問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
「メギドシステムは最終段階に到達しました。繰り返します……」
アナウンスが聞こえる。時間はあまり残っていない。急がなければ。
ソルジャー・ブルーは、ふらつきながらも制御室へとたどり着いた。道中の敵をなぎ倒してきたが、体が悲鳴を上げている。
元より燃え尽きる寸前の命だ。おそらく、ブルーがナスカ崩壊の寸前に目を覚ましたのは、メギドを止めるために違いない。
ブルーがよろよろとした足取りで、メギドシステム中枢へと歩みを進める。一歩、一歩、踏みしめるようにして、ブルーは中枢へと足を動かした。
刹那、背中に焼け付くような衝撃が走った。ブルーは呻いて崩れ落ちる。一歩遅れて、銃声が響き渡る。背後から感じたのは凄まじい殺気。ミュウに対する敵意だ。
ブルーは膝をつきながらも振り返る。赤い軍服を着た鎮圧部隊が銃を構えていた。軋みを挙げる体を動かし、ブルーは反撃に転じた。強力なサイオン波を相手にぶつける!
兵士たちは吹き飛ばされて倒れこんだ。それを確認したブルーは這うようにして体を起こし、よろめきながらも足を進めた。呼吸は荒く、体が動いてくれない。
(まだだ)
体が軋む。戦おうとする心と対照的に、体がついていかない。
苛立たしさが募る。
(まだ、倒れるわけには……!)
そうだ、まだ倒れるわけにはいかない。自分には、まだやるべきことがある。
ブルーは確信していた。これを成しえるために、自分は生きてきたのだと。
果たさなければ。そして、繋げなければ。ミュウたちの命と未来を、還るべき
「やはり来たか、ソルジャー・ブルー!」
聞き覚えのある男の声がした。声の方向へと振り返る。赤い軍服を身に纏った男が、ブルーへ向けて銃を構えていた。
「まったく驚きだな、ここまで生身でやって来るとは。まさしく化け物だ」
口元がほんの少し吊り上がる。少しの敬意と、爆ぜるような侮蔑の感情。
男の中に渦巻く感情に、ブルーは思わずたじろいた。男の顔から、薄く浮かんだ笑みが消える。
「だが、ここまでだ。残念だったな、メギドはもう止められない!」
(っ……!)
ブルーは眦を釣り上げた。もし本当にそうだったとしても、諦めるつもりはない。ブルーとて、
命と引き換えになら、ぎりぎり止められる。だが、それを成しえる前に死んでしまうわけにはいかないのだ。ふらつく体を叱咤する。何としてでも、止めなくては。
次の瞬間、男の銃が唸った! 何発も何発も、体に銃弾を打ち込まれる。限界を訴えていた体は簡単に崩れ落ちた。それでもブルーは抵抗した。シールドを展開する。
何発もの銃弾がシールドにめり込む。銃弾が撃ち込まれる衝撃すら、今のブルーには凶器になり得た。
銃から薬莢が引き抜かれる。リロード。補充された銃弾が、再びブルーに襲い掛かった!
「どうした!? 反撃してみせろ! ――亀のように蹲っているだけでは、メギドは止められんぞ!」
男はそう言いながら、ブルーの元へと歩み寄る。その間、彼は何度も何度も引き金を引いた。何発もの銃弾を、ブルーに浴びせ続けた。
そのすべてをシールドで防ぐ。崩れ落ちた体は言うことを聞いてくれない。
でも、耐えなければ。今はまだ、耐えなければ。反撃のチャンスには、まだ早い。
「射撃準備完了。エネルギー圧力上昇。発射まで、カウント開始。10、9……」
聞こえてくるアナウンスは、メギドの発射を告げるものだ。同時に、ブルーが反撃に出るためのカウントダウンでもある。
「7、6……」
「少佐! ここは危険です!」
どこからか声がした。男を心配してやって来た部下のものだった。
ブルーの視界に、男の脚が映る。もうそこまで接近していたらしい。
「これで終わりだ!」
至近距離から一発、銃弾が撃ち込まれる。
そのタイミングを、ブルーは待っていた。
シールドに回していた分のサイオン能力を、攻撃だけに集中させる。
そのとき、男が撃った銃弾が、シールドを通り抜けてブルーの左目へと突き刺さる!
左目の視界が真っ赤に染まったのを合図に、ブルーは地面に手を叩きつけ、サイオン攻撃を放った!!
「――でぇぇぇぇぇえええええええええええええええええいッ!!」
「――キィィィィィィィィィィィス!」
青い光が爆ぜる。青い光が足場に立つ男ごと崩壊させる寸前、刹那にも等しいタイミングで、男の部下が男を庇う方が先だった。
男には逃げられてしまったが、それよりもメギドを止める方が先決だ。そのためにブルーはここにいるのだから。
ブルーは後継者の名を呼んだ。彼には、辛い思いをさせてしまった。自分が見出し、選んだために。これからもきっと、辛い思いをさせるのだろう。それでも、ブルーが希望を託せる相手は彼しかいない。ブルーが見出したいとし子――次代の
(みんなを、頼む……!)
ブルーは命を燃やすように、サイオン能力を開放する。
サイオンバースト。一際激しく輝いた青い光が、動力中枢部を破壊していく!!
どこかで兵士の悲鳴が響いた。どこかで次代の
アナウンスが聞こえる。動力部で爆発、メギドシステムはエネルギーの10%を照射したのみでシステムダウン、本体の爆発が拡大中。ブルーはさらに力を込めた。
どこからか、嘆きの声が聞こえた。仲間や
(俯くな、仲間たち)
悲しむことなんて何もない。
どうか、前を向いて。希望はまだ、絶えていないのだから。
祈るようにブルーは目を閉じた。瞼の裏に浮かんだのは、
(嗚呼……できることならば、この目で、
それが叶わないのなら、せめて。
(……フィシス。キミの抱く
こうするときから、分かっていたことだったけれど。
それでも、もう一度見たかった。
何もかもが遠くなっていく。青い光が一際激しく爆ぜたのを最後に、ブルーの世界は黒へと沈んだ。それが死だと理解していたが、ブルーは恐れることなくそれに身を委ねたのだった。
◆
(『俯くな、仲間たち』……か。ランディやスチュワートも、同じことを言うのかな)
クーゴはそんなことを考えながら、本を閉じた。
現在、オーバーフラッグス部隊は太平洋を移動中である。
三国軍事演習の名を借りたガンダム鹵獲作戦は、MDの暴走という大事件と新たなガンダムの出現によって失敗に終わった。
新たに出現したガンダムは4機。このタイミングで新型を投入してきたということは、ソレスタルビーイングはこの鹵獲作戦を察知していたということだろうか。
いや、彼らが予測していたことは鹵獲作戦ではなく、MDの暴走だったのかもしれない。異端審問官の名を冠するガンダムを駆っていた男の言葉を思い出し、クーゴは深々と息を吐いた。
休憩室はクーゴとグラハム以外、誰もいない。静かな空気が漂っている。
「暴走したMD部隊、1機も帰投していないんだっけ?」
「ああ。本部は『ガンダムの攻撃で全滅した』とみなしているようだ」
クーゴの問いに、グラハムは険しい表情で答えた。その様子だと、グラハム本人は『MD部隊がガンダムによって全滅した』とは思っていないらしい。あんな大暴走を起こしたのだ。のこのこと帰投なんてできないだろう。PMCトラスト側も、知らぬ存ぜぬで通している。ただ、言い訳も苦しくなってきたようだ。
異端審問官を駆っていた男の言葉通り、MDの欠陥が発見されたというリークがなされたのである。内容も、男や一介のジャーナリストであるセキ・レイ・シロエが述べていた通り、『
話は逸れるが、そのジャーナリストの名前は『Toward the Terra』の登場人物――セキ・レイ・シロエと同姓同名である。彼はS.D.体制に反抗し、人類篇主人公であるキースに関する“重大な真実”を知ってしまったことが理由で処分されていた。尚、彼はミュウ篇の序盤にも登場しており、ミュウ因子を有していることが示唆されていたりする。閑話休題。
「何をどうすれば、そんな地雷ができあがるのだろうな」
「まったくだ。襲われた方にとっては、たまったもんじゃない」
グラハムの呟きに、クーゴは腕を組んで頷いた。彼の眉間にも皺が寄っている。おそらくクーゴも似たような表情を浮かべているのだろう。
今回の事件で、2人のフラッグファイターを失った。前から親交があった、“多元世界技術解析および実験チーム”の仲間たち。
使わなくなった食器を眺める。軍人になるということは死と隣り合わせだ。友の死に直面するのは、これが1度や2度ではない。
それでも、友が『いなくなる』痛みに慣れることはないのだろう。クーゴは襟元を握り締めながら目を伏せる。自分にできることは、彼らの死を悼むことだけ。
謎は他にもある。投入されたMDは250機のはずなのに、何故か援軍として200機弱のMDが増援として現れ、戦場を荒らしていたのだ。残りはどこから湧いて出たのやら。
砂漠に潜んでいたことはわかっている。誰が、何の目的で、タクマラカン砂漠に増援を潜ませていたのか。派遣したと思しきPMCトラストは、やはり知らぬ存ぜぬを通している。
(PMC、さっさと潰れちまえばいいのに)
我ながら恐ろしいことを考えるな、と、クーゴは思った。
今回の事故で、PMCはMD開発を凍結したという話をちらほら聞いている。企業としての即死は免れたが、今回の事故は致命傷であることは明らかであった。
延命治療のために、壊死した部分を切除しようとしているようだ。それで済むかどうかは、会社の対応にかかっているだろう。むしろ『済まなければいいのに』と思うのは、私怨だろうか。
そんな自分の思考回路を察したのか、グラハムは何も言わず紙コップを押し付けるようにして手渡してきた。中身はブラックコーヒー。クーゴはそれを受け取った。
一切甘味のないコーヒーは、この世の厳しさを示すかのような苦みに満ちている。腹に重たい一撃が入ったような気がしたのは、気のせいではなさそうだった。
グラハムも無言でコーヒーを呷る。表情はどこか陰りがあった。2人とも黙ったまま、椅子に座り込む。友の死を悼むように、グラハムが静かに目を閉じた。クーゴも黙祷を捧げる。
『副隊長の鍋が食べたい人、手を挙げてーっ!』
オーバーフラッグス部隊集合時に、そう音頭を取ったランディ。
『おいしいんだけど、おいしいんだけど……』
強制敵に決まったカレー味に対し、そう嘆いたスチュアート。
これからガンダムと対峙するたびに、
クーゴがそんなことを考えていたとき、休憩室の扉が開いた。ずかずかとした足取りで部屋へ踏み込んだのは、ジョシュアである。
「隊長と副隊長が揃いも揃って、辛気臭いんだよ。士気が下がるだろうが」
ジョシュアはずいっと何かが入った袋を突き出した。顔を上げて中身を確認すれば、こぶし大の大きさのチョコマフィンが2つ入っている。ふっくらしていておいしそうだ。
「何か食べとけよ。そうすれば気がまぎれるだろ」
そう言い残し、ジョシュアは袋を押し付け、さっさと部屋の外へと出て行ってしまう。彼を呼び止める間もなかった。
……自分たちを励ましてくれたのだろうか。クーゴとグラハムは顔を見合わせた。とりあえず、彼の好意に甘えることにした。
袋からマフィンを取り出し、そのまま一口。
(――――あ、これはダメだ)
味を認識する間もなく、クーゴは反射的にそう直感した。
ワンテンポ遅れて、口の中一杯に味が広がる。
まずい。
とにかくまずい。
形容のしようがないほど、ただひたすらにまずい。
甘いのか辛いのか苦いのか渋いのかなんて、そんなレベルで図れるようなチャチなものではない。生焼けか黒焦げかで図れるようなレベルでもない。問答無用でまずいのだ。未だかつてない味である。
これはテロだ。マフィンの形をした殺傷兵器だ。姉からの嫌がらせで『大量のシュールストレミングをぶちまけられた部屋に閉じ込められた』ときのような状態に近い。死ぬ。自分はここで死ぬのだ。クーゴには確信があった。
「クーゴ!? おい、しっかりしろ!!」
今まさにマフィンに口を付けようとしていたグラハムが、慌てた様子でクーゴを呼ぶ声が聞こえる。それを最後に、クーゴの意識は完全にブラックアウトしてしまったのだった。
*
医務室は満員御礼。ベッドの上でうなされている者、椅子に座っても平気なくらいには回復してきた者、動き回る分は問題ない程度に回復した者等様々だ、全員の共通点は2つあり、1つは“
この場で無事なのは、クーゴが倒れた現場に居合わせたためにマフィンを食べずに済んだグラハム・エーカー上級大尉ただ1人だ。運が良くて何よりである。……最も、短時間で“動き回る分には問題ない程度に回復した”クーゴも運が良い部類に入るのだろうが。尚、諸悪の根源にして大戦犯であるジョシュアはこの場にいない。
「まったく、酷い目にあった……」
「悪い意味で見た目に騙される系の料理は初めてだぜ」
ベッドからようやく起き上がることが出来たハワードとダリルが額を抑える。彼らの奥のベッドでは、顔を真っ青にしたアキラがうんうん唸っていた。
医者の見立てでは、『酷くても数日で持ち直せるだろう』とのことだ。具体的に言えば、ギリギリ“ユニオン基地に帰投するか否かくらい”である。
MDの暴走で死にかけたオーバーフラッグス部隊にとって、此度の災難は“一難去ったらまた一難”みたいなものだ。或いは“泣きっ面に蜂”。
MDが暴走したときは全滅も覚悟した程だが、それをどうにか生還した後に、方向性が違う理由で全滅一歩手前まで持っていかれるとは思わなかった。美味しくないご飯は心と体を一気に蝕んでいく。
「俺と一緒に料理してたときは何も問題無かったのに……」
「誰かのサポートありきで料理を作るときは大丈夫なタイプだったのかも知れないな」
「おかしいな。あのとき、ジョシュアには調理の補助として入ってもらってたんだけど……」
ガンダムを鹵獲する作戦が始まる前の昼食を思い出し、クーゴは顎に手を当てて考え込む。実際、あのときクーゴはジョシュアに調理のサポート役として入ってもらっていたし、出来上がった料理に問題はなかったのだ。
見解を述べるグラハムだって、お菓子作り初心者時代はクーゴのサポートありきで完成に漕ぎつけたタイプだ。確か、あのとき――刹那が作ってくれた中東の菓子・ウムアリへの返礼品として――彼が作ろうとしていたのはパウンドケーキだったか。
当時の悲喜こもごもを思い返したクーゴは、“自分がサポートしなかった場合のIF”を想像してしまい、思わず遠い目をした。ジョシュアの作ったマフィンよりも酷い有様になっていただろうことは、容易に想像がついたためだ。
以後も、グラハムは刹那と手作り菓子を贈り合っていた。直近でグラハムが作ったのはチョコチャンククッキーで、最初から最後まで自力で作っていたか。
クーゴは監視役として引っ立てられたが、特に介入する要素も必要もなく手持無沙汰だったことを思い出す。パウンドケーキを始めて作ったときより、着実に進歩していた。閑話休題。
どんな形であれ、ジョシュアが料理をするときは『サポート』という字面と関連付けなければ大変なことになるらしい。それを己の身をもって体験する羽目になるとは思わなかった。
「こういう状態に置かれると、副隊長の雑炊が恋しくなりますね」
「アレかぁ。普段は具沢山でしっかりした味があるのが美味しいと思うんだが、弱っているときは薄味でシンプルなヤツが染み渡るんだよなー」
ベッドの上から起き上がったばかりの僚友が零した発言を皮切りに、何故か雑炊の話で盛り上がり始める。「もう少し体調が落ち着いたら作るから」と口を開こうとした瞬間、医務室の扉が開いた。現れたのは、大きな鍋を持ってきたジョシュア・エドワーズ。
この場の空気が一瞬で凍り付く。しかし、ジョシュアはこの場の空気を一切察していないようで、ずかずかと医務室に踏み込んできた。
彼は仲間たち全員の顔を見回した後、ばつが悪そうに視線を彷徨わせる。一体、彼は何をしに来たのだろう。
「――差し入れ」
「えっ」
「か、勘違いするなよ!? 別に、『体調崩した』って話を聞いて、心配したわけじゃないんだからな!!」
ジョシュアはそういうなり、大鍋を置いて医務室から飛び出してしまった。残されたのは、ジョシュア・エドワーズが持ってきた差し入れ――もとい、得体の知れない大鍋である。
“彼の作ったマフィンで医務室送りになった”という経緯上、警戒心が真っ先に働いてしまうのは致し方ないだろう。回復が早い面々と無事に済んだグラハムが、おずおずと鍋に近づく。
隊長としての責任感故か、大鍋の蓋に手をかけたのはグラハムだった。こちらに目配せした後、覚悟を決めたような顔をして蓋を開ける。間髪入れず、甘ったるい臭いが鼻を衝いた。
(なんだこの臭い!? 大部分はチョコレートだってのは分かるが、もっと別なものが混ざってる!?)
クーゴがぎょっとした次の瞬間、鍋の中身が飛び込んでくる。
「――ヒッ!!?」
米の面影がうっすらと伺える程度にふやけた、どろどろした液体が鍋一杯に入っていた。色は黒に近い茶系。ぞわぞわした悪寒を感じたクーゴは、思わずグラハムの背中に隠れた。
駄目だ。あれは駄目だ。とにかく駄目だ。初めてエイフマンのランチボックスを見たときのような――いいや、それ以上の恐怖に駆られて、グラハムの制服を握る手に力を込めてしまう。グラハムは手を振り払うようなことはせず、視線を向け、歪ながらも笑い返そうとしてくれた。
オーバーフラッグス部隊も直感的に“これは駄目だ”と察したようで、みんなドン引きしていた。中には狂乱してしまった者もいる。ある者は逃げようとして壁を引っかき、ある者は布団を被ってカタカタ震え、ある者は余計魘されていた。新たな地獄絵図の開幕である。
「なんでマフィンより悪化してるんだよぉ……!?」
「これは……これはもう、どうしようもないな……」
自分でもびっくりするくらい情けない声が出た。クーゴを庇うような体制を取っているグラハムも、所々声がひっくり返っている。
米を甘く味付けするデザートや食文化の存在は把握していたけれど、ジョシュアが持ってきた鍋の中身は、それらとは程遠い劇物だ。
善意でこれを差し入れてくれたジョシュアには悪いが、これは絶対食べられない。食べたら確実に体調が悪化する。それ以前に、見た目と臭いの時点でもう無理だ。面々は周囲を見回す。みんな考えていることは同じだったようで、首を横に振っていた。魘されている人間ですら首を横に振っていたから相当だろう。
唯一無事だったグラハムが、鍋の中身を処分するために動き出す。彼は鍋に蓋をし直すと、どこかへと運んで行った。比較的回復が早かった面々は大急ぎで窓を開け、空調を操作して換気を行う。程なくして、甘ったるい刺激臭は消えてなくなった。
幾許かの後、中身の処理と鍋の片づけを終えたグラハムが医務室へと戻って来た。オーバーフラッグス部隊に降り注いだ次の災難は、どうにか乗り越えることが出来たらしい。仲間たちは顔を見合わせると、安堵したように深々と息を吐いたのだった。
――それから暫くして。
「なあジョシュア。あの鍋の中身のことなんだけど――」
「知人からオカユの話を聞いて作ってみたんだ。チョコレートとコーラで煮炊きしたんだぜ!」
“料理関連ではジョシュアを野放しにしてはいけない”、“特に味付けは、絶対ジョシュアに任せてはいけない”という暗黙の了解が出来たのは、当然のことである。
◇◇◇
父と妹が、難しい顔をしながら何かを話し合っていたことは知っていた。それ以上踏み込まなかったのは、『“異端審問官”の道を選ばなかった自分には関係ない』と思い込んでいたためだろう。
自分の家系は普通とは違うのだということは、薄々察知していた。それでも気にしないで自分の夢を追いかけることができたのは、家族が気を使ってくれたためだった。
――真実を知ったときには、自分は何もかもを亡くした後だったけれど。
一族が監視していた連中が暗躍していたことも、積年の恨みを晴らすかのように父へ冤罪を着せたことも、無理心中に見せかけて家族を殺されたことも、唯一生き残った自分を“不幸な事件”で死に追いやるために故郷に麻薬を蔓延させたことも、知るのが遅すぎたのだ。
何も教えてくれなかった家族に不平不満を零したこともある。でも、一番悪かったのは、家族が抱えてきた“異端審問官”としての役割を
家族――特に、父と妹が気を使ってくれたことは理解していた。だって、その役目を知ってしまえば、知る前には戻れない。機密情報という名の劇物を目の当たりにして、夢を追いかけてなどいられなかった。そのツケが、今こうして回って来ただけに過ぎない。
『お兄様。貴方が夢を追いかけると言うなら、お父様も、わたくしも何も言いません。“異端審問官”当主の役目はわたくしが引き受けます』
『……ですが、もしも。もしもお兄様が、“同胞”のコミュニティ内で、技術者としての道を選ぶのであれば――』
『私が駆るであろう機体の設計を、お兄様に任せたいのです』
『お兄様とのつながりがあるのなら、わたくしは安心して戦えますから』
朝焼けを思わせるようなプラチナブロンドの髪に、自分と同じマルベリーの瞳。母譲りの容姿を受け継いだ妹の言葉は、今でも自分の頭の中に残っている。
才色兼備を地で行くような妹だった。学校は普通に飛び級していたし、誰も彼もが彼女を“才女”と褒め称えていた。MSパイロットとしての才能を開花させたことで、軍や民間軍事企業から引く手数多だった。特に格闘戦では無類の強さを誇っていた。
“常に知的でクールな立ち振る舞いをする才女が格闘戦を得意としている”というギャップにつられた野郎どもが、呆気なく袖にされていた現場を何度見てきたことだろう。狼藉に走ろうとした連中が秒で鎮圧された光景だって何度も見てきた。
妹がドリル関係の機体が大好きだったことを知っているのは、両親と自分だけだろう。MSの好みは父親譲りだった。
『お兄様が技術者の道を選ぶなら、わたくしの機体を設計開発してほしい』と語っていた彼女が、武装の好みを語ってくれた。
グーパン・キック・ドリルに拘り、同じようなものを好んでいた父と激論を繰り広げていた現場は今でも忘れられない。
『わたくし、“カクテルが似合う女”を目指します。社交界は情報の宝庫ですから』
『“異端審問官”としての役目を全うする中には、潜入も避けては通れないでしょう』
『お父様たちが『社交界に慣れておけ』って言ったのは、そういう部分もあったからですよ』
家業について話してくれた妹は、カクテルをよく飲んでいた。年齢が未成年のため、ノンアルコールカクテルが主だったけれど。
特に彼女が気に入っていたのがシャーリーテンプル。カクテル言葉は“用心深い”だった。
『……お兄様』
『わたくしと同年代の女の子に
『その子が若ければ若いほど、問題になるかもしれません。気を付けてくださいね』
妹にシンデレラを奢ったら、女遊びが激しい野郎を見るような目を向けられた。あの頃の自分はカクテル言葉なんて知らなかったし、意識すらしていなかったっけ。因みに、シンデレラのカクテル言葉は“夢見る少女”である。
『わたくし、フォーリン・エンジェルだけは好きになれそうにありません』
『実物を飲んだことは無いのですが、字面がどうしても気に入らなくて』
妹がそう言って、近くにいた客が注文したカクテル――フォーリン・エンジェルを忌々し気に見つめていたことがある。当時はその理由は一切分からなかったが、“異端審問官”となった今ならよく分かる。家族を死に追いやり、自分のことも殺そうとした連中たちの妄執と執念そのものだった。
“イオリア・シュヘンベルグの計画を乗っ取って私物化する”だけでなく、“イノベイドと呼ばれる人工生命体を使い潰す”という計画を実行しようとした連中は、初代“異端審問官”によって罰せられた。以降、奴らはずっと――200年もの間、復讐と計画の乗っ取りを企て続けてきたのだ。
その計画名が“
だって、フォーリン・エンジェルのカクテル言葉は――
***
「貴方たちはどうして、ガンダムを所有しているの?」
「ヴェーダのデータバンクにも、あの機体がないのは何故だ?」
チーム・プトレマイオスのスメラギとティエリアが、会談の口火を切るようにして問いかけてきた。
来ると思っていたが、ここまで直球で来るとは思わなかった。単刀直入すぎるにも程がある。
「機密事項のため、答えられません。我々にも守秘義務があるんです」
「このことを話すと漏洩になってしまうんです。申し訳ない」
はっきりと断ったヨハンをフォローするように、ノブレスは付け加えた。ミハエルが「残念」と言いながら、わざとらしく肩をすくめる。
「ミハエル、相手に喧嘩を売るような真似は慎め。ガンダムマイスター同士で争っても、何もならないぞ」
「う……すみません、教官」
「わかればいい」
ノブレスが注意すれば、ミハエルはバツが悪そうに視線を逸らした。昔はことあるごとに突っかかり、ナイフを突きつけてきたなと思い返す。
それと比べれば、素直に謝ってくれるようになったというのはいい進歩だろう。教え子の成長が嬉しくて、ノブレスはふっと表情を緩めた。
不意に笑い声が聞こえた気がして、意識を声の主に向ける。イデアが生温かい眼差しでノブレスの表情を見ていた。まるで、弟の成長を喜ぶ姉のような眼差し。
<ノブレスくんも変わったねぇ。昔は笑ったりなんてしなかったし、教官なんて呼ばれるようなガラじゃなかったのに>
いい変化だと、彼女の瞳が語っている。ちょっとだけ照れくさい。
彼女の方が自分より年上なのだ。何年経とうが、年の功とその他諸々で頭が上がりそうになかった。
スメラギとティエリアの質問を皮切りに、次々と自分たちに疑問がぶつけられた。
「お前さんたちは、GNドライヴ……太陽炉をどこで調達したんだ?」
「それも答えられません。機密事項に抵触してしまいます」
ロックオンの問いかけに、ヨハンは静かに首を振る。ミハエルは何かを言おうとしたが、自分たちに言われたことを思い出したように踏みとどまった。
ティエリアが険しい顔をしてノブレスたちを睨んできた。何故ここに来たのかという彼の問いに、ノブレスはあるがままを答える。
「
「ならば何故、こちらの質問に答えようとしないんだ!?」
「守秘義務です。貴方にだって、答えられない質問があるでしょう? 例えば――」
彼の秘密に対し、土足で踏み込むのは悪いと思っている。しかし、ここは自分が憎まれ役を買って出なければ、延々と質問事項に晒される羽目になるだろう。
チーム・トリニティ――否、ノブレス・アム個人としての目的を果たすためには、質問に時間を取られているわけにはいかないのだ。
「ティエリア・アーデ。“ヴェーダに直接アクセスできる貴方は、一体『何者』ですか?”という問いに、
「!?」
空気が凍り付く。
ただならぬ空気を察したロックオンが、眦を吊り上げてノブレスとティエリアの前に割って入った。次は彼の地雷を踏みぬかねばならないのだろうか。
ティエリアはロックオンを制止し、苛立たしげに首を振った。気分を害したと言い残し、彼は部屋を退出する。その直前、彼はヴェーダにレポート提出を求めた。
ヴェーダの穴を知っているノブレスにしてみれば、それもまた面々の首を絞める自滅行為にしかならない。逆効果だったか、と、ノブレスは苦い表情を浮かべた。
「彼には後から、私自身が直接謝罪をさせてほしいんだが」
「ティエリアは気難しいからね。一応、私でよければ後で部屋に案内するけど」
「宜しくお願いします」
イデアが苦笑する。彼女の顔つきからして、イデアとティエリアの相性はあまりよくないらしい。不意に、何かを察知したリジェネが渋い顔をして端末をいじっている光景が《視えた》。漂う思念から察するに、今の出来事を《視た》らしい。
端末にはお怒りメールが殺到しているはずだ。彼の同胞を苛めた罰として、あちらにも謝罪をしなくてはならないだろう。テオ・マイヤーの新曲発表とサイン入り新曲CDとゲリラライブ告知および決行の日取りを独自で流すのと最前列の予約で赦してもらえるだろうか。
「あーあ。今のが女の子なら、放っておかないんだけどなぁ」
「「ミハエル、やめないか」」
「う。2人とも綺麗にハモって……」
綺麗に重なったヨハンとノブレスの叱責に、ミハエルは居心地が悪そうに視線を逸らす。反省の色がない。
「ミハエル」
「キミは“ブルーラグーンが似合う男”だと思っていたが、買い被りすぎたのかな」
「ぐ。……す、すみませんでした」
もう一度ヨハンが叱責し、ノブレスが肩を竦めれば、ミハエルは申し訳なさそうに頭を下げた。
その横で、ネーナがそわそわし始める。<つまらないけど、そう口に出してはいけない>――彼女の《聲》が《聴こえてきた》。
<口に出したら教官に嫌われるかもしれないし、ミハ兄みたいに『シンデレラが似合わない』って言われちゃうかも……>
はて、とノブレスは首を傾げた。以前のネーナは<怒られるのが怖いし、説教が長いし、メンドクサイ>と言っていたのに、どういう心境の変化だろう。
イデアが冷めたような乾ききった笑みを浮かべ、落胆したように視線を逸らした。<ノブレスくんは女心に疎いんだねー>と、残念そうな《聲》が《聴こえてきた》。
<ネーナちゃん可哀想だなー。前途多難だなー>とイデアは言うが、ネーナは一体何と戦おうとしているのだろう。力になってやりたいとは思うが、なかなか話してくれない。
もしかして、恋愛関係なのだろうか。だとしたら、ノブレスは何の役にも立たないことは明白である。
成程。だから彼女はノブレスに頼ろうとしないのか。煤けた気持ちになり、ノブレスはちょっとだけ気が遠くなった。
「これだけは聞かせて頂戴。貴方たちはあのガンダムで、何をしようとしているの?」
スメラギの言葉に、ノブレスは一気に現実へと引きもどされる。ヨハンは当たり前のことを答えるように、堂々と胸を張った。
「もちろん、戦争根絶です」
「本当に?」
「貴女たちがそうであるように、私たちもまた、ガンダムマイスターなのです」
ヨハンの言葉を聞いたロックオンが、「俺たちと組むのか?」と問いかけてくる。
ノブレスは静かに首を振った。組むというのは正確ではない、と前置きする。
「我々は、貴女がたとは行動を共にしません。ですが、同じ目的達成のため、別方面から動きます。貴女方ファースト・チームが本丸なら、我々セカンド・チームはいわば遊撃部隊。貴女方ではカバーできない部分を、我々が補います。貴女方は今までと変わらず、介入を行ってください」
「……貴方たちを推挙した人間が、何を考えているのかわかった気がするわ」
スメラギが肩をすくめた。成程ね、と、アレルヤが渋い顔をする。
ノブレスも心の中で2人に同調した。今頃、アレハンドロは何をしている頃だろうか。
奴をどれだけ欺くことができるか。すべてはそこにかかっている。ノブレスは心の中でため息をついた。
どこか鬱々とした空気が漂う。スメラギは静かに目を伏せた。
「ということは、私たちはお払い箱?」
「そんなことはない! 貴女方は、イオリア・シュヘンベルクが望んだ『希望』そのものだ!」
反射的に、ノブレスは声を荒げていた。途端にチーム・プトレマイオスの面々が大きく目を見開く。トリニティ兄妹も、驚いたように目を瞬かせた。
すべてを知っているであろうイデアも同じ気持ちで、彼らと同じ場所にいる。そのことを確認するようにイデアの思念に心を向ければ、彼女は真顔で頷き返す。
いつの間にか熱くなってしまったらしい。他にも言いたいことや出かかった言葉を飲み込むように、ノブレスは小さく咳ばらいした。
「『ヴェーダに存在しない我々が、イオリア・シュヘンベルクの計画に必要な存在かどうか疑問が残る』という貴女方の憂いは尤もです。ですが、その答えは、我々の行動を見て判断して頂きたい」
◇◇◇
現在、イデアはノブレスを連れてティエリアの部屋を訪れている。先程の発言をティエリアに謝罪しておきたいというノブレスを取り持つためだ。途中でノブレスを探していたネーナも合流していた。
イデアはティエリアが苦手である。ヴェーダの申し子を地で行く彼は、感情で行動を優先しがちなイデアのことをあまり好ましく思っていない。刺々しい感情を向けられると、こちらもやりにくくなってしまうのだ。
最近の彼は人間味が増してきたと思う。いずれは自分自身の意志で立ち上がり、自分自身の力で決断し、歩いていってほしいものだ。こことは違う場所に存在していた『機械の申し子』が、最期に「自らの意志で立ち上がる」ことを選んだように。
「ここがティエリアの部屋だけど……ここには居ないみたいね」
イデアはきょろきょろ周囲を見回してみる。相変わらず、必要最低限のものしか置かれていない。
というより、マイスターはみんな、インテリア類には殆どこだわっていない様子だった。
「イデアとクリスティナが暢気すぎる」とは、フェルト・グレイスやティエリア・アーデの談である。
「あと、他に彼が行きそうな場所は?」
「ヴェーダのターミナルユニットくらいかな」
<……そこにも居ないみたいだけど>
「そうか」
<一体どこ行っちゃったんでしょうねー>
イデアはノブレスとのほほんとした会話を繰り広げている。残念ながら、ノブレスは自分の背後でネーナがふくれっ面していることに気づいていない。
彼女の憂いと嫉妬と焦りもわかる気がした。いくら相手が「意中の相手が他にいる」と言っても、自分がロックオンしている相手と親しいとなれば不安にもなる。
イデアはノブレスとのほほんとした会話を繰り広げている。残念ながら、ノブレスは自分の背後でネーナがふくれっ面していることに気づいていない。
彼女の憂いと嫉妬と焦りもわかる気がした。いくら相手が「意中の相手が他にいる」と言っても、自分がロックオンしている相手と親しいとなれば不安にもなる。
イデアはちらりとネーナに視線を送った。頑張ってアピールしてごらん、と、目で合図を送る。ネーナは目を丸くした後、意を決したように床を蹴って飛び出した。
「教官っ! ヴァーチェのパイロットを探すついででいいから、私と一緒に船の中を散策しない? 許可は貰ってるし、いいでしょ?」
ノブレスの腕を掴んだネーナが、あざとい上目遣いのアングルで彼に迫る。ノブレスは目をぱちくりさせた後、それならばと言うようにして頷いた。
「やった!」と弾むように笑い、ネーナはノブレスの腕に寄り掛かった。彼女の精一杯のアピールだ。しかし、ノブレスは全く意識していない。普通に歩いている。
ちょっと待ってよチャンスだよ――口から出かかった言葉を飲み込み、イデアはがっくりと肩を落とす。恋人やら結婚やらに色々思う人間がそれでいいのか。
2人はそのまま廊下の向うへと消えていく。やきもきしたイデアは、ひっそりと2人の後を追いかけることにした。
壁に体をもたれかからせ、目を閉じる。体を脱ぎ捨て思念だけになったイデアは、ノブレスとネーナの気配を追いかけた。
彼らはティエリアを探しつつ、プトレマイオスを散策している。ノブレスは力を使って彼の思念を追いかけているが、地雷を踏んでしまったためか、ティエリアの思念はノブレスをシャットアウトしてしまっているようだった。
(私に対しても心を頑なにする強敵だからなぁ。多分、しばらくは見つけられないんじゃないかなー。というか、ノブレスくんは女の子のアピールを平然と流しちゃうから、なかなかうまくいかないんじゃないかなー。ネーナちゃん可哀想に)
イデアは、恋する少女の幸先の悪さを憂う。何とかして、難攻不落の彼を落とす方法を探さなくてはならないだろう。
そんなことを考えていたときだった。ネーナとノブレスが差し掛かった場所は、ヴェーダのターミナルユニットだ。
「教官。あっち行ってみよう」
「ネーナ、変な場所へ行くんじゃない」
「いいからいいから! 行こうよ教官」
ネーナは扉に背を向けたまま、ノブレスの腕を引っ張った。次の瞬間、ターミナルユニットへの扉が何もしていないのに開いた。脳量子波をつかえる人間しか開けられない扉を、ネーナは開いてしまったのである。
(あの子、脳量子波が使えるんだ……)
イデアは2人の背中を追いかける。初めて入ったヴェーダのターミナルユニットは、不気味な赤い光で満たされていた。
後ろの扉が勝手に開いたことを察知したネーナであるが、勢いよくノブレスを引っ張ったためか体勢を崩してしまう。背中から穴に突っ込むような形で、彼女はノブレスを引っ張ったまま落っこちてしまった。
高い悲鳴が響く。しかし、寸でのところでノブレスは姿勢を反転させた。ネーナを抱きしめるような体制になったノブレスは、自分が背中から落下するようにして体を反転させる。鈍い音とくぐもった悲鳴が聞こえた。
「いてて……」
「きょ、教官!?」
<うわお! 騎乗位!!>
あまりの展開にガッツポーズしたイデアは悪くないはずだ。偶然が生み出した、運命的な体制である。ネーナがノブレスを押し倒したような形だ。
自分の体勢を真っ先に理解したのはネーナであった。このまま責めるべきか恥じらうべきか、駆け引きの瀬戸際に立たされているようだった。
対して、ノブレスはきょとんとしたまんまである。そこは意識しなきゃ、と、イデアは嘆きたくなった。彼は本当に春を求めているのだろうか。
ネーナは動かない。考えているのだ。どうアクションすれば、この状態から、目の前にいる朴念仁に“女”としての自分を意識させることができるのかを。
彼女の心と脳量子波に呼応するかのように、ヴェーダが計測を始める。どうすればいいのか、全力で計算を始めた。ややあって、答えがはじき出される。
この場では無理(要約)。
出てきたデータに、ネーナは目を剥いた。
再びヴェーダが計測を始める。結果が出た。
この場では無理(要約)。
「ふ……」
ネーナの肩が戦慄く。
「ふざけんじゃないわよ、ポンコツゥゥゥゥ!!」
「ちょ、なっ……!? え、ネーナ!?」
大泣きした。全力で大泣きした。ヴェーダがはじき出した返答が、余程ショックだったらしい。
意識もしていなければその意味を知らないノブレスが、目を瞬かせつつ右往左往している。
ネーナの叫び声に気づいたのか、ネーナがヴェーダをポンコツ呼ばわりしたことを察知したのか、ティエリアがすっ飛んでくる気配を感じ取る。ヴェーダのターミナルユニットが開いていることに気づいた彼は、血相を変えて部屋に突入した。そうして、ノブレスとネーナの体勢を目撃する。
「!?!?!!?」
大パニック。その言葉がよく似合うような形相だ。
珍しい表情だ、なんて笑う間もなく、ティエリアは盛大に怒鳴り散らす。
「貴様らは一体、ここで何をしているんだっ!?」
「ヴァーチェのパイロットか、丁度良かった。先程の発言を謝罪したくて探し回っていたんだ。先程はすまなかった」
「いや、そうではなくて! 貴様ら、どうやってここへ入った!? そしてここで何をしている!? ふしだらだ! 破廉恥だ! それから、ヴェーダをポンコツ呼ばわりしたのを訂正しろ!!」
そんなに一気に言わなくてもいいじゃないか、ヒトだもの――イデアはひっそりとそんなことを考えた。勿論、口に出しはしない。
次の瞬間、画面いっぱいに少女の姿が映し出された。ウェーブのかかった茶色のショートヘアに、緑のヘアバンドをした少女である。
イアンの娘――ミレイナ・ヴァスディを成長させれば、丁度あんな感じだ。画面に映し出された彼女そっくりの少女が、盛大に叫ぶ。
『私はどんなアーデさんも大好きですぅ!』
「う、うわああああああああああああああ!!?」
「うわぁぁん! なんでこの眼鏡には恋愛イベントが用意されてるのよー!!」
<おおお!? これは、根掘り葉掘りすると楽しい予感っ!>
ティエリアが頭を抱えてうろたえ、ネーナが更に大泣きし、ノブレスが食いつく。なんてカオスな光景だろう。
ノブレス・アムの春は遠く、ネーナ・トリニティの恋路は茨。ティエリア・アーデはまだ未定だ。早く数年経過すればいいのに。
それぞれの恋愛戦線、介入の余地がありそうだ。イデアはにんまりと笑い、即座に自分の体に戻る。
少し離れたフロアから、ネーナとティエリアの声とノブレスの思念が響いていた。
◇◇◆
「しょ、小隊長!」
スレッタ・マーキュリーが驚いたような声を上げる。自分――小隊長は思わず、彼女の視線の先を追いかけた。
そのMSが大地に降り立った瞬間、この場一体ば緑色の粒子に覆われた。
緑色の粒子に呼応するかのように、大地に花が咲き誇る。
誰もが困惑の声を上げる中、唯一、歓喜の声を上げた男が1人。
「まさかな。よもやキミに出会えようとは」
かの人の姿を例えるならば、初恋に浮かれる純情少年だろうか。
喜色満面の笑顔を浮かべる男に対し、眼前に降り立った“天使”はこちらを見下ろす。“天使”の足元には、つい先程自分たちが撃破した“悪魔”が転がっていた。
コアユニットの代替品として“金属生命体”を取り込もうとした、空っぽな兵器の残骸――それを見ていた“天使”は、どこか悲しそうに目を伏せた。
「人類は未だ、これ程の争いを……」
男に話しかけられた女性は、男の声を完全に無視していた。
男の存在を敵性存在とみなしたらしく、武装を展開する。
「今再び、武力介入を行う……!」
「ッ……!?」
「おばか! 敵の前で棒立ちするんじゃないよ!」
量子テレポートを駆使して襲い掛かって来た“天使”と棒立ちする男の“能天使”の間に割って入ったのは、“幸福を呼ぶ青い鳥”。
“天使”は自分たちが率いる小隊諸共、“能天使”と“幸福を呼ぶ青い鳥”を敵と判断したらしい。数多の武装を展開し、文字通りの武力介入を始めた。
誰の呼びかけにも答えることなく、誰とも会話を成立させることもなく、ただただ攻撃を繰り出し続ける。――まるで人形のようだった。
「――何故だ!」
攻撃を回避し、時には相殺し、時には鍔迫り合いを演じながら、男が女性に問いかける。
「心置きなく旅立ったキミが! 『いつ戻れるか分からない』とまで言ったキミが!」
声に宿るのは、困惑と悲痛。
例えるならそれは、突如別れ話を切り出されて狼狽する恋人の片割れ。
「問題ない。規定通り行う」
「私は、もうキミと戦うことなど望んでいない!!」
“天使”と“能天使”がぶつかり合う。
無機質な女性の声と、今にも泣きだしてしまいそうな男の叫び声が響き渡った。
切手は結び、結んでは切りを繰り返す。“幸福を呼ぶ青い鳥”が“能天使”をフォローしようと奮闘しているが、肝心要の“能天使”を駆る男の精神状態はボロボロだ。先程からずっと<どうして>という悲鳴が響いている。
一緒に戦ってくれている小隊の仲間――今回はスレッタとドモン・カッシュ――も“天使”と対峙するものの、量子ワープを駆使して転移を繰り返し、“金属生命体”の特性によって予想外の一撃を繰り出してくる“天使”に振り回され気味であった。
無機質な返答を繰り返す“天使”のパイロットに対して食い下がり、男が根気強く訴え続けていたときだった。攻撃の手を緩めない“天使”の態度とは対照的に、パイロットが笑ったのだ。どこまでも穏やかで、柔らかな微笑をたたえて――
「今は、共に行こう。■■■■・■■■■」
「な、なんと……!?」
彼女の言葉を聞いた男は、酷く狼狽した。しかしそれもわずかな間のこと。すべてを理解した男は笑う。暫し狂ったように笑った後、どこか照れ臭そうに――自分の愚かさを笑い飛ばすような調子で語った。
「この少女は、私の願望が生み出してしまったものだ」
「此度の異変が起きたのは自分のせいだ」と語った男は、どこか申し訳なさそうに――でも、酷く納得したような面持ちで頷く。
「少女は――“革新者”は私に後を託した! 『一緒に来い』などと言うハズがないッ!!」
「サクラ、それ、本当なの!?」
「うん、他の歴史からのブレイク・インじゃない。このミッションで“発生した”データだ!」
男の言葉を肯定したのは、小隊長たる自分たちをサポートしてくれているオペレーターの片割れ――サクラ・スラッシュである。彼女はこの世界の事象に詳しい。
この世界が“歴史の歪みによって発生”し、この世界で戦ってきた面々は“他の歴史から迷い込んできた存在”だ。“能天使”と“幸福の青い鳥”もその類である。
しかし、飛翔する“天使”はこの世界で生まれたデータである。誕生した原因は、彼女を一途に愛し続けてきた“能天使”を駆るパイロット。
彼がずっと抱き続けた願望は、女性が男へ向けた言葉が全てだったのだろう。
“革新者”は男に“能天使”と地球を託し、長い旅へ向かった。彼女の頼みを二つ返事で引き受けたが故に、彼女の信頼を裏切りたくないと願ったが故に、男は自分の願いを言えなかった。
自分たちがそんな考察ややり取りをしている間にも、女性と“天使”は武力介入を続けている。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして、己の責務を果たそうとしていた。
<幾らデータとはいえ、彼女にこんな真似をさせ続けるわけにはいかない……! 私は、彼女から託されたのだ! 今こそそれに応えなければ――!!>
「キミがガンダムマイスターであることは不変だ! だが、今ここにいるべきマイスターではない!」
「何度でも平和を求めよう。あの頃存在した、ソレスタルビーイングのように……!」
「私が生み出した“革新者”が、私を試すか!」
“能天使”を駆る男と、“天使”を駆る女性が再び激突する。女性がデータであることを百も承知で――それでも、それ以上に、彼女を愛する男としての責務を果たそうとするかのように、彼は叫ぶ。
彼がソレスタルビーイングに所属することになった後に何があったのか、ソレスタルビーイングの仲間たちはどうしているのか、紆余曲折の末に協力関係になった“異星からの来訪者”及びその系譜を継ぐ後継者たちとの共同戦線――。
時折、男の副官である“幸福の青い鳥”を駆る男性が補足を入れる。その度に漫才みたいなやり取りが入って脱線するのはご愛敬だった。データでしかない女性が懐かしそうに口元を緩めるあたり、本物の“革新者”がこの光景をどう思っていたかの片鱗が伺えた。
「自己の内側に目を向けても、意味はない……!」
「断じて否! 分かり合うためには、己と向き合わなければならない!」
それは、自問自答だった。男が心の中に抱え続けた願望によって生み出された女性は、彼の心を映す鏡のようなものだから。
“能天使”を駆る男は今、彼の願望によって顕現した“天使”を駆る女性と戦うことで、自身の在り方を改めて定義づけようとしているのかもしれない。
彼女から機体と地球を託されたガンダムマイスターとして――そうして、彼女を愛した1人の男として、どうあるべきなのかを。
「……はぁーあ。相変わらずだな、あのおばかは。結局は、無理に意地張って燻った結果の産物じゃないか」
天使同士のぶつかり合いを見ていた副官は、盛大にため息をつく。子どもの我が儘に振り回されて迷惑していると言わんばかりに。
だけど彼は、すぐに苦笑した。「付き合ってやる」という言葉を口に出す代わりに、“能天使”の援護に回る。それは予測済みだったのか、男が不敵に笑い返したのが《視えた》。
◆
――目覚めの
海も、太陽も、星も、暗闇の中で沈黙と保つ中。
クーゴ・ハガネの災難は続く。
【参考及び参照】
『2ch』より『父さんは今日も母さんのコーラ米に耐えるとするよ』、『【メシマズ】マズメシ嫁はなんで甘党なんだろうな。』