問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
今回の任務は、カルト教団およびテロリストたちの壊滅である。奴らは勢力を増やし、テロ行為を行っていた。そのカルト兼テロ団体にいる者はみな『ズール皇帝こそ正義だ!』と口癖のように叫ぶのが特徴である。先程潜入してみたのだが、話をした信者たちは、根っからの悪人という訳ではなかった。
しかし、教義およびズール皇帝の話をするとき、誰も彼もが“目がイッていた”ことは記憶に新しい。名目は勿論、件の口癖――『ズール皇帝こそ正義だ!』であった。正直、ネーナ・トリニティは宗教のことに詳しくない。しかし、正義を免罪符にすれば何をしてもいいという訳ではないだろう。
この考えはいずれ、自分にも跳ね返ってきそうだ。それを考えながらも、ネーナは操縦桿を動かした。スローネドライは、こちらへ強襲を仕掛けようとしたヘリオンを撃ち落とす。向うではスローネツヴァイがリアルドを、スローネアインがアンフを、それぞれ撃退したところだった。
「これで、最後!」
ネーナは引き金を引いた。プラズマソードを振りかざして襲い掛かってきたユニオンフラッグを撃ち落とす。
「ぐああああッ! ……ズ、ズール、皇帝こそ、正義……」
最期の言葉は爆発音に飲まれて消えた。ネーナが聞いたことのある声の主――潜入していたときに身の上話をしてきたユニオンの脱走兵。彼はシミュレーターで訓練をしていたときにズール皇帝と対峙したのがきっかけで、この宗教に出会ったそうだ。その後、軍からは精神疾患者と言われ、檻付の病院に入れられていたという。
先のユニオン基地襲撃のどさくさに紛れて脱走した彼はこの宗教団体と合流し、現在に至ったという訳である。気さくに話しかけられたためか、ネーナは彼のことをしっかりと覚えていた。数時間前まで談笑していた相手を討つ――潜入任務では当たり前のことだとは知っていた。でも、やはり心に来るものがある。
任務完了だ。ネーナは大きく息を吐いた。
兄たち――ヨハン・トリニティとミハエル・トリニティと、互いの無事を確認し合う。
「よし、任務完了だな」
「今回も完璧だぜ、兄貴! ……でも、暫くカルト関連の任務は勘弁な」
「あたしも。“全部が全部あんなノリじゃない”ってのはわかってても、なんか怖いよね……」
「ザヒョウガキタゼ、ザヒョウガキタゼ」
紫のロボット――HAROの目がチカチカと点灯した。モニター画面に映し出されたのは、自分たちと教官――ノブレス・アムの合流地点である。
ネーナたちは座標へ向かって移動を開始した。青い空はどこまでも広く、美しい。眼下に広がる景色を眺めていたとき、不意にネーナの目を惹いたものがあった。
教会で、幸せそうに微笑む新郎新婦。『ウェディングドレスは女の子の夢だ』と豪語していた孤児院の元院長を思い出す。車椅子に乗った女性の笑顔が浮かんだ。
女性は自分の結婚式の写真を見せながら『ネーナちゃんも白いドレスを着ることができるよ』と断言していたか。今なら、そうなってほしいと思う相手がいる。
ノブレスの後ろ姿が脳裏をちらつく。流石に結婚となったら、仮面を外すことになるだろう。
彼は一体、どんな顔をしているのだろうか? クロームオレンジの髪が揺れる。穏やかなテノールの、心地よい声が響いてきた。
『綺麗だよ、ネーナ』
穏やかに微笑む青年の顔が《視えそう》な気がした。
影がかかっていた部分に光が差す。
あと少しで、彼の顔が《視える》。あと少し、あと少し――
「ソリャネーヨ、ソリャネーヨ!」
「ッ、うっさい黙れ!」
HAROの言葉で、ネーナの思考回路は一気に現実へと戻ってきた。即座にネーナはHAROの頭をどつく。こいつはどうして、いつも人に水を刺すようなことを言うのだろう。
こいつのプログラムを組んだ奴を呼び出して、文句の1つや2つ言ってやりたい。「イテー!」と喚き散らすHAROの声を聞き流しながら、ネーナは深々とため息をついた。
そのとき、不意に、ネーナは目を留めた。式場に作られたステージで、男性が踊っている。何かの音楽に合わせているようだ。ネーナはその映像を拡大する。
最大限度まで拡大して、ようやくその人物の顔が伺えた。
緩いウェーブのかかったクロームオレンジに、マルベリーのアーモンドアイ。
(テオ・マイヤー!? 嘘、どうして!? 活動休止中なのに……)
ネーナは自動操縦を解除し、その場に留まる。カメラアイ越しに彼を見つめた。歌が《聴こえてくる》。聞いたことのない歌だ。もしかして、新曲?
そう思ったとき、不意に先程と同じ光景が《視えた》。白いドレスを身に纏った自分の隣に、ノブレスが佇んでいる。
顔はよく見えないけれど、彼が笑う気配がした。それが嬉しくて、ネーナが頬を緩める。振り向けば、2人の兄が自分たちを祝福してくれた。
ネーナはノブレスに向き直る。彼の手が、ネーナの頬に触れた。慈しむように触れる手に、思わずネーナは表情を綻ばせた。
『綺麗だよ、ネーナ』
穏やかに微笑む青年の顔が《視え》そうな気がした。
影がかかっていた部分に光が差す。
あと少しで、彼の顔が《視える》。あと少し、あと少し――
次の瞬間、レーダーが反応を捕らえた。機体の反応は4機、所属は不明。画面には、大きく『Unknown』の文字が表示されている。
自分たちに罪を擦り付けた奴らだ。ネーナは即座に顔を上げる。自分たちが翔るガンダムや、教官であるノブレスが翔るガンダムとよく似た機体がいた。
ぱっと見、機体のカラーリングくらいしか相違点は見当たらない。ここまで似ているなら、周囲の人間がネーナたちを責めるのは当然だ。ネーナは歯噛みする。
「あいつら、何をしにここへ……!?」
「やる気か!?」
ヨハンは即座に戦闘態勢を取る。ミハエルも同じようで、戦闘態勢を整えた。ネーナもそれに続く。
しかし、アンノウンたちは自分たちのことなど気にする様子もなく、ゆっくりと教会へと近づく。スローネアイン、スローネツヴァイ、ベルナールによく似た機体がビーム兵器を向けた。照準は――ステージで歌う、テオ・マイヤー。民間人だ。
スローネドライに似た機体はうろたえていた。<撃ちたくない>と《聲》がする。3機のパイロットはスローネドライに似た機体のパイロットを罵った。そうして、エネルギーを充填し始める。もしそれが放たれてしまえば、教会にいる民間人の多くが犠牲になることは明らかだ。
「ミハエル、ネーナ。ここからは、我々の独断行動になる」
ヨハンは確認するような声色で言った。
「この行動は、ソレスタルビーイングの規律に反するだろう。……だが、アンノウンの行動を見過ごすわけにはいかない」
「当然だ! これ以上、奴らの好き勝手にさせらんねーぜ!」
「うん!!」
自分たちは顔を見合わせ頷いた。操縦桿を動かす。
3機の座天使たちは、自分たちを騙る偽物目がけて攻撃を仕掛けた!
ライフルが、ファングが、ハンドガンが唸る。無駄撃ちは、民間人に流れ弾の被害が出るため控えなくては。確実に当ててやる!!
偽物どもは攻撃を中断して、回避行動を取った。攻撃に転じた3機とは違い、スローネドライの偽物は何もしない。戦いたくないというのは本気のようだ。
敵意がない奴はいい。問題は、民間人に攻撃を仕掛けようとしたスローネアイン、スローネツヴァイ、ベルナールの偽物たちである。
<なんだよ、邪魔しやがって!>
<『母さん』から、ミッションプランの変更だ。きちんと確認しろよ。狙いに変更はない。あの歌手だ>
<変わらねーじゃん。みーんな撃ち落とせばいいんだから!!>
《聴こえた》会話からして、アンノウンたちの狙いはテオ・マイヤーだ。何故彼を狙うのかは知らないが、俄然引けない理由ができた。
ネーナは即座に操縦桿を動かし、偽物へと攻撃を仕掛ける。兄たちと息を合わせ、てんでバラバラに力を振るうガンダムたちを追いつめていった。圧倒的な力をむやみに振るう相手に対して、自分たちは連携や総合力、メンタリティで勝負する。
癇癪を起こす子どもの声がひっきりなしに響く。この程度で叫び散らすとは、余程メンタル面に難があるらしい。伊達に、シミュレーターとはいえ、女の敵を護衛する羽目になった訳ではないのだ。そのときの苛立ちと比較すれば天と地ほどの差があった。
地上にいた民間人たちが避難していく。(何故かは知らないが)誘導棒を持っていた赤い髪の女性や、テオ・マイヤーたちが避難誘導を買って出ていた。彼らは他の人たちの非難を優先している。
正直、彼には早く逃げてほしい。けれど、ネーナは彼の判断を踏みにじりたくはなかった。ならば、こちらも踏ん張らねばなるまい。大好きなアイドルを守れるのは自分だけとは、ファン冥利に尽きた。
ネーナは即座にハンドガンの照準を合わせる。撃ちだした一発は、ベルナールの偽物の肩に当たった。うわあ、と、子どもの悲鳴が《聴こえる》。尊敬する教官――否、ネーナにとっての想い人たるノブレスの機体を模した奴なんて、恋する乙女からしてみれば腹立たしいことこの上ない。
「あたしを怒らせると、怖いんだからッ!!」
怯んだ偽物目がけて突進し、ネーナはビームサーベルを振りかざす。ベルナールの偽物もビームサーベルを引き抜いた。剣がぶつかり合い、バチバチと火花を散らした。
力を込める。恋する乙女と乙女が恋した相手の誇りを踏み躙る存在を、許しておけるはずがない。――恋する乙女を舐めるな!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ビームサーベル、シュツリョクオーバー! マジカヨ!? マジカヨ!?」
HAROが何か叫んでいた気がした。そんなの、今はどうでもいい。ネーナはそのまま、思い切りビームサーベルで偽物を弾き飛ばす。サーベルを構成する赤い粒子が薄らと
追撃に走ろうとして――けれど即座に回避行動へ移る。間髪入れず、ベルナールの偽物が反撃に転じた。背中に背負った自律端末が全て展開し、こちらにビーム攻撃を仕掛けたのだ。直撃はしなかったものの、一歩間違えたら撃墜されていただろう。
兄たちも他の機体を追いつめていた。相変わらず、スローネドライの偽物は状況を静観している。彼の兄弟が彼をなじった。<出来損ない>という言葉が耳にざらつく。スローネドライの偽物を駆るパイロットの方が、人間として成熟しているのではなかろうか。
ネーナも即座に攻撃態勢を取った。ベルナールの偽物はふらつきながらも迎撃しようとしていた。
偽物たちは精神的にも限界が近いらしい。日本のことわざで言う“年貢の納め時”だ。
満身創痍の3機と、戦意喪失の1機。さあ、最後の詰め。
「これで終わりだ!」
「観念しやがれ、アンノウン!」
「あたしたちを悪者に仕立て上げた罪は重いよ!」
ヨハン、ミハエルらと共に、3機のガンダムに攻撃を仕掛けようとした――刹那、子どもがニヤリと嗤った姿が《視えた》気がした。
<だめだ、逃げて! 兄さんたち、“とっておきの呪文”を使う気だ!!>
スローネドライの偽物が悲鳴を上げる。ネーナの背中に悪寒が走り、反射的に操縦桿を動かした。
緊急回避をしたスローネドライは、視界の端で、他の2機も緊急回避したのを捕らえた。
次の瞬間、
<――“ト ラ ン ザ ム” ! !>
耳慣れない単語が響き、偽物たちの機体が毒々しい赤を纏う。視界に捉えていたはずの3機の姿が、いきなり消えた。
何が起こったのか、ネーナは分からなかった。気づいたときにはもう、何もかもが遅かった。背後で響く爆発音、人々の悲鳴。
振り返れば、無残に破壊された教会。煙と瓦礫で覆われたそこは、つい先程までテオ・マイヤーが避難誘導をしていた場所だった。
3機のガンダムはその勢いのまま、自分たちの機体に攻撃を仕掛けた。まったくもって、相手の動きが見えない。機体に何回も衝撃が走り、ネーナは呻いた。HAROが「ヤラレテッゾ、ヤラレテッゾ!」と悲鳴を上げる。
また、凄まじい悪寒が走る。敵の攻撃をどうにもできないネーナは、己の勘に従って操縦桿を動かした。敵が放ったとどめの一撃は、機体のコックピットすれすれをかする。後ほんの数秒遅れていたら、ネーナの命はなかっただろう。
奴らはあっという間に遠くへ逃げていく。スローネドライの偽物は、惨劇に飲まれた場所を愕然と眺めていた。泣き出してしまいそうな子どもの姿が《視えた》ような気がする。幾何の間をおいて、スローネドライの偽物は、後ろ髪をひかれるような様子でこの場を去っていった。
「っ、ヨハン兄、ミハ兄! 大丈夫!?」
ネーナは慌てて兄たちに連絡を取る。すぐに、満身創痍だが大丈夫そうな兄たちの顔が、通信回路に映し出された。
「我々は平気だ。だが、教会にいた民間人が……!」
「畜生、何なんだあいつらッ! 俺たちが太刀打ちできなかったなんて!」
ヨハンが苦々しい表情で教会を見た。焦土と化した大地が映像として映し出される。初めて味わった挫折に、ミハエルが悔しそうに表情を歪ませた。操縦桿を握りしめていなかったら、拳を思いきり叩きつけていたに違いない。
ネーナは教会へと視線を向けた。頭から血を流して倒れている鳶色の髪の少年を抱え、泣き叫ぶ金髪の少女が見える。ペールグリーンの髪の青年が、周りに指示を飛ばしながら負傷者の手当てをしていた。
彼の隣りで同じように指示を出す、テオ・マイヤーの姿が映り込む。煌びやかな衣装は黒ずんでおり、頭から出血していた。それ以外に、目立った外傷は見当たらない。大丈夫だったと安堵したのもつかの間、彼はこちらを見上げた。
気のせい、だろうか。安堵したように微笑んだテオ・マイヤーの笑い方が、ノブレスの笑い方と重なって見えた。
ネーナは思わず息を飲む。HAROが「ナニテレテンダヨー」と声をあげ、不意にくるりと向きを変えた。耳がパタパタと上下する。
「ツウシンダゼ、ツウシンダゼ! サウンドオンリー!」
「――お前たち、大丈夫か!?」
ネーナの思考を断ち切るかのように響いたのは、ノブレスの声だった。それを聞いたヨハンが、悔しそうに現状を報告する。
任務終了後にアンノウンと出くわしたこと、そのうちの1機――スローネドライの偽物には戦意及び敵意がなかったこと、奴らを追い詰めたが逆に撃墜されそうになったこと。
スローネドライの偽物を翔るパイロットが言った“とっておきの呪文”。自分たちは、それによって敗北したのだ。あれは一体何だったのだろう。高速移動する機体に、ネーナたちは成す術がなかったのだ。
「あいつら、確か、“トランザム”とか言ってた」
「“トランザム”……」
ネーナが補足するように言えば、ノブレスは苦い表情を浮かべた。端正な口元と漂うオーラに陰りが見える。
憂いの原因は、自分たちがアンノウンをみすみす逃してしまったせいだ。自分たちの不甲斐なさに、兄妹たちは歯噛みする。
そんな自分たちの気持ちを察したのか、ノブレスは静かに語りかける。通信機の向こうで、彼は穏やかに笑っているのだろうか。
「キミたちは悪くない。アンノウンについてのデータは極端に少ないんだ。この情報を持ち帰れただけでも充分だよ。……キミたちが無事で、本当によかった」
「教官……」
ノブレスは、何かを考え込むように息を吐いた。思案している内容が一体何を意味しているのかは、まだわからない。
彼はMS開発の技術者だった。もしかしたら、“トランザム”に関する単語の意味や、それに対抗するための技術理論を構築しているのだろうか。なら、ますますネーナたちではどうしようもないだろう。自分たちにできることは、彼が開発したMSのテストパイロットになることくらいか。
通信は、「太陽炉の特性が云々」だの、「疑似太陽炉が云々」だの、「そろそろこちらも計画を進めるべきか云々」だのと呟くノブレスの声を拾い上げる。熟考しかけた彼は、しかし、自分でそれにブレーキをかけた様子だった。すまない、と謝罪し、話を続ける。
「合流ポイントは変化なし。……ただ、僕は合流が遅れる。その間、ゆっくり体を休めておくこと」
「わかりました」
「了解!」
「教官も、早く来てね!」
通信を切り、3機の座天使は空を翔る。程なくして、合流ポイントである
隠れ家と言うには些か豪勢な家だ。金持ちの別荘と言った方がしっくりくる。オーシャンビューのプールとか、まさしくそれであった。
ネーナは、煌びやかなものは好きだ。しかし、
ガンダムを着地させ、迷彩被膜を展開する。そのままコックピットから大地に降り立った3人は、足取り重く屋敷へと踏み入れた。
シャワーで汗を流し、ノブレスから貰った制服へと着替え、大広間のソファに座り込む。何の気なしにテレビをつければ、先程起こった“ガンダムによる教会襲撃事件”がニュースになっていた。やはり、報道機関はチーム・トリニティらを犯人だと報じている。
許せない、とネーナは思った。自分たちを悪人に仕立て上げて、世界の敵にして、犯人はのうのうと笑っている。誰が、どうして、何のために。考えてもわからない。何もできないというのは、こんなにも歯がゆいことだったのか。ネーナは大きくため息を吐いた。
ノブレスが隠れ家にやって来るまでの数時間。
トリニティ兄妹の表情は、陰に包まれたままだった。
◇◇◇
「いっでぇ……!」
絞り出すような悲鳴を上げて、青年はそのまま崩れ落ちた。瓦礫の付近にしゃがみ込み、痛みに呻く。
「一般人を容赦なく狙う馬鹿野郎どもが……! 僕らじゃなきゃ死んでましたよ……!?」
能力をフルパワーにしても、あの速さでは、被害を減らすのがやっとである。大きくため息をつけば、ずきりと背中が悲鳴を上げた。
負傷した民間人――ハレヴィ家の親戚の結婚式に参加していた人々の呻き声や、家族や恋人の痛々しい様子に悲鳴を上げる声がひっきりなしに響く。
「沙慈、沙慈! しっかり、しっかりしてぇ!」
頭から血を流して動かない婚約者に、ルイスは必死に声をかけていた。先程の襲撃で、沙慈はルイスを庇ったのである。彼は生きているものの、重傷であった。
能力で相殺したとはいえ、完全ではなかった。その余波が、沙慈や倒れた民間人たちのような形で表れてしまった。己の無力さに反吐が出そうになる。
沙慈やルイスの友人であり、青年の“同胞”たちでもある面々――クラール、征士郎、ひまり、悠凪、一鷹、アリス、ハルノらが、2人を心配しつつ走り回っている。
向うの方では、最前列で踊り狂っていた面々――リボンズ、リジェネ、ヒリング、リヴァイヴ、ブリング、デヴァイン、アニューらが人々に応急処置を施していた。
彼らは能力で防御したものの、相当のダメージを追っている。それでも、彼らは倒れた怪我人の治療を優先していた。
結婚式の主役だった新郎新婦は、倒れたっきりピクリとも動かない。外傷もないため、眠っているかのような表情だ。しかし、生気は一切ない。――死んでいるのだ。
(GN粒子の毒性、か。疑似太陽炉では、その毒性が極めて高いというのは知っていましたが……くそっ!!)
青年や青年たちの“同胞”では、自身が危機を回避し、砲撃の威力やGN粒子の毒性を、局地的且つある程度削ぐことしかできなかった。
“あまりにも突発的且つ超大火力だったため、対応が追い付かなかった”――悔しいが、そうとしか言えない。
「あれが、イオリアやマザーが言っていた“トランザム”か……。理論構築や構想は聞かされていたけど、実際に動いているのを見たのは初めてだよ」
生存者の治療がひと段落し、救助を待っている状態のリボンズがこちらへ歩み寄ってきた。そのまま、彼も壁にもたれかかる。
「こんな形で見ることになるなんて思わないさ。いや、見たくなかったというべきかな……」
地面に座り込み、リジェネが額を抑えた。メガネは爆発の勢いで歪んでしまっている。
リボンズは目を閉じた。ヴェーダにアクセスし、今回の一件について調べているのだろう。
「しかも、追い打ちとばかりにバッドニュースがある」
「大方、今回の襲撃もトリニティの仕業になったということでしょう?」
「大正解」
茶化すような会話をしているが、全然楽しい内容ではない。事態はどんどん最悪の方向に転がっている。
青年は静かに目を閉じた。決意を固め、瞳を開ける。
そうして、彼は能力を使って“同胞”たちと会話した。
幾何か後、青年はよろめきながら体を起こす。リボンズは何かを察したように眉をひそめた後、諦めたように肩をすくめた。
「あまり無茶しないでくれよ? いざとなったら、この前保護した“彼”にも……」
「視野に入れてますよ。……色々な意味で後が怖いですけどね」
そうして、青年は能力を使って《飛んだ》。
焦土と化した教会の風景は、あっという間に大きな野原へと変わった。
遠くから黒煙が漂っているのが見える。教会だったはずの場所だ。
「プライオリティをノブレス・アムに変更。迷彩被膜解除」
青年――ノブレスの言葉に反応し、野原に隠されていた機体が姿を現す。異端審問官の名を冠した機体――ベルナールのコックピットに乗り込み、起動させた。
隠れ家では、きっと教え子たちが待っているだろう。秘密裏に機体の改良と武装変更、専用ドライヴの手配をしておきたい。
あとは、自信の専用ドライヴに搭載され、封印されている“力”も解放しておかなければ。
(伝家の宝刀は最後まで取っておきたかったのですが、それを守り抜くために犠牲者を出すのは本末転倒。開発された理念に反します。……やるしか、ない)
ベルナールは空を翔ける。教え子たちの待つ場所へ向かって。
◇◇◆
「耳を傾けろ、リディ・マーセナス! お前に語り掛ける声は、ここに、こんなにも存在するっ!」
「思い出してください! 貴方が引き継いだものに込められた祈りを! ――それは、いずれ現れる貴方へ向けた
この場に舞う緑の光と、その光を反響させるかの如く増幅させていく青い燐光。響いた声に振り替えれば、訳あって戦線離脱を余儀なくされていた刹那と“
片や、異種生命体と対話しようとした結果、脳に大きなダメージを負ったために“いつ目覚めるか分からない”とまで言われた刹那。片や、助けを求める“金属生命体”の《聲》を聴き取り、助けようとして手を伸ばした結果、右手から右肩までを浸食されてしまったことで“いつ目覚めるか、目覚めた後の人格や思考回路の保証が出来ない”とまで言われた“
刹那の復帰を見て喜んだのは、主にソレスタルビーイングの関係者と、彼女を愛してやまないグラハム・エーカーだ。それは誠に喜ばしい事実であるし、同じタイミングで意識を取り戻した“
「“
「はい! 僕は
つい嬉しくなってしまい、どこかの
だが、同じ
『人の心の光』――嘗てアクシズを落とそうとしたシャア・アズナブルや、伝説のニュータイプと呼ばれたアムロ・レイと深く関わりがある言葉であり、あの戦いが集結する数時間前の映像記録に映し出された緑色の輝きを連想させるその光は、どこまでも温かい。
(あの日――アクシズが地球に迫ったとき、あの場に居合わせた人たちも、これを見ていたんだろうか)
クーゴは当時の戦場にはいなかったけれど、似たような状況で戦っていた
「俺は……! 俺は……何をしたんだ……っ?」
「もう俺たちに――ブライティクスに銃を向けないでください。でなきゃ、あのパイロットが報われない」
「……ああ」
その光は、呪いと言う闇の中に沈みつつあったリディを救い上げたらしい。彼から《聴こえてきた》怨嗟と劣等感の《聲》は消えている。
長い悪夢から目を覚ましたと言わんばかりに状況を確認していた彼は、アルトの言葉に頷き返した。
ブライティクスに迫っていた問題の1つが解決し、その事実に安堵する。――だが、まだすべてが片付いたわけではない。
リディがブライティクスに襲い掛かってこなくなったことで、残る脅威はフル・フロンタル率いる袖付きだ。視線を向ければ、奴らはユニコーンの力を脅威と認識し、身構えている。
虎の子として使用したニュータイプ・ジャマーを超える力を発揮したユニコーンにより、彼らの目論見は露と消えた。優位性を失ったわけだから当然と言えよう。
「人類を革新へと導く光と、そこへ踏み出そうとする者たちの心を繋ぐ輝き……! それが、シュヘンベルグ夫妻やその一派が求めた未来のカタチの1つなのだろう!」
「ならば……!」
「だったら!」
「だが、全ての人間を革新へは導けないし、全ての人間が繋がることを許容できるわけではない! ――だからこそ、シャア・アズナブルは地球へアクシズを落とそうともした!」
『人の心の光』を目の当たりにしても尚、フロンタルは未来への希望を信じることが出来ない。強い意志を持って、“未来は絶望に満ち溢れている”と頑なに信じている。故に、刹那やイデアの言葉を否定したのだ。
「借り物の言葉しか示せないあんたが、可能性を語るなんて……!」
「“人の総意の器”を謳う割には、いささか“自我が強すぎる”のでは?」
「あんたは最早、赤い彗星はおろか、“総意の器”にすらなれやしない。“これだけの
バナージの言葉に乗っかるような形で、“高貴なる魂”とクーゴがフロンタルに向けて野次を飛ばす。
自分たちの皮肉を受けても、フル・フロンタルにとっては立ち止まる理由にならないことは百も承知。
そんな自分たちの言葉を引きついたのは、イデアと刹那だった。彼女たちはフル・フロンタルと対峙する。
「それでも尚、貴方自身が貴方自身を“
「――フル・フロンタル! お前のその歪んだ器、俺たちが破壊するッ!!」
彼女たちの宣言に呼応するかの如く、ブライティクスとジオンの袖付きたちが動いた。クーゴもそれに続き、“勇者”の操縦桿を動かす。間髪入れず、少し離れた場所にいたグラハムの機体が飛んできた。――成程。お互いが何をしようとしているのか察して、思わず微笑んだ。
イデアと刹那の邪魔をしようと飛び出してきた袖付きの連中の前へと躍り出て、奴らの足止めを行う。一瞬2機のガンダムがこちらを見たような気がしたが、彼女たちは立ち止まることなくフル・フロンタル目掛けて飛んで行った。視界の端の方では、決意を新たにしたリディが袖付きどもと対峙する。
どこかの宙域では、リディを操っていた張本人・ドラゴンベビーを叩きのめした黄金のガンダム族が、ブライティクスに警戒を促し、どこかへ転移してしまった。
袖付き部隊の連中も数を減らしてきており、フロンタルを守る層が崩れる。その隙を突くような形で飛び出したのは、刹那と彼女が駆るガンダムだった。
フロンタルを守ろうとしたアンジェロをイデアが引き受け、派手に火花を散らしている。それを横目にするような形で、フロンタルと刹那が対峙した。
「新たなガンダムを得たか! “革新者”、刹那・F・セイエイ!」
「俺もこの機体もガンダムではない! 俺たちはガンダムを超える! そのために変わり続ける! 未来の可能性を切り開くためにッ!!」
「ならば、私もキミと戦おう! 宇宙に住む民の未来を繋ぎとめるために!!」
シナンジュと“天使”が派手な鍔迫り合いを繰り広げる。何度か切り結びを繰り返したのち、刹那の機体が離脱した。入れ替わるように飛び込んできたのは、袖付きどもを黙らせてきたバナージとリディである。フロンタルは彼らの到来を予期していたのか、躊躇うことなく迎え撃った。
――そして、決着のときは訪れる。
ユニコーンとバンシィの攻撃を受け、シナンジュが戦闘不能に追い込まれた。
自身の――或いは部隊全体の不利を悟ったのか、フロンタルは引いていく。
<あの“革新者”が再び、ユニコーンを次なるステージへと導いた……。これは単なる偶然か、それとも――?>
奴の意識は、“革新者”と彼女の影響を受けたユニコーンへと向けられている。しかし、それはすぐさま、バナージへと対照が変化した。
<可能性の獣が誘う先、暫し見届けさせて貰うとしよう。バナージ・リンクスくん>
フロンタルは自らを“人の総意の器”と定義し、ジオンの生き残りが望む通りに――赤い彗星の再来として――振舞ってきた。ユニコーンの力を注視し、それを危惧するのは、奴に注がれた総意を出力した結果なのだろう。
だけど、彼が本当の意味で注目しているのは、ユニコーンを駆る少年――バナージ・リンクスだ。奴に注がれた総意では、きっと、気にも留めないような存在だろう。総意の器を体現しているのならば、バナージとユニコーンを見届けようとは思わないはずだ。
でも、フロンタルはバナージとユニコーンが誘う可能性を“見届けたい”と願っている。
“器の体現者”で在り続けるには、到底不相応な感情。あってはいけない
それがフル・フロンタルという“ヒトの意志”でなければ、何だというのか。
総大将が引いたことに続き、袖付きどもが宇宙域から撤退していく。ジオン族の妨害もはねのけたため、この場にいるのはブライティクスのみ。一安心、といったところか。
「どこへ行くんですか、リディ少尉!?」
不意に響いた声に振り向けば、バンシィがどこかへと立ち去ろうとしていた。バナージが必死に呼びかけたが、彼はそのまま宇宙域を離脱してしまう。
暴走が収まった代わりに、今まで自分がしてきた
真面目過ぎる性格が、自分自身が犯した罪を許せない。自分が傷つけてしまった人たちに、何と声をかければいいのか、どんな顔して会えばいいかも分からないが故に。
「――あれ?」
「どうした、“
「……今、マリーダさんの気配を《感じた》んです。――あ、生体反応出ました! 微かですけど、これを辿れば……!」
撤退を始めていた
彼の背中を見送るクーゴの視界の端に、刹那の駆るガンダムとグラハムの駆る“勇者”が並んで飛んでいくのが見えた。グラハムが刹那へ声をかけているように感じたのは、きっと気のせいではない。
クーゴはひっそりため息をついた後、彼らの背中を追いかけるようにして、この宇宙域から撤退することを選んだ。丁度そのタイミングで、イデアのガンダムが近寄って来る。2機は並んで、母艦の元へと帰投するのだった。
◆◆◇
(――あれ?)
クーゴは目を瞬かせた。
イヤホンから流れていた曲は、エトワールの“歌ってみた”動画。三代国家陣営がガンダムを鹵獲しようと企んでいた頃にアップロードされたもので、彼女の最新作である。この歌から拾えたヴィジョンや
これは一体どういうことだろう。
普段はビリーが音頭を取ってくれるのだが、この場にいるのはクーゴだけだ。頭に浮かんだ単語は、
フル・フロンタルとの戦いは、『人の心の光/Z』でも存在している。特異点と化したアクシズで行われた、ネオ・ジオンとの最終決戦。
あちらでは奴の元ネタであるシャア・アズナブルが健在で、2つの赤い彗星が直接ぶつかり合いを繰り広げていた。
(BXでは、ブライティクスの戦いが始まる前にアクシズ落としが発生してるんだよな……。だから、フロンタルはシャアの本質や真意に触れないままだった。……まあ、Zのシャアも大分特殊な事情を抱えていたから
“シャア・アズナブルの本質や真意を知らないままでいること”――それは“BXの世界に存在するフロンタルにとって幸運なのか不運なのか”、
外の景色は快晴。悪意渦巻く世界とは打って変わって、のんびりとした天気である。今日は絶好のリハビリ日和だろう。ハワードが頑張っている姿が《視えた》。そこへ、ダリルやアキラ、ジョシュアの3人が顔を出す。
ハワードはジョシュアの飯テロを警戒していた。今日は何もないことを知ったとき、ジョシュア以外の全員が思いっきりガッツポーズした姿が《視える》。対して、ジョシュアはちょっとだけ泣きそうな顔をした。
ガンダムの鹵獲に失敗した後の帰り道や、ハワードの見舞いで発生した地獄絵図――悪い方のメシテロ――もあり、“ジョシュア単体で料理をやらせてはいけない”というのがユニオン軍内及びオーバーフラッグス内における暗黙の了解となりつつある。
現在、ユニオン軍は立て直しのために、てんやわんやの大忙しである。自分たちの基地を壊滅させられたのだから、当然のことだ。
人員の整理や整備の復旧など、やらねばならないことは沢山あった。その合間を縫って、クーゴとグラハムは戦友の見舞いに足を運んでいた。
その分、イデアたちと連絡を取ったりオフ会をする機会はめっきり減ってしまったように思う。互いに多忙のため、致し方ないのかもしれないが。
「休憩時間くらい、休憩したらどうだ」
「その言葉、そっくりお前らに返すよ。休日も休憩も返上して、頑張ってるじゃないか」
やっとこさ、本日のノルマを片付けたグラハムとビリーが顔を出す。片やユニオンのトップガンとして、片やユニオンの誇る最強の技術者として、2人は多方面にわたって駆けずり回っていた。
「昔から思っていたんだが、キミは自信を過小評価し、他者を過大評価する傾向があるな」
グラハムが肩をすくめる。何故そんなことを言われるか、クーゴにはまったくもって身に覚えのないことだ。それを聞いたビリーがうんうん頷いた。
「謙遜も度が過ぎると嫌味になるっていうからね。僕らはそう思わないけど、中にはそう思っちゃう人もいるかも知れないし」
ビリーの言葉が引き金となったのだろう。クーゴの脳裏に、蒼海の姿がよぎった。
何をやっても蔑まれ、馬鹿にされ、努力も頑張りも踏みにじられ続けた姉。彼女が頑張っていた姿を、クーゴは一番近くで眺めていた。その強さも、脆さも、悲しみも、そのすべてを目の当たりにしてきた。
病弱でひ弱なクーゴばかりが可愛がられ、褒めちぎられ、もてはやされる。そんな理不尽を、蒼海は一番近くで見てきた。自分の努力を正当に評価してほしいと、彼女はいつも願っていた。クーゴも、彼女のことを“正しく”評価してほしいと願っていた。
姉は自分なんかよりも優れている。それを周りの大人たちに主張しても、彼らは何も変わらなかった。むしろ、『蒼海がクーゴを脅して言わせた』と取ったらしく、姉への蔑みや虐めは悪化した。多分、それで、蒼海はクーゴのことを恨んだのだと思う。
理不尽なことを平気で行う大人の姿を見て、クーゴは大人になった。そんな中で、思ったことがある。
頑張っている人の頑張りを、ちゃんと目に留められる人間になりたい――その願いは、今、どうなっているだろう。
自分よりも素晴らしい人がいる。その人たちこそ、認められてしかるべきだ。
当たり前のことを知ってほしくて、クーゴは必死になってきたけれど。
それが逆に、うまくいかない原因だったのなら。
「――ああ、だから俺は失敗したのか。……やっぱりダメだな」
クーゴの口から、ぽろりと言葉が零れた。その言葉が何を意味していたのか、グラハムとビリーは何となく察してしまったらしい。しまった、と、苦い表情を浮かべた。
本当のことを言ったからといって、誰もが幸せになれるわけではない。嘘をついたからといって、誰もが不幸になるというわけでもない。……世界は、今日も難しい。
嫌な空気が漂う。これからどうすればいいだろうか。
「そうだ。これから、カスタムフラッグの整備に行くんだ。グラハムも立ち合いたいってさ。折角だし、クーゴもおいでよ!」
幾何かの沈黙の後、ビリーがわざとらしく声を上げた。性根が“可哀想なくらい素直すぎる”彼が、物凄く頑張っていることは明らかである。
「自然体でやってますよ」と主張していて、それがかえってぎこちない。失礼な言い方になるけれど、そんなビリーの様子が笑いを誘った。
今ここでビリーのオーバーワークを咎めたり、彼の心配をするのはお門違いだろう。クーゴはふっと表情を緩め、頷いた。
あからさまに、ビリーとグラハムが安堵した。2人の表情ははっきりしていて、本当にわかりやすい。
むしろ、こういうときに2人が曖昧な表情を浮かべた様子を考えること自体があり得なかった。生まれ育った文化とか、考え方の違いなのかもしれないが。
男3人が、廊下を並んで移動する。整備室での道のりが、妙に長いような気がした。
<ソレスタルビーイングが我が基地を襲ったせいで、多大な損失が……>
<なあ、聞いたか? スペインの教会に、ソレスタルビーイングが攻撃を行ったらしいぜ>
<多くの民間人が犠牲になったって話だ>
<赦せない。奴らは卑劣なテロリストだ! 何が戦争根絶だ、くそっ!>
<エイフマン技術顧問は、ガンダムの動力である特殊粒子の謎に迫ったから殺されたって噂が流れてるらしいぞ>
<ソレスタルビーイングは武力介入のフリをして、エイフマン教授を襲ったって言うのか?>
<だとしたら、我が軍に奴らの内通者がいるってことじゃないか! 一体誰が……>
すれ違う人々の声が《聴こえる》。大半の人々が、新型ガンダムの偽物たちを本物だと誤認していた。そうして、そのことに誰1人として疑問を抱いていない。
誤解のせいで募る憎しみ。激しい怨嗟の声に、クーゴは思わず眉をひそめた。どうやらクーゴだけではなかったらしく、グラハムやビリーも表情を曇らせる。
怨嗟の声を振り切るようにして、クーゴたちは格納庫へ足を踏み入れる。ビリーは工具を持ちだし、まずはグラハムのフラッグを整備し始めた。
無茶苦茶な戦闘を行う隊長機だ。整備も時間がかかるらしい。うわあ、と、ビリーが悲鳴を上げた。気のせいでなければ、ぼやきも聞こえる。昔から、グラハムの搭乗するフラッグは技術者泣かせで有名だった。
その分、技術者たちが予想もしなかった結果と成績を叩きだすのだから、帳尻は充分である。むしろお釣りがくるレベルだ。それに対して、成績と技術者の負担のバランスが取れていたのがクーゴであった。グラハムのようなハイリスクハイリターンとは違って目立つものではないけれど、着実且つ堅実に成果を出すタイプらしい。
「世界では、ソレスタルビーイングに対する反対デモが行われています。民間人にも容赦なく行う武力介入が、反ソレスタルビーイングの感情を煽り……」
鳴らしっぱなしのラジオ。以前はエイフマンがテオ・マイヤーの歌を聴いていたそれから流れたのは、世界を覆わんとする悪意の気配だった。
イデアや刹那のことを貶められたような気がして、クーゴはラジオを切った。とてもじゃないが、聞いていられない。
誰よりも強く、それ以上に優しすぎたが故に、世界を変えようとした天使たち。イデアや刹那はどんな気持ちで、このニュースを聞いているのだろうか。
世界に仇名す存在を擁護しようものなら、即座にその人物も粛清対象にされるだろう。そこが人間および集団心理の怖いところだ。
「……これで、ソレスタルビーイングは立派な悪党だ。誰が意図したか知らないけれど、計画した人間は笑っているんだろうな」
「まったくだ。誰だか知らんが、悪趣味な奴だ。……私は、そんな輩が大の嫌いときている」
クーゴが天井を仰げば、視界の端で佇むグラハムも腕を組み機体に寄り掛かった。彼の横顔は、普段にも増して険しい。
グラハムの機体の整備を終えたビリーも、機体の陰からひょっこり顔を覗かせながら頷いた。
「僕も、もしかしたら他の人たちと同じように騙されていたんだろうね。さっきすれ違った人たちが言っていたように、『
実際は、『“黒幕”がソレスタルビーイングの悪評を広めつつ、特殊粒子の謎に迫ったエイフマンを暗殺した』と言った方が正しい。この事実に勘付いているのは、オーバーフラッグス部隊とその関係者ぐらいだ。ユニオン上層部も、今回の基地襲撃の犯人を『ソレスタルビーイングの新型4機』と正式に発表している。
ユニオン軍で発生している事象――『Toward the Terra』に登場するS.D.体制下の技術を再現したような光景が広がっている――ことを考えると、周囲を含んだ上層部は“記憶などを弄繰り回された結果として
けれど、この違和感には、酷く既視感がある。似たような感覚を覚えたとき、突き詰めていったはずだ。
そうしてその果てに気づいたのは――
それに駆られたように突き詰めようとして――次の瞬間、脳裏に浮かんだのは姉の言葉だった。
「『利益が出せないなら、存在する価値がない』。『存在意義が果たせないなら、『なくなって』当然』、か」
どうして今、こんなときに、姉の言葉を思い出したのかは分からない。だけれど、その言葉に秘められた意味が今なら分かった気がする。同時に、姉の言葉は新しい疑問を連れてきた。“何者かがソレスタルビーイングを陥れようとしている”のはわかる。しかし、その理由や意図は何なのかまでは掴めない。――もしも、行動原理に“利益”や“価値”が関わっているのならば。
姉の言葉を借りて考えるとするなら、その人間は“ソレスタルビーイングを利用している”。彼らの味方をすることで利益を得ているのか、辱めることで利益を得ているのかはわからない。ソレスタルビーイングの活動方針は“業を以てして業に挑む”スタイルだ。武力を否定するために、武力で介入を行う。エイフマン曰く、『まるで滅びを求めているかのよう』な行動である。
――そもそも、“ソレスタルビーイングの存在意義”とは何か。
(――すべては、そこに起因している)
クーゴにはそう思えてならない。
彼らが存在していることで、利益を得ていたのは誰か。
彼らが消え去ることで、利益を得るのは誰か。
「刹那……」
隣から、掠れて消えそうな声がした。天使の一団を成す少女へ、憂いと祈りと愛を込めた響きを宿したものだった。声の主――グラハムが目を伏せる。
普段から「彼女をおとす」と主張して憚らない彼にとって、この状況は堪らないだろう。いくら公私で折り合いをつけた間柄といっても、我慢できないことはある。
いつぞやのオフ会――グラハムの誕生日を祝う京都旅行で、刹那から贈られたプレゼントだ。晴れ渡った蒼穹よりも深い藍色。しかし、彼の心は曇天に埋め尽くされている。
静かに瞼を閉じたグラハムの目には、同じようにして誕生日プレゼントである天使のシェルカメオを握り締めた刹那の姿が《視えて》いるのだろう。クーゴにはそう思えてならなかった。
汚された誇り。渦巻く悪意。それぞれの祈り。世界と己の行きつく先は、どこなのか。
それはまだ、誰にもわからない。
クーゴにも、イデアにも、グラハムにも、刹那にも。
◇◇◇
事態は最悪の方向に進んでいる。イデアは、ヴェーダから提供された情報を眺めながら腕を組んだ。チーム・プトレマイオスの面々は、ノブレスおよびトリニティが破壊活動を行っていると思い込んでいる。
今回映し出されたのは、AEU領スペインで起こった教会襲撃事件。しかし、イデアがノブレスから《聴いて》いた話と、ヴェーダから提供された情報はまったく違う。ノブレスはトリニティたちが偽物と対峙したと言っていた。
ヴェーダは、この襲撃をトリニティの行動だと断定している。それに呼応するかのように、世間のメディアも“トリニティ兄妹が破壊行為を行っている”と放送していた。頭を抱えるノブレスの姿が《視えた》ような気がして、イデアは彼に同情した。
ブリーフィングルームに集う面々の表情は、誰も彼も眉間に皺を寄せていた。偽物たちの破壊活動だけでなく、反ソレスタルビーイングデモの様子が映し出されている。
世界に憎しみの種を蒔く。それが、トリニティが生み出された“本来の存在意義”であった。けれど、その運命に抗ったのがノブレスだ。彼の戦いもまた、佳境を迎えていた。
(……本当に、四面楚歌だなぁ。彼も私も)
アンノウンたちからの嫌がらせのせいで、トリニティは業と罪をすべて抱え込まされている。そのことに気づいているのは、ほんのわずかな面々だけだ。
同じソレスタルビーイングの仲間たちからも疎まれ、ノブレスたちはすべてからも孤立していく。刹那も、ロックオンも、アレルヤも、ティエリアも、他の面々も、トリニティに対しては悪感情しか抱いていない。
<<赦してはおけない>>――刹那とティエリアの感情が重なる。普段は反目ばかりしていたのに、この状態を機に思考回路が一致したらしい。平時ならばいい変化だと手放しで喜べたのだけれど、状況が状況なだけに何も言えなかった。
「…………」
「あ、おい。どこへ行くんだ刹那!?」
刹那がくるりと踵を返す。足取り荒く、彼女はどこかへ向かおうとしていた。
慌ててロックオンが呼び止める。振り返った赤銅色の瞳には、はっきりとした否定の意志が宿っていた。
「認めない。……あの機体は、ガンダムではない!」
それが、刹那の出した答え。彼女の行く先は、ノブレスたちの元だ。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして、彼らを倒しに行くつもりらしい。
ヴェーダのミッションプランにも、トリニティを討つような作戦は展開されていない。今回刹那がやろうとしている行動は、完全な独断専行だ。
普段は独断専行をよしとしないティエリアも黙認するつもりらしい。いや、この後、彼は自らの意志でトリニティを討ちに行く。ヴェーダの意志に関係なく、だ。
コックピットに乗り込んだ刹那の様子が《視えた》。懐から取り出したのは、グラハムから贈られた天使のシェルカメオだ。彼女はそれを静かに握り締める。
不意に、グラハムが、刹那から貰った誕生日プレゼントである扇子を眺める様子が《視えた》。彼には刹那の様子が《視えている》のだろう。自覚はしていないようだが。
間髪入れずエクシアが飛び出す。ソレスタルビーイングのガンダムと、ガンダムマイスターとして、世界の歪みを破壊するために。
(止めなくちゃ。これじゃあ、“黒幕”の思うツボじゃない! いくらノブレスくんやその教え子たちでも厳しすぎる!!)
自分がここにいる意味を、イデアは片時も忘れたことはない。だからこそ、ここで事態を静観している訳にはいかないのだ。
イデアが駆け出すよりも先に、ティエリアが動いた。イデアが予想した時間よりも早く、彼は部屋を飛び出していく。
準備が整ったヴァーチェが戦場へと向かった。目的はエクシアの援護である。先を越されたが、イデアも2人の後に続いた。
後ろからロックオンの声がしたように思う。イデアとハホヤーより少々遅れて、彼はデュナメスと共に援護に来るはずだ。ヴァーチェに続いて、ハホヤーも出撃する。大急ぎで、イデアはノブレスの思念を探った。
彼は今、ユニオン領の孤児院にいた。悪の組織が経営に関係している場所だ。どうやら、
ノブレスは、孤児院の敷地内に設置された地下格納庫で愛機の整備をしていた。彼の脇には白髪の老紳士が並んでいる。トリニティ兄妹のガンダムを整備およびチューンしていた分、ノブレスは自分の機体を後回しにしていたらしい。
老紳士が感嘆の声を上げる。彼は、イオリア・シュヘンベルグや彼と理想を追いかけた科学者たちの頭脳に戦慄していた。
ノブレスと老紳士はその話で盛り上がっていたけれど、手を休める気配はなかった。すさまじい速さでチューンを進めていく。
そうして、2人は満足げな顔をして椅子に座った。やっとチューンが終わったらしい。
<ノブレスくん、トリニティ兄妹は!?>
イデアの問いに、ノブレスはひどく驚いた顔をした。
<あの3人なら、先に任務へ向かってもらいましたけど……>
<急いで! 貴方の危惧していたことが起きる!!>
その言葉だけですべてが通じたのだろう。
ノブレスは、苦々しい表情を浮かべた。
<ついに来たか……なんて。こんなこともあろうかと、既に手は打ってあります。――お願いしますよ、リボンズ!>
<当然だね。僕を誰だと思っているんだい?>
ノブレスはこの場にいない人間の名を呼んだ。彼の呼びかけに反応するように、動き出した気配があった。
イデアは思い返す。そういえば、リボンズ・アルマークにはヴェーダへのアクセス権があった。しかも、ティエリアよりも権限は上である。
彼ならば、ヴェーダが提供し続ける間違った情報を止められる。ヴェーダをハッキングすることも可能なのだ、それくらいお茶の子さいさいだろう。
だが。
<何っ!? チィ……!!>
リボンズの気配が揺らぐ。造作もないことだと思っていたら、思わぬ障害が現れたことに戸惑っている様子だった。
彼は苦々し表情を浮かべている。どうやら、ヴェーダにアクセスしている存在がリボンズの排除に動いているらしかった。
焦燥に駆られた横顔であったけれど、すぐに彼は反撃に打って出た。イデアはアメリアスに視線を向ける。彼女も頷き返した。
<俺のコードは伊達じゃないぜ!>
<大事な場所へ帰ってくる、大切な人たちを守るんだ……!>
<世界を正しい姿へ、戻さなくてはなりません>
“同胞”の旗本艦を守るアプロディア、イデアと共に往く道を選んだアメリアス、ノブレスと共に駆けることを選んだフェニックスが、アクセス妨害を行う存在の動きを抑えにかかった。
邪魔者の手が緩んだ隙をついて、リボンズがアクセス権を行使する。間髪入れず、ヴェーダからの通信が開いた。提示された情報は、トリニティたちが行っていた“本当の”武力介入の内容である。
PMCトラスト所蔵のMDの殲滅、カルト教団にしてテロ組織であった団体の壊滅、麻薬組織のアジトの壊滅、結婚式場に介入しようとしていた偽物の撃退を試みる――彼や彼女らはユニオン基地やAEU基地を襲撃したり、多数の一般人がいた結婚式場を襲撃したりしていない。
ハホヤーを追いかけていたデュナメスの通信回線から、ロックオンが戦慄く声が聞こえてきた。おそらく、トリニティたちと戦いを繰り広げているであろう刹那やティエリアにも、この情報は開示されている頃だ。
戦場が見えてきた。周囲に煙が漂っている。
スローネ3機と、エクシアとヴァーチェが睨み合っていた。
「ヴェーダが何者かの改竄を受けている可能性がある。エクシアのパイロット、ヴァーチェのパイロットも見ただろう?」
「そんなバカな!?」
ヨハンの言葉に、ティエリアが酷く動揺した。自分の創造主であるヴェーダが、第3者の悪意によって利用されているのだ。無理はない。
何者かが自分たちに潰し合いをさせようとしている――その事実に戸惑いを隠せないのは、プトレマイオスに居残りした面々だって同じだ。
合計7機のガンダムが対峙したこの場所に、重々しい空気が渦巻く。転がり落ちるような激動に、ようやく歯止めらしき歯止めがかかったのだ。
この空気の中、イデアは静かに口火を切った。
「そちらが知っている情報を、私たちに教えてもらえる?」
◇◇◇
「あーあ、ついにバレたか」
そう言ったアオミの横顔は、言葉とは裏腹に余裕綽々であった。
「でも、大丈夫。世界は真実を知らないし、これからも永遠に知ることはない。と言うか、最初から『ヴェーダなんか要らなかった』訳だしね」
「ソレスタルビーイングが常に優位に立っていた、最大の理由なのに?」
少女の問いに、アオミは頷いた。スーパーコンピューターを「要らない」と言う、アオミの意図を探るかのような眼差しである。
アオミはくつりと笑い、端末を指し示す。それを覗き見た少女は、大きく目を見開いた。少女は口元をほころばせた。
「ああ、これならヴェーダは『要りません』わね」
そこへ、少女の執事が紅茶を持ってきた。アオミと少女はそれを受け取り、口をつける。
2人の女たちはしばし談笑していたが、それを遮るように端末が鳴り響いた。アオミは端末を開く。
テコ入れへ向かった『無垢なる子』たちが、ユニオンのアイリス社を襲ったという連絡であった。
アオミの『知識』では、本来アイリス社を襲うのはトリニティたちであった。その帰りに、彼らはグラハム・エーカーの駆るフラッグと戦い、事実上の敗走。
泣きっ面に蜂と言わんばかりに、今度はエクシアとヴァーチェが来襲。どちらとも決着はつかなかったが、第3者から見れば、判定負けもいいところだろう。
しかし現実では、アイリス社襲撃とスローネ対エクシアとヴァーチェの戦いは前後してしまっている。計画では、アイリス社襲撃の後に同士討ちを起こさせる予定だった。
尤も、同士討ち事件は重大な要素ではない。重要なのは、アイリス社襲撃直後に起きる戦闘である。『知識』に従った計画通りに進めば、直後にグラハムの駆るフラッグが現れるはずだ。
“イレギュラー”はグラハム居る所に必ずと言っていいほど一緒にいる。一番重点的に行うべきなのは“イレギュラー”の排除であった。アオミは端末を起動させる。『無垢なる子』たちに、ミッションの進行状況を確認した。
「今、ユニオンフラッグが近づいてきたところです。しかもこのフラッグは、オーバーフラッグスのようです」
「なあ『母さん』、撃ち落としていいよな!?」
アオミはふっと微笑んだ。
「構わないわ。ただ、気を付けなさい。その中には『墜としちゃいけない』フラッグもいるから。“隊長機”は絶対墜としちゃダメよ」
「はーい!」
「……はい」
元気よく返事をした
通信が切れる。アオミは端末を片付けて、ティーカップに残っていた紅茶を飲み干した。
そうして、アオミは少女と談笑に耽る。世界の変革を眺める場所は、今日も喧騒とは無縁であった。
クーゴ・ハガネの災難は続く。