問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
澄み渡った青い空が広がっている。吹き抜ける風が気持ちいい。太陽の光のせいか、ひどく眩しかった。
視界の端から端まで白いヴェールがかかっているかのようだ。「フィルター越しから景色を見ている」と言った方が近いのかもしれない。
「宙継」
“誰か”に名前を呼ばれた。聞いたことのない、男の人の声だった。彼の声はとても優しくて、慈愛に満ち溢れている。
宙継の名前を呼ぶ声の中に、こんなにも優しい響きを宿しているものがあるだなんて思わなかった。母や兄たちは少年を蔑んでいたし、周囲の人間も、少年には興味がなさそうだった。“誰か”は優しく微笑み、また、少年の名前を呼んだ。
宙継には『父』と呼べるような存在はない。自分は、母の卵子と、母が選び出した優秀な男性の精子を交配して生み出されたデザインベイビーだ。戦闘用に調整された強化人間とも言える。近い部類を上げるとするなら、超兵やイノベイドだろう。
そんなことを考えていたら、また名前を呼ばれた。男性は笑っている。顔は眩しさで見えないのに、彼が自分に惜しみない愛情を注いでくれていることは《
もし、自分に『父』という存在がいたならば。
きっと、今、目の前にいる男性のような感じなのだろうか。
宇継は漠然と考えた。具体例が存在していないため、何とも言えないのだが。
「少年!」
自分を呼ぶ声がした。聞いたことのない、男の人の声だった。
金色の髪と翡緑の瞳を持つ白人男性。眩いヴェール越しでも、強い存在感がある。
彼の存在に気づいた東洋人男性が、彼に対して親しげに笑い返した。
「ソラツグ」
「ソラくん」
「ソラ!」
また、自分を呼ぶ声がした。聞いたことのない、男の人たちの声だった。日本人とは発音のニュアンスが違う。
英語圏の人間が、頑張って日本語の発音を再現しようとしているかのようだ。アメリカ英語の訛りだろうか?
「ソラツグ・ハガネ」
「ソラくん」
また、自分を呼ぶ声がした。聞いたことのない、女の人たちの声だった。
黒髪に紅蓮の瞳が特徴的な女性と、ペールグリーンの髪に御空色の瞳を持つ女性だった。
東洋人男性と白人男性が2人の姿を見たとき、まるで愛おしい相手を見るように目を細める。感極まった白人男性が黒髪の中東女性に対して愛を囁き、照れ隠しの一撃を叩きこまれて蹲った。ペールグリーンの髪の女性は楽しそうに微笑み、黒髪の東洋人男性は苦笑して肩をすくめていた。
こんなにも穏やかな光景を見たのは初めてだ。ぴりぴりした空気の中にいた宙継にとって、“誰か”たちが纏う快活な空気/“誰か”たちの間に漂う和やかな空気は、とても想像できないものであった。茫然とする少年を見た“彼等”は、互いに顔を見合わせて首を傾げる。途端に、東洋人男性が表情を曇らせた。
宙継のことを憂う眼差し。宙継のことを心配し、心を砕いてくれる人を見たのは初めてだった。「何かあったら言いなさい」と、“誰か”は力強く笑って頭を撫でてくれる。生まれてこの方、そんなものと無縁だった宙継は目を見開く。――ああ、なんて嬉しいのだろう。自分を想ってくれる人がいるなんて。
「お前は何も気にしなくていい。誰が何を言おうと、お前は俺の、大切な『息子』だ」
黒髪の東洋人男性は、宙継の頭を撫でながら、はっきりと宣言した。その言葉だけで、少年の涙腺が決壊する。
無様な泣きっ面を晒す宙継を、黒髪の男性――『父』は、そっと抱きしめ、あやしてくれた。周りにいた人々も、優しい眼差しを注いでくれる。温かい光が、少年の心を満たしてくれた。
伸ばされた手を、宙継はおずおずと握り返した。『父』が微笑む。それはもう、嬉しそうに。つられて、自分も笑い返した。大きな掌が宙継の手を包む。誰かに手を握られることがなかった自分にとって、その温もりは初めてのものだった。
人の温もりとは、こんなにも優しいものなのか。あたたかいものなのか。
普通の親子だったなら、当たり前のように存在しているものだというのか。
求めてやまなかったそれを惜しみなく与えられている――これ程、人生で嬉しいことはない。
「――おとうさん」
宙継は、震える声で、どうにか言葉を紡いだ。それを聞いた『父』が驚いたように目を見開く。
ややあって、彼は蕩けるような笑みを浮かべて頷き返してくれた。周りの人間も目を細め、自分たちを見守る。
「帰るぞ、宙継」
『父』はそう言って、少年の手を引く。周囲の人々は自分たち親子を温かく迎えると、一緒に歩き始めた。
真っ青だった空はいつの間にか、日が傾いていた。茜色に染まる夕焼け空。夜の帳が降りてきたようで、遠くに一番星が瞬いている。彼らは楽しそうに何かを話し合っていた。少年が辛うじて聞き取れた単語は、「ホームパーティ」、「鍋」、「カレー」ぐらいであった。
途端に男性たちが苦い表情を浮かべる。「鍋をするといつもカレー味」と誰かがぼやく。その後ろで、金髪碧眼の男性がひっそりガッツポーズした。それに気づいた男性たちが深々とため息をつく。金髪碧眼の男性は、『父』の作ったカレー鍋が好物だった。
ペールグリーンの髪の女性が『父』の隣に並ぶ。2人が談笑する様子を見ていると、データで目にした『家族』像のように思えた。“愛し合う者同士が結ばれ、共に生き、子どもを残す”――この3人には、そのプロセスは一切存在しない。けれど、それ以上の繋がりで結ばれている。
女性は『父』を愛しているし、『父』も(無自覚であるが)女性を大切に想っている。そんな2人が結ばれることは、少年にとっても嬉しいことだ。
“早く結婚すればいいのに”と思いつつ、2人がそれを選ばない理由を知っているから、宙継は何も言えなかった。言う必要もなかった。
どんなに距離が離れていようとも、『父』と女性を引き裂くものは何もない。わかり合い、通じ合い、繋がった心の絆が2人を結び付けている。その強さを知っているから、2人は別の場所を歩きながらも互いを想いあっていられるのだ。
いいな、と宙継は思う。自分もいつか、『父』や『父』を取り巻く人たちと同じように、誰かを想い合うことができるようになるのだろうか。
不意に歌が聞こえてきた。『父』と女性が口ずさんでいたそれは、「夕方になったから、家族が待つ家へ帰ろう」という歌だった。
(還ろう。大切な人たちが笑いあう、温かな場所へ)
宙継もまた、その歌を口ずさむ。歌う声はどんどん増えていき、最後は全員による合唱になった。
みんな、笑っている。とても楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに笑っていた。
◆◆◆
「な、なんでだよ!? どうしてパイロット全員が無事なんだ!?」
兄が癇癪を起す声が響いていた。その声に、少年は現実へと引きもどされた。
頭を撫でられていた掌の温もりも、繋いでいたはずの手の温もりもない。優しく笑った“誰か”の姿を思い出すことは不可能だった。
ダリル・ダッジ、ジョシュア・エドワーズ、アキラ・タケイ――いずれも、『母』が「憎くて仕方がない」と公言して憚らない相手と親しい人間たちである。彼らが搭乗していたジンクスには、遠隔操作が仕組まれていた。彼らの機体がデュナメスに自爆特攻しようとしたのも、それが原因である。
『母』が作ったプログラムは完璧だったはずなのに、どうして寸でのところで脱出装置が作動したのか。原因不明の事態に『母』が舌打する姿が脳裏に浮かんだ。しかし『母』のことだ、新しいプランを提示してくるだろう。宙継の予想通り、新しいプランが送られてきた。兄たちは意気揚々と機体を駆る。
兄たちに対して、宙継は積極的に『戦いたい』とは思わなかった。しかし、それを成し遂げられなければ、自分の存在価値はなくなってしまう。自分をぶった『母』が、軽蔑の眼差しを向けてくる――その姿が、頭に浮かんでは消えていくのを繰り返す。
出来損ないと言われることには慣れたけど、心が傷つかないわけじゃない。今まで見ないふりをしてきたけれど、痛みは何十層にもなって心に降り積もっていた。
宙継が思考回路を別な方向に向けていたとき、『母』からミッションプランが送信されてきた。別方面にいる“紅蓮の不死鳥”が、後始末をしてくれるらしい。
「俺たちは、今、脱出した奴らを処分すればいいんだって」
「無抵抗の相手を撃つのかよ? つまんないや」
「その方がありがたい。すぐに片付くからな」
兄たちは意気揚々と機体を発進させ、脱出した3人に照準を合わせる。そんな状況でも、宙継は引き金を引けなかった。
パイロットたちの顔が《視える》。彼らの横顔は、先程見えた光景で、自分に優しい眼差しを注いでくれた人と瓜二つだったためだ。
たとえ本人でなくとも、他人の空似であっても、宙継は躊躇いを感じてしまう。自然と静観していた宙継など放置し、兄たちは彼らへと迫った。
ビーム砲にGN粒子が充填される。宙継は慌てて兄たちを止めようとして――ふと、止まった。
<雑務って、機敏特化に改造したレギナで出撃って、どういうことですかァァァ!?>
《聲》がする。切羽詰った女性の声がする。
青い髪に青い瞳の女性が、金切り声に近い悲鳴を上げていた。
宙継は周囲を見渡した。声が聞こえてきた方向に振り向けば、遠くの方で何かが光っているのが見える。緑に近い、黄色の光。その正体がわからなくて、宙継は首を傾げた。
次の瞬間、光が恐ろしい勢いで加速した。兄たちがよく使う『とっておきの呪文』――トランザムと互角な機動性を彷彿とさせるような速度。しかも、レーダーに映っていない。
自分の見間違いかと思ったが、黄色の光は恐ろしい勢いで兄たちへ突っ込んでくる。異常事態に気づかぬ兄たちは、脱出した3人に攻撃を仕掛けようとしていた。
刹那、兄たちの視界を阻むように、黄色い流星が駆け抜けた!
突如眼前に現れた“何か”に驚いた兄たちが攻撃を止めてしまう。その隙に、3人が乗った3機の脱出艇はぐんぐん離れていく。慌てた兄たちが攻撃を仕掛けようとしたが、攻撃は放たれることはなかった。
<こっちに、来ないでぇッ!!>
黄色い光が竜巻を描く。近接武装を振り回した“何か”に、兄たちは慌てて距離を取った。そのせいで、脱出艇は完全に射程外になってしまった。
当然、兄たちは乱入者を睨む。攻撃対象は女性へ変わり、兄たちの乗る機体は“何か”に向かって攻撃を仕掛ける。
サーベルやハンドガンが唸りを上げた。しかし、“何か”はしっちゃかめっちゃかな動きで兄たちの攻撃を回避してみせた。
<ひいい撃ってきたぁ! ……まさか、本当に実戦なんですかッ!? ちょっと飛んで一周して帰ってくるだけじゃないんですかぁぁぁ!? う、嘘だって言ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!>
発言内容からして、“何か”を駆るパイロットはMSパイロットではない。おそらく、無理矢理機体に搭乗させられ、戦場に送り出されてしまったのであろう。境遇は宙継に似ているが、自分は元からMSパイロット及び戦闘用に調整された強化人間である。
次の瞬間、<オペレーターっていう役職だったはずなのに>と叫ぶ《聲》がした。宙継の予想通りであった。“世の中には似たような人がいるんだな”――なんて、宙継はひっそり考える。兄たちの攻撃を全弾回避した“何か”が、反撃の狼煙とでもいうかのように、バインダーに装着されていたライフルを構えた。
<うわぁぁぁぁん! もう嫌ぁぁぁぁぁ! 帰って、帰って、帰ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!>
「う、うわあああああああああああああ!!?」
女性が盛大に泣き叫ぶ。それに呼応するかのごとく、“何か”はしっちゃかめっちゃかに銃を乱射してきた!
四方八方に黄色の光が降り注ぐ。兄や少年は慌てて回避する。すれすれのところを掠った宙継とは違い、兄たちは何発か被弾したようだった。
コックピットは無事であるが、武装の一部が吹き飛んだらしい。勿論、この現状を兄たちが許すはずがない。怒りに満ちた眼差しを“何か”に向ける。
しかし、兄たちが攻撃すれば、“何か”は見ている方が目を剥く勢いの変態機動で攻撃を回避していく。これでもかという勢いで動き回り、砲弾の雨あられをすれすれで避け、振り下ろされたビームサーベルを掻い潜るのだ。
そして、今度は女性が反撃する側に回る。近接武装である扇を広げ、“何か”は錐揉み回転しながら連撃を仕掛ける。寸でのところで回避した自分や兄たちであったが、次の瞬間、“何か”は再び銃を乱射してきた。黄色の光が滝のように降り注ぐ。
<エイミー艦長ォォォォォォ! 私、もう無理ですぅぅぅぅぅ!! こんなことなら、MSに初心者マークでも張ってればよかったァァァァ!!>
<ルナちゃん頑張って。あともうちょっとで終わるから>
<うえぇぇぇぇぇん! こんな雑務なんて聞いてないぃぃぃぃぃぃ!! マークさーん! ラナロウさーん! エターナさーん! クレアさーん! アスルさーん! この際、もう誰でもいいから、早く帰って来てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!>
女性は別の誰か――少女と何かを話していたらしかった。艦長、という言葉から、「上司から途方もない無茶ぶりをされた」ということが手に取るようにわかった。
似たようなやり取りと攻撃の応酬を繰り返していた後、突然、“何か”が動きを止めた。追撃しようとした兄たちであったが、思わず彼らも動きを止める。
気のせいか、“何か”から、どす黒い空気が漂い始めている。近づけばあの空気に飲み込まれて、どうにかなってしまいそうだ。宙継の予想は的中し、狂ったように笑う女性の声が響いた。
<……そうよ。みんな消えちゃえばいいんだわ! はは、あははははははははは!!>
“何か”から湧き上がっていた、オーラのようなものが爆ぜた。それに呼応するように、“何か”が凄まじい速度でこの場を飛び回った。扇を振り回し、銃を乱射しては、変態的な機敏性で兄や少年たちを翻弄する。
狂ったように笑う声が止まらない。笑い声に比例して攻撃が派手になっていく。おまけに速度も上がっていくではないか。シミュレーターや実戦も経験しているけれど、こんな異常事態に投入されたことは殆どなかった。
連想したのは、いつぞやのオーバーフラッグ。青い光を身に纏い、高速機動と二刀流の型で兄たちを圧倒したのは、『母』が嫌ってやまない男性であった。親友を守りたいという想いが引き金となり、兄たちを追いつめたときとよく似ている。
怖い、と。金切り声をあげたのは、何番目の兄だったのだろう。宙継も同じ気持ちだった。できることなら、即刻撤退したい。しかし、『母』はそれを赦しはしないだろう。自分にできることは、豪雨に等しい猛攻から逃げることのみ。
逃げ回り続けて、どれ程の時間が経過したのだろう。突如、女性の笑い声が止んだ。
兄たちの機体は被弾したためにボロボロで、宙継が駆っていた機体は掠り傷もなかった。
<――撤退!?
次に響いたのは、泣き叫ぶ女性の声であった。地獄から解放される――その安堵から泣いていたのだろう。女性の行動は迅速で、兄の元へと突っ込んできたときのように、“何か”は一目散に飛んでいく。
兄たちが追いかけようとしたときにはもう、“何か”の姿は
◇◇◇
「これでよし。プランはE-7へ移行、俺たちは一時撤退だな」
マーク・ギルダーはレーダーを確認しながら呟いた。彼の言葉を皮切りに、仲間たちが次々と喋り始めた。
「ふいー、うまくいってよかったぜ……。クレアが厄介な奴に見つかって狙われたときはどうなるかと……」
「でも、案外なんとかなったね!」
「それでも危なかったじゃねーか。気を付けろ」
「大丈夫だよ! 何か起きたら、ラナロウが助けてくれるんでしょ?」
「……はー……」
ラナロウ・シェイドはクレア・ヒースローに苦言を呈した。相棒の苦言などなんのその、クレアは能天気且つ豪快に笑う。ラナロウは深々とため息をつき、額に手を当てた。
彼の頬が赤く染まっているのは、惚れた弱みが原因であろう。マークも人のこと言えない立場なので、「お前も大変だなぁ」と苦笑するに留めておいた。
「そっちの方でも問題が起きたと聞いたが、大丈夫だったのか?」
マークの問いに、ニキ・テイラーとエルフリーデ・シュルツが視線を泳がせた。
「だ、大丈夫だったのだが……大丈夫じゃなかったかもしれない」
「いや、大丈夫じゃないようで大丈夫だったと言うべきなのか?」
「どっちだよ」
煮え切らぬ発言に、マークは眉をひそめる。答えはすぐにわかった。
通信が開き、今にも死にそうな顔をしたラ・ミラ・ルナが、蚊の鳴くような声で呟く。
「やっと帰ってこれた……」
「お、お疲れ様です……」
「もうやだ……」
エターナ・フレイルがねぎらいの言葉をかける。それを聞いたルナは、そのまま泣き出してしまった。こうなると暫く手が付けられない。
マークとエターナは顔を見合わせ、苦笑した。タイミングよくレーダーが友軍機の反応を捉える。アスル・インディゴも無事に撤退できたようだ。
間もなく、ラナロウとクレアが合流した。あとはもう、この宇宙空域に用はない。全員そろったことを改めて確認し、マークは母艦へ進路を変えた。
マークのトルネードガンダムの隣に、エターナのレギナが並ぶ。彼女の機体は、狙撃に特化した改造を組み込まれていた。
GNアームズに攻撃を仕掛けようとした敵に、ロックオン・ストラトス/ニール・ディランディ並みの長距離射撃をやってのけたのは彼女である。
「見事に当てたな。流石だ、エターナ」
「ふふ、ありがとうございます」
エターナが微笑む。どこか、哀しそうな微笑だった。
彼女が戦う理由は、戦いを終わらせるためだ。けれど、その力は、戦いで人を殺すために振るうしかなかった。超兵機関にいた頃から、ずっと。
機関が壊滅し、
戦争に巻き込まれて家族を亡くした少女は、半ば洗脳されたものの、自ら志願して戦いに赴こうとしていた。マークは、そんな彼女をずっと見守ってきた。
「……早く、戦いが終わればいいのにな。そうすれば、キミが、そんな風に表情を曇らせることもなくなるのに」
マークは小さく呟く。それに気づいたエターナは、目を瞬かせた。
彼女を見返し、マークは微笑む。エターナも、静かに微笑み返してくれた。
それが、今のマークを奮い立たせる理由だった。他の面々だって、守るべきもののために――あるいは未来のために戦っている。
世界は統一に向かって加速するだろう。ソレスタルビーイングにも破滅の足音が刻々と近づいてきている。黒幕の笑い声が聞こえた気がして、マークはため息をついた。
ソレスタルビーイングが壊滅すれば、次に狙われるのは自分たち――悪の組織、及び、スターダスト・トラベラーであることは明白である。
(世界はどう動くんだろうな……)
程なくして、自分たちの母艦――ホワイトベースが見えてきた。仲間たちが帰投の準備に入る。マークとエターナも、それに続いたのであった。
◇◇◇
周囲から注がれる眼差しは、寒々しい上に刺々しい。特に、紫のおかっぱ頭に眼鏡をかけた青年――実際は、性別不明のイノベイドである。但し、本人はまだ己の正体を知らないため、『自分は人間である』と思っているようだ――の眼差しが厳しかった。
次鋒ではマイスター最年少の少女、笑っているけど警戒心剥き出しの20代男性2人組の順番になる。その他クルーから注がれる視線も痛い。最初から覚悟していたとはいえ、実際に直面すると苦しいものがある。正直、ちょっと泣き出してしまいそうだ。
「彼女は急遽、新しいガンダムマイスターとして選ばれたの」
「しかし、彼女は悪の組織が送りこんできた人間だ。マイスターとして任命するには、不安要素が大きすぎる。現に、ヴェーダもそれを指摘している」
「つい先程、ヴェーダも彼女を承認したわ。……大きな不安要素の指摘を保留にして、ね」
「なっ――!?」
スメラギ・李・ノリエガの言葉に、紫のおかっぱ頭に眼鏡をかけた青年――ティエリア・アーデは大きく目を見開いた。
異例中の異例、と、スメラギは付け加える。当然、ティエリアの矛先は、女性へと向けられた。
「貴様、一体どんな手を使ってヴェーダの承認を得た!? 最初は貴様の存在を認めなかったのに!」
「私は何もしていないよ。悪の組織だって、ソレスタルビーイングの頭脳を好き勝手にする力なんて欲しないもの」
「!」
ティエリアは仇敵に対峙したかのように、険しい眼差しを向けてきた。端正な顔立ちが歪んでいる。その表情は、“同胞”を嫌悪し処分しようとした人類軍――特に、人類側の指導者によく似ていた。
できるなら今すぐ、針の筵という現実から逃れたい。しかし、母との約束を果たすためには、こんなところで怯んでいられないのだ。……いいや。これはもう、『母との約束』だけではなくなった。
『両親が果たそうとした願い』であり、『尊敬するグラン・マが叶えようとした理想』であり、『自分が果たさなければならない使命』だ。だから、自分は
「私、目が見えないの」
「え?」
「でも、皆がどんな顔してるか、どんな姿なのか、全部『視える』」
切り札を切るには早いだろうが、致し方ない。自分がガンダムマイスターに選ばれた理由の1つを、女性は面々に晒した。この場にいるマイスターたちの格好を、言いよどむことなくさらさらと述べていく。
まずはティエリアの容姿を挙げた。言い当てられたティエリアは目を見開く。次に言い当てたのは、アレルヤ・ハプティズムの容姿と“
(ああ、この子だ。この子たちだ)
女性は直感していた。“来るべき対話のためには、彼女の力が必要である”と。
女性は直感していた。“母が守れと言った『希望』は、彼女とここにいるガンダムマイスターたちである”と。
女性は直感していた。“彼女こそが、人類の未来を切り開く『真の革新者』として目覚める存在である”と。
(私に託された、『守るべき希望』)
知らず知らずのうちに、女性は胸の前で手を組んでいた。
込み上げてくる熱い感情を押しとどめ、ガンダムマイスターたちを見つめる。
ヴェーダにアクセスしていたティエリアが頭を抱えた。大方、女性のパーソナルデータを検索し、確認していたのだろう。データで「両目の視力なし。再生手術も不可能」「情報端末等でソレスタルビーイングの情報を検索した形跡無し」と出ているのだから当然だ。根拠となる情報も大量に挙げられている。
「すべてを《視る》瞳……」
「お前さんがヴェーダに選ばれた理由がよくわかったよ」
アレルヤとロックオンが、神妙な顔で頷いた。しかし、と、ロックオンは格納庫へ視線を向ける。
ソレスタルビーイングに存在するガンダムは、エクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェ/ナドレの計4機だ。複座式の機体は1つもない。しかし、新たにガンダムマイスターとしてやって来た女性は5人目である。それが意味することは、『誰かがリストラされる』ことか。
4人は困惑した様子で互いの顔を見やる。誰1人として、ガンダムから降りるつもりがないらしい。特にその気持ちが強いのは、マイスター最年少の刹那・F・セイエイである。彼女のことは知り合いから聞いていたが、彼――リボンズ・アルマークの見立ては違う意味で大当たりだと思った。
スメラギもそのことが気になっているらしい。彼女からも、「ガンダムは4機しかない」と注意を貰った。ラッセ・アイオンのように予備のガンダムマイスターとして登録されるか、ガンダムのパイロットとしての椅子取りゲームに勝利して誰かを蹴落とさなくてはならないためだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。誰も、ガンダムを降りる必要なんてありませんから」
女性の言葉に、マイスターたちとスメラギが首を傾げた。
女性専用の新型機ができるという話は聞いていない――面々の眼差しは、はっきりと訴えている。
ヴェーダやメカニックに問い合わせる必要もない。計画上、
では、女性が搭乗するガンダムはどうするのか。刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリア、スメラギが気にしているのは、この1点。それに対する答えは、もうすぐ示される。女性は満面の笑みを浮かべて見せた。
誰にも気づかれぬよう注意しながら、女性は力を行使する。
「な、なんだぁ!?」
「ハッチが勝手に開いた!? しかも、操作不能!?」
「外部からのハッキング!?」
「あれは……!? あの機体は――!!」
次の瞬間、基地にいた面々の焦った声が響き渡った。それに合わせて、格納庫が勝手に扉を開く。
女性はその光景を背にし、マイスターたちとスメラギへ向き直った。誰も彼もが愕然としていた。
MSは天使たちが並ぶ列の中心に降り立つ。その姿は、さながら“天からの使い”に見えたであろう。それと入れ違うような形で、ティエリアが目を見開く。ほんの一瞬、彼の瞳が金色に輝いた。ヴェーダにアクセスしたのだろう。情報が更新/開示され、女性の機体についてのデータが示されたのだ。
『どうせ抜くなら、度肝がいいわよね』
『ついでに、腰も抜かさせれば最高よッ!』
そう言って笑った、2人の女性の後ろ姿が浮かんだ。銀髪の女性と、黒髪の女性。前者は女性の母親であり、後者は女性の母親の親友にして尊敬するグラン・マである。
今なら、この2人に「自分も誰かの腰を抜かさせ、ついでに度肝も抜き取った」と自慢できそうだ。……いや、おそらく、彼女たちから見れば、まだまだであろうが。
「
満面の笑みで告げれば、周囲の面々は表情を引きつらせる。そういうわけで、と、女性は付け加えた。
「改めまして、私のコードネームは『イデア・クピディターズ』。ラテン語で『理想への憧れ』。これから宜しくお願いします」
*
「ナドレの整備は?」
「終了した」
憤怒に満ちたティエリアの横顔は、初めて出会ったときの彼には考えられない
それだけでも充分驚くことであるが、国連軍との戦いを続行するか否かを問いかけた上で「続行する」と最初に表明した人間がティエリア本人であった。それを間近で目にしたイデアは、ひっそりと胸を熱くしたものである。
最初の頃の彼だったら、今のスメラギのように“戦闘に対して消極的”な作戦を選んだだろう。自分から勝算のない戦いに挑もうとすることはおろか、そのプランが提示された時点で容赦なく「無駄だ」と切って捨てていたであろう。
ソレスタルビーイングは、ロックオン・ストラトスを失った。仲間たちの不和を心配し、世話を焼いていた彼が『いなくなった』ことで、ソレスタルビーイングの団結が高まったのである。
……皮肉なことだ。
誰よりもこの光景を望んでいた本人が、この光景を見ることができないとは。
「しかし、トライアルシステムもなく、粒子貯蔵量も少ないナドレでは――」
「――それでも、やるさ」
不安要素を列挙し始めたアレルヤの言葉を遮るように、ティエリアは言った。弾かれたように、アレルヤとイデアは彼を見る。
「私は、ロックオンの敵を討たなければならない」
その双瞼は、揺るぎない意志が宿っている。機械のように淡々とした目的意識ではない。イデアはじっと彼の瞳を覗き込んだ。
イデアの様子に気づいたティエリアは、怪訝そうに眉をひそめた。嫌がる様子も、どことなく人間らしくなったような気がする。
「……何だ」
「特に意味はないよ。……でも、うん。やっぱり、正直に言っておくわ」
イデアはふっと笑みを浮かべた。
「ごめんねティエリア。私、出会ったときからずーっと、貴方のことが“怖かった”の」
「……“怖かった”?」
「うん。無機質っていうか、無感情で無感動というか……――『機械』みたいで」
脳裏に浮かんだのは、母から受け継いだ“同胞”の記憶。
母やグラン・マの両親や尊敬する人物を、何の感慨もなく手にかけた巨大な
焦土と化した
例えるならそれは、羽をもがれた鳥。飼い主の意図によって「空を飛ぶ」ことを奪われているのに、鳥は異常事態に気づけない。気づかないようにされてしまっているためだ。そうやって、
ティエリアも、
どちらの教育方針も“最終判断を等の本人へ投げっぱなしにしている”、“そのくせ、プログラムにそぐわなければ、適宜手を下す”という共通点がある。前者の申し子には記憶のリセット機能がついているし、後者の申し子は「バグに侵された」「失敗作」と難癖をつけて
現状、ティエリアにはリセットが発動される様子はない。問題ないと思っているのか、状況を判断しようとしているのか、ティエリアを完全に見捨ててしまったのか。いずれにしても、イデアには
「でも、それ、撤回する。今のティエリアにそんなこと言ったら失礼だもの」
「……何故?」
目を丸くしたティエリアが首を傾げる。
イデアは静かに目を細めた。
「だって、機械は後悔しない。自分の行動の結果に対して、何の感慨も抱かないし、抱けないし、そもそも
「当然だ。機械には、そんなプログラムなど組み込まれていない。もっとも、組み込もうと試みたところで、開発者が挫折することは目に見えているがな」
「そうだね。効率化を推し進める際、後悔するプログラムなんて邪魔だもんね。感情だって邪魔だもんね」
イデアは頷く。でも、と、付け加えて、
「今のティエリアは、最初に会ったときより、感情豊かになったと思うよ」
「確かに。今までにないくらい、熱くなってるよね。……あまり、熱くなりすぎない方がいいと思うけど」
イデアの言葉に、隣にいたアレルヤが同調した。かけた言葉は色々酷いが、彼はティエリアを心配している。
普段は他者に「落ち着け」と――ぶっきらぼう且つ事務的に――諭すようなティエリアが、激情をあらわにしているというのは、珍しい事態だ。
ティエリアは険しい表情のまま、こちらから視線を逸らした。俯きがちではあるものの、その眼差しは前へ向けられている。
「そうならずにはいられない」
機械の申し子は、もういない。
そこにいたのは、不器用だけれども等身大の感情を持った、どこにでもいるヒトだった。
「そうだね。それでいいんだよ、ティエリア」
イデアは微笑んだ。祈るように、胸の前で手を組む。
「笑って、泣いて、怒って、悩んで、喜んで、悲しんで、憤って、呆れて、反省して、後悔して、無謀な賭けに挑戦してみて、不確定な未来を夢見て……機械はこんなことしない。人間だからこそ、そうやって考えることができる」
それが、人間の――いいや、ヒトとしての在り方だ。古来から営まれ、これからも続いていく、当たり前の光景だ。
イデアは知っている。ヒトとして生きるために、立ち上がった人々がいたことを。
「だから、ティエリア。貴方は『機械』なんかじゃない。立派な『
ティエリアは目を丸くした。眉間に皺が寄っていたのは、イデアの言葉をティエリアなりに理解しようとしたためであろう。
理論的な考えを主体にする彼は、イデアのような感覚的な発言や行動原理が「理解しがたい恐ろしいもの」のように思えたに違いない。
吊り上がっていた眦が、ほんの少しだけ和らいだ気がする。
「……お前が、僕に対して肯定的なことを言ったのは初めてだったな」
「ティエリアが私の発言を切って捨てなかったのも初めてだよね」
「む」
イデアの指摘に、彼は目を瞬かせた。隣にいたアレルヤも目を丸くした後、小さく頷く。それが一種の名物と言えば名物だったけれど、会話のキャッチボールができるのはやっぱりいいことだと思う。投げたら叩き落とすのが常だったティエリアも、共に戦う中で変わったらしい。
思えば、ソレスタルビーイングの面々は、お互いに対してどことなくよそよそしい感じがしていた。組織の中の守秘義務に抵触すると言われてしまえばそれまでであるが、イデアが育ってきたコミュニティと比較すると、天と地の差レベルで寒々しかった。
“同胞”は、同族及び仲間意識が強い。“同胞”の成り立ちが“人類及び世界政府から徹底的に迫害されてきた”ため、「“同胞”以外しかいなかった」のだ。それ故、多少の揉め事はあるけれど、互いに感情をぶつけあい、わかり合うことで結束を深めてきたのだ。
今のソレスタルビーイングには、“同胞”と同じ結束が生まれている。世界のすべてを敵に回し、戦い続ける――古の“同胞”が辿ってきた旅路と似ている。状況はどちらも絶望的だし、勝算もなければ当てもない。下した判断も同じであった。
奇妙な親近感と共に、今なら古の“同胞”の気持ちがよくわかる。母から受け継いだ想いを辿りながら、イデアは静かに目を閉じた。どこからか、互いのことを話して笑いあうブリッジクルーの《聲》が《聴こえてくる》。
<そういえば、自分のことを互いに話すのって初めてッスよね>
<今までは組織の守秘義務があったから。でも、今更よね>
<だな。その中でも、自由奔放な奴はいたけど>
<あー。イデアかー>
彼らも彼らで、和やかな時間を過ごしているらしい。
<トレミーのママ枠は、スメラギとイデアの一騎打ちって感じだからな>
<スメラギさんは否定しそうだけどね>
<流石にお姉さんは厳しいと思うッスよ。スメラギさんの年齢的に>
<キミ、デリカシーがないよ……>
おどけた調子で語るリヒテンダールに、クリスティナはこめかみを抑えてため息をついた。ラッセも苦笑している。この場にスメラギが居合わせたら、それはもう修羅場になっていたことであろう。彼女も乙女であり、年齢のことを気にしているのだから。
ちなみに、イデアは「お母さん」と呼ばれることは嬉しいことだと思っている。自分の出自及びその他諸々のことを考慮すると、「お母さん」と呼ばれても痛くも痒くもなかった。むしろ、それ以上でもおつりがくるレベルかもしれない。
ただ、“
イデアの古巣/実家――悪の組織も、もう1つの側面から行動を開始しているであろう。以前のように、年齢に見合わぬ無茶をやらかして寝込んでなければいいのだが。
最近は妙にやる気をたぎらせていた、とは、グラン・マの息子からもたらされた情報である。思念波越しの会話のため、機械に足が残る可能性は殆どなかった。閑話休題。
イデアは満足げに頷いて、ティエリアとアレルヤの方に向き直った。
「――そして、全力で生きた人間には、後悔はない」
「それって、機械と全力で生きた人間は同じってこと?」
話を聞いていたアレルヤが首を傾げた。
その言葉に、イデアは首を振る。
「『後悔
「……相変わらず、お前は難解なことを言うんだな」
「違いないね」
イデアの言葉に、ティエリアとアレルヤが笑い返した。そうして一言、付け加える。
「だが、今なら……今だからこそ、貴女の言葉の意味が分かるような気がする」
「僕もだ。うまく言葉にできないけど、それでも、キミが何を言いたかったのか、分かるような気がするよ」
アレルヤはともかく、ティエリアが穏やかに笑ったのは初めてのことだ。けれど、2人が同じ場所にいる状態で、似たような表情を浮かべているというのも初めてのことである。ついでに、ティエリアがイデアのことを「貴女」と呼んだのも初めてのことであった。
今日は、珍しいことが連続して続く。まるで、自分たちに待ち受ける
滅びの
彼女も“生き残る”覚悟を決めている。戦争の根絶を夢見る“ソレスタルビーイングのガンダムマイスター”、及び“恋する乙女”としてだ。後者は本人無自覚である。
刹那を愛してやまない男――グラハム・エーカーも、この戦いに参加しているに違いない。文字通り、2人にとっても『最終決戦』であることは明白だった。
イデアにとっても、最終決戦であった。対峙を想定している相手は、ユニオン軍の“空の護り手”――クーゴ・ハガネ。
端末を引っ張り出し、彼の名前にカーソルを合わせる。
新着メッセージはない。何かこちらからメッセージを送ろうかと思い、メールを開いた。
<……いや、やめておこう。縁起悪いし、死にに行くんじゃあるまいし。これじゃあまるで、遺言みたいだ>
不意に、《聲》が《聴こえた》。クーゴの声だった。
<俺は諦めてなんかいない。彼女と――イデアと
イデアはメール画面を消し、端末をしまう。遺言なんていらない。クーゴもイデアと同じように、生きるために戦うことを選択したのだ。
同じことを考えてくれたのが嬉しくて、イデアは微笑んだ。そんなイデアの様子に、ティエリアとアレルヤが目を丸くする。
2人は顔を見合わせた後、ちょっと何かを思いついたらしい。茶化すように笑いながら、しまい込んだ端末を指示した。
「メッセージ、送らなくていいのかい? これが最後になるかもしれないよ?」
「愛しの君なんだろう? ……僕には、あまり理解できないことだが」
ここにロックオンがいたら、率先してイデアを茶化していたに違いない。でも、今の2人を見たら、嬉しそうに表情を緩ませて眺めていそうな気がした。
「大丈夫よ。こういうときの恋する女の子は、絶対死なないから。むしろ、殺されたって死ぬものですか!」
イデアは悪戯っぽく笑う。その表情を見た2人は、期待/想定通りの返事が帰ってきたことに苦笑しつつも、どこか満足そうに頷いていた。
珍しいくらい、和やかな時間が過ぎていく。最終決戦直前であることなど感じさせないくらい、優しい時間だった。
クルーたちが談笑に耽り、自分たちの間に結ばれていた絆の強さを噛みしめる。絶対に生き残ると、決意を固める。
「E-センサーに反応! 敵部隊を補足しました!」
クリスティナの声が響く。ついに、決戦の
イデアはティエリアとアレルヤに眼差しを向けた。2人も、厳かな表情で頷き返す。
どこからか、夜明けの鐘が鳴り響く音が聞こえたような気がした。
◇◇◇
轟音とともに地面が揺れて、部屋が真っ暗になって、施設がどんどん崩れていく。いつも自分たちの様子を見に来た大人たちは、誰1人として迎えに来てはくれない。自分たち【カナリア】が把握していることは、“
数刻前にやって来た大人たちは、『まだ浄化は終わっていない』と言っていた。『また会いに来る』と言ってくれた、マントが特徴的な2人の男性。彼らも、カナリアが住まう部屋に戻って来ることはなかった。外に出ることは出来ないのに、部屋の中は壁が崩れたり天井が降ってきたりしている。
カナリアの子どもたちは恐怖の真っただ中にいた。だって、施設内部の状況も、施設外部の状況も、何も知らないままだから。助けを求めて泣き叫ぶのが関の山だ。
「こ、これは……!?」
そのとき、誰かの声がした。人の声を聞いたカナリアたちは、一斉にそちらへ振り返る。
いつも自分たちの様子を見に来ていた大人たちとは違う服装を着た、壮年から老人くらいの年齢の大人たちがそこにいた。
子どもたちは助けを求めて、我先にと彼らの元へと駆け寄る。泣きながら、「助けて」「怖いよ」と訴えた。
「どういうことじゃ!? こんなところに、人間の子どもがおるとは……」
わんわん泣き叫ぶカナリアたちを目の当たりにした禿げ頭の老人は、酷く狼狽した様子でこちらを見回していた。服に縋りつく少年をどうあやせばいいのか分からないようだが、老人は少年の片手を取り、痛がらぬ程度に加減しながら握り返してやっていた。
彼らはカナリアの存在を知らないようだ。だが、今のカナリアたちにとって、そんなことなど些事に過ぎない。だって、得体の知れぬ恐怖心に襲われてしまい、助けを求めている真っ最中だから。
“
更に言えば、施設内部で何が起こったのかの情報が一切入ってこないのだ。状況の説明もされていないし、避難誘導だって一切されていない。
後の未来でカナリアの子らは“あの日”の真相を知ることになるのだが、それに関するアレコレは割愛させて貰おう。閑話休題。
「もう大丈夫だ。安心しなさい」
金色の髪と浅黒い肌が特徴的な男性は、優しく微笑んで少年の頭を撫でていた。
そうこうしている間にも、部屋はどんどん崩れていく。恐怖に駆られて泣いているカナリアたちの姿を見ていた。
時折、グランドマザーがいると言われている部屋の入口に視線を向けていることに気づいたカナリアは、当時何人いただろうか。
「
「ここも長くは持たないよ。どうするんだい!?」
「この子たちを救わなければ……」
髭と義手が特徴的な老紳士が悔しそうに現状を分析し、黒髪のドレッドヘアと浅黒い肌にオッドアイが特徴的な女性が他の面々に問いかける。
切羽詰まった状況である中で、盲目で金髪の女性――マザーそっくりな外見が特徴的な人だった――が、静かな面持ちで口を開いた。
「しかし、こんな大勢の子どもたちを、どうやって……!?」
「ワシらが力を合わせれば、なんとかなるじゃろ」
「戦線を退いたせいで怖気づいたか?」と、老人が老紳士をからかうように声をかける。老紳士はムッとしたように老人を睨みつけたが、すぐに「まさか」と不敵に笑い返した。
「……やれやれ。仕方ないか」
「この子たちのため、明日のために……!」
浅黒い肌の女性が苦笑し、艶やかな黒髪が特徴的な貴婦人が優しく微笑む。
彼らはカナリアたちを取り囲むように輪になって、互いの手を握った。
「力を合わせましょう」
次の瞬間、大人たちの周囲に白い燐光が発生する。きょとんとするカナリアの子どもたちだったが、他のカナリアたちが次々と姿を消していく姿を目の当たりにして息を飲んだ。
ここにいる大人たちは、あの不思議な力を使って、カナリアたちをどこかへ飛ばしてくれるらしい。崩れていく部屋と比べれば、そこはきっと安心できる場所なのだろう――。
状況を何となく察することが出来たカナリアが緊張を解いたとき、輪の中にいたマザーにそっくりな女性の体が宙に浮かぶ。彼女は驚愕したように悲鳴を上げた。
「嫌! どうして……!」
「貴女は生きるんじゃ!」
「私たちがいたことを、覚えていてください!」
「駄目、私も一緒に――」
マザーそっくりの女性が何かを言い終わるのと、カナリアが全員どこかへ転移したのはほぼ同時。
カナリアたちの眼前に広がったのは、人工芝が生い茂ったどこかの部屋だった。窓からは、浄化が終わっていない真っ赤な
カナリアたちより一歩遅れて、マザーそっくりの女性が転移してきた。彼女ははらはらと涙をこぼし、自分の体を腕で包みこむようにして支えていた。
「私も……私も一緒に……」
マザーの面影に惹かれるようにして、カナリアは彼女の元へと歩み寄る。女性は自分たちの存在に気づいて顔を上げた。
「貴女がマザー? そうなんでしょう?」
カナリアの問いに対し、女性は首を振った。
「じゃあ、女神様?」
「誰でもないわ。……ヒトよ。ヒトだわ」
女性は悲しそうにそう答える。閉じられた瞳からは、ポロポロと涙が伝い落ちていた。
「ここ、どこなの?」
「貴方たちを連れていく箱舟の中」
「どこへ?」
少女の質問を聞いた女性は、より一層涙を溢れさせながら答えた。
「――清らかな大地へ」
◆
「このレポート、凄いね」
女性は、端末からデータを眺めながら感嘆の息を吐いた。流石、女性が見出したジャーナリスト。見込み通りだった、と、ひっそり満足げに微笑む。
「シロエとマツカに『ちまちまと情報を開示していくように』とは言ったものの、イニーやレイのことをここまで掴んでるんだもの。終いには、ライヒヴァイン家についてもまとめてるのよ?」
ふふ、と、女性は笑い声を漏らした。隣にいたエルガンは肩をすくめる。同時に、嘗ての教え子――或いは同期の仲間に関連する一族の名前を聞いて、懐かしさに浸っているようだ。
最も、懐かしさに浸っていたのはエルガンだけではない。2人の会話を《聴き取った》者たちが、端末越しから次々と《聲》をかけてくる。
<初代の異端審問官は、わしらと同じ
<“同胞”の長老たちに助けられたときのことは、今でもはっきりと覚えております>
<『
クラール・グライフ、ノーヴル・クルーガー(旧姓はディラン)、リチャード・クルーガーは、みんな懐かしそうな顔をしていた。彼や彼女たちが思いを馳せているのは、今から遠い昔の出来事。
荒廃した
関係者曰く『彼らが生活し、子どもを成して増えていくことが出来たのを確認し次第、機械による主導で徹底的に管理・計画された
けれど、諸々の事情で、崩壊した。ヒトの管理者たる機械が根城にしていた世界樹は彼女諸共崩壊している。
その後、小鳥たちは暫し“楽園”で養育されているうちに、彼らの中から新たな“同胞”として『目覚め』を迎える者が現れた。この事象に興味を持ったヒトたちは、旧人類と新人類の共存のために、今一度“同胞”の研究を行うことになった。結果、『“同胞”に心を許した旧人類が、“先天的な因子を有していないのに”新人類に進化する』ケースが発見されたのである。
最終的には『先天的な“同胞”因子を有していない旧人類が、新人類と心を通わせたことから、後天的に新人類として目覚める』ことが発覚した。
そうやって、後天的に“同胞”として目覚めた面々――初代ライヒヴァイン、クラール、ノーヴル、リチャードらは“楽園”に残ることを選んだ。
その後更なる紆余曲折を経た末に、4人は女性やエルガンらと行動を共にする道を選び、現在に至っている。
<お前が髪を伸ばし始めたのも、体系に拘り出したのも、丁度あの頃からだったな。彼女のこと意識し過ぎだろ>
<誰かさんの初恋の人も、“金髪ロングヘアでナイスバディなチャンネー”だったわね>
<なんだって???>
<あらあら???>
<痴話喧嘩は構わんが、せめてわしらのいないところでやってくれんかのぅ……>
昔話で盛り上がり始めた3人を微笑まし気に見つめた後、女性はエルガンに視線を戻す。
「……ところで、馬鹿の居ぬ間に失脚準備は進んでるの?」
「問題ない。奴がこの戦いを生き延びようが、この戦いで死に果てようが、地獄が待ち構えている」
「前者だったら栄光から一転して転落、後者だったら死人にムチ打ちってところか」
女性はにたりと笑みを浮かべた。周囲の人間がこの
「これからえげつないことをしようとしている」という自覚はある。愛する夫を殺されて、黙っていられるような女ではない。これからどう報復するかの算段を立てていた。夫はきっと、こんな無駄なことを望まないだろう。
亡くなった夫が心配そうに女性を見つめている姿が《視えた》。死んだ人間に不安を残している――その事実が居たたまれなくて、女性は苦笑する。申し訳ないが、女性にだって譲れないことがあった。
(ごめんね。きちんと決着をつけなきゃ、私は前へ進めないんだ。……これが終わったら、もう振り返らないから……許してね)
女性は苦笑する。それを目の当たりにした夫は、慈しむような眼差しを向けてくれたような気がした。
次の瞬間にはもう、彼女の隣には誰もいない。対面に佇むエルガンにも、彼の姿が《視えていた》のだろう。沈痛な面持ちで目を伏せた。
◇◇◇
ボロボロの体を引きずったノブレスがやって来た場所は、悪の組織の本社にある格納庫である。そこには、つい数時間前に
本社の格納庫に来たのは随分と前のことだった。ベルナールの下地になった機体――νガンダムが保管されていたのもここである。尚、機体はベルナールの応急処置を行う際に分解していた。他にも、ノブレスや悪の組織が設計開発に関わった機体も格納されている。
ノブレスが設計開発に関わった機体の1つ――レギナは、此度の作戦にも投入されている。特に俊敏性に特化した改造が施されたタイプは、戦術指揮官曰く『今回の作戦で重要な役目を担っている』らしい。彼女の職業はオペレーター兼雑務をやっているという。……成程、戦術指揮官は早速色々やってるらしい。
青年は自分が搭乗する機体を見上げた。最終決戦に向けて改修されたベルナールが佇んでいる。見た目はどうにか
もっと言えば、この機体は討つべき背信者――アレハンドロ・コーナーが登場するMA及びMSどころか、ジンクスと殴り合うことすらままならない。“誰にも見つからないように気を付けながら、背信者を討つタイミングを待つ”ために宇宙に行こうとした産物だ。狂気の沙汰と言われても反論できなかった。
ソレスタルビーイングの面々には悪いが、先日の報告内容と見解――『チーム・トリニティは全員の機体が大破したため、援軍として参加することはできない』――は修正しないままにしておくつもりだ。実際、“宇宙への出撃が可能”と“背信者にとどめを刺すのが関の山”みたいなスペックしかないので。閑話休題。
(嫌がらせの一環で色々劣化させておきましたけど、アレハンドロの機体スペックの総評は“ソレスタルビーイング製のガンダムと互角”クラスなんですよねェ……)
先人たちは“対太陽路搭載型によるGNフィールドの対策”として、格闘戦を得意とするエクシアに実体剣を搭載している。背信者の駆る機体に差し向けられるのは、エクシアと刹那・F・セイエイ。
背信者は刹那のことを見下しており、常日頃から『あんな奴はガンダムマイスターに相応しくない』と苦言を呈していたか。その度に友人がイライラし始めるので、彼を諫めるのが大変だった。
友人が見出した少女は、戦いの中で確実に成長している。ヒトとしても、戦士としても、イオリアの理想を受け継いだ希望としても。
“自分たちだけが栄華を極められればそれでいい”なんて一族の怨念を果たそうとする背信者などに負けるはずがない。
……ノブレスが出る幕などないことは分かっている。それでも、戦いの場に赴こうとしているのは――
「キミも、年齢に合わない無茶をするんだな」
響いた声に振り返れば、1人の老紳士が心配そうにこちらを見上げていた。ノブレスという仮面を外して、青年に戻る。
そこにいるのは、老紳士の知っている『おにーさん』だ。決めたことだと告げると、老紳士は深々とため息をついた。
「死なんでくれよ、『おにーさん』」
「死にませんよ。約束します」
「そう言って、60年間帰ってこなかったのはどこの誰だったかな」
老紳士はムッとした表情で青年を見上げた。前科持ちは辛い、と、青年は肩をすくめる。本当はもう少し雑談に耽っていたいのだが、そんな暇はなさそうだった。
青年は老紳士に背を向け、コックピットに飛び乗る。発進の合図が鳴り響き、老紳士は安全のために奥へと戻った。それを確認し、青年は操縦桿を握り締める。
再び、ノブレスとしての仮面を被る。このミッションが、ノブレス・アム――及び、青年が果たすべき
これが終わったら、長らく顔を隠してきた仮面ともおさらばだ。ノブレス・アムというコードネームはわからないが、テオ・マイヤーというアイドルも、仮面の男もいなくなるだろう。最後に残るのは、“異端審問官一族の最後の1人”という事実のみ。
ソレスタルビーイングが存続するのなら、異端審問官の役目は続いてくことになるだろう。組織が解散した場合、その立場と役目は意味を失うことになる。その場合は“来るべき対話”に備えるため、“同胞”の元に出戻ることになりそうだ。
教え子たちは、大丈夫だ。もう、自分は必要ない。彼らなら、自分がすべきことや進むべき道を見出し、生きていける。寂しくないわけではないが、最初から覚悟していたことだ。
「これが、僕が僕自身に課したラストミッション」
ノブレスは噛みしめるように呟き、操縦桿を動かした。
「……ノブレス・アム、ガンダムベルナール、出る!」
ハッチが開き、異端審問官の名を冠したガンダムがカタパルトから飛び出す。
青い光を纏ったベルナールは、