問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


28.蠢くもの

 

「今日の運勢、最下位は乙女座のあなた。特に、9月上旬生まれのA型男性は、異性関係でショックなことが起きるでしょう」

 

「なんと!!」

 

「その出来事が原因で、あらぬ誤解が生じることも。嫉妬は厳禁ですよ」

 

「く……。そんな結果、私の無茶で押し通す!」

 

「隊長、その意気です!」

「頑張ってください!」

 

「運気上昇のラッキーアクションは“相手を気遣う”こと! ラッキースポットは“荒野”! それではみなさん、今日も良い一日を~!」

 

 

 背後から、ものすごく平和なやり取りが聞こえる。

 グラハム・エーカー中尉とその部下ハワードとダリルは、今日も通常運転のようだ。

 

 

「こんな感じだったかなー」

 

 

 クーゴは色鉛筆を止めて、出来上がったイラストを示してみた。

 

 焼野原に佇む男。無造作に伸びた茶色の長髪と無精髭。いかにも『職業、趣味は戦争です』と言いそうな人相の男だ。

 もっと端的に言えば、先日分類分けした虚憶(きょおく)――『X-Ω』のものに出てきた“戦争屋”と瓜二つである。

 

 

「この前の虚憶(きょおく)に出てきた“戦争屋”と瓜二つか……。偶然にしては、作為的なものを感じるな」

 

「乙女座の勘?」

 

「……まあ、そんなところだ」

 

 

 人相書きのイメージ図を眺めていたグラハムの表情は真剣そのもの。普段よりワントーン声が低く感じるのは、“戦争屋”が出てきた虚憶(きょおく)の『グラハム』を思い出したためだろうか。

 モラリア戦役で青と白基調のガンダムを追い詰めていたイナクトを見ていた彼の眼差しも、虚憶(きょおく)で“戦争屋”と対峙していた『グラハム』の瞳に宿っていた感情も、今の彼の瞳と同じだ。

 

 物心ついた頃から現在までアメリカ国籍・アメリカ育ちのグラハム・エーカーではあるが、最近の彼には、イギリス由来の表現――“緑の目は嫉妬深い(Green eyed monster)”がよく似合う。奴が刹那に一目惚れしなかったら一生気づかずにいただろう。

 

 嫉妬以外にも、義憤や憤怒も混ざっているように感じたのは気のせいではない。元来、グラハム・エーカーは公平公正を大事にするお国柄育ちにして、それを指針にしている義侠心溢れる漢であった。

 そういう奴にとって、件の“戦争屋”は蛇蝎の如く嫌う存在だろう。……多分、それ以外にも、何かしらの理由――有り得るとしたら、刹那関連だろうか――が含まれているのかもしれないけれど。

 

 

「キミは絵心もあるのだな」

 

「昔、姉や親戚と一緒に勉強したことがあってな。つき合わされていくうちにこうなったよ」

 

 

 グラハムの賛辞に、クーゴは苦笑しながら答えた。

 

 所要時間、わずか10分足らず。ペンと色鉛筆を使った速筆がウリだが、今回は気合を入れて描いたつもりである。

 画材を使い分けた写実は蒼海のウリだ。彼女だったら、文字通り『完璧』に描けただろう。写真と同じレベルに再現できたはずだ。

 家族や親戚たちは蒼海のことを蔑ろにしているが、もう少し、蒼海の才能や能力にも注目してほしいとクーゴは思っている。

 

 

(……まあ、態度と使い方が問題なだけで)

 

 

 今までのことを思い出し、クーゴは遠い目をした。閑話休題。

 

 

「いつ見ても、本人を目の前にして描いたみたいな絵ですよね……」

 

「イメージ画と言われても信じられないな」

 

「ここまで正確だと、証拠として採用されてもおかしくないんですがね。惜しいなぁ」

 

 

 ビリー、ハワード、ダリルも、イラストを覗き込んでは感嘆の息を吐く。

 

 イラストの横には、クーゴが目撃した緑青のイナクトの写真も添えられている。こちらはモラリア戦役のデータも残っていたため、比較的容易に再現することができた。カメラアイ付近に、傷跡のように刻まれた模様が特徴的である。

 PMCトラストが独自にチューンした機体であることは掴めたのだが、『盗まれた』こと以外は詳しいことは語らない。以前搭乗していたパイロットのことも話そうとしなかったので、諜報部に勤める遠い親戚経由で実力行使に出てもらった。

 調査結果はもうすぐ送られてくるはずだ。今か今かと待ちながら、クーゴは先日イナクトと対峙したときに《視えた》イメージをイラストにしていたのである。その絵を見返していたとき、丁度いいタイミングで端末が鳴り響く。

 

 データが届いたようだ。早速人物の名前と顔写真を確認し、クーゴは思わず息を飲んだ。

 息を飲んだのはクーゴだけではない。グラハムも、ビリーも、ハワードも、ダリルも、大きく目を見開く。

 

 

「アリー・アル・サーシェス……!」

 

「こいつの顔、副隊長が描いたイメージイラストと瓜二つですぜ!?」

 

「ってことは、虚憶(きょおく)に出てきた“戦争屋”が実在したってことか!?」

 

 

 グラハムが苦い顔をし、ハワードがイラストと写真を見比べて目を瞬かせる。ダリルも同じように目を見張った。驚異の一致に驚いたのは、それを描いたクーゴ自身にも言えることだった。

 

 PMCトラスト側は『イナクトは盗まれたものだ』と言った。しかし、モラリア戦役と先日の襲撃で搭乗していたパイロット――但し、写真等ではなくイメージ画――の顔は瓜二つである。双子、あるいは同一人物と言えるレベルだ。

 データを見る限り、アリー・アル・サーシェス――どうやらこの名前は本名ではないらしい。偽名をいくつも使い分けているようだ――に、双子に該当するような存在はいない。それが意味することは、ただ一つ。

 

 

「……今回搭乗していたパイロットと、モラリア戦役で搭乗していたパイロットは同一人物ということか」

 

 

 グラハムが噛みしめるようにして、結論を言った。クーゴもそれに続き、頷く。

 

 

「おまけに、PMCトラスト側が嘘をついてたってことになる」

 

「そこまでして、隠したいことでもあるんですかね?」

 

 

 ダリルの問いに答える術がないクーゴは、俯いて首を振った。

 

 

「わからん。……が、今回の一件にはPMCトラスト、およびアリー・アル・サーシェスが関わっていることは確かだろうな」

 

 

 PMCトラストは傭兵稼業。それなりの金額さえ支払えば、依頼内容が何であっても引き受ける。要人の護衛や新機体のテストパイロット、果てには――戦争の誘発まで、なんでもござれだ。場合によっては、PMCトラスト系列の同種異企業に属する傭兵同士のダブルブッキング、および殺し合いもあり得る。

 サーシェスのやっていることもアレだが、奴にアザディスタンの内紛を誘発するよう頼んだ奴も頼んだ奴だろう。いくらなんでも悪趣味すぎやしないか。パイロットの方向性と目的が、見事に適材適所である。争いをばら撒くことで戦いたい男に、戦争誘発を頼んだのだ。鬼に金棒ってレベルじゃない。

 似たような企業としては悪の組織も挙げられるが、あちらは方向性が違う。悪の組織が提示した条件を満たさなければ、彼らは技術提供を行わない。どれ程大金を積み上げられようとも、条件を守らない相手には、テコでも首を縦に振らないのだ。途中で条件を破れば、問答無用で契約を打ち切ってしまう。

 

 

(人類革命軍への技術提供も、契約違反が原因で打ち切りになったって話だし)

 

 

 以前起きた超兵施設の破壊について、クーゴは思い返す。

 研究を凍結させることを条件に契約していながら、彼らは研究を極秘裏に進めていたのである。

 結果的に、超兵機関は崩壊、情報は世界中にリークされた。挙句、関係者も島流しの憂き目にあったらしい。自業自得である。

 

 逆に言えば、条件さえ満たしていれば/条件さえ守り続ければ、悪の組織は誰にでも力を貸す。

 アザディスタンのような貧困にあえぐ国家だろうが、ユニオンのような軍だろうが、街を歩く一般人だろうが、学生だろうが、子どもだろうが。

 

 条件内容も様々だ。意味不明だが重要な意味を持ちそうなもの、日常の片手間でできること、契約している団体に属する個人に対してのもの等、本当に幅広い。

 

 ユニオン軍では“技術班に悪の組織がスポンサーになった映画――『Toward the Terra』のミュウ篇と、後に公開される予定の人類篇を視聴してもらう”、“クーゴとグラハムに、『Toward the Terra』の全巻を読んでもらう”等の条件が出された。

 現在、クーゴは人類篇の上巻読破を目指していた。ミュウ篇の上巻と人類篇の上巻は時間軸的に同時進行という話を聞いたことで、クーゴは時間軸を辿ることを選んだ。グラハムは現在、ミュウ篇の下巻を読んでいるという。

 

 

(キースがシロエに挑発されて怒ったシーンで止まってるんだよな。休憩時間に読み進めてはいるんだが……)

 

 

 ここから先に進むと、悲劇が待っているような気がしてならないのだ。最近、なんとなくだが、そんな予感がする。

 

 ミュウ篇の下巻に手を伸ばさなかったのも、悲劇が起きそうな予感がしたからだ。物語の登場人物に愛着を抱いているから、尚更。

 特に、ミュウ篇のソルジャー・ブルー、人類篇のセキ・レイ・シロエがクーゴのお気に入りである。次点で主人公勢だ。

 

 後者は最近活躍しているジャーナリストと同姓同名である。登場人物の名前と自分および他人の名前が一致することはよくあるが、完全一致とはまた珍しい。

 

 

(ま、今は調査に集中するか)

 

 

 クーゴは思考を切り替えて、窓の外を見つめた。

 イナクトが攻撃を仕掛けてきた地点は、もうすぐである。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 今日も街ではテロが起きた。

 

 何人もの人間が銃で撃たれ、爆発で吹き飛んだだろう。同じ神を信じながら、真っ向から対立し、憎み合う者たち。

 マリナ・イスマイールの愛する民たちは、かりそめの平和の中、体を震わせながら日々を過ごしていた。

 

 先のクーデター未遂事件で太陽光受信アンテナ施設が破壊され、それを目の当たりにした国連の技術者たちは撤退した。危険な紛争地帯に技術者を置いていたら、むざむざ死なせることになってしまう――それが、アレハンドロ・コーナーの決定である。

 タイミングが良すぎるような気がしてならない。エルガンに問いただしてみたところ、『アレハンドロにとって、この撤退は予定調和でしかない』と返答された。そこを静観したエルガンだが、相変わらず奴の眼差しは遠い未来を見据えていた。

 エルガンにとっても、この出来事は予定調和にすぎないのだろう。アレハンドロを追い落とす準備をしつつ、そのタイミングを計っている。“そのとき”が来るまで、彼は世界すら騙してみせる男なのだ。人情派である女性では見えない部分を拾い集めている。

 

 

(……悔しいけど、私は大局を見据えるのが苦手だからね。そっちはエルガンに任せるしかない、か)

 

 

 その分、エルガンから女性に任されているものだってある。

 女性はニュース番組を見上げながら、己の成すべきことを考えた。

 

 

「マスード・ラフマディーの行方は? まだわからないの?」

 

「ユニオン軍と共同で鋭意捜索中。けど、まだまだ時間がかかりそうよ」

 

 

 マリナの問いに、シーリンは首を振った。状況は最悪を地でいくらしい。

 

 未だ行方不明の保守派指導者、アンテナ施設の破壊、国連の技術者たちの撤退。

 それらが立て続けに起きたところに、泣きっ面に蜂の如く起きたソレスタルビーイングの介入。

 国民感情が不安定になっているのも頷ける。第一王女として矢面に立たされたマリナへの風当たりも強くなっていた。

 

 

<唯一の救いは、悪の組織の技術者たちが残留してくれていることだけかしら。でも……>

 

 

 シーリンの思念が流れてくる。自分たちの存在が誰かにとっての希望になる――それはとても嬉しいことだ。

 もしかしたら、大地の底で死ぬことを選んだグラン・パも、最期はこんな気持ちだったのかもしれない。

 

 マリナはますます表情を曇らせ、俯いてしまう。憂い顔も麗しいけれど、やはり美女には笑顔が相応しい。

 

 マリナとラスードは改革派と保守派として対立しているが、元々はとても仲が良かった。彼女は彼を信頼し、彼も彼女を信頼し、アザディスタンのために尽力していた。

 方向性が違っても、2人は祖国を愛し、祖国の行く末を憂う同志である。表上は袂を分かっているけれど、非公式で度々顔を合わせ意見を交換し合っていたという。

 勿論、この話はごく少数の人間しか知らない。そのため、『マスードを拉致した人間が改革派ではない』ことを知る人間も少なかった。

 

 もっとも、この事実を知ったら、保守派も紛糾することは間違いない。

 内戦は泥沼化するだろう。これだから()()は面倒だ。

 

 

「マリナ様」

 

「何でしょう?」

 

 

 女性に声をかけられたマリナは、憂い顔のままこちらに振り返った。表情を取り繕う余裕すらないらしい。女性は言葉を続ける。

 

 

「これはもしもの話ですけど、マスード・ラフマディー氏が無事に帰ってきたら、貴女は笑ってくれますか?」

 

「え……」

 

 

 青い瞳が驚きと困惑に揺れている。お前は何を言っているんだ、と、周囲から眼差しの集中砲火が向けられた。

 しかし女性は気にしない。ただ、じっとマリナの瞳を覗き込む。彼女の瞳には、静かな顔をした自分だけが映し出されていた。

 

 どう答えればいいのかわからない。そもそも質問の意図もわからない――彼女の沈黙は、そう語っている。口以上に雄弁だ。

 

 マリナの代弁をするかのように、シーリンが眉をひそめる。

 貴女は、と紡がれる前に、女性は己の本心を告げた。

 マリナの手を取り、騎士が姫君に語り掛けるように。

 

 

「マリナ様のような麗しいお方には、そのような表情は似合いません。貴女はアザディスタンの太陽なのですから」

 

 

 太陽が曇ってしまったら、人々は道しるべを失ってしまう。心のよりどころを失えば、余計に心が荒んでしまうのだ。

 マリナという“1人の女性”に背負わせるには、途方もない重荷であることは理解している。それならば、背後にいる人々が支えればいい。

 彼女の隣には、シーリンという参謀がいる。この国には、彼女を信頼している民たちがいる。微力だが、自分だっているのだ。

 

 

「世間の連中は、貴女の笑みを見て『ハリボテだ』と揶揄するバカ――いえ、例えが乱暴でしたね。揶揄する人間たちもいるでしょう。でも、それが何だと言うのですか? ハリボテだろうと何だろうと、その笑顔に勇気づけられる人々がいるのです。その人たちのためにも、貴女は笑顔を絶やしてはいけません」

 

 

 酷な話ですが、と、女性は言葉を続ける。

 

 

「貴女が太陽になれないと嘆くなら、月になればいい。自ら輝くこと能わずとも、貴女を信じ、支えてくれる人の光を以てして、彼らのために光り輝けばいい。それでも尚、そのための光が足りないと嘆くなら、微力ながらも、私も貴女を照らす光になりましょう」

 

「……ありがとう」

 

 

 女性はマリナを見上げた。彼女は困惑しながらも、何を言われているのか察したらしい。憂いに満ちた笑みを浮かべた。

 彼女の笑みから憂いが抜ける日が、一刻も早く来ればいい。女性はそう願わずにはいられなかった。

 

 いや、願うのではない。そうなるよう、()()()()()()()()のだ。

 

 そうと決まれば話が早い。女性は端末を取り出し、恐ろしい速さでメッセージを打ち込む。

 幾何かの間をおいて、女性は端末をしまった。周囲に外出する旨を告げて、車椅子を漕ぎだす。

 

 途中で、廊下をすれ違った婦人を呼び止めてマリナ襲撃をやめさせたり(どうやら家族を人質に取られていたらしい。勿論救出すると約束した)、エルガン直々のお小言を10秒で切って捨てたりして時間を食ってしまったが、行動するにあたっての問題はない。

 ソレスタルビーイングも、女性と同じ判断を下した様子だった。マスード・ラフマディーさえ無事に保護できれば、今回の戦いはとりあえず終局を迎えるだろう――そう、()()()()()は。悪意の種はアザディスタン中にばら撒かれている。その元を絶たない限り、この国はまた戦禍に飲まれる。

 彼らがこの国に介入するのは、この国が再び戦火に飲まれたときだ。それまでは、決して『何とかしよう』としない。専守防衛に近い形での介入だ。水際で防げたらいいと思う人々からすれば、面倒くさいことこの上ないだろう。

 

 

(さて)

 

 

 自分が寝泊まりするホテルの一室に戻った女性は、周囲に人がいないことを確認した。

 

 そして、すっくと立ち上がる。クローゼットに眠る礼装を身に纏い、正体発覚を防止するための仮面をつけた。

 派手な装飾が施された仮面だ。たとえコスプレだろうと、一目見ただけで「あ、関わりたくないな」と思わせるインパクトがある。

 

 薄い青の礼装に、夏の木々を思わせるような深緑のマント。

 トオニィが率いる“同胞”と別れる際、幼馴染たちから貰った贈り物だ。

 

 

『お前も、あの艦を率いる指導者(ソルジャー)だろ?』

 

『だったら、きちんとした格好じゃなきゃ示しがつかないわ』

 

 

 タキオンとツェーレンが微笑んだ様子を思い出す。前者は自身のくせ毛をいじりながら、後者は人差し指を立ててウインクしていた。

 

 

 記憶の中の彼らに微笑み返した後、女性は顔を引き締めた。

 アザディスタンの太陽に、笑顔を取り戻させるために。

 

 

 

◇◆◆

 

 

 

「僕が軍人を志したのは、人々の命を守りたかったからなんです」

 

 

 アニエス・ベルジュ少尉の表情はどこまでも澄み渡っていた。きらきらしすぎて、なんだかもう、直視できない。

 

 

「そりゃあ、随分マトモな理由だな」

 

「ハガネ少佐は違うんですか?」

 

「まあ、な」

 

 

 クーゴはふっと笑みを浮かべた。

 しかし、内心は穏やかではない。

 

 個人的な理由で軍人となったクーゴにしてみれば、自分が汚れてしまったような気がするのだ。

 きっとこの青年は、軍属ゆえのしがらみや、ドロドロしたものを知らないのだろう。

 羨ましい、と思う。同時に、この瞳が軍の汚い部分や理不尽な部分を目の当りにしたらどうなるのか、不安になるのだ。

 

 

(その瞳が曇ったり、濁ったりしなきゃいいんだが)

 

 

 清廉潔白でい続けられなくなったとき、アニエスはどんな判断を下すのだろう。理想を捨ててでも軍人であり続けるか、軍を辞めてでも理想を貫くか、すべてから逃げ出すか。

 どんな判断を下しても、クーゴはそれを責めるつもりはない。彼の道は彼が決めるものだ。しみじみとそんなことを考えていたら、きらきら光る琥珀の双瞼がこちらを捉えていた。

 

 

「ハガネ少佐は、どうして軍人になったんですか?」

 

 

 逃げられない。

 

 クーゴはすぐに直感した。

 きらきらと輝く瞳が、ちくちく突き刺さってくる。

 

 

(……どうしよう。ものすごく答えづらい)

 

 

 美麗字句と脚色でごまかすこともできるが、この後輩に嘘をついてはいけない気がする。ついたら最後、永遠に近い時間、後悔し続ける羽目になるだろう。

 脳裏をかすめた虚憶(きょおく)は、海岸で大喜利に興じる男女。落語家と名乗った女性の演技を真に受けて、落語が見たいと頭を下げた男性の残念具合と言ったら、ない。

 

 幸か不幸か――むしろ不幸で、そこにいた男性はアニエスによく似ていた。嫌な予感がする。本当に、嫌な予感がする。

 

 話すとしても、個人的な理由で軍人となった人間がいるということを、彼は許容できるのだろうか。

 それとは別問題として、前回起きた大きな戦いのことも話さねばならないだろう。

 

 前回の戦いについて話すとなれば、当然、避けられない話題も出てくるわけで。

 

 

(アニエスの『グラハム・エーカー』像をぶち壊しにする危険が高すぎる……!!)

 

 

 人の夢を壊すのは、どうしても抵抗がある。

 真実云々とは違って、そういうものは守ってやりたいと思うのだ。

 

 さあ、どうしよう。

 

 クーゴが考え込みかけたとき、

 

 

「おや、珍しい組み合わせだな」

 

 

 端末片手に、花をまき散らすような笑顔を浮かべたグラハム・エーカー少佐(34)が、丁度いい/最悪のタイミングで通りかかった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 中東と言えば、砂漠である。

 砂漠とくれば、暑い。

 しかし、体を蝕むのは肌寒さだった。

 

 焼野原を抱く男、アリー・アル・サーシェス。奴を使い、アザディスタンを戦乱に陥れようとした黒幕がいる。

 それについて考え始めたときから、なんとなく、クーゴは肌寒さを覚えていた。

 

 

(まるで『黒幕の感情がどこかから漏れてて、その片鱗に触れている』ようだ)

 

 

 クーゴは腕をさすりながら、ビリーとグラハムに続いた。

 

 火薬の反応を機械で辿りながら、ビリーは歩みを進める。グラハムとクーゴは彼の後を追うようにして歩いていた。

 周囲を見渡す。切り立った崖と大地が広がる荒野だ。視界も開けており、ここからはアンテナ施設がよく見える。

 ミサイルを撃ち込むにあたって、最高のポイントだろう。傭兵の高笑いが聞こえてきた気がして、クーゴはそれを頭から追いやった。

 

 

「回収したポッドもそうだけど、この反応……やはり間違いないねぇ」

 

 

 ビリーは機械を振りながら、計測された結果を見て頷いた。

 グラハムは険しい眼差しのまま荒野を見つめる。

 

 

「無駄だとは思うが、PMCトラスト側の見解は?」

 

「『モラリアの紛争時に紛失した』の一点張りさ。カマをかけたら動揺したけど、予め対策を練っていたみたいでね。態度はともかく、内容自体はスムーズに回答されたよ」

 

 

 ビリーの言葉を、クーゴが引き継ぐ。顎に手を当てて、思案するため俯いた。

 

 

「やっぱりカマだけじゃ決め手に欠けるな。証拠を集めて突きつけないと――」

 

 

 次の瞬間、グラハムがクーゴを遮るように手を伸ばした。動くな、という合図である。何事かと見上げた彼の横顔は、どこかぴりぴりとしていた。

 グラハムのただならぬ表情を見たクーゴは、気を研ぎ澄ましながら周囲を見回す。グラハムが険しい表情を浮かべた理由は、すぐにわかった。

 

 いる。自分たち以外の誰かが、この周辺に隠れている。

 

 しかもこの気配は、クーゴにとってひどく身近なものだった。

 おそらくは、グラハムにとっても。故に、どうすべきか考えあぐねているように見えた。

 “彼女たち”に対して、どう対応すべきなのかを。

 

 

「――グラハム」

 

 

 ちら、と、クーゴはグラハムを見上げた。

 

 クーゴが何を言わんとしているかを理解したグラハムは、目線で合図を出す。クーゴの考えに同意してくれたらしい。

 彼は気配を感じる方向を見上げ、軍人としての風格を宿した口調で、厳かに告げた。

 

 

「立ち聞きはよくないな。出てきたまえ」

 

 

 幾何かおいて、立ち聞きしていた人間たちが姿を現した。両手を挙げて、「逆らうつもりはありません」とアピールしている。案の定、見覚えのある2人だった。黒い髪に赤銅の瞳を持った少女――刹那と、御空色の瞳にペールグリーンの髪を簪でまとめた女性――イデア。

 前者は装飾の少ない男物の服を着ており、後者は小奇麗なカフタン風のドレスを身に纏っていた。グラハムは思うところがあるようで目を瞬かせている。そういえば、顔を合わせるとき、刹那はいつも白いワンピースを着ていた。服のデザインは日によって変わるけれど、純白のワンピースがトレードマークだったと思う。

 そのためか、今の刹那の格好――男装は、クーゴとグラハムからしてみればとても新鮮だった。彼女のワンピース姿を知らぬ人間が初めてこの格好の彼女を見たら、少年だと見間違ったであろう。その予想通り、初めて刹那を見たビリーは、彼女を現地の少年だと見間違った様子だった。

 

 

「地元の子かな。あっちは、この国に住むことを選んだ外国人ってところだろうね。珍しい、とても仲が良さそうだ」

 

 

 ビリーは表情を緩ませた。

 子どもの前で浮かべるような、柔らかな笑み。

 

 しかし、クーゴとグラハムは知っている。この少年は少女であることも、少女が何者であるのかも、自分たちの立場が何であるかも、全て。

 

 ビリーの目には、刹那が“アザディスタンに住んでいる少年”に見えたらしい。

 イデアは、“何らかの理由があってアザディスタンに来た後、この地に骨を埋める覚悟をした外国人”だと思ったようだ。

 

 

「あ、あの……()、このあたりで戦闘があったって聞いて……」

 

 

 やや低めの中性的な声。完璧に、少女(刹那)は少年に化けている。しかも、地元の一般人にだ。その演技力は驚嘆に値した。

 現に、彼女の発言で、ビリーは完全に騙されている。初見でこれを嘘だと見破るには、かなり注意しないとわからないだろう。

 グラハムでさえ見抜けるかどうか――そう思いながら、グラハムに視線を向ける。奴の目は、刃のように鋭かった。

 

 奴なら一発で見抜ける。初見だろうが何だろうが、相手が刹那・F・セイエイ(この子)であるならば。

 

 クーゴは漠然とそんな予感を覚えた。正直、あまり嬉しいとは思えない。

 乙女座の勘とか言い出しそうだ。自分の星座など関係ないのに。

 

 

「私、()が心配だからついてきたの。最近、そういうのが多いし……」

 

 

 刹那の言葉を引き継ぐようにして、イデアも言葉を紡ぐ。こちらも演技がうまい。

 

 イデアは刹那の手を取った。

 まるで、少年を慈しむかのように。

 

 

()との入籍も近いから、心配で心配で」

 

 

 衝撃が走った。高層マンションの屋上からいきなり突き落とされ、地面に叩き付けられたようなレベルだった。

 ほんの一瞬、グラハムが目を剥く。うっかり顔をのぞかせたグラハム個人の感情は、すぐに軍人の仮面の下へと押し込まれた。

 しかも、刹那とイデアの演技も完璧だ。どこからどう見ても仲睦まじい恋人である。初見ならば、この場にいる全員も欺ける程の。

 

 

「へえ、そうなんだ。おめでとう」

 

 

 騙されている人間筆頭のビリーが、乾いた笑みを浮かべた。酷く疲れ切った笑みだった。

 

 気のせいか、クーゴの視点からは彼が血涙を堪えているように見える。リア充爆発しろ、僕もクジョウとああなりたい、エトセトラエトセトラ――そのすべてを飲み下したような、複雑な表情。

 クーゴの左隣にいたグラハムは、どことなく不機嫌そうだった。演技だとわかっていても、2人の設定に納得できないらしい。翠緑の瞳の奥底で、彼自身が否定している感情が揺らめいている。

 

 

(子どもかお前ら)

 

 

 クーゴは内心、深々とため息をついた。

 確かに衝撃だ。衝撃的だった。不意打ち同然だった。絶望の底を除いたような気がした。

 裏切られたような気持ちを抱いたことは認めよう。だが、持ち直せないレベルではないはずだ。多分。

 

 何度でも言おう。2人のこれは、演技だ。

 予めわかっていたことではないか。

 

 

「だったら尚更、ここにいては危険だよ。早く立ち去った方がいい」

 

 

 ビリーは丁寧な口調で言った。オブラートに包んではいるものの、呪詛的な響きを宿している。

 

 2人はビリーの言葉に従うようにして、ぺこりと頭を下げた。

 そのまま立ち去ろうとして踵を返す。

 

 

()()

 

 

 突如、グラハムが刹那を呼び止めた。驚いたように刹那が振り返る。

 相変わらず、グラハムは鋭い眼差しを向けていた。

 

 

「キミは、この国の内紛をどう思う?」

 

 

 いきなりそんなことを問われるとは思わなかったのだろう。刹那は困惑したように目を泳がせていた。それでも()()としての演技を崩さず、たどたどしく言葉を紡ぐ。

 

 

「ぼ、僕は……」

 

「客観的には考えられんか? なら、キミはどちらを支持する?」

 

「……支持はしません。どちらにも、正義があると思うから」

 

 

 刹那はそこで一端言葉を切った。

 

 

「でも、この戦いで、人は死んでいきます。……沢山、死んでいきます」

 

 

 少年の仮面の奥底に、悲しみが揺らめく。

 年相応の、少女の悲しみがそこにあった。

 

 グラハムは静かにそれを見上げていた。まるで、かすかに触れた刹那の感情から、彼女の過去を辿っているかのように。そうして、瞼を閉じる。

 

 

「同感だ」

 

「軍人の貴方が言うんですか?」

 

 

 少し意外だ、と言いたげに、刹那は問う。

 グラハムはそれに回答せず、また質問を投げかけた。

 

 

「この国に来た私たちは、お邪魔かな?」

 

「……だって、軍人が沢山来たら、被害が増えるし」

 

 

『僕が軍人を志したのは、人々の命を守りたかったからなんです』

 

 

 刹那の言葉に、誰かの言葉がフラッシュバックした。いつか見た虚憶(きょおく)で、アニエス――或いはベルジュ少尉と呼ばれていた茶髪の青年。

 自分の理想と現実のギャップに苦しみながら、それでも人々を守りたいと願い、戦い抜いた、アンノウン・エクストライカーズ/アルティメット・クロスの若き指揮官。

 もし彼がこの場にいたら、刹那の言葉に憤慨したに違いない。そして何より、その言葉通りの状態に苦しんだだろう。『自分は、何のためにここにいるのだ』と。

 

 

「――そうだな」

 

 

 クーゴは、ぽつりと呟いた。

 

 

「もうこれ以上、誰かに傷ついてほしくない。その気持ちは、ここに住む人々と同じはずなのに。……どうしてうまくいかないんだろう」

 

 

 その言葉に、周囲の人々が目を見張る。

 クーゴはそのまま言葉を続けた。

 

 

「テロの鎮圧をしたいと上層部に進言しても、『対ガンダム戦』の備えだからと主張して、こっちの話を聞こうともしない。本当は、ソレスタルビーイングが介入する前に、何とかしなきゃいけなかったんだ。これ以上の惨禍を防ぐための努力をするべきだったんだ」

 

 

 軍人とは、軍の方針に従うものだ。

 市民の平和を守る存在だ。

 

 しかし。

 

 軍の方針自体がおかしかったら。

 軍自体が『市民を傷つける』ために動いていたら。

 もしくは、『市民を傷つける』存在を幇助していたら。

 

 あるいは、救いを求める市民に対し、見て見ぬふりをしているとしたら。

 

 

「一体、俺たちは、どうしてここにいるんだろうな」

 

 

 この国に足を踏み入れてから、クーゴがずっと抱いていた疑問だった。軍の命令には忠実にしているけれど、人として、やはり折り合いをつけることはできなかった。

 

 ソレスタルビーイングが来ることを見越したが故の、アザディスタン派兵。奴らが来襲しなければ、ユニオンはアザディスタンなど捨て置いただろう。内戦が泥沼化しようと、人が何人死のうとお構いなしだったはずだ。

 政治家という生き物は、つくづく腹黒い生き物だ。多かれ少なかれ、“あん畜生”と似たり寄ったりな野望を抱き、権謀術策を張り巡らせている。数字と睨めっこする彼らには、屍の山など想像もつかないだろう。

 

 

「最近のお偉いさんは、自国の優位確立とガンダムを何とかすることに頭を回すので手一杯だ。その路線でいいとは思えんよ。目の前の命を放り出してしまったら、悲しみと憎しみの連鎖を生むだけだ。それこそ、世界が歪んでしまう。そんなことはダメだ。……俺個人の意見だから、誰もとりあげてくれないけど」

 

「そんなことないです」

 

 

 クーゴの言葉を拾い上げるようにして、イデアが首を振った。

 

 

「貴方のような人がいることは、救いですよ」

 

 

 御空色の瞳がクーゴを映す。

 そこには、万感の思いが込められていた。

 

 

「その思いを抱えて、戦う人がいる。戦っている人がいる。……その事実が、希望に繋がるんです」

 

 

 イデアは柔らかに微笑んだ。なんだろう、酷く照れくさい。

 

 耐えきれず、クーゴは目を泳がせた。勿体ないとは思いつつ、彼女から視線を逸らす。

 隣にいたグラハムも、思うところがあったらしい。小さく頷き、視線を刹那へと向けた。

 

 

「キミだって、同じ思いを抱えて戦っている。……そうなのだろう?」

 

 

 グラハムのそれは、『()()を訊問していた軍人』とは思えないほど、優しい声色だった。少女を労わり、気遣い、祈りを込めたような響きを宿している。

 刹那が息を飲み、グラハムはふっと表情を緩めた。ビリーは口から砂糖が吐けるのではないかと思えるくらいげっそりとしている。「僕って邪魔なのかな」と言いたげな眼差し。

 親友が『リア充を目撃したことによる羨ま死』寸前だというのに、グラハムはそんなこと歯牙にもかけず、刹那と見つめ合っている。何とも言えない沈黙が、この場を支配していた。

 

 ややあって、グラハムは静かに瞼を閉じた。

 ゆっくりと目を開けた彼は、クーゴの方へ向き直る。

 

 

「クーゴ。一昨日、ここから受信アンテナを攻撃した機体は、AEUの最新兵器イナクトだったな」

 

 

 隣にいたビリーの目が見開かれる。

 

 グラハムの話は、ユニオン軍が掴んだ情報だ。

 彼の発言および行動は、機密漏洩に価する。

 

 

「いきなり何を――」

 

「そうだな。モラリア戦役で使われた、緑青の機体だった。カメラアイ付近に、傷みたいな模様がついてた」

 

 

 グラハムの意図を読み取ったクーゴもまた、ビリーを遮るように話を合わせる。

 翠緑の瞳が、礼を言うように細められた。気にするな、と、クーゴも目で合図する。

 言い訳は「口が滑った」で充分だ。始末書だって、いくらでも書いてやる。

 

 

「PMCは盗まれたと言ってるけど、十中八九嘘だぜ? アレ。搭乗していたパイロットは、モラリア戦役のパイロットと同一人物だからな」

 

 

 クーゴはわざとらしく肩をすくめた。

 

 

「しかも、アザディスタンの内戦を誘発し、泥沼化させようとした黒幕もいるらしい。そいつを何とかしない限り、この国は何度だって戦禍に飲まれるだろうな」

 

「まったく。その黒幕とやらは、随分と姑息な手段を使うのだな。私はそういう輩が大の嫌いだというのに」

 

 

 相手の顔を思い浮かべたのだろう。グラハムは心底嫌そうに眉をしかめた。鋭い瞳に宿るのは、黒幕に対する怒りである。

 クーゴもそれに同調した。ビリーがはらはらした様子で自分たちを見つめていたが、些細ごとにすぎなかった。

 

 ちらりと刹那とイデアを見上げる。2人は何かに気づいた様子だった。しかも、確信に近いレベルらしい。

 

 あとは、この2人がどう動くかだ。悪いようにはしないだろう。

 グラハムが踵を返し、クーゴもそれに続いて歩き出す。

 

 

「撤収するぞ」

 

「了解」

 

 

 ずんずん歩みを進める自分たちの様子を見たビリーは、少々躊躇したが、従うことにしたらしい。小走りで自分たちに追いついた。

 

 

「2人とも、どうしてあんなことを?」

 

「さあ。口が滑ったとしか言いようがない」

 

 

 情報漏洩について、咎めるというより純粋な疑問をぶつけるような調子でビリーは問うた。

 

 グラハムは不敵な笑みを浮かべながらすっとぼけてみせる。

 クーゴはうんうん頷き、ずんずん足を進めた。

 

 

「しかし、今日の占いは凄いな。特に、ラッキーアクションとラッキースポットが」

 

「あー、成程。うまい具合に作用してたよな。ところでグラハム、ミュウ篇下巻の読破は順調か?」

 

「そうだな。現在、長老のミュウと若いミュウたちが喧嘩していた。『育てていた野菜が無事に収穫できた』と喜んでいた若者たちに対し、長老の1人が水を差したのが原因だったな」

 

「そうか」

 

「ところでそちらはどうだ?」

 

「キースがシロエに挑発されて怒ったところ。なんだか嫌な予感がしてなー」

 

 

 話題を逸らすように、グラハムは日常的な雑談を始めた。クーゴもそれに乗っかる。

 ちらちら振り返るビリーと対照的に、クーゴとグラハムは振り返らなかった。それが、2人に対する信頼である。

 他の部下たちにも撤収の旨を伝え、3人は輸送船に乗り込む。程なくして、船は首都へと進路を向けて飛び立った。

 

 窓の外から荒野を振り返る。そこにはもう、誰もいない。

 

 クーゴは瞼を閉じた。緑色の光が2つ、夕焼け空に軌跡を描く――そんな光景が浮かんだ。

 イデアと刹那も、動くだろう。今度こそ、クーゴとグラハムは、空で2人と対峙する。

 

 

(吉と出るか、凶と出るか)

 

 

 その答えは、まだわからない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 セキ・レイ・シロエは、マザー・イライザに対して常に反抗的だった。マザーに逆らうことは、S.D.体制――ひいては、体制を支えるコンピューター・グランドマザーへの反逆に直結している。

 体制に反逆した者たちの末路は死。政治家や軍人を目指すメンバーズエリートのクラスに在籍しているキースは、反逆者や不適合者の“処分”に関する授業を受けたこともあった。

 

 だから、分からない。シロエが何故、マザー・イライザに対して反抗し続けるのか。

 

 

「命は惜しくないのか?」

 

 

 キースの問いを聞いたシロエは、小さく鼻で笑い返した。彼は皮肉たっぷりな笑みを浮かべる。

 

 

「機械の言いなりになって生きることに、何の意味があるんですか?」

 

 

 次の瞬間、シロエはキースの方に向き直った。

 あどけなさを残す15歳の少年――その表情が、憤怒と憎悪で歪む。

 溢れんばかりの激情を滾らせて、シロエは叫んだ。

 

 

「僕は許せないんだ。正義面して、僕の大切なものを奪った成人検査がね!」

 

 

 成人検査に対して憎悪を剥き出しにするシロエの姿に、キースは思わず息を飲んだ。

 

 育英都市で育った子どもたちが、地球(テラ)と人類の未来を担う大人になるための大切なもの――それが成人検査だ。S.D.体制を支える大切な要素の1つ。

 けれど、シロエは言った。『成人検査によって、自分は大切なものを奪われた』と。成人検査が“何かを奪う意図で行われていた”だなんて話、キースは知らない。

 

 そんなキースの動揺を察知したのか、シロエは皮肉気な調子を崩さず言葉を続ける。

 

 

「貴方には分からないか。あの憎むべき成人検査を知らない、幸福なキース!」

 

「何の話だ……!?」

 

「貴方は“お人形さん”だっていうことですよ。マザーイライザの、可愛い、ね」

 

 

 キースが人形? マザー・イライザの?

 言葉の意味が分からず困惑するキースへ、シロエは更なる爆弾を投げつけてきた。

 

 

「貴方は()()()()()()()()()()()

 

 

 ――それは、S.D.体制を根本から覆しかねないものだった。

 

 S.D.体制では、グランドマザーが認めた場所――育英都市と呼ばれる専用の街で子どもを育成することが定められている。無作為に行われた人工授精から誕生した子どもは、14歳になるまで、育英都市で暮らす健全な養父母の元に預けられるのだ。

 14歳の誕生日を迎えた子どもは、例外なく成人検査が行われる。何も問題が起きなければ、成人検査は終了。その後、15歳から18歳までは宇宙にある各ステーションで専門的な勉学に励み、今後の進路を決めていくのである。

 キースは育英都市トロイナスの出身だ。14歳までそこで育ち、成人検査をパスしたから、ステーションへ入学することができた。実際にそう()()()()()()()。その情報に“間違いが存在しているわけがない”のだ。

 

 ――じゃあ、どうして、マザー・イライザの姿が“知らない女性(ヒト)”のものなのだろう?

 

 生徒たちの深層心理を管理するマザー・イライザは、カウンセリングを受ける人間にとって“身近な女性”の姿を形作るようプログラムされている。カウンセリングを受ける人間によってその姿は千差万別。ある者は母親を、ある者は恋人をモデルにした姿を取り、深層心理の健康管理を効率よく行いやすくしているのだ。

 モデルになるであろう人物の姿は、カウンセリングを受ける人間の記憶から形作られる。故に、キースの前に現れるマザー・イライザも、そこから形作られているはずだ。……けれど、キースは“自分の前に現れるマザー・イライザ”の姿に関して、一切の記憶が無い。

 

 ――これが意味するものは、何だ?

 

 得体の知れぬ恐怖を感じ、キースは咄嗟にかぶりを振った。

 

 

「何を、くだらないことを……! そんなことは有り得ない!」

 

「貴方は僕たちとは違うのさ。言ったろ? 人形さ! マザー・イライザの(つく)った“人形”なんだ!」

 

 

 シロエは何が面白いのか――或いは、キースを嘲っているのか、憐れんでいるのか、狂ったように笑い続ける。

 暫し笑い続けていた彼は、再び眦を吊り上げてこちらを睨みつけた。

 

 

「――僕は、忘れたくなかった。離れたくなかったんだ」

 

 

 過去の記憶に思いを馳せるようにして、シロエは言葉を続ける。

 

 

「僕の生まれた街……あの光も、風も、空気も! 父さんも母さんも……! もう、大好きだったことしか思い出せないけど……。……でも、テラズ・ナンバー5……奴だけは――」

 

 

 シロエの言葉は、それ以上続かなかった。キースの部屋の扉が開き、武装した兵士たちが雪崩れ込んできたためだ。

 

 

「セキ・レイ・シロエ! マザー・イライザの命により、貴様を逮捕する!」

 

 

 兵士たちは容赦なくシロエを押さえつける。キースは必死になって手を伸ばすが、兵士たちに体を掴まれて身動きが取れない。

 そのまま、キースは兵士たちによって無理矢理部屋の外へと引きずり出されそうになる。そのとき、シロエがキースを見て叫んだ。

 

 

「忘れるな、キース・アニアン! フロア001(ゼロゼロワン)、フロア001……! 自分の目で、真実を確かめて――」

 

 

 それ以上、彼の言葉は続かなかった。シロエを押さえつけていた兵士が、スタンガンを用いて彼を気絶させてしまったためだ。

 茫然と名前を呼ぶキースを尻目に、兵士たちは手慣れた様子でシロエを連れて行こうとする。その際、兵士の1人がこちらを一瞥した。

 

 

「スーパーエリートが逃亡補助か。いずれ、マザー・イライザからコールがかかる。沙汰はそこで下されるだろう。それまで待機だ」

 

「…………」

 

 

 “マザー・イライザに反抗する人間の逃亡補助をした”――すべてが終わってしまった今になって、その事実がキースの心に重くのしかかって来る。

 自分が規則を破るような真似をするだなんて思わなかった。以前の自分だったら、フロアでシロエと遭遇した時点で、彼をマザー・イライザの元へ突き出していただろう。

 けれど、それは出来なかった。生意気な笑みを浮かべてキースを煽って来た少年と言葉を交わすうちに、自分の奥底で何かが芽生えつつある。それが、マザー・イライザへの通報を躊躇わせた。

 

 頭の中がおぼつかない。色々なことが起こりすぎて、何もかもが追い付かないのだ。

 

 そのとき、ふと、キースの目に留まったものがあった。シロエが大事に抱えていた1冊の絵本。タイトルは――確か、『ピーターパン』。

 恐らくだけれど、あの本は、セキ・レイ・シロエに残された“大切なもの”の1つなのだろう。そう思ったとき、キースは兵士を呼び止めていた。

 

 

「待ってください」

 

「なんだ?」

 

「これを」

 

 

 ピーターパンの絵本を差し出す。シロエは気を失っており、既に担架に乗せられていた。

 キースは担架の上に絵本を置く。兵士たちがシロエを連れて行ってしまう姿を、見ていることしかできなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「どうした? 浮かない顔して」

 

 

 PCでレポートを作成していたキースに声をかけてきたサムの様子は、普段と全然変わっていないように思えた。

 昨日の実習でミュウからの精神干渉を受けた際、彼はミュウの長を『育英都市にいた頃の親友だった』と言い、酷く動揺していたというのに。

 

 

「別に……。お前こそ、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫って、何が?」

 

 

 サムはきょとんとした様子で首を傾げる。――それを見たキースは、思わず息を飲んだ。それでも気にはなるので、口を開く。

 

 

「いや……昨日の訓練飛行のことで――」

 

「おはよーっす! ――あーあ、今日は訓練飛行かァ」

 

「ああ。今日はしっかりやれよな!」

 

 

 キースがサムに話しかけようとしたタイミングで、別の同級生が声をかけてきた。彼とサムが交わす会話は、昨日の同じ時間帯に聞いたものと同一だった。

 彼らの話を聞く限り、2人は“今日が訓練飛行である”と思っているらしい。そんな馬鹿なことがあるか――キースは思わず立ち上がり、サムと同級生を置いて駆けだした。

 

 一体全体、何が起こっているのだろう。

 

 昨日のことを、キースはハッキリと覚えている。1週間ぶりの訓練飛行、人類の敵であるミュウからの接触、それによって航行不能になった宇宙艇があわや第三次一歩手前になったこと、そして――自分たちに接触してきたミュウを“自分の親友だ”と語り、酷く動揺していたサムの姿。

 あの後のキースは、同級生や先輩後輩に取り囲まれ、プロフェッサーから背中を押されてしまい、サムをあの場に置いていくことしかできなかった。昨日、最後に彼の姿を見たとき、途方に暮れていた姿は今でも鮮明に残っていた。――なのに、どうして!?

 

 

(あんなにショックを受けていたのに……! サム、何も覚えていないのか……!?)

 

 

 昨日、一緒に訓練飛行を受けていた生徒たちの名前を頭の中でリストアップしながら、キースは走る。

 

 

「昨日? 何かあったっけ?」

 

「ミュウ? 誰それ?」

 

「勉強のし過ぎか? 疲れが溜まってるんだよ」

 

 

 誰に尋ねても、昨日のことを覚えている者がいない。誰もが精神的にショックを受けたであろう出来事だったはずなのに、()()()()()()にされている。

 先日の出来事を訪ねまわることに見切りをつけたキースは、踵を返してラウンジへ向かった。授業時間外の下級生――特に、シロエとよく話していたであろうアタラクシア出身の生徒を捕まえる。

 

 

「キミたち、セキ・レイ・シロエという生徒を知らないか?」

 

「シロエ? そんな子、知りませんけど……」

 

 

 驚愕するキースを尻目に、下級生たちは怪訝そうな顔をしたまま足早に立ち去っていく。背中を撫でる悪寒の正体を、キースは掴むことが出来ないまま。

 

 

『自分の目で、真実を確かめろ!』

 

「――お、いたいた。早く支度しないと、教官にどやされるぞ?」

 

 

 背後から肩を叩かれ、振り返れば、訓練飛行用の宇宙服に身を包んだサムがいた。普段通りの快活な笑顔を浮かべる彼は、案の定、昨日のことなど何も覚えていないのだろう。

 いつものサムの、いつもの姿。何も変わらない、何もおかしなところのない、普段通りのサム・ヒューストン。昨日の記憶が無いことを知らなければ、この違和感を抱きすらしなかった。

 共に行くよう促してくるサムに対して、何と答えを返せばいいのか――キースが考えあぐねていたとき、突如ラウンジが騒がしくなった。

 

 画面に映し出されたモニターにノイズが走る。生徒たちは故障を疑っているようだが、キースにはシロエの《聲》が《聴こえた》。

 彼はキースに向けて言っている。『自分の目で、真実を確かめろ』、と。真実――その言葉が何を意味しているのか、キースは分からない。

 

 一体ここで何が起こったのか、一体ここでこれから何が起きようとしているのか。得体の知れぬ不気味さに気圧されながらも、キースはシロエに思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 “自分以外の人間たちの記憶が改竄、或いは消去されている”――これはあくまでも、『Toward the Terra』という小説作品内で行われた出来事だ。つまりはフィクションである。

 けれど、人々の反応やキースが置かれた状況に対して、クーゴは強い既視感を抱いていた。……何せ自分も、()()()()()()()()()()()()()()()()()ので。

 

 

(ビリーの言う通りだ。……ここ最近、ユニオンで起きた“第3者からの介入で、モラリア戦役の映像が生中継された”一件のアレコレとよく似てる)

 

 

 ユニオン内部で()()()()()()()()()()出来事も、丁度、ガンダム調査隊以外の人間の反応はこんな感じだった。誰もが口を揃えて『そんな事件は起きていない』、『何も問題ない』と答えている。最終的には、『クーゴたちの気のせい』ということにしなければいけなかった。

 ステーション内を駆けまわり、“昨日の訓練飛行でミュウが接触してきた”出来事や“セキ・レイ・シロエという少年”の存在を聞きまわっていたキースの気持ちがよく分かる。クーゴも彼と同じく、得体の知れぬ恐怖感と言葉に出来ない焦燥感に駆られたものだ。

 

 S.D.体制下では、人間の記憶を好き放題に弄繰り回すための技術が使われている。特に、記憶消去が徴用されている印象が強い。

 14歳を迎えた少年少女に義務付けられた成人検査を筆頭に、S.D.体制の維持というお題目で、こういうことは行われてきたのだろう。

 この作品はフィクションだし、読者に対して世界観も説明されている。だから、“そういうもの”と飲み込むことができた。

 

 ――じゃあ、クーゴが体験してきた“ソレスタルビーイングの武力介入生中継”に関するアレコレについては?

 

 

(少なくとも、俺たちの生きている西暦2300年代には、“人の記憶を自在に弄繰り回す”ような技術は生まれていないはず――)

 

 

■人検■(しゅくふく)を始めます』

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――■■■として、“青き星(■■)”の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 ――フラッシュバックしたのは、見知らぬ光景。

 

 

「――“てんしさま”」

 

 

 ――口をついて出たのは、覚えのない単語(ことば)

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 映像が消えていく様は、いつか感じた恐怖と似ている。無数の手が視界を目隠ししていくような――目隠しをされてしまったら、()()がなくなってしまうような。

 背中に駆け抜けた悪寒に体を震わせる。「アレはダメだ」という漠然とした危機感を覚える。あの映像がすべて消えてしまったら――()()は、この世界から消えてしまうだろう。

 

 空を目指した大切な約束を、生きることを諦めかけていた自分に希望を見せてくれた“おはなし”を、『空で待っている』と語った金髪碧眼の男性の笑顔も、『大好き』だと言ってくれたペールブルーの髪に御空色の瞳を持つ天女みたいな綺麗な人のことも、全部なくしてしまうのだ。

 

 

『――僕は、忘れたくなかった。離れたくなかったんだ』

 

 

 作中内で叫んだセキ・レイ・シロエの言葉が脳裏をよぎる。

 “何一つとして奪われたくなかった”という悲嘆と憤怒。

 必死になって守ろうと足掻き、それでも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 次の瞬間、ずきりと頭が痛んだ。

 ノイズ塗れの世界の向こうで、何かが点滅して《視える》。

 

 

『“てんしさま”に選ばれたということは、とても光栄なことなのよ』

 

『おまえは“てんしさま”の■■■として、この世界を■■していく役目を担うんだ』

 

 

 そう言った両親は、不気味な笑みを浮かべていた。血の通った表情ではなく、まるで機械と見間違える程に無機質な表情。

 それに異を唱える自分の言葉なんて全く聞いてくれない。この場にいる大人たちはみんなそうだった。

 

 彼/彼女らの様子がおかしいことには気づいていた。だって、いつもはこんな、血の通っていない無機質な表情(かお)なんてしない。負の感情を見ることの方が多かったけど、みんな血の通った表情を見せる人だったし、顔や声を聞けば感情を察することができた。

 

 昨日まで、何もおかしなことはなかった。おかしくなったのは今朝からだ。正確には、自分と片割れの誕生日。

 “おはなし”に出てきた男の人から『友』と呼ばれて、“おはなし”に出てきた女の人から『大好き』だと言われて、片割れから青い蛇の目傘を貰った、幸せな日だったのに――!

 

 

『あんなくだらない“おはなし”と引き換えに、お前が元気になってくれるなら安いものだよ』

 

『“てんしさま”の祝福を受けて、■■の当主に相応しい人間になるんだ』

 

『お前はそのために生まれてきた。そうして、そのために生きていくんだ』

 

 

 大人たちの言葉に思わず目を剥く。

 

 自分にとっての“おはなし”は、心を奮い立たせる大切なものだった。『生きたい』という願いを抱いた大事な理由だった。生きる希望を抱かせてくれた、鮮やかで鮮烈な旅路の物語だった。『空で会おう』という大切な約束を果たすために、自分は今まで頑張って来た。

 多くの大人たちが『長生きできない』と諦めたように零している中、唯一、自分の願いを肯定してくれた片割れ以外で心の支えになっていた希望だった。――それを、大人たちは『くだらない』の一言で切り捨てる。自分の願いを踏み躙り、撃ち落とそうとするのだ。

 嫌がって暴れる自分を無理やり引きずって、大人たちは自分を祭壇まで連れていく。四肢を拘束され、頭を一点に固定される。眼前に浮かび上がったのは、大人たちが“てんしさま”と呼んで崇め讃える存在――マスコットのような楕円形の体に、聖母の彫像を思わせるような顔を持ったナニカの姿。

 

 

成人■■(しゅくふく)を始めます』

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――■■■として、“青い星(■■)”の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 無機質なアナウンスが響き渡る。ナニカが自分の目を覆わんとする気配を察知し、思わず自分は首を振った。

 頭を無理やり抑えられる感覚を振り払って、逃れようと抵抗する。

 

 

『抵抗は無意味です。祝福を受けなさい』

 

『■■■に選ばれたことは、名誉なことなのです』

 

 

 ナニカは平坦な声で言い放った。無数の腕が自分に絡みついてくる錯覚――錯覚にしては、どこかリアルさを伴う感覚(モノ)だった――に、自分の逃げ場がないことを思い知らされる。

 無数の手が自分の目を覆い始める。完全に光が見えなくなってしまったら――再びこの手が視界を解放したら、きっともう、自分は“この世界”から完全に消え失せてしまうのだろう。

 

 

『さあ、行こうか。フラッグファイター――いいや、■■■■■■ズ隊、副隊長』

 

『キミが空を目指すなら、我々は必ず相見えるだろう。……空で待っているぞ、我が友よ!』

 

 

 金髪碧眼の男性の顔がよぎる。

 自分を友と呼び、快活に笑った彼との“おはなし”を奪われたくない。

 自分はその約束を果たしたいと願ったから、頑張ってきたのだ。

 

 

『――大好きです』

 

『ずっと、ずーっと、貴方に伝えたかった!』

 

 

 ペールグリーンの髪をハーフトップに束ねた女性の姿がよぎる。

 こんな自分を『大好き』だと言って、幸せそうに微笑んだ彼女との“おはなし”を奪われたくない。

 彼女の言葉に背中を押されたから、“生きたい”という願いを素直に掲げられるようになったのだ。

 

 

『たとえ、今、お前/貴方/キミの傍にいなくとも』

『――それでも、僕/俺/私/あたしたちは“ここ”にいるから』

 

 

 『だから忘れないで』と言って笑った人々の姿がよぎる。

 彼/彼女が強大な敵に立ち向かう姿に、勇気を貰った。希望を貰った。背中を押された。

 彼/彼女と共に戦い抜いた“おはなし”を奪われたくない。

 

 “おはなし”でしかないのかもしれないけれど、彼/彼女たちと一緒に過ごした時間はかけがえのないものだったから。

 

 視界が手で覆われていく。比例するように、視界がどんどん暗くなっていく。

 あっという間に、自分の視界は一筋の光が差し込むまでに狭まり、闇に飲まれていた。

 

 

『だれか、たすけて』

 

 

 ――助けを求める声を上げたのは、誰だった?

 

 ――その声に■■■のは、■だった?

 

 

<――だめ>

 

 

 りぃん、と、澄み渡る音がした。誰かに目を隠される。青い光が瞬いた。

 ()()()()()()()()()()ような気がしたのは、何故だろう。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

<――……っ>

 

 

 誰かが酷く驚いた顔をしたような、気がする。

 泣き出しそうな気配を感じたのは、何故。

 

 その気配を掴もうと手を伸ばしたが、何も掴めないままだった。

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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