問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

51 / 73
【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


1stシーズンの終盤でヤバイことになってて草ァ!!
40.落ちる駒、残る駒


 

 ねえルイス。意識がなかった間、僕は夢を見ていたんだ。一番最初に見えた光景は、丁度、あのときみたいに、ルイスやルイスのご両親と親戚が参加していた結婚式にガンダムが武力介入を行っていた場面だった。

 丁度そのとき、僕はアルバイトが忙しかったから、キミを1人でスペインに送り出したんだ。夢の中の僕は、そのことをとっても後悔していたよ。キミが帰省先でガンダムの攻撃に巻き込まれたって話を聞いて、僕は病院に駆け付けた。

 丁度キミがスペインに帰省したとき、夢の中の僕は沢山バイトを入れていた。キミが「お母さんが返って寂しいから、物理的に励ましてほしい」ってせがむから、こっそりとだけどお金をためて、指輪を買おうとしたんだよ。12万円のペアリングなんて、苦学生に近い一般庶民の僕にとってはかなり厳しい額だったから。

 

 頑張って働いたんだ。キミが結婚式に出ている間も、ずっと働き詰めだった。やっとお金が溜まって、指輪を買ったときに、結婚式襲撃事件が起きた。

 

 僕はキミにプロポーズをした。キミが欲しがっていた指輪を手渡しながら。

 ……皮肉だね。こうなるまで、僕は自分の気持ちを固めることができなかった。

 

 でもね、遅かったんだ。僕はもっと早く、キミに気持ちを伝えるべきだった。夢の中のキミは、僕のプロポーズを受けてくれなかった。悲しそうに目を伏せて、言ったんだ。

 『素敵な指輪ありがとう。でも、もう嵌められないの』って。キミはそう言って、なくなってしまった左腕を示したんだ。情けないことにね、僕は、愕然とそれを見てることしかできなかった。

 『細胞異常のせいで手術ができないから、一生このままである確率が高い』ってキミは言った。『こんな自分じゃ沙慈の迷惑になるから、自分のことは忘れてくれ』とも。更に情けないことに、僕はそれに同意してしまったんだ。

 

 キミが何を言ったとしても、僕はキミの手を離しちゃいけなかった。そのせいで、僕は沢山後悔する羽目になったんだよ。今となっては、殆ど思い出せないけど。

 

 だからね、ルイス。僕が意識を取り戻したとき、左手があるキミを見て、凄くほっとしたんだ。キミが無事でよかったって思ったんだ。

 ……でもさ、同時に、夢の中のキミが言っていたことの意味や重みがわかったんだ。キミがそんな風にした理由も……ぜんぶわかった。

 

 あのね、ルイス。僕、キミに渡したいものがあったんだ。この前、言ってただろ? 『ママが帰って寂しいから、物理的に励まして』って。

 それで、僕、アルバイトしてたんだ。草薙先輩やグライフ教授のお手伝いって形だったんだけど、これが本当に凄くってさー。

 宇宙技師としての勉強もできたし、実施訓練にもなったし、とても楽しかった。そのおかげもあって、あっという間に目標金額を達成したんだ。

 

 実物は購入済みで、あとはタイミングを待っていたんだけど……――うん。

 こんなことになるなら、やっぱり、渡さなくてよかった。今の僕じゃあ、ルイスの迷惑になっちゃうからね。

 

 

 これ、ペアリングなんだよ。……って言っても、ルイスはあの場でこれを見ていたわけだから、それは知っていると思うけど。

 

 

 ――僕、嵌められないんだ。“左腕がない”から。

 

 

 おまけに、細胞障害が起きてるみたいで、再生手術もできないんだって。

 定期的に投薬治療しなきゃいけないし、治療を続けたとしても完治する見込みもないし。

 こんなのだから、宇宙技師にもなれそうにないや。僕の夢、叶わなくなっちゃった。

 

 ……ねえ、ルイス。僕は、キミのことが大好きだよ。

 

 こんなになって、どこからどう考えても、身を引くべきだってわかっていても、キミが好きだよ。

 でも、それ以上に僕は、キミに幸せになってほしいって思ってる。

 

 

 ……わかるよね。わかって、くれるよね?

 

 

 

 

 

 

「――わかんない」

 

 

 沙慈の言葉を遮って、ルイス・ハレヴィは言った。

 

 俯いているせいか、沙慈・クロスロードの顔は見えない。いや、見たくなかった。

 どうせ彼は、涙で歪んだヘタクソな笑みを浮かべているだろうから。

 

 

「わかんないよ、沙慈」

 

 

 駄々っ子のように、ルイスは首を振った。

 

 

「ルイス」

 

 

 沙慈は諭すような声色で、自分の名前を呼ぶ。どこまでも優しい響きを宿した彼の声が、今は胸に突き刺さる。

 

 

「どうして、そんなこと言うの。私のためを思っているなら、どうして一緒にいてくれないの」

 

 

 ルイスは顔を上げて、沙慈を睨みつけた。込み上げてくる感情のせいで、視界がにじんでしまう。

 それでも、驚いたように目を見開く沙慈の気配は伝わってきた。

 

 

「私の幸せは、沙慈と一緒にいることなの。沙慈と一緒に生きていくことなの。沙慈じゃなきゃ嫌なの。沙慈と一緒じゃなきゃ、意味ないのよ!」

 

 

 残された彼の右手を、ルイスは両手で包み込んだ。沙慈の手はとても温かい。

 

 

「パパやママが何と言っても、世間が何を言っても、私は絶対に諦めない。諦めてなんか、やらないんだからっ!!」

 

 

 それは、ルイス・ハレヴィの、一世一代のプロポーズであった。

 

 結婚式にガンダムが介入しなければ、ルイスは沙慈からのプロポーズをやきもきしながら待ち続けていたのであろう。沙慈も、ずっと言い出すタイミングを計りかねておじゃんになっていたかもしれない。

 皮肉だけれど、今回の1件がルイスを突き動かす理由になった。心臓が激しく脈打つ中、ルイスは沙慈からの返事を待っていた。沙慈は大きく目を見開いて、情けない吐息を零す。幾何かの間をおいて、困ったような顔をした。

 普通、プロポーズは男性がするものである。恥ずかしがりやな沙慈でも、そんな矜持は持っていたらしい。居心地悪そうに視線をさまよわせた後、蚊の鳴くような声で何かを呟いた。聞き取れず、ルイスは首を傾げる。

 

 幾何かの間をおいて。

 

 沙慈は、顔を真っ赤にして言った。

 病院の窓から差し込む茜色の光と負けず劣らず、優しい色をたたえて。

 

 

「……こんな不束者でいいなら、末永く、宜しくお願いします」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 今日は晴天。病室の窓から見える風景は、平和そのものである。

 

 沙慈も笑顔を見せているけれど、彼も彼で、今後の進退について考えているようだ。技術者になるという目標を持ち、そのための学科に入学した沙慈は、そこで一定の成績を保つことで奨学金を貰っていた。

 しかし、今回の事故で、沙慈は左腕を失ってしまった。片腕で技術者になれないわけではないが、絶望的な状況であることは変わりない。学校側からは『奨学金は打ち切りになる』という通知が届いていた。事実上の退学勧告である。

 宇宙技術士になる夢を失った彼の表情は、以前、彼の姉――絹江・クロスロードの三角関係疑惑が浮上したときに見せた暗い影と似通ったものがあった。以後も似たような疑惑が発生するたびに、沙慈は目の光を失いながら姉や疑惑の2人――セキ・レイ・シロエやジョナ・マツカを詰問していたのだ。

 

 ルイスは全力で考えた。彼の悲しみを少しでも癒す方法を考えた。

 嘗て、ルイスが『ママが帰国して寂しい』と駄々をこねて、沙慈が頑張って自分を励まそうとしてくれたときのように、今度は自分が沙慈を励ましたいと思った。

 

 

(結局、私にできたのは、沙慈と同じことだった)

 

 

 真っ白な病室を彩るのは、クラール・グライフ教授の特別ゼミに通う面々――悠凪・グライフ、八重垣ひまり、草薙征士郎、南雲一鷹、AL-3――愛称アリス、HL-0――愛称ハルノの面々である。ルイスの急な要請に、彼らは即座に駆けつけてくれた。

 この面々もまた、結婚式会場にいて襲撃に巻き込まれている。しかし、沙慈と違って、彼らは運よく軽傷で済んでいた。そのため、沙慈よりも早く退院して日常へと復帰していたのだ。仕事や課外に精を出しながら、面々も病院に通っていたという。

 面々の訪問時間はまちまちであった。病室にやって来る組み合わせも変わるとは沙慈の話である。おかげで退屈しないと笑っていたけれど、夢を奪われてしまった彼の気持ちは察するにあまりあった。未だって、どこか物鬱気な影が漂っている。

 

 ルイスは知っていた。勉強に四苦八苦しながらも、宇宙技術士になる夢を追いかけていた沙慈の横顔は幸せそうだったことを。

 ルイスは知っていた。宇宙技術士になりたくて、日夜勉学に励んでいた真摯な姿勢を。

 

 

(いきなり夢を失ったんだもん。……元気がないの、当然だよね)

 

 

 ルイスは静かに目を伏せた。

 

 

『……考えてみるよ。キミと一緒に生きるこれからのことに、僕の未来や夢については、避けて通れない道だから』

 

 

 プロポーズの後で、沙慈はそう言った。何かを決意したような、痛みにまみれた苦笑だった。

 “新しい夢を探す”――言葉にするだけなら簡単だ。しかし、その難しさは想像に難くない。

 

 自分の夢を探しているのはルイスも同じだ。お嬢様として生きてきたわけだから、今後も同じように生きていくのだと思う。ゆくゆくはハレヴィ家の跡取り娘として沙慈と結婚し、今後も日常を過ごしていくのだと思っていた。

 ガンダムの襲撃で変わってしまったことは沢山ある。壊れてしまったものや失ったものも多いし、その大部分が、二度と戻ってこない。それでも、ルイスは思うのだ。“壊れてしまったとしても、形を変えてしまっても、変わらず続くものはあるのだ”と。

 談笑する沙慈や仲間たちの姿を見ていると、尚更そう思えた。おそらく、沙慈が学校を辞めたとしても、悠凪たちは沙慈の先輩として、一鷹たちは後輩として、今日のように笑って声をかけてくれるに違いない。

 

 

「それで、教授が……」

 

「だから、ひまりがあんなことするのが悪いんだって! 大体なあ……」

 

「確かに。悠さんの言う通りです」

 

「ひ、ひどい! 沙慈くんヘルプ!」

 

「うーん……」

 

 

 ひまりが悠凪にたしなめられた。ハルノは悠凪の味方なので、2人そろってひまりを迎撃する。涙目になったひまりは沙慈に泣きついていたが、沙慈は困ったように苦笑いを浮かべていた。

 

 

「人革連に悪の組織の技術者が派遣されたとき、契約する条件として“その場に居合わせた軍人に『ここに 3機の ティエレンが おるじゃろ?』と言ってもらう”というものがあったらしい」

 

「確かその人、“ぎこちなさすぎてダメ出しを喰らい、3時間ぶっ続けで『ここに 3機の ティエレンが おるじゃろ?』と言わせられた”んだっけ?」

 

「終いには、顔を覆って泣き出しそうになってたそうですね。名前はセルゲイさんって言ってましたっけ?」

 

「うわ、災難だね」

 

 

 征士郎はとっておきの笑い話を持ちだしてきた。悪の組織関係の話はいつもネタが尽きない。職場自体がネタであるとは誰が言ったのだろう。

 どうやら一鷹やアリスも知っていたようで、詳しい話を聞かせてくれた。沙慈もその話は面白いようで、明るい表情を見せる。ルイスもふっと笑みを浮かべた。

 

 穏やかな談笑のときが過ぎる。結婚式以前も、以後も、何も変わらない時間が過ぎていく。

 

 

「ソレスタルビーイングのテロ行為への反発は日に日に強まっており……」

 

 

 それを止めたのは、何の気なしにつけたテレビからだった。画面には、延々とガンダムたちの武力介入が映し出されている。

 画面はいつの間にか、結婚式場襲撃らしき場面へと切り替わっていた。3機のガンダムが、自分たちがいた場所に攻撃を仕掛けている。

 ソレスタルビーイングの新型ガンダム。沙慈から夢を奪い、ルイスの親戚を殺した敵。ルイスはぎっと歯を食いしばった。

 

 赦せない。無辜の人々の、ささやかな幸福をぶち壊して平然としているテロリスト――ソレスタルビーイング。

 何も知らなかった頃の自分は、ソレスタルビーイングを『もの凄いボランティア精神の持ち主』なんて囃し立てていた。

 

 なんてバカだったんだろう。当時の能天気な自分が目の前にいたら、『その認識は間違っている』と、必死になって説くのに。沙慈には、決してスペインに来ないようにと釘を刺すのに。後悔ばかりが募る。

 

 

「――違う」

 

 

 沙慈は、酷く険しい顔で画面を見ていた。

 彼はまた、同じように「違う」と付け加える。

 

 

「“彼ら”じゃない。“彼ら”は――ソレスタルビーイングは、こんなこと、していない……!」

 

「沙慈? 何を言ってるの……!?」

 

「おかしい。おかしいよ! よく見てくれ、ルイス! あのとき、結婚式に襲来した奴らのほかに、僕たちを守ろうと戦っていたガンダムたちがいたじゃないか!!」

 

 

 沙慈の指摘に首を傾げながらも、ルイスはニュース画面を凝視した。同じ映像が、角度や構成を変えて、何度も繰り返し放送されている。再び、映像は結婚式場襲撃へと切り替わった。ルイスは目を留める。

 あのときのことを思い出せば思い出すほど、放映されている映像の矛盾が浮き彫りになってきた。映像では3機の新型ガンダムが破壊行為を行っている。けれど、間近で見ていた自分たちは知っていた。――知っていたはずだった。

 

 

(――そうだ。よくよく見れば、この映像、全然おかしいじゃない……!)

 

 

 あの場にいたガンダムは7機。そのうち、結婚式場に攻撃を仕掛けてきた4機は、映像に移る機体よりもやや黒ずんだ色をしていたように思う。

 そこまで考えて、ルイスは気づいた。――どうして自分は、放映されていたニュースを“一文字一句そのまま鵜呑みにしていた”のだろうか、と。

 結婚式襲撃の場にい合わせて、7機のガンダムが戦う場面を実際に見ていたはずなのに。3機のガンダムが自分たちを守ろうと戦っていたのを、この目で見ていたはずなのに。

 

 己に起きていた異変に気づき、世界を覆わんとしている気配に気づき、ルイスは思わず戦慄いた。恐怖に駆られてニュース画面に視線を戻せば、同じ映像が淡々と放映されている。

 

 

「いったい、何が起こっているんだ……!?」

 

 

 沙慈が絞り出すような声を上げた。他の面々も、険しい顔つきでテレビ画面を睨みつける。

 不穏な影にすぎなかった『何か』は、確実に、着実に、自分たちを飲み込もうとしていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

『ウチでは、姉よりも先に嫁げないのよ。あいつが結婚するまで待っていたら、私、一生独身だわ!』

 

 

 絹江・クロスロードの同僚に、こんなことを言っていた女性がいた。なんでも、『長女が嫁ぐまで次女は結婚することができない』というしきたりが家にあるためらしい。時代錯誤も甚だしい、結婚は個人の自由だ、なんで他人が嫁ぐかどうかで自分の結婚を左右されなくてはならないのか――彼女の言い分は尤もだ。

 彼女の話を聞いていたとき、絹江は彼女に同調した。どっちが先に嫁ごうが、別に問題は無いはずだ。世間体? そんなの、自己責任だろう。できないやつはできないし、しないやつはしないのだし、するやつは放っといてもするのだから。個人の裁量に任せとけばいいのだ。他人が介入するから、問題が起こるだけで。

 

 しかし。今なら、その女性の姉の気持ちが分かるような気がするのだ。

 

 当時と現在では事情が違う。つい先日に届いた弟――沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィからのツーショット写真と『僕たち結婚します』というメッセージが届いた瞬間から、絹江の持論は木端微塵に吹き飛ばされた。

 おまけに、最近はどこからか『あの人、弟よりも結婚が遅いんですよ』『まあ、行き遅れ!? やあねー』等の幻聴が聞こえてくるのだ。絹江の周囲には、おばちゃんなんていないのに。

 絹江の両隣に並ぶのは、同業者のセキ・レイ・シロエと彼の後輩であるジョナ・マツカだ。それを確認した途端、『こんなイケメンを2人もはべらせているくせに?』なんて声が聞こえた。幻聴だったとしても無視できる台詞ではない。

 

 

「先輩、休んだ方がいいですよ。弟さんのお見舞いもすぐに帰ってきちゃったし、ロクに眠ってないんでしょう?」

 

 

 シロエが心配そうに声をかけてきた。絹江は微笑み、首を振る。

 

 

「大丈夫よ。私は平気だし、あの子にはルイスがついてるわ。それに、いつも取材に付き合ってもらってるわけだから、私もそれ相応の対価を支払うのが筋じゃない」

 

 

 ソレスタルビーイングの取材を手伝ってくれる傍ら、シロエもまた、絹江とは違う案件を並行して追い続けていた。相変わらず多忙でありながら、彼は精力的な活動を続けている。

 

 MD暴走事件の原因を暴き、MD生産停止に追い込んだ後、シロエは“メディアの言論統制”についてを調べていた。ソレスタルビーイングの新型ガンダムが武力介入を行ったという情報の中に、おかしな部分を発見したためらしい。絹江は今回、自分の取材を続けつつも、シロエの取材の手伝いを買って出たのだ。

 ソレスタルビーイングを追いかけてきたのは絹江である。『餅は餅屋に聞くのが手っ取り早いので、協力してくれないか』――シロエの申し出に、絹江は乗った。何度も調査協力をしてくれた戦友の頼みである。ここで何もしないというのは割に合わない。シロエは苦笑しながら礼を述べた。

 取材対象者は、ソレスタルビーイングの新型ガンダムが行った武力介入に巻き込まれた人々だ。本当は沙慈やルイスにも詳しい話を聞けたらよかったのだが、絹江が沙慈のお見舞いから帰ってきた大分後に、シロエから切り出された。絹江も自分の調べ物で行く先があるため、今から日本に戻るのは難しい。

 

 もう少し早く切り出してくれたらよかったのだが、戦友も気を使ったのだろう。

 生意気なように思われがちだが、認めた相手には敬意を払い、きちんと気を配る性格らしい。

 

 

「今日の取材から得られた情報を簡潔にまとめると、こうなりますね」

 

 

 端末で情報を整理していたマツカが、それを指示した。画面には、綺麗にまとめられた情報が並んでいる。“テレビで放映された機体と、自分たちが実際に目撃した機体の色が違う”――というのが、大半の人々の意見であった。

 なのに、各マスメディアでは新型たちが武力介入を行ったように煽り立てている。自分たちが何度おかしい場所を指摘しても、各種マスメディアは取り合おうとしない。インターネットに至っては、投稿しても数秒で削除、またはアップロード自体をブロックされる始末らしい。

 しかも最近は、“実際に武力介入の現場にいて映像の矛盾に気づいていたはずの人間でさえ、各メディア情報の『誤報』を聞き続けると、いつの間にかそちらを信じるようになってしまう”という。言論統制のほかに洗脳も入っていそうな話であった。

 

 実際、新型とよく似た外見の機体が新型ガンダムと戦っている現場を目撃した人たち――一例としては、取材に協力してくれたハレヴィ一族の人々――も、同じような状況にある。

 今はまだ当時のことを根気強く問いかければ思い出せるが、いずれは彼や彼女たちも当時の記憶を“書き換えられて”しまうのだろう。理屈は分からないけれど、絹江はそう直感していた。

 

 

「報道に関わる人間としては、ゆゆしき事態だわ……!」

 

 

 絹江は歯噛みした。メディアに携わる人間として、真実を追い求めるジャーナリストとして、言論統制など認められない。偽りを並べ、真実を葬るような輩を赦すことなんて言語道断だ。シロエとマツカも頷く。

 

 

「彼らはどうやって、疑問を抱いた人たちの声を封殺する力を得たのでしょうか」

 

「人海戦術にしては早すぎる……。各国家のスパコンを数台導入できれば、それ相応の速さになるのかもしれませんが……現実性に欠けますね」

 

「いいえ、スパコン以前の問題だわ。現場に居合わせて、政府やメディアの発表に『否』を唱えていた人々の記憶や証言を統一させてしまうんだもの。こんなの、超常現象の類よ」

 

 

 シロエ、マツカ、絹江は顔を見合わせ、眉間に皴を寄せた。

 

 自分たちが持つ情報は、圧倒的に足りない。

 しかし、その中でも、確実に言えることがあった。

 

 

「おまけに“超常現象を起こす手段として、メディアを利用している可能性がある”ってことでしょう!? 尚更、追及の手を止めちゃいけない」

 

 

 自分たちの大切な番組が、誰かが誰かを陥れる凶器になろうとしている。真実を明らかにするためのメディアが、真実を隠蔽し偽りをばら撒くものとして使われようとしている。それを黙って見ていられるはずがない。

 これは取材であると同時に、自分たちジャーナリストの戦いであった。自分たちの声を踏みにじり、他者を陥れようと画策する相手との、メディアの明日を賭けた戦いだ。姿なき黒幕を睨みつけるような心地で、絹江は拳を握りしめる。

 ソレスタルビーイングのことは興味深いと思っている。だからといって、絹江は彼らの味方をするつもりはない。あくまでも“ジャーナリストとしての中立的な立場”で、ソレスタルビーイングと世界を見ているつもりだ。でも、今回ばかりは納得できない。

 

 何もやっていない無実の人間を犯罪者にするつもりはない。そんなこと、絶対にあってはならないのだ。

 絹江が真実を暴けば、メディア自体の信用がガタ落ちになるだろう。でも、だからこそ、やらなければならない。

 

 3人が決意を新たにしたときだった。

 

 絹江の端末が鳴り響く。メッセージの主は弟の沙慈。その内容もまた、自分たちが調べていた案件と同じものであった。

 本人から話を聞きたいと思っていたのだが、メッセージには襲撃の顛末と撮影していたビデオ映像が添付されていた。

 実際の映像があるなら、突破口を開くための切り札になる。絹江は映像ファイルを再生した。映し出されたのは結婚式場の様子だった。

 

 

「やっぱり、テレビで放送されてる映像とは全然違うわ。あっちはうまい具合に編集したのね」

 

「この映像、複数のバックアップを取って保管しておいた方がよさそうです。万が一、握り潰されても大丈夫なように」

 

 

 険しい顔で映像を睨んでいたシロエの言葉に、絹江は頷く。

 

 

「ええ。相手は確実に、私たちに圧力をかけてくるでしょう。そうなったら、相手側が『はいそうです』って言ってるようなものだわ。徹底的に追及し、真実を明らかにする!」

 

 

 そう。絹江が敬愛するジャーナリストであった、父のように。亡き父が果たせなかった分まで、絹江は真実を追いかけると決めたのだから。

 

 

***

 

 

 調査の末に、リニアトレイン事業の総裁、国際経済団のトップに座るラグナ・ハーウェイにたどり着いたのは、絹江が決意してから暫く後の出来事であった。

 

 ラグナはJNNの大株主だ。それだけでなく、他の報道局でも大株主になっている。彼が権力を振りかざせば、どの報道局も逆らうことはできなくなる。報道に圧力をかけるという点では、情報統制の黒幕に相応しい人間だと言えよう。

 他にも、彼がバックにいるなら、潤沢な資金を使ってMSの開発も可能だ。その上、軌道エレベーターを自由に使うことだってできる。ガンダムを宇宙や地上に運ぶためには、機動エレベーターは必要不可欠だからだ。

 

 

「確か、イオリア・シュヘンベルグの関係者リストにもいたわね」

 

「彼の曾々祖父に当たる、グラント・ハーヴェイ氏ですね」

 

 

 絹江の言葉に、マツカが端末でそれを確認した。

 隣にいたシロエも、険しい顔をして別荘を睨みつけた。

 

 

「他にも、リストの人物に関係する大物が次々とHITしましたよ。トレヴィン・コーナーの子孫は、国連大使のアレハンドロ・コーナーですからね」

 

「国連軍を結成するように提言したの、彼だったわね。彼の影響力も、ソレスタルビーイングにとっては利点だわ。メディア統制に関しては、情報発信者としての重みがある」

 

「地位も権力もありますしね。いざとなったらごり押しが利きそうです」

 

 

 ハーヴェイ氏の取材が終わったら、次はアレハンドロの取材に向かおう。ハードルはかなり高いが、このまま引き下がるわけにはいかない。

 ジャーナリストとして、報道関係者として、引けない戦いだ。絹江は別荘を睨みつける。何度もアポを取っているが、彼は所在に応じようとしなかった。

 自分が相手にしている人間の強大さを、改めて思い知る。しかし、負けるつもりはない。ジャーナリストは、権力になど屈しないのだ。

 

 そのとき、絹江の端末が鳴り響いた。メッセージの送り主は沙慈の婚約者、ルイス。

 

 

「ルイスの話を聞いたハレヴィ夫妻も、多方面に働きかけてくれるそうよ。有力な代議士らに掛け合ってみるって」

 

 

 その話を聞いた2人は、表情を輝かせた。ハレヴィ家も、権力関係者には太いパイプを持っている。もしかしたら突破口を開けるかもしれない。

 

 

「……相変わらず、動きがありませんね」

 

「車は1台、止まっているみたいです。赤の高級外車……相手も、相当のセレブかもしれません」

 

 

 シロエとマツカが別荘を伺った。相手の返事はいつも『忙しい』だったが、今回は『面会中』となっている。

 これはチャンスだ。うまくいけば、ラグナと面会した人間に話を聞けるかもしれない。

 別荘を見守り続けて、どれ程の時間が経過したのだろう。車が別荘から出てきた。それを見計らい、絹江が道路に飛び出す。

 

 

「ちょ、先輩!」

 

「絹江さん!」

 

 

 慌てた様子でシロエとマツカが続く。車が急ブレーキをかけたのを確認し、絹江は運転席へと近づいた。

 声をかければ、顔を出したのは1人の男。赤みを帯びた茶色い髪に、砂漠の砂を思わせるような色の肌。ゆっくり細められた瞳の鋭さに、思わず絹江は息を飲んだ。

 

 ジャーナリストの勘が告げている。この男はヤバイ。ごくり、と、妙な響きを持って、絹江の喉が鳴った。

 

 シロエとマツカも何かを勘付いたようで、ちらりとこちらにアイコンタクトを送ってきた。危険だ、ここは引いた方がいい、どうする――? 2人の眼差しが訴えてくる。

 自分たちが警戒していることを面白がるように、男は薄らと笑みを浮かべた。彼は急ぎの用事があるらしく、話は車の中で聞くという。明らかな挑発だ。

 

 

(……いいわ。その挑発、乗ってやろうじゃない!)

 

 

 絹江はキッと眦を釣り上げた。

 

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 

 絹江の言葉に驚いたのか、シロエとマツカがこちらを見た。その表情は、どこか鬼気迫っているように見える。絹江は不敵に微笑んでみせた。

 ややあって、シロエとマツカは諦めたように目を閉じた。間髪入れず、2人の表情は力強い笑みへと変わった。一緒に来てくれるらしい。

 『こうなったら一蓮托生』――そんな声が聞こえてきたような気がして、絹江はゆるりと目を細めた。彼らがいるだけで、どんな困難も乗り越えられそうな気がする。

 

 そうして、絹江たちは赤い高級車に乗り込んだ。

 丁度、絹江がシロエとマツカに挟まれるような形で、後部座席に座った。

 

 お互いの名刺を交換し、雑談に興じる。

 

 

「絹江・クロスロードさんですか。いいですねぇ、貴女のような美人の記者がいて。……で、恋人はどちらですか?」

 

「彼らは同業者と協力者です。私は独り身なんですよ」

 

 

 弟と同じようなことを質問され、絹江は思わず首を振った。普段なら和みそうな話題であるが、シロエとマツカは、(沙慈と相対峙したときとは違う意味で)緊張しているらしい。この男のヤバさを危惧していたのだから、当然だと言えよう。

 車は走り続ける。風景は、豪華絢爛な繁華街からスラム街の方へと走っていった。男――ゲイリー・ビアッジは、セレブではなくゴロツキから成り上がった人間だったのかもしれない。立派なスーツから滲み出る異質な雰囲気はそこにあるのだろうか。

 

 雑談もそこそこに、絹江は本題に入る。

 

 

「間違っていたら謝りますが、ビアッジさんは先程、トレイン公社の総裁、ラグナ・ハーヴェイ氏と会われていませんでしたか?」

 

「えぇ、会いましたよ」

 

「どのような話を?」

 

「私は流通業を営んでいましてね。物資の流通確認のために、総裁に報告に来たんです」

 

 

 ゲイリーは飄々とした口ぶりで話を続けた。物資の流通状況など、一総裁にわざわざ確認すべき内容ではないだろう。

 

 

「わざわざ総裁に報告するとは、余程重要なものを運んでいたんですね。……しかも、表にはまだ公表できない、“いわくつき”レベルの」

 

 

 マツカが眦を吊り上げてゲイリーを見つめる。普段の彼からは思いつかないような険しい表情。しかし、声は透き通るような響きを宿していた。

 サイドミラーに映ったゲイリーは、眉の端をピクリと動かす。次に口を開いたのはシロエだった。こちらは、口元に相手を挑発するような不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「珍しいですよね。普段は『忙しい』と言って、僕らの取材に応じてくれないのに。総裁、今日はわざわざ『面会中』と言ったんです。……まるで、『取材は面会が終わった人間にやってくれ』と言わんばかりに」

 

 

 “本当は貴方、何を頼まれたんですか?”

 

 ゲイリーに問いかけたシロエは、不敵な笑みを消し去る。どこまでも鋭い眼差しが、鏡越しからゲイリーを穿った。正体を表せ、と、夜闇の色を湛えた瞳が男を詰問する。

 沈黙に支配された車内。暫くして、ゲイリーはくつくつと笑い声を漏らした。何かおかしいものを見たかのように彼は笑う。しかも、それは彼にとって娯楽に近いもののように思ったらしい。

 含み笑いは、いつの間にか本気の大笑いへと変わっていた。3人は厳しい表情のまま、ゲイリーの出方を待つ。ひとしきり笑い終えたゲイリーは、不気味な笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

 先程までの畏まったような態度は鳴りを潜め、粗暴で荒々しい口ぶりに変わった。

 どうやら、こちらの方が地の態度だったらしい。豹変した男が纏う気配に、思わず絹江はたじろいだ。

 

 

「GNドライブだよ。MSを動かす、最新兵器用のエンジンだ。最新兵器――」

 

「――ソレスタルビーイングのMS・ガンダムを動かすための動力」

 

 

 ゲイリーの言葉を遮るようにして、マツカが言った。ゲイリーは目を丸くする。

 

 

「もしくは太陽炉。このドライブを生産するためには、木星圏の環境でなければ生み出せません。しかも、1機作るのにかなりの年月がかかる上に、ドライブ自体に個体差があるため、非常に効率が悪く、量産型には不向きのものです。ソレスタルビーイングが所有する太陽炉搭載型ガンダムは第3世代の5機。しかしそこへ、いるはずのない新型ガンダムが現れた」

 

 

 立石に水の如く、マツカはすらすらと言葉を紡ぐ。

 

 

「オリジナルの太陽炉は粒子の色は緑色で、人体への毒性はありません。ですが、新型に搭載された粒子の色は赤。人体への有害性があり、例としては細胞障害などが発生しています。おまけに、作戦活動時間もやや短め。総合するに、アレはオリジナルの劣化版ですね。――区別するために、疑似太陽炉とでも呼びましょうか?」

 

「そんな新型、もとい劣化版太陽炉が開発された理由は、『出資および開発に着手した人間が、量産型太陽炉を求めたため』です」

 

 

 マツカの言葉を引き継ぐように、今度はシロエが話を続けた。

 

 

「こんなときに、量産型太陽炉が急に必要になる理由はただ1つ。ソレスタルビーイングに対する、国連軍の編成です。各国は偽ガンダム襲撃によって、軍事に大ダメージを受けました。この状態で軍事力を統合しても、ガンダムに対抗できる力は雀の涙だ。……だが、ガンダムと同等の性能を有する機体が手に入れば、戦力はひっくりかえせる」

 

 

 完全に、絹江は置いてけぼりである。シロエとマツカは、一体何のことを話しているのだろう。ゲイリーは言葉を奪われていることに驚いている様子だ。

 2人とも、全てを知っているような口ぶりだった。ソレスタルビーイングを一緒に追いかけていたはずなのに、どうして彼らは当事者のように話し続けるのか。

 シロエもマツカも、絹江にそんな話を聞かせてくれたことはない。絹江は仲間外れにされていた? ――いや、違う。彼らが絹江に提供していた情報が、小出しにされたものだったのだ。

 

 絹江の心を表すように、いつの間にか、空には暗雲が立ち込めている。気のせいでなければ雷鳴も聞こえた。ぽつ、ぽつと雨が降ってくる。

 

 セリフを取られたことにポカンとしていたゲイリーの顔がミラーに映っていた。しかし、その顔はすぐ歪んだ笑みへと変化する。何が楽しいのか、奴はまた笑い声を上げた。

 次の瞬間、高級車が勢いよくブレーキをかける。突然のことだったので、絹江はそのまま前につんのめった。が、間一髪、シロエとマツカに支えられる。

 

 車に乗り込む瞬間まではあれほど心強いと思っていたのに、今ではその手すら得体の知れないもののようだ。絹江はごくりと生唾を飲んだ。

 

 

「そこまで知ってるなら、自分がどうなるかも分かってるよなぁ?」

 

「な、なんですって……!?」

 

「お前らはみんな、『知りすぎた』んだよ。――ああそうだ、冥土の土産だから教えてやる。お前らも米軍基地の二の舞になるんだ。ソレスタルビーイングの秘密に近づいたために殺された奴のなぁ!!」

 

 

 再び車が急発進。そうしてゲイリーは、車をスピンさせるような派手なターンを披露した。その際、後部座席のドアがオートで開き、絹江たちはそのまま放り出される。

 だが、地面に叩き付けられる直前で絹江を庇ったのはマツカだった。シロエも受け身を取り、即座に体制を整える。瞳に宿るのは迎撃の意志だ。

 

 

「先輩」

 

「絹江さん」

 

 

 シロエとマツカが絹江を見た。「必ず守るから信じてくれ」と訴えるような眼差し。絹江がそれに答える間もなく、ゲイリーが車から出てきた。手には、凶器を握り締めている。

 絹江を庇うように、シロエとマツカがゲイリーに立ちはだかる。無理だ。どう考えても、同業者と研究者が敵う筈がない。2人は、絹江だけでも逃がそうとしているのだろうか。

 しかし、絹江の脚はすくんでしまって動かない。このままでは皆やられてしまう。あと少しで真実にたどり着けると思ったのに、自分はこんな場所で死んでいくのか――。

 

 凶器が振り下ろされた。絹江は反射的に目を閉じる。

 瞼の裏側で、黄色と緑の眩い光が爆ぜたような気がした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「パパとママが、亡くなった……!?」

 

 

 突然の報道に、ルイスは茫然としていた。ニュース画面には大きく、数時間前にAEUで起こったテロに巻き込まれ、亡くなった人々の名簿が提示されている。その中に、ルイスの両親の名前があった。

 どうして両親が死ななければならなかったのか、ルイスには心当たりがある。世界がおかしいことに気づいたルイスが両親に相談した結果、沙慈の姉――絹江・クロスロードの取材に協力を申し出てくれたのだ。

 『あの場にいた人間として、真実が正しく放映されないのは遺憾だ』――そう言った両親との会話を思い出す。『代議士の先生に頼んでみる』と笑った母の声が耳を離れない。それが、最期の会話になってしまうなんて。

 

 沙慈が心配そうにルイスを見つめる。『スペインに帰れ』と言われているようで、なんだか突き放されたような気になった。

 丁度病室にいた征士郎、ひまり、悠凪、一鷹、アリス、ハルノもテレビを凝視する。ぴりぴりとして空気が周囲に漂った。

 

 

「沙慈・クロスロードさん。お荷物が届いています」

 

 

 それを壊すかのように、ナースが能天気な声を上げて病室に入ってきた。反応に困っている自分たちに構わず、ナースは荷物を置いて去っていく。

 

 ルイスと沙慈は訝しげに首を傾げつつ、乱暴に包みを破いた。こんなときに何が贈られてきたのだろう。日本語で“空気が(K)読めない(Y)”という言葉があるが、先程のナースなんてまさにそれだ。破けた包装紙をゴミ箱にぶち込み、箱を開ける。

 そこには大きめの端末――パッドが入っていた。沙慈がそれを取り出した。左腕のない沙慈の代わりとして、ルイスは左側部分を持つ。次の瞬間、端末の電源を入れていないのに画面が点灯した。青い画面が映ったっきり、うんともすんとも言わない。

 

 

「こんなときに、一体なんだっていうのよ……!」

 

 

 ルイスが歯噛みしたときだった。突然、白抜きの文字で文章が表示される。内容は、『貴方たちは踏み込みすぎた』と出た。呆気にとられている間に、文章が次々と切り替わっていく。

 『貴女の両親も、踏み込みすぎた』、『他にも知りすぎた奴がいる』、『恨むなら、絹江・クロスロードとソレスタルビーイング、およびガンダムを恨め。そうして憎み続けろ』――それを最後に、文字が消えた。

 画面いっぱいに表示されたのはカウントダウン。画面上部にはご丁寧に『爆発まであと10秒』と表示された。あまりの展開に面々は息を飲む。たった10秒では何もできない。せいぜい驚くので精一杯だ。

 

 

「きゃああああーっ!!」

 

「ッ、ルイスっ!!」

 

 

 結婚式場のときと同じように、沙慈がルイスを守るようにして抱きすくめた。放り投げられた端末が床を転がる。

 次の瞬間、カウントダウンが0になった。激しい光と熱が周囲を包み込む! ルイスは反射的に目を閉じた。

 

 瞼に突き刺さるような白い閃光に紛れ、黄色、赤、緑、青の光が瞬いたような気がした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 “ユニオン、人類革命連合、AEUの3大国家が軍事同盟を組み、国連軍が編成される”――。

 

 このニュースのせいで、軍部は大忙しであった。各国の主要基地が壊滅状態で自国の軍備編成でさえバタバタしているのに、更にその上を作らねばならないのだから。

 壊滅状態の戦力を一気に結集しても、メリットは少ないはずだった。鹵獲作戦のときのような“大規模な物量戦”を展開する力なんて、今の3国には無い。

 しかし、この同盟を推し進めるにあたって協力者がいた。国連大使のアレハンドロ・コーナーである。彼は、“とっておきの秘策”を搭載した新型機を提供したのだ。

 

 詳しいテスト内容をビリーから聞いたが、その性能は、タクマラカン砂漠で姿を現した新型ガンダムや、ユニオン基地を襲撃した偽物たちとほぼ同等の能力を誇っているという。国連軍では、その新型MSが主力として配備されることになるそうだ。

 新機体の登場によって、既存のMSは一手に陰へと追いやられることになった。勿論、我らが愛機・フラッグも例外ではない。ユニオンの精鋭を意味する称号にも冠されていた我が国最強のMSは、文字通りのお蔵入りになってしまった。

 

 

「……そんな」

 

 

 クーゴたちの話を聞いたハワードは、愕然とした様子で目を伏せた。彼の顔から生気が消えてしまったように思う。『ガンダムに対抗できる新型機があれば』と弱音を吐いたダリルに喝を入れた誇り高きフラッグファイターには、あまりにも辛い現実だ。

 いや、悔しい思いを味わっているのは彼だけではない。グラハムも、ダリルも、ジョシュアも、アキラも、複雑な表情を浮かべている。この場にいる全員が、機体の乗り換えを命令されていた。ハワードだって、復帰すれば新型機に乗ることを義務付けられるだろう。

 機体の乗り換えだけでなく、オーバーフラッグス部隊の解散も言い渡されている。3国の戦力を集めるのだから、それは当然の判断だ。そちらになら、まだ従えた。部隊が離れても、自分たちの繋がりは途絶えることはない。でも、“フラッグを捨てろ”というに等しい命令には、躊躇してしまう。

 

 フラッグファイターとしての矜持と、新型機でなければガンダムに対抗できないという現実。その狭間で、フラッグファイターたちはもがいている。

 

 

「ッ、後継機! 後継機の開発は!?」

 

「……到底、間に合わんそうだ。次に行われる作戦に参加するにはな」

 

 

 縋るように顔を上げたハワードに、グラハムは沈痛な面持ちで首を振った。

 

 ビリー曰く、『後継機開発には膨大な時間が費やされる』という。それも、最低で数か月から数年単位でだ。この調子でいくと、どんなに頑張っても、後継機が次の作戦に参加することは不可能である。

 その現実が横たわる中で、自分たちMSパイロットは無力なものだった。病室に沈黙が降りてくる。外は快晴。中庭が見渡せる窓からは、子どものはしゃぐ声がひっきりなしに響いた。

 

 

「……なんとかしてやりたい、とは思うんだ」

 

 

 クーゴはぽつりと呟いた。

 

 

「まだ、飛びたいって言ってるんだ。戦いたいって言ってるんだ。自分はまだやれるって、戦うべき相手がいるんだって、ずっと『叫んでる』んだよ。フラッグが」

 

 

 格納庫に置き去りにされたフラッグの機体を見る度に、クーゴはそんな声が《聴こえる》ような気がした。自分の愛機は激しく訴えている。『白いガンダムがクーゴと自分を待っている』のだと。特に主張が激しいのはグラハムの機体だ。

 そちらの方は『愛しい天使を討つのは自分なのだ』と、刹那の翔るガンダムへの愛を叫んで憚らない。機体のパイロットと思考回路がよく似ている。隣にいた自分の機体が呆れているように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 

 痛々しい沈黙を引き裂くように、慌ただしく病室の扉が開かれた。運動音痴気味にも関わらず、全力疾走してきたビリー・カタギリ技術顧問である。

 喘息患者のようにゴホゴホと派手な咳を繰り返すビリーの背中をグラハムが軽く擦った。大丈夫かと心配する親友に、ビリーは大丈夫だと手で示した。

 荒れた呼吸を整え終えたビリーは顔を上げた。心なしか、彼の表情は明るい。「みんな、聞いてくれ!」――そう言った彼は、とても嬉しそうに見えた。

 

 

「叔父さ――カタギリ司令が、新型機の推進力になっていたドライブを融通してくれたんだ! それをフラッグに積み込むような形でなら、ぎりぎりだけど、本格的な決戦には間に合うよ!!」

 

「本当ですか主任!?」

 

 

 ビリーの発言を聞いたハワードとダリルが表情を輝かせる。力強く頷く技術主任の様子に、憂鬱な空気は一瞬で吹き払われた。

 

 しかし、喜ぶのはまだ早かったらしい。

 「ただね」と、ビリーが申し訳なさそうに目を伏せる。

 

 

「そのドライブ、2機しかないんだ。……だから、他の人たちは新型に乗り換えなくちゃいけなくなる」

 

 

 空気が一気に元に戻った。申し訳なさそうにしょんぼりするビリーの様子を思うと、やっぱり文句は言えない。「ありがとう、カタギリ」とグラハムは感謝の言葉を述べる。ここにきて、新たな問題が浮上した。突貫工事のカスタムフラッグに、一体誰が搭乗するのか。用意された機体は2機である。

 乗れるのは2人。その1人目は決まっている。クーゴと同じことを考えていたらしく、ハワード、ダリル、アキラがグラハムを見た。ジョシュアに至っては、「悔しいけれど仕方がない」とでも言いたげな様子である。これは、オーバーフラッグス隊全員一致の意見だ。

 ならば、残りはあと1人。クーゴはちらりと仲間たちを見返した。誰が搭乗することになってもおかしくはない。実力も、フラッグへの想いも、皆強い面々ばかりだ。特にハワードは、病人であることが悔やまれる程に。

 

 候補はダリル、ジョシュア、アキラの3人か。絞るのが難しそうだ――と、クーゴが考え込んでいたときだった。

 周囲から視線を感じる。顔を上げれば、この場にいる全員がクーゴを見ていた。何で彼らがこちらを見ているのか分からなくて首を傾げる。

 

 仲間たちはひどく驚いたような顔をした。意味が分からなくて首を傾げる。次の瞬間、ジョシュアがしかめっ面をした。

 

 

「日本人は察することに長けてるって話を聞いてたけど、アンタは例外みたいだな」

 

「いや、知ってるよ。でも、“どうして俺なのかな”って」

 

 

 クーゴが返答すれば、ジョシュアは愕然としたように口元を戦慄かせた。

 だってそうだろう、とクーゴは笑った。

 

 

「俺なんかよりも、お前らの方が相応しいよ」

 

 

 自信を込めて断言し、クーゴは3人を見返す。乗るとしたら、この3人のうちの誰かだろう。正直、誰を推薦すべきか悩む。決められなくて、クーゴは苦笑した。

 

 

「難しいなぁ。みんな、実力も高いしフラッグのこと大切にしてるから」

 

「――その“みんな”の中に、どうしてアンタは入ってないんだよ」

 

 

 苛立たしさを募らせるように、ジョシュアはクーゴを見下ろす。青い瞳には、憤りと焦燥が滲んでいた。

 周囲を見回せば、仲間たちの眼差しはクーゴに注がれていた。満場一致、と目が語る。何度瞬きしても、結果が覆らない。

 どうしてだ。クーゴは眉をひそめる。訝しがっているのは自分だけらしい。仲間たちは深々とため息をついた。

 

 

「本当に、隊長の言ってた通りですね。副隊長は謙遜しすぎなんですよ」

 

「むしろ、自分を過小評価しすぎてると言った方が正しいですな」

 

「……何かある度にフラッグに話しかけてるんだ。損傷すれば『痛そうだから早く治してやれ』とか言うし、挨拶だってしてるし。それで『フラッグを大切にしてない』なんて、誰が言うんだよ」

 

「『誰かの想いを背負って飛べる人』って考えて、浮かんだのが副隊長でした。俺も、副隊長なら背負ってくれるって信じてるっす」

 

 

 ダリルが、ハワードが、ジョシュアが、アキラが、そう言って静かに微笑んだ。

 

 

「キミはいつも、『フラッグの様子がわかる』って言ってたよね。そういうキミだからこそ、僕も推すんだよ」

 

 

 ビリーもうんうん頷く。ビリーを介抱していたグラハムも、厳かな面持ちで頷いた。

 

 

「これが、我々フラッグファイターたちの意志だ。キミもフラッグファイターなら、矜持を見せろ」

 

 

 そんなことを言われて、断れるような人間ではない。クーゴ・ハガネは“期待されればそれに答えたくなる”性分である。

 フラッグファイターとしての誇りを託されたのだ。他の誰でもない、敬愛すべき大切な仲間たちに。ここで逃げたら、その信頼を裏切ることになる。

 正直、まだ躊躇いは抜けない。更にいうなら自信もない。ないない尽くしだけれども、こんな自分を信じてくれた仲間たちに応えたかった。

 

 決意を込めて前を向く。仲間たちの瞳をまっすぐ見返し、クーゴは小さく頷いた。それだけで充分、相手には伝わったようだ。みな、穏やかに目を細める。

 他の面々だって、フラッグに乗って戦いたかったはずだろう。その気持ちを考えると、胸がちくりと痛んだ。何を思ったのか、ビリーが不敵に微笑む。

 

 

「実は、フラッグの後継機も考案中なんだ。勿論、今度配属される新型に使用されたドライブを推進力に使う想定でね。今回の新型ドライブをフラッグに積むっていう行程は、そのための試金石も兼ねてるんだよ」

 

 

 だから頑張って、と、技術主任は親指を立てた。プレッシャーだな、なんて軽口を叩きながら、フラッグファイターたちは談笑に耽る。

 

 

「ところで、新型はいつ頃お披露目になる予定なんだろうな?」

 

「そこは、ソレスタルビーイングか偽物次第だろうね。今度の実戦がいつ、どこでになるかは向うの都合にかかってるわけだし」

 

 

 グラハムの問いに、ビリーは苦笑する。ソレスタルビーイングが出現し、どこに向かうかによって、新型のお披露目会場は変わるだろう。各国にも新型が配置されていく予定なのだ。ガンダムと同性能を持つ新型とは、どのような機体なのだろう。

 動力が同じということは、飛んでいるときはあの毒々しい赤い粒子をまき散らすのだろうか。……まあ、フラッグにも同じエンジンが積まれるのだから、フラッグも赤い粒子をまき散らすことになる。どうしてだか、あの色はあまり好きになれそうにない。

 粒子の色の違いについても、ビリーは分析を進めているようだ。色の違いについても法則性があるのだろうか。技術屋ではないクーゴにはまったくわからないが、粒子の色の違いだけでも相当なことだというのは理解できた。

 

 雑談に耽りながら、クーゴは仲間たちの顔を見回す。

 

 ハワード、ダリル、アキラ、ジョシュア。彼らはフラッグに乗ることはできなくなるけれど、フラッグというMSを見捨てたわけではない。ただ、今は相棒と別れることしかできないからそうするだけだ。彼らは、フラッグを諦めてはいない。

 開発担当のビリーだってそうだ。恩師であるエイフマンと共に築き上げたMSの系譜を絶やすような男ではない。彼ならば、ガンダムと対抗できる新しい機体/フラッグの後継機を生み出してくれるだろう。

 

 

<――男の子は、浪漫が大好きだものね>

 

 

 誰かの気配を感じた。覚えのある(覚えのない)――或いは、覚えのない(覚えのある)、気配。

 優しく目を細める気配を感じたのは、気のせいだろうか。

 

 不意に、クーゴの脳裏に虚憶(きょおく)がフラッシュバックした。青を基調にした隊長機に、ペールグリーン基調の一般機、特殊なドライブをつけた真空色の専用機が空を翔る様子が《視える》。次の瞬間、どこかの格納庫の光景が《視えた》。

 

 

『これが、フラッグの後継機……』

 

『我らがプロフェッサーとカタギリ曰く、『フラッグの究極系』とも言える機体だ』

 

『とか言いながらも、この系譜を継いだ新型の計画は続行中だ。俺たち次第で、フラッグの系譜がどう進化していくかがかかってる』

 

 

 感極まったように感想を零した誰かがいた。その言葉を受けて、機体への感想や今後の展望に思いを馳せる誰かがいた。

 彼らが見上げた先に佇むのは、御旗(フラッグ)の系譜を受け継ぐ新たなる機体――“勇者”。

 真夏の空を思わせるような青の隊長機、鮮やかな新緑を思わせるペールグリーンの一般機、そして――星海からの来訪者の系譜を受け継ぐ真空色の特殊機。

 

 この機体に搭乗できるのは、数多の戦いを乗り越えてきた熟練のMSパイロットのみ。特に、AEUイナクトやユニオンフラッグの搭乗経験を持つ中でも精鋭と呼ばれる者たちだ。

 試験機と銘打たれているし、軍部で普及率が高い機体と比較すると“パイロットの熟練度の影響を受けやすい”傾向があるが、フラッグの到達系と言えるような機体であった。

 

 今後の展望がどうなるかは不明だけれど、それを未来へ繋げていくのが“太陽の勇者”部隊の役目である。ユニオンフラッグと共に戦場を駆けた者として、無様な真似は晒せない――!

 

 

(楽しみだな、新型機。……その前に、ドライブ搭載フラッグの方が先か)

 

 

 いつかの未来と来るべき瞬間(とき)に思いを馳せながら、クーゴはふっと微笑む。

 

 遠くに雲が陰って見える。暗雲が近づいているのかと思った途端、また虚憶(きょおく)がフラッシュバックした。フラッグの面影を宿した黒い機体が、同じフラッグの面影を宿した藍色の機体とぶつかり合っている。機体のフォルムは違うけれど、2つの機体は確かにフラッグの系譜を継いでいた。

 黒い機体は日本の侍/武士を思わせるようなデザインだ。頭部のパーツにつけられた角は、兜につけられた飾りのようにも見える。藍色の機体はフラッグとデザインは酷似しているものの、こちらは和洋折衷系のように見えた。対峙しているのは誰と誰なのか――姿は朧げにしか見えなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「エルガン」

 

 

 名前を呼ばれた。振り返れば、車椅子に乗った黒髪の女性がエルガンを見上げている。

 

 青い瞳は厳しい色を湛えていた。お前のやり方には納得できない、と、しきりに訴えている。最初から、彼女に叩きのめされそうだとは思っていたし、覚悟もしていた。殴られようと、否定されようと、それでもエルガンは己のやり方を曲げることはしなかった。

 この程度で“彼等”が滅んでしまうなら、到底“対話の(とき)”を迎えることはできないためだ。エルガンが用意した“試練”を“彼等”が突破できないのならば、この星と人類に未来はない。親友と自分たちの計画はここで終わりだ。

 たとえいかなる犠牲を払おうとも、エルガンは未来を選ぶ。確実に、この青き星と人類が未来を掴むための采配を振るい続ける。己の持つ虚憶(きょおく)で、親友との約束と己の決意に殉じた男――『エルガン・ローディック』のように。

 

 『エルガン』の采配で、ZEXISは大切な仲間を失った。『エルガン』が彼らに与えた試練が――間接的に――“大気圏を狙い撃つ男”の命を奪ったのだ。

 彼らからの冷たい眼差しを/天上人の戦術予報士から喰らった張り手の一撃を、エルガンは片時も忘れたことはない。

 

 ――たとえ、今回の行動が、その焼き直しになろうとも。

 

 エルガンは、この選択をし続ける。

 

 

「エルガン」

 

 

 女性は、眉間に眉を寄せながら、深々とため息をつく。

 彼女には伝わっているのだろう。エルガンの覚悟も、諦めも、希望も、すべて。

 

 

「……そんな顔するなら、最初からそんなことしなきゃいいのに」

 

「それが最善手だからだ。彼らには成長してもらわなければ困る」

 

「最善手が、常に最良の結果を出すとは限らないでしょう」

 

 

 エルガンの言葉に対し、女性は屁理屈で応戦する。しかも、真理という名の爆薬を投げつけてくるからタチが悪い。

 

 『エルガン』が用意した試練もまた、同じ結果になった。ZEXISは確かに強くなったけれど、失ったものも大きかったのだ。

 彼らの成長という意味では、『エルガン』の采配は大成功だと言えただろう。それと同時に、ZEXISにとっては最悪の結果を招いた。

 

 

「――まったく、アンタって奴は。……本当に、昔から世話が焼けるわね」

 

 

 ややあって、彼女は苦笑した。

 しょうがないな、と、青い瞳が語っている。

 

 

「『アンタが拾えない分は、私が全部拾ってやるから。だからアンタは、代わりに私が拾えないものを拾い上げて頂戴』。……そういう約束でしょうが」

 

 

 女性はそう言って、肩をすくめた。

 

 

「忘れないでよ。アンタには私がいるし、私にはアンタが必要不可欠なんだから」

 

 

 こんな優秀な参謀役、そうそう見つかるわけがない――彼女は朗らかに笑った。信頼に満ちた青い瞳に、エルガンは思わず表情を緩ませる。かすかに痛む心には蓋をして、「わかっている」と頷いた。

 女性は訝しげに眉をひそめた。前科持ちのエルガンを信頼していないようだ。しかし、それもすぐに悪戯っぽい笑みに変わる。幼い頃から見てきたけれど、笑い方は全く変わっていない。懐かしさに、そっと目を細めた。

 穏やかな気分になったのは久しぶりである。普段はアレハンドロとやり合ったり、権謀術数を張り巡らせたりしていて、常にぴりぴりした空気の中にいた。その道を選んだのは誰でもない、他ならぬ自分だったけれど。

 

 

「期待しているよ。だから、お前も期待していてくれ」

 

 

 エルガンは微笑んだ。その言葉に、嘘偽りはない。

 

 女性は、確実に、エルガンが望む以上のことをしてくれる。過去でも、現在でも、虚憶(きょおく)の中でもそうだった。

 彼女の言動に振り回されたし、逆に自分が彼女を振り回したことだってある。お互いがお互いの期待に応えながら、ここまでやってきた。

 

 我は牙。/赤き星――ナスカの、10人の子どもたちの1人。

 我は牙。/“同胞”の願いへ続く道を切り開いてきた者の1人。

 我は牙。/我が相棒と、親友のために未来を切り開く者。

 

 

「……うん、いい眼だ」

 

 

 女性は満足げに目を細めた。砥ぎ済まされた牙は、未だ衰えを知らない。そうやって、来るべき(とき)を待ち続ける。

 エルガンはちらりと時計に目を向ける。そろそろ議会が始まる時間だ。正直少しだけ名残惜しいが、行かなくては。今の己の戦場はそこなのだから。

 

 

「いってらっしゃい、エルガン」

 

「ああ。お前もな、“ベル”」

 

 

 エルガンは女性に背を向けて、部屋を後にする。

 

 議会はアレハンドロ派が幅を利かせ始めた。国連軍発足についてノータッチのエルガンは、傍目から見れば、アレハンドロ一派によって排除されているように見えるだろう。

 アレハンドロは気づいていない。自分の野心が、ソレスタルビーイングの踏み台にされるための舞台装置でしかないという事実を。その野心すら、他者に利用されているという事実を。

 第1計画は最終段階に入った。エルガンは、アレハンドロが練っている作戦プランの書類を眺める。表紙には大きく、『“夜明けの鐘”作戦(オペレーション・デイブレイク)』と書かれていた。

 

 本来なら、この作戦名を提案するのはアレハンドロ・コーナーではない。ブリタニア帝国の長男、シュナイゼル・エル・ブリタニアである。作戦名の提案で、彼とシュナイゼルは火花を散らしたことがある。

 アレハンドロが提案したのは『“天使の落日”作戦(オペレーション・フォーリンエンジェルス)』だ。だが、彼の案は一次選考で姿を消した。最終選考に残ったのは、シュナイゼルとトレーズの案である。その一騎打ちに勝利したのがシュナイゼルの案だった。

 

 歯ぎしりするアレハンドロを「ああ、やっぱりこいつは小物だなぁ」と眺めていた『エルガン』の気持ちに触れたような気がして、エルガンは少し遠い目をした。しかし、すぐに真っ直ぐ向き直る。扉を開けた先の議会――そこが、エルガンの戦場である。

 

 

(さあ、行こうか。無様な真似は晒せない)

 

 

 扉を開き、アレハンドロと対峙する。

 戦いの開始を告げるかのように、議長の開会宣言が響き渡った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 先程の共闘のおかげで、ファーストチームとの和解は成立した……らしい。トリニティの面々は、現在、プトレマイオスに招かれていた。

 

 

『1つ、訂正する。……お前たちも、ガンダムだ』

 

 

 静かな眼差しで、エクシアのパイロットはそう言った。クルー曰く、『それが彼女の最大限の賛辞』らしい。回りくどい褒め言葉であったが、喧嘩別れする羽目にならなくて本当に良かった。ネーナは心から安堵した。

 それが、今から数時間前のことである。現在、ネーナはイライラしていて仕方なかった。現在進行形で、別件の大ピンチに陥っていた。そこから発生した苛立たしさを、諸悪の根源にぶつけている真っ最中であった。

 

 

「あんたが、あんたがちゃんとあの女を落とさないからこうなってるんじゃない! あの女とヨハ兄、もしくは教官がくっついたりしたらどうしてくれんのよ!?」

 

「そ、それは……その……」

 

 

 ネーナはヒステリックに叫びながら、リヒテンダールをどついていた。どつかれているリヒテンダールは、終始困った表情を浮かべながら、煮え切らない返事を繰り返している。

 

 

「男なら甲斐性見せなさい! さっさと押し倒して、既成事実の1つや2つくらい作っちゃえばいいのよ!!」

 

「いきなりハードル上がった! ただでさえ、イケメン2人とのツーショット写真を取られて『あ、勝ち目無いや』って凹んでるのに!!」

 

 

 そう言って、リヒテンダールは恨めし気にクリスティナの背中を見た。現在、彼女はヨハンやノブレスと会話している。前者は本人が目の前にいて、後者は通信機越しからである。

 ヨハンもノブレスも、ネーナにとっては大切な人たちだ。前者は大切な兄だし、後者は想い人である。この女――クリスティナ・シエラはネーナに負けず劣らずの面食いであり、ミーハーであった。

 クリスティナは、ヨハンとノブレスに恋愛対象としての興味を示している。彼女は「ネーナのお兄さんと教官ってイケメンだよね」と話しかけてきた。地雷をぶち抜いた自覚もなさそうである。

 

 昔の自分だったら、そう言ったクリスティナをスローネドライで強襲していただろう。だが、ネーナは寸でのところで踏み留まった。これもまた、教官の教えのおかげである。

 表情を引きつらせるネーナを尻目に、彼女は言った。ヨハンは外見が、ノブレスは内面がイケメンであると。そこには諸手を上げて同意するが、兄と教官を彼女に渡したくはない。

 

 新たなライバル出現にギリギリしていたら、隅の方で同じようにギリギリしている男を見つけた。それが、現在ネーナが八つ当たりをしている男――リヒテンダール・ツエーリであった。

 

 どうやらこの男、クリスティナに片思いをしているらしい。

 

 こいつがクリスティナとくっつけば、ヨハンやノブレスを奪われる心配がなくなる。向うも似たようなこと――ネーナがノブレスとくっつきつつ、ヨハンを引き離してくれればクリスティナを奪われる心配がなくなる――を考えたようで、自分たちは利害関係から共闘することになったのだ。

 勿論、ヨハンとミハエルも諸手を上げて協力してくれた。むしろ、リヒテンダールに「クリスティナを攻略してくれ」と土下座していた。勿論、リヒテンダールは(最終的に)二つ返事で頷いてくれたが、勝利までの道は長く険しい。自分と似たようなタイプの人間を恋愛対象にすると、攻略する側は難儀するということを初めて知った。

 

 

「こういうときこそヴェーダの出番じゃないの!? ――あ、そうか。あれはポンコツだから逆に無理か」

 

「ついでに、第3者からハッキングされてるッスからね。もしかしたら、そっち方面の改竄も……」

 

「むしろしてほしい。特に、あたしと教官、あんたとあの女がくっつく可能性を重点的に」

 

「そんな無茶苦茶な……。ティエリアが聞いたら怒り狂いそうな内容ッスよ」

 

 

 2人は深々とため息をつき、頭を抱えて蹲る。

 

 もしかしたら自分は、厄介で難儀な相手を好きになってしまったのかもしれない。

 そんな予感が、頭から離れてくれそうになかった。

 

 

 

 蛇足だが。

 

 

 

「あの2人、仲がいいのねー」

(……あれ、なんでモヤモヤするのかしら)

 

『そうだな』

(ネーナが楽しそうで何よりです。彼女は、元気がいい方が似合う)

 

 

 向うで会話していたノブレスとクリスティナがこんなことを言いながら、そんなことを考えていることを、ネーナとリヒテンダールはまだ知らない。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。