問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
「キミの理論には穴がある。理想論だけでは世界を変えることができない」
「貴方の理論には夢が無い。荒探しと否定ばかりを繰り返していたら、ヒトの心を動かすことはできないわ」
「よく分かった。決着を付けよう」
「いいわね、望むところよ」
「ま、待て。お前たち、やめないか――ア゛ァ゛ヴンッ!?」
いつもの2人は、今日もバチバチ火花を散らす。間に挟まれたエルガンが狼狽しつつも諫めようと試みたが、立ち位置が悪く2人の利き手ストレートを両頬に叩き込まれて悲鳴を上げた。ひっくり返ったエルガンのことなど気に留めていないようで、2人はそのまま殴り合いを開始する。
男性の方は
フィジカル最強とメンタル最強が互角の勝負を繰り広げる図は、エルガンの
殴り合いなら圧倒的に“零の騎士”が優勢だというのに、“仮面の男”は言論で彼をねじ伏せにかかることで、喧嘩で丸々1日――本人たちの体感時間――を費やしている。
この2人のやり取りもそれに近い。自身の不利分野/相手の得意分野に飲み込まれないよう、自分の得意分野をフルに使って食らいつく。
「イニーとレイ、またやってる……」
「こうしてみると、“喧嘩するほど仲が良い”って諺が似合いますよね」
「ふざけたことを言わないでくれないか、ライヒヴァインくん」
「ふざけたことを言わないでちょうだい、ライヒヴァインくん」
ベルとライヒヴァインが顔を合わせてため息をつけば、2人――レイとイニーは即座にライヒヴァインを睨みつける。彼は「そういうところ」と言いかけたが、最終的に飲み込むことを選んだ。
ライヒヴァインが黙ったのを確認し、レイとイニーは再び喧嘩を再開する。ああだこうだと熱を入れ、真剣な面持ちで語り合う2人の姿は、嘗ての人間の指導者と“同胞”の指導者の姿を思い出す。そうしてそれは、2つの種族が切り開いていくであろう未来予想図のようでもあった。
“同胞”と人類が手を取り合い、“機械による管理体制”を打ち壊した後――トォニィ・アスカが“同胞”の代表者、セルジュ・スタージョンが人類側の代表者に任命されたときのこと。会談を終えたトォニィが『セルジュがアルテラを殺した張本人であり、トォニィがセルジュの親友を殺した張本人だった』と零したことがある。
少し前の2人だったら、互いを“大切な人を死に追いやった仇”と認識し、泥沼の殺し合いを演じていたことだろう。だけど、一触即発だった2人を引き留めたのは、彼らが尊敬していた先代からの遺言だ。彼らから後を託されたのだという矜持だ。だから、思うところはあれど、互いの種族が共に生きる未来を掴むために尽力することを誓い合う。
そうして、2人の指導者はその誓いを果たすために命を懸けた。2人は納得いくまで語り合い、時には真面目に殴り合い、そうやって分かり合った。
トォニィにとって“大切な人を手にかけた仇”から“終生の友”となったセルジュ。彼は寿命で亡くなってしまったが、その遺志は次世代の指導者たちに脈々と受け継がれている。
(イニーとレイを見てると、トォニィとセルジュのやり取りを見ているような気分になるんだよなぁ)
嘗ての日々を――もう二度と、その続きを見守ることができない道に、寂しさを覚えないワケではない。けれど、ベルが選んだ道は
(……“理想郷”は今、どこの
嘗ての故郷を――もう二度と、
懐かしさにつられるようにして、ベルは自分が描いた図面に視線を向けた。図面に描かれているのは、嘗ての故郷を思わせるようなデザインの白い艦。
ソレスタルビーイングと対をなす組織――“同胞”たちで構成された組織の旗本艦にして拠点になる新たなる居場所だ。名前は、既に決まっている。
「“桃源郷”か」
「うん」
夫の問いかけに対し、ベルはにっこり笑って即答した。
彼は隣に並んで、楽しそうに図面を覗き込む。
いつか来る明日に思いを馳せて、2人は顔を見合わせて笑った。
*
「大変ですイオリアさん! イニーとレイが、決着をつけるって言い残して役所へ向かったんです!!」
「どうしますか!? このままだと、役所が血みどろに……っ!」
*
「イオリア。イニーからこんなのが届いたんだけど」
「なんだこれは。……立会人状?」
「なんでも、『最後の戦いをするから、みんなに立会人になってほしい』んだって」
「ええと、場所は――……教会?」
*
ぱぱぱぱーん。ぱぱぱぱーん。ぱぱぱぱっぱぱぱぱ、ぱぱぱぱっぱぱぱぱ、ぱぱぱぱーぱーっぱぱーぱーぱーぱーぱーぱぱぱーぱぱー――荘厳なパイプオルガンの音色が間抜けに聞こえてくるのは、多分、眼前の光景に理解が追い付いていないためなのだと思う。
だって考えてみて欲しい。何かある度に殴り合いと舌戦を組み合わせたような大喧嘩を繰り広げていた――なんなら昨日までそうやっていた――男女が、片やウエディングドレス、片やタキシードで並んでいるなんて絵面を披露するとか、誰が思うだろうか?
しかも、喧嘩をするときはいつも仏頂面だった2人が、砂糖菓子を溶かしたような甘々な雰囲気を漂わせているだなんて誰が予想できるか。
「『最後の戦い』って、
「全然くっつく気配なんてなかったじゃん! 何がどうしてこうなったの!?」
「夢だよね? これ夢だよね??」
辺り一面大混乱。幸せそうに笑っているのは新郎新婦のみ。招待客はみんな置いてけぼりの結婚式だ。
ベルもイオリアも同じで、頭の中から疑問符が消えてくれない。宇宙に投げ出されてしまったような気持になる。
首を傾げて呆然としている間に、式は終盤へと突入していた。
「只今からブーケトスを行います。独身のみなさん、こちらの方へどうぞ!」
呼ばれたからには行かなきゃいけない。理解が追い付かないながらも、司会の言葉に従うような形でみんな移動を始める。ベルとイオリアは既に結婚済み故に除外なので、よく分からないまま独身の面々を見守っていた。
満面の笑みを浮かべたイニーがブーケを放り投げる。ブーケトスのジンクスは今でも健在で、女性陣がブーケへ向かって手を伸ばしていた。最も、全員が“どうしてレイとイニーが結婚したんだろう”という顔をしたままだったけれど。
宙を舞ったブーケは女性たちの乱闘によって何度か宙を舞い、最後は蚊帳の外状態でブーケトスを眺めていたライヒヴァインの手の中に納まった。益々宇宙猫顔になるライヒヴァインに対し、彼に思いを寄せていたフェオドラが挙動不審になる。
フェオドラの様子に気づいた女性陣は何やら円陣を組んで会議を始めた。ライヒヴァインは未だに現実へ戻れていない。勿論、ベルとイオリアもだ。
訳が分からないまま始まった式は、訳が分からないまま終わっていた。
式の最中に2人の馴れ初めを振り返るパートがあったはずだが、何一つとして覚えていない。
「……人類と《分かり合えた》っていうモデルケースとしては、凄く参考になるハズなんだけどさぁ……」
「全然分からない……。全然、何1つとして分からないんだ……。ヴェーダで計算してみても『そんな可能性は知らない』って判定出るし……」
「あれぇ? なんで夕方になってるんだ? 自分、今まで何やってたんだっけ??」
ベルとイオリアはそっと頭を抱える。隣には、ブーケを持ったまま呆けた顔をしているライヒヴァイン。最早カオスの煮凝りであった。
◇◇◇
――決戦の日が来た。
端末の日付を見て、クーゴは重々しく息を吐いた。答えは決まっているが、移動中だとそれを考えては不安になってしまう。
時間というものは厄介で、無ければ無いで大変なのだが、あればあったで困りものだ。人間というものは本当に厄介な生き物である。
答えを出したにも関わらず、時間が経過するとまたウジウジ悩んでしまう。それでも、クーゴは答えを変えるつもりはない。
クーゴが本当の意味で恐れているのは、“今まで”を失うことだ。エトワールや少女、およびグラハムと過ごす時間が終わってしまうことだ。
自分やグラハムの出す答えと、エトワールや少女が出すであろう答えによっては、その日々は永遠に失われることになるだろう。
日本へ向かう飛行機の中は、空席が見当たらない。日本旅行客や日本へ戻る人々で埋め尽くされている。日本に思いを馳せる者、ビジネス関連のことで端末を操作する者等、様々であった。
「しかし、お前もお前で、決着をつけようとしてたとは思わなかったよ」
「おまけに、同じ日に同じ国の同じ街が待ち合わせ場所に指定されているともな」
クーゴの隣の席に座っていたのは、礼服用の黒いスーツに身を包んだグラハム・エーカーその人であった。AEUイナクトのお披露目会で着ていたスーツとは根本的なもの――主に素材やブランド名――が違う。彼もまた、クーゴと同じ意味の『最終決戦』を迎えようとしている。
そのはずなのだが、クーゴの経験則と色眼鏡のせいか、どこからどう見ても『恋人にプロポーズをしに行く男』にしか見えない。そもそも彼は、彼女と恋人関係だったのだろうか? つがいのお守りを贈りあったり、誕生日プレゼントを贈りあったりしていた点からすれば『事実上』と言えそうではあるが。
今までのやり取りを思い返すが、グラハムが少女にちょっかいをかけるのはいつものことであった。熱烈なラブコールを贈っていたのは事実であった。最初のうちは嫌がっていた少女が、顔を真っ赤にして震えながらも、彼の告白に応え始めたのはいつからだったか。
そこまで考えてクーゴは気づいた。恋人同士という関係性が、グラハムと少女の間に成立してしまっていたことに。
明確な話を聞いたわけでもないし見たわけでもないけれど、でも、成立はしている。2人の間には、確かな絆が存在していた。
おかしなところなんて何もない。ただ、そのプロセスが色々とアレだっただけで、世間一般的に見れば何もおかしくなかった。
おかしいのは一体何だろう。クーゴは真面目に考えてみたが、答えは出ない。
考えれば考えるほど頭が痛くなってきた。そのうちクーゴは考えるのを止めて、目を覆う。
「……待機時間や移動時間って、こんなに苦痛だったんだな」
「違いない」
クーゴの零した言葉に従うように、グラハムが頷いた。翠緑の瞳は、どこか遠くに向けられている。
青い空の下に広がる雲海をかき分けるようにして、飛行機が着陸態勢を取った。機内のアナウンスが鳴り響く。
覚悟はできた。前を向いて、かけがえのない人々と向き合いに行く。クーゴはシートベルトを確認しながら、大きく息を吐いた。
*
グラハムと別れて、クーゴは待ち合わせ場所に辿り着いた。日本の繁華街にある、小さな喫茶店。店の前で佇む女性を見つけ、クーゴは足を速める。
ペールグリーンの長い髪を簪でハーフトップに束ねたエトワール。彼女は白いレースが編み込まれたハイネックノースリーブの上着を着て、水色から空色グラデーションのマキシスカートを穿いていた。
彼女はクーゴが来たことに気づいたようで、少しだけ固い笑みを浮かべた。何かを覚悟したような横顔。エトワールもクーゴと同じように、今回の顔合わせは“決着”をつけることになると気づいていたようだった。
「それじゃあ、店内に行きましょうか」
「そうだな。立ち話も何だし」
エトワールに促され、クーゴは喫茶店へと足を踏み入れた。店内は木材を多く使っているためか、とても暖かい印象を受ける。
お昼より早い時間帯ではあるが、少し早いランチタイムや休憩等で利用している客が多いのだろう。特に今日は休日だ、賑わうのも当然だと言えた。
「よく来たな、俗物め。迎撃する!」
「その言葉使いはダメだって言ってるじゃないですか! 喧嘩煙管をしまってください!」
次の瞬間、赤い髪の女性店員からいきなり煙管を突き付けられた。反射的にクーゴは無手で構えるが、彼女の攻撃は水色の髪の女性店員によって阻まれる。
店員が客に攻撃を仕掛けようとしていたのに、客の反応は薄かった。反応があったとしても、そこに驚きや困惑はない。皆、いつものことだと流している。
むしろ名物として楽しんでいる節もあった。客の大半が常連のようで、客同士や店員同士も顔見知りらしい。BGMと相まって、和やかな雰囲気が店内に漂っている。
「ハルノは相変わらずだな……」
「大丈夫だハルノ。そういう路線だって人気がある」
「ありがとうございます、悠さん。この調子で頑張ります」
「というか、喧嘩煙管なんてどこから手に入れたんだよ……。棍棒レベルの鈍器じゃん、それ……」
カウンター席に座っていた緑の髪の少年が遠い目をし、茶髪の青年が赤い髪の女性をフォローしていたのが見えた。少年は何とも言えない顔をして、女性店員が持っていた喧嘩煙管に視線を向ける。
少年の言葉通り、喧嘩煙管の用途は“護身用の武器”。見た目は単なる煙管であるし、煙管としての機能も持ち合わせている。だが侮るなかれ。喧嘩煙管は総鉄製のため、立派な鈍器になり得るのだ。
喧嘩煙管が生まれた理由は、武士階級で帯刀が許されていた旗本奴という立場の人間に対し、町人で帯刀が許されていなかった町奴が対抗手段用に生み出した武器だった。
旗本奴と町奴は武士階級と町人階級という身分の違いこそあれど、仕事内容は一緒である。そのため、普段は一緒になって仕事をすることだってあった。勿論、何かしらの理由で衝突することもあった。
旗本奴と町奴の衝突が発生した場合、帯刀している旗本奴の方が圧倒的に有利だ。町人側にも対抗手段になり得る手段を模索し、工夫を凝らした結果、誕生したのが喧嘩煙管であった。
そのうち、旗本奴への対抗手段という用途だけでなく、何かあった際の護身用武器として幅広く普及するに至っている。現代では“創作でよく見かける浪漫武器”の1つになっていたか。
(そういえば、ダリルの誕生日に喧嘩煙管贈ったら喜ばれたっけ)
部下の誕生日が“お手軽日本文化体験会”と被っていたことを利用したアレコレを思い出し、クーゴはひっそり目を細める。
尚、そのときのダリルは和洋折衷の着こなし――中折帽を被り、ネクタイを結んだワイシャツの上に着物と黒コートを纏い、首にストールをかけ、黒手袋とブーツを履いていた――をしており、喧嘩煙管と合わせた結果、周囲から『マフィアとヤクザのハイブリット』と言われていたか。色付きのサングラスをしていたらもっと圧が出ていたことだろう。
隣に並んで写真を撮っていたハワードも和洋折衷コーディネート――丸いフレームの伊達眼鏡をかけ、インナーとして黒いシャツを着て、羽織をサスペンダーがついたズボンへインさせ、ローカットブーツを履いていた――でご満悦だった。ガタイがいい人間にこそ着物は似合うのである。閑話休題。
水色の髪の女性が案内してくれた席は、店内でも奥まった場所にあった。壁際の席であることも相まって、一種の個室みたいになっている。
ここなら、話をするのにうってつけだろう。人に知られたくないことなら、尚更だ。
クーゴとエトワールは向かい合うようにして席に座った。お互いがお互いから顔を逸らさない。周囲の明るい話し声やBGMが遠く響く。2人の間には沈黙が広がっていた。
何を言えばいいだろうか。話題の切り出し方が分からない。気づいたら、クーゴの手の平が汗まみれになっていた。もう、本当にどうすればいいだろうか。
ちらりと彼女を伺えば、エトワールもクーゴを伺い見ていた。互いの身長差は14cmであるが、酷く威圧感と言うか、何と言うか、異様な空気が漂っている。
「…………」
「…………」
沈黙。
覚悟は決めたが、やはり、怖いものは怖い。喉がカラカラになってきたので、振り払うようにしてお冷に手を伸ばした。一気に飲み干す。それでも、焦燥と渇きをやり過ごすことはできなかった。
クーゴは深呼吸した。いつぞやの出来事でエトワールの心に触れたことを思い出す。あのとき触れた温かな光は、クーゴが信じ、救われてきた『人の心の光』そのものだ。あの輝きには、一切の嘘偽りはない。
それでも、逃げたいと心が叫んでいる。逃げて、逃げて、逃げて、そのまま逃げ延びてしまいたいと。弱い自分が悲鳴を上げていた。
クーゴはもう一度深呼吸する。エトワールが持っている心の輝きを信じたい。それを信じると、確かに選んだのだ。
運命に向き合う。運命を受け入れる。だけど決して諦めない――それが、クーゴの出した“答え”であり、“決着”なのだから。
「……俺は、キミを信じるよ」
絞り出すようにして、クーゴは言葉を紡いだ。言ってしまえば、何てことはない言葉だった。言えなくて悩んでいた自分が馬鹿らしくなる程に。
エトワールは大きく目を見開く。祈るように組まれていた彼女の手が、かすかに震える。御空色の瞳は、まっすぐクーゴに向けられていた。
「いいんですか?」
エトワールの問いに、クーゴは頷いた。
「キミがたとえ何であっても変わらない。すべてを知った上で、俺はキミを信じる」
エトワールは、震える声でクーゴに問うた。
「私を捕まえないんですか?」
「ここにいるのは、ただの一般人だよ。ユニオン軍所属の中尉でもなく、ソレスタルビーイングに属するガンダムのパイロットでもない。……だから、その話は無意味だ」
己の答えを静かに告げて、クーゴはエトワールの手に自分の手を重ねた。
彼女の肌は雪のように白いけれど、その手には温もりが通っている。いつぞや手を重ねたときと同じだ。
「キミも、そのつもりでここに来たんだろう?」
「……そうですね。そのつもりで、ここに来ました」
エトワールは柔らかく微笑んだ。いつもと変わらない、春を思わせるような笑みだった。彼女の笑顔につられて、クーゴも微笑む。
甘いと言われても、馬鹿にされても、クーゴはこの選択を後悔しないと決めたのだ。エトワールと出会ったことも、エトワールと笑いあったことも。
いずれ、自分たちは空/
そのとき、自分は。
「貴方のままでいてください。私を信じ、私が信じた、貴方のままで」
エトワールは静かに語った。紫の瞳は、まっすぐクーゴを映し出している。その言葉に込められた意味は、エトワールから夜鷹へ/女性からクーゴへ向けられた想い。
彼女は言っている。歌い手仲間で友人である夜鷹として、ユニオン軍に所属するフラッグファイターであるクーゴ・ハガネとして、エトワールおよび女性の前に立っていて欲しい、と。
それが女性の願い。そうして、彼女自身も“そう”あること――それがエトワールの決意なのだ。クーゴも、彼女の決意に応える。
約束する、と宣言すれば、エトワールは嬉しそうに微笑んだ。花が満開になったような笑みに、心が温かくなった。
自分たちは決着をつけた。その事実を噛みしめた途端、クーゴの胃が大音量で悲鳴を上げた。エトワールがゆるりと目を細める。
バツが悪くなり、クーゴは懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。丁度お昼だ、腹が減るのは当然だと言えよう。
「……何か食べようか」
「そうですね。ここのお勧めはオムライスですよ」
露骨な話題逸らしであるにも関わらず、エトワールは笑顔で乗ってくれた。彼女は嬉しそうに頷いてメニューを確認する。クーゴもそれに続いて自分の食べ物を選んだ。
店員に注文する。お冷のお代わりを継ぎ足して、青い髪の女店員はカウンターへと去っていった。心なしか、彼女も嬉しそうにしていたように見えたのは何故だろう。
「……なあ。キミは、既に知ってるとは思うんだが」
料理が来るまでの間、手持無沙汰だ。
クーゴはエトワールに対して、囁くように言葉を紡ぐ。
「クーゴ。クーゴ・ハガネっていうんだ、俺の名前」
エトワールが目を瞬かせる。
「どうしたんですか? 急に」
「キミに、覚えていて欲しいと思ったんだ」
クーゴの言葉を聞いたエトワールは、空色の瞳を大きく見開く。そして、嬉しそうに微笑んでくれた。
彼女は何度もクーゴの名前を復唱する。とても嬉しそうなので、手帳を引っ張り出し、紙に名前を書いて手渡す。
昔、グラハムに名前を教えたとき、漢字でクーゴの名前を書いて意味を説明したら目を輝かせていたことを思い出したからだろう。
「刃は英語の『Blade』。金は英語で『Gold』だけど、金属としての意味合いが強いから『Metal』。同音漢字としては
「『Metal Blade』に『Steel』……日本刀みたいなファミリーネームですね。格好いいなぁ」
「よく言われるよ。それで、空は英語の『Sky』。護は英語で『Protection』や『Guard』だけど、俺の名前の由来的な意味では『Guardian』が近いかな」
「『Sky Guadian』――“空の
「……ありがとう」
エトワールはきらきら目を輝かせ、愛おしいものを見るようにメモを抱える。彼女の頬が薔薇色に染まっていた。
そんな彼女の反応を真正面から見ていると、妙にムズムズするのだ。なんだかちょっと照れ臭い。
丁度いいタイミングで料理が運ばれてきた。出来立てのためか、湯気が漂う。
2人で料理を食べ進めていたときだった。
不意に、エトワールが口を開く。
「……イデアです。イデア・クピディターズ」
ぽつり、と。エトワール――イデア・クピディターズは、囁くようにそう言った。
「Ideaはラテン語で『理想』、Cupiditasはラテン語で『憧れ』という意味があるんですよ」
「“理想への憧れ”――それが、キミの名前か」
「ええ。貴方に呼んでほしい……いいえ、覚えていて欲しい名前です」
意味深なイデアの言葉に、名乗った名前が本名でないことを悟る。しかし、それでも充分だとクーゴは思った。
名前を名乗ろうとせず、ハンドルネームで呼び合っていたことから比べると、相当大躍進した方だろう。
イデアが自らの名を名乗ったことこそ、クーゴを信じている証なのだ。それが――酷く嬉しい。
「綺麗な名前だな。意味も響きも、キミによく似合ってる」
「そ、そうですか? ……えへへ、なんだかちょっと照れ臭いですね……」
素直な感想を述べながら頷くと、イデアは照れ臭そうに苦笑する。見ていると非常に浮ついた気持になってしまうので、クーゴは逃げるようにしてジンジャーエールを煽った。
カウンター席の方が騒がしい。茶髪の少女店員が、店の裏側から飛び出してきた。服装は乱れていて、焦っていたことは目に見えて明らかである。少女は他の店員たちや常連たちに対して、しきりに何かを尋ねた後、安心したように微笑んだ。そこへ黒髪の青年が来店し、面々の様子を見回しては首を傾げる。何を言っているかはわからないが、とても楽しそうだった。
今頃、グラハムはどうなっているだろうか。
彼なら大丈夫だとは思うのだが、だからこそ、気になった。
◆
<――くーちゃんは、格好良くて素敵な大人になったね>
<――変わったところは沢山あるけど、優しいところは変わってないね>
<――難しいことだとは、分かってるんだけどさ>
<――ずっとずっと、そのままでいてね>
<――大好きよ、くーちゃん>
◇◇◆
対話の道は閉ざされている。あと少しで手が届くのに、巨大な壁に阻まれた。
道はない。道がない。希望が絶たれる。女性たちは、あまりにも分厚い壁に直面していた。
その絶望を引き裂くように、鮮烈な
「未来への水先案内人は、この私が引き受けた!」
その言葉と共に、好敵手は飛び出していく。その先には、巨大な壁。
『道理を無茶で押し通す』を地で行く好敵手だが、どう見ても無茶で押し通せる壁ではない。
「何を躊躇している!? 生きる為に戦えと言ったのは、キミの筈だ!」
それは、遠い日に、女性が好敵手に贈った言葉だった。
「行け! 生きて未来を切り開け!!」
巨大な障害に阻まれる。それでも好敵手は飛んでいく。鮮烈なまでもの
機体の動力部から溢れる赤い粒子も、より一層輝きを増した。まるで、好敵手の想いに共鳴するかのように。
障害を突き破ろうとすればする程、好敵手は己の命を削っていく。彼の纏う気迫が、何人たりとも彼を止めることを赦さない。
「これは、死ではない! 人類が、生き残るための――!!」
吐血しても、体を蝕まれようとも、命が削られていこうとも、男は止まらなかった。止まるような性格ではないと、女性は長い付き合いで理解していた。
怖いくらい真っ直ぐで、何事に対しても真摯であろうとした人。愚直すぎるがゆえに、変な方向に走り出すこともしばしばある、難儀な性格をした人。
――女性を愛してやまなかった人。
「“革新者”」
不意に、好敵手が女性の名前を呼んだ。
女性は、目の前に男がいることに酷く驚いていた。周囲の光景が、激戦区から平原に変わっていたのだから当然と言えよう。どこまでも青い空と、広い平原が広がる。
そこが好敵手の心の世界だと女性が気づく。男は幸せそうに微笑んで、女性を手招きした。恥ずかしさに文句を言いつつ、彼女は男の腕に収まる。男は満足そうに頷いた。
女性はふと、視界の端で起きた異変に気づく。
男の利き手が、ぼろぼろと崩れ落ちていくではないか。
利き手だけではない。左半身が、そうしてこの世界そのものが、何かに侵食されるように消えていく!!
男は残念そうに苦笑した。
「私は、この結末に後悔していない。むしろ、誇りに思う。やっと私は、キミの好敵手に相応しい存在になれただろうから」
ああでも、と男は付け加える。
「……しかし、残念だな。ようやくキミと並べる存在に至れたと思ったのに、キミと、キミのガンダムと決着をつけることが叶わないとは」
“この男は、いったい何を言っているのだ”――女性は心の中で戦慄いた。理解したら最後、彼はここから永遠に
だから、彼女のすべてがそれを拒むのだ。女性の表情を見た男は、ますます困ったような顔をする。
「悲しむ必要はないよ。私は未来の水先案内人。キミの行く末を、ずっと見守っているから」
彼の言葉に、嘘偽りはない。だが、彼はもう、自分の傍には居ないのだ。
「思うんだ。あの日、キミと3度も出逢った意味を。あの日、キミという存在によって生かされた意味を」
男は噛みしめるように目を閉じる。自分の中にある美しいものを抱え込むような笑みに、女性は胸が苦しくなった。
1回目は何も知らない者同士として、2回目はガンダムとフラッグのパイロットとして、3回目は明日のために戦い続ける者同士として、自分たちは顔を合わせてきた。
あるときは戦場で、あるときは街中で、出会っては別れてを繰り返してきた。そのすべてが、互いにとってかけがえのない時間だったのだ。
「――ああ、そうだな。私はこのために生きてきた。このために生まれてきたんだ」
そんなこと、望んでいない。そんなことのために、生きろと言ったわけじゃない。
女性は大声で叫びたかった。でも、多分、男はそれすら《識っていて》、女性への言葉を贈っている。
おそらくは、最期の会話になるであろう言葉を、命が燃え尽きていく中で、必死になって探している。
「満足して生きた。まあ、心残りがないわけではないが」
男はそう言って、指を折りながら諳んじた。
大切な約束の数々を、来るはずだった――もう来ない明日の日常を。
「もっと空を飛びたかった。仲間たちと一緒に笑っていたかった。副官が作ってくれるであろう、帰還パーティの鍋が食べたかった。カレー味でもいいから食べたかった。最期は青い空で迎えたかった。……酷いな、未練ばかりだ。女々しくて笑ってしまうよ」
男は呆れたように苦笑した後、真摯な眼差しで女性を見返す。
「しかし、特に心残りなのは2つある。1つめは先程言った、“キミと、キミのガンダムとの決着がつけられない”こと」
翠緑の眼差しは、沈痛そうに揺れていた。
「――もう1つは、“結局最期まで、キミを幸せにしてやれなかった”ことだ」
失ってしまった利き腕の代わりに、残った手で、男は女性の頬を撫でる。慈しみを込めた手つきに、思わず女性は首を振った。
男が悔いる理由なんてない。それ以前に、最期だなんて言われる筋合いもない。おまけに、女性はまだ、男を幸せにしていないのだ。
壊すことしかできない自分が、誰かに与えたいと思ったもの。それをまだ、彼に手渡していない。手渡せていない。
「逝くな」
自分でも驚くほど、情けない声だった。
「まだ何も伝えていないんだ」
今にも泣き出してしまいそうな声だった。
「……俺はまだ、あんたを幸せにしていない……!」
女性の言葉に、男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。目を真ん丸にして、何度も瞬きを繰り返す。ややあって、男は幸せそうにはにかんだ。
「やはり、私は永遠に、キミに敵わないんだな」
男の体が、闇に飲まれる。美しい青空と平原が、真っ黒に塗りつぶされる。
彼の気配が遠のいた。慌てて女性は手を伸ばす。だが、何も掴めなかった。
「最期まで、ありがとう」
男は笑う。いつか見た儚げな笑みではなく、普段通りの快活な笑みを浮かべて。
「キミに出会えて、本当に良かった」
男は笑う。女性に出会えたことが自分の幸福だった、と言わんばかりに目を細めて。
「――愛している、“革新者”」
世界が暗転する。次の瞬間、分厚い壁が吹き飛んだ。対話への道が拓かれたのだ。
好敵手の死を悼む時間はない。彼が最期に切り拓いた道が閉ざされる前に、行かなくては。
操縦桿を動かし、突き進む。男が最期に残した言葉を胸に、ただまっすぐに突き進んだ。
そうして、対話の
宇宙に花が咲き誇り、人類の未来は定まった。
けれどもそこに、彼はいない。――彼が、いない。
「……あんた、馬鹿だろ」
―― そうだな。ことに、キミとガンダムのことに関しては ――
その言葉に帰ってくるはずの返事は、2度となかった。
◆
(今の、ヴィジョンは――)
《視えた》光景に目を見開けば、女性がいたたまれなさそうに目を逸らす。赤い瞳に揺れるのは、絶望。
歪んだ瞳から零れ落ちた涙が何を意味するのか、グラハムは本能的に気づいてしまった。
女性は俯いたまま、何も言わない。口を真一文字に結んだまま、胸に渦巻く想いを口に出そうとはしなかった。
「キミは……知っているのか?」
グラハムの問いに、女性は肩を震わせた。普段は冷静沈着、年齢以上に大人びていて、凛々しい横顔を見せる“彼女”からは全然連想できない。年半ばも行かぬ少女のような脆さがあった。自分が愛した少女と酷似している。
時空も年代も所属も違う連合集団。グラハムと“彼女”が所属する部隊のことを考えると、
友人に「こんなにも
“彼女”の様子を見て、グラハムは確信した。自分はいつか、少し先の未来で、愛してやまない少女にそんな顔をさせるのだ、と。
グラハムは、ゆっくりと“彼女”の頬へと手を伸ばした。涙をすくい取る度に、“彼女”は悲しそうに目を伏せる。傷つきボロボロになった心に触れたような気がした。
「止めてくれ」
“彼女”は慌てた様子で――けれどもやんわりとした手つきで、グラハムの手を押しのけた。
「俺はあんたに、そうされる資格はない」
悲痛に満ちた赤い瞳は、“彼女”が過去に起こした/少女が未来で起こすであろう出来事を思い出しているかのようだった。“彼女”は瞼と口を閉ざす。閉じた貝のような頑丈さに、語らないことを選んだ“彼女”の強さを感じ取る。
そこに“彼女”と少女の共通点を見つけて、グラハムは苦笑した。感慨深さと、諦めにも似た境地と、湧き上がってくる愛おしさからだった。その強さも、脆さも、優しさも、頑固さも――“彼女”/少女にまつわるすべてを愛したことを、改めて思い出す。
振り払われても尚、グラハムは“彼女”へ手を伸ばした。自分に対する優先順位が低いところは、大人になっても変わらなかったらしい。“彼女”が世界を想ったように、グラハムが“彼女”を想っていることを気づいてほしかった。未来の“自分”は、その努力を怠ったのだろうか。
そんなことを考えていたら、“彼女”はふるふる首を振った。そうじゃない、と、はっきり否定する。
お前のせいではないんだ、と、“彼女”は言いきった。お前は悪くない、と、語り掛けるような調子で主張する。
「あんたは最後まで、俺を助けてくれた。人類のために、対話のために、“未来への水先案内人”になってくれた。……愛していると、言ってくれた」
だからグラハムは悪くないのだ、と“彼女”は言う。大人になっても尚、“彼女”は優しい。
自分の思いの丈をぶつけることより、グラハムを傷つけないことを優先しているようだった。
もう少し、グラハムに八つ当たりしてくれてもいいのに。そういう意味での信頼は低いようだ。
友人から『ある一定条件を満たすと落ち着きを投げ捨ててしまうため、子どもっぽく見られる』とよく言われる。『だから、その要素が深く関わるような一件では“頼っちゃいけない大人の代表格”に堂々殿堂入りしてしまう』のだと。
頼れない相手だと思われるのは心外である。遠慮されてしまうのも悲しいし、“彼女”に対して何もしてやれないという無力感に苛まれる。けれどもタチが悪いことに、“彼女”が他ならぬグラハムのために心を砕いているという光景に、暗い喜びを覚えてしまうのだ。己は変な趣味を持ってしまったらしい。
システムで再現された仮面の男・“武士道”が少女と対峙して早々『貴様は歪んでいる』と切って捨てられた光景を思い出した。少女の言葉通りである。それを見ていた“彼女”もまた、遠い目をしながら敵MSを倒していた。『グラハムもいつかはああなるのか』とでも言いたげな眼差しであった。正直、ちょっと悩んでいる。
その話題は棚に上げつつ、グラハムは女性を抱き寄せた。かすかな抵抗を感じたが、そのすべてを封じ込めるように力を込める。“彼女”がひゅっと息をのむ音が聞こえた。
驚くことなど何もない。“彼女”がグラハムを気遣い慮ってくれているのと同じように、グラハムも“彼女”に寄り添いたいと考えている。これはひとえに、『愛』なのだ。
「ふふ」
不謹慎だとは百も承知。しかし、どうしても笑みを堪えることができなかった。
“彼女”が咎めるような眼差しでグラハムを見上げる。失礼、とグラハムは苦笑した。
相手を不快にさせるつもりは微塵もなかった。ただ純粋に、幸せだと思ったから笑っただけである。
「……幸せだと、思ったんだ」
嬉しくて仕方ないはずなのに、グラハムの声は情けないくらい震えていた。27歳とは思えない程、頼りない響きである。
「私は後悔していない。おそらく、キミの知る『グラハム』も、後悔なんてしていなかったと思う」
それでも。
それでも、“彼女”に伝えたいことがあった。
「キミと出逢ったことにも、キミを好きになったことも、キミと戦うことになった運命も、宿命も、すべてを受け入れる。前にも言っただろう? 『キミと私は、運命の赤い糸で繋がっている』と」
「覚えている。あんたの言うことは一々派手だったからな。忘れるはずがない」
「光栄の極みだと言わせてもらおう!」
グラハムは努めて明るい声を出しながら、“彼女”を抱きしめる手に力を込める。
「どれだけのガンダムが現れようと、私の心を射止めたのはキミ……。美しき光と共に、我が眼前に降り立ったキミだ」
グラハムは“彼女”に告げた。
「誰が何を言おうとも、キミは確かに私の“運命の相手”だよ。……過去も、今も、そしてきっと――
どこまでも真摯な眼差しで/痛々しいほどの笑顔で/歯に浮くような台詞で/一切の冗談などない響きで、グラハムは“彼女”への愛を紡ぐ。
女性はそれを否定しなかった。照れ隠しの暴力も飛んでこない。ただ、グラハムの言葉に応えるように、“彼女”は背中に手を回し、顔を埋めてくれた。
ようやく観念してくれたらしい。“彼女”は声を殺しながら泣いていた。それでいい、とグラハムは笑う。自分もまた、涙で視界が滲んでいることは言えそうになかった。
この祈りが、届けばいいのに。“彼女”をあやすように背中を撫でながら、グラハムは息を吐く。
“彼女”はこんなにも世界を想っているというのに。
世界はどうしても、“彼女”に優しくしてはくれなかった。
◆◆◇
「この世界に、神なんていない」
少女はそう言って、ワンピースの裾を握り締めた。少女の華奢な体からは、拒絶と抑圧の感情が漂っている。
かすかに体を戦慄かせ、少女はぽつぽつと言葉を続ける。体の奥底から絞り出すような声だった。
「俺は、知っていたんだ。最初から。……こうなることも、わかっていた」
赤い瞳に揺れるのは、絶望。
歪んだ瞳から零れ落ちた涙が何を意味するのか、グラハムは本能的に気づいてしまった。
少女の頬へと手を伸ばす。涙をすくい取る度に、少女は悲しそうに目を伏せる。
傷つきボロボロになった心に触れたような気がして、情けないことに言葉が詰まってしまう。
こんなとき、何と言えばいいのだろう。何と言葉をかければ、少女の痛みを楽にしてやれるだろうか。大人のくせに、何も浮かんでこなかった。
グラハムにできることは、ただ、彼女の愛称で呼びかけることだけ。この少女の名前を知っていたら、少しは違ったかもしれない。
「少女」
「止めてくれ」
少女は慌てた様子で――けれどもやんわりとした手つきで、グラハムの手を押しのけた。
「俺は、あんたにそうされる資格はない」
自身に罰を科すように、少女はきつく目を閉じる。ただひたすら己の咎を責め続ける少女の姿は、あまりにも痛々しかった。自分に対する優先順位が低い傾向があるとは思っていたけれど、それがこの少女のあり方に強く関係しているように思えた。
グラハムは彼女を運命の相手だと信じて疑わないし、彼女のことを心から愛している。だけれども、グラハムは、この少女のことを殆ど知らなかった。名前も、過去も、生い立ちも、知らないことが多すぎる。罰が下されるのを待つかのような少女の佇まいに、胸が苦しくなった。
少女は相変わらず、悲鳴を上げる心を抑え込めて、ただ静かに泣いている。自分の思いの丈をぶつけることよりも、グラハムを傷つけないことを優先しているかのようだった。もう少し、グラハムに八つ当たりしてくれてもいいのに。それくらいの甲斐性は持っているつもりなのだが――そこまで考えて、グラハムは否定する。
現に、今だって。
グラハムはすべてを知っている。にも関わらず、心が「理解してはいけない、したくない」と駄々をこねていた。
いつぞや固めた決意の安っぽさに――あるいは己の女々しさに反吐が出る。目の前の少女は、その痛みと向き合おうとしているのに。
もはや手遅れだ、と、赤銅の瞳が嘆いていた。
破滅なんて見えていたのに、と、赤銅の瞳が叫んでいた。
こんなにも愛してしまった、と、赤銅の瞳が悲鳴を上げていた。
嘘偽りない心が見える。ボロボロになりながらも尚、手放したくないと願い続けて、ひっそりと抱ええこんでいた想いが。己を破滅に導くと知っても尚、失いたくないと祈り続けていた想いが。
(キミは……)
信じる
それは、少女に対して惜しみなく好意を手渡す男の心だった。愛していると、好きだと、真正面からぶつかってきた男の心だった。
幸せになる資格がないと悩みながらも、それでも、自分に惜しみなく愛を手渡す相手を幸せにしたいと願った少女の心に触れる。
どうしようもなく、泣きたくなった。
「やはり俺には、赦されるはずがなかったんだ。ありきたりの幸せなんて」
ひどく震えた声だった。
けれど、その言葉は確かに、グラハムの耳/心を強く打つ。
「結局この手は、何かを壊すことしかできない。……あんたを幸せにすることなんて、できるはずがなかった」
少女は口を真一文字に結ぶ。それ以上、胸に渦巻く想いを口に出そうとはしなかった。
(強いな、キミは)
痛々しいくらいの強さが眩くて、哀しくて、グラハムは目を伏せる。自分はどこかで、今の彼女と同じ強さを持っていた
感慨深さと、諦めにも似た境地と、湧き上がってくる愛おしさで心が満ちる。その強さも、脆さも、優しさも、頑固さも――少女にまつわるすべてを愛したことを、思い出す。
この少女は、決して
グラハムは少女を抱き寄せた。かすかな抵抗を感じたが、そのすべてを封じ込めるように力を込める。少女がひゅっと息をのむ音が聞こえた。
「ふふ」
不謹慎だとは百も承知。しかし、どうしても笑みを堪えることができなかった。
少女が咎めるような眼差しでグラハムを見上げる。失礼、とグラハムは苦笑した。
「……幸せだと、思ったんだ。キミに、こんなにも想ってもらえているとは」
嬉しくて仕方ないはずなのに、グラハムの声は情けないくらい震えていた。27歳とは思えない程、頼りない響きである。
「私は後悔していないよ。キミと出逢ったことにも、キミを好きになったことも、キミと戦うであろう運命も、すべてを受け入れる」
先程、いたいけな少女が、真実の痛みと苦しみに真正面から対峙していたのと同じように。
躊躇い続けていた覚悟はようやく、本当の意味で固まった。そうなってしまえば清々しいものである。
グラハムは少女の頭を撫でながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「前にも言っただろう? 『キミと私は、運命の赤い糸で繋がっている』と」
「覚えている。あんたの言うことは一々派手だったからな。忘れるはずがない」
「光栄の極みだと言わせてもらおう!」
グラハムは努めて明るい声を出しながら、少女を抱きしめる手に力を込める。
「誰が何を言おうとも、キミは確かに私の“運命の相手”だよ。……過去も、今も、そしてきっと――
どこまでも真摯な眼差しで/痛々しいほどの笑顔で/歯に浮くような台詞で/一切の冗談などない響きで、グラハムは彼女への愛を紡ぐ。
少女はそれを否定しなかった。照れ隠しの暴力も飛んでこない。ただ、グラハムの言葉に応えるように、少女は背中に手を回し、顔を埋めてくれた。
ようやく観念してくれたらしい。少女は声を殺しながら泣いていた。それでいい、とグラハムは笑う。自分もまた、涙で視界が滲んでいることは言えそうになかった。
この祈りが、届けばいいのに。
少女をあやすように背中を撫でながら、グラハムは息を吐く。
キミが好きだ、と。
告げた声は、情けない程震えてしまっていた。
*
空の色が目に染みる。
遠くから、人々の笑い声が響いた。公園の向かい側にある大きな広場で、大規模な催し物が行われている。
普段は人で賑わう公園だが、広場の方へ人が流れてしまったためか、あまり人を見かけなかった。
「落ち着いたか?」
「ああ。すまない」
グラハムは少女にハンカチを差し出す。少女はそれを受け取り、そっと目に当てた。泣き腫らしたせいか、目元がほんのり赤くなっている。先程の痛々しい表情と比べれば、幾分か柔らかくなったように思う。
いつか、この少女が穏やかに笑える日が来ればいい。願わくば、その笑みを浮かべる相手の中に、グラハムがいてくれたら嬉しいのだが。高望みはしないと決めていたのに、人間とは変わる生き物のようだ。
昔のグラハムだったら、そんな自分を弱いと非難しただろう。自分の弱さを振り払い、忘れようとした結果が今までの無茶だったのかもしれない。そう考えると、友人や他の面々にはかなり苦労を掛けたと言えよう。
しかし、おそらく、その無茶は今後も続くことは確定事項だ。
運命を受け入れた上で、それと対峙することを選んだのだから。
グラハムと少女は、近くのベンチに腰掛けた。穏やかな時間が過ぎていく。ふと時計を見れば、ランチタイムに突入しかけていた。
「そろそろランチの時間だな。今日は私が奢ろう。どうする?」
何を食べるのかを少女に尋ねる。
少女は赤い瞳を瞬かせた後、広場の出店に視線を向けた。
ホットドックやクレープ、カルメ焼きやじゃがいもにバターを載せたもの、スティック状になったワッフルやたこ焼き、タピオカジュースやチョコバナナ、ベビーカステラや肉巻きおにぎりなど、沢山の種類が並んでいた。催し物の熱気も相まって、どれも美味しそうに見えてくる。
『お祭りの屋台の料理が美味しいのは、祭りの空気の中で食べるからだ』――クーゴが強い口調で言っていたことを思い出す。事実、数年前に日本の夏祭りに参加して食べた屋台の料理は本当に美味しかった。少女の赤い瞳は、物珍しそうに出店を見つめていた。
レストランで食べようかと思っていたが、たまにはこういう趣向も悪くない。グラハムは頷き、少女をエスコートするため手を差し伸べた。少女は躊躇うように身を縮ませたが、グラハムの様子を見て、安堵したように表情を緩める。おずおずと手を取ってくれた。
グラハムが少女の手を引いて、一歩踏み出そうとしたときだった。
「刹那・F・セイエイ」
囁くような声色で、少女ははっきりとそう言った。
「刹那……それが、キミの名前なのか?」
「ああ」
グラハムの問いかけに少女――刹那・F・セイエイは頷く。おそらく、その名前も偽名なのだろう。グラハムは直感していた。
しかし、先程のことを鑑みるに、その名を告げることでさえ勇気が要ったはずだ。グラハムはふっと表情を緩め、微笑む。
刹那、と、少女の名を呼んだ。刹那も表情を緩める。「どんな綴りと字なのか、教えてほしい」と頼んで手帳とペンを差し出せば、刹那はさらさらと字を書く。
「『永遠よりも長い時間の中で切り取られた、一瞬よりも短い時間』」
「え」
「そういう意味、なのだそうだ。俺の名前は」
『刹那・F・セイエイ』と書かれた紙を差し出して、刹那は言った。そうか、と、グラハムも相槌を打つ。それきり会話は途切れてしまったけれど、その沈黙もまた心地よかった。
グラハムは刹那と一緒に、広場へ向かって歩き出した。近づけば近づく程、催し物の熱気が伝わってくる。祭り囃子を思わせるようなメロディが聞こえてきた。
そのときだった。刹那がびくりと肩をすくませる。彼女の視線を辿れば、茶髪の少年と金髪の少女がこちらにやって来たところだった。どうやら、刹那の知り合いらしい。
「――あれ? 刹那?」
「こんなところで会うなんて奇遇ね!」
「沙慈・クロスロードにルイス・ハレヴィか」
2人組は、少年の方が沙慈・クロスロードで、少女の方がルイス・ハレヴィという名前だった。刹那とは、所謂お隣さん同士および顔見知りだという。
「この前のムハラビーヤとバスブーサが美味しかった」だの、「お礼に、今度はスペインのお菓子をふるまう」だの、近所づきあいは良好らしい。
照れたように俯く刹那の横顔は、年相応の少女らしさが伺える。知らず知らずのうちに、グラハムは頬を緩ませていた。
しばし談笑した後、沙慈とルイスはグラハムの存在に気づいたらしい。特にルイスは勘ぐったらしく、「ははーん」と値踏みするような笑みを浮かべた。
そんなガールフレンドの変化に気づいていないのか、沙慈は能天気に刹那へ問いかける。「あの人は誰?」という質問に、刹那は更に顔を赤らめて視線を泳がせ始めた。
質問に答えない刹那に業を煮やしたのか、沙慈はグラハムの方に向き直った。「失礼ですが」と謙虚に前置きをしてから、グラハムに問いかけてきた。
「どちらさまですか? 刹那のお知り合いみたいですが……」
彼の問いかけを聞いたグラハムは、待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。
「私はグラハム・エーカー。彼女を愛してやまない男だ!」
次の瞬間、グラハムの腹に重たい一撃がクリーンヒットした。思わず呻いて身を屈める。何事かと思って見上げれば、顔を真っ赤にした刹那が拳を突き出していた。
照れ隠しの行動だろう。やっと彼女も本調子になったということか。毛を逆立てた猫みたいだ。そんな顔すら愛おしいと思う時点で、もう重傷であることは明らかだった。
沙慈が慌てて刹那を羽交い絞めにし、ルイスが目を輝かせて刹那に問いかける。刹那は羽交い絞めにされながらも、じたばた暴れていた。彼女はルイスの質問はすべて切り捨て、沙慈の拘束を振り切って、グラハムを黙らせようとする。やっぱり愛おしかったので、グラハムは頬を緩めたのだった。
◇◇◇
刹那・F・セイエイが女であること。
ソレスタルビーイングに、5人目のガンダムマイスターがいること。
5人目のマイスターの名前はイデア・クピディターズであること。
5機目ガンダムの機体名はハホヤーであること。
ソレスタルビーイングの仲が比較的和やかであること。
刹那・F・セイエイとグラハム・エーカーが事実上の恋人関係であること。
刹那・F・セイエイのご近所関係が比較的良好であること。
絹江・クロスロードにセキ・レイ・シロエやジョナ・マツカという調査仲間がいること。
沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィが結婚を前提とした恋人関係であること。
悪の組織という名前の技術提供会社が存在していること。
ソレスタルビーイングと対を成す組織、スターダスト・トラベラーが存在していること。
テオ・マイヤーという名の売れっ子歌手が存在していること。
アレハンドロ・コーナーの部下の人数が、1人多いこと。
チーム・トリニティに教官がいること。
リボンズ・アルマークとイノベイドたちの仲が良好であること。
青年はノブレス・アムという名前であること。
グラハム・エーカーに、年上の友人であり副官がいること。
そのフラッグファイターの名前は、クーゴ・ハガネであること。
「私の知っているものと、違う」
女は、ぽつりと呟いた。
鋭い眼差しの先には、刹那に愛を叫ぶグラハムと、彼を黙らせようと奮闘する刹那の姿があった。沙慈が刹那を止めようとし、ルイスが茶化している。
女は忌まわしいものを見るような目つきでその景色を睨む。舌打ちし、視線を逸らした。鞄から端末を取り出し、カーソルを合わせる。数コール後、相手が出た。
「こんにちわ、
『ええ。そちらは?』
「最悪よ。最悪の極みだわ。だって――」
女は毒づきながら、電話の相手と世間話に興じたのであった。
クーゴ・ハガネの災難は続く。
【参考及び参照】
『Wikipedia』より『喧嘩煙管』
『Togetter』より『外国人男性が着物を粋に着こなしていてカッコいい「シャツとネクタイを合わせるとは」「大正モダンっぽくていい」』
『お祭りの屋台|種類・人気メニュー・珍しい…屋台マニアが厳選』より、『ホットドック』、『クレープ』、『カルメ焼き』、『じゃがバター』、『スティックワッフル』、『たこ焼き』、『タピオカジュース』、『チョコバナナ』、『ベビーカステラ』、『肉巻きおにぎり』
『COOKPAD』より、『ムハラビーヤ☆アラビアのぷるるんおやつ☆/(サイーダさま)』、『エジプトのお菓子*バスブーサ*/(maryam@LONDONさま)』
『スーパーロボット大戦Wiki』より、『刹那・F・セイエイ』