問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



20.猶予期間-モラトリアム-

 

 ユニオン領の、煌びやかな街の中で。

 

 

「ねえ、2人とも。どこかおかしい所はないかな?」

 

 

 白いタキシードに身を包んだビリーが、心配そうに問いかけてくる。

 ビリーとクーゴたちがこのやり取りをしてから、もう10分近く時間が経過していた。

 

 

「自信を持て、カタギリ」

 

「そうそう。今のお前なら、意中のリーサ嬢も一撃だ」

 

 

 クーゴとグラハムはうんうん頷いて見せる。しかし、ビリーは色々気になるらしい。本当に? とでも言いたげな視線をこちらに向けてきた。

 

 彼は自分の一張羅を信用できないのだろうか。ならば買い換えればいいのにとクーゴは思う。だが、ビリーのファッションセンスでは似たようなものを購入する可能性がはるかに高いので、貯蓄が無駄に飛んでいくだけになりがちであった。

 何度かこのやり取りを繰り返して、ようやくビリーは決心がついたらしい。意気揚々と夜の街へ消えていった。浮足立ちすぎて転びそうになっていたのが気になる。今日のビリーは浮つきすぎではないのか。何やらとんでもないことをしそうで怖い。

 クーゴとグラハムは、白いタキシードが人ごみに消えていくのを確認してため息をついた。盾を持って飛翔する鷲が描かれた懐中時計を見る。彼のファッションチェックを始めた時間から、既に時計の長針は半周していた。

 

 

「ビリー、本当に大丈夫かな」

 

 

 クーゴは思わず呟いていた。

 グラハムもなんとなく察したのだろう。難しそうな顔をした。

 

 

「話を盛り上げようとして、余計なことを言ってしまいそうな気がする」

 

「やっぱり。お前もそう思うよな、グラハム」

 

 

 グラハムの言葉に、クーゴも頷く。夜の街は人々でごった返しており、窓に灯った明りが眩く輝いていた。ビリーが消えていった方向に背を向け、2人は大通りを歩く。

 

 月や星のない夜でも負けることのない、煌びやかな通りだった。この街は、富裕層の住民や観光客が多いためか、タキシードやパーティドレスを着た男女が目立つ。

 複数人で談笑している人々、艶めかしい雰囲気を漂わせながら寄り添う男女、薄暗い笑みを浮かべて話をするスーツ姿の男性たちおよび女性たち。様々な光と闇が混在する。

 昔から、この通りはどろどろした空気が漂っているように思っていた。時折、本当の意味で呼吸が詰まってしまいそうになる。できれば近づきたくないというのが本音だ。

 

 軍や社交界の付き合いで来る以外、この場所に立ち寄ることは稀だ。“クーゴが生活している部屋や生活範囲、ユニオンの軍事基地と反対方向にある”というのも理由の一つである。

 クーゴとグラハムは夜の街を歩いていた。タクシーや公共交通機関を使えば早く帰れるけれど、どうもそんな気分になれない。グラハムも同じ気持ちのようだった。

 

 

「…………」

 

 

 両名とも、無言。煌びやかな街並みを横目に、男2人は歩みを進める。

 クーゴはおもむろに端末を開いた。先日、エトワールから届いたメッセージを開く。

 

 

『すべてを話すことはできません。ですが、私は、『私を信じる』と言ってくれた貴方に応えたい。そう言ってくれた、貴方を信じます』

 

 

 それがエトワールの精一杯なのだろう。文面を何度も読み返す。エトワールの葛藤と苦悩、そして強い決意が伝わってきた。彼女を困らせたり、追いつめたかったわけではなかったのに。クーゴは静かに息を吐く。

 隣に視線を向ければ、グラハムも端末を見つめているところだった。狂気的なまでに澄み渡った翠緑の瞳は、ただまっすぐに画面へと注がれている。どこまでも真摯な眼差しに、クーゴは気圧されていた。仕事と同じくらい、いいや、それ以上にに真剣な横顔だった。

 決戦間近。彼の顔を見て、クーゴの頭に浮かんだのはこの熟語であった。何故こんな単語が浮かんだのか、なんとなく見当がついてしまった。見られていることに気づいたグラハムが、端末を閉じてクーゴを見返す。お守りについていた鈴が、優しい音色を響かせた。

 

 キミも、同じなんだろう?

 

 エメラルドの双瞼が、問いかけるようにクーゴを映し出していた。

 相棒は伊達じゃない。クーゴは苦笑いを浮かべて端末を閉じる。

 

 

「俺は、彼女を信じるよ。……お前はどうする?」

 

 

 視線で問いかける。グラハムはいつも通りの不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「言うまでもない。……それが、私の務めだ」

 

 

 グラハムの言葉にも、眼差しにも迷いはない。ならば安心だ。クーゴは表情を緩ませた後、前へと向き直った。

 闇夜に浮かぶ街並みは、いつ見ても地上の星を思わせる。綺麗ではあるが、どこか冷たい輝きを宿していた。

 

 そのとき、クーゴの視界の端に何かが見えた。そこは人々が集まる広場であった。黒に近い緑の葉を茂らせた植込みの陰に、一際淡く明るい色彩がちらつく。ペールグリーン――エトワールの髪の色と同じ色だ。よく見ると、植込みの近くに人が蹲っている。

 思わず駆け寄ってみると、鼻を突くようなアルコール臭が漂ってきた。振り返った人物は、顔を真っ赤にして泣き腫らしている。紫の瞳がクーゴを捉えた。この青年は既に酔っぱらっているらしい。何か、嫌なことでもあったのだろうか。

 ただならぬ様子に気づいたグラハムも、クーゴに続いて駆け寄る。大丈夫かと声をかけて伸ばした手は、しかし、本人によって振り払われた。自分に構わないでくれ、ということだろう。だが、酔っ払いを放置するとロクなことにならない。

 

 場合によっては、『1人で大丈夫だろうと放置したら、吐瀉物を詰まらせて窒息死してしまった。誰かが傍にいて救急車を呼ぶ、または適切な処置をすれば助かったかもしれない』なんてこともあり得る。

 

 

「大丈夫か?」

 

「うるさいな。僕のことは放っておいてくれないか」

 

「いや、無理だよ。どこからどう見ても危ない。落ち着けって」

 

 

 クーゴの言葉に、青年は嫌々と首を振った。紫の瞳には涙が浮かんでいる。アルコールの影響か、酷く感情的になっているらしい。酒は飲んでも飲まれるな。身内に酒乱を抱えるクーゴからしてみれば、アルコールは必要最低限『たしなむ』程度が丁度いいと思っている。

 ヤケ酒なんてもってのほかだ。ヘタすれば急性アルコール中毒、もしくは飲みすぎが原因で肝臓がやられる危険性が跳ね上がる。命に別条がなくても、社会的な意味での死を迎える可能性だってあるのだ。“酒の席で醜態をさらしてとんでもないことになった”例はいくらでもある。

 青年の場合、アルコール中毒もそうだが、社会的な意味での死を迎える危険性が高かった。ぐずる子どものように首を振る彼の姿を見ると、ますますそんな予感がする。感情的になると、後先考えずに行動してしまいがちだ。気持ちが大きくなり、理性がなくなっているのが原因だった。

 

 

「離せよ。キミに何がわかるっていうんだ」

 

「わからないよ。でも、このまま放置したら余計にマズイってことだけはわかってる」

 

 

 尚も暴れる青年をあやすように、クーゴは言葉を続けた。クーゴ同様、しゃがんで青年の様子を気に掛けるグラハムにアイコンタクトする。

 グラハムはクーゴの意図を読み取ってくれたようで、即座に立ち上がり、端末を開いて検索を始めた。この近隣にある安価なホテルを探すためだ。

 

 

「落ち着け。大丈夫だから」

 

 

 背中をさすってやった途端、青年はクーゴを睨んだ。敵を射抜くような鋭い眼差し。紫苑の瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた。

 クーゴがぎょっとして息をのんだとき、青年の目が大きく見開かれた。その瞳はもう、クーゴを捉えていない。クーゴの向う側に浮かび上がった何かを《視て》いた。

 瞳の焦点が合わない――虚憶(きょおく)を《視ている》人間の特徴だ。どうやらこの青年も、クーゴと同じ虚憶(きょおく)持ちらしい。

 

 

「ふざけるな! 何様のつもりだ!?」

 

 

 青年が激高する。

 彼は立ち上がり、虚空に向かって吼えた。

 

 その声は怒りに満ち溢れている。

 

 

「キミがそうやって立っていられたのは、同志たちやヴェーダの力があってこそだったじゃないか!」

 

 

 見上げる先に、青年が怒りをぶつける相手がいる。クーゴはすぐにそれを察した。

 

 

「何が“純粋種”だ! 何が“救世主”だ! いい加減にしなよ、この大馬鹿野郎! ……ああ、何度でも言ってやるさ。キミは馬鹿だ、大馬鹿野郎だ! この親不孝者め!!」

 

 

 青年の怒りが、悲しみに転じる。

 

 

「『“そう”でなければ、存在する意味がない』? 『自分(キミ)が創られた意味がない』? 『踏み台になるために生み出された』? ……違う。そうじゃない、そうじゃないだろう。使い潰されるために生み出された命なんてないんだ。計画の遂行だけがすべてだったわけじゃない。確かに僕は、僕たちは、“来たるべき(とき)”のために生み出された。でも――」

 

 

 そこまで叫んで、青年は止まった。零れた吐息には、驚愕。

 紫の瞳から、また涙が零れ落ちる。悲しみに満ちた眼差し。

 

 

「…………僕とキミを“分けた”のは、“それ”なのかい? だとしたら……そんなの、悲しすぎる――」

 

 

 次の瞬間、青年は口元を抑えた。アルコールで上気した頬とは対照的に、顔色は真っ青だ。

 まずい。クーゴがそう直感したときにはもう、何もかもが遅かった。青年は呻き声をあげて、派手に吐瀉物をまき散らかす!

 彼の背をさすっていたときのまま――しゃがんだ体制のままだったクーゴに、青年の吐瀉物は容赦なく降り注いだ。

 

 

「げぼら」

 

「おわああああああああああ!?」

 

「く、クーゴォォォォォ!?」

 

 

 3者3様。男どもの悲鳴が、真夜中の広場に響き渡った。

 

 

 

*

 

 

 

「……本当に、なんとお詫びすればいいのかわかりません」

 

 

 すみませんでした、と、青年は頭を下げた。今にも自害してしまいそうな空気が漂っている。

 広場にあった水飲み場と持っていたハンカチ等で吐瀉物を処理し終えたクーゴは、曖昧な笑みを浮かべておいた。

 

 

「今後、こういうことのないように気を付ければいいさ」

 

「ミスや醜態は、生きている限り挽回可能だからな」

 

 

 クーゴとグラハムの言葉に安堵したのか、青年は安堵したように頬を緩めた。それでもきちんと頭を下げるあたり、真面目できちんとした性格なのだろう。もしくは、プライドが高く些細なミスも許せないタイプなのか。

 どちらにしろ、彼にとって先程の“吐瀉物ばらまき事件”は黒歴史に相当するものであることは明らかだ。今にも死にそうな顔だったのが、今にも自害および殺される覚悟を決めた顔になったときは、正直ハラハラしたのは内緒である。

 吐瀉物の被害を受けた羽織とハンカチ類は彼の持っていたビニール袋の中に入れられている。クーゴ自らクリーニングに出すつもりでいたのだが、本人の強い希望とミス挽回チャンスがてら、「洗って返してもらう」ということで託したものだ。

 

 しかし、この青年はどうして吐くほど飲んでいたのだろう。

 聡明な様子からして、羽目を外すようには見えない。

 

 

「……嫌な虚憶(きょおく)を見たんです」

 

 

 青年は、ぽつぽつと囁くように言葉を紡ぐ。

 

 

「自分と同じ姿と名前を持った人物が、僕の家族と同じ姿と名前を持つ人々を犠牲にして、挙句の果てには、ぐうの音も出ないほどの完全敗北に泣いた虚憶(きょおく)でした」

 

 

 青年の顔は蒼白だ。余程、虚憶(きょおく)に出てきた“自分そっくりで自分と同じ名前の人物”が取った行動が恐ろしかったのだろう。

 『躊躇うことなく家族を犠牲にした挙句、完全敗北した』様子も、青年にとってはショッキングな光景だった。それを振り払うために、アルコールに縋ったようだ。

 結果は、“吐瀉物ばらまき事件”が示していた。本人も、自分がそうなるまで飲んだくれたことに驚きと失望を隠せていないらしい。

 

 酔っている最中も虚憶(きょおく)を《視て》いたらしい。本人曰く、『虚憶(きょおく)とアルコールが原因で店内で大騒ぎし、店から追い出された後、行く当てなくさまよった挙句に広場にたどり着いた』そうだ。クーゴたちが通りかかったのはその直後だったという。

 青年は、ジンやウォッカを中心にした、度の高い酒やカクテルを飲み漁っていたそうだ。そこまで強いものを水同然に飲み干し続ければ誰だってグロッキーになるだろう。そうまでして忘れたかった光景とは、どんなものだったのだろうか。

 

 

(まあ、俺もショッキングな虚憶(きょおく)を見たことがあるけど)

 

 

 心の中でそう呟いて、クーゴは遠い目をした。脳裏に浮かんだのは、いつか《視た》虚憶(きょおく)の光景。

 

 

『貴様は歪んでいる!』

 

『そうしたのはキミだ! ガンダムという存在だ!』

 

 

 遊撃部隊ZEXIS、或いは“神聖なる実行者(■■■■■■・■■■■■)”に所属しているソレスタルビーイングにとって、この戦場は世界の分水嶺。

 そこへ文字通り『突撃』してきたのは、どこからどう見ても場違いな私怨を募らせたグラハムだった。

 

 グラハムは青と白基調のガンダム、及び、そのガンダムを駆る少女・“革新者”に対して憎悪をぶつける。

 

 

『一方的と笑うか? だが、最初に武力介入を行ったのはガンダムだということを忘れるな!!』

 

 

 その言葉に、“革新者”は酷く傷ついた顔をした。変わり果ててしまった彼の姿に、赤銅色の瞳が悲しげに揺れる。

 いつもは――本人曰く――愛の力で彼女の変化に目ざとく気付いていたのに、グラハムはもう“革新者”の感情など《理解(わか)ろう》ともしなかった。

 いいや、違う。変わってしまった彼にはもう気づけないのだ。ガンダムという存在に釘付けであるが故に、“革新者”の心に気づけなくなっている。

 

 “彼”の頭の中にあるのは、ガンダムを倒すという決意と意志。

 もう、それだけだ。それだけが、“彼”をこの凶行(きょうこう)に突き動かす。

 

 だから自分は戦うのだ、と、グラハムは叫んだ。お前も世界の一部だろうに、と、“革新者”は問う。

 ならばそれは世界の意志だ、と、彼は返した。違う、と、彼女は男の歪みを断じる。

 その歪みを自分が断ち切る、と、“革新者”は宣言した。よく言った、と、グラハムは笑った。

 

 こんなの間違ってる、と、クーゴは呟いた。その言葉は、2人のどちらにも届かなかった。

 

 

『……なんでだよ』

 

 

 やりきれなくて、クーゴは呟く。

 

 クーゴの脳裏に、副官の想いがフラッシュバックした。グラハムと“革新者”の恋愛ごとに巻き込まれ、なし崩し的に仲人的な役回りをする羽目になり、走り回っていた日々。

 思えば、このときが一番楽しい時間だった。幸せな時間だった。平和の象徴、そのものの光景だった。なのに、どうして、こんな末路が待っているのか。

 

 

『俺は、認めないぞ』

 

 

 クーゴは操縦桿を握り締める。視線の先では、御旗を率いる我らが隊長と最初に降り立った天使が戦っていた。

 

 

『こんなの、絶対に認めない……!』

 

 

 フラッグが赤い粒子をまき散らした。友人がチューンナップしてくれた、特別性のフラッグだ。これが搭載されているからこそ、自分や“彼”のフラッグはガンダムと対等に戦える。この推進性があれば、2人の間に割り込むことも可能だ。

 止めなければ。“友人”が間違った道を突き進もうとしているのを、黙って見ていることなんてできない。奴の暴挙を止めるのが、副官である自分の役目だ。だから――

 

 

『――やめろって言ってんだろうが、このおばかァァァァァァァァァァァァァ!』

 

 

(――その結果が、この虚憶(きょおく)か)

 

 

 ガンダムの実体剣とフラッグのビームサーベルに串刺しにされた己のフラッグ――第3者が聞いたら絶句しそうな光景と、その末路を思い浮かべて、クーゴはひっそり苦笑した。

 

 端的に言う。“クーゴが駆るフラッグが、白と青基調のガンダムとグラハムが駆るフラッグの攻撃によって()とされる”光景だった。愛を憎しみへと転化させたグラハムの歪んだ表情も、ガンダムのパイロットが浮かべた泣きそうな顔も、クーゴを()としたとき2人が浮かべた悲痛な表情も、データを読むたび鮮明に浮かんでくる。

 この虚憶(きょおく)は、警告するかのようにフラッシュバックするのだ。おまけにこの虚憶(きょおく)、調査隊の活動では一度も出てきたことがない。調査隊メンバーは“『そういう虚憶(きょおく)があるらしい』ということは知っているが、実際、ヴィジョン共有を通して《視た》ことはなかった”りする。

 《視えた》ものがものだけに、詳しいことを仲間たちへ言う気にならなかった。特に、自他共に相棒と認め合う仲であるグラハム・エーカー中尉や、フラッグの開発に携わっている年上の友人ビリー・カタギリ技術顧問には。ビリーが開発した機体を操るグラハムが、クーゴを撃墜する光景なんて信じられない。というより、想像できない。

 

 

『いいか、地球が滅ぶ様を想像しろ』

 

『――今想像した光景を許せんのであれば、“外宇宙生命体”の防衛ライン到達を全力で阻止せよ!』

 

 

 『想像しろ』や『想像力がない奴の末路は死である』と加藤機関が常日頃言っていたけれど、人の想像力を超えるのもまた、人である。

 想像を超えた光景を、人は『悪夢』や『奇跡』と呼ぶのだろう。あるいは『幸運』か。クーゴはぼんやりと考える。

 

 

(この未来を回避するために、俺がすべきこと……或いは、俺にできることは――)

 

荒ぶる青(タイプ・ブルー)……?」

 

 

 青年はクーゴとグラハムを見て、何かに気づいたようにそう呟いた。

 クーゴたちが首を傾げたとき、彼は取り繕うように首を振る。

 なんでもない、触れないでほしい――紫の瞳は拒絶するように閉じられた。

 

 

「……本当に、すみませんでした」

 

 

 吐瀉物もろとも嫌なことを吐きだして、青年はようやく精神的に落ち着きを取り戻したようだ。

 クーゴは時計を確認する。時刻はそろそろ深夜に突入しようという所であった。戻って休まないと、明日の仕事に響く。

 

 

「その様子ならもう大丈夫だな」

 

「一晩眠れば、気持ちも楽になるだろう。今日は早めに休んだ方がいい」

 

 

 クーゴとグラハムの言葉を聞いた青年は、かすかな笑みを浮かべて頷き返した。送っていこうかと申し出れば、「これ以上迷惑はかけられないし1人で帰れる」と丁重に断られた。

 

 そのまま青年と別れ、クーゴとグラハムは家路を急ぐ。

 夜空には、星も月も見えない。どこか冷たい街の明りが、絢爛豪華に輝くだけだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 イノベイドの種類――もとい、与えられた役目は多種多様。人間社会に溶け込んで情報を集める情報収集型、ガンダムの操縦や戦闘技術に特化したマイスター型名とが挙げられる。本来ならばそこで役目の分類はお終いなのだが、特殊な事情が絡むことで更に細分化される。

 “同胞”因子を開花させたことで“目覚めた”者は“同胞”覚醒型となり、情報収集・マイスター・多機能型とはまた違う()()()()()――具体的には、“来るべき対話”への備え――を課せられるのだ。

 尚、“同胞”覚醒型は4種類に分けられる。攻撃特化型な苛烈なる爆撃手(タイプ・イエロー)、サポートを得意とする思念増幅師(タイプ・レッド)、防御に特化した堅牢なる護り手(タイプ・グリーン)、そして――3種類の力を使いこなす“同胞”最強/最高クラスの力を有する者は荒ぶる青(タイプ・ブルー)と呼ばれる。

 

 リボンズはその中でも1番最初の準革新者(ファースト・イノベイド)で、マイスター兼“同胞”覚醒型。“同胞”としての分類は荒ぶる青(タイプ・ブルー)――文字通りの()()()()()であった。

 

 己の出自、己の能力――それは、リボンズにとっての重大なアイデンティティだった。自信を通り越して驕りになっているくらいには。

 逆に言えば、“それ以外に縋るものがなかった”のだ。故に、そのアイデンティティが崩壊したときの衝撃は大きかった。

 

 

『ソレスタルビーイングは“全世界からの憎しみを一身に集めたうえで、世界の手によって破滅する”筋書きとなっている』

 

『人間に背負わせるには酷なシナリオだろう?』

 

『イノベイドたちをガンダムマイスターにして、武力介入から破滅までを肩代わりしてもらうんだよ』

 

『元々は、そうやって()()()()ために提唱され、生み出されたはずだろうに……』

 

 

『イノベイドたちには、これから現れるであろう“革新者”のための踏み台になって貰おう』

 

 

 今でも、奴ら――トレヴィンとグラントらの会話を鮮明に思い出すことができる。もしかしたらあり得たかもしれない、リボンズの“破滅の未来”のカタチ。

 

 あの日のリボンズは、自分の感情に任せて、直接イオリア・シュヘンベルグを問い詰めに行った。自分の感情を言葉にして、真正面から、みっともなくぶつけ続けた。イオリアとその妻から『リボンズ・アルマークは望まれて生まれた子どもである』という祝福(ことば)を貰った結果が、今に至っている。

 現在のリボンズ・アルマークは、滅びのための生を否定するため、もう一度歩き出したばかり。沢山の人々からの協力を受けて、自分が生まれた意味を探している。沢山迷って、悩んで、七転八倒を繰り返して、今日も今日とて頑張っていた。閑話休題。

 

 

(――何かある度に、ここに来てしまうんだよなぁ)

 

 

 リボンズの現在地は、イノベイド製造に関わるフロア。巨大なカプセルの中には、人格(なかみ)がまだ宿っていないイノベイドの肉体(うつわ)がずらりと並んでいる。

 彼や彼女らがいつ目覚めるかは分からない。リボンズがアレコレ奔走している間か、或いはふらりとこのフロアに足を踏み入れたときか、或いは誰もいなくなった後か。

 とりとめのないことを考えながら、カプセルを見回していたときだった。――りぃん、と、澄んだ音が《聴こえた》のは。

 

 振り返った先に広がるのは、以前訪れたときには立ち入り禁止になっていた区域。以前はロープや看板で入れないようになっていたが、今は扉が鎮座するのみ。

 

 

(この前、ライヒヴァイン先輩が『フロア増設が終わった』って言ってたっけ)

 

 

 脅威本位で扉に近づいてみる。扉はリボンズを認識すると、当たり前のように開いた。

 足を踏み入れた先に広がるのもまた、人格(なかみ)の無い肉体(うつわ)が保管された巨大なカプセル。

 

 唯一他と違う点があるなら、並んでいる肉体(うつわ)の法則性が不規則であることくらいだ。

 

 本来、イノベイドの肉体(うつわ)は塩基配列パターンの種類で管理されている。塩基配列パターン0988の肉体(うつわ)は、塩基配列パターン0988と割り振られたフロア内のカプセルに並んでいるのが常だった。だが、このフロアに並んでいるイノベイドたちは、文字通り無作為に並んでいた。

 フロア内に置かれているカプセルの数も少ない。外見上は他のイノベイドたちと何も変わらないようだが、わざわざ新しいフロアを増設した上で並べているのだ。何か理由や意図があるのだろう。リボンズは何の気なしにカプセルを確認してみる。――そこには既に、肉体(うつわ)に宿るであろう人格(なかみ)が記述されていた。

 リジェネ・レジェッタ、ヒリング・ケア、リヴァイヴ・リバイバル、ブリング・スタビティ、デヴァイン・ノヴァ、アニュー・リターナー。用途はマイスター型とサポート型の兼任が多く、情報収集型とサポート型の兼任はアニュー1人だけらしい。

 

 全員の名前と顔を確認し、改めて全体を見回してみる。リジェネは塩基配列パターン0988、ヒリングがリボンズと同じ塩基配列パターン、リヴァイヴとアニューが同じ塩基配列パターン、ブリングとデヴァインがライヒヴァインから提供された塩基配列パターンだ。

 

 

『なら、人間と言う生き物について、もっと詳しく調べてみたらいいんじゃないの? 特に、心理面について』

 

『くだらないことに全力投球できるのが人間なんだよ。だからこそ、いざというときに力を発揮できるんじゃないかな』

 

『一番手っ取り早いのは、バカになることだよ。バカだなって笑っている相手と同じことをする。そうすれば、ヒントくらいは掴めるんじゃない?』

 

 

 悪の組織代表取締役であり、自分にとって母のような存在の人がそう言って笑った姿を思い出す。

 どうして今それを思い出したのかは分からない。だけれど、それはまるで天啓のようだった。

 

 

『くだらない理由で立ち止まるのなら、走り出す理由がくだらないことでもいいんじゃないのか?』

 

『誰かにとっての重要事項は、誰かにとっての些事でしかない。でも、“多くのことを重要事項だと受け止められることもヒトとしての強さ”だと、自分は思うな』

 

 

 先輩であるライヒヴァインがそう言って笑った姿を思い出す。

 これも、何故今思い出したのかは分からない。

 だけれど、彼の言葉もまた、リボンズにとっての天啓になり得た。

 

 

(……ああ、そうか。そういうこと、なんだね。あの子たちは、僕の――)

 

 

 優位性の証明を諦めたわけではないし、割り切れるまではもう少し時間がかかるかもしれないけれど。

 

 “望まれた子どもの1人”という価値があるのなら、多分自分は立ち上がれる。

 一緒に迷ってくれると言ってくれた人がいてくれるなら、何度だって立ち上がって歩いて行ける。

 

 リボンズは、ふと、大きなカプセルに入ったイノベイドたちに視線を向けた。

 自分と同じイノベイドであり、いつぞやのイオリアや女性の言葉を借りて言えば“望まれた子どもたち”。

 リボンズの、新しい家族。じっとカプセルを見上げていたが、ゆっくりと彼らの元へと歩みよる。

 

 眠っている同胞たちに、静かに語り掛けた。

 

 

「はじめまして、僕の同胞。僕の弟妹(きょうだい)。僕の、新しい家族。……はやく、キミたちに会いたいな」

 

 

 気のせい、だろうか。

 カプセルの中で眠る同胞たちが、嬉しそうに笑い返してくれたような気がした。

 

 

 

**

 

 

 

「ねえ、リボンズ」

 

「何だい? リジェネ」

 

「僕の考えを聞いてもらえないかな?」

 

 

 こちらに声をかけてきたリジェネ・レジェッタの口元は笑っていたけれど、彼の眼差しはどこまでも真剣だった。

 

 あのフロアで眠っていたイノベイドたちの中で一番最初に“目覚めた”彼は、柔軟な発想力と思考力を有する好奇心旺盛な人格(タイプ)だった。

 思い付きによっては、ヴェーダやリボンズの指示や提示された情報を平然と無視することもある。良くも悪くもマイペースで、自己を確立しているようだ。

 問題があるとするなら、割と“手当たり次第”や“数打ちゃ当たる”的なノリで倫理観をどこかへ放り投げてしまいがちな点だろうか。……そこはこれから学んでいく必要があった。

 

 

「分かった。話してくれ」

 

 

 リボンズに促されたリジェネが口を開く。開口一番に飛び出したのは、彼が“同胞”として“目覚めた”ときから感じていた疑問。

 

 

「僕たちイノベイドは、『“同胞”をベースにして考えられた、“革新者”の予想図』として生み出された、ヴェーダの生態端末の1つなんだよね?」

 

「ああ」

 

「ついでに、“同胞”は『危険極まりない■■■(そんざい)として、人類によって絶滅させられそうになった』という経緯があった」

 

「そうだね。それで?」

 

「後の研究機関からは、『人類はいずれ“同胞”に進化する』って結果が出ているわけだ。――つまり、“同胞”や、後に現れるであろう“純粋種”は、『人類よりも優れた存在』ということになる」

 

「成程……」

 

「だから、『模造品と言えど、理論上は上位種族である“僕たち”が、“人類を導きつつ、恒久平和を目指す”』っていうやり方もあるんじゃないかって思ったんだ」

 

 

 リボンズは思わず目を瞬かせた。

 脳裏に浮かんだのは、ノイズ塗れの見知らぬ光景。

 

 滅びのために与えられた生、憎悪を集めて使い潰されることが確定した死――それが、『自分(かれ)』の生まれた理由だった。ひょんなことから重要機密に触れてしまった『自分(かれ)』はソレスタルビーイングのプランの1つ――ガンダムマイスターを全員イノベイドにし、彼/彼女たちに武力介入をさせる――に触れたことで、『自分(かれ)』は強い衝撃を受ける。結果、『自分(かれ)』は“自身のよりどころである優位性を証明する”ために、生みの親たちの計画を乗っ取って『自分』のものにしようと企てた。

 『自分(かれ)』が自分の在り方を定めたのは、A.D.2301のクルジス。宗教が絡んだ内戦に0ガンダムで武力介入を行ったとき、生き残った少年兵に機体を目撃されてしまったのだ。本来であれば適宜口封じや組織へ引きずり込む等の手段を講じなければならないのだが、『自分(かれ)』はそれをしなかった。少年兵が0ガンダムに釘付けだったのと同じように、『自分(かれ)』もまた、0ガンダムを見上げる少年兵に釘付けだった。――だって、少年兵が、神様を見るような目で『自分(こちら)』を見上げていたから。

 気まぐれで救った少年兵から向けられた眼差しが、『自分(かれ)』の在り方を決定づけた。『自分(かれ)』は自らを“人類を導く救世主”と自称し、そう在るために権謀術数を張り巡らせる。ソレスタルビーイングを滅ぼすことで一族の悲願を達成しようとしていた小物を扇動したり、地球連邦に独立治安維持部隊を発足させたり、地球連邦の大統領を傀儡にしたりした。自信の優位性を信じていた――否、驕り高ぶっていたのだ。その結果、形勢は徐々に傾き、人間たちの手によって表舞台へと引きずり出されてしまう。

 

 ――そうして、『自分(かれ)』は居合わせてしまった。“純粋種”が目覚めた瞬間に。

 

 ――そうして、『自分(かれ)』は思い知らされてしまう。結局『自分』は、滅びの運命(さだめ)から逃れられなかったのだと。

 

 

『僕は……! 僕はぁぁぁぁぁっ!』

 

 

 断末魔を残して、『自分(かれ)』は宇宙へと散る。そこで、光景が途切れた。

 

 

「ノブレス・オブリージュってあるでしょう? “地位や立場を持つ者は、『弱者を守る』という責任を果たさなければならない”って感じのヤツ。“純粋種”が現れるまでは、“僕たち”が主導になって人類を纏めるプランも――」

 

「――リジェネ」

 

「……な、何?」

 

「物は試しだ。可能か不可能かは置いといて、“そのプランを実行するにあたって想定される障害や問題”を洗い出してみよう。地球圏の経済や武力的な面だけではなく、“同胞”が体験した過去のケースも交えて」

 

 

 ヴェーダにアクセスして、ありとあらゆるデータを引っ張り出す。それらを並べて、2人で顔を見合わせながら、ああだこうだと議論する。

 時には暴言で殴り合ったり、そのまま取っ組み合いからの殴り合いに発展したり、反対意見を次々に上げ連ねたり――。

 

 

「武力介入の初期プランの1つに、“ガンダムマイスターを全員イノベイドにして武力介入させ、人類統一のための礎として使い潰す”というものがあったんだ。最終的に破棄されたけどね。これがそのクソみたいな計画書だよ」

 

「ひぃん……。こんな計画がまかり通ってたら、“僕たち”の未来が真っ暗だよぉ……! “来るべき対話”どころか、人類対“僕たち”で殲滅戦になっちゃう……!」

 

「旧き“同胞”であるレティシア・シンは、“同胞”の力を《分かり合うためのもの》と定義しているんだ。現時点の人類に対して“僕たち”が指導者になる方法を実行した場合、最後は危険な存在として人類から否定され『潰し合いに発展する』か、外敵と戦うための存在として戦場に駆り出されて『使い潰される』末路になりかねない」

 

「大っぴらに指導者を名乗るのはやめた方が良さそうだね。そうなると、人類の偉い人たちを傀儡にするプランの方がまだチャンスありそう? ……ああでも、最終的には表に引きずり出される可能性あるんだよなぁ。それが原因で潰し合いに発展して泥沼になっても、最終的に困るのは“僕たち”と人類だし……」

 

「このプランを決行する場合、『いつか現れる“純粋種”のために悪役をやってのける』くらいに覚悟をキメないといけないね。絶対、中途半端なところで頓挫する」

 

「途中で力尽きても地獄、最後までやり遂げても地獄、かぁ……。……僕自身も、みんなも、周囲から“最低野郎”の烙印を押されて死後も蔑まれ続けるのは嫌だなぁ。“同胞”たちの扱いも悪くなりそうだし。――いい案だと思ったけど、意外に穴あるんだなぁ」

 

 

 納得いくまで議論を重ねて、話し合って、語り合って、答えを出す。

 リジェネはその情報を眺めつつ再び思案を巡らせていた。

 そんな弟分の姿を見ていると、何だか微笑ましくなってしまう。

 

 

(マザーやイオリアも、こんな気持ちで僕を見ていたんだろうか)

 

「ねえリボンズ」

 

 

 懐かしい人たちの姿を思い浮かべていたら、リジェネに声をかけられた。目を瞬かせたリボンズに、彼は問いかける。

 

 

「折角だから、この話をみんなともしてみたいんだ。いいかな?」

 

「それはいいね。どんな結論が出たとしても、有意義な時間になりそうだ!」

 

 

 

***

 

 

 

 懐かしい光景を思い出した。リボンズは静かに目を細める。

 

 

(そういえば、近々リジェネの誕生日だっけ。何で祝おうかな)

 

 

 去年は『ティラノザウルスの着ぐるみを被って、彼を追い回す』というドッキリサプライズを敢行した。共犯者は家族たち+α。企画はリボンズであるが、成功したのは家族の皆――アニュー、ヒリング、リヴァイヴ、ブリング、ディヴァインのおかげである。

 結果、リボンズの誕生日では『本部へ戻ると「家族は預かった」という脅迫状と地図が残されており、彼らを助けるために本格的なお化け屋敷に挑むことになった。恐怖体験を乗り越えて家族を助けようとしたところ、最後の最後に、某梨の妖精の着ぐるみを着た家族全員(しゅうだん)に追い回された』。

 散々な目にあったけれど、とても嬉しい誕生日だった。リボンズは回想に耽りながら、橋の欄干に身を乗り出す。普段は無機質な光を放つ街灯であるが、思い出した光景のせいか、人の営みが見えてきた気がして、温かさを感じ取る。リボンズは静かに目を細めた。

 

 家の明りの中には、誰かの誕生日を祝っている家族もいるのだろうか。そう考えると、なんだか微笑ましい気分になる。

 

 ふと、リボンズは袋に入った衣服を見る。吐瀉物まみれにしてしまった男性のものだ。

 荒ぶる青の潜在能力を宿す、女性の“同胞”。リボンズもルーツは違えど、“同胞”にカテゴライズされている。

 

 黒髪黒目の東洋人男性も、金髪碧眼の白人男性も、己の持つ能力がどんなものかを理解していないようだった。

 

 

「目覚めの日は近い、か」

 

 

 特に、東洋人の男性――リボンズが吐瀉物まみれにしてしまった人物の力は、近々花開くだろう。芽生えてから蕾になるまでの時間が長いが、美しく咲き誇る。彼の能力は大器晩成型だ。目覚めれば、歴代の荒ぶる青保持者の中でも最高ランクの力を有することは間違いない。

 昔のリボンズだったら、きっと、彼の才能に嫉妬しただろう。己の優位性を脅かす存在として、全力で排除していたかもしれない。最近見るようになった虚憶(きょおく)で、自分とよく似た『自分(かれ)』が“彼女”と同じ名を持つ青年を排除しようとしたように。

 

 金髪碧眼の白人男性の場合は、何と言っていいのかわからない。目覚めが近いようでもあるし、でも、目覚めるにはまだ未熟な気もする。

 例えるならそれは、“弾の装填が終わり、安全装置が外された銃”。引き金を引けばいつでも発射できるのに、手をかけたまま引かないでいるような。

 いや、彼にとっては『今はまだ、引く必要がない』のだ。もし、引き金を引く瞬間が来るとするなら――“愛のため”だろう。なんとなく、そんな気がした。

 

 フラッシュバックするのは、寄り添う2人の姿だ。金髪碧眼の白人男性と、黒髪に赤い瞳を持つ中東系の女性。女性には、いつか送り出した“あの子”の面影が伺える。

 そこへ、別の男女が加わった。黒髪黒目の東洋人と、ペールグリーンの髪に紫の瞳を持つ女性。彼女には見覚えがある。“同胞”だ。

 

 男性は、先程リボンズが起こした「吐瀉物(以下中略)事件」の被害者である。再び、彼から預かった羽織やハンカチへ視線を向けた。

 

 

「……刃金(ハガネ)?」

 

 

 『クーゴ・ハガネ/刃金 空護』。上着とハンカチに刺繍されている名前を見て、リボンズは目を留めた。

 言葉にすることが憚られるくらい、嫌な予感がする。連想したのは、アレハンドロが連れてきた、着物を着た東洋人女性。

 女性が纏っていたどす黒い感情を思い出した途端、背中に悪寒が走った。わずかに残っていた酔いが吹っ飛んでしまう程の寒さである。

 

 そのとき、端末が鳴り響いた。アレハンドロからの連絡である。内容を一読したリボンズは、月も星も出ていない天を仰ぐ。せっかくの自由時間は、もう終わりのようだ。

 アレハンドロから離れて休めると思ったのに。遠のいてしまった自由時間を惜しみながら、のろのろとした足取りで、リボンズは繁華街へと歩き出す。

 

 夜は長くなりそうだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「そうか。クジョウくんと……」

 

 

 先日、『ビリーがリーサ・クジョウと飲みに行った』話を聞いたエイフマンが、懐かしそうに呟いた。

 

 リーサ・クジョウはビリーにとっての高嶺の花であり、エイフマンの教え子の1人だと聞いている。AEU軍の戦術予報士として優秀な人物であったが、情報共有が不完全のために起こった同士討ち事故で恋人を亡くして以来、軍を辞めてアルコール依存症になっているそうだ。

 クーゴは件のクジョウ氏と面識はない。しょっちゅうビリーが語るため、気づいたら空で暗唱できるようになってしまっただけである。あまり嬉しくない副産物だ。ビリーはクジョウ氏と会った際、思い出話と現状報告をしたという。現状報告という言葉に嫌な予感を感じたのは気のせいだと思いたい。

 ふと見れば、グラハムが神妙な面持ちでエイフマンとビリーの話に耳を傾けていた。彼もクジョウ氏に興味があるのだろうか。それは微妙だとクーゴは思う。グラハムには件の少女とガンダムがいるためだ。ビリーを泣かせる展開はない、はずである。多分。

 

 

「ところで、キミたち2人の方はどうだい?」

 

「えっ」

「えっ」

 

 

 ビリーの問いに、クーゴとグラハムは弾かれたように彼を見た。順風満帆幸せです、と、ビリーの表情は語っている。ただし、彼の尺度はささやかすぎるもので、あまり参考にならない。奥手な彼のことだ。高嶺の花に対して、手を握ることも肩に手を置くこともできなかっただろう。

 もしビリーに彼女ができたら、嬉しすぎたショックでぽっくり逝ってしまうのではなかろうか。そんな理由で葬式に参加するのは御免被る。クーゴの考えを読んだのか、ビリーがむっとしたように眉をひそめた。話を逸らすな、というところだろう。

 

 話、と言われても。

 

 件のエトワールに関する疑惑について決着をつける約束をしたばかりだ。ビリーが望むような展開など何一つない。むしろ、この場どころか上層部に報告すべき案件であることは明らかである。

 けれど、クーゴだって人の子だ。今の自分は、エトワールの事情を汲みたいと思う気持ちが勝っている。ソレスタルビーイングと彼女の関係性について下手に発言し、周囲を混乱させたり彼女の信頼を裏切ったりしたくない。

 ふと感じた視線に気づく。ビリーだけでなく、エイフマンも、ハワードとダリルも、興味深そうに自分たちを見つめていた。彼らが期待するようなものなど、クーゴは何も持っていないのに。それはグラハム限定ではなかろうか。

 

 

「俺はそういうのじゃない。それはグラハムの方だから、そっちに訊いてくれよ」

 

 

 お前のせいで俺まで巻き添え食ってるじゃないか、どうしてくれる――。

 

 その言葉は、クーゴの口から紡がれることはなかった。先日と同じように、彼は静かな眼差しで端末を見つめている。少女から貰った青い健康祈願のお守りと、つがいの片割れである金のハートと、グラハムが彼女に手渡したつがいの片割れである青いお守りが揺れる。ついていた鈴が、澄んだ音色を奏でた。

 戦況を分析するかのような面持ちである。もしくは出撃前の横顔だ。狂気的なまでに真剣なその様子に、全員が言葉を失ってしまう。何か発言しようにも、誰一人言葉を発せなかった。グラハムから発せられる何かが、それを押さえつけているかのようだった。

 なんだか居心地が悪くなってきた。ハワードとダリルが困った様子で顔を見合わせ、エイフマンが悩ましげにため息をつく。ビリーは困惑した眼差しをクーゴに向けてきた。クーゴは首を振る。グラハムに何があったかなんて、言えるような状況じゃない。

 

 見当はついている。グラハムも、クーゴと同じなのだと。

 けれど、それを言うのは、自分のことを話すこと以上に憚られた。

 

 ややあって、グラハムがこちらに向き直った。普段と変わらない笑みを浮かべている。不気味なくらい、いつも通りだった。

 

 

「特筆すべきことはないよ。近々、彼女と顔を合わせる予定があるだけさ」

 

「そうなんですか。頑張ってくださいね!」

「報告、期待してますよ!」

 

 

 それを聞いて安心したのか、ハワードとダリルが表情を緩めた。

 エイフマンとビリーも安心したように微笑む。

 

 対してクーゴは、全然安心できなかった。

 

 何とも言えない寒気がする。

 それは多分、自分も同じなのだろう。

 

 

「映像、出ます」

 

 

 丁度いいタイミングで、情報担当者が声をかけてきた。

 モニターが開き、映像が映し出される。

 

 

「なんだ? あの装備は」

 

「資料に()ぇぞ」

 

 

 驚きの声を上げたのはハワードだった。それに触発されたかのように、ダリルが鋭い眼差しで資料と映像を見比べる。

 

 

「もしかして、新武装か?」

 

「おそらくはな」

 

 

 クーゴの予想を肯定したのはエイフマンである。彼は食い入るようにしてモニターを睨みつけていた。

 

 ガンダムたちには新たな武装が追加されていた。白と青基調のガンダムには長短のブレード、白と緑基調のガンダムにはスナイパーライフル、純白のガンダムにはアームに装着されたチャクラムが目につく。

 そういえば、純白のガンダムが背負う大きな輪のデザインが少し変わったように思う。前に対峙したときは、輪には機体にマウントされていた自立兵器とよく似たデザインなんて付いていなかったはずだ。もしかして、あれも新しい武装の1つなのか。

 

 

「このタイミングで追加したとなると……」

 

「ソレスタルビーイング。本気と見た」

 

 

 クーゴの言葉を引き継ぐようにして、グラハムが小さく呟いた。彼の眼差しは、白と青基調のガンダムに注がれている。

 無意識か否か、彼の右手は、端末についていたお守りたちを強く握りしめていた。翠緑の瞳は、白と青基調のガンダムから一切目を逸らそうとしない。

 グラハムの口が動いた。言葉は吐息に紛れて聞こえなかったけれど、彼は確かに意中の少女を呼んでいた。矛盾を孕んだ祈りがこめられている。

 

 クーゴは純白のガンダムに視線を移した。あのガンダムに、もしかしたらエトワールが搭乗しているのかもしれない――そう考えると、目を離せなくなる。

 

 もしもエトワールがあの機体に乗っているとするならば。この戦いであの機体に何かが起きたら、ヘタをしたら二度とエトワールと顔を合わせることもなくなるのだ。

 クーゴは思わず端末を握り締める。彼女から手渡されたつがいのお守り――金色のハートについた鈴が、澄んだ音を鳴らした。音を耳にするたびに、酷く焦燥を感じる。

 

 

(エトワール……)

 

 

 決着をつける、約束の日を思い出す。

 

 日付から推察するに、おそらく、ソレスタルビーイングの作戦が終了してしばらくした後を想定したものだろう。あくまでもそれは、エトワールがソレスタルビーイングの関係者だった場合の話である。

 もしかしたら、ただ単に、丁度その日が大丈夫だからなのかもしれない。クーゴの杞憂だったのかもしれない。あくまでもそれは、エトワールがソレスタルビーイングと関係のない一般人だった場合の話だ。

 

 顔が見たい。

 声が聞きたい。

 話がしたい。

 

 エトワールに、会いたい。

 

 胸を焼き焦がすような不安に駆られて、クーゴはモニターを凝視する。ガンダムたちはそれぞれ、武力介入を開始した。それと入れ替わるようにして通信障害が発生し、画面が砂嵐になって断線する。

 ガンダムの推進力となっている特殊粒子の影響だろう。これで、ソレスタルビーイングの手段を掴む方法は失われた。こうなってしまえば、後はすべてが終わるまで待ちぼうけるしか手段がないのだ。

 

 

「こうなると、モラリアやAEUの発表を待つしかないな」

 

 

 途絶えてしまった映像に思いを馳せているのか、グラハムは顎に手を当てて考え込んだ。その言葉から感じたのは口惜しさ。

 今日のクーゴは、グラハム・エーカーの思考回路が手に取るように分かってしまう日だった。だから、苦笑するに留めておく。

 自分たちの本業は軍人である。ガンダムを追いかけ回す以外にも、果たすべき仕事があるのだ。

 

 この後はグラハムのフォローに回るのだろう。経験則から導き出された未来予想図に、やっぱりクーゴは苦笑することしかできない。ガンダムの出現以降、どこもかしこもドタバタしている。職務はきちんとこなしているが、ガンダムがらみのアレコレはデスクワークでも強敵であった。

 

 

「――ん?」

 

 

 クーゴとグラハムが踵を返そうとしたときだった。情報関係の担当者が疑問の声を上げる。

 何事かと足を止めて振り返った瞬間、不快な音が鳴り響く。

 

 

「何があった!?」

 

「わ、分かりません! 突然操作を受け付けなくなって――」

 

<――――>

 

 

 情報担当者が悲鳴に近い声を上げたのと、りぃん、と、澄んだ音色が《聴こえた》のはほぼ同時。

 

 反射で顔を上げれば、この部屋に存在している映像端末画面に映像が表示される。映し出されたのは、ソレスタルビーイングが介入しているモラリアの光景だ。映し出された映像はモニターによってアングルが全然違うものの、グラハムが追いかけてやまない天使――青と白基調のガンダムと、クーゴが追いかけている天女――白基調のガンダムの2種類のみ。

 情報担当者たちが大慌てで手を打っているようだが、画面は相変わらず消える気配はない。いや、画面を消したいのではなく、“何者かの介入を受けている”という状況から抜け出したいが故の行動だろう。ユニオン軍にとっては不都合極まりない状態であるが、ガンダムの動向を見守れるという点では都合がいいワケか。

 そういえば、技術者をしていた親戚やビリーが言っていたが、『どうして不具合が発生しているのか分からない』というのは技術屋的に大問題らしい。更に危険なのが『不具合が発生したので手を尽くした結果、何故不具合が治って使えるようになったのか分からなくなった』状態とのこと。……成程、技術屋的には悪夢みたいな状況なのか。閑話休題。

 

 顔が見たい。

 声が聞きたい。

 話がしたい。

 

 

(エトワールに、会いたい)

 

 

 つい先程、映像が断線する前に感じていた焦燥が首をもたげる。

 

 クーゴは吸い寄せられるようにして近くの端末――白いガンダムが映った画面を見つめた。グラハムも最寄り――奴が恋焦がれてやまぬ天使が映し出された端末画面に釘付けになる。

 ソレスタルビーイングの介入行動はまさしく正確無比。まるで機械のようだ。ガンダムとパイロットたちが歯車として、介入行動を形成している。

 

 焦燥を持て余すように、クーゴはじっと純白のガンダムを見つめていた。舞うように戦うガンダムを――エトワールを連想させるようなステップを踏む純白の機体を、ただただ見つめ続けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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