問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

41 / 73
【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



31.青への憧憬(あこがれ)

 

「ファルシアが、MDで出てきたか」

 

 

 端末に出てきた情報を見つめて、ノブレスは苦い表情を浮かべた。

 

 自分が開発に関わった機体のデータ。昔、別の人間に奪われた研究資料の1つである。それを魔改造された挙句、こんな形で利用されることになろうとは。

 犯人は分かっている。しかし、その相手はもう、この世にいない。資料を奪った張本人どもは、寿命という名の死神によって、遠い場所に連れていかれてしまった。

 残っているのは、その資料を託された人間だけである。もとい、『奪った張本人から手渡された機体データを悪用した人間』とも言えた。

 

 

「機体性能テストは、各地でも行われているらしいが……む」

 

 

 ユニオン軍の演習場が赤く点滅している。そこには、MDたちに襲われるカスタムフラッグが映し出されていた。

 この映像はリアルタイムである。ジャーナリストのセキ・レイ・シロエは、この映像を見てアップを始めている頃だろう。

 

 

(MDに使われたAIのデータに、S.Dの技術――特に、青い星(テラ)の“母親”に絡むものが使われていましたからね。当然のことです)

 

 

 AIには“同胞”を殺すことに特化したプログラムが搭載されている。“同胞”の因子を持つ者を視認すれば、その排除のために動く。何よりも、それを優先するように組まれているのだ。本当に危険極まりない。

 丁度、ユニオンの軍事演習場には、“同胞”の因子を持つ人間がいた。しかも、その人物は今、フラッグに搭乗していた。結果、演習中のMDたちが演習を終えたカスタムフラッグに襲い掛かっているのだ。

 AEUや人革連では一切反応していない。投入されたMDは、何の異常もなく運営されている。異常が発生しているのは、付近にいた人間が“同胞”の因子を持っていたユニオン軍だけである。

 

 ユニオンは、今回の一件でMD導入計画が遅れるだろう。その脇で、AEUと人革連はMDを試験的に導入することを承認する。

 

 近々行われるであろう『大規模な作戦』に、大きな影響が出ることは間違いない。

 そうして、その『大規模な作戦』が、ノブレスの教え子たちの初陣なのだ。

 

 

「な、なんなのよコイツら!」

 

「うおおおお!? あの青いガンダム、背中の翼からビーム撃ってきたぞ!」

 

「ミハエル、ネーナ! 気を付けろ、奴らのコンビネーション攻撃は脅威だ……!」

 

 

 件の教え子たち――もとい、チーム・トリニティたちは、今日も今日とてシュミレーターに挑んでいる。

 

 相手は自由と正義の名を冠したガンダム。遺伝子改造を受けた人間――コーディネーターが駆る機体だ。特に自由の名を冠する機体には、ドラグーン・システムという武装が搭載されている。数の攻撃端末を、量子通信による無線誘導で同時に制御しオールレンジ攻撃を行う兵装のことを指す。

 各攻撃端末はドラグーンと呼ばれており、個々にビーム砲と多数の推進・姿勢制御用スラスターを備え、高い攻撃力と機動力を持っているのだ。先程教え子たちが悲鳴を上げた攻撃は、ドラグーン・フルバースト。文字通り、各攻撃端末の最大出力でオールレンジ攻撃を行うのだ。やられる側からしてみれば、たまったものではない。

 トリニティたちの連携攻撃を乱すには、充分すぎる威力を誇る。おまけに、自由を冠する機体の隣には、友の背を守るかのように、正義を冠したガンダムが並ぶ。パイロット同士の能力もさることながら、彼らの絆もトリニティ兄妹に負けていない。そして何より、彼らは軍属だ。経験も、敵の方が上である。

 

 

(それでも、立ち向かわなくてはいけないときがあります)

 

 

 ノブレスは、教え子たちを静かに見守った。

 来るべきとき、その経験が、彼らを生かすことに繋がるようにと願いながら。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ぐ……!」

 

 

 降り注ぐレーザーの光を縫うようにして、クーゴは攻撃を躱した。一歩間違えれば直撃していたが、今まで以上に素早く回避することができたような気がする。

 OSが更新されている。観客席を見れば、異常事態を察知した面々がクーゴのフラッグを見上げていた。その中で、アニエスたちは一心不乱に端末にデータを打ち込んでいく。

 兵士たちからの避難要請にも、ノーヴルたちは逃げようとしない。技術者として、彼女たちは最後まで『戦う』ことを選んだようだ。またOSが更新される。

 

 彼らの姿に感銘を受けたエイフマンとビリーも顔を見合わせ、頷いた。アニエスたちの隣に並び、適宜アドバイスとデータ入力をサポートし始める。

 グラハムは端末を起動させ、誰かと何かを話していた。おそらく、上層部たちに対して、この状況を鎮圧するための出撃許可を求めているのだろう。

 

 

「だったら尚更、逃げるわけにはいかないな……!」

 

 

 この場に残って戦っている人間たちがいる。その最前線に立っているのがクーゴなのだ。自分が倒れれば、後ろにいる技術班に危険が及ぶ。

 

 暴走しているMDは18機。ビルゴ9体、トーラス5体、ファルシア4体の内訳であり、PMCトラストから提供されたすべてのMDである。何の前触れもなく、MDたちはクーゴの乗るフラッグに向かって攻撃を仕掛けてきた。MDが止まる様子はない。

 上が損害で嘆きを叫びそうだが、人命がかかっている。そして何より、クーゴ自身も死にたくない。降り注ぐ攻撃を回避しつつ、クーゴは腰からガーベラストレートを引き抜いた。そのまま、ビーム攻撃を真っ二つに叩き切る。

 

 なんとか接近戦に持ち込みたいが、MDたちの攻撃は遠距離戦闘が主体である。ならばこちらもライフルで対応すればいい。しかし、ビルゴ部隊が前線に出てプラネエイトディフエンサーを展開してしまうのだ。プラネエイトディフェンサーは、ビーム系の攻撃を無力化してしまう兵装。故に、ライフルに対して高いアドバンテージがある。

 プラネエイトディフエンサーにも『対応範囲が限られている』という弱点が存在しているものの、それをカバーするために、ビルゴは3体1組の部隊を組んで行動するようにプログラムされていた。その防御兵装を打ち破るには、ビーム兵器ではない攻撃を叩きこむ必要がある。

 

 クーゴの持ちうる武器でそれに対応できるのは、ガーベラストレートだけだ。しかし、15mでは相手に届かない。

 

 

「相手の懐に潜り込めないなら……」

 

 

 クーゴはガーベラストレートを水平に構える。15mの長さを、一気に3倍の45mに伸ばした。

 改良されたOSとクーゴの慣れもあり、初めて振るったときのように『振り回される』ような感覚も、軸がぶれることもない。

 

 

「――これで、どうだぁ!」

 

 

 即座に突きの構えを取り、フラッグは勢いよくビルゴに突っ込んだ! 宇宙を漂っていた特殊金属で構成された刃は、ビルゴの装甲を穿つ!

 食い込んだ装甲を薙ぎ払えば、傍にいたビルゴたちを一気に巻き込んで切断した。文字通りの一刀両断、あるいは真っ二つという言葉が相応しい。

 引きちぎられたMSたちが爆発を起こす。フラッグは即座に刀を振るった。ビルゴ部隊の後ろにいたファルシアの脚を切断する。AIの受信装置を壊されたMDは、そのまま地面に叩き付けられ爆発した。

 

 思い切り刀を振りかぶれば、その余波で白のトーラスが弾き飛ばされた。別の機体に直撃し、派手に爆ぜる。

 勢いそのまま、ガーベラストレートを一閃。攻撃してきたビルゴを、ビーム攻撃ごと真っ二つに切断した。

 

 次の敵はどこだ。振り向きざまに、クーゴがそんなことを考えたときだった。

 

 

「――シグナル、完全なる防壁(タイプ・グリーン)過激なる爆撃手(タイプ・イエロー)思念増幅師(タイプ・レッド)覚醒個体と判明。各種、1体づつ。目標視認」

 

 

 聞こえる。

 機械の無機質な合成音声/仇敵を発見したことを告げる声が。

 

 

「――シグナル、荒ぶる青(タイプ・ブルー)覚醒個体と判明。数、2体。目標視認」

 

「殲滅対象の優先順位に変更有り」

 

「――対象を殲滅する」

 

 

 ビルゴが、トーラスが、ファルシアが、客席の方向を向いた。視線の先には、リアルタイムでOS改良に取り組むアニエス、ジン、サヤ、アユル、ノーヴルの姿がある。

 上層部から出撃許可を勝ち取ったグラハムが端末を切った。そのまま、格納庫に向かって走り出そう踵を返しかけ――彼は、何かに気づいたように立ち止まった。

 MDが急加速した。向かう先は、客席。グラハムが、ハッとした顔でMDの方を向く。他の面々も、自分の迫る危機を察して顔を上げた。しかし、それ以上はもう、何もできない。

 

 クーゴのフラッグは、突然マークを外されてしまったことに驚いたため、反応が遅れてしまった。なんてことだ、と悔やんでももう遅い。全機、ガーベラストレートの範囲外だ。

 このまま、見送ることしかできないのか。彼らに牙をむこうとしているMDに対応する術はないのか。命が無慈悲に摘み取られていくその瞬間を、眺めていることしかできないというのか。

 

 ――いや、まだだ。まだ、方法がある!

 

 

「ッ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 MSモードのフラッグを全速旋回させ、ガーベラストレートを水平に構える。刀身45mでは、有効範囲に届かない。

 MDたちが客席に迫る。砲撃やビットに収束する光が放たれるまで、もう時間がない!

 クーゴは躊躇うことなく、ガーベラストレートの長さを最大まで伸ばした。刀身150mの刃は、確実にMDたちを捉える!

 

 斜め右上からの袈裟切りは、ビルゴ部隊を打ち首に処し、トーラスやファルシアたちを切り捨てた。切り裂かれたMDたちは、そのまま地面に落下する。

 

 派手な爆音が響いた。振りかぶった勢いのまま、フラッグが体勢を崩す。

 ぶっつけ本番とは、流石に無茶なことをした。軸がぶれ、文字通り刀に振り回される――!!

 

 

「ハガネ()()ぁ!!」

 

 

 アニエスの声がした。がくん、と、機体が揺れる。OSが更新されたようだ。振り回されかけていたフラッグの体勢が、ほんの少しだけ持ち直した。

 即座にクーゴは操縦桿を動かした。ガーベラストレートの風切音が響く。ふらついていたフラッグは、どうにか体勢を元に戻すことができた。

 

 

「無事か!?」

 

「こちらは問題ない!」

 

「MDは!?」

 

「全機沈黙! 見事な対応だ!」

 

 

 クーゴの問いに、グラハムがいい笑顔で答える。他の面々も、感嘆の表情を浮かべていた。

 アニエスたちは惜しみない拍手をくれたし、ビリーとエイフマンはやり遂げたと言いたげな笑みを浮かべている。

 安堵の息を吐いたクーゴは、そのままコックピット席に体を沈めた。ガーベラストレートの長さを15mに戻し、鞘に納める。

 

 眼下に転がるのはMDの残骸たちだ。自立回路が組まれたMDに、何が起こったというのだろう。AIの不調と片付けるにしては生ぬるい。

 

 いつの間にか、雨が止んでいた。曇天はいつの間にか去っており、気持ちの良いくらいの青空が広がっている。気のせいか、虹がかかっているようにも見えた。

 天気予報で「雨が上がれば、しばらくは晴れ間が広がる」と言っていたことを思い出す。本当に、先程までの天気が嘘みたいだ。

 

 

「クーゴ!」

 

「了解! 今から帰投する」

 

 

 ビリーに名前を呼ばれて、クーゴは満面の笑みを浮かべて答える。

 帰るべき場所へ向かって、操縦桿を動かしたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 MD暴走事件から1週間が経過したが、ユニオン政府はMDを導入しようとしている様子だった。AEUや人革連がMD導入計画を本格的に進めているためである。

 ユニオンだけ導入を見送るなんてことになれば、他国に大きく出遅れてしまうと踏んだのだろう。MDに殺されかけたクーゴにしてみれば、腹立たしいことこの上ない。

 

 

「結局、PMC側からの回答は『原因不明』のままみたいだね」

 

「まったくだ」

 

 

 ビリーの言葉に、グラハムがうんうん頷いた。彼らもまた、MDによって危うく殺されかけた人間の1人である。

 

 PMC曰く、『起動テスト直前では何の異常もなかった』という。では、どうして、MDたちはクーゴや観客席にいた面々に襲い掛かってきたのだろう。タチの悪い誤作動でなければ、あんなとんでもない事件など起きないはずだ。

 一応原因究明はしてくれるらしいが、正直クーゴは期待していない。異常がないと言い張り、奴らはまた同じMDをユニオン軍に届ける予感がしてならないのだ。異常が発生して使えなくなればいいと願ったが、後者は叶わなさそうだった。

 クーゴは深々と息を吐き、端末のニュースを眺めていた。丁度、ニュースではMDの暴走事故が取り沙汰されている。セキ・レイ・シロエが、MDの異常に関する話をしていた。危ない橋を渡りすぎていないだろうかと不安になる程、今日は苛烈にシロエ節を利かせている。

 

 

「――しかも、事故発生時に演習場に居合わせた人間の大半が、共有者(コーヴァレンター)もしくは虚憶(きょおく)保持者なんです。この能力を持つ人間に対して、MDが襲い掛かったと考えられるのではないでしょうか?」

 

 

 熱弁を振るうシロエの言葉に、クーゴはふと目を瞬かせた。彼の発言が正しいなら、あの演習場にはクーゴとグラハム以外のコーヴァレンター能力や虚憶(きょおく)持ちがいたということになる。

 もしかして、あの場に居合わせた共有者(コーヴァレンター)虚憶(きょおく)持ちは、悪の組織の技術者であるノーヴルやアニエスたちなのだろうか。だとしたら、アニエスたちがしきりにクーゴを()()と呼ぶ理由として充分だ。

 

 正直、クーゴもアニエスたちを見ると懐かしい気持ちになる。実際に、虚憶(きょおく)の中で交友を重ねる光景があるのだ。共に戦いながら、若者たちの成長を見守っていた。

 虚憶(きょおく)の中の自分は30代になっており、もうすぐアラフォーと言っても差支えないオッサンになっていた。アニエスとよく似た青年の成長に、微笑ましさを感じたものである。

 アニエス、ジン、サヤ、アユルが仲良く並んでいる背中を見ると、時折だが、泣きたくなることがあった。“今度こそ、一緒に並んでいられるんだな”と。まるで、前回はバラバラになってしまった光景を《識っている》かのように。

 

 滅びの運命に挑み続けた、気高き挑戦者たち。2つの側面から命を補完し、世界の均衡を守るため、すべてを消そうとした神に挑んだ勇敢な若者たちの姿が《視える》。

 

 

(滅びの可能性を超えた、究極の混成部隊(アルティメット・クロス))

 

 

 可能性が集った先に、仲間たちと笑いあう未来があった。

 クーゴはそれを《識っている》。

 

 

「そういえば、近々大規模な人事が行われるらしいな」

 

 

 クーゴが思考回路を張り巡らせようとしたとき、思い出したようにグラハムが言った。クーゴは首を傾げる。

 

 

「なんで伝聞調なんだ?」

 

「正式に下されたものではないからな。先程、上層部が話をしているのを小耳に挟んだだけだ」

 

 

 グラハムはコーヒーの入った紙コップを片手に、近くにあった休憩所のソファへと腰かけた。クーゴとビリーもそれに続くような形で、ソファへと体を沈めた。

 窓から見上げた空は快晴。目に痛くなるような青と、辟易したくなるほど明るい太陽光だ。窓越しから見てもちょっと辛い。サングラスでも購入しようか、なんて考えた。

 

 端末が鳴り響く。何事かと確認すれば、差出人はエトワール――もとい、イデアからのものだった。

 

 何の注意もせず、何の気もなしに、データを開いたのがまずかった。端末画面いっぱいに表示された画像データを目にしたとき、頭の奥が焼けつくような痛みを感じた。

 青く輝く、渚の太陽。何て眩しいのだろう。グラデーションで分けられた地平線が栄える。言っている意味が分からないと思うが、クーゴの頭の中もパニック中である。

 

 

(『只今、バカンス中』……)

 

 

 水着だった。いつぞや送られてきた画像と同じ、青と水色のグラデーションが綺麗な水着。

 網膜が焼き切れるのではないかという勢いで、クーゴの平静を破壊してきた格好である。

 手から端末がずり落ちかけたが、反射でそれを掴んだ。その影響か、画面が勢いよくスクロールした。

 

 

『今度のオフ会の日取りが、丁度、近所で夏祭りが行われるんです。日本では、夏祭りは浴衣で参加するものだと聞きました。是非とも着てみたいのですが、私たちではちょっとわからなくて……』

 

 

 イデアの水着姿が焼き付いて離れてくれない。どうにかそれを振り払った後、クーゴはメールの文面を確認する。

 水着の画像の下には、浴衣の話についてのメッセージが添えられていた。桜の木の下には死体が埋まっていた的なノリである。

 

 思考回路がショート寸前のクーゴの耳は、グラハムの端末が鳴り響いた音を拾い上げていた。メッセージを見て、「夏祭りか」と零した声も。

 

 

「いいなあ。キミたちは、絶好調なんだね」

 

 

 羨むような声がした。見れば、ビリーがどこか遠いところを眺めている。

 彼の持っていた端末に表示されているのは、ガンダムのデータだけだ。

 

 意中の相手であるリーサ・クジョウからは何も来ていない。相変わらず、高嶺の花は多忙で捕まえられない様子だった。

 彼の心が《視える》。人の幸せを喜びたいが、自分の不運さを呪わずにはいられないのだろう。

 今のビリーには、なんて言葉をかけてやればいいだろうか。いい言葉はまったく思い浮かばない。むしろ、悪い方向に進みそうな気がした。

 

 

(今度、ドーナッツでも作って差し入れるか)

 

 

 彼がしょっちゅう食べているような、油でテカリ輝くようなものでは体に悪い。材料に米粉や豆乳、おからなどを使ったり、味付けに野菜や果物のジャム、きな粉や黒胡麻等を使ったり、調理法で油を使わず焼き上げる方法を取ったり、工夫する方法はいくらでもある。

 そういうものなら、ビリーがやけ食いしても問題ないだろう。以前、野菜のジャムを振る舞ったとき、『美味しいジャムだね。色も綺麗だ。何を使ったんだい?』と尋ねられたことがある。野菜を使ったと言ったら、目を白黒させていた。

 

 確か、パプリカやトマト、人参を使ったジャムが好評だったか。それを中心にして作ってみよう――なんてことを考える。

 

 そちらはいいとして、問題はイデアたちとのオフ会だ。浴衣、という言葉を小声で呟く。

 

 確か、京都で着物専門店を営む親戚(グラハムが陣羽織を購入した店だ)の伯母に当たる人が東京に出店していた。

 そこなら種類も豊富だし、レンタルや着付けもやっているはずだ。早速交渉してみれば、伯母は快くOKしてくれた。

 クーゴは早速端末を操作し、イデアにメッセージを送る。どうしてかは知らないけれど、ニマニマ笑う彼女の顔が見えたような気がした。

 

 

「そういえばクーゴ。キミの親戚に――」

 

「問題ないぞグラハム。許可は得た」

 

「おお! 仕事が早いな、キミは!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 イデアはニマニマ笑いながら、端末を眺めていた。メールに添付されていたのは、ユニオンの軍服に身を包んだクーゴ・ハガネの写真画像である。

 メールの下には、メッセージが添付されている。先程、イデアが送信した『オフ会という名の夏祭り漫遊(デート)』のお誘いに対する答えだ。

 

 

『親戚が経営している専門店があり、その支店が東京にある。そこなら種類も豊富だし、レンタルや着付けもやっているから、多分大丈夫だ』

 

 

 言質は取ったも同然。これで、実質的なデートである。相手に対しては、それをおくびにも見せるつもりはないのだが。

 刹那のほうも同じようなことになるだろう。帰ってきた彼女が、グラハムからの返信を見た反応が楽しみである。

 イデアは鼻歌を歌いながら端末を片付けた。嬉しすぎて、足が勝手にステップを踏み始める。

 

 画像のお返しに何を送ればいいかわからないから、と、クーゴは自分の制服姿の写真を送ってきた。

 「軍服に着られている感がある」と本人は語っているが、充分に似合っている。凛とした佇まいが印象的であった。

 

 

(この人には、青や空色が似合うなあ)

 

 

 クーゴの軍服画像を端末で確認しながら、イデアはプールサイドに腰かけた。

 

 現在、イデアたちソレスタルビーイングは、(ワン)留美(リューミン)の所有する別荘で休暇を取っている最中だ。

 いつぞやスメラギたちがバカンスを楽しんだ別荘とはまた違う。流石は世界有数の資産家、(ワン)家。保有する別荘の数も桁違いである。

 同じ国にある別荘であっても、地域が違えば気候も違うのだ。(ワン)家はそこまでこだわって、各地に別荘を構えていた。

 

 金持ちのスケールは総じて大きいようだ。

 一般庶民のイデアからは、あまり考えられない。

 

 

「ナノマシンの普及によって、宇宙生活における人類の悪影響は激減した。……なのに、精神衛生上の観点から、地上へ降りる必要があるなんて」

 

 

 留美(リューミン)は、隣で日光浴をするスメラギに話しかけた。

 人間という種の未熟さ/限界に対して、何か思うところがあるらしい。

 スメラギは青空を見つめながら、彼女の言葉に応える。

 

 

「人間がコロニー以外の宇宙で暮らすには、まだまだ時間がかかるわ」

 

「スメラギさんは、人類が宇宙に進出するのがお嫌い?」

 

「私たちはまだまだ未成熟な生命体よ。……でも、それも悪くないわ。重力下で飲むお酒は格別ですもの」

 

 

 スメラギはそう言いながら、ワイングラスを手に取った。示すようにしてワイングラスを揺らせば、赤ワインがゆるく渦を巻いた。

 

 

「そうですね。地球は、人を含んだすべての命が生まれた場所。母なる惑星(ほし)ですから」

 

 

 イデアはくるりと振り返り、スメラギと留美(リューミン)に向き直る。

 まさかイデアが話に乗っかってくるとは思っていなかった2人は、目を瞬かせながらこちらを見返す。

 

 イデアは思い出すように目を閉じる。青い星(テラ)へ帰りたいと願った、“同胞”たちの長い旅路。

 

 『「見たこともなければ行ったことのない惑星(ばしょ)なのに、どうしてそこへ帰りたいと強く願ったのだろう」と、初代の指導者(ソルジャー)が零していた』とは、グラン・マが言っていた話である。

 青い星(テラ)が楽園であると思っていたのは、彼が見出した女神が持つ青い星(テラ)のイメージを《視た》からだ。だから、“同胞”たちにとって、青い星(テラ)という存在は重要な意味を持っていたのだろう。

 命が生まれた青い星。人間と“同胞”、すべての命が生まれた場所。たとえ宇宙に進出し放浪せざるを得なくとも、宇宙のコロニーで一生を終えることになろうとも、誰もが青い星(テラ)へ行くことを夢見ていた。夢見ながら、死んでいった。

 

 それと同じなのだ。

 誰もが、人類の生まれ故郷である地球に憧れ、魅せられ続ける。

 

 

「たとえ宇宙に進出しても、地球への愛着と憧憬は無くならないと思いますよ。……地球を知らぬまま生まれ育ち、死に絶えることが『当たり前』の時代になっても」

 

 

 噛みしめるように呟いたイデアの言葉に、スメラギは考え込むように俯いた。

 懐かしい相手を思い出すように、彼女はゆるりと目を閉じる。

 

 

「昔、誰かが言っていたの。『人類は、地球と重力に縛られたがっているのかもしれない』って」

 

 

 そうして、スメラギはワインを呷った。1杯目を優雅に飲み干し、2杯目をグラスに注ぐ。

 

 

「昼酒は体に毒でしてよ?」

 

 

 言葉は咎めるものであるが、留美(リューミン)の表情は微笑を浮かべている。

 スメラギは苦笑いを浮かべながら、弁明するように肩をすくめた。

 

 

「止めたくても止められない。まさに未成熟」

 

 

 スメラギはまた、ワインを呷り始めた。これ以上触れないでほしいと言うかのような気配を感じ取り、イデアはゆるりと微笑んで、スメラギたちから離れる。

 次に腰かけた場所は、クリスティナとリヒテンダールが話している方のプールサイドだ。他にもラッセやフェルトもいるが、2人はそれぞれ自分のことに没頭している。

 ラッセは筋トレに勤しんでいた。フェルトは地上で本物の花を見たのが初めてのため、ハロを解説役にして、花をまじまじと観察していた。

 

 

「バラは赤や白以外にもあるんだ……。前にロックオンがくれた花束は白いバラだったし、この前のやつは赤いバラだったから、わからなかった」

 

「イロイロアル、イロイロアル」

 

「でも、ロックオン、顔が真っ赤だったなぁ。どうしてだろう?」

 

「ハナコトバ、ハナコトバ」

 

「花言葉?」

 

 

 フェルトはこてんと首を傾げる。フェルトとハロの会話を聞いて、イデアの頬が緩んだ。

 ロックオンも、じりじりとフェルトとの距離を縮めているらしい。後で根掘り葉掘りしよう。

 

 故郷の街にいるであろうロックオンが、悪寒を感じて首をきょろきょろさせている姿が《視えた》ような気がした。寒気が止まらなくて悩んでいる様子だった。

 

 イデアはゆっくりと、クリスティナとリヒテンダールに視線を向ける。「四六始終べたべたしてたら――」の先の言葉を、リヒテンダールは飲み込んでしまった。

 「四六始終ベタベタしていたら気持ち悪い」という言葉とは裏腹に、クリスティナとキャッキャウフフしたいという願望をひっそり抱えながら生きているリヒテンダール。いい獲物だ。

 ちょっと泣き出してしまいそうな顔。イデアに根掘り葉掘りされることに対して、恐怖を抱いている。そんなリヒテンダールの変化に、クリスティナが首を傾げた。何も知らないというのは罪深い。

 

 

「ところで、クリスティナは? いい人見つかった?」

 

 

 敢えて、リヒテンダール本人ではなく、彼が恋してやまないクリスティナに話題を振る。

 

 挙動不審になったリヒテンダールに対し、何も知らないクリスティナはうーむと考え込む動作をした。そうして、深々と息を吐いた。

 「これがいないんだよなぁ」と噛みしめるようにして語る彼女に、リヒテンダールは打ちのめされたかのように肩を落とす。

 

 

「もしかして、荒れてる?」

 

「そうなんだよねー。お気に入りの歌手が、突然、次のイベントを最後に、無期限の活動停止を宣言したから」

 

 

 クリスティナはげんなりした表情で端末を示した。今をときめく人気歌手、テオ・マイヤーの歌手活動停止に関するニュースが報じられている。

 理由は不明。先日のライブでいきなり発表されたことだった。あまりにも突然だったために、ファンの1人が卒倒して病院に運び込まれたという。

 画面には、赤い髪を束ねた少女が愕然とした表情を浮かべて崩れ落ちた映像が映し出されていた。彼女の関係者らしい2人の男性が慌てた様子も。

 

 蛇足だが、その事件が終わった後、テオ・マイヤーは倒れたファンの少女のお見舞いに行ったらしい。熱愛かと噂されているが、本人が表舞台から雲隠れしたため詳細は不明だ。

 

 

「で、イデアは?」

 

「そうっスよ! 他人の恋愛に介入するんスもん。自分の恋愛についてはどうなんスか?」

 

 

 クリスティナが、好奇心を滲ませた瞳でイデアを見てきた。それに乗っかるような形で、リヒテンダールも興味津々にこちらを見返す。

 これなら自分も優位に立てるかもしれない――リヒテンダールは確信したようで、珍しく強気な表情を浮かべていた。

 

 イデアは満面の笑みを浮かべて端末を操作する。正直、先程添付されてきた画像を自慢したいのだが、それをやったら、今の空気がぶち壊しになってしまうだろう。

 

 機密漏洩だ何だと大騒ぎになることは間違いない。それ以外の画像データは、待ち受け画面に設定されている1枚のみだ。

 待ち受け画像を見て、イデアはますます笑みを深める。以前日本で再放送されていた300年前の時代劇宜しく、イデアは端末を示した。

 

 とても誇らしい気分だった。

 誰かに自慢したいと常々思っていた。

 やっとその機会が来たのだ。

 

 

「――」

 

 

 クリスティナとリヒテンダールが凍り付く。そうして、次の瞬間、

 

 

「う、うわあああああああああああああああああああああ!!」

「きゃあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 2人は悲鳴を上げて、プールの中へと真っ逆さま。

 派手な水しぶきが上がった。何事かと、仲間たちが振り返る。

 

 

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「――ひっ!!」

「ゾンビ! ゾンビ!」

「何!? ゾンビ!? バイオハザード!?」

「嫌ああああああああああああああああ!」

 

 

 端末に映った画像を見たラッセ、フェルト、ハロ、留美(リューミン)が、悲鳴を上げてひっくり返った。

 アルコールの入っていたスメラギは、酔いのせいか、周囲をきょろきょろ確認している。

 椅子の陰に隠れながら、留美(リューミン)はイデアを睨みつけた。涙目のため、迫力はいまいちだが。

 

 

「貴女、あの画像、本当に待ち受けにしたの!?」

 

「えへへ」

 

「そこは照れるべき場面ではありませんわよ!? って、そんな恐怖画像をまじまじと見せつけないで!!」

 

 

 周囲は阿鼻叫喚と化している。そんなに逃げるほど、恐ろしい画像だろうか?

 

 イデアは口元を尖らせ、端末へと視線を向けた。待ち受け画面に映し出されていたのは、4徹明けのクーゴ・ハガネだ。

 刹那が悲鳴を上げて端末を放り投げ、ロックオン、紅龍(ホンロン)留美(リューミン)が端末を放り投げ合う原因を作った画像である。

 4人が口をそろえて「恐怖画像」と称するそれが、イデアの端末の待ち受け画面であった。皆は怯えるけれど、イデアは何時間でも見ていられる。

 

 プールに沈んだクリスティナとリヒテンダールが仰向けで浮かんできた。両名とも、顔を覆い隠して体を震わせている。

 ラッセは腰を抜かしたままだし、フェルトはへたり込んで頭を抱えている。突如フェルトに放り投げられたハロは、プールの水面に浮かんでいた。

 

 何もなかったことに気づいたスメラギは、安堵のため息をついて酒を呷った。留美(リューミン)はがっくりと肩を落としていた。

 

 

(……まあ、いいか)

 

 

 イデアは端末を閉じて、オフ会へと思いを馳せたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ネーナ・トリニティの様子がおかしい。

 

 先月、彼女はテオ・マイヤーのコンサートに参加していた。彼の生歌を聴いた彼女は、次のコンサートのチケットを購入していた。

 ネーナが萎れてしまう原因は、先週のコンサートにあった。そこで、突如、テオ・マイヤーが「次のイベント活動以後、無期限の活動停止」を発表したのだ。

 それを聞いた彼女はそのまま卒倒してしまった。後でテオ・マイヤー本人が謝罪したのだが、そのときは顔を赤らめてあわあわしていた。

 

 シミュレーターの戦果および成績には異常なし。ただ、なんだか元気がなくなってしまったように思う。

 周囲に人がいるときは、比較的明るく振る舞っている様子だった。しかし、本当に時折、心ここにあらずとでも言うように虚空を眺めていることある。

 

 

(一体、何がどうしたんでしょうか……)

 

 

 思い当たる理由が何もなくて、ノブレスは首を傾げる。件の教え子は、自由時間にCDを聴いていた。

 アーティストはテオ・マイヤー、曲名は『Terra -還るべき青き惑星(ほし)-』だ。

 外の音すべてをシャットダウンするかのように、ネーナは目を閉じていた。表情は頬が緩んでいる。

 

 初めて彼女たち――トリニティ兄妹と顔を合わせたとき、苛烈で攻撃的な子たちだと思っていた。

 

 他者が幸せそうにしていることが許せない。でも、それ以上に、自分が幸せを知らないことと、幸せになれないことが嫌で仕方がない。

 幸せになりたいという欲求が、他社への攻撃性、もとい八つ当たりでしか表現できない『獣』だ。意図的に生み出された、悪意の被害者たち。

 

 

「教官」

 

 

 名前を呼ばれた。

 

 振り返れば、子どもたちと遊び終えたヨハンとミハエル。2人とも沢山走り回っていたためか、汗をびっしょりかいていた。

 タオルと飲み物を手渡してやれば、2人は礼を言って受け取る。汗を拭き、水分を補給した後、彼らはノブレスを神妙な眼差しで見つめてきた。

 

 

「どうした?」

 

「教官の好きな女性のタイプって、どんなんだ?」

 

 

 口火を切ったのはミハエルであった。

 ノブレスの思考回路がフリーズする。

 慌てた様子で、ヨハンがミハエルを嗜めた。

 

 

「いや、教官も適齢期ですから……そういう話もあるのかな、と……」

 

 

 ヨハンがあわあわしながら何か弁明を繰り返しているが、ノブレスにはその言葉を聞き取ることができなかった。

 

 思い出すのは友人の言葉だ。婚活という単語を連呼してきた1人の少女が浮かんでは消える。

 隣に住んでいた少年に至っては、「結婚相手どころか恋人すらいない人が云々」とカウンターしてきた。

 

 つまり、彼らは。

 彼女や彼と同じようなことを。

 ノブレスに問いかけてきたということか。

 

 

(ついに、この子たちまでそう言うようになったのか――)

 

 

 ノブレスは笑ってしまった。

 

 面白いから笑ったのではない。哀しすぎて笑ってしまったのだ。むしろ、それしかできそうになかった。

 

 

「きょ、教官!?」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「何!? 泣いてるの!? 泣かせたの!?」

 

 

 後からよく考えれば、この3兄妹は一言もノブレスの傷をえぐるような発言をしていなかったのだが。

 些細な言葉から勝手にトラウマを引き起こした今のノブレスは、平静でいられなかったのである。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 ミス・カイルス。

 クーゴたちが所属する部隊で行われた、美女コンテストである。

 

 石神からバカンスへ行こうと誘われたときから、なんとなく嫌な予感がしていた。戦艦で目的地へ向かうことになった話を聞いたときには、厄介ごとが起きそうな気配を感じていた。悪の組織関係者が“石神の協力者”として嬉々と同行してきたのを見たときから、愉快犯的な作為を感じていた。

 石神がバカンスを計画した理由を説明するときに一物抱えたような悪人面なんかするものだから、黒い笑みを浮かべて『真の目的とはミスコンである』と宣言されたとき、『悪人面で言う台詞じゃない』と突っ込みを入れたクーゴに非はないはずだ。

 その話を聞いた加藤と森次がスンとした真顔で石神を詰めにかかったが、最終的には石神に言いくるめられてしまったらしい。やれやれと肩をすくめて手を上げるジャスチャーをしていた。グラハムにぶん回されたときのクーゴも、きっとあんな感じなのだろう。

 

 

「森次くん、その恰好暑くない? 大丈夫? スポーツドリンク飲む?」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

 

 スーツで完全武装している森次玲司の様子を見るに見かねて、クーゴはスポーツドリンクを差し入れた。森次は一礼してペットボトルを受け取り、水分補給を行う。

 

 他の面々は水着や薄着になっている中では、黒いスーツで完全武装している森次は非常によく目立つ。同じくらい目立っていたのはゼロだった。ゼロの方には“宇宙(そら)を継ぐ者”が差し入れをしていた。

 前者はスーツ、後者は仮面とマント。衣服や小道具の殆どが黒基調の長袖長ズボンだ。黒は熱を吸収しやすい素材なので、大分しんどいだろう。特に後者は、絵面的な問題も関わって来るから猶更だ。

 

 

「仮面とマントを死守した状態で水着や薄着……どんな格好でも、どう考えてもイメ損にしかなりませんよね……」

 

「……“宇宙(そら)を継ぐ者”。この前、“キミにとって大切な書類”にジュースを零してダメにした件、やはり許していないんだな……?」

 

「え? だって、熱中症になって倒れちゃったら大変じゃないですか。今回はもう間に合わないけど、酷暑対策した服作ってもらえないか相談しに行ってきます」

 

 

 “宇宙(そら)を継ぐ者”が踵を返して走り去っていく姿を見送ったゼロは、何とも言い難い雰囲気を漂わせている。クーゴは苦笑した。

 

 

「自慢の■■だよ。俺には勿体ないくらいの」

 

「それは、お前が■■としての役目を果たしているからだろう」

 

「……だといいなァ」

 

 

 クーゴがぐだぐだ考えているうちに、ミスコンはどんどん進んでいく。教師コスプレが速着替えで水着に変化したり、無人機が襲撃してきたので撃退したり、アイドルが水着で出てきて三角関係大炎上したり、無人機が襲撃してきたので撃退したり、アイドルファンが露骨な贔屓に走ったり、無人機が襲撃してきたので撃退したり。

 途中で挟まる出来事――無人機の襲撃が、普段の日常と大差ないように思うのは何故だろう? 地球の敵と戦いを繰り広げてきたためなのか。自問自答をしている間にも時間は流れ、ミスコン進行と無人機撃退を繰り返し、やって来た乱入者(くろまく)も追い払い、休暇なのに休暇じゃないバカンスは過ぎていく。

 

 夏の日差しが眩しい。いや、原因はおそらく、ミスコンで盛り上がる熱気とか、ミスコンで披露されるアレなアレとかだろう。

 それに見惚れてパートナーからぶん殴られる男性陣とか、落ち込んで裏方でぐちぐちやってる女性陣とか、悲喜こもごもだ。

 

 

「初代“狙い撃つ成層圏”、最ッ低……!!」

「待ってくれ“オペレーター次女”! これは誤解だァァァァァァァ!」

 

「ライルが、ライルが浮気したァァァァァァァァァァ!」

「待ってくれアニュー! これは誤解だァァァァァァァ! お前の家族にも説明させてくれェェェェェェ! 俺死ぬ、確実に殺されるゥゥゥゥゥ!」

「待てコラ、ライル・ディランディィィィィィィ!」

「可愛い妹分を泣かせやがってぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「貴様の罪を数えろォォォォ!」

「天誅だ!」

「粛清する!」

「DNAを残さないレベルで頑張ってみようか。これは、リボーンズキャノンを使わざるを得ない案件だな」

 

「眩しいわね、アレルヤ」

「そうだね。でも、僕にとって一番眩しいのはマリーだよ」

「アレルヤ……」

「マリー……」

 

「“革新者と歩む者”さんの馬鹿ー! 女装で可愛いなんて悔しいですぅー!」

「ちょっと待ってくれ! 山下は!? 彼はいいのか!?」

「私よりも可愛い“革新者と歩む者”さんなんて、“革新者と歩む者”さんなんて……っ! 大好きですぅぅぅぅうわぁぁぁぁぁん!」

「待ってくれ、僕もキミが大好きだァァァァァァァァァ!!」

 

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!!」

「貴方、みっともないわよ。人の恋路を邪魔する奴はって言うじゃない」

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー……ッ」

 

 

 喧騒が聞こえる。

 

 審査員に抜擢されたことで壇上に上がり、美女を見てデレデレしていた“狙い撃つ成層圏”兄弟。そんな彼らの姿は、お互いの恋人から顰蹙を買ったらしい。特に弟は悲惨で、彼の背後には妹分を想う家族が獲物を構えて迫っていた。スイカ、スイカ割り用のバット、氷で作られたジョッキ、サメの形をした浮き輪、釣竿、ロケット花火等、凶器は様々である。

 端の方では、「ミスコンなんてどうでもいい。キミさえいてくれるなら。むしろキミこそがミス・カイルスだ」を地でいく恋人たちがいた。見るからに、幸せそうで何よりである。クーゴも彼らのように自分の世界へ入り浸れればよかったのだが、性格上、うまく逃げることができないでいた。本当にしょうがない。

 後ろでは、山下の巻き添え+αを喰らって女装した“革新者と共に歩む者”を見た“末っ子オペレーター”が、大泣きしながら走り去っていったところだった。彼女の悲しみもわかる。だって、件の恋人はそこらへんの女性よりも女性らしいのだから。そんな“革新者と歩む者”も、“末っ子オペレーター”の後を全力で追いかけていった。

 人語の大部分をかなぐり捨てた“末っ子オペレーター”の“お父さん”が鈍器を片手に“革新者と共に歩む者”を強襲しようとしていたが、彼の妻によって無力化されていた。そのままずるずる引きずられ、娘たちが去って行った方向とは正反対に消えていく。

 

 ミスコン進行と無人機襲撃を繰り返し、休暇なのに休暇じゃないバカンスは過ぎていく。

 C.Cによって半ば強引に引きずり出されたバニーガールが悲鳴を上げて逃げ去っていった後のことだった。

 

 

「何やら、向うが騒がしいな」

 

 

 悲鳴が聞こえる。引きずり出されたバニーガールと同じ色の悲鳴だ。

 

 

「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 羞恥心によって憤死してしまいそうな、女性の声。何事かと壇上を見た。

 

 

「また飛び入り参戦らしいな」

 

「いや、無理矢理引きずり出されたの間違いだろ」

 

 

 隣にいたグラハムは能天気に言った。クーゴは思わずツッコミを入れる。誰がどう聞いても、飛び入り参戦しようとした風には聞こえない。

 真夏の太陽が目に刺さる。次の瞬間、かき氷片手に観戦していたグラハムが目を剥いた。クーゴも息をのんで、その光景を凝視する。

 

 白。

 

 太陽の光なんか気にならないほど鮮烈な、白だった。

 

 水着である。まごうことなき水着である。胸元が強調され、きわどいレベルでざっくりと切込みが入った水着である。フリルもふんだんに使われていた。

 一言で表すとするなら、花嫁という単語が相応しい。頭につけられたヘアバンドの飾りが、花嫁に被せるようなヴェールのようにも見える。

 隣にいたグラハムがかき氷を落とした。砂浜にブルーハワイの青が派手に飛び散る。しかし、奴はもう、かき氷なんて気にしていなかった。

 

 視線はただ、まっすぐに。

 純白の水着を身に纏う、刹那・F・セイエイに向けられている。

 

 彼女を引きずり出したイデアは、真夏の太陽よろしくな笑みを浮かべていた。

 空と海の境目を思わせるような、青いグラデーションのビキニ。

 目が焼けただれそうなくらいの眩しさを感じる。クーゴは思わず目を逸らす。

 

 その先に、グラハムの横顔があった。

 

 

「――天使だ。天使が降臨した」

 

 

 グラハムの声は、至極真面目な響きを宿していた。言っていることは(経験則上)アレだが。

 

 ギャラリーが大盛り上がりする中で、グラハムは迷うことなく壇上へと向かった。顔を真っ赤にしてぷるぷる震える刹那だが、グラハムが近づいてきたことに気づいて顔を上げる。

 至極真面目な顔が、今にも泣き出してしまいそうな顔と向き合う。ギャラリーがどよめいたその瞬間、奴は姫に求婚する貴族よろしく刹那の手を取り跪く。どこまでも澄み渡った翠緑の瞳が、赤銅色の瞳を射抜いた。

 

 

「刹那」

 

「な、なんだ?」

 

「結婚しよう。今すぐ、ここで」

 

 

 絶対零度。熱気に燃えていたギャラリーが、ほんの一瞬だけれど、確かに、文字通り『凍り付いた』。

 

 

 

***

 

 

 

(すっかり日が暮れている……)

 

 

 ミス・カイルス――及び、カイルスの夏休みは散々だった。

 

 夏休みでバカンスをしに来たはずなのに、無人機やらあの世から『こんにちわ! 死ね!!』してきた連中やらとの戦いによって、短い夏休みは終わってしまったらしい。

 復活してきた敵の中には見知った輩――クーゴにとっては、“あの人”や“あの人”の私兵として動いていた連中――もいた。今回の敵たちの様子からして、悪い意味での盆休みになったように思う。

 奴らを打ち倒し、死者が蔓延る黄泉の国から脱出したカイルスは、ミスコン会場に戻ってこれたらしい。唯一の違いは、真っ暗闇になった会場と、空に瞬く星々くらいだ。

 

 クーゴはちらりと相棒に視線を向けてみた。黄泉の国で因縁ある相手――グラハムにとって因縁深い“あの人”や、刹那や“狙い撃つ成層圏”兄弟と因縁があるサーシェス――らとの激突を経たためか、疲労感以上に――自分の中で燻っていた何かにけじめを付けれたような――満足げな表情を浮かべていた。

 勿論、“悪い意味でのお盆休み”という災難に見舞われた面々の中で、グラハムみたいなタイプは非常に少ない。短い休みは――とても言い方が悪いけれど――再生怪人によって滅茶苦茶にされてしまったのだ。故に、落胆の色を浮かべる者たちの方が圧倒的に多かった。

 

 

「結局また、散々な休みだったな……」

 

「俺たちの夏は、これで終わっちまうのかぁ……」

 

 

 落胆している面々を代表するかのように、剣児とボスが悲嘆の声を上げる。

 彼らの言葉に悲哀が滲み出ているように感じたのは、きっと気のせいではない。

 

 次の瞬間、何処からか炸裂音が響いた。次の瞬間、空に色鮮やかな花火が打ちあがる。

 

 いきなり上がった花火に動揺する者、花火の美しさに感嘆する者、何故今になってこんな催しが行われているのか疑問を零す者――反応は様々である。

 そんな面々に対して答えたのはつばさだった。どうやら彼女たちは『カイルスは無事に帰って来る』と信じ、花火大会の準備をしていたらしい。

 

 

「せっかくの祭りも奴らのおかげで中断させられたからねぇ。せめて最後の締めくらい、派手に仕上げようじゃないか」

 

 

 つばさたちのご厚意に甘えて、カイルスの面々は花火大会を楽しむことにする。色とりどりの花火が夜空を彩る中で、どれ程の時間が経過したのか。――何かを思い出したように、剣児が口を開く。

 

 

「そういえば、ミス・カイルスって結局どうなったんだ?」

 

「別にいいじゃない、もう。花火がこんなに綺麗なんだから」

 

「楽しもうぜ、今は。俺たちが守ったこの景色をよ」

 

 

 つばきとリョーコの言葉を皮切りに、人々の意識は再び花火へと戻る。この場にいる人間の大半がそうしたであろう。

 唯一例外がいるとするなら、それは――何かを思い出したように花火から目を離したグラハム・エーカー。

 

 彼は迷うことなくずんずんと刹那の元に歩み寄り、彼女の前で立ち止まる。花火に視線を向けていた刹那もまた、グラハムの接近に気づいて視線を彼へ向けた。

 

 

「どうした」

 

「中断になってしまったミス・カイルスについてなのだが」

 

「……それが、どうしたんだ」

 

「いや、なに。私はキミの返事を聞いていないと思ってな」

 

 

 ――多分、今、2人の会話を聞いていた面々の脳裏には、同じ光景が浮かんでいることだろう。

 

 数時間前まで行われていたミス・カイルス。イデアに引っ張られるような形で無理やりエントリーさせられた刹那と、彼女の水着姿を目の当たりにしたグラハムの奇行(プロポーズ)。無人機の襲来や司会進行、果てには“悪い意味でのお盆休み”でなあなあになっていたことが、再び蒸し返されたのである。

 顔を真っ赤にしてあたふたする刹那や、そんな刹那を見てニッコニコに笑っているイデアとは対照的に、ソレスタルビーイングに所属している面々の表情が真顔になった。グラハムは彼らからの眼差しに怯むことなく、刹那の家族に向き直り、直球ストレートで言葉をぶつける。

 

 

「ご家族の皆さん、刹那を私にくださぁぁぁぁぁぁぁいッ!」

「誰がやるかコンチクショウ! お父さんは赦しませんよォォォォ!」

「兄さんが! 兄さんが壊れたー!」

「いくらなんでも酷すぎる……!」

「ここから先は死守する! テコでも動かん!」

「“戦術予報士”さん、指示を!」

「ええ。各自に通達! 手段は問わないから、グラハム・エーカーを全力で迎撃して!」

「よっしゃああ! “お父さん”、アレ持ってこい!」

「任せろ! こんなこともあろうかとォォォォ!」

 

 

 空を彩る花火なんてなんのその。波打ち際で、ぎゃあぎゃあ叫び声が聞こえる。

 さっきまでいいムードだったのに、完全に台無しであった。

 

 

「あそこの2人が構えてるやつ、バズーカじゃないですか?」

 

「そうだな」

 

「どこから持ってきたんだろう、アレ……」

 

「わからん」

 

 

 銀河の問いかけに、クーゴは曖昧な笑みを浮かべて見せた。

 

 

「あの人たち、生身の人間に対してバズーカ向けてますケド大丈夫なんですか?」

 

「多分」

 

「多分、って……」

 

 

 浩一の問いかけに、クーゴは曖昧な笑みを浮かべて見せた。

 

 

「……止めないのですか?」

 

「止められると思うか?」

 

「劣等種にしては、賢明な判断ですね」

 

 

 “連邦初の革新者”が、言葉とは裏腹に、労わるような眼差しを向けてきた。

 クーゴは曖昧な笑みを浮かべて見せる。ぶっきらぼうに肩を叩かれた。

 

 

「結局、最後までしまりませんでしたね」

 

「そうだな」

 

 

 取っ組み合うグラハムとソレスタルビーイングクルーたちを眺めながら、イデアがのほほんと微笑んだ。

 クーゴは大きく息を吐く。打ち上げ花火はもうすぐ終わりそうだというのに、彼らの戦いはまだ終わりそうもない。

 寄せては返す波の音に紛れて、水しぶきが跳ねる音がひっきりなしに響く。誰かが転んだのか、派手に水が爆ぜた。

 

 でも、とイデアは言葉を続ける。

 

 

「私たちらしくて、いいですよね」

 

「……そうだな」

 

 

 クーゴはイデアの言葉に同意し、喧騒へと視線を向ける。

 平和な日常が、そこにあった。

 

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 夏祭り会場は、人でにぎわっている。露店が並び、様々な出店や催し物が行われていた。

 

 ステージの方では歌手が舞台で歌ったり、漫才師や手品師が芸を披露したり、夏祭りの実行委員が主役となって様々なゲームが行われるという。

 現在、ステージではテオ・マイヤーが自分の持ち歌を披露していた。この歌手は、今回のイベント参加を最後に無期限の活動休止宣言をしている。

 そのため、彼の活躍を拝むために、多くのファンでごった返していた。誰もが浴衣に身を包んでいる。特に、最前列にいる赤い髪の少女が、一際気合を入れて声援を送っていた。

 

 

(そういえばあの女の子、ニュースで映ってたな)

 

 

 彼女の脇を固める青年2人も、浴衣に身を包んでテオ・マイヤーの活躍を見守っている。

 テオ・マイヤーは、男女からも人気だ。男性ファンがここにいることは何らおかしくない。

 

 

「クーゴさん、どこ見ているんですか」

 

 

 少し不機嫌な声が聞こえてきた。振り返れば、年甲斐もなく頬を膨らませるイデアの姿があった。ペールグリーンの髪を簪でお団子にまとめ、ネイビーと水色のストライプ模様に向日葵の花と葉が描かれた浴衣を身に纏っている。簪は、以前クーゴが贈った桜の簪である。

 格好からして涼しげな装いだ。昼間、親戚が見繕ってくれたレンタル浴衣は伊達じゃない。流石はプロだ、と、クーゴは親戚に喝采を送った。心の中で。やたらと『くーちゃんが女子を連れてきた! これは本気を出さざるを得まい!!』とはしゃいでいたのが気になるが。

 ちなみに、クーゴは作務衣(さむい)と呼ばれる服を着ている。甚平とよく似た洋服であるが、甚平よりも生地が丈夫だ。甚平は半ズボンであるが、作務衣は長ズボンを穿く。主な使用用途は、部屋着や職人が着るような作業着だ。色は、どこまでも深い紺色である。

 

 

「催し物をな。今年の夏祭りは、例年と比べて派手だし」

 

「京都のお祭りも見てみたいですねぇ」

 

「祇園祭とか、風祭りとか、長岡天神の夏祭りとか、宇治川や嵐山の鵜飼とかか」

 

「見たことあるんですか?」

 

「まあな。休暇を取ると、丁度その時期に当たるから。あまり家にいたくないから、わざとそっち方面見て回ってる」

 

「クーゴさん……」

 

 

 イデアの表情が曇る。

 彼女にそんな顔をさせるのは、本意ではない。

 

 

「家はあまり好きじゃないけど、故郷は好きだよ。帰るとほっとする」

 

「やっぱり、故郷っていいものですよねー」

 

 

 クーゴがしみじみと呟けば、イデアがのほほんと笑った。彼女の手には、先程屋台で購入したリンゴ飴が握りしめられている。

 

 小さいリンゴでも、赤い飴でコーティングされた丸々1個は手ごわい。ソースはクーゴの実体験だ。唇がコーティングされた飴の色に変色してしまったり、飴で口の中を切ったり、食べている間に顎が辛くなったりしたものである。

 イデアはリンゴ飴を少しづつ咀嚼しては、「食べづらい」と難しそうな顔をした。彼女の唇は飴のせいで真っ赤に染まっている。口紅よりも鮮烈なシグナルレッドを見て、何とも言えない気持ちになった。逃げるように視線を逸らす。

 

 視線を逸らした先には、浴衣に身を包んだ刹那と、作務衣を着たグラハムが輪投げに挑戦している姿が目に入った。

 前者の浴衣は白地に青や水色で紫陽花が描かれており、後者の作務衣は何も描かれていないシンプルな濃緑の生地である。

 

 

『キミは甚平を持っていただろう。着ないのか?』

 

『あー……。もうすぐ30代のオッサンが、人前で半ズボンを穿くのは……なんだかなぁ、と』

 

『……把握した。言われなければ気づかなかったのだが……』

 

 

 自前で持ってきた作務衣を着てきたクーゴを見たグラハムと、店で交わした会話を思い出した。

 甚平を着るつもりだった彼の心境変化がどのようなものだったか、察するに余りある。

 

 それでも、作務衣は彼のお気に召したらしい。今着ている作務衣と一緒に、冬用のものもカードで購入していた。空軍エースの経済力を舐めてはいけない。

 

 

「クーゴさんの親戚の力も舐めちゃいけませんよね」

 

「ああ。よく言われる」

 

 

 イデアはくすくす笑っていた。クーゴもそれにつられて笑う。

 

 

「ところで、キミの故郷はどんなところなんだ?」

 

「宇宙生まれなんです。民間団体が所有するコロニーで、地球に来たのは3歳の頃でした」

 

 

 イデアは懐かしむように目を細めた。

 記憶を紐解くように、過去を辿るように、イデアはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「両親や弟や妹たちと初めて見た地球はとても綺麗で……あのときの光景は、今でも鮮明に覚えています」

 

「地球は青かった、ってやつかい?」

 

「ええ。あまりの美しさに、心が震えました。同時に思ったんです。ヒトがヒトである限り、誰もがこの星に愛着を持ち、憧憬を抱くんだと。そういう遺伝子が刻み込まれているのだと」

 

 

 そう言って微笑んだイデアの姿に、クーゴはどうしても目を離せなかった。目を逸らしたくてたまらないのに、ずっと彼女の姿を見ていたいとさえ思ってしまう。釘付け、とはこういうことを言うのだろう。

 地球への憧憬。どこかで聞いたことのあるようなフレーズだ。そういえば、クーゴが読み進めている『Toward the Terra』のミュウ篇で、ミュウたちが青い星(テラ)に対する想いを語るシーンがあったか。

 すべての命が生まれた場所。母なる青い星(テラ)。人類とミュウの生まれ故郷。宇宙へ飛び出した者たちであっても、そこを知らずに生まれ育ち死んでいくことが当たり前であっても、誰もが憧れを抱く場所だった。

 

 イデアの言葉が指すのは、多分、それと同じような想いだ。

 漠然と、けれどはっきりと、クーゴは確信した。

 

 

「遺伝子に刻まれた想い、か」

 

 

 思いを馳せるように、クーゴは空に視線を向けた。

 

 どこからか、花火大会開始時間のお知らせが聞こえる。

 それを聞いた人々が移動を始めた。グラハムと刹那も反応し、こちらを見返す。

 

 

「クーゴ」

 

「大丈夫だよ。穴場スポット、知ってるだろ?」

 

 

 こっちだ、と、面々に手で合図した。4人揃って移動を始める。石段を登ってしばらく歩いた後、わき道にそれる。少しきつめの獣道を歩けば、小高い丘があった。

 開けた視界。街並みと空がしっかりと見える。花火大会開始の合図が遠くから響いた直後、色鮮やかな花火が夜空を彩った。赤、青、緑、紫――様々な色が瞬いては消えていく。

 刹那とイデアは花火初体験らしく、きらきら目を輝かせながら空を見上げていた。炎が持つのは、人を焼き払う残忍さだけではない。誰かの心を照らし、震わせる優しさや美しさがあるのだ。

 

 穏やかな気分で花火を見たのは久々である。

 つい最近は、『花より団子』宜しく『花火よりも喧騒』みたいなことになっていたか。

 

 虚憶(きょおく)の中のバカンスも、〆は花火大会だった。クーゴの知り合いは、花火より大乱闘がお好きな様子だった。『刹那』の災難、フリーダムな『グラハム』、『グラハム』対『刹那』の家族たち――思い出すだけで気が遠くなる。

 

 

(でも、とても愛おしい)

 

 

 クーゴはひっそりと頬を緩めた。

 

 花火は鮮烈なまでに輝き、儚く消えていく。いつか、自分たちの過ごした時間も、この花火のように消える瞬間(とき)が来るのだろう。

 それでも、今日見た景色の美しさは、心にしっかりと刻みつけられている。決して、忘れることはない。――何が起きても、決して。

 

 空では美しい花が咲く。そうして、何も残さず消えていく。何度も、何度も、それを繰り返し続ける。

 この場にいる誰もが、それを静かに見守っていた。その美しさを瞳に焼き付けていた。

 もう一度見たいと呟いたのは、誰だったか。それは確かに、この場にいる全員の気持ちだった。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参考及び参照】
『COOKPAD』より、『焼きドーナツ(MKYAHCさま)』、『ビタントニオできなこ豆乳ドーナツ(yukky51さま)』、『米粉でもっちりドーナツ♪(まごさくスタッフさま)』、『パプリカジャム~やさいでジャム~(ブラックウルフさま)』
『Dita(ディータ)オフィシャルストア』より『2023 浴衣5点セット(ゆかた・帯・下駄・着付けマニュアル・腰ひも)  夏色向日葵しらべ』、『2023 浴衣5点セット(ゆかた・帯・下駄・着付けマニュアル・腰ひも) 朝凪の泡沫紫陽花』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。