問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


一方その頃:星の光はすべて過去

 

 沙慈・クロスロードは悩んでいた。

 

 悩みの種は、学業でもなければルイスとの交際がうまくいかないとかでもない。両方とも順風満帆と言える。特に後者は、ルイスの両親からお墨付きをいただいていた。

 というか、沙慈の悩みは沙慈自身のことに関係するものではなかった。沙慈の姉――絹江・クロスロードに関係することである。

 

 

「はぁ……」

 

 

 沙慈・クロスロードはため息をついた。

 

 姉の絹江・クロスロードは、4つ年上の社会人だ。職業はフリーのジャーナリストで、最近はソレスタルビーイングについての調査を行っている。

 亡くなった父の遺志を継いでジャーナリストとなった彼女は、父譲りの正義感と粘り強さで真実をひたむきに追い続けていた。無銘ではあるものの、業界では中堅クラスらしい。

 絹江と沙慈の父は有名なジャーナリストであったが、ある事件を追いかけていた際に亡くなった。絹江は“父は真実に近づいたために殺された”と言っており、そこからジャーナリストへの道を進んだという。

 

 仕事一筋で多忙な絹江だが、沙慈の面倒をきちんと見てくれた。そのことにはとても感謝している。

 しかし、家族と仕事に忙殺された絹江を見ていると、思うのだ。姉の幸福は大丈夫だろうか、と。

 

 

「はぁ……」

 

 

 沙慈・クロスロードは深々とため息をついた。

 

 絹江は“彼氏いない歴=年齢”を地でいく。本人も『結婚? 考えたこともないわね』と、あっけらかんな態度を貫いていた。そんな余裕もないし、仕事に集中したいのだ、と。

 ルイスにそこを攻められた絹江が、ルイスを見送った後に、『余計なお世話よ“ピー(以下略、および自主規制”』と激高して手が付けられなくなった一件は忘れられない。結婚願望はあるようだ。

 

 彼女のPC履歴を確認すると、たまにだが、有名な掲示板の――特に、嫁姑小姑問題に関するスレッドが紛れ込んでいる。沙慈もこっそりそこを覗いてみたのだが、悪口やら仕返しやらの話題で盛り上がっていた。その中に『弟の恋人がひどい』という話題がちょくちょく出てきた。

 内容も、どことなく沙慈とルイスのやり取りとよく似ている。終いには、『弟の恋人に『お姉さまは結婚しないんですか?』と尋ねられた。余計なお世話よ“ピー(以下略、および自主規制)”』という書き込みがあった。絹江が激高したときに言っていたことそのままだった。

 最近はその発言も少しづつ和らいできたようで、『腹立つときもあるけど、でも、嫌いにはなれない。根はいい子みたいだから』という書き込みを見かけるようになった。この間引っ越してきたお隣さん――イデア・クピディターズのアドバイスが効いているのかもしれない。

 

 

「はぁー……」

 

 

 沙慈・クロスロードは憂鬱であった。

 

 

「どうしたのよ沙慈。さっきから、ため息ばっかりついちゃって」

 

「珍しいな。お前がそんな風に悩むなんて」

 

 

 そんな自分に声をかけてきたのは、金髪碧眼の少女――結婚を前提に交際を続ける恋人・ルイスと、茶髪の青年――沙慈の先輩でありグライフ教授の孫・悠凪(ゆうなぎ)だった。

 沙慈とルイスは、先輩である悠凪から勉強を教えてもらっている。今は、今日の勉強会が終わり、雑談をしていた真っ最中だ。何もないときは、どうしても気になって仕方がない。

 

 近々沙慈は、奨学金で行ける研修旅行に参加する。宇宙に浮かぶ機動エレベーターおよびステーションを見に行くのだ。沙慈の夢は宇宙技師になることだ。未来の仕事を見学および体験できる希少なチャンスである。

 その間に、姉に何かあったらどうしよう。問題はかなり切迫している。絹江は『沙慈がルイスに何かやってしまう』ことを心配しているようだが、沙慈は逆に『姉が何かして/やられてしまう』のではないかと気が気でないのだ。

 沙慈はゆっくりと顔を上げる。ルイスと悠凪が心配そうにこちらを見返していた。前者はお付き合いしている大切な女性、後者は頼れる先輩だ。『心配事があるなら相談してくれ』という眼差しに、沙慈は意を決して話すことにした。

 

 

「姉さんのことなんだけど……」

 

 

 沙慈は言葉を切る。ごくり、と、2人が唾を飲んだ。

 幾何の沈黙を得て、沙慈はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「……近々、僕に、お義兄さんができるかもしれない」

 

「え」

「え」

 

「しかも、そのお義兄さん候補、2人もいるんだ……!」

 

「ええええええええええええ!?」

 

「お義姉さまが、三角関係の中心に!?」

 

 

 学校のカフェテラスが、ルイスと悠凪の悲鳴によって埋め尽くされた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「はっくしょん! うう、風邪かしら……」

 

 

 絹江・クロスロードは、言葉にできない薄ら寒さを感じて腕をさすった。

 絹江のデスクは、イオリア・シュヘンベルグ及びソレスタルビーイングの資料が無造作に積み上げられている。

 

 今日も帰りは遅くなりそうだ。徹夜も確実である。

 

 

「先輩、体調管理はきちんとしてくださいよ。寝込んでいる間にスクープを逃すかもしれないんですから」

 

 

 不意に、どこか棘のある、生意気な声が聞こえてきた。差し出されたのは、はちみつとレモンが使われた温かいジュース。見上げれば、藍墨色の髪と瞳を持つ白人の青年がため息をついていた。彼は性格と態度にやや難があるが、夢や理想、およびそれを追いかける人を大事にする。

 棘だらけの言葉とは裏腹に差し出されたジュースは、明らかに絹江の体調を気遣うものだ。ありがとう、と礼を述べれば、彼は照れくさいところがあるのか、すぐに愛用のビデオカメラや携帯端末を取り出して映像をチェックしていた。持つべきものは、同じ目標(しんじつ)を追う仲間であり戦友である。

 絹江はジュースのふたを開け、飲む。レモンの酸味とはちみつの甘さが絶妙にマッチしていた。ほぅ、と息を吐けば、後から温かさがじんわりと胸の中に広がっていく。疲れと緊張が解けていくかのようだ。その様子を心配そうに見守っていた青年と目が合う。彼は即座にそっぽを向いた。

 

 相変わらず、ソレスタルビーイングの行動は不明な点が多い。イオリア・シュヘンベルグの経歴についても、組織に関する情報も少ない。

 それでも、絹江個人で調べていたときより、同じものを追っていた青年が共同戦線を持ちかけてくれたおかげで、多少はやりやすくなったと思う。

 

 かねてからイオリア・シュヘンベルグの研究をしていたという後輩にまで協力を仰ぎ、(やや強引にだが)了承させてくれたときは本当に感謝した。後輩も後輩で、本当は断ることだってできただろう。でも、彼も、最後は自らの意志で『絹江に協力する』と言ってくれたのだ。感謝してもしきれない。

 

 

(後輩くんも大変ね)

 

 

 『気弱なドジっ子』を地でいく、もう1人の仲間のことを考える。病的なまでに白い肌と、月光を思わせるような白銀の髪。常にオドオドしていて挙動不審な、小動物的な草食系男子だった。沙慈をもっと臆病にすればあんな感じになっていたのかもしれない。

 最近は彼にも無理をさせてしまっている。この前会ったときは、目の下に大きなクマをこしらえて、足取りがふらふらとしていた。それでも後輩は『大丈夫です。力になりたいんです』と健気に笑い返してくれた。流石に、絹江も青年と協力して無理矢理休ませた。

 

 その翌日、『熱が出て倒れた』というメールが来て、ああやっぱりと脱力したものである。

 

 メールが届いてから3日程経過したが、彼は元気になっただろうか。

 『どの口が』などと言われるかもしれないけれど、心配である。

 

 

「そういえば、後輩のことなんですけど」

 

 

 絹江の思考を読み取ったかのように、青年が言った。絹江は思わず青年へ視線を向けたが、彼は相変わらずそっぽを向いたままだった。

 

 

「元気になったみたいですよ。『近々合流します』って言ってました」

 

「わかったわ」

 

 

 それなら安心だ。絹江はジュースのキャップを閉めて、端末の画面とにらみ合う。イオリア・シュヘンベルグの情報やソレスタルビーイングの行動を今までまとめたものだ。最近の動向はタリビアに対する武力介入である。ユニオンとタリビアに利用された形となったが、彼らは彼らの理念を通しただけである。声明の内容を考えれば妥当な行動と言えよう。

 声明内容をこと細かく覚えている人間が少ないというのもある。彼らは確かに、『戦争を引き起こすことを手助けする国や団体も武力介入の対象とする』と宣言していた。戦争幇助国も対象だと、きちんと明言していた。ソレスタルビーイングを擁護するつもりはないけれど、今回政治家たちがとったやり方は汚い。

 

 

『……汚い奴らめ』

 

 

 この知らせを聞いたとき、隣にいた青年が吐き捨てた言葉だ。

 

 おそらく彼は、全てを察していたのだと思う。ユニオンとタリビアの駆け引きも、政治家たちが張り巡らせた罠も、民衆の心がどう動くかも。

 苛立ち紛れに舌打ちを繰り返していた彼は、その勢いのままテレビ番組へと出演。平時と同じように、けれど苛烈に、コメンテーターを論破していた。

 

 

『僕はソレスタルビーイングを擁護するつもりはありません。ただ、彼らを利用し私腹を肥やそうとする奴らや、そういう奴らを隠ぺいしようとする奴らが許せない』

 

『ソレスタルビーイングの出現を利用し、今まで行ってきた不正をなあなあにしようとしている奴らがいることは事実です』

 

『世間が“ソレスタルビーイングに夢中になっている”こと自体に、僕は警笛を鳴らしたい。他にも、見るべき問題や語るべき問題があるのではないですか? 例えば――』

 

 

 ソレスタルビーイングを追う傍ら、青年は他にも様々な問題を並行して追いかけている。それでも体調を崩さず、ほぼ不眠不休に近い形で活動を続けているのだ。ジャーナリスト歴は絹江の方が先輩とはいえ、そのガッツは見習うべきところである。

 もっとも、彼は『紆余曲折(本人談)あってからジャーナリストになった』ため、年齢的には彼の方が年上であった。しかし、彼は絹江のことを先輩と呼び、『自分のことは呼び捨てにしていい』と言ってきた。変わっているとは思ったが、本人の希望であった。

 絹江はちらりと青年の姿を伺い見る。彼は映像や端末と睨めっこしながら、ぶつぶつ独り言を零していた。絹江はデスクの中を漁る。出てきたのはチョコレートだ。難しい顔をしている青年に声をかけて、絹江はそれを手渡した。

 

 

「僕は子どもじゃないんですけどね」

 

 

 青年はむっとしたように絹江を見たが、結局は受け取ることを選んだらしい。チョコレートの包み紙を開けた。

 そのまま黙々と食べ進める。彼の口元が幸せそうに緩んだところを絹江は見逃さなかった。青年は隠しているようだが、実はかなりの甘党である。

 

 こういうのを、人は“ギャップ萌え”という。

 

 

「僕で萌えても楽しくないと思いますが」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 

 冷たい眼差しが絹江を射抜いた。

 絹江はタジタジになりながら謝罪する。青年は肩をすくめた。

 

 

「今日はそろそろ、家に戻られてはどうですか?」

 

「でも、もう少し……」

 

「先程の一件もありますからね。今日は送っていきます」

 

 

 有無を言わさぬ強い調子に、絹江は内心深々とため息をついた。青年は頑固だから、テコでも意見を変えようとしないだろう。

 絹江は苦笑して、頷いた。彼は満足げに頷き、絹江の手を引く。紳士が淑女にやるような、所謂『お手をどうぞ、レディ』的なアレだ。

 正直、彼のこれには未だ慣れない。お姫様扱いされた経験が殆どないというもの理由である。絹江は困惑しながらも、彼のエスコートに従った。

 

 駐車場へ移動する。バイクに跨った青年に続き、絹江はバイクの後部座席に跨った。“バイクはむき出しのため寒いから”と手渡された上着を着て黒いフルフェイスのヘルメットを被り、青年の背中にしがみつく。程なくしてバイクのエンジンが起動した。

 

 青年から貸してもらった上着のおかげで、あまり寒くない。バイクは運転者を遮るものが何もないため、走っているときは風の影響をもろに受ける。そのため、夏でも肌寒いし冬だと寒さがかなりのものになるそうだ。青年の気遣いに感謝である。

 思えば人生22年、絹江は青春まっしぐらなこととは縁がなかった気がする。自転車はおろか、バイクで2人乗りなんて初めてのことだ。青年はそのことも察しているらしく、交通の便を妨げず、けれど絹江が不安にならない程度の速度を保って走行していた。

 

 

(態度には難があるんだけど、気配りは紳士レベルなのよね……)

 

 

 だから、社内の女子がほいほいとつられていくのである。同僚の男子がいらだった目を向けていることに、この青年は気づいているのだろうか。

 

 気づいていようといまいと、おそらく態度は変わらない気がした。どのみち『僻みですね。恥ずかしくないんですか? そんなことをやっているなら(以下延々と続く)』と反撃して、相手を反論不能にまで陥れてしまうだろう。彼なら絶対やりかねない。

 そうこうしている間に、絹江のマンションに到着した。普通はここで別れるのだろうが、青年は絹江を自宅前まで送っていく。徹底したエスコートだ。おかげで沙慈から物々しい視線を向けられるのだが、絹江にはどうすることもできないでいる。

 

 

「では、また」

 

「ええ。また明日」

 

 

 玄関の前で別れて、絹江は部屋へ、青年はエレベーターへ向かって歩き出す。

 扉を開けたら、丁度沙慈とルイス、悠凪と一鷹、最近引っ越してきた隣人の片割れ――イデアが部屋の中で何かを話していたところだった。

 こちらを見た彼らの視線は、絹江が後ろ手で閉めた扉の向うに向けられていた。もしや、立ち去っていく青年の姿が見えたのだろうか。

 

 沙慈が戦慄き、ルイスが爛々と目を輝かせた。

 悠凪は一鷹やイデアと目を合わせ、何とも言えなさそうに苦い表情を浮かべていた。

 

 状況が理解できずに困惑する絹江へ、ルイスが爆弾発言を落とす。

 

 

「あの人が、お義姉さまの恋人候補ですか!?」

 

「はぁ!?」

 

 

 絹江は思わず素っ頓狂な声を上げた。沙慈ががばっと顔を上げる。

 

 

「そうなの? 彼が僕のお義兄さんになる人なの?」

 

 

 弟の目には光がない。一体どうしてしまったのか。

 周囲の眼差しが突き刺さってくる。やり切れない上にとんでもない誤解だ。

 

 絹江は誤解を解くため、否定する。

 

 

「彼は仕事仲間よ。私と一緒に、ソレスタルビーイングに関することを調べているの」

 

 

 しかし、ルイスが食いついた。

 

 

「またまたご謙遜を! ……もしかして、本命はもう1人の方ですか?」

 

「だから、違うって言ってるでしょう!」

 

 

 ルイスはニヤニヤ笑いながら、根掘り葉掘りしようと話題を吹っかけてくる。それに比例するかのように、沙慈の目から光が消え、どんどんドス黒くなっていくではないか。

 それを見た悠凪や一鷹が怯えはじめた。イデアは困惑した表情を浮かべ、おろおろしている。ルイスは沙慈の変化に気づかず、目を輝かせていた。

 絹江は深々とため息をつく。それもこれも、あの青年が自分の我を通して絹江を自宅の玄関前まで送るからだ。後で絶対文句を言ってやろう、と、絹江は心に決めた。

 

 たとえ、いけしゃあしゃあとした態度で流されてしまおうとも。

 

 

 

***

 

 

 

 状況が悪化した。

 

 絹江は今すぐ頭を抱えて項垂れたかった。

 図らずとも元凶になってしまった2人を連れて、さっさと逃げてしまいたかった。

 

 

「すみません。姉とあなた方は、どのようなご関係なんですか? どちらかが、僕の、未来のお義兄さんになるんですか?」

 

「やめなさい沙慈! この2人はそういう関係じゃないの!!」

 

 

 死んだ魚を思わせるような濁った瞳が、ただひとつのことを問い詰めるために向けられている。声はとても平坦なのに、やけにドスが利いているではないか。こんな沙慈を見たのは人生で初めてのことだった。

 青年が引きつった笑みを浮かべて後ずさりし、後輩は「ひっ!?」と悲鳴を上げて青年の後ろに隠れた。ぴるぴると怯える姿は本当に小動物みたいだ。そこが母性本能をくすぐるのだろう。「守ってあげたい系」男子である。

 しかし、青年よりも後輩の方が身長が高い。青年が170近くだとするなら、後輩の身長は170後半、むしろ180近くだ。後輩が青年の後ろに隠れて身を縮こませているのはシュールな光景だった。これは、もう、何と言えばいいんだろう。

 

 人革連の機動エレベーター・リニアトレイン発着ロビーは、文字通りカオスな空気に満ち溢れていた。主に、青年と後輩を根掘り葉掘りするルイスと、能面のような顔で機関銃の如く同じ質問を繰り返す沙慈のせいで。

 近くを通りかかった人革軍の軍人2人がこの場を見ていたが、何もしないことを選んだようだ。いや、何もできなかったのだと思う。諦めたように額を抑えて立ち去る上官の男性と、不快感をあらわにしつつも無視することを選び去っていく女性の後ろ姿が人波に飲まれて消えていった。

 

 

「でも、お義姉さまは、有名な人とお知り合いなんですね。そっちの方はテレビで見ました。カッコよかったですよー」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 ルイスに褒められた青年は、彼女の隣に立つ沙慈の眼差しに腰を引きつつも、褒められたことに対する感謝は忘れなかった。

 ぺこりと頭を下げた彼の佇まいは、誰が見ても惚れ惚れとする一礼だ。とても綺麗な姿勢である。

 日本で暮らした期間が長いだけあって、彼が知っている日本文化やマナーは日本人と同レベルと言えた。

 

 

「すみません。姉とあなた方は、どのようなご関係なんですか? どちらかが、僕の、未来のお義兄さんになるんですか?」

 

「あ、あの、僕……僕は……」

 

「はっきり、正直に答えてください。姉とあなた方は、どのようなご関係なんですか? どちらかが、僕の、未来のお義兄さんになるんですか?」

 

「うぅ……!」

 

 

 後輩がぴるぴる震えながらも、必死になって弁明の言葉を紡ごうとしていた。

 が、やっぱり怖くて怖くて仕方がないのだろう。正直言って、絹江も怖くて仕方がない。

 

 可愛いけれど手間がかかる弟は、『義兄候補と認定した相手いびりをする小舅』という一面を発揮するなんて誰が思うだろう。

 絹江のことを案じているのはわかるが、流石にこれはやりすぎだ。しかも絹江ですら律することができないとは。

 手の打ちようがなくてほとほと困り果てたときだった。リニアの案内が響き渡る。沙慈とルイスが乗る便が出るのはもうすぐだ。

 

 

「ほ、ほら! 沙慈、あんたたちが乗る便、もうすぐ発着する時間でしょ!? 早く行かないと乗り遅れるわよ!」

 

「あっ、本当だ! 急がなくちゃ……!」

 

 

 ようやく沙慈は追及することを諦めたらしい。彼は慌てた様子で――けれども絹江の方を振り返って、特大の釘を刺した。

 

 

「帰ってきてから話はじっくり聞かせてもらうから。姉さん、変なことやったりしないようにね。そこの2人もだよ!」

 

「帰ってきたら、今度こそ、詳しく話を聞かせてくださいねー!」

 

 

 鬼気迫る顔で叫んだ沙慈と、ニコニコ笑顔で地獄への道を舗装しにかかったルイスはそう言い残して駆けだした。2人の背中はあっという間に見えなくなる。それを見送り終えてようやく、絹江と2人は大きく脱力した。

 疲れた。本当に疲れた。ここの支社に用があったのと、沙慈とルイスの見送りをするのと、復活した後輩との合流場所として訪れた人革連の機動エレベーター・リニアトレイン発着ロビーであるが、まさかこんなことになるだなんて。

 

 

「ごめんなさい。弟が」

 

 

 絹江はがっくりと肩を落とした。青年と後輩は首を振る。

 

 

「弟くんの気持ち、わかります。大切なお姉さんの一生を左右することだから……。いい家族を持って、絹江さんは幸せですよ」

 

 

 後輩は余波を引きずりながらも、柔らかに微笑んだ。擬音で表すとするなら、「へにゃっ」とか「ふにゃっ」とかがぴったりだろう。見ていて和む笑顔だ。

 青年もうんうん頷く。彼もなんとなくわかる気がするらしい。脱力状態の体に力を入れて、彼は背筋を伸ばした。相変わらず姿勢がいい。

 

 なんとか気持ちを切り替え、絹江たち3人は支社へ出向くことにした。外に出てタクシーを拾い、社内へ乗り込む。

 

 

「絹江さん。頼まれてた資料、持ってきました。今送信します」

 

 

 後輩はそう言って、わたわたしながら端末を起動させた。落ち着きがないというか、常に怯えているというか、難儀な人だと絹江は思う。

 送信してもらったデータを確認する。後輩は、やっぱりわたわたしながら情報を解説してくれた。

 

 

「イオリア・シュヘンベルグは21世紀末に現れた発明王で、太陽光発電システム基礎理論や機動エレベーター設計の基礎技術等を提唱した人物です。功績は残っていますが、私生活は一切公にならず、そのすべてが謎に包まれています。また、交流関係は少なく、記録から辿れる人物は、彼の親友で共同論文を発表したE.A.レイとE.L.エイデル=ボートマン、E.A.レイの助手であり妻だった女性と、彼の妻であり技術者であった女性、現AEU領に属する国の女性諜報員T.J.フェオドラだけのようです。フェオドラの場合は、結婚を機に諜報員から足を洗ったとありました。『子どもがいたのでは』という情報もありましたが、データが残されていないため、確証には至っていません」

 

「それぞれの配偶者の名前は?」

 

「ええと、E.A.レイの妻が“イニー”、イオリア・シュヘンベルグの妻は“ベル”、T.J.フェオドラの夫は“ライヒヴァイン”だそうです。ただ、3人とも仇名みたいで……すみません」

 

 

 後輩はしょんぼり肩を落とし、ぴるぴる震えはじめた。心なしか、満月のような金色の瞳には薄い涙の幕が張っている。絹江は微笑み、後輩の肩をぽんと叩いた。

 

 

「謝ることはないわ。イオリア・シュヘンベルグの情報以外に、彼と関わりのあった人たちのことも調べてくれたでしょ? それで充分よ」

 

 

 絹江1人だったら、決して手に入らない情報だった。やはり、持つべきものは仲間である。絹江の表情を見た後輩は、安心したように微笑んだ。

 彼は絹江の左隣に座る青年に視線を向ける。青年は小生意気な笑みを浮かべ、「上出来です」と力強い声で言った。彼は本当に素直じゃない。

 

 イオリア・シュヘンベルグの交友関係は殆ど不明とされていたから、関係者が見つかったことは奇跡である。おまけに、イオリアの妻の名前――本名が一番望ましかったのだが――がわかったことも大きな一歩であった。

 彼に妻がいたということは、『彼の代で血縁者は死に絶えた』という情報が隠ぺい工作されたものである可能性が出てきた。もっと詳しく調査を進めれば、彼の子孫(直系および分家筋問わず)にたどり着ける可能性もある。

 誰も注目しなかった発明王とその周辺をかねてから調査していたという後輩だが、彼の研究は時代よりも先に行きすぎていたのだ。ここでようやく、時代が後輩に追いついた。彼の研究内容を認めたのだ。

 

 窓から見える景色は、いつの間にか支社の入り口へと変わっていた。タクシーを降り、中へ入る。

 

 絹江の右には後輩が、左には青年が並ぶ。結成したばかりで日が浅い凸凹チームであるが、このメンバーなら何だってできそうな気がする。

 空は快晴。何かを始めるには丁度いい。絹江は彼らと目を合わせた。生意気だが強い意志を宿す藍墨色の瞳と、オドオドしているが立ち向かうことを選んだ金色がこちらを見返す。

 

 

「さあ、行きましょう。先輩」

 

「『真実を求め繋ぎ合わせれば、そこに真実がある』ですよね」

 

「ええ! その通りよ。シロエ、マツカ!」

 

 

 青年――セキ・レイ・シロエと後輩――ジョナ・マツカと共に、絹江は一歩踏み出したのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ワシはな、昔は髪フッサフサのイケメンじゃったんじゃ……!」

 

 

 人工ウィスキーを呷りながら、禿げ頭で白ひげを蓄えた長老が嘆きを叫んだ。S.D体制になって以後、肉や野菜、金属類等も人工で生み出すことができる。それは本物と遜色ないが、ナスカの大地で野菜作りに勤しむ若者たち曰く、「人工物は何か足りない」らしい。閑話休題。

 

 

「ゼル、飲みすぎだ。少し落ち着け」

 

 

 禿げ頭の長老――ゼルに苦言を呈したのは、白髪で理知的な長老だった。片側の袖からは物々しい鋼鉄の義手が顔をのぞかせている。

 しかし、彼の諌める言葉は、ゼルにとっては火に油を注ぐようなものでしかなかった。ゼルは駄々っ子のように首を振り、テーブルに拳を叩きつけた。

 

 

「ワシがまだ“同胞”として目覚める前は、後輩の女の子がファンクラブ作るくらいイケメンじゃった。薄らとしか覚えておらんけども。“同胞”に目覚めて以後は、“苛烈なる爆撃手(タイプ・イエロー)”として前線で戦っていたんじゃ……! 自分で言うのも何じゃが、かなり活躍してたんじゃ……!! 好きな女の子だっていた! お前だってそうだろ、ヒルマン!?」

 

「……あー……」

 

 

 ゼルの言いたいことはよくわかっていたし、彼の言葉は正しかったので、白髪の長老――ヒルマンは居心地悪そうに視線を逸らした。

 ヒルマンはゼルと並び、“同胞”の攻撃担当として前線を張っていた。腕を失くして以後は引退して研鑽に励み、教授と呼ばれる程になったのだ。

 攻撃面のツートップだけではなく、恋愛面での三角関係でも張り合っていた。まあ、今となっては遠い日の話であるし、その相手はこちらに振り向いてすらくれなかったのだが。

 

 その話を聞いた褐色の肌で金髪の男も、何かを察したように天を仰いだ。彼の手にも、人工ウィスキーが注がれたグラスが握られている。頬に赤みが差しているあたり、こちらも相当酔っぱらっていそうだ。

 彼もまた、ゼルとヒルマンが攻撃面でツートップを張っていた頃、堅牢たる“完全なる護り手(タイプ・グリーン)”として防御機構の要を担っていた。現在では艦長としてクルーに的確な指示を出している。最近では2代目指導者に信頼される相手の1人でもあった。

 

 過去にぐだぐだと溺れかけた大人3人組のど真ん中に、3歳程度の少女が椅子に座ってミルクを呷っていた。美しい青の瞳は、「ああもう、この大人はしょうがないんだから」という呆れを含んでいるように思う。彼女の隣には、生まれて数か月程度の赤子が能力を使って浮かんでいる。赤子は、涙目で女児を見上げていた。

 

 

「まあ、どんなにイケメンであろうと、周囲の女の子たちの基準が大グランパじゃねぇ。太刀打ちなんてできないよね」

 

「「「んぐぅ」」」

 

「外見が“守ってあげたい、儚い系”で、且つ、意志が強くて、仲間想いで人望が厚いイケメンだもんね」

 

 

 女児の言葉に、男3人が揃って天を仰いだ。

 

 この少女が語る大グランパとは、初代指導者であるブルーのことだ。月を連想させるような銀色の髪に、宝玉のような紅の瞳、どこまでも透き通った白い肌、静かで落ち着いた低い声が特徴の、問答無用のイケメンである。

 ブルーは当時から、外見年齢に一切の変化がない。そうして、人を惹きつける魅力の持ち主だ。カリスマ性だって持っている。虚弱体質なのはその引き換えだったのではないかと思ってしまう程、天は彼に沢山のものを与えていた。

 

 

「もっとも、太刀打ちできないからって泣き寝入りしたら、当たり前だけど、残念な結果になるよね」

 

 

 女児は淡々と言葉を紡いだ。が、次の話題を口に出した途端、うっとりとした口調に変わる。

 

 

「しっかし、ブラウ女史っていいよね。美人だよね。包容力のある肝っ玉姐さんって感じだし、褐色の肌なんかチョコレートみたいに甘そうだし。若い頃はお転婆で可愛かったんだろうなー。エラ女史はおしとやかで理知的で落ち着いてるし、年を重ねたことによる上品さとか、本当にたまらない。若い頃は勿論、知的なクールビューティ―として引く手数多だったんだろうなー」

 

 

 うへへ、と、女児は笑った。口元からだらしなく涎を垂らしながら、若い頃の長老(女性2人組)に思いを馳せる。

 侮ることなかれ。この女児は、女性を口説き落す才能に満ち溢れていた。何人の女子(おなご)を口説き落し、「あの子が青年だったなら」と女子(おなご)を悲しませたであろう。

 「口説き落して恋愛したい相手は女性だ」と堂々宣言し、人妻まで攻略しようと乗り出したときは大騒ぎになった程だ。

 

 今の女児の目は、肉食獣のような目をしていた。それを見た赤子が身を震わせる。

 

 

<……ねえ、ベルは女の人がいいの?>

 

「そうだね。女の子可愛いもんね。女性は素敵だもんね」

 

<男の人で、そう思う人はいないの?>

 

「みんな友達だよ。あ、でも、エルガンは論外?」

 

<ろっ……!!?>

 

「いや、だって、何かある度にびーびー泣いてるんだもん。それに、『殴るのも殴られるのも大好き』なんでしょ? そんな変態、論外よ。論外」

 

<違うもん! そんなド変態、僕じゃないよ!!>

 

 

 女児――ベルにバッサリ切り捨てられた赤子――エルガンはそのまま大泣きし始めた。それを見た大人3人も天を仰ぐ。彼らもまた、似たような状況に陥ったことがあった。

 “好きな女の子がソルジャー・ブルーの熱烈なファンで、「他の奴らは論外」と言っていたのを聞いてしまって泣き寝入りした”とか、丁度そんな感じである。

 子ども2人のやり取りでトラウマをぶち抜かれた男3人組は、彼女たちの親がやって来るまで、腕で顔を覆っていた。

 

 

 

***

 

 

 

 “BSS”というジャンルをご存じだろうか。正式名称は“僕が先に好きだったのに”といい、それをローマ字読みにした文章の頭文字を3つ並べた略称が“BSS”である。

 

 “バウムクーヘンエンド”をご存じだろうか。由来は結婚式の引き出物で出番が多い菓子・バウムクーヘンからだ。

 具体的に状況を説明すると、『自分の大好きな親友と、自分が思いを寄せていた異性の相手が結婚した』状態のことを指す。

 

 周囲から祝福を受ける女性は、きっと何も知らないだろう。そうして自分も、それを一生表に出さずに生きていかねばならないのだろう。幸せそうな2人の姿を邪魔したいわけではないからだ。

 この場に他の“同胞”がいたら、どんな顔をして、何と声をかけるだろうか。“牙”の最年長は『難儀な奴』だの『報われない奴』だのと言っていたが、それと同じ言葉を向けてくるのだろうか。

 そんなくだらないことを考えたところで、今日この日が何か変わるわけもない。きっと自分も、何も変われないままなのだ。変われないまま、今日を迎えてしまった。

 

 

「エルガーン!」

 

 

 花嫁は満面の笑みを浮かべてこちらに手を振る。隣にいた青年も照れ臭そうに笑っていた。

 本日の天気は晴天。今日の門出を祝うかのように、花吹雪が降り注いでいる。

 

 脳裏に浮かんだのは、遠い昔の日のこと。両親と故郷の“赤い星”が健在で、長老と呼ばれる立場の“同胞”と若い世代の“同胞”が軋轢を抱え、年老いた“同胞”が2代目指導者に対してまだ辛辣だった頃の一幕。

 

 

(――結局、俺は、貴方方と同じ轍を踏みました)

 

 

 “同胞”の長老・ゼルとヒルマン、先代艦長のハーレイ――もとい、“好きな女の子に何も言えないままでいたら、結ばれないままで終わってしまった”男たちの、悲哀に塗れた背中だ。

 2代目指導者を追いかけて地下に向かった彼らは、最終的に、地下施設で養育されていた子どもたちを救出するために力を使い、そのまま亡くなっている。

 その際、子どもたちだけでなく、共に地下へ向かった盲目の占い師・フィシスを“同胞”の艦に転移させていた。――彼らの最期は、フィシスから又聞きしたものだった。

 

 

(分かっていたのに、何もしなかった。何もできなかったんです。――だって、2人が、本当に幸せそうだったから)

 

 

 諦めがあったのは事実だ。自分じゃ叶わないと思い知らされたことも、手を伸ばさなかった理由の1つ。

 だけどそれ以上に、2人の幸せを壊したくないと願ったのも事実。幸せであってほしいと祈ったのも、本当のことなのだ。

 

 だから。

 

 

「――綺麗だ、ベル」

 

 

 ――世界で1番、綺麗だ。

 

 言いたい言葉を飲み込んだ。それを押し込んで、何とか笑顔を作ろうと試みる。

 ……ああ、今自分は、きちんと笑えているだろうか? ――それだけが、とても、気になった。

 

 

 

*

 

 

 

「なあ知ってるか? イオリア」

 

「何がだ?」

 

「ベルは嘗て、私の幼馴染の母親を口説こうとした前科がある」

 

「業が深いな!!」

 

「あいつは女性であれば、どんな外見だろうと立場だろうと褒め称えて口説きにかかるような女だぞ。お前、本当に大丈夫なのか?」

 

「そんなこと言って、お前、アイツのこと大好きだろ」

 

「大好きだが?」

 

「私もベルのこと愛してるぞ!」

 

「「はははははははは」」

 

 

 

「何だいあれ? 修羅場?」

 

「気にする必要ないと思うわよ、レイ。あの2人のじゃれ合いみたいなものでしょう」

 

「レイとイニーのやりとりとそっくりに見えるけど」

 

「「今すぐ眼科に行くことをお勧めするよ/けど? ベル」」

 

「えぇ……?」

 

 

 

「自分に言わせてもらえば、“どっちもどっち”にしか見えないんだけどなァ」

 

「「何か言ったか、ライヒヴァイン」」

「「何か言った? ライヒヴァインくん」」

 

「いーや、何も!」

 

 

 

 ――仲間たちとそんな会話を交わしたのは、遠い昔の話である。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

『セキ・レイ・シロエです。シロエと呼んでください』

 

『ピーター! 約束通り、迎えに来てくれたんだね!?』

 

『僕は自由だ! この空を、自由に飛び続けるんだ!』

 

 

 反体制の異端児は、ネバーランドの夢を見た。

 

 

『ジョナ・マツカです』

 

『僕が、貴方を死なせない』

 

『……悲しんで、くれた……』

 

 

 人類の中に紛れた異端者は、主のために殉じた。

 

 

 “彼ら”と同じ名を持つ者たちは、真実を追い求める女性と共に。

 争いとエゴにまみれた世界を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

「頑張りたまえ、若造」

 

 

 そう言って、車椅子の女性はニヤリと笑みを浮かべる。隣にいたエルガンが、深々とため息をついた。

 

 

「お前のその口調、どうにかならないのか。オッサンくさいぞ」

 

「黙んなさい。リアルオッサンに文句言われる筋合いはない」

 

「……はぁ。どうして、私は……」

 

 

 エルガンは俯いて額を抑える。肩がかすかに震えているような気がしたが、まさか、泣いているだなんてことはあるまい。昔からよく泣いていたような気がしなくもない。だが、流石にこの程度で泣くはずがないのだ、この男は。すんすんとか聞こえるのは気のせいだろう。

 そのとき、端末が鳴り響いた。女性は即座に端末を起動させる。事故の知らせだった。人革の宇宙ステーションの重力ブロックの3区画が、何者かの攻撃を受けたことが原因でワイヤーが切れ、漂流してしまったらしい。要救助者は300名近くで、このままだと地球の重力に引き込まれて墜落、全員死亡は確実とのことだ。

 

 

『近隣では、人革軍が新型MSおよび超兵1号と呼ばれる強化人間の駆動実験を行っていました。もしかしたら、MSおよびパイロットに異常が発生したために起こったものだと思われます』

 

 

 アプロディアが険しい顔で状況を説明する。最悪の極みだった。

 エルガンがちらりとこちらを見た。奴は女性が何をするか知っているし、本当はそれについて文句の1つや2つ言いたいんだと思う。

 だが、それで止まるような女性ではないことを痛感している。しばし彼は苦い顔をしていたが、肩をすくめて首を振った。

 

 女性は満足し、頷く。

 即座にアプロディアに指示を飛ばした。

 

 

「緊急コード発動、『星屑の旅人』。秘密結社(かぶしきがいしゃ)悪の組織は、これより私設遊撃部隊“スターダスト・トラベラー”としての活動を再開する!」

 

 

 その言葉を皮切りに、女性はてきぱきと指示を飛ばした。

 

 

「今回の任務は人命救助。重力ブロック区画に閉じ込められ漂流している人々を助けるの。但し、今回はメディア出演に関しては気にしなくて結構。派手にやっちゃって! ……ソレビ? ああ、今回は共闘関係ってことにしていいから!」

 

 

 即座に、端末へ帰ってくる『了解』の返事。エルガンは苦笑交じりに遠い目をした。

 

 

「些か早すぎるのではないか? もう少し、“スターダスト・トラベラー”については秘匿しておくべきなのでは……」

 

「いいじゃない、どのみちバラす予定だったんだから。それにヴェーダもプラン変更を余儀なくされるでしょうし。……何より、放浪者がどんな思いをするかなんて、私たちが一番よく知ってるじゃない」

 

 

 女性はあっけらかんと言い放った。しかし、言い終えた後で、どこか寂しそうに空を見上げる。

 エルガンは合点がいったらしく、苦しそうに眉をひそめた。

 

 

「……ベル」

 

「さあ、括目しなさい。これが、A.D.2307年におけるスターダスト・トラベラーの初陣よ!」

 

「…………無視、か」

 

 

 女性は満面の笑みを浮かべて空を――否、宇宙(そら)を見上げる。蒼い瞳には、奮闘する2羽の鳥と仲良しコンビ、およびとある一家の姿が鮮明に映し出されていた。

 もちろん、エルガンなど視界の端にも映っていない。これから起きる/起こすであろう新たな波を見届ける――その思いに燃えていた。

 

 

 

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