問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
星が綺麗な夜だった。
「一度でいいから、私のことを“お父さん”と呼んでみてくれないかな?」
頭の黒髪が寂しくなってきた男は、藪から棒にそう言った。あまりの言葉に、緑の髪の青年は煽っていたワインを盛大に噴き出してむせる。
お前は何を言っているんだ――言葉を紡げない代わりに、青年は男を睨みつけることでそう伝える。睨まれても尚、彼はゆるりと目を細めた。
「いや、なに。キミはベルのことを“マザー”と呼んで慕っているだろう? 私は彼女の“夫”だ。関係図から考えると、私は“父親”と呼ばれてもおかしくないはずだ」
「驚いた。天才科学者も、バカみたいな三段論法を駆使するんだね」
「キミは冷たいな」
ため息をついて肩をすくめた男に背を向けて、青年は己が噴き出してぶちまけた赤ワインを処理する。
雑巾で床を拭き取る作業をしている青年を見ても尚、男は話を止めることはなかった。内容は一緒だったが。
「父と呼んでくれないか」、「そんなの言えるわけがない」――その応酬を繰り返す。なんだか、無駄に疲れてきた。
青年は深々とため息をつく。対して、男は寂しそうに苦笑していた。
正直な話、青年も男を“父親”のような存在だと思っている。色々理由はあるが、一番は『自分が“母”と慕う人物が、愛してやまない人だから』に尽きた。
しかし、一度、青年はこの男に対して醜態を晒していた。盛大に勘違いし、盛大に八つ当たりし、盛大な誤解をしていたことを思い知らされ、愛されていたことを感じた。
そのやり取りがあってから、青年は“いろいろめんどくさい性格”になりつつあった。人間に近づいたということはなんとなくわかったが、こんなにも難儀するとは思わなんだ。
「……貴方が偉大だということは、身に沁みてわかっている」
青年は、血反吐を吐くような感覚に逆らうようにして、言葉を絞り出した。
「だから、今はダメなんだ。……貴方が
青年の言葉に、男は目を丸くする。そうして、何度も目を瞬かせた。
男の瞳に浮かんだのは、驚きの眼差し。青年は男を見ずに、言葉を紡いだ。
「……貴方を“
すべてを言いきって、青年は口元を抑えた。何故だろう、無駄に体が熱い。何というか、落ち着かない。
ごちゃまぜになった感情に振り回される自分が許せなくて、青年はひっそりとため息をつく。
これではますます、負けたような気がしてならない。本人のいる前は、居心地が悪い。悪すぎた。
今すぐここから、脱兎のごとく逃げ出してしまいたい。しかし、青年の足は縫い付けられてしまったかのように動かなかった。
背後から笑い声が聞こえる。自分の決意表明を馬鹿にされたような気がして、青年は振り返った。眦を吊り上げかけたところで、怒りは一瞬で萎んだ。
男は笑っている。しかし、それは、茶目っ気たっぷりな笑みでもなければ嬉しそうな笑い方でもない。何かを諦めてしまったかのような、寂しそうな微笑み。
どうしてだか、彼の笑い方は――青年の目に焼き付いて離れなかった。
「そうだな。……楽しみに、待っているよ」
◆
アレハンドロ・コーナー曰く『この瞬間のために、コーナー家の人間は200年以上の時間をかけた』らしい。何世代も受け継がれてきた野望が、ようやく成就する。一族の悲願を成す者が自分であることに、アレハンドロは喜びを隠さなかった。
コーナー一族は執念深い奴らであった。しかし、アレハンドロは執念よりも意地汚さと欲望の方が強かったようで、一族の悲願成就の集大成を、他の誰でもない“
そんな男に『天使』と呼ばれ、行動を共にしているリボンズ自身も“世も末”レベルである。久しぶりに会った人間が自分の様子を見たら、“沈黙後に大爆笑”か“沈黙後に後ずさりする”かの2択しか思い浮かばない。自分の父に当たる人なら前者だし、遺伝子提供者は後者だろう。
どうでもいいことから思考を引きもどし、リボンズは最後のロックを解除した。これで、最深部にいる“彼”と対面する道が開いた。
“彼”自身の予想よりはるかに早い段階で、目覚めの瞬間が訪れようとしている。元々賭けに近いものだったから、仕方がないのかもしれない。
リボンズは息を吐き、ヴェーダを眺めていたアレハンドロを呼んだ。アレハンドロは満足気に微笑みながら、リボンズと並んで最深部へと踏み込む。
「――やはりいたか、イオリア・シュヘンベルグ」
アレハンドロは、彼――イオリア・シュヘンベルグが眠るコールドスリープ用の機材に歩み寄った。
「世界の変革見たさに、甦る保証もないコールドスリープで眠りにつくとは……」
男の背中から迸ったのは、悪意。アレハンドロの目的はただ1つ――イオリア・シュヘンベルグの抹殺だ。
リボンズは最初からそれを把握していたし、それを踏まえた行動をとるつもりでいた。
アレハンドロは銃を構える。口元には歪んだ微笑。
「しかし、残念ながら、貴方は世界の変革を目にすることはできない」
そのタイミングに合わせて、リボンズも静かに男の背中に狙いを定める。銃はいらない。この“力”を使えば、銃器を使わず人を心停止に追い込むことなど可能だ。
「貴方の求めた統一世界も、その抑止力となるソレスタルビーイングも、この私が引き継がせてもらおう」
アレハンドロは高笑いする。世界を変えるのは、他らなぬ自分なのだと。
リボンズは集中する。自分がこの場に留まり続けた意味を果たすために。
―― リボンズ ――
不意に、懐かしい声がした。それを引き金に、世界は一変する。ヴェーダの内部にいたはずなのに、リボンズは違う場所に立っていた。
見覚えのある室内。窓から見える景色は夜闇に飲まれてよく見えない。けれど、空には満天の星が瞬いていた。その光景は、いつかと同じ夜を思わせる。
目の前にいたのは、1人の男だった。他の誰でもない、イオリア・シュヘンベルグその人だった。何が起きたかわからずに、リボンズは目を瞬かせる。
彼は人間だったはずだ。だから、“こんな芸当などできるはずがない”。理由が分からずにいると、イオリアは笑った。
―― いいんだ ――
いいって、何がだ――リボンズの口から、その言葉は出てこなかった。まるで喉に何かが詰まったかのように、何も言えなくなる。
イオリアは笑う。いいんだよ、と、曖昧なことを言って。覚悟を決めたように清々しい笑みを浮かべた彼は、慈しむように目を細めた。
―― 希望が花を咲かせ、実を結ぶのならば……私は喜んで、その礎となろう。あるいは、引き金か ――
何を言っているのだ、この男は。
背中を冷たいものが撫でる。どうしてだか、男の存在が、酷く遠い。動かなければと思っても、拘束されてしまったかのように動けなかった。
振り払えるほどお粗末なのに、抗えないほどの力に組み伏せられている気分になる。「どうして」――やっと紡げた言葉は、弱々しく、お粗末なものだった。
イオリアは、リボンズの問いに答えない。応えようとすらしない。彼の眼差しは、未来よりもはるか遠くを見つめている。自分たちでは到底届かない、遠くの場所を。
リボンズ、と。また、名前を呼ばれた。
イオリアは静かに目を細める。
―― “備えあれば患いなし”、というだろう? ――
茶目っ気たっぷりに笑った男は、後ろを振り返った。机の上にパソコンがある。画面は明るく光っており、プログラムの羅列が点滅していた。
イオリア・シュヘンベルクがチェスの名手だったことを知っているのは、彼の妻や友人たちと、古参のイノベイドであるリボンズぐらいだ。
彼は読んでいた。自分の計画を阻害しようとする人間が現れることも、その対手に対しての
―― さて。……これからは、
次の瞬間、一際激しい銃声が世界を壊す。リボンズが息を飲んだとき、イオリア・シュヘンベルグが眠るカプセルは銃弾がぶち込まれていた。何発も、何発も、何発も。コーナー家の執念を示すかのように。
心臓を、脳を、顔を、肺を――ありとあらゆる場所を蜂の巣にされた男の躯。冷凍睡眠のカプセルは、彼の棺へと姿を変えた。リボンズは何もできなかった。自分なら、この結末を回避する力があったはずなのに。
アレハンドロが笑うのを待っていたかのように、けたたましい警報音が鳴り響いた! 何が起こったのかわからず、奴は周囲を見回す。大きな画面が展開して映像が映し出された。
画面に映し出されたものの意味を、リボンズは一瞬で理解した。つい先程、イオリアが《見せた》もの――カウンタートラップ。息を飲み、リボンズは画面に見入る。
つい先程命を摘み取られた男は、愛用の椅子に腰かけていた。普段のような仏頂面に、どうしてだか涙が出そうになる。もう、イオリアはそんな表情を浮かべることもなければ、お茶目に笑うこともないのだ。
彼は粛々と言葉を紡ぐ。この映像は、ソレスタルビーイングのクルーたちにも配信されていた。
『この映像が流れているということは、残念ながら……私の求めている世界にはならなかったようだ』
イオリアは深々とため息をつく。
『人間は愚かで戦いを好み、世界を破滅に導こうとしている。……
(それは、
『ああでも、もしかしたら、多元世界などなっていなければ、クレディオやミューカスも、オルブロも、来襲
彼の言葉の意味を理解しているリボンズが息を飲み、理解していないアレハンドロは目を点にして首を傾げる。大方、アレハンドロは“馬鹿なことを言っている”と思っているに違いない。
映像の中のイオリアは容赦なくアレハンドロを置いてけぼりにしているけれど、彼が存命だったとしても、アレハンドロのことなど気にせず話をしていたのだと思う。――そんな確証があった。
『……だが、私はまだ人類を信じ、力を託してみようと思う』
イオリアは静かに目を細める。
彼が語り掛ける相手は、遠い未来で、オリジナルの太陽炉/GNドライブを有する
『GNドライブの全能力を開放する』――イオリアの言葉を引き金にして、GNドライブのブラックボックスが解除された。トランザムシステムが、正式に使えるようになったのだ。
同時に、マイスターたちやプトレマイオスクルーに関するデータが一括削除される。どさくさに紛れて、リボンズも関係者のデータを消去した。
『キミたちが真の平和を勝ち取る為、戦争根絶の為に戦い続ける事を祈る。ソレスタルビーイングの為ではなく、君たちの意志で、ガンダムと共に』
頼まれごとを終えたとき、別画面に映し出されていた映像が切り替わる。スローネツヴァイの偽物を駆るサーシェスと、エクシアを駆る刹那が戦っていた。有利なのはサーシェスである。
次の瞬間、2人の戦力がオセロのようにひっくり返った。トランザムを解放したエクシアが、スローネツヴァイの偽物を撃退したのだ。撃墜までには至らなかったものの、トランザムの試金石としては充分な結果だ。
ソレスタルビーイングに伝えるべき内容のメッセージは、ここで終わっていた。しかし、映像はまだ続いている。
『さて、ここからは私信だ。……まずは――』
『イオリアー、ヤボ用はまだ終わらないのー?』
イオリアが何かを言おうとしたとき、部屋の外と思しき所から声が聞こえた。リボンズにとって、馴染み深い女性の声だった。
まさかの展開に、イオリアは何とも言えない表情を浮かべて振り返る。彼女の乱入は予想外の珍事だったらしい。
カメラが回っていることなどすっかり意識の外に追いやってしまったのか、彼は画面から姿を消した。扉が開く音がする。人は映らない。
『すなまい、ベル。あともう少し待ってくれないか』
『えー!? なんでー!? 夜戦の準備は万端なのにィ!! 用具類は今日のうちに天日干しや影干ししたし、お風呂で体中念入りに洗ったし、“ピー(規制)”とか“ピー(規制)”とかのグッズだって用意して、Yes枕片手にずっと待ってたのにー!!』
『本当にすまない。今すぐにでも夜戦に突入して、“ピー(規制)”とか“ピー(規制)”とかしたいのは山々なのだが、大切な映像記録を残している最中なんだ』
あまりの状況に、アレハンドロが大きく口を開けて茫然としていた。対して、リボンズはあわや吹き出す一歩手前である。
遠い昔、当たり前のように聞いていた騒音だ。と言っても、このやり取りはまだ“序章”と言うべきものであったが。
一歩間違えれば何かに引っかかってしまいそうな単語のやり取りを続けた後、イオリアはどうにか妻を宥めることに成功したようだ。彼女は一端立ち去ったようで、暫くの間をおいて、イオリアは部屋へ戻って来て椅子に腰かけ直す。
『話が脱線してしまったな。まずは――』
イオリアは言葉を続けた。最初にメッセージを送った相手は、エルガン・ローディックである。『この映像が流れたとき、自分は確実に死んでいるだろう。自分亡きあと、妻のことをよろしく頼む』というものだった。
2番目は、親友の意志を継ぐ者へのメッセージである。彼の系譜はソレスタルビーイングに所属することが決まっていた。『あの2人の想いを受け継いで、天上人の守護者として、来るべき
『そして、最後に……愛する家族たちへ』
彼は静かに目を細めた。その眼差しの先に、女性とリボンズがいる。
映像を見ていたリボンズは直感した。
『まずは謝らなくてはいけないことがある。私は、自分の結末を知っていたんだ』
その覚悟も決めていたのだ、と、彼は笑った。
『尤も、この映像を見るときには、既に“キミ”は気づいているのだと思う。力があろうとなかろうと、他人のことに対して聡明な“キミ”のことだ。私から聞き出していることだろう。……流石は私の妻だ。そこにますます惚れ直してしまったよ』
そして、と、付け加える。
『この映像が流れているということは……私はキミに、“お父さん”と呼んでもらえなかったらしい』
リボンズは大きく目を見開いた。映像の中のイオリアは、寂しそうに笑っている。星の綺麗な夜に見た横顔と同じ表情だ。
何かを諦めてしまったかのような、けれども決意と覚悟に満ちた微笑。あの日、リボンズの脳裏に焼き付いた表情がよぎる。
『生きているうちに、一度でいいから、呼ばれてみたかったよ。……いや、無理だろうな。キミを不安のどん底に追いやった私が、キミの“父”を名乗るに相応しい人間になれるはずがなかったんだ。何分、父親としては不適合者だったからな』
(そんなことはない。そんなことはなかったんだ)
彼の言葉を否定しても、イオリア本人にリボンズの声が届くはずがない。何より、今は、それを口走ってはいけないとわかっていた。
申し訳なさそうに苦笑するイオリアの姿は、遠い。数百年隔てた画面の向う側にいる彼に答える術は、何もなかった。その現実が、酷く、胸を痛める。
『後悔しなくていい』と“父”は言った。『自慢の息子だ』と“父”は言った。『母を頼む』と“父”は言った。――『出会えてよかった』と、“父”は言った。
リボンズは画面を見つめていた。
目を話してなるものかと、目を逸らしてなるものかと、必死になってその光景を焼き付ける。
『イオリアァァァァッ!!』
次の瞬間、扉が吹き飛ぶ音がした。間髪入れず響いたのは、先ほどの女性の声。
イオリアが慌てて立ち上がり、また画面から消えた。男女の声が響く。
『何度もすなまい、ベル。あともう少し待ってくれないか』
『私は我慢弱い! ってか、さっきからもうずーっと待ってるのよ!? こんなの苦行だわ!!』
『私だって苦行だ。はやくキミと“ピー(規制)”や“ピー(規制)”がしたい。“ピー(規制)”や“ピー(規制)”だってしたい。だが、あと少しなんだ。辛抱してくれないか』
『……わかった。“ピー(規制)”しながら待ってる』
『そうしてくれ。早めに終わらせて、すぐに行くから』
『…………その代わり、今夜は絶対に眠らせないからね!!』
『心得た』
会話は終わり、イオリアが戻ってきた。椅子に座り直し、咳払いする。
『それじゃあ、最後に。……月並みな言葉で申し訳ないが、受け取ってほしい。――愛しているよ、2人とも』
慈しみに満ちた黒い瞳が、まっすぐにリボンズを映す。彼の眼差しの先に、リボンズと“彼女”がいるのだろう。痛む胸に染み入るように、不思議な熱が滲んだ。
そのまま映像が終わっていれば最高だったのだが、現実は綺麗なものではない。画面が真っ暗になる。映像が切れる直前、カメラはイオリアの言葉を拾い上げていた。
『…………ええと、精力剤はどこにやったかな?』
ちょっと待て。
リボンズとアレハンドロは、同じことを考えたらしい。同じタイミングで、眉の端をぴくぴく動かした。
そのツッコミを切り捨てるように映像が途切れる。幾何の沈黙の後、アレハンドロが勢いよくテーブルを殴りつけた。
「神を気取る理想主義者めッ!!」
奴は吐き捨てるように言い放つ。その両目から血涙が流れていたように見えるのは気のせいではない。
暫し当たり散らかしていたアレハンドロは、リボンズの方に向きを変えてぎゅうぎゅうに抱きしめてきた。
『私の天使』と言って縋りついてくるアレハンドロを雑にあやしつつ、イオリアへと思いを馳せる。
父らしい映像だ。リボンズはちょっとだけ口元を震わせた。自分は今、情けない顔をしているに違いない。今は泣くときではないと自分自身に言い聞かせ、リボンズは前を向いた。
いつか、遠い場所で彼に会ったとき、胸を張って『父』と呼び、『息子』と呼ばれるに相応しい存在になりたい。
新しい目標を抱える。父親から託された想いを抱いて、リボンズは改めて未来へ向かって歩き出すのであった。
◇◇◇
「エルガン! タキオン! ツェーレン! ペスタチオ! 手を貸せ、メギドを討つ!!」
他のミュウはシドの指示を受け、地表にいる人類の救出へ向かっていた。もっと言えば、メギドを停止させることができる力を持っているミュウは、トォニィを始めとした
丁度反対方向から飛来したのは、先の戦いでアルテラたちを屠った国家騎士団の精鋭部隊。キースが後を託した後継者――セルジュ・スタージョンが仲間たちにメギドへの攻撃指示を出しているところだった。自分たちだけで片付けるのは荷が重いが、ミュウと人類が手を取り合えば、幾らメギドとて無事ではいられまい。
「弾の出し惜しみはするな! 一気に叩く!」
「――行くぞ!」
お互い、通信なんて開いていない。けれど、トォニィとセルジュは、まるで示し合わせたかのように攻撃を繰り出す。
国家騎士団の精鋭がミサイルを撃ったタイミングで、サイオン波を纏ったナスカチルドレンの突撃が先にメギドをぶち抜いた。
一歩遅れて、国家騎士団の機体が放ったミサイルがメギドに着弾する。出し惜しみなしの一斉掃射は、5つのメギドを破壊した。
残りはあと1機。国家騎士団は全弾撃ち尽くして攻撃手段は皆無、ナスカチルドレンは距離がありすぎてメギドに届かないという最悪な状況。文字通りの八方塞がりだ。
「どけぇぇぇぇぇ、ヒヨッ子どもォォォォォ!!」
若き指導者たちが歯噛みする中、人類側の戦艦が飛び出してきた。メギド付近に陣取っていたそれは、全速前進でメギドに突っ込む。文字通りの体当たり――いや、特攻だ。戦艦はメギドの砲撃部分手前に突き刺さる。それでも戦艦は自身の最高速度を保ったまま。結果、メギドの照準を大きくずらすことに成功した。
メギドの砲撃は地表を軽く掠るだけで済んだ。星の核に照射されていたら、
「マードック大佐ァ!」
セルジュの悲鳴が響き渡る。それに対して、マードックと呼ばれた男が涼し気に微笑む姿が《視えた》。
戦艦のブリッジが爆発炎上しているにも拘らず、彼は不敵な笑顔を絶やさない。
それは指揮官としての意地か、或いは人類の礎になることを選んだが故の矜持か。
<若造。お前たちにばかり、格好は付けさせん>
<大佐!>
<あのバカに会ったら伝えてくれ。『お前はよくやったよ』とな>
セルジュとの通信を終えたマードックだが、次の瞬間、彼の不敵な微笑は盛大に崩れる。男にとって予定外のことが起きたためだ。
マードックは部下たちを全員下ろしてメギドに特攻を仕掛けた。故に、あの戦艦にはマードック以外誰も乗っていない。
だが、彼の元に歩み寄って来る足音が、マードックの思い込みを否定した。驚いたマードックが振り返った先には、さっぱりしたショートボブの女性が1人。
<グレイブ>
<ミシェル……? 退艦しなかったのか……!?>
<『貴方のいない世界で1人生きろ』と?>
ミシェルと呼ばれた女は、マードックに対して熱を持った眼差しを向けていた。その眼差しを、ベルフトゥーロは見たことがある。ナスカチルドレンの両親が互いの伴侶を見ていたときのものだ。
その感情を、ベルフトゥーロは知っている。俗にいう、愛や恋という
成人検査をパスし、ステーションで勉学に励んだ人類は適性ごとに分けられる。人類の大半は――子どもを養育する夫婦も含めて――一般クラスに割り振られるが、優秀な者は地位の高い専門職及び軍人のエリートコース、片手で数える程度の優秀な成績を持つ者は政治・軍部の中でも要職に就くメンバーズ・エリートに分けられる。
一般クラスで養父母になる以外の道を選んだ人類は、一生独身としてS.D.体制を支えるために尽くすことが義務付けられていた。恋愛なんてご法度である。そんな中でも、愛する人の傍に居たい/愛する人を傍に置きたいという秘めたる思いを抱いて生きている者がいたのも事実だったのだろう。マードックとミシェルがその例だった。
<馬鹿な女だな、お前は>
<貴方に似ちゃったのよ>
マードックとミシェルはくすりと笑う。椅子に座ったマードックは当たり前のようにミシェルを迎え入れる体勢を取り、ミシェルは彼の上に覆いかぶさる。
椅子の上に乗ったマードックと両手を絡めたミシェルは幸せそうに微笑んだ。マードックも静かに目を細め、彼女の名を呼ぶ。彼女もまた、彼の名前を呼んだ。
次の瞬間、戦艦のブリッジが爆発した。2人の思念が途切れ、ベルフトゥーロの意識は現実へと戻って来る。メギドは落下を続け、大気圏に突入したのが見えた。間髪入れず、セルジュの絶叫が響き渡る。
しかし、悲嘆の声は彼だけではない。
あちこちから《聲》が《聴こえてくる》。
<ジョミー……辿り着けないの、許してください>
人間の女性を庇い、瓦礫に押し潰されたリオ。彼は、ジョミーが一番最初に接触したミュウだった。
ソルジャー・ブルーの命を受けたときと同じように、ジョミーを迎えに行こうとしたのだろう。
けれど彼は、瓦礫に押し潰されそうになった見ず知らずの女性を放ってはおけなかった。
<嫌! どうして……!>
<貴女は生きるんじゃ!>
<私たちがいたことを、覚えていてください!>
<駄目、私も一緒に――>
ジョミーを助けようとして地下に降りていた長老とフィシスは、そこで人間の子どもたちと遭遇した。建物の崩壊スピードや状況を鑑みると、長老とフィシスは先に進めそうにない。
彼らは地下にいた多くの子どもたちを助けるために、力を合わせることにした。『自分たちが協力すれば、子どもたちを助けることくらいはできるだろう』と。
しかし、長老たちが助けようとしたのは子どもたちだけではなかった。共に力を合わせていたフィシスも、彼女に無断で、シャングリラへと転移させたのである。意表を突かれたフィシスが手を伸ばすが、彼女の手は長老たちの手を掴むことは叶わなかった。
<……箱の最後には、希望が残ったんだ>
キースと共にグランドマザーの部屋に残ったジョミーは、安堵に口元を緩めた。その言葉を最後に、彼の思念がふつりと途切れる。それが意味することは――。
それは、隣にいたキースも気づいたのだろう。彼は暫しジョミーを見つめていたが、寂しそうに微笑んだまま天を仰いだ。
<……最期まで、私は独りか>
亡くしてきたもの、見送ってきた人々――彼らの姿を思い浮かべるキースの思念が、轟音と共に途切れる。
ベルフトゥーロは泣きたいのを堪えるようにして歯噛みし、トォニィに続くように転移する。
転移先はシャングリラのブリッジ。新たな指導者になったトォニィは、混乱するミュウたちに指示を飛ばす。
程なくして、シドが送り込んだシャトルの回収が完了した。それを見届けたトォニィは、地球から離れるように指示を出す。それを聞いたツェーレンが目を丸くした。
「
「そうだ。もう僕らに出来ることは何もない」
「どこへ?」
ルリが訊ねる。目指すべき場所へと辿り着いたが故に、これからの行き先は何も分からない。それはきっと、指示を出すトォニィだって同じだろう。
けれど、終着点は既に決まっている。『そこへみんなを導け』と、先代の
「僕たちの――ヒトの未来へ」
◆
ノイズまみれの通信から、爆発音が響き渡った。画面に表示されたパーセンテージが、あっという間に上昇していく。
「なんてことだ……!」
女性の隣でその映像を見ていた、若葉色の髪の男性が戦慄する。薄い液晶を隔てた先に、大切な妻と娘がいるのだ。今にも命が費えてしまいそうな、大切な人たちが。父親でもあり夫でもある男性には、耐えがたい状態であろう。
それは、女性だって同じだった。画面の向こう側には、長い旅路を共にした親友や仲間たち、および、この惑星にやって来て出会った人たちがいる。手を伸ばせば届くはずなのに、どうしてこんなにも遠いのか。女性はぎりりと歯を食いしばる。
イオリアも、エルガンも、他の面々も、その光景を愕然と見つめることしかできない。いつかの焼き直しだ。女性が敬愛した人が、大地に沈むことを選んだときと同じ無力感が纏わりつく。崩壊を止める手立てを持たない自分たちに許されたこと。
次の瞬間、『何か』が自分たちの乗る船に転移してきた。彼ら/彼女たちの想いを受け継ぐであろう少年少女だった。
なんとか五体満足の少年たちは、目を抑えて泣きじゃくる少女を気遣っている。小さな手の隙間から、血が伝って流れ落ちていた。
目が、潰れている。再生医療を駆使したとしても、少女の瞳には二度と光が戻ることはないだろう。“同胞”としての能力を駆使すれば、常人と変わらぬ生活を送ることは可能だ。しかし、それとこれとは別問題である。
子どもたちが画面を見て悲鳴を上げた。大人たちはまだ“あの場所”にいる。しかし彼らは転移しようとしない。己の死を覚悟したかのように。
画面の向こうから響くのは、次世代の“同胞”に託す、命がけのメッセージだ。己の命を削るようにして届いた言葉に、それを受け取った少年少女は涙を流す。
目を抑えて泣きじゃくっていた少女も、母親から託されたものを受け止めたのだろう。見えぬ目で、画面の向う側を《視て》いた。
それを確認した銀髪の女性は、安堵したように表情を緩めた。女性たちの故郷を思わせるような紅蓮の瞳は、静かに細められている。
彼女の眼差しは、親友である自分に向けられていた。女性の青い瞳をまっすぐに見つめて、彼女は口を動かした。
「あとは任せたわ、ベル」
「っ、イニー!!」
女性は親友の仇名を叫んだ。
自分の顔を見た親友は、困ったように微笑む。
「酷い顔ね。ベルもアランも、他の皆も、顔面崩壊しているわよ」
「酷いことを言っているのはキミの方だろう! 『僕がしわくちゃになるまで面倒見て、最期はきちんと見送ってやる』って言っていたくせに!! ……は、話が違うじゃないかぁ……ッ!!」
彼女に名を呼ばれた男性――アランは、顔をぐちゃぐちゃにしたまま声を荒げた。
『嘘つき』と夫は妻を罵る。対して、妻は慈しみの眼差しで夫と娘を見つめていた。
これから死ぬとは思えないほど、綺麗な笑みだった。
女性の脳裏に浮かんだのは、大地の奥底に散ったグラン・パの笑顔。すべてをやり遂げたと言わんばかりの、安らいだ横顔。――親友の浮かべるそれは、グラン・パが浮かべた表情そのものだった。
紫電が爆ぜる。銀の物体が蠢き、親友の体の半分が『飲まれた』。皮膚に裂傷が走り、銀の突起と鮮血が飛び散る。親友は痛みに呻き、それを見た親友の夫と娘が悲鳴を上げた。
激痛に身を苛まれているというのに、親友は微笑んだ。額に脂汗を浮かべ、口から血反吐を吐きながら、“同胞”たちに想いを託す。最期の命を、燃やしながら。
「“来るべき日”のために、“希望”を守り抜いて。――お願いよ」
親友はそう言って、目を細めた。
「アラン、マリアネラ、スヴェトラナ、ウィリアム、エドモン、マリレーヌ、ブラッツ。そして、私の親友……ベル、エルガン。……貴方たちに出会えてよかった。――愛しているわ」
最後に、愛する/大切な人々への想いを残して。
その映像は、断線した。
「イニス、イニス! う、うわああああああああああああッ!!」
妻――イニスの死を悟ったアランの慟哭が響いた。それを皮切りにして、悲しみはどんどん広がっていく。
女性はモニターを見つめることしかできなかった。もう二度と、親友たちが帰ってくることがない。
その事実を受け止めることは、今はまだ、できそうにない。
***
『……ジョミー、みんなを頼む』
未来のために、命を散らした戦士がいた。
世界で最初に生まれた“同胞”の
彼は、崩壊する
『トォニィ、ベル、イニー。……お前たちは強い子だ、僕の自慢の……。……だから、みんなを頼む』
未来のために、命を散らした人がいた。
ソルジャー・ブルーが見出した後継者であり、女性が心から敬愛したグラン・パ――ジョミー・マーキス・シン。
世界のシステムによって、家族を、親友を、“同胞”の仲間を失い、それでも諦めずに歩み続けた2代目
彼と、彼を受け入れた人類側の指導者によって、“同胞”と人類の共存の道が開かれたのだ。彼らがいなければ、世界を変えられなかっただろう。
過去をなぞる様にして目を閉じていた女性は、ゆっくりと目を開けた。小奇麗に片づけられた私室は、回想に耽る前から何一つとして変わっていない。
沢山の書類やファイルが、書斎や本棚を占領している。机の上には、点灯したままのタブレットと、随分前にぬるくなったコーヒーが水面を震わせている。
「『死が“土へ還る”』ことだと言うのなら、土に還ることすらできなかった命はどうなるんだろう」
女性はふと、とある詩の一節を諳んじた。歌詞の意味を吟味してみる。宇宙で命を散らした者たちがいたことを、女性は知っていた。
土になれないのなら塵になり、次の星を形作る大地になっているのだろうか。「死んだ者は星になる」という話が脳裏によぎる。
力尽きて星になっても、星にすらなれずに散ったとしても、人は歩みを止めることができない。生まれ落ちたときから、死した者の声に縛られて生きる。
現に、女性もその1人だ。“同胞”の命と希望を受け継いで、ここに立っている。
長い長い旅時の後もまた、命は散っては咲いてを繰り返した。たくさんの出会いや別れがあった。同じ道を行く者、違う道を行く者、様々だった。
その一瞬一瞬を、女性は忘れていない。この軌跡こそが、女性のすべてだった。今の女性を形作り、今の女性を突き動かす理由。
「大丈夫だよ。託されたものは、今でもここにあるから」
星の瞬く
「だから、見守っていてね。――イニス、イオリア」
◇◇◇
「マリアネラって言うんです。マリアネラ・ルシア」
藪から棒に、イデアはそう言った。クーゴは目を瞬いた。今、途方もなく重大な情報をさらっと言われたような気がする。気がするのではなく、言われたのだ。
「Marianelaはスペイン語の女性名で、意味は『最愛の星』というんです。Luciaはラテン語のluxに由来する女性名で、『光』や『優雅な光』を意味しているんですよ」
「“優雅に光る最愛の星”……綺麗な名前だな。意味も響きも」
彼女から名前の由来を聞いて素直に感嘆してしまったクーゴであるが、状況を理解して思わず身構えた。
イデアの名前は本名ではない。ソレスタルビーイングで名づけられたと思しきコードネームである。Ideaはラテン語で『理想』、Cupiditasはラテン語で『憧れ』を意味していた。
今、彼女が告げたものは己の真名だ。そんな重大な秘密をクーゴに話したところで、デメリット以外の何物も存在しない。イデアの真意を測りかねたクーゴは首を傾げる。
イデアは微笑んだ。普段と変わらぬ可憐な微笑み。身構えていたこちらが呆気にとられ、終いには見惚れるほどの笑顔だった。邪気も悪意も感じない。
今のイデアの表情は、恋する乙女と言っても過言ではなかった。
誰に対して、彼女はそんな
「……どうして」
クーゴの問いかけに対して、イデアは照れたようにはにかむ。やはり、どうみても悪意は感じない。
悪意ではないけれど、言葉にできない温かな感情を向けられていることは察せた。
「焦らさないで下さいよ。照れるじゃないですか」
前髪をいじりながら、イデアは顔を赤らめた。眉はハの字に曲がってはいたけれど、困惑している訳ではないらしい。
彼女は窓の夜景とクーゴを交互に比べた後、くすくす微笑んだ。鈴を思わせるような楽し気な声色に、クーゴの心も弾むような心地になる。
イデアの口がゆっくりと動く。彼女の声が耳を震わす。彼女の紡ぐ言葉が、クーゴの心に触れてくる。その感覚が、酷く愛おしい。
「以前、仰ってましたよね。『古来の日本文化では、己の名前を告げることが』――」
そこまで言いかけて、彼女は言葉を止めた。ほわほわしたような笑顔は、あっという間に沈痛な面持ちへ変わってしまう。
タイミングを計ったように端末が鳴り響いた。イデアは何とも言えぬ予感を覚えていたようで、覚悟を決めたらしい。端末を確認し、深々と息を吐いた。
端末画面には、彼女が予想した通りの言葉が表示されていたのであろう。夢の時間に終わりを告げるような内容だったに違いない。クーゴは何となく察した。
「……すみません。本当はもっとお話ししていたかったし、とっても名残惜しいのですが、もう時間が来ちゃったみたいです」
こちらから誘っておいてごめんなさい、と、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
彼女の顔を覆う影が一際濃く見えたのは、照明や俯き加減の関係だけではない。
「っ、
寂しそうに立ち上がろうとする彼女の腕を、クーゴは反射的に掴んでいた。
咄嗟に口から出たのは、先程イデアが告げた己の真名である。
いきなり真名を呼ばれるとは思っていなかったようで、イデア――マリアネラの動きがぴたりと止まった。
御空色の瞳が大きく見開かれる。クーゴ自身、自分に何が起こっているのかわからないまま、反射的に言葉を口走っていた。
「その話の続き、聞かせてくれないか。……“
突拍子のないことを言った、と、クーゴは思った。自分の言っていることが途方もない夢物語であると重々承知していた。にも関わらず、どうしてそんなことを口走ってしまったのだろう。
自分たちは知っている。この先に待ち受ける運命が、再会など望めない程過酷なものであることを。
自分たちは知っている。次に互いが対峙する場所は、
自分たちは知っている。おそらくこの戦いで決着がついたら、どちらかが命を落とす可能性が高いことを。
“次”、なんて、馬鹿げたことを言っている自覚はあった。これから戦場で殺し合う者同士が、戦場を切り抜けた後で再び出会い、言葉を交わす可能性は低い。
万一再会できたとしても、この関係のままでいられるとは限らない。普通に考えれば、殺し合いの後も言葉を交わし、笑いあうことができるとも思えなかった。
(……そうだったとしても、俺自身が、その希望を抱くことを選んだんだ。その未来を信じることを)
クーゴの脳裏に浮かんだのは、『モラリア戦役におけるソレスタルビーイングの介入行動』の動向を観察していたときのことだった。白い不気味なオブジェと対峙するマリアネラ/イデアと、彼女が抱いていた優しい光。
あの輝きは、クーゴが慣れ親しんできた
根拠が薄いと
たとえ、異なる志を抱いて戦場で対峙しようとも、これまでの日々や絆を『なかった』ことにしたくなかった。痛みを抱えながらも、全力で生きることを選んだ。本当の意味で、今、その覚悟が問われている。
今更かもしれないが、薄っぺらいかもしれないが、それでも、本当の意味で覚悟を決めた。
ただまっすぐにマリアネラを見返せば、彼女は更に大きく目を見開く。一瞬の沈黙。
「――はい。
マリアネラの言葉に、クーゴも迷うことなく頷いた。
◇◇◇
満身創痍のノブレスおよびチームトリニティが転がり込んだのは、悪の組織が所有にしている小綺麗な別荘地であった。別荘地と言っても、入れる人間は悪の組織関係者だけに限られている。実際は、地下にラボがある秘密基地であった。
ゆくゆくは戦争幇助企業として武力介入の対象になる予定だった相手の隠れ家に転がり込む――トリニティ兄妹にとって、こんなにも不安になる案件はないだろう。満身創痍の体を引きずるようにしつつも、周囲の警戒を怠らない。
「教官。何故、悪の組織に助けを求めたのですか?」
ヨハンが不安そうな眼差しを向けてきた。ミハエルとネーナも同じ気持ちらしく、言葉にはしないが神妙な表情でノブレスを見つめる。
普段、こういう状況で、ソレスタルビーイングが真っ先に頼るスポンサーがいた。国内や宇宙に別荘や隠れ家、プライベート機を有する資産家が。しかし今となっては、その人間が『トリニティたちにとっての敵』になってしまった。隠れ家の提供先を失った自分たちには、頼れる相手が殆どいない。
大破寸前のスローネたちでは、プトレマイオスの面々と合流してもお荷物だ。それに、彼らは彼らで、国連軍との最終決戦で忙しい。そちらを何とかするので手一杯だろう。リボンズはヴェーダの掌握およびアレハンドロの監視で忙しいし、他のイノベイドたちも別件で飛び回っている。
他にも様々な消去法やら考察を経て、悪の組織の秘密ラボに向かったのである。予め面々には連絡しておいたため、別荘地/ラボにいた面々は快くノブレスたちを受け入れてくれた。感謝してもしきれない。
今頃、“彼女”はソレスタルビーイングのファーストチームやエージェントたちに“自分たちは敵ではありません。優秀なスポンサーです”と弁明するために動き回っているのだろうか。
その工作は、恐らく成功するだろう。アレハンドロ一派と行動を共にしている女性たちの底知れなさは、前々から察していたからだ。――確証を掴むまでは、“彼女”から距離を置く方が賢明であろう。
「“彼女”に関連するすべてのものが敵になったようなものだろう。おいそれと助けを求めれば、かえって敵に筒抜けになる危険性がある」
「でも、それは悪の組織にも言えることじゃないの?」
ノブレスの答えに対し、ネーナが表情を曇らせる。
こちらを見上げる金の瞳は、不安と怯えが入り混じっていた。
ガンダムマイスターであれども、ガンダムが動かせない今、ネーナたちはか弱い人間だ。戦闘訓練も多少積んではいるけれど、完全包囲されてしまえば無力である。
信頼できるものがなくなり、自分たちの拠り所であるガンダムも使えない。力を失ったが故に、『力を持っていたが故に感じなかった恐怖』に苛まれているのだ。
そこまで考えて、ノブレスはひっそり自嘲する。どうやらノブレス・アムという男は、トリニティ兄妹に信頼されていないらしい。いや、彼らの信頼に応えられなかったというべきか。
アリー・アル・サーシェスの駆るスローネツヴァイの偽物から奇襲を受け、完全にノックアウトされたわけだから、仕方がないのかもしれない。
(つーか、アイツ何なんですか!? 無数に展開していた分身には目もくれず、ピンポイントで本体を狙ってくるなんて!)
サーシェスが戦争を生業とする傭兵であることは知っていた。故に、告死天使を操る“彼女”のような、「機体性能でごり押し」を得意とした戦いをする人間ではないこともわかっていた。むしろ、己の経験と勘で戦うタイプであろうことは明らかである。
奴には小細工が通用しない。機体のOSやレーダー、自分の肉眼だけを判断材料にしているわけではないためだ。“彼女”が分身に振り回されていたのは“まだ経験が浅く、OSやレーダーに頼っていたから”だと思われる。
対して、サーシェスはほぼ「勘」で本物を見分け、ベルナールにピンポイント攻撃を仕掛けてきたのだ。元々疲弊していたことや、ノブレスの本業が技術職であったことも遠因だろう。ファンネルが全機無事で食い下がれるか否か。
おまけにサーシェスの野郎はトランザム解禁前のエクシアを圧倒している。パイロットが元・教え子ということもあってか、その動きを見切っていたから恐ろしい。“面倒な奴が敵になったものだ”――ノブレスは心の中で深々とため息をついた。
(サーシェスのようなタイプの人間は、人類が革新を迎える過程で淘汰されることでしょう。ただ、淘汰されるまでにどれ程の被害を出すかは……)
ああいう手合いは、イオリアやソレスタルビーイングが目指す“革新”の前に立ちはだかる試練となるだろう。どうやってサーシェスを超えていくのかも考えねばならない。
ついでに、奴は平和より戦争を愛している。自分たちと話が合う可能性は、万に一つもなかった。
これからのことに頭を悩ませつつ、ノブレスはネーナの問いへの答えを考えていた。しかし、ネーナが何かに気づいたように慌てはじめた。
「あ、でも、教官を信じていないわけじゃないの! その……」
妹の慌て様子に感化されたのか、兄2人もおろおろし始める。その様子が滑稽で、張りつめていた何かが和らいだような気がした。
ノブレスが守れた、数少ないもの。踏みにじられかけた命たち。ネーナが、ヨハンが、ミハエルが無事でいてくれることが、何よりも嬉しい。
炎に飲まれて原形を留めなかった家族の死体を、ノブレスは忘れてはいない。ハーヴェイとコーナーの祖先が嗤う姿を忘れたこともなかった。
「大丈夫だ。僕は彼らと親交があってね。マイスターに推挙されたのもそこからなんだ。信頼できないというならそれでもいいし、もし万が一何かあったら、見せしめ及びその責任として、
「すっ――!?」
ノブレスが自信満々に言い放った瞬間、ネーナが口を戦慄かせた。満身創痍で真っ白だった顔つきが、あっという間に真っ赤に変わる。気のせいか、どこからかヤカンが沸騰するような音が聞こえてきた。
ヨハンとミハエルが大きく目を見開く。兄2人は妹の様子に戸惑っていたが、妹がくるりと振り返った。そのまま3人はそそくさと通路の片隅に集まり、何やら話し込み始める。彼女らの背中を眺めていたら、端末が鳴り響いた。
連絡の主は、最近完成した戦艦――ホワイトベースの艦長からだ。新人でありながらも、その才能と腕を買われて就任した女性である。といっても、外見の年齢は少女と呼んで差支えないものであったが。
そういえば、彼女のデビューは次の作戦からだったか。宇宙で展開される戦いであり、ソレスタルビーイングの救援活動に等しいものだと聞いている。派遣されるMSたちの外見はガンダムタイプだ。おそらく、敵はソレスタルビーイングの協力者と思うだろう。
彼女本人は「ザクかジオング系がいい」と不満そうにしていた。……この発言を彼女の兄が聞いたら、高確率で嘆くような気がしてならない。彼女の兄もまた、ガンダムに搭乗するパイロットなのだから。くだらない想像を片付け、ノブレスはメッセージを読み進める。
本来だったらスローネたちもどさくさに紛れて宇宙に上がり、プトレマイオスの援護に向かう筈だった。しかし残念ながら機体の損壊が激しく、改修したとしても、彼らの援護に向かえるかは難しい。突貫工事を施したとしても、間に合うかどうかの瀬戸際だろう。
ノブレスは顎に手を当てた。体はまだふらついているが、このまま休んでもいられない。やるべきことは沢山ある。
廊下の隅で何かを相談しているトリニティ兄妹の背中に視線を向けた。彼らには、ゆっくりと休息してもらいたかった。
「済まない、急用ができた。キミたちは部屋に行って休んでいてくれ」
「え、ちょ、教官!」
「そんな体で大丈夫なのか!?」
踵を返した際、よろめいたのが良くなかったらしい。ネーナとミハエルが心配そうに駆け寄ってきた。少し遅れてヨハンも続く。
ノブレスはくるりと振り返り、微笑んだ。
「まだまだ死ぬつもりはないよ。――僕にはまだ、やるべきことが残っている」
脳裏に浮かんだのは、金色の機体。それに搭乗する男は、金のパイロットスーツを身に纏っているのだろう。奴の野望は、ソレスタルビーイングによって滅ぼされる。これからノブレスがしようとしていることは、無意味なことなのかもしれない。けれど、一族から託された使命を果たさなければ、ノブレスは前に進めない。
復讐と人は言うのだろう。それもある、とノブレスは自嘲する。けれどそれ以上に、“異端審問官としての使命を果たし、家族が果たせなかった責務を全うする”ために、ノブレスは戦ってきたのだ。もうすぐ、その集大成が実を結ぶ。
(――ああ、長かった)
費やされた60年間を思い返す。
しかし、当然のことながら、上には上がいた。数百年の時間をかけて、いずれ訪れるであろう“対話の
彼らと比べれば、ノブレスの60年なんてあっという間なのだろう。それでもノブレスは、自分が歩んできた60年間は「長かった」と思うのだ。しみじみと回想に浸るノブレスを見たトリニティ兄妹も何か感じ取ったらしい。
3兄妹は言いたいことすべてを飲み込んだような、渋いものを食べたときのような表情を浮かべた。ノブレスを引き留めることを断念したらしく、渋々と言った様子で踵を返した。足取り重く、3人の背中は宛がわれた部屋へと向かっていった。
その背中を見送って、ノブレスは廊下を歩く。
自分が囚われてきた過去と向き合い、決別し、未来へ向かうために。
(『
ノブレスに背を向けて歩くネーナが、未来に希望を繋いでいたことを、彼は知らない。
◇◇◇
アオミの『知識』通り、太陽炉に搭載されていたブラックボックスは解除され、トランザムが解放された。イオリアのメッセージ内容には多少変化があったけれど、総合的に見れば、『知識』との誤差は殆どない。
真面目な男が愛妻家になった挙句はっちゃけていたのにはこめかみが痛くなったが、その程度なら充分目を覆っていられた。彼女はトリニティの処分に失敗したが、暫く不安定要素――ノブレスを退場させることができる。
保険としてサーシェスを同行させていたことが功を制したようだ。彼の能力は買っているけれど、いずれ、サーシェスは邪魔になる。『知識』から総合するに、奴を『退場』させるタイミングはこのあたりが丁度良さそうだ。
理想のプランとしては、デュナメスのガンダムマイスター――ロックオン・ストラトスが家族の仇討を成功させるのが一番だろう。『知識』において、彼の死はマイスターたちに影響を与えた。特に、刹那とティエリアはその影響が顕著であった。
弟のライル・ディランディ――2代目ロックオンの動向も気にする必要もあるが、初代――ニール・ディランディが生き残れば、弟がソレスタルビーイングに関わる可能性はぐっと低くなる。彼の実力は兄に劣るものの、至近距離での銃撃戦もこなせるため注意が必要だ。
「もし関わったとしても、兄弟の確執が残ったままだから、暫く思ったような戦い方はできないでしょうね」
しかし、ニール・ディランディが生き残ることによって生じるデメリットがあることは事実だ。『知識』曰く、彼は2307年のガンダムマイスターの中で最強の実力を持っている。ニールが無傷で生き残ったなら、今度は障害として浮上してくるのが彼の存在だった。
「……峰討ちが妥当ね。疑似太陽炉のGN粒子をぶちまけるなり、『知識』におけるサーシェス並みの重傷を負わせて再生手術させることで時間稼ぎするなりしなくちゃ。確か、右目で3週間だったかしら。……でも、時間稼ぎばっかりしててもしょうがないし、前者よね。うん」
丁度良さそうなものもいるし、問題ないだろう。最悪の場合は、サーシェスを『退場』させるときのドサクサに紛れればいいのだから。
『知識』と違って生き残っているエイミー・ディランディは意識不明の重体である。そんな人間が何をできるのか。そちらは放置していても問題なさそうだ。
“彼女”の愛機である告死天使が再び戦えるようになるためには、それ相応の時間がかかる。“彼女”が不在の間は、無垢なる子たちや彼に頑張ってもらうしかない。
“彼”は“彼女”に遠く及ばぬ愚鈍であるが、“彼女”に対しての忠誠心が強い。元々が罪悪感から同行しているため、裏切る可能性が低いという点では、本当に頼れる相手である。
“彼女”がアオミの“運命共同体”なら、さしずめ“彼”は自分たちの忠実な“手駒”か。例え駒が愚鈍であろうとも、駒を動かす人間が優秀であれば、活路を開くことができる。
自分たちなら、“彼”を使える人間にすることができた。
「そのための力は与えたし、どうすればいいかの指示出しを行う人間だっている。……機体が暫く使えなくなった分、“彼女”も張り切ってるしね」
アオミは端末を操作した。最後の問題は、まだ横たわっている。
消去すべきイレギュラー、引き入れるべき相手、その他諸々。気にすべきことが沢山あり、正直疲れてしまう。
けれど、これからだ。自分を蔑ろにした世界を見返し、その世界を己の想うがままに動かす。理想郷まで、あと少し。
「楽しみだわ、私の――私たちのための“理想郷”」
◇◇◇
一夜の夢と呼ぶに相応しい短い時間。終わった後に待っていたのは、どこまでも厳しい現実であった。
ソレスタルビーイング殲滅作戦――『
イデアが寂しそうな顔をした理由は、この非常事態が「一夜の夢」すら赦せない程切迫していたからだったのだろう。
「
背後から駆けられた声に振り返れば、普段と変わらぬ晴れやかな笑みを浮かべたグラハムが立っていた。
「最後とか言うな。彼女の話が途中で終わったから、
クーゴがムッとして食い下がれば、グラハムは大きく目を見開いた。
緑の瞳は真ん丸になり、しぱしぱと瞬く。ややあって、彼は静かに微笑んだ。
「……そうか。そうだな。
休暇の最中に、グラハムと刹那に何があったのかはわからない。しかし、彼らは彼らで、休暇を過ごしてきたのだろう。彼らの決意を壊すような、ヤボな真似はしたくなかった。
今日もグラハムは、GNフラッグを催促しに行くらしい。と言っても、9割がた終わっているから、GNフラッグは最終調整に入っているのだが。
この調子でいけば、あと2、3週間弱で突貫工事が終わるだろう。突貫工事と言っているが、何か問題が起きたらまずいので、調整はギリギリまで行うつもりでいるらしい。ビリーや『悪の組織』の技術者たちも頑張っている。
格納庫がてんやわんやしている様子が目に浮かぶ。今から向かうつもりだったクーゴの手には、ビリーやノーヴルたちへの差し入れが入った重箱が入った紙袋が抱え込まれていた。それを見たグラハムが感嘆の息を零す。
一応、グラハムの分も用意している。目でそれを伝えれば、奴は嬉しそうに目を細めた。楽しみにしている、と、翠緑の瞳が瞬いた。期待に答えようという代わりに、クーゴも不敵な笑みを浮べた。
自分たちは、あと少ししたら、ソレスタルビーイングの最終決戦に赴く。グラハムは刹那と、クーゴはイデアと、それぞれ決着をつけなくてはならない。
積み重ねてきた絆や想いを踏みにじるような真似はしたくないし、彼女たちを追いかけてきた人間として、彼女たちと対をなすであろう存在として、相応しくありたいと思った。
(ああ、そういえば、彼女に確認してなかったな。……俺は、そんな存在に相応しかったのかどうか)
そこまで考えて、いいや、とクーゴは首を振った。
(そうだな。
新しく抱いた希望を胸に、クーゴは一歩踏み出した。
いつか訪れるであろう、“マリアネラ/イデアと笑いあう”明日のために。
クーゴ・ハガネの災難は続く。