問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。




32.嵐の前の静けさ

 

「オーバーフラッグス?」

 

 

 ハワードが首を傾げる。グラハムは大仰に頷いた。

 

 

「ああ。対ガンダム調査隊の正式名称だそうだ」

 

「そういえば、正式名称は追って名づけられる予定だと聞いてたな。やっと決まったのか」

 

 

 グラハムの言葉に、クーゴは少しだけ遠い目をした。名前を決めるのに時間がかかるのはわかるが、ガンダムと対峙してからもう大分時間が過ぎている。

 流石にちょっと遅すぎやしないだろうか。正直、部隊の正式名称に関する案件など、クーゴの頭の中からすっかり忘れ去られていた。

 それを聞いたグラハムは肩をすくめた。曰く、「この部隊、表向きは『フラッグのみで編成された第8独立航空部隊』という扱いになる」という。

 

 確かに、公に対して堂々と「ガンダム鹵獲を目的にします」なんて主張を前面に押し出すような名前や扱いにしたら、周辺から叩きのめされることは確実だろう。

 周囲だけで済めばまだマシだ。もしかしたら、ガンダムご本人様が直々に叩きのめしにくる可能性だってあり得る。殲滅する気満々で、だ。

 

 名づけ云々より、色々とごまかすための下準備もあったのかもしれない。フラッグだらけの部隊なんて、どこぞに対して本気で戦争しに行くようにしか見えないだろう。実際、ガンダムに対して戦争を仕掛けるのだから、あながち間違いではないか。

 

 

(もしかして、グラハムが小耳に挟んだ『人事の話』は、オーバーフラッグス編成のためのものだったのか?)

 

 

 ならば、時期もぴったりだし、大規模人事が行われることは頷ける。

 それを知らないダリルが問いかけた。

 

 

「パイロットの補充はあるんですか?」

 

「だからこそ、ここにいる」

 

 

 グラハムは不敵に笑った後、どこからか双眼鏡を取り出した。ハワードにそれを手渡し、空を見上げる。

 どこかで見たことあるタイプの双眼鏡だ。確か、AEUの軍事演習で、グラハムが客からひったくったものと同型である。

 そういえば、グラハムはあの後、持ち主に双眼鏡を返却したのだろうか。当日が徹夜明けだったのと、大分前のことのため、記憶は既に朧げだ。閑話休題。

 

 ダリルが空を見上げる。ハワードが双眼鏡を持ち、空を見上げた。クーゴも彼らと一緒に空を見上げる。

 真っ青な空を飛ぶ、12機のフラッグ。しかも全員、ユニオン各基地の精鋭たちだ。

 

 

「よくもまあ、こんな凄まじい人事を敢行できたな」

 

 

 フラッグのマーキングを確認しながら、クーゴは深々と息を吐いた。やはり、グラハムが小耳に挟んだ大きな人事とは、オーバーフラッグス編成のためだったらしい。

 各基地の責任者は大変だったろう。問答無用でトップガンたちを引き抜かれるのだ。今後のことを考えると、編成やら人員補充やら後任育成やら、色々と大変だろう。

 不意に、誰かが喜んでいるような気配を感じた。視線を動かせば、沖縄基地のマーキングが目に入る。沖縄のトップガンは、確か――アキラ・タケイ。

 

 そういえば、アキラと顔を合わせるのは久しぶりのような気がする。最後に直接顔を会わせたのは、ガンダムが降り立つ前だった。

 ガンダム降臨以後、ガンダム調査隊はバタバタしていた。他の基地の連中も、色々その余波を喰らったという話を思い出す。

 

 

「驚くのはまだ早い」

 

 

 グラハムはもったいぶったように目を閉じた。言いたくてたまらない、と、横顔が訴えている。

 

 

「プロフェッサー・エイフマンの手で、フラッグ全機がカスタム化される予定だ」

 

「本当ですか!?」

 

「嘘は言わんよ」

 

 

 ハワードの問いに、グラハムは不敵に笑い返す。

 彼の瞳は、どこまでも澄み渡っていた。

 

 

「調査隊が軍隊になり、12人のフラッグファイターが転属……」

 

 

 クーゴが呟いた途端、自分の背中を寒さが這ったように感じたのは気のせいだろうか。

 悪意とほぼ同等にタチが悪い、私利私欲に満ち溢れた感情。そのために、政治家たちは天使を捕らえようとするのか。

 

 

「かなり大掛かりな作戦が行われると見た! 気を引き締めろよ」

 

「はっ!」

 

 

 グラハムが笑みを浮かべつつ、自分たちに念を押した。仲間たちも頷き、敬礼を返す。クーゴもグラハムを見て、敬礼をした。

 

 ユニオン屈指の技術者とその弟子によって、この部隊のフラッグは特別な改良が施される。現在で、ユニオン軍最強の機体。

 文字通り、パイロットにとっては最高の環境だろう。しかし同時に、技術班はとんでもない強行軍を行うことになる。

 12機のフラッグ全てをフルチューンするだけでなく、クーゴたちが搭乗してきたフラッグも再チューンされるのは確実だ。

 

 技術班が過労死しなければいいのだが。

 

 クーゴはそんなことを考えながら、改めてフラッグのマーキングを確認する。

 そのうちに、この面々の大部分に共通する点を思い出した。

 

 

「……あれ? このメンバーって、大半が“多元世界技術解析および実験チーム”のメンバーだよな」

 

「あ」

 

 

 その言葉を皮切りに、格納庫から我先にとパイロットたちが飛び出してくる。彼らの後に続くようにして、ビリーとエイフマンがやって来た。

 

 

「隊長、副隊長! お久しぶりです!」

 

 

 真っ先に自分たちの元に辿り着いたのは、ガンダム来襲以前に顔を合わせて以来ご無沙汰になっていたアキラである。

 彼に続いて、“多元世界技術解析および実験チーム”に属する他の面々も加わった。心なしか、誰も彼もテンションが高い。

 そんな仲間たちにつられたのか、グラハムやハワードたちも目を輝かせていた。まるで子どもみたいだ。

 

 

「こんな偶然、あるんですねー!」

 

「まさか、こんな形で隊が組まれるなんて思いませんでしたよー!」

 

「なんて僥倖! これで、おおっぴらに虚憶(きょおく)調査ができるな!!」

 

「新技術の解析もやり放題だね」

 

 

 後から合流したビリーが、嬉しそうに頷いた。オーバーフラッグス部隊は、ガンダム鹵獲以外にも役割があったのだ。

 偶然にしてはできすぎている。これもまた、誰かの意図した画策なのだろうか? そこはわからない。

 

 久々に“多元世界技術解析および実験チーム”、しかも全員が揃ったのだ。和やかな空気はどんどん広がっていく。いつの間にか、自分の好きな虚憶(きょおく)が見たいという話になっていた。

 

 

「あ、俺、『人の心の光/Z』が見たいです」

 

「『HEAVEN AND EARTH/UX』もお願いしますぜ!」

 

「『殴り合い、宇宙(そら)/OE』! 『殴り合い、宇宙(そら)/OE』がいい!」

 

「私は『桜花嵐/UX』を所望するぞ、クーゴ!」

 

「あーはいはい。暇な時間があったら歌うから、な?」

 

 

 仲間たちにせがまれる中で、クーゴはちょっとだけ苦笑した。でっかい子どもたちを抱えた母親のような心地になるのは何故だろう。

 

 

「副隊長の鍋が食べたい人、手を挙げてーっ!」

 

「はーい!」「はーい!」「はーい!」

 

「はいはいはーい!」

 

 

 仲間たちは、そんなクーゴを尻目にまた何かを話し合っている。

 どうやら、鍋料理の味について語り合っている様子だった。

 

 

「俺、水炊きがいいですー!」

「いいや味噌だろ!」

「ブレンドは赤味噌多めでお願いしまーす!」

「白味噌がいいです!」

「バカ、麹味噌だろ!」

「塩麹ですって!」

「醤油こそ至高だ!」

「醤油は濃口だよな!」

「いいや薄口だ!」

「昆布ダシだろ!」

「鰹ダシが一番だ!」

「鶏がら一択に決まってるだろう!」

「豚骨風味がいい!」

 

「ううむ、どれも甲乙つけ難いぞ……!」

 

 

 誰も彼もが主張する。隊長であるグラハムに至っては、難しそうな顔をして唸っていた。

 

 虚憶(きょおく)収集のときに大人数が集まる場合は、いつも鍋を振る舞っていた。人数が人数のため、パーティみたいな賑やかさだったか。

 この光景も久しぶりだ。最近は特に、“多元世界技術解析および実験チーム”全員が揃う機会は皆無に等しかった。クーゴはふっと笑みを浮かべる。

 

 

「意見がまとまらないなら、問答無用でカレー味にするぞ」

 

 

 クーゴがはっきり宣言すれば、仲間たちの顔が真っ青になった。

 

 

「五つ数えるまでに決めないと強制だから。はい、いーち。にーい……」

 

「う、うわああああああああーっ!」

「カレーは嫌だー!」

「おいしいけども嫌だーっ!」

「前回も、前々回も、そのまた前もカレーじゃないですかー!」

「むしろ鍋やる度カレー味じゃないですかー! やだー!!」

「他の味が食べたいよー!」

「おい早く! 早く決めろよ!!」

「誰かー! 誰かー!」

 

 

 わあわあ叫びながら焦る彼らの様子を見守る。あの調子では、今回も強制的にカレー味決定だろう。

 クーゴが五つ数え終え瞬間、仲間たちががっくりと項垂れた。中には膝をついてしまった者もいる。

 「おいしいんだけど。おいしいんだけど……」と、面々はうわ言のように、力なく呟いている。

 

 萎れた花みたいな背中を見送った。ふと気づく。

 

 オーバーフラッグス部隊の人数は、ガンダム調査隊の4人を含んで16名。今、肩を落として歩いていく人数は、クーゴを引いて14名。あと1人足りない。

 振り返れば、グラハムたちの輪に加われなかったフラッグファイターが1人。金髪に青い瞳を持つ男性――ジョシュア・エドワーズが、所在なさげに、ぽつねんと佇んていた。

 

 

「なんだ? このアウェー感……」

 

 

 突きつけられた孤独に、どう反応すればいいのかわからない――。ジョシュアは、困惑と寂しさを滲ませながら呟いた。

 

 クーゴは彼の元へと歩み寄る。

 

 

「行こう」

 

「は?」

 

「カレー鍋、作るから。皆と一緒に食べよう」

 

 

 ほら、と、佇んでいた男性を促す。野良猫に餌をやる気分になったのは何故だろう。

 ジョシュアはクーゴとグラハムたちの背中を交互に見比べては、何とも言い難そうに顔を顰めた。

 そういえば、“多元世界技術解析および実験チーム”の中に彼は含まれていなかった。

 

 ならば、“多元世界技術解析および実験チーム(じぶんたち)”のノリについていけないのも当然である。クーゴに促された男性はしばらく目をぱちくりさせていたが、ふてぶてしい笑みを浮かべて肩をすくめた。

 ジョシュアはずかずかと足を進める。向かう先には、“多元世界技術解析および実験チーム”がいた。彼はグラハムたちと一定の距離を取りながら、けれども同じ方向へと歩いていく。歩く速さにも気を使っているらしい。

 

 ……天邪鬼、なのだろうか?

 

 

「何やってんだ。カレー鍋だか何だか知らないが、それを作るご本人様がちんたらしてたら世話無いぜ?」

 

「……了解」

 

 

 クーゴの予想通り、彼は天邪鬼らしい。

 吹き出しそうになるのを堪え、クーゴは歩みを進めたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 現在、オーバーフラッグス部隊は、太平洋を移動中である。

 

 クーゴは、昼飯係としての仕事の真っ最中であった。誰が言い出したことではなく、命令されたわけでもなく、クーゴが自分でやり出したことである。

 料理をするのは苦ではない。材料を考えたり、味付けを考えたりするのは楽しいことだ。あと、料理を食べてくれた人々が「おいしい」と言ってくれることも。

 

 今日の昼ご飯はコンソメゼリー入りのヴィシソワーズ、ニース風サラダ、鶏肉とキャベツのみそミルク煮、アボカドのレアチーズケーキである。この4種類を、おかわり含んで20人近く作るのだ。かかる時間も膨大である。

 しかし、今回は援軍が来てくれた。クーゴはちらりと隣を見る。手際よく材料を洗い、刻み、煮ているものの火加減を確認するジョシュア・エドワーズの姿があった。軍服の上に、どこからか持ってきたエプロンをして、彼は作業を続けている。

 「アンタはよくこんなことやってられるな。それでもトップガンかよ」などとぶちぶち呟いているが、作業の手は止まらない。クーゴも凝り性ではあるが、ジョシュアも妥協しない気質の持ち主のようだった。口は悪いが、腕は確か。それを地でいくタイプらしい。

 

 

「で、次はどうすんだ? 副官殿」

 

「じゃあ、サラダに使う材料を切ってくれ」

 

 

 彼のおかげで、料理も早くできそうだ。クーゴが礼を言えば、ジョシュアは「そりゃどうも」と不敵な笑みを浮かべる。

 見れば、頼まれた盛り付けだけでなく、他の料理の火加減調節や材料の投入、その他確認などを積極的にやってくれていた。

 

 これで、あとは各種料理の盛り付けだけだ。そう思ったとき、いいタイミングで来訪者が顔を出す。

 

 

「そろそろ昼時だ。いい匂いがすると思って通りかかったら、案の定だな」

 

 

 現れたのは、グラハムとハワードたちであった。

 料理のラインナップを見て、仲間たちはパアアと表情を輝かせる。

 そういう顔を見ると、嬉しくなるものだ。やりがいを感じる。

 

 

「お、今日もうまそうですね!」

 

「どれも凝ってますなぁ」

 

 

 ハワードとダリルが料理を覗き込む。クーゴは肩をすくめて見せた。褒められるというのは、なんかこう、いつまでたっても照れくさい。

 それに、今回の料理には協力者がいるのだ。彼だって、褒められるべきだろう。クーゴはくるりと振り返り、ジョシュアを指し示す。

 

 刹那、場の空気が凍り付いた。ハワードたちとジョシュアの間に、ぴりぴりとした空気が漂う。

 

 料理に勤しむクーゴと、しれっとした顔のグラハムだけが場違いだ。自分が調理室に立てこもって昼ご飯を作っていた間に、いったい何が起きたのだろう。

 クーゴはただ首を傾げる。助けを求めるようにグラハムを見れば、奴は気にするなと言うように微笑んで見せた。いつもと変わらぬ不敵な笑み。ならば問題ないだろう。

 

 

「ジョシュア、手伝ってくれてありがとうな。あとは盛り付けだけだから」

 

 

 クーゴがそう言ったとき、また空気が変わった。

 

 ハワードとダリルが目を瞬かせ、ジョシュアをじっと見つめている。意外なものを目撃した、と、彼らの瞳が語っている。それはグラハムも同じだったようだ。

 やがて、3人の目がゆっくりと細められる。「ははーん」と零したのは、一体誰だったのか。なんとなく居心地悪くなってきたようで、ジョシュアが眉間に皺を寄せた。

 逃げるようにジョシュアは盛り付けを始める。やはり手際がいい。「おー」と、棒読みの声で感嘆したのは誰だったか。クーゴも、彼に続いて盛り付けを始める。

 

 

「折角だから、3人も手伝ってくれ。その方が早くご飯食べれるぞ」

 

「その旨をよしとする!」

 

「了解!」

 

 

 グラハムが、ハワードが、ダリルが、2つ返事で加わった。

 おかげで昼食が予定時間よりも早く完成したことは、言うまでもない。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 守りたい場所があった。大切な場所だった。命を賭けてまで、守りたいと願った場所だった。

 

 手渡された想いがあった。それは、弱くなりそうだった自分を奮い立たせてくれた。勇気をくれた。

 

 人の心に、何度救われてきたのだろう。

 わかり合いたいと願う心が、沢山の奇跡を起こしてきた。

 

 どうか、教えてほしい。過去を生きた貴方は何を見て、何を守ろうとして、戦い続けてきたのかを。

 どうか、知ってほしい。今と未来を生きる自分たちが、何を守ろうとして、戦い続けてきたのかを。

 どうか、思い出してほしい。戦いに赴く貴方を送り出した人々が、何を思い、祈り続けていたのかを。

 どうか、触れてほしい。自分たちを送り出してくれた人々が、何を思い、祈り続けていたのかを。

 

 過去から今へ、そうして――未来へ。

 

 

 

*

 

 

 

 歌が聞こえる。兵士たちを想う人々の心が伝わってくる。

 歌が聞こえる。今もさすらう、魂の唄が。

 歌が聞こえる。忘れてはいけない想いが、そこにあった。

 

 

(これが、日本人の魂に刻まれた想い。受け継がれてきた心なんだ)

 

 

 クーゴは静かに、歌に聞き入っていた。特攻人形に宿った想いは、この場にいるすべての人々の心に響き渡る。

 

 日本国籍を捨ててアメリカへと鞍替えした売国奴――サコミズ王の言葉は事実であった。だから、クーゴはそこに反論しない。ただ、「自分が日本人として生まれてきたことが嫌だから、アメリカ国籍に変えたのではない」という点と、「日本人として生まれ育ったことは誇りである」という点は譲れなかった。

 その主張も、それを踏まえたクーゴの想いも、おそらくサコミズ王に伝わったのだと思う。伝わり、理解したのだと思う。それでも、今まで背負ってきた想いと自分の信念を曲げることは、すべてを捨てることを意味しているように思ったのだろう。

 

 

『怒る理由がなくなったのなら、怒るのをやめたらいいんじゃないかな』

 

 

 虚憶(きょおく)で出会った少女――エスター・エルハスがそんなことを言っていた気がする。多分、サコミズ王も、自分たちの想いに触れて、怒る理由もなくなったはずだ。

 言葉にすれば単純明快であるが、中には“怒るのをやめようとする自分自身が許せない”という理由で怒り続ける人間だっている。

 

 サコミズ王には、守りたい故郷(くに)があった。大切な祖国(ばしょ)だった。命を賭けてまで、守りたいと願った故郷(ふるさと)だった。

 彼が戦う中で、彼へと引き継がれた想いがあった。それを守り続けようとして、サコミズ王は戦っていた。けれど、それが崩壊した未来を垣間見た。

 植民地同然の故郷を垣間見たショックは計り知れない。故郷へ向けた国防への祈りが、堕落した故郷への憎しみへと転化した。

 

 祖国を守りたいという人々の想いが聞こていたサコミズ王は、いつしか“堕落した故郷への怨嗟”にしか聞き取れなくなってしまったのだろう。

 

 

(でも、聞こえるはずだ。……これで、聞こえたはずだ)

 

 

 オーラバトラーたちが集う方角を見つめながら、クーゴは祈る。

 

 本来の祈りは、救われなかったことに対する怨嗟の念ではなかったはずだ。未来に生きる人々が、笑顔でいられるようにと願ったはずだ。

 大切な人たちへ向けた、優しく温かな想いに満ち溢れていたはずだ。大切な人を残してゆくことに対する悲しみと、彼らの幸福を願って、戦いに赴いたはずだ。

 

 

『生き神さまでした……』

 

 

 特攻人形から声がした。少女の声だった。

 おそらく、若き特攻隊員――迫水真次郎を見送った人々の想いだったのだろう。

 

 その想いが、届いた。

 

 

「そ、そう言って……そう言って、哀れんでくれたぁぁぁ!」

 

 

 オウカオーから響いた声は、先程対峙していた苛烈な王の声ではない。悲しみに満ちた老人の声だ。

 

 いつの間にか、サコミズ王の姿は若者の姿から老人へと変わっている。

 王の専用機体から発せられていた禍々しいオーラも消え去っていた。それを見た仲間たちが安堵の表情を浮かべる。

 

 しかし、もう1つの危機が近づいていた。

 

 

「みなさん、核の起爆装置が……!」

 

 

 キャシーの言葉に、全員が慌てて空を見上げた。核兵器が東京に着弾したら、爆発によって何十、もしかしたら何百万人も死ぬことになる。放射能による被害も含めれば、被害者や犠牲者の数はとんでもないことになるだろう。

 打破する方法はないものか。仲間たちが慌ただしく話し始める。しかし、打破する方法は見当たらない。そのとき、名乗りを上げるより先に飛び出していった機体があった。エイサップの駆るアッカナナジンと、リュクスの駆るギム・ゲネン。

 

 エイサップ、エレボス、リュクスの3人は、己の命と引き換えにして、この国を守るつもりなのだ。

 あたかも、かつての特攻隊員――迫水真次郎が、小倉に落とされそうになった原爆投下を、己の命と引き換えに阻止したかのように。

 

 

「よせ! そんなことをすれば、キミたちは……!」

 

 

 キラが止めようしたが、ストライクフリーダムとアッカナナジンたちの距離が離れている。止めに入ろうにも間に合わない。

 

 

「やめるんだぁぁぁぁーっ!」

 

 

 アニエスの悲痛な叫びが木霊する。あの日、師と呼べる人を手にかけざるを得なかったアニエスだって、本当は、そんな結末を受け入れられるはずがなかった。

 手が届かない。他の面々も同じく、若者たちがむざむざ命を散らす現場を、ただ茫然と見守ることしかできないなんて。

 

 次の瞬間。

 

 

「エイサップくん、ナナジンにリーンの翼はないぞ」

 

 

 静かな老人の声がした。割り込むようにしてアッカナナジンを追い抜いたのは、サコミズ王のオウカオーであった。

 彼が何をしようとしているのか、日本人である面々は察してしまった。日本人だったクーゴもその1人である。

 迫水真次郎が守ろうとしたのは祖国、日本だった。鈴木エイサップが守ろうとしているのもまた祖国、日本だ。

 

 

「サコミズ王、まさか……!」

 

 

 エイサップが息を飲む。

 

 嘗て命を散らした特攻隊員も、今を生きる若者たちも、守りたかったものは同じ“祖国(にほん)”。

 こんなにもわかり合えたのに。こんなにも通じ合えたのに。だからこそ、面々は驚愕した。

 

 リーンの翼が輝く。自分たちの予想を肯定するように。

 

 

「父上!」

 

「…………リュクス、すまなかった」

 

 

 リュクスがサコミズ王を呼ぶ。サコミズ王は、ふっと表情を緩ませた。

 そこにいたのは王ではなく、どこにでもいる父親だった。

 娘のことを想ってやまない、優しい父親。

 

 感極まったリュクスがまた父を呼ぶ。しかし、そこにはもう、リュクスの父はいなかった。

 そこにいたのは、祖国を守るために命を賭けた愛国者。特攻隊員、迫水真次郎。

 

 時を超えて、特攻隊員迫水真次郎が、再び空へと向かう――!

 

 

「――リーンの翼が聖戦士のものなら、我が想いを守れぇぇえええええええええええええッ!!」

 

 

 美しく輝く翼が、一際爆ぜるような光を放った。あまりの眩しさに目を覆う。遠くで何かが破裂するような音が聞こえた。何かが砕けるような音も。

 白い世界の中で声がする。誰かが、短歌を詠んでいた。若い声と、老人の声。特攻隊員の迫水真次郎と、シンジロウ・サコミズ王。

 

 敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂ふ 山桜花

 

 これが、彼の祈り。国を守りたかったと願った愛国者。彼が残した、最期の想い。

 桜の花びらが舞う光景が《視える》。桜は日本の国花であり、日本人が愛してやまない花だ。

 透き通った青空に、桜の花びらが栄えていた。なんて綺麗なのだろう――。

 

 

(貴方は最後の最期に、王としての在り方、聖戦士としての誇り、日本人としての心を……取り戻したんですね)

 

 

 クーゴはふっと笑みを浮かべた。

 

 光が晴れる。そこに広がっていたのは、どこまでも真っ青な空だった。桜の花びらの代わりに、リーンの翼の残骸がひらひらと舞い降りていく。

 サコミズの想いは核爆弾を防ぎ、オーラロードをも拓いてみせた。ホウジョウ軍はそれに飲み込まれ、地上から姿を消す。残されたのは、アルティメット・クロスの人々。

 

 時を超えて日本を守った特攻隊員、迫水真次郎。彼が守り抜いた空が、そこにある。

 その美しさを瞳に焼き付けるように、クーゴは空を見上げていた。迫水真次郎もまた、空の護り手であったのだ。

 喉からかすれた声が漏れる。視界が滲み出す。クーゴは操縦桿から手を離し、静かに敬礼する。

 

 空に散った戦士へ、敬意を込めて。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 虚憶(きょおく)内容、『桜花嵐/UX』。「最期は是非とも空で」と豪語する、グラハム・エーカーが惹かれてやまないものである。

 空軍パイロットであるクーゴやフラッグファイターたちも、これに惹かれるものがある人間たちの1人だ。迫水真次郎/サコミズ王の生き様に。

 

 

「本当の軍人って、ああいう人のことをいうんだろうなぁ」

 

 

 日系人故に、“日本から受け継いだもの”が反応しているのだろう。アキラが鼻を鳴らしながら呟いた。

 

 気高すぎてもう何も言えない。この虚憶(きょおく)を見る度、クーゴが思うことだ。汚職まみれの上層部や政治家たちがこれを見たら、いったいどんな反応を示すだろう。

 時計を見る。そろそろ休んだ方が良さそうだ。面々もそれを理解しているようで、短い挨拶を交わしてそれぞれの部屋へと戻っていく。クーゴも彼らに続いて部屋を出た。

 クーゴ、グラハム、ハワード、ダリルの部屋は同じ区画だ。途中まで一緒に向かうことになっている。日常会話その他で、ささやかな談笑をしていたときだった。

 

 

「うわぁぁ!?」

 

「っ、すまん! 大丈夫……え?」

 

 

 廊下の向う側からやって来たのはジョシュアだった。ぶつかった衝撃で、彼が抱えていた本がばらばらと音を立てて床に落ちる。

 慌てて本を拾うジョシュアを手伝おうとして、ふと手を止めた。彼が持っていた本に、共通点を見つけたからだ。

 

 日本、戦争、特攻隊。中でも、特攻隊という言葉が出ている。

 

 

「これ、『特攻隊』関係の本じゃないか」

 

「な、なんだっていいだろ!? 俺が何を読んだって自由じゃないか!」

 

 

 本を抱え込んだジョシュアが、キッとこちらを睨みつける。よく見れば、彼の眼元が微妙に赤くなっていた。

 もしかして、彼は泣いていたのだろうか。抱えていた本を読んで?

 クーゴが思案していたとき、何を思ったのか、ジョシュアが突如叫び出す。

 

 

「……か、勘違いするなよ。べつに、アンタの歌を介して見た虚憶(きょおく)の『桜花嵐/UX』や『HEAVEN AND EARTH/UX』の影響を受けたわけじゃないんだからなぁぁぁぁっ!!」

 

 

 まるで、嵐が去っていったかのようだった。あるいは、脱兎のごとく。

 

 ジョシュアの背中は、あっという間に廊下の向うへと消えていく。クーゴたちは、それをぽかんと眺めていることしかできなかった。

 一体なんだったのだろう。そう思ったとき、足元に1冊の本が転がっているのが目に入った。ジョシュアが落としていったのだろう。

 

 

「おーい、ジョシュアー。1冊忘れてるぞー」

 

 

 本を拾い上げてジョシュアを呼ぶが、まったくもって返答がない。

 それもそうか。彼の姿はもう見えない。明日届ければいいか、と、クーゴは結論付けた。

 

 ふと、隣を見る。グラハム、ハワード、ダリルが、何やら会話をしていた。

 

 

「あいつ、意外と可愛いところあるんだな」

 

「後で、奴の部屋の前で『桜花嵐/UX』と『HEAVEN AND EARTH/UX』の虚憶(きょおく)が視える歌、熱唱してやりましょうぜ」

 

「よしきた。ダリル、ハワード。音源の準備を頼む」

 

 

 グラハムの言葉に、2人は2つ返事で頷いた。何事かと首を傾げれば、グラハムが何かを期待するようにしてこちらを見てくる。

 歌え、ということだろうか。ハワードとダリルの目には、悪戯小僧のような色が見え隠れしている。ジョシュアいじり――そんな単語を連想したのは何故だろう。

 対してグラハムは、打ち解けるチャンスだと意気込んでいるように見えた。チームプレイを構築するためには、普段からの交流が一番である。

 

 おまけに、ジョシュアが影響を受けたと零していた虚憶(きょおく)は、グラハムが惹かれてやまないものたちだ。

 

 片や、祖国を守るために空で散った戦士。片や、わかり合えた相手が「綺麗だ」と言った場所を守るために存在そのものを賭けた優しい少年。

 どちらも“空”が共通している。そこから突破口を見出した、と、グラハムは思っているのだろう。まるで子どもみたいに笑うので、クーゴもちょっと苦笑した。

 

 

(まあ、ジョシュアは悪い奴じゃないしな)

 

 

 昼間だって、昼食づくりを手伝ってくれたわけだし。

 

 そういえば昼間、ハワードたちとジョシュアの間に変な空気が漂っていた気がする。

 ジョシュアが料理を手伝っている姿を見て薄れてしまったが、殺気に近いものがあった。

 殺伐とした空気が和らぐのなら、何も悪いことではない。クーゴは一人納得したのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 国連がアザディスタンへの支援再開を発表した。

 画面には、握手を交わすマリナ・イスマイールとアレハンドロ・コーナーの姿が映し出されている。

 その様子を確認した女性は、ふっと笑みを浮かべた。国連代表――エルガン・ローディックもなかなかやる。

 

 

「よっし!」

 

 

 アザディスタンのホテルにある一室で、女性は盛大にガッツポーズした。

 

 アレハンドロは、先の内戦でさっさと撤退させた後、技術支援の再開に消極的であった。保守派と改革派の争いが残っており、小規模の内戦が起きているためである。

 アザディスタンは保守派重鎮と改革派のシンボルが会談を成功させ、今までのような大きなテロ活動が収まり、事実上の小康状態だ。派遣前の状態とほぼ変わりない。

 

 『でもでもだって(要約)』を繰り返すアレハンドロに対し、国連代表のエルガンが動いたのだ。奴の鶴の一声で、国連はアザディスタンへの技術支援を再開したのである。

 

 

「エルガンにしては、いい采配じゃない」

 

 

 てっきり、アレハンドロを詰めるための布石として、アザディスタンを放置すると思っていたのだが。

 

 女性は鼻歌を歌いながら端末画面をスライドする。映し出されたのは、悪の組織の技術支援で完成した太陽光発電用の小型エネルギー変換器。

 この技術は元々、女性が嘗て暮らしていた母艦――“理想郷”の動力源に使われた技術を応用したものだ。

 母艦に使われたドライブと太陽炉は事実上の親子関係であるが、使い手に想定された対象が違う。

 

 前者が女性たちのような“同胞”専用のものなら、後者はソレスタルビーイングクルーと、いずれ現れる“革新者”たちのものだ。

 

 “母艦”は長きにわたる逃亡生活に対応するため、半永久的なエネルギー動力と“同胞”たちの能力を使って動いていた。機械関連のOSも、“同胞”たちの能力を生かした作りになっていた。

 といっても、1度に生産できるエネルギー量は、GNドライブと比較するとかなり少ない。その代わり、“同胞”たちの持つ能力で出力を補っている。だが、力を酷使すると“同胞”の命に係わる。

 

 出力不足を“同胞”の能力で補いつつ、“同胞”が命を落とさなくて済むよう、出力の底上げとエネルギー変換効率を上げる。そうして改良が重ねられ、誕生したのが、悪の組織関連のMSに搭載されている特殊なドライブ――ESP-Psyon。特に、荒ぶる青(タイプ・ブルー)が搭乗することを想定された機体は、それ用に組まれた強化系ドライブを搭載していた。閑話休題。

 

 

「今のところは富裕層や電力供給会社を中心に配ってるけど、評判は上々、か」

 

 

 あとは、保守派との兼ね合いや、変換器が一般市民に出回るようにするだけだ。

 現地の作業員に技術を伝え、叩きこみ、修理方法を伝え、量産型を作り出すこと。

 

 

「マリナさま、喜んでくれるかな。……笑ってくれるかな」

 

 

 女性はゆっくりと目を細める。

 

 今度こそ、その笑顔が絶えないようにしたい。

 今度こそ、修羅の道を歩ませないようにしたい。

 

 武力を用いた戦いではなく、対話により歩み寄るための戦いを選んだ気高き王女。嘗て、その理想を抱いて、人々にコンタクトを取っていたグラン・パ。

 グラン・パの願いに対し、人々は、“同胞”たちが暮らしていた惑星(ほし)を崩壊させることで答えた。昔、“同胞”たちが生まれた惑星ガニメデと同じように、抹殺の姿勢を露わにした。

 優しかったグラン・パ。“同胞”の未来と幸せを祈っていた彼は、人々との“対話への扉”をこじ開けるため、“同胞”たちが帰りたいと願った青い星(テラ)へたどり着くため、戦うことを決意した。決意せざるを得なかった。

 

 そして、やっとの思いで、彼は扉を開いた。

 それきり、彼は帰ってこなかった。

 

 命を代償にして未来を切り開いた彼らの意志と想いは、後継者たちによって成し遂げられた。そうして初めて、彼らの人生と戦いは報われたのだ。

 

 

(死によって報われるなんて、嫌だよ。生きてそれを見届けなきゃ、意味ないよ)

 

 

 女性は静かに目を伏せた。

 

 グラン・パの背中を見続けて、彼の遺志を継いで3代目となったトォニィと一緒に奔走して、トォニィたち“同胞”と別れてこの地球に降り立って、愛する人と生きて、彼の後継者たちの姿を見守っている。

 だけれど未だに、グラン・パが死を選んだことが納得いかない。彼が選んだ理由も抱いた想いもわかっているからこそ、女性は思うのだ。グラン・パにも生きてほしかった、と。彼には時間が、まだまだ沢山あったのだから。

 初代指導者(ソルジャー)だって、最期の時間を穏やかに過ごすことくらい許されたはずだ。彼の勇気と行動は敬意に価するし、女性も初代指導者(ソルジャー)を尊敬している。でも、どうして、生きてくれなかったのだろう。

 

 

『僕が目覚めた意味が分かったんだ。……今まで生き永らえてきた意味が』

 

『いつかキミも、キミが生まれた意味を知る。そうすれば……きっと、わかるよ』

 

 

 それが、先代の肉声を聞いた最後だった。

 儚くも力強い笑みを浮かべた、優しい人だった。

 

 

(私が生まれた意味……)

 

 

 もやもやする気持ちを抱え込んだ女性は、深々と息を吐いた。もう少しで掴めそうな気がするが、その全貌は分からない。

 いずれ、そのすべてが明らかになる。どうやら、今はまだ、そのときではないらしい。女性は諦めることにした。

 ならば別なことを考えよう。女性は端末をいじり、別な画像データを取り出した。映し出されていたのは、1人の女性。

 

 襟元までで切りそろえられた栗色の髪に、端正な顔立ちの女性。緑のジャケットを羽織り、ネイビーのインナーを着て、白いズボンを穿いたアクティブなキャリアウーマン。彼女は日本の報道局に勤務し、JNN特派員の取材班をやっている。

 家族構成は弟1人。幼い頃に母親を亡くし、数年後に、フリージャーナリストだった父親が取材中の事故に巻き込まれて亡くなったという。現在取材していることは、イオリア・シュヘンベルグとソレスタルビーイングについてだ。

 

 

「この女性に見合うドレスを」

 

 

 女性は端末を操作する。次に表示された画像は、煌びやかなパーティドレスとアクセサリーたちだ。

 

 

「似合いそうなドレスは……これかな。あとは、サイズは目測でこれだから――よし。購入完了」

 

 

 パパッと手続きを終える。その旨を“同胞”の先輩後輩コンビ――女性から見れば、2人とも「目下の子どもたち」だが――を送信すれば、了承の返事が返ってきた。

 女性は端末を閉じ、車椅子の向きを変えた。次の瞬間、アザディスタンのホテルから別の場所へと世界が一変する。そこは、悪の組織の格納庫だった。

 

 

<……それで、ハロルドとキムが回り込んで、ユウイがこう……。さて、私の布陣に対し、みんなだったらどう動かす? はい、まずはハーレイから>

 

「いきなり俺に振るのか!?」

 

「頑張れよ次期新艦長。お前も戦術指揮やってるんだろ?」

 

「頑張って、ハーレイ」

 

「ゼ、ゼルとブラウの裏切り者ー! お前らだって戦術指揮の勉強やってるじゃないかー!」

 

 

 最近完成したばかりの戦艦、ホワイトベース。新米の船員と艦長たちが、今日も元気にシミュレーターの復習をしていた。

 クルーの中には修行中のMSパイロットもおり、彼らもまた、ホワイトベースのクルーたちとシミュレーターの復習に参加している。

 ホワイトベースのクルーやMSパイロットの中には、数か月前に人革連の超兵機関から救出されたのち、“同胞”として覚醒した者たちも含まれていた。

 

 ちなみに、“同胞”に覚醒していない人々も、自分たちが匿っている。人並みに生活するための知識や技術を学んでもらっている最中だ。中には頭角を現し、機械技術や農業関係、芸術関係などの才能を開花させている子もいる。

 

 女性は格納庫に納められたMSたちを仰ぎ見る。

 そこに収められていたのは、灰色の機体と紫と黒を基調にした機体たち。

 両者ともガンダムタイプの量産機であるが、性能は専用機たちに勝るとも劣らない。

 

 

「今日のシミュレーターで、アスルの機体がオーバーロード引き起こしてたよな」

 

「やっぱり、通常タイプのESP-Psyonじゃダメだ。ベルナールやハホヤーに使われている、荒ぶる青(タイプ・ブルー)用の強化ドライブを搭載しないと……」

 

「それをやったら、あの量産機のスペックじゃ辛いです。試作中の新型機のロールアウトを急いだ方が……」

 

 

 技術者たちが話し合いながら、図面と睨めっこを繰り広げていた。みんな、真剣な面持ちでいる。

 

 女性は件の少年へと視線を向けた。銀色に輝く髪と、緋色の瞳。初代指導者(ソルジャー)の面影を色濃く残す彼――アスル・インディゴは、超兵機関の出身者だ。

 彼は『被検体B-001』と呼ばれており、実験の後遺症で、自分の名前を思い出すことすらできなかったという。スペイン語で、アスルは青を、インディゴが藍を意味する。

 名付け親は女性だ。彼の顔を見た瞬間、初代指導者(ソルジャー)を連想した。そこから名前を思いついたのである。そのことを話したら、アスルは静かに笑っていた。

 

 笑い方まで、先代指導者(ソルジャー)と瓜二つだ。

 彼が帰ってきたかのような親近感に見舞われる。

 

 いいや、彼だけではない。ハーレイも、ゼルも、ブラウも、初代指導者(ソルジャー)の同年代であり、青い星(テラ)の大地の下に沈んだ命たちでもある。他にも、友人の親と同じ名前の人たちもいたし、女性の両親と同じ名前の人もいた。崩壊する故郷で命を落とした“同胞”や、戦いの中で命を散らした“同胞”たちもいた。

 

 

(まるで、みんなが帰ってきたみたいだ)

 

 

 女性は彼らのやり取りを見つめた後、近くで話し合っている技術者たちの元へと歩み寄った。

 片付けなければならないことは山ほどある。次の案件に向けての下準備や、今後の事業内容についても。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 絹江・クロスロードは、戦友――セキ・レイ・シロエやジョナ・マツカたちと打ち上げをしていた。

 と言っても、打ち上げを言い出したのはシロエとマツカである。場所を指定したのもシロエとマツカである。

 

 

(でも、ドレスコード有りの高級レストランに連れて行かれるなんて思わないわよ!!)

 

 

 絹江は正直、頭を抱えたくて仕方がなかった。打ち上げ会をするから来ないかとシロエたちから誘われ、取材続行の知らせと重大な話をしたかった絹江は2つ返事で了承した。打ち上げ会と聞いていたので、近くの居酒屋かファミリーレストランあたりでやると思っていたのだ。

 そうして連れてこられた場所は、高層ビルの屋上付近にあるレストラン。普段通りの服装で来ていた絹江は真っ青になったが、シロエたちがコンシェルジュたちと何か会話をしていた。直後、絹江は女性たちに連行されるような形で試着室らしき場所へと連れてこられた。

 訳が分からず唖然としている間に、あれよあれよと絹江はドレスアップを施され、レストラン入口へと引っ立てられた。文字通り、3世紀前に使われた“ポルナレフ状態”であった。数分前までバリバリのキャリアウーマンだったはずの絹江は、美しい淑女へと姿を変えていたのである。

 

 今の絹江は、魚の尾を模したスカートが特徴的なモスグリーンのパーティドレスを身に纏い、翼を広げた鳥をモチーフにした金細工のピアスとネックレスをし、赤い宝玉のワンポイントがあしらわれたヒールを履いていた。送り主、及びその関係者たるシロエとマツカが値段の話に一切触れないこともあって、金持ちの暴挙――具体的に言うなら、“ハレヴィ家によるクロスロード一家スペイン拉致RTA”――を連想してしまう。

 

 パーティ用のドレスを身に纏うことになったのも、ドレスコード必須の店に通されることになったのも、すべてが人生初のことだ。

 しかもこの服一式が、絹江へのプレゼントとして贈られたものだという。意味が分からず狼狽する絹江に対し、シロエが

 

 

『僕の恩師が、今回のイオリア・シュヘンベルグ特集に感銘を受けましてね。取材したのは誰だと詰め寄られたので教えたら、絹江さんにこれらを贈ってほしいと頼まれました』

 

 

 ……と、いうことらしい。

 

 別な意味で危機感を感じていたら、マツカから『その人は女性です。趣味や特技がオッサン臭いですけど』と注釈を頂いた。

 なんでも、2人の恩師である女性の特技が『女性のスリーサイズを(実物、写真問わず)目視で確認できる』というものらしいのだ。

 他にも色々特技があるらしいが、シロエとマツカが遠い目をしたので黙っておくことにした。問い詰めたら、2人の精神衛生が危ない。

 

 現在、絹江たちは夜景の良く見える席で打ち上げをやっている真っ最中だ。しかし、場の空気の影響を強く受けてしまい、打ち上げというよりは晩餐会に近い。

 一般庶民の絹江には、拷問のような居心地の悪さを感じる。打ち上げとは、もう少し気楽なものではなかったのか。というか、何故シロエとマツカはこの店を選んだんだ。

 

 

(しかも2人とも、この店の常連っぽいし! おまけにフォーマルスーツも、ものすごく様になってるし!!)

 

 

 この場が高級レストランでなければ、思い切りテーブルを叩いていただろう。

 寸でのところで絹江は自重した。向かい側に座るシロエとマツカに目をやった。

 

 シロエは黒い無地のタキシードを着ていた。柄襟元の蝶ネクタイと中に着ているベストの色は、やや青みがかった黒た。夜の礼装として格調高いタキシードのおかげか、いつもよりキザに見える。姿勢もいいから尚更だ。

 マツカは灰色にうっすらとストライプが入ったスーツを着ていた。スーツの型はダブルで、少々ゆったりめのシルエットだ。ネクタイの色は無地のピンクゴールド。服の影響か、普段は猫背気味の背中がしゃんと伸びている。穏やかそうな好青年にしか見えない。

 礼服の破壊力は恐ろしい。目の前に、絹江とは縁遠いと思っていた『イケメン』が2人もいる。はしゃぐな落ち着け、と、絹江は自分自身に言い聞かせた。少しでも粗相をすれば、たちまちここから放り出される。そんな予感がしてならない。

 

 

「さて」

 

 

 シロエが悪戯っぽく笑い、グラスを掲げる。それに続いて、マツカもグラスを掲げた。

 

 現実に戻ってきた絹江は、彼らと一歩遅れてグラスを掲げた。

 グラスの中に注がれていた飲み物の水面が揺れる。

 

 

「今回の取材企画が成功したことに、祝杯を挙げまして。乾杯」

 

 

 「乾杯」と、絹江とマツカも音頭に続いた。グラス同士が触れ合い、軽やかな音を立てる。そして、グラスの飲み物に口を付けた。

 シロエとマツカは成人しているが、今日は車を運転する予定があるらしくノンアルコールカクテルである。絹江の飲み物は白ワインだ。

 普段は缶チューハイを嗜む程度の飲みっぷりであるが、こういうのも悪くない。最も、クロスロード家の財力では難しい案件だが。

 

 シロエが頼んだカクテルはセーフ・セックス・オン・ザ・ビーチ。レモンと木苺を浮かべた赤味の強い紫色が特徴的なノンアルコールカクテルだ。色だけでなく、甘く爽やかな香りが漂う。メニュー表のカクテル一覧には『甘みが強いが爽やかで飲みやすい』と説明があったか。

 マツカが頼んだカクテルはノンアルモーニ。スライスされたレモンと、鮮やかな黄色が目を惹く。ワンポイントで添えられたミントもいい感じだ。元々はスプモーニというカクテルから派生したもので、グレープフルーツジュースの甘酸っぱさとトニックウォーターの苦みと爽快感が特徴だと記載されている。

 

 

「本来ならカクテルにもTPOがあるんですけど、今回は無礼講ですから」

 

(無礼講とは???)

 

 

 セーフ・セックス・オン・ザ・ビーチとノンアルモーニに関するうんちくを話し始めたシロエだが、絹江の頭には一切入ってこなかった。こんなお上品すぎる無礼講なんて聞いたことが無い。字面のイメージと現状が全く結びつかないのである。これが無礼講だと言うなら、絹江の想定していた打ち上げは一体どうなるのか。考えるだけで恐ろしかった。

 

 絹江が考え込んでいたとき、乾杯のタイミングを待ち構えていたかのように、テーブルへ料理が運び込まれてきた。

 正直、緊張しすぎて途方に暮れかけている。絹江の心境を察したのか、シロエとマツカがリードしてくれた。

 

 

「こういう場所、先輩はお嫌いですか?」

 

「ちょっとね。あまり経験がないから」

 

 

 シロエはゆるりと目を細めた。マツカも穏やかに微笑む。

 

 

「絹江さん、そんなに緊張しなくとも大丈夫ですよ。気楽にしてください」

 

「それが難しいのよ。周りの人間が皆セレブだから、気後れしちゃって」

 

「僕やシロエ先輩だって一般庶民ですよ。シロエ先輩は取材でこういうところに潜り込んでたから慣れているけど、僕は、こういう所に来る機会はないし……」

 

「珍しいくらい涼しい顔してるのに?」

 

「え!?」

 

 

 そんな感じで、自分たちは談笑を楽しんだ。前菜を食べ終わり、次はスープがやって来る。

 食べ進めていくうちに、緊張もほどけた。絹江は会話のタイミングを計っていた。

 

 いつ、イオリア・シュヘンベルグの取材続行を切り出そう。

 

 

「絹江さん? どうかしたんですか?」

 

 

 マツカがこてんと首を傾げる。シロエも絹江の様子から何かを察したらしく、真剣な眼差しをこちらに向けてきた。

 いつの間にか、ツーカーに近い仲になっていたらしい。流石は戦友だ。絹江は小さく頷き、口火を切るようにして話を始めた。

 

 

「この前、上層部にイオリア・シュヘンベルグの取材を続行したいと頼んだの。その場で、正式に許可が下りたわ」

 

「凄いじゃないですか、先輩」

 

「おめでとうございます、絹江さん」

 

 

 シロエが表情を輝かせ、マツカが嬉しそうに手を組んだ。絹江は礼を述べ、話を続ける。

 

 

「……私はこれからも、ソレスタルビーイングを追いかけるつもり。そのためなら、多少危険な橋でも渡る覚悟でいるわ」

 

 

 絹江はじっと2人を見つめた。

 

 

「シロエは私の同業者だけど、貴方は貴方で追いかけたいものがある。マツカに至っては、本業は危険と無縁のはずだもの。これ以上関われば、大変なことになるかもしれないわ」

 

 

 絹江は言葉を切った。「でも」と付け加え、言葉を続ける。

 心臓が、早鐘のように鳴り響いていた。

 

 

「私1人じゃ、きっと、特番のための取材は上手くいかなかった。2人が助けてくれたから、私は取材の続行を勝ち取れたの。……だから――」

 

「――水臭いですね、先輩」

 

 

 絹江の言葉を遮って、シロエが微笑んだ。

 

 

「ここまで一緒にやって来たんです。今更、仲間外れは嫌ですよ」

 

「取材を続けるんですよね? だったら尚更、1人じゃダメです」

 

 

 マツカも頷く。

 

 2人とも、絹江の取材に協力し続けてくれる。尋ねたかったことを答えられ、しかもそれがいい返事だったのだ。こんなに嬉しいことはない。

 感極まった絹江の頬が、だんだんと緩んできた。断られることを覚悟していたけれど、快く引き受けてもらえる覚悟なんてしていなかった。

 不意打ちを食らったような気持ちになる。絹江は微笑み、「ありがとう」と告げた。シロエとマツカも微笑む。――気持ちは、同じだ。

 

 絹江はウェイターを呼び、全員分の飲み物を頼む。

 新しいカクテルのグラスが運ばれ、ワインが継ぎ足された。

 

 グラスを掲げた絹江に従い、シロエやマツカもグラスを掲げた。

 

 

「それじゃあ、改めて。これからも宜しくね、2人とも」

 

「ええ、宜しくお願いします。先輩」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。絹江さん」

 

 

 改めて、3人は乾杯する。夜はまだ、続きそうだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 関係者曰く、『お隣さんのガールフレンド一族による“お隣さん一家スペイン拉致”計画が無事頓挫』してから数日後。

 お隣さんのお嫁さんのお母さんが、本国へと帰国した。その結果、開かれたのが“ルイス・ハレヴィを励ます会”である。

 

 招かれたのはイデア・クピディターズと刹那・F・セイエイ、左隣のお隣さんである南雲一鷹とAL-3/愛称アリスに悠凪・グライフとHL-0/愛称ハルノ、沙慈・クロスロードとルイスの先輩である八重垣ひまりや草薙征士郎だった。

 

 

(どうしよう。大半の人たちが“同胞”なんだけど)

 

 

 イデアはちょっとだけ居心地が悪かった。特にこの面々は、イデアにとって馴染み深すぎる“同胞”たちである。本当は懐かしさに任せて語り合いたいのだが、刹那や沙慈たちに聞かれていい会話ではない。

 脳内会話でなんとか抑えているけれど、それだけじゃ込み上げてくる感情をどうにかできるとは限らない。このメンバー――特に、一鷹、悠凪、征士郎らと顔を合わせるのは、本当に久しぶりである。最後に顔を合わせたのは、イデアがソレスタルビーイングへ行く直前だった。

 自分たちに託された使命を背負い、それぞれがぞれぞれの道を行く。イデアはソレスタルビーイングへ、一鷹、悠凪、征士郎らが悪の組織へ。歩く道が違えども、見上げる月は同じだと信じていた。そうやって、頑張ってきたのだ。

 

 

『お願いよ、“最愛の星(■■■■■)”』

 

『“来るべき日”のために。どうか、希望を守り抜いて――!』

 

 

 忘れられない。最期に、大切な人から告げられた言葉が。

 痛みと闇で失われた視界。《視えた》のは、銀色に輝く“何か”に飲まれる人の姿。

 

 

『剣術は誰が教えてくれるの?』

 

『これからお前は、1人で稽古をするんだ』

 

 

 少年の問いかけが響いた。それに答えたのは男性だ。

 それが意味するのは、永遠の別れ。

 

 

『嫌だ! 父さんと母さんを置いていけない!』

 

『我が儘を言うんじゃない! ……これからは、おじいちゃんの言うことをきちんと聞くんだよ』

 

 

 少年の叫びが響いた。それに答えたのは夫婦だ。

 その遺言は、自分たちが二度と彼の元へ《還れない》と理解していたが故に。

 

 

『お父さん、お母さん! 死なないでっ!!』

 

『生きなさい。お前が生きることには、必ず意味がある』

 

 

 少年の悲鳴が響いた。それに答えたのは別の夫婦だ。

 その言葉は、人々の心に刻まれる。

 

 最後に、彼/彼女らは言った。『“来るべき日”のために、“希望”を守り抜いて欲しい』と。

 

 

「ううー……」

 

 

 ルイスの目は真っ赤だった。相当泣き腫らしていたのだろう。寂しい、寂しい――剥き出しの感情が、イデアの心をぐりぐりとえぐっている。

 彼女を励ますための人数合わせとはいえ、ほいほい引き受けた自分たちは、確実に周囲から「どうかしている」と言われるだろう。

 

 

「ルイス、大丈夫?」

 

「全然大丈夫なわけないじゃないですかァ、先輩ー……」

 

 

 ルイスは拗ねた表情を浮かべてひまりを見上げた。八つ当たりするように、ルイスは顔を顰める。

 彼女の行為は、周囲の人々に対し、八つ当たりをしているようにしか見えない。

 それに、ルイスの悩みは贅沢な部類に入るだろう。彼女の両親は生きているのだ。

 

 会うためには、物理的な距離があるだけで。

 ルイスと彼女の両親は、言葉を交わすことができる。

 

 

「……贅沢な悩みだな」

 

 

 刹那はぽつりと呟いた。

 

 

「母親が帰ったくらいで、何故泣くんだ」

 

 

 その言葉に、ルイスがキッと目を剥く。

 

 

「寂しいからよ! 皆がいてくれるのは嬉しいけど、でも、やっぱり寂しいっ!」

 

「なら、会いに行けばいいだろう。死んだわけでもないんだし、いつでも会える」

 

 

 刹那の言葉は、ルイスの琴線に触れたらしい。しかも、悪い方面に。

 

 ルイスは癇癪を起こし、わんわんと泣き出した。収拾がつかなくなってきている。

 何のためにイデアたちはここにいるのだろう。本来の目的を忘れてしまいそうだ。

 

 

「……でも、本当にルイスは贅沢だよね。死に別れたわけじゃないのに、今生の別れみたいに泣くんだもの」

 

「それとこれとは違うのーっ! どーしてイデアまで刹那みたいなこと言うの!? 酷い!」

 

「私もね、両親に会えないの。声も聞けないし、顔も見れないわ。……随分前に、死んじゃったから」

 

 

 イデアが淡々と紡げば、ルイスはぴたりと泣き止んだ。刹那が驚いたように目を瞬かせる。

 赤の他人であるルイスやソレスタルビーイングの仲間である刹那に、昔話をするのは初めてだ。

 

 

「私の母は事故で亡くなったの。しかも、私の目の前でね。……母を亡くした事故で、私は視力を失った。しかも、母が死ぬ前に。父も、母の後を追うようにして亡くなった。……だから、両親の最期の顔を見れなかったわ」

 

「…………ご、ごめんなさい…………」

 

 

 ルイスは完全に萎れてしまった。どうやら、癇癪は収まったらしい。

 

 隣に座っていた刹那が、心配そうにイデアを見上げてきた。イデアの過去は他人事ではないと思ったのだろう。イデアの様子から、この話が本当のことだと察したためでもある。

 一鷹が、悠凪が、征士郎が、「自分も親を亡くした」と零す。イデアのカミングアウトに突き動かされるような形だった。一鷹と悠凪が両親を、征士郎が父親を、それぞれ目の前で亡くしている。

 空気が一変したクロスロード家のリビングは、重々しくなっていた。『ルイス・ハレヴィを励ます会』は、いつの間にか『ルイス・ハレヴィを諌める会』、および『自分の過去を零す会』に変貌していた。

 

 家主の沙慈はおろおろしていて役に立たない。ルイスも、何とかしようと必死な様子だった。

 ひまりは事の詳細すべてを聞いているから、どうしようもないと知っている。

 

 そのとき、丁度いいタイミングで端末が鳴り響いた。ソレスタルビーイングからの連絡である。

 

 

「用事が入った」

 

「私も。それじゃ、またね」

 

 

 イデアと刹那は立ち上がる。何とも言えない表情で、ルイスと沙慈が自分たちを見送った。一鷹たちや征士郎らはいつもより少し静かな様子で、自分たちを見送る。彼らもまた、戦いに赴く。なんとなく予感があった。

 クロスロード家の部屋を出て、端末を開く。3大国家に大きな動きがあり、3大国家陣営は共同で軍事演習を行おうとしているらしい。今まで反目していた者たちが、手を組むことにしたのだ。

 軍事演習には、空軍エースパイロットであるクーゴやグラハムも参加するだろう。いや、これは軍事演習ではない。ガンダムを鹵獲するために、三大国家やその他諸々が動き出している。

 

 世界は加速する。統合に向かって。

 

 イデアは端末を握り締めた。

 世界は、佳境を迎えていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「教官ー、ヨハン兄ー、ミハ兄ー。差し入れ持ってきたよー!」

 

 

 スポーツドリンクとタオルを片手に、ネーナ・トリニティは大声で3人を呼んだ。畑で収穫作業に勤しんでいたヨハン・トリニティとミハエル・トリニティが遠くから顔をのぞかせる。

 自分たちの教官であるノブレス・アムは、丁度収穫を終えたらしい。籠の中には、ナス、ピーマン、トマト、キュウリ、オクラなどの野菜が沢山入っていた。どれも採れたての新鮮だ。おいしそうである。

 ネーナはノブレスにスポーツドリンクを手渡した。農作業の最中であっても、ノブレスは決して人前で素顔をさらそうとしない。汗だくなのに、大丈夫なのだろうか。熱中症で倒れてしまいそうで、ちょっと不安だ。

 

 本人曰く、『仮面をしているのは、顔に大きなやけどの跡があるため』だという。『昔、火災で家族を亡くし、自身も大けがを負った』と言っていた。

 

 『他人を不快にさせたくない』とはノブレスの談である。そんなことはないとネーナは思うのだが、ミーハーで面食いな自身の正確を鑑みると、彼の不安も分かる気がした。

 もし、ノブレスが自分たちを信用して、いつか仮面を外す日が来たら。その下の顔を見て、ネーナは何を思うのだろうか。

 

 

(昔の私だったら、平然と「気持ち悪い」って言ったんだろうなぁ。……いや、もしかしたら、もっと残酷なことを平然と言ったかもしれない)

 

 

 火傷の後の具合にもよるだろうが、確実に、自分は教官のことをバカにしていただろう。

 考えるだけで、自己嫌悪に襲われる。昔の自分は子どもだった。子ども過ぎたのだ。悪い意味で。

 

 

「どうした?」

 

「あ、なんでもない! タオルどうぞっ!」

 

 

 ネーナは慌ててタオルを突き出し、そそくさと向きを変えた。兄たちの方に向き直る。

 

 

「ネーナぁ、パス!」

 

 

 遠くで、出荷用の花を収穫していたミハエルが大きく手を振った。横着はダメだと言いたげに、ヨハンはミハエルを見た。

 でも、結局は弟妹に優しい兄である。しょうがないと苦笑するに留めていた。そんな風に笑う兄たちを見ると、今が幸せだとつくづく思う。

 ネーナはミハエルに向かい、飲み物を投げた。大きく弧を描いて飛んだスポーツドリンクは、そのままミハエルの手に、吸い込まれるように落下していく。

 

 が、次の瞬間。

 

 ばちん、と、何か音がした。ミハエルがキャッチするはずだった飲み物は、ミハエルの手に届く直前で、何かに阻まれたかのようにバウンドした。そのまま、彼の手を超えて花畑の奥へと落ちていく。

 突如起きた超現象に、ミハエルは首を傾げながらも飲み物を拾いに行く。ネーナとヨハンも首を傾げたが、どうしてあんなことが起きたのかわからない。とりあえず、ネーナの元にやって来たヨハンに、飲み物とタオルを手渡した。

 

 籠の中には、収穫したばかりの野菜たちが顔をのぞかせている。

 

 

「どれもおいしそうな野菜だね!」

 

 

 ネーナの言葉に、ヨハンが少し遠い目をした。

 

 

「ミハエルがつまみ食いしようとするのを止めるのが大変だったのでな。花の収穫に回らせた」

 

「兄貴だってちょっと揺れ動いてたじゃねーか」

 

「大丈夫だ。この野菜、今晩の夕食の材料になる」

 

 

 ミハエルがむっとしたようにヨハンに突っかかれば、ノブレスが穏やかに笑った。彼の言葉に、兄2人は表情を輝かせる。

 ネーナには兄の気持ちがよく分かった。どの野菜も、太陽の光を浴びてつやつやと輝いている。かぶりついたらおいしいに違いない。

 新鮮な野菜を使った料理というのも魅力的だ。今日の食事当番はトリニティ兄妹である。

 

 

(『ガンダムマイスターたるもの、教養を持て』……だっけ)

 

 

 己の意志で判断を下し、己の力で道を切り開く。そのためのスキルと知識を磨けば、戦場を駆け抜け生き残る術に直結する。

 ノブレスがいつも言っていた言葉を思い出しながら、ネーナは端末を引っ張り出した。料理サイトにアクセスし、冷蔵庫の残りを思い出しながら献立を練る。

 

 そのとき、ノブレスの端末が唸るように着信を告げた。彼は端末画面を睨めっこし、深々とため息をつく。ヨハンがノブレスに問いかけた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「近々、キミたちの初任務が行われることになるという話は知っているな。……予定より、前倒しになるかもしれん」

 

 

 仮面の下には、険しい顔があるのだろう。ただならぬ空気を感じ取り、ネーナは思わず息を飲む。

 花と野菜が植えられた長閑な畑に、ぴりぴりと尖った気配が漂い始めた。皆、緊張している。

 

 ノブレスはふっと表情を緩めた。

 

 

「たとえ前倒しになっても、変わらない。キミたちなら、やり遂げられる。僕はそう信じているよ」

 

「教官……」

 

「始まる前のことで悩んでいても仕方ないだろう。今日は、おいしい野菜を使ったおいしい料理をたくさん食べて、英気を養っておかなきゃな」

 

 

 ノブレスに促され、ネーナたちも彼に続く。

 蠢く世界とは裏腹に、自分たちの世界は穏やかだった。

 永遠に続くのではと思ってしまうくらい、平和だった。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参考及び参照】
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『ノンアルコールの種類 カクテルリスト・一覧』より『セーフ・セックス・オン・ザ・ビーチ』、『ノンアルモーニ』
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