問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



47.チャレンジミッション -楽に終わると思うなよ編-

 

「ッ、危ね……!」

 

 

 降り注ぐ弾幕をスレスレで回避し、クーゴはUnicornから距離を取った。だが、Unicornはクーゴが回避行動に移ると読んでいたようで、即座に距離を詰めてビームトンファーを振りかぶってきた。

 

 

<これじゃあフラッグが躱せない……!>

 

 

 Unicornから悲痛な叫び《聲》が<聴こえた>。クーゴは即座に操縦桿を動かし、ガーベラストレートとタイガー・ピアスで受け止める。派手な火花が飛び散った。

 ビームトンファーと実体剣が鍔迫り合いを演じ、互いの刃を切り払うようにして距離を取った。間髪入れず、もう1機のGNフラッグ――グラハムの機体だ――が射撃で援護に入る。

 降り注ぐ攻撃を、Unicornは強引に回避した。機体に搭乗しているパイロットの身体的負担を無視し、つんのめるような形でビームの雨を躱していく。子どもの呻き声がした。

 

 ガンダムはパイロットの悲鳴など聞かず、クーゴのGNフラッグ目がけて突進してくる。グラハムのGNフラッグにも牽制攻撃をしてくることはあるが、クーゴのGNフラッグに対して異常な敵意を抱いているように思えた。

 少年の声が《聴こえなければ》――否、少年の抱くイメージを幻視しなければ、その理由を察することはできなかっただろう。彼のイメージに映し出されていたのは、クーゴの双子の姉――刃金蒼海であった。

 

 彼女が関わっているならば、クーゴのGNフラッグに対して猛攻、及び執着を見せるのは当然だ。蒼海はクーゴを嫌っているし、クーゴには早く死んでほしいとすら思っている。……ということは、少年が搭乗するUnicornを遠隔操作しているのも、蒼海ということになるではないか。

 

 

(そうまでして、俺に死んでほしいのか)

 

 

 昔から嫌われていたことはわかっていた。何をやってもうまくいくクーゴに対し、どんなにいい結果を示そうとも蔑ろにされた蒼海が憎しみを積み重ねていくのは当然である。

 普段のように、言動で憎しみをぶつけられることは慣れていたけれど、他人を使って発散させるやり方に直面したのは初めてであった。正直、どうすればいいのかわからない。

 

 思い返せば、クーゴが家を出て以後の姉が何をしていたのか、クーゴはよくわかっていなかった。様々な分野に才能を持っていた蒼海は、それ故に、何をやっていてもおかしくなさそうだった。

 だが、MSを遠隔操作するプログラムを作るような技術職に就いたという話や報告は聞いたことがない。クーゴの親戚には存在自体がスピーカーと言えるような、お喋りな人もいる。専ら、家族の近況報告はその人経由であった。

 噂が大好きで、噂を聞くためにグレーゾーンぎりぎりまでのことをする親戚でさえ掴めていなかったとすれば、蒼海は相当ガードを固くしていたことが伺えた。我が姉ながら、なんて恐ろしい女だろう。

 

 

(あおちゃん……)

 

 

 脳裏をよぎったのは、小さい頃の姉の呼び名だった。昔はクーゴが蒼海を「あおちゃん」と呼び、蒼海がクーゴを「くーちゃん」と呼び合っていた。それが、「姉さん」と「クーゴ」に変わったのは、いつのことだっただろう。

 

 

成人検■(しゅくふく)を始めます』

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――■■者として、“青き星(テラ)”の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 ――フラッシュバックしたのは、見知らぬ光景。

 

 

「――“てんしさま”」

 

 

 ――口をついて出たのは、覚えのない単語(ことば)

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 映像が消えていく様は、いつか感じた恐怖と似ている。無数の手が視界を目隠ししていくような――目隠しをされてしまったら、()()がなくなってしまうような。

 背中に駆け抜けた悪寒に体を震わせる。「アレはダメだ」という漠然とした危機感を覚える。あの映像がすべて消えてしまったら――()()は、この世界から消えてしまうだろう。

 

 空を目指した大切な約束を、生きることを諦めかけていた自分に希望を見せてくれた“おはなし”を、『空で待っている』と語った金髪碧眼の男性の笑顔も、『大好き』だと言ってくれたペールブルーの髪に御空色の瞳を持つ天女みたいな綺麗な人のことも、全部なくしてしまうのだ。

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 

(――()()()()())

 

 

 理由は分からない。だけど、クーゴは本能的に()()思った。

 

 次の瞬間、ずきりと頭が痛んだ。

 ノイズ塗れの世界の向こうで、何かが点滅して《視える》。

 

 

『“てんしさま”に選ばれたということは、とても光栄なことなのよ』

 

『おまえは“てんしさま”の■■者として、この世界を■■していく役目を担うんだ』

 

 

 そう言った両親は、不気味な笑みを浮かべていた。血の通った表情ではなく、まるで機械と見間違える程に無機質な表情。

 それに異を唱える自分の言葉なんて全く聞いてくれない。この場にいる大人たちはみんなそうだった。

 

 彼/彼女らの様子がおかしいことには気づいていた。だって、いつもはこんな、血の通っていない無機質な表情(かお)なんてしない。負の感情を見ることの方が多かったけど、みんな血の通った表情を見せる人だったし、顔や声を聞けば感情を察することができた。

 

 昨日まで、何もおかしなことはなかった。おかしくなったのは今朝からだ。正確には、自分と片割れの誕生日。

 “おはなし”に出てきた男の人から『友』と呼ばれて、“おはなし”に出てきた女の人から『大好き』だと言われて、片割れから青い蛇の目傘を貰った、幸せな日だったのに――!

 

 

『あんなくだらない“おはなし”と引き換えに、お前が元気になってくれるなら安いものだよ』

 

『“てんしさま”の祝福を受けて、■■の当主に相応しい人間になるんだ』

 

『お前はそのために生まれてきた。そうして、そのために生きていくんだ』

 

 

 大人たちの言葉に思わず目を剥く。

 

 自分にとっての“おはなし”は、心を奮い立たせる大切なものだった。『生きたい』という願いを抱いた大事な理由だった。生きる希望を抱かせてくれた、鮮やかで鮮烈な旅路の物語だった。『空で会おう』という大切な約束を果たすために、自分は今まで頑張って来た。

 多くの大人たちが『長生きできない』と諦めたように零している中、唯一、自分の願いを肯定してくれた片割れ以外で心の支えになっていた希望だった。――それを、大人たちは『くだらない』の一言で切り捨てる。自分の願いを踏み躙り、撃ち落とそうとするのだ。

 嫌がって暴れる自分を無理やり引きずって、大人たちは自分を祭壇まで連れていく。四肢を拘束され、頭を一点に固定される。眼前に浮かび上がったのは、大人たちが“てんしさま”と呼んで崇め讃える存在――マスコットのような楕円形の体に、聖母の彫像を思わせるような顔を持ったナニカの姿。

 

 

■人検査(しゅくふく)を始めます』

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――■■者として、“青い星(テラ)”の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 ナニカは平坦な声で言い放った。無数の腕が自分に絡みついてくる錯覚――錯覚にしては、どこかリアルさを伴う感覚(モノ)だった――に、自分の逃げ場がないことを思い知らされる。

 無数の手が自分の目を覆い始める。完全に光が見えなくなってしまったら――再びこの手が視界を解放したら、きっともう、自分は“この世界”から完全に消え失せてしまうのだろう。

 

 

『さあ、行こうか。フラッグファイター――いいや、■■■■■■ズ隊、副隊長』

 

『キミが空を目指すなら、我々は必ず相見えるだろう。……空で待っているぞ、我が友よ!』

 

 

 金髪碧眼の男性の顔がよぎる。

 自分を友と呼び、快活に笑った彼との“おはなし”を奪われたくない。

 自分はその約束を果たしたいと願ったから、頑張ってきたのだ。

 

 

『――大好きです』

 

『ずっと、ずーっと、貴方に伝えたかった!』

 

 

 ペールグリーンの髪をハーフトップに束ねた女性の姿がよぎる。

 こんな自分を『大好き』だと言って、幸せそうに微笑んだ彼女との“おはなし”を奪われたくない。

 彼女の言葉に背中を押されたから、“生きたい”という願いを素直に掲げられるようになったのだ。

 

 

『たとえ、今、お前/貴方/キミの傍にいなくとも』

『――それでも、僕/俺/私/あたしたちは“ここ”にいるから』

 

 

 『だから忘れないで』と言って笑った人々の姿がよぎる。

 彼/彼女が強大な敵に立ち向かう姿に、勇気を貰った。希望を貰った。背中を押された。

 彼/彼女と共に戦い抜いた“おはなし”を奪われたくない。

 

 “おはなし”でしかないのかもしれないけれど、彼/彼女たちと一緒に過ごした時間はかけがえのないものだったから。

 

 視界が手で覆われていく。比例するように、視界がどんどん暗くなっていく。

 あっという間に、自分の視界は一筋の光が差し込むまでに狭まり、闇に飲まれていた。

 

 

『だれか、たすけて』

 

 

 ――助けを求める声を上げたのは、誰だった?

 

 ――その声に応えたのは、誰だった?

 

 

<――だめ!!>

 

 

 りぃん、と、澄み渡る音がした。誰かに目を隠される。青い光が瞬いた。

 ()()()()()()()()()()ような気がしたのは、何故だろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――!!

 

 

<そっちよりも今は前の方に集中して! でないと、キミもあの子も死んじゃう!!>

 

 

 “誰か”の怒声と入れ替わりに、クーゴの意識は現実へと引き戻された。

 

 Unicornは相変わらず、クーゴのGNフラッグに襲い掛かっている。このガンダムに足止めされて、時間は刻々と経過していた。

 グラハムだって、本当はここを突破し、刹那との決着をつけたいと思っているだろう。だが、攻撃の余波が降り注ぐため、なかなか突破口が掴めないでいる。

 

 

「ちぃッ!」

 

 

 再び散弾が降り注ぐ。グラハムが舌打する声がした。間髪入れず、グラハムのGNフラッグが距離を取る。クーゴのGNフラッグは、それと反対方向に飛び退った。

 一進一退を何度繰り返したのか。近隣に漂っていたデブリは、攻防を繰り返していくうちに塵と化した。遮るものなど何もない宇宙空間で、鍔迫り合いは続いていた。

 

 

<やめて、やめてよお母さん……!>

 

 

 少年の悲鳴が《聴こえる》。その叫びを踏みにじるように、Unicornはビームガトリングを連射した。弾幕を張るように降り注ぐ散弾を回避し、クーゴとグラハムのGNフラッグはUnicornと向き合う。

 もし、Unicornが無人機だったら、自分たちは容赦なく彼を撃墜しただろう。搭乗者がいたとして、パイロットが少年であることは躊躇う理由にはならない。パイロットは遠隔操作された機体に乗せられているだけで戦意がない場合は別だ。

 できることなら、少年を助けたい。彼もまた、姉の被害者だ。クーゴと同じ痛みを抱えた者なのだ。何とか救出するタイミングを探しているが、相手が相手だ。Unicornの連続攻撃が降り注ぎ、GNフラッグたちは散開するように飛んで躱す。

 

 そのとき、クーゴの視界の端に何かが映った。毒々しいまでもの金色の光が、宇宙の闇に煌めく。

 

 男の笑い《聲》が響き、金色のMAが紫煙を上げていた光景が《視えた》。国連軍の総大将が駆る機体で、名前はアルヴァトーレといったか。だが、動かなくなったアルヴァトーレを乗り捨てるような形で、中に入っていたMSが降り立った。

 数世代にも及ぶ野望に向き合っていたのは、イナクトのお披露目会で降り立った、白と青基調のガンダムだ。パイロットは勿論、刹那・F・セイエイその人である。その佇まいはどこまでも凛としていて、不退転の意志を宿していた。2機は鍔迫り合いを演じはじめる。

 

 

<新しい世界に、キミの居場所はない! ――塵芥と成り果てろ、エクシア!!>

 

 

 男の声と共に、金色のMSが背中の翼を砲門にして、巨大なビーム砲を撃ち放った!

 毒々しい金色の光は、白と青基調のガンダム――エクシアに襲い掛かる!

 

 

「刹那……ッ!!」

 

 

 通信越しから、震えるような声が漏れた。歯噛みしたグラハムの横顔が《視えた》。どこか焦りの色をちらつかせる彼は、先程の光景を《視た》に違いない。我慢弱い男からしてみれば、この場に足止めされていられるような状態ではないだろう。

 

 ああもう、しょうがない。本当にしょうがない、と、クーゴはひっそり苦笑した。

 我慢弱い男をここまで付き合わせてしまったのだ。先に進ませてやらないと。

 

 

「グラハム。Unicornは俺が引き受けるから、お前は早く刹那のところへ行け」

 

「!? 何を言っているんだキミは!?」

 

 

 いきなりの発言に、グラハムは大きく目を見開いた。UnicornとGNフラッグの機体性能差は火を見るよりも明らかだし、何より、Unicornを遠隔操作する相手はクーゴの天敵である。クーゴは苦笑した。

 自分が無茶をやるときは思いっきりやるのに、他人の無茶には反応するのか。それなら、いつもグラハムのフォローに奮闘していたクーゴの気持ちを、ようやく彼は理解したということだろう。

 なんて滑稽な光景だ。立場が変わると、気持ちも大きく変わるものらしい。わざとらしく笑い、クーゴは茶化すようにして言葉を紡ぐ。

 

 

「早くしないと、ぱっと出てきた男に“刹那とガンダム(愛しの姫君)”を掻っ攫われるぞ。我慢弱いお前が、耐えられるわけないだろうが」

 

 

 もっとも、グラハムが愛してやまない刹那も、ぱっと出てきた男に倒される程ヤワではないが。

 

 グラハムのGNフラッグは躊躇うようにこちらを見ていたが、Unicornへ――正確には、Unicornの奥へ視線を向けた。

 彼の目には、刹那とエクシアの姿が《視えて》いるに違いない。クーゴは微笑み、Unicornへ向き直った。

 

 

「突破口は、俺が切り開く。……いつもと逆だが、大丈夫か?」

 

「問題ない。いつもキミのフォローを間近で見てきたからな!」

 

「自信たっぷりに言われても困るのは何故だろう」

 

 

 軽口を叩き合った後、GNフラッグはお互いの顔を見合わせて頷き合う。そのタイミングを待っていたとでも言わんばかりに、UnicornがクーゴのGNフラッグ目がけてビームガトリングを撃ち放つ。攻撃の雨あられを縫うように、2機のGNフラッグは飛び回った。

 但し、クーゴとグラハムの飛び回る方向は真逆である。Unicornはほんの一瞬、迷うように動きを止めた。そこ目がけて、2機のGNフラッグはライフルを撃ち返した。グラハムのGNフラッグが牽制を、クーゴのGNフラッグがUnicornの武装に狙いを定める。

 Unicornが回避行動を行ったのとほぼ同じタイミングで、クーゴは武器を持ちかえた。ガーベラストレートの長さを、一気に50mへ伸ばして切りかかる! 不意打ち同然であったのだが、Unicornは寸でのところで回避に成功する。しかし代償として、右脚が切断された。

 

 攻撃を喰らったのが予想外だったのだろう。途端に、Unicornに怒りと憎しみの色が《視えた》。今度はガトリングガンではなく、スナイパーライフルを構える。赤い粒子が充填され、クーゴのGNフラッグ目がけて降り注いだ!

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 クーゴはガーベラストレートを振りかぶる。勢いそのまま、一太刀叩きこんだ!

 放たれた一撃ごと、Unicornの持つスナイパーライフルの半分が真っ二つになる。

 搭乗していたパイロットが息を飲む音が《聴こえる》。Unicornの動きが止まった。

 

 

「今だ、行け!」

 

「感謝する! ――死ぬなよ!」

 

 

 クーゴの言葉に従って、グラハムのGNフラッグは急加速した。赤い光と共に、GNフラッグの機体が宇宙の闇へと消えていく。その背中を見送った後、クーゴはUnicornへ向き直った。

 UnicornはグラハムのGNフラッグになど見向きもしない。<憎い>と、蒼海の声が《聴こえた》ような気がした。使えなくなったスナイパーライフルを投げ捨て、再びバズーカを連射する。

 

 降り注ぐ散弾の雨あられをガーベラストレートで薙ぎ払う。Unicornはしばらくバズーカを撃ち放っていたが、弾が切れた様子だった。蒼海が舌打する音が《聴こえた》後、ビームトンファーを振りかざして突っ込んできた。

 

 攻撃を回避しようとした刹那、ぞっとするような寒気を感じた。Unicornの機体が赤く発光し、間接部分の光がさらに強くなったように思う。

 ひ、と、少年が引きつったような声を上げた。コックピット内部でDANGERマークがけたたましく輝いているのが《視えて》、クーゴは息を飲む。

 高速戦闘。Unicornに元々搭載されていたシステムと、疑似太陽炉に搭載したシステムを組み合わせることで、数倍以上の機体性能を引き出そうとしているのだ。

 

 だが、高速戦闘のシステムを2つ取り入れるためには、機体の強度を強化するだけでなく、パイロットへの負荷を軽くするようなシステムや構造を取り入れなければならない。

 にもかかわらず、コックピット内でDENGERマークがけたたましく鳴り響いているということは――搭乗者にも、命の危険があるということだ。少年が愕然としている様子が《視えた》。

 

 

<お母さんは、僕を殺すつもりなの……?>

 

 

 絶望と悲哀に満ちた黒い瞳は、虚空を見ていた。少年の視線の先に、蒼海がいるのだろう。

 

 

<ぼくは、いらない子どもだから?>

 

 

 か細い声が《聴こえる》。ああ、と、少年は納得したように、寂しそうな笑みを浮かべた。諦めの影がちらつく。

 

 

<ぼくは、出来損ないだから、いらないんだ――>

 

 

 次の瞬間、少年の声が途切れ、Unicornが視界から消えた。レーダーに映し出された機影がでたらめな動きを披露する。前を向いたら、UnicornがGNフラッグの目と鼻の先に来ていた。反射的に操縦桿を動かす。

 何が起きたのかわからなかった。肩に一太刀浴びせられ、追撃とばかりにUnicornが二刀流のビームトンファーを振り上げる。間一髪、ガーベラストレートで受け止めた。鍔迫り合いをする間もなく、GNフラッグが弾き飛ばされてしまう。

 

 クーゴは思わず呻いた。赤い残像がGNフラッグを嬲り者にせんと襲い掛かってきた!

 反撃はおろか、回避も防御も間に合わない。自分に待ち受ける運命は――死だ。

 どんなにそれを否定しても、逃れようのない現実が迫る。すべてがスローモーションのように思えた。

 

 少年の声は、ない。戦いたくないという叫び声がふつりと途切れる。命の灯火が、吹き消されそうになっているのだ。クーゴも、少年も。

 

 このまま消されてしまう運命を、受け入れる? ――冗談ではない。クーゴも少年も、蒼海の玩具ではないのだ。気に入らないから処分されるなんて、真っ平ごめん被る。

 不意に、Unicornのコックピット内部が《視えた》。機体のGに耐えきれず、気を失った少年の顔は苦悶に歪んでいる。どうにもならない運命に対する諦めと絶望に打ちひしがれていた。

 

 まだ10にも満たない子どもが浮かべるような顔ではない。そんな彼を見返す蒼海の眼差しは、どこまでも冷たかった。

 

 

「ふざけるな」

 

 

 Unicornが接近してくる。クーゴは操縦桿を握り締めた。

 

 

「ふざけるなよ」

 

 

 Unicornがビームトンファーを振りかざしながら接近する。クーゴは前を向いた。

 

 

「それが、母親の――人間のすることかっ!!」

 

 

 Unicornのビームトンファーが眼前に迫る。クーゴは、勢いよく操縦桿を動かした。

 クーゴの感情に呼応するかのように、青い光が派手に輝いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 アレハンドロ・コーナーの野望――アルヴァトーレを滅多刺しにしたのは、刹那・F・セイエイ――ガンダムエクシアの実体剣であった。

 

 機体のあちこちから小規模の爆発が起きる。エクシアは自身の勝利を確信したためか、そのまま距離を取った。

 実体剣を引き抜かれたことで、機体はそのまま無重力空間を漂う。死に絶えたモニターでは、エクシアとの距離を測ることは叶わないだろう。

 

 モニター画面に真一文字の裂傷が走る。アルヴァトーレのパイロットは満身創痍でいた。

 黄金のパイロットスーツは血で汚れ、口の端からも血を流している。胸部に破片が突き刺さったためだ。

 痛みに呻く男へ通信が入った。映し出されたのは、ペールグリーンの髪と紫の瞳を持つ少年――リボンズ・アルマークである。

 

 

「リボンズ……」

 

 

 アレハンドロは弱々しく彼の名を呼んだ。天使に縋りつくような声に対し、リボンズは人形のように綺麗な愛想笑いを浮かべて奴を見返している。

 

 

「アレハンドロ・コーナー、貴方はいい道化でしたよ」

 

「何……!?」

 

 

 唐突に告げられた言葉の意味が理解できず、アレハンドロは問い返した。リボンズは相変わらず静かな顔をしたまま、淡々と語り続ける。

 

 

「自分が最初から踊らされていたことに気づいていない。自分が世界を動かしているのだと信じて疑わない。……そんなんだから、貴方は『イオリア・シュヘンベルグとその仲間(あのひとたち)』が“未来のために”打っておいた布石に敗北したんだ」

 

「……貴様、まさか、最初からこのつもりで……!」

 

 

 リボンズの物言いから、アレハンドロは大体を察したのだろう。

 自分の前に降り立ったのは天使ではなく、自分を野心を粛清するために送り込まれた死神だったのだと。

 

 

「よくも……よくも、コーナー家の悲願を……ッ!!」

 

「たかだか200年弱の話だろう? 僕も人のことは言えないけどさ、そんな物言いだから『器量が小さい』って言われるんだよ。(ワン)留美(リューミン)やアオミ・ハガネも、裏で指さしてほくそ笑んでたし。今頃、どこかで『予定調和だ。世界の行く末は私たちのもの』って笑ってるかもよ?」

 

「あ、あの女どもめ……!」

 

 

 リボンズは尾ひれを付けたうえで、さらりと告げ口した。アレハンドロが大きく目を見開き、忌々しそうに歯噛みする。格下だと思っていた共犯者たちに馬鹿にされていたことが相当腹立たしかったと見えた。

 女たちへの怒りを湧き上がらせていたアレハンドロがモニターから視線を外す。図らずとも、それと同じタイミングで、リボンズはモニターから視線を外した。紫苑の眼差しは虚空へ――もう二度と会えない相手へ向けられている。

 

 

「……こんなことなら、彼が眠りにつく前に、恥ずかしがらず『お父さん』と呼べばよかったなぁ」

 

 

 彼の言葉に、アレハンドロが血相変えてモニターへ向き直った。驚愕に歪んだ顔が、見る見るうちに真っ青になっていく。

 青年(リボンズ)仇敵(イオリア)の間にある、繋がりの意味を知ったためだ。リボンズもまた、イオリアの申し子だった。

 しかも、イオリア・シュヘンベルグに一番近い場所にいて、この瞬間が訪れるのを待っていたのだから。

 

「あの男の……イオリア・シュヘンベルクの、敵討ちのつもりか……!?」

 

「そんなことやったら、『お父さん』(イオリア)が呆れ果てるよ。『そんなどうでもいいことで長い時間かけてどうするんだ。もう少し別なことに時間を使いなさい』って」

 

「ど……ッ!?」

 

 

 忌々しい相手に切って捨てられるほど、アレハンドロ・コーナーという男は価値のない存在でしかなかった――その事実に、アレハンドロが目を剥く。

 

 

「それに、世の中には、『貴方を討ち果たす』という宿願(ひがん)のために長い時間をかけた人がいるからね。……“彼”の方が、貴方を打つに相応しい」

 

「“彼”……!?」

 

「キミがアルヴァアロンおよびアルヴァトーレを設計開発する際の下地は、“ライヒヴァイン家の長男(かれ)が遺したデータ”を接収したものだろう?」

 

「まさか……テオドア・ユスト・ライヒヴァインか!?」

 

 

 アレハンドロが大きく目を見開いた。現在進行形でコーナー家がもみ消し続けたことを、リボンズが知っていたためである。

 それだけではない。彼の発言から、もうすぐ訪れる死刑執行人が“ライヒヴァイン家の生き残り”であることを悟ったためだ。

 

 

「バカな! 今生きていれば、そいつは80歳近くの老人だ!」

 

「僕の“同胞”だからね。人間とは違って、かなり若作りな見た目をしているよ。……気づかなかったのかい? 彼ならずっと、貴方の傍にいたじゃないか」

 

 

 追い打ちとばかりに、リボンズは付け加えた。死刑執行人は、アレハンドロの身近にずっとひそみ、その瞬間を待ち続けていたということを。

 

 

「今は、『ノブレス・アム』という名前を名乗っているよ。ちょっと前までは『テオ・マイヤー』だったかな」

 

 

 すっとぼけたような口調で笑うリボンズの様子に、アレハンドロはぞっとしたような表情を浮かべた。自分がこき使っていた男が死刑執行人だと知ったのだから、恐怖も強くなるだろう。

 そのタイミングを待っていたかのように、死に絶えたはずのアルヴァトーレの機材関係が再起動した。敵影が表示される。カメラに映し出されたのは、いつか見た異端審問官。先祖が強奪した彼の資料を読み漁っていたアレハンドロには見覚えがあろう。

 モニターに映し出されたのは、斜陽を思わせるようなクロームオレンジにマルベリーのアーモンドアイの青年だった。普段のような営業スマイルではなく、ゾッとする程冷たい眼差しをアレハンドロに向けている。明らかな敵意と殺意を持って、だ。

 

 

「僕はね、ずっと楽しみにしていたんですよ。貴方を堂々と叩き潰せる、この瞬間を!」

 

 

 ノブレスは表情を変えずにそう告げた。

 

 

「はじめましてこんにちわ。……そして、永遠にさようなら」

 

 

 すべては、この瞬間のために。

 

 アレハンドロの顔が醜悪に歪む。

 怒りか、恐怖か、悲しみかはわからないが。

 

 

「き……」

 

 

 モニターに映るガンダムが、数多のファンネルを展開した。そちらには目もくれず、アレハンドロはリボンズとノブレスを画面越しから睨みつける。

 

 

「貴様らァァァァァァッ!!」

 

 

 アレハンドロがモニターを殴ったのと、ファンネルがアルヴァアロンに突き刺さったのと、その端を青い光が横ぎったのは、ほぼ同時だった。

 奴の視界は、真っ白な光に覆いつくされる。そして――

 

 

 

 

 

 

 ――男は意味が分からないと言いたげに、こちらを見上げていた。

 

 上も下も右も左もない、真っ白な世界。そこに佇むのは、金ぴかのパイロットスーツを着たアレハンドロと、黒髪をお団子に束ねた女性だけだ。

 女性が恐ろしい笑みを浮かべていることに気づいたアレハンドロは、頭の上に大量の疑問符を浮かべる。問いたいことが沢山ありすぎて、どうすればいいのか分からない様子だった。

 でも、教える必要なんてないし、教えなければいけないこともない。女性は笑みを崩さぬまま、アレハンドロの胸倉を引っ掴んだ。潰れた蛙ような悲鳴が耳をかすめたけれど、どうでもいい。

 

 

「お、お前は誰だ!?」

 

「――誰かって?」

 

 

 咽ながら問いかけてきたアレハンドロに対し、女性はニタリと笑みを深くする。

 

 

「イオリア・シュヘンベルグの計画を乗っ取るために、様々な調査をしてきたんでしょう? なら、私のことも、当然調べてるはずよ」

 

 

 「この顔に見覚えは?」――問いながら、女性はずいっと顔を近づけた。アレハンドロが女性の顔を凝視する。間近で見つめたことで思い出したことがあったようで、アレハンドロの顔がみるみる真っ青になっていく。

 イオリア・シュヘンベルグを調べると、必ず“イオリアの妻”に行き当たる。そこまでは当然のことだった。だが、その人物と瓜二つの女性が目の前にいて、「私は200年前に存在していた男の妻です」なんて仄めかしたら、どうだろう。

 

 

「そんなバカな! “イオリアの妻”がコールドスリープで眠りについた記録も、目覚めた記録も存在していない!!」

 

「そうだね。私は眠っていないよ。現在進行形で、200年間生き続けてきた」

 

「あり得ない……! 人間の寿命は精々100年が限度だ。しかも、老衰もしていないなんて……!」

 

「正直に言うと、私の年齢は200歳なんて軽く超えてる。リボンズの言う“同胞”は、アンタが思っているものとは別のものを指してるけどね」

 

「何……!?」

 

「はい、このお話はここでおしまい」

 

 

 女性は強制的に話をぶった切り、胸倉から手を離す。ぱんぱんと手を叩いた女性に、アレハンドロは畏怖の感情を向けてきた。

 何か質問しようとしていたその口を封じ込めるように、再び顔を近づける。鳶色の瞳は恐怖に打ち震えていた。

 

 

「どのみち、アンタは死ぬから。つーか、今、意識が『死ぬ』直前?」

 

 

 あっけらかんとした女性の言葉に、アレハンドロは目を剥いた。

 

 

「まあ、そのまま気持ちよく死んでもらうのは、夫を殺された妻からしてみりゃ『腹立たしいことこの上ない』もの。アンタを打つのはノブレスに任せてるからね。……(イオリア)は『こんな無駄なことに時間を費やすな』って怒るかもだけど、私だってヒトの子だし?」

 

 

 あはは、と、女性は笑った。記憶の中で呆れた夫に対して謝罪するかのような、申し訳なさを含ませて。

 イオリアが肩をすくめたのを確認し、女性は一瞬、表情を完全に消し去る。――そうして、笑った。

 怒りを、憎しみを、殺意を、それらすべてをごちゃまぜにしたような、歪んだ笑みを浮かべてみせる。

 

 アレハンドロの顔は恐怖に戦いていた。自分に待っている運命を、なんとなく察したためだろう。

 長らく使っていなかった牙であるが、自分でも驚くほど研ぎ澄まされているようだった。

 

 

「うん、だからさ」

 

 

 そして、女性は終わりを告げる。

 

 

「――楽に死ねると思うなよ」

 

 

 

 

 

 

「……終わった」

 

 

 ノブレス・アム――本名、テオドア・ユスト・ライヒヴァインは深々と息を吐いた。

 

 爆散するアルヴァトーレを確認し、ベルナールは踵を返す。使命と復讐を成し遂げた今、充実感よりも区切りがついたという気持ちの方が大きかった。同時に、「これから」という単語が、より重く、ノブレス/テオドアにのしかかってくる。でも、それは苦ではない。新たな始まりの一歩となる。

 『テオ・マイヤー』は残りの新曲を発表して引退し、表舞台から完全に消える段取りとなっている。『ノブレス・アム』は、もしかしたらまた使うことがありそうなので保留にしておくつもりだ。『テオドア・ユスト・ライヒヴァイン』は死んだ人間なので、表に出すとなると苦労しそうだった。

 

 そんな未来(ゆめ)を描いていたとき、レーダーが何かを捕らえた。

 何とも言えない寒気を感じ、ノブレス/テオドアが顔を上げる。

 刹那、宇宙の闇を焼き尽くさんばかりの勢いで、巨大な“爪”が迫ってきた!

 

 

「ッ――!?」

 

 

 慌てて操縦桿を動かす。有線式のアームクローをスレスレで回避し、ノブレスは攻撃してきた相手を見上げる。

 毒々しい紫が目に痛い機体だった。MSというより、MAと呼んだ方がいいデザイン。楕円形だったアルヴァアロンとは違い、翼を広げた鳥のような外観だ。

 

 

<お前はいらない>

 

 

 女の《聲》がする。明確な殺意を抱いたその《聲》には、聞き覚えがあった。アレハンドロや留美(リューミン)と共にいた女――アオミ・ハガネ。

 

 

<私の世界に、お前はいらない>

 

 

 宇宙の闇に、紫色の光がぎょろりと浮かぶ。まるで、複数の目を持つ化け物のようだ。強い殺意を持って、あの機体のパイロットはガンダムベルナール――あるいは、ノブレス/テオドアを狙っているのだ。

 今の自分では、あのMAを迎え撃つことは不可能だ。機体性能差云々の理屈ではなく、ミュウの持つ能力が直感的に告げている。ノブレス/テオドアは操縦桿を動かそうとし――次の瞬間、大量の光が降り注いだ!

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 周囲を見回す。ZEXISは異形(イマージュ)たちによって取り囲まれていた。混沌めいた戦場を何とかするため、ZEXISは突破口を切り開こうと奮戦している。この場の切り札となり得そうなのは、ZEXISの中で誰よりも進軍している機体――名前は確かニルヴァーシュと言ったか――であった。

 <疑似太陽炉搭載型のフラッグが近づいてきている>と叫ぶオペレーターの声が《聴こえる》。女性の声は驚きと緊張を帯びていた。ZEXISの面々が驚くのも無理はない。『太陽炉搭載の機体は“夜明けの鐘作戦(オペレーション・デイブレイク)”に投入されたジンクスだけ』だとされていたためだ。

 ……いや、彼らの情報網は“提供された太陽炉の台数と作戦に参加していた太陽炉搭載型の機体数が一致していなかった”ことを知っていたようだ。誰かが「太陽炉搭載型の機体と提供された太陽炉の数が一致していなかった」ことを話題に上げる。足りなかった数は2つ/2機。その答えが、クーゴとグラハムの駆るGNフラッグだった。

 

 まさか“既存の機体に疑似太陽炉を取り付ける”なんて荒業をやってのける人間がいるとは思わなかったらしい。ついでに、その機体を駆って“イマージュと戦うZEXISたちの元へ乱入してくる”奴がいるとも。

 グラハムのGNフラッグは、ニルヴァーシュの背後から遠距離攻撃をしようとしたイマージュをビームサーベルで一刀両断した。その勢いのまま、刹那のガンダムに突っ込んできたイマージュにライフルをお見舞いする。異形は悲鳴を上げて体液をまき散らし、朽ちていった。

 

 振り返ったGNフラッグのカメラアイは、ニルヴァーシュをガン無視して刹那のガンダムに向けられる。……蛇足であるが、ニルヴァーシュの背後にいたイマージュは、刹那のガンダムに遠距離攻撃を仕掛けようとした個体だった。

 

 

「会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!」

 

 

 突然現れた乱入者(じぶんたち)の存在に、ZEXISの面々やイマージュたちが驚いた様子を見せる。誰がどう見ても場違いだ。クーゴも同じことを思った身故、面々の気持ちはよくわかっていた。

 『お前ら一体何しに来た』と面々の眼差しが訴える。敵対していた彼らは、そちらの意味で一致団結した様子だった。特に刹那/白と青基調のガンダムは、ぽかんとグラハム/GNフラッグを見上げている。

 

 

「やはり、私とキミは運命の赤い糸で結ばれていたようだな、少女!」

 

 

 グラハムは不適な笑みを浮かべた。

 

 しかし、クーゴは知っている。彼が運命だと語っていることの大半が、彼の実力によって手に入れたものだ。言い方を変えれば、意図的に、途方もない手段を使ったということを意味していた。

 クーゴもグラハムの巻き添えを食ったクチであるが、最終的に「彼と共に、ZEXISとイマージュたちの決戦場へ赴く」ことを選択したのはクーゴ自身である。だから、自分は何かを発現できる立場ではなかった。苦笑するにとどめておく。

 

 

ユニオンのフラッグファイター(グラハム・エーカー)……!」

 

「本当は、もっと早くここに到着する予定だったが、予期せぬ事態が起こってしまってね」

 

 

 グラハムは困ったような笑みを浮かべた。予期せぬ事態というのは、少し前にクーゴたちの前に立ちはだかったUnicornのことを指しているのだろう。確かに、Unicornの乱入は予定外だった。パイロットの意志に反して、機体を遠隔操作する――思い出すだけで頭にくる。

 イマージュとの最終決戦が終わって、他の問題を片付けて、全てにひと段落ついたなら、次は蒼海を問い詰める番だ。脳裏に浮かんだのは、冷たい眼差しでこちらを見返す蒼海の姿だった。普段はどうしても萎縮してしまうが、今回は睨み返すことができた。あとは、それを本人にやれれば完璧である。

 

 

「あいつら、一体何しに来たんだ……!?」

 

「心配しなくても大丈夫だよアレルヤ。少なくとも、今はね」

 

 

 白と橙基調のガンダムを駆るパイロットが不安そうに眉をひそめる。しかし、それをやんわりと黙らせたのはイデアだった。

 アレルヤと呼ばれた青年が不安そうにしているのが《視える》。彼らの不安は最もだが、自分たちはZEXISの邪魔をしに来たのではない。

 「塩を贈りに来た」、と言えば、日本人ではない/日本文化に詳しくない者たちが首を傾げる。

 

 

「戦国時代、とある武将が宿敵を助けるために援助をしたそうだ。『宿敵とは、ちゃんとした形で決着をつけたいから』ってな」

 

 

 そういうことだとクーゴが笑えば、グラハムも大仰に頷いた。

 

 

「そのためにも、刹那。キミには――ZEXISのキミたちには、生き残ってもらわなければ困る。……キミと私の関係は、まだ何も終わっていないのだから」

 

 

 翠緑の瞳は、どこまでも優しく細められる。宝玉のようなそれは、溢れんばかりの愛おしさに満ち溢れていた。

 

 

「……そう。この気持ち、まさしく愛だ!!」

 

「愛!?」

「愛ィ!?」

 

 

 次の瞬間、グラハムは斜め上にかっ飛んだ発言をしてくれた。発言の前後に脈絡を感じないのだが、言い放った当人は大真面目である。グラハム・エーカーという男は昔からそういう奴であった。反射的に、刹那とクーゴがオウム返ししてしまう。

 刹那の顔は真っ赤だった。それにつられたかのように、周辺がざわめき始めた。特に、ニルヴァーシュに搭乗する少女が困惑した表情を浮かべる。だが、残念ながら、流石のクーゴでもフォローやリカバリのしようがなかった。

 そこへ、レーダーが更なる乱入者の到来を告げる。現れたのは、303と呼ばれる機体だった。どうやら、ニルヴァーシュのパイロット2人にとっての因縁の相手らしい。男は少女を使い、世界崩壊の引き金を引こうとしている様子だった。

 

 少年少女は、男と戦う道を選択した。その様子を見つめていたグラハムは、ふっと遠くを見つめるような表情を浮かべる。

 

 

「彼はわかっているんだな。愛を超越した憎しみの意味を」

 

「……そうだな。『エゴまみれの人間である』という点では、俺たちも似たようなものじゃないか」

 

 

 クーゴは自嘲して肩をすくめた。グラハムとクーゴもまた、自分たちのエゴでこの場所に立っている。私情を挟んだ身勝手な行動に、イマージュはさぞかし幻滅したことだろう。

 これで生き残れたとしても、帰還すれば、次は始末書の山が待っていることは明らかだ。ヘタすれば、決着をつけられない状況に陥る可能性もある。

 それでも、クーゴとグラハムは動かずにはいられなかった。ZEXISの元へ、駆けつけずにはいられなかったのだ。彼らには――刹那やイデアたちには、大きな借りがある。

 

 不意に、通信が入った。

 声の主は――イデア・クピディターズ。

 

 

「でも、そのエゴによって、救われた人間がいたのは事実ですよ」

 

「イデア……」

 

「世界中の人間がエゴだと非難しても、貴方たちが一生懸命頑張っていること、私は知ってます」

 

「……ありがとう」

 

 

 またひとつ、貸しができてしまった。クーゴはゆるりと笑みを浮かべたが、即座にイマージュの群れへと向き直る。そのタイミングに合わせたかのように、クーゴのGNフラッグの隣にイデアのガンダムが並んだ。

 向うでは、グラハムのGNフラッグが刹那の駆るガンダムと共にイマージュを撃退している様子が伺えた。ならば、と、クーゴは操縦桿を動かす。弾かれたように動き出したフラッグとガンダムの、コンビネーションアタックが炸裂した。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 青が爆ぜる。命の輝きにも似た光を纏い、クーゴが乗ったGNフラッグは宇宙(そら)を切り裂くように飛び回る。

 赤い光を纏ったUnicornを翻弄するほどの速さで、青い光は不規則な機動を描いた。否、完全に、凌駕したと言っても過言ではない。

 

 

「おおおおおおッ!!」

 

 

 GNフラッグは躊躇うことなくガーベラストレートとタイガー・ピアスを振るう。バズーカが真っ二つにされ、頭部のバルカンを突き壊され、ビームトンファーは持っていた腕ごと斬り飛ばされ――武装をすべて無力化させられたUnicornが沈黙する。

 

 今、自分/GNフラッグに何が起こったのか、クーゴにはよくわからない。しかし、今なら――Unicornを止めることができると確信していた。

 不意に、Unicornの機体に紫電が爆ぜる。機体が爆発する前兆だ。このままだと、搭乗している少年の命が危ない。クーゴは反射的に手を伸ばした。

 少年の瞳が薄らと開き、クーゴに視線を向けてくる。弱々しい手がこちらに伸ばされた。少年の手を掴み、思い切り引っ張る!

 

 

「システム、全停止」

 

 

 機械の合成音声が響く。同時に、どこかで何かが切れる音がした。

 

 Unicornは白い煙を吹きあげながら宇宙(そら)を漂う。

 クーゴのGNフラッグはそれを引っ張り上げた。

 

 

「Unicornのパイロット、聞こえるか?」

 

 

 通信を開き、パイロットに呼びかける。少年は小さく呻いて瞳を開けた。黒い瞳はぼんやりとクーゴを見返していた。

 

 

「……誰?」

 

 

 弱々しい声だが、まともに話せるようなので大丈夫らしい。クーゴはほっと息をついた。

 

 

「国連軍所属の、クーゴ・ハガネだ」

 

「ハガネ……? お母さんと、同じ……」

 

 

 少年の言葉に、思わずクーゴは眉をひそめた。やはり、というべきか。

 不意に、モニターに映し出された少年が安堵した笑みを浮かべる。

 

 

「よかった。ぼく、殺さなくて済んだんだ」

 

 

 齢10歳未満の子どもが浮かべるには、あまりにも不釣り合いな微笑だった。沢山の絶望や悲しみの中から、やっと光を見つけ出したような儚い微笑み。

 姉は――蒼海は、自分の子どもになんて顔をさせるのだろう。姉への怒りを燃やすクーゴの心情を察知したのか、少年は「違います」と声を張り上げる。

 

 

「お母さんは悪くない。殺したくないってわがままを言ったぼくが悪いんだ。出来損ないのぼくが悪いんだ」

 

「そんなことはない!」

 

 

 だから、要らない子だと言われても仕方がない――その先の言葉を聞きたくなくて、クーゴは声を張り上げた。少年は驚いたように目を見開き、言葉を止める。

 

 少年の考えが間違っているとは思わない。人を殺したくないと願うのは、人間として当然のことだ。人殺しを生業とする(軍属の)人間が何を、と言われるかもしれないが、クーゴはそう思っている。殺さずに済むなら、そうするに越したことはないのだ。それが叶わないから、クーゴのような軍人は銃の引き金に手をかける。

 自分の意志を貫くというのは、簡単なようで非常に難しい。誰かを殺したくないという願いは、一歩間違えれば「自分が殺される」可能性の裏返しにもなりかねない。そうなったとき、自分が助かり相手を殺すかその逆かを迫られる。どちらか片方を、選ばなくてはならないときがあるのだ。大人でさえ、自分か他人かで悩むというのに。

 子どもが考えるには、あまりにも重すぎる。成長するにつれて少しづつ学んでいくであろう命題を、答えを出すにしても長い時間がかかる命題を、迷い悩む時間も与えずに「即決しろ」と蒼海は言うのだ。本人の意思に関係なく、そうしなければならない環境に放り込むことも、クーゴには納得できないことであった。

 

 

「キミのそれは、わがままなんかじゃない。人として当然の想いだ。……それを蔑ろにする、あの人がおかしいんだ」

 

 

 人として当然、という言葉に、少年は目を見開く。

 自分は間違っていないのか、と、彼は問いかけているようだった。

 

 クーゴは微笑み、頷く。

 

 

「キミは何も、間違ってない。キミは自分の考えを持って、それを貫こうと頑張っていた」

 

 

 ユニオン基地を強襲したときも、彼の乗っていたガンダムだけは、フラッグに対して襲いかかろうとはしなかった。威嚇射撃と攻撃の回避を集中して行っていた。そして、結果的にだが、ハワードの生還に協力してくれたのだ。

 少年は、沢山悩んできたのだと思う。蒼海や他のガンダムパイロットたちから否定され、馬鹿にされ、それでも必死になって自分の意志を貫こうとしていた。人を殺したくないという想いを貫きつつ、蒼海に認めてもらいたいと願っていた。

 まるで誰かの――嘗てのクーゴや蒼海の焼き直しだ。クーゴは蒼海のことを認めてもらいたいと願っていたし、蒼海も自分のことを認めてほしいと頑張っていた。認めてもらえないことの悔しさや悲しみは、誰よりも自分たちが知っていたことだったのに。

 

 

「だから、キミは出来損ないなんかじゃない。要らない子なんかじゃない。優しくて、立派な人間だよ」

 

「ぼく……ぼくは……」

 

「偉いよ。よく頑張った。……だから、もういい。殺さなくていいんだよ」

 

 

 モニター越しに浮かんだ少年の顔が、くしゃりと歪む。黒の瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

 

 沢山、否定されてきたのだろう。誰一人として、少年の考えを肯定しなかった。だから、彼は自己否定的だったのかもしれない。ついでに言うなら、少年の言動は、虐待を受けた子どものそれであった。

 どんなに理不尽なことがあろうとも、「間違っているのは自分。自分がダメな子だから」と無理矢理納得させて、虐待している親を庇う――そんな話を連想させるようだった。酷く、胸が痛む。

 

 自分の子どもに、自分が味わった苦しみを課す――そんなの、おかしい。因果は自身の代で断ち切るべきではないのか。

 言いたいことは数あれど、それを少年にぶつけるのは筋違いと言うものだ。蒼海の後ろ姿が脳裏にちらつく。

 この戦いは、絶対に生きて帰らなくては。モニターに映る少年を『撫で』ながら、クーゴはひそかに決意を固める。

 

 

「救難信号は使えるか?」

 

「予備のエネルギーを使えば、多分……」

 

「よし。じゃあ、キミは助けを求めるんだ。いいね?」

 

 

 クーゴの言葉に、少年は不安げに目を伏せた。どうしたのかと問う間もなく、彼はすぐに顔を上げて頷いた。

 予備電源が動いたようで、機体のカメラアイが淡く輝く。それを確認し、クーゴはUnicornの傍を離れた。

 

 救難信号さえ送れれば、国連軍の救助隊がこの宇宙域にやって来るだろう。そうすれば、この少年は助け出されるはずだ。クーゴは操縦桿を動かし、先を急ぐ。

 

 先の戦闘のせいか、GNフラッグは損傷していた。肩の装甲は剥がれ、各関節部からは小さく火花が飛び散っている。これから戦いが待っているというのに、機体の状態は万全とは言い難い。

 機体はボロボロで、しかも完全に遅刻である。イデアが怒っていそうだ、なんてバカなことを考えたけれど、彼女なら笑って許してくれそうな気がしなくもない。クーゴはひっそり苦笑しながら、宇宙(そら)を突き進んだ。

 グラハムのように「ここに行けば運命が(以下略)」ではないけれど、どこへ行けばいいのかは薄らとわかる気がする。イデアとの決着、あるいはグラハムと刹那の行く末を見届けるには、このまま突き進めばいい、と。

 

 

(まっすぐ、まっすぐ。ただひたすらに)

 

 

 思い描く明日へ向かって、クーゴは操縦桿を動かした。

 

 

『会いたかった……! 会いたかったぞ、ガンダムゥゥゥ!!』

 

 

 ――不意に。

 

 脳裏に浮かんだのは、いつか見た虚憶(きょおく)

 聞き覚えのある、男の声。見覚えのある、ユニオンのフラッグ。

 パイロットは――ユニオンのトップガン、“空の貴公子”グラハム・エーカー。

 

 

『いたか、我が愛しのガンダムよ!』

 

 

 フラッグは、ソレスタルビーイングのガンダムに向かって突進する。この場には、他にもガンダムと銘打たれた機体が存在しているのにだ。

 いいや。グラハム・エーカーにとっては、本当の意味で『愛しのガンダム』と呼べるものは、この機体だけだった。

 

 

『どれだけのガンダムが現れようと、私の心を射止めたのはキミ……。美しき光と共に、我が眼前に降り立ったキミだ!!』

 

 

 あまりにも単純明快な理由。しかし、グラハムにとっては、それこそがすべてである。

 同名の機体にふらふらしたのは、愛しのガンダムと呼べるこの青い機体が、彼が駆ける戦場にいなかったからだ。

 『彼、メロメロなんですよ』とはビリーの台詞だった。メロメロという単語で表現していいものではなさそうだが。

 

 戦場は変わる。砂漠の中から、大気圏内へと。

 

 イマージュの群れが牙を剥く。エゴまみれの人間に愛想を尽かし、彼らは侵攻を開始していた。ZEXISがそれを倒し、レントンとエウレカの道を切り開こうとしている。

 そこへ乱入したのはやはりフラッグだった。ガンダムと対抗できるカスタマイズを受けたGNフラッグが、ZEXISに攻撃を仕掛ける。

 

 指揮官機の狙いはただ1機。グラハムが恋い焦がれた、“愛しのガンダム”だ。

 

 そして、パイロットは盛大に宣言する。

 彼がガンダムに焦がれた理由を。

 ついに理解した、執着の答えを。

 

 

『この気持ち、まさしく愛だ!』

 

『愛……!?』

 

『愛ィ!?』

 

 

 そんな言葉が飛び出してくるなんて、誰が予想できるか。超展開にも程がある。

 味方からもこんな反応をされているというのに、フラッグのパイロットは本気らしい。言葉を続ける。

 

 

『だが愛を超越すれば、それは憎しみとなる! 行き過ぎた信仰が内紛を誘発するように!』

 

 

 おかしい。もうこの時点で何かがおかしい。何がおかしいのか説明できないが、はっきりとそう断言できた。

 グラハムと同じGNフラッグを駆るパイロットは、愕然と相棒の姿を眺めている。ついに恐れていた事態が起きた。

 薄々感づいていたのに。彼の副官として傍にいたというのに。自分は、その姿を眺めていることしかできなかったのだ。

 

 ZEXISとは一時休戦したはずなのに、グラハムは戦いをやめようとは思わなかった。そんな彼を心配して、自分はここまで来た。

 ガンダムを駆る刹那たちが問う。『もう終わったはずなのに』と。思うところが無いわけではないが、自分もそう考えていた。だが。

 

 

『まだ何も終わっていない! 私とキミとの関係は!』

 

 

 グラハムはそう叫ぶなり、攻撃態勢に入る。

 

 副官が彼の名前を呼んだが、彼はもう振り返らなかった。『愛しのガンダム』と刹那へ向かって突き進む。

 それを間近で目にしたエウレカが身を震わせている。文字通り“ドン引き”していた。彼女の傍に居たレントンがエウレカを励ます。

 こちらも同じ気持ちなのだが、エウレカとは違って励ましてくれる相手などいない。彼を止められない、出来損ないの副官には相応しい末路だろう。

 

 しかし、もう1機の乱入者が現れる。それに伴い、彼の進軍は止まった。

 そちらはエウレカとレントンの関係者のようだ。どうやら、イマージュが暴れる理由と世界滅亡の鍵はエウレカと関わっているらしい。

 

 男の誘いを蹴り、彼と戦う。愛する少女(エウレカ)のために少年(レントン)は決断した。

 

 レントンはエウレカを守り、エウレカはレントンを信じる――若い2人が育む愛に、副官は胸を痛めた。

 本当ならば。若者たちと形は違えども、グラハムもそんな風に刹那を想うはずだったのに。想っていたはずだったのに。

 何を間違ってしまったのか、どうすればいいのかさえ、もうわからない。ハンプティ・ダンプティ。マザーグースの歌が頭を駆ける。

 

 

『彼はわかってるよ。愛を超越した憎しみの意味を』

 

『貴様もエゴに囚われた人間か……!』

 

 

 噛みしめるようにグラハムは言った。刹那は険しい表情で彼を見返す。

 

 『ならばどうする』とグラハムは問うた。『お前を討つ』と刹那は答えた。

 『それでこそだ』と彼は笑った。『それは間違ってる』と副官は言えなかった。

 

 レントンとエウレカが男と激突する。それとほぼ同じタイミングで、グラハムと刹那も戦いを始めた。

 

 

『貴様は歪んでいる!』

 

『そうしたのはキミだ! ガンダムという存在だ!』

 

 

 その言葉に、刹那はひどく傷ついた顔をした。変わり果ててしまったグラハムの姿に、赤銅色の瞳が悲しげに揺れる。

 いつも――本人曰く――愛の力で彼女の変化に目ざとく気付いていたのに、彼はもう、彼女の感情など見ようともしなかった。

 いいや、違う。変わってしまったグラハムにはもう気づけないのだ。ガンダムを見ているが故に、刹那の心に気づけなくなっている。

 

 グラハムの頭の中にあるのは、“ガンダムを倒す”という決意と意志。

 もう、それだけだ。それだけが、彼をこの凶行(きょうこう)に突き動かす。

 

 『だから自分は戦うのだ』とグラハムは叫んだ。『お前も世界の一部だろうに』と刹那は問う。

 『ならばそれは世界の意志だ』とグラハムは返した。『違う』と刹那はグラハムの歪みを断じる。

 『その歪みを自分が断ち切る』と刹那は宣言した。『よく言った』とグラハムは笑った。

 

 こんなの間違ってる、と、副官は呟いた。その言葉は、2人のどちらにも届かなかった。

 

 

『……なんでだよ』

 

 

 やりきれなくて、副官が呟く。グラハムと刹那の恋愛ごとに巻き込まれ、なし崩し的に仲人的な役回りをする羽目になり、走り回っていた日々。

 思えば、このときが一番楽しい時間だった。幸せな時間だった。平和の象徴、そのものの光景だった。なのに、どうして、こんな末路が待っているのか。

 

 

『俺は、認めないぞ』

 

 

 副官は操縦桿を握り締める。視線の先では、グラハムと刹那が戦っていた。

 

 

『こんなの、絶対に認めない……!』

 

 

 GNフラッグが赤い粒子をまき散らした。友人がチューンナップしてくれた、疑似太陽炉搭載型のフラッグである。

 疑似太陽炉のおかげで、自分やのフラッグはガンダムと対等に戦える。この推進性があれば、2人の間に割り込むことも可能だ。

 

 止めなければ。『友人』が間違った道を突き進もうとしているのを、黙って見ていることなんてできない。

 

 やめろ、と、副官は言った。この場で戦うZEXISたちや2人には聞こえなかった。

 やめろ、と、副官が言った。イマージュと戦っていたイデアのガンダムがこちらを向いたが、2人は戦いを続けていた。

 やめろ、と、副官が言った。操縦桿を握り締め、文字通り2人の元へと突撃する!

 

 

『――やめろって、言ってんだろうがァァァァァァァァァァァァァ!!』

 

 

 ――そうして、割り込んだGNフラッグは。

 

 ガンダムの実体剣と、GNフラッグのビームサーベルによって貫かれた。

 

 

「…………」

 

 

 クーゴはきつく目を閉じた。愕然とした表情を浮かべたグラハムと刹那、そしてイデアの顔が、浮かんでは消えていく。

 

 

(……なんで今、こんな虚憶(きょおく)がフラッシュバックしたんだろう)

 

 

 虚憶(きょおく)の中に出てきたグラハムと、つい数時間前に分かれたグラハムの様子を比べてみる。

 

 ガンダムへの執着に舵を切った虚憶(きょおく)のグラハムは、刹那への愛をガンダムへの憎悪へ転嫁させてしまった。刹那が苦しそうな顔をしたのは僅かな時間で、すぐに奴を激激する態勢を整えていたけれど、<自分のせいでグラハムが歪んでしまった>と気に病んでいた。それなのに奴は気づかないし、見ようともしなくなった。――嘗てのグラハムだったら、彼女の様子に気づけていたはずなのに。

 虚憶(きょおく)を介してその姿を見たクーゴでさえ胸が痛む光景だったのだ。それを現場、しかもリアルタイムで見る羽目になった副官は言わずもがなであろう。何もかもがおかしくなっていく中で、副官は副官なりに足掻いたのだと思う。副官として、友人として、相棒として、彼に救われてきた人間の1人として、悍ましいものに成り果てていくグラハムを引き留めたかった。

 副官の願いが叶ったのか否か――串刺しにされたGNフラッグの映像で途切れてしまった虚憶(きょおく)からでは、その答えを《識る》には至らない。勿論、彼由来の虚憶(きょおく)を《視ている》だけのクーゴがその先を《識ることができない》のは当然と言えよう。

 

 では、クーゴが知っているグラハムはどうか。ただ真っすぐに刹那を見つめて、“彼女の好敵手として相応しい存在でありたい”と望み、ストイックな求道者のように邁進し続ける男は。

 虚憶(きょおく)で《視た》彼とは違い、その眼差しに歪みはない。その翠緑に憎悪はなく、闘志を燃やしながらも心持は非常に凪いでいたように見える。――虚憶(きょおく)とは大違いだ。

 

 

(あの2人は“殺し合うような関係じゃない”んだ。あの虚憶(きょおく)を再現するような事態にはならないだろう)

 

 

 ――だというのに、背中を駆ける悪寒の正体は一体何なのか。

 

 

<――……本当は、嫌なんだけど、な>

 

 

 ――りぃん、と、澄み渡った音がした。

 聞き覚えのある(聞き覚えの無い)――聞き覚えの無い(聞き覚えのある)、誰かの声。

 

 次の瞬間、脳裏に映像が流れる。

 

 デブリの散乱する宇宙(そら)、神聖なる戦い、それを冒涜するかのように降り注ぐ悪意――。

 

 その悪意は、どこかで感じた覚えがあった。――そう、蒼海がクーゴの前に現れたとき/蒼海がクーゴの近くにいるときに感じる寒さである。

 彼女がこの宇宙域にいる、ということだろうか? クーゴは首を振った。あり得ない。彼女は軍人でもなければ傭兵でもないのだ。戦場に向かう理由はない。

 けれど、クーゴには《理解し(わかっ)ていた》。確実に、この周辺に蒼海がいる。強い悪意を持って、彼女は何かを成そうとしている。クーゴには予感があった。

 

 

(っ! ……こうしちゃいられない!!)

 

 

 クーゴは操縦桿を動かした。心を焦がすような衝動に突き動かされる。呼応するように、GNフラッグが加速した。

 向かう場所はただひとつだ。グラハムと刹那の、決闘の場所。彼らにとって神聖なものを壊さんとする悪意を、何としても止めなければ――!!

 

 

<――分かった。分かったよ>

 

 

 誰かが苦笑する気配がした。

 

 

<――本当は危ないからやめてほしいんだけど……それが“キミの願い”なら、頑張るよ>

 

 

 けど、優しく笑ってくれたような気がしたのだ。背中を押して貰えたような気がした。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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