問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



44.行く者、見送る者、去る者、還る者

 

 イオリア・シュヘンベルグが愛妻家であったことを知っているのは、第1世代のガンダムおよびその開発時期とソレスタルビーイングの初代関係者陣営だけだ。その世代に当たる人間はほぼ死に絶えているし、彼らの意思と志を継いだ人間たちが残っているものの、詳しい話を祖先から聞いた者はいない。

 情報の秘匿は急務だったし、必要なことだった。それに関わった者である女性は、当時のことを振り返って考える。自分もまた、今となっては数少ない、ソレスタルビーイング立ち上げに関わった初期関係者だ。嘗てはガンダムのテストパイロット及び開発に携わっていたし、現在もそのノウハウを生かして会社/団体を率いている。

 

 本来ならば、悪の組織及びスターダスト・トラベラーは“ソレスタルビーイングのサポート”を行うつもりでいた。

 

 それを方向変換したのは、親友を失った後である。ソレスタルビーイングと対をなす存在であり、彼らにとって“目の上のたん瘤”で居続ける――人類の敵として存在し、人類の統合を後押しするソレスタルビーイングの“最終的な仮想敵(ラスボス)”として存在することで、彼らの成長を促す存在であり続ける。

 同時に、『ソレスタルビーイングが役目を終えた』、あるいは『ソレスタルビーイングがイオリア計画を遂行できなくなり、最悪、本来の“存在価値”を果たすどころか人類滅亡を助長させる存在と化した』場合、ソレスタルビーイングを葬り去る役目も担っていた。その役割は、歪んだ形でアレハンドロに取って代わられてしまったが。

 

 

「ソレビの動向は?」

 

 

 端末のホログラム越しから、女性はアプロディアと会話する。

 

 

『アラサー独身であるスメラギ・李・ノリエガとラッセ・アイオンに多大なストレスがかかったようです。今は立ち直っていますが、メッセージが届いた直後はかなり精神的に荒れていた様子でした。特に、スメラギ・李・ノリエガが』

 

「私が言うのもなんだけど、独身を拗らせた人にはきついんじゃないかな。あーいうの」

 

『その点では同意します。イアン・ヴァスディはリンダ・ヴァスディに連絡を取り、長々と会話していましたね。彼が無事に帰還したら夜戦になりそうです。もしかしたら、ミレイナ・ヴァスディに妹か弟ができるかもしれません』

 

「それは重畳。で、他の子たちはどうしてた?」

 

『教育的情報操作が作動しなかったために、18禁ものの単語の意味を問うフェルト・グレイスに対して、どう答えればいいのかをロックオン・ストラトスが必死に考えています。リヒテンダール・ツエーリが両手で顔を抑えて羞恥に悶え、予想外の内容にクリスティナ・シエラが愕然としていました。アレルヤ・ハプティズムは顔を真っ赤にしてうろたえ、ティエリア・アーデが人格崩壊一歩手前になり、刹那・F・セイエイは表情を引きつらせていましたね。尤も、刹那・F・セイエイはトランザム解放のおかげで、面々の中から一番最初にショックから立ち直れたみたいですが』

 

「わーお。みんな、私の旦那様(イオリア・シュヘンベルグ)に対してどんな幻想を抱いていたのかしら。“理想は抱いたまま溺れておけば幸せだった”という典型的なパターン?」

 

『“夢は夢のままであったほうが幸せだった”、とも言えますね。……貴女にとっては腹立たしい言葉かもしれませんが』

 

 

 アプロディアは表情を曇らせた。彼女が女性を慮ってくれているのは分かっている。

 

 夢にまで見た青い星(テラ)にたどり着いた自分が見た真実が脳裏にフラッシュバックする。指定された座標に青い星はなく、その代わりに、薄汚く濁った死の星が存在していた。

 あんなもののために、沢山の同胞が――グラン・パが敬愛したソルジャー・ブルーが、ナスカと運命を共にした両親/ラナロウとクレアが、先の戦いで散ったアルテラたちが――犠牲になった。

 彼らの犠牲は何だったのか。自分たちが還りたかった場所は、こんな場所ではなかったのに。むせび泣いた自分の背中を支えてくれたエルガンとイニスの横顔を、今でもはっきり思い出せる。

 

 ある意味で、ナスカからの逃亡で命を散らしたソルジャー・ブルーは幸せだったのかもしれない。彼は最期の瞬間まで、青い星(テラ)は『青く輝く美しい惑星(ほし)であり、楽園』だと信じたままだった。

 もし彼が生き残って、真実を知ったらどうなっていただろうか。青い星(テラ)へ還りたいと願ったソルジャー・ブルーの心は、めちゃくちゃに引き裂かれていたに違いない。心が死んでしまったら、人はもう生きていけなくなる。

 

 

「どのみち、ブルーは長くなかった。……遅かれ早かれ、彼の命は尽きていたんだ。先に心が死ぬか、肉体が死ぬかの違いだけであって」

 

 

 背後から聞こえてきた声に振り返れば、1人の少年が扉を開けて入ってきたところだった。銀色の髪に、鮮やかな真紅の瞳。人革連の超兵施設から救い出し、スターダスト・トラベラーのMSパイロットとなった、アスル・インディゴだ。

 姿形は初代指導者(ソルジャー)であるブルーと同じであるが、アスル自身の肉体年齢が若いためか、ブルーと比較して身長は低く声はやや高い。そのギャップに驚いていたら、アスルは静かに微笑んだ。やはり、笑い方もソルジャー・ブルーそのものだった。

 

 

「理想だけでは、青い星(テラ)にたどり着けなかった。優しさだけでは、対話の道は開かれなかった。確固たる決意と、未来のために己を投げ出す勇気が、人類と『同胞』の共存を押し開いたんだ。……ブルーは、最初から分かっていたんだよ。その全てを兼ね備えた人物がジョミー・マーキス・シンであることも、彼が過酷な道を進むことになることも。フィシスに能力の一部を分け与えていたから、はっきりとした詳細は分からなかったみたいだけど」

 

 

 誰かの感情を、想いを辿るようにして、アスルは朗々と言葉を紡いだ。澄み渡った水面を思わせるような佇まいに、女性はブルー本人と向き合っているような心地になる。

 

 

「貴女も、マリアネラ・ルシア――今はソレスタルビーイングに所属するイデア・クピディターズも、それをよく知っている。そうして、その全てを兼ね備えた人物たちとして、第3世代のガンダムマイスター、及びプトレマイオスクルーを見出した」

 

「……今なら、ソルジャー・ブルーがグラン・パを見出した理由が分かる気がするんだ。誰かに何かを託せるって、幸せなことだよね」

 

 

 女性は天井を仰ぐ。遠い昔の光景が浮かんでは消えてを繰り返し、想いをその瞬間へと連れていく。出会いと別れを繰り返し、幾度となく夜を超え、朝を迎え、ここまで来た。

 夜明けの鐘は鳴り響くだろう。それは、天使たちの――ひいては天上人たちの落日を告げる音だ。人類の統一を成し遂げた彼らには、最早存在価値はない。滅びこそが存在意義だからだ。

 しかし、この滅びは意図しないものだ。イオリアが思い描いていたものとは全く違う。アレハンドロの悪意によって歪められ、世界は一気に加速していく。歯止めをかけることは最早不可能であった。

 

 それでも、まだできることはある。天使の涙を止めることくらいなら、間に合うはずだ。

 彼らはこんなところで散っていい命ではない。自分たちが見出した希望を絶やすわけにはいかない。

 

 女性は即座にアプロディアに指示を飛ばした。

 

 

「緊急コード発動。『星屑の放浪者』。秘密結社(かぶしきがいしゃ)悪の組織は、これより、私設遊撃部隊スターダスト・トラベラーとしての活動を再開する!」

 

 

 その言葉を皮切りに、女性はてきぱきと指示を飛ばした。

 

 

「今回の任務はソレスタルビーイング関係の証拠隠滅、及び“同胞”の回収。国連軍とソレビの激戦区を、双方に悟られないように飛び回る遊撃形式で動いて頂戴。新人しかいないチーム構成だけど、貴方たちならやり遂げられるわ。長丁場になるけど、初陣、しっかり果たしてね!」

 

 

 即座に端末へ帰ってくる「了解」の返事。それらを確認し、女性はアスルに視線を向けた。

 

 

「そういう訳だから、よろしくね。エースくん?」

 

「了解。……『()()()()()()()()()()()()()()()()()。ベル』」

 

 

 アスルの言葉に、女性は弾かれたように目を見開く。その感情(おもい)は、まさしくソルジャー・ブルーのものだ。ナスカを守るために命を投げ出し、青い星(テラ)への想いを抱いて散った彼のものだ。

 女性の反応に何か思うところがあったのか、アスルは静かな面持ちで頷いた。赤い瞳に宿るのは揺るぎない決意。あの日、女性が見送ったソルジャー・ブルーが抱いた決意とは覚悟の質が違う。前者が生きるためのものならば、後者は死出への悲壮感に満ちたものだった。

 

 大丈夫だ。彼ならば、きっと無事に帰ってくる。ホワイトベースの新艦長だって、仲間たちを死なせるつもりはないだろう。

 女性の表情を確認したアスルは微笑み、この場から姿を消す。ホワイトベースへと転移したのだ。今頃、彼の専用機に乗って出撃しているに違いない。

 

 すべてを敵に回して、それでも尚、突き進む。ソレスタルビーイングの姿は、まるで、遠い昔に辿ってきた自分――および“同胞”たちの旅路とよく似ていた。だから、女性は彼らを放っておけない。嘗ての自分たちもまた、その孤独と悲しみを抱いて歩んできたから。

 

 

「太陽はまだ、沈むに早い。……暫くは、昇れそうにないでしょうけど。まあ、『日はまた昇る』っていう格言もあるから、立ち直ってくれるよね」

 

 

 女性は祈るような面持ちで宇宙(そら)を見上げた。アプロディアも、静かに同じ方向を見やる。

 今はただ、信じたい。人は、前に進むことのできる生き物なのだと。

 グラン・パの言葉通り――パンドラの箱に残っていたものは、希望なのだと。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ステーションE-1077(ワンオーセブンセブン)――キースが嘗て過ごした学び舎であり、級友のサムやスウェナ、後輩のシロエと出会った()()()()()()()だ。

 

 キースがここでメンバーズ・エリート課程を修め、卒業してから12年。母校とも呼べるこのステーションは、ミュウによる精神波攻撃を受けたことが遠因となり廃棄された。精神汚染を受けた生徒たちももれなく処分されている。卒業してからステーションE-1077を訪れる機会は失われていたけれど、嘗て自分が“処分”したセキ・レイ・シロエの言葉を忘れたことは一度もない。

 今回再びこの地に足を踏み入れたのは、シロエの遺品――ピーターパンの絵本を入手したことが直接的なきっかけであった。シロエが処分されるより先に一般コースへ進路変更したため、E-1077から離れていたスウェナ。彼女はシロエのことを覚えており、ひょんなことからデブリを入手するに至ったという。本の最後のページにあった不自然な隆起には、生前の彼が録画したSDカードが隠されていた。

 他にも、ジルベスター星系で出会ったミュウの女――フィシスとの邂逅も理由である。意図せずミュウの女と通じ合ってしまったキースは、それを利用して奴らの元から脱出している。だが、自分たちが()()()()()()()()()理由に対し、引っ掛かりを覚えていた。ミュウ曰く、『キースはミュウの女・フィシスと同じ青い星(テラ)のイメージを抱いている』とのことらしい。

 

 

『貴方には分からないか。あの憎むべき成人検査を知らない、幸福なキース!』

 

『貴方は()()()()()()()()()()()

 

 

 脳裏をよぎったのは、S.D.体制とテラズ・ナンバー5に対して激しい憎悪を剥き出しにしていたシロエの姿だった。

 彼の口から飛び出したのは、キース・アニアンの出生と深く絡みついているであろうパンドラの箱。

 

 シロエはキースを追い落とすために暗躍を続けるうちに、S.D.体制の存続に不都合な情報を掴んでしまったのだろう。そのためにマザー・イライザの不興を買い、逮捕され、処分されるに至った。

 彼が録画していた映像データは重要な部分で途切れている。丁度その映像のあたりで、彼は巡回していた兵士たちに取り押さえられてしまったようだ。

 その後は深層心理をチェックされて衰弱し、キースに拾われた。彼が絵本にSDカードを隠したのも、キースと遭遇する直前だったのかもしれない。

 

 

『忘れるな、キース・アニアン! フロア001(ゼロゼロワン)、フロア001……!』

 

『自分の目で、真実を確かめろ!』

 

 

 ――『知らなければならない』と思った。

 

 セキ・レイ・シロエが命を懸けて訴えた言葉と向き合わなければならないと思った。

 ミュウの女と同じ青い星(テラ)光景(ヴィジョン)を抱く自分の出自と、S.D.体制の真実に。

 

 

「大佐。何故、こんなところに?」

 

 

 不安そうな様子でシャトルを運転していたマツカの問いに、キースは淡々とした調子で答えた。

 

 

「――鎮魂歌(レクイエム)を捧げにな」

 

 

 

***

 

 

 

 嘗て多くのエリートたちを輩出したステーションの面影は、何1つとして残っていない。生徒たちが集い語らっていたラウンジは使われなくなったテーブルや瓦礫が散乱し、無重力の中を漂っている。トピアリーを構成していたと思しき枯木の枝も7紛れ込んでいる有様だった。

 メンバーズ・エリート課程の履修者として国家騎士団に所属してから、キースはE-1077と同系のステーションの構造に関する知識を把握している。そのため、施設の電源を司るフロアの場所も予想がつくし、電源の復旧方法も問題ない。双方容易に終わらせれば、施設の電源が完全に復旧した。

 キースが向かったのは、マザー・イライザと対話するためのフロアである。学生時代――特にシロエ関連では、何度か彼女の世話になっていた。彼女と再び言葉を交わすには、施設内の電源を復旧させる必要があった。勝手知ったる学生時代と言わんばかりに、キースはフロアに足を踏み入れる。

 

 

「ようこそ、キース・アニアン」

 

 

 真っ青な空と広い草原の景色の中に、マザー・イライザのホログラムは佇んでいた。あの頃と変わらぬ穏やかな微笑でキースのことを迎え入れる。学生時代は彼女のことを“知らない女性”と答えたが、ミュウの女・フィシスと瓜二つの外見だ。

 フィシスは地面につくか否かの長い金髪と目を開くことが出来ないタイプの盲目が特徴的で、薄桃色の法衣を身に纏った女だった。黒と白のモノトーンで構成されたマザー・イライザとは全然雰囲気が違う。彼女は懐かしそうに――或いは嬉しそうに、キースを褒め称える。

 

 

「立派になりましたね、キース。国家騎士団の上級大佐……それでこそ私が育て上げた子! ステーションE-1077の誇り!」

 

「もう貴女の導きは不要だ」

 

「……分かっています」

 

 

 突き放すように事務的な調子で告げれば、マザー・イライザは引き下がった。

 “本題に入りたい”というキースの意志を尊重してくれたらしく、彼女は権限を行使する。

 フロアに現れた扉の向こう側――その先に、シロエが掴み、キースへ遺した“真実”があるのだろう。

 

 

「さあ、行きなさいキース。行ってその目で確かめなさい。真実を」

 

 

 マザー・イライザの激励を受けて、キースは扉の前に立つ。マザー・イライザの意志によって、真実への道は開かれた。

 

 

『――見てますか? キース・アニアン』

 

『今、僕がどこにいるか分かります?』

 

『フロア001(ゼロゼロワン)……貴方の揺り籠ですよ』

 

 

 SDカードに残されていたシロエの声が聞こえたような気がした。生意気で挑発的な、刺々しい気配を纏った15歳の少年。あどけない子どもの声に――或いは、彼が遺した映像を辿るように、キースは足を進める。

 程なくして、シロエが言っていた“フロア001”へ繋がる道を見つけた。キースは一度足を止めたが、迷いを振り払うようにして廊下を進んでいく。固く閉じられた扉を開いた先には、薄暗い部屋が広がっていた。

 

 部屋のど真ん中には通路があり、左右には大きなカプセルが鎮座していた。

 

 右側には、培養液に漬けられた女性たちが虚ろな眼差しでこちらを見つめている。彼女たちは腰まで伸びた金髪と、キースと同じ紫色の瞳を持っていた。

 右側には、培養液に漬けられた男性たち。彼らもまた、同じような眼差しをこちらに向ける。腰まで伸びた黒髪と、キースと同じ紫色の瞳を持っていた。

 前者はミュウの女・フィシスとマザー・イライザ、後者はキースと瓜二つの外見をしていた。つい先程まで主電源が死んでいたことを考えると、彼女や彼らは既に死んでいるのだろう。

 

 

『貴方は()()()()()()()()()()()

 

 

 脳裏をよぎったのは、S.D.体制とテラズ・ナンバー5に対して激しい憎悪を剥き出しにしていたシロエの姿だった。彼の口から飛び出したのは、キース・アニアンの出生と深く絡みついているであろうパンドラの箱。それを、キースは自らの手で開いた。

 “育英都市で育ち、ステーションE-1077にやって来た”――キースに関する出生情報には、大きな誤りがあった。キースの故郷はE-1077(ここ)であり、無作為の精子と卵子を組み合わせて生まれた普通の子どもとは全く違う存在だった。

 

 

「ミュウの女……そして私か」

 

 

 培養液に漬けられた同じ顔の男女と、その死体――それらを交互に眺めながら、キースは足を進める。

 

 ふと、キースが男の死体に視線を向けたとき、脳裏によぎった光景があった。“白衣を着た男女が、培養ケースの向こう側から()()()を見つめている”というものだった。

 ここに浮かんでいる男女の死体――彼や彼女がまだ生きていた頃、まどろむ意識の中で、このケースの向こう側にいる人々を見つめ返していたのだろうか。

 

 

『――見てますか? キース・アニアン』

 

『今、僕がどこにいるか分かります?』

 

『フロア001(ゼロゼロワン)……貴方の揺り籠ですよ』

 

 

「……フ。揺り籠か。そうか、ここか……」

 

 

 シロエが遺した映像と、その中で得意げに笑う生意気な少年の姿を思い出す。彼の言葉に応えるように、キースは小さく独り言ちた。

 次の瞬間、ホログラムの機動音が響く。振り返った先には、神妙な面持ちのマザー・イライザが佇んでいる。キースは彼女を真正面に見つめた。

 

 

「以前、貴女とそっくりな女と会った。見る者が親しみを感じる姿で現れて――……成程。そういうことか」

 

 

 培養液に漬けられていた女性の死体、ジルベスター星系で出会ったミュウの女、そして――マザー・イライザに視線を向けたキースは、納得して頷く。

 

 普通の人間で在れば、こんな光景を見せられれば発狂間違いなしだろう。だが、キースの内心は酷く凪いでいた。“それが自分の役目なのだ”と、何の違和感を抱くことなく受け入れることができた。

 けれど、それだけだ。()()()()()()()()()()()だけ。心の奥底でキースが何を考えているかなど、マザー・イライザですら分からないだろう。機械が人の気持ちを理解できるはずがない。

 そんなキースの様子から“異常が無い”と判断したマザー・イライザもまた、穏やかで静かな調子で事実を告げる。

 

 

「――そうです。貴方はここで製造さ(うま)れたのです」

 

 

 キースの生まれは理解できた。

 では、打ち捨てられたこの部屋で培養液を漂う彼らは?

 

 その問いを口に出せば、マザー・イライザは平坦な調子で答える。

 

 

「研究の途中で放棄された、貴方の兄弟たちです」

 

 

 それを皮切りにして明かされたのは、キース・アニアンや廃棄された兄弟たちが生み出された経緯。

 

 キース・アニアンとその兄弟たちは“普通の人間”とは違う。無作為に選び出された精子と卵子を用いて生まれたのではなく、全くの“無”から生み出された完全な生命体だった。30億の塩基対を合成し、DNAと有機酸を紡ぐ、何体もの失敗作の末に生まれた、マザー・イライザの最高傑作――『無垢なる子』、及び、その成長体である【無垢なる者】。

 『無垢なる子』として産み落とされた者たちは、“青い星(テラ)の国家元首”及び“人類の統治者”の候補生だ。彼や彼女らの脳には、在りし日の青い星(テラ)やその周囲にある銀河や惑星のイメージが刻み付けられていた。グランドマザーに能力を認められた『無垢なる子』は正式な統治者として選定され、彼女たちからは【無垢なる者】と称されるという。

 キースという最高傑作を生みだすために積み重ねられてきた失敗作――その正体が、ジルベスター星系で出会ったミュウの女・盲目の占い師フィシスや、この培養液で漂っている男女なのであろう。幾度となく産み落とされた失敗作は『僅かなサンプル以外は悉く“処分”された』という。

 

 数多のステーションと、マザー・イライザの同類たちが生み出した『無垢なる子』も、キース以外は“統治者として不適合”の烙印を押されたのだろう。そうして、成体になる前に“処分”された。

 ミュウによる精神波攻撃が起きなければ、E-1077のフロア001(揺り籠)は今も稼働し続けていたのかもしれない。次世代の『無垢なる子』が産み落とされては選別されて、“処分”されるのを繰り返す。

 

 

「貴方が入学したときに起きた事故、ジョミー・マーキス・シンとの接触があったサム・ヒューストン、スウェナ・ダールトン、ミュウ因子を持っていたセキ・レイ・シロエとの遭遇(であ)い――そして、そのシロエを貴方に“処分”させたこと……。すべては貴方を育てるための()()()()()でした」

 

 

 “ステーションE-1077でキースが遭遇してきた出来事は、すべてマザー・イライザに仕組まれた出来事でしかなかった”――その言葉に頭を殴られたような衝撃を感じたことなど、マザー・イライザは気づいていない。そうでなければ、嬉しそうな調子で言葉を続けることなど出来るはずがないからだ。

 

 

「ようやく生まれました。青い星(テラ)の子、私の理想の子……キース」

 

 

 産み落とされた子どもの気持ちなど蚊帳の外で、マザー・イライザは感極まったような調子でキースを褒め称える。

 大きく手を伸ばしたその姿は、子どもを抱擁しようとする母親のようだった。

 キースはマザー・イライザから視線を外す。彼の瞳に映るのは、培養液に浮かぶ男性の遺体。

 

 

「理想? ……私が? ――()()()()()が?」

 

 

 ふつふつと湧き上がって来た感情に駆られて、キースは拳を強く握りしめる。マザー・イライザは何も気づかない。――何も感じていないのだ。だって彼女は、単なる機械で、システムだから。

 

 

(――シロエ)

 

 

 

 

 

 

 “ミュウ篇でフィシスが回想していた過去と、人類篇でキースが回想していた過去が複雑に絡み合った”――その事実に、クーゴは思わず声を上げていた。

 

 『Toward the Terra』はミュウ篇と人類篇に分かれているけれど、その実、作品としては“お互いがお互いを補完し合う関係”である。片方だけでも物語として成立するが、両方読むことで世界観の掘り下げとお互いの繋がりを深めていく形式(タイプ)らしい。

 ミュウ篇では“人間たちとの共存の道を模索するため、ジョミーが人間たちへ思念波を発信した”ことが、後々スウェナの口から“ミュウからの精神波攻撃”とみなされていたことを知る。人類篇では、“飛行訓練中に思念波の干渉を受けたE-1077の生徒たちが発狂し、練習船の制御が失われ、あわや大惨事に発展しかけた”様子が伺えた。

 人類側がミュウを敵視してしまったのも当然と言えよう。例えるならそれは、“運転中に携帯電話で通話したらどうなるか”。第3者から見れば、ミュウ側の行動が“携帯電話を乗っ取り、無理やり通話状態にした上で声をかけてきた”に相当し、E-1077の生徒たちは“運転中に強制通話状態になってしまい、そちらに意識を割かれてしまったために事故を起こした”ようなものだ。

 

 ただ、『Toward the Terra』の世界観は“S.D.体制が敷かれたディストピア”。悪いのはミュウと精神汚染されてしまった不適合者たちだ。

 和解と和睦の一歩として行われた交信は精神攻撃と認定され、形は何であれ、彼らの交信に応えてしまった者は容赦なく殺処分されている。閑話休題。

 

 

(“シロエ関係で何かもう一波乱起こる”と予想したけど、大当たりだったな)

 

 

 “死せる孔明、生ける仲達を走らす”――シロエはミュウ因子を宿した少年であり、マザー・イライザのプログラムによって“『キースに処分される』ために生かされていた存在”だった。そのため、史実における孔明のような地位はない。ただ、キースの出生の秘密を暴いた才能や実力という意味では、孔明と称しても遜色ない実力者と言えよう。

 彼が遺したメッセージが、キースにS.D.体制の真実と向き合う理由になった。そしていずれ、ミュウ篇の終盤で人類側の指導者が下した“決断”と“選択”に繋がっていくのだろう。クーゴはミュウ篇の流れを思い返しつつ、人類篇の物語を読み進めた。

 

 

 

 

 

 

(――ここで、全てを終わらせる)

 

 

*

 

 

「何をするのです、キース!?」

 

 

 キースはマザー・イライザを無視し、端末を操作する。視界の端で、培養液を照らしていた光が次々と消え去っていった。

 キースと瓜二つの顔をした兄弟たちも、ミュウの女やマザー・イライザと瓜二つの顔をした姉妹たちも、薄闇に包まれていく。

 

 

「やめなさい、キース!」

 

 

 最後の仕上げとばかりに端末へ鉛玉を撃ち込んだ後、キースは廊下をまっすぐ突き進んだ。

 狼狽するマザー・イライザのホログラムを踏み抜いて、無数のホログラムから響き渡る静止の声を振り切って、ただ一点に向かって。

 

 

「やめて、キース!」

 

「…………」

 

「ねえ、どうしてこんなことをするの!?」

 

 

 ホログラムを無視して辿り着いたのは、ステーションE-1077の管制室。ホログラムでは埒が明かぬと踏んだマザー・イライザは、今度は管制室のモニターから呼びかける。

 

 

「キース、お願い……!」

 

 

 勿論、キースは無視を貫いた。定められたコマンドを手動で入力していく。それは滞りなく実行されたらしく、マザー・イライザを映し出したモニターが次々とエラーの文字を表示した。

 画面が消えてもマザー・イライザの音声が止まらない。“モニターに姿を映し出していただけで、音声は別の場所から響いている”ようだ。キースは管制室の機械類にも銃弾を撃ち込む。

 管制室の機械類が白煙を上げたのを確認し、キースはその場を後にした。直後、ステーションE-1077の軸が大きく傾く。制御を失ったそれは、いずれ大気圏へと突入し、何も残さず燃え尽きるだろう。

 

 キースは自分の記憶を辿りながら、駆け足で“ある場所”に向かった。

 

 そこは、生徒1人1人に与えられた自室の1つ。キースは懐からピーターパンの本を取り出した。セキ・レイ・シロエが唯一このステーションに持ち込めた、彼が愛した故郷と両親を繋ぐ縁そのもの。

 キースによって“処分”されてしまったシロエの強い思念波(おもい)が、奇跡的にこの本を宇宙に留めたのだろう。結果、巡り巡って再びキースの元へ辿り着き、キースを真実へと導いた。

 

 

「――大佐、応答してください! 大佐! キース!!」

 

 

 通信機の向こう側から、切羽詰まったマツカの声が聞こえる。E-1077付近の宙域で待機していた彼は、ステーションが大気圏へ落下しつつあることに気づいたのだろう。

 思いを馳せていたい気持ちは山々だが、そろそろ脱出しなければ。墓標も――存在した事実すらもまともに残らなかったシロエに黙祷しつつ、キースは彼へ別れの言葉を贈る。

 

 

(シロエ、さらばだ)

 

 

 ピーターパンの絵本をベッドに置き、キースは駆け出す。もう二度と、振り返ることは無かった。

 

 

 

***

 

 

 

「グランドマザー、貴女とアクセスできません! イライザは現在、マザーネットワークから切り離されています! イライザ・メモリーが孤立しています! ――――」

 

 

 ステーションが大気圏へ落下していく衝撃で、マザー・イライザの音声と関わる部分に異常が発生したらしい。彼女の言葉はそれきり途切れる。

 

 けれど、イライザは何度もグランドマザーに呼びかける。何度もシグナルを送る。でも、グランドマザーからの連絡はない。

 キース・アニアンがネットワークを破壊したためか、それとも大気圏に突入しつつあることで施設内部の機械部品が破損しているためか、理由は分からなかった。

 講堂も、食堂も、管制室も、フロア001や培養カプセルも、マザー・イライザと謁見するためのフロアも、何もかもが崩れていく。

 

 マザー・イライザのフロアも倒壊し、大気圏突入によって発生した爆炎によって飲み込まれたのは、それからすぐのこと。

 キースから『不要』の烙印を押された導き手が、本体であるグランドマザーからも()()()()()ことに気づいていたのか否か――そこまでは、当人しか分からないだろう。

 

 

 ――だって、彼女自身が言ったのだ。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と。

 

 ならば、“キース・アニアンの育英(そのプログラム)にマザー・イライザも組み込まれていた”としても、何らおかしいことはないのだ。

 そして、キースは彼女に告げている。『貴方の導きは不要だ(お前はもう必要ない)』と。グランドマザーだって、役目が終わったイライザを存続させる理由はない。

 サムやシロエが“自分に与えられた役割を自覚することなく使い潰された”のなら、マザー・イライザというコンピューターも()()だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

「……この時点でもう、最期の展開に向けての下地ができてるヤツ……」

 

 

 クーゴは小さく呟いて、そっと頭を抱えた。

 キース・アニアンの反抗期――その結末の断片を、把握しているが故に。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 宇宙の果て。多くの星が瞬く中で、爆ぜるような光が点滅していた。それに呼応するかのごとく、断末魔を連想させる悲鳴が木霊する。

 不意に《視えた》のは3機のジンクス。搭乗者が誰なのか、クーゴはすぐに《理解(わかっ)た》。ダリル、ジョシュア、アキラの3人である。

 

 

<嘘だろう!? 機体が勝手に動くぞ!?>

 

 

 顔を真っ青にしたジョシュアが、必死になって操縦桿を動かす。しかし、ジンクスは彼の操縦を完全無視して突っ込んで行く。

 

 

<くそっ、どうなっているんだ!? 操縦が利かない……!>

 

<一体何が起きてるんすか、これ!?>

 

 

 異常が起きていたのは、ジョシュアが操縦するジンクスだけではなかった。ダリルとアキラのジンクスも、2人の操縦を完全に無視して動き始めた。いくら操縦桿を動かしても、彼らの意図する方向とは別の場所へ機体が向かう。

 その先を辿れば、いつぞや対峙したガンダムの偽物と、緑と白基調のスナイパー型ガンダムが戦いを繰り広げていた。スナイパー型が偽物に押されている。偽物の動きは、アイリス社襲撃で対峙したときとまったく違っていた。

 脳裏を駆けたのは焼野原。見覚えのある荒野から連想したのは、アザディスタンで対峙した傭兵――アリー・アル・サーシェスだった。何故、こいつが偽物のガンダムに搭乗しているのだろう。その理由が思い当たらない。

 

 ジンクスたちはスナイパー型ガンダムの元へと突っ込んで行く。彼らはパイロットの意思など関係なく――けれども、『誰か』の意志を反映させたかのように、ガンダム目がけて突撃した。しかも、ただ突撃するだけではない。コックピット内に大音量で流れたのは警告音だ。赤い光が、疑似太陽炉の暴走を告げる。

 偽物や新型ガンダムの粒子は“人体に悪影響を及ぼす”とされていた。砲撃を真正面から喰らえば、当然のことだが死体は跡形も残らない。砲撃に巻き込まれただけでも“細胞障害が発生し、再生手術ができない”等の異常が発生する。

 

 ――では、その()()()()()()()()()()()()()()()()、どうなるのだろうか。

 

 愕然とした表情を浮かべた3人の横顔が《視える》。

 あ、と、声にならぬ悲鳴を上げて、彼らの瞳は絶望を見据えていた。

 

 

<こ、こんなところで死んでたまるか! 動け、動けよぉぉ!!>

 

 

 今にも泣き出しそうな顔をしたジョシュアが、乱雑に操縦桿を動かした。

 

 

<フラッグの後継機が待ってるんだ! それに乗るまで、死んでいられないというのに……!!>

 

<い、嫌だ……こんなの嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!>

 

 

 ダリルとアキラも、同じようにして操縦桿を動かす。しかし、機体はうんともすんとも言わない。

 彼等が焦っている間にも、スナイパー型のガンダムとの距離は縮まっていく。パイロットの感情など関係ないと言わんばかりに、ジンクスは速度を上げた。

 

 

<<<う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!>>>

 

(――ッ、みんな!)

 

 

 3人の悲鳴が響く。

 

 脱出機能さえ正常に動いてくれれば。もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。クーゴがそう思ったとき、叫び声に気づいたかのように仲間たちが顔を上げる。

 意図を察したのか、彼らは思い切り手を伸ばした。仲間たちの手を、クーゴは掴み引き上げる。ダリル、ジョシュア、アキラの順番に、だ。それに呼応するかのように、今までうんともすんとも言わなかった脱出機能が作動した。

 ジンクスからコクピット部分が切り離されたのと、斜め上から降り注いだビームの雨がジンクス穿ったのと、ジンクスに搭載されていた疑似太陽炉が暴発したのは、ほぼ同時のタイミングであった。赤い光と黒い雲を振り払うようにして、コクピットから脱出した3人の姿が《視える》。

 

 少々無茶な脱出方法だったようで、彼らは傷を負ってしまったらしい。

 だが、それでも、3人は生きている。

 

 

<うぅ……た、助かった……のか……?>

 

<いでで……ッ、生きてる!? 俺、生きてる……!!>

 

<は、はは……。生きてるんだ、俺……>

 

 

 痛みに呻きながらも、ダリル、アキラ、ジョシュアは安堵したように表情を綻ばせた。彼らを尻目に、スナイパー型のガンダムと偽物のガンダムは南下しながら戦いを続けていく。

 脱出した3人は、どうにか国連軍の救出部隊に拾われたようだ。これで一安心である。クーゴがほっと息を吐いたのと入れ替わるようにして、世界は一変した。

 

 

 

***

 

 

 

 どこかの宇宙域から、地上の格納庫へ。世界が変わったと言うよりは、クーゴの意識が『あるべき場所へ戻ってきた』と言った方が正しい。

 疑似太陽炉――正式名称はGNドライブ-[T]――を積んだフラッグ2機が、最終調整に入っていた。あと少しすれば、宇宙にいる国連軍と合流することができるだろう。

 そこまで考えて、クーゴは一端思考を留めた。先程の光景が頭によぎる。操縦不能の機体から、命からがら脱出したダリルたちの姿。あれは、一体なんだったのか。

 

 夢幻にしては、切羽詰った焦燥感があったような気がした。彼らの手を掴んだ感覚は、まだ右手に残っている。間一髪という単語がこれ程までに似合う状況は、そうそうなかろう。

 クーゴの思考を中断するかのように、隣で作業状況を確認していたグラハムの端末が鳴り響いた。緊急連絡、だろうか。クーゴが首を傾げたとき、グラハムが大きく目を見開く。

 

 

「それで、3人は? ……そうですか。それは、よかった」

 

 

 切羽詰った横顔から力が抜け、安堵したようにグラハムは微笑む。彼は相手と暫し会話していたが、手短に済ませたようだ。

 

 

「グラハム、何かあったのか?」

 

宇宙に出向いていた面々(ダリル、アキラ、ジョシュアたち)機体(ジンクス)に異常が発生したらしい。その際、敵MSから攻撃を受けて機体は爆散したが、彼らはなんとか無事に帰投できたそうだ。暫く戦線から離れることになるそうだがね」

 

 

 そう言って、グラハムは端末をしまった。彼の言葉から連想したのは、先程クーゴが《視た》光景である。

 

 パイロットの意に反して特攻を仕掛けようとしていたジンクス。面々の悲鳴。彼らの手を掴んで引き上げた刹那、間一髪で作動した脱出装置。

 クーゴの手に、掴んで引き上げた仲間たちの重さや温かさが戻ってきたような心地になる。思わず、右手を開いて閉じてを繰り返した。取り繕うようにして肩をすくめる。

 

 

「成程。ダリルたちも、ハワードの仲間入りということか」

 

「我々とは入れ違いだな」

 

 

 グラハム曰く、ダリルたちは治療のため、地上に戻ることになったらしい。そのタイミングが、フラッグの調整完了と同じなのだ。

 一緒に前線で戦えないというのは残念だが、彼らは生きているのだ。自分たちが無事に帰って来さえすれば、また一緒に空を飛ぶことができる。

 命あっての物種とも言うのだ。生きていさえすれば、チャンスは作り出すことができる。……流石に、「いくらでも」とは言い難いが。

 

 機会は“ある”に越したことはない。クーゴは心の中でうんうん頷いて、フラッグに視線を向けた。

 

 あと少し。あと少しで、クーゴたちの最終決戦はやって来る。積み重ねてきた優しい時間に、終わりの鐘を鳴らす瞬間(とき)が、刻一刻と近づいてくる。

 早くその瞬間(とき)が来て欲しいと思う一方、そんな日が来なければいいと願う自分がいた。分かっていたことなのに、うじうじと悩んでしまう自分に呆れてしまう。

 

 

(……これじゃあ、イデアに――マリアネラに幻滅されるぞ)

 

 

 クーゴは息を吐き、がしがしと頭を掻いた。ソレスタルビーイングに属する好敵手にも、ただの1人の女性にも、失望されてしまうというのは御免被りたい。自分は相当なカッコつけたがりだったようだ。自分自身のことも、知らなかったことは沢山ある。イデアとの出会いで知ったことだった。

 視線を感じて振り返れば、グラハムが生暖かい眼差しをこちらに向けていたところだった。どこか悪さを含んだ笑みの意図を察しあぐねて、クーゴは眉間に皺を寄せる。すると、グラハムは何が面白いのか、くつくつと喉を振るわせて笑った。面白くてたまらない――彼の横顔はそう語っている。

 

 

「お前、最近人が悪くなっていないか?」

 

「失礼。いつになったら気づくのかと思ってね」

 

「何が?」

 

「…………外堀が埋められていくことに気づいていない所に、どう反応すればいいのか悩ましいが」

 

 

 グラハムはちょっとだけ同情するように遠くを見た。視線の先に誰がいるのだろう。

 

 

「おまけに、無自覚で相手の外堀を埋めにかかっている。日本語で言う『一級フラグ建築士』かな」

 

「死亡フラグを立てたつもりはないが」

 

「フラグを叩き折る方に特化したフラグ建築士もいたのだろうな」

 

 

 こいつは何を言っているのだろう。クーゴはぼんやりとグラハムの横顔を眺める。彼がちょっと“よくわからない”のは、今に始まったことではなかった。刹那に一目惚れした直後から、その度合いが加速したように思えてならない。

 “よくわからない”具合はこれからも加速することだろう。愛と言う単語を振りかざして暴走する男、及び黒い機体の姿が《視えた》ような気がして、何とも言えない心地になった。ギャラリーが置いてけぼりになってしまった光景が実にシュールだ。

 助けを求めるように、ギャラリーが『自分』に視線の集中砲火を浴びせてきた。しかし残念ながら、『自分』もまた、引きずり回される人間の1人に過ぎない。そのことを知ったギャラリーが天を仰ぐ。どうしてだか、申し訳ない気持ちになってきた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 自分は一体、何をしているのだろうか。

 

 ロックオン・ストラトス――否、ニール・ディランディは、そんなことを考えた。手にはデュナメスのスナイパースコープ。そのスコープは、破損して宇宙を漂っていたGNアームズのビーム砲に直結している。狙いの先には、スローネツヴァイの偽物が周囲を確認していた。

 その機体に搭乗している男――アリー・アル・サーシェスは、破損したデュナメスを探し回っているのだ。愛機の方は、搭載された太陽炉ごと、相棒であるハロがプトレマイオスへ送り届けてくれる。憂うことなど何もない。けれど、ニールがここでスコープを構える理由もない。

 ハロやデュナメスと一緒に、プトレマイオスに帰還すればいいだけの話だ。今の自分では、最早この戦場に立つことはできない。体もボロボロだし、視界も霞んでよく見えない。痛みと疲労からか、時々意識ごと刈り取られそうになる。それでも、ニールは歯を食いしばった。

 

 こんなことをしても、意味はないのかもしれない。復讐を果たしても、エイミーの意識が戻ることもなければ、亡くなった両親が帰ってくることもないのだ。ばかげている、と、ニールは1人自嘲する。

 しかし、ニールの腕はスナイパースコープから手を離そうとしなかった。むしろ、強く強く握りしめる。狙いはまっすぐ、サーシェスが搭乗するガンダムへと向けられていた。タイミングを合わせて引き金を引く、その瞬間を待ちわびる。

 

 

「……こいつを()らなきゃ、……俺は、前に進めねェ……!」

 

 

 決意を胸に、ニールはスナイパースコープの引き金に手をかけた。今までの出来事が、脳裏に浮かんでは消えていく。大切な家族たち、失ってしまったものの数、ソレスタルビーイングで出会った大切な仲間たち、――そうして、自分が想いを寄せた少女。

 沢山のものを失ってきたニールだけれど、この手の中にはまだ、ニールの護るべき人々がいる。失いたくないと願う人々や絆がある。サーシェスと言う男の存在は、確実に、ニールの護ろうとしているそれらのものを脅かすだろう。そんなこと、絶対に許せない。

 

 

「そうだ……俺の大切な人たちのために、未来のために。俺は……こいつを、討つ……!」

 

 

 テロを憎む復讐者としての側面は変わっていない。けれど、それ以上に、ニールは大切な人々の未来を守りたかった。

 

 自分は人殺しである。そんな人間は、もう、幸せを手にする権利など存在しない。ソレスタルビーイングに所属することになったその瞬間(とき)から、覚悟は決めていた。それ故に、手を伸ばせなかった少女がいた。妹のように接してきたつもりだったが、いつの間にか、それ以上の意味を持ってしまったらしい。

 裁きを受ける自分では、彼女を――フェルト・グレイスを幸せにできない。だから、家族であろうとした。彼女にとって、尊敬すべきお兄さんでいようと努めた。それを見透かしてきた人間は、イデア・クピディターズと、刹那にゾッコンなユニオンの軍人――グラハム・エーカーだった。ニールを突き動かしたのは、どちらかと言えば後者である。

 

 

『俺は人殺し、いつかは裁きを受ける身だ。幸福を手にする権利なんか存在しない。あんただってそうだろう? 軍人さん。――その覚悟は、とうにできてるんだよ!』

 

『ああそうだな! 敵を撃ち、部下や上官を死なせ、屍の山を築いていく……そんな人間がたどり着く場所くらい、私も心得ているさ! そしていずれは、私もそこに墜ちるのだと!』

 

『だったら!』

 

『だからこそだ!』

 

 

『だからこそ、好いた相手を――心から愛した女性(ひと)を! せめて、他ならぬ己自身の手で、幸せにしたいと願うのだよ――!!』

 

 

 ニールの言葉を肯定し、且つ、グラハムはそれを否定した。否定して、文字通り、彼は刹那・F・セイエイを幸せにしてみせた。グラハム本人はきっと何も知らないだろうが、刹那を見守ってきた兄貴分として、そう断言できる。

 有言実行の男に感化されてしまったのだろう。恋愛ごとが大好きなイデアの介入を赦した挙句、気づいたら、フェルトと親密な関係になっていた。彼女の写真にどきまぎしたり、赤いバラの花束や白いバラの花束を贈ってみたり、自分らしくないことをしたと思う。

 そういえば、バラの花束を贈って以後、ルイードという見知らぬ男性が駆るガンダム――機体名はアストレアだったか――に襲われる夢を頻繁に見るようになった。彼はしきりに何かを叫んでいたような気もするが、目が覚めるとすっかり忘れてしまう。思い出そうと頑張ってみたが、無理であった。

 

 最近は、さめざめと男泣きした彼だけでなく、彼に寄り添うマレーネという見知らぬ女性とも話をした。会話内容は一切思い出せなかったけれど、何か、大切なものを託されたのだということだけは鮮明に覚えていた。

 

 ……ああ、思考回路が脱線してしまった。ニールは歯を食いしばり、スコープを動かす。

 託されたもののためにも、世界と向き合うためにも、大切な人たちのためにも――自分は。

 

 

「……だからさぁ……!」

 

 

 決意を込めて。

 

 

<大丈夫だよ、ロックオンさん。アンタの腕は、俺が保証する。……アンタとの決着はまだついてないんだ。死なれちゃ困るよ>

 

 

 誰かがそう言って力強く微笑んだ。栗の渋皮を思わせるような色味を纏ったプラチナブロンドに、視力矯正用の眼鏡をかけた青年。スナイパー仲間として切磋琢磨してきた、かけがえのない友人だった。

 

 

<ったく、無茶ばかりしやがって。心配してくれる人たちがいるんだから、死ぬんじゃないぞ。……置いて逝かれるのは、辛いんだ>

 

 

 誰かがそう言って静かに頷いた。深い緑青の髪に、やや浅黒い肌の偉丈夫。自分が利き目を負傷した際、心配してくれたスナイパー仲間だ。同じ部隊に所属し、共に戦ってきた戦友でもある。

 

 

<俺とお前のスナイパー勝負……あの熱い戦いを思い出せ! こんな奴に負けんなよ!!>

 

 

 誰かがそう言って肩を叩いてきた。金髪碧眼の色男。こいつ誰だったっけ、という言葉が喉元までせり上がってきたが、寸でのところで飲み込んだ。そういえば、スナイパー勝負を繰り広げてきた敵と似ているような気がする。

 

 

<女性を泣かせるってのは、失格なんだぜ? 色男>

 

 

 誰かがそう言ってお茶目にウインクした。顔に傷のある、金髪碧眼の色男。そういえば、彼も無茶をやらかして女性を泣かせたことがあった。ニールと同じような行動をしたくせに、ニールに説教して、恋人に怒られて、お互い様だと笑いあった戦友である。

 

 

<ついにあんたも、貧乏くじ同盟卒業か……。ちょっと寂しくなるけど、いいぜ。盛大に祝ってやる! だから、ド派手に祝砲打ち上げろ!!>

 

 

 誰かがそう言ってニヤリと笑った。茶色の長い髪を三つ編みに結んだ少年。貧乏くじ同盟を担う仲間として共に戦った戦友だ。死神の名を冠する、ガンダムのパイロット。

 

 

<冷静になれよ。簡単なことじゃないか。いつも通り、狙い撃てばいいんだ>

 

 

 誰かがそう言って頷いた。どこか苦労人の香りが漂う、黒髪の東洋人。彼もまた、貧乏くじ同盟のお仲間であり、同じ部隊で戦ってきた戦友であった。民間企業所属の正義の味方。

 

 

<俺も一緒に狙い撃つ。……心配すんなよ、きっちり当ててやるさ! ――だから、お前もきちんと見届けろ。この世界の変革を>

 

 

 誰かがそう言ってニヒルに笑った。群青のくせ毛が特徴的な男性。彼もまた、貧乏くじ同盟の仲間であり、親友だった。彼のボケに対し、自分がツッコミを入れる――それが自分たちの日常だった。借金返済のため戦う、天秤の機体を駆るスフィアリアクター。

 

 自分は、“彼ら”のことを全く知らない/よく知っている。

 不思議な懐かしさが心を満たし、自分自身を奮い立たせてくれた。

 

 さあ、しっかり狙いを定めて。“彼ら”が信じる/信じた『成層圏の狙撃手』は、伊達じゃないのだから。

 

 生体反応に気づいたサーシェスのガンダムが接近してきた。

 チャンスは1回きり。やり慣れたスナイピング。

 

 

「――狙い撃つぜぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

 砲撃が唸る! 鮮やかな紫の光が、スローネツヴァイの偽物/サーシェスの駆る機体をぶち抜いた。入れ替わるように、毒々しい赤が、足場にしていたGNアームズのビーム砲を撃ち抜く。次の瞬間、ロックオンの視界は爆風に飲まれた。

 鮮やかな緑の光が漂う。風に飛ばされ宇宙を落ちていく中、ニールはぼんやりと周囲を眺めていた。脳裏に浮かんだのは、幼いころの幸せだった時間。仲間たちと過ごした穏やかな時間。愛しい少女と共に過ごした、優しい時間。

 自分はきちんと狙い撃てたのだろうか。仲間たちの生きる未来は。そして、地上に残してきた双子の弟――ライルと、病院で眠っている妹――エイミーの未来は。そこまで考えたとき、不意に、視界の端を切り裂くようにして飛んでくる光を見た。

 

 ニールの口元に浮かんだのは、微笑。何とも言えぬ満足感で胸が満たされた。

 ふと見れば、眼下には青く輝く惑星(ほし)――地球が見える。

 

 

『命の色って、何色だと思う?』

 

 

 イデアの問いが頭に浮かんだ。彼女の答えは、確か、青。

 

 今なら、その理由がよくわかる。地上は争いと喧騒で満ち溢れているというのに、この惑星(ほし)は――どこまでも青く澄み渡っていて、美しい。

 ここから見たら、地上の戦争や争いなんて想像できないだろう。外宇宙からの訪問者たちも、この美しさに惹かれてやって来たに違いない。

 漠然とした思考回路では、そこまで考えるので手一杯だった。喉からかすれた息が漏れる。意識が、遠くなってきた。

 

 

「よう。……お前ら、満足か? こんな世界で……」

 

 

 答えはない。けれど、問わずにはいられない。

 ニールはゆっくり手を動かす。拳銃に見立てたそれの先を、青い星に向けて。

 

 

「――俺は、嫌だね」

 

 

 白い光が、全てを焼き尽くす。

 

 不意に、誰かが怒る声がした。死なせない、と、複数の声が木霊する。先程自分を勇気づけてくれた声たちだ。力を貸してくれた戦友たちだ。

 その気配はよく知っている/そんな相手など自分は知らない。そんな相手など自分は知らない/その気配はよく知っている。

 

 

<言ったじゃねえか、馬鹿野郎。……この世界の変革を見届けろ、ってな>

 

 

 おめでとう、と、声の主たちは笑った。貧乏くじ同盟卒業だ、なんて、声がした。

 「どこがだよ。というか、お前ら誰だよ」――ニールが答えようとしたとき、その気配が掻き消える。

 代わりに残ったのは、痛いくらいの沈黙。一体何が起こったのかわからず、ニールは首を傾げた。

 

 自分は一体、どうなったのだろう。自分は、仲間たちの未来を守れたのだろうか。サーシェスを狙い撃つことができたのだろうか。

 その疑問が、頭によぎる。しかし、今のニールにはもう、何もできることはない。胸を満たす満足感に引き寄せられたかのように、眠気が差し込んできた。

 

 

「大外れも大外れ。兄さんらしくないミスだったよ」

 

 

 鼓膜を震わせたのは、久しく聞いていなかった少女の声。それは、ニールの眠気を吹き飛ばすには、充分すぎる威力を持っていた。

 

 見慣れぬ空色の制服を身に纏って(しかもノースリーブに長手袋、ミニスカートにロングブーツの組み合わせ)、テロに巻き込まれた当時と変わらぬ外見のままの少女が佇んでいる。

 彼女の名前を、ニールは知っている。つい少し前の休暇で、会いに行った少女だ。自分にも好きな相手ができたのだと報告したら、紹介と結婚式はまだかと夢の中で催促された。

 テロに会って以来、彼女は意識を失ったまま眠り続けていた。何度語り掛けても、彼女は返事をしなかった。一生意識が戻らないままかもしれない、と、医者が匙を投げた状態。

 

 だのに、どうして。

 どうして彼女が、ここにいるんだ。

 

 

「――エイミー?」

 

 

 ニールは思わず、その少女の――妹の名前を口走る。

 次の瞬間、

 

 

「エイミー()()ォォォォォォ! 私、もう無理ですぅぅぅぅぅ!! こんなことなら、MSに初心者マークでも張ってればよかったァァァァ!!」

 

「ルナちゃん頑張って。あともうちょっとで終わるから」

 

「うえぇぇぇぇぇん! こんな雑務なんて聞いてないぃぃぃぃぃぃ!! マークさーん! ラナロウさーん! エターナさーん! クレアさーん! アスルさーん! この際、もう誰でもいいから、早く帰って来てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 女性の泣き声と、無慈悲に指示を出すエイミー・ディランディという珍妙な光景を目の当たりにし、言葉を失うのであった。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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