問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
「よし、これで整備は完了だ!」
ビリーはやり遂げた笑みを浮かべて振り返った。彼の後ろには、ピカピカに輝くクーゴとグラハムのフラッグ。
巣立ち前の鳥のように、2機は静かな面持ちでいた。飛び立つ瞬間を、今か今かと待ち焦がれているように見える。
心なしか、フラッグも嬉しそうだ。そんな愛機を見つめていると、クーゴも心が明るくなる。
普段ならばビリーに差し入れを持っていくのだが、今回は突発的に同行したため、何も持ってきていなかった。そのことを謝罪すれば、彼は朗らかに笑って首を振る。
「いつもいつも、差し入れ貰ってるから」とビリーは肩をすくめる。今までのおいしいご飯に対するお礼だと彼は言うけど、クーゴにはそんな自覚はない。
「今度、お礼にドーナッツ持ってくる」
「わあ、嬉しいなぁ! 今度は何味のジャムか、楽しみにしてるよ!」
「任せろ。期待に応えよう!」
子どものように諸手を挙げて喜ぶビリーに、クーゴは満面の笑みを浮かべて親指を立てた。
今度もまた、ジャムを添えたドーナッツを作ろう。そういえば、最近は親戚からルバーブが、コーラサワーからはカルヴァドスが大量に贈られてきたか。後者は“『不死身』の名付け親になった”ということからえらく懐かれた結果である。
丁度いい。この2つを使ったジャムを作ろう。ビリーのドーナッツだけでなく、贈り主であるコーラサワーにも、お返しとしてそれを送ってあげよう。味覚が肥えている(であろう)フランス人のお眼鏡に適うといいのだが。
カルヴァドスが届いた時期と前後して、コーラサワーから『サルミアッキが倒せない』とメールが来ていた。フィンランド出身のカティが食べていたお菓子に手を出したら、あまりのマズさに醜態を晒したらしい。
サルミアッキを食べれなかったコーラサワー曰く、『大佐がこちらを見る目が冷めていた』らしい。彼は彼なりに、カティ・マネキンを攻略しようと頑張っているようだ。
その様子が、嘗て“刹那を攻略しようと奮戦するグラハム”の姿にダブって見えて、なんだか放っておけない。方向性の斜め度合とか、本当によく似ている。
不意に視線を感じて振り向けば、グラハムが慈しむように目を細めているところだった。手には、相変わらず藍色の扇子。宝物に触れるかのような手つきも変わらない。
「なんだよ」
「いいや。こんな状況でも、変わらないものがあるのだと思ってな」
グラハムはくつくつと笑っていた。何の含みもない、子どもみたいな笑い方。
世界が不穏な気配に包まれ、盛大に混迷していようと、確かに変わらないものがある。
最も、クーゴやグラハムたちがここを“世界”と呼ぶには、とてもちっぽけなものだ。
――それでも、ここで繰り広げられるささやかな営みは、何よりも大切なものだった。
外はとっぷりと日が暮れてしまっている。2機のフラッグをフルタイムで整備していたのだから、時間もあっという間に過ぎ去るだろう。
整備を終えたビリーがこちらを向いたとき、丁度いいタイミングで彼の腹が鳴いた。クーゴとグラハムは思わず吹き出し、ビリーが気まずそうに苦笑する。
「お礼の予定を変更だ。夕飯は何をご所望で?」
「おいしいご飯がいい! キミのおまかせで頼むよ、シェフ・ハガネ!」
「私も是非、それにあやかりたいなあ!」
クーゴの提案に、グラハムとビリーが諸手を挙げて賛成したときだった。基地内に、大音量のサイレンが鳴り響いた!
何事かと耳を立てれば、新型ガンダム4機がユニオン領に出現したという内容だった。ガンダムの飛来予測値であるポイントにある施設は、アイリス社の軍事工場。クーゴとグラハムのカスタムフラッグとオーバーフラッグス部隊が搭乗するオーバーフラッグのライフルを生産していた会社だ。
奴らの狙いである軍事工場は、確かに兵器を生産している。兵器は戦争を加速させるのも事実だ。ソレスタルビーイングの理念からしても、存在を赦せるものではないだろう。だが、働いているのは民間人である。そこまで考えて、偽物たちが何を考えているのかを理解してしまった。
また、罪を重ねる。そうして、罪を背負わせる。クーゴは思わず歯噛みした。手袋がざりりと嫌な音を立てる。隣にいたグラハムも、怒髪天を突く勢いで表情を歪ませている。緑の瞳には、激しく揺らめく焔が燃えていた。
グラハムは、何か言いたげにこちらを見た。クーゴはそれを一瞬で理解する。
偽物たちの好きにさせてはいけない。民間人の命も、好敵手の誇りも、踏みにじられてたまるものか。
クーゴも頷き返した。そうして、今度はビリーの方へと向き直る。伊達に数年来の付き合いをしてきたのだ、「つう」と言えば「かあ」と返す仲である。
「まさか、キミたちだけで出撃するつもりかい!? 無茶だよそれは!」
まだ何も言っていないのに、ビリーは顔を真っ青にして右往左往した。彼の心配はもっともだが、自分たちにだって譲れないものがある。
「そんな道理、私の無理でこじ開ける!」
「今までも無茶ばかりしてきたんだ。これから先も変わらんよ」
緑の瞳が強く叫ぶ。それを受けて、クーゴもまた頷き返す。困惑気味な鳶色の瞳がたじろいだ。
しばしの沈黙。先に値を上げたのは、ビリー・カタギリ技術顧問である。彼はため息をついて、肩をすくめた。
「さっきも言った通り、フラッグの整備は万全だ。いつでも出撃できるよ」
「サンキュ、ビリー。お礼の予定だが」
「わかってる。ドーナッツ、楽しみにしてるから。……だから絶対帰ってきてくれよ、2人とも!」
「了解!」
「心得た!」
ビリーの言葉に、クーゴとグラハムは真剣な面持ちで頷いた。慌ただしく更衣室へ向かい、パイロットスーツに着替える。
どの道、後から他の部隊が向うのだ。先行するという形でなら、出撃許可は下りるだろう。自分たちが出撃する大義名分もそこそこに、クーゴとグラハムのフラッグは夜空を飛んだ。
雲に覆われた夜空を翔る。程なくして、戦うべき相手が見えてきた。ソレスタルビーイングや自分たちの顔に泥を塗りたくる偽物たちだ。4機の偽ガンダムも、自分たちの接近に気付いた様子だった。
アイリス社の軍事工場は、真っ赤な炎に包まれている。逃げ惑う人々の悲鳴が《聴こえた》。そんな声などお構いなしに、いや、むしろ踏みにじるかのように、奴らは攻撃を続けていた。
「やはり貴様らかぁぁぁぁッ!!」
阿修羅を思わせるようなグラハムの横顔が《視えた》気がした。コンマ数秒で、グラハムのフラッグは隣にいたクーゴのフラッグを追い抜く。
彼の黒い機体が、青い燐光を纏っているように見えたのは、気のせいだったのだろうか。考える間もなく、クーゴもグラハムに続いた。
「おおおおおおおおおおおおおおッ!!」
(――ッ、いつにも増して恐ろしいな!?)
怒りに満ちているためか、グラハム機のライフルから撃ち放たれる攻撃は、雨あられを通り越して滝のようだった。
クーゴのフラッグも、牽制としてライフルを撃ち放った。それを、4機の偽物たちは簡単に回避する。それくらい予測済みだ。
急降下の勢いを利用し、偽物たちの反撃を回避する。追尾する自立兵器を振り切り、ビーム攻撃の雨あられを縫うようにして躱した。
勢いを相殺するようにして、隊長機が空中可変する。先ほど整備したばかりだというのに、フラッグの関節から火花が散った。それでも、グラハムのフラッグは、彼に応えるように空を翔る!
彼のフラッグは、異端審問官の代役――『連邦の白い悪魔』の発展形の1つの姿を映した黒い機体へと肉薄した。
プラズマソードを鞘から引き抜き、振り下ろす。刹那、偽物がビームサーベルを引き抜き、寸での所でそれを受け止めた。
「どれ程の性能差があろうとも……!」
刃同士が鍔迫り合いを演じる。
「今日の私は!」
隊長機のカメラアイが、グラハムの気迫をフィードバックさせたかのように輝いた。
その気迫のせいか、他の3機は身動きが取れずにいる。
「阿修羅すら凌駕する存在だぁッ!!」
機体性能共々、状況がオセロのようにひっくり返る。
鍔迫り合いに勝利したのはフラッグだった。体勢を崩した異端審問官の偽物へ再び肉薄した。彼の左手にも、プラズマソードが握られている。
二刀流。見よう見まねではあるけれど、グラハムが何を参考にしたかは一瞬で合点がいった。ガーベラストレートとタイガー・ピアスを使って戦う、クーゴの戦術である。
異端審問官の偽物はグラハムの気迫に押されている。双剣とビームサーベルが再び火花を散らした。
赤いビームサーベルがくるくると宙を舞う。グラハムのフラッグは手に持っていた双剣を手放し、跳躍するように加速する。
<ザコのくせに、ちょこまかと!>
異端審問官の偽物は、背中に搭載された自立兵器を一気に展開しようとした。
「させるかぁ!」
クーゴは即座にフラッグを空中可変させると、グラハム機が投げ捨てた双剣をキャッチした。即座に、投擲の要領で投げつける!
用途外の使い方だが、投げつけたプラズマソードは
迸る紫電に、子どもが驚いたような声を上げる。そのコンマ数秒間で、グラハムのフラッグはビームサーベルをキャッチした。
先ほどの跳躍で偽物より高い位置にいたグラハム機は、ビームサーベルを振り上げた。迎え撃つ異端審問官の偽物は、使い物にならなくなった自立兵器を諦め、ビームガンを構えようとした。
敵の動きを上回る勢いで、グラハムのフラッグはビームガンを一刀両断する! 子どもが愕然とした表情で、真っ二つになったビームガンを見つめている姿が《視えた》。
――心なしか、涙目になっているような気がする。
「まだだ!」
動きが止まった指揮官機へ、隊長機が追撃へ移る。フラッグは軋んだ音を響かせながら、再びビームサーベルを振りかぶった。
次の瞬間、子どもがニヤリと嗤ったのが《視えた》気がした。それを皮切りに、グラハム機の背後に他の2機が迫る。
殺気に気づいたグラハムのフラッグが振り返った。クーゴの背中に、一際激しい悪寒が走る。反射的に、操縦桿を動かした。
<目標視認。“とっておきの呪文”で、嬲りものにする>
<よーし、墜とすぞー! 『母さん』に褒めてもらうんだ!>
<お前なんて、死んじゃえばいいよ!>
子どもの声がした。どこまでも無邪気な声だった。
<兄さん、ダメだよ! 隊長機は墜としちゃいけないって、『母さん』が……>
<黙れよ! フラッグなんだから、みーんな同じだ!>
子どもが咎める声がした。けれど、その意見は切って捨てられる。
クーゴはフラッグを加速させた。悪寒はどんどん酷くなっていく。凄まじいGが体を襲う。悲鳴を上げてしまいそうになったが、必死に歯を食いしばった。
先程の隊長機がやらかした動きに比べれば、クーゴの動きはそこまで派手ではない。距離も直線。こんなので弱音を吐いていたら、副官を名乗ってなんかいられない。
あまり飛ばしすぎたせいなのか、走馬灯が見えかけた。青い空、そこで待っていると微笑んだ、沢山の人たち。自分が歩いてきた道が、浮かんでは消えていく。
そのすべてを振り払うように、更にフラッグを加速させた。
気のせいか、視界の端に
<ト>
3機の機体が赤い光に包まれた。
<ラ>
青い光が煌めいたのが、視界の端に見えた。
<ン>
距離が詰まる。
<ザ>
距離を詰める。
<ム!>
フラッグの攻撃圏内に、届いた。
3機が動き出し、グラハムに攻撃を仕掛けようとする!
それよりも早く、クーゴはガーベラストレートを引き抜いた!
「ウチの隊長を、墜とさせてたまるかァァァァァァァッッ!!」
その咆哮と同時に、視界一杯に青い光が爆ぜた。
◇◇◇
イデアは見ていた。見えるはずのない御空色の瞳で、その光景をはっきりと《視て》いた。
カスタムフラッグが、鮮やかな
動き出した偽物3機に対し、一撃を叩きこんだガーベラストレートの軌跡を。
偽物たちが構えていたビームガン/サーベルが吹き飛ぶ。斬り飛ばされた部分は、空中で爆散してしまった。
子どもたちの悲鳴が《聴こえる》。その直前、相手を確実に屠るために繰り出された銃弾は、隊長機の推進部分を掠った。
悲鳴を上げていた隊長機には辛かったのだろう。ぐらりと体勢が傾いた。パイロットであるグラハムは呻きながらも、どうにか体制を整える。
(『目覚めの日』)
クーゴ・ハガネの翔るフラッグに起こった現象が何か、イデアは知っていた。
(目覚めたんだ。私たちと同じ、
空よりも青く、雄大で鮮烈な
おそらく、この光景を見ているノブレスも、イデアと同じ気持ちでいるのだろう。
(おめでとう。歓迎するわ、我が“同胞”。……貴方が目覚めるのを、ずっと待っていた)
場違いだとは知りつつも、賞賛の言葉を贈らずにはいられない。
イデアは心の中でそう呟いた。美しく輝く
偽物たちは機体の動きを止めた。どうしようかと迷っているらしい。
青い光を纏うフラッグは追撃とばかりに刀を構える。赤い光を纏う機体を翻弄するかのように、青い光が軌跡を描く。まるでそれは流星のようだ。
相手よりも早く、クーゴのフラッグは刀を振るった。縦横無尽に空を駆け抜け、敵の攻撃を躱し、自らの攻撃を的確に叩きこんでいく!
剣の軌跡が閃くと同時に、偽物の脚/手が斬り飛ばされた。それらは空中で爆発を起こす。爆風すらをも切り裂いて、クーゴのフラッグが偽物たちに迫った。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
しかし次の瞬間、フラッグの推進部が爆発を引き起こした! がくん、と、フラッグが傾く。
「嘘だろ!? よりにもよって、こんなときに……!!」
「クーゴ!」
傾いた相棒を助けようとして、満身創痍の隊長機が動こうとした。次の瞬間、何かを察知した隊長機が無理矢理急加速する。助けるべき相手を追い抜く勢いで、だ。
新手を告げるレーダーが鳴り響いた。間髪入れず、上空から毒々しい光が雨あられとなって降り注ぐ。そのうちの一発が、隊長機の推進部に着弾した。
それが致命傷になったらしい。推進部が爆発し、火を噴いた。
「ちぃ……!!」
衝撃に、グラハムが呻いた。傾いた2機が高度を落とす。それを狙い、脚や腕を斬り落とされた偽物たちが攻撃を仕掛けようとしていた。
<よくも、よくも! 俺たちをバカにしやがって!!>
<ザコのくせに! お前らみんな死んじゃえばいいんだ!!>
<今度こそ、確実に墜とす!!>
子どもの感情は、フラッグへの憎悪に満ち溢れている。
これ以上、偽物たちの好きにはさせられない。イデアは即座に操縦桿を動かす。ハホヤーがクーゴの翔るフラッグの元へ飛び出した。
ハホヤーと並んで飛び出したのは、刹那とエクシアである。彼女が向かう先は、グラハム・エーカーが翔る隊長機だ。
伸ばした手がフラッグの手を掴む。そのまま思い切り引っ張って、態勢を整えてやった。ぽかんとこちらを見返すクーゴの顔が《視える》。
視界の端で、エクシアに引き上げられたグラハムのフラッグが見えた。彼も、顔を顰めながらこの状況に茫然としている。
この場にいるのはエクシアとハホヤーだけではない。デュナメスが、ヴァーチェが、スローネ3機が、偽物たちを取り囲む。
「なんと……! ガンダムがこんなにも……壮観だな」
「壮観通り越して、もうどうしたらいいか分からないレベルだって」
満身創痍でも軽口をたたき合う2人に、これなら大丈夫だなと安堵する。
通信越しから、イデアは刹那にアイコンタクトを送った。それを理解した刹那も頷き返す。
2人は他の面々に「フラッグを基地まで送ってくる」と伝え、戦場から離脱しようとした。
逃さないと言わんばかりに、再びレーダーがけたたましく鳴り響いた。ぞっとする悪寒に、イデアは顔を上げる。
クーゴはこの殺気に覚えがあるようで、その答えを手繰り寄せようと必死になっていた。
発信源を辿れば、先程フラッグに攻撃を仕掛けた場所と同じである。
「超強大なエネルギー反応!?」
「しかも、反応は上空からか!」
ロックオンとヨハンが、禍々しい赤と紫の光を捉える。
「やべえ……あんなの喰らったら、ひとたまりも!」
「こんな、こんなことが……!!」
ミハエルとティエリアが愕然とした表情を浮かべた。
「あんなの、反則すぎるでしょ……!」
ネーナは顔を真っ青にしている。
「く……!」
刹那が険しい表情を浮かべた。心なしか、エクシアはフラッグを庇おうとしているかのような体勢を取る。
砲撃は充填された。迷いも躊躇いもなく、その一撃はこちらへと降り注いだ。禍々しい色の、極太のビーム攻撃。イデアは即座に操縦桿を動かす。
タクマラカン砂漠で解放した“力”を、もう一度使うのだ。出し惜しみをすれば、この場にいる全員が命を落とすことになるだろう。
それでも止められるという保証はない。下手をすれば、力を打ち破られる危険性もあり得る。それでも、なにもしないという選択肢は存在しなかった。
「みんな、一か所に集まって! あのときみたいになんとかするからっ!!」
イデアの言葉に、チーム・プトレマイオスの面々は即座に頷いた。意味を理解していないトリニティ兄妹や、抱えられたままの隊長および副隊長が首を傾げる。
いいから、とイデアは一喝した。それに渋々従うような形で、他の面々も一か所に集まる。全員、効果の範囲内。確認したイデアは、即座にシールドを展開した。
青い光が爆ぜる。タクマラカン砂漠でイデアが使った防壁が、この場で再び展開した。宝石を思わせるような壁が出現する。それを取り巻くように、強い風が舞い上がった。
巨大なレーザー砲がシールドとぶつかる。それは派手に火花を散らした。壁はみしみしと軋んだ音を立てる。イデアは歯噛みしながら、力を行使した。引いたら負ける。
しかし、レーザーの出力が予想以上に強い。防壁の一部をレーザーが貫通し、小さな穴をあける。そこから漏れた光が大地を焼いた。
仲間たちの不安げな声が《聴こえる》。その気持ちは尤もだ。防壁の一部が壊され、その穴からレーザーが漏れだしているのだから。
イデアは必死になって防ごうとする。自分の気持ちとは正反対に、防壁はみしみしと軋んだ。穴の数はどんどん増えていく。自分たちがいる場所に穴が開かないことが、数少ない幸いだった。嫌な汗がこめかみを伝って流れ落ちる。
不意に、誰かの手が操縦桿を握り締めていた右手の上に重なった。見れば、クーゴがイデアの手に手を重ねて、降り注ぐ禍々しい光を見据えていた。本人はまったくもって自覚がないけど、覚醒した力を使って、イデアを助けてくれているのだ。
<くそっ。俺には、見てることしかできないってのか……!?>
クーゴが苦い表情を浮かべているのが《視えた》。そんなことはない、と、イデアは微笑む。
彼が力を貸してくれるおかげで、防壁は修復されていく。穴もふさがれ、軋んだ音もしなくなった。
肩に手を置かれたことに気づいて振り返れば、ノブレスとリボンズの姿が《視えた》。彼らも力を貸してくれたらしい。
イデアは前を向いて、降り注ぐ砲撃を睨みつける。負けて、たまるか!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
防壁が眩いばかりに輝く。美しい宝石のようなそれは、ビームの一撃を完全に防ぎ切った。大きく息を吐きだして、イデアはそのまま座席にもたれかかる。
イデアたちが防御で手一杯だった隙をついて、偽物が撤退していく。彼らは薄墨色の雲の中へと消えていった。「逃げられた」と、誰かが悔しそうに呟く。
周囲に静寂が広がった。ガンダムたちも、ハホヤーやエクシアが抱えたフラッグも、あの攻撃に被弾しなくて済んだらしい。偽物たちには逃げられたが、皆無事だったことに安堵する。
今度こそ、エクシアとハホヤーはユニオン基地へ向かう。他の面々にその旨を伝えて、天使と天女は空を翔けた。他の面々はそれぞれ帰投していく。プトレマイオスとトリニティの面々は、なんとか互いの認識を改めた様子だった。
顔を出さず、“力”を行使する。彼は音声のみの通信が繋がっていると思い込んでいるから、偽装工作としては充分のはずだ。
<クーゴさん、大丈夫でしたか?>
<あ、ああ。……また、キミに助けられたな>
クーゴが苦笑した気配が漂う。いや、実際に苦笑している姿が《視えた》。イデアはゆるゆる首を振る。
「そんなことないです。私も、貴方に助けられました」
自覚が一切ないクーゴは首を傾げる。
イデアは微笑んだ。そうして、言葉を続けた。
「いいんですよ。私は知っているから、それでいいんです」
◇◇◇
「ぐぅ……ッ!」
ヘルメットの保護用バイザーを外して早々、グラハムは苦悶に顔を歪めて口元を覆った。ごほ、と、何度か咳込む。見れば、手袋にはべったりと赤が付着していた。
体が悲鳴を上げている。情けないことだが、最大旋回の戦闘で生じたGに耐えられなかったらしい。口から伝い落ちる血を乱暴に拭う。半ば強引に、鉛の味を飲み下した。
ふと見上げれば、不安そうな表情を浮かべた刹那の姿が《視えた》。まるで、グラハムの思考回路が彼女に《伝わった》かのようだ。
そういえば、以前にも――初めて彼女が翔るガンダムと戦ったときも、似たようなことがあったように思う。何者だと問われた気がして、グラハムが己の名を名乗った。
場違いなことを思い出したせいか、グラハムは懐かしくなった。そのまま、刹那の不安を拭おうとして目を細める。浅い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと口を開いた。
「……すまない。私では、一矢報いるので手一杯だった」
できれば、あの偽物たちはこの手で討ち取りたかった。刹那とガンダムとはまた違う意味で、だ。
奴らは尊敬する相手の命を奪った。フラッグファイターの仲間を傷つけ、矜持に泥を塗った。それだけではない。最愛の
偽物を翔るパイロットは子どもばかりだった。それこそ、機体を玩具のように扱い、人の命を玩具のように弄ぶ。無邪気さゆえの残虐さが強調されたような、殺戮兵器と呼んでも過言ではない。
あの戦い方には、刹那のような誇りもなければ矜持もない。だからこそ、グラハムは偽物たちを赦すことができなかった。刹那とガンダムに惚れ込み、彼女たちを墜とすのは己だと自負しているが故に。
「
グラハムは苦笑しつつ、続ける。
「だが、今回の一件で、私はますますキミに惚れ直したよ。それでこそ我が好敵手だ。……尤も、私の方が、キミの好敵手を名乗るに値しないのかもしれないが」
不意に、刹那の手が頬に《触れた》ような気がした。労わるような手つきに、グラハムはゆるりと目を細める。
先程の無茶な戦闘による反動がフィードバックされたように、体が軋む。それでも、グラハムは刹那へと手を伸ばした。
グラハムの手が刹那の頬に《触れる》。慈しむようにして彼女の頬を撫でれば、刹那は困ったように口元を歪ませた。
<あんた、馬鹿だろ>
「そうだな。ことに、キミとガンダムのことに関しては」
グラハムがくつくつ笑えば、刹那は深々とため息をつく。《視》間違いでなければ、彼女の口元がわずかに緩んだような気がした。
未だに彼女が笑う姿を見たことがない。今みたいに柔らかな顔を見せるようになったものの、笑顔はまだまだ遠そうだ。
<……でも、あんたの気持ちは、嫌じゃなかった。――ありがとう、グラハム>
今、間違っていなければ、刹那が微笑んだような気がした。おまけに、滅多に呼ばない名前を呼ばれたような気がする。
不意に差し込んだ光に、思わずグラハムは目を覆う。再び目を開けたとき、《視えていた》はずの刹那の姿はなくなっていた。
その代わりに、広がったのは夜明けの光だ。薄闇は晴れ、地平線の向うから、眩く輝く朝日が顔を出す。紺色の空は、鮮やかな蒼へと色を変えつつあった。一歩遅れて、ユニオン基地が見えてくる。
グラハムは通信を開き、帰投とガンダムは敵ではないという旨を告げた。クーゴも同じことを通信から伝えたらしい。基地から攻撃部隊が発信する様子はなかった。そのことに、グラハムは内心安堵する。
ユニオン基地の面々がガンダム/ソレスタルビーイング憎しの感情を漂わせていたことは知っている。ガンダム/ソレスタルビーイングと言う存在に対し、世界がナーバスになっているのも知っていた。
ややあって、翼が折れたフラッグたちは大地に降り立った。自分たちを送り届けたことを確認し、天使たちは空へ戻る。
間髪入れず整備班が駆けつける。コックピットから降り立ったグラハムは振り返り、天使たちの姿を見送った。
その隣に並ぶようにして、クーゴが立った。彼もまた、ガンダムたちを見送るためにやってきたのだろう。
「なんとか五体満足で帰ってこれたな。あの2機のおかげで」
クーゴは眩しいものを見るような眼差しを空に向けた。
「そうだな。感謝しなくてはならないだろう」
グラハムも頷き、空を見上げる。
天使たちは、水平線の向う側へと消えていった。
◇◇◇
「用事は終わったのですか?」
不意に声をかけられ、アオミはヘルメットを外した。コンソールに表示されたキーボードを叩いて、帰投用のプログラムを起動させる。
「ええ。まったく、あの子たちったら……」
アオミは肩をすくめる。子どもたち――海月、厚陽、星輝は、自分の忠告を守ろうとしなかった。宙継に至っては、戦おうとすらしないから論外である。皮肉にも、論外の宙継がアオミの言いつけを守ったということになった。
端末に戦闘データを取り、確認する。端末画面には、トランザムを上回ってガンダムたちを追いつめたフラッグの様子が映し出されていた。そのフラッグの異変は、青い燐光を身に纏っているという点に尽きた。
こんなのは、アオミの『知識』にはない。疑問に思って端末を操作すれば、その答えは別なところから示される。表示されたのは、『Mu』という項目。それを確認し、アオミは忌々しそうに眉をひそめた。
この世界がアオミの『知識』と違う方向に動く理由であり、危惧すべき存在である。
ただでさえ忌むべきだった“イレギュラー”は『Mu』に目覚めたのだ。本人は自覚していないだろうが。
本格的に、『イレギュラー』の抹殺に動かねばならないだろう。アオミにとって都合の悪い『変化』は、きっちり『修正』しておかねばなるまい。今までの状況を分析し、整理する。
「ルイス・ハレヴィにはアロウズに行ってもらわなきゃいけないから、もうちょっとテコ入れは必要よね。絹江・クロスロードは『知識』通りに死んでもらって、沙慈・クロスロードの憎しみの起爆剤になってもらわなくちゃ。それから、それから――」
「私“たち”も、そろそろ準備をしなきゃいけませんわね」
アオミは歌を歌うようにして諳んじる。それを聞いた少女は割り込むように言った。
それを聞いたアオミは、諳んじるのをやめて振り返った。その横顔には、深い微笑が浮かんでいる。
「ヴェーダに記録されていた
「本当!? 図面で拝見したときから、ずっと楽しみだったの!」
少女はパァッと表情を輝かせた。アオミも促すように手招きした。少女とその執事も、アオミに続いて地下に下りた。
地下ドックには、開発中の機体が眠っている。女性を思わせるようなフォルムの機体が、静かに起動する
その隣に並ぶのは、すらりとした体躯の赤い機体。黒い機体の隣に控えるかのような佇まいは、搭乗するであろうパイロットの姿を連想させる。
そこへ、帰投の連絡を告げるブザーが鳴り響いた。海月たちである。もう少ししたら、援軍として送り込んだ
満身創痍のνガンダム・ギー、スローネ・ディミオス、スローネ・ドロフォヌスが、転がるようにして格納庫へ帰ってきた。その脇に、静かに降り立ったのはスローネ・イリスィオスである。
子どもたちがコックピットのハッチから這い出てきたのと同じタイミングで、援護に向かわせたMAが帰ってきた。羽を広げた鳥を連想させるようなMAは、ゆっくりと格納庫へ降り立った。高貴な紫色が光を反射し輝く。
「『母さん』、ごめんなさい」
「でも、おれたち負けてないよ! 負けてないよ!!」
「なんだよあのフラッグ! あいつ、絶対落としてやる……!」
厚陽、星輝、海月がそれぞれ意思を表す。それを聞いたアオミは微笑みながらも、3人を叱責した。
「あれ程“隊長機を狙うな”って言ったでしょう? 今度から気を付けなさい」
「はーい」
3人は申し訳なさそうに頭を下げた。彼らはこれで充分である。
残る問題は、宙継だ。アオミは眦を吊り上げる。
「宙継。貴方はどうして戦おうとしないの」
「…………ごめんなさい」
宙継は視線を落とした。悲しそうな眼差しは、アオミの大嫌いな弟を連想させる。
ああ、なんて腹立たしいのだろうか。アオミは忌々しくなって、宙継の元へと歩み寄った。
己の感情をぶつけるように、アオミは宙継の頬に平手打ちを喰らわせる。宙継は、抵抗すらしなかった。
その様すら弟に似ていて、余計に苛立ちが募った。
「ちゃんとしなさい。……これ以上、私を失望させないで」
これではきりがないので、アオミは激励の言葉を投げつけながら、宙継を突き飛ばすようにして送り出した。
よろめきながらも、宙継は兄たちの背中を追っていく。こんな性格のため、彼は跡取り候補の中で一番序列が低かった。
しかし、世の中何が起こるかわからない。跡目争いが起こったとしても、複数の子どもたちがいれば、万が一の事態に備えられる。嘗て母もそうやって、アオミに跡取りとしての教育を叩きこんできた。
アオミはそれをきちんとこなした。だけれど、評価されるのはいつも弟の方だけだ。衝撃を与えれば折れてしまいそうなほどひ弱な上、跡取りとしての教育に耐えられるような体ではないからと甘やかされてきた。
弟は優秀だった。何事もそつなくこなすことができたし、何をやらせてもうまくいく。努力をすれば倍近くの成果が得られるような存在だった。奴のせいで、アオミは陰に追いやられた。何をやっても蔑まれ、認められなかったのだ。
奴さえいなくなれば、アオミは認めてもらえる。正当な評価をしてもらえる。
――そう。弟/『イレギュラー』さえ、いなくなれば。
「でも、これで、偽物たちを表に出せなくなってしまいましたわね。……まあ、貴女のことだから、他に手は打っているのでしょうけど」
少女は機体を眺めながら呟いた。彼女の言葉通り、子どもたちの機体はイリスィオスを除いて満身創痍である。
機体の武装は、『イレギュラー』の翔るフラッグによってほぼ叩きのめされていた。あの機体全てを修理することにこだわれば、第1幕は終わってしまうだろう。
アオミは頷いた。そうして、端末でデータを示して見せる。『無垢なる子』たちが搭乗する、“本当の機体”の図面だ。少女は感嘆の声を上げる。
「この子たちを、後に設立される国連軍に入れるよう手配する予定よ」
「アレハンドロ・コーナーですね」
滅多に言葉を発しない執事が、呟くような声色で言った。アオミは頷く。
「そして、もう1人。彼専用のガンダムとして、ドロフォヌスを改修して提供する」
アオミは端末を動かした。映し出されたデータは人物のものである。
茶髪の髪を無造作に伸ばした男の写真。伸ばされた顎髭も特徴的であった。
「他にも、きちんと根回しはしておくわ。世界は未だに、トリニティやソレスタルビーイングを悪だと信じ切っている。真実が出回ることはないもの」
「『運命』は、私たちの味方ですものね」
アオミと少女は微笑みながら、顔を見合わせた。秘密を語る2人の面持ちは、まるで乙女のようであった。
◆◆◆
蒼穹晴れ渡り、穏やかな風が吹き抜ける。『つい先日まで戦乱真っただ中だった』と言われたら、それを誰が信じるだろうか。
戦乱を駆け抜けた自分自身だって、“あの戦いが夢だったのではないか”と錯覚してしまいそうになる。
戦乱の爪痕は今でも世界中に残ってはいるけれど、立地条件や戦場に巻き込まれなかったという意味では、この場所に戦いの影響は出ていなかった。
「……なんか言えよ」
佇む青年は、“ソレ”に向かってぽつりと呟いた。自分が零した言葉がどれ程の無茶と暴論を伴っているかを、きちんと理解した上で。
「あの子、“金属生命体”を助けるために旅立つんだぞ。送り出す言葉の1つや2つ、かけてやったらどうなんだ」
佇む青年は、“ソレ”に向かってぽつりと呟いた。自分が零した言葉がどれ程の無茶と暴論を伴っているかを、重々承知した上で。
「さっきすれ違ったときに話したんだけど、あの子、目ェ真っ赤だったんだぞ」
佇む青年は、“ソレ”に向かってぽつりと呟いた。自分が零した言葉がどれ程の無茶と暴論を伴っているかを、ハッキリ自覚した上で。
「――あのさぁ」
青年は持っていた花を“ソレ”の前に備えて、“ソレ”と目線を合わせる。
普段は“彼”を見上げる側だったから、しゃがむのはとても珍しい。
向かい合っていて温かみを感じないことには、まだ慣れなかった。
「俺、お前に会いたくて、空を目指したんだよ」
恨みがましく吐き出してみたけれど、返事は何も返ってこない。それを理解した上で零したはずなのに、返事が無いことに傷つく自分がいる。
「
もしも返事を返してくれる相手がきちんといたならば、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたのだろうか。それとも、得意満面に笑っていたのだろうか。考えても何も出てこなかった。
だって、青年は“彼”に何も言わなかった。“いつか機会が来たら、ちょっとしたサプライズとして話そう”と考えたきり、何も言わずに日々を過ごしてきた。
――その末路が、これだ。
「……ずるいよ、お前。本当にずるい。酷いぞ」
どれくらい吐き出しても、楽になることは無い。虚しさと後悔だけが降り積もる。けれどそれは、今を生きる者の特権だ。
“彼”はその権利を既に失っていた。先の大戦で命を懸けた結果である。彼の献身が無ければ人類は未来を掴めなかった――それは事実。
未来の礎になることを選んだ“彼”を罵倒する権利なんて、きっと誰にもない。誰もが“彼”の決断と雄姿を認め、讃えている。
青年は分かっていた。多分、先程話した女性も、同じ気持ちでいるのだと思う。
でも――“彼”と共に空を駆け抜けた者としては、“彼”の不在に文句を零さずにはいられなかった。
――墓の前に漂う想いに触れながら、青年は今日も悪態をつく。
◆
“武士道”と名乗っていた頃の自分にも、生き恥を晒してまで生き永らえた理由があった。道化――いや、あれはどちらかと言えば玩具か――にされても尚、生きようと決意した理由があった。
真っ暗闇の宇宙を引き裂くように飛んだのは、ソレスタルビーイング製のガンダムが放つ緑色の光。その先にいるのは、白と青を基調にした機体/自分が焦がれてやまなかった、最愛の人。
この心臓が止まるまで、この意識が途切れるまで、その光を――その姿を、目に焼き付けて終われたのなら。
本当の願いは投げ捨てた。手を伸ばすには、積み重ねてきた生き恥が多すぎる。暗く嗤った女の白い手が、自分の体を這いずり回る感覚が振り払えない。
最早自分は、あの頃には戻れない。彼女もきっと、変わり果ててしまった自分の悍ましい姿を目の当りにしたら、侮蔑の眼差しと軽蔑の言葉を向けるのだろう。
すべてが終わったら、二度とこちらを振り返ることはないのだ。彼女は前を向き、未来を生きるために生きていく。――そうして、自分は過去になるのだ。
(――あの日、私は思ったのだ。『ならばせめて、キミの“未来の水先案内人”になれたらいい』と)
自分が“壊れていく”中で、せめてそれだけはと願っていた。彼女の名を呼ぶこともできず、彼女の足を引っ張るような真似しかできず、そのくせ未来のない自分。
好敵手としての矜持はとうに折れ、彼女を愛した男という勤めも果たすことのできない、いずれは思考もままならない肉塊に成り果てるだけの命だ。だからこそ足掻き続けた。
足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて。
その果てに、最愛の人の手を取ることができた。蒼く煌めく御旗の元へ“還る”ことができた。失ったものは沢山あって、積み重ねた罪や口に出せない黒歴史も沢山残ったままで、やることだって沢山あった。絶えず動き続ける世界と、新たに迫りくる驚異の数々。忙殺される日々を過ごす中、それでも考えずにはいられない。
“武士道”と名乗り始めた頃から、ずっと同じ光景を見続けている。蒼く煌めく“未来への水先案内人”――それに殉じることだけが、自分に許された唯一のことだと思っていた。それだけは奪われたくないと願って、それを標にして
(ずっと、確証があった。悟りを開いたとも言えるだろうし、使命感とも言えるだろう。或いは――脅迫概念とも言える程のモノが)
今なら――いや、今だからこそ、自分は胸を張っている。誰を泣かせることになっても、誰の怒りを買うことになろうとも、誰から罵詈雑言をぶつけられようと、何人たりともそれを否定させない。それが我が友であろうとも、共に戦う僚友であろうとも、“
(――そうだ)
荒い呼吸を繰り返しながら、前を向く。
そうして、いつもの調子で笑った。
(私は、この
彼女の道を阻むモノは一掃した。だが、後一手が足りない。自分の機体はもう既に満身創痍だし、既に“金属生命体”によって浸食されている。浸食は機体内部どころか、自分の身体まで進んでいた。
いずれ自分の機体は“金属生命体”によって完全に侵食され、“革新者”や自軍部隊を害するだけの存在に成り果てるだろう。武装も殆ど使用不可。文字通りの万事休す。最早手立ては失われた。
……否、まだだ。まだできることがある。自分の役目を――彼女の“未来の水先案内人”になるという役目を果たすために、必要なものは残っている。そうと決まれば――
(……また、キミを泣かせてしまうのだろうな)
誓いを果たすことができない己の不甲斐なさに苦笑する。いつか、この
『全部終わったら、鍋パーティしよう。俺と、お前と、“革新者”と、“理想への憧れ”の4人でさ』
『…………』
『後でリクエスト聞いてやる。だから、何味にするのかちゃんと考えておけよ』
出撃前に交わした副官との会話。
目を丸くする自分の答えを敢えて聞かなかった彼に言えなかったこと。
――“自分は、彼が作った鍋を食べられない”という
『来年はどうする?』
『――また来年も、私の誕生日を祝ってくれないか?』
『それでいいのか?』
『ああ。プレゼントはなくてもいい。キミが「おめでとう」と言ってくれるなら、私はそれだけで充分だよ』
戦いが始まる前――つかの間の平和な時間に祝ってもらった、己の誕生日。
自分が、来年の話をしてきた最愛の人に告げた願い事。
――“来年の誕生日は来ない”という
(――還りたかった、な)
未練や後悔は山のようにあった。もうやってこない未来を惜しみ、悼む。
ああでも、悪くはなかった。幸せだった。充分生きた。
だから――もう、いかなくては。“未来への水先案内人”として。
敢えて機体の動力源を暴走させる。目標は、“金属生命体”の中核――その道を阻む巨大な壁。
一世一代、さいごの大仕事だ。後ろ髪を引かれるような感情を振り払って、尻込みしそうになる己を鼓舞するように。
“未来への水先案内人”として在れることを誇りながら、自分が生き永らえた意味を噛み締めながら、男は腹と心の底から叫んだ。
「これは、死ではない! 人類が、生き残るための――!!」
◆
宇宙を覆い尽くす勢いで飛来する“金属生命体”。人類の未来を賭けた、異種族との
ク■ンタ■バースト。“それを使うことのできる彼女の機体を、“金属生命体”の中心部へと送り出す”ことが、他の面々に与えられた任務であった。そのために、仲間たちは戦場を駆ける。
対話の道は閉ざされている。あと少しで手が届くのに、巨大な壁に阻まれた。
道はない。道がない。希望が絶たれる。女性たちは、あまりにも分厚い壁に直面していた。
その絶望を引き裂くように、鮮烈な
「未来への水先案内人は、この私が引き受けた!」
その言葉と共に、好敵手は飛び出していく。その先には、巨大な壁。
『道理を無茶で押し通す』を地で行く好敵手だが、どう見ても無茶で押し通せる壁ではない。
「何を躊躇している!? 生きる為に戦えと言ったのは、キミの筈だ!」
それは、遠い日に、女性が好敵手に贈った言葉だった。
「行け! 生きて未来を切り開け!!」
巨大な障害に阻まれる。それでも好敵手は飛んでいく。鮮烈なまでもの
機体の動力部から溢れる赤い粒子も、より一層輝きを増した。まるで、好敵手の想いに共鳴するかのように。
障害を突き破ろうとすればする程、好敵手は己の命を削っていく。彼の纏う気迫が、何人たりとも彼を止めることを赦さない。
「これは、死ではない! 人類が、生き残るための――!!」
吐血しても、体を蝕まれようとも、命が削られていこうとも、男は止まらなかった。止まるような性格ではないと、女性は長い付き合いで理解していた。
怖いくらい真っ直ぐで、何事に対しても真摯であろうとした人。愚直すぎるがゆえに、変な方向に走り出すこともしばしばある、難儀な性格をした人。
――女性を愛してやまなかった人。
「“革新者”」
不意に、好敵手が女性の名前を呼んだ。
女性は、目の前に男がいることに酷く驚いていた。周囲の光景が、激戦区から平原に変わっていたのだから当然と言えよう。どこまでも青い空と、広い平原が広がる。
そこが好敵手の心の世界だと女性が気づく。男は幸せそうに微笑んで、女性を手招きした。恥ずかしさに文句を言いつつ、彼女は男の腕に収まる。男は満足そうに頷いた。
女性はふと、視界の端で起きた異変に気づく。
男の利き手が、ぼろぼろと崩れ落ちていくではないか。
利き手だけではない。左半身が、そうしてこの世界そのものが、何かに侵食されるように消えていく!!
男は残念そうに苦笑した。
「私は、この結末に後悔していない。むしろ、誇りに思う。やっと私は、キミの好敵手に相応しい存在になれただろうから」
ああでも、と男は付け加える。
「……しかし、残念だな。ようやくキミと並べる存在に至れたと思ったのに、キミと、キミのガンダムと決着をつけることが叶わないとは」
“この男は、いったい何を言っているのだ”――女性は心の中で戦慄いた。理解したら最後、彼はここから永遠に
だから、彼女のすべてがそれを拒むのだ。女性の表情を見た男は、ますます困ったような顔をする。
「悲しむ必要はないよ。私は未来の水先案内人。キミの行く末を、ずっと見守っているから」
彼の言葉に、嘘偽りはない。だが、彼はもう、自分の傍には居ないのだ。
「思うんだ。あの日、キミと3度も出逢った意味を。あの日、キミという存在によって生かされた意味を」
男は噛みしめるように目を閉じる。自分の中にある美しいものを抱え込むような笑みに、女性は胸が苦しくなった。
1回目は何も知らない者同士として、2回目はガンダムとフラッグのパイロットとして、3回目は明日のために戦い続ける者同士として、自分たちは顔を合わせてきた。
あるときは戦場で、あるときは街中で、出会っては別れてを繰り返してきた。そのすべてが、互いにとってかけがえのない時間だったのだ。
「――ああ、そうだな。私はこのために生きてきた。このために生まれてきたんだ」
そんなこと、望んでいない。そんなことのために、生きろと言ったわけじゃない。
女性は大声で叫びたかった。でも、多分、男はそれすら《識っていて》、女性への言葉を贈っている。
おそらくは、最期の会話になるであろう言葉を、命が燃え尽きていく中で、必死になって探している。
「満足して生きた。まあ、心残りがないわけではないが」
男はそう言って、指を折りながら諳んじた。
大切な約束の数々を、来るはずだった――もう来ない明日の日常を。
「もっと空を飛びたかった。仲間たちと一緒に笑っていたかった。副官が作ってくれるであろう、帰還パーティの鍋が食べたかった。カレー味でもいいから食べたかった。最期は青い空で迎えたかった。……酷いな、未練ばかりだ。女々しくて笑ってしまうよ」
男は呆れたように苦笑した後、真摯な眼差しで女性を見返す。
「しかし、特に心残りなのは2つある。1つめは先程言った、“キミと、キミのガンダムとの決着がつけられない”こと」
翠緑の眼差しは、沈痛そうに揺れていた。
「――もう1つは、“結局最期まで、キミを幸せにしてやれなかった”ことだ」
失ってしまった利き腕の代わりに、残った手で、男は女性の頬を撫でる。慈しみを込めた手つきに、思わず女性は首を振った。
男が悔いる理由なんてない。それ以前に、最期だなんて言われる筋合いもない。おまけに、女性はまだ、男を幸せにしていないのだ。
壊すことしかできない自分が、誰かに与えたいと思ったもの。それをまだ、彼に手渡していない。手渡せていない。
「逝くな」
自分でも驚くほど、情けない声だった。
「まだ何も伝えていないんだ」
今にも泣き出してしまいそうな声だった。
「……俺はまだ、あんたを幸せにしていない……!」
女性の言葉に、男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。目を真ん丸にして、何度も瞬きを繰り返す。ややあって、男は幸せそうにはにかんだ。
「やはり、私は永遠に、キミに敵わないんだな」
男の体が、闇に飲まれる。美しい青空と平原が、真っ黒に塗りつぶされる。
彼の気配が遠のいた。慌てて女性は手を伸ばす。だが、何も掴めなかった。
「最期まで、ありがとう」
男は笑う。いつか見た儚げな笑みではなく、普段通りの快活な笑みを浮かべて。
「キミに出会えて、本当に良かった」
男は笑う。女性に出会えたことが自分の幸福だった、と言わんばかりに目を細めて。
「――愛している、“革新者”」
世界が暗転する。次の瞬間、分厚い壁が吹き飛んだ。対話への道が拓かれたのだ。
好敵手の死を悼む時間はない。彼が最期に切り拓いた道が閉ざされる前に、行かなくては。
操縦桿を動かし、突き進む。男が最期に残した言葉を胸に、ただまっすぐに突き進んだ。
そうして、対話の
宇宙に花が咲き誇り、人類の未来は定まった。
けれどもそこに、彼はいない。――彼が、いない。
「……あんた、馬鹿だろ」
―― そうだな。ことに、キミとガンダムのことに関しては ――
その言葉に帰ってくるはずの返事は、2度となかった。
◆◆◇
ケトルがかん高く鳴り響く。
まるで、
「っと」
現実に戻ってきたクーゴは、反射的に手を動かしていた。火を消すと、ケトルは一気に沈黙する。戸棚からインスタントコーヒーを取り出し、あらかじめ下準備していたマグカップに注いだ。
普段はコーヒーサーバーおよびバリスタでコーヒーを淹れるのだが、今日は皆、運悪く故障中であった。そのため、今回はペーパーフィルターでコーヒーを淹れている。クーゴはまず初めに、コーヒーを蒸らしにかかった。
ペーパーフィルターの中にあるコーヒーに、乗せるようにして少量のお湯を注ぐ。蒸らし時間は20秒。しっかり図り終えた後、クーゴは次の段階へと移った。
中心から螺旋を描くようにしてお湯を優しく注ぎ、ペーパーフィルターからお湯が減るのを待つ。暫くして、フィルター内のお湯は3分の1に減った。
それを確認した後、次のお湯を注いだ。最後の仕上げである。マグカップの中に注がれたコーヒーの量を確認し、調整するようにしてお湯を注いでいった。
湯気が漂うコーヒーが3つ。マグカップの中には、夜闇のような黒い水面が揺れていた。
クーゴは自分のマグカップに注がれたコーヒーを啜ってみる。
「うん、これなら大丈夫だな」
出来栄えに満足しつつ、お膳にコーヒーとお菓子類を乗っける。クーゴの手作りドーナッツと、贈られてきたルバーブとカルヴァドスで作ったジャムである。
完成したジャムは、カルヴァドスの送り主――パトリック・コーラサワーにも贈ったが、反応はまだ帰ってこない。先日送ったばかりだから当然か。
(……それにしても、さっきの
ふと、クーゴは手を止めて考えた。
誰かの思念を拾い上げたことで、持ち主の記憶を追体験した
女性が思いを馳せる相手――男の笑い方は、誰かの笑い方とそっくりだった。クーゴにとって見慣れた笑い方だ。彼は命を散らす寸前まで、本当の望みを口に出せぬままだった。
どちらの顔も、あと少しで判別できそうな気配があった。けれど、確信は霧に包まれたかのようにはっきりしない。それがもどかしくて、クーゴは首をひねる。
そのまま部屋に入ったのがまずかったらしい。ビリーとグラハムがこちらに気づいて顔を上げ、クーゴの顔を見た途端に心配そうな表情を浮かべた。
2人の様子にクーゴも驚いたが、なんとなく察して、「なんでもない」と笑い返した。お膳に乗せたマグカップを手渡していく。2人はそれを受け取った。
「うん、おいしい。コーヒーサーバーで飲むやつよりおいしい」
「大切なことだから2回言ったのだな、カタギリ。まったくもってその通りだ」
コーヒーを啜ったグラハムとビリーは、満足げに微笑んだ。2人はドーナッツやジャムに手を伸ばし、おいしそうに食べ進めていく。
彼らの食べっぷりを見ていると、本当に料理のし甲斐があると思うのだ。そうして、気づけば料理がどんどん手の込んだものになっていく。
クーゴは微笑みながら椅子に座り、自作のドーナッツへ手を伸ばす。グラハムとビリーはもぐもぐとドーナッツを貪っていた。
「最近、どの店のドーナッツを食べても『いまいち』とか『一味足りない』って思っちゃうんだよなぁ。餌付けされてるのかも」
ルバーブのジャムをこれでもかとドーナッツに塗りたくりながら、ビリーは困ったように苦笑した。指についたジャムまで舐め取るあたり、相当お気に召したらしい。
いつもと変わらない穏やかな時間が流れる。しかし、今日は別件でここに来たのだ。
先日、クーゴとグラハムはガンダムの偽物と一閃を交え、本物たちのおかげで五体不満足の帰還を果たした。
そのときの戦闘データの解析を、ビリーに依頼していたのである。その結果が出たというので、ラボに顔を出したという次第だ。
ひとしきり談笑した後、次の話題に移る。
クーゴはグラハムを見て、大きくため息をつきながら切り出した。
「しかしグラハム、あのとき相当無茶しただろ。吐血するって、よっぽどだぞ」
「気づいていたのか」
グラハムは大きく目を見開いた。困ったように苦笑し、彼は肩をすくめる。
ガンダムに助けられた後、クーゴはグラハムの利き手のグローブが赤く汚れていたのを見ていたのだ。
「情けない話だが、あの程度のGで体が値を上げてしまったのだよ」
「情けないって……お前こそ、自分のことを過小評価してるんじゃないのか」
「乙女座は己に厳しいんだぞ、クーゴ」
はっはっは、とグラハムは笑った。星座云々より、彼個人のポリシーの問題のような気がしてならない。それを聞いたビリーが、物凄く恐ろしいものを見るような眼差しを向けてきた。
「……正直、データのことについて報告しようかしまいか悩んだんだけどさ、見てくれよ」
ビリーはそう言って、端末を指示した。たくさんの数字やグラフ、映像資料が指示される。ごっちゃになったデータは、ぱっと見ると、どれが何を意味しているのかさっぱりわからない。
専門家による、簡単な解説を所望する――クーゴとグラハムが眼差しで訴えれば、ビリーは眼鏡のブリッジに手を当て深々とため息をついた。資料が詳細になり、画面一杯に数字が踊り狂う。
違う、そうじゃない。詳細が知りたいのではなく、簡略化された説明をしてほしいのだ。もっと言えば、結論が知りたいのだ。クーゴとグラハムの気持ちが通じたのか、ようやくビリーが詳細データを示すのをやめた。
「結論から言うとね、データ上、『偽物との戦闘で、キミたちは何回も即死している』ってことになる」
ビリーの言葉が理解できなくて、クーゴは目を瞬かせた。グラハムも同じらしく、頭の上に大量の疑問符を飛ばしている。
もう一度、ビリーの言葉を確認してみる。『偽物との戦闘で、キミたちは何回も即死している』――言い方は悪いが、基本、人間が死ねる数は1回だと決まっていた。なのに、何度も即死しているとはどんな状態だろう。
少なくとも、今、ここで、親友の言った言葉に疑問を抱いていることは不可能だ。死んでいたら思考なんてできないし、ドーナッツやジャムも作れないし、談笑だってできないはずなのに。クーゴとグラハムは顔を見合わせ、親友へ視線を戻した。
ビリー・カタギリ曰く、『あの戦闘中、フラッグのパイロットにかかっていたGは、瞬間最高数値で50Gを突破していた』という。しかも、断続的に、一瞬で、何度も50Gを超えたらしい。こんなの、耐G装置があっても無意味なレベルである。『人類が最大何Gまで耐えられるか』を、20世紀末に実験した軍人の記録でさえ46.2Gが限界なのだ。それを上回っている。
因みに、人類が耐え抜いたGの最高記録は179.8Gと公表されている。こちらも20世紀末の出来事だ。とあるF1レーサーがグランプリの予選で凄まじい大クラッシュを引き起こし――後にそれは「F1史上激しいクラッシュ」と言われることになるのだが――そのレーサーは奇跡の生還を果たした。彼は『最も大きな重力に耐えた人間』としてギネス記録に乗った。
蛇足だが、100Gといえば、これまた20世紀末頃に起きた日本航空便の墜落事故で、『乗客乗員にかかっていたと思しきG』の数値である。乗客乗員の大人数が即死したとされている程、激しいものであった。46.2Gでさえ、自分の体重が46倍にもなる計算なのだ。50Gに晒されたら、生きていられる可能性は低くなる。100Gに至ったら、それこそ奇跡でも起きなければ生還できない。
「正直、2人が五体満足で帰ってきたり、血反吐を吐く程度でピンピンしていられるのがおかしいレベルなんだ」
「「血反吐で『その程度』なのか!?」」
クーゴとグラハムは、異口同音で言葉を口走った。ビリーは大仰に頷く。
「ついでに、フラッグも空中分解するレベルだ。なのに、あの動きの代償が実質エンジントラブルだけで済むなんて……」
ビリーはうんうん唸りながら頭を抱えた。そんなことを言われてもクーゴには本当にどうしようもない。隣にいるグラハムだって同じ気持ちだ。
他にも、「偽物たちが使おうとした驚異的な高機動(?)による攻撃は謎だらけだった」だの、「ガンダムと偽物」だの、話題はあったような気がする。
それでも、クーゴは、どうしても、この話題が頭から離れなかった。“50Gに耐え抜いて、平然としていられる自分は一体何者なのだろう”――と。
思考回路に耽りながら、クーゴはコーヒーを啜る。口にほろ苦い味が広がった。
ルバーブのジャムがついたドーナッツを齧れば、一際甘酸っぱい味が心に沁みていく。
しかし、どちらの味も、クーゴの心にかかった暗雲を振り払うには至らなかった。
「ソレスタルビーイングのテロ行為への反発は日に日に強まっており……」
ラジオから流れるBGMは、いつの間にか不穏なニュースへと変わっていた。世界はどんどん、薄暗い方向へと動きつつある。ソレスタルビーイングは“世界の敵”という立ち位置を不動のものにしつつあった。
その奥底に蠢く悪意が《視えた》ような気がして、クーゴは思わず肘をさする。相変わらず、そちらの謎も見えてこない。漠然と感じる不気味さに、或いはそれに対抗する手を持たない自分自身に、黒い感情が湧き上がってくる。
(……イデアや刹那たちが俺たちを助けたことまで、
つい先日の出来事――ソレスタルビーイングの偽物たちがアイリス社に武力介入を行った帰りを、グラハムとクーゴのオーバーフラッグが強襲した――も、既に周囲の認識は滅茶苦茶になっている。
基地の人々はみな“ソレスタルビーイングの新型ガンダムがアイリス社に武力介入を行い、民間人を死傷させた”と思っているし、グラハムとクーゴのフラッグが大破寸前までいったことに関しては“新型ガンダムとやり合った結果”で、2人が生存したことは“新型ガンダムの追撃から自力で逃れた結果”だと認識している。
イデアや刹那がフラッグを運んできた現場に居合わせた者たちも、口を揃えて同じことを言うのだ。いつかのときと同じように、追及しようとすれば底冷えするような眼差しでこちらを睨んでくる。命の危機を感じるようなソレや数による圧力によって、結局自分たちは口をつぐまざるを得なかった。
“今はまだ期ではない”と己に言い聞かせることで憤りを誤魔化しているような状態だけれど、ここまで異常な様子を見せつけられてしまえば、黙るしかなくなるだろう。そうやっている間に犠牲や後悔が降り積もって、最後は楽な道を選んでしまう――ブライティクスでも、似たような事象が絡んでいたことがあったっけ。
ラプラスの箱――元々は、宇宙へと棄てられてしまった人々を助けるための祈りだったソレが、第3者の欲望によって捻じ曲げられ、呪いに転嫁してしまった。
箱を開けたことが正しかったか否か。その判断を下すには、経過した時間は短すぎる。何もかもが未知数ではあったが、ブライティクスは“未知なるものを照らす光”。きっと大丈夫だと信じたい。
「そういえば、叔父さんが言ってたな。近々、ユニオン、AEU、人革連が軍事同盟を締結するって。おそらく、対ソレスタルビーイング用だろうね」
ビリーは眼鏡のブリッジに手を当てた。世界は絶えず動いている、と、嫌が応にも思い知らされる知らせだった。ビリー曰く、「近々、3大国家の戦力を結集した軍を作り、ソレスタルビーイングと戦う」という話も出ているという。
以前、3大国家が行ったガンダム鹵獲作戦と似たような規模になりそうだ。だが、どの国だって先の轍は踏みたくない。ソレスタルビーイングと全面戦争するとなれば、鹵獲とは違った戦術を考えなければならない。
ガンダムに殲滅戦を挑む――できないわけではないが、従来の機体たちでは難しいだろう。何せ、推進力が段違いなのだ。機体性能をどれだけパイロットがカバーしようにも、いずれ限界が訪れる。先日の自分たちのように、だ。
ガンダムに対して優位に立てる力は、どの国も持っていない。殲滅戦を物量重視で押し通すというにも、偽物たちが行った介入のせいで、各国には多大な被害が出ていた。
じり貧で物量戦など展開すれば、それだけで国は疲弊する。覇権を狙うなら、誰もが避けたい道だった。政治家たちが必死に駆け引きをしているのが『視える』。
「――?」
ほんの一瞬、意識が《飛んだ》。
そこは格納庫らしき場所だった。茶髪の髪を束ねた男が、不敵に笑いながら“何か”を眺めている。反射されて輝くのは、絢爛豪華な金ぴかだ。
確か、男の名前はアレハンドロ・コーナー。国連大使の1人であり、国連代表のエルガン・ローディックとは上司と部下/犬猿の仲だった。
何故この男が目の前にいるのだろう。金色が眩しくて、クーゴは思わず眉間の皴を深くする。次の瞬間、世界は再び休憩室へと戻った。
ビリーはドーナッツにジャムを塗りたくり、グラハムは空っぽになったマグカップに2杯目を注ぐ。コーヒーを啜った彼は、味の変化に眉をしかめたが、結局最後まで飲み干していた。
いつもの日常。クーゴ・ハガネが愛してやまない、穏やかな時間が流れている。混迷する世界の中で、唯一変わらないものだ。変わらないでほしいと願う光景だ。クーゴはぬるくなったコーヒーを飲み干す。
口の中に、渋い味がざらついた。
クーゴ・ハガネの災難は続く。
【参考及び参照】
『COOKPAD』より、『野菜ソムリエのルバーブとカルバドスジャム(kr。さま)』
『おいしいコーヒーのいれ方 知る・楽しむ コーヒーはUCC上島珈琲』より、『レギュラーコーヒーのいれ方』
『Yahoo! 知恵袋』より、『人間は重力何Gまで耐えれますか?』
『Wikipedia』より、『デビッド・パーレイ』、『日本航空123便墜落事故』
【推奨BGM】
現実/覚醒、