問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


41.さよならまでの足音

 

『あの人たちは、本当の喜びや悲しみを知っているのでしょうか?』

 

 

 数時間前に、リオが言っていた言葉が頭によぎった。

 

 長い洞窟を進めば、その先に、自分を生み出した張本人――テラズ・ナンバー5がいる。グランドマザー直属の端末であり、惑星アルテメシアを統括する機械だ。

 ジョミーの成人検査で、ジョミーから14年間の記憶を奪おうとし張本人でもある。まことに、因縁深い相手だと言えよう。

 今も尚、奴は人々の想いを奪い、弄び、消去し、壊し続けている。その連鎖を断ち切るのだ。でなければ、また、何度も同じことを繰り返し続ける。

 

 自分と同じ思いをする子どもたちが、何人も現れることになるのだ。そんなことはここで終わりにする。

 そうして、奴が隠し持っているであろう青い星(テラ)へ至る座標も手に入れる。ソルジャー・ブルーの遺志を、叶えるために。

 

 

(見えた)

 

 

 洞窟の奥から光が差した。そこにあったのは、水が流れる岩場を模した、巨大なコンピュータ端末である。あれが、テラズ・ナンバー5の本体。青い星(テラ)への座標を有する端末であり、ジョミーの因縁の相手だ。

 アルテメシアの中で育った人々。家族と共に生活し、成人となった14歳でその記憶の一切を消去される。楽しかった記憶も、哀しかった出来事も、みんな忘れさせられてしまうのだ。そこで積み重ねてきた想いも、幸せも、悲しみも――そのすべてを、奪われる。

 「自分の両親だと思っていた人間が、実は血縁関係のない養父母たちである」と知っても、ジョミーにとっては大切な記憶だった。そこで重ねられてきた想いは、機械や制度によって作られたものではなかった。あれは本物だったと、胸を張って言える。

 

 

(その日々を……記憶を奪うもの――!)

 

 

 ジョミーは手をかざした。青い光が収束する。自分たちを生み出した元凶を、人間たちを歪ませた張本人の末端を、破壊するために。

 撃ち放ったサイオン波は、緑の光――シールドによって阻まれた。ジョミーは驚き、周囲を見渡す。

 

 

「無駄です、ジョミー・マーキス・シン。この聖域は、何人たりとも近づくことはできません」

 

 

 姿を現したのは、テラズ・ナンバー5。姿も物言いも、ジョミーが14歳で遭遇したときから変わっていない。

 たらこを模したようなフォルムに、能面のような顔がついている。無機質で不気味な赤い瞳が、こちらを静かに見据えていた。

 

 

「『ミュウ』は秩序を乱す。お前たちは存在してはならない」

 

 

 その判断が、どれだけ多くの同胞を苦しめてきたのか。

 その制度が、どれだけ多くの同胞を死に追いやってきたのか。

 ここまで至るまで、何がジョミーを突き動かしてきたのか。

 

 機械ごときに、わかるまい。

 

 ジョミーは眦を釣り上げた。テレキネシスで跳躍し、サイオン波を纏って、テラズ・ナンバー5に突撃する!

 浮かんでいた幻影を通り抜け、その一撃は、ジョミーのサイオン波を阻んだバリアとぶつかった。火花が爆ぜ、高熱がジョミーを焼き切ろうと襲い掛かった!

 

 

「うわああああああああああああ!」

 

 

 ジョミーは苦悶の声を上げた。それを見たテラズ・ナンバーは嘲笑する。

 

 

「そのまま、電磁シールドの熱に焼かれて死ぬがいい!」

 

 

 爆ぜる紫電に圧されても、ジョミーは引かない。大きく目を見開き、力を込める。脳裏に、犠牲になった人々の顔が浮かんだ。

 

 ナスカの警備中に事故にあったユウイ。トオニィを失い発狂した挙句、能力の暴走で命を落としたカリナ。ナスカに残ることを選び、滅びの運命を共にしたキムやハロルドたち。そして、メギドと相打ちになり命を落としたソルジャー・ブルー。

 彼らの想いを、ジョミーは背負っている。人類に、ミュウの存在を赦さない世界を作るよう教育するグランドマザーたちを野放しにしておけない。青き星(テラ)へ帰るために、どれ程の犠牲を出そうとも、立ち止まるわけにはいかないのだ。

 青い光が、バリアを打ち破った。サイオン波が、テラズ・ナンバー5の本体を撃ち抜く! 馬鹿な、と、最期の悲鳴を残してテラズ・ナンバー5の映像が掻き消え、本体のコンピュータが派手な爆発を引き起こした。光が晴れ、がれきが散乱する。

 

 岩場が丸々なくなったためだろう。ジョミーの足元は、透き通った水で満たされていた。歩みを進めれば、ばしゃんと水の音が響く。

 ジョミーは懐からバングルを取り出した。親友のサムが、成人検査を受ける前のジョミーに手渡してくれた“親友の証”である。

 

 

「……サム」

 

 

 ジョミーは親友の名を呼び、バングルを手放した。それは小さな水しぶきを上げて、水の中に沈む。

 踵を返したジョミーは、振り返ることなく、外へ向かって歩き始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 青い星(テラ)の座標が出たのは、ジョミーがテラズ・ナンバー5を撃破してから程なくのことだった。

 リオの報告が来たのは、空が茜色に染まった頃。自分が生まれ育った惑星、アルテメシアの夕焼けを見たのは何年ぶりだったのかを考えていたときだった。

 その報告を聞いたトオニィが表情を輝かせる。無邪気な横顔は、青年に近い外見であるにもかかわらず、不相応の幼さを際立たせていた。

 

 リオは静かに目を伏せる。緑の瞳には、懐かしさと感慨深さに満ち溢れていた。

 そういえば、ジョミーが初めて接触したミュウは、他ならぬリオだった。

 

 

<あの日……貴方を救い出してから、長い月日が経ちました>

 

 

 彼の言葉に、ジョミーは静かに頷いた。

 

 リオの言葉通り、ジョミーが彼らに救われ、ミュウとして生きる決意をしたときから、長い月日が流れた。14歳だったジョミーは青年となり、ソルジャー・ブルーの遺志を継いで『青い星(テラ)へ帰る』悲願を叶えようとしている。

 ナスカの大地で失われた命を思う。ナスカの大地で、最期まで生きることを選んだ人々の想いを悼む。ここまで来るまで、何人もの同胞たちが命を落とした。彼らの生きた姿を、自分は片時たりとも忘れてはいない。

 

 

<キム、カリナ、ユウイ、ハロルド……>

 

「マーク、ラナロウ、エターナ、クレア……――そして、ブルー」

 

 

 ジョミーはリオの言葉を引き継いだ。

 

 

「大切な人たちが、いなくなってしまった」

 

 

 彼らの遺志を抱いて、ジョミーは今、ここにいる。眩いばかりの夕焼けが、ジョミーを拒絶するように輝いていた。

 たとえ人類が自分たちの道を阻もうと、これからどれだけの犠牲が出ようと、決して自分たちが歩みを止めることはない。

 すべては受け継いだ意志のために。すべては、『同胞』たちの未来のために。青い星(テラ)への道を切り開く。

 

 

<ソルジャー。我々は、……我々は、青い星(テラ)へ……!>

 

 

 リオがジョミーの心を後押しするように/ナスカで散ったソルジャー・ブルーの想いを届けようとするかのように訴える。ジョミーは階段から立ち上がった。

 

 

「行こう」

 

 

 新緑の瞳が見据えるのは、ブルーが帰りたいと願った青い惑星(わくせい)。すべての命が生まれ落ちた楽園――青い星(テラ)

 

 

「道は、開かれた」

 

 

 ジョミーの言葉を聞いたリオとトオニィが頷く。ジョミーはもう一度、沈みゆく夕焼けを見上げた。故郷アルテメシアの夕焼けを目に焼き付ける。

 おそらく自分は、二度と、この故郷の夕焼けを目にすることはないのだろう。漠然とした予感に突き動かされるようにして、ジョミーは故郷の夕焼けを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 丁度、キリのいいところまで読み終えた。

 

 

(……テラズ・ナンバー……。やっぱり、既視感あるんだよなぁ)

 

 

 ミュウ篇で登場するテラズ・ナンバー5は、モラリア戦役で見かけたナニカと非常によく似たデザインをしている。何度挿絵を確認しても、クーゴにはそうとしか思えなかった。

 更に言えば、モラリア戦役とは別の場所で――更に付け加えれば、大分昔に――、クーゴはテラズ・ナンバー5とよく似たモノを見たことがあるような気がしてならない。

 

 

 

成■■査(しゅくふく)を始めます』

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――■■■として、“青き星(■■)”の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 ――フラッシュバックしたのは、見知らぬ光景。

 

 

「――“てんしさま”」

 

 

 ――口をついて出たのは、覚えのない単語(ことば)

 

 

『■■■は存在してはならない生き物。――直ちに処分を行います』

 

 

 ナニカがイデアに対して告げた言葉を思い出す。

 けれど、前半の一部が上手く聞き取れなかった。

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 映像が消えていく様は、いつか感じた恐怖と似ている。無数の手が視界を目隠ししていくような――目隠しをされてしまったら、()()がなくなってしまうような。

 背中に駆け抜けた悪寒に体を震わせる。「アレはダメだ」という漠然とした危機感を覚える。あの映像がすべて消えてしまったら――

 

 

<――お願い>

 

 

 ――りぃん、と、澄み渡った音がした。

 聞き覚えのある(聞き覚えの無い)――聞き覚えの無い(聞き覚えのある)、誰かの声。

 

 

<――()()()()()()()

 

 

 ずきりと頭が痛んだ。

 もう何も、思い出せない。

 

 ――そのことが、苦しくて悲しくて仕方なかった。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

 だってこれは、シロエが感じたであろう痛みとよく似ている。成人検査によって記憶を消され、最愛の両親や故郷のアルテメシアから無理やり引き離されてしまったことに対する悲嘆。

 それはいつしか憤怒へ変わり、“機械からの寵愛を受けし者”であるキース・アニアンへと向けられた。その怒りは、上巻では“機械の申し子に心を与えた”という形で表れている。

 けれども――クーゴには、シロエの影響が()()()()()()だとは思えなかった。何となくだけれど、まだもう一波乱発生しそうな気配が漂っている。……あくまでも、それは予感でしかないが。

 

 

(……テラズ・ナンバー5の既視感について考えようとすると、毎回こうなるんだよな……)

 

 

 クーゴはひっそりため息をつく。それと同じくらいの疲労感を覚えたので、今日の読み進めは断念せざるを得なかった。直近のページにブックマークを挟み、ミュウ篇の下巻を閉じる。

 

 

「最終決戦、か」

 

 

 物語も、現実も、決着の(とき)が近い。

 

 そんな予感を抱いて、今日もまた1日が始まった。そうして、終幕――ソレスタルビーイングとの最終決戦、『“夜明けの鐘”作戦(オペレーション・デイブレイク)』――へのカウントダウンが近づいていく。

 現在、フラッグは突貫工事の真っ最中。『この調子でいくと、決戦の最終段階ギリギリになりそうだ』というのが、ビリー・カタギリ技術顧問の見解である。

 ダリル、アキラ、ジョシュアの3人は、一足先に宇宙で行われる作戦に参加していた。作戦の途中経過は上々で、『緑と白基調のガンダムを戦闘不能に追い込んだ』らしい。

 

 『結局、最終的にはソレスタルビーイングを撤退させてしまった』――とは、通信連絡をしてくれたフラッグファイターたちの報告である。今までは7:3の判定負けをしていた各国軍にしてみれば、大した成果だろう。上層部の連中が浮かれる様子が目に浮かぶ。

 今まではソレスタルビーイングのアジトすら見つけられなかったのに、今回は“普通に発見、および奇襲をやってのけた”そうだ。その情報源について、クーゴたちが知り得るところではない。気になってはいるものの、自分の権限では閲覧許可が出なかった。

 

 

「うまく言えないけど、作為的なものがあるよな」

 

「明らかに人為的なものだな」

 

「新型機――ジンクスを、さも『自分たちが開発しました』とばかりに宣伝している部分が、特にね」

 

 

 クーゴの言葉に乗っかるような形で、グラハムとビリーがうんうん頷いた。丁度目の前にあるテレビは、ユニオン軍のお偉いさんが新型機発表と対ソレスタルビーイング殲滅作戦について記者会見を行っている。

 新型機ジンクスの試金石である第一段階は終了。ここから本格的に、ソレスタルビーイング殲滅戦へと移行していくことは明らかだ。そのために、ジンクス製造のピッチも早くなっているらしい。数が揃うまで待つことになりそうだった。

 

 

「技術の提供元についても、情報が公開されないんだ。一体誰があのドライブを提供してくれたんだろう……」

 

「候補としては、悪の組織である可能性が高そうだが……」

 

「ノーヴル博士が否定してたよ。『我が会社(そしき)では、他者の殲滅に使う技術など取り扱っておりません!』ってさ」

 

 

 考え込んだビリーに、グラハムは思い当たる企業の名前を出す。“特殊で画期的な技術提供”をメインとする会社は、そこくらいしか思いつかないためである。しかし、グラハムの予想は外れだった。

 おまけにビリーの物まねを聞く限り、“新型機の技術提供先は悪の組織”説はノーヴル・クルーガーの逆鱗に触れたらしい。聞いているだけで底冷えしてしまいそうな口調だったためだ。

 一歩間違えれば技術提供を打ち切られてしまいそうな気配が宿っている。『大丈夫だったのか』と問えば、ビリーは「即死と致命傷は辛うじて免れたよ」と遠い目をした。成程、重体に近い状態らしい。

 

 疑似太陽炉搭載機はソレスタルビーイング殲滅の切り札となるだろう。その意図や意味を、ノーヴルは知っていたに違いない。悪の組織からしてみれば、企業理念とは相いれないものだ。怒る気持ちもわからなくはなかった。

 

 クーゴは格納庫に視線を向けた。眼下では、ノーヴルが現場の人間と何かを話し合っている様子が伺える。技術提供打ち切りを免れるための人身御供になったのは、クーゴが搭乗する予定のカスタムフラッグであった。

 どうやら悪の組織も実験したいことがあるらしく、“提供された新型ドライブ――疑似太陽炉に魔改造を施す”のだという。完成したばかりの新型ドライブを更に改造するとは、どう考えてもリスクと問題の比重が高い。タチの悪い賭けごとではないか。

 

 

(……俺、大丈夫だといいなぁ)

 

 

 人間卒業に近い己のことを思い返し、クーゴは遠い目をした。前回の偽ガンダム襲撃事件で、データ上『何度も即死を繰り返した』はずなのに、五体満足で帰還したためである。満身創痍だったグラハムでさえ“人類の枠組的な意味で”危ないレベルらしいが、幾分か、自分の方が問題の度合いが高い。

 

 

「そういえば、ノーヴル博士が言ってたな。『クーゴのフラッグに新しい武装を追加する』って」

 

 

 ビリーは思い出したと言わんばかりにぽんと掌に拳を打ち付けると、クーゴにタブレットを見せてきた。

 表示されている図面をまじまじと観察し――クーゴは思わず、眉間に皴を寄せる。

 

 

「……棒?」

 

「うん。“棒状の武装”ってこと以外、僕らには開示されてないんだよね」

 

 

 クーゴの問いかけを肯定したビリーは、何とも言い難そうに苦笑する。……あの様子だと、武装の追加やテストと今後の技術協力が引き換えにされている状態なのだろう。いつも通りというヤツか。疑似太陽炉の提供元として疑いをかけた分も相まって、ユニオンの技術部は大変なことになっているらしい。

 助けを求めるような眼差しを向けられてしまうと、やはり断りづらいのだ。クーゴは肩を竦めて苦笑する。――その仕草だけで、ビリーにはクーゴの意図や意思は伝わったのだろう。ぱああと表情を明るくした後、安堵の表情を浮かべて頷き返していた。

 そんなことを考えていたとき、端末が鳴り響いた。メッセージの送り主はエトワール――もとい、イデア・クピディターズである。諸事情――主に世界情勢が原因だ――によりお互い多忙だったため、連絡が来るのは久しぶりだ。

 

 

『近々休暇を貰う予定です。久々に会えませんか?』

 

 

 このメッセージに込められた背景が《視えて》、クーゴは思わず目を伏せた。エトワール/イデアは、“世界がソレスタルビーイングに最終決戦を挑もうとしている”ことを察している。それと同時に、“ソレスタルビーイングがどれ程不利な状況なのか”も自覚している。

 イデアたちからしてみれば、たった5機のガンダムでジンクスの大部隊を倒さねばならないのだ。多勢に不利どころか、否応にも、死を念頭に入れておかねばやっていけない状態であることは明らかであった。

 

 クーゴがメッセージを読み終えたとき、丁度いいタイミングでグラハムの端末が鳴った。彼は端末を開き、文面に目を通す。翠緑の瞳が大きく見開かれた。驚き困惑しながらも、グラハムは口元を緩ませる。

 刹那からのメッセージが来ると、グラハムはいつも、そんな風に表情を変える。どうやら、ソレスタルビーイングは色々と心の準備をしているらしい。自分はどうだろう、と、クーゴは真面目に考えてみた。――難しいどころの話では、ない。

 

 

「最後の休日、か」

 

 

 ぼそりとグラハムは呟くようにして格納庫を睨んだ。そこには、急ピッチで突貫工事が行われるフラッグの姿がある。我慢弱い男には、色々と思うところがあるらしい。

 おそらくこれが、イデアとの最後の会話になるだろう。クーゴにはそんな予感がしていたし、グラハムだって、刹那と交わす最後の会話になることを察しているはずだ。

 

 ソレスタルビーイング側に属するイデアおよび刹那のことも考えると、多分、今このときが数少ないチャンスではなかろうか。そこまで考えたとき、クーゴの手は自然と端末を操作していた。

 詳しい日付を教えてほしいと送れば、程なくして、イデアから休暇の日取りが提示される。その中で、丁度、クーゴの休暇と重なる日付があった。了承の返事を送り、待ち合わせ時間等を話し合う。

 段取りがついたのを確認して端末を閉じれば、煤けた笑みを浮かべるビリーが目の前にいた。羨望の眼差しがざくざくと突き刺さってくる。どうやら、彼が熱を上げるリーサ・クジョウとは進展がないようだった。

 

 そんな親友の隣で、グラハムも端末を閉じる。彼もまた、刹那と約束を取り付けたのであろう。待ち遠しそうに微笑む彼の横顔に、ほんのわずかだが陰りが見えた。グラハムもまた、《理解(わかっ)た》のだろう。

 

 

「その様子だと、キミたちも最終決戦かい?」

 

「まあ、そんな感じかな?」

「そうだな。確かに、最終決戦だろう」

 

「……そちらの戦果も、ぜひ聞かせてほしいな。後学のために」

 

 

 ビリーの問いに、クーゴとグラハムが濁すような返答をした。それを聞いたビリーは更に燃え尽きたような表情を浮かべる。今にも泣いてしまいそうだった。彼の性格を考慮すると、確実に、グラハムのやり方は適さない。

 純情奥手を地で行く男、ビリー・カタギリには、常に全力全開で突っ込んでいくグラハム・エーカーの恋愛論は無茶が過ぎるレベルだ。尤も、恋愛に無縁の道を行くクーゴ・ハガネは論外である。何かを言えるような資格はなかった。

 世界は止まらない。加速を速めていく。その中核にあるのは、積りに積もった憎しみだけだ。強制的に統一されていく矛先もまた、ソレスタルビーイング――特に、刹那・F・セイエイが『許さない』と願ったことではないのだろうか。クーゴには、なんとなくそう思えてならなかった。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 そこは、絶望の淵に立つ英雄が作り上げた、哀しい世界だった。

 そこは、3世紀以上も前に、実際に起こった戦争の光景だった。

 

 思い出せ、と声がする。忘れるな、と声がする。――愚かにも過ちを積み重ねている人々に対して、過去の地獄を突き付ける。

 

 

「皇軍だ、皇軍であるぞ! あっはははー!」

 

 

 そう叫びながら、敵兵に突っ込んで行った兵士がいた。次の瞬間、その兵士は弾丸で蜂の巣にされ、地面に転がった。

 あるいは、そう叫びながら敵機に突っ込んで行った戦闘機があった。次の瞬間、眩い光が炸裂し、戦闘機が木端微塵に爆散した。

 

 

「とぉーとう、とぉーとう、かみふとぅきがなしー、みまんでぃ呉みそぉりー」

 

 

 防空壕の中から声が聞こえる。次の瞬間、爆発音が響いた。手榴弾を使った、集団自決。

 

 この場にいる誰もが息を飲む。『この地獄は、本当に起こった出来事なのか』と問いかけたのは、イデアと同じ境遇――地球を知らずに育った者か、大東亜戦争と呼ばれる戦争を知らない世代の人々だ。いや、この場にいる殆どの人間にとって、第2次世界大戦は“遠い過去に起きた戦争”という認識でしかない。

 人間は世代交代が早い生き物だ。憎悪や嫌悪が長続きしないのと同じように、過ちを省みようとする意志も途切れてしまいやすい。前者が争いを終わらせるための鍵になるのなら、後者は平和を脅かし戦乱へと誘う鍵となる。良い意味でも悪い意味でも“忘れやすい”故に起きることだった。

 あの戦争で傷ついた人々にとっては、どれ程の時間が流れても、当時の悲嘆は色あせず残っている。それが憎しみへと転化した果てが、“金属生命体”との対話を目指すカイルスの道を阻む者の1人――シンジロウ・サコミズ。第2次世界大戦を駆け抜けた愛国者にして、当時の悲嘆を胸に抱き続ける生き証人だ。

 

 サコミズから見れば、第2次世界大戦や大東亜戦争に関する知識や体験を持たないカイルスの面々は“堕落した人類”にしか見えないのだろう。特に日本やアメリカ出身者を目の敵にしている節があった。

 だが、それでも、カイルスとして戦ってきたイデアたちだって、争いを止めて地球を守りたいと願う人たちが集まり生み出された集団である。この光景を目の当たりにして、黙っていられるわけがない。

 

 

「ここは……大東亜戦争時代の沖縄か」

 

 

 加藤が何かを思い返すように、その光景を見つめていた。彼はかつて、滅びの未来(かこ)から過去(いま)の世界へと降り立ち、第2次世界大戦を経験している。

 彼の腹心たる石神も、第2次世界大戦時は旧日本軍の士官として戦い抜いた男だ。現地人ではあるが、加藤と共犯関係になった際に第2次世界大戦の顛末を耳にしていた。

 石神はすべてを知った上で、この戦争を事実上黙認した加藤に付き従っている。だが、上官や役人の想像力の欠如を嘆いていたことは事実であった。閑話休題。

 

 

「沖縄戦だけではない。目を逸らすな、地上人!」

 

 

 サコミズ王の声がした。光景が切り替わる。

 落とされた爆弾。消し飛んだ街並み。空に現れたキノコ雲。

 

 黒こげになった人間。皮膚がべろりと剥がれた、人のような何か。異様な人間たちが、ぞろぞろと川へ向かって行進する。彼らは水を求めているのだ。

 水を口にした人間が、次から次に動かなくなった。屍が累々と築かれていく。海の干潮と満潮で川の水位が変化する中で、死体はあっという間に水に沈んでしまった。

 

 それだけではない。軽傷だった人間が、突然立ちくらみを訴えた。髪の毛がごっそりと抜けた。そのまま倒れ、血を吐きながら死んでいった。

 放射能に被爆したことで、軽傷あるいは無傷だったはずの人間が次々と倒れていく。原爆の被害は、爆発による死者だけでは収まらなかったのだ。

 

 広島で。長崎で。その地獄は繰り返された。小倉に落とされるはずだった3発目を防いだのは、目の前にいるサコミズ王本人である。

 

 

(……人間も、“同胞”も、敵に対しては残酷になれる。戦争という非日常が、ヒトとしての常識や良心を壊してしまった)

 

 

 “同胞”であれば虐殺や惨殺を肯定され、推奨されていた時代があった。人類はこぞって、機械の指示に従い、多くの“同胞”を死に追いやって来たのだ。

 それに直面した2代目指導者(ソルジャー)は、鋼の意志を持って突き進んだ。自分たちに攻撃を仕掛けてきた軍人を蹴散らすことを選び、救命艇で逃げ出した者すら殺し尽くした。

 周囲は憎悪や不信を滾らせていったけど、人間と“同胞”の指導者は問題の本質を見失うことなく、最後の最期まで“ヒトの未来のために”戦い抜いた。未来を託して命を散らしたのだ。

 

 国のために戦っていた若者たちが何を思って戦っていたか、イデアは分からない。唯一分かることは、その覚悟は嘗ての指導者たちと同じもの――“愛する故郷と、愛する人々の未来のため”の祈りから始まったことくらいだ。

 

 ヒトが滅びても、祈りは残る。願いは残り続ける。引き継ぐヒト々がいる限り。

 けれど、ヒトは万能ではない。何かしらがきっかけで、祈りや願いが不本意な形で断ち切られてしまうこともあった。

 

 

<引き継がれるものが祈りだけとは限りません。祈りが呪いに転嫁してしまうことだってあるし、憎しみだけを注がれて歪んでしまうこともあります>

 

 

 険しい表情をしたノブレスがぽつりと零した。《聲》が《聴こえた》のと、彼が思い浮かべてきた老紳士――フリット・アスノの険しい顔が《視えた》のはほぼ同時。

 

 ノブレスは嘗て、殺された家族の復讐のために“異端審問官”の役目を引き継いで戦っていた。憎悪によって道を踏み外さずに済んだのは、彼を繋ぎとめてくれる人々との繋がりがあったからだろう。一番の理由は、教え子であるトリニティ兄妹の存在があったことではなかろうか。

 多分、彼が思い浮かべた人物――とある虚憶(きょおく)で、イデアが出会った老紳士――フリット・アスノも、最初は純粋な気持ちで救世主伝説のガンダムを造ろうと考えていた。だが、故郷と家族をアンノウン・エネミー/ヴェイガンに奪われたことが、母親の遺言(いのり)を大きく変質させていく原因となった。

 それも転嫁の皮切りに過ぎなかったのだと思う。彼はアンノウン・エネミー/ヴェイガンとの戦いに身を投じてから、頼れる大人や戦友、友人や部下を次々と亡くしていく。ヴェイガンによって奪われていった命や未来を見捨てることが出来なくて、忘れることが出来ずにいたのだろう。

 

 ヴェイガンとの和平を頑なに拒み、ヴェイガンの殲滅に拘り続けたのは、“和平の道を進むことが犠牲者に対する裏切りになるのではないか”という罪悪感と、“彼らの仇を取らなければ報われない”という呪いによって雁字搦めになった結果だ。

 彼もまた、サコミズ王と同じ“当時の痛みや悲しみを今でも覚え続けていた人間”の1人。でも彼は、時間経過によって自身の老いを強く意識し、その呪いを子孫たちに継がせようと奔走していた。彼は無意識に、息子たちを“自分の(ねがい)いを体現するための器”にしようとしていた。

 

 

<そういう意味では、“人の総意の器”としての在り方を義務付けられたフル・フロンタルは、アセムさんやキオくんのIFだったのかもしれません>

 

<サコミズ王の場合は、アスノ総司令のように“誰かに憎悪(のろい)を継がせる”のではなく、自らが“悲嘆(のろい)の体現者になる”ことを選んだのね>

 

 

 イデアは操縦桿を握りしめながら、目の前の光景を見つめた。胸が潰れるような悲嘆の《聲》は途切れることが無い。

 戦禍に飲まれる世界の中で、鮮やかな真紅の羽が舞い落ちている。羽の存在に気づいたシンジが首を傾げた。

 

 

「この羽は?」

 

「命の羽……、死んでいった人たちの命の色だよ」

 

「これが、サコミズ王が体験した嘗ての戦争なんです」

 

 

 彼の問いに、エレボスが答える。

 

 エイサップは、沈痛な面持ちで語った。彼もまた、サコミズ王のリーンの翼を介して、この光景を見たのだろう。他の面々より幾分か落ち着いているものの、心の中では強い感情がぐるぐると渦巻いている。

 こんな戦争は二度と起こしてはならない。過ちは繰り返してはならない――この戦争に触れたことがある人間は、みんな言い聞かせられる言葉だ。けれど人類は、過ちを繰り返し続けている。戦禍を広げ続けている。

 

 死者の命の色が赤なら、生者の命の色はきっと青だ。己の持つ輝きの色を思い返しながら、イデアは羽が舞い散る戦場を見つめる。“目を逸らしてはいけない”と自分に言い聞かせながら。

 クーゴらも同じ気持ちを抱いて、舞い散る羽を見つめているのだろう。嘗ての英霊を悼む気持ちは、日本人としての遺伝子や魂に深く刻みつけられているから。

 この悲しみを忘れて、人類は戦いを始めている。その度に後悔して、その度に忘れてを繰り返しているのだ。

 

 

「それをわかっているのに、繰り返しているのか。俺たちは……」

 

 

 アスランが噛みしめるように呟いた。そうだ、と、サコミズ王がいきり立つ。次の瞬間、オウカオーの纏うオーラが肥大した。

 行き場のない怒り、悲しみ、憎しみが渦巻く。怒髪天を突く、という言葉が頭によぎったのは何故だろう。

 

 

「故に、この苦しみを貴様らにもわからせる!」

 

 

 真紅の羽が激しい光を放った。その輝きが、徐々に機体の姿を取り始める。目の前に現れたのは、カイルスの部隊を構成するMSやロボットたちだ。

 ミレイナが驚きの声を上げながらも、仲間たちにその異変を伝えた。機体反応は徐々に増え続けているという。周囲に動揺が走った。

 

 

「間違った道を歩んだツケは、自らの手で払えよなぁ!」

 

 

 未来に対する怒りと悲しみを、サコミズ王はぶつけてきた。

 

 現在生きる命たちに、嘗ての死者が問いかける。

 「己が命を賭けて守った未来には、その価値があったのか」と。

 「今の地球は、英霊(かのひと)たちが守ろうとした『未来』に足るものだったのか」と。

 

 

「死者の魂の嘆きを否定するならぁ、自らの魂で答えてみろよぉぉぉ!」

 

 

 サコミズ王が叫んだのと同時に、カイルスの機体を模したものたちが襲い掛かる!

 仲間たちはそれらを迎撃した。未来を信じ、戦い続ける。過去の悲しみと、未来への想いがぶつかり合った。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「命の色って、何色だと思う?」

 

 

 イデアの問いかけに、マイスターたちは大きく目を瞬かせて振り返った。イデアが唐突なのは今に始まったことではないので、「唐突だな」と仲間たちは苦笑する。

 決戦間近ということでピリピリしていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。こういうときだからこそ、心に余裕が欲しいと思ったのだろう。

 

 珍しく、面々は話に乗っかることにしたようだ。

 

 

「難しい質問だね。哲学みたいだ」

 

「今まで、そんなことを考えたことなかったもんなぁ」

 

 

 アレルヤとロックオンが首を捻った。普段、そんなことを考える機会なんてないからだ。それは、真剣に考えるべき問題ではないとわかっている。

 けれど、状況が状況だけに、真剣に考えごとをしたくなるのだ。たとえ、平時では軽く流してしまうような、くだらない雑談であろうとも。

 普段なら「くだらない」と一蹴しそうなティエリアや刹那も、イデアが振った話について考えていた。2人の横顔も、真剣そのものであった。

 

 

「……赤、じゃないのか?」

 

 

 刹那は確かめるように問いかけた。おそらく、彼女は戦場でよく見た色を連想したのだろう。いつ、命を奪われるか――その瀬戸際で戦い続けていた刹那らしい答えだ。

 

 

「血の色だから?」

 

「ああ」

 

「成程。そういう考えもありだね。他には?」

 

 

 イデアは悩み続けるロックオン、アレルヤ、ティエリアに問いかける。

 

 

「そう簡単に答えられないよ」

 

「頭にぱっと浮かばないんだよな」

 

 

 アレルヤとロックオンが苦笑した。これは、個人の感性に左右される質問だ。そこに正解はない。

 しかしながら、常日頃から念頭に置いていないと、いざ問いかけられると答えに窮する問題ではある。

 

 

「そういうお前はどうなんだ? イデア」

 

 

 ティエリアがこちらに問いかけてきた。以前はイデアを“貴様”呼ばわりして嫌っていたが、最近は態度が軟化しつつある。それはとてもいい傾向だ。

 尤も、ティエリアが一番敬意を払っているのはロックオンだ。ティエリアはロックオンを“貴方”と呼ぶ。彼がロックオンに対し、1番心を開いている証拠だ。

 他にも、対等の相手に対しては“キミ”という呼称を使う。イデアの場合――“お前”という呼称は、“まあまあ認められる相手”と妥協し始めた結果らしい。

 

 ソレスタルビーイングの運命が近づけば近づくほどに、反比例するかのように絆は深まり、結束は強まっていく。滅びの道を転がり落ちていく中で、自分たちが立って前を向ける起爆剤のひとつだ。

 彼らと一緒にソレスタルビーイングにいられて、本当に良かった。この先にどんな未来が待ち受けていても、イデアは迷うことなく歩いて行ける。イデアは仲間たちを見つめながら、そんなことを考えた。閑話休題。

 

 命の色について、刹那以外のマイスターは思い当たらないようだ。

 何か確証を抱いている、イデアの答えが気になるらしい。

 

 

「――青」

 

 

 イデアははっきりと答えた。「青」と他の面々も復唱する。

 

 

「それまた、どうしてだい?」

 

 アレルヤが意外そうな顔で問いかけた。それに答えるようにして、イデアは窓に視線を向ける。面々も、追いかけるようにしてイデアと同じ方向を見た。

 視線の先には、青く輝く惑星(ほし)がある。地球――人類が生まれ落ちた星にして、すべての命の故郷。命が生まれ、育まれ、消えていく循環を繰り返している。

 宇宙(そら)から見る地球は、宝石を思わせるように青く輝いていた。その美しさに目を細める。青く輝くこの惑星(ほし)の上で、争いが起こっているなんて信じられない。

 

 

「命が生まれた星だから、こんなにも綺麗な青なんだろうね」

 

「言われてみればそうだな。ここから見ると、地上が戦争やってるって言われても信じられない」

 

 

 イデアの言葉に同調するように、ロックオンも地球を眺めて目を細めた。成程、と、アレルヤ、ティエリア、刹那も頷く。

 

 どこまでも青く輝く星に、仲間たちは見とれていた。命がある故に、この星で生まれ育まれてきた遺伝子を受け継いだが故に、誰もがこの星に魅入られる。

 ソレスタルビーイングを立ち上げたイオリア・シュヘンベルグも、青い星の姿とその美しさを知っていたからこそ、そこで生まれ育った人類を信じたのかもしれない。

 託された想いは、今でもここにある。イデアは仲間たちを見返した。彼らと共に、託された想いを背負って、その理想を体現する。道の険しさを知っていて、だ。

 

 

「ところで、休暇はどう過ごす? 私は地上に降りようと思ってるんだ」

 

 

 地球を見ながら、イデアは問いかけた。

 他の面々は目を瞬かせた後、それぞれの予定を話し始める。

 

 

「俺は、妹に会って来ようと思うんだ。……弟の方にも会いたいけど、多分、そっちは無理だろうな」

 

 

 ロックオンは苦笑した。

 

 

「僕は用事がないから、宇宙に残るよ」

 

「僕もだ」

 

 

 アレルヤとティエリアも頷く。面々は、刹那のほうに視線を向けた。

 

 

「……俺も、地上に用事がある」

 

 

 自分の端末をちらりと見つめながら、刹那は抑揚のない声で告げた。ほんのわずかに耳が赤い。それが何を意味しているのか、仲間たちは察したらしい。

 ロックオンが楽しそうに笑い、アレルヤが微笑ましそうに頬を緩ませ、ティエリアが呆れながらも目を細める。イデアもニマニマ笑みを浮かべた。

 イデアの表情を見た途端、仲間たちは恐ろしい勢いで顔面蒼白になり、刹那を庇うように踏み出す。が、彼女と一緒に数歩後ずさりした。

 

 人とは、共通の敵を持つ相手と結束する生き物だ。どうやら、いつの間にかイデアは4人の共通の敵になっていたらしい。前々からその気はあったけれど、実際目の当たりにすると何とも言えない気持ちになる。

 イデアは頬を膨らませた。なんだか自分だけのけ者にされたような気がする。それを見た4人は何を思ったのか、顔を見合わせた後にこちらへ向き直った。どこか意地悪いというか、趣向返しをしてやろうという目をしている。

 

 

「ね、イデアは地上で何をするの?」

 

 

 アレルヤが問いかける。ロックオンとティエリアがそれに続いた。

 

 

「用事の内容を、詳しく聞かせてもらえないか?」

 

「普段、俺たちのことを根掘り葉掘りしてるんだ。お前さんだって、根掘り葉掘りされる覚悟はあるよな?」

 

 

『撃っていいのは、撃たれる覚悟がある者だけだ』

 

 

 不意に、虚憶(きょおく)で出会った戦友の声が聞こえてきた。黒の騎士団を率いた仮面の指揮官、ゼロ。中の人はブリタニア帝国の皇子、ルルーシュ・ランペルージ/ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 

 彼の言葉は間違っていない。けれど、その理論で世界に争いをまき散らした男がいたことも事実だ。『撃たれる覚悟があるから、自分は好きに撃っていい』――そいつは、己の生まれた意味を放棄し、思うがままに力を振るった。

 まあ、イデアもそれに近い思考回路でいる。必要最低限の常識やモラルはきちんと守っているつもりだが、あくまでも“自分の尺度”のため、周囲の人間がどう思っているのかはわからない。ゼロの言葉が自分に降りかかってきたわけだ。

 イデアは笑った。途端に、仲間たちが凍り付く。自分の態度は、オロオロするのを予想していた彼らを見事に裏切ったらしい。ふふふ、と笑い声を漏らせば、マイスターたちは「しまった!」と言わんばかりに表情を絶望に歪めた。

 

 こちらは堅実に、ひっそりと、じりじりと、外堀を埋めにかかっているのだ。

 その戦況報告を、誰かにしたくてしたくて堪らなかった。

 

 ――ただ、それ以上に、他人の恋愛の方が気になっていただけであって。

 

 

「聞きたい?」

 

「い、いや……」

 

「その……」

 

「ええと……」

 

 

 イデアの笑顔に、男どもはささっと視線を逸らした。

 先程までの悪い笑みは、何とも情けない表情に変わっている。

 

 

「聞いてよ。どうせ、まだ暇なんでしょう? そこにいる2人もね」

 

「ぎくっ!」

「うぅっ!」

 

 

 通路の角に視線を向ければ、丁度そこに、リヒテンダールとクリスティナの姿があった。いつから気づいてたの、と言いたげな眼差しが突き刺さってくる。

 この2人は“イデアが『命の色は何色か』とマイスターたちに問いかけた時点”から通路の角に居合わせていた。「最初から」と微笑めば、6人は絶望的な表情を浮かべる。

 

 「私もまだ時間があるから」と付け加えれば、この場にいる全員が、諦めたように天を仰いだのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 テオは現在、病院の207号室にいた。エイミー・ディランディのお見舞いのためである。

 

 相変わらず静かな病室だ。花瓶には、白百合とナスカが花を咲かせている。前者はエイミーの兄――ニール・ディランディが、後者は2番目の兄――ライル・ディランディの恋人が活けたものだろう。彼女はナスカの花を育てていた。

 いや、ナスカの花は“悪の組織に関係する面々の多くが育てている”と言っても過言ではない。テオもその中の1人だ。最近はご無沙汰のため、世話は知り合いたちに任せっきりになってしまっているが。

 

 

「へぇ、お兄さんが来たんですか」

 

 

 眠り続ける少女の横で、テオは相槌を打つ。第三者がいたら、不気味な光景であろう。

 テオは会話している。まるで、意識不明以外の人間が傍にいるかのような気さくさで。

 

 

「『また来る』……確かに、この状況だと厳しいかもしれませんね。ソレスタルビーイングに対し、各国は殲滅戦を仕掛けようとしていますし」

 

 

 そう言って、テオはテレビのスイッチを入れた。映し出されたニュース番組では、ソレスタルビーイング殲滅作戦について軍のお偉いさんが演説している。彼らの裏で糸を引く男の存在が《視えて》、テオは顔を顰めた。

 男のことは知っている。アレハンドロ・コーナー。国連大使であり、国連代表のエルガン・ローディックを毛嫌いする男であり、ソレスタルビーイングの監視者であり、イオリア計画を乗っ取り世界を支配しようとする存在であった。

 アレハンドロは先日、同じ監視者であるハーヴェイ一族の根絶やしにかかると言っていた。近々、汚れ役として舞台に立つことになるだろう。そちらが片付けば、次の片付ける対象は――。

 

 テオは思考を中断させた。

 

 そんなことよりも、と、鞄の中からタブレットを取り出してエイミーに示す。

 彼女は眠ったまま、微動だにしない。テオは構わず報告を始めた。

 

 

「ホワイトベース、完成しましたよ! テスト結果は先日の通りです! あとはクルーの確認だけですね。メインクルー関係は、艦長に一任しますよ」

 

 

 しばしの沈黙。

 

 

「……成程。大半が超兵機関にいた後に『目覚めた』子たちですね。それで、MS部隊のチーム構成は?」

 

 

 再び沈黙。

 

 

「……了解しました。近いうちに、要請がかかると思います」

 

 

 テオは微笑み、タブレットをしまう。丁度そのとき、端末が鳴り響いた。誰からの着信かを知っていたテオは、忌々しそうに顔を歪ませる。

 メッセージを確認すれば、案の定、アレハンドロ・コーナーからであった。内容も、テオが思っていた通りのものだった。深々とため息をつく。

 本当はもう少しエイミーと話していたかったのだが、仕方がない。別れの挨拶をして、立ち上がる。そのとき、また着信が入った。

 

 今度の相手は、テオに馴染み深い人たちだった。彼らの近況報告と、別行動の自分を気遣うメッセージがあった。テオは静かに頬を緩める。

 不意に、テオは振り返った。エイミーは相変わらず眠り続けている。また沈黙が落ちてきた。しばしの間をおいて、テオは自慢げに微笑む。

 

 

「――ええ。大切な“教え子”たちです」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「グラン・パ! 帰ろう、シャングリラに……!」

 

「早く治療しないと!」

 

「待て、トォニィ。……ベル、イニー……お前たちに、頼みたいことがある……」

 

 

 決意を宿した新緑を目の当たりにし、ベルは《理解(わかっ)てしまった》。大好きなグラン・パは――ジョミーは、死ぬ覚悟を固めてしまったのだと。

 恐らく、イニーやトォニィも察しただろう。施設が倒壊する音に紛れて、自分たちが息を飲む音が響いた。

 

 

「メギドを……地球(テラ)を破壊しようとしているメギドを、止めてくれ……!」

 

「嫌だ! こんな惑星(ほし)どうだっていい! 早くしないとグラン・パが死んじゃう!!」

 

 

 しかし、ナスカチルドレン最年長/実年齢10歳未満の子どもで、グラン・パ大好きなトォニィは、ジョミーとの別離を理解したくないようだ。

 身も蓋もないことを叫んでジョミーへ縋りつき、現実から目を背けようとする――それは、ベルやイニーの本心そのものであった。

 2人もトォニィと同じように縋りつこうと手を伸ばしたが、それを制するかのようにジョミーが言葉を続ける。

 

 

「トォニィ。僕からの、最期の頼みだ……。死んでいった仲間の想いを、無駄にしないためにも……お願いだ」

 

「嫌だ嫌だ嫌だっ! グラン・パを置いてなんか行けないっ!」

 

「そうだよ! みんなで一緒に帰ろう!?」

 

「私たちが力を合わせれば、それくらい――」

 

 

 駄々をこねて泣き喚くトォニィ、ジョミーを抱き起そうと手を伸ばすベルとイニーを制し、3人の頭をなでる。

 

 

「トォニィ、ベル、イニー……お前たちは強い子だ。僕の自慢の……人類を、ミュウを……ヒトを、頼む……!」

 

「――っ、グラン・パ……」

 

「……分かった」

 

「――嫌だ! そんなの嫌だよ!」

 

 

 すべてを察して何も言えなくなったイニーは、それでも小さく頷き返した。

 トォニィのように縋りつきたい気持ちを押し――それ以上に、ジョミーの願いを叶えたい一心で、ベルも頷く。

 しかし、トォニィはジョミーを抱きしめる腕に力を込めた。“ずっと一緒にいたい”という己の願いに縋りつくように。

 

 ジョミーは静かに微笑み、トォニィの頭を撫でた。ナスカがまだ健在だった頃――トォニィたちが子どもでいられた頃、一緒に遊んでくれたときを思い出したのは、あの頃と同じ微笑みと眼差しを感じたからだ。

 

 

「お前だから頼んでいるんだ、トォニィ……。お前は次の時代を生きろ。そのために、僕たちは戦ってきたんだ。ブルーとの約束を果たすために、僕はここまで来た……」

 

 

 トォニィに語り掛けながらも、ジョミーは今までの旅路に思いを馳せている様子だった。初代指導者との邂逅、自身がミュウであることを受け入れられずにいた頃、ソルジャー・ブルーの想いを受け継いだときのこと、アルテメシアからの逃避行と流浪の旅、ナスカへの定住、ナスカの悲劇と同胞の死体、鋼の意志を持って強硬手段を突き進んだ日々――。

 多分、ジョミーに頭を撫でられているトォニィも、ベルと同じものを《視たのだ》と思う。小さく息を飲む音が聞こえたような気がした。ジョミーは微笑み、けれど真面目な表情を浮かべてトォニィを見返した。

 

 

「――次は、お前が人類と手を取り合い、新しい時代を作れ」

 

 

 次の瞬間、隣にいたキースがトォニィの肩を叩いた。

 驚いて振り返れば、己の死を自覚しつつも、静かな面持ちのキース・アニアン。

 

 

「若者よ、伝えてくれ。『人類とミュウは、共に手を取り合え』と」

 

「あんた、人類の指導者でしょ!? それくらい、自分で言いなさいよ!」

 

 

 ベルはキースの手を取り、そう怒鳴りつけていた。

 キース・アニアンが致命傷を負い助からないことを理解した上で――でも、どうしても納得できなくて、叫んでいた。

 ベルの叫びを聞いたキースは目を瞬かせていたが、申し訳なさそうに目を伏せる。

 

 

「……そうだな。……キミの言うとおりだ」

 

 

 彼は小さく頷いた後、ベルの手を放して、胸元のバッジへ手を伸ばす。誰かと通信を取っているらしい。断片的に拾えた思念の先には、20代半ばの青年の姿があった。茶髪と浅黒い肌が特徴的な、赤い制服を身に纏う男――セルジュ・スタージョン。

 セルジュこそが、キース・アニアンが見出した自分の後継者――人類の新たな指導者なのだろう。キースから名指しされたセルジュは感極まったように――どこか悲痛な色を湛えて、キースを呼んだ。心の底からキースを慕っているが故に。<アニアン閣下>と紡いだ《聲》が酷く震えていた。

 

 その脇で、トォニィは小さくかぶりを振る。

 

 

「僕は強くなんかない……! 僕はまだ子どもだ。グラン・パがいなきゃヤダ……!」

 

「トォニィ……」

 

 

 普段のベルやイニーだったら、「ウジウジするな」と言ってトォニィに蹴りの1つや2つお見舞いしていただろう。多分、本当はそうするべきなのかもしれない。

 だってこれは、ジョミーの最期のお願いだ。トォニィに指導者(ソルジャー)の意志とヒトの未来を託し、ベルとイニーにその助力をしてほしいという意思の表れ。

 今にも燃え尽きようとしている命の炎を、己の魂を震わせながら残している遺言なのだ。無視することなどしてはいけない。――けど、それは、彼との永遠の離別(わかれ)を意味している。

 

 まるで、自分が2人いるみたいだ。片方はジョミーの最期の願いを叶えたいと思うのに、片方はジョミーとの別れを嫌がりこの場へ留まろうとする。

 動かなければいけないのに、体が動かない。頭の中がグチャグチャで、それでもすべきことが何かをはっきり見据えていて、自分自身が理解できなかった。

 

 次の瞬間、ジョミーが補聴器を外した。ソルジャー・ブルーから彼が受け継いだ形見の品物であり、ミュウの指導者(ソルジャー)であることの証。それを、トォニィの手に握らせる。

 

 

「!」

 

「トォニィ……お前が次の指導者(ソルジャー)だ。ミュウを……人類を……導け……!」

 

 

 ジョミーの言葉を聞いたトォニィは、躊躇うように身を震わせる。

 

 けれど、それは一瞬のこと。

 幾許の間目を閉じた後、瞼を開き、頷き返した。

 

 そこにいたのは、数秒前まで駄々をこねていた子どもではない。ミュウの未来を――ひいてはヒトの未来を背負って立つ指導者の顔をしていた。それを見たイニーが、伺うように口を開く。

 

 

「トォニィ――いいえ、指導者(ソルジャー)・アスカ。指示を」

 

「……そんなの、決まってる! ――エルガンやタキオンたちと合流し、軌道上にあるメギドを破壊するぞ! ついて来い、ベル、イニー!」

 

「おうよ!!」

「招致!」

 

 

 

***

 

 

 

 ――ずっと昔の光景が脳裏をよぎる。

 

 その記憶は、女性にとって“忘れられない出来事”であった。尊敬する“最愛の指導者”と、彼と共にS.D.体制を統べる機械に挑んだ“指導者の友達”――それが、女性が見た最期の姿。

 今になってこれを思い出したのは、『言葉に出来ない予兆を感じたため』であろう。胸を潰されるような悲嘆に歯を噛み締めたとき、女性の端末が鳴り響く。

 

 

「例の子、『目覚めた』のね」

 

 

 女性は端末を開いて、情報を確認した。

 

 

「ドライブの魔改造も、報告を見る限り、いいペースで進んでるじゃない。これなら疑似太陽炉搭載型フラッグ完成にも響かないし、ユニオン側から文句が出ることはなさそうね」

 

 

 他には何かないだろうか、と、女性は情報を確認する。

 

 エルガンの方はアレハンドロの静観および監視を行っているし、ノブレスやリボンズも同じように奴の駒として動きつつも監視を続けている。イデアの方は、マイスターの1人が片目を負傷したらしい。スナイパーにとっては致命的だったが、再生治療を拒んで前線に立ち続けるそうだ。

 何とも言えない予感を感じて、女性は宇宙(そら)を見上げる。別れの星。誰との別れを意味するのか、女性はなんとなくだが《理解(わかっ)て》いた。最初から、彼はそれを見越していたに違いない。《理解(わかっ)て》いて、それでも希望を抱き、希望を目にすることを夢見て眠っている。

 

 

『無事に目が覚めたら、見たいものがあるんだ。……と言っても、目覚められる可能性は皆無に等しいのだがな』

 

 

 そう言って夫が笑っていた、遠い日のことを思い出した。

 

 きっと彼は、希望を見たいと思い至ったときから、自分の運命を察していたのだ。女性の持つ能力(ちから)とは別の方面から。

 それでも、彼は笑うのだろう。『それで希望が紡げるならば、安いものじゃないか』と。

 流石は我が夫、そこに痺れるまた惚れる。何度だって惚れ直してしまうのだ。……惚れるし、惚れ直すのだけれども。

 

 

「それって、生き急ぎって言うんじゃないの?」

 

 

 女性は、問いかけるようにして呟いた。

 返事を返す相手はいない。そして、返事が返ってくることもない。

 

 

「自分の理想に殉ずるのは勝手なことだけどさ、置いていかれる側からしてみれば、たまったものじゃないんだよ」

 

 

 噛みしめるようにして、女性は弱々しく息を吐く。いつかわかると人は言うけれど、その犠牲の上に立つ自分が言えた義理ではないけれど、いつか自分もその選択をする日がくるのだと《理解(わかっ)て》いても、納得できないことはある。

 そうやって、沢山の人が託して散っていった。希望を、祈りを、願いを、意志を受け継いで、女性は今、ここで生きている。今このときにもまた、誰かが自分たちにすべてを託して逝くときが近づいてきていた。――次の相手は、間違いなく、彼。

 

 

「……貴方はそれでいいのね? 本当に、そうするのね」

 

 

 「ひどいひと」と、口が動いた。脳裏にフラッシュバックしたのは、複数の叫び声。

 子守唄のように聞こえていた言葉の意味を、今ならはっきりと理解することができる。

 悲鳴だ。愛する者を失ってしまった人々の嘆き。

 

 

『どうして!? どうして私の大切な人は皆、私を置いて逝ってしまうの!?』

 

『ユウイ、トォニィ! 私を1人にしないで!!』

 

 

 友人の母親が、悲鳴を上げて泣き叫んでいた。

 

 彼女は己の能力を暴走させた果てに、愛する人の幻を見ながら死んでいった。

 その死に顔は、『まるで眠っているかの様子だった』とクルーから聞いた。

 

 

『言った、だろう? エターナ。……俺は、キミを、1人にしない、と……』

 

『……ありがとう、マーク』

 

 

 瓦礫に潰れた伴侶の手を取って、友人の両親は息絶えた。

 唯一の救いは、最期の最期に伸ばした手が届いたことだろう。

 

 

『やだよ、こんなの嫌だ……! ずっと一緒だって言ったじゃない! 約束破らないでよ、ラナロウ!!』

 

『……ったく。本当にお前は、しょうがねぇな……クレア』

 

 

 血まみれになって息絶えた父の傍を、母は最期まで離れなかった。

 

 両親は最期まで、滅びゆく星と共に命を散らした。

 “娘の故郷で、意識不明となった娘の目覚めを待ち続ける”――その願いに殉じたのだ。

 

 

『みんなを、頼む……!』

 

 

 “同胞”たちの未来を守るために、初代指導者(ソルジャー)は因縁ある“惑星(ほし)を殺す兵器”に挑んだ。

 人類側の軍人からの猛攻を受けながらも、己の命と引き換えに、“惑星(ほし)を殺す兵器”の破壊に成功したのだ。

 彼の願いは、後継者である2代目指導者(ソルジャー)に受け継がれた。彼が命を懸けて漕がれた青い星(テラ)への道を邁進する原動力。

 

 

『トォニィをいじめるなぁッ!!』

 

 

 ナスカの子どもたちの中で、3番目に生まれた友達。小さい頃からトォニィのことが大好きで、心身を成長させていくほどに恋愛関連の情緒を爆速で成長させていった子だった。

 

 彼女は徹頭徹尾、最愛の人のために行動した。彼の望みを叶えるためなら、不信感を抱いていた2代目指導者(ソルジャー)の命令にだって従った。『2代目指導者(ソルジャー)のために戦う』ことを至上としたトォニィの力になるために。

 何度もトォニィに好意をぶつけても、奴の朴念仁によってなあなあになってしまう。その度にうんうん悩んでいた姿は今でも思い出せた。――結局彼女は自分の口で告白することは出来ないまま、人間の軍人によって命を奪われた。トォニィのために戦果を挙げようとして、機関銃でハチの巣にされたのだ。

 

 救いがあるとするなら――それを救いと呼んでもいいのなら――、“彼女の告白(メッセージ)がトォニィに届いた”ことと、“お互いが同じ気持ちを抱いていた事実を奴が認識した”ことだろうか。

 “尊敬する指導者の力になりたい”という願いを叶えるために邁進し続けた結果、彼の情緒は4歳児で止まってしまった。力と図体だけが大きくなった状態で、あの戦いを迎えてしまった。

 奴が彼女を最愛の人だと認識した瞬間、それを自覚する直前に相手を失ってしまったことに気づいたのだろう。だからトォニィは激高し、サイオン波の暴走や、単身で人間の戦艦に突撃する等の独断行動に走った。

 

 

『馬鹿な女だな、お前は』

 

『貴方に似ちゃったのよ』

 

 

 軌道上に展開していた“惑星(ほし)を殺すための兵器”。“自分たちの距離が離れすぎて届かない”という万事休すに、全速前進で特攻した戦艦があった。艦の責任者は1人で死ぬつもりでいたようだが、彼の副官たる女性はそれを認めなかった。命令を無視し、責任者にして最愛の男と運命を共にする道を選んだのだ。

 自分たちが死ぬというのに、2人はとても幸せそうに笑っていた。艦の責任者が副官を傍に置いたように、副官が命令無視をして責任者から離れなかったのは、“メンバーズエリートという人生に振り分けられたその瞬間から、唯一の本懐を果たそうとしていた”ためだろう。――そして、2人の本懐は、最後の最期に果たされた。

 

 

『……辿り着けないの、許してください』

 

 

 人間の女性を庇い、瓦礫に押し潰された“同胞”。彼は2代目指導者(ソルジャー)が一番最初に接触したミュウだった。

 ソルジャー・ブルーの命を受けたときと同じように、2代目指導者(ソルジャー)を迎えに行こうとしたのだろう。

 けれど彼は、瓦礫に押し潰されそうになった見ず知らずの女性を放ってはおけなかった。

 

 彼は、助けた女性に対して『自分の分まで登れ』と言って激励している。彼女はミュウである彼を助けようと試みていた優しい女性だった。そんなヒトだから、彼は彼女の背を押したのだろう。

 

 

『貴女は生きるんじゃ!』

 

『私たちがいたことを、覚えていてください!』

 

 

 2代目指導者(ソルジャー)を救出しようとして、世界樹の地下を降りて行った長老たちと盲目の占い師。

 2代目指導者(ソルジャー)の元に辿り着けなかった彼や彼女たちであるが、行き止まりで遭遇した子どもたちを助けるために力を使った。

 

 しかし、長老たちは占い師を裏切った。共に逝こうとした占い師までも、“同胞”の母艦へと転移させたのだ。――長老たちにとっての占い師は、“初代指導者(ソルジャー)が愛した女神”だったが故に。

 

 

『……箱の最後には、希望が残ったんだ』

 

 

 人間の指導者と共にグランドマザーの部屋に残った2代目指導者(ソルジャー)は、安堵に口元を緩めた。――それが、彼の最期の言葉だった。

 命の灯が消えたことに気づいたのだろう。人間の指導者は暫し2代目指導者(ソルジャー)を見つめていたが、寂しそうに微笑んだまま天を仰いだ。

 

 

『……最期まで、私は独りか』

 

 

 亡くしてきたもの、見送ってきた人々――彼らの姿を思い浮かべる人間側の指導者の思念が、轟音と共に途切れたのはその直後のこと。

 

 

「――『連れていって』、か」

 

 

 感傷に耽るように、女性は再び宇宙(そら)へと思いを馳せる。

 そうして、静かに目を閉じた。――もうすぐ、さよならが訪れる。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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