問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



45.『のぞみ』を『きぼう』へ

 

「S.D.体制はパンドラの箱だ! ――潰すなら、■■■(なかみ)ごと潰せ!!」

 

 

 キースはジョミーに剣を突き付けながら叫んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 ――これは、賭けだ。

 

 ジョミーと剣戟を繰り広げながら、キースはひっそりと思案する。今頃、スウェナがキースから託されたメッセージを全人類に向けて放送している頃だろう。

 昨日まで、キースは機械に愛された存在であった。そう在り続ければ、命と権力は保証されていたことだろう。でも、キースは自らの意志で選んだのだ。

 

 S.D.体制が始まったのは、人類が地球を汚し、その事実を重く受け止めたことからだった。人類の欲望が引き起こした地獄絵図――人が住めない程に荒廃した地球の有様を見て、己の愚かさを悟った人類が、地球を再生するために生み出したスーパーコンピューターがグランドマザーであり、彼女のプログラムによって作られた管理社会がS.D.体制である。

 体制を維持し続ける中、ミュウと呼ばれる存在が現れた。人類はグランドマザーの指示でミュウを殲滅せんと努力しているが、それでもミュウの数は減らないし、新たなミュウとして覚醒する者も尽きない。それは、ミュウ因子を排除することは、現代科学でも困難である。それ故に発生してしまう事象だった――そこまでは、S.D.体制下で生まれ育った誰もが知っている“常識”だった。

 

 しかし、実際の話は違う。すべての始まりは、“S.D.体制が始まる少し前に、ミュウ因子が発見された”ことがきっかけだった。

 

 

『これは、新たな進化の必然である』

 

 

 ミュウ因子が発見されたとき、ある学者はそう言った。ミュウへの進化を肯定的に捉えたのだ。

 

 

『これは、進化の過程で発生した気まぐれにすぎない。いずれ淘汰され消滅するだろう』

 

 

 ミュウ因子を調べていた別の学者は、そう言って否定的に捉えた。

 

 多くの学者がミュウ因子について論じたが、当時はミュウ因子についての結論を出すことが出来なかった。進化の兆しとして見るか、進化の気まぐれが起こした事象なのか、判断することができなかったためだ。当時の技術で可能だったのは、ミュウ因子を完全排除することのみ。

 そこで、彼らはミュウ因子に関する壮大な実験を行うことにした。本来ならば排除することが可能だったミュウ因子を()()()()()()()()()ことで、“ミュウは人類が進化した存在か、或いは進化の気まぐれで生まれ落ち淘汰される存在なのか”を試そうとしたのだ。

 進化の気まぐれで生まれ落ちただけの存在であるならば、いずれミュウが生まれる数は減り、淘汰され、絶滅するであろう。しかし、もしもミュウが人類の新たな進化系であるならば、その種族は数や規模を増やし、生き残るはずだ。

 

 故に、当時の学者たちは、グランドマザーにプログラムを施した。意図的にミュウ因子を残しながらも、“ミュウを排斥し、殲滅する”姿勢を、S.D.体制に盛り込んだ。……しかし、当時の学者たちがプログラムしたことは()()()()だった。“ミュウが生き残った”という結果が出た後の方針までは盛り込まれていなかったのだ。

 グランドマザーはプログラムされたことを実行するだけの機械でしかない。現に今だって、S.D.体制を維持するためだけに、ありとあらゆる手段を尽くしている。“ミュウは新たな進化の兆しである”という答えは既に出ているのに、己の制度を見直すことはなかった。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

 故に、S.D.体制には、ミュウを受け入れる体制が存在しない。機械が不完全であることは、既に証明されていた。

 

 

(マザーにすべてを委ねていられる時代は既に終わった。――否、私が()()()()()も同然だ)

 

 

 自分がしたことが正しいか否か、キースは今でも分からないままだ。だけど、機械による管理の元で生きる時代は終わらなければならない――それだけは、確証を持って言える。どうであれ、人類は自ら立ち上がらなければならないのだ。

 S.D.体制が斃れれば、これからの人類は“1人1人が、自らの意志で、何をすべきか考える”時代を生きていくことになるだろう。人間が愚かであることを理解した上で、キーズはパンドラの箱に手をかけた。

 

 

「――何故だ。何故、他の道を模索しようとしない!?」

 

「――道があれば、とっくにやっている!」

 

 

 剣戟を続けながら、ジョミーが問う。彼の振るう剣を受け止めて、キースは応えた。そのまま剣を振るえば、ジョミーが剣を受け止めながら叫んだ。

 

 

「人類の暴走を抑える力が必要なら、ミュウが――僕らがその力になる!」

 

「綺麗ごとを言うな! 『能力的に劣る人類は、劣等種に成り下がれ』と言うのか!?」

 

「そうじゃない! 僕は、僕たちは、ただ――」

 

 

 キースの言葉を聞いたジョミーは、泣きそうな顔をしてそれを否定する。

 サムの言ってた通り――否、赤い星で初めて出会った頃から変わらない、どうしようもなく甘い男だ。

 いいや、甘い男と言うのは語弊がある。多分、奴を一言で表すなら、それは――

 

 

「こうして戦っていても、お前は本気を出していない! ――それが現実だ!」

 

 

 ミュウの指導者であり、最強のミュウであるジョミー・マーキス・シンならば、キース・アニアンの心臓を止めることなど容易なはずだ。でも、彼はそれをしようとしない。

 人類とミュウの間に横たわる能力差を出せば、ジョミーは酷く動揺した様子だった。その隙を見逃さず、キースは剣を振るう。それは容赦なく、ジョミーの肩を貫いた!!

 

 ジョミーは痛みに呻きながらも、キースの剣を掴む。これ以上自由に剣を振るわせないために。

 

 

「……キミだって、本気を出していない」

 

 

 “何故、銃を使わない?”――ジョミーの問いかけに、キースは思わず息を飲んだ。心を読まれた様子はないのに、ジョミーはキースの手加減を察していたのだ。

 

 彼の言葉に動揺の色を見せたのがいけなかった。今まで沈黙を保っていたはずのグランドマザーが実力行使に出たためだ。

 ミュウでさえ引きちぎることが困難な電磁鞭を5本出現させ、ジョミーの手足を拘束する! 残りの1本は、彼の首を締めあげた。

 青い空を模した天井と周囲の空間が、一瞬で真っ赤に染まる。毒々しい空気とプレッシャーが部屋を支配する中、機械音声が反響した。

 

 

「体制の続行は承認された。これより我がシステムは、フェイズ4(フォー)に移行される」

 

「キース……! 信じて……人を、ミュウを……!!」

 

 

 グランドマザーの厳かな声に紛れるように、ジョミーの苦し気な声が響く。キースは無言のまま、ジョミーを見上げていた。

 

 

「ジョミー・マーキス・シンを討て。これより我がシステムは、ミュウ因子の排除と、現存ミュウの殲滅を慣行する」

 

 

 その言葉と共に、ジョミーの周囲に漂っていた青い燐光が点滅し、次第に消えてなくなった。

 言葉を紡ぐことが出来なくなっても尚、ジョミーは諦めない。思念波でキースに訴える。

 

 

<キース……! 僕を、ミュウを信じて……!>

 

「――ッ! 黙れ、黙れ、黙れぇッ!!」

 

 

 キースに訴えかけるよりも、キースの息の根を断つ方が断然効率的だろう。キースを倒すことで生存競争の勝利者となれば、ミュウは生存権を獲得できる。再生後の地球で繁栄する未来だって得られる。

 なのにジョミーはそれをしない。自分が殺されそうになっているのに、彼が守り率いる同族が殲滅されそうになっているのに、キースに自分の想いを伝えること以外には、頑なに力を使わなかった。

 

 キースは激高し、銃口を向ける。

 

 

「何故力を使おうとしない!? ミュウの力を! その力があれば、私の心臓を止めることなど容易だろう!? 何を躊躇う必要がある!?」

 

<僕は、キミと話し合うために来たんだ。殺し合いがしたいんじゃない! 分かり合いたいだけなんだ……!>

 

 

 ――どうして、彼は分かってくれないのだろう。

 

 だってこっちは、大急ぎで準備したんだ。真実を知ったときから、とっくに覚悟は決まっていたんだ。S.D.体制下で行われた実験結果だって、“ミュウは人類の進化における必然である”と結果が出ている。“人類はいずれミュウに進化する”――それが答え。

 何のためにキースが、剣を使って戦っていたと思っている。銃を使わないでいたと思っている。いや、そもそもの段階で、どうしてこんな“茶番”を続けたと思っている! 『本気を出せ』と――『キース(なかみ)ごと潰せ』と言ったと思っているんだ、この馬鹿は!!

 ミュウが人類の正当な進化系であることを――進化の先にいる勝利者であることを証明する方法として最適な方法は、“グランドマザーの眼前で、ミュウの指導者(ジョミー)人類の指導者(キース)を斃す”ことだ。それが最良の方法だと、キースは自らの意志で判断した。

 

 嘗て人類が捨てた植民惑星・ジルベスター星系――ミュウたちがナスカと呼んだ惑星を滅ぼしたキースのことを、ミュウは憎んでいるだろう。

 だからきっと、ミュウの指導者たるジョミーは、躊躇うことなくキースを討つはずだと思っていたのに。

 

 

「――命令を実行せよ。キース・アニアン」

 

『撃ちなさい、キース』

 

 

 グランドマザーの命令が、マザー・イライザから下された命令と重なる。

 あの日流した涙の意味を、今のキースははっきりと理解できた。

 そしておそらく、あの日の自分が言いたかった/やりたかったであろうことも。

 

 ――もう、耐えられなかった。

 

 

「うるさい! もう私の心に触れるな!」

 

 

 銃を向けて引き金を引く。弾丸は目標物に着弾したが、相手――グランドマザーは傷一つ付いていない。ようやくキースの真意に気づいたのか、苦しみながらもジョミーが目を見開く。

 

 

「私は自分のしたいようにする……!」

 

「理解不能。キース・アニアン、ジョミー・マーキス・シンを討て」

 

「彼を離せ! 貴女は時代遅れのシステムだ、もういい!」

 

 

 キースの宣言に対し、グランドマザーはそう返した。再度、ジョミーの殺処分命令を下す。

 キースはそれを無視し、再び引き金を引く。奴が止まるまで、何度だって引いてやるつもりだ。

 

 

(あのときだって、本当は討ちたくなんかなかったんだ! 殺したくなんかなかった! 過去を変えることはもう出来ない。だから――!)

 

 

 沢山後悔した。だけど、だからこそ、今回こそは自分で選んだ。今だってこれが正しいか否か、キースは何も分かっていない。

 自分の末路がろくでもないことは予想がついている。カナリアの子たちの言葉に――“また会いに来て”に返事が返せなかったのも、その1つ。

 

 

「――精神解析終了」

 

 

 グランドマザーがそう言うなり、衝撃波が発生した。弾き飛ばされたキースは地面を転がる。

 その拍子に銃は手から離れて転がり落ちた。キースが体勢を整えようと身を起こせば、グランドマザーはバカげた結論を出したところだった。

 

 

「キース・アニアンは、ミュウによる精神汚染を受けた可能性あり」

 

「違う! 私は汚染などされていない!」

 

 

 キースは機械の妄言を切って捨てた。

 

 

「ミュウたちの生きざまを目にしたとき、人は自らを省みずにはいられなくなる……! ただそれだけだ!」

 

 

 キースが宣言した次の瞬間、通路に並んでいた甲冑たちが次々と剣を構える。

 次の瞬間、この場にいた甲冑たちと同じ本数の剣が宙に浮かび上がった。

 

 

「ミュウ化の傾向が認められた場合、平時法条件下では、それを速やかに処分すべし」

 

 

 キースは体を起こして手を伸ばす。暴走しつつある機械を静止させるため、グランドマザーのプログラムを停止させるために。

 言葉を続けようとしたキースを遮るようにして、浮かび上がった剣が降り注ぐ! そして――そのうちの1本が、キースの胸を貫いた。

 

 

「キースゥゥゥ!!」

 

(マザー……!)

 

 

 ジョミーの絶叫が響く。グランドマザーへ伸ばした手は届かない。彼女を止めることができないまま、キースの体は崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 ――ついに、人類篇の下巻が終わる。

 

 これを読み終われば、悪の組織から提示されていた条件を満たすことが出来る。ユニオン軍とそこに属する関係者たちは、今後も悪の組織からの技術支援を受けられるのだ。

 だけどクーゴは知っている。人類篇の下巻はミュウ篇の下巻と同時進行――つまり、ミュウ篇の結末を把握していると、人類篇の結末も大体予想がついてしまうことを。

 

 ページをめくれば、沢山の人々が命を散らしていくのだろう。

 数多の悲劇が繰り返されるのだろう。

 その果てに――澄み渡った青い星(テラ)へと至るのだ。

 

 

(覚悟を決めよう)

 

 

 クーゴがページを捲り、文章に目を通す。数ページにも満たぬ間に、多くの人々が死に絶えた。

 ステーション時代の先輩で現在の部下だったグレイブ・マードックとミシェル・バイパーも退場していた。

 そうして、恐らく、次に退場するのは――

 

 

 

 

 

 

 光を失い、真っ暗になった地下。青い星(テラ)を、世界を管理する巨大なコンピューター――グランドマザーが鎮座していた聖域は、今にも崩れ去ろうとしていた。

 

 この場に残っているのは、キースとジョミーの2人だけである。グランドマザーが停止した場合に作動するようにしていたプログラムは、人類と青い星(テラ)を殲滅するためのものだ。ユグドラシルの崩壊も、6機に及ぶ惑星破壊兵器(メギドシステム)の一清掃射も、最初から仕組まれていたのだろう。

 キースの人生は、常に機械によって定められてきた。彼女(マザー)たちが望む道を歩いてきたし、それが当然のことで、それが至上のことだと信じて疑わなかった。キース・アニアンという人間は、文字通りの“機械人形”だったと言えるだろう。その人形を成長させる試練として、運命を捻じ曲げられた人々がいた。

 

 自分が撃ち殺した後輩のセキ・レイ・シロエ。ミュウの因子を持ち、S.D.体制に対して反逆の姿勢を示した少年だった。自分の命よりも大切なものがあるのだと叫んで、彼は大人になることを拒んだ。それを失うくらいなら大人になんてならなくていいという叫び声は、今でもキースの耳に残っている。

 ステーション時代からの親友であったサム・ヒューストン。彼のおかげで、キースは人間らしさを学んだと言っていい。ミュウとの共存を選んだのも、サムのおかげだった。彼から教わった「元気の出る呪文」を使う機会はめっきり減ってしまったけれど、彼から譲り受けたナキネズミのぬいぐるみは、今もポケットの中に忍ばせていた。

 監視という名目で自分の傍に置いていたミュウであり、キースの右腕的な部下であったジョナ・マツカ。キースの理不尽で悪意に満ちた八つ当たりにも反発することなく、彼は静かに寄り添ってくれた。己の強さや弱さを惜しげもなく吐露できたのは、サム以外に初めての相手だったと言える。死する寸前でも尚、彼は自分を助けてくれたのだ。

 

 失ったものを思い返し、キースは隣を見た。致命傷を負ったミュウの長――ジョミーが横たわっている。満足げな笑みを浮かべて、彼は静かに微笑んでいた。

 隣に誰かがいる――その事実だけで、キースはひどく安堵した気持ちになった。これから自分たちは死ぬのだというのに、何も怖くない。

 

 声が聞こえる。人類とミュウが、ヒトとして立ち上がった声が。明日を手にするために、マザーネットワークに挑む声が。自由を手にするために戦う声が。

 

 

「……凄いよ、ヒトは。思っていた以上だ」

 

 

 ジョミーは満足げに頷いた。キースは苦笑する。

 

 

「あらゆるものを破壊してきた人類だ。この後は、手が付けられなくならなきゃいいが……」

 

 

 過去の歴史を鑑みるに、S.D体制が出来上がる以前の人類は、延々と争いを繰り返してきた。争いだけに飽き足らず、己の住まう惑星(ほし)までも破壊してきた。間違いを二度と繰り返してはならないという教訓を、何度も裏切ってきている。

 だから、人々はS.D体制なる管理社会を創り上げた。機械は間違いを繰り返さない。S.D体制をぶち上げた当時の人間たちの考えはよくわかる。けれど、その結果が、『ヒトがヒトとして生きられない』世界だった。箱庭の片隅で命を、運命を弄ばれた人々の嘆き。

 自分もまた、破壊者として語り継がれるのだろう。ステーションでサムたちと出逢った頃の自分は、未来でこんな大それたことをやらかすだなんて思ってもみなかったに違いない。いや、こんなことを考えられるようになった時点で、驚いた顔をされそうだ。

 

 

「……大丈夫」

 

 

 その声につられて隣を見た。美しい翠緑の瞳は、ここではないどこかを見ていた。人類とミュウが歩む未来を、彼ははっきりと見据えていたに違いない。

 苦難に満ち溢れた先にある、人々の笑顔を。誰もが当たり前に生きる、穏やかな世界を。緑と青の光を宿す、生命(いのち)を育む美しい惑星(ほし)の姿を。

 

 彼の姿を見ても尚、キースは憂いの方が強かった。意地が悪いと分かっていながら、彼は友達に問いかける。

 

 

「パンドラの箱を開けてしまった。……よかったのだろうか?」

 

<…………わからない>

 

 

 ジョミーは静かに瞳を閉じた。その表情はとても穏やかで、満足感に満ちていた。

 

 

<だけど、後悔できるのは人間だけだ。機械は後悔しない>

 

「全力で生きた者にも、後悔はない」

 

 

 ジョミーの言葉に対し、キースはそう返した。

 

 今の自分も、この人生に後悔していない。取りこぼしたものは沢山あったし、失ってしまったものだって沢山ある。シロエ、サム、マツカ――思い出せるものだけでなく、自分が自覚しないだけで、実際は失ってしまったものだってあるのだろう。

 だけど、手にしたものがある。キース・アニアンという1人のヒトとしての人生を、記憶を、意思を、意志を手に入れた。シロエという後輩を、サムとスウェナという友人を、グレイブやミシェルという先輩を、マツカやセルジュという部下を、そして――ジョミーという『()()()()()()を。

 思えば、サムやスウェナ以外にまともな友達はいなかった気がする。サムはそのことを酷く心配していたけど、キースはあまり気にしていなかった。彼らさえいればいいと思っていたからである。そんな自分が「友達ができた」と言ったら、サムはどんな顔をしただろうか。

 

 おまけに、ジョミーはサムの親友だ。自分の親友(ジョミー)自分の友達(キース)の友達だったら、なんて言葉をかけてくるだろう。

 「親友(ジョミー)友達(キース)が友達同士で嬉しい」と喜んでくれるのだろうか。それとも、「お前の友達がジョミーだなんて思わなかった」と驚くだろうか。

 

 サムはもういないから、その答えは分からない。もっと早く、キースがジョミーとわかり合おうとしていたら、そんな光景を見ることができたのかもしれない。すべてはIFの出来事でしかないけれど、考えずにはいられなかった。

 

 

「お前に会えてよかった」

 

 

 友達になれてよかった、との思いを込めて、キースは小さく呟いた。ジョミーなら、キースの想いをくみ取ってくれるだろう。

 ミュウとしてのテレキネシス能力だけでなく、キース・アニアンの友人として――ジョミー・マーキス・シンという1人のヒトとして。

 

 

<僕もだ。……キース>

 

「……うん」

 

 

 自分たちは、わかり合えた。今まで沢山の遠回りとすれ違いを繰り返してきたけれど、こうやって笑いあえる友になれた。それだけで、キースは心が熱くなるのを感じた。

 あの遠回りは何だったのかと苦言を呈したくなるけれど、それは今だからこそ言えることだ。振り返れば、反省すべき点は山のように出てきた。だが、悔いることは何1つない。

 グランドマザーの申し子ではなく、ヒトとしてのキース・アニアンが生まれた理由は――きっと、この瞬間(とき)のためだったのだと、心から思える。何て僥倖なのだろう。

 

 こうしてわかり合えるならば、キースは何度でもこの人生を選ぶ。ジョミーとすれ違い、いがみ合いを繰り返しながらも、最後はこうしてわかり合う道を選び続ける。そうやって、彼と何度でも巡り会いたい。

 

 キースが思考に耽っていたとき、不意に、何かを失ってしまいそうな予感に見舞われた。

 思わずキースは体を起こす。不安に駆られてジョミーの名前を呼べば、彼は目を閉じたまま微笑んだ。

 

 

<……箱の最後には、希望が残ったんだ>

 

 

 彼の口は動いていない。けれど、キースの耳には、はっきりとジョミーの声が《聴こえた》。

 ミュウの持つ能力――思念波だ。刹那、自分の隣にあったはずの優しい気配がふつりと消えてしまった。

 そうして、この場には沈黙が広がる。惑星(ほし)が――否、大地が崩れる音だけが響き渡っていた。

 

 キースの友達。自分はまた、見送ったのだ。

 

 思い返せば、キースはいつも誰かを見送る側だった。シロエも、サムも、マツカも、自分を置いて先に逝ってしまった。そして、ジョミーも。

 1人じゃないと思っていた。けれど、結局、キースは独りぼっちになってしまったらしい。込み上げてくる寂しさに、キースは口元を震わせた。

 

 

「…………最期まで、私は独りか」

 

 

 寂しい、という言葉を紡ごうとするキースを制するかのように、天井から巨大な岩が落下してきた。

 キースはそれに抗うことなく、目を閉じる。轟音が何もかもを飲み込んでいく。

 

 程なくして、キースの意識は暗闇の底へと落ちていった――。

 

 

 

***

 

 

 

「――どこ蹴ってんだよ!」

 

 

 向こう側から誰かの怒声が響いたと思った瞬間、飛んできたボールが絵本に直撃する。

 

 

「うわっ」

 

 

 思わず情けない声を上げてしまった。地面に落ちたピーターパンの絵本を拾わなければと思ったとき、誰かが自分の眼前に立っていた。

 彼は謝罪の言葉を述べつつ、落とした絵本を拾い上げて差し出してくる。本を受け取った自分に対しても改めて謝罪してきた。

 

 それに返答しようと口を開きかけ――自分は思わず息を飲む。

 

 金髪碧眼の青年と、黒髪黒目の青年。前者は自分の目の前にいる少年とよく似ていたし、後者は自分と雰囲気がよく似ている。

 妙な懐かしさにつられるような形で、自分は少年を見つめた。少年も、呆気にとられたようにしてこちらを見つめる。

 胸の奥底からこみ上げてきた感情をどう例えればいいのか分からず、自分は無言を貫いていた。

 

 

「……なんで泣いてるの?」

 

「キミだって……」

 

「本当だ。なんで泣いてるんだろう」

 

 

 少年に問われて、初めて自分が泣いていたことに気づいた。それは目の前にいる少年も同じだったらしい。驚いた様子で目を瞬かせる。

 自分と少年は服の袖で涙を拭う。程なくして、胸の奥底からこみ上げてきた感情は収まり、それに合わせるようにして涙が引いた。自分の心のままに言葉を紡ぐ。

 

 

「でもなんか、『漸く会えた』って感じがした」

 

「僕も同じだ」

 

「不思議だね。……僕たち、遠い昔、友達だったのかもしれないな」

 

「敵同士だったかも」

 

 

 自分の零した感想に対し、少年はちょっと生意気に微笑んだ。

 ……真偽は不明だ。だけど、彼に出会えたことが嬉しいのは本心である。

 自分の口元が緩むのを感じつつ、自分は少年に手を伸ばす。握手をしたくなったのだ。

 

 

「でも、こうして会うことが出来た」

 

「――何やってるんだよー!」

 

「あっ、ごめん! 今行く!」

 

 

 誰かが少年を呼んでいた。少年は声の主の元へ駆け出してしまう。宙ぶらりんになった手をそのままにして、彼へと視線を動かした。

 

 

『――最期まで、私は独りか』

 

 

 どこかで声がした。悲しそうな男性の声だった。

 得体のしれない寂しさに凍り付く。

 

 

「おーい! キミも一緒にやろうぜー!」

 

「あ、ああ!」

 

 

 次の瞬間、自分の意識は現実へと引き戻された。先程自分を置いて駆けだしていったはずの少年が、こちらを向いて手を振っている。

 自分が彼らに加わってもいいものか。ちょっと面食らったけれど、彼に誘われたことが嬉しくてたまらない。だから、自分は二つ返事で彼の元へと駆け出す。

 それを確認した少年は、いい笑顔を浮かべた後、前へ向き直る。そのまま勢いよくボールを蹴飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「『箱の最後には、希望が残った』……」

 

 

 クーゴは小さく呟いて、本を閉じる。ミュウ篇下巻を読破していたから結末は分かっていたけれど、やはり、胸に来るものがある。元々は悪の組織から技術提供の見返りとして読み始めた本だった。読破するのに時間がかかったものの、自分たちに提示されていた条件は守ったことになる。

 丁度いいタイミングで端末が鳴った。連絡してきた相手は、悪の組織の技術者――ノーヴル・ディラン博士である。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。内容もクーゴの予想通り、「『Toward the Terra』全巻読破という契約条件の達成を確認しました」というものだった。

 あとは劇場版の視聴である。もっとも、宇宙――戦場へ向かっている今現在では、映画を見る余裕なんてない。程なくして、クーゴはグラハムらと共に『夜明けの鐘』作戦(オペレーション・デイブレイク)に参加する予定だからだ。時間的な問題というよりも、精神的な問題だと言える。

 

 せめてこれだけでも読破しておきたいと思い、ラストスパートを図った。その結果が、今現在におけるクーゴの心境そのものである。

 これから待ち受けるであろう未来を連想させるような終わり方に、絶望と希望が紙一重になったような心持になった。今後のことを考えると、どっちに転んでもおかしくない。

 

 絶やしたくない希望がある。けれどそれは、少しでも何かを間違えれば、一瞬で絶望に変わってしまう。今まで積み上げてきた日々を回想しながら、クーゴは深々とため息をついた。

 

 

「俺たちにも、希望が残ればいいのにな」

 

 

 自分たちの未来を憂いながら、閉じた本の裏表紙を眺める。サッカーボールを追いかける2人の少年――キース・アニアンとジョミー・マーキス・シンの後ろ姿が描かれていた。

 わかり合えた2人は、遠い未来で再び友人になれた。彼らとクーゴたちは違うけれど、彼らと同じような想いを抱いてここに立っている。ただ、2人より厳しい状態であることは事実だ。

 

 死ぬか、生きるか。クーゴやイデアたちの立つ場所は、互いの命を賭けた戦場だ。「取るか、取られるか」であることは間違いない。他の道はあるのかもしれないが、クーゴは軍人である。上からの命令があれば、従う他ない。

 ガンダムを追いかけることを選んだのは己の意志だし、イデアの正体を知りながらも黙認したのはクーゴ自身だ。その決断に、“本当に”後悔はないかと問われれば迷ってしまう。後悔しないと宣言しながらも、進む足を止めてしまうのだ。

 迷うことは弱いことではない。誰もが『これでよかったのか』と悩みながら、全身全霊を賭けて、必死に最善を探している。沢山間違えて、遠回りして、すれ違って、全力で生きようとしているのだ。後悔があるかどうかは、人生が終わるまで分からない。

 

 後悔できるのは、人間である証拠。後悔しないのは、全力で生きた証拠。

 

 多分、世間一般の言う“後悔”は、未練や逃避に近いものなのかもしれない。クーゴだって、その瞬間(とき)(どき)に未練や逃避を積み重ねている。

 だけど、今、自分が立っている場所について、後悔は何1つもなかった。今の仲間たちと飛ぶ空が、クーゴ・ハガネのすべてである。彼らと出逢えるなら、何も惜しくない。

 

 

(例えすれ違っても、遠回りしても、わかり合えるならば――)

 

 

 小説の一節を思い出しながら、クーゴは格納庫へ視線を向けた。改修及び調整が完了したGNフラッグが並んでいる。出撃の瞬間(とき)を待ちわびているかのようだった。

 

 

「……なあ。俺たち、わかり合えていたかな?」

 

 

 愛機に問いかける。クーゴ/フラッグはイデア/ハホヤーと、何度も戦場で相見えた。切り結んだこともあるし、助け助けられこともあったし、共に戦ったこともある。戦場だけでなく、日常でも交流を重ねてきた。

 楽しかった時間がリフレインした。彼女の歌を聴いて映し出された新しい虚憶(きょおく)、歌い手仲間としてメッセージによる交流を重ねた時間、初めて互いに顔を合わせた最初のオフ会、グラハムと刹那の恋路に振り回された日々――。

 同じようにして、くるくる表情を変えるイデアの姿が浮かんでは消えていく。怒った顔、不満げな顔、ふんわりと微笑んだ姿。何やらむず痒くなってきて、クーゴは反射的に口元を抑えた。自分が思っている以上に、クーゴはイデアを大切な存在だと思っていたらしい。

 

 

「――私は、わかり合えていたと信じている」

 

 

 不意に、声がした。聞こえてきた方向に視線を向ければ、穏やかに微笑んだグラハムが立っていた。いつから彼はそこにいたのだろうか。

 疑問に思っている間に、グラハムはクーゴの隣に腰かける。彼は端末を開き、待ち受け画像になっている写真を眺めた。

 

 嬉しそうな微笑を浮かべて端末を眺める刹那。グラハムが幸せそうにウムアリを頬張る写真を彼女に送ったら、イデア経由でクーゴに送られてきた画像である。それを見た彼から「その画像を譲ってほしい」と頭を下げられたので、クーゴが送った次第である。

 

 カメラアングルからして至近距離で撮ったものだろう。しかし、常にぴりりとした雰囲気と警戒を解かない刹那が、こんな無防備な表情を晒すとは思えない。

 盗撮でもしない限り、彼女の微笑なんて拝めないのではなかろうか。盗撮したにしては、画質やアングルがあり得ない程高画質でベストな位置にある。

 藪から棒に“念写”なんて単語が頭をよぎったが、そんな技術は存在していない。グラハム並みに唐突な思考の飛躍に、クーゴは苦笑した。

 

 

「この運命がどんな顛末に至ろうとも、私は決して後悔しないよ」

 

 

 グラハムは静かな面持ちで端末を閉じた。翠緑の瞳は、揺るがぬ決意を宿している。

 その双瞼は、クーゴに向けられた。

 

 

「それはキミも同じだろう? クーゴ」

 

 

 試すかのような不敵な笑みに、クーゴは頷いた。

 

 

「だな。俺も、この運命を否定しない。だけど、諦めて受け入れるのとは別問題だと思っている」

 

 

 折角わかり合えたのに――そう思っているのはクーゴだけなのかもしれないが――、それを諦めてしまうのは嫌だ。自分たちが積み重ねてきた日々が無駄になってしまうような気がしてならない。

 無駄にしたくないという想いが、すれ違いや遠回りの原因になってしまったり、人を破滅に導いてしまうことがあるのも事実である。けれど、その想いが、未来に希望をつなぐ懸け橋になるのも事実なのだ。

 クーゴは《理解(わかっ)ている》。何度も虚憶(きょおく)で見てきたのだ。想いが積み重なった先に、誰もが望んだ明日があったことを。ZEXIS、Z-BULE、アンノウン・エクストライカーズ/アルティメット・クロス、コネクト・フォース、カイルス、H.I.A.W.D、ブライティクス……そこで出会った人々の姿を思い返す。

 

 諦めの悪さは、きっと彼らから伝染したのだろう。

 クーゴはそれを悪いことだとは思わない。

 

 クーゴの様子に、グラハムは満足げに頷いた。

 

 

「それは同感だな。あえて言わせてもらうが、私は諦めていないぞ!」

 

「知ってる。散々見せつけられて疲れた」

 

「痛いものを見るような目でこちらを眺めるのはやめてくれないか!? そして、じりじり間合いを開けるのもだ!」

 

 

 そんなことを言われても。クーゴは心の中でひっそりと独り言ちた。グラハムに振り回されてきたことを顧みると、我関せずして逃げられたら楽なのだろう。

 しかし、クーゴはどうしても、知らんふりするという選択肢を選ぶことができなかった。だから、肩をすくめて苦笑するに留めておく。グラハムは不満そうなふくれっ面を見せた。

 

 見捨てられないだけマシじゃないのかと視線で訴えれば、グラハムにも思うところがあるらしい。渋々と言った調子で息を吐いた。それはクーゴも同じであった。

 

 

「お前は最後まで、無茶苦茶やらかすんだな」

 

「これからもそのつもりだが」

 

「うん。知ってた」

 

 

 2人は軽口を叩きながら、視線を窓の方に向けた。大きな窓から望むのは、無数に瞬く星々と、無限に広がる宇宙空間だ。

 このどこかで、ソレスタルビーイングと国連軍は戦いを繰り広げているのだろう。イデアや刹那も、この宇宙のどこかで戦っている。

 今、彼女たちはどんな思いでいるのだろうか。端末を開いてメッセージを送ろうかと考えたが、何を送ればいいのか分からなかった。

 

 それに、クーゴはイデアと()()()()つもりでいるのだ。今ここでメッセージを送ってしまったら、遺言みたいになってしまいそうな気がする。死亡フラグを進んで立てたいとは思えなかった。

 クーゴとグラハムは、暫し無言のまま景色を眺めていた。周囲に余計な喧騒はなく、静かなものだ。艦内にいる人間はまばらである。瞬く星を見ていると、幼い頃の夢を思い出す。星空に憧れ、外宇宙探索に出たいと思っていた。

 

 今の自分を見たら、少年だったクーゴは何と言うのだろう。

 

 星空から青空を選んだクーゴだけれど、星空への憧れは残っている。幼い頃に読み漁っていた人工衛星の本は今でも棚にしまってあるし、時折、星に関する図鑑だって見返している。何度も読み返していたため、すっかり色あせ、手垢まみれになってしまったけれど。

 上層部からの命令で、宇宙(そら)に向かい任務を遂行することもあった。地球圏から離れることは殆どなかったが、それでもクーゴには充分だった。隣には、グラハムを筆頭とした大切な仲間たちがいてくれたからである。

 

 

(俺は、いつも相棒(グラハム)に助けられてきたんだよな。……口に出したらロクなことにならない予感がするから、言わないけど)

 

 

 クーゴがひっそり目を細めたのと同じタイミングで、グラハムは天を仰いだ。どこか遠くを見つめる彼の眼差しは、刹那を映し出しているのだろう。

 

 

「散るにしても生き残るにしても、彼女に恥じぬ生き様を貫きたいものだ」

 

 

 しみじみと、覚悟を噛みしめるようにグラハムは語る。

 

 不意に、とある人工衛星の名前がクーゴの脳裏によぎった。小惑星からサンプルを採取するために打ち上げられ、何度もトラブルに見舞われて、帰還できなくなるかもしれないと言われながら、ボロボロになりながらも使命を果たし、地球に“還ってきた”人工衛星があった。――日本の人工衛星、『はやぶさ』である。

 その旅路は、『Toward the Terra』のミュウ篇に登場するミュウたちや、彼らの母艦シャングリラが歩んできた道とよく似ていた。はやぶさが『宇宙を飛んでいる際のトラブル』が障害だったのとは違い、ミュウやシャングリラは“人類による迫害”が障害であった。

 『Toward the Terra』は、ヒトが地球へ“還る”ための物語だ。そして、『ヒト同士がが手を取り合って、ヒトとして生きる未来を手にする』ための物語。登場人物たちは皆、死ぬために生きていた訳ではない。生きるために、未来を切り開くために戦い、その結果として死んでいったのだ。

 

 彼らは自分の生き様に後悔していない。その結果にも後悔なんかしていない。全力で生きたからである。

 しかし、その行動原理は、己が死ぬことを前提としていたものではなかった。生き残ることを前提としていたはずだった。

 

 先程グラハムが紡いだ言葉は、『自分か刹那が死ぬ』ことを前提にしているようだ。それ故、反射的に、クーゴは顔を顰めて反論していた。

 

 

「縁起悪いことを言うな、ばか。必ずここに帰るんだ。忘れるなよ?」

 

 

 クーゴの言葉に、グラハムは目を丸くする。しばし目を瞬かせた後、グラハムは苦笑した。

 生きて帰ってくる――人間として、基礎中の基礎だ。当たり前の行動原理だ。それを忘れてはならない。

 

 

「そうだな。フラッグの後継機のこともある。――必ず、ここへ帰るよ」

 

 

 わかっているさ、と彼は言った。普段通りの不敵な微笑。ならば大丈夫だろう、と、クーゴは安堵した。再び、窓の外に広がる宇宙へと視線を移す。

 

 宇宙はどこまでも広い。気を抜くと感傷に浸りそうになるのだ。幼い頃に抱いた夢が浮かんでは消える。

 いつだったか、グラハムが自身の幼い頃の夢を語ってくれたことがあった。何故、今、そんなことが浮かんだのか分からない。

 当時のことを思い出していたら、どうしてか、ぽろりと言葉が口をついて出た。意識したわけでもなく、自然に。

 

 

「子どもの頃、外宇宙探索がしてみたいって思ってたんだ。だからいつも、宇宙とか、人工衛星の本を読み漁ってた」

 

 

 クーゴの言葉を聞いたグラハムが、目を丸くする。

 

 

「意外だな。目標に対して真面目で一途なキミのことだから、てっきり、最初から私と同じような夢を持ってユニオン軍(ここ)に来たのかと思っていたが……」

 

「そうだな。俺自身も、ちょっと信じられない。……でも、その名残はまだ鮮明に残ってるぞ。今でも探査機や人工衛星の名前、結構憶えてるし」

 

「例えば?」

 

「ハレー彗星探査のために日本の宇宙研究所が初めて打ち上げられた『さきがけ』、宇宙からの気象観測と世界気象機関による世界気象監視計画の一翼を担った『ひまわり』、二酸化炭素やメタンガス等の温室効果ガスを計測していた『いぶき』、20世紀後半に測地実験衛星として打ち上げられてから1世紀半近く現役として活躍した『あじさい』、火星探査機としてい打ち上げられたけど失敗してしまった『のぞみ』。……1番好きだったのは、小惑星いとかわの探索へ赴き、幾多の困難を乗り越えて使命を果たして地球へ『還って』来た小惑星探査機――『はやぶさ』かな」

 

 

 当時の自分のことを思い出して、クーゴは懐かしさに目を細めた。特に、探査機については名前を諳んじるまで調べ回ったっけ。

 グラハムは、クーゴの横顔に何を見たのだろう。夢を追いかける子どもを見守るような優しい眼差しを向けてきた。

 

 しかし、それ故に、疑問が浮かんだのだろう。静かな微笑みを崩すことなく、クーゴに問いかけてきた。

 

 

「どうして、ユニオン軍のMSパイロットになったんだ?」

 

 

 クーゴの脳裏に浮かんだのは、「空で待つ」と笑った人たち。

 彼らがいたから、クーゴは空を選んだ。彼らと出会うために、ユニオンの空へと進んだ。

 その人物の中に、グラハムがいる。万感の思いを込めて、クーゴはグラハムを見返した。

 

 

虚憶(きょおく)で出会った人たちがいてさ。……その人が言ってたんだ、『空で待ってる』って」

 

「――そうか。……それで、キミはその人物に会えたのか?」

 

 

 グラハムの問いは、クーゴにとって奇妙なものだった。会いたいと思った張本人から、そんなことを訊かれるだなんて思っていなかったためである。

 正直に話したら喜びそうな気がしたけれど、どうしてだか、素直に話す気持ちにはなれない。意外と、自分は意地の悪い性格だったようだ。

 

 

「会えたよ。本人は何も知らないけどな」

 

「言わないのか? きっと、その人物も喜ぶと思うのだが……」

 

 

 クーゴは悪戯っぽく微笑んでみせた。

 

 

「いいんだよ。本人の預かり知らないところだし、虚憶(きょおく)の話なんてされても困るだけだろうし。……何より、俺はちゃんと『分かってる』から。――だから、いいんだ」

 

 

 満足して頷けば、グラハムは怪訝そうに眉をひそめた。しかし、クーゴの心境は何となく理解したようで、小さく肩をすくめた。

 

 そんなタイミングを待っていたとでもいうかのように、クーゴの端末が鳴り響いた。メッセージの主は、パトリック・コーラサワーである。「来るのが遅いが、何か譲れないことがあったんだな」で始まり、「また新しくカティの切り絵を作った。見返り美人図の中でも最高傑作」が中心に来て、「お前らの武運を祈る」で締めくくられていた。

 コーラサワーはカティ攻略で忙しいらしい。「スナイパー型のガンダムに傷を負わせた張本人である」とダリルたちから聞いていたが、ここまでお気楽な文面を見ていると、本当に彼が張本人なのかと首を傾げたくなる。±0だった。……そういえば、誰かが彼を「厄介なプレイボーイ」と評していたか。残念ながら、その人物が誰かは思い出せなかった。

 

 再び、窓の外に広がる宇宙へと視線を移す。

 

 クーゴとグラハムには、還るべき場所がある。待っている人たちがいる。そして――還りたいと思う理由があるのだ。

 きっと、イデアや刹那も同じなのだ。還る場所が違っても、そこからまた、笑いあうことはできるだろう。そう、信じたい。

 

 『のぞみ』を『きぼう』へ。これは探査機の話だけれど、クーゴの心情そのものである。

 最終決戦を乗り越えて、望みを希望へ――そして、明日へ繋げていく。

 そのために、今は宇宙(そら)を翔るのだ。決意新たに、クーゴとグラハムは前を向いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 男は1人、静かに時を待っていた。

 

 狙いを定めて、引き金を引く。なんてことのない作業だ。言葉にすると12文字で、時間にして考えれば数秒もかからないだろう。“シミュレーターで重ねてきた訓練を発揮する”――ただ、それだけにすぎない。

 男が駆る“紅蓮の不死鳥”は、双剣の切っ先を、ただ1点に向けていた。直線状にあるのは、スローネ・ドロフォヌス。アリー・アル・サーシェスが搭乗する機体である。彼は現在、ロックオン・ストラトス及びデュナメスを探している最中であった。

 サーシェスは知らない。ロックオンは既に、デュナメスをプトレマイオスに避難させていることを。彼がGNアームズの残骸を使い、復讐を果たそうとしていることを。そうして――男が、彼の命を奪うために、照準を向けていることを。

 

 

「私の合図に従って頂戴。いいわね?」

 

「了解しました」

 

 

 モニターに映る少女の言葉に対し、男は静かに頷いた。双剣の柄に刻まれたレリーフが赤く光を放つ。GN粒子のチャージが完了した合図だ。

 あとはタイミングを待つのみ。ドロフォヌスがロックオンの居場所――GNアームズの砲台へ迫る。次の瞬間、藤色の光が砲口から撃ち放たれた!

 

 砲撃はドロフォヌスの下半身を抉るようにして着弾した。しかし、サーシェスは紙一重で直撃を回避し、反撃までしてみせた。赤い光は装甲の砲口を貫き、小規模の爆発が巻き起こる。その余波によって、ロックオンの体は宇宙を舞った。

 男は吹き飛んだドロフォヌスに照準を合わせる。爆散を免れたとはいえ、搭乗しているパイロットはただで済まない状態だ。いくらサーシェスが百戦錬磨の傭兵でも、弱っている状態であれば討ち取るのは容易いはずである。

 

 モニターに映る少女は、楽しそうに笑っていた。男はひっそりと目を細める。

 

 

(ソレスタルビーイングに協力するようになって、この子はとても楽しそうな顔をするようになった。……そして、己の手で世界を革新させることができると知って以来、更に表情が輝いているように思う)

 

 

 その事実は、喜ばしいことだ。この世界に絶望していた少女が、年相応のはしゃぎようを見せている。

 本来なら、少女は財閥の娘として、人並みの幸福を享受しているはずだったのだ。それを壊したのは、他ならぬ男性自身。

 跡取りとして生まれた自分が出来損ないだったために、そのしわ寄せがすべて少女に降りかかった。

 

 少女は優秀であった。愚鈍な男とは比べ物にならない程だ。しかし、それ故に、当主は少女に期待した。少女を『己に対して従順な後継者』としての教育を叩きこんだのである。男は厳しい教育を受ける少女を見ていることしかできなかった。助けてやる方法など思いつかなかった。

 先代当主が鬼籍に入ったことで、地獄のような教育から少女は解放された。『青春時代を奪われた』という悲しみは、現在でも少女の心に影を落としている。そのためか、彼女が浮かべる微笑みは、どこか歪んでいるように思えていた。

 

 その表情に感情が浮かんだのは、いつからだろう。本来ならば男が何とかしなければならなかった。だが、少女を救い上げたのは男ではない。少女と似たような悩みを抱えていた、1人の女性であった。

 

 彼女の理想が少女を活かし、彼女が作り上げた変革の刃が少女に力を与える。そうして、少女は幸福を得たのだ。男がどんなに首を振っても、否定できない事実である。しかし男は、どうしてだか、一抹の不安を拭えなかった。

 女性が少女に与えたものは、確かに少女が望んだものである。変革の刃が少女にとって拠り所であり、幸せを意味する存在となったのも事実だ。少女の幸せを願っていた男にしてみれば、女性は男の望みも叶えてくれたと言える。

 しかし、本当にそれは、少女にとって『幸福』と言えるのだろうか。本当に、少女にとって『幸福』となり得るのだろうか。考えてみても、愚図な男では答えを出すことができない。少女を引き留める力など、無いに等しかった。

 

 

(お前が幸せなら、それでいい。そのためなら、私はいくらでも引き金を引こう)

 

 

 少しでも、少女の役に立ちたい。彼女の幸せを手助けする存在になりたい。

 それが、男にとっての――せめてもの罪滅ぼしだ。

 

 

「今よ!」

 

 

 少女の合図に従い、男は照準を合わせて引き金を引く。双剣の切っ先に隠された砲口が姿を現し、エネルギーを撃ち放った。

 

 もし、現在位置でドロフォヌスに攻撃が着弾した場合、近域を漂うロックオン・ストラトスは高濃度のGN粒子に晒されることになる。高濃度GN粒子を浴びたガンダムマイスターが即死したというデータは入手していた。計算上、ロックオンは「日常生活は送れるが、ガンダムマイスターに復帰するのは不可能に近い」状態になるそうだ。

 「2307年時点でマイスターとしての適性値が高いのはロックオン・ストラトスである」という話は、自分たちに力を与えた張本人が言っていたことだった。男がそんなことを考えている間に、赤い光がドロフォヌスめがけて突っ込んでいく。機体のOSは直撃という計算を叩きだしていた。結果も計測と同じだろう、と、男が無感動に思ったときだ。

 

 別方向から、一筋の光が煌めく。宇宙を切り裂くような、紫の閃光。その砲撃は、“紅蓮の不死鳥”の攻撃を阻むかのように降り注いだ!

 赤と紫電がぶつかり合い、盛大に爆ぜる。近くにいたロックオンは、砲撃とGNアームズの爆風に吹き飛ばされた。そのまま、彼は宇宙空間を漂う。

 目的失敗。少女が舌打ちしたのと同時に、修正用のプランが提示された。男はそれに従い、GNアームズに照準を合わせる。爆風に乗せて、高濃度GN粒子をばら撒くためだ。

 

 今度こそ、と、男は引き金に手をかけた。少女の合図を待つ。

 ぴりぴりとした緊張が漂う。

 

 

「撃って!」

 

 

 少女の合図に従い、男が引き金を引こうとして――流星の如く、青い光が飛来した!

 間髪入れず、青い光を纏った“何か”が、こちらに4つの砲口を向けた。光が4つ灯り、光が降り注ぐ!!

 

 

「ちぃ!」

 

 

 男は操縦桿を動かした。攻撃を回避しながら対になる砲剣の照準を合わせ、飛来した光を――その奥にあるGNアームズの残骸含めて、撃つ。引き金を引いたか否やのタイミングで、更に光が降り注いだ! まるで、男が引き金を引くタイミングを待っていたかのようだった。

 砲剣に着弾したその一発が、ほんのわずかだが、狙いを逸らしたのだろう。赤みを帯びた白い光は、GNアームズを掠め、宇宙の彼方へと溶けてしまった。癇癪を起す少女の声が通信越しから響くけれども、男にはどうすることもできない。

 エクシアがロックオンを救出しようと近付いてくる。しかし、エクシアの手はロックオンを救い上げることはなく、無情にもGNアームズが爆発した。男の姿は爆風に飲まれる。レーダーに表示されていた生体反応はふつりと途切れてしまった。

 

 

『ロ……ロックオォォォォォォン!!』

 

 

 エクシアのパイロット――刹那・F・セイエイの慟哭が響き渡る。それと入れ違いになるように、“何か”の姿が宇宙(そら)へと溶けるようにして消え去った。謎の敵を捉えていたレーダーが沈黙する。ドロフォヌスの方も、いつの間にか行方知れずになっていた。

 

 

「……ロックオン・ストラトスは死亡、アリー・アル・サーシェスや襲撃者たちにも逃げられたようです」

 

「なんてこと……! っ、だから貴方は愚図なのよ!!」

 

 

 通信越しから響く罵倒の声を、男は静かに受け入れた。自分にできることは“少女の革新に力を貸す”ことしかなかったのに、それすらも失敗したとは。

 少女には、自分のせいで沢山の不幸を背負わせてしまったのだ。彼女からの罵倒で傷つく資格など、男にありはしない。ただ黙って耐えていた。

 

 しばし男を罵倒していた少女は、何かに気づいたように言葉を中断した。彼女は端末を開き、話を始める。相手はおそらく、少女に力を与えた張本人であろう。幾何かの間をおいて、少女は端末を切った。

 

 

「もう、この場に貴方は必要ないわ。帰投して頂戴」

 

「了解しました」

 

 

 「プランの練り直しを……」という少女の呟きを最後に、通信は途絶えた。男は無言のまま操縦桿を動かす。

 “紅蓮の不死鳥”は緑色の粒子をまき散らしながら、宇宙(そら)の闇へと消えて行った。

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参考及び参照】
『ニコニコ動画』より、『【リトバス×人工衛星】エイセイバスターズ!ConvertedEdition【宇宙機MAD】』(tazawa さま)
『Wikipedia』より、『さきがけ(探査機)』、『ひまわり(人工衛星)』、『あじさい(探査機)』、『のぞみ(探査機)』、『はやぶさ(探査機)』
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