問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


16.兵どもの大奮闘

 

 

「今度のオフ会は、あの子にお返しをしたいんだ」

 

 

 グラハム・エーカー、御年27歳。彼女持ち(?)――本人の了承が取れたかどうかはよくわからないため、疑問符付き――の乙女座男性は、照れ照れした様子でそう言った。

 

 

「隊長! ってことは、また一歩進展したんですね!?」

 

「おめでとうございます、隊長! この調子で頑張りましょう!」

 

「よかったねぇ、グラハム」

 

 

 ハワードとダリルが諸手を挙げてグラハムを祝福した。ビリーも乾いた拍手を贈っている。彼の場合は、自分が意中の相手――リーサ・クジョウとうまくいかないことの悲しみも入っているのかもしれない。

 

 グラハム本人は『進展した』とか言っているけど、奴は少女から故郷の手作り菓子・ウムアリを貰っただけである。まあ、“手料理を振舞って貰う”というのも確かに『進展した』と言えるだろう。

 正直順序が色々おかしいような気がしたが、“クーゴもグラハムのことを言えない”ことが発覚したばかりだ。何かを言う資格はなさそうである。そう思ったクーゴは、沈黙を貫くことにした。

 

 先日少女から貰ったウムアリは、グラハムが帰りの機内および車内でおいしくいただいた。“幸せそうに頬を緩ませながらウムアリを咀嚼するアラサー男性”という珍妙な図を見たけれど、グラハムのそんな表情を拝みたがる者――主に奴を狙う女ども――は幾らでもいる。

 耳と顔を真っ赤にし、俯いた姿勢で頑なに目を合わせようとせず、グラハムから視線を逸らしながらも、ぶっきらぼうな手つきで紙袋を手渡した少女の姿が頭に浮かぶ。彼女は多分、『これを食べたグラハムが笑ってくれたらいい』と願いながら作ったに違いない。

 彼女の想いはグラハムに届いており、先も述べたが、奴は幸せそうに破顔しながらウムアリを食べていた。“菓子の甘さだけでなく、何やら別なものごと味わっている”みたいな表情は非常に珍しかったのを覚えている。見ているクーゴも、思わず口元が緩んでしまう程であった。

 

 

『なあ、グラハム』

 

『どうした』

 

『今のお前の顔、あの子に送ってやってもいいかな?』

 

『その旨を良しとする! 最高の1枚を頼むぞ!』

 

 

 “ウムアリを食べるグラハムの写真を少女に送ろう”――そう思った理由は、奴の珍しい表情と、ウムアリを手渡したときの少女の様子が印象的だったためだろう。グラハムに声をかければ、奴は2つ返事で了承してくれた。

 撮れた写真を見て『あの子もきっと、お前が喜ぶ顔を見たかったんだろうな』と言ったら、『写真をメッセージに添付したいから、データをくれないか』と頼まれた。断る理由はなかったためデータを送ったが、メッセージを打つ彼の横顔が輝いていたのが印象的である。

 

 そうしたら、エトワールからメッセージと一緒に、嬉しそうな微笑を浮かべて端末を眺める少女の写真が添付されてきた。

 反対側に座っていたグラハムがそれに気づかないはずがなく。データを送って欲しいと土下座されたのは記憶に新しい。

 

 現在、奴の端末の待ち受けは、クーゴに土下座してまで頼み込んだ写真である。自分の端末を眺めながら、嬉しそうな微笑を浮かべた少女のものだ。閑話休題。

 

 

「それで、何を返すつもりなんだ?」

 

 

 クーゴの問いかけに、グラハムは満面の笑みを浮かべる。

 

 

「手作り菓子を」

 

「おお、いいですね!」

「目には目を、歯には歯をっていいますからね!」

 

 

 ハワードとダリルが諸手を挙げて賛成した。ビリーもうんうん頷く。

 そんな彼らに対して、クーゴは思わず眉をひそめた。懸念材料が鎌首をもたげたためである。

 

 

「グラハム、1つ訊きたい」

 

「む?」

 

「お前の作れる料理のレパートリー、どんなのだっけ?」

 

「マッシュポテトとか、カレーとか、クラムチャウダーとか……主に、混ぜてグチャグチャに潰したものかな。演習で習ったものは一通り作れるぞ」

 

 

 誇らしげに胸を張るグラハム・エーカー、御年27歳。

 アラサーには見えない童顔と、27歳児と言っても過言ではない落ち着きのなさが、余計に彼を若々しく見せている。

 この時点で嫌な予感がした。戦慄く心を抑えつけながら、クーゴは更に問いかけを続ける。

 

 

「お前、菓子作った経験、あったっけ?」

 

「………………残念ながら」

 

 

 冷や汗を流しながら、グラハムはふいっと目を逸らした。居た堪れなさそうに俯く。予想通りの展開だ。

 クーゴは深々とため息をつく。そして、ちらりと仲間たちを見た。彼らも何か察したようで、グラハムと同じように俯いてしまう。

 

 悲しいがな、この部隊はむさ苦しい男所帯だ。料理――特に菓子関係――に秀でている人間などごくわずかである。

 ついでに、この部隊の中で、胸を張って“彼女持ち”だと言えるのは、我らが隊長グラハム・エーカー中尉しかいないのだ。

 どこから見ても問題しかない布陣である。クーゴは額に手を当てた。もう一度、クーゴは問いかける。

 

 

「手作り菓子って言ったけど、何を作るつもりだったんだ?」

 

「…………『手軽で簡単に食べれる上に、腹持ちする食べ物がいい』と聞いたから、パウンドケーキを」

 

 

 「なんとかならないか」と翠緑の瞳が訴える。

 

 料理をし慣れているクーゴからすれば、パウンドケーキくらい造作もない。最近は米粉やおから、豆乳などを使ってみたり、紅茶や抹茶、オレンジピールなどを混ぜて味を変えてみたりしている。まだ試験的なものだが、結果はそれなりに好評であった。試食した人間の大半が男性だったが。

 ハワードやダリルたちも、「なんとかしてあげてください」とでも言いたげな視線を向けてきた。この2人はグラハムに心酔している節がある。尊敬する相手の手伝いがしたいと思うのは当然のことだろう。切実な眼差しを向けられると、どうしてか、放置することができなくなる。自分の甘さに苦笑しながら、クーゴは肩をすくめた。

 

 

「行くぞグラハム」

 

「行くってどこへだ?」

 

「決まってるだろ。買い出しだよ」

 

 

 クーゴの言葉を聞いたグラハムが、ぱっと目を輝かせた。

 周囲に花が飛んでるんじゃなかろうかと思うほど、感極まった笑顔。

 

 

「よかったですね隊長! 俺たちも協力します!」

「副隊長が監修するとあれば、絶対うまくいきますよ!」

 

「それじゃあ、僕も手伝おうかな」

 

 

 ハワードとダリルも諸手を挙げて大喜びしている。彼らはビリー共々、協力者として名乗りを上げた。

 クーゴはこちらを眺めていたエイフマンに視線を向けた。彼は微笑ましそうに目を細める。

 

 

「わしは、自分で言うのもなんだが、味にはうるさいほうじゃからな」

 

「……把握しています、教授」

 

 

 『ガンダム調査隊が何をしているんだ』というツッコミが周囲から飛んできそうである。

 

 休日なんだからいいじゃないか、と、クーゴは誰に対するわけでもなく言い訳した。もちろん心の中でである。休日はどう過ごそうと、本人たちの勝手だろう。悪いことをしているわけではないのだから、堂々として問題ない。

 日課であるトレーニングは既に終わらせたし、シュミレーターの目標値はクリア済みだし、1日のノルマだって達成していた。今は非番で、ガンダムの出現に備えつつ体を休めている。勤めはきちんと果たしたではないか。うしろめたさを感じる理由はない、はずだ。

 釈然としない自分の心をどうにか説き伏せ、クーゴは頭の中からレシピを引っ張り出す。必要な材料はどうするかを考えるためだ。今回はオーソドックスな感じにするべきか、それともグラハム――もとい少女の要望である『腹持ちする』ように材料を変更するべきか。悩みどころだ。

 

 必要となる材料をメモに取りつつ、クーゴはどうするのかグラハムに確認する。グラハムはしばし悩んだ後、「少女の要望にできるだけ応えたい」と言った。

 となれば、米粉やおからを材料に追加しなければ。さて、店を何件梯子することになるだろうか。ここは割り振りした方が効率が良さそうだ。

 

 

「味の好みに関する情報はあるか?」

 

「ああ。特に好みはないらしい」

 

「成程。なら、味は何でもいいってことか。オーソドックスなのでいいかな」

 

 

 クーゴはグラハムと話をしながら、端末を操作する。おそらくグラハムは本人から直接聞きだしたに違いない。直球が好きな男だから、やりそうなことだ。

 万が一の可能性を考慮し――せっかくなのでエトワールの分も作って手渡そうという下心もあって――クーゴは彼女へメッセージを送る。

 少女はグラハムの持つ情報と一致しているが、新たにエトワールの好みも入手する。紅茶にやたらと食いついてきたことから、紅茶味のものを作ることにした。

 

 ここまで決まれば、あとは買い出しへ行くのみである。

 

 行きつけの食品店とそこで購入すべきリストを作成し、誰がどの店で何を買うかを割り振る。

 端末に映し出されたリストを見たハワード、ダリル、ビリー、グラハムは2つ返事で頷いた。

 

 それぞれが割り振られた材料を買うために行動を始めた。エイフマンはニコニコしながら背中を見送る。クーゴも彼に会釈をし、買い出しのために外へ出た。

 今日の天気は曇り。青空は、分厚い雲の向こう側に隠されてしまっている。グラハムは残念そうに空を見ていたが、すぐに車に乗り込んで出発した。他の面々も出発していく。

 クーゴも車に乗り込み、エンジンをかけた。周囲を確認しようとし、ふと、目を留める。ほんの一瞬、綺麗な群青(あお)が煌めいたように見えたからだ。

 

 他にも、赤や黄色、緑の光が、分厚い雲の向う側へと消えていった。

 

 

(……何だ? あの光)

 

 

 クーゴはその光が消えた先を追うように、曇天の空を見上げた。

 空の向うの、宇宙(そら)の向う――その先に、何があるのだろう。

 

 刹那、何かが《視えた》。

 

 白い機体が飛んでいる。空を超えて、宇宙(そら)を割いて、ただまっすぐに飛んでいく。

 青い光と緑の光が混ざり合い、凄まじい摩擦熱によって赤い光を帯びながら、どこまでもどこまでも飛んでいく。

 あれは、天女だ。自分が追いかけているガンダムだ。クーゴがそう理解したとき、意識は一気に現実へと引きもどされた。

 

 グラハムたちはもういない。それぞれ、割り振られたものを買いに出かけてしまったようだ。駐車場に残っているのはクーゴのみである。完全に出遅れてしまった。

 先程の光景も気になるが、今は買い出しに集中しなければ。クーゴはサイドブレーキを解除し、ギアを動かす。アクセルをゆっくりと踏みながら、車を発進させた。

 

 

 

**

 

 

 

 材料を購入したクーゴたちは、さっそくパウンドケーキを作る準備をしていた。購入した材料と調理器具を並べ、レシピを確認する用途でタブレット端末を置く。

 

 

「効率よく作業を進めるための下準備として、今のうちにグラム数やリットルなんかを全部揃えておこうか」

 

「作りながら調節するのでもいいのではないか?」

 

「『目分量と味で判断する一般料理と一緒くたにすると失敗の遠因になる』らしい。『菓子作りは化学反応が絡んでるから、使う材料の種類だけじゃなく、材料の量・調理時の温度・調理時間にも重要な意味がある』って聞いたな」

 

「成程。心得た!」

 

 

 菓子作り初心者のグラハムに対し、クーゴは“親戚からの受け譲り”を懇切丁寧に説いた。他の面々も興味深そうに耳を傾けてくれる。

 

 菓子やスイーツを手作りするとき、使われている材料の中で特に目を惹くのが砂糖やバターの使用量だ。グラム数換算したものを見ると、多くの人が『意外と大量の砂糖やバターが使われている』と感じるらしい。そのため、『体のことを考えて、砂糖やバターの使用量を控えめにしよう』と自己判断してしまう人がいるという。

 気持ちは分かるが、初心者が躓きやすい点はここにある。先も述べたが、菓子作りは基本化学反応の応用だ。化学反応を起こすために必要な材料の最低限度を把握していない初心者が勝手に量を変えてしまうと、調理時に起きるはずの化学反応が不発に終わってしまい――或いは想定外の化学反応が発生し、それが原因で失敗してしまうのだ。

 類似例としては、火の強さや調理時の温度も初心者が躓きやすい点である。弱火でじっくり30分は、強火で15分とイコールではない。これもまた、想定された化学反応が起きないのと想定外の化学反応が発生に繋がりかねないのだ。そのため、『時短レシピや低カロリーレシピにアレンジするのは非常に難しい』と聞く。

 

 化学反応に詳しい人間がレシピを考案するなら逆算できそうだが、ガチガチの文系がレシピを考案する場合は執念深くトライアンドエラーを繰り返して適量を把握するしかない。

 初心者が菓子作りに成功するための1番効率的な方法は、非常に単純。『レシピ通り作る』ことだ。余計なアレンジや自己判断は事故の元である。

 

 

「この場にいる面々の殆どが初心者の食べ専だ。よって、今回は“レシピに忠実に作る”方針で行こう。余計なアレンジは絶対にしないこと!」

 

「その旨を良しとする!」

 

「「「了解!」」」

 

 

 クーゴの指示を受けたグラハム、ハワード、ダリル、ビリーが動き出す。最も、菓子作りに慣れていない面々の動きは心なしかぎこちなかった。

 お国柄、細かい作業があまり得意ではないのかもしれない。あと、大柄な男たちが菓子作りに四苦八苦する姿から摂取できるギャップもあって、微笑ましい光景だった。

 

 彼らの様子を見守りつつ、クーゴもエトワール宛の贈答用を作るための準備を整えていく。紅茶味のパウンドケーキを作るために必要な材料を計量カップに割り当てていき――

 

 

(――あれ?)

 

 

 ふとタブレットに視線を向けたクーゴは異変に気付く。タブレットの画面が突然点滅し始めたのだ。

 作業の手を止め、手を洗って水分をふき取った上で、クーゴはタブレットの様子を確認する。

 

 

(故障か? さっきまで何も問題なかったはずなのに――)

 

 

 そのとき、レシピを表示していたタブレットの画面が砂嵐に見舞われた。不快な音がこの場一体に鳴り響いたことで、調理の準備をしていた仲間たちも異変に気付いたらしい。

 作業の手を止め、何が起きたのかを確認しようとこちらに集まって来る。全員がタブレットを覗き込んだタイミングを待っていたと言わんばかりに映し出されたのは――

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 空の向うの、宇宙(そら)へ。

 

 イデアは操縦桿を動かした。愛機のハホヤーは空へ飛び込むかのような勢いで飛んでいく。摩擦熱とGN粒子、そしてイデアの能力が発現していることを示す光が混じって、鮮やかな色を放っていた。青い色は次第に黒く塗りつぶされ、星が瞬き始める。

 速く、もっと速く。急がなければ間に合わない。スメラギやヴェーダからのミッションプランを待っていられるほど、イデアは大人しくしていられなかった。後でティエリアから文句を言われようと、今のイデアにとっては些細ごとに過ぎなかった。

 

 

『貴女にはわからないさ。宇宙を漂流する者の気持ちなんて』

 

 

 独断専行で人命救助を選んだアレルヤだけれど。この言葉は、彼を制止した留美に対する言葉だったけれど。

 それは、イデアの心を強く揺さぶった。イデアとハホヤーを突き動かすに足るトリガーとなったのだ。

 通信なんか開いていなくても、どれだけの距離が離れていようとも、イデアはそれをはっきりと《聴き取る》ことができた。

 

 それだけ、アレルヤの想いは強かった。漂流している人々を放っておけない――それは、イデアも同じだ。

 脳裏に浮かんだのは、古の“同胞”たちが辿ってきた歴史。人類から迫害され、行き場をなくした“同胞”の旅路。

 

 

『“同胞”ってだけで命を狙われて、訳も分からず逃げ続けるだけの人生なんて御免だ!』

 

『“安心して暮らせる場所が欲しい”って思っちゃいけないのかよ!? それをこの“赤い星”に見出しちゃいけないってのかよ!?』

 

 

 真正面から“同胞”の古参に食って掛かったのは、灰色のバンダナを巻いた茶髪の青年だった。白いクラバットを首に巻いた青年も、神妙な面持ちで古参の“同胞”に問いかける。

 

 

『長老。アンタたちの願いは――“青い星”に帰りたいという気持ちは、分かっているつもりだ』

 

『……だが、そこに辿り着けたとして、俺たちが理不尽に晒されなくなるという確証はないだろう?』

 

 

 人類からの攻撃に晒され続け、1か所に留まることもできず、若い世代の間では眉唾物になりつつあった“青い星”。それ故に、彼らと同年代の“同胞”たちは、当てのない旅よりも安住の地を望んだ。

 だけど、人類は“同胞”の存在を認めなかった。“同胞”の願いを踏み躙った。『“青い星”への帰還も、“赤い星”への永住も認めない。種族ごと死に絶えろ』――それが、人類の答え。

 彼らは同世代の若者の多くと、見出したはずの安住の地で滅びを迎えた。『人間らしい人生を歩めて幸せだった』、『生の喜びを知ることができた』と笑って、愛する伴侶と共に命を散らしている。

 

 2代目指導者が『“赤き星”を“同胞”の安住の地にしよう』と思い至ったことは、正しかったのか否かは分からない。ただ、僅かながらの平和な時間を過ごし、それが無残に壊れ果てたことが、彼に鋼の意志を抱かせた大きな理由だったのだと思う。

 

 “同胞”は再び長い流浪の旅へ出た。当初の目的だった“青い星”への帰還と、“同胞”への殺戮を是とする世界のシステムを破壊することを目指して、人類と数多の死闘を繰り広げた。

 殺して、殺されて、それでも2代目指導者は『この戦いは、人類を恨むものではない』と繰り返す。沢山の屍と遺恨を積み上げた果てに、彼の旅路は――。

 

 

(ここにも、同じ悲しみを知ってるヒトがいたよ。同じ悲しみを止めようとしているヒトがいるよ)

 

 

 イデアの中に受け継がれてきた古の“同胞”たちの心に、語り掛ける。“同胞”たちの心は複雑そうに揺れていた。

 

 

<あのとき、彼のような人類がいてくれたなら――>

 

<――そうだね。まったくもって、その通りだ>

 

 

 古の“同胞”の誰かが、小さく零したような気配を感じとる。イデアは心の中で頷いた。

 

 旅の始まりは、“同胞”たちを被検体として飼い殺す実験場の惑星からだった。度重なる実験/拷問に耐えきれなくなった“同胞”は、人類に和睦と共存を訴えた。結果、“同胞”たちは反逆者とされ、人類は『実験場の惑星ごと“同胞”を殲滅する』ことを選択した。惑星破壊兵器の使用により、多くの“同胞”の命が失われた。

 2度目は長い旅の途中。人類側の攻撃を避けて流浪していた“同胞”たちは、銀河系をさまよった後、人類が植民惑星化に失敗した“赤い星”へと流れ着く。疲弊していた彼らは、『目的地にたどり着けないなら、せめて安住の地がほしい』と思い、その惑星を安住の地にすることを選んだ。そのための実験や準備、および新たな試み等の試行錯誤を繰り返した。

 ようやく訪れた安息は、『“同胞”が住む惑星を発見した人類による攻撃』という形で終わりを迎える。しかも、人類は“同胞”たちを殲滅するため、また惑星破壊兵器を持ちだした。これにより、安住の地となるはずだった惑星は消滅。ここで生まれた子どもたちは故郷を失い、多くの“同胞”の命が惑星と運命を共にした。

 

 この悲しみを抱えて、“彼ら”は宇宙を漂流してきた。

 その苦しみや悲しみを、不安や恐怖を、イデアは知っている。

 

 眼前に重力ブロックが見えてきた。ブロックを押して加速させているのは、人革連のティエレンとアレルヤのキュリオスだ。

 

 

「イデア! ってことは、スメラギさんが……!」

 

 

 期待に満ちたアレルヤの眼差しが痛い。

 援軍でここに来たはずなのに、なんだか悪いことをしたような気分になる。

 

 

「ごめんアレルヤ! これは私の独断行動だから!」

 

「そうなの!?」

『やっぱりな! 他の奴らが動いたにしては、やけに迅速すぎると思ったんだ!』

 

 

 アレルヤたちとの会話もそこそこに、イデアもブロックを押す人員に加わる。

 

 発現していた能力を解除したため、推進力はかなり落ちてしまうが致し方ない。

 今はまだ、イデアの持つ能力を悟られるわけにはいかないのだ。

 

 

「状況は!?」

 

「今、1回目の限界離脱領域からなんとか持ちこたえたけど……このままじゃ、救助隊が来る前に落ちる! スメラギさんの判断はまだなのか……!?」

 

 

 やきもきしたようにアレルヤは前を向いた。声からは焦燥の色が見て取れる。人革連のティエレン含んだ自分たちの推進力では、現状維持で手一杯だ。

 万事休すか、と思ったときだった。レーダーに、こちらへ高速で向かってくる機体が映る。ガンダムの推進力とほぼ互角の機体たち。

 

 イデアは思わず振りかえった。何も映さない紫の瞳は、爆ぜるように瞬く群青(あお)を見た。赤と緑と黄色が瞬く。

 

 機体数は7機。鳥を模した兄弟機――ラッシュバードとストレイバード、格闘戦を得意とするベーシックな機体――ライオット・バトラー、美しい青が特徴の機体――オルフェス、オルフェスに随伴する飛行型の戦闘機――ライラス、射撃戦を得意とするベーシックな機体――ライオット・アーチャー、ライオット・アーチャーに随伴する飛行型の戦闘機――ドラウパだ。

 

 

<みんな……!>

 

 

 機体もパイロットも、イデアにとっては見知った人々である。彼らは満面の笑みを浮かべ、頷いた。

 

 

「そこの機体、聞こえるか? こちら、私設遊撃部隊スターダスト・トラベラー!」

 

「俺たちに敵対意志はありません! 人命救助のためにここに来ました! 手伝わせてください!」

 

 

 オルフェスとラッシュバードからの通信が入った。アレルヤと人革連のパイロットが驚いたように目を見張る。けれど、今はとにかく人手がほしい。

 2人はすぐに了承してくれた。それを聞いた7機がブロックを押す人員に加わる。これなら、救助隊が到着するまで持ちこたえることが可能だ。

 いや、持ちこたえるだけじゃない。こんなに最高の援軍があるのだ、安定領域まで押し上げることも充分可能である。イデアは操縦桿を握り締めた。

 

 このミッションが終われば、次のオフ会が待っている。次のオフ会で、夜鷹が作った紅茶のパウンドケーキが振る舞われるのだ。彼がイデアのために作ってくれるのだ、おいしくないはずがあろうか。絶対成功させて、生きて帰ってやる。彼との逢瀬を目前としているのに、死んでたまるものか!

 

 

(死ぬのが怖くて恋なんかできない! だから、その恐怖すら飛び越えて、恋と明日をつかみ取る! ――恋する乙女、舐めるんじゃないわよ!!)

 

 

 イデアが決意を固めたときだ。不意に、ティエレンから<白いガンダムのパイロット……乙女だ……!>という声が聞こえてきた。思考回路が漏れてしまっていたらしい。

 自重自重、と、イデアは自分に言い聞かせる。直後、<……ホリー、今度の墓参りにはアレーシュキを持っていくよ。お前も息子(あいつ)も大好きだったな……>と声がした。

 

 どうやら、ティエレンのパイロットの愛する人は故人らしい。ついでに息子とは絶縁状態に近いようだ。アレーシュキはロシアの焼き菓子である。成程、彼はロシア人なのか。彼から伝わってきた感情と一緒に、記憶を読み取ってみる。

 茶髪の女性が幸せそうに焼き菓子を食べていた。右目付近に大きな傷のある男性が、照れ照れしながら追加の焼き菓子をふるまう。そこへ息子がやって来た。女性が息子に話を始める。夫婦の馴れ初めは、このアレーシュキがきっかけだったのだ、と。

 息子は焼き菓子をほおばりながら、2人のことを知りたがった。そこからどうやって2人が愛し合い、結婚に至ったのかが気になるらしい。女性は頬を薔薇色に染めながら話を続けた。男性は羞恥に震えながらも、女性を止めることはできなかったようだ。

 

 その光景が壊れたのは、いつだったのか。

 

 そこを探ろうとして、イデアは気づく。

 もうすぐ、限界離脱領域だ。

 

 

(いけない、集中!)

 

 

 限界離脱領域まであと5秒。4、3、2、1――!

 

 

「いっけええええええええええええええええええええ!」

 

 

 赤、黄色、緑、青。色とりどりの光が爆ぜる。

 落ちかけていた重力ブロックは、一気に安全域まで浮かび上がった。

 

 

<やった!>

<問題ありません! 文句なしのミッションコンプリートです!>

 

 

 少年と少女が喜ぶ声が響く。少女の言葉を、今回なら素直に「大丈夫」だと認めることができた。

 

 そこへ、丁度いいタイミングで救助隊がやって来る。そろそろ潮時だろう。イデアはアレルヤに視線を向けた。彼も頷き返し、キュリオスがブロックから離れる。

 イデアもブロックから離れた。他の7機も次々と離脱していく。ハホヤーはキュリオスとは反対の方向を向き、宇宙(そら)の果てへと飛び去った。

 ティエレンは追いかけてこない。あのパイロットは自分たちを見逃してくれたということか。軍人でありながら、彼はヒトであることを貫いたのだろう。

 

 大気圏から下を見る。銃を脇に置いたデュナメスが見えた。所在なさげにしている機体は、パイロットの心境がそのまま反映された形となっている。おおかた、「ミッション実行の準備をしていたら想定外すぎることが起きた」というところか。その想定外は、所属不明とされる7機の援軍だろう。

 今頃、プトレマイオスも大混乱に違いない。何せ“彼ら”――スターダスト・トラベラーはヴェーダを欺き、この200年近く存在を隠し続けてきたのだから。彼らが表舞台に出ていたのはわずかな間だ。しかも、イオリア・シュヘンベルグが活躍する直前の時期に限られている。

 

 

(あーあ、これは荒れるなぁ)

 

 

 敬愛するグラン・マのことを思い浮かべる。彼女は満面の笑みを浮かべてゴーサインを出したのだろう。

 考えているようで何も考えていないのか、それともその逆か。どちらにしろ、彼らも後戻りできないことは確かだ。

 これから忙しくなるだろう。言いそびれる前に、伝えておくべきことは伝えておかねばなるまい。

 

 イデアは通信を開いた。相手はアレルヤである。通信が来ること自体意外だったのだろう。アレルヤは驚いたように目を瞬かせて、「どうしたの?」と訊いてきた。

 

 

「ありがとう。ブロックに残された人を助けてくれて。すごく嬉しかった」

 

「え? ……あー、えーと……ど、どう、いたしまして?」

 

 

 反応に困ったためか、彼は苦笑いした。いきなりこんなことを言われても困るのは知っている。でも、イデアはどうしても、アレルヤに伝えておきたかった。

 「でも、後が大変だなぁ」とアレルヤはぼやく。クルーからの説教という意味でも、クルーたちのてんやわんやな状況という意味でも、その気持ちはよくわかった。

 

 世界はさらなる混迷の波に飲まれるだろう。その波を、どうやって乗り越えていくかだ。

 

 『試している』のは誰か、『試されている』のは誰か。

 天上人たちと星屑の夢を見る者たちは、これからどんな道を歩んでいくのだろう。

 月を見上げる場所が違っても、同じ月を見上げていることは、確かなのだが。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 まっしろしろすけ。

 クーゴの現在状況を一言で言い表すとするなら、それが一番適切であろう。

 

 

「…………」

 

「……すまん」

 

 

 ホットケーキミックスまみれになったクーゴの恨めし気な眼差しに、グラハムは耐えきれなくなったようだった。申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

 

「他の話題に気を取られるのはわかるけど、自分が今何をしていたかくらいは把握しとけよ」

 

 

 粉を払いながら、クーゴは深々とため息をついた。上も下も、手に持っていたタブレット端末も粉まみれである。先程流れた謎の映像――ガンダムが人命救助を行った――映像は既に途切れており、電子画面に浮かんでいるのはパウンドケーキのレシピである。

 その代わりに、人命救助の映像が流れているのは部屋の上部に取り付けてあったテレビ画面だ。ニュースキャスターがしきりに状況を説明している。『人革連の軌道エレベーターで発生した事故により、重力ブロックが漂流してしまった』一連の光景であった。

 事故現場に最初に現れたガンダムは機動性に優れた可変機タイプで、迷うことなく人命救助を行っていたという。次に現れたのは純白の機体――クーゴが追いかける天女だった。しかし、動き出していたのはソレスタルビーイングだけではなかった。彼らの所有するガンダムと同レベルと思しきMSを保持する団体が、もう1つ現れたのだ。

 

 詳しいことは不明。本人たちが名乗った“星屑の旅人”――スターダスト・トラベラーという団体名のみが、世界が知りうる数少ない情報である。ソレスタルビーイングと同じように、彗星のごとく現れた謎の組織として、彼らのことも大々的に取り上げられていた。

 ソレスタルビーイングと違ったのは、彼らが武力介入によって鮮烈なデビューを飾ったことに対し、スターダスト・トラベラーが人命救助によって堅実なデビューをしたことだろう。ついでに、彼らからの声明文は何もない。彼らが何者で、何を理念としているかはまだ明らかにならないようだ。

 

 その情報に反応したグラハムが、手に持っていたホットケーキミックスをぶちまけたのである。丁度、クーゴは彼の真正面に居合わせた。結果、クーゴは大量のホットケーキミックスを頭から被ってしまい、まっしろしろすけになってしまったという訳だ。閑話休題。

 

 

「ただでさえ、ソレスタルビーイングやガンダムの件でてんやわんやしてるってのに……」

 

「これから世界は、いったいどこへ転がっていくんだか」

 

 

 ダリルが深々とため息をつき、ハワードが伊達メガネのブリッジを持ち上げた。彼らの表情には憂いの色が色濃く見える。

 

 今のところ、ソレスタルビーイングとスターダスト・トラベラーは別組織同士のようだ。まだ1例しかないため断言はできないものの、今回は一時的に協力関係を結んだだけらしい。

 2つの団体が協力し合うのか、それとも対立しあうのか。それだけでも世界の方向は左右される。もしくは、スターダスト・トラベラーが三大国家およびその他のどこに協力するかでも、パワーバランスがひっくり返るだろう。

 

 

「でも、何だったんだろうね。さっきの映像」

 

「端末に表示された時間帯や今流れているニュース映像から逆算すると、先程のは所謂『生中継』だったのではないか?」

 

「それは分かるけど、どうしてそれが突然クーゴのタブレットに流れてきたんだい? キミ、親戚に何か頼んだ?」

 

「いいや。ホワイトハッカーやってる親戚はいるけど、こういうことするような人じゃないし。そもそも頼んですらいないけど……」

 

 

 ビリーとグラハムが顎に手を当てて考える。前者からの問いに首を横に振りながらクーゴも思案してみるが、謎が謎を呼ぶだけで解決の糸口は見つからなかった。――それはさておき。

 

 

「ハワード、抹茶の粉入れすぎだぞ。ダリル、生地が型から溢れてる」

 

「うげっ!?」

「ああっ!?」

 

 

 クーゴの指摘に、2人は慌てた様子でリカバリに奮戦する。それを確認しながら、クーゴもミルクティーと茶葉を生地に混ぜ込んだ。茶葉はミルクティーにぴったりな紅茶とされるキャンディだ。煮出した後の茶葉を混ぜることで、口当たりが滑らかになる。

 他にもアールグレイやオレンジペコーの味も作ってある。エトワールが紅茶の話題に食いついたとき、例として挙げた紅茶の種類の中に提示されていた。他にもフルーツティーが好きらしい。時間と機会があったら、そちらの方にも挑戦してみようか。

 悲しいがな、どんな切迫した状況下にあろうとも、やり慣れていることは普段通りにできてしまうようだ。情報を聞きながら、クーゴはパウンドケーキ作りを着々と進めていく。ときには仲間たちにアドバイスをしつつ、ときには情報をまとめながら手を動かしていた。

 

 グラハムは秤と睨めっこを繰り返したり、生地に混ぜる材料の組み合わせを吟味したりしながら、なんとか自力で作ろうと奮戦している。

 ビリーは生地がダマになってしまったらしく、電動ミキサーに頼ることにしたようだ。しかし、うっかり調節を間違えたようで、生地が派手に飛び散っていた。

 

 そんな自分たちの様子を眺めてエイフマンが笑う。だが、味見役としてずっと待っているため、彼は空腹状態のままだ。時折「まだかのぅ……」と呟いては、寂しそうに眉を落としていた。

 

 

「俺のはもう少しで出来上がりますから、そちらでよろしければ」

 

「そうか。なら、ラジオでも聞きながら待つとするかの」

 

 

 エイフマンはそう言って、ラジオに手をかけた。丁度流れたのは、テオ・マイヤーの歌う『貧乏くじ同盟』。結構前に出た曲だが、一種の哀歌として売れている。

 『人の好さ』から、しょっちゅう貧乏くじを引かされる。わかっていても、仕方がないと苦笑しながら引き受けてしまう――聞けば聞くほど、クーゴも「わかるわかる」と言いたくなるような内容の歌詞だった。

 

 

(聴いていると、何とも言えない気持ちになるんだよな……)

 

 

 クーゴは遠い目をした。ZEXISに合流した直後の事件がきっかけで、虚憶(きょおく)の持ち主は“不運な人たちが集まる同盟”に入れられそうになったことがある。

 しかし、勧誘してきたデュオやミシェル、クロウを筆頭とした面々は、直後に『やっぱお前さんはツイてるよ。貧乏くじを引く確率以上の幸運がな』と言って去って行ってしまったっけ。

 

 

(結局、その理由は最後まで教えてもらえなかったな。みんな生暖かく笑うだけだった)

 

 

 オーブンからいい香りが漂ってくる。紅茶のパウンドケーキが完成したようだ。オーブンからケーキを取り出し、粗熱を取る。

 パウンドケーキを切って皿にとりわけ、エイフマンに振舞う。彼は待ってましたと言わんばかりにフォークを伸ばした。そのまま、一口。

 しばらくして彼の頬が緩む。満足げに頷いたのを確認し、クーゴはほっと息を吐いた。お墨付きである。

 

 他の面々もどうにか生地を完成させ、型に流し込み終わったようだ。オーブンの温度を確認しつつ、生地を入れていく。

 

 料理初心者であるグラハムたちは、心配そうな面持ちでオーブンの前に集まっていた。街灯に群がる虫を連想させるかのような張り付きっぷりである。なんだか微笑ましくなって、クーゴは彼らの背中を見つめていた。

 世界は切迫しているけれど、その中には確かに穏やかな時間がある。ささやかでちっぽけな、けれどもかけがえのないものがある。グラハムたちと過ごす日常やエトワールと少女との交流。クーゴにとって、それは何よりも大切なものだった。

 

 この光景が、続いていくのだと信じている。

 この光景を、守りたいと思っている。

 だから、自分は()()()()()のだ。

 

 

(――あれ?)

 

 

 今、自分は何を思ったのだろう。

 

 ここにいる、と、クーゴは小さく口に出してみる。何かあったはずなのに、霞がかったようにぼやけてしまった。

 それを探すように窓を見た。鉛色の雲は退散しつつあり、隠されていた蒼が姿を現す。どこまでも澄み渡る蒼に、クーゴは思わず目を細めた。

 

 

「焦げませんように、焦げませんように……!」

「お、膨らんできた!」

「うまく焼きあがってくれるといいのだが……」

「うん、いい匂いだ」

 

 

 わいわいと語り合う、楽しそうな4つの背中へ眼差しを戻す。なんて微笑ましい光景だろう。そんな風に思ってしまう自分に、クーゴは苦笑いを浮かべた。

 世界の流れは刻々と変わる。だけれど、変わらない日常が――失いたくない日常が、ここにあった。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 天使によって、次々に仲間が()とされていく。

 

 ある者は撃ち落とされ、ある者は至近距離から砲撃を浴び、ある者は牙で串刺しにされ、ある者は敵に特攻を仕掛けて。見知った姿は次々と、空――或いは宇宙(そら)の藻屑になっていく。手を伸ばしても、掴むことは叶わなかった。

 共に空を翔た親友は天使への執着で歪み、自分たちをバックアップしてくれた親友は意中の相手の裏切りによって歪んでしまった。壊れてしまったものは、元に戻すことはできない。でも、このまま壊れていくのを、ただ見ていることなどできなかった。

 

 手を伸ばせ。失いたくなかったんだ。大切な人たちだったんだ。男の叫び声が響く。

 もうなりふり構っていられない。彼らを止めるには、彼らと対を成す人々の力が必要だ。

 もう一度、あの空へ。彼らと一緒に、あの空へ。祈るような気持ちで、男は空を翔け抜ける。

 

 だから、男は()()()()()のだ。もう何も、失わないようにするために。

 

 思い出してほしい。『どうして自分が空を目指したのか』を。

 忘れないでほしい。『どうして自分がここにいたのか』を。

 

 誰かはそう言って笑った。わかっている、と、自分は答える。そうして、空を見上げた。

 

 

(空が、綺麗だ)

 

 

 真っ青な空が広がっている。

 見ていると、とても気持ちがいい。

 

 気づくと、そこに“誰か”がいた。

 

 金髪碧眼の白人男性が、眩しそうに目を細めて空を見上げている。顔の左側には大きな傷跡が残っていた。彼は青と灰色基調の軍服を着て、水色のネクタイをしていた。どこの軍服だろう。ユニオンでも、AEUでも、人革軍でもない。そもそも彼は“誰”なのか。

 そのとき、美しい青空に綺麗な流星が翔けた。緑色の温かな光と、群青(あお)く煌めく優しい光。男性は愛おしいものを見つけたかのように表情を輝かせた。彼につられ、思わず空を見る。なんて美しいんだろう。なんて愛おしいのだろう。彼と一緒になって、空を眺めた。

 不意に肩を叩かれた。振り返れば、男性と同じ軍服を着た人々が力強く笑っていた。眼鏡をかけたオールバックの白人男性、剛毛の特徴的な黒人男性、黒髪黒目の東洋系の男性、金髪で青い目の白人男性がこちらを見返している。後から遅れて、髪をポニーテールに結び白衣を着た男性もやって来た。

 

 後ろの方には、遠巻きだが誰かがいる。女性が2人そこにいるようだった。

 片や鮮やかなペールグリーンの髪をハーフアップに結んだ女性、片や浅黒い肌が特徴的な中東系の女性。

 

 金髪の男性は女性の名前を呼ぶ。反応したのは中東系の女性だ。彼女は苦笑しつつも、金髪の男性の元へ歩み寄る。もう片方は自分の名前を呼びながらこちらへ駆け寄って来た。

 

 

「さあ、行こうか。フラッグファイター――いいや、■■■■■■ズ隊、副隊長」

 

 

 金髪碧眼の男性が自分を促す。え、と首を傾げたとき、草原のど真ん中に機体が佇んでいた。先程までは何もなかった筈なのに。

 

 フラッグの面影を宿した、見知らぬMS。機体の色は鮮やかなペールグリーンである。しかし、その中に混じって、青い機体のものがあった。これは、搭乗者が部隊の指揮官であることを示している。

 その隣に控えるように佇むのは、晴天を思わせるような真空色の機体だった。あれは自分の機体だ。惹かれるように機体へ歩み寄る。いつの間にか、傍にいた人々は軍服からパイロットスーツに着替えていた。

 

 機体に乗り込み、操縦桿を動かす。MSは悠々と空を舞った。仲間たちの姿がよく見える。ああ、なんて気持ちがいいんだろう。

 そこへ、緑の光と群青(あお)の光が近づいてくる。よく見れば、そのMSは見覚えのある機体だった。確か、機体名は――そう、ガンダム。

 青い機体は、白と青を基調にしたガンダムとじゃれあうようにして空を飛んでいた。自分の乗る真空色の機体の傍に、純白の機体が舞い降りる。

 

 ふと空を見上げれば、沢山の機体が空を舞っていた。大型のものから小型のものまで、種類は様々だ。飛行形態のものもあれば、MSによく似たものもいた。翼を持ったものから物々しいデザインの機体もある。よく見れば、巨大な戦艦も空を飛んでいるではないか。

 パイロットたちの表情が見えた。皆、笑っている。みんな、かけがえのない人たちだ。彼らを見ていると、どうしようもなく心が躍る。どんな困難にも打ち勝てるし、どんなに難しいことでもやり遂げることができる。そう、心から思うことができた。

 

 

 

「たとえ、今、お前/貴方/キミの傍にいなくとも」

「――それでも、僕/俺/私/あたしたちは“ここ”にいるから」

 

 

 だから、忘れないで。

 彼らの言葉に頷く。そうして、空/宇宙(そら)を翔け抜けた。

 

 

 

*

 

 

 

『この力は、“人と人の心を繋げるための力”なんだって』

 

 

 “力”に目覚めた少女は、この力の使い方をそう定義した。

 ならば、と、誰かは力を行使する。

 

 ――どこかで生きている、同じ力を持つ誰かへ。

 

 自分が送った《聲》が、想いが、どれ程の意味や価値があるかは分からない。でも、これを受け取ったのなら、大事なものを守るためのヒントくらいに役立ててほしい。

 数多の悲劇があった。数多の幸福があった。続いていく長い旅路がある。途切れてしまった旅路もあった。だけど、それでも、どうか、どうか――。

 

 だから、男は()()()()()のだ。もう何も、失わないようにするために。

 

 思い出してほしい。『どうして自分が空を目指したのか』を。

 忘れないでほしい。『どうして自分がここにいたのか』を。

 

 誰かはそう言って笑った。わかっている、と、自分は答える。そうして、ふと後ろを振り返った。

 

 

「“空の護り手”さん」

 

 

 鮮やかなペールグリーンの髪を簪で束ねた女性が、柔らかく微笑んでいる。御空色の瞳に光はなかったけれど、彼女の眼差しは真っすぐにこちらを見ている。

 天女みたいな人だ、と思った。彼女はステップを踏むような足取りでこちらに駆け寄ってきた後、自分と目線を合わせるようにしゃがんだ。

 彼女の両手が、自分の手を包み込むようにして握られる。女の人にそういう風にされたことが無かった自分は、柄にもなくソワソワするので手一杯だった。

 

 

「私はずっと、貴方に会いたかったんです」

 

 

 彼女は照れ臭そうに――だけどとても幸せそうに微笑む。透き通った綺麗な声だ。

 

 

「――大好きです」

 

「え」

 

「ずっと、ずーっと、貴方に伝えたかった!」

 

 

 照れ臭そうに、幸せそうに、彼女は笑う。白い肌をほんのり淡く色づけて、この世の幸いを詰め込んだみたいな調子で語るものだから。故に思わず、見惚れてしまった。――故に思ってしまったのだ。諦めたくない、と。

 

 自分を取り巻く大人たちは言っていた。『体が弱いから長生きできないだろう』、『大人になる前に死ぬのだろう』と。それを真正面から否定し、『大人になれる』、『誰かを好きになって、その相手からも好いてもらえる』、『素敵な人と恋人になれる』と訴えていたのは片割れぐらいなものだった。

 正直、自分は大人たちの意見を信用していた。片割れのそれは希望的観測でしかなくて、単なるお世辞みたいなものだと思っていた。『“おはなし”で出てきた人たちとの約束を守りたい』という自分の願いを汲んでくれたが故の、優しい嘘なのだと思っていたのだ。

 

 ベッドの上で横になっているのが関の山の自分だけれど、そんな自分に対して『大好き』だと言う女の人がいるだなんて思わなかった。

 片割れの言っていたような、天女みたいに綺麗な女の人だった。彼女は自分が約束を果たしてくれると信じている。

 それがどれ程素敵なことなのか――その意味を、強く、強く、焼き付けられたような心地になった。

 

 

「貴方のお友達も、お仲間も、みんな貴方を待ってますよ。――勿論、私も」

 

 

 彼女はそう言って後ろを向いた。聞き覚えのある男性の声が、自分の名前を呼んでいる。

 ああ、きっと、彼は満面の笑みを浮かべているのだ。太陽みたいに眩しい笑顔で。

 

 だから自分も、同じように笑って、思い切り手を振り返した。

 

 ふと空を見上げれば、沢山の機体が空を舞っていた。大型のものから小型のものまで、種類は様々だ。飛行形態のものもあれば、MSによく似たものもいた。翼を持ったものから物々しいデザインの機体もある。よく見れば、巨大な戦艦も空を飛んでいるではないか。

 パイロットたちの表情が見えた。皆、笑っている。みんな、かけがえのない人たちだ。彼らを見ていると、どうしようもなく心が躍る。どんな困難にも打ち勝てるし、どんなに難しいことでもやり遂げることができる。そう、心から思うことができた。

 

 

「たとえ、今、お前/貴方/キミの傍にいなくとも」

「――それでも、僕/俺/私/あたしたちは“ここ”にいるから」

 

 

 だから、忘れないで。

 彼らの言葉に頷く。

 

 ――大事な想い(もの)は、この胸に刻み付けられているのだ。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「……夜鷹さん?」

 

 

 名前を呼ばれた気がして前を見る。エトワールが、心配そうにクーゴを見返していた。

 

 オフ会も終わり、そろそろ別れの時間である。そこで、クーゴは手荷物の存在に気が付いた。一歩遅かったら、これを渡すのを忘れていたかもしれない。

 せっかく作ってきたものを渡し忘れるなんて大失態である。クーゴは慌ただしく、エトワールに紙袋を差し出した。彼女はわくわくした様子で中身を確認する。

 

 中身を見たエトワールは、嬉しそうに目を細めた。第一関門の見た目は合格らしい。もっとも、重要な問題は“味を気に入ってくれるかどうか”なのだが。

 後ろの方では、グラハムも目的を果たせたらしい。パウンドケーキの入った紙袋を受け取った少女が、照れたように視線を彷徨わせている。それを見たグラハムは静かに頬を緩ませていた。

 

 

「それじゃあ、また今度」

 

「ええ、また今度」

 

 

 そのまま2人と別れ、帰宅を急ぐ。

 グラハムの足取りは軽かった。心なしか、クーゴも歩調を速めていた。

 見上げた空はどこまでも青く、どうしてだか酷く懐かしい。

 

 

(いつか、俺もたどり着けるだろうか)

 

 

 何の脈絡もなくそう思ったクーゴは、思わず首を傾げる。自分は今、何を考えてそこに至ったのだろう。もう、思い出せなかった。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【出展および参照】
『COOKPAD』より『ふわふわ米粉パウンドケーキ(プルーン入) /(まゆりんぱんさま)』、『米粉のパウンドケーキ。(千種ばーちゃんさま)』、『簡単!紅茶のパウンドケーキ♪(魔法少女らぃむちゃんさま)』
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