問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。

※2023/10/4:ラストエピソード関連の整理を行った際、諸事情により加筆修正+差し替え



49.御旗の行方

 

 2308年、ソレスタルビーイングは国連軍との決戦に敗れ崩壊。

 世界は、統一に向かって動き始めている。

 

 

「ああ。それじゃあ、また今度」

 

 

 その声を引き金に、どやどやと客が去っていく。

 

 病室は、沢山の見舞い品で溢れていた。見舞客たちが帰って、ようやく静けさを取り戻したのである。茶髪の長髪をポニーテールに結い眼鏡をかけた男性は、それを待ち構えていたようにして病室に足を踏み入れた。

 金髪の男は、無言のまま項垂れている。来客に対応していたときとは違い、男は影を背負いながら俯いていた。唇は真一文字に結ばれ、固く閉じられていた。1人でいると、湧き上がってくるものがあったのだろう。

 ソレスタルビーイングと国連軍の最終決戦が終わってから、金髪の男はずっとこんな調子である。その戦いで何があったのか、眼鏡の男性はわからない。わかることは、“金髪の男が、最終決戦で大切なものを一挙に失ってしまったこと”であった。

 

 来客中は平静を装っているが、1人になると、彼は酷く不安定になる。生来の彼を知る人間がこんな光景を見たら、あまりのギャップに度肝を抜かれることだろう。

 眼鏡の男性でさえそうなのだ。今は亡き親友が金髪の男を見たら、深々とため息をついて、男へ喝を入れていたに違いない。温かくておいしいご飯を抱えて、だ。

 

 

「カタギリ」

 

 

 金髪の男は眼鏡の男性――ビリー・カタギリに気づいたようで、のろのろと顔を上げる。顔の左半分は包帯で覆われており、荒んだ翠緑の瞳も相まって、痛々しい。

 

 

「ソレスタルビーイングとガンダムを倒した英雄が、浮かない顔をしているね」

 

 

 「もう少し胸を張ったらいいんじゃないかな」とビリーは笑った。笑ったつもりだったが、多分、うまく笑えていないと思う。金髪の男が失った親友は、ビリーにとっても大切な親友だったからだ。

 でも、親友が生きていたら、きっと、自分たちが落ち込む姿など見たくないのではないだろうか。半分は憶測であり、もう半分は経験談からの推測である。数字に関して厳しい職業――MS開発研究に携わる技術者が口に出すにしては頼りない。

 

 

「違う」

 

 

 ビリーの言葉を、男は否定した。

 

 

「私は、英雄などではない」

 

 

 見舞客の前では決して口に出さない、強い否定。男の眼差しは、自分の握りこぶしへと向けられている。

 あの戦場で何があったのか、彼は、頑なに言葉にしようとしなかった。だから誰も、あの場で何があったのかは知らない。

 でも、男は嘘を平然と語るような性格ではなかったから、彼の言葉は本当のことなのだろう。抽象的なことしか語らないけれど。

 

 

「私は何もできなかった。……すべてが踏み躙られる光景を、見ていることしかできなかったんだ」

 

 

 男は血反吐を吐くような声でそう紡ぎ、右目を覆う。

 

 どんな顔で何を言えば、男の悲しみを癒してやれるのか。ビリーには何も思いつかなくて、その事実が何よりも苦しい。多分、亡き親友だったらうまくやれるに違いない。だが、残念ながら、ビリーは亡き親友と同じ行動をとることはできなかった。

 自分にできることは、男の隣に座って、黙って彼の話を聞いてやることだけだ。藍色の扇を握り締め、誰かに思いを馳せるように歯を食いしばる男の姿。“ああ、どうしてこんなときに親友はいないのだろう”――心の底から、そう思う。

 

 

「……お腹減ったね」

 

 

 ぽつり、と、ビリーは呟いた。

 

 

「そうだな」

 

 

 男も同意した。ビリーは言葉を続ける。

 

 

「クーゴの作ったご飯が食べたいね」

 

「そうだな」

 

「ドーナツ、作ってもらう約束だったのに。彼はひどいなぁ」

 

 

 ビリーは笑っていた。笑っていたつもり、だった。だのに、視界が滲んでよく見えない。

 男も静かに、ビリーの言葉に頷いた。大きく息を吐いて、窓辺へと視線を向ける。ビリーは言葉を続けた。

 

 

「他のみんなも、クーゴの料理、楽しみにしていたんだよ」

 

「ジョシュアの料理が大変なことになっていたからな」

 

 

 ははは、と、2人は笑った。笑い声がかすれてきたのは、きっと気のせいではない。

 

 

「……イチゴジャムと蜂蜜で煮込んだトンテキは凄かったよね」

 

「日本規格の1瓶ではなくて、アメリカ規格の1瓶だからな。飲み込むのに難儀したよ」

 

 

 つい先日見舞いに来てくれた部下たちの阿鼻叫喚と、ジョシュアが持ってきたお見舞いの差し入れが脳裏によぎる。ビリーと男は顔を見合わせた後、そっと額に手を当てた。

 『肉料理にジャムを入れると肉が柔らかくなる』、『肉料理に蜂蜜を入れると肉が柔らかくなり、料理に照りが出る』等の知識を嬉々として語るジョシュアの笑顔。

 それと対比になっていたのは、ただひたすらに甘ったるい臭いが鼻を衝くトンテキだ。勿論、味も甘味に突出している。次鋒で酸味だろうか。総評としては『食えたもんじゃない』一択だ。

 

 亡き親友が料理を作るとき、基本は旨味と塩味――出汁やしょっぱい系列を主軸にした味付けをすることが多かった。旨味や塩味を引き立てる隠し味として、ほんの少量の甘味や酸味を入れるタイプ。

 ジョシュアが作った激甘トンテキは“隠し味がメインとして躍り出た”ようなものである。脇役と主役が殴り合ったことによる悲劇だった。どの分野においても、適材適所は大切である。

 

 尚、下手人のジョシュアは、元オーバーフラッグスの面々から特大の雷を落とされた。件の現場に亡き友が居たら、ビリーや男の背中に隠れていたことだろう。不味いごはんを見ると怯える節があったから。

 

 

「個人的に命の危機を感じたのは、雑草入り七草粥だと思っている。青臭いのもそうだが、『原材料に使った雑草の種類が分からない』というのもな……」

 

 

 青草の臭いが漂う粥と、原材料名を問うた際の返答が『そこら辺に生えてた草。材料名は不明』だったときのことを思い出したのか、男は明後日の方向に視線を向けた。

 雑草の中には毒性を持つものも存在しているため、一歩間違えば地獄絵図になっていたことだろう。病院から退院できないまま命を落としていたかもしれない。

 

 

「ただでさえ、今の時点でも醜態を晒しているようなものだ。これ以上は御免被る」

 

「ユニオンの精鋭が“お見舞いの料理に当たって命を落とす”とか、醜聞以外の何物でもないよ……」

 

 

 暫し乾いた笑い声を漏らして雑談に興じていた自分たちであったが、次第にその勢い――空元気もすぐに尽きてしまった。再び、沈黙がこの場を支配する。

 

 

(……キミが居なくなるだなんて、想像すらしてなかったな)

 

 

 ビリーは思わず目を伏せる。今までも自分たちは沢山の人の死に直面してきた。何人もの人々を見送ってきた。けれど、やはり、何度見送っても、身近な人を失う痛みには慣れない。亡くなった友人も、いつも人の死を悼んでいた。

 “どうして、いい人ばかりが死んでいくのだろう”――誰かを見送る度に、そんなことを考える。『いい人だから死ぬのだ』と言われても、『それが運命だった』と言われても、納得できなかった。足を止めて悩むことは何度もある。

 今この場に彼がいたら、何を言うのか。長らく親友をやってきたのに、それが全く分からない。考えても考えても、思い浮かんだ言葉は“自分たちが今、彼からかけてほしい言葉(ただの願望)”でしかないような気がした。

 

 思えば、彼はいつも、自分たちが欲した言葉を、望んだタイミングでくれるような人だった。自分たちは相当、彼に甘えてきたらしい。

 ビリーは俯く。戦死報告なんて嘘で、そのうちひょっこり帰って来そうな気配がする。でも、それを口に出すことはできなかった。

 

 目の前の男が、親友が戦死した現場に居合わせている。死体は未だに見つかっていないが、記録や証言を照らし合わせれば、生きているとは到底思えなかった。

 

 

「寂しくなったな」

 

 

 男はぽつりと呟いた。「そうだね」とビリーも同意する。ビリーの師も亡くなり、親友までいなくなって、ユニオンは寂しくなったような気がした。それでも、時間が経てば、否応なしに賑やかさは戻ってくるだろう。亡くしてしまったものはかえってこないけれど、それに浸る時間を確保するには、自分たちは多忙すぎた。

 世界は変わり始めている。ソレスタルビーイングの崩壊とともに、世界の軍備を1つに集約すべきだという話題が上がっているためだ。国家の枠組みを超えた共同体の設立が進んでいる。いうなれば、さしずめ、地球連邦軍――あるいは人類軍と呼べるような存在である。後者の単語を聞くと嫌な予感を覚えるのは何故だろうか。

 

 自己の利益のために人類を裏切り、対話と共存の道を模索し始めた異星人に核兵器を落として関係を悪化させたり、本人の意思と関係なしに制御し操る特攻兵器を開発したりした“あん畜生”が立ち上げた組織の名前もまた、人類軍だった。

 人類軍の役割は、以前問題を起こした独立治安維持部隊と同じようなものだ。反乱分子と断じた人々を、容赦なく虐殺/破壊し、粛清していく。そうして、自分たちこそが絶対正義であると情報統制し、民衆を管理する。それが原因で起きた争いを、ビリーは『知っていた』。

 そういえば、近々独立治安部隊が結成されるという話を聞いた。叔父のホーマーが独立治安部隊の司令に任命されたそうで、彼は自分や金髪の男に「独立治安部隊へ参加しないか」と声をかけてきている。ビリーも男もまだ返答はしていなかった。自分は興味がなかったし、男はまだ心身ともに回復していない。

 

 金髪の男の部下たちは、色々思うところがあったようだが、最終的には全員が独立治安部隊に所属することになったそうだ。

 

 

『今度新設されるアロウズは……』

 

 

 テレビ/ラジオから聞こえてきた話に、ビリーはふと顔を上げた。聞き覚えのある単語が聞こえてきたためだ。

 

 独立治安部隊、アロウズ。叔父が司令に任命された組織だ。数か月前に発生したテロを受け発足したばかりだと聞いている。

 だから、以前からその言葉に聞き覚えがあったのだ――と思い、しかし、ビリーは首を振った。

 違う。自分はもっと以前から、この組織のことを《識っていた》。その詳細を思い出そうと目を閉じる。

 

 

『これでは、■■■■の再来だ……!』

 

 

 脳裏に《視えた》のは、紛糾する議会の様子だった。生中継の映像を食い入るように見つめていたのは、ビリーと同じ格好の男性である。隣にいたのは、恩師とよく似た老紳士だ。親友の1人が身を寄せる遊撃部隊の扱いについての話だったため、議会の行方が気になっていた。

 画面の真ん中では、色黒で小柄の禿げ頭が演説している。遊撃部隊を宇宙の侵略者呼ばわりし、彼らを討つための算段を整えていた。政治家の連中はみんなバカばかりで、誰一人として遊撃部隊が世界のために戦っていることをわかろうとしない。男性と老紳士もぎりぎりと歯を食いしばりながら、議会を見守っていた。

 

 

(……虚憶(きょおく)の中で見た、人類軍と似たような役割を持っていた“忌まわしきもの”の再来)

 

 

 その“忌まわしきもの”の名前は、一体なんだったのか。

 

 今のビリーには、思い出すことはできなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 女性と顔を合わせたのは、本当に偶然だった。

 しかし、正直なところ、ビリーは女性のことが苦手であった。

 

 女性とは以前、顔を合わせたことがある。彼女は相変わらず絢爛豪華な着物を着ていた。花が描かれた桃色の着物とは違い、今日は黄金の蝶が描かれた赤と黒基調の着物を身に纏っている。親友が亡くなってから、彼女は意気揚々とした表情をするようになった。親友とその姉には一方的な確執があったようだが、この態度はあからさますぎる。

 彼女が近くにいるということを感じ取っていた親友は、そのどす黒い悪意にあてられて体調を崩していた。『寒気が止まらない』と言っていたことを思い出す。今ならば、ビリーも彼の気持ちがよくわかった。今この瞬間も、寒気が止まらない。女性は笑っていたけれど、腹の底からどす黒いものを感じるためだ。

 どうして女性がここにいるのか、ビリーにはまったくわからなかった。女性はMS研究は専門外だったし、MSパイロットとしての訓練も積んでいない。軍人の遺族であるだけで、彼女本人は軍とは全く無関係な民間人である。なのに、どうして彼女はビリーの研究室に入ってこれたのだろうか。

 

 普通、一般人が研究施設に入るためには、それなりの手続きが必要なはずだ。手続きをしてきたなら、その旨が職員全員に連絡される。だが、今日は来客があるなんて話は一切聞いていない。端末で確認しても、そんなものはなかった。

 無断で入ってきたなら問題になる。警報システムは大音量で鳴り響いているだろうし、警備員が血相変えて走り回っているはずだ。しかし、研究所は平穏そのもの。平時よりも静かすぎるような気がしたが、主な異常は発生していなかった。

 

 

「何故、貴女がここに?」

 

 

 痛いくらい静かな研究室に、ビリーの声はやけに響いた。緊張しているためか、自分の声はやや硬い。女性は相変わらず、優雅な笑みを浮かべていた。

 

 

「貴方に見てもらいたいものがあって」

 

 

 女性はそう言って、ビリーに包みを手渡した。おずおずと受け取り、封を開ける。中身は、何かのシステムを組み立てるためのプログラムが入ったチップだった。

 彼女の意図が分からない。眼差しでそう訴えれば、彼女はますます笑みを深くした。悪寒が背中を駆け抜け、冷や汗がこめかみを伝い落ちる。意味もなく、ぞっとした。

 

 

「ゼロシステムというの。未完成で欠陥品のプログラムだけど、これを解析してほしいのよ」

 

 

 いつだろう。かつて、自分は似たような状況におかれた経験が『あった』はずだ。ビリーは頭を回し、思い出そうとする。

 実験。解析。勝利を演算するシステム――断片的に浮かんできた単語は、しかし、女性の言葉によって遮られた。

 

 

「ユニオンの技術的権威は失墜の一途を辿っている。……このまま埋もれてしまったら、フラッグの後継機開発も消えてしまうわね」

 

「!!」

 

 

 ビリーは思わず息を飲んだ。

 

 恩師や親友が亡くなって、高嶺の花が転がり込んで酒浸りの日々を送っている中、進めることができなかった後継機開発。亡き親友や生き残った親友たちが楽しみにしていた、大切な約束だった。

 ユニオンが誇るMS開発の権威を失い、恩師の後釜に収まった自分がこんな状態だったのもあって、地球連邦および独立治安部隊アロウズの主戦力開発の座を人革連に奪われてしまったのである。

 それが、ユニオンの技術的権威の失墜を象徴していたことは知っていた。どこかで自覚もしていた。でも、ビリーは何もしなかった。何かを成せるような状態ではなかったのだ。そんなこと、言い訳にもなりはしないのに。

 

 フラッグの系譜を託された自分にしかできないことがある。ユニオンの精鋭――フラッグファイターの誇りを、ビリーは間近で見てきたのだ。恩師が、親友たちがフラッグに情熱を傾けていた姿を。

 フラッグの系譜を絶やしたいとは思わない。このまま、何もせずにだらだらとした日々を送るべきではないとは分かっている。『踏み出すきっかけがないのだ』と自身に言い訳していたことも認めよう。

 

 

『楽しみだな、新型機』

 

 

 亡き親友の声が木霊する。

 おそらくは、きっと、彼の未練。

 

 

(……僕は……)

 

 

 ビリーはまっすぐ顔を上げた。

 

 

「――その件、引き受けさせてください」

 

 

 ビリーの言葉を聞いた女性は、満足げに微笑んだ。包みをビリーの手に握らせて、女性は踵を返して去っていく。

 その背中を見送った後で、ビリーはチップをまじまじと眺める。見た目は何の変哲もない。問題は中身である。

 どんなものだろう、と思ったそのとき、ビリーの脳裏に何かが《浮かんだ》。自分と同じ背格好の男の、後ろ姿。

 

 

<はは、ははは、あはははははははははははっ!!>

 

 

 男は笑う。狂ったように笑い続ける。そこはかとなく滲み出た狂気に、ビリーは思わず気圧された。

 

 

<このガンダムは素晴らしい。この“システム”によって、僕の思考は無限に広がった! 僕はすべてを理解したよ!!>

 

<ああ……! だが、もっとデータが必要だ、実戦のデータが!>

 

<喜んでくれ、グラハム! これで君の機体も完成する! クーゴや他のみんなとの約束を――フラッグの後継機開発を果たすことができるんだ!>

 

<きっと、エイフマン教授やクーゴだって、喜んでくれるに違いない……!!>

 

 

 ぞっとした。目の前にいる男は、明らかに“何か”に取りつかれている。もう正気ではない。

 白衣を着た男を愕然とした表情で眺めていたのは、仮面で顔を隠した金髪碧眼の男だった。

 

 目の前にいる男2人は、誰かに似ている。ビリーがそれを考えようとしたとき、不意に肩を叩かれた。振り返れば、怪訝な顔をした警備員。何かあったのかと訊けば、彼は苦笑した。

 

 

「いや、先程女性とすれ違ったような気がしたんです。おかしいですよね、今日は来客なんて誰も来ないのに」

 

 

 警備員は笑いながら、廊下の向うへ消えて行った。それを見送り、ビリーは再びチップへ視線を向ける。女性が言うようなシステムのプログラムが入っているとは到底思えない。

 もし、女性の言葉が本当だとしたら――そのシステムを、自分は解析および制御することは可能だろうか。いや、そこまでできなければ、ユニオンの技術的権威を引き上げることは不可能である。

 そんなことを考えていたら、不意に、また、脳裏に光景が《浮かんだ》。笑い続ける男と、それを愕然とした表情で眺める仮面をした金髪碧眼の男。誰かによく似た男たちの後ろ姿は、薄闇のベールがかかっていてよく見えない。

 

 

<■■■■……>

 

 

 仮面の男が、茫然と男の名前を呼んだ。

 笑い続ける男は、親友に名前を呼ばれたことに気づかない。

 

 

<キミも、魔道に堕ちたのか……>

 

 

 狂ったように笑い続ける男に、仮面の男の言葉は届かなかった。

 

 その光景が消え去る直前、白衣を着た男が不気味な笑みを浮かべながら振り返る。

 眼鏡をかけたその男は、ビリーと瓜二つの顔をしていたような気がした。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

「総司令。フラッグ、もしくはフラッグの系譜を継ぐ機体はまだか?」

 

「ごめんなさい。フラッグ系の機体は出てきていないんですよ。開発もできないみたいで……」

 

「……そうか」

 

 

 イデアの言葉に、男はがっくりと項垂れた。クーゴは男の我が儘に呆れつつも総司令官側の事情を慮ったようで、肩を竦めて天を仰ぐ。

 

 ジェネレーションシステムに異常が発生してからずっと、男はイデアと同じやり取りを繰り返している。本来であれば“有り得ない事象”――突如出現したアンノウン(U)エネミー(E)や“金属生命体”、それらと行動を共にするバルバトス・ニューロ及びバルバトス・ミラージュの暗躍によって、世界は再び戦乱が広がり始めた。

 限られた機体数および種類をやりくりし、敵のリーダーを最優先で潰して機体を捕獲する作業と力を磨いて、どうにか戦力も整ってきた。しかし、自分たちの愛機は一向に開発できる見込みはない。現在攻略中の場所が「フラッグ関連の機体が出てくるステージではない」から当然であるが。

 先日、戦場に現れたのは“独立治安維持部隊”に属する機体。グラハムたちの世界の機体ではあったものの、フラッグ関連にはかすりもしない。アヘッドと言えば、戦場に何の脈絡もなしに現れた“武士道”も搭乗していたか。フラッグよりも、そちらの開発ができてしまいそうだ。

 

 いや、フラッグ系の機体が開発/捕獲できたとしても、搭乗できるかどうかは別問題だ。現在、男はゴッドガンダムに搭乗し、切り込み隊長として大暴れしていた。機体とパイロットの相性が良かったためである。何発ゴッドフィンガーを撃ったか、全然思い出せない程に。

 というか、そもそも、このクルーの中で“自分の愛機に搭乗できている人間”は殆どいない。例としては、百式に搭乗する羽目になった初代“狙い撃つ成層圏”やスマルトロン(野イチゴ)に搭乗する羽目になったセルゲイ(荒熊)が挙げられた。

 

 しかも、複座敷に改造され、前者は懇意にしているオペレーターと、後者は“祝福の聖歌(思考)”と一緒に搭乗している。両者とも、色んな意味で居心地が悪そうだった。閑話休題。

 

 

(最初の頃に比べれば、機体も戦力も揃ってきた。だが、機体の設計開発費や部隊の資金管理に関しては、今でも火の車のままだ)

 

「刹那が体調不良だから、代わりにサブシート付のアヘッド・スマルトロン……もとい、ルイスと沙慈に頑張ってもらうとして……うー……」

 

 

 苦笑するイデアと、彼女を気遣うクーゴの様子を横目にしつつ、男は踵を返した。向かう先は、ジェネレーションシステム内での日用品を支援してくれる端末である。

 男の仕事柄上、体調不良や怪我をした部下を見舞うことは少なくない。“こういうときに喜ばれそうな差し入れ”に関する一般知識は把握している。

 

 ――唯一不安があるとするなら、“相手の好みに関する知識があまりにも少ない”という点だろうか。

 

 

(……無難に、果物にしておこうか。夏祭りの屋台を見て回ったとき、フルーツ飴や串に刺さったパイナップルを食べていたし)

 

 

 暫し思案に暮れた後、男はフルーツの詰め合わせを購入した。日用品を所定の位置に収めた後、差し入れを片手に刹那の部屋へと向かう。

 位置的に、彼女の部屋へ向かうには厨房を通る必要があるのだが――厨房に近づく度、女性たちの悲鳴が聞こえるのは何故だろうか。

 女性たちの悲鳴が途切れたと思えば、クーゴの素っ頓狂な叫び声が響く。それは、不味いごはんを目の当たりにしたときに出す彼の声と一致していた。

 

 何事かと覗き見れば、惨状と化した厨房の光景が飛び込んできた。キッチンのあちこちに調理器具が散乱し、それらの多くが変形して使い物にならなくなっていた。中でも、“真っ二つに折れた包丁の一部が、木製のまな板に突き刺さっている”図は壮観である。

 他の調理器具も黒煙を噴き上げており、何処からどう見てもお陀仏以外の何物でもなかった。ジョシュアはまだ部隊と合流していないことを考えると、疑わしいのは目の前でさめざめと泣いているピーリス、又は彼女の“もう1つの人格”だろうか。

 

 男が困惑していたとき、丁度厨房の惨状に唖然としていたクーゴがこちらに気づいたらしい。男が持っているフルーツに目を丸くした。

 

 

「お前、そのフルーツ、どうしたんだ?」

 

「日用品を買い出しに行ったときに、丁度安売りしていてな。刹那が具合悪そうにしていたから、キミに協力してもらおうと思って買い込んだのだが……」

 

 

 黒い煙を吐き出す調理器具を見ていると、彼らが正常に動いてくれるとは到底思えなかった。むしろ、メカニックたちの手による修理が必要なレベルであろう。

 船や機体の修理はお茶の子さいさいだが、日用品についてはどうだろうか。MSと同じノリで大改造を施されたら――嫌な予感しかしない。システムに相談してみるのが安牌だろう。

 

 クーゴがどのような調理プランを立てていたかは分からない。だが、使用不可能な調理器具や電化製品を見ていると、作れる料理はかなり制限されるだろう。それ以前に、まずは色々と散乱する厨房を片付けなければならない。

 クーゴは凹んでいた女性2人と右往左往するセルゲイや沙慈に声をかけ、協力を要請した。前者は汚名返上――或いは名誉挽回とばかりに意気込み、後者は彼女たちのやる気を尊重しつつも非常に心配していた。男も片づけを手伝う。

 

 

「何を作るのかね?」

 

 

 どこか戦々恐々とした笑みを浮かべて、セルゲイが問いかけてきた。

 

 彼の気持ちは分からなくはない。下手に凝ったものを作ろうとすれば、キッチンが2次災厄によって崩壊することは目に見えている。

 これ以上キッチンが崩壊してしまえば、暫く外食に頼らざるを得なくなる。機体の生産やパーツの補充等で資金はカツカツなのだ。

 

 

「マチェドニア」

 

「マチェドニア?」

 

「イタリア版フルーツポンチ。フルーツ切って、それにレモン汁と砂糖を混ぜて、冷蔵庫で寝かすだけの簡単スイーツ。お好みで白ワインやスパークリングワインなんかを入れてもいい」

 

 

 女性陣の問いに対し、クーゴは簡単に答えた。流し台を使えるほどに片付けて、無事な包丁とまな板をどうにか引っ張り出す。どちらとも万全な状態だとはいえないが、真っ二つに折れたり、包丁の刃が曲がっていたり、包丁の刃がまな板に突き刺さっていたり、まな板が真っ二つになっているよりはマシだろう。

 大量のフルーツを一口大にカットする――料理について疎いピーリス、或いは“もう1つの人格”でも何とかなりそうだと思ったらしい。かろうじて無事だった包丁とまな板を回収し、意気揚々とフルーツを切っていく。沙慈とセルゲイはハラハラした表情で、乙女2人の調理を見守っていた。「そこまで心配せずとも」と思いかけ――先程の参事が鎌首をもたげる。

 先程の二の舞を踏む危険性が無きにしも非ずである。いくら火を使わない調理法だとはいえ、ひしゃげた包丁や裂けるように割れたまな板の姿が頭から離れない。男もフルーツカットに勤しみながら、危なっかしい手つきで果物を切ろうとするピーリス、或いは“もう1つの人格”を見守る。無事に料理が終わってくれればいいのだが――果たして。

 

 

 

**

 

 

 

 憂いだらけの料理作りだったが、どうにかうまくいったようだ。小奇麗に盛り付けられたマチェドニアを見て、男は満足げに頷いた。そのままお膳に乗せて、厨房を後にする。

 

 刹那が“人との接触をあまり好まないタイプ”だということは熟知している。初めて会った頃は、男のスキンシップに対して強い拒絶反応を示していたから。今では振り払われることはなくなり、控えめながらもあちら側から触れてくれるようになった。けれど、未だに抵抗があるようだ。人の心に触れるのは躊躇わないのに。

 心身が弱っているときは、“誰にも邪魔されない静かな場所で、ゆっくり休ませてやる”のが最適解なのだと思う。けれど、刹那を愛してやまない男としては、どうしても彼女を1人にして放置することはできそうになかった。『何か力になりたい』と考えるのが、人間の――男の性というものだった。

 

 

(ウィングガンダムゼロ、か……)

 

 

 翼の名を冠したガンダム――それが、刹那が愛機であるエクシア/“ふたつの0”/“対話のための力”の代わりに搭乗しているMSである。機体に搭載されているゼロシステムのおかげで、彼女の能力は大幅に強化されていた。部隊内でも最高戦力の一角として数えられている。

 しかし、ゼロシステムは良いこと尽くめではない。必勝の手を見せる未来演算システムとはいえ、それはパイロットに対して多大な負荷をかける。必勝の手だけではなく、自身の敗北や、パイロットが見たくないものを見せることもあるそうだ。機体を駆れば駆る程、徐々に――確実に、ダメージを蓄積させていく。

 パイロットの精神状態によっては、錯乱して暴走する危険性も孕んでいる。刹那の強さはよく知っているけれど、彼女とて人の子だ。時には心身共に深いダメージを負い、弱ってしまうこともあろう。此度の体調不良も、ゼロシステムの影響によって疲弊したことが理由なのだと思う。

 

 刹那の部屋の前まで来た男は、静かに息を吐いた。自分の奥底から顔を出そうとする邪念をすべてねじ伏せ、扉をノックする。

 

 

「私だ。部屋に入っても構わないかね?」

 

「……ああ。少し待ってくれ。今、開ける」

 

 

 返事が帰ってくるまで、若干の間があった。気のせいでなければ、声にも覇気がない。普段から抑揚のない喋り方だけれども、儚げな響きは一切していなかった筈なのに。

 “やはり、ゼロシステムのダメージは大きいようだ”――男がそんなことを考えたとき、扉が開く。自分を迎えるように立っていたのは、この部屋の主――刹那だった。

 普段は強い意志を宿している赤銅色の瞳は、どことなく虚ろだ。彼女の体に沢山の重しがついているように《視えた》のは、きっと気のせいではないのだろう。

 

 動作の鈍い刹那を見たのは初めてだった。

 立っているのさえ辛そうな――それでも立とうとする彼女を制し、ベッドに座らせる。

 

 

「果物を持ってきたのだが、食べられるか?」

 

 

 男の問いに、刹那はのろのろと顔を上げた。彼女はじっとマチェドニアを凝視していたが、ややあって、か細い声で呟いた。

 

 

「……貰おう」

 

 

 受け取るのさえ億劫らしく、動作は緩慢である。これは、グラハムが食べさせたほうが早そうだ。

 

 

「私が食べさせようか。ほら」

 

「――――……」

 

 

 スプーンにフルーツをすくって、刹那の前に差し出す。あまりのことに刹那は面食らったようで、顔を赤らめた。恥ずかしいのだろう。そんなところが可愛らしい。

 無言の攻防戦を暫く続けた後、敗北したのは刹那のほうだ。観念したように息を吐いて、差し出されたフルーツを咀嚼した。味が気に入ったのか、ふっと表情が緩む。

 彼女につられるような形で、男も頬を緩ませた。たまには悪くない。何かを愛おしく思うというのは、こういうことなのだろう。ひっそりと噛みしめる。

 

 途中で些細なすったもんだがあった――「やはり自分で食べるから」と言う刹那に、食べさせようとするグラハムの攻防――が、最終的に、刹那は男に食べさせてもらう形で完食した。そのためか、彼女の機嫌は少々斜めである。

 さて、どうしたものか。男がそんなことを考えていたとき、不意に、服の裾を引かれた。何事かと刹那のほうを向けば、彼女は俯いたまま。その眼差しは、あらぬ方向に向けられていた。赤銅色の目は焦点があっていない。

 

 彼女は今、何を《視て》いるのだろうか。得体の知れぬ寒気に、男は体を震わせた。

 

 

「終わらない」

 

 

 刹那はぽつりと呟いた。

 

 

「争いが、終わらない」

 

 

 赤銅色の瞳に浮かんだのは、絶望。

 

 

「世界は、何も、変わろうとしない……!」

 

 

 どろりと濁った瞳を目の当たりにした途端、男は反射的に刹那を抱きすくめていた。

 

 あまりにも遠い場所を見つめ、そこへ向かってゆく彼女の大きな『愛』を、男は知っている。世界全体に向けられた想いの大きさと深さを見ていると、自分たちが矮小なものに見えて情けなくなるほどだった。

 だから、だろう。今の彼女は、目を離すと、誰の手にも届かない場所に消えてしまいそうな気がしたのだ。……もっとも、自分如きのようなちっぽけな男が、彼女を繋ぎ止めていられるとは到底思えないのだが。

 

 

「刹那」

 

「何故だ。何故、どうして――」

 

「刹那!」

 

 

 腕に力を込める。彼女の名前を呼びかける。何度か呼びかけると、彼女は酷く驚いた様子でこちらを見上げた。赤銅色の瞳が瞬きを繰り返す。男の鬼気迫る表情から何かを察したようで、刹那は申し訳なさそうに目を伏せた。

 “ゼロシステムは刹那に何を見せたのか”――男には知る由もないことで、けれどそれ故に、何もわかってやれない自分が歯がゆく感じる。自分にできることは、ただ、システムによって壊されそうになる刹那の心を現実に引き留めることのみ。

 あの機体をどうこうするためには、何としてでも自分たちの愛機――もしくは、その系譜に関わる機体を入手することが先決だろう。しかし、先に進むためには戦力を揃えなくてはならない。そのためには戦う必要がある。戦うためにはあの機体に搭乗する必要があり……なんて堂々巡りだ。

 

 男がぐるぐる思考回路を働かせていたとき、胸元にある刹那の頭がかすかに動いた。甘えるように、控えめだけれど、すり寄ってくる。

 本当に珍しい事態だ。男は刹那にばれぬよう微笑むと、愛おしさに任せて彼女の頭を撫でてやる。刹那は男の胸に顔をうずめてしまった。

 

 顔が見れないのは残念だな――なんて、男は場違いなことを考えた。

 

 

 

*

 

 

 

「……すまなかった」

 

 

 どうにか立ち直った刹那は、居心地悪そうにそう言った。

 

 

「いいや、気にしていないよ」

 

 

 男は快活な笑顔で彼女の言葉に応える。実際気にしていないし、むしろ、刹那が自分に甘えるような仕草を見せてくれたことが嬉しい。

 刹那・F・セイエイは強い女性だった。決して折れぬ意志を持ち、戦争根絶という目的のために突き進む。迷うことのない横顔が、脳裏に浮かんでは消えていく。

 こんなことなど滅多にないだろう。「弱ったキミもいいなあ」等と不埒なことを考える己を(脳内で)ぶん殴った後、男は取り繕うように咳払いした。

 

 また、控えめな力で服の袖が引かれる。

 何事かと刹那を見れば、彼女はぽそぽそと呟いた。

 

 

「誰かに物を食べさせてもらったり、甘えたりしたのは、久しぶりだった」

 

 

 刹那の言葉に、男は目を見開いた。同時に脳裏を駆けるのは、いつかの出来事。

 

 彼女は嘗て少年兵として戦っていた過去があった。その際、“ろくでもない大人”に洗脳され、自らの手で両親を殺すように命じられ、彼女は忠実にそれを実行してしまっている。

 “ろくでもない大人”曰く、『彼女を洗脳し、兵士として使い潰そうとしたときの年齢は齢一桁だった』と聞く。両親からも愛され、甘えたい盛りだったろう少女には、あまりにも――。

 

 

(甘え方が分からないのも、覚えていても甘えられないのも、そのせいか)

 

 

 強い後悔と自罰意識――華奢な背中で背負うには重すぎる。被害者としての側面を主張しても許されるはずなのに、彼女は最後まで加害者として業を背負い、戦い抜いた。

 己の犯した罪と、或いは武力介入によって変革していく世界の行方と、ただ真っすぐに向き合おうと戦った結果を、男はよく《識っていた》。彼女が成した偉業も《識っている》。

 男は目を細めて刹那を見つめた。視線を逸らした赤銅の瞳は、「嫌ではなかった」と雄弁に語っている。嗚呼、やはり彼女は可愛らしい。男は刹那を抱く腕に力を込めたのだった。

 

 

 

◆◇◇

 

 

 

「はは、ははは、あはははははははははははっ!!」

 

 

 高笑いする親友の目は、どろりと濁っている。あれは、ゼロシステムに触れた人間が陥る現象だ。システムが齎す情報に、精神が耐えきれなくなっているのだろう。

 しかし、そんなシステムはこの世界に存在していないはずだ。男は恐る恐る、親友に問いかける。親友は不気味な笑みを浮かべると、1つのマイクロチップを指示した。

 

 

「ゼロシステムだよ。このおかげで、僕の思考回路は広がったんだ! まだ全貌は解明できていないけど、いずれは……!」

 

 

 親友は笑いながら、自分の目標を話し続ける。このシステムをすべて解析し、ガンダムが使った『特殊粒子を使った時間制限有の高速戦闘』を再現するつもりらしい。

 それをフラッグの後継機に搭載するのが、彼の目的になっていたようだ。ユニオンの技術的権威が失墜したという話は耳にしていたけれど、彼を追いつめる要素になっていたとは思い難い。

 

 男の脳裏に浮かんだのは、高笑いする親友の後ろ姿。虚憶(きょおく)で見た彼は、仮面の男と同じように、自ら修羅道に身を落とした。自身の目的を果たすために、ガンダムのパイロットを脅迫していた。

 

 普段の彼であったら、そんなこと考えなかっただろう。

 ゼロシステムは、人格面にもじわじわと影響を及ぼしている。

 

 同じように、ゼロシステムの齎すデメリットに晒されていた人間がいた。戦力が整わず、先に進むためには、翼の生えたガンダムで戦い続けなくてはならなかった刹那。

 本来なら、彼女はソレスタルビーイング製のガンダムに搭乗しているはずだった。しかし、状況が状況だったため、機体をえり好みできなかったのである。

 器が大きく強い意志を持っていた刹那ですら、ゼロシステムに飲まれそうになったのだ。心を壊されそうになっていたのだ。

 

 そんなシステムに――MS研究に長けた技術者とはいえ――ただの一般人が触れたらどうなってしまうか、火を見るよりも明らかだ。

 

 誰が、そんなことを。

 男は恐る恐る問いかける。

 

 

「そのシステムは、誰から……?」

 

 

 親友はにっこりと微笑み、提供元である女性の名を告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 静かな風が吹いていた。

 

 共同墓地には、真新しいものが沢山並んでいる。国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦で亡くなった兵士たちのものだ。その中に、『Kugo Hagane』と刻まれた墓石があった。

 ユニオンの精鋭/フラッグファイターに所属していた空軍MSパイロット。二つ名は“空の護り手”。グラハム・エーカーの親友であり、彼の副官を務めていた東洋人男性である。

 墓前にはたくさんの花が供えられている。そのすべては、彼の死を悼む人々のものだった。その量からして、一目見れば、その人物がどれ程慕われていたかは明白だ。

 

 その墓前に、2人の男女が立っていた。

 

 女性は黒髪黒目の東洋――日本人であり、花が描かれた豪奢な桃色の着物を身に纏っている。『死者に花を手向けに来た格好』としては、あまりにも場違いな格好だった。死者を悼む気持ちなど一切感じない。むしろ、その人物が亡くなったことを喜んでいるかのようだ。

 男性は金髪碧眼の白人で、端正な顔立ちだった。だが、顔の左半分には痛々しい傷跡が刻まれている。先に行われた国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦で、男性は心身ともに深い傷を負ったのである。終戦から時間が経過したとはいえ、傷はまだまだ癒えていない。

 

 

「カタギリに、ゼロシステム(あんなもの)を与えたのは、貴女なのか」

 

 

 男は藪から棒に問いかけた。女性はきょとんとした表情で首を傾げる。

 だが、男は引かない。屹然とした眼差しで、再び問いかける。

 

 

「彼と彼女を手にかけたのも、貴女なのか」

 

 

 問いかけの形を取ってはいるが、もはやそれは確信だった。女性の漆黒の瞳と、男性の翠緑の瞳がかち合う。バチバチと火花が爆ぜていた。

 女性はくすくすと笑うだけ。男は黙って女を睨むだけ。そんな時間がどれくらい続いたのか、わからない。静かな風が吹き抜ける。

 

 

「だから、何?」

 

「――!!!」

 

 

 女性は悪びれる様子もなく肯定した。男は反射的に拳を振り上げる。

 

 

「アタシに何か起きれば、貴方のお友達は精神崩壊する手はずになっているわ。アロウズに所属する貴方の元・部下たちも、安全じゃないかも」

 

 

 女性の言葉が意味している内容を無視できるほど、男は非情な性格ではなかった。むしろ男は、「気さくで面倒見がいい」と言われる部類に入る。

 だが、予想もしていない人間からの脅迫には驚きを隠せない。男は大きく目を見開き、口元を戦慄かせる。この場で男が動けば、そのしわ寄せが仲間たちに及ぶのだ。

 女性の言葉がハッタリなどではないことは、否が応でも《理解し(わかっ)て》しまった。“彼女は既に、その言葉を実行するためのプロセスを組み終えているのだ”――と。

 

 親友が命を賭けて守った者たち。自分に託された者たち。部下や親友の顔が浮かんでは消えていく。いつの間にか、男は振り上げかけていた拳を下していた。

 

 それを見た女性は、笑みを深くする。

 対照的に、男は唇を噛みしめる。

 

 

「ところで貴方、刹那・F・セイエイに会いたい?」

 

 

 刹那・F・セイエイ。男にとって、大切な女性の名前だった。自分が見殺しにしてしまった、運命の人。

 

 しかし何故、女性がそんなことを訊いてくるのだろう。先程女性は、男の問いかけに肯定で返した。彼女――刹那・F・セイエイを殺したと、認めた。

 女性の口ぶりはまるで、刹那が生きていると言わんばかりである。どういうことだと問いかけようとした男に、女は不気味な笑みを浮かべて迫る。

 

 

「彼女に会わせてあげるわ。だから――」

 

「断る。私は彼女と約束した。……生きてくれと、言われたんだ」

 

 

 男は女の言葉を遮った。“彼女の元へは()()()()”――その想いをこめて、男は女を睨む。何がおかしかったのか、女は思い切り吹き出して嗤った。

 

 

「貴方、自分に選択権があると思ってるの? 馬鹿みたい」

 

 

 女は笑っている。しかし、その目は一切笑っていない。

 黒曜石のような瞳の奥に、絶対零度が揺らめいている。

 

 

「彼女、生きてるわよ」

 

「――生きている? 刹那が?」

 

「ええ。今どこにいるか、何をしているかも、全部把握できてる」

 

 

 女の言葉に、男は思わず息を飲んだ。女は懐からタブレット端末を取り出し、男に指し示した。

 

 

(これは――)

 

 

 画面に映し出されていたのは、砂漠の街並みを歩く()()――否、男物の服を身に纏っている刹那・F・セイエイの姿だ。時折、不定期にカメラアングルが切り替わる。男は無言のまま、端末に映る少女の映像を食い入るように見つめていた。

 国連軍との決戦後、ソレスタルビーイング関係者の情報は“旧人革連がガンダムのパイロットを鹵獲した”程度しか入ってこない。政府の見解としては、“残りの関係者は戦死、又は逃亡したことにより壊滅した”と認識している。

 実際、この映像を見るまで、グラハムも“刹那が命を落とした”とばかり思っていた。“MAの砲撃を真正面から喰らい、吹き飛ばされた”という光景を間近で見ていたからこそ、生存を絶望視していたとも言える。

 

 端末の映像を見る限り、刹那は五体満足そうに見えた。国連軍との戦いでどこかしらにダメージを負ったような様子もない。

 刹那は静かな面持ちのまま、砂漠の街を散策していた。時折足を止めては、物思いに耽るように胸元を弄ぶ。

 

 そのタイミングでカメラアングルが切り替わり、刹那が眺めていたモノの正体が映し出された。彼女の誕生日に男が贈ったシェルカメオ。飛翔する大天使を見つめる眼差しは、何処までも優しい。

 

 

(刹那……よかった。元気そうで――)

 

「――前々から思ってたんだけど、この子、()()甲斐がありそうよね」

 

 

 男性が思わず口を緩めたのを見計らったかのように、女は言った。“面白い玩具を見つけてはしゃぐ子ども”みたいな声色だった。女が言った『()()』の意味を掴み切れなかった男は一瞬呆け――次の瞬間、言葉に込められた意味を《理解し》、鋭く息を飲んだ。

 女が何を考えているのか《理解し(わかっ)て》しまった。女が語る『()()』の言葉が何を指しているのかの光景を、はっきりと《視て》しまった。刹那・F・セイエイという少女を構成するすべてを滅茶苦茶に穢し、踏み躙り、叩き折らんとする――陰惨で、悍ましい光景(モノ)だった。

 

 不意に脳裏を駆けたのは、いつかの逢瀬とよく似た光景。それが虚憶(きょおく)だと気づいたのと、その光景の中にいた少女が口を開いたのはほぼ同時。

 

 

『俺は嘗て、少年兵として戦っていたことがあるんだ』

 

 

 虚憶(きょおく)の中の刹那は、ぽつりと零した。

 いつか聞いた少女の慟哭――その中核となる、過去の断片。

 

 

『俺の故郷やその周辺国には複数の宗派があり、時折、宗教由来の小競り合いが頻発していた。それでも、概ね平穏だったんだ』

 

『当時の俺にとっても、宗教由来の小競り合いは対岸の火事でしかなかった。慎ましやかな生活を営むことに関しては、何の問題もなかった』

 

『あるとき、俺の故郷にとある傭兵団がやって来た。……その頃からだ。宗教由来の小競り合いが、本格的な宗教紛争へと変わったのは』

 

 

 少女の手が震えていたことを知っているのは、きっと、虚憶(きょおく)の中にいた男だけだろう。

 彼女も、自身の過去に対峙する際のトラウマに気づいている様子はなかったから。

 ……それは、今こうして虚憶(きょおく)を《視て》いる自分にも言えることだった。

 

 

『傭兵団の長は人々に『神のために戦え』と説いて回った。けれど、大人たちは傭兵の言葉に不信感を抱いて離れるか、或いは無視を決め込む者ばかり。俺の両親もその中の1人だった』

 

『奴が次に目を付けたのは、子どもたちだった。『神のために戦おうとしない大人たちは不信仰者である』と説き、『神を信仰する真の戦士であるならば、不信仰者を打ち倒せ』と訴えた』

 

『多くの子どもたちが、奴の言葉を信じ、賛同し、戦士になることを選んだ。……俺も、その1人だった』

 

 

 己の罪を吐き出すように、虚憶(きょおく)の中の刹那は重々しく言葉を紡ぐ。

 

 瞬間、グラハムは《視た》。中東の民族衣装を着た幼い少女を抱きしめ、慈しんでいた2人の男女――おそらくこの2人が刹那の両親なのだろう――を、機関銃を持った()()が容赦なく手にかける光景を。

 いや、あれは()()ではない。中東の男性が着るような民族衣装を身に纏った少女だ。両親に愛されて育った優しい少女が、男装をし、冷たい目をして人を殺して回っている。“神への信仰のために”というお題目で。

 

 子どもたちの背後に佇む男の姿を《視て》、虚憶(きょおく)の中の男は思わず息を飲んだ。いつかの戦場で遠巻きに見かけた、焼野原を抱く無精ひげの傭兵――アリー・アル・サーシェス。或いは、虚憶(きょおく)の中の男が、国連軍の関連情報で見かけたAEUの軍人――ゲイリー・ビアッジ。どちらも奴の本名ではないのだろう。

 刹那を含んだ子どもたちの多くが、奴の言葉を鵜呑みにして――或いは奴の甘言に乗せられるような形で、少年兵に仕立て上げられた。彼を信じた多くの子どもたちが、奴の望む“戦争”を引き起こすための手駒として使い潰されていった。数多の屍が積み上げられているというのに、奴はその上で愉しそうに笑っている。

 奴のやり口は、少年兵を効率的に生み出すためのやり方そのもの。子どもを巧みに洗脳し、扇動し、自らの手で帰る場所を――家族や故郷を破壊させることで退路を断つ。時には見せしめで仲間の少年兵を殺したり、少年兵同士で潰し合いをさせることで、心理的な孤立を誘発させるのだ。そうやって雁字搦めにする。

 

 虚憶(きょおく)の中の男がサーシェス/ビアッジとやらのやり口に憤りを感じていたとき、刹那が男に向き直った。彼女は真っすぐ彼を見つめる。

 

 

『俺には、叶えたい理想があるんだ』

 

『いつになるかは分からない。そんな日が来ると言う目途も立っていない』

 

『会ってほしい人も、見せたい景色も、もう何1つすら残っていない。けれど――』

 

 

 刹那は震える声で言葉を紡ぐ。その度に、彼女の“在りし日の故郷”と“愛していた人々”の光景が《視える》。

 慎ましくも平和な街と、そこで優しく微笑む彼女の両親。そうして――廃墟と死体で彩られた地獄絵図。

 

 生まれ育った故郷にはもう、自分が還りたいと願う光景は何1つとして残っていない。

 会いたいと思う人々も、“在りし日の故郷”を知る人々すらも、もうどこにもいないのだ。

 それでも、思いを馳せずにはいられない。足を運んでしまうのは、きっと――

 

 

『“いつかすべてが終わって、その理想を成就することができたら”……一緒に来てほしい場所があるんだ』

 

 

 過去を語りたがらない少女が、忌まわしい過去を抱える少女が、それを話してくれた。彼女なりに、男性に対して心を開いているという証だったのだろう。彼が故郷の跡地に彼女を連れてきたのと同じ理由なのだ。だから、虚憶(きょおく)の彼は2つ返事でその言葉に頷いた。

 

 

『……昼間、俺が“嘗て少年兵として戦っていたことがある”という話をしたな』

 

 

 虚憶(きょおく)の中にいた刹那が、ぽつりとそう零した。

 虚憶(きょおく)の中の男性が、彼女をベッドに組み敷いたときのことだった。

 

 

『俺の故郷では、今の俺と同年代の少女たちを“成人女性”とみなす風習があった。あの地域で信仰されていた宗教の教義が、その由来になっている』

 

『少年兵に志願した子どもの中には、今の俺と同年代の少女もいてな。彼女たちは時々、俺たちを洗脳した傭兵団の長やその取り巻きに呼び出されることがあった』

 

『当時の俺は、それが“神への信仰を示すための儀式”としか聞かされていなかったが……』

 

『――今なら、“あの場で何が行われていたのか”分かった気がする』

 

 

<堅物な“武士道”サマが、あんな痩せっぽっちのガリガリな女がお好みとはな! アンタも随分奇特な趣味を持ってンじゃねえか!!>

 

 

 頭をぶん殴られたような衝撃に、手が止まった。男性は“自分が悍ましいものに成り果ててしまった”ような気がしたのだろう。反射的に刹那から離れようとした。

 サーシェスが楽しそうに嗤う《聲》が《聴こえた》ような気がして、到底許せぬ悪鬼外道と同じ振る舞いをしようとした己を許すことができなくて。

 それ以上に――“そんな化け物から、一刻も早く、刹那を逃がしてやるべきだ”と考えた。ろくに頭が回らない中で、咄嗟に出した答えだった。

 

 なのに、刹那は。

 男に手を伸ばして、そして――拙く口づけてきたものだから。

 

 

『この世界には、神はいない』

 

『だが――この世界には、あんたがいた』

 

『だから、何も恐れていないし、悲しんでもいない。……大丈夫だ。俺は、あんたの心を信じている』

 

 

 そんな風に言って、ふわりと微笑んだものだから。

 

 

<こんなにも幸せで、良いのだろうか>

 

<……せめて、同じくらいは、あんたを幸せにしてやりたい>

 

<――愛してる>

 

 

 そんな風に男を想って、拙くも健気に応えてくれたものだから。

 

 全身全霊を懸けて愛し合って。

 夜明けが来るその瞬間まで、傍に居たのだ。

 それを許してくれた少女に報い、応えたいと願ったから。

 

 

(あの日、彼女は何も言わなかった。……彼女なりに、“こういう話は野暮だと思った”のだろうな)

 

 

 最後の逢瀬を思い返す。虚憶(きょおく)とは違い、刹那は何も言わなかった。それを咎めるつもりはない。こちらに対する気遣いだったことは、ちゃんと《理解し(わかっ)ていた》から。

 拙い口づけと、拙いながらも健気に応えてようとしてくれた刹那の心には、何一つとして嘘はなかった。一騎打ちを始める前に告げられた言葉に込められた想いも、ちゃんと伝わっていた。

 

 ――だからこそ。

 

 

『『刹那・F・セイエイの生死は問わないけど、生け捕りにした方が()()()までの過程が長く楽しめる』と『母さん』は言ってたな』

 

『『母さん』、“刹那・F・セイエイの()()()”をサーシェスのおっちゃんと楽しそうに話してたな! 一緒にいて盛り上がってたアレハンドロのオッサンは死んじまったけど』

 

『あの女の故郷では、16歳くらいで“大人”扱いされるんだっけ』

 

『僕たちは肉体的にまだ子どもだから、『本格的に()()工程に参加することはできない』と言われてしまったな。もどかしいものだ』

 

 

 虚憶(きょおく)の断片を通じて流れ込んでくる女の悪意に。

 それを体現するために動いている邪悪の権化に関する光景に。

 怒りを抱かずにはいられなかったのは、当然のことだった。

 

 

「丁度、新しい人形(オモチャ)が欲しいなって思っていたの。元々、この子のことは邪魔だなって思ってたのよね。――さーて、どうしてやろうかしら」

 

「貴様ぁッ!」

 

 

 憤る男の反応を見た女は、ますます笑みを深める。気のせいか、顔を覆う影が多くなった。

 

 

「ああ、そうだ。言っておくけど、“彼女を捕まえる準備は既に終わってる”から。後は実行するだけなの」

 

 

 掴みかかろうと伸ばした手は、女の言葉によって止まる。彼女の言葉を無視できる程、男は非情な性格ではなかった。腹芸は得意ではないけれど、職業は軍人。頭は回る方である。

 女性の言葉がハッタリなどではないことは、否が応でも《理解し(わかっ)て》しまった。“彼女は既に、その言葉を実行するためのプロセスを組み終えているのだ”――と。

 

 

「貴方の大事なものは、みーんなアタシの掌の上。アタシの意志1つで、自由に動かすことが出来る。貴方がアタシの不興を買ったら――貴方の大事な人たちは、一体どうなるのかしらねェ?」

 

 

 試すように女が問う。男は大きく目を見開き、口元を戦慄かせる。この場で男が動けば、そのしわ寄せが仲間たちに及ぶのだ。

 親友が命を賭けて守った者たち。自分に託された者たち。部下や親友の顔が浮かんでは消えていく。そして――愛する人の、穏やかな表情も。

 

 それを見た女性は、笑みを深くする。対照的に、男は唇を噛みしめる。

 

 

「何が望みだ」

 

 

 呻くように、男性は言った。女性は満足げに笑い、男の胸倉をつかんで引き寄せる。

 女性は、まるで内緒話をするかのように、呟き程度の声量で、男の耳元に囁いた。

 

 

「――アタシの人形(オモチャ)になりなさい、グラハム・エーカー」

 

 

 

***

 

 

 

 例えるならば、それは、鳥籠に閉じ込められた鳥。あるいは、磔にされた人間。自分の体中に鎖が巻かれているような状態だろうか。そんなイメージを抱いていたせいか、どこかから鎖の音が聞こえてきそうだった。

 顔の左半分に傷を持つ金髪碧眼の男――グラハム・エーカーは、ベッドからのろのろと体を起こした。自身にまとわりつく不快感は消えてくれないし、頭を浸食するような頭痛にも慣れない。吐き出した吐息は、情けない響きを宿していた。

 体中、冷や汗でべたついている。倒れてしまいそうな己を叱咤し、グラハムはシャワー室へ直行した。やや乱暴な手つきで、汗と不快感を洗い流していく。鏡に映った自分の顔は、自身でもため息をつきたくなるくらい荒んでいる。

 

 歪なくらい研ぎ澄まされた翠緑の瞳は、フラッグファイターとして戦っていた頃の名残は見当たらない。心なしか、濁っているようにも感じた。

 部下や同僚、友人たちから「顔つきが変わった」と言われる理由も、今なら分かる。そこにいたのは、形相だけが修羅そのものの、空っぽな人形だ。

 

 

「――……」

 

 

 グラハムは口を動かす。だが、掠れた声が漏れるだけだ。

 

 ずきりと頭が痛む。今までの出来事が走馬灯のように点滅し――しかし、その大半が穴だらけだった――流れていく。よろめいた体を支えるように、グラハムは壁に手をついた。

 荒い呼吸が部屋に反響した。これは、肉体的な苦痛からだけではない。奪われたもの/人質にされてしまったものが増えていくことに対する焦燥も入っている。

 情けない、と、グラハムは思った。何て無力なのだろう、と、歯を食いしばる。このまま生き続けたとしても、果たしてそれは“生きている”と言えるかどうか。

 

 ふらつきながら脱衣所に戻れば、籠の中に置かれた私物――親友の遺品である守り刀が目に入る。守り刀と銘打たれているが、その切れ味は、ホーマー司令も唸るほどのものだった。実際、試しに振るってみたこともある。

 グラハムはじっとその守り刀を見つめた。“誇りを汚され、生き恥を晒すくらいなら死を選ぶ”というのが武士の生き方だと聞いたことがある。女の人形と化してしまった自分は、ヒトとして大切なものを次々と奪われ、人質にされてきた。

 

 それがエスカレートしていけば、自分は、ヒトですらいられなくなる。ただ、女の命令に対し、忠実に動くだけの傀儡と成り果てるだろう。“傀儡にならなければすべてを失ってしまう”という事実を植え付けられてしまっている自分は、逆らうことなど不可能に等しい。

 

 だから、だろう。

 時折、自分が生きているのか死んでいるのか、わからなくなる。

 

 

(……ならばもう、いっそのこと……。私が私でいられるうちに――)

 

 

 守り刀を鞘から引き抜く。白く輝く刃が目に眩しい。これで腹を突けば、グラハムはヒトとして死ぬことができるかもしれない。

 武士が自害を選ぶのは、“自分が自分であった”と示すための意味もあったのではないだろうか。最後の最後まで、気高く力強い存在のままでいたかったのでは、と。

 今のグラハムも、自刃を選んだ武士の気持ちがわかりそうな気がする。引き寄せられるようにして、その刃を自分に向け――手を、止めた。

 

 

『生きることをやめてしまったら、明日を掴むことなんてできないだろう』

 

 

 声がした。懐かしく、愛おしい相手の声だった。

 

 

『お前も、生きろ。――生きてくれ、グラハム・エーカー』

 

 

 そうして、少女は微笑んだ。

 戦いを始める直前に見せた、柔らかな微笑を浮かべて。

 

 グラハムは大きく目を見開く。溢れる感情そのままに、記憶の中の少女に微笑み返した。

 この少女こそ、死を選ぼうとする自分を押しとどめ、繋ぎ止めてくれる存在。

 道化と化し、人形になってでも、グラハムが生きようとする理由そのものだ。

 

 彼女の名前を呼ぼうと口を開き――グラハムは、絶望へと突き落とされた。

 

 

(思い、出せない……!!)

 

 

 文字通り、すべてを賭して愛した少女の名前だった。彼女は、その名前を告げるのに、途方もない勇気を必要としていた。告げられたそれは、彼女の信頼と祈りの証だった。

 『永遠よりも長い時間の中で切り取られた、一瞬よりも短い時間』――意味は、きちんと覚えていたのに。そこまで考えて、己の状況を思い至り、グラハムは愕然とした。

 “少女の名前すら、奪われた/人質にされてしまった”――その事実が重くのしかかってくる。女の魔の手は、もうそこまで伸びてきたとでもいうのか。

 

 

(いつかは、この想いすらも――)

 

 

 考えるだけでぞっとする。グラハムを支え、突き動かす約束や感情すら、あの女に奪われて/人質にされてしまうのだろうか。奴だったらやりかねないという予感があった。

 

 守り刀が手から離れ、乾いた音を立てて床に落ちる。グラハムはそのまま床にへたり込んだ。体中に寒気が走り、手足が小刻みに震える。立たねばならぬと言うのに、体が動かない。落ち着こうと試みるが、呼吸はどんどん荒くなっていく。

 脳裏に浮かんだのは少女の後ろ姿。グラハムが愛した運命の人。グラハムが助けることができなかった、大切な人だ。名前を知る前まで使っていた彼女の渾名を口に出しかけ――けれどグラハムは、その先の言葉を飲み込んだ。伸ばしかけた手を戻し、首を振る。

 

 振り返った少女は、汚いものを見るような眼差しでグラハムを見下ろしている。拒絶するような、蔑みを宿した赤銅の瞳。彼女の口が動き、言葉を紡ぐ。その意味を、グラハムは痛いほどに《理解し(わかっ)ていた》。

 否定はしない。否定できるような状態ではないし、言い訳もできない。今のグラハム・エーカーは、件の少女に対する不貞行為を働いたも同義だ。そうしてこれからも、この裏切りを続けねばならない。

 大義名分なんて関係なかった。悲鳴を上げて縋りつく資格など、自分にはなかった。己の女々しさと情けなさに反吐が出そうになる。あの日、自分が望んだ明日は、今の自分ではもう届かないものになってしまった。

 

 

(…………それでも)

 

 

 あの日夢見た明日に手が届かないと言うのならば、せめて。

 生きているというのなら――もう一度、少女に会いたい。

 

 

「少女」

 

 

 囁くようにして、グラハムは零す。

 

 

「はやく、キミに会いたい。……私が我慢弱いことは、知っているだろう?」

 

 

 「もう時間がないんだ」と呟いたグラハムの声は、あまりにも頼りない。

 自分が自分ではなくなる前に、どうか。はやく、はやく――。

 

 

「……私を、見つけてくれ」

 

 

 そう呟いて、グラハムは深々と息を吐いた。深呼吸を繰り返し、どうにか体に力が入るようになる。立ち上がったグラハムは、着替えに手を伸ばした。

 独立治安維持部隊アロウズに所属する者が身に纏う深緑の軍服を着て、その上から陣羽織を羽織った。いつぞやの京都旅行で、少女が『似合う』と言ってくれたものだ。

 どうやら、京都旅行の記憶はまだ奪われていなかったらしい。奪われていないものを見つけられると、泣きたくなるくらい安心する。

 

 

『誕生日おめでとう、グラハム』

 

『おめでとうございます、グラハムさん』

 

『……誕生日、おめでとう』

 

 

 親友たちからのサプライズ。誕生日のお祝いとして手渡されたものの数々を、グラハムはまだ覚えていた。覚えていられた。それらすべてを、今も大切に使っている。

 

 親友からは箸を、親友にとっての運命の人からは日本の伝統技術で作られたカップを、グラハムが愛してやまない少女からは藍色の扇子とつがいのお守りを。特に少女からの贈り物は、肌身離さず持ち歩いている。ソレスタルビーイングと国連軍の最終決戦のときもだった。

 GNフラッグが大破するほどだったというのに、扇子にもお守りにも、傷や焦げ跡はついていない。あの日彼女から贈られた、当時の姿のままだ。まるで、少女への想いの強さがそのまま表れたかのようだった。グラハムは慈しむようにしてそれらを撫でる。

 

 先程自分を蝕んでいた負の感情が、あっという間に消えていくのを感じた。自分の現金さと弱さに苦笑する。

 

 

『でも、不思議だ。……あんたが言うと、希望が見える』

 

『俺のような人間でも、あんたの言う“明日”を手にすることができるのではないか、と』

 

 

 そう言った少女の気持ちが、今なら分かるような気がした。

 もっとも、自分と彼女の立場が、完全に逆転したためであるが。

 

 

「出番よ、私のお人形」

 

「ああ」

 

 

 背後から聞こえてきた声に、グラハムは苦々しく歯噛みした。女にばれないようにため息をつき、仮面へと手を伸ばす。京都旅行で購入した、顔を覆うタイプのものだ。

 これでもう、己の意志と願いを持ったグラハム・エーカーという男は存在しなくなる。ここにいるのは、女の傀儡として戦場へ赴く、修羅の顔をした空っぽの人形でしかない。

 アロウズの中でも独立行動権を与えられた、ライセンサーの1人。周囲からは“独断行動ばかりする問題児”だと称されているが、男からしてみればアロウズの行動原理がおかしいのだ。

 

 もっとも、アロウズに所属する一般兵や士官たちの言い分はわからなくもない。虐殺に異を唱えながらも、仕方なく従っている者も少なくないのだ。断れば、自分が戦犯として裁かれる立場になる。虐殺に参加せずとも咎められない自分が異端なのだ。

 彼らが自分に向ける嫌悪は、自分たちが“自由に動くことが出来ない”という憤りも含まれているのだろう。世の中とは世知辛いものだ。第三者は男が自由に行動しているように見えるらしいが、男の真実を知ったら、彼らはどう思うのだろうか。

 

 夜明けの空。遠くに残る藍色の部分には、まだ星々が瞬いている。

 

 

「……む?」

 

 

 一瞬、何かが星の間を飛んでいった。いつか見た、緑色の光。ガンダムから溢れる、緑色の粒子だ。思わず、男は目を見開いてその軌跡――あるいは奇跡を追いかける。

 あの光は、太陽炉搭載機以外のMS――即ちガンダム以外が出すことはない。地球連邦が使うMSに搭載された疑似太陽炉は、赤系列の粒子をばらまくからだ。

 

 もう一度目を凝らす。白と青の機影が《視えた》。思わず、男の表情が綻ぶ。

 

 次の瞬間、男の脳裏に別の光景が《浮かんだ》。宇宙(そら)の闇を切り裂いて飛ぶ、見覚えのあるMSが。

 自分たちが愛し、育てた機体。ユニオン最強のMS。ユニオンの精鋭であることを示す名前。

 その面影を宿した機体は、群青(あお)い光を纏っている。その様はまるで、流星のようだった。

 

 

「――フラッグ?」

 

 

 男の問いかけを肯定するかのように、MSは動きを止めて振り返った。

 MSが掲げた棒のようなものに光が収束し――青く輝く旗が、宇宙にはためく。

 

 男の意識が現実に戻ってきたとき、遠くの空に、青く瞬く美しい光が見えたような気がした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 吹きすさぶ風は砂埃を舞い上げる。砂漠生まれで砂嵐には慣れていたが、だからといって、何ともないわけではない。

 

 佇んでいた人影は、ボロボロの機体を見上げていた。黒髪が風に揺れる。中東生まれであることを示す、浅黒い肌が露わになった。

 赤銅の瞳はしばらく機体へ注がれていたが、ふと、その女性は胸元へ視線を落とした。飛翔する天使が描かれたシェルカメオが、淡い光を放っている。

 青い光。女性を愛し、女性が愛した男が思いを馳せた、美しい空色。懐かしさと愛おしさが込み上げて来て、女性は慈しむような手つきでそれに触れた。

 

 

「グラハム」

 

 

 愛した男の名を口に出す。それだけで、どうしようもなく心が震えた。

 自分がいなくなった世界で、彼は今、どんな風に生きているのだろう。

 

 あのとき――最終決戦で彼を庇った後、女性は、大破した愛機と一緒に暫く宇宙を漂っていた。思い直せば、生きていることが奇跡に等しい状態だったと思う。愛機は修理すれば充分動いたし、自分の傷もほぼ軽傷だった。

 砲撃を喰らったはずなのに、損傷度合いがはるかに低い。その理由が分からなくて首を傾げれば、青く輝くシェルカメオが目に入った。命の光――自分の仲間だった歌姫が言っていた色と同じ、透き通った群青(あお)。それを一目見たとき、女性は直感したのだ。“自分は、愛する男に守られたのだ”と。

 

 彼を守ったつもりだったのに、最後まで自分は彼に守られていた。彼を幸せにしたかった筈なのに、いつの間にか自分が幸せになっていた。女性は深々と息を吐く。

 

 

「俺は、生きている。この世界の行方を、見届けるために」

 

 

 「あんたはどうなんだ」――なんて、本人に代わってシェルカメオに問いかけてみた。勿論、返事なんて聞こえるはずがない。

 何をバカなことをやっているのだろう。女性が苦笑したとき、シェルカメオが淡く光を放ったような気がした。彼が愛してやまない蒼穹と同じ色。

 

 命の光は消えていない。女性を慈しむかのように瞬くそれに、胸がじんわりと温かくなる。

 

 もう動かない端末を引っ張り出す。互いが互いに贈ったつがいの片割れが揺れて、鈴の音が鳴り響いた。“離れていても互いを想いあう恋人たちが持つお守り”――自分たちに巻き込まれていたフラッグファイターが言っていたか。

 ソレスタルビーイングにやって来た頃は、自分にとって、こんなにも大切な相手ができるだなんて思わなかった。想いあえる相手と出逢えるとは思わなかった。そうして、その事実をためらいなく受け入れることになるとも。

 この世界に神はいない。でも、彼がいた。だから、自分は今、ここで生きている。生きて、明日を追いかけているのだ。女性は眦を吊り上げ、まっすぐ前を向いた。そうして、ボロボロの機体へと飛び乗る。

 

 

「行くぞ、エクシア」

 

 

 間もなく、機体は空へと飛び立つ。夜明けの空は、どこまでも美しい。

 

 気のせいか、薄闇の向うに青い光が流れたような気がして、女性は顔を上げる。予想は的中していたようで、青い流星が空を横切っていたところだった。

 流れ星に願えば願い事が叶う――なんて、昔聞いた話を思い出す。自分にも無邪気な頃があったのだ。女性はふっと口元を緩めると、静かに、旅の続きへと戻っていった。




【参考及び参照】
『NEWSポストセブン』の『家族が“メシマズ”料理を作ってしまう…「身の危険を感じた」証言も』より、『イチゴジャムのトンテキ』、『雑草七草粥』
『COOKPAD』より、『簡単マチェドニア☆お子様もOK by きまらむたき(きまらむたきさま)』
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