問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


18.チャレンジミッション -呉越同舟(共同戦線)編-

 

 

「あの一件は聞いたよ。大変だったらしいね」

 

 

 ビリーはクーゴたちを労いながら、コーヒーを淹れてくれた。グラハムのマグカップは京都旅行でエトワールから貰った誕生日プレゼントのものである。晴天を思わせるような、透き通った青が特徴的な一品だ。少女からのプレゼント同様、彼はそれも大切に使っているようだった。

 湯気の漂うブラックコーヒーを一口。胃に少し重たい一撃が入ったような感覚に見舞われた。虚憶(きょおく)のアレ具合からしても、『まだ終わりじゃない、気を抜くな』と言われたような気分になる。クーゴもなんとなくそんな予感がしてならなかった。

 

 クーゴの直感は嫌な形で的中した。

 

 

「他のところも、施設が壊滅した直後、施設周辺に異形の生き物が現れたって話だよ」

 

 

 ビリーはそう言って、端末を操作する。提示されたデータ画像に映し出されたのは、人間の顔のようなものがたくさん浮かび上がったヒルのような生き物である。

 他にも、人の顔が複数合体したようなものや、ハエトリソウとラフレシアを足して大量の目玉を付けたようなものなどが浮かんでいる。先の研究所で見たものと同じだ。

 ふとクーゴは目を留めた。ナメクジを連想させるような体躯に、大きな顔が浮かぶ個体。その上には更に顔がついている。2つの顔立ちは、クーゴの既視感を揺さぶってきた。

 

 

「…………あれ、こいつらどこかで見たことあるな」

 

「奇遇だな。私もこれと同じものを見たことがある」

 

 

 写真を覗き込んだグラハムも、クーゴの言葉に同意する。ビリーも頷き、端末を操作した。

 虚憶(きょおく)のデータベースから、『世界最後の日』のOEとZの情報を引き出す。

 

 インベーダーと化したコーウェン&ステインガーが描かれた絵と、先程クーゴが目に留めた画像。完全に一致した。

 

 頭の中で「やっぱり」という単語が浮かぶ。ゲッター線と聞く度に感じた嫌な予感は、これと似たような事態が起こるのではないかという不安だったのだろう。

 昔、2人の研究者が人革連の方へ亡命したという話を聞いたことがある。確か、その人物の名前もコーウェンとスティンガーだったような気がしないでもない。

 その頃からだ。人革連のゲッター線研究が、3国の中で一番盛んになったのは。――しかし、クーゴの思考はそこで中断させられることになる。

 

 突如、けたたましい音と一緒に、放送が響き渡った。

 

 

『ユニオンのXXXに怪物が出現! 至急迎撃に当たれ!!』

 

 

 怪物。この単語を聞いて連想されたのは、先程データ画像で見た化け物どもだ。

 しかも、指定されたポイントはこの前活動を停止した研究所。そこから数百キロ先には主要都市がある。

 奴らがこのまま進軍したら、街中で大暴れしたら――甚大な被害が出ることは明らかだった。

 

 クーゴとグラハムは顔を見合わせ頷いた。ビリーも険しい顔を浮かべ、憂うような眼差しを向けてきた。

 言葉の代わりに不敵な笑みを浮かべることで、彼へ返答する。自分たちの笑みを見て安心したのだろう。

 

 

「2人とも! 必ず帰還して、元気な顔を見せること!」

 

「心得ているさ、カタギリ!」

 

「約束する! 行ってくる、ビリー!」

 

 

 ビリーは表情を緩めて頷いた。そのまま彼と別れ、慌ただしく格納庫へ向かう。パイロットスーツを着たままだったので、すぐに乗り込むことができた。

 

 ハワードとダリルがコックピットに乗り込む姿が見えた。クーゴはそれを確認した後、操縦桿を握り締める。格納庫のハッチが開いた。即座にグラハムが先陣を切る。

 それに続いて、クーゴたちも空へと飛び出す。今が緊急事態だなんて思えない程、澄み渡った青空。誰もが「平和だ」と信じて疑わないほど、長閑な晴天日和だった。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

「異種……。外宇宙には、このような生物もいるのか……」

 

 

 悍ましい異形の群れを率いるインベーダーの長――嘗て人間だったコーウェンとスティンガーの行きつく果てを目の当たりにした“革新者”は、奴らに対して興味関心があるらしい。

 破界事変を生き残り、再世戦争を戦う中で、彼女が少しづつ変わり始めていることは知っていた。敵を一方的に叩き潰すのではなく、対話による理解という形に舵を切り始めたのがその証拠。

 戦いの中で、“革新者”は数多の異種族――人間と酷似した種族からイマージュやバジュラのような人外形の種族まで――と対峙している。

 

 和解が成立したと思しきケースもあれば、未だ和解や対話の手段を模索しているケースだってあった。

 ただ、それが拗れる原因としては“人間側の横やりが入ったため”であることが多かったけれど。閑話休題。

 

 

「本当は、こういうのって浪漫溢れる邂逅なんだろうけど……」

 

「こんなのに進化するのも、こいつらに寄生されるのも嫌なんだけどぉ!?」

 

 

 “天使”と合体している支援機を操縦する技師・“万年新婚夫婦”――特に妻の方がドン引きしていた。“ゲッター線を浴びた人類の末路”という印象が強かったためだろう。

 

 

「銀河の片隅でひっそり生きているお前たちでは分かるまい!」

 

「宇宙は弱肉強食! そして、その頂点に立つのが我らなのだ!」

 

 

 コーウェンとスティンガー()()()()()にとって、“革新者”と“万年新婚夫婦”の反応は井の中の蛙を見たようなものだったらしい。彼女たちの矮小さを嘲笑い、見下している。

 奴らの意見をそのまま採用した場合、ゲッター線を受けて進化した生き物は『他者に寄生し、踏み躙ることで繁栄を繰り返す』存在になるようだ。――それは、ソレスタルビーイングの理念に反する。

 

 故に、“革新者”は断定する。“コーウェンとスティンガーのような生命体は、戦いを引き起こす存在である”と。

 

 

「ソレスタルビーイングは――俺たちは、お前の存在を認めない!」

 

 

 元から対話などするつもりがなく、ZEXISごと人類に寄生して取り込もうとしていた相手だ。こちらの話が通じないのは勿論、相手側も話を聞くつもりがないことは嫌でも理解できてしまう。宇宙における生態系、その頂点に立っているのだという驕りが、対話の拒否という形で現れた。

 他者に対して歩み寄りを見せる“革新者”だけれど、相手にその気がないと分かれば容赦する必要はない。“革新者”は“万年新婚夫婦”に声をかける。コーウェンとスティンガーにドン引きしていた“万年新婚夫婦”であるが、奴らと戦おうとする“革新者”に対して頷き返した。

 

 そんな“革新者”に“理想への憧れ”が続く。

 彼女もまた、インベーダーに対して眦を吊り上げていた。

 怨敵を睨んでいるような気配を感じる。

 

 

「私たちは、こんな革新(シンカ)を認めない」

 

 

 ソレスタルビーイングの理念か、或いは“純粋種”のモチーフになった“外宇宙からの訪問者”としての意地か、或いは彼女の本心か――もしくは、そのすべてか。

 

 

「他人に寄生して、踏み台にして、奪いつくして、壊しつくす……。そんなものが、そのための力が、革新(シンカ)であっていいはずがない!」

 

 

 “理想への憧れ”はこの地に降り立った“同胞”を身内に持つ者であり、“同胞”の中でも年長組に属している。故に、旧き“同胞”が定義した己の力の意味を知っていた。

 彼女はそれを信じたから『ソレスタルビーイングに身を置き、いずれ現れるであろう“純粋種”と手を取り合い、その力となって、共に生きよう』と考えていたのだ。

 どちらが偉いのではなく、どちらがイニシアチブを握るのかでもなく、互いに潰しあうためでもない。並び立ち、支え合い、助け合い、分かり合うために()()()()()

 

 だから、彼女は切り捨てるのだ。コーウェンとスティンガーの主張するゲッター線――それが齎す進化の形を。

 “お前たちは革新(シンカ)の道を誤った”と言わんばかりに、“理想への憧れ”は武装を展開する。

 

 “革新者”の駆るガンダムと“理想への憧れ”が駆るガンダムがインベーダーに襲い掛かった。相手はかなりの巨体故、2人の連撃をもろに叩き込まれる。

 

 

「危険だ……! 無知なる人間が、このような力を手にするのは……!」

 

「おまいう!!」

 

「説得力の欠片もないぞ。そういうことは、鏡を見てから言うんだな!」

 

 

 異形に成り果てた元・人間が憂うものではなかろう。子どもみたいにキレ散らかす“高貴なる魂”に続くようにして、クーゴもヤジを飛ばした。勿論奴らも黙っているはずがなく、“革新者”や“理想への憧れ”目掛けて口からビームを吐き出した。

 馬鹿の一つ覚えと言わんばかりにその攻撃を繰り返すコーウェンとスティンガーだが、一発の威力は戦艦の砲撃や巨大なビーム砲と大差ない。この場一帯の小惑星を蒸発させる程度には威力があった。――まあ、当たらなければ意味はないのだけれど。

 

 煙が晴れた向こう側、“天使”と天女は健在だ。彼女たちと入れ替わるように、クーゴと“高貴なる魂”が飛び出す。

 

 “異端審問官”が大量のビット兵器を展開し、一方的に攻撃を仕掛ける。そちらに気を取られたコーウェンとスティンガーを不意打ちするような形で、クーゴの機体は愛刀を振るった。

 その巨体を揺るがせるところまではいかなかったものの、引き時を見つけて交代する。コイツの相手はクーゴや“高貴なる魂”ではない。入れ替わりで出てきたのは、ゲッターロボとその関係者。

 因縁の相手と相対峙しても、コーウェンとスティンガーは余裕そうだった。ゲッター線を浴びた命が辿り着く極地にいるという自信――否、驕りが、奴らにそういう態度を取らせているのだろう。

 

 

「そんなちっぽけなゲッター線で……」

 

「我らを倒せると思うなよ!」

 

 

 真ゲッターのゲッター線量では、コーウェンとスティンガーを飽和状態に持ち込むのは難しい。その分析をするだけの知能はあったようだ。

 勿論、ゲッターのパイロットたちは百も承知。同時に、彼らの武器はゲッター線だけではないのだ。

 

 

「ゲッター線が足りなきゃ、ぶん殴って、切り裂いて、ぶち抜くだけだ! この化け物は必ず叩き潰す!」

 

(……“本物の暴力”……!)

 

 

 竜馬の言葉を聞いたクーゴの脳裏に浮かんだのは、虚憶(きょおく)で何度か見かけた青年――森次玲司。彼が見せた無慈悲な連撃と、竜馬が中核になって操縦する真ゲッターの暴れっぷりが重なる。荒々しいが比較的品がいい方が森次、野性に全振りしているのが竜馬たちだろうか。

 

 竜馬と真ゲッターは、宣言通りにコーウェンとスティンガーをぶん殴り、切り裂いて、ぶち抜いて見せた。それを見ていた“高貴なる魂”が「結局いつものことじゃないですかー!」とツッコミを入れていたが、些細なことであった。

 相手も大量の小型インベーダーを差し向けて抵抗していたものの、ゲッターロボたちの暴力に膝を折ることになったようだ。……最も、異形と化したコーウェンとスティンガーに膝なんてなかったのだけれど。

 

 

「何だ!? 一体何がこれ程までに奴らを突き動かすのだ!?」

 

「お前たちには分かるまい!」

 

 

 進化の極北に至ったと思いあがっていたコーウェンとスティンガーが、ここに来て初めて動揺の色を見せた。

 人類を見下し、自分たちこそが宇宙の頂点に立ったと驕り高ぶっていたが故に、現実を受け止めきれないでいるらしい。

 “理解を拒んだが故の結果だ”と言わんばかりに、號が叫ぶ。――彼の想いが燃えていた。それは、この場にいる全員に伝わっていく。

 

 それをいち早く察した“革新者”と竜馬が息を飲んだ。

 

 

「號の意識が伝わってくる……」

 

「記憶……思い出……!? これが號のエネルギー源! 進化の源だったんだ!」

 

 

 大切な記憶、忘れられない出来事――それは、誰にとっても自信を奮い立たせる原動力になり得る。クーゴもまた、大切な記憶や虚憶(きょおく)、忘れられない出来事があるから戦うことを選んだ人間だ。たとえその光景がもう二度と戻ってこないと理解していても、或いは理解しているからこそ、己を奮い立たせることができたのだ。

 何かを悟った隼人は息を飲む。號と共に真ドラゴンを起動させるはずだった他の人物に欠けていた要素に合点がいったらしい。今の號が真ドラゴンを起動させる力を有しているというならば、今の號を突き動かしているものこそが必須要素ということになる。同時にそれは、彼らを見出した早乙女が、ゲッターチームに託そうと思っていたモノだ。

 

 

「それはゲッター線に頼らずに未来を切り開くのに必要な力! 前へ進もうとする意志!」

 

 

 渓の言葉は、ゲッター線を浴びて異形になる進化を選んだコーウェンとスティンガーの全否定に他ならない。それを聞いた奴らは憤慨したように叫び、残っていたインベーダーたちを爆発させた。奴らのエネルギーを吸収し、自身をマーカーにすることで、更に強力なインベーダーを召喚しようと企んでいるようだ。

 勿論、そんなことをZEXISが許しはしない。全機で奴へ集中砲火を喰らわせる。だが、残っていたインベーダーをすべて自身のエネルギーに回したコーウェンとスティンガーに対して、決定打を与えるには至らなかった。自分たちの進化は間違っていないと誇示するかのように、コーウェンとスティンガーは高笑いする。

 打開策に心当たりがあるらしい號が動こうとしていたが、それより先に真ゲッターの面々が動く方が早かった。彼らはコーウェンとスティンガーの内部に侵入し、真ゲッターの動力炉を暴走させることで奴らを爆破しようとしていたのだ。アルティメット・クロスの虚憶(きょおく)で度々出てきた対消滅と同じような原理なのだろう。

 

 だが、それは、真ゲッターの面々が特攻しようとしていることを意味する。

 渓が父含んだ真ゲッターの面々を引き留めようとするが、彼らの決意は固かった。

 

 赤城やシモンが呼び止める声を無視し、真ゲッターはコーウェンとスティンガーの元へと突っ込んでいく!

 

 

「流竜馬!」

 

()()()()でも我らの邪魔をするか!」

 

 

 奴らの物言いに違和感を覚える。それはまるで、クーゴや“理想への憧れ”、“高貴なる魂”らが見ている虚憶(きょおく)の中の出来事を語っているかのような調子だった。

 もしかして、コーウェンとスティンガーも虚憶(きょおく)保持者か、或いはそれに準ずる特殊能力を有していたのではないか――クーゴがその疑問を口に出すよりも先に、竜馬が叫ぶ方が早い。

 

 

「ごちゃごちゃと分からねえことを! 脳にまでゲッター線が回ったのかよ!」

 

 

 それと同時に、ゲッターの動力炉が暴走を始める。仲間たちが竜馬の名前を呼ぶ中で、彼は笑いながら言った。

 

 

「――あばよ、ダチ公」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 機体の残骸や小惑星デブリを縫うようにして全速前進。

 赤い粒子をまき散らしながら、2機のフラッグが宇宙(そら)を飛ぶ。

 

 本来なら万全の状態で目的地に向かいたかったのだが、“ちょっとしたアクシデント”に巻き込まれてしまった。機体の現状は損傷軽微、戦闘を継続・続行するのには問題ないレベルである。

 ……いや、これくらいが丁度いいのかもしれない。何故なら、自分たちが決着を付けようと思っている相手の状況は不公平極まりない――“あまりよろしくない”だろうからだ。

 何せ、相手はソレスタルビーイング、及び、ソレスタルビーイングと行動を共にしている各団体。国連軍全体を敵に回しているので、相手はきっとかなり疲弊していることだろう。

 

 

「逢瀬の約束をしておいて、まさか遅刻してしまうとはな……!」

 

「そういうときは素直に謝って、状況を説明するんだよ。許してもらえるか否かは別問題だけど」

 

 

 苦々しい顔をして飛ぶグラハムに対し、クーゴは肩をすくめながら諫める。

 

 

「だから言ったんだ。『トラブルは俺1人で何とかしておくから、お前だけでも“あの子”の元へ行け』って――」

 

 

 『仲良く遅刻しなくともよかったのに』というクーゴの気遣いがきちんと言葉になることはない。遠くの方で、何かが光り輝くのが視認できたためだ。

 あの光は国連軍由来の兵器ではない。では、あれは一体――それに首を傾げたのと、グラハムが息を飲んだのはほぼ同時。次の瞬間、奴は鬼気迫る形相になってフラッグの速度を上げた。

 

 

「いきなりどうした!?」

 

「あそこだ!」

 

「何が!?」

 

「“革新者”がいる場所だ! あの光は、そこに向かっていった!」

 

「何だって!?」

 

 

 この宙域にいるのは国連軍だけのはずだ。だが――何度でも言うが――、あの光は国連軍由来の兵器ではない。グラハムの言葉が本当なら、“国連軍以外の何かがこの宙域にいて、ソレスタルビーイング、及び彼女たちと行動を共にしている団体を襲っている”ということになる。

 

 グラハムが鬼気迫った表情をしていたのは、最愛の少女とガンダムが得体の知れぬ“何か”によって害されようとしている気配を察知したためだったらしい。

 相棒の思考回路を察知し、クーゴは苦笑しつつも同意する。自分たちは彼女たちとの決着をつけるためにここまで来たのだ。それを邪魔されて黙っていられるような質ではない。

 ()()()()を纏いながら加速していくグラハムのフラッグに追い縋りつつ、クーゴはエトワール――もとい、“理想への憧れ”に思いを馳せる。

 

 最初の出会いは、『ヴィジョンを共有させることができる歌い手の存在を知った上層部からの命を受けて、彼女に接触を試みた』ことからだった。エトワールと名乗って活動していた“理想への憧れ”、及び“革新者”と顔を合わせたのも、最初は情報収集のためだ。その際にグラハムが“革新者”に一目惚れして大騒ぎになったことは今でも覚えていた。

 交流を重ねていくうちに、情報収集よりも一緒に過ごす時間が楽しいと思うようになった。決定的なことは何も言わなかったけれど、確かに自分たちは《分かり合えていた》と思う。そのうち戦場で相対峙するようになり、刃を合わせたことで伝え合えたこともあった。――その積み重ねが、自分たちに『この道』を選ばせたのだ。

 

 

(この戦場(ばしょ)で何が起こっているのかは分からない。……けど、これ以上、俺たちの邪魔をされてたまるか!)

 

 

 クーゴは操縦桿を握りしめた。視界の端で青い光が爆ぜたような気がする。

 僅かな時間すらも惜しいと思ったそのとき、不意に《聲》が《聴こえた》。

 

 

<アイツら、いつものより強いぞ……>

 

<クソッ! あんな奴らの相手をしている場合じゃないってのに!>

 

 

 最初の《聲》は覚えがないが、次に《聴こえた》《聲》には覚えがある。ソレスタルビーイングが黒の騎士団と合流する前後で何度も対峙したガンダムパイロットの1人だ。彼や彼女たちは酷く焦っている。何かあったのかと疑問に思ったとき、クーゴは《視た》。

 彼らが宇宙まで上がって来た際に搭乗していた輸送艦が、先程の戦いで地球の重力に囚われてしまった。それを救おうとしていた面々であったが、そこへ謎の兵器・スプリッターが現れ、襲い掛かって来たらしい。輸送艦を失えば、彼女たちは地球へ戻れない。それ以上に、輸送艦のクルーの命が危ないのだ。

 スプリッターは人間たち――特に、現在この宙域で戦っていたソレスタルビーイング、及び、彼女たちと行動を共にしていた団体の機体へ襲い掛かる習性があるらしい。クーゴやグラハムがあの場に到着すれば、当然、自分たちも奴らに狙われることになる。文字通りの大混戦だ。

 

 今、天使や天女に攻撃を仕掛ければ、クーゴやグラハムが有利になるだろう。

 

 ……そんなことは分かっている。分かっているんだ。それが正しいって、それが効率的だって、理解している。

 軍人としてのクーゴ・ハガネは、何も間違っちゃいない。――だけど、今、必要なのは違うのだ。

 

 

<この光……! 今度は何が出てくるってのよ……!>

 

 

 向こう側でまた光が瞬く。そのタイミングで聞こえてきたのは、見知らぬ少女の悪態だった。ぞわぞわと背中を走る悪寒と焦燥を、何と例えればいいのか分からない。

 

 

<足りない。貴様たちには絶望が>

 

<ゼロ、あれ……! あのマシンは何者なんだよ……!? やばそうな感じがプンプンするぜ……>

 

 

 平坦な声が聞こえる。聞き覚えのない男の声だ。それと入れ替わりに、黒の騎士団関係者の男が、震える声で言葉を紡いだ。

 次の瞬間、謎の機体に随伴していたスプリッターが、ソレスタルビーイングと黒の騎士団の機体に向かって襲い掛かった。

 慌てて迎撃を試みるも、誰も彼もがスプリッターに翻弄されている。不意を突くような形で飛び出した機体が、死角から天女と天使を強襲する!

 

 慌てて対処しようとする天使と天女であるが、どう考えても間に合わない。

 他の機体も援護に向かおうとするが、他のスプリッターどもに阻まれる。

 

 

「――飛べ、フラッグ!」

 

 

 気づいたら、叫んでいた。意味などなくとも、そう叫ばずにはいられなかった。早く、彼女たちの元へと向かいたかった。エゴなのは分かっているけれど、それでも――彼女たちと決着をつけたい。そうして、自分たちが望んだ明日に向かって踏み出すのだ。そのためにも、彼女たちとはきちんとした形で決着を付けたかった。

 

 それに呼応するかのように、()()()が爆ぜる。――次の瞬間、眼前に広がる光景が変わった。機体の残骸と小惑星のデブリしかなかった視界の真ん中に、異物の強襲を受ける天女の姿があった。

 クーゴのフラッグは即座に愛刀――ガーベラストレートとタイガーピアスを引き抜き、天女とスプリッターの間に割って入る。異物の武器と愛刀が鍔迫り合いを繰り広げ、火花を散らした。

 

 

「切り捨て――御免ッ!」

 

 

 鍔迫り合いに勝利したガーベラストレートとタイガー・ピアスを力任せに振り下ろせば、スプリッターの中心部に大きな×印の軌跡が叩き込まれた。

 思いっきり奴を蹴飛ばせば、程なくして機体が爆散する。そのまま天女を庇うような体制を取れば、視界の端にグラハムのフラッグが映り込んだ。

 奴も同じようにして、白と青基調のガンダムを庇ったらしい。ビームサーベルの一閃を喰らったスプリッターが爆散する。

 

 それを見ていた面々が驚きの声を上げた。

 

 さもありなん。クーゴとグラハムの所属は国連軍で、彼女たちにとっては敵同士だ。

 本来ならこの場で彼女たちを攻撃し、大混戦に陥っていたとしても何もおかしくはない。

 

 

「こんな状況でキミを倒したところで、私もキミも満足は得られまい。……それは、我々が望んだ“明日”とは程遠いだろう」

 

 

 グラハムはそう言いながら、“革新者”の方へと向き直る。“革新者”は合点がいったらしく、大きく目を見開いた。

 何か言おうと口を開いて閉じてを繰り返した後、納得したように頷き返す。心なしか、彼女の口元が微かに綻んだように見えたのは気のせいだろうか。

 クーゴではそれに込められた意味を掴むことはできないし、そうすることは無粋なのだろう。だから、この件に関しては何も言わないことを選んだ。

 

 

「まずは、奴らを――」

 

 

 謎の機体へ向き直ったグラハムが言葉を続けようとしたとき、謎の機体が武装を展開した。鮮やかな紫音の光が爆ぜた後に広がっていた光景に、クーゴとグラハムは思わず息を飲む。

 

 この宙域に展開していた国連軍の機体()()()()()が漂っていた。目視とレーダーを確認すれば、国連軍の味方識別が1つも表示されない。一歩遅れてようやく、クーゴは“国連軍が一瞬で全滅した”ことを理解した。

 嫌な汗がどっと流れていくのを感じつつ、クーゴは恐る恐る謎の機体を見上げる。自分が何を相手にしているか、何を相手にしようとしているのか――その強大さを叩きつけられた気分だ。ごくり、と、生唾を飲み干す。

 

 

(それでも、何も変わらないんだけどな)

 

「化け物だろうと何だろうと、“革新者”たちの邪魔をさせてたまるかよ!」

 

 

 クーゴの意見を代弁するように、長い髪を生やした機体に乗っていた青年が吠える。

 それを聞いた仮面の男は、呆れたようにため息をついた。

 

 

「愚かだ。自分と私の力量が分からないとは」

 

「アンタとの差が分かろうが分かるまいが、やることは一緒なんスよ!」

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「見えた!」

 

 

 異形どもと戦うフラッグの群れを見つけたグラハムが、その中へと突っ込んでいく。グラハムスペシャルで形態を変えて、ライフルを撃ち放った。

 クーゴたちもそれに続いて、それぞれ武器を構えて飛び込んでいく。切って、撃って、弾き飛ばして、異形たちを屠っていった。

 

 いつぞやの虚憶(きょおく)やシミュレーターでも、似たような生き物が出てきたことがある。それを体験していたのが功を奏したのか、インベーダーの動きはある程度予測できた。

 

「この化け物が!」

 

「ここからいなくなれ!」

 

 

 ハワードの銃撃を受けて怯んだ化け物へ、ダリルのプラズマソードによる一撃が入る。異形は断末魔の悲鳴を上げて消滅した。

 大量の体液が飛び散る。2人はそこで止まらず、すぐさま次の敵を討った。今度はダリルが敵に銃撃を浴びせ、ハワードがプラズマソードで薙ぎ払う。

 いいコンビネーションだ。こちらも負けてはいられない。クーゴは即座にグラハムの援護に入る。

 

 ガーベラストレートとタイガー・ピアスを鞘から引き抜き、グラハムの背後に迫った異形を叩き切る。

 次の瞬間、グラハムのライフルが唸った。振り返れば、体液をまき散らしながら爆散する異形の姿が視界の端を横切る。

 

 

「これで貸し借りなしだな、クーゴ」

 

「お互いにな、グラハム」

 

 

 軽口を叩きながら、化け物の掃討に勤しむ。奴らはどこから湧いているのか、全く見当がつかない。

 このままでは消耗戦になる。原因を突き止めなければ、力尽きるのは自分たちの方だ。

 

 

「隊長、怪物以外に反応が出ました!」

 

「この反応、ガンダムです! こちらに近づいているみたいですが……」

 

 

 ハワードとダリルからの通信が入る。レーダーを見れば、2つの反応が出ていた。

 

 視界の端を、緑の光が横切る。あの光は、ガンダムが現れた証拠だ。

 振り返った先にいたのは、白と青基調のガンダムと純白のガンダム。

 あの2機はどこへ武力介入するつもりなのだろう。

 

 そう思考を巡らせたとき、2機のガンダムは何の躊躇いもなく攻撃を仕掛けた。

 研究施設やユニオンフラッグおよび空母ではなく、蠢いていた異形たちに向かって。

 

 

「……もしかして、この化け物どもを紛争の原因とみなしたのか?」

 

 

 クーゴの問いに是と答えるかのように、天使と天女は化け物たちを殲滅していく。ユニオンフラッグや空母には目もくれない。体格の差が何倍もある異形を切り裂き、弾き飛ばし、撃ち抜き、屠っていった。

 天使と天女はユニオン軍と協力しているつもりはないらしい。ソレスタルビーイングのパイロットたちは、独自で作戦を遂行している様子だった。緑の粒子をばらまく様子は見られない。むしろ、ばらまかれたらユニオンが大変なことになる。

 ソレスタルビーイングなりの気遣いなのだろう。そこには素直に感謝すべきだ。クーゴは彼らを視界の端に捉えつつ、暴れまわる異形を駆逐していく。グラハムも同じらしく、時折フラッグの頭部が白と青基調のガンダムを向いていた。

 

 ガンダムの介入もあってか、異形退治はスムーズに進む。相変わらず、うじゃうじゃ湧いて出てくるところは変わりない。

 

 そのとき、レーダーがけたたましく鳴り響いた。先のガンダム鹵獲作戦で出てきたのと同じように、下からの突撃である。調査隊の面々とガンダムは全力で回避行動に移る。視界の脇で、逃げきれなかったフラッグが弾き飛ばされ爆発した様子が見えた。また、仲間が死んだのだ。怒りが湧き上がってくる。

 見上げた先にいたのは、いつぞやの虚憶(きょおく)で見たインベーダー化した人間――コーウェンとスティンガーとよく似た異形が姿を現した。唯一の相違点は、虚憶(きょおく)で見たコーウェントスティンガーより二回りほど小柄になった程度か。奴らは笑いながら、ユニオンフラッグやガンダムたちに攻撃を仕掛けてきた。

 

 

「これが、我々の研究成果!」

「人類の、新たな進化の形!」

 

「「とくと思い知れ! これが、究極の存在だ!!」」

 

 

 異形の声が響く。不意に、クーゴの脳裏に見知らぬ光景が流れ込んできた。

 

 2人の研究者は、虚憶(きょおく)で見た力に魅せられた。それを再現しようと研究を続けていた2人であったが、世間一般の研究者は彼らの研究を認めなかった。

 “人間がゲッター線を浴び続ければ、インベーダーのような異形に成り果ててしまう”なんて結果が出た時点で厄ネタの極みである。たとえそれが過程だったとしても、だ。

 だから2人は亡命し、人革連に流れ着いた。そこで更なる研究を続けることができたものの、ソレスタルビーイングの出した声明のせいで、2人の研究は今度こそ息の根を止められてしまう。

 

 虚憶(きょおく)の再現には届かなかった。この研究は、文字通りの道半ばで費えることが確定している。

 彼らは、それに耐えられなかった。なんでもいい、どんな形でもいい、この研究を世界に示さなくては――

 

 

(――最後のあがき、か)

 

 

 奴らの発言で、ソレスタルビーイングが何故武力介入に至ったのか見当がついた。ガンダムたちのターゲットは『先日の一件で中断に追い込まれた研究成果を無駄にしたくなくて、ゲッター線を使って異形と化した』科学者たちだ。彼らが何を思ってどんな研究をしてきたのかなんて、その末路を一目見れば見当がつく。

 ソレスタルビーイングでなくても、各国および国連、マスメディア等々が怒り狂うレベルである。自分の研究成果を自分自身で実験するとは、研究者としてはどうなのだろうか。無事に帰れたら、是非ともビリーに訊ねてみたい。そのためにも生き残らなければ。

 異形と化した科学者たちが咆哮を上げる。力任せの突撃だ。MSの方が小回りが利くとはいえ、あの巨体をまともに喰らったら生きていられないだろう。余波を喰らうだけでも爆損したフラッグがいたのだ。運が良くて戦闘不能、悪ければ死が待っている。嫌な汗がこめかみを伝った。

 

 

<違う>

 

 

 不意に、声が聞こえた。聞き覚えのある女性の声だった。

 強い否定を帯びた声色に、クーゴは驚き目を見張る。

 

 

<私たちは、こんな革新(シンカ)を認めない>

 

 

 怒りに満ちた女性の横顔が見えた気がした。簪で束ねられた緑の髪、御空色の瞳。誰かに似ている。しかし、詳しい特徴を確認する間もなく、その光景は泡沫に消える。

 次の瞬間、異形に対してガンダムたちが攻撃を仕掛けた。遠距離からの射撃攻撃。的が大きいためにすべてが命中し、おびただしい量の体液が飛び散る。異形が呻き、体が傾く。

 ガンダムの攻撃が効いているのだ。しかし、異形は触手を展開する。クーゴたちは即座に操縦桿を動かし回避行動に移った。触手が捉えたのは、近くを徘徊していた別の個体だ。

 

 小さい個体が断末魔を残し、触手に取り込まれていく。その中には人の顔らしきものが浮かんでいたものもいて、彼らも断末魔の悲鳴と恨み言を残して取り込まれてしまった。

 巨体が蠢いた。先程ガンダムにつけられた傷が、みるみるうちに修復されてしまう。

 

 

「嘘だろう!? 仲間を取り込んで傷を治すなんて……」

 

「なんてこった……! いつぞやのシミュレーターに出てきたインベーダーそのものじゃないか!」

 

 

 ハワードとダリルが絶句する。だが、それだけでは終わらなかった。

 

 異形の足元から、新たな異形の個体が形成された。それらはグロテスクな花を咲かせツタを伸ばしながら、フラッグや戦艦に襲い掛かる。何という自給自足だ。言葉は画期的な希望に満ち溢れているというのに、目の前で繰り広げられる自給自足程認めたくないものはない。

 自分の尖兵を次から次と生み出し、自分が傷ついたら尖兵を取り込むことで自己回復。そんなことを延々と続けられたら、完全に消耗戦になる。エネルギーや人員その他諸々が限られている自分たちが不利だ。

 

 

<ソレスタルビーイングは奴を殲滅対象と認定。これにより、ミッションはプランD-4、セカンドフェイズに移行。作戦を遂行する>

 

<了解! ガンダムマイスターの威信と私のすべてに賭けて、やり遂げてみせる!>

 

 

 ガンダムのパイロットたちの声がした。セイロン島やタリビアで聞こえた声より、はっきりと聞こえる。中性的な声だと思っていた方は、まだ若い少女のものだった。こちらもどこかで聞き覚えのある声だ。はて、とクーゴが首を傾げる。

 その間に、2機のガンダムは異形に攻撃を仕掛けた。天女が機動力を活かして撹乱し、隙をついて回り込んだ天使が刃を振り下ろす。それは見事に異形の肉を割いた。間髪入れず、天女が体当たりを繰り出した。体制を崩した異形に、天使と天女が弾丸の雨あられをお見舞いする。

 息もつく間もない連続攻撃だ。確かにダメージは与えられている。だが、異形はすぐに触手を伸ばし、尖兵を取り込んでいく。それでも、2人は変わらず連携攻撃を仕掛けていった。やり慣れたコンバットパターンなのだろう。コンビネーションアタックの主導を握っているのは天女であった。

 

 しかし、何故だろう。嫌な予感がして堪らない。このまま放置してはいけないと、クーゴの頭の中で何かが警笛を鳴らしている。ほぼ直感に近いものに従い、クーゴは操縦桿を握り締めた。思いっきり動かす。

 フラッグが加速し、Gが体にかかってきた。それを振り払うようにして、更に速度を上げる。視界の端に、グラハムの機体が追随してきたのが見えた。どうやら彼も、何かを感じ取ったらしい。

 

 天使と天女の足元から、新しい尖兵が湧き上がってきた。大型の異形に意識を持っていかれていたのか、ほんのわずかにガンダムたちの反応が遅れる。網のように開いた触手が、天使と天女に襲い掛かる!

 

 

「させるかぁ!」

 

 

 クーゴがガーベラストレートとタイガー・ピアスで触手の網を切り裂き、グラハムがライフルで触手を撃ち抜く。そのまま、2機のカスタムフラッグはガンダムの背中を守るようにして躍り出た。

 ガンダムのパイロットたちは、まさかクーゴとグラハムらが援護攻撃および援護射撃を繰り出すとは思っていなかったのだろう。息をのむ声が聞こえた。それはハワードたちも同じだったようで、彼らは焦った様子でクーゴとグラハムを呼んだ。

 

 いいのか、と。ハワードとダリルが心配そうな顔でこちらを見返している気がした。

 いいんだよ、と。彼らに対して、クーゴは満面の笑みで答える。

 

 始末書が待っているのは承知の上だ。何をすべきか、何をしなければならないのか、知っている。

 

 

「同じ敵を倒すために戦っている者同士だ。少なくとも“今”は、追う者と追われる者でもなければ敵同士でもない」

 

 

 クーゴはちらりとグラハムを見た。

 通信は開いていないけれど、彼が頷き微笑む姿がはっきりと《視える》。

 

 

「ガンダムのパイロットよ、聞こえるか?」

 

 

 グラハムが、ガンダムのパイロットたちに語り掛ける。

 

 

「ここは共闘した方が得策だと思うが、どうする?」

 

 

 パイロットたちの返答が来るまでの数秒間が、妙に長く感じた。永劫のような、一瞬のような、何とも言えぬ体感時間。

 実際の時間がどれ程のものかはわからない。けれど、幾何の沈黙の後で。

 

 

<――了解した。目標を駆逐する!>

 

<――ええ、お願い! 援護は任せるわ>

 

 

 2機のガンダムからの答えに、クーゴとグラハムは顔を見合わせ笑みを浮かべた。頷き合い、異形に向き直る。

 

 

『ナイスな展開じゃないか!』

 

 

 不意に、少年の声が響いた気がして空を見た。そこには誰もいない。けれど、彼の言葉通りの展開だ。場違いにも、燃え上がる感情の高ぶりは誤魔化せそうになかった。

 正義の味方になりたかった少年は、王道展開を好んでいた。今まで死闘を演じてきた敵が味方になったり、ピンチのときに味方が駆けつけてくれたり――例を挙げればキリがない。

 彼が大抵その言葉を発するとき、文字通りの光景が広がっていた。例えば、テロリスト呼ばわりされていた自分たちの汚名が晴れ、政府からバックアップを受けたとき等がそれにあたる。

 

 そして、その台詞が出てくるときは、彼が本当の意味で“正義の味方”となったときだ。

 示された絶望を打ち砕き、点と点を繋いで、希望までの線を引いた。未来までの線を描き出した。

 

 点を繋いで線を引く(ラインバレル)。滅びの過去(みらい)から、人類の未来(あした)を救うために降り立った機体(マキナ)

 

 正義の味方が起こした奇跡を、知っている。虚憶(きょおく)の中で、クーゴはそれを目にしてきた。

 機械仕掛けの神に、「人間であり続ける」ことを示した少年の名前は――早瀬浩一。彼に寄り添っていた少女の名は――城崎絵美。

 彼に寄り添いたいと願った少女2人の修羅場(せんそう)は、どちらに軍配が上がったのか。その答えまでは、掴めなかった。

 

 

(自滅スイッチとか、正しい進化とか、思うことは沢山ある)

 

 

 “正しい進化ができなかった場合、人類は自滅スイッチが作動して滅んでしまう”――天女を駆るパイロットが零した革新(シンカ)という言葉が引き金になり、別の虚憶(きょおく)で耳にした話題が脳裏によぎる。

 

 その現場を目の当たりにした加藤久嵩が、“自分が悪となることで人類に死を想像させようと計画した”光景が如何程のものだったか――虚憶(きょおく)を通して《視た》断片的なものでしかないから、クーゴは彼の絶望のすべてを理解できるわけじゃない。

 自分の大切な人たちが何の脈絡もなく次々と自殺していく地獄絵図。加藤久嵩が己を生贄にしてでも回避したかった絶望の未来。そんなものが搭載されていた世界の人類だけれど、アルティメット・クロスは絶望の未来を超えて見せた。そうして、新しい革新(シンカ)の道を指し示している。

 

 数多の葛藤を超えて、蒼穹を取り戻した。人類と異種族が成した融和の形――その1つ。

 幾多の誤解を超えて、宇宙に咲いた花があった。人類と異種族が成した対話の形――その1つ。

 巨多の欲望を超えて、虫の女王を解放した。人類と異種族が成した共生の形――その1つ。

 

 ――とても大切な想いが、そこにあった。

 

 

(――だけど、今は……!)

 

 

 脱線してしまいそうになる思考回路を引き戻すように首を振り、インベーダーの群れを睨む。

 自分たちに随伴するように、ハワードとダリルのフラッグがやって来た。

 

 

「これはこれで、心躍る……!」

 

 

 グラハムが不敵な笑みを浮かべる。他の面々も、顔を見合わせて頷いた。

 

 

「私のプリマドンナ、エスコートは任せてくれ!」

<ぷ、プリマドンナ……!?>

 

「ウチのがああなのはご愛嬌だ。隊長やってるから、実力は信頼してやってくれ」

<ええ。重ね重ね、お願いします>

「え、何を?」

 

「まさか、こんな展開になるなんてな。こういう王道展開、嫌いじゃないですぜ!」

「ああ! むしろ望むところだ!」

 

 

 そうして、異形に攻撃を仕掛けるために飛び出していく。

 フラッグファイターとガンダムマイスターによる、前代未聞の共闘が幕を開けた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ノブレスは端末を眺める。アレハンドロたちと連絡を取るためのものではなく、“同胞”たちと連絡を取るためのものだ。

 いくつもの顔を持つノブレスにとって、分別は大事なことであった。足が出る危険性その他諸々の要素を考えた結果である。

 

 

(“ユニオン、AEU、人革連のゲッター線関連研究所の一部からインベーダーが出現”か)

 

 

 ソレスタルビーイングはインベーダーを“戦乱を呼ぶ元凶”として殲滅対象に認定、武力介入を行っている。その際、各国のエースたちから共闘を持ちかけられたガンダムマイスターたちがそれに乗っかるという形で戦線を展開していた。

 AEUではパトリック・コーラサワー率いる部隊が、現在ヴァーチェとデュナメスらと共闘中。人革連ではセルゲイ・スミノルフとその部下の超兵1号ソーマ・ピーリス率いる部隊が、キュリオスと共闘中。ユニオンではグラハム・エーカーとクーゴ・ハガネらの率いる調査隊が、エクシアとスターゲイザーらと共闘中だ。

 “同胞”たちは宇宙圏に飛び立ち、機動エレベーター付近で暴れまわるインベーダーを駆逐している。ついでに、その様子も全国配信されるような細工だって施してあった。この一件が片付けば、我らが“同胞”のメディア関連部署に属するメンバー勢無双が始まるだろう。

 

 その1人は現在、人革連にある報道局の支社にいる。今頃、後輩と護衛対象らと一緒に現地の研究所に乗り込み、撮影しているに違いない。

 悪戯っぽく笑う青年は、世界の理不尽に挑む挑戦者。誰もが楽園と信じた箱の片隅に生じた綻びから、決して目を離さない。

 

 

(僕のミッションは、相変わらず『チーム・トリニティとの交流及び強化』『アレハンドロ・コーナーの監視』のままですか。のけ者にされているみたいで寂しいなぁ……)

 

 

 仮面の奥底では、寂しさにまみれた情けない顔をしているに違いない。いくら仮面をしていたとしても、その感情を完封できるとは限らないのだ。ノブレスは自身を叱咤しつつ、端末の情報を確認する。

 

 もう1つの顔である技術提供会社はてんやわんや状態だ。ソレスタルビーイングやユニオンのガンダム調査隊、アザディスタン等に提供する技術および武装の設計開発のために日夜奮闘していた。技術提供交渉役は各自担当場所へ、代表取締役はアザディスタンにいる。

 技術部の面々が「150mって、完全に嫌がらせだよなこれ!? 方向性がわからないぞ!」やら「これで疑似エスカッシャンができますね! あとは実体系の武器付けましょう!」やら、「ほら、アザディスタンの王女様いただろ。代表取締役曰く、『口説き落したい女性』のタイプにドンピシャなんだと」等と零していたか。

 

 ノブレスは深々と息を吐いた。「女性は愛でるべき存在である。夫は愛する存在である。夫以外の男は親友(ダチ)公である。但し例外有り」という彼女の言葉に、現在進行形で叩きのめされている例外カテゴリの男がいる。叩きのめされながらも尚、自分の想いと約束を果たすために戦っている男がいる。

 傍から見ているこちらとしては、寂しいと思う。悲しいとも思う。でも、彼は苦笑しながら言うのだろう。『そういうことだから、仕方がない。それに、こんなことでへし折れるくらいなら、もう止めている』と。“報われないことを承知して戦い続ける”――それもまた、強さだ。担当部署は違えど、ノブレスは彼を尊敬する。

 ノブレスは元々グライフ博士の部署に所属していたため、彼らと行動を共にすることが多かった。しかし、アレハンドロの懐に潜り込むために志願してからは、彼らの日本行きも相まって疎遠になりつつある。暇な時間を作れたら、彼らに電子メールを送ってみようか。トイレに立てこもる時間が長くなりそうだ。

 

 

「シャアむかつくシャアむかつくシャアむかつくシャアむかつく……!」

 

「あれを()った方が早い。ネーナは間違ってない。だが、だが……! 畜生、何度やってもこのジレンマを克服できねぇ……!」

 

「ネーナ、ミハエル。耐えろ、耐えるんだ……!」

 

 

 トリニティ三兄妹がカチカチ歯を鳴らす音が響く。彼らは現在、虚憶(きょおく)のデータから再現されたシミュレーターで特訓中だ。

 ミッションは護衛任務。ここまでなら、彼らが激しい苛立ちと葛藤を見せる必要はない。問題は、再現されているシチュエーションである。

 

 

『みんな、落ち着け! いい加減にしたらどうなんだ!?』

 

 

 護衛対象のMSはササビー。地球寒冷化作戦のためにアクシズ落としを企てたジオン総帥――シャア・アズナブルが駆る機体である。

 

 

『世界が自分を中心にして動くと思うな! どれだけの女が貴方に泣かされたか!』

 

『思い出というものは、遠くなるから宝になるそうだよ、シャア。これ以上、私の思い出を汚さないでもらおう!』

 

『大佐の嘘つき! この戦いが終わったら、ナナイもララァも忘れるって言ったじゃない!』

 

 

 それを追うのは、護衛対象と恋愛関係(?)にあったと目される女たちが駆るMS――パラス・アテネ、キュベレイ、ヤクト・ドーガ。

 痴情のもつれによる怒りで能力が底上げされた3機は、困り果てているササビーを文字通り『フルボッコ』にしている。

 

 一応、そんな護衛対象にも味方が1機いた。1機、いたのであるが。

 

 

『ナナイ、見ていないで止めてくれ。援護を』

 

『ふふふ。……大佐、たまには痛い思いでも如何ですか?』

 

『待て。何故こちらに銃口を向けるんだ!?』

 

 

 開始早々これである。速すぎる裏切り宣言だ。

 

 それもそうだろう。レウルーラに搭乗するこのパイロットもまた、護衛対象者と恋愛関係(?)だったと目される女性である。

 1対4。女性陣からは、彼の恋愛歴に関する酷い話が飛び交う。何股かけただの、棄てられただの、八方美人な口約束だの。

 聞いているだけで怒りが湧き上がる内容だ。彼女たちと一緒にあの護衛対象を粛清する任務はないのかと考えたくなる。

 

 

「いつ見ても、いつやっても、これは酷いな」

 

 

 ノブレスはぽつりと呟いた。刑事ドラマや推理小説等で見かける“最悪な被害者”と“可哀想な加害者”の縮図そのものだ。むしろ、前者は「なぜ今まで殺されなかった」、後者は「よく今まで耐えてきた」と言いたくなるような状況である。

 友人と一緒にこのシュミレーションを初めてやったとき、あまりの展開に、即座にシミュレーターの電源を落としてしまった。顔を真っ青にした友人が『これはどうすべきなんだろう』と、か細い声で言いながら目を潤ませた姿は今でも鮮明に残っている。

 

 話は変わるが、トリニティ兄妹の弱点は『己にとって都合が悪い方向に戦局が傾くと、連携や攻撃等に乱れが出る』ことだ。いかなる状態下であっても、どんな状況に追いやられても、自分たちの成すべき任務(こと)を成し遂げようとする強い意志と諦めない粘り強さ、および集中力が必要となる。

 アレハンドロから言われた期限まで、もう時間がない。トリニティ兄妹のスローネシリーズにつける武装にも取り掛からなければ。いざというとき、彼らが奴らに使いつぶされてしまうことのないように。奴らの派閥に悟られないようにするというのは中々骨が折れる。

 ノブレスは武装を考えつつ、彼らのシミュレーターによる戦果を見つめていた。初めてこれをやったとき、開始早々ネーナが護衛対象を打ち殺すという形でミッションを終えたことを思い出す。それに比べれば、護衛対象を守り抜きながらパラス・アテネとキュベレイを撃退したのは成長だと思う。

 

 相変わらず感情をあらわにしているが、彼らはきちんとミッションをこなしている。ヤクト・ドーガとレウルーラが堕ち、画面全体にはミッション成功の文字が浮かんだ。

 

 

「よし、終わった!」

 

「な、長かった……」

 

「うむ。ミッション成功だ」

 

 

 3人はそれぞれ反応が違うけれど、ミッションがひと段落したことに安堵していた。

 ノブレスは3人へ惜しみなく拍手を贈る。

 

 

「おめでとう、3人とも」

 

 

 それを聞いたヨハンは微笑を浮かべ、ミハエルは照れたようにはにかみ、ネーナは頬を薔薇色に染めた。ミッション完了までの時間も最短記録更新だ。本当に、よく頑張ってくれたと思う。

 

 今日の晩御飯は外食にしよう。そこで、3人の活躍を祝ってあげよう。ノブレスは頭の中で、そのプランを考えながら脳量子波および能力を使って友人にコンタクトを取る。お互いに情報を収集・交換するためだ。

 一歩遅れて聞こえてきたのは『本日のアレハンドロ』。今日も奴は元気に暗躍を繰り返しているらしい。特に『“疑似太陽炉の増産”や、“専用機開発の下準備”で忙しい』とのこと。そのうち、設計開発関係の話が()()()に回ってきそうである。

 そうなると非常に面倒だ。どこかの虚憶(きょおく)で見た5人の博士宜しく、どこかでこっそり手抜きをしておかねばならないだろう。有頂天なアレハンドロのことだ。こちらが暴露しなければ、きっと()()()まで気づかないまま終わりそうだ。

 

 

<今日もフォーリン・エンジェル飲むんですかね。ゲン担ぎに>

 

<飲むんだろうね。奴の認識とカクテル言葉との差異の落差には毎回笑っちゃいたくなるけど>

 

<コーナー家が考えたイオリア計画の乗っ取り作戦、“天使の落日(フォーリン・エンジェル)”ですもんねぇ>

 

<執念が極まるとあんなことになるんだなぁ。一族単位の怨念込みだと、相当ネバついた味がするんだろう>

 

 

 話し相手が失笑する気配がして、ノブレスは口元を抑える。

 自分たちも似たようなモノを持っていたからだ。

 

 

「今日はお祝いだな。おいしい店に行こうか」

 

「やったあ!」

「よっしゃあ!」

「ありがとうございます」

 

 

 彼らが笑う。その笑顔がこれからも続くか否かは、自分の手にかかっているのだ。ノブレスは決意を新たにする。

 トリニティ兄妹らと外へ出た。丁度いいタイミングで端末が鳴り響く。確認すると、インベーダーの鎮圧が完了したという情報だった。

 

 AEU、人革連、ユニオンのインベーダーも殲滅が終わったらしい。各部隊はソレスタルビーイングに借りができたようで、ガンダムたちの撤退を赦したという。どこもかしこも被害が出たようで、しばらくは失った戦力補充に充てられるだろう。

 ソレスタルビーイングも、この件で新型武装の開発が急ピッチで行われるに違いない。こちらの技術部にも話が舞い込んでくるだろう。そのための下準備も進んでいるし、サイオンタイプモデル03専用武装はすべて、自分たちの所属する技術開発提供会社が行っている。

 彼らにとって“同胞”たちは“利用すべき相手”であり“いずれは殲滅すべき相手”という認識だ。はてさて、ノブレスが監督するチームトリニティは、彼らにとってどんな認識になるのだろう。ノブレス個人としては仲良くしたいのだが、アレハンドロが何をしてくるかという不安もある。

 

 

「教官?」

 

「ああ、今行く」

 

 

 それはまた、おいおい考えるとしよう。ノブレスはそう割り切って、トリニティ兄妹の元へと歩き出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「馬鹿な……!」

「我々の進化が、こんなところで――」

 

 

 断末魔の声がした。

 

 フラッグファイターたちとガンダムマイスターの総攻撃を叩き込まれ、異形の巨体は腐り堕ちるようにして溶けていく。親玉が死んでもザコは好き勝手に動き回っていたが、新手を生み出す存在が息絶えたのだから、殲滅されるのも時間の問題であった。そのまま、自分たちは掃討に回る。

 悍ましい進化を目指した研究者たちの夢はここで終わった。それと同じように、夢の残骸たる異形どもも、フラッグやガンダムの攻撃によって倒されていく。異形どもが完全に殲滅、および鎮圧されたのは、空が茜色に染まった頃のことだった。異形の沈黙を確認した天使と天女は、緑の粒子をまき散らしながら空の向うへ消えていった。

 

 手は、出さない。自分たちと共に戦ってくれた者を背後から襲うなんて、そんな卑怯なマネなどできるはずがなかった。

 代わりに、天使と天女に向けて、クーゴは敬礼を送った。それに答えるかのように、緑の粒子が描いた軌跡が青く煌めく。

 粒子の軌跡すら見えなくなった後で、ユニオン軍は撤退を始める。グラハムらもそれに続くように空を飛んだ。

 

 

「今回は、ガンダムを手中にできなかった。だが、()()()()と共闘したことで、それ相応の戦闘データを手に入れることができたという訳だ」

 

 

 ウィンドウ越しのグラハムは、満足げな微笑を浮かべて厳かに頷いた。

 が、それを聞いたクーゴやハワード、ダリルらが「え」と間抜けな声を出す。

 

 

「隊長。パイロットの性別、わかったんですか!?」

 

「ああ。声で見当がついた。あの機体のパイロットは、両名とも女性だ。……ただ……」

 

 

 グラハムはそこまで口に出して、言いよどむ。何かに引っ掛かりを感じている様子だった。

 ハワードに続いて、ダリルが促すように問いかける。グラハムは険しそうに眉を顰めながら、呟くように言った。

 

 

「……白と青のガンダム。あの機体のパイロットは――」

 

「隊長?」

 

「……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 

 予感はする。けれど確証はまだつかめていない。グラハムの翠緑は不安げに揺れていた。瞳の奥底に宿る影は、本能的に感じた不安が杞憂であってほしいという願いに満ちている。

 彼の表情を見た途端、クーゴは反射的に、戦いの最中に思い浮かんだ女性の姿のことを思い出した。緑の髪、御空色の瞳。誰かに似ている。髪に何か、飾りがついていた。

 髪飾り? ……いや、簪。その簪は、どこかで見覚えがあった。11月11日、“彼女”の誕生日に贈った簪――銀細工の桜が煌めく。そこまで至って、クーゴは愕然と息をのんだ。

 

 まさか、そんな。

 そんなこと、ありえない。

 

 偶然だろう、とクーゴは必死に言い聞かす。しかし、一度吹き上がった疑念は止まってくれない。

 

 

(まさか、キミなのか? ――エトワール)

 

 

 開けてはいけない、パンドラの箱。開けてしまえば、二度とあの日々に戻ることは叶わない。血塗られた絶望が飛び出してくる。クーゴには強い確証があった。

 けれど、真実に目を逸らしていいのだろうか。知らないままだったら知らないままで、大きな悲劇に見舞われることは確かだ。どのみち、悲劇と絶望以外ない。

 

 脳裏に浮かんだのは、はにかむように笑うエトワールの姿。腰まであるペールグリーンの髪を簪でハーフトップにまとめ、目の覚めるような空色のカーディガンと白地に黒い蝶が舞うように描かれたワンピースを着た姿を思い出す。先日のオフ会で見た彼女だった。

 彼女は目が見えないと言っていた。でも、彼女はそれでも、クーゴの格好を言い当てた。普通の人と変わらない生活を送っていた。普通なら視えないものまで察知していた節があった。ならば、それを買われてパイロットになっていたとしてもおかしくない。

 いや、でも。だって、そんな。頭の中にぐるぐると、そんな言葉が渦を巻く。その度に、エトワールの表情が浮かんでは消えていった。怒った顔、笑った顔、むくれた顔、はにかんだ笑み。そこまで考えて、ふと、クーゴは気づいた。自分にとってエトワールは、かけがえのない存在となっていたらしい。

 

 クーゴもまた、グラハムを憂いていられる状態ではなかったのだ。恋愛面で暴走気味な彼に苦言を呈していたクーゴがこの体たらくでは。

 

 

「でも隊長。隊長の通信、繋がってなかったと思いますよ? 隊長の機体がガンダムたちを見て、その直後に2機が頷くような仕草をして、そこから協力体制になったんです」

 

「通信が繋がったのはそれ以降ですね。連携のためでしょうけど、ガンダム側からの通信は声に加工がされていたようで……性別まで判別することは不可能でした」

 

 

 ハワードとダリルの言葉によって、クーゴの思考回路に急ブレーキがかかった。

 方向転換、のち、急発進および急加速、フル回転。――結論は、ひとつ。

 

 

「なあ、グラハム」

 

「クーゴ。人間卒業間近なのは、キミだけではないらしいぞ」

 

 

 クーゴが言葉を紡ぐ前に、グラハムが爽やかな笑顔で言い放つほうが早かった。

 そこには先程浮かんでいたような影はない。むしろ眩すぎて気が遠くなるレベルだ。

 己の人間卒業カウントダウンも問題であるが、友人の人間卒業間近もまた問題である。

 

 確かに自分たちは一緒に行動していた。互いが互いに影響を与え、受けて、今日までやってきた。虚憶(きょおく)持ちになってしまったのも、ニュータイプの“ケ”が出たのも一緒だとは、何者かによる作為を感じずにはいられない。

 奴は朗らかに笑いながら「まるで運命のようだ」と言うけれど、流石にそんな言葉で片付けていい問題だとは思えない。自分の行く末だけでもヒイヒイ言っているのに、友人の行く末という新しい憂いが追加されるとは。もう、問題しかないではないか。

 

 己も、友人も、世界も。何もかもが問題だらけだ。明日の方向性すら見失ってしまいそうになる。

 

 

「副隊長、大丈夫ですよ。我々もサポートしますから」

 

「役として不足かもしれませんが、お手伝いさせてください」

 

 

 ダリルとハワードからの通信が入る。力強く微笑む部下たちの姿に、不覚にも涙腺が緩んだ。

 今は泣くべきときではないので、どうにか踏みとどまる。

 

 大丈夫だ。たとえ世界や己の行く末が、一寸先がブラックホール並みの状態だったとしても、クーゴは1人ではない。グラハムもいるし、ハワードやダリルもいる。ユニオン基地に戻ればビリーだっているのだ。大切な仲間たちが傍にいてくれる。何を憂う必要があろうか。

 クーゴは微笑み、操縦桿を握り締める。それを察したかのように、グラハムのフラッグが速度を上げた。自分たちも彼に続く。茜色の空を引き裂くようにして、ガンダム調査隊のフラッグが突き抜けていく。帰るべき場所に向かう4機のフラッグを迎えたのは、基地の明りだった。

 下を見れば、ビリーとエイフマンの姿が見えた。自分たちの出迎えのために、外で待っていたらしい。ビリーが年甲斐もなく大きく手を振ってアピールし、エイフマンはじっとこちらを見上げていた。それに応えるように、自分たちも隊列を組む。ビリーは更に手を大きく振った。通じ合ったようだ。

 

 帰ろう。大切な人たちが待つ場所へ。

 

 クーゴはふっと微笑む。

 今はただ、この場所に帰ることができた事実を、噛みしめていたかった。

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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