問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
ノブレスに連れてこられた場所は、一般人では縁遠いような高級ホテルの最上階にあるレストランだった。ネーナたちトリニティ兄妹の肩書はガンダムマイスターだが、世間では中流階級の一般人扱いである。故に、高級ホテルの一施設を利用できるような立場ではない。
自分たちを生み出した“スポンサー”の意向が強かった時期――ノブレスが自分たちの教官になる前は、こういうお高く留まったアレコレに触れる機会など皆無だった。戦闘技術を学ぶこと以外の自由は殆どなかったように思う。
「あ、兄貴! おおお、俺、変なとこないよな……!?」
「落ち着けミハエル。教官のように堂々としていれば問題ないだろう。……多分」
高級スーツに身を包んだミハエルは、錆びついたロボットみたいにぎこちない動きをしていた。多分、この状況で誰かから『スーツが本体』と言われたら信じてしまう程の有様である。
ノブレスと出会う以前だったら、こういう場所でも何も考えず、好き放題振舞っていたに違いない。迷惑をかける対象は施設か、それとも人か。今だからこそ恐怖を感じてしまう。
実際、ネーナも掌が汗だくである。ドレスコードに見合った服装を身に纏っているとはいえ、場の空気に圧倒されてしまうのだ。……まあ、初めて足を踏み入れた空間であるというのも理由だったが。
兄妹の中で平静を保っているのはヨハンくらいだろう。……そんなヨハンも居心地悪そうに視線を彷徨わせ、自身の身なりや一挙一動を気にしているあたり、内心はネーナやミハエルと変わらないのかもしれない。
ただ今のネーナの格好は、オレンジを基調としたカクテルドレスを身に纏っている。スカートの丈は膝より少し下で、周囲に比べて露出度は低い。
周りにいる人々が着ているのは、恐らく夜会用の正式な礼装・イブニングドレスであろう。ネーナが着ているカクテルドレスは準礼装と呼ばれている。
(“イブニングドレスはカクテルドレスとは正反対で、『露出度が高くて装飾が多いことが良いとされている』”って、教官が言ってたっけ)
「どうした? 何かあったのか?」
「「「いいえ、何も!」」」
いつまでたっても店内に足を踏み入れようとしないネーナたちに痺れを切らしたのか、ノブレスが声をかけてきた。ネーナたちは慌てて彼の後に続く。
ノブレスもヨハンやミハエル同様高級スーツを身に纏っていたが、仮面は目元を覆うタイプのものを選んでいた。仮面をつけた男を奇異な目で見る客は確かにいたけれど、口に出す者は誰もいない。暗黙のマナーというやつだろうか。ノブレスの背中を追いかけながら、ネーナはそんなことを考えた。
案内されたのは窓際の席である。夜景が良く見える位置だ。ぎこちない動きのまま、ヨハン、ミハエル、ネーナの順で席に着く。ノブレスは迷いも躊躇いもなく優雅に腰かけると、堂々とした調子でメニューを開いた。横文字がずらりと並んでいるのに、写真や値段は一切開示されていないというのが変な圧をかけてくる。
今日は『ノブレスの奢り』だと聞いていたこともあって、メニュー表を持つ手に汗が滲む。奢ってもらうとはいえ、それ相応の値段の相場を考えるのが普通だろう。だが、奢ってもらう相場の指標になりそうな情報――具体的には、料理の写真や値段――は一切入ってこないのだ。
助けを求めて兄へ視線を向ける。ミハエルはカタカタ震えながら視線を彷徨わせていたし、ヨハンは眉間の皴を数割増しにしてメニューを睨みつける。みんな自分のことでいっぱいいっぱいだった。
時計の針が動く音と、施設内のBGM――ジャズピアノの軽やかな音楽が遠くから聞こえてくる。どれ程の時間が経過したのか全く分からない。色々な意味で、迂闊に口を開けなかった。
「迷ってるのか?」
「えっ!? アッ、ハイ!」
「すんませ、ッ、すみません! ききき、緊張してしまって……!」
思わず反射で返事をしてしまったネーナとミハエルの様子を見て、ノブレスは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「困らせるつもりはなかった」と言った彼の表情は、少しばかり沈んでいるように見えた。
何とかしなければ――その一心で、ネーナは思わず声を上げる。
「教官! 教官のおすすめ、教えていただけませんか!?」
それを聞いたノブレスは一瞬動きを止めた。暫しの間を置き、彼はメニュー表のページをめくって3人に指し示す。
「私としてはカクテルがお勧めかな。食前酒がてら、何か頼んでみるか?」
「是非。教官のお勧めが飲んでみたいです」
とっかかりを掴むことができたためか、ヨハンの表情が若干和らいだ。だが、問題はネーナとミハエルである。
この高級レストランがある地域の成人年齢は20歳以上。ミハエルとネーナは未成年のため、アルコールは飲めない。
“自分たちは飲めない”――途方に暮れるネーナとミハエルであったが、ノブレスは柔らかな笑みを浮かべ、メニューのある一角を指さす。
「安心してくれ。ここの店はモクテルやノンアルコールカクテルも多く取り揃えている」
「モクテル?」
「英語の『Mock』と『Cocktail』を合わせた造語で、“カクテルに似せたもの”という意味があるんだ。ノンアルコールカクテルの別称として使われている」
「じゃあ、教官お勧めのモクテル飲みたい!」
「俺も!」
これ幸いと、ネーナはノブレスに乗っかることにした。ミハエルも慌てた様子でネーナに追随する。
それを聞いたノブレスはきょとんとした調子で2人を見ていたが、「責任重大だな」と言って試案を始めた。
程なくして、ノブレスは3兄妹に何を頼むか決めたらしい。ボーイを呼び止めた。
「すみません。彼にはこれ、そちらの彼にはそれ、あちらの彼女にこれをお願いします。――ああ、私はこれで」
「畏まりました」
――程なくして、ノブレスが頼んだカクテルがテーブルに運ばれてくる。
一番最初に来たのは、ヨハンのものだった。琥珀色に輝く炭酸のカクテル――キール・ロワイヤル。本来キールというカクテルは白ワインに少量の黒すぐり――カシスのリキュールを加えて作るものなのだが、キール・ロワイヤルは白ワインをシャンパンに置き換えたものらしい。
カクテルの名前は“王様のキール”という意味が込められており、食前酒や初心者向けのカクテルの1つとして人気があるという。ノブレスの解説を聞いたヨハンは短く礼を言い、暫しの間、琥珀色のカクテルをしげしげと眺めていた。
次に出てきたのは、ミハエルのもの。鮮やかな青と浮かべられたレモンが目を惹くノンアルコールカクテル――ブルーラグーン。本来のブルーラグーンはウォッカベースのアルコールカクテルなのだが、このレストランにはノンアルコール・モクテルとしてのブルーラグーンも取り扱っていたらしい。
このカクテルの元になったカクテルはバラライカといい、ホワイトキュラソーとレモンジュースを使ったものらしい。ホワイトキュラソーをブルーキュラソーに変えた派生形がブルーラグーンである。ただ、ノンアルコール版ではウォッカが使われていなかった。
カクテルの名前は“青い湖”、或いは“青い湾”を意味しており、澄み渡った青が特徴的な一品だ。その名を冠するに相応しい色合いに、ミハエルは感嘆の息を零した。ノブレスの解説が終わっても、彼はカクテルに釘付けらしい。自分に合うお洒落な飲み物に目を輝かせているようだった。
「教官が兄兄ズに頼んだカクテル、色合いが2人にそっくりだよね!」
「ああ、バレたか」
兄たちのカクテルを眺めていたネーナが素直に感想を述べれば、ノブレスが悪戯っぽく笑った。
その表情を目の当たりにして、ちょっとばかし心臓が変な音を立てたけれど、ネーナは取り繕う。
「じゃあ、あたしのカクテルは赤いヤツですか?」
「ああ、ネーナのは――」
ノブレスが何かを言うより先に、ウエイターがカクテルを持ってくる方が早かった。
出てきたのは、華やかな雰囲気を漂わせた黄色のノンアルコールカクテル。パイナップルやオレンジ、レモンが飾り付けられ、南国を思わせるようなフルーティな香りが鼻をくすぐる。
ネーナの視線はカクテルに、聴覚はノブレスの声に釘付けになった。きっとネーナは、このカクテルの名前を一文字一句間違えることはないだろう――そんな予感があった。
「――シンデレラ、或いはサンドリヨンというんだ。カクテルの名前を見て、ネーナにぴったりだと思ってね」
◇◇◇
『“てんしさま”に選ばれたということは、とても光栄なことなのよ』
『おまえは“てんしさま”の■■■として、この世界を■■していく役目を担うんだ』
そう言った両親は、不気味な笑みを浮かべていた。血の通った表情ではなく、まるで機械と見間違える程に無機質な表情。
それに異を唱える自分の言葉なんて全く聞いてくれない。この場にいる大人たちはみんなそうだった。
彼/彼女らの様子がおかしいことには気づいていた。だって、いつもはこんな、血の通っていない無機質な
昨日まで、何もおかしなことはなかった。おかしくなったのは今朝からだ。正確には、自分と片割れの誕生日。
“おはなし”に出てきた男の人から『友』と呼ばれて、“おはなし”に出てきた女の人から『大好き』だと言われて、片割れから青い蛇の目傘を貰った、幸せな日だったのに――!
『あんなくだらない“おはなし”と引き換えに、お前が元気になってくれるなら安いものだよ』
『“てんしさま”の祝福を受けて、■■の当主に相応しい人間になるんだ』
『お前はそのために生まれてきた。そうして、そのために生きていくんだ』
大人たちの言葉に思わず目を剥く。
自分にとっての“おはなし”は、心を奮い立たせる大切なものだった。『生きたい』という願いを抱いた大事な理由だった。生きる希望を抱かせてくれた、鮮やかで鮮烈な旅路の物語だった。『空で会おう』という大切な約束を果たすために、自分は今まで頑張って来た。
多くの大人たちが『長生きできない』と諦めたように零している中、唯一、自分の願いを肯定してくれた片割れ以外で心の支えになっていた希望だった。――それを、大人たちは『くだらない』の一言で切り捨てる。自分の願いを踏み躙り、撃ち落とそうとするのだ。
嫌がって暴れる自分を無理やり引きずって、大人たちは自分を祭壇まで連れていく。四肢を拘束され、頭を一点に固定される。眼前に浮かび上がったのは、大人たちが“てんしさま”と呼んで崇め讃える存在――マスコットのような楕円形の体に、聖母の彫像を思わせるような顔を持ったナニカの姿。
『
『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――■■■として、“
無機質なアナウンスが響き渡る。ナニカが自分の目を覆わんとする気配を察知し、思わず自分は首を振った。
頭を無理やり抑えられる感覚を振り払って、逃れようと抵抗する。
『抵抗は無意味です。祝福を受けなさい』
『■■■に選ばれたことは、名誉なことなのです』
ナニカは平坦な声で言い放った。無数の腕が自分に絡みついてくる錯覚――錯覚にしては、どこかリアルさを伴う
無数の手が自分の目を覆い始める。完全に光が見えなくなってしまったら――再びこの手が視界を解放したら、きっともう、自分は“この世界”から完全に消え失せてしまうのだろう。
『さあ、行こうか。フラッグファイター――いいや、■■■■■■ズ隊、副隊長』
『キミが空を目指すなら、我々は必ず相見えるだろう。……空で待っているぞ、我が友よ!』
金髪碧眼の男性の顔がよぎる。
自分を友と呼び、快活に笑った彼との“おはなし”を奪われたくない。
自分はその約束を果たしたいと願ったから、頑張ってきたのだ。
『――大好きです』
『ずっと、ずーっと、貴方に伝えたかった!』
ペールグリーンの髪をハーフトップに束ねた女性の姿がよぎる。
こんな自分を『大好き』だと言って、幸せそうに微笑んだ彼女との“おはなし”を奪われたくない。
彼女の言葉に背中を押されたから、“生きたい”という願いを素直に掲げられるようになったのだ。
『たとえ、今、お前/貴方/キミの傍にいなくとも』
『――それでも、僕/俺/私/あたしたちは“ここ”にいるから』
『だから忘れないで』と言って笑った人々の姿がよぎる。
彼/彼女が強大な敵に立ち向かう姿に、勇気を貰った。希望を貰った。背中を押された。
彼/彼女と共に戦い抜いた“おはなし”を奪われたくない。
“おはなし”でしかないのかもしれないけれど、彼/彼女たちと一緒に過ごした時間はかけがえのないものだったから。
視界が手で覆われていく。比例するように、視界がどんどん暗くなっていく。
あっという間に、自分の視界は一筋の光が差し込むまでに狭まり、闇に飲まれていた。
「だれか、たすけて」
――そう呟いた次の瞬間、世界が光に包まれた。
◆
真っ青な空が広がっている。
見ていると、とても気持ちがいい。
(空が、綺麗だ)
少年は大きく息を吐いて、澄み渡る空を見上げていた。吹き抜ける風は穏やかで、昼寝やピクニック等には最適な天気だ。
ふと気づく。ここに来るに至るまでの過程が、何一つ思い出せない。どうして自分はこんなところにいるのだろう。そもそも、ここはどこなのだろう。
少年は周囲を見渡した。真っ青な空の下には、大草原が広がっている。所々、大木がぽつぽつと佇んでいた。若葉と土の香りが鼻をくすぐる。遠くのほうには、赤や白、ピンクや黄色、紫や橙色の絨毯が見える。あそこは花畑なのだろうか? そう思ったとき、どこからか花の香りが漂ってきた。
誰か、自分以外の人間はいないだろうか。何度見回しても、誰もいない。そして何もない。風の音だけが優しく響いている。
青空の向うに、きらきらと星が輝いていた。白い雲がゆったりと流れていく。どこからか、水の流れる音がした。
(なんて綺麗な場所なんだろう)
草原を進みながら、少年は感嘆していた。行く当てはないため、花畑を目指すことにする。歩いて、歩いて、ようやく花畑にたどり着いた。
色とりどりの花が咲き誇る。空には虹の橋がかかっており、近くには大きな滝が流れていた。こういう所でピクニックとかできたら最高だろう。いい場所を見つけた。少年がそこまで考えて、満足したときだった。
緑色の光が、流れる星のような軌跡を青空に描いた。それはゆっくりと花畑に向かって降りてくる。銀色に輝くMSたちだ。MSは花畑の上にゆっくりと降り立つ。次の瞬間、MSに鮮やかな色の花が咲き乱れた。表面が美しい花々に覆われたのだろうか。
あんなMSを見たのは初めてだ。そもそも、MSに花が咲くなんて現象はあり得ない。少年はぼんやりとその光景を見上げていた。MSの変化が美しくて、幻想的で、目を離すことができなかったのだ。MSたちに続いて現れたのは、銀色に輝く艦である。
その艦もまた、MSたちと同じ現象が起きていた。花が咲き乱れる艦というのもまた、初めて見る光景だった。
彼らはしばしこの場に留まっていたけれど、ゆっくりと空へと動き始める。彼らは出発するのだろう、帰るべき場所へ。
彼らの姿を見送る。相変わらず、クーゴはぽつんと佇んでいた。相変わらず、周囲は人っ子1人いない。
「
名前を呼ばれた。少年――
花畑の中に、女性が佇んでいた。
腰まで伸びた緑の髪が風に揺れる。どこまでも澄み渡った紫の瞳。白いレースが編み込まれたハイネックノースリーブの上着と、水色から空色グラデーションのマキシスカートを穿いていた。目に眩しい、と、
よく目を凝らすと、他にもそこに誰かがいた。彼女の隣に佇む少女は、ストライプ柄の刺繍が施された純白のワンピースを着て、透かし柄のニットカーディガンを羽織っていた。黒い髪と赤銅色の瞳が目を引く。静かで穏やかな雰囲気を漂わせていた。
誰だろう。
光が眩しい。目を庇いながら、花畑の向うに視線を向ける。いつの間にか、人が増えていた。
空色の軍服を着た人々、白衣を着て眼鏡をかけ髪を束ねた男性、白髪の老紳士、仲が良さそうな青年たちと女性たち――たくさんの人が、花畑に佇んでいる。
その中でも目を惹いたのは、件の女性たちと、1人の男性であった。
太陽を思わせるような金色の髪と、翡翠を連想させるような翠緑の瞳。軍服を来た彼は、不適で力強い笑みを浮かべた。
「
「自分はここにいるぞ」と告げるかのように、彼の声は明るく響いた。
しかし、
だというのに、どうしてこの人たちは自分のことを知っているのだろう?
「あなたたちは、誰? 俺を知っているの?」
金髪の男性が大仰に頷く。そうしてまた、
「キミが空を目指すなら、我々は必ず相見えるだろう。……空で待っているぞ、我が友よ!」
男性がそう告げた瞬間、青空に美しい光が輝いた。空には多くのMSが飛んでいる。緑の粒子を出して飛ぶ
見たことのないMSたちは、そのまま空へ――そうして、その向こう側にある
「行く! 俺、行くよ! 空へ!」
動けない
「だから、待ってて! 必ず空へ行くから!」
待ってて、と
――世界は、真っ白に染まった。
◆
「行かなきゃ」
丁度、ベッドが置かれた壁際には大きな窓があった。四角い淵からは、窓枠通りに切り取られた京都の街並みが一望できる。
建物の後ろに広がる空へ向かって、
「――空へ」
仰ぎ見た空は、どこまでも澄み渡っていた。
◇◇◇
――夢を見ていた。
最近寝不足だったから、と一人納得する。そのまま大きく背伸びして、あくびをした。
原因は忙しさではない。おそらく、この前の一件が原因で生じた悩み事だろう。
「大丈夫かい? ここ最近、元気がないみたいだったから」
差し出されたのは、チョコレートでコーティングされた上に砂糖をまぶしたドーナッツである。テカリ具合からして、含まれている脂肪分も相当なものだろう。
クーゴはゆっくり顔を上げた。声の主は、3食ドーナッツ生活が定着しつつあるビリー・カタギリである。そういえば、前よりも胴回りが大きくなったような気がしないでもない。
何センチ増か、本人に無断で目測してみよう。伊達に空軍所属、視力には自信があった。目をすぼめる。次の瞬間、ビリーが眉間にしわを寄せた。どうやら察されたらしい。
クーゴは諦めて、ドーナッツへと視線を戻す。
ドーナッツの包みは、油で色が変わっていた。
やっぱり脂肪分の塊である。これを主食にしていると、健康診断で引っかかりそうだ。
「ところでビリー。この前の健康診断、どうだった?」
「……キミは何を思って、そんな質問をするんだい」
「至って健康だよ」とビリーは言った。言葉の響きは刺々しい怒りに満ちている。そこに触れるな、と、鳶色の瞳が訴えていた。
成程、健康診断の結果は黄色および赤信号だったらしい。予想通りだった。ビリーはクーゴを睨んだ後、グラハムへと向き直った。
「グラハムも、なんだか元気ないよね。何かあったのかい?」
「ああ……」
ビリーの問いかけに、グラハムはぼんやりと返事を返した。彼は既に
しかし、彼は端末を開いたっきり、何もしなかった。時折何かメッセージを送ろうとして、最終的には文面すべてを消してしまう。
そうして、グラハムは深々と息を吐くのだ。常に不敵な笑みを浮かべる男にしては、珍しい光景である。
「もしかして、件の子と喧嘩でもしたの?」
「…………」
ビリーが茶化すように笑う。グラハムは、返答どころか微動だにすらしなかった。もの鬱気に天井を仰ぎ、深々とため息をつく。
彼の様子から異常事態を察したビリーが、助けを求めるようにクーゴを見た。クーゴは黙ったまま肩をすくめる。
ビリーは愕然とした表情を浮かべた。余命宣告をされた患者の遺族みたいな顔だな、と、クーゴはぼんやり考える。
ポケットから端末を取り出し、エトワールへのメッセージ欄を開いたが、燻る気持ちを文章にする勇気はなかった。パンドラの箱に手をかけて、開けるか否かを躊躇っている状態だと言えよう。開けても開けなくても、そこには悲劇しかない。
最初はそんな気がする程度だったが、今はもう、確信に近い予感があった。どのみち破滅するとしたら、なるべく被害が少ない方を選びたい。それが人の性である。だが、現時点ではどちらが最良の選択なのかはわからない。
先のインベーダー出現、およびソレスタルビーイングとの共闘。所属組織を超えた団結のおかげで、事態は無事に収集した。
けれど、クーゴは《視て》しまい、グラハムは(おそらくだが)《聞いて》しまった。ガンダムのパイロットに関するもの――および、パイロットの正体に関係するものを。
だから、察してしまった。あのガンダムを操るパイロットが“誰”であるかを。もっとも、グラハムの場合は「なんとなく」レベルなのだろうが。
(……エトワール)
追う者と、追われる者。
最初は
これからも続いてほしいと願うくらいに。それは、揺るぎない本音だ。偽りのない本心である。
でも、もし、彼女たちが『ソレスタルビーイングと関係を持っている』というならば――。
(クーゴ・ハガネはどうすればいい? どうすべきだ? ――いいや、『どうしたい』?)
問いかける。己自身に、何度も。『すべきこと』と『したいこと』は完全に相反しており、クーゴは板挟み状態にある。
軍人か、それともクーゴという1人の人間か、判断が下せずにいた。どちらにしろ、後悔や遺恨が残ることなど明白だった。
そういえば、似たような事態に直面した女性がいた。アルティメット・クロスに属する青年を暗殺しようとして、彼の仲間である別の青年に恋をした女性が。今まで心を殺して生きてきたくのいちは、最後は己の想いに順じたのである。
バイストン・ウェルから戻ってきた自分たちにそう話してくれた青年の名前は、なんといったか。彼の隣に寄り添い、幸せそうに微笑んでいた女性の名前は、なんといったか。女性と出会う以前の青年が女湯を覗こうとしたことは、彼女にバレただろうか。
定期的に行っていた生存報告でその話をしたら、奴は「これぞ、まさしく愛!」と叫んでいた。どういうわけか危うく奴の惚気話を聞かされそうになったため、逃げるようにして『夏祭りの話し合いがあるから』と端末を切ったことを思い出す。
彼は、彼女と月へ行けたのか。そんなことが、酷く気になった。
『ラジオネーム・『となりのレイフ』さんのリクエスト、テオ・マイヤーの『孤独との決別』。どうぞお聴きください』
近くに置いてあったラジオから、音楽が流れ始める。
この歌は、孤独な天才が仲間たちを利用して目的達成をしようと奮闘していたら、いつの間にか仲間たちのことを心の底から信頼するようになり、後に彼の素性を知った仲間たちに受け入れられるまでの過程が綴られた曲である。
説明だけ聞くとシリアスで重苦しいと思われがちだが、『影武者に指示を出した結果、盛大な事故が発生し、仲間たちから「おかしな人」「ストレスに悩む人」等とレッテルを張られ、後に一部の面々からそれ関連でとても心配されたので罪悪感に打ちのめされた』等、コミカルなネタも含まれている。
最後は『自分を受け入れ信じてくれた、最高の仲間たちへの感謝』で締めくくられていた。「仲間の大切さ」と「どんな状況下にあっても、自分を信じてくれる人がいる」ということを教えてくれる歌として人気がある。この曲を聞くと、人間卒業間近の自分を仲間と言ってくれる面々の顔が浮かぶ。
(俺、幸せだよな)
クーゴは心の中でそう呟いた。曲に聞き入るようにして、静かに目を閉じる。
『ゼロと戦ってきた日々のすべてが嘘だったなんて、俺は認めない!』
不意に、頭の中に声が響く。
気づいたら、クーゴは『孤独への決別』のフレーズを口ずさんでいた。
――世界が、一変する。
◇◇◆
ZEXISの頼れる戦術指揮官。常に冷静沈着であるが、予想外および突飛なハプニングにめっぽう弱い一面有り。嘘を人一倍嫌う節がある。妹を持つ兄や大切な人を守ろうとしている人々に対して、言葉とは裏腹に優しい態度を見せる――それが、クーゴが知る『ゼロ』である。
アッシュフォード学園に通う学生。聡明な人物であるのだが、ストレスがたまると奇行に走るらしい(“理想への憧れ”談)。妹や友人たちのことを大切に想っており、特に妹に対しては並々ならぬ愛情を注いでいる――それが、クーゴの知る『ルルーシュ・ランペルージ』である。
対して、ブリタニア皇族の『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』のことは、殆ど知らない。それ故に、“ゼロ、ルルーシュ・ランペルージ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが
(点を結んで線を引くと飛べるんだよな。ラインバレル、だっけ?)
どうして今、そんなことを思い至ったのかは一切不明である。落ち着け、と、クーゴは己に言い聞かせた。
状況は最悪。周囲はゼロ排斥に向かって動き始めていた。自分たちを裏切った最低な人間として、彼をシュナイゼルに引き渡そうとしている。
ゼロを信じる人たちは、口数の少ないものが多い。シュナイゼルの策略に気づいている人たちは、怒りに満ちたZEXISメンバーとシュナイゼルに流されてしまい突破口を見いだせないでいる。
でも、本当にそれでいいのだろうか。
ゼロは本当に、ZEXISを裏切っていたのだろうか。
このままシュナイゼルの策略に乗せられていいのだろうか。
一緒に戦ってきた日々も、結ばれた絆も、すべてが偽りだったのだろうか。
「待ちたまえ!」
「黙れ、ロジャー! お前に、騙されていた俺たちの気持ちがわかるのかよ!?」
「何故、騙されたと決めつける?」
ロジャーの制止を振り切るように玉城が怒鳴る。しかし、彼の問いかけには言葉を詰まらせてしまった。
“信頼していた仲間に裏切られた”というショックで放り投げられてしまったが、彼の心は『まだゼロを信じたい』という願いを持っている。
それを指摘したら、彼は全力で否定するだろう。そうなればかえって逆効果だ。意地になって「何故裏切り者の味方をするんだ」と突っかかり、逆にシュナイゼルの策略通りに進んでしまう可能性が高い。
でも、ロジャーはそこを踏まえて、的確な問いかけを仲間たちに向ける。流石ネゴシエイター。「隠し事は多かったが、それらすべてが嘘だったと本当に言えるのか」――それを皮切りに、冷静なメンバーが次々と発現し、シュナイゼル優位の状況を崩しにかかった。
『互いの事情については最大限に尊重する』。それが、ZEXISのルールだ。このルールが成立しなかったら、クーゴは今、ZEXISにいない。元々自分はブリタニア・ユニオン軍のフラッグファイター、つまりは元敵陣営に所属していたのだ。友人を連れもどすために彼らの力を利用しようとして、ここにいる。
それでも彼らはクーゴを仲間だと認めてくれるし、クーゴも彼らを大切な仲間だと思っている。それは揺るがない事実だ。
「黒の騎士団にとっては、“彼がブリタニア皇子だったこと”自体が既に裏切りに等しい行為だったのかもしれない。でも、その皇子が兄を殺してまで祖国と戦った理由を知る必要があるわ」
「ゼロは正義ではない。だが、悪とも言えない。奴が平和の敵となったなら、俺が止めればいいだけの話だ」
「奴の過去は知ったことではない。だが、俺もお前たちもヤツに借りがあるはずだ」
「アイツを信じられないっていうお前らの気持ちもわかるけどよ。アイツを信じたいって気持ちがあるなら、まず話を聞いてみようぜ」
「アニキが言ってたよ。あいつは命がけの覚悟があるって。……俺はアイツが何のために戦っているか、本当のことを知りたい。あの覚悟がどこから生まれたのかを」
“ソレスタルビーイングの戦術指揮官”が、ヒイロが、キリコが、クロウが、シモンが、ゼロを擁護する発言をする。彼らは間違ったことを言っていない。だからこそ、黒の騎士団は困惑しているのだ。
シュナイゼルの眉がぴくりと震える。“ゼロ=ルルーシュをZEXISから引き離そう”という策略を邪魔する人間が現れるとは思っていなかったのだ。予想外の出来事に弱いのは血筋なのかもしれない。
シュナイゼル・エル・ブリタニアという男は、確実に勝てる戦いしかしない。ブリタニア・ユニオンに所属していた頃に何度か顔を合わせたことがあったが、僅かな交流であっても“それ”を色濃く感じる性格であった。
裏を返せば、“ほんの僅かでも綻びが生じているときは、決して姿を現さない”タイプの人間だ。それ故に、シュナイゼル・エル・ブリタニアは敗北と言う2文字を知らない。
そう考えると、今の光景――ゼロの引き渡しに難色を示す者たちがいる――光景を目の当たりにするのは初めてだ。“万全を期したはずの策に、暗雲が立ち込めている”のを目の当たりにしたから。
何もかもが彼の意図したとおりに動いていたのだ。それが当たり前だと、そうやって人を動かすのが当たり前だと信じていたが故の傲慢。――シュナイゼル・エル・ブリタニア打倒の光明だ。
「なあ、黒の騎士団のみんな。本当にこのまま、ゼロを引き渡していいのか?」
「シュナイゼル殿下。私、貴方のことも、貴方のやり方も大っ嫌い!」
クーゴの言葉と“理想への憧れ”の言葉が見事に被ってしまった。某お笑いよろしく「どうぞどうぞ」をしばらく繰り返したのち、クーゴが先陣を切ることになった。改めて、言葉を続ける。
「今まで一緒に戦ってきたじゃないか。一緒に苦楽を共にして、絆を築いてきたじゃないか。……本当に、それらすべては偽りだったのか?」
言葉を紡ぎながら、クーゴは思い出していた。後のソレスタルビーイングとガンダム調査隊およびオーバーフラッグス隊という、敵対関係にある4人の人間が、何も知らぬまま絆を築いた日々のことを。
そのとき、クーゴは夜鷹という歌い手だった。“理想への憧れ”はエトワールという歌い手だった。少女はエトワールの護衛役で、グラハムはクーゴの護衛役だった。後者2人は特に、敵同士でありながらも、想いを捨てることはなかった。
確かに、敵対する者同士で互いを想うのは死ぬより苦痛だった。それでも捨てなかったのは、お互いに想いあっていた心は嘘偽りではなかったからだ。心からの本心だったからだ。そしてそれが、互いに対する誓いであり、答えそのものだったからだ。
“理想への憧れ”と“革新者”が、はっとしたようにクーゴを見た。
クーゴはそのまま、言葉を続ける。
「俺だって、似たようなことで悩んだことがあったよ。俺はブリタニア・ユニオンのフラッグファイターで、彼女はソレスタルビーイングのガンダムマイスターだった」
一部の人間――特にソレスタルビーイングの面々は合点がいったらしい。「コンナトキニ、ノロケナイデモラエマスカー?」「ライル。キモチハワカルガ、スコシオサエテ」という、双子の会話――しかも棒読み――が聞こえた気がした。
「人のこと言えないくせに、『騙された』って勝手に憤って、勝手に怒って、勝手に憎んで、勝手に荒れて、勝手にぐるぐる悩んでた。……でも、どうしてこんなに憤ったのかな。どうしてこんなにも怒りを感じて、憎しみを感じて、荒れていたのか、こんなにも悩み続けるのか、自分でも全然わからなかった」
クーゴはそこで言葉を切る。大きく息を吸って、また言葉を続けた。
脳裏に浮かんだのは、グラハムの横顔。自信と決意に満ちた不敵な笑みだった。
今は、“武士道”として修羅の道をひた走るために、彼自身が殺してしまったもの。
それを、クーゴは届けに行かねばならない。
「簡単なことだったんだ。俺は、エトワールを――“理想への憧れ”を信じたかった。アイツは、“革新者”を心から愛していた。ただ、それだけだった」
「!」
「だから、俺も、アイツも、納得いくまで相手と話をした。だから、あのときに答えを出せた。『最後の最後までそれに向き合おう』って思ったんだ」
“革新者”が息を飲む。当時の出来事とその後の友人の迷走を思い出し、クーゴは苦笑した。
「でも、俺がちょっと目を離した隙に、友達がおかしくなっちゃってさ。変な方向に突っ走り始めたから、何とか連れ帰ろうって思ってて」
クーゴの言葉で、クーゴの言う『友達』が誰なのか合点がいったらしい。
シュナイゼルが額を抑えて天を仰いだ。彼もまた、グラハム・エーカーの被害者である。
まあ、今はそんな話はどうでもいいのだ。閑話休題とばかりにクーゴは咳払いし、黒の騎士団の方へと向き直る。
「なあ、黒の騎士団の皆。どうしてお前らは、ゼロに対して怒りを感じるんだ? どうして許せないって思うんだ? ……その根底にある想いは、何だ?」
「根底にある、想い……」
「どうか、その感情の奥底にある想いから目を逸らさないでほしい。……何をするにしても、納得いくまで語り合う時間くらいは設けていいと思うよ」
クーゴはその言葉で締めくくり、黒の騎士団の副官――扇を見た。彼は困惑したように眉をひそめている。
クーゴはもう、伝えたいことは伝え終えた。あとは、彼らの判断に委ねる。
ちらりと“理想への憧れ”に視線を向ければ、彼女は照れたように笑った後、屹然とした眼差しを仲間たちに向けた。
「ゼロは、確かにいろんなことを隠してたよ。でも、カミナさんに友達って言われてちょっと揺れ動いたり、レントンの『エウレカを助けたい』って想いを認めてあげたり、キリコさんの行動に怒ったり……。嘘だったら、私たちを騙していたなら、そんなことできないわ」
それに、と、彼女は言葉を続ける。
「ルルーシュくんは、確かに変わった人だよ。残念な人だよ。ストレスが溜まると奇行に走っちゃったりするし、自分のあり方が迷子になって悩んじゃったりしてたけど、友達を守るためにテロリストに立ち向かったじゃない。あれ、絶対嘘じゃないわよ」
“理想への憧れ”の言葉に、一部の仲間たちが納得したように頷いた。拘束されているゼロが強いショックを受けている。どうしてだろう。
“高貴なる魂”が斜め右上に視線を向けた。あれは、心の中で大爆笑しているときにするクセである。部下の3兄妹も、何とも言えなさそうに“理想への憧れ”を見ていた。
“理想への憧れ”はシュナイゼルに向き直る。御空色の瞳には強い怒りが滲んでいた。対象者であるシュナイゼルを真ん中に捉えている。逃がすつもりはないらしい。
「すべてが貴方の思い通りに動くと思ったら、大間違いなんだから」
シュナイゼルは何度か瞬きを繰り返す。意味を理解していないというか、『そんなことはあり得ない』と信じて疑っていない様子だった。
“理想への憧れ”は、黒の騎士団副司令に視線を向けた。突き抜けるような眼差しに、彼はごくりと生唾を飲み干す。
「……ま、最終的な判断を下すのは貴方ですよ、副司令。『貴方を信じた』ゼロに対する、正当な応えを期待します」
“高貴なる魂”が静かな声で言った。やけに、『貴方を信じた』の部分を強調している。「間違った判断を下したらどうなるかわかってるよな?」と、マルベリーの瞳が語っていた。
彼の言葉を皮切りに、各艦の艦長たちが促す。「お前が隣で見てきた艦長がどんな男だったかを思い出しながら、考えながら、どうするかを決めろ。ZEXISはそれに従う」と。
扇は俯く。表情には色濃い迷いと葛藤が浮かんでは混ざり合い、振り子のように揺れ動いている。幾何かの間をおいて、副司令は言葉を紡ぐ。
「俺は、ゼロを……」
瞳から、迷いが消えた。そこにあったのは、彼が出した答え。
ゼロへの怒りの感情の下に隠された、ゼロへの本当の想いだ。
彼を信じたいと、彼に信じてほしかったという、願いだった。
「ゼロを、信じたい」
黒の騎士団たちが、ざわめきながら副指令に詰め寄る。
「最初にゼロにリーダーを頼んだときから、俺はずっと彼を信じてきたんだ……!」
お前は騙されてる。あのとき見捨てられたじゃないか。
仲間たちの言葉に対して、扇は眦を釣り上げた。
それでも、と、彼は言葉を続ける。固まった決意を揺るがすものは、もう何も存在しない。
「ゼロと戦ってきた日々のすべてが嘘だったなんて、俺は認めない! バカだ、お人よしだ、風見鶏だと言いたければ言え! だが、俺は納得がいくまでゼロと話をする! それでもゼロが許せないなら、俺がこの手でゼロを倒す!!」
「それが、最初に彼を信じた己の務めだ」――扇は、はっきりとそう言いきった。反論者は誰もいない。むしろみんな、凛とした眼差しでシュナイゼルを見返している。
クーゴもまた、微笑を浮かべながらシュナイゼルを睨み返した。ZEXISとルルーシュ/ゼロの、いいや、人の心を引き裂き踏みにじる戦術は、彼らの絆によって打ち砕かれたのだ。
完璧な勝利を確信していたはずのシュナイゼルにとって、“ZEXISがゼロと共に戦う道を選んだ”という展開は予想外の極みであろう。彼は初めて、自分の思惑が外れた瞬間を目の当たりにした。
ZEXISの面々が『ゼロを信じる』とは一切想定していなかったためか、シュナイゼルの微笑がかすかに歪んだ。彼のプランでは、ZEXIS――特に、黒の騎士団の副司令官たる扇がゼロを引き渡す予定だったのだろう。
“理想への憧れ”がえっへんと胸を張り、“高貴なる魂”が満足げに頷く。シュナイゼルは苦虫を噛み潰したように眉間にしわを寄せる。それでも口元は笑っているのだから、鉄仮面っぷりは流石と言えよう。
命をかける意味を、彼は知らない。そんな事態に直面したこともない。心からの信頼と結びつきが起こす奇跡の意味も、おそらくは。
その差がここで出てきた。常に勝者としての道をひた走り、敗北という単語の意味を“無様なもの”としか認識しないシュナイゼル。
トレーズは『彼とは、本当の意味での“盟友”になることは不可能だ』と零していた。彼の中にあった蟠りの一片に触れた気がして、クーゴは1人納得する。
扇の決断を見届けた指揮官組が前に出た。連れていかれそうになっていたゼロを庇うように立ちふさがり、得意満面にシュナイゼルを見返す。
「そういうことです、シュナイゼル殿下」
「ここからの話は長くなりそうです。今日のところは、お引き取りを願いましょう」
「……キミたちは、きっとこの選択を後悔することになるだろう」
<あの兄上が、捨て台詞を……!>
「貴方にとって、この結果は想定外だったようですね」
彼の声に、微かな震えが混じっている。まるで捨て台詞だ。それに目ざとく気付いたゼロ/ルルーシュが驚いたように息を飲み、ロジャーが追い打ちをかけた。
「ですがご心配なく。貴方にはご理解できない何かが、ZEXISにはあるのです」
悪意に満ちた権謀術数――それを跳ね返したのは、今までの積み重ねだった。なし崩しに巻き込まれ、相手を利用しようと近づいて、途方に暮れていたところを拾われて――始まりの形は多々あったけれど、それでも一緒に戦ってきた。数多の戦場を乗り越えて、背中を預けて戦って、一緒に危機を乗り越える間に芽生えてきたモノ。
常勝の怪物たるシュナイゼルはいつも1人だった。信頼できる部下や妹弟は確かにいるけれど、同じ視座に立って語り合えるような相棒も、命を預け合えるような仲間もいない。ゼクスやトレーズらと一緒にいても、彼らはシュナイゼルを盟友として認めなかった。シュナイゼルには、『汚泥を被ることになっても構わない』という気概なんてなかったから。
シュナイゼルに付き従っていたコーネリアは、嘗ての部下に声をかけていた。ヴィレッタ/千種は静かに首を振り、「彼らと共に真実を見届ける」ことを告げる。コーネリアは納得したように頷き、それ以上彼女を引き留めるようなことはしなかった。そのまま、踵を返して去っていくシュナイゼルの後に続く。
ゼロ/ルルーシュにとってのシュナイゼルはどんな存在なのか、クーゴは知らない。けれど、ルルーシュ/ゼロの言葉通り、シュナイゼルは捨て台詞を言うような人間には思えなかった。
ということは、シュナイゼルは大きなダメージを受けたということになる。もし、今後の戦いで、彼をやりこめる突破口があるとするなら――
「積み重ねてきた絆、か」
ZEXISの面々にもみくちゃにされるゼロ/ルルーシュの背中を見つめながら、クーゴは小さく呟いた。
思い出すのは、ブリタニア・ユニオンのフラッグファイターズ。或いは、彼らを率いていた親友。大切な仲間たちがいて、帰る場所があって。そのどれもが、失いたくなかったものだ。
彼らと積み重ねてきた絆は、まだ途切れていないだろうか。途切れていたとしても、結び直すことはできるだろうか。いや、直してやる。絶対に。決意を固めて、彼らの背に続いた。
◆◆◇
「「よく言った、副司令官!」」
「よく言った、副司令官! ――って、熱っつ!!」
感極まったクーゴとグラハムは勢いよく立ち上がり、ビリーは紙コップを握り潰した。
「今までの日々がすべて嘘だったなんて、決して認めない。……そうだ、そうだよな」
クーゴは今までの出来事を思い出しながら、強く端末を握り締める。エトワールと過ごしてきた日々は、確かに楽しかった。彼女を騙して近づいた罪悪感もあったけど、「幸せな時間だ」と心から言えた。
エトワールの表情が浮かんでは消えていく。怒った顔、笑った顔、むくれた顔、はにかんだ笑み。紫の瞳は、いつだってクーゴを見つめていた。向けられた感情には嘘なんてなかった。確証を持って、そう言える。
彼女からの贈り物をポケットの中から引っ張り出す。盾を持って飛翔する鷲が描かれた懐中時計。クーゴの誕生日を祝うために、彼女が真剣に選び、贈ってくれたものだ。
それと同じだ。クーゴがエトワールの誕生日に簪を贈ったのも、打算からではない。ただ純粋に、彼女に喜んでほしかったからだった。こんなにも単純なことを、どうして自分は忘れていたのだろう。括目するとはこういうことか。
グラハムも「それが、それこそが! 彼女を愛する私の務めだ!!」と、両手を強く握りしめながらうんうん頷いている。どうやら彼も、燻っていた心に決着をつけることができたらしい。いつもの不敵な笑みがそこにあった。
自分たちが復活したことに気づいたビリーも、安堵したように微笑みながらコーヒーをふき取る。そのまま、彼は新しいコーヒーを淹れていた。箱の中からドーナッツを取り出し、おいしそうに頬ばる。どことなく、幸せそうだ。
「今の
端末をいじりながらクーゴは問うた。
ビリーが顎に手を当てて考え込む。
「そうだね。ZEXISが出てきたということは、後ろにつくのはZだろうけど……」
「他にも、“黒の騎士団”という単語が多く出てきたような気がするな」
グラハムも頷いた。
「じゃあ、『黒の騎士団/Z』でいいな。これ」
安直だが、名前は決まった。止めていた手を動かし、
そのすべてが終わったのと、端末が鳴り響いたのはほぼ同時であった。内容を確認する。ソレスタルビーイングが介入すると思しき場所だ。
モラリア共和国。23年前に建国された、ヨーロッパ沿岸部にある小国だ。人口は18万人と少ないものの、300万を超える外国人労働者が国内に在住している。約4000社近くある民間会社の2割が、PMCと呼ばれる“傭兵の派遣、兵士の育成、兵器輸送および開発、軍隊維持”をビジネスで請け負う民間軍事会社と関係があるという。
PMCはいわば戦争屋。世界に争いが起きるからこそ、彼らの商売は成り立つのだ。恒久平和を目指して武力介入を行うソレスタルビーイングとは、真っ向から対立すると言えよう。そういえば一時期、どこぞのコメンテーターが『PMCと悪の組織は親戚のようなものではないのか』と発言して、ジャーナリストによって言論でボコボコにされていたのを見たことがある。
確か、
モラリアは、誘致してきた軍事会社によって発展してきた国だ。今までソレスタルビーイングの介入対象にならなかったことが不思議なくらいである。
まあ、戦争を生業として栄えてきた国なのだから、戦争が縮小すればそれに比例して仕事は減るだろう。ソレスタルビーイングはそれを狙っていたに違いない。
「でも、ソレスタルビーイングの意図した通りにはならなかった……」
「それで、本格的に介入することにしたってことか」
クーゴの推論に、ビリーが納得したように頷いた。
「モラリアは、ソレスタルビーイングと事を構えるつもりのようだな」
グラハムはコーヒーの入った紙コップを、機械から受け取りながら言った。
クーゴは彼から手渡されたコーヒーを受け取る。ビリーも、のんびりと笑いながら説明した。
「AEUが後ろ盾になったんだよ。太陽光システムを完成させてコロニー開発に乗り出すためには、民間軍事会社の人材と技術が不可欠だからね」
モラリアとしても、傾いた経済を立て直したいのだろう。たとえ自国が戦場になっても、AEUの援助が必要不可欠なのだ。
ビリーの補足を聞いているのかいないのか、グラハムはフラッグが格納されている場所を見つめていた。しかし、次に続いたビリーの言葉に、グラハムは振り返る。
「それに、あわよくば、手に入れようと考えているんじゃないかな? ――ガンダムを」
悪戯っぽく笑ったビリーの様子を見て、グラハムは仏頂面のまま目を閉じた。小さく息を吐く。
そして、グラハムはフラッグへと視線を戻した。横顔に浮かんだのは、口惜しさが滲んだ微笑。
「なら、今回は譲るしかないようだな。『AEUのエース』とやらに」
「パトリック・コーラサワーな。……可哀想だから、『とやら』は取ってやれって」
談笑しながら、クーゴたちは席に着く。
その合間に、クーゴは端末を開いた。エトワールに欄を合わせる。メッセージ欄を開いたが、やはり、うまく纏まらない。だけれど、伝えたいことがある。
この蟠りの決着をつける決戦場は、次のオフ会だ。悩みに悩んだ後、クーゴが自分自身で決めたことだ。文面を打ち込み、推敲し、消してを何度も繰り返す。
『俺は、キミと過ごした日々のすべてが嘘だったなんて認めない。何があっても、キミを信じている』――最後の文面に付け加えて、クーゴは送信ボタンを押した。
これでもう、戻れない。鍵は解除された。パンドラの箱は開かれる。心なしか、クーゴの手は小刻みに震えていた。
そこから飛び出してくる災厄に、自分は立ち向かえるだろうか。友人たちを巻き込んでしまうかもしれない。
『箱の最後には、希望が残ったんだ』
誰かの言葉が脳裏をよぎる。
その言葉通りになればいいのに。
クーゴは祈るように息を吐いた。持ったままだった紙コップに入ったコーヒーに口をつける。もうすでに、ぬるくなっていた。
クーゴ・ハガネの災難は続く。
【参考及び参照】
『DELISH KITCHEN』より『モクテルとは?ノンアルコールカクテルとの違いや楽しみ方をご紹介』
『Wikipedia』より『キール・ロワイヤル』、『キール』、『ブルーラグーン』、『バラライカ』、『シンデレラ』
『意味・語源由来・違い・使い方をまとめたふむぺでぃあ』より『シンデレラのカクテル言葉や由来とは?ノンアルで味は酸っぱい?作り方(レシピ)も!』