問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



42.瞳を開けて

 

「あらら。やりすぎたかしら」

 

 

 アオミ・ハガネはモニター画面を見て、困ったように苦笑した。自分のテコ入れが、思わぬ方向に作用してしまったためである。画面に提示された人物たちの写真と名前には、大きく“死亡”や“行方不明”の文字が躍っていた。

 前者は、いかんぜん『運が悪かった』としか言いようがない。逆に後者は、確実に仕留めて欲しかった。行方不明になる直前に重傷を負っていたことは確からしいが、医療機関で治療を受けた形跡はない。まともに治療していないとしたら、死亡した線が濃厚だろう。

 「まあいいか」とアオミは流した。抜けてしまった穴を埋める方法はいくらでもあるし、状況の修正も行える。よくよく考えれば、敵となりうる存在の戦力を減らすことができたのだ。自分の知る『知識』からは大幅に逸れるものの、こちら側へのデメリットは皆無に等しい。

 

 テコ入れするための準備は、着々と進めている。現在、一番の懸念材料はイレギュラーたちの部分だ。特に、ユニオン軍のオーバーフラッグス部隊に所属していたアオミの弟――クーゴ・ハガネの存在である。奴はグラハム・エーカーの副官であり、本来死すべき定めの者を救い上げた張本人であった。

 

 ジョシュア・エドワーズとハワード・メイスン。前者は完全にピンピンしており、新機体ジンクスに搭乗し『“夜明けの鐘”作戦(オペレーション・デイブレイク)』に参戦している。後者は重傷であるが、この戦いが終わるころにはリハビリを終えて完全復帰できる見通しだ。

 定めと言えば、ダリル・ダッジも似たような立場にいた。アオミの『知識』通りに進めば、ダリル・ダッジも命を落とす。ガンダムを相手にした仲間たちの戦死が、グラハム・エーカーを歪ませていくはずだった。『知識』通りに進まない現実に、アオミは苛立たしげに息を吐いた。

 

 

(“彼”の刃は、この舞台に必要不可欠なのに)

 

 

 アオミの『知識』の中では、人間でありながらガンダムマイスターと互角に戦える、数少ない人物であった。

 リボンズ・アルマークや、他のイノベイドたちも、彼をそう称した程だ。

 

 

「何としてでも、戦力に引き入れないと。どこかに方法は……」

 

 

 苛立ちをぶつけるようにしてキーボードを叩く。画面には、グラハム・エーカーの顔写真と経歴がつらつらと表示された。

 考えなければならない。彼に歪みを与え、4年後の世界で“仮面の男”となってもらうためには。邪魔者であるイレギュラーを処分するためには。

 

 幾何かの時を置いて、アオミはデータを保存して電源を落とした。

 

 

「こんなものかしら」

 

 

 端末画面を確認し、アオミは楽しそうに目を細める。「先日完成した新型ガンダムをテストしたい」という“彼女”の報告も聞きたい。万が一のことと有している『知識』の部分から、護衛――アリー・アル・サーシェスも一緒に送り出したから大丈夫だろう。

 もう少したてば、チーム・トリニティが壊滅。そこで、刹那・F・セイエイがサーシェスと対峙し追いつめられる。時を同じくして、アレハンドロ・コーナーはイオリア・シュヘンベルクのカウンタートラップに直面するだろう。トランザムが解放され、それで彼女が奴を撤退させる――。

 アオミは有する『知識』をなぞりつつ、テスト中である“彼女”と作戦を確認する。あくまでも、今回の目的は『チーム・トリニティの壊滅』だ。そちらが済み次第、“彼女”には“サーシェスに後始末を任せて離脱してもらう”手はずとなっていた。

 

 “彼女”やサーシェスの機体にも、トランザムシステムは組み込まれていた。

 但し、前者は「ソレスタルビーイング製ガンダムの目の前では使ってはいけない」と釘を刺し、後者は“サーシェスが使えないように改造し直した”が。

 

 

(サーシェスには『知識』通り退場してもらわなきゃいけないから、悪い意味で“奴の強化に繋がりそうな要素(もの)”は排除。“彼女”の場合は、あの機体ならスローネシリーズを撃破するなんて、赤子の手を捻るようなものよね)

 

 

 問題は、チーム・トリニティの教官を務める男が乗る機体――ガンダムベルナールだろう。ブラックボックスの解析がうまくいかなかったため、正確な強さがわからない。

 

 解析できている部分だけを参考にすると、“彼女”が搭乗する機体の方に軍配が上がる。だが、相手はアオミの『知識』が届かないイレギュラーなのだ。注意するに越したことはない。

 端末から途中経過が届いた。自動で送信されてくる報告に目を通す。現在、“彼女”が搭乗する機体は、チーム・トリニティの面々を嬲りものにしている真っ最中だという。

 

 

「成程。本当のことを言っちゃったのね。『お前たちは使い捨てられるために生み出された、ガンダムマイスターの“出来損ない”』……。それなら、トリニティの面々が戦意喪失して動かなくなっちゃうのも当然か」

 

 

 端末画面に映し出されたのは、武装すべてを切り落とされたスローネたちだ。対抗する術を失った3機のガンダムが大地に転がっている。

 今頃、コックピットに座る兄妹は、愕然とした表情で絶望と対峙しているだろう。彼らが教官と慕う男が来る様子はない。

 これなら何も問題ないだろう。アオミは満足げに微笑んで、次の情報を確認する。国連軍の軍隊は、作戦のために宇宙に留まっていた。

 

 

「こっちも報告待ちか」

 

 

 アオミは端末をしまい、ソファに腰かける。

 

 世界は自分の掌の上。

 その事実を噛みしめながら、静かに瞼を閉じた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「嘗て、ソレスタルビーイングには“異端審問官”と呼ばれた一族が存在していたんです」

 

「“異端審問官”……!?」

 

「何ですか、その初見みたいなリアクションは。白々しい嘘つくのやめてもらえません? コーナー家とつるんでたお前らにとっては、200年程受け継がれてきた“悲願”でしょうが」

 

 

 驚き怯えの色を見せたラグナ・ハーヴェイに対し、呆れてしまったのは仕方がないことだ。わざとらしくため息をつき、ノブレス・アムは敢えて“コーナー一派約200年越しの悲願”についての説明をしてやる。

 

 

「ソレスタルビーイングが発足したばかりの頃――まあ、今から300年近く前まで話は遡ります。当時、計画の中枢にいながらも、イオリア計画を私物化しようとしたバカがいました。奴らは野望を暴かれた後、機密事項に関する情報や権限の全てを奪われたうえで、計画の表層部にしか関われない立場に追いやられたんです」

 

 

 当時、イオリア計画の私物化を企んだ連中たちのトップだった一族の当主名――トレヴィン・コーナーとグラント・ハーヴェイの名を呼べば、ラグナはびくりと身を竦ませた。

 グラント・ハーヴェイはラグナ・ハーヴェイの先祖に当たり、当時のコーナー家当主とは盟友の間柄だった人物である。

 

 ……最も、この約200年の間に、一族同士の関係性は捻じれてしまったようだが。閑話休題。

 

 

「それを成したのが、後に“異端審問官”と呼ばれることになる一族――ライヒヴァイン家でした。以後もライヒヴァイン家は、イオリア計画やソレスタルビーイングを私物化しようとするバカを次々と粛清し、監視し続けてきた。……ですが、その一族はある日突然この世から消えてなくなった。今から60年以上前の話です」

 

 

 当時の当主だったハインリッヒはとある重大な汚職事件の首謀者とされ、各関係者から激しく詰問された。その後、ライヒヴァイン一族が住んでいた家が火災に見舞われ、妻・ミュリエルと娘・イングリットと共に命を落としている。

 警察を始めとした司法関係者はこの火事を“当主ハインリッヒが良心の呵責に耐えかね、妻と娘を巻き込んで無理心中を図った”ものと断定し、まともな捜査は一切行われることなく片付けられてしまう。残されたのは、その日は友人と一緒に遊んでいた長男のみ。後に、長男は麻薬中毒者に襲われて命を落とす。

 長男と仲が良かった友人は、後に技術者となってMSの設計開発に関わることになった。彼が開発した機体――ユニオンフラッグは紆余曲折の末にコンペに勝ち、ガンダムが登場する直前まで“ユニオン最強のMS”として名を馳せている。

 

 長男の友人の名前は――レイフ・エイフマン。『ユニオン軍の基地へ武力介入を行った新型ガンダムの()()たちによって命を奪われた』とされている。

 “GN粒子を高濃度に圧縮した砲撃によって、建物ごと吹き飛ばされた”こともあり、彼の死体は原形を留めていなかった”――なんて話もあったか。閑話休題。

 

 

「さて、目の上のたん瘤だったライヒヴァイン家の族滅を確認したコーナー一派は、暗躍の規模を徐々に大きくして行きました。すべては“自分たちをコケにしたイオリア・シュヘンベルグ、及びその関係者たちへの下剋上”のため。もっと言えば、“イオリア計画を私物化することで、自分たちの栄華を永遠のモノにするため”だった。……そうでしょ?」

 

「……何故……」

 

「はい?」

 

「何故、貴様がそれを知っている……!? 一介の協力者でしかないお前が、何故、我らが滅ぼした“異端審問官”のことを!?」

 

 

 それを聞いたノブレスは、小さく鼻で笑った。

 

 

「確かに、一介の協力者でしかない人間であれば、“異端審問官”の情報なんて手に入りませんよ。お前らがそうなるように手を回してきたんだから」

 

「ならば――」

 

「ところで、ライヒヴァイン家の長男の死体って見つかったんですか?」

 

 

 ノブレスの問いかけに、ラグナは再び首を傾げる。ライヒヴァイン家が族滅してから60年弱の間に“引き継がれていくはずの情報が途絶えた”り、“変な尾ひれがついた”りしてしまったのであろう。

 2桁単位でも断絶や齟齬が発生しているのだ。200年弱ともなれば、断絶や齟齬の割合も大きくなる。コーナー家とハーヴェイ家の関係が変わったのもその結果だったのかもしれない。

 

 そんなことを頭の片隅で思いながら、ノブレスはつらつらと当時の事件――及び、その情報の一切合切を諳んじる。

 

 ライヒヴァインの長男に“死亡”という言葉が付いたきっかけは、彼が麻薬中毒者に襲われたとき、その場に居合わせた友人――レイフ・エイフマンの証言である。あの場で事件を目撃し、生き残っていたのは彼だけだった。麻薬中毒者は打ち所が悪くて死亡しており、長男の死体はどこにもなかった。

 司法関係者を抱き込んでいたコーナー一派は、紆余曲折の末にエイフマンの証言を採用することを選んだ。そのため、ライヒヴァインの長男は『死体は見つかっていないが、目撃証言から死亡したものと扱われる』ことになり、後に正式な死亡手続きが行われている。勿論、彼の事件も碌に捜査されず被疑者死亡で幕引きとなった。

 事件を闇に葬るために、コーナー家とその一派は些か強引な手段を取ったらしい。当時、彼らのやり方に疑問を抱いて異を唱えた人々が多く存在していた。……最も、彼や彼女らは軒並み“不審死”や“行方不明”の文字が躍るような末路を辿ったらしいが。金と権力による、多方面からの揉み消しが敢行されたためだろう。

 

 

「現代に至るまで、ライヒヴァイン家の長男の死体は“未だに発見されていない”。生きていれば80代の後半です。――()()()()()()、ね」

 

 

 ノブレスは一度言葉を切り、端末のデータを指し示した。

 

 映し出されたのは地方紙の一角。“ライヒヴァイン家の長男が麻薬中毒者に襲われて以降行方不明である”ことと、“その場に居合わせた目撃者の証言から、ライヒヴァイン家の長男が死亡した可能性が高いこと”が記載されている。一面を飾るような内容として扱われなかったこともあり、被害者兼行方不明者の写真は掲載されていない。

 コーナー家とその一派はさっさとこの事件の幕引きを図りたかったのだろう。強権を駆使し、事件そのものを軽く扱うことで終息させた。関連情報は暫く保存されていたのだろうが、時代が過ぎ去るにつれて“異端審問官”一族関連の情報は価値を失っていった。その結果、子孫たちは『“異端審問官”一族が邪魔者だった』程度の情報しか引き継がれなかった。

 

 

「もう既に死んだ人間の顔写真なんて、コーナー一派200年の“悲願”と比較すれば『取るに足らないもの』でしょう。お前らにとっては、気にする理由も必要性も感じなかった」

 

 

 端末を操作すれば、1枚の写真が映し出される。撮られた日付は今から60年程前で、火事によって当主・夫人・娘が亡くなる数か月前のものだ。正装し、静かな面持ちをした家族4人。

 クロームオレンジの髪をツーブロックにし、眼鏡をかけた男性が椅子の隣に佇んでいる。椅子にはプラチナブロンドの髪を肩まで伸ばした女性が座り、微笑を浮かべていた。

 男性の隣に佇むのは、女性とよく似た外見の少女。彼女の髪型はギブソンタックに纏められており、幼いながらも気品と優雅な雰囲気を漂わせていた。

 

 ――そして、女性の隣に佇むのは、1人の青年である。

 

 父親と同じクロームオレンジの髪はゆるくウェーブがかかっており、肩まで伸ばされたそれは1つに束ねられていた。

 妹と同じマルベリーの瞳を細める姿は、どこからどう見ても“優男”という評価が似合う。彼こそが、“異端審問官”一族の長男だ。

 

 

「……テオ・マイヤー?」

 

 

 ラグナが零したのは、アレハンドロの協力者が熱を上げているアイドル歌手の名前だった。

 丁度、そのアイドル歌手はライヒヴァイン家の長男と瓜二つである。それを見たノブレスの口元が弧を描いた。

 

 

「当時、ライヒヴァイン家の長男は進路に悩んでいました。MSの技術者になるか、歌手として歌を歌うかの2択です」

 

「それが何だと言うんだ!?」

 

「そういえば、お宅の一派には“双方に高い適性を持つMSパイロット”がいますよね。――ま、僕のことなんですけど」

 

 

 言いながら、ノブレスは仮面を外した。その素顔を見たラグナは目を丸くし――今までの話を思い返したのか、顔を真っ青にして震え始めた。

 

 

「ああ、その表情(かお)。……本当に、グラント・ハーヴェイとそっくりだ」

 

 

 ノブレスは吐き捨てるように言い放ち、奴の胸倉に銃を突きつけた。ラグナは悲鳴を上げる。

 

 

「ま、待ってくれ! 私が当主になった頃には、何もかもが終わっていたんだ! お前の家族に手をかけた張本人はみな、もう既に死んでいる! 復讐する相手は、もう――」

 

「復讐する相手はもういません。もういない()()()()()。『お前たちが“天使の落日(フォーリン・エンジェル)”計画を諦めてさえいれば』、ね」

 

 

 ノブレスの言葉を聞いたラグナは、涙と鼻水でまみれた醜悪な顔を歪ませた。本来だったら、ラグナの先祖にあたる男がここで泣き叫んでいたはずだった。しかし残念なことに、奴は寿命という死神によって葬られてしまっている。

 この場に第三者がいたら『復讐の刃を収めろ』と諭されるのかもしれない。しかし、ノブレスは復讐心だけに駆られて銃を向けている訳ではないのだ。ソレスタルビーイングに属しながら、ソレスタルビーイングを貶めるような異端者の存在を野放しにするわけがない。

 戦争根絶の理想を、未来へ託した数多の祈りを、自己がのさばること以外眼中に無い黄金野郎どもに踏み荒らされることなど我慢できないのは当然だろう。ノブレスは、彼や彼女たちを突き動かした想いを継ぐ“異端審問官”なのだから。

 

 安全装置を外し、引き金に手をかける。ラグナは顔面蒼白になった。

 

 

「先祖の計画を引き継ぐということは、先祖の罪と業を引き継ぐということに他ならない。そして、それをお題目にして更なる罪と業を重ねている。罰する対象になるのは当然でしょう?」

 

「何故だ!? どうして、どうして我が一族だけが……! コーナー家は!? 貴様が使()()()()()()コーナー家こそ、本来の復讐対象ではないのか!?」

 

 

 殺すなら、そちらの方が先だろう――ラグナの表情は、そう訴えている。

 彼の言葉を聞いたノブレスは、ゆっくりと微笑んだ。

 自分は今、薄ら寒い笑みを浮かべているだろう。ラグナの表情が凍り付いた。

 

 

「大丈夫ですよ。もう少し時間が経過すれば、じきに、貴方もアレハンドロと顔を合わせることになります。――あの世でね」

 

 

 「積もる話もあるでしょうから、そのときにゆっくり話せばいいでしょう」と、ノブレスは笑った。

 この瞬間まで、本当に長かった。今までの時間を思い出しながら、ノブレスは目を細める。

 

 

「今の僕には、復讐以前に()()()()()()()()()()()がある」

 

「つ、務め……!?」

 

 

 ノブレスの言葉に、ラグナは茫然とこちらを見上げた。

 それに応えるようにして、ノブレスは屹然と奴を睨む。

 

 

「当代の異端審問官として告げる。貴様のような汚らわしい者の存在を、許しておくわけにはいかない」

 

 

 この瞬間を待ち望んでいた。

 

 研ぎ澄ました牙を向く、1回目。今まで生き永らえてきた理由。務めを果たす(とき)は来た。

 イオリアの祈りを裏切っただけでなく、私利私欲に走るためにライヒヴァイン家を根絶やしにした一族の末裔を――裁く。

 

 

「裏切り者、ラグナ・ハーヴェイ。お前はいなくなれ」

 

 

 引き金は引かない。――否、()()()()()()()()()()。青い光が爆ぜる用に瞬く。ラグナは声にならない悲鳴を上げて体を大きく跳ねさせた後、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 ノブレスは銃の安全装置を元に戻し、手早く隠蔽工作を行う。嘗てコーナー一派が行った証拠隠滅よりも堅実で、自然、且つ、偶発的に見えるように。死因は“心臓発作による突然死”で決まりだ。

 嘗ての異端審問官たちも、“同胞”としての力を使って汚れ役を引き受けてきた。父も、いずれは父の跡を継ぐはずだった妹も、きっと今のノブレスのように、強い意志を持って動いていたに違いない。

 

 全てが終わった後、ノブレスは無感動にラグナの死体を見つめる。果たすべき務めを果たしたのに、何の感慨も湧かなかった。

 “まだ終わりではない”と自覚しているからだろう。()()()()()()()()()を手をかけるには、まだまだ時間が必要だ。

 

 

(あとは――)

 

 

 次に仕留めるべき異端者の姿を思い浮かべたのと同じタイミングで、ノブレスの持っていた端末が派手に鳴り響いた。暗号通信――送り主は、ヴェーダ掌握の手続きを進めるリボンズ・アルマークのものだ。

 

 新たなアンノウンの出現。そいつの攻撃により、トリニティ兄妹が危険な状態に陥っているらしい。

 ノブレスは即座に()()()、ベルナールのコックピットに転移した。操縦桿を動かし、彼らが戦っているポイントへ向かう。

 

 

(くそっ、よりにもよってこんなときに!!)

 

 

 ノブレスはベルナールを加速させた。もうこれ以上、何も失いたくはない。奪われたくはないのだ。

 

 絶望に満ちた声が《聴こえる》。<死ぬために生み出され、使い潰される命>。<自分たちはすべてから見捨てられてしまった>と嘆く声がする。トリニティ兄妹のものだ。

 彼らを追いつめる声が《聴こえる》。『一番信頼していた人間が助けに来ないことが何よりの証拠だ』と女が嗤っていた。その声には聞き覚えがある。

 どうやら、本当の意味で危険度が高かったのは()()()()()()()()()()()()ようだ。今となっては後の祭りである。ノブレスは舌打ちした。

 

 伝家の宝刀が頭をよぎる。本来ならば、もう少し温存しておきたかった力である。

 しかし、今、『それ』を抜かなければ、伝家の宝刀は伝家の宝刀(そう)ある意味(ゆえん)を失う。

 

 ノブレスが守りたいと願ったものが、失われてしまう。そんなのはもう御免だ。

 

 

「――ESP-Psyon起動。GNドライヴ、出力、フルブラスト! 量子ワープホール展開!」

 

 

 ノブレスは躊躇うことなく、ESP-Psyon(伝家の宝刀)を引き抜いた。同時に、力を発現させる。

 サイオンバースト。“同胞”の持つ力を最大限に発揮した。ベルナールの眼前に緑の渦が出現し、機体を覆うかのように青い光が迸る!

 

 

「飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

 言葉通り、ノブレスは《飛んだ》。先程までは海の上を飛んでいたベルナールは渦を通り抜け、一瞬で、リボンズから送られてきた座標ポイントへと転移する。

 

 眼下に見えたのは、漆黒の翼を生やした天使。女性的なフォルムには見覚えがある。レギナの系譜となった“とあるガンダム”とよく似たデザインだが、そのMSには翼など存在しなかった。

 そのMSのデータは、ヴェーダにも登録されていた。但し、『虚憶(きょおく)を“完全に”再現するとしたら』というコンセプトだったため、机上の理論で終わってしまっていたが。

 漆黒の翼を生やした機体は告死(こくし)天使と呼ぶに相応しい外見をしている。座天使たちに死を告げるため舞い降りたのだろう。そんなこと、絶対にさせない。ノブレスは勢いそのまま、攻撃を仕掛けた。

 

 

「人の教え子に、手を出すなァァァァァァァァ!」

 

 

 ベルナールは6基の自立兵器を展開し、ビーム攻撃を撃ち放った。不規則に陣形を汲んで繰り出されるビーム攻撃の雨あられに、告死天使はGNフィールドを展開しつつ回避行動に移る。

 

 

<フェニックス、近接戦入ります!>

 

<よっしゃあ! オレに任せろ!!>

 

 

 ファンネルの形状をT-ファングとソードビットに変化させつつ、ノブレスは相方のフェニックスに声をかけた。フェニックスが返事をしたのと、ベルナールがビームサーベルを引き抜いたのはほぼ同時。

 

 アレハンドロの派閥に与しているが故に、告死天使のパイロットはベルナールの武装について一定の知識を有している。ソードビットはGN粒子が絡んでいるため威力が落ちるものの、T-ファング共に“GN粒子によるシールドをぶち抜ける”ことも把握しているはずだ。

 告死天使は忌々しそうにファンネルたちを見上げると、即座に双鎌と有線式の自立兵器を展開した。ノブレスも残りの6基をソードビットにして展開し、有線部分や自立兵器そのものに攻撃を仕掛ける。現状、“自立兵器の使い方”はベルナール側が優勢か。

 ベルナールのビームサーベルと告死天使の双鎌がぶつかり合い、派手な鍔迫り合いを繰り広げる。その度にバチバチと火花が飛び散った。切り結んでは距離を取り、再び切り結びを繰り返した。金属同士が噛み合うような音が響き渡る。

 

 

<そんな……! ラグナ・ハーヴェイを始末した後だとしても、わずかな時間でここに来れるはずが――!>

 

 

 パイロットの声が《聴こえる》。成程、敵/女はノブレスが“ラグナ・ハーヴェイの始末/粛清に行く”ことを知って、トリニティ兄妹を襲撃した。それなら、襲撃に気づいたとしてもベルナールはスローネ救出に間に合わない。その間にトリニティ兄妹の真実を暴露し、絶望させ、処分しようとしたのだろう。

 意地の悪い奴らだ。自分のことを棚に上げながら、ノブレスはビームライフルの照準を告死天使へと向けた。死ぬのは貴様の方だと言わんばかりに、ファンネルの遠距離兵装も交えて撃ちまくる。雨あられのように降り注ぐ攻撃に、告死天使は驚きを隠せない様子だ。彼女にとって想定外の攻撃力だったらしい。委縮したような感情が漏れていた。

 

 後ろの方から声が《聴こえる》。絶望に打ちひしがれていた、トリニティ兄妹のものだ。

 

 

<来てくれた……! 教官が、助けに来てくれた!!>

 

<教官は、俺たちを見捨てなかったんだ……!>

 

<教官……! ……ほんの一瞬でも、貴方を疑ってしまった自分が恥ずかしい>

 

 

 ネーナが、ミハエルが、ヨハンが、希望を見るような眼差しでノブレス/ガンダムベルナールの勇士を見つめている。ああ、尚更、自分は負けるわけにはいかない。

 彼らの教官として、相応しい自分であるために。今度こそ、大切なものを守り抜くために。ノブレスは操縦桿を握り締めた。

 『人の心の光』を示した「伊達じゃない」ガンダムを下地にして生まれ落ちた異端審問官が、座天使を葬り去るために降臨した告死天使と対峙する。

 

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 青い光を纏ったベルナールは、教え子の運命に挑む。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 圧倒されている。自分の駆る新型が、スペックの劣るガンダムベルナールに押されているのだ。あまりの出来事に、少女は歯噛みした。

 シミュレーションは何度も何度も繰り返したし、つい数刻前にはスローネ3機を破壊寸前まで追いつめたというのに。

 確かに、少女は元々一般人。パイロットの訓練を積んでいなかった。実戦経験はシミュレーター以外積んだことがない。

 

 

(力負けしている……!? 私のガンダムが? 嘘でしょう!?)

 

 

 世界を変える最強の剣――それが、自分の翔るガンダムではなかったのか。製作者である“彼女”が、少女に嘘をつくとは思えなかった。そこまで考えて、少女は思い出す。

 

 “彼女”は言っていた。『ガンダムベルナールのブラックボックス解析は不十分のため、本当の実力は未知数である』と。その、未知に当たる部分が、自分たちに牙を向いたのだ。未知数の部分が想定外だったのだ。

 ベルナールの機体が身に纏う青い光。あれが“解析できなかった未知の部分”なのだろう。少女はごくりと生唾を飲み干した。世界を変える剣が折れたら/失われてしまったら、少女はちっぽけな存在に戻ってしまう。

 

 出来損ないの兄のせいで、自分はすべてを奪われた。年相応の幸福も、自由さえも残さずに。だから、世界を変えてやりたかった。

 直接は不可能。だから、間接的な方法で世界を動かしたかった。ソレスタルビーイングに出資していたのも、そのためである。

 “世界を変えたい”――その想いの強さに共感してくれた同志がいた。真の変革を成しうる“革新者”として相応しいと言ってくれたのだ。

 

 “彼女”は少女に力を貸してくれた。その権化が、今自分が搭乗するガンダムである。この機体は少女にとっての拠り所でもあった。この機体が敗北するということは、自分の願いが潰えることを意味する。

 “世界を導く者として、世界を革新する存在となる”――世界の変革を見たいと望んだ少女の、新たな願い。本当は成し遂げたかったことを、ガンダムは叶えてくれる。その力を、自分は持っているのだ。そう、世界に示したい。

 

 

「私は、幸せになりたい。こんなクソみたいな世界なんて嫌い」

 

 

 お嬢様にしては相応しくない言葉使いだ。同じお嬢様でありながら、畏まったときと平時を使い分ける“彼女”に影響されたのだろう。こんな変化も悪くない。

 

 

「私は……私たちは、世界を変える者。その資格を有している。……そうでしょう? ――私の告死天使(ガンダム)

 

 

 少女の言葉に応えるように、漆黒のガンダムは輝きを放つ。

 そうだ。自分たちはまだ何も変えていない。世界を変えるために、今を生きている。

 世界の変革を成し、変革()の行く末を見届ける――それが、少女を突き動かす理由だった。

 

 未知の部分が何だ。少女には、変革を成す刃がある。

 切り札はまだ、切られていない。今こそ、それを切るときだ。

 

 

「――トランザム!」

 

 

 少女の声を鍵にして、切り札――トランザムシステムが起動する。漆黒のガンダムは赤い光を纏った。少女の告死天使は即座に武器を展開し、ベルナールに攻撃を仕掛ける!

 

 先程、押され気味だった力がひっくり返る。ベルナールの速度を軽々と追い抜き、漆黒のガンダムは武装を展開した。距離を取り、大量のワイヤーを撃ち放った。ベルナールは展開したファンネルでワイヤーを撃ち落としたが、本命は近接攻撃だ。

 少女のガンダムは二刀流の鎌を振り回してベルナールを切りつけると、即座に飛行形態へ可変する。勢いそのまま異端審問官を追い抜くと、方向変換して突っ込んだ! ベルナールはすれすれで躱すが、攻撃はまだ終わっていない。

 飛行モードからMS形態へ戻り、振り向き様に砲門を向けた。4つのそれは毒々しい赤紫の光を充填させる。異端審問官が切羽詰まった様子で振り返ったのと、少女が発射スイッチを押したのはほぼ同時。極太のレーザービームが襲い掛かった!

 

 シミュレーターで何度も練習したコンバットパターンだ。優秀なOSと耐G性能のおかげで、全然なんともない。

 荘厳で神聖な紫の光がベルナールを飲み込む。光がすべてを焼き尽くす直前に、相手が防御を取ったのが伺えた。

 

 それがどうしたと言わんばかりに、光は異端審問官を焼き尽くす。最後の最後で、こちらの攻撃がシールドの耐久力を上回ったらしい。光が弱まったのと同じタイミングで、ベルナールが爆ぜたのが見えた。

 砲撃の威力に耐えられず、ベルナールは地面に伏した。ああ、呆気ない――少女は笑う。そうして、感嘆に震えた。これが自分の力なのだ、と。相手は至る所が損傷していた。白い部分は黒く焼け焦げ、間接部分は火花を散らし、あちこちから黒煙を上げている。

 

 

(満身創痍、ね)

 

 

 少女はくすりと微笑んだ。先程まで、相手を恐れていたことが嘘みたいだった。自分は何を怯えていたのか、と、半ば呆れにも近い気持ちになる。

 ベルナールは動かない。このまま嬲り殺しにすることも可能だ。スローネ3機がベルナールを見る様は、搭乗したパイロットたちの絶望を反映していた。

 彼らの様子を眺めていた少女は、ゆるりと目を細める。それは、力を持つ者故の余裕であり“気まぐれ”であった。異端審問官との通信を開く。

 

 通信画面に映し出されたのは、傷だらけの仮面の男。額に傷を負ったのか、仮面の下から血が流れている。その様は、哀れでもあった。

 

 

「最期に、言い残したいことはなくて?」

 

「……おかしいな。貴女は、そんな性格だったかな?」

 

 

 最後の慈悲として、少女は男に問いかけた。

 対して、仮面の男は意外そうに首を傾げる。

 

 

「それが最期の台詞?」

 

「まさか。ならば僕は、もう少し別なことを言いますよ」

 

「早くしていただけません? レディを待たせるのは、殿方としてあるまじき行為ですわ」

 

 

 余裕を失ったが故に地を出した男に対し、少女は茶化すように促す。

 

 男の死は、トリニティ兄妹を更なる絶望に突き落とすことになるだろう。また、彼らを嬲ることができる――少女の胸が震えた。後ろ昏い喜びに、体中がぞくぞくする。

 通信回路からは荒い呼吸が響いてきた。今頃、辞世の句の1つや1つでも考えているのだろう。世界を変える力を持たなかったがゆえに、淘汰される弱き者。その相手に、引き金を引くのは自分。

 他者の命を自由に握り潰せるというのは、なんて楽しいことなのだろう。強大な力を握った今の自分ならば、ちっぽけな人間の運命など簡単に変え/歪められる。少女は口元を緩ませた。

 

 何かを決したように、深く息を吐く音がした。

 仮面の男の口元は、静かに弧を描いていた。

 

 

「……こう見えても、僕は技術者の端くれでしてね。……技術者なら、誰しもが『一生に一度は言ってみたい』台詞があるんだそうです」

 

 

 「今際の台詞はそれがいいですね」と、男は笑った。死にゆく寸前よろしく、弱々しい声であることには変わりないが。

 少女は男を促す。彼は俯いた。何かの覚悟を決めようとしているかのようだ。幾何かの間をおいて、通信が男の声を拾い上げる。

 

 

「―――――――――――」

 

 

 しかし、ノイズが酷くてよくわからない。

 

 

「聞こえませんわよ? もう一度」

 

「――な――も―――かと……」

 

 

 やはり、ノイズが酷くてよくわからない。

 

 

「聞こえませんわよ? もう一度」

 

「――……こんなこともあろうかと……」

 

 

 少女が問いかけたとき、突然、男ががばっと顔を上げた。仮面をしていてもわかる、不敵な笑みを湛えて言った。

 

 

「こんなこともあろうかと!」

 

 

 次の瞬間、異端審問官の機体から青い光が舞い上がる。

 否、機体からではない。男が纏うオーラが、機体から溢れる光そのものだった。

 そうして、男はダメ押しとばかりに叫んだ。

 

 

「――こんなこともあろうかとォォォォォォォォォォ!!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ネーナ・トリニティは見ていた。澄み渡る空のような青い光を纏い、再び空を舞ったベルナールの姿を。

 ネーナ・トリニティは見ていた。ベルナールの周囲に残像が出現し、告死天使の元へと向かった姿を。

 ネーナ・トリニティは見ていた。座天使(スローネ)たちを守るかのように、縦横無尽に飛び回る異端審問官たちを。

 

 告死天使はベルナールの群れを撃ち落とす。なのに、ベルナールの群れは未だ健在。平気の平左で飛び回っていた。

 

 

<確かにレーダーでは撃ち落としたはず……っ!? ――まさか、これが“質量を持った残像”!?>

 

<当たらずとも遠からずってところですね! これは僕の能力の副産物を発展させた結果ですよ! シーブックくんやラドリオ星の忍者伝説様々です!!>

 

<に、忍者伝説!? それに、シーブックって、ヴェーダに登録されていた機体のパイロットと同じ名前……まさか、“脳波コントロールできる上に、攻撃にも実体がある()()”ってこと!?>

 

 

 どこかで聞いたことのある少女の《聲》に、満面の笑みを浮かべて答えたであろうノブレスの《聲》が《聴こえた》。命を燃やすかのように、ガンダムベルナールは怒涛の攻撃を仕掛ける。分身の目くらましと実態を持つ攻撃に、告死天使が翻弄される。

 話を聞く限り、ベルナールが展開した分身たちはは『能力発動の副産物で発生する現象』だが、その熱源をセンサーが誤認してしまうために、相手は残像を攻撃してしまう。発生したそれを囮として利用することで、事実上の奇襲戦法となっているのだ。

 しかも、『脳波コントロールができる』ということは、『“質量と実体を持った分身”を、己の意志で縦横無尽に動かすことが可能』――ということらしい。丁度、告死天使を弄ぶようにして飛び回っているように。

 

 どこからかノブレスが解説してくる《聲》が《聴こえた》。しかし、今のネーナには、ベルナールと告死天使が鍔迫り合いを繰り広げる光景を見ていることしかできなかった。

 先程までの圧倒的不利をノブレスは覆したのだ。その現実を見るだけで、希望が目の前にあるような心地になる。無意識的に、ネーナは操縦桿を握り締めていた。

 

 

<それだけじゃあないんですよ! 教え子を酷い目に合わせたツケとして、とくと味わって貰いましょうか!!>

 

 

 彼の言葉使いに違和感を感じたとき、分身たちが告死天使に向かって攻撃を仕掛けた。レーザーガンを撃ち放つ機体、バズーカの実弾で攻撃する機体、ビームサーベルで白兵戦を仕掛ける機体、ファンネルを飛ばしてくる機体など、様々な攻撃を繰り出す。

 

 ノブレスは分身を駆使し、1人で数人分の連携を繰り広げる。不意に、300年前日本に実在した芸能人の名前が脳裏によぎったが、口に出してはいけないような気がして黙ることにした。ネーナが脱線している間に、戦況はノブレス優位で進んでいく。

 ファンネルの攻撃を縫うようにして躱した告死天使に、レーザーガンとバズーカの雨あられが降り注ぐ。更にファンネルの第二陣が纏わりつき、遠距離から多種多様の陣形と多段式のタイミングでレーザー攻撃や実体武器としての特性を有した形状のモノが襲い掛かっていた。

 

 

<厄介なものを……!>

 

 

 レーダーが当てにならないせいで、どの分身が本物なのかがわからない。ネーナたちも同じため、分身たちが被弾するたびにハラハラする。その都度、展開された分身の群れが消えないでいる光景に安堵するのだ。

 次の瞬間、攻撃の雨あられでガードが緩んだ告死天使の斜め右上から、ベルナールが懐に飛び込むようにして急降下する。各遠距離兵器および白兵戦を仕掛けてくる分身に翻弄されていた告死天使は、反応がワンテンポ遅れた。

 

 

<しまっ――>

 

<――そこだァ!!>

 

 

 しかし、ノブレスにはそれだけで充分だったらしい。次の瞬間、彼は告死天使に向かって蹴りを叩きこんだ!

 

 体勢を崩した告死天使に群がるように、νガンダムたちは殺到する。己の持ちうる武装すべてを展開し、豪雨を思わせるような攻撃を仕掛けた!

 いくら機体のスペックが高くても、限界はある。四方八方から降り注ぐ遠距離兵器と、態勢が崩れて無防備なところへ叩きこまれた攻撃に敵う筈がない。

 

 

<くぅぅ……ッ!>

 

 

 ついに、告死天使が地に伏した。少女の呻く《聲》が《聴こえる》。対するベルナールもボロボロだ。

 紙一重ではあるが、ノブレス/ベルナールは少女/告死天使を見下すほどの余裕があった。

 兄たちが感嘆の声を上げる。ネーナもその1人だった。やはり、教官は強かった。自分たちなんかより、ずっと。

 

 荒い呼吸を繰り返しながらも、ノブレスは王手をかける。残像たちを従えたベルナールの群れがビームサーベルを振り上げた。

 

 この場にいる誰もが、ノブレス/ベルナールの勝利を確信していた。

 この場にいる誰もが、少女/告死天使の敗北を確信していた。

 

 

<――ッ!?>

 

 

 不意に、戦慄したように空を仰いだノブレスの姿が《視えた》。まるで彼の心を直接読み取ったかのように、ノブレスの驚愕が伝わってくる。

 東雲色の空。ノブレスの眼差し/ベルナールのカメラアイが空の向うを睨む。そのタイミングを計ったかのように、乱入者の声が響いた。

 

 

「――ところがぎっちょん!!」

 

 

 乱入者は、無数の分身など一切気にする様子もない。

 次の瞬間、ただ1機(本体)に向かって、禍々しく爆ぜる赤黒い光が降り注いだ!!

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

「エピオンシステム?」

 

 

 ゼクスの言葉を反芻しながら、クーゴは首を傾げた。彼も、静かな面持ちで頷く。

 出自が元王族ということもあるのか、微笑み方ひとつにも気品が漂う。トレーズとは違う方向で、だ。

 

 そういえば、クーゴとグラハム以外の2人――ゼクスとシャアは、元々高貴な身分の出自だった。詳しい話は知らないが、現状を鑑みるに、波乱万丈な人生だったことは明らかである。

 

 

「トレーズ閣下とカタギリ技術顧問曰く、『今後開発されるシステム』……ということらしい。詳しいことはわからないが、そのシステムのテストに参加することが決まったのでね」

 

「そうか。凄いなぁ」

 

 

 “年下の友人が才能を認められ、頑張っている”――そのことが、我がことのように嬉しい。ゼクスの才能が周囲から認められ、とんとん拍子に出世していくことを、クーゴとグラハムは喜ばしく思っていた。同時に、「自分も負けていられない」と対抗心を燃やしたものだ。

 

 当時、自分たちは連邦軍に所属していた。所属不明の機体――後に“ガンダム”に属する機体と定義される存在たちと戦いを繰り広げていたときの日々を思い出し、クーゴは深く息を吐く。古巣を離れて早数年。自分たちが行方不明になっている間、更なる陰謀に飲み込まれていた。

 クーゴが連邦を離れる原因になったのも、グラハムが“武士道”になってしまった原因の根底も、悪意と陰謀である。先で中核を担っていた/今後も中核を担うであろう“あの人”は、異種生命体――ミューカスの襲来でてんやわんやになった現状など気にしていない。

 人類同士の戦いを誘発させながら、“あの人”は、今日も世界を眺めているのだろう。自分の思うがままに世界を動かすことを目標にしているらしいが、“あの人”がそんなバカげたことに走った理由の一端を、クーゴは担ってしまっている。そのため、文句は言えそうになかった。

 

 

「おめでとう。いい成果が出ることを願ってるよ。……もっとも、ゼクスなら大丈夫だろうけど」

 

「貴方もトレーズも、過度な期待をかけるのがうまい。そこまで信頼されているとなると、どんな無理難題にでも応えたくなってしまう」

 

 

 彼はくつりと笑った。クーゴも「その気持ちはよくわかる」と言う代わりに目を細める。ゼクスの言葉は、クーゴにもそっくりそのまま当てはまるからだ。

 頼まれ事はなんとなく断りづらい、褒められたり認められると深く突き詰めていく、相方の無茶ぶりに「しょうがない」と苦笑しながらも応えようとする――。

 グラハムとゼクスは似た者同士だと思っていたが、どうやらクーゴとゼクスも似た者同士であったらしい。それを噛みしめていたら、何やら微笑ましい気持ちになってきた。

 

 年下の友人と別れ、クーゴは自分の機体の様子を確認するため格納庫に向かった。扉が開き、足を踏み入れる。

 

 クーゴの機体には、ジオンの技術者では手に負えないものがいくつか搭載されていた。悪の組織に所属する技術者が、ジオン――主にオルトロス隊の動向確認および技術協力のために常駐している。

 自分の愛機を確認する。深い群青(あお)の機体は、空へ飛びあがる瞬間を待ち続けていた。その隣には、グラハムが搭乗している機体もいる。般若を思わせるような仮面で顔を覆った彼の愛機は、侍という言葉が相応しい。

 

 どうやらこの機体、フラッグを大改造して作ったものだという。作り上げた張本人であるビリーも、グラハムに引きずられるような形でジオンに身を置いていた。クーゴが表舞台から姿を消した直後、陰謀に巻き込まれたためだ。

 連邦から文字通り脱出した2人だが、余波というか、後遺症(らしきもの?)は残ったままだ。ビリーはトレーズと一緒にエピオンシステム――ゼクスがテスト役に任命されたものだ――開発とグラハム機の整備時々チューンナップに明け暮れている。

 グラハムに至っては、妙な仮面を纏い、言動も大変なことになっていた。なんちゃって武士道を極めた結果、という言葉がよく似合う。愛機のデザインも、グラハムの現状を反映したかのような外見になっていた。

 

 

「うえぇぇぇ~んッ! 実戦形式の機体テストなんて、しかも私がパイロットだなんて聞いてなぁぁぁぁぁい!!」

 

 

 インカムをした青い髪の女性が、半べそをかきながら抵抗していた。それも虚しく、オレンジクロームの髪を持つ男性技術者と、金髪の女性技術者に引っ立てられていく。

 あれよあれよという間に、女性は機体に乗せられて出撃させられていった。彼女が泣き叫ぶ声がビリビリと響いてくる。男性技術者は、いい笑顔でその背中を見送った。

 

 確か、彼女の本業はオペレーターだと聞いた。雑務と兼業している、という話を聞いたことがある。雑務という単語で嫌な予感を覚えたが、クーゴの予想通りだったらしい。

 いい笑顔を浮かべた男性技術者が、クーゴの存在に気づいたように手を挙げた。こちらも手を上げ返す。彼は、クーゴが間借りしていた組織に所属する技術者であり、パイロットであり、クーゴの“同胞”でもあった。

 この技術者も、ジオンと地球連邦の橋渡し役と平和工作の協力者である。彼の部下にして弟子である3兄妹は別の任務に就いているらしい。最近では「有名なアイドル歌手とお近づきになれてハイになった」という話を聞いた。

 

 銀河の妖精、超時空シンデレラ。通信から漏れた単語から想像するに、3兄妹はマクロス・クォーターと行動を共にしているのだろう。

 技術者は羨ましそうにしていたのが頭から離れない。「可変式の戦艦」の話を聞いた技術関係者どもが燃え上っていたのは、記憶に新しかった。閑話休題。

 

 機体の確認を終えて、自分たちは格納庫を後にした。今何時だろうと時計を確認すれば、会議の時間に近づいている。穏健派と改革派、腐った奴と暴走気味な奴、様々な人々の感情が渦巻く戦いの場所。考えるだけで、気が重くなった。

 

 

「会議は今日も踊りそうですね」

 

「まったくだ」

 

 

 男性技術者の言葉にクーゴも頷く。外部組織代表として、この技術者は会議に出席していた。オルトロス隊の代表として、クーゴたちも会議に出席する。

 程なくして、目的地の会議室が見えてきた。扉の前で何かを話し合っているのは、仮面の男3人組――シャア、ゼクス、グラハム。彼らは自分たちの存在に気づくと、小さく合図した。

 

 今日もまた、踊り狂うだけの会議が始まる。そう考えると、何とも憂鬱な気分になった。

 

 

 

***

 

 

 

「今すぐ、ガンダムファイトに関する情報や見解をジオンの有識者に問い合わせろ!」

 

「内容次第では、徹底抗戦派の連中を納得させられるかもしれない!」

 

「その際のプレゼンは私に任せてくれないか?」

 

「ならば、ジオンの代表は我々オルトロス隊に任せて頂きたい! どうしても決着を付けたい相手がコネクトにいるのです!」

 

 

 

***

 

 

 

 決闘場は、大変困惑していた。

 それもこれも、グラハム・エーカー/“武士道”のせいである。

 

 グラハムとの関係を暴露された刹那は、羞恥心からか顔を真っ赤にしていた。彼女の怒りを反映させたかのように、2つのゼロを冠する機体がグラハム/“武士道”の機体に攻撃を仕掛ける。対する“武士道”は「羞恥に悶えるキミも魅力的だ」なんて問題発言をしながら、彼女の機体と鍔迫り合いを演じていた。

 クーゴ含んだ大半のギャラリーは、ただただ驚きに声を上げることしかできない。「お前らいつの間にそんなことになってたんだ」と、言葉にするので精一杯だった。コネクト・フォースに所属する少女が目を輝かせ、言葉の意味を理解できなかった青年が首を傾げる。隊長は何を思ったのか、妻に連絡を取り始めた。

 審判役を買って出ていたドモンは顔を真っ赤にしてうろたえ、ボビーが「見かけによらず熱いじゃない!」と口笛を吹き、「“武士道”が言った言葉の意味について教えてほしい」という子ども組の質問に大人組が真っ青になり/頭を抱え、技術者の弟子で技術者に想いを寄せる少女が「そこのところ詳しく!」と身を乗り出す。相当なカオスだ。

 

 その中で、にこにこ笑っているイデアは強者と言えよう。

 

 

「は、『犯罪だけには走るな』って言ったのに……。いや、厳密的に、法律的に考えれば問題はないのかもしれないけど……でも……」

 

 

 彼女の隣にいたビリーが崩れ落ちた。余程ショックだったようで、変なオーラを背負い、「ははははは」と力なく笑っている。

 ビリーの瞳は酷く濁っていた。“武士道”と彼の愛機の勇士を見に来ていただけだというのに、とんだとばっちりである。

 

 騒然となったのはギャラリーだけではない。代表者として戦っていたアムロ、シャア、ヒイロ、ゼクスたちも度肝を抜かれた様子だった。

 

 

「な、なんて恥ずかしい奴!! シャア、お前まさか知っていたのか!? 知っていて、刹那さんと“武士道”を!? だとしたら卑怯だぞ!!」

 

「知らん! 今初めて知ったぞ!! 知っていたら絶対に、こんな組み合わせなど考えなかった!! 我が同僚ながら、なんてうらやま――けしからん奴だ!!」

 

「本当にうらやま――けしからん奴だな、“武士道”!」

 

 

 思春期の少年(アムロ)と、何かを拗らせ気味だった青年(シャア)の心が同じ方向を向いていた。同志になるならないで戦っていた彼らであるが、今このとき、確かに彼らは同類(どうし)であった。

 

 

「エピオンシステムのテスト中に見えたので、まさかとは思っていたのだが……」

 

 

 額に手を当てて、ゼクスが深々と息を吐く。未来の可能性を見せることでパイロットを勝利に導く――ゼロシステムと同等の力を持つ演算システム、それがエピオンシステムだ。 

 ゼクスはそのテスト中に、刹那とグラハムの関係を垣間見ていたらしい。彼が困惑していたのは、この場でそんなことを悪意なく言い放ってしまった“武士道”の行動だろう。

 

 しかし、あらかじめ知っていたことが幸運だったのか、彼は立ち直りが早かった。

 

 

「と、とにかく! 今はそんなことをしている場合ではない! 我々は我々で、決着をつけるぞ、ヒイロ!」

 

「……にんむ……りょうかい……」

 

 

 ライバルに促され、ヒイロは半ば呆然とした表情で頷いた。驚きすぎたせいで、何か間の抜けたような響きの声。流石のヒイロにもショックが大きかったらしい。

 茫然とするしかない周囲の状況など何のその、刹那と“武士道”は派手な剣裁を繰り広げている。2人の周囲だけが闘技場に見えてきた。クーゴは相当疲れているらしい。

 周囲は相変わらずざわめいたまま。おかしな方向に転がり始めた『コネクト・フォース代表VSジオン軍オルトロス隊代表のガンダムファイト』の決着は、まだつきそうになかった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「クーゴさん、大丈夫ですか?」

 

「――……はッ!?」

 

 

 イデアの声に現実へと引きもどされる。なんだかとっても頭が痛くなるような光景を《視ていた》ような気がした。詳細を思い出そうと努力したが、その光景を拒絶しようとする自分の意志の方が強すぎて、逆に何も思い出せなかった。

 

 心配そうにこちらを見つめるイデアの眼差しに、クーゴは苦笑した。

 「何でもない」と言えば、彼女は安堵したように微笑む。

 

 現在、クーゴはイデアと休暇を過ごしている真っ最中であった。“おそらくこれが、2人が揃う最後の休暇になるだろう”――その覚悟を固めて来たクーゴであったが、イデアに「行きたい場所がある」と連れてこられたのが、ドレスコードがある会員制の高級レストランだった。

 イデアからは事前に『相応のドレスコードがある』とは聞いていたけれど、最近出来たばかりの会員制高級レストランに連れてこられるとは思っていなかった。しかも、いつの間にかイデアはこのレストランの会員になっていたらしい。彼女の口添えで入店を許可された形となる。

 周りがドレスとタキシードを着て談笑している中で、1人だけ着物を着ているクーゴは注目の的である。表立って何かを言う人はいなかったが、先程からちらちらと視線を感じるのだ。一応準礼装クラスの服装――略礼装の中でも一番格式の高い色羽二重――を身に纏ってきたため大丈夫だとは思うのだが、どうなのだろう。

 

 

(やっぱり青がダメだったのかな。ここは灰色にしておくべきだったか……? 黒は冠婚葬祭や記念式典のときに着る正装だから、ドレスコードありきの食事会にはちょっと合わないし……)

 

 

 クーゴがぐるぐる悩んでいると、不意に女性たちの《聲》が《聴こえた》。

 ひそひそ話に近しい声色だというのに、鮮明に《聴こえてくる》のは何故なのか。

 

 

<ねえ見て。あの着物の人>

<あの人が、イデアちゃんの?>

<『■■■年前からずっと片思いしてる相手』なんだっけ?>

<イデアは『格好いい』って言ってるけど、アレ、どちらかと言うと可愛い系じゃない?>

<いやでも、ふとした仕草からは凛とした空気漂ってくるよね。そのギャップがいいんじゃないかな>

 

<ね、ちょっと声かけてみようか――ッ!?>

 

 

 女性の1人がそう《囁いた》刹那、店内の空気がより一層冷ややかになったように感じた。その出所を辿れば、綺麗な笑顔を浮かべているイデアの姿が。

 和気藹々と響いていた女性たちの《聲》は<ゴメンナサイ>、<スミマセンデシタ>、<ユルシテクダサイ>という謝罪の言葉と共に拡散した。

 

 晴れ渡った真夏の空を連想させるようなスカイブルー。無駄な装飾が施されていないシンプルなマーメイドラインのドレスは、肩の部分がケープのような形状になっているのが特徴的だった。スリットが入った部分が袖に当たるらしい。

 普段とは違った雰囲気――所謂『夜会巻き』と呼ばれる類の髪型だ――のハーフアップに纏められた彼女の髪には、柔らかなウェーブがかかっている。束ねた髪を彩るのは、クーゴが以前贈った銀の簪。イデアの“拘り”というヤツだろうか。

 

 それ程気に入ってもらえたことが嬉しくて、同時になんだか照れ臭い。何とも言えない甘酸っぱさを持て余しながら、クーゴはノンアルコールカクテルに口を付けた。

 

 

<あいつが頼んだカクテル、よりにもよってグラスゴー・フリップなんですよね>

<“恋人たちの夜(ラバーズ・ドリーム)”の方が有名なのに、なんでグラスゴー・フリップでメニュー表載せたんだろ>

<おかげで大事故が起きてるんだよなー。しかもあいつ無自覚だぜ?>

<イデアも上機嫌になっちゃって、さっきから色んなカクテル頼みまくってるんだよな……>

<カクテル言葉だっけ? あの様子からして、本命には何一つ伝わってないと思うぞ>

<それでも幸せなんだろうな。でなきゃ、あんないい表情(カオ)しないって>

 

 

 レストランの反対側にあるバーカウンターから、バーテンたちのひそひそ話が《聴こえた》ような気がした。視線を向ければ、彼らはそそくさとこちらに背中を向ける。暫くの間、彼らはイデアが頼んだカクテルの名前を順番に挙げ連ねていた。

 

 ミントジュレップ、アイ・オープナー、ホーゼスネック、XYZ、ブラッディメアリー。イデアは割とハイペースにアルコールを飲み進めているようだが、彼女の様子を見る限り、ソフトドリンクを飲んでいるようにしか見えなかった。あの飲みっぷりから類推するに、酒類に強い体質なのだろう。

 クーゴは理由(ワケ)あって“アルコール摂取を自重している”タイプだ。クーゴ自身は“嗜む程度”くらいには耐性があるつもりなのだが、グラハム含んだ関係者が『アルコールはやめろ』と念押ししてくる程度には“何かある”らしい。最も、何かあったときの記憶が一切残っていないのだが。閑話休題。

 

 

『――どうでしょう? 似合ってますか?』

 

『ああ、綺麗だよ。天女みたいだ』

 

 

 待ち合わせ場所でイデアの姿を目にしたとき、クーゴは一瞬、呼吸をすることを忘れてしまった。それくらい、彼女の姿は美しかったのだ。

 どこからどう見ても洋風のパーティドレスだと言うのに、頭の中に浮かんだのは“天女”の二文字。

 もっといい語彙はないのかと悩んでいたはずなのに、結局、馬鹿の一つ覚えみたいに零していた。

 

 それを聞いたイデアは嬉しそうに笑ってくれたので、多分大丈夫だと思う。……そう思いたい。

 甘酸っぱい雰囲気のまま入店したクーゴとイデアの間には、相変わらずの空気(ソレ)が漂っていた。

 

 だからといって変にぎくしゃくするわけでもなく、穏やかな時間が流れていく。

 

 

<いいなー。私もリア充になりたいなー……>

<今が1番リア充だろ? あのまま超兵機関で人体実験され続ける人生より充実してるじゃないか>

<確かにQOLは爆上がりしましたけど! でも、それ故に『もっと欲しい!』って思っちゃうんですよ!>

<『何かを求めることが出来るのも、健全な生活を送っている証』だって話があったけど、そういう意味ではアンタも立ち直ってきたんじゃない?>

 

 

 自分たちの様子を見守っていた青い髪の女性と金髪の女性が、何かをひそひそ話している姿が視界にちらつく。

 そういえば、彼女たちの姿にも見覚えがあった。しかし、詳細が出てこない。そのことについて思案しかけていたところ、当人たちに窓際の席へと案内された。

 丁度、夜の帳が降りてくる時間帯だったので、夜景と談笑を楽しみながら現在に至るという訳だ。

 

 鷲が盾を持って飛翔するデザインが刻まれた懐中時計を確認すれば、現在時刻は夜の帳が下りてきた頃。「まだまだこれから」と言える時間帯だった。

 

 

「……あの、やっぱり、こういう場所は嫌でしたか?」

 

 

 どこか不安そうに、イデアがクーゴの表情を伺ってきた。普段のハーフトップとは違い、髪を盛るような形で上にまとめた髪型のせいか、普段とは違う印象を受ける。陶器のように白い首筋が目についた。

 

 

「確かに、社交界の場として訪れる“こういう場所”は……正直、苦手かな。でも、今はとても楽しいと思うよ」

 

 

 クーゴは慌てて首を振る。自分のたどたどしい言葉が、どれ程イデアに伝わったのかはわからない。しかし、彼女はどこか安心した様子で口元を緩めた。その様子に、クーゴも安堵する。

 自分と彼女が過ごすであろう、最後の時間を噛みしめる。少しでも長く、言葉を交わしていたい。なのに、言葉が出てこなくなってしまう。最初はそれがもどかしくてたまらなかったけれど、今は、その時間すら心地よいと思う。

 

 酷く穏やかな時間が過ぎ去っていく。楽しい(とき)は、あっという間に流れていった。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参考及び参照】
『【BUYMA】』より『ドレス ロング マーメイド スリットスリーブ ケープ 送料無料 (パーティードレス) 88765164』(デザインのみ)
『hakaru Blog』より『グラスゴーフリップ( ラバーズドリーム )』
『Tonight』より『ミントジュレップ』、『ブラッディメアリー』
『カクテル言葉の主要60種類一覧』より『アイ・オープナー』、『ホーセズネック』、『XYZ』
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