗いことに気づき、ため息をつく。人の心に絶望した人々は、『薄汚い世界から目を逸らすまいとして、そればかりを見るようになってしまった』からではなかろうか。なんとなくだが、そんな気がした。

 空に展開していたユニオンフラッグが、丸腰となったタリビア防衛のために動き始めた。しかし、どのフラッグもガンダムに追いすがることは敵わない。ガンダム2機は悠々と撤退していく。クーゴは操縦桿を操作し、一気に加速した。グラハムも同じ思考回路だったようで、2機のカスタムフラッグが弾丸のように飛び出した。

 体に凄まじいGがかかる。クーゴはわずかにうめき声をあげたが、それでも必死に追いすがった。負けられない。負けたくない。その意志をもってして、体にかかるGを耐え抜く。恐ろしいまでもの加速を得たフラッグは、ガンダムとの距離をぐんぐん縮めていく。これなら充分、クーゴたちの射程圏(きょり)だ。

 

 

「これでガンダムと戦える……! 見事な対応だ、プレジデント!」

 

 

 仕掛けたのは、グラハムのフラッグだった。飛行形態のまま、新型ライフルによる威嚇射撃を行う。天使はそれを躱したが、その隙をつくような形でフラッグが回り込む。射撃は囮、本命は逃走経路を潰すことだ。そのまま即座に空中変形。相変わらず、グラハムの腕前には惚れ惚れする。戦闘中の言動はあれだが。

 クーゴも天女の前に躍り出た。グラハムが操縦するフラッグの機動性に動揺していた天使のパイロットとは違って、天女のパイロットは落ち着いているように見える。むしろ、クーゴがここに来ることを予感していたかのような佇まいだった。まるでステップを踏むかのような、軽やかな動き。

 

 脳裏に浮かんだのはオフ会の光景だった。エトワールが楽しそうに笑いながら、くるくるとステップを踏む姿である。機体の動きはそれとよく似ていた。

 

 

<踊りましょう? 空の護り手さん。私は一途でしてね、貴方以外の男は眼中にないんです>

 

 

 不意に、声がした。女性のものだった。通信、だろうか。クーゴは顔を上げる。天女は相変わらず、ただ静かにそこにいた。

 随伴しているハワードとダリルなど眼中にない。むしろ、他の何かが近づくことさえ許さない。厳かで神々しい空気が漂っていた。

 ハワードとダリルは動かない。いや、動けないのだ。彼らは毛色の違う空気に気圧されてしまっているようだ。

 

 クーゴは操縦桿を握り締める。天女はクーゴとクーゴの駆るカスタムフラッグを御所望のようだ。

 今なら、グラハムとやり合っているガンダムのパイロットの気持ちがわかるような気がした。

 

 

(“天女は、どうして俺を待っているんだろう”――……グラハムに追い掛け回されている天使も、こんな気持ちなんだろうか)

 

 

 天使のパイロットはグラハムがなぜガンダムに――しかも己の機体に執着するのかわからないだろう。おそらく、軍事演習場の観客席など眼中になかったはずだ。

 

 初めての介入場所に、偶然グラハムが居合わせた。彼にとってそれが運命の出会いであっても、ガンダムのパイロットにとってはそうだとは限らないだろう。可哀想に、と、クーゴはグラハムに迫られる天使の方をちらりと見た。

 何度見ても、見直しても、どうしても『グラハムと少女のやりとり』を連想してしまう。Gのせいで頭に影響が出てきたのだろうか。いや、もしかしたらストレスのせいかもしれない。とりあえず、浮かんだ光景を片付けて前に向き直る。

 天女は相変わらずそこにいた。じっと、静かに、クーゴの動きを待っている。ハワードとダリルに対しては、『貴方たちはお呼びじゃないんです。邪魔しないでください』と言いたげな殺気(?)を放っていた。

 

 どうします? と、2機のフラッグが心配そうにこちらを見た。

 そんなことは決まっている。クーゴは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「熱烈なアプローチをどうもありがとう、レディ。ご期待に添えるかどうかはわからんが、精いっぱいエスコートさせてもらうとしよう。――そこを、動くな!」

 

 

 クーゴはそう言うなり、即座にライフルを撃ち放った。動くなと言われて動かないでいる奴なんていない。ガンダムは何の苦も無くライフルを躱した。もちろん、そこは想定内だ。

 

 射撃に気を取られている間に、回り込む。しかし、そこは向うも想定していたようで、ガンダムはステップを踏むようにして回避した。勢いをそのままに、今度はガンダムが体当たりを仕掛けてきた。全速旋回で躱し、再び遠距離射撃を行えば、ガンダムは特徴的なステップを踏んで回避した。

 今度は相手が攻める番のようで、攻撃方法は体当たりではない。展開していた光輪を、フラッグに向けて討ち放ってきた。1つ、2つ、3つ、4つ。次から次に光の輪が飛んでくる。複雑な軌跡を描くそれは、巻き込む範囲が広い。何発も放たれると、流石のフラッグも身動きしづらくなる。相手はそれを狙っているのだろう。

 

 そのうちの1つが、クーゴの眼前に迫った。躱しきれない。クーゴは反射的に、鞘からガーベラストレートを引き抜いていた。

 居合切り。ガーベラストレートは光の輪を真っ二つに切り裂いた。居合で『飛んできたもの』を切った経験は何度もあるが、今回はぶっつけ本番である。

 

 

「あ、危なかった……!」

 

 

 失敗してたら直撃だ。確実に墜とされていただろう。こめかみを汗が伝った。次の瞬間、今度はレーザーガンが打ち放たれる。クーゴは再びガーベラストレートを振るった。

 レーザー弾はテスト通りに真っ二つになる。切って、切って、切り裂いて、クーゴはガンダムと距離を詰めた。その勢いのまま、ガーベラストレートを振りかぶる。

 ガーベラストレートが天女の腕を切り裂くと思われたコンマ数秒、天女の機体から“何か”が切り離される音がした。その数、6機。“それ”は特徴的な軌跡を描いて、機体の腕に集まった。

 

 ――丁度、ガーベラストレートが切り落とそうとしていた左腕に。

 

 キラキラと舞い上がった粒子を難なく貫通したガーベラストレートであるが、盾のような形状に合体した“それ”に阻まれる。

 日本刀をモチーフにした武装と鍔迫り合いを繰り広げる程の盾に、クーゴは思わず息を飲む。

 

 

「――っ、くそ!」

 

 

 ばちん、と、火花が爆ぜる。粒子の推進力に物言わせたシールドバッシュによって弾き飛ばされながらも、クーゴはフラッグの態勢を整える。

 次の瞬間、合体していた盾が分離し、今度はレーザーガンと合体した。それは弓のような形状へと変形し、矢の形状をしたビーム弾を撃ち放って来た。

 

 クーゴのフラッグは反射的に、ガーベラストレートでビーム弾を叩き切る。そうしてまた、2機は空を翔った。勢いのままにぶつかり合う。

 躱しては攻撃し、攻撃しては躱し、切っては結び、切っては結びを繰り返し続けた。心が躍る。こんな気持ちになったのは、随分と久しぶりな気がした。

 

 このままいつまで踊っていられたら――なんて、バカなことが頭の片隅に浮かんだときだった。何かが水に落ちるような音がした。視界の端に水しぶきが舞う。

 青と白基調のガンダムは海中へと沈んでしまった。グラハムが撃墜したのか。いや、違う。彼は天使を逃がしてしまったことを惜しく思っているようだった。

 クーゴは天女の方へと振り返る。ガンダムはじっとこちらを見ていたが、ややあって、寂しそうな声が響いた。

 

 

<ごめんなさい。行かなくちゃ>

 

 

 緑の粒子が舞う。深緑の光がきらきらと瞬いた。そこに混じって、蒼が煌めく。

 

 

<……では、また今度>

 

 

 次の瞬間、ガンダムは恐ろしい勢いで空の向うへと飛んでいく。あっという間に、白い機体は見えなくなってしまった。

 クーゴたちは唖然とするしかない。ガンダムの速度は、摩擦熱でオーバーロードを起こし、自己崩壊してもおかしくない速さだったからだ。

 

 沈黙。これまた見事な敗北だ。クーゴは深々と息を吐き、コックピットにもたれかかった。通信が入る。モニターには覇気のないグラハムの顔が映し出された。

 

 

「逃げられたな……」

 

「なんでもありかよ。凄いな、ガンダムって」

 

 

 顔を見合わせて大きくため息をつく。カスタムフラッグでどうにか追いすがることはできたが、やはり、撃破も鹵獲もまだまだ遠いようだ。

 水中対応、オーバーロード必須の速度。ガンダムという機体は、適応性が高いようだ。残念ながら、チューンされたフラッグにも水中にまで適応していない。

 このデータが出たら、エイフマンとビリーおよび技術班はてんやわんやになるだろう。水中対応から耐久速度の底上げ……分野違いのクーゴでさえ、考えるだけで気が遠くなる。

 

 クーゴが深々と息を吐いたとき、不意に笑い声が響いた。声の主はグラハムである。

 不敵な笑みが徐々に崩れて、相手を慈しむような笑みに変わる。彼は誰に/何に思いを馳せているのだろうか。

 

 

「また会おう、ガンダム。会えない時間が、我々の間の想いを育てると信じて」

 

「……お前は本当にぶれないんだな」

 

 

 クーゴは額に手を当てた。俯くと余計に気が重くなるので、あえて天を仰ぐ。

 

 タリビアの空は快晴。

 泣きたくなるくらい真っ青な、美しい色をしていた。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【出展および参照】
『Wikipedia』より『付喪神』
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