問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
「災難だったな、2人とも」
「はい。テロに居合わせただけで、ケガをしなかったのが不幸中の幸いでしたけど」
沙慈・クロスロードは、自分を労ってくれた先輩――悠凪・グライフを見上げ、苦笑した。カウンター席に座った彼は、ダイニング席に座る沙慈とルイス・ハレヴィの方に体を向けている。机の上には教科書や参考書、書きかけと思しきレポートが整然と並べられていた。
喫茶店の内装は木の温もりを前面に活かしたものとなっている。コンクリートジャングルの東京では、文字通り憩いになりうる場所だった。学校帰りや時間潰し、待ち合わせ等でよく利用している。今日はいつもの仲間がここに集まっていた。
「テロに居合わせてから、両親が帰って来いって騒いでるのよ。大げさよね」
ルイスはうっとおしそうにため息をつく。そこには、心配してくれる親への感謝と、自分を信じてほしいという二律背反で揺れていた。
沙慈には両親がいない。母は幼いころに亡くなり、父もまた、取材活動の最中に事故死した。それ以来、姉と2人だけで生きてきた。
自分の両親がもし生きていて、自分がもし外国でテロに巻き込まれたら――きっと、ルイスの両親のように心配したに違いない。
先日起こった無差別報復テロ。沙慈とルイスは、偶然にもその場に居合わせてしまった。自分の目の前で爆弾が爆発した瞬間を、沢山の人が苦しむ様子を目の当たりにし、ようやく世界の在り方について考えるようになったばかりである。
ソレスタルビーイングが活動をしていても、彼らの活動に対して世界がどう反応していても、沙慈にとっては他人ごとにしか過ぎなかった。日本では、テロなんて滅多に発生しない。自身が危機に直面して初めて、沙慈は世界を意識した。
オレンジジュースのストローを弄びながら、ルイスは言葉を続ける。
「それに、『婿殿とそのご家族に何かあったらハレヴィ家の名折れだから、彼らもスペインに来てもらう』って、転入先の学校と転職先の報道機関まで見繕ってたのよ」
「沙慈くん凄い! 逆玉の輿だねっ!」
そう言って身を乗り出してきたのは、悠凪と同じ学年で沙慈の先輩、八重垣ひまりであった。
明るく元気なお転婆さんであるが、英才教育を受けるエリートの1人だ。成績は常にトップレベルで、悠凪と順位争いをしているほどだという。
普段ひまりは、休日や授業が早く終わった日はこの店でアルバイトをしているが、今日は勉強会に参加するため非番となっていた。
彼女の言葉を聞いたAL-3――愛称アリスは、飲み物を配膳しながら表情を曇らせた。
「でも、沙慈さんたちがいなくなるのは寂しいです」
アリスはそう呟いて、悲しそうに目を伏せた。
ロボットだと言われても信じられないくらい、感情に満ちている。
彼女の髪や瞳の色である、澄み渡った空色とは対照的な表情だった。
それを聞いた悠凪やひまりも、何とも言い難そうに視線を彷徨わせる。沙慈も俯いた。
宇宙技師になることを夢見て勉学に励んできた。自分で、今通っている学校を志望して、奨学金制度を受けられるように努力して、やっと入学できたのだ。そこで沙慈は、クラール・グライフ教授やその孫悠凪、彼の養子である南雲一鷹、彼が開発したアリスやHL-0――愛称ハルノ、先輩のひまりらと出会った。
そこへ、留学生としてやって来たルイスが加わった。彼や彼女たちと過ごす日常が、沙慈にとって大切なものだった。彼らと一緒にやりたいことがあるし、彼らから教えてもらいたいことが沢山あるのだ。ルイスの両親の好意に甘えてスペインに行ってしまったら、彼らと別れることになる。
「……そうだね。僕も、この国で、ここに住むみんなと一緒に、まだまだ沢山、やりたいことがあるんだ」
「沙慈……」
絞り出すように、一言一言噛みしめながら、沙慈は言葉を紡いだ。うまく言葉にできないけれど、“沙慈のやりたいことや学びたいことは、スペインの学校ではできない”、“みんながいるこの場所だからこそ意味がある”と直感的に感じ取っている。
沙慈の言葉を聞いたルイスが不安そうにこちらを見た。海を思わせるような青い宝玉は、沙慈の想いを感じ取っているかのようだった。ルイスはオレンジジュースのストローを弄繰り回しながら何か考え込んでいたが、キッと顔を上げた。
決意を宿したサファイアの双瞼。時折見せる横顔は、凛とした強さと美しさに満ち溢れている。恋に落ちるとはこういうことだ。彼女と付き合うようになってから、今までずっと、何度もルイスに恋をしている。
「私も、ここで勉強したい。ここで、沙慈やみんなと一緒に、色んなことをしたい」
どこまでも真剣な眼差し。迷いのない瞳に、沙慈の頭の中で、また恋に落ちる音がした。
「ここじゃなきゃできないの」と、ルイスは強い口調で言った。どこまでも真っ直ぐな眼差し。それを見た仲間たちが、嬉しそうに笑い返していた。
沙慈は緩やかに微笑みながら、ルイスの名前を呼ぶ。ルイスも沙慈を見返して、明るい微笑を浮かべた。彼女の笑顔を見ていると、なんだってできそうな気がする。
「おお。みんな、もう来ていたのか」
自動ドアの方から声がした。そこにいたのは、白衣を着た白髪の老紳士――クラールであった。「じいさん」と悠凪が嬉しそうに表情を綻ばせる。アリスがぱっと表情を輝かせ、ハルノが会釈した。ひまりも、普段より2割増しの眩しい笑顔で接客する。
沙慈とルイスが座るテーブルの隣に腰かけ、クラールは微笑む。この店に集まる面々は、彼のゼミを取っていた。その中でも、クラール個人を慕い、彼の話を聞きたいと思っているメンバーで構成されている。学年は違えど、大事な友人であり仲間たちだ。
今日も、沙慈とルイスたちは、クラールの個人授業を受けるために喫茶店で待ち合わせをしていたのである。悠凪が机の上のレポート類を片付け、クラールの座る席へと移動した。ひまりも勉強用具一式を持って移動する。沙慈とルイスも、鞄から勉強用具を取り出した。
クラールは何かに気づいたように周囲を見渡す。
そういえば、一鷹ともう1人はまだ来ていない。
そのとき、自動ドアが開いた。慌ただしく、一鷹と黒髪の青年――草薙征士郎が息を切らせて駆け込んで来た。
征士郎は沙慈たちの先輩であり、学校のOBであり、技術提供や慈善事業を中心にした貿易民間企業・悪の組織に務める技術者だ。その縁があって、工学部――特に宇宙技師関連職では、悪の組織で技術者として働く人々を呼んで講演会を行っていた。彼の母である草薙博士も、悪の組織に所属している。
「博士、遅れてすみませんでした!」
「遅くなって申し訳ありません。外国人の方を案内していたら、約束の時間を過ぎてしまいました」
「構わんよ。今から始めるところだったからの」
申し訳なさそうに謝る2人を見て、クラールは静かに目を細めた。
どこか懐かしそうに、征士郎の胸元に輝く悪の組織ロゴマークを眺める。宝玉を抱くようにして、金色の片翼が描かれている特徴的なエムブレムだ。
クラールは嘗て、悪の組織技術開発部の顧問だったらしい。現在は上に『名誉』がついているが、精力的に活動を行っているという。
彼が征士郎の縁を通じて学校へ講演に来た際、講演内容が全校生徒と教師陣の心を掴んだことから、客員教授を引き受けてくれていた。
全員が着席したのを確認し、アリスとハルノが注文を取る。相変わらず、ハルノはAIが機能不全を起こしているようで、接客対応が物騒だった。
情緒形成およびAIの機能改善のために喫茶店で働いているものの、なかなかうまくいかない様子だ。クラールはそんなハルノを、優しい眼差しで見守っていた。
「それじゃあ、課外授業を始めよう」
「はい!」
沙慈たちは元気良く返事をし、クラールの話を聞きながらノートを取る。この時間が、沙慈の中で一番充実したものなのだ。
スペインに行ったら、もう、この光景とは無縁になってしまうのだろう。それを想像することなんて、今の沙慈にはできない。
課外授業の最中、沙慈の頭の中には、ルイスの両親からの申し出がぐるぐると渦巻いていた。ルイスも同じ気持ちらしく、どことなく集中できていない。
「2人とも、何か心配事があるのか?」
それに目ざとく気付いた征士郎が声をかけてきた。
ルイスは彼の言葉に食いついて、先日の1件を報告する。
「そうなんですよ! 実は……」
テロ発生に居合わせたこと、幸い怪我はしなかったこと、そのニュースを聞いたルイスの両親が心配していること、ルイスの両親からクロスロード一家に対して『スペインに来ないか』という申し出があること。
自分たちはここで勉強を続けたい。しかし、元々母は留学に反対していたし、両親は沙慈のことを婿殿と認めているため、とても心配している。おそらく強引にでもスペインへ連れ帰ろう/連れて行こうとするだろう――ルイスはそう締めくくった。
スペインの財閥ハレヴィ家のコネクションはそうそうたるものだ。軍、企業、政治家等、様々なところに太いパイプがつながっている。ルイス曰く、「渡航規制が出されているけど、両親がコネクションを使えば強引に来日することも可能」だという。
悠凪やひまりたちが沈痛な面持ちになる。
クラールや征士郎も、目を伏せつつ、自分たちの話を聞いてくれた。
征士郎は納得したようにうんうん頷いたが、顔を上げた。
「このまま諦めるのか?」
「え」
「ハレヴィ家の人々が言うから諦めるのか? ……キミたちの道は、他の誰でもないキミたちのものだ」
征士郎は言葉を続ける。
「道を決めるのはキミたちだ。意志はもう定まっているんだろう? なら、それをハレヴィ家の人々に伝えればいい」
言わなければ何も変わらないし、変えられない。征士郎の瞳はそう告げている。
説得、と、ルイスが噛みしめるように呟いた。京都での出来事を思い出し、沙慈も表情を引き締める。
以前、ルイスの両親と京都で会ったときのことを思い出した。
学校の秋休みを利用して京都旅行をしていた沙慈とルイスは、偶然京都へ来ていたルイスの両親とばったり居合わせていた。ルイスの両親が京都に来ていたのは、日本にある名家の本家筋からルイスへのお見合い話が持ち上がったためだ。その本家が京都にあったので、観光がてら話をするために訪れたのだという。
その後はルイスと共に彼女の両親と戦い、石破ラブラブ天驚拳の打ち合いの後に和解し、一緒に京都旅行を楽しんだ。彼女の両親は『見合い先に断りを入れてくる』と言って別れた。相手の家の名字はとても珍しいもので、同じ苗字は全国に片手で数えるくらいしかないという。ルイスとは10歳以上、年の離れた相手だったらしい。
後でルイスの両親が見合い予定だった相手に連絡を取ったところ、『そんな話は聞いていない。断ってくれて助かった、本当に感謝している』というお電話を頂いたそうだ。母親や双子の姉が行った暴挙だったらしい。本人の意思と無関係に事が進むなんて、酷い話ではないか。それと同じことに、沙慈たちは直面している。
あの日、沙慈たちは『離れたくない』という意志を貫いた。ぶつかり合いの末、ルイスの両親に認めてもらえた。
もう一度同じことをする。ルイスの両親を説得し、日本に残るために。そう考えた途端、不安が湧き上がってきた。
(説得、できるのかな)
京都のときは『ルイスへの見合い話』という単語で吹っ切れてしまったが、今回は自分の娘と未来の婿殿を想っての行動である。その好意は確かに嬉しい。
だからこそ、断りづらいのだ。優柔不断で意志が弱いと言われているのは伊達じゃない。悔しいが、それは事実なのである。沙慈は沈鬱な息を吐いた。
そのとき、誰かに肩を叩かれた。叩いたのはひまりである。いつの間にか、悠凪も席から移動していたようで、沙慈の肩を叩いてきた。一鷹も頷く。
アリスとハルノも、任せろと言わんばかりの勢いで頷き返した。
一鷹が、アリスが、悠凪が、名乗りを上げるように身を乗り出す。
「俺たちも手伝います!」
「私もお手伝いします! 沙慈さんがいなくなるのは嫌ですから」
「大丈夫だ。お前たちの心を素直に伝えれば、きっとわかってもらえる」
そうだ。ここには、心強い仲間たちがいる。だからこそ、ここに残りたい。
彼らの力強い笑みがトリガーとなって、沙慈の決意を固めてくれた。
彼らがいるなら、きっと大丈夫。沙慈はルイスと顔を見合わせ、頷き合った。
**
『元々私たちは、娘の留学には反対だったんだ』
『でも、ルイスが『どうしても日本に行きたい』と言ったから、叶えてあげたいと思ったのよ』
いつぞやの京都旅行で遭遇したルイスの両親から聞いた話を思い出す。
ハレヴィ家はスペインでも有数の資産家で、各分野――特に政治経済――へのコネクションを有していた。そしてルイスは、夫妻にとって“待望の我が子”。溺愛されてきたのは当然と言えよう。
沙慈の両親は既に故人。沙慈より先に社会人として自立した姉に面倒を見てもらうような形で生活している。一般庶民と比べれば慎ましやかな生活だけれど、姉と2人でどうにかやってきた。
ルイスと沙慈の共通点は、ルイスの母親や沙慈の姉である絹江にとって“庇護されるべき未成年”であり、“守ってやらなければいけない未熟な若者”と認識されている点だろうか。
(姉さんにとって僕がいつまでも“弟”であるならば、ルイスのお母さんにとってのルイスも“娘”のままなんだろうな)
良くも悪くも、彼女たちが沙慈やルイスに抱く認識は変わらない。姉が姉である限り、母親が母親である限り――一部の例外を除いて――、ずっとそのまま。
実際、沙慈もルイスも未成年の学生だ。世界の行く末なんて大それたことはおろか、自分の将来のことすらあやふやな子どもだ。ルイスの母親から見れば、随分と頼りなく見えるだろう。
京都のときは石破ラブラブ天驚拳の打ち合い――所謂“愛の力”――で破局の危機を乗り越えた沙慈とルイスだけれど、今回もそれでごり押しすればいいとは思わない。あのときのツケを払うのが、今この瞬間なのだ。漠然とだけれど、沙慈はそう考えている。
気持ちだけでも、力だけでも、きっと届かない。ただの子どもでしかない沙慈とルイスに出来ることなどたかが知れている。
けど、そんな未熟な自分たちに手を貸してくれる人たちがいる。沙慈とルイスの意見を真正面から受け止めて、背中を押してくれる人たちが。
「本当はゼミの講義を見てもらった方がいいんだろうけど、見学は難しいだろうし……やっぱり、課外授業の様子を見て貰うのが一番だと思うんだ」
「講義の内容とか考えた方がいいかな? 専門性の高い分野だったら、ママも納得してくれるかも」
「変に詰め込み過ぎると上手くいかなくなりそうだよね。ここは敢えて、普段通りの姿を見せるよう心掛けるのはどうかな?」
「それもアリかも! “普段からこんな感じで頑張ってる”って分かって貰うってのも大事だし!」
その人たちに応えるために、そうしてルイスの母親に自分たちの考えを分かって貰うために、自分のできることを最大限やらなければ。
ルイスと語り合ううちに、今日も絹江が帰ってくる時間になった。話を一旦切り上げて、姉と共に夕食づくりを行う。
絹江にも、一応、ルイスの両親が勝手に推し進めている話題――“クロスロード一家スペイン拉致RTA計画が進行中”の話題は報告している。その話を聞いた絹江はげんなりした様子でため息をついていた。
沙慈の言葉を半信半疑に聞いているのか、荒唐無稽だと思っているのか、沙慈にはよく分からない。
ただ、眉間の皴を数割増しにし、深夜まで起きてPCのキーボードを叩いている姿を見かけることが増えた。
……多分、絹江は絹江で、ルイスの母親に『自分は大丈夫』だと示すために頑張っているのだろう。
「……頑張らなきゃ、なぁ」
自分の未来すら満足に描けない未熟者だけれど、それでも、自分の未熟さに甘えるわけにはいかない。大人になるということは、きっとこういうことを言うんだろう。
夕食の片づけを終わらせた沙慈は、自分の課題に手を付ける。課題をきちんとこなすことも、今の自分に出来ることの1つだ。
*
――ついに、この日がやって来た。
「ルイス! 沙慈くん! 私と一緒にスペインに帰りましょう! 勿論、貴方のお姉さんである絹江さんも一緒よ!」
「ま、待ってよママ! あたしと沙慈はここで勉強続けたいの!」
沙慈とルイス側の事情――主に準備不足――など知ったことではないと言わんばかりに、ルイスの母親が来襲した。
(確かにルイスは“コネを使えば渡航制限を搔い潜ってごり押しできる”って言ってたけど、こんなに早く来日するなんて……!)
ハレヴィ家の権力をナメていた。自分の見通しの甘さに頭を抱えたくなったが、そんな暇はない。
このまま押し切られてしまったら、きっと、沙慈は後悔を抱えることになる。
だから、沙慈はどうにか踏みとどまりながら、己の意見を告げるために口を開いた。
「お、お義母さん! お気持ちは分かりますけど、まずは、僕たちの話を聞いてくれませんか!?」
◇◇◇
「――そういうわけで、お義姉さんの就職先もしっかり準備していますので、安心してスペインへいらしてくださいね!」
「?????????????????????」
端末の向こう側で微笑む貴婦人は、弟・沙慈の婚約者――ルイス・ハレヴィの母親だ。
脈絡もなければ突拍子もない彼女の言葉に、絹江・クロスロードは宇宙猫になるしかなかった。
言うだけ言って満足したのか、ルイスの母親は通話を切ってしまう。残された絹江は暫しフリーズしていたが、幾ばくかの間を経て全てを理解する。
「“クロスロード一家スペイン拉致RTA”でも始めるつもり……!? 冗談じゃないわ! これだから金持ちは!!」
スペインの資産家・ハレヴィ家が何を考えているのか、何を思ってこんな行動に出たのか、一般庶民で慎ましやかな育ちをしてきた絹江にはよく分からない。
けれど、何だか馬鹿にされているような気分だ。舐め腐られているというか、下に見られているというか、とにかく釈然としなかった。
このまま終わってなるものか。押し切られてたまるものか――メラメラと湧き上がってきたのは叛骨心。
「いいわ。やってやろうじゃない! “真実を追いかける”のは変わらないけど、絶対に成果を挙げてやるんだから……!」
絹江は勢いのまま、デスクの元へと突撃した。
1か月の取材期間と1時間の特番を手にしたのは、その数日後のことである。
***
絹江が初めてこの喫茶店に足を踏み入れたのは、セキ・レイ・シロエやジョナ・マツカと行動を共にし始めたときだった。
自宅と放送局に近い、弟の先輩がアルバイトをしているという喫茶店ということもあり、以後はここで作戦会議を行っている。
「マスター、いつものをお願いします」
「僕も、いつもので」
「わかった。すぐ用意しよう」
シロエとマツカの注文をツーカーで理解した店長――スオル・ダグラスが微笑んだ。いかつい顔であるが、その笑顔はとても気さくで親しみが持てる。
最近は絹江が何を頼むのかを見越して、「コーヒーでいいかい?」と確認してくるようになった。このまま通い続ければ、絹江もシロエたちのように「いつもの」で通じるようになるだろう。
そんなことを考えていたら、コーヒーと一緒にちょっとしたデザート――アイスボックスクッキーが並んできた。顔を上げれば、お茶目に笑うスオルと目が合う。
「これは……」
「今日はいいことがあったんだろう? そのお祝いだ。サービスだよ」
「あ、ありがとうございます」
顔に出ていたのだろうか。絹江は彼にお礼を言いながら、コーヒーを啜る。
つい数時間前、絹江たちの熱意が実を結んだ瞬間を思い返した。渋る編集長を押し切るような形で、ソレスタルビーイング関係の取材を許可してもらったのである。
期限は1か月後。1時間の特番を組むネタを挙げることが条件であるが、これで大手を振って行動できるのだ。絹江はデザートと一緒に、その事実を噛みしめる。
デザートの甘さと一緒に、充実感とやる気が体に染みわたっていった。
作戦会議は、店内の一番奥の個室で行われている。床には資料、壁にかけられたサイドボードには情報が書き込まれていた。
サービスのデザートを食べ終えた3人は、追加のドリンクを注文して、会議を開始する。
「まずは情報確認ね」
絹江が端末PCを開きながら、言葉を続けた。
「イオリア・シュヘンベルグは21世紀の発明王で、太陽光発電システム基礎理論や機動エレベーター設計の基礎技術等を提唱した人物。私生活や子孫は一切不明だけど、E.A.レイとE.L.エイデル=ボートマン、E.A.レイの助手であり妻だった女性と関わりがあった模様。イオリアには妻がおり、彼女もまた優秀な技術者だった。E.A.レイの妻が“イニー”、イオリアの妻は“ベル”という愛称で呼ばれていた……」
マツカに視線を向ければ、彼はこくこくと頷く。絹江にも慣れてきたらしく、怯えるような動作が減ったような気がした。相変わらず、マツカの頑張りは日の目を見ない。イオリア・シュヘンベルグに注目し、彼に関する研究を行っていたのはマツカだけだというのに。
それが不憫で、先程もマツカのことを編集長に話そうとした。だが、それを切り出す前に、事実上の取材許可を頂いたのだ。そのため、嬉しくてついうっかり忘れてしまったのである。自分に協力してくれた若き研究者のためにも、特番のネタを挙げてみせよう。そして、協力者として番組に出演してもらうのだ。
『イオリア・シュヘンベルグ本人の情報が極端に少ないので、彼に関わりを持つ人物たちにも注目してみたんです。そうすれば、イオリアに関連する情報が見つかると思ったので……』
砂の山から1粒の砂金を探すようにして、マツカは研究を続けてきたそうだ。彼の努力を思うと、絹江は涙が出そうになる。
資料の山と対峙し、しょっちゅう資料の山を崩しては整理し直す研究者の背中。くたびれきって哀愁漂う背中だと思っていたことが、遠い昔のように思えた。
JNN特配員として世界中を飛び回って多忙な絹江を、シロエとマツカはサポートしてくれた。自らも多忙で激務にも関わらず、だ。
特にシロエは恐ろしい。彼は絹江と共同戦線を張りつつ、モラリア紛争で使用されたMDや、ソレスタルビーイング否定派の無差別テロの情報を集めては、テレビで論戦を繰り広げている。
そういえば、喫茶店に向かう道中で『MDのAIに関するネタを入手した。しかし証拠が少ない。ただ、近々ぼろを出しそうなので、そのときを待って暴露する』と語っていたか。その横顔は心底意地悪そうだった。
セキ・レイ・シロエ。敵に回すとこれほどまでに厄介な相手はいない――彼を敵に回した人々の意見である。でも、味方になってくれれば、これ程まで頼れる相手はいない。絹江は心から感謝する。閑話休題。
絹江は大きく息を吸い、この会議の口火を切るため口を開いた。
「私はE.L.エイデル=ボートマンのことを調べてみたわ。彼はゲッター線関連の基礎理論や月面からのマイクロウェーブを使った衛星機器、現代技術では再現不可能と断定された『次元科学』と呼ばれる高次研究に関係したもの等、
絹江はそう言って、2人の端末に情報を転送した。彼らは真剣な面持ちで端末の情報を確認する。
ふと、シロエとマツカが顔を見合わせた。どちらが先に情報を言うか、視線で相談しているらしい。
文字通りのツーカーだ。彼らの交友関係は広く、大半の人々が彼らとツーカーの仲である。相当親しいようだ。そんなジャーナリストになれれば、父のように、真実を追い続ける立派なジャーナリストになれるだろうか。
次は、シロエが述べる番だった。
彼は普段と変わらぬ朗々とした調子で情報を告げる。
「僕はE.A.レイおよびその妻“イニー”のことを調べました。彼は妻の“イニー”共々遺伝子工学の権威として認められています。また、工学にも精通しており、
シロエはそう言って、データを示した。
ずらりと並ぶ人物の名前。6人の子どもたちと、その子どもたちと親交のあった人々。
紙媒体にしたら、『A4用紙2枚分、すべての上から下までびっちり名前だらけ』という状態だ。
これは確実に長期戦になる。
1ヶ月で、どこまで調べられるだろうか。
「6人の子どもたちの名前は、マリアネラ・ルシア、スヴェトラナ・サシャ、ウィリアム・オーガスト、エドモン・コンスタン、マリレーヌ・ノーラ、ブラッツ・テレル。詳しいことはまだ調べていません。これから、というところですね」
「関係者も沢山いるわね。トレヴィン・コーナー、グラント・ハーヴェイ……」
「21世紀末のデータベースを探せば、子どもたち、もしくは関係者の子孫に行き当たるかもしれません。頑張りましょう」
絹江を叱咤激励するように、シロエは肩を叩いてくれた。マツカも頷き、次は彼が情報を発表する。
「僕は“ベル”に関する情報を集めました。彼女は、現代の
「2270年以前から
「案外、絹江さんの予想が正解しているかもしれませんね。すべてにおいてどんぴしゃりですから」
マツカがほわっと笑みを浮かべた。見ているだけで癒される笑顔だった。絹江も微笑みながら、コーヒーを啜った。
この数カ月間、自分たちは同じものを追いかける同志として頑張ってきたのだ。凸凹ではあるけれど、いい仲間たちだと思っている。
絹江個人で追いかけていたら、ここまでたどり着けなかっただろう。絹江はしみじみそれを感じながら、小さく息を吐いた。
父はいつも、1人で真実を追いかけていた。そうして、1人で沢山の真実を報道し、最期は1人で亡くなった。
孤高に、けれど勇敢に戦った父とは違い、絹江は今、シロエとマツカに助けられて真実を追いかけている。
いつかは父のようになりたいとは思うけれど、今の絹江はまだまだ未熟者だ。誰かの手を借りないとおぼつかない足取りになってしまう。
だからこそ、絹江『たち』でやり遂げるのだ。シロエとマツカがいるなら、きっと大丈夫。
真実を繋ぎ合わせて、真実を見つけることができるだろう。絹江には、何とも言い難い確信があった。
(さあ、これからが本番よ。頑張らなくちゃ)
絹江は心の中でそう呟きながら、作戦を練り始めたのであった。
◇◇◇
「そういば先輩のお母さん、次の仕事先はアザディスタンでしたよね。今、国連の視察団が来てるみたいですけど」
「ああ、アレハンドロ・コーナー氏だな。彼は確か、以前ユニオン軍でパイロットをやっていたと聞いたが……」
ひまりの言葉に、征士郎は相槌を打った。
悪の組織に勤める宇宙技師/スターダスト・トレイマーに所属するパイロットの征士郎は、仕事柄上、日本を拠点にしつつ様々な国を飛び回っている。今回は母校からの講演依頼があったのと、その他野暮用のために帰国した次第であった。
帰国前は人類革命軍の方に技師として派遣されていたが、相手側の有積によって契約破棄となった。契約時に凍結するはずだった研究を秘密裏に進めていたことが発覚し、以後もその研究を止めようとしなかったためである。
今でもその研究は続いているという。グラン・マの怒りのボルテージが上がっているため、近々『大介入』が行われる可能性があった。そうなれば、待機命令が出されている征士郎やひまりたちにも声がかかることは間違いない。
「そのことで、グラン・マとエルガンさんが大喧嘩したらしいです。といっても、エルガンさんがグラン・マの一方的なお怒りを食らったって感じでした。『私のマリナ様のお膝元に、なんて下種野郎を送り込みやがったァァァァ!?』って。バーストしすぎて社内の一部が吹き飛びましたよ」
「マリナ・イスマイール王女はアザディスタンの人々のものだろう。少なくとも、グラン・マ個人が独占していいものではなかったはずだ」
「惚れ込んでるんでしょうね、グラン・マ。この前なんか、ナスカの花を贈ったみたいですし」
ひまりは花瓶に生けてある花に視線を向けた。白い花瓶には、桃色の花が活けられている。
釣鐘状の
この花の名前は、ナスカという。今は滅びたグラン・マの故郷で、品種改良その他の苦節を経て、初めて咲いた花だそうだ。
ひまり曰く、『花言葉は“希望溢れる未来”、“安住の地”、“滅亡”、“野に生まれ野に死す”、“さよならをキミに”だそうですよ、先輩!』らしい。
複雑な花言葉なのは、グラン・マの故郷である惑星が滅ぼされてしまったためだろう。この花が今ここに存在しているのは、星が滅ぶ間際に種を持ってきていたからだ。
グラン・マは、気に入った相手や信頼を置く相手にはこの花を贈る。彼女の想いの結晶と言える、大切な花であった。
「まあ、エルガン代表は大局的な視点から物事を判断するからな。身内や個人のことを大事にしようとするグラン・マと衝突するのは仕方がないのかもしれない。……でも、グラン・マは彼の作戦や判断力を信頼しているし、エルガン代表もグラン・マの決断を尊重している。いいコンビだと思うが」
「成程! ツーカーってやつですね! 羨ましいなぁ」
征士郎の見立てに納得したのか、ひまりは合点がいったように手を叩いた。彼女もグラン・マを尊敬している。どちらかというと、グラン・マとエルガンの関係性に憧れていると言えそうだ。
だが、それを指摘すると、ひまりはむっとした顔をする。「ジンクスには負けたくないです!」と大きく握りこぶしを振りかざすのだ。彼女は一体何と戦おうとしているのだろうか。征士郎にはよくわからない。
ひまりは機嫌がいいのか、鼻歌混じりで店の片付けに勤しんでいた。スオルもキッチンの片づけを終えて、店の看板を『Open』から『Close』に変える。それを見計らったかのように、1人の男性が店内へ足を踏み入れてきた。
黒に茶色のメッシュが入った髪をオールバックにし、くすんだ茶色のコートとロングブーツをはいた、鋭い瞳を持つ男。
彼はスオルと征士郎たちに軽く会釈すると、さも当然と言わんばかりの勢いで店内の椅子に腰かけた。
ひまりもスオルも、そこに突っ込みを入れなかった。征士郎も、そこに突っ込みを入れなかった。
スオルは男性へコーヒーを差し出す。男性の好みは把握済みだ。
コーヒーを啜った男性はゆるりと目を細める。今回も好評だったようだ。
「そっちの調子はどうだ?」
「相変わらず、どこもかしこも地獄だよ」
スオルの問いに、男性はくつくつ笑った。苦笑にも見えるし、自嘲にも見えるような笑い方だった。
「人革連の超兵機関は、相変わらず稼働し続けている。この一件が漏れれば、ソレスタルビーイングの介入は確実だ。超兵ってのもまた、戦争に使う兵器に当たるからな」
「それに関する情報は?」
「ガンダム鹵獲作戦終了を待って、機関に流される手はずになってるよ。ソレスタルビーイングのほうは勝手に介入行動に走るだろう。自分と同じ
スオルと男性はひとしきり雑談を続けた。
男性はちらりと征士郎たちを見る。
「そのときは、俺経由で、お前さんたちにも出動要請が出るだろう。よろしく頼むぜ? お2人さんよ」
「わかっています。こちらこそ、よろしくお願いします。リチャード少佐」
征士郎は男性――リチャード・クルーガーに向けて一礼した。ひまりもぺこりと頭を下げる。
リチャードは気楽に笑いながら、ひらひらと手を振ってみせた。そして、どこか遠くを見つめながら、深々と息を吐く。
「また、恨みを買っちまうな……」
リチャードはそれだけ呟いて、立ち上がった。コーヒーカップは空になっている。カランコロンとベルが鳴り響いた。彼の背中を見送る。
彼の部隊に所属している人々は、公には“流れの傭兵”として情報収集活動を行っていた。『悪の組織では到底引き受けられないような依頼を引き受け、その依頼を達成する』という名目で、スターダスト・トラベラーが介入行動を行うための方便を作るのだ。
今回の『人革連における超兵施設への大介入』作戦も、『リチャード・クルーガーという傭兵が引き受けた』というお題目を使うつもりなのだ。人革連も一枚岩ではない。超兵機関の存続を望む者がいる一方で、そこを跡形もなく消し飛ばしてほしいと願う者もいる。
証拠隠滅という言葉に魅せられる者は必ずいる。いなければ、『人類革命連合に所属していた者からのタレコミ』という手を使うことになるだろう。エルガン代表が悪い笑みを浮かべて作戦を練る姿が頭に浮かんだ。本気を出せば世界すら騙せる男――グラン・マの発言が脳裏に浮かんだ。
今頃、彼の秘蔵っ子も準備運動をしている頃だろう。ひまりが「セキさんがアップを始めている姿が《視え》ます!」と、きょろきょろし始めた。
ひまりセンサーは今日も好調のようだ。この調子で、速く立派なパイロットになってほしいものである。
「征士郎、ひまり。いざというときのために、エグザートの整備を万全にしておけ」
「わかりました。早速取り掛かります」
「了解しました!」
征士郎とひまりは敬礼をし、慌ただしい足取りで地下へと向かった。
地下は格納庫となっている。大きな布を取り払えば、白と黒を基調にした機体――エグザートが姿を現した。
亡き父が搭乗していた機体を改良したものであり、父から託された想いと使命の結晶だ。征士郎の思い入れは強い。
同じ使命を受け継いで、別な場所で戦う友人たちがいる。
だからこそ、征士郎は負けていられない。
友の背中を忘れたことは、一度もなかった。
目を閉じる。あのときの出来事は、今でも色褪せない。
『頼んだぞ、征士郎』
『来るべき日のために、希望を守り抜いてくれ――!』
父の言葉を思い出しながら、征士郎は機体へ手を伸ばす。金属の質感を撫でながら、次の任務に想いを馳せたのであった。
【参考及び参照】
『花のつくり』より、『花柄』