問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



29.亡くしたネバーランド

 

 セキ・レイ・シロエは歩いていた。ピーターパンの呼びかけに応えるようにして、ふらふらと歩いていた。

 どこへ向かっているのかはわからないけれど、どこを歩けばいいかは分かっていた。だから、迷うことなく足を進める。

 

 体が鉛のように重い。一歩踏み出すだけでも呼吸が乱れる。でも、足を止めることはしない。

 

 キーを入力する端末は、何もしていないのに吹き飛んだ。

 閉ざされていた扉は、シロエが近づいただけで破壊された。

 道は開けた。遮るものは何もない。今なら、どこへだって行けそうな気がする。

 

 

「僕も行きたいよ。ネバーランド」

 

 

 自分が唯一、故郷から持ってこれたもの――ピーターパンの絵本を抱えて、シロエは呟いた。

 

 

『ネバーランドよりも、もっといいところがあるぞ』

 

『どこ?』

 

『――地球(テラ)だよ』

 

 

 子どもの頃、父が言った。彼の顔を思い出すことは叶わない。

 父はいつも、地球(テラ)の話をしてくれた。

 緑と水に満たされ、生命(いのち)を育んだ、母なる星。

 

 いつか、お前もそこへ行けるだろう――。

 

 父の言葉を思い出して、シロエは足を進めた。

 

 ふと、周囲を見渡す。

 そこには、練習用に乗り込むシャトルがあった。

 

 

(これに乗れば、ネバーランドへ行ける……!)

 

 

 シロエはふらふらとした足取りで、シャトルを目指す。

 

 重い体を引きずりながら、シロエはどうにかそこへとたどり着いた。シャトルの扉が開き、メインシステムが勝手に動き出す。

 これならすぐに飛べるだろう。シロエはほっとしたように息を吐き、椅子に腰かけた。エンジンが起動し、シャトルが宇宙(そら)へと飛び出した。

 ピーターパンの本はどこに行ったのか。背後の席に視線を向ければ、絵本は後部座席に置かれていた。シロエは天井を仰ぐ。

 

 

(ピーターパン……青い星(テラ)に行きたいよ)

 

 

 シロエは願い続ける。彼の願いに呼応するかのように、シャトルは宇宙(そら)を突き進んだ。

 シロエの望んだネバーランド――青い星(テラ)へ向かって。

 

 

「『ああ』……『見て、葉っぱが落ちてる』……。『ピーターよ。ピーターパンが来たんだわ』……」

 

 

 両親がいつも読み聞かせてくれた絵本を諳んじながら、シロエはぼんやりと宇宙(そら)を見上げる。

 後部座席に置かれた本が、シロエの朗読に合わせて勝手にページをめくり始めた。

 

 物語を読み進めるうち、シロエは気づいた。――パパとママが、いない。

 

 

「パパ、ママ、どこにいるの!?」

 

 

 後部座席を振り返れば、探し人はそこにいた。シロエはほっとして表情を緩めた。

 

 

「ああ、そこにいたんだ。よかった……」

 

 

 シロエは両親に笑いかける。そこに誰もいないことに、気づかないまま。

 彼の世界は、成人検査以前のままで止まっている。大人になることを拒否したかのように。

 

 

「安心してね。ピーターパンが、パパとママも一緒だって……」

 

 

 シロエはゆっくりと宇宙(そら)へ視線を向ける。

 

 

「一緒にネバーランドに……青い星(テラ)に連れてってくれるって。ね、ピーターパン?」

 

 

 

***

 

 

 

「前方を飛行中の練習船、停船せよ。停船せよ。――シロエ!」

 

 

 必死になって呼びかける。でも、船は停止する様子を見せない。むしろ、どんどん加速していく。

 

 

「シロエ……」

 

 

 操縦桿を握り締めて、青年はぽつりと呟いた。

 

 初めて会ったときから、シロエはいつも青年に対して挑戦的だった。でも、青年は相手にしなかった。無意味なことだと思っていたからだ。

 しかし、彼はやめなかった。無視されても、呆れるほどしつこく、必死になって、どこまでも食い下がってきた。友人を侮辱し、挑発を続けた。

 そして青年は、感情のままにシロエを殴り飛ばした。何故あんなことをしたのか、今でも青年はよくわからない。

 

 けれどあのとき、青年の中で何かが起きた。何かが生まれた。

 混乱……いいや、高揚した。熱く、苦しく、――痛い。

 

 

「お前を思い出すと、イライラした」

 

 

 どろどろした感情を吐き出すように、青年は呟く。

 青年にはわからなかった。自分の中に蠢く、この感覚の正体が。

 

 

「……しかし、何故マザーに逆らうのかと訊いた。命が惜しくないのか、と」

 

 

 だが、違う。

 

 

「多分、本当は――」

 

<――嫌だ!>

 

 

 不意に、声がした。シロエの声だ。

 

 

<大人になんかなるもんか! 大人になったら学校に行って、もっと大きくなったら働きに行かされて……! 大好きなママも、大切なものも、みんな無くしてしまう! そんなの絶対にゴメンだ!!>

 

 

 その叫びこそが、彼の全て。

 マザー・イライザに逆らう、絶対の理由だった。

 

 

(シロエ……お前は……)

 

「撃ちなさい」

 

 

 青年の感情を遮るように、マザー・イライザの命令が下された。

 

 

 

 

 

 

 読み進めてはいけない。読み進めれば、セキ・レイ・シロエの運命が進む。

 

 しかし、読み進めなければ、ユニオンは悪の組織の技術協力を受けられないのだ。気が進まないが、読まねばならないだろう。

 真実から目を逸らすな。運命から目を逸らすな。そう叫ぶかのような文章に責め立てられる。クーゴは大きく息を吐いて、ページを進めた。

 

 人類サイドの主人公――キースはマザー・イライザの命令を受けて行動を始める。彼に与えられた任務は、反逆者の処刑であった。

 処刑対象は逃走を続けるセキ・レイ・シロエ。初めて、主人公はマザー・イライザの命令に疑問を抱く。その命令は、本当に正しいのか、と。

 主人公は躊躇い、迷いながらも、マザー・イライザの命令を忠実にこなそうと試みる。しかし、彼は引き金を引かなかった。引けなかった。

 

 

(葛藤、か)

 

 

 序盤の彼から考えると、随分人間らしくなったものだ。

 機械の申し子と呼ばれた青年が、初めて感情をあらわにしている。

 

 悲劇は止まらない。ページを止めれば、物語は止まったままだ。止めることができるだろう。

 

 止まっていて欲しい。けれど、時間は誰にだって等しく流れる。物語だって同じだ。進まなければ、進めなければ。

 長い躊躇いを経て、クーゴはページをめくった。彼らの時間が流れる。――悲劇へのカウントダウンが、進む。

 

 

 

 

 

 

 シロエはふと顔を上げた。そこに、ピーターパンがいた。

 

 彼のシャトルに人がいたら、「そこには誰もいない」と言うだろう。

 しかし、子どものまま時を止めたシロエには、ピーターパンの姿がはっきりと《視えて》いた。

 

 

「ピーター、迎えに来てくれたんだね! 約束通り、迎えに来てくれたんだね!」

 

 

 ここだよ、とシロエは叫ぶ。僕はここだよ、とシロエは叫ぶ。

 そうして、シロエはゆっくりと手を伸ばす。祈るように、願うように。

 大きく手を広げて、円を描く。彼の瞳には、青い星(テラ)がはっきりと《視えて》いた。

 

 

「みんなで行こう。青い星(テラ)へ」

 

 

 ピーターパンが微笑む。両親も頷く。

 シロエが心配することは、何もない。

 

 

「僕は自由だ。自由なんだ!」

 

 

 それを噛みしめながら、シロエは微笑んだ。

 

 

「いつまでも、どこまでも、この空を自由に飛び続けるんだ!」

 

 

 

***

 

 

 

 キースはスイッチを押した。

 

 充填されたエネルギー砲が、無防備な練習船を撃ち抜く。

 美しい光を残し、練習船は木端微塵に吹き飛んだ。

 

 あたりに漂う残骸を見つめて、彼は息を吐く。生命反応はない。

 

 

「シロエ……」

 

 

 青年は、己が手にかけた少年の名前を呼ぶ。その声は、ひどく震えていた。

 視界が歪み、頬を熱いものが流れる。その現象の正体を、彼はまだ、知らない。

 

 

 

 

 

 

 クーゴは本を閉じた。ほぼ反射的な行動だった。

 

 そのまま、壁にもたれかかる。大きく息を吐いて口元を抑えた。視界がわずかに滲んだような気がして、ゆるりと瞼を閉じる。

 何故、ページを進めたくなかったのか、理由が分かった気がする。クーゴもまた、大人になることを拒んだシロエと同じだったのだ。

 命が亡くなってしまうことに、耐えられなかった。その予感から、先に進むことができなかった。それが大人になることなのだと、認めるのが嫌だった。

 

 

「重い」

 

 

 たかがSF。たかが創作。そう侮っていた時期もあった。

 クーゴの甘い認識を、『Toward the Terra』は見事に打ち砕いたのである。

 

 大人には身につまされる話だ。大人になればなる程、身動きが取れなくなる。責任の重さに押しつぶされたり、己の意に反することをやらされたり、仕事に忙殺されてしまったりと様々だ。

 子どもの頃は信じていた。「大人になれば、もっと色々なことができるようになる」と。大人になるにつれて、その気持ちすら忘れてしまった。シロエは気づいてしまったのだろう。大人になることの残酷さを。

 作中で登場したピーターパンの一節にも、大人になることを説いた部分があった。その空虚さを、やるせなさを強調するかのように。世界の残酷さに順応していかざるを得ないという事実に対する悲しみ――その権化が、セキ・レイ・シロエだった。

 

 クーゴはどうだろう。病弱で無力だった幼少時代、大人になることすら叶わないと言われていた。でも、今、自分は大人になっている。

 

 ユニオン軍の軍人となり、仲間たちと空を翔けている。ガンダム調査隊に所属する者として、日夜仕事に追われている。そんな自分を見た少年時代の自分は、何を言うだろうか。

 気が進まない任務を受けたこともあった。人を守るためだと言い、何人もの人を殺してきた。本当にこれでいいのかと自問自答を繰り返したことだってある。それでも、クーゴは前へ進んできた。進まなければならなかった。

 

 

「『大人になったら、忘れてしまう』……」

 

 

 セキ・レイ・シロエの台詞を思い出しながら、クーゴは目を伏せた。

 

 28歳。どこからどう見ても、クーゴ・ハガネは大人である。自分がここに至るまで、手に入れたものばかりを見てきた。

 もしかしたら、ここに至るために、無意識に捨ててしまった『大切なもの』があったのかもしれない。

 思い出すことが困難になるくらい、自然に諦めたこともあったのかもしれない。そんな気がする。

 

 少年時代の空護(クーゴ)に思いを馳せる。

 星空ばかりを見上げていた少年の後ろ姿が見えた。

 

 

(昔は、星空が好きだった。宇宙の果てに行きたいって、ずっと思ってた)

 

 

 でも、クーゴはその夢を諦めた。いや、それ以上に追いかけたいものができた。

 虚憶(きょおく)で出会った人たちが言っていた。「空で待っている」と。

 

 約束をしたのだ。彼らと出会うために、空を目指す。その決意を抱いて、クーゴはここまで来たのである。

 

 

(そうだ、昔は――)

 

 

 過去を紐解いていたとき、不意に、何かが《視えた》気がした。

 

 誰かが少年に笑いかけている。少年もまた、誰かに笑い返した。

 2人はとても仲がいい。病弱な少年と活発で明るい誰かは、生まれた頃からずっと一緒だった。

 中々外に出れない少年に代わり、誰かがいつもいろんな話を聞かせてくれて――

 

 

<――お願い>

 

 

 ――りぃん、と、澄み渡った音がした。

 聞き覚えのある(聞き覚えの無い)――聞き覚えの無い(聞き覚えのある)、誰かの声。

 

 

<――()()()()()()()

 

 

 ずきりと頭が痛んだ。

 もう何も、思い出せない。

 

 ――そのことが、苦しくて悲しくて仕方なかった。

 

 

「……己を破滅させてしまう程、愛していたんだな」

 

 

 隣にいたグラハムが、鉛を吐き出すような声で呟いた。見れば、『Toward the Terra』・ミュウ篇の下巻は閉じられている。

 そういえば、ちらりと覗き込んだページでは、「母になりたい」と願っていた女性が愛する男性と結ばれ、子宝にも恵まれていたところで事故が起きた場面だったか。

 事故によって夫が亡くなり、悲しみに暮れていた母を励ましていた子どもの話が出ていたように思う。父が育てていた花を、墓に供えていた。

 

 内容を読んだというよりは、挿絵を拝見しただけにすぎないのだが。

 

 

「愛する者、愛する者と育んだ結晶――あるいは忘れ形見であり、もう1つの愛する者……。そのすべてを失ったがために――」

 

 

 グラハムは言葉を切った。大きく息を吐きだし、本を片付ける。

 クーゴもそれに続いた。今日はもう、これ以上読み進められそうにない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「武術ゥ?」

 

 

 ベルの言葉を聞いたアルテラは、変なものを見るような眼差しを向けてきた。

 

 

「アタシたちは“同胞(■■■)”よ? しかも、この艦で一番強い荒ぶる青(タイプ・ブルー)なんだから。そんなもの必要ないじゃない」

 

「だってみんな■■■■波メインばっかりじゃん。1人くらい、肉体的に丈夫なタイプや浪漫戦術使う奴がいたっていいと思うんだけど」

 

「そんなものなくたってベルは強いじゃない! ……アタシよりも、ずーっと」

 

 

 ベルの実力を認めて褒めてくれるアルテラだけれども、彼女のご機嫌は斜めだ。

 ……さもありなん。彼女はナスカチルドレンのナンバー1にして、同世代の中で最強の“同胞(■■■)”・トォニィにお熱である。

 同世代内部で■■■■波の訓練――特に模擬戦をすれば、誰1人として彼に勝てた“同胞(■■■)”はいないのだ。

 

 ベルでさえ、ギリギリ引き分けに持ち込むのが関の山。ついでに付け加えれば、ナスカチルドレンのナンバー2争いを繰り広げているのはベルとイニーの2人だし、ナンバー4はエルガンが独占している。

 トォニィの傍で彼を支えたい、ずっと一緒にいたいと願っているアルテラにとっては面白くなかろう。そういう風にむくれる顔も可愛いんだよなァ――なんて考えていたら、アルテラはしかめっ面になっていた。

 

 

「アタシはトォニィ一筋なの!」

 

「アルテラが生まれた頃から知ってるよ。ずっと見てきたし、相談にも乗って来たからね」

 

「ア゛ーッ、そういうとこォ!!」

 

「ところでアルテラ。トォニィにちゃんと“好き”や“愛してる”って言えた? トォニィはニブちんだから、『貴方の子どもを孕ませてくれ』って言った方が早いかもよ?」

 

「最低!!!」

 

 

 アルテラは錯乱でもしたかのように頭を抱えて吠えた後、「もういい! 知らない! 勝手にやればいいじゃない!」と言い残してその場から離脱してしまった。

 

 彼女の背中を見送った後、ベルは他の面々にも声をかけてみる。結果はトォニィ、イニス、エルガン以外が<また変なこと始めた>、<好きにすればいいと思うよ>と言って我関せずを貫いた。

 対して、名前が挙がった面々は二つ返事で協力を申し出てくれた。ナスカチルドレンのトップ4の行動原理は、“敬愛するグラン・パ――ジョミーの役に立ちたい”、或いは“笑顔が見たい”である。

 

 

「なんで武術の訓練をしようと思ったんだ?」

 

「浪漫を感じたから」

 

「……本音は?」

 

「浪漫を感じたのが本音。『フィジカルにも割り振った“同胞(■■■)”がグラン・パくらいしかいないな』って思ったのが動機かなァ」

 

 

 ひとしきり訓練を終えた後、話しかけてきたトォニィの問いに答える。

 

 

大グラン・パ(ソルジャー・ブルー)もすっごく強い荒ぶる青(タイプ・ブルー)だったけど、肉体面の脆さを突かれて追い詰められてたところがあったじゃん。そこをカバーできるタイプが1人いるだけでも、少しはマシになるんじゃないかなーって思っただけなの」

 

「……相変わらず、ベルの発想は変わってるよな」

 

「でも、頭ごなしに否定したり、馬鹿にしたりしないよね。そういうとこ、まとめ役に向いてると思うよ。実際、ナスカチルドレン(あたしたち)を纏めているのはトォニィだしね」

 

「僕はただ、グラン・パの役に立ちたいだけだよ」

 

「あら。それは私と同じね」

 

 

 トォニィとベルが談笑している中、イニーが楽しそうに加わって来た。

 彼女もまた、グラン・パ――ジョミーを敬愛している同年代の1人だ。

 

 

「出来ることなら、もう一度、あの人が笑っている姿を見てみたいものだわ」

 

「そのためにも、俺たちは成果を挙げ続けないとな」

 

 

 ちょっとボロボロになったエルガンも、イニーの言葉に同意する。

 

 ナスカが滅びを迎えて以降、グラン・パは冷徹な指導者として振る舞い、人類と戦う道を選んだ。優しくて涙脆く、思慮深かった彼の姿を見たのがずいぶん昔のように思える。

 両親と同年代――或いは、グラン・パと同世代の“同胞”は、ベルたちナスカチルドレンとは別ベクトルで、指導者たるジョミーのことを畏怖していた。

 勿論、嘗てのタカ派だった長老・ゼルでさえ『皆殺しはやりすぎだと思う』と控えめに苦言を呈するレベルだ。今の彼から見れば、ジョミーはタカを通り越してフェンリルに見えたことだろう。

 

 ジョミーが心を閉ざしてしまったことに気づいている“同胞”は何人いるだろう。ナスカチルドレンのリーダー格であるトォニィは、敬愛しすぎているせいでまだ気づいていない。

 グラン・パと同世代の“同胞”たちも、嘗ての姿を知っているはずなのに『変わってしまった』の一言で終わらせている。……今の彼は、孤独であった。それを癒すための術など、何1つない。

 

 

「あたしたちには、戦い続けることしか出来ないからね」

 

「ナスカで命を落とした人々の未練や無念を晴らす方法を、彼は“青い星(テラ)帰還(かえ)る”ことに見出した。だからあの人は、戦う道を選んだのよ」

 

「人類に踏み躙られた過去は変えられないし、未来のために奴らを叩き潰した過去も然りだ。――だが、俺は信じている。積み重ねた犠牲は、俺たち“同胞(■■■)”の未来を勝ち取るためのものだと」

 

「……相変わらず、難しいことばっかり考えてるよなあ。3人は」

 

「お前の年齢、本当は4歳だもんな」

 

「エルガンの方が僕より年下じゃないか。キミ、本当は1歳だろう?」

 

 

 顔を見合わせて頷き合うベル、イニー、エルガンの姿を見ていたトォニィは肩を竦める。

 最年長が見せた子どもっぽい一面に目を細めたエルガンだが、彼はナスカチルドレンの最年少だ。

 げんなりした顔のトォニィからツッコミを貰ったのは、当然のことである。

 

 

 

 

 

 

「おい、どうなってる!? 護衛用のMDたちはどうした!?」

 

「コントロールが効かないんだ! どいつもこいつも、勝手に白いガンダムの方に突っ込んで行きやがる!」

 

「こんなときに限って……!」

 

 

 MDを伴って、マスード・ラフマディーを別の場所に拉致しようとした傭兵どもの悲鳴が聞こえる。

 そのドサクサに紛れて、女性は彼らの背後へと移動した。音も立てず、何の前触れもない襲撃に、“人間”が対応できるはずがない。

 

 

「破ァ!」

 

「がふっ!」

 

 

 拳を振りかぶりながら力を籠めれば、青い燐光が瞬く。横っ面から一撃を叩きこまれた傭兵が錐揉み回転しながら宙を舞った。奴は別の男も巻き込み、車の荷台から落下していく。

 

 つい先程、女性は別の場所にいる傭兵たちの拠点を壊滅させた。保守派に脅迫されてマリナ襲撃を企てざるを得なかった婦人の家族を救出し、自宅まで送り返してきたばかりである。

 3日後は丸一日寝て過ごすことになりそうだ。年を取るのは本当に嫌なことである。女性はのんびり考えながら、逃げようとする車を蹴りで吹き飛ばした。先程の人間同様、トラックが錐揉み回転しながら地面に叩き付けられた。

 人間は全員無事である。力の微調整もお手の物だ。昔はしょっちゅう幼馴染――主にエルガン――を巻き添えで吹っ飛ばしていたけれど、何度も練習したことは無駄ではなかった。女性はそんなことを考えながら、次はMDに攻撃を仕掛ける。

 

 青い光を纏い、勢いよく飛び蹴りをかます。MDのカメラには、ダイナミックな構図で女が突っ込んでくる様子が映し出されていることだろう。

 その突撃を喰らっただけで、MDは地面に叩き付けられて大破した。なかなかシュールな光景だ、なんて女性は考えた。

 

 

(おや、ソレビの協力者もなかなかやるわね)

 

 

 視界の端に映ったのは、中国の民族衣装を身に纏った男性である。目元には仮面を装着し、腰まである黒髪を束ねていた。

 

 彼はその出で立ちと同じく、中国武術で次々と相手を圧倒していく。何人の傭兵が宙を舞い、ねじ伏せられたであろうか。

 最後の1人が倒れ伏す。最後のMDも、ハホヤーの攻撃によって爆散した。備え付けのチャクラムで一刀両断されるという末路に、女性は思わず口笛を吹く。

 

 

(MDのAIに搭載されたアレを、悪い意味で利用した形になったか……)

 

 

 パイロットである“同胞”には、かなりの負担を強いてしまった。大丈夫かと問いかければ、平気だと答えが返ってくる。最近は無茶ばかりさせてしまっているように思う。

 さて。女性はマントを翻しながら振り返る。ぴりぴりした空気を纏った男性と目があった。奥に控えるデュナメスのパイロットも、同じような眼差しを向けてくる。

 女性は深々と息を吐いた。拘束されたままのマスードの元へ歩み寄り、手早くロープをほどいてやる。今回は、彼らに花を持たせた方が得策だ。

 

 今後のことも考えると、彼らにはもっともっと活躍してもらわねばならない。

 そして、生き延びてもらわなければならないのだ。

 

 

「そこのソレスタルビーイング。ぼさっと突っ立ってないで、任務を果たしたらどうなの?」

 

 

 ほら、と。女性はマスードを姫抱きにして、男性へと手渡す。状況が状況なだけに、どちらも困惑した表情を浮かべた。

 

 男性は「はあ」と間抜けな声を漏らしながら、姫抱き状態のマスードを受け取る。青い流星――デュナメスのパイロットが何か思い至ったように、訝し気な感情を向けてきた。

 いつぞやの鹵獲作戦で、彼らは青い流星を目撃している。大立ち回りを演じた自分が同じ光を纏っていたことから、その正体が女性なのでは、と思ったらしい。

 

 

(違うんだな、これが。……でも、しばらくはそう思ってもらっても問題ないか)

 

 

 女性は楽観的に頷き、大きく背伸びした。

 そこへ、エクシアがゆっくりと降りてくる。

 

 

「アンタは一体、何者なんだ? ソレスタルビーイングとは別組織のようだが……何のために?」

 

 

 中国人仮面に立たせてもらったマスードが、訝しげに問いかけてくる。女性は振り返り、もったいぶったように目を閉じた。

 

 

「――ファンです」

 

「ファン?」

 

「マリナ・イスマイール様の、熱狂的なファンです」

 

 

 どや顔で何を言いだすんだ、と、周囲の連中が眼差しで突っ込みを入れてきた。

 その気持ちは分からなくもないが、女性は嘘を言ったつもりもない。

 仮面から覗いた表情からそれを察したのだろう。余計に微妙な空気が漂ってきた。

 

 女性はえっへんと胸を張った。

 

 

「彼女はアザディスタンの太陽です。もしくは、アザディスタンの民の光を受けて輝く月。空にありて、民を照らすべき存在。そんな彼女に、憂い顔や涙は似合いません。……特に、私は女性の泣き顔を見ることが堪えられない。彼女の笑顔を取り戻すためなら、『人間』なんてモノ、喜んで辞めてやります」

 

 

 それを聞いたマスードは、静かに目を伏せた。マリナの味方であるということで、一応納得してくれたらしい。

 

 

「……そうか。だが、マリナ様は、そのために貴殿が『人間』を辞めることなど望まないだろう」

 

「知ってますよ。だから、このことはどうかご内密に。彼女を泣かせてしまうことは本意ではないし、完全に本末転倒だ」

 

 

 女性はそれだけ言って、マントを翻した。力を行使し、この場を離脱する。転移先は――空の上。そのまま、夜空の向うへと飛んでいく。雲を突き破り、大気圏すら超えて、宇宙(そら)へと浮かび上がった。

 こうしているときが、一番懐かしい。敬愛するグラン・パと一緒に、青い星(テラ)を目指していた旅路を思い出す。有事のとき、彼はいつも宇宙(そら)を翔けていた。初代指導者(ソルジャー)の瞳である赤いマントを翻しながら、青い燐光を纏って流星のように翔け抜ける。

 

 脳裏に浮かぶのは、太陽を思わせるような金髪と、夏の緑を思わせるような深緑の瞳を持つ青年。

 幼い自分や同年代の“同胞”と一緒に遊んでくれた、強くて優しい指導者。

 失われた命と無念を背負ったが故に、心を閉ざし、冷徹であろうとした強靭な指導者。

 

 眼下に広がる青い星――地球を見下ろす。グラン・パが目指した場所とは違うけれど、本当に良く似ている。当然だ。何故ならば――

 

 

(……綺麗だなあ)

 

 

 過去を紐解くように、女性は地球を見つめた。

 群青(あお)。懐かしくも苦しい、愛しくも哀しい色だった。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 次から次に倒すべき相手が現れては、次から次に戦場を離脱していく――文字通りの大混戦。おかげで本来の目的が後手後手に回ってしまったが、ここにきてようやくソレを果たすことが出来た。

 

 “金属生命体”との対話は成され、異種族同士の誤解は解消された。対話の成立を示す証として、宇宙に花が咲き誇る。誰もが戦いの終わりを確信し、安堵の息を吐いた。

 刹那と対話した“金属生命体”は、彼女の心を形にしたのだろう。人類に対する深い愛情と祈り――或いは、その答えに辿り着くまでの変遷の断片に触れたような気がした。

 

 

<……そうだな。私はずっと、その想いに守られて――生かされてきたんだよ。刹那>

 

 

 どこまでも優しい《聲》がした。視線を向ければ、慈しむような眼差しで花を見つめる相棒の姿。

 つい数刻前に自爆特攻なんて真似をやらかそうとした男は、どこか泣き出しそうな様子でいる。

 意図的に心を閉ざしてしまったのか、それ以上、彼の《聲》は一切流れ込んでこなかった。

 

 

「――ふざけんな」

 

 

 その不自然さに言及しようとしたとき、どこからか、誰かの声が聞こえてきた。つい数刻前に聞いた郎利のものだった。

 

 

『戦いの中で私は知った。強者などこの世にはいない……。人類はみな弱者だ。弱いものこそ弱者を守れる』

 

『他を理解しようとしない者が、誰よりも他を求めるのか』

 

『平和な世界に必要なのは力ではない! 人を思いやり、理解してやる強い心だ!』

 

 

『強くなくては生きていけない。だが、優しくなければ生きる資格はない』

 

 

『自分の力の弱さを認めて、初めて人は強くなれる。――誰よりも厳しく、戦士としてな』

 

 

 ゼクスの言葉を受けた郎利は、弱気になった金本に引っ張られるような形で戦場を離脱している。エイサップは『このまま終わるとは思えない』と言っていたが、それが現実になったようだ。

 ただ出てくるだけならまだマシだったろう。だが、奴は“めでたしめでたし”で終わりそうになっている現状を認めることが出来なかった。宇宙に咲いた花を吹き飛ばそうとしていたのだ。

 「今更仲良しこよしなんてできない」と叫んだ郎利は――どこから調達したのか――N2爆雷を持ち出していた。エイサップの静止を無視し、奴は“金属生命体”の元へと迫る。

 

 それを目ざとく察知した相棒と“連邦初の革新者”が即座に迎撃態勢を取ろうとしているのが視界の端に見えた。躊躇うエイサップとは違い、容赦するつもりはないらしい。だが、彼らが動くよりも先に、金本が郎利の機体を引き留める方が早かった。

 

 

「金本てめぇ、離せ!」

 

「もういいんだよ郎利。やめていいんだ……」

 

「……畜生! ちっくしょぉぉぉぉおお!」

 

 

 機体の内部で慟哭を上げる郎利と、それに寄り添おうとする金本の姿が《視えた》。

 間一髪踏み止まることが出来た2人の若者の姿を見ていたゼクスとサコミズは、静かに呟く。

 

 

「彼らも知ったのだ。本当の優しさというものを」

 

「キミたちの起こした奇跡によってな」

 

「父上……?」

 

 

 穏やかに語る父親の様子に、リュクスが驚きの声を上げる。

 

 ……さもありなん。数刻前までのサコミズ王は、輪廻の異空間を生み出してしまう程に怒髪天となっていたのだ。

 そんな娘と、娘の仲間たちであるカイルス全体を見回した王の眼差しもまた、優しく聡明なものとなっている。

 恐らく、これが本来のシンジロウ・サコミズの気質なのだろう。“変わった”というよりは、“元に戻った”が正しいのかもしれない。

 

 

「世界は簡単に分かり合える。その道をキミたちは示した」

 

「ええ。これから私たちは学んでいくのですね……」

 

「愛する人を守り続ける本当の意味を……」

 

 

 リュクスの言葉を引き継いだエイサップは、静かな面持ちで宇宙に咲く花を見上げる。

 一つの戦いが終わりを告げ、新たな未来の幕開けが始まった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 ガンダム調査隊が派遣された名目は、他のユニオン軍人たちと同じ『停戦支援』。ガンダムとの戦いを想定して送り込まれたとはいえ、名目上のメイン活動は停戦支援となる。

 戦場や市街地をあちこち飛び回っている間に、ソレスタルビーイングは介入を終えてしまったようだ。彼女たちの情報が入って来たのは、停戦支援関係の仕事がひと段落ついた頃である。

 普段――多分、本当は異常事態なのだけれど――は武力介入映像がリアルタイムで生中継されていたからか、“全てが終わってから情報が入って来る”という状況に違和感を覚えてしまうのだ。

 

 

(まあ、万が一介入されて生中継されたとしても、見る暇なんて無かったけどな)

 

 

 MSと生身を行ったり来たりしていたような状況だったことを思い出し、クーゴはひっそり苦笑した。

 

 アザディスタンの王宮は、護衛用のMSと周囲に集まる人々でごったがえしている。ソレスタルビーイングが王宮に向かっているという情報が入ってきたのは、数時間前のことだ。しかも、人質を連れているという噂もあるらしい。

 ユニオン軍はこれ幸いと、ガンダム調査隊に王宮付近での待機を命じた。ガンダムと交戦することを前提にして、グラハムやクーゴらをここに配置したのだろう。戦闘データの収集、あわよくば鹵獲を狙っている魂胆が見え見えだ。

 

 

「この情報が本当ならば、絶好のチャンスです!」

 

「そうだな。……括目させてもらおう、ガンダム」

 

 

 ダリルが息巻く。ハワードも、何も語らないが、目には炎が燃えていた。グラハムは真剣な面持ちで頷いた。

 そうして、空の貴公子は静かに天を仰ぐ。好敵手――青と白基調のガンダム、或いは刹那の到来を待つかのように。

 

 多分、グラハムは軍や民衆から齎された情報や噂話――所謂“ソレスタルビーイングが保守派の長を人質に取った”系の話題――は信じていないのだと思う。

 そうでなければ、奴は刹那に情報を流すような真似などしなかった。クーゴだって、イデアと刹那に情報を渡した共犯者だし、彼女たちを信じたからこそやったことだった。

 刹那とイデアたちは、この辺りに流れる噂話のように、卑怯な真似などするはずがない。今まで積み上げてきた日々が、共に過ごした時間が、雄弁に叫んでいた。

 

 最も、クーゴが彼女たちを信じる理由――彼女たちの中にある『人の心の光』には、嘘偽りがない――は科学的根拠のない話だから、第3者の理解を得るには難しくなってしまうのだけれど。

 

 

「人質、ね。随分と御大層な名分だ」

 

 

 闘志に燃える面々とは違い、クーゴは憂いを滲ませたまま天井を見上げた。心なしか、妙に纏わりつくような寒気を感じる。

 

 

(「大人は汚い」と嘆いた子どもも、いつかは汚い大人になる。そうやって、大切なものを亡くしていく……)

 

 

 数時間前に読んだ『Toward the Terra』人類篇を思い出す。大人になることを拒んだシロエの叫びが聞こえてきた気がして、クーゴは目を伏せた。

 自分たちへ命令を下した上層部も、自国の優位を確立しようと権謀術策を張り巡らせる政治家も、最初はただ純粋に『人々のため』に努力していたのだと思う。

 理想を掲げ、邁進を続け、壁にぶち当たってしまった。どうしようもないことに打ちひしがれて、それでも必死に突き進む。でも、やっぱり無理で。

 

 そうしていくうちに、いつしか理想を忘れてしまった。忘れなければ、今の地位に立ち続けることができなかったからだ。

 

 最終的には、今の地位を守り続けることや出世すること、自分が栄えることが、最初の頃に抱いていた理想とすり替わっていたのだろう。それが野望と呼ぶべきものだと気づかぬまま。……今の自分は、どうだろう。

 クーゴはぼんやりと考える。このまま盲目的に、軍の命令に従って戦うべきなのだろうか。それとも、何も知らぬときに出会い、《分かり合えた》女性と少女――イデア・クピディターズと刹那・F・セイエイを信じるべきか。

 

 不意に、何かが近づいてくる感覚を覚えた。いつぞや感じた寒気ではなく、どこか温かささえ感じる気配。

 緑の光が瞬く。レーダー画面にノイズが走った。それが意味することは、ガンダムの来訪。

 クーゴは顔を上げた。空での戦いが近づいている。心臓が軋んだ音を立て、早鐘を鳴らし始めた。

 

 

「隊長、副隊長!」

 

 

 ハワードの声に、クーゴは操縦桿を握り締める。手が汗ばんできたような気がした。

 

 

「わかっている」

 

「そっちこそ、準備はいいな?」

 

 

 グラハムが頷き、クーゴが問い返す。

 ハワードとダリルは、間髪入れず頷き返した。

 

 ガンダムが近づいてくる。白と青を基調にしたガンダムと、純白のガンダムだ。誰もが固唾を飲んで、天使と天女の降臨を見守っている。

 AEUの新型兵器披露会を思い出し、クーゴは感嘆の息を吐いた。あの日も、こんな風に晴れていた。それ以前に、初めて2人に出会ったときの天気も晴れだった。

 モニターに表示されたガンダムの姿を確認する。その結果に、思わずクーゴは目を見開いた。2機とも、武装を解いている。完全に無防備だ。

 

 撃ちたければ撃てばいい。それでも、自分たちは自分たちの理想を貫き通す――。

 

 そんな声が聞こえた気がして、クーゴは知らず知らずのうちに力を抜いた。愚直なまでに高潔な姿に、どうしようもなく心が震える。

 春を思わせるように笑うイデアの姿が《視える》。時折見せた、凛とした佇まいを思い出した。その強さが伝わってきて、クーゴは表情を緩める。

 

 

(それが、キミたちが掲げる想いなんだな)

 

 

 残酷な世界に挑み続けること。そうし続けることで、他者や世界を動かすこと。それもまた、『人の心の光』が成しえることだ。

 

 

<今度こそ>

 

 

 そんなことを考えていたとき、ガンダムが動き始めた。刹那の声が耳をかすめる。

 動いたのは白と青基調のガンダムである。純白のガンダムは、天使の行進を静かに見守っていた。

 

 

「隊長!」

 

「黙って見ていろ」

 

 

 グラハムが指示を飛ばす。ガンダム調査隊は、彼の一存でこの状況を静観することにしたようだ。

 現地住民が銃弾で攻撃を始め、MS部隊が攻撃の構えをする。しかし、天使は歩みを止めることはない。

 

 次の瞬間、MS部隊が攻撃を仕掛けた。銃口をガンダムに向けて、容赦なく撃ち放つ!

 

 銃弾はガンダムに降り注いだ。着弾した攻撃が爆発を起こす。

 流石のガンダムでも、至近距離からの攻撃には足を止めざるを得ない。

 

 

「――っ!?」

 

 

 グラハムが目を見開く。クーゴも息を飲んだ。無防備の相手に対して攻撃を行うことは、軍人として――人として、許されない行為だ。

 マリナ・イスマイールの指示か――いや、それはない。彼女の路線からして、無防備状態の相手への攻撃を許しはしないだろう。じゃあ、誰が?

 

 思案している間に煙が晴れる。ガンダムには傷一つついていない。両腕で、防御態勢を取ったためだ。

 

 幾何かの間をおいて、ガンダムは防御姿勢を解いた。そうしてまた、歩き始める。

 一歩、一歩、一歩。ガンダムは着実に、王宮へと近づいていくではないか。

 

 

<今度こそ、ガンダムに……!>

 

 

 刹那の声が聞こえる。彼女の心が《視える》。

 

 夕焼け、転がった死体、駆け抜ける戦場。神のため、祖国のためと信じて戦った、小さな少女。

 体躯に不釣り合いな銃を抱えて、彼女は戦い続けた。今だって、戦争を終わらせるために戦っている。

 

 夕焼けに降臨した美しい機体。その機体の名前こそがガンダムだった。それが降り立ったとき、圧倒的な力で戦場を蹂躙し、戦いを終わらせた。

 だから少女は、その機体に憧れた。その存在に憧れた。自分もそうやって、争いを終わらせられるような存在になりたいと願ったのだ。

 フラッシュバックしたのは、緑の髪と紫の瞳を持つ青年。どこかで見たことのある青年が、少女に告げる。

 

 

『キミの世界が変わるのは、こんなにも簡単だ』

 

『それと同じように、誰かの世界を変えるのも簡単なことなんだよ。□□□』

 

 

 その言葉を信じて、彼女は戦っている。どれ程傷ついても、尚。

 

 彼女と同じように戦っていた人を、クーゴは《知っている》。

 今この場に彼が存在していなくとも、その姿を間近で《視た》ことがある。

 

 

『強くなければ、人は生きていけない。優しくなければ、生きている資格がない』

 

 

 ゼクス・マーキスが、噛みしめるように紡いだ言葉を思い出す。その言葉に、心動かされた若者たちがいた。

 もうやめよう、と叫んだ青年の名前は誰だったか。畜生、と言いながら、核を放棄して泣きじゃくった若者は誰だったか。

 そんな友人たちの姿を見て、安堵した金髪碧眼のアメリカ系日本人青年の名前は――確か、エイサップ・鈴木。

 

 宇宙(そら)に咲いた花は2つ。1つは、人を殺すために咲いた花。もう1つは、異種族とわかり合った証に咲いた花。

 その奇跡を目の当たりにしたカイルスは、愛する星へと帰還する。次の戦いに向けての、短い休息のために。

 

 

「『誰よりも強くなければ、世界は変えられない。誰よりも優しくなければ、世界を変える資格がない』」

 

 

 ゼクスの言葉を借りれば、そうなるだろう。それは、ソレスタルビーイング全体に言えることではなかろうか。

 

 

「世界は彼らを犯罪者と言うけれど、その強さと優しさには敬意を表したい」

 

 

 クーゴは、ガンダムの背中を見つめる。

 凛々しさと強さに満ち溢れた、美しい機体を。

 

 

「俺は、そんな彼らと対峙するに相応しい存在でありたい」

 

 

 ぽつりと呟いた言葉に対して、誰かが息を飲む声を聞いた。見れば、通信回線がフルオープン状態だったらしい。全員に聞かれてしまった。大変居心地悪くなり、クーゴは視線を逸らして咳払いする。

 なんだろう、この空気。火消しのウィンドが火を消そうとして、逆に煽って大炎上させてしまったときのような痛々しさを感じる。女心に疎い男が、女心を語ってはいけなかった。

 しかも、『火消しのはずが(以下略)』と言ったご本人様も、女性関係が見事に大炎上一歩手前であった。『そっちもきちんと火を消すように』と釘を刺しておいたが、どうなったことやら。

 

 そんなことを考えていたとき、MS部隊が武器を下した。ガンダムの進む道を開ける。

 刹那の決意、およびソレスタルビーイングの在り方が、人の心を動かしたのだ。

 

 ガンダムは王宮の応接間付近で跪き、ゆっくりと手を差し伸べた。ハッチが開き、ガンダムの手を伝ってパイロットが姿を現す。

 

 青いパイロットスーツとヘルメット。表情は見えない。刹那は手を差し伸べる。奥から、民族衣装に身を纏った壮年の男性が降りてきた。

 マスード・ラフマディー。彼は目立った外傷もなく、むしろピンピンしていた。五体満足。これなら、暴徒と化した保守派も安心するだろう。

 

 

(やっぱり、人質はガセだったんだ。誰だよそんな情報流したの)

 

 

 クーゴはくつくつ笑いながら、心の中で独り言ちる。

 

 マスード・ラフマディーの輸送が終わった刹那は、マリナと何かを話していた様子だった。幾何の間をおいて、彼女はコックピットへと戻っていく。

 背中から、緑の光が溢れだす。それを確認したかのように、少し離れた場所で状況を見守っていた純白のガンダムも、空へと浮かび上がるために準備を始める。

 

 間もなく2機は空へと浮かび上がった。

 

 

「隊長、追いかけましょう!」

 

「今ならガンダムを!」

 

「できるものか!」

 

 

 ハワードたちの言葉に、グラハムは操縦桿を握り締めながら叫んだ。

 

 

「そんなことをしてみろ。我々は、世界の鼻つまみ者だ!」

 

「鼻つまみどころか、世界からバッシングを喰らうぞ。ユニオン軍だけじゃなく、ユニオンという国そのものの沽券に関わる」

 

 

 今の状態のガンダムに攻撃を仕掛けるということは、内外からの批判にさらされることを意味する。AEUと人革連をやりこめたエルガン代表のアレが、今度はユニオンの代表者相手に行われるのだ。精神的ダメージは計り知れないだろう。

 内側からの批判だって相当のものになる。アザディスタンで行われたユニオン軍の反対デモ並みの――いや、それの比じゃないレベルの、大規模なデモが起きることは間違いない。ヘタすれば、ユニオンという括りが瓦解する可能性だってあり得る。

 そしてなにより――責任は、ガンダムを攻撃した人間や、それを止められなかった人間を中心に取らされる。今ここで自分たちがガンダムを攻撃すれば、ガンダム調査隊の人間たちは、ユニオンの体裁を保つための生贄として首を切られてしまう。

 

 だけど、それ以前に。

 だけど、それ以上に。

 

 

「人として、そんな非道な真似は、許されるはずがない。そんな真似をした己自身を、許せるはずがない。……お前らは、許せるか?」

 

 

 クーゴの問いかけに、ハワードとダリルは押し黙った。ここで彼らが尚「撃つ」と言ったなら、多分クーゴは彼らと縁を切っていただろう。

 人としての道を踏み外さずに済んだことに安堵しつつ、ガンダムの背中を見送ろうとした――そのときだった。

 

 寒い。

 

 ぞっとするような悪寒に駆られて、クーゴは反射的に別方向を見上げた。

 寒気が発せられる方向は、ガンダムたちの真後ろに位置する斜め上空。狙われているのは、この場周辺だ。

 「副隊長!?」と、誰かが叫んだ声がする。ハワードか、ダリルか、クーゴにはわからなかった。

 

 何かに気づいた純白のガンダムが後ろを向いた。

 白と青基調のガンダムが、それにつられて僅かながら振り返った。

 

 

(だめだ、間に合わない――!)

 

 

 間髪入れず、禍々しい紫色の砲撃が、王宮一帯に向けて降り注いだ!

 

 

「何っ!?」

 

「嘘だろう!?」

 

 

 グラハムが絶句する。ハワードも、ダリルも、愕然とその光を眺めていた。眺めることしかできなかった。

 

 民衆も、マリナ・イスマイール王女も、MS部隊も、ガンダムも、ガンダム調査隊も、関係ない。

 王宮を中心として、その場にいるすべてのものを巻き込み、破壊するための一撃だ。

 コンマ数秒間の出来事に、誰も対応できない――!

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 

 クーゴに許されたことは、ただ叫ぶことのみ。

 次の瞬間、青い光が爆ぜたような気がした。

 

 

「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 女性の声がした。聞き覚えのある、凛々しくも雄々しい声だった。

 

 緑色のマントが翻る。薄青の礼服を身に纏った女性が、手を伸ばしているのが《視えた》。目の前には、王宮一帯を包み込むような、青い膜。光が爆ぜる。女性の顔が苦悶に歪んだ。彼女だけでは、抑えきれない。

 そこへイデアが加わり、手を伸ばした姿が《視えた》。再び青が爆ぜる。それでも尚、砲撃の方が威力が高い。彼女たちに続くように、クーゴも手を伸ばす。そうしなければならないと、本能が叫んでいた。

 

 また、青が爆ぜる。気づけば、クーゴの隣にはイデアがいた。いいや、彼女だけではない。たくさんの人々が手を伸ばしている。

 いつぞやの“吐瀉物(略)”事件の加害者である緑の髪と紫の瞳を持つ青年、仮面をつけた青年、AEUの軍事演習場で出会ったエルガン代表。

 眩い青だけではない。黄色、緑、赤の光も混じっている。不退転の意志を宿す瞳が、表情が、心が、降り注ぐ悪意をも凌駕する――!!

 

 

「砲撃が、弾かれた……!?」

 

 

 グラハムの声が聞こえる。王宮は、なんともない。はっとして周囲を見回した。いつの間にかコクピット席に戻っていた。

 弾かれた砲撃の余波が多少着弾しただけで、被害は大きくなかった。大部分は荒野の方へと飛んだらしい。

 

 青い膜はもうない。ガンダムたちはしばし空を見上げていたが、くるりと踵を返して飛び立っていった。その姿を、人々は静かに見送る。

 

 

(今のは一体、何だったんだ……!?)

 

 

 砲撃の主も、光を弾いた膜の正体も、先程クーゴが見た光景も、分からないことが多すぎる。

 そのとき、通信が入った。保守派の重鎮と改革派の王女の会談が開かれるということだった。

 手際がいい。ソレスタルビーイングの連絡があった時点で、マリナは準備をしていたのだろう。

 

 

「今のは、一体……」

 

「誰が、何のためにこんなことを……」

 

 

 ハワードとダリルが憤る。無防備なMSだけでなく、この場に居合わせた民間人や王族などの非戦闘員すら吹き飛ばそうとした相手だ。

 軍人として、人として、許しておくべきではない。その存在を放置していいはずもない。しかし、その犯人の姿はわからないままである。

 

 「それはわからん」と、グラハムが重々しく言葉を続けた。

 

 

「……だが、世界の鼻つまみ者になってまでも、ガンダムを討ちたいと考える人間がいるということは確かだ」

 

 

 グラハムは険しい表情で空を睨む。

 悪意なんてなかったとでも言うかのように、悠々とした青が広がっていた。

 

 

「一歩間違えれば、俺たちに対して向けられた感情だな。これ」

 

 

 クーゴが呟けば、バツが悪そうにハワードとダリルが視線を逸らす。反省してくれたらしい。

 ガンダムと戦えないとなれば、もう自分たちに用はないだろう。案の定、上層部から撤退命令が出された。

 内戦がひと段落すれば、ユニオン軍も本格的に撤退する。ガンダム調査隊は、それよりも先に本国へ呼び戻されるに違いない。

 

 人知れず、4機のフラッグは王宮を後にした。

 

 

 

***

 

 

 

(……載ってないな)

 

 

 ありとあらゆる情報媒体を探しても、先日の出来事――“アザディスタン王宮に砲撃を打ち込んだMS、或いはMA”、もしくは“砲撃を防いだ謎の青い膜”の話題は出てこない。

 他の誰かに尋ねてみても、『知らない』だの、『そんな事件は起きていない』だの、『疲れが溜まっているんだよ』なんて言われる始末。これじゃあまるで、人類篇の再現である。

 

 先程から感じる寒気と頭痛は、きっと、疲労だけが由来なのではない。クーゴは深々とため息をついて端末をしまった。

 

 隣に座っているグラハムは、現地の新聞を熟読している。どこもかしこも“青と白基調のガンダムが非武装で降り立ち、人質であるマスード・ラフマディーを王宮に届けた”という話題で持ち切りだ。

 時折、一面を飾る写真に手を伸ばしては、慈しむような手つきでなぞるのを繰り返している。機体のパイロット――刹那の心に触れようとしているみたいに思えたのは、きっと気のせいではない。

 首都防衛や王宮にやって来たガンダムを眼前に臨んでいたグラハム・エーカーは、あの光景の中から何を《視た》のだろう? 尋ねてみたいとは思ったが、何となく無粋な気がしたのでやめた。

 

 

(ここはS.D.体制下の世界じゃない。なのにどうして、こんなにも類似性が高いことが――)

 

 

 そこまで考えて浮かぶのは、ノイズ塗れの光景だ。

 

 

■■検査(しゅくふく)を始めます』

 

 

 引きずり出された少年と、テラズ・ナンバー5とよく似た形状を持つ得体のしれないナニカ。無機質なのに厳かな空気を漂わせて、ソレは言った。

 淡々とした口調だったのに、それに恐怖を感じたのは何故だろう。あのとき、自分は何か恐ろしい目に合わされそうになったはずだ。大事なものを奪われそうになった。

 

 

(俺にとっての大事なもの――)

 

 

 S.D.体制やテラズ・ナンバー5を憎んだセキ・レイ・シロエにとっての大切なものは、大好きな養父母と育英都市アタラクシアで過ごした幸せな記憶と、両親から手渡されたピーターパンの絵本。

 クーゴ・ハガネにとっての大切なものは、“機動兵器を駆る人々が手を取り合い、人類の未来を勝ち取るために戦う”という虚憶(きょおく)と、そこで出会ったグラハム・エーカーとの約束。

 物語に出てきたテラズ・ナンバー5が人の記憶を消去・改竄するというなら、それに既視感を抱くクーゴが見た“瓜二つのナニカ”も、同じことが出来るのでは――?

 

 自分が今、荒唐無稽なことを考えているのは事実だ。だが、今までクーゴが《視て》きた虚憶(きょおく)も、荒唐無稽で突拍子の無いものばかりだったのも事実。

 

 実際、アルティメット・クロスが絡んだ世界では“実は人類と地球は滅びの道を辿っていた”と“世界は何度もループを繰り返しており、エネルギーが飽和し宇宙が滅亡する寸前”という極限状態に陥っていた。現実が想像を凌駕した世界であり、滅びの未来を覆したケースでもある。

 ……とはいえ、フィクション、且つ、西暦3000年相当の年代でS.D.体制が確立された『Toward the Terra』と、西暦2300年代の地球を結ぶ線も点も存在していない。点が無ければ線は引けないのだ。点を引いて線を繋いで奇跡を起こしたラインバレルだって、万能ではないのだから。

 

 

「ところでクーゴ」

 

「何?」

 

「上層部が我々に『休暇を取るように』と言ってきたのだが、キミはどう見る?」

 

 

 満足いくまで新聞を熟読したのか、グラハムは新聞を片付けていた。何かを探るような――こちらの答えを期待しているかのような眼差し。

 

 

「……十中八九、追及してほしくないんだろうな。砲撃を打ち込んできた輩のことも、砲撃を防いだ青い膜のことも」

 

「『覚えがない』、『そんな出来事は起きていない』と語っていることが、上層部の本心からの発言だったとしたら?」

 

「それは最早、ホラーか洗脳の類なんだよ。――というか、どうしてそれが“上層部の本心からの発言”だって分かるんだ?」

 

「キミが“太陽光エネルギー受信アンテナを破壊しようとしていた裏切り者を見抜いたのと同じような原理”だと言っておこうか」

 

「成程。じゃあ、追及しようとしたら命の危機を感じたのもセットか?」

 

「そんなところだ」

 

 

 グラハム・エーカーは軍人であるが、腹芸はあまり得意でない。虚憶(きょおく)というアドバンテージを持つクーゴ・ハガネも、腹芸は不得手と認識している人間であった。

 上層部が何を思い、どんな意図ですべてを()()()()()()にしているのか――その理由は分からない。そのままにしてはいけないことは明白なのだが、打てる手が存在しないのも事実。

 今の自分たちでは“上層部の言動に留意しつつ、行動するタイミングを計る”ので精一杯だろう。何せ、虚憶(きょおく)で活躍していた遊撃部隊とは違い、政治経済に詳しい仲間が1人もいないので。

 

 自分を取り巻く世界の不穏さと、それを知っていながら何もできずにいる己への無力感。それを噛み締めていたとき、クーゴの端末が鳴り響く。連絡の主は歌い手仲間のエトワール――もとい、イデア。久しくご無沙汰になっていたオフ会のお誘いだ。

 

 休暇を取らせようとする上層部に乗っかる形になるため少々不服ではあるが、イデアの誘いは渡りに船である。

 クーゴがグラハムに自分の端末を見せようとしたのと、グラハムの端末が鳴り響いたのはほぼ同時のことであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ところで、的当てはどうだったんだい?」

 

「全然。邪魔が入った」

 

「姿は見られていないだろうね?」

 

「問題ないわ。幾らでも誤魔化しがきくもの」

 

 

 アレハンドロの言葉に、刃金蒼海は淡々と答えた。

 

 おかげでこちらは、力を結構使う羽目になってしまった。正直、立っているのすら辛いレベルである。

 ノブレスはリボンズに視線を向けた。彼も相当疲れているようで、だるそうに俯いている。座りたいのに座れない。

 

 

<機体の姿、見ましたか?>

 

<いや、まったく。あの一撃を防ぎきるので手一杯だった>

 

 

 ノブレスの問いに、リボンズは首を振った。これでは三国志通り越して世界戦争レベルである。

 ユニオン、AEU、人革連、ソレスタルビーイング、監視者。それらすべてのにらみ合いだ。スターダスト・トラベラーは例外枠であろう。

 世界はどこまで混迷の道を辿るのか。そこに紛れ込む悪意を、どこまで抑え込むことができるのか。ノブレスは空を見上げる。

 

 

<今頃、マザーは爆睡中だろうね。ご老体だって言ってるくせに、本当に無茶ばっかりするんだから……>

 

 

 リボンズは苦笑する。それはまさしく、母親を心配する息子の姿だった。

 ノブレスにはもう、親を心配したくてもできない。相手はいないからだ。

 

 過去を紐解くように、ノブレスは目を閉じる。

 

 燃え盛る我が家、鎮火して何も残らなかった家の跡地、顔の確認すら困難な程に損傷した家族の遺体、そして――醜悪に笑う2人の男。家族の葬儀が終わった後、父は重大な汚職事件を起こした犯罪者にされた。“良心の呵責に耐え切れなくなり、家族を巻き込んで一家心中した”なんてストーリーをでっちあげられた上で。

 生き残り、どうにか立ち直った自分のことも、奴らは邪魔だと思っていたらしい。焦点の合わない目をぎょろぎょろと動かす麻薬中毒者が、包丁を振りかざして襲い掛かって来る。奴の狙いは――仲良しの友人。麻薬でラリった結果、狙うべき相手の区別もつかなかったようだ。自分は咄嗟に少年に覆いかぶさり――

 

 

(許せない)

 

 

 手を伸ばす。届かない。

 

 

(許さない)

 

 

 手を伸ばす。届かない。

 

 

(僕は――)

 

 

 ノブレスはゆっくりと目を開けた。アレハンドロの後ろ姿がそこにあった。

 溢れそうになる感情をぐっと堪える。今はまだ。牙を鋭く砥ぎながら、そのときを待ち続ける。

 フランス語で『気高き魂』のコードネームを背負う男には、相応しくない感情であると理解しながら。

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

 

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