問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



1stシーズン・ラストエピソード:DAYBREAK'S BELL
EX-1.赤き星(ナスカ)の子、未来の鐘を鳴らす者


 

 固く閉ざされた部屋の向うから、女性の叫び声が木霊する。痛い、痛い、苦しい、死ぬ――分厚い扉の向こう側から、女性の思念が伝わって来た。

 廊下に並んだ男は、完全に無力であった。自然分娩および出産というものが、こんなにも愛する人にとって大変なことだなんて思わなかったのだ。

 

 Superior Dominance――争い合う人類の暴挙によって荒廃してしまった大地を浄化するために、グランドマザーと呼ばれるコンピューターによって主導される体制が始まって以降、人類は自然分娩をやめた。以後は“試験管による精子と卵子の雑交配”制度を導入し、そちらの方を普及させている。

 S.D.体制における“子ども”とは、“不特定多数の精子と卵子を受精させ、試験管の中で育てられたのち、養父母の資格を有する人々に与えられるもの”という認識だ。同時に、S.D.体制をぶち上げた連中のお偉いさん曰く、『子どもは健全な環境の中で育つのが当然』らしい。故に、子どもたちは養育権を持つ夫婦の元へ無作為に送り出される決まりになっていた。

 養父母の資格を得るためには、“成人検査とユニバーサル・一般クラス課程のパス”の他に、“異性と結婚する”必要がある。だが、子どもの養育中に何かしらの事情があって離婚した場合、養父母の資格は剝奪されてしまい、子どもは自分を育てていた養父母の記憶を消され、他の養父母の元に送られてしまうという。

 

 “本当の幸せとは何か”――S.D体制の中で育ち、箱庭を享受し続ける人類は、そんなことを考える思考回路すら備わっていない。考えてしまったが最後、ユニバーサルから粛清されてしまう。『社会の秩序を壊しかねないため』というのが理由の1つであるが、人が何かを疑問に思うことがそんなにもおかしいのだろうか。

 

 

「ああああああっ! 痛い痛い痛い! 死んじゃう!!」

 

 

 扉の向こうから絶叫が聞こえた。力んでいるということはわかっていたけど、叫んでいる内容が内容だったので、余計に不安になってくる。

 

 

「嗚呼! 神様、仏様、コーラサワーッ!!」

 

「おい、ちょっと待て。コーラサワーって何だ?」

 

「クレアが言ってた。ご利益あるって」

 

 

 謎の言葉を口走ったのは、額にバンダナを巻いた茶髪の男――ラナロウ・シェイドだった。神頼みとは、S.D体制における背景や、自分自身の腕前を頼りにしている彼らしくない。余程切羽詰っているのだろう。この問題ばかりは、ラナロウがどうにかできる問題ではなかったためだ。

 ラナロウにツッコミを入れたのは、制服の首元にクラバットを巻いた鳶色の髪の男――マーク・ギルダーである。こちらもまた、平時のような落ち着き払った様子はなかった。ラナロウの妻の次は、自分の妻があそこで戦う番なのだ。彼女も同じような痛みに晒されるのだと考えると気が気でないのは当然のことだった。

 

 蛇足であるが、S.D体制になって以後、人類はグランドマザー主導の下、争いの元凶となるものを片っ端から駆逐した。特に、宗教やその他イデオロギーに関連する出来事は徹底的に封殺していたそうだ。閑話休題。

 

 

「クレアが豪運の持ち主で、そういうので生き残ってきたような奴だってのは知ってる。わかってんだよ。でも、でもなぁ……!」

 

 

 ラナロウが頭を抱えたのと同じタイミングで、扉の向こうから絶叫が木霊する。子を産むときの痛み。

 古い文献を読み漁って得た知識曰く、出産の痛みは『鼻から西瓜を出す』ような痛みなのだそうだ。

 例えはよくわからなかったが、女性に凄まじい負荷がかかっていることだけはよくわかった。

 

 祈ることしかできないというのは、本当に無力なものである。こんなにも近くにいるのに、当事者ではないというだけでなにもしてやれないのが歯がゆい。

 古い文献では、S.D体制以前における自然分娩とは“母子ともに危険が伴うもの”だった。凄まじい痛みと、命を落とすかもしれないリスク。これらは、S.D体制では完全に廃れていた。

 

 

「……カリナは凄いな。こんな痛みと戦って、こんな辛いことを乗り越えて、念願の母親になったんだから」

 

「そうだな」

 

 

 数か月前、自然分娩をやり遂げたミュウの偉業を噛みしめるように、マークは呟いた。ラナロウも同意する。

 

 

「ユウイが頑張る理由もよくわかる。嫁さんがこんな思いをしたんだ。その間、祈ることしかできなかった。……その分を、どうにかしたいって思うんだろうなぁ」

 

「ほぉう……。ユウイが花冠作ってたのを揶揄ってたお前が、そんなこと言うとは思わなかったな」

 

「うううう、うるせーよォ!」

 

 

 マークの揶揄いに対し、ラナロウが拳を振り上げたときだった。

 

 扉の向こうから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。ラナロウとマークは同時に跳ね起きる。先陣を切って扉を開けたのは、勿論ラナロウであった。

 病室の中で、青を帯びた黒髪の女性が、汗だくになりながらもやり遂げたような笑みを浮かべていた。彼女の腕の中には、夜の闇を思わせるような黒髪の女児が元気に動いていた。

 

 その顔立ちは女性と瓜二つで、笑った表情なんてそっくりだった。しかし、目元はラナロウとよく似ている。きゃっきゃ、という笑い声を聞いて、ラナロウはおぼつかない足取りで女性の元へと歩み寄った。

 夫がよたよたと近付いてきた様子を見た女性は、満面の笑みを浮かべた。「私もお母さんになったよ! 頑張ったよ! 褒めて褒めて!!」――そんな妻の言葉と、彼女に呼応するようにはしゃぐ女児の様子に、緊張感が切れてしまったらしい。

 ラナロウは言葉にならぬ声を上げて、「お前は一体何者だ!?」と問いかけたくなるような勢いで男泣きし始めた。平時だったら絶対にやりそうにないが、父親になったということでテンションが振り切れてしまったのだろう。

 

 気が付けば、ラナロウとその家族たちの周囲には人だかりができていた。ユウイとカリナ夫婦を筆頭とした若者組だけではない。若者たちに対して反感を抱く長老――ゼルや、ミュウたちにとっての女神であるフィシス、2代目の指導者(ソルジャー)としてミュウの未来を暗中模索しているジョミーもいた。

 子どもが無事に生まれたとなれば、名づけの問題が出てくる。ユウイは『お父さんとして最初に、子どもにプレゼントするものだから』と、自分で考えて命名していた。ちなみに、S.D体制下での命名は、養父母が自分たちで考えたり、養父母の関係者、あるいはユニバーサルのお偉いさんが名付け親になったりする。どれを選ぶかは本人たち次第だ。

 

 

「お前ら、その子の名前はどうするんだ?」

 

 

 マークの問いに、ラナロウとその妻は顔を見合わせ笑った。

 『自分たちで考えて決める』と言って一緒に古い文献を読み漁っていたけれど、肝心の名前は教えてもらっていない。

 

 どうやら、この場で命名発表となるらしい。2人は幸せそうに微笑み、おくるみに包まれた娘へ告げる。

 

 

「ベルフトゥーロ・ティアエラ」

 

「ベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイド……」

 

 

 ラナロウ夫妻が告げた女児の名前を、フィシスが確認するように鸚鵡返しした。そして、ふっと笑みを浮かべる。金の長髪がさらりとゆれた。

 

 

「“未来の鐘を鳴らす者”……。きっとこの子は、誰も考えられないような偉業を成すでしょう」

 

 

 未来を《視る》盲目の占い師。初代指導者が見初めたミュウの女神の言葉に、嘘はない。フィシスの託宣を聞いたラナロウ夫妻は目を輝かせると、愛娘ベルフトゥーロへと向き直った。こんなに小さいのに凄いね、と、妻が微笑む。

 カリナに抱かれていたトォニィも、新しい友人に話しかける。トォニィは凄まじい能力を持っており、生まれてまだ数か月だというのに、平然と力を使いこなしていた。能力はジョミーやブルーと同じ荒ぶる青(タイプ・ブルー)に匹敵すると言われている。

 

 

<はじめまして、ベルフトゥーロ。僕はトォニィ。名前が長いから、キミのことはベルって呼ぶよ>

 

 

 トォニィが何を言っているのか察したのか、ベルフトゥーロはきゃっきゃと笑った。その笑顔につられたのか、周囲に集まっていた人々も笑みを浮かべた。

 

 

 

***

 

 

 

「ぶべらぁッ!?」

 

「うわっ!?」

 

 

 娘を迎えに来たラナロウの顔面に飛んできたボールが、見事顔面にヒットした。彼は間抜けな悲鳴を上げ、仰向けに倒れこむ。

 慌てて振り返ったマークだが、こちらの方にも飛んできたモノがあった。

 

 

「パパぁ!」

 

「――っと、イニス! 危ないぞ」

 

「パパ、お帰りなさぁい!」

 

 

 サイオン波を使って飛んできた娘――イニス・メファシエル・ギルダーを受け止めつつ、マークは微笑む。母親譲りの美貌を受け継いだ娘は、今日も天使のような笑みを浮かべている。

 

 可愛い娘が笑顔で自分を迎えてくれるのだ。多少、頬が緩んで『だらしない顔』になってしまうのは致し方なかろう。娘との逢瀬に心を弾ませつつ、マークは妻――エターナへと視線を向けた。彼女は他の子どもたちと一緒に遊んでいたが、マークの視線に気づくと柔らかに目を細める。

 元々エターナは看護師として仕事をしていたのだが、今ではナスカで生まれた子どもたちの面倒を見る役割――古い文献における“保育士”に転職している。曰く、『子どものお世話をするのが楽しい』とのこと。尚、子どもたちから一番人気のある“保育士”は、ラナロウの妻・クレアだったりする。

 マークは『子どもたちとクレアの精神年齢が近いから』ではないかと思うのだが、それを口に出すと面倒なことになると察していたため、沈黙を貫くことにした。そんなマークの考えを知ってか知らずか、クレアは子どもたち――ラナロウにボールをぶつけた下手人・タキオンを叱っていた。

 

 

「こーら! 人の顔面にボールをぶつける遊びはダメ!」

 

「真ん中に当てたのに?」

 

「真ん中に当てたのは凄いけど、ラナロウ――ベルのパパが怪我しちゃうかもしれないでしょ? そうなったらみんな悲しむんだよ!」

 

 

 クレアに懇々と諭されたタキオンであるが、彼は生意気に微笑みながら返事をした。前髪を指に巻くような所作を見ていると、長く伸びた前髪をくるくるいじっている姿がちらつくのは何故だろう。

 盛大に転んだラナロウがようやく体を起こす。相手が同年代なら文句の1つでもがなり立てていたのだろうが、相手は齢4歳にも満たない子どもだ。振り上げた拳は宙を彷徨い、最終的には地面へ落ちる。

 

 深々とため息をついたラナロウは、年より臭い動作で体を起こした。満面の笑みを浮かべる妻に対して苦笑し、託児フロアを見回して――首を傾げる。

 

 

「ベルとエルガンは?」

 

「おじいちゃんたちのとこ」

 

 

 おじいちゃん、という単語が何を意味しているのかを知っていたラナロウは、途端に嫌そうな顔をした。娘を抱きかかえていたマークの眉間に皴が寄ったのも、ラナロウと同じ理由である。

 

 現在、ミュウは世代間によって真っ二つに分かれていた。1つは青い星(テラ)へ向かうことを第1に考えるタカ派の長老・ゼルで、もう1つは赤い星(ナスカ)に定住したいと望む同世代の一派だ。マークとラナロウは後者の立場である。ユウイの事故死をきっかけに、長老と若者らの溝が決定的なものになったのだ。

 クレアが言う“おじいちゃん”はゼルである。ナスカに定住しようとする若者に対し、毎度毎度厳しい言葉をぶつけてくる“いけ好かないジジイ”。口を開けば若者世代への糾弾ばかりなのだ。叶うなら顔を合わせないでいたい。――特に、キムやハロルドといった血気盛んな面々とつるむことが多いラナロウは。

 

 

「あいつ、よりにもよって、厄介な奴のところに……! いや、そもそも、サイオン波を使った転移とか、本当にもう……!!」

 

「大丈夫だよ。エルガンいるし」

 

「エルガンの負担がデカすぎるんだよ! アイツまだ生まれて数か月じゃねえか!!」

 

 

 頭を抱えるラナロウは、自分の娘――妻にとってもよく似た性格――よりも、娘に振り回されるであろう年下の子ども――エルガン・ローディックに対して同情していた。

 クレアにぶん回されてきたが故に、嘗ての自分と同じような轍を踏みつつあるエルガンを放っておけないらしい。

 ラナロウとエルガンは親子ではないはずだが、奴の娘にぶん回されるエルガンの姿はクレアにぶん回されているラナロウのそれとほぼ一致していた。

 

 うんうん唸りながら頭を搔いていたラナロウであるが、厄介な野郎と対峙する覚悟を固めたらしい。眦を吊り上げて踵を返し、この場から去って行った。

 

 若者世代に対して辺りがキツいゼルだが、ナスカで生まれた子どもたち――特に、しょっちゅうちょっかいをかけるラナロウの娘と、彼女に振り回されるエルガンに対しては、比較的態度が柔らかい。

 ラナロウとは敬遠の中だけれど、彼の娘を邪険に扱うことは無いだろう。……多分、きっと、メイビー。現実逃避がてら、マークは娘を抱えて妻の元へ向かうのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ワシはな、昔は髪フッサフサのイケメンじゃったんじゃ……!」

 

 

 人工ウィスキーを呷りながら、禿げ頭で白ひげを蓄えた長老が嘆きを叫んだ。S.D体制になって以後、肉や野菜、金属類等も人工で生み出すことができる。それは本物と遜色ないが、ナスカの大地で野菜作りに勤しむ若者たち曰く、『人工物は何か足りない』らしい。閑話休題。

 

 

「ゼル、飲みすぎだ。少し落ち着け」

 

 

 禿げ頭の長老――ゼルに苦言を呈したのは、白髪で理知的な長老だった。片側の袖からは物々しい鋼鉄の義手が顔をのぞかせている。

 しかし、彼の諌める言葉は、ゼルにとっては火に油を注ぐようなものでしかなかった。ゼルは駄々っ子のように首を振り、テーブルに拳を叩きつけた。

 

 

「ワシがまだミュウとして目覚める前は、後輩の女の子がファンクラブ作るくらいイケメンじゃった。薄らとしか覚えておらんけども。ミュウに目覚めて以後は、“苛烈なる爆撃手(タイプ・イエロー)”として前線で戦っていたんじゃ……! 自分で言うのも何じゃが、かなり活躍してたんじゃ……!! 好きな女の子だっていた! お前だってそうだろ、ヒルマン!?」

 

「……あー……」

 

 

 ゼルの言いたいことはよくわかっていたし、彼の言葉は正しかったので、白髪の長老――ヒルマンは居心地悪そうに視線を逸らした。

 ヒルマンはゼルと並び、ミュウの戦闘要員として前線を張っていた。腕を失くして以後は引退して研鑽に励み、教授と呼ばれる程になったのだ。

 攻撃面のツートップだけではなく、恋愛面での三角関係でも張り合っていた。まあ、今となっては遠い日の話であるし、その相手はこちらに振り向いてすらくれなかったのだが。

 

 その話を聞いた褐色の肌で金髪の男も、何かを察したように天を仰いだ。彼の手にも、人工ウィスキーが注がれたグラスが握られている。頬に赤みが差しているあたり、こちらも相当酔っぱらっていそうだ。

 彼もまた、ゼルとヒルマンが攻撃面でツートップを張っていた頃、堅牢たる“完全なる護り手(タイプ・グリーン)”として防御機構の要を担っていた。現在では艦長としてクルーに的確な指示を出している。最近では2代目指導者に信頼される相手の1人でもあった。

 

 過去にぐだぐだと溺れかけた大人3人組のど真ん中に、3歳程度の少女が椅子に座ってミルクを呷っていた。美しい青の瞳は、「ああもう、この大人はしょうがないんだから」という呆れを含んでいるように思う。彼女の隣には、生まれて数か月程度の赤子が能力を使って浮かんでいる。赤子は、涙目で女児を見上げていた。

 

 

「まあ、どんなにイケメンであろうと、周囲の女の子たちの基準が大グランパじゃねぇ。太刀打ちなんてできないよね」

 

「「「んぐぅ」」」

 

「外見が“守ってあげたい、儚い系”で、且つ、意志が強くて、仲間想いで人望が厚いイケメンだもんね」

 

 

 女児の言葉に、男3人が揃って天を仰いだ。

 

 この少女が語る大グランパとは、初代指導者であるブルーのことだ。月を連想させるような銀色の髪に、宝玉のような紅の瞳、どこまでも透き通った白い肌、静かで落ち着いた低い声が特徴の、問答無用のイケメンである。

 ブルーは当時から、外見年齢に一切の変化がない。そうして、人を惹きつける魅力の持ち主だ。カリスマ性だって持っている。虚弱体質なのはその引き換えだったのではないかと思ってしまう程、天は彼に沢山のものを与えていた。

 

 

「もっとも、太刀打ちできないからって泣き寝入りしたら、当たり前だけど、残念な結果になるよね」

 

 

 女児は淡々と言葉を紡いだ。が、次の話題を口に出した途端、うっとりとした口調に変わる。

 

 

「しっかし、ブラウ女史っていいよね。美人だよね。包容力のある肝っ玉姐さんって感じだし、褐色の肌なんかチョコレートみたいに甘そうだし。若い頃はお転婆で可愛かったんだろうなー。エラ女史はおしとやかで理知的で落ち着いてるし、年を重ねたことによる上品さとか、本当にたまらない。若い頃は勿論、知的なクールビューティ―として引く手数多だったんだろうなー」

 

 

 うへへ、と、女児は笑った。口元からだらしなく涎を垂らしながら、若い頃の長老(女性2人組)に思いを馳せる。

 侮ることなかれ。この女児は、女性を口説き落す才能に満ち溢れていた。何人の女子(おなご)を口説き落し、「あの子が青年だったなら」と女子(おなご)を悲しませたであろう。

 「口説き落して恋愛したい相手は女性だ」と堂々宣言し、人妻まで攻略しようと乗り出したときは大騒ぎになった程だ。

 

 今の女児の目は、肉食獣のような目をしていた。それを見た赤子が身を震わせる。

 

 

<……ねえ、ベルは女の人がいいの?>

 

「そうだね。女の子可愛いもんね。女性は素敵だもんね」

 

<男の人で、そう思う人はいないの?>

 

「みんな友達だよ。あ、でも、エルガンは論外?」

 

<ろっ……!!?>

 

「いや、だって、何かある度にびーびー泣いてるんだもん。それに、『殴るのも殴られるのも大好き』なんでしょ? そんな変態、論外よ。論外」

 

<違うもん! そんなド変態、僕じゃないよ!!>

 

 

 女児――ベルにバッサリ切り捨てられた赤子――エルガン。ローディックはそのまま大泣きし始めた。それを見た大人3人も天を仰ぐ。彼らもまた、似たような状況に陥ったことがあった。

 “好きな女の子がソルジャー・ブルーの熱烈なファンで、『他の奴らは論外』と言っていたのを聞いてしまって泣き寝入りした”とか、丁度そんな感じである。

 子ども2人のやり取りでトラウマをぶち抜かれた男3人組は、彼女たちの親がやって来るまで、腕で顔を覆っていた。

 

 

 

***

 

 

 

 ミュウたちが暮らす母艦――シャングリラの、とある部屋の前に、2人の幼子が佇んでいる。

 

 

「あいつはダメだ」

 

 

 夕焼け色の髪と瞳を持つ幼子は、敵意をむき出しにしてそう言った。

 

 

「あの男は、殺さなきゃいけない」

 

「でもさ、トォニィ。グラン・パがそれを赦すとは思えないよ?」

 

 

 夕焼け色の髪と瞳を持つ幼子――トォニィの言葉に、ベルフトゥーロは訝しみながら眉をひそめる。前を向き直れば、大きな扉が目に入った。

 この奥には、ナスカにやって来た人間の男が捕らわれている。ミュウが人類と“まとも”に接触するというのは珍しいことだと、仲間たちは言っていたか。

 古参のミュウたちは“青い星(テラ)へ『還る』ための手がかりが手に入る”と息巻いており、尋問をもっと行うという。

 

 ミュウを率いる指導者(ソルジャー)であるグラン・パも、今回迷い込んできた人間の男を重要視している。グラン・パはこの男に対し、ミュウの生存権と安住の地を求めた。しかし、男は完全な“模範的人間”だった。奴は、然るべき手を使ってミュウを殲滅すると宣言したためだ。

 奴は自然分娩で生まれたミュウの子ども――トォニィを目にして「気持ち悪い」と言ったような、人間の男である。トォニィが何かを危惧する気持ちは分からなくもない。ただ、ベルフトゥーロは、あの男を即刻抹殺する必要性があるとは思わなかった。“今は生かしておくべきではないのか”と思っている。

 

 そんなベルフトゥーロの考えを読んだのか、トォニィはむっとした表情でこちらを睨んだ。

 

 

「ベルも、他の奴らと同じ考えなの?」

 

「うーん。正直に言うと、どうしたらいいのか分からないって感じ? グラン・パが『生かしておくべきだ』って言うならそうだと思うよ」

 

 

 ベルフトゥーロにとって、一番優先すべきことは家族及びグラン・パの判断である。

 彼らの判断は、ベルフトゥーロにとって“絶対”だ。トォニィにだって、同じことが言えるだろう。

 

 

「グラン・パがやらないなら、僕がやる」

 

「へ?」

 

「――そのために、僕はここに来たんだ」

 

 

 トォニィははっきりと言い放った。夕焼け色の眼差しは、扉の向こうにいるであろう人類軍の男へと向けられている。

 憎しみに満ち溢れた、どこまでも攻撃的な眼差し。揺らめいたのは、禍々しい輝きを宿す光だ。グラン・パと同じ、青い光。

 “すべては、敬愛するグラン・パ――ジョミー・マーキス・シンのために”――彼の根底にあるのは、その想いだけである。

 

 グラン・パを一番神聖視しているのはトォニィだった。そんな彼が、グラン・パの意見に対して異を唱えている。人類軍の男を生かしておくべきだという判断を「間違っている」と断じ、グラン・パに相談することも許可を得ることもなく、己の判断で、奴の命を取ろうとしている。

 

 

「ベル、僕たちには力が必要なんだ。グラン・パの理想を叶えるため、グラン・パがソルジャー・ブルーから託された使命を果たすためにも、今のままの僕たちでは力が足りない」

 

 

 トォニィの眼差しは真剣だった。そうして、自分の掌を睨みつける。幼子特有の、小さな掌だ。こんなちっぽけな手では、できることなどタカが知れている。

 彼の気持ちを理解したベルフトゥーロもまた、己の手の平に視線を落とした。大きな使命と理想を背負うグラン・パの手助けをするには、あまりにも無力だ。

 

 

「わかった。他のみんなにも、伝えておく」

 

「頼んだよ、ベル」

 

「任せといて!」

 

 

 互いの顔を見合わせ、頷き合う。ベルフトゥーロとトォニィは、成すべきことのために動き出した。

 

 トォニィが部屋の扉を開けたのと、ベルフトゥーロが仲間たちの遊び場に転移したのはほぼ同時だった。ベルフトゥーロの気配を感じ取ったエルガンが振り返る。

 遊んでいた仲間たち――イニス、アルテラ、タキオン、タージオン、コブ、ツェーレン、ペスタチオも、遊ぶのを止めてこっちに駆け寄ってきた。

 

 

「ねえ、ベル。トォニィ知らない?」

 

 

 アルテラがこてんと首を傾げる。可愛い顔をしているなぁ、と、ベルフトゥーロはついついにやけてしまった。

 エルガンが泣きそうな顔をしていたのが視界の端に映り、ベルフトゥーロは本題を切り出すことにする。

 真剣な顔つきになったベルフトゥーロに、仲間たちは何かを感じ取ったのだろう。神妙な表情で、ベルフトゥーロを見上げた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「武術ゥ?」

 

 

 ベルの言葉を聞いたアルテラは、変なものを見るような眼差しを向けてきた。

 

 

「アタシたちはミュウよ? しかも、この艦で一番強い荒ぶる青(タイプ・ブルー)なんだから。そんなもの必要ないじゃない」

 

「だってみんなサイオン波メインばっかりじゃん。1人くらい、肉体的に丈夫なタイプや浪漫戦術使う奴がいたっていいと思うんだけど」

 

「そんなものなくたってベルは強いじゃない! ……アタシよりも、ずーっと」

 

 

 ベルの実力を認めて褒めてくれるアルテラだけれども、彼女のご機嫌は斜めだ。

 ……さもありなん。彼女はナスカチルドレンのナンバー1にして、同世代の中で最強のミュウ・トォニィにお熱である。

 同世代内部でサイオン波の訓練――特に模擬戦をすれば、誰1人として彼に勝てたミュウはいないのだ。

 

 ベルでさえ、ギリギリ引き分けに持ち込むのが関の山。ついでに付け加えれば、ナスカチルドレンのナンバー2争いを繰り広げているのはベルとイニーの2人だし、ナンバー4はエルガンが独占している。

 トォニィの傍で彼を支えたい、ずっと一緒にいたいと願っているアルテラにとっては面白くなかろう。そういう風にむくれる顔も可愛いんだよなァ――なんて考えていたら、アルテラはしかめっ面になっていた。

 

 

「アタシはトォニィ一筋なの!」

 

「アルテラが生まれた頃から知ってるよ。ずっと見てきたし、相談にも乗って来たからね」

 

「ア゛ーッ、そういうとこォ!!」

 

「ところでアルテラ。トォニィにちゃんと“好き”や“愛してる”って言えた? トォニィはニブちんだから、『貴方の子どもを孕ませてくれ』って言った方が早いかもよ?」

 

「最低!!!」

 

 

 アルテラは錯乱でもしたかのように頭を抱えて吠えた後、「もういい! 知らない! 勝手にやればいいじゃない!」と言い残してその場から離脱してしまった。

 

 彼女の背中を見送った後、ベルは他の面々にも声をかけてみる。結果はトォニィ、イニス、エルガン以外が<また変なこと始めた>、<好きにすればいいと思うよ>と言って我関せずを貫いた。

 対して、名前が挙がった面々は二つ返事で協力を申し出てくれた。ナスカチルドレンのトップ4の行動原理は、“敬愛するグラン・パ――ジョミーの役に立ちたい”、或いは“笑顔が見たい”である。

 

 

「なんで武術の訓練をしようと思ったんだ?」

 

「浪漫を感じたから」

 

「……本音は?」

 

「浪漫を感じたのが本音。『フィジカルにも割り振ったミュウがグラン・パくらいしかいないな』って思ったのが動機かなァ」

 

 

 ひとしきり訓練を終えた後、話しかけてきたトォニィの問いに答える。

 

 

大グラン・パ(ソルジャー・ブルー)もすっごく強い荒ぶる青(タイプ・ブルー)だったけど、肉体面の脆さを突かれて追い詰められてたところがあったじゃん。そこをカバーできるタイプが1人いるだけでも、少しはマシになるんじゃないかなーって思っただけなの」

 

「……相変わらず、ベルの発想は変わってるよな」

 

「でも、頭ごなしに否定したり、馬鹿にしたりしないよね。そういうとこ、まとめ役に向いてると思うよ。実際、ナスカチルドレン(あたしたち)を纏めているのはトォニィだしね」

 

「僕はただ、グラン・パの役に立ちたいだけだよ」

 

「あら。それは私と同じね」

 

 

 トォニィとベルが談笑している中、イニーが楽しそうに加わって来た。

 彼女もまた、グラン・パ――ジョミーを敬愛している同年代の1人だ。

 

 

「出来ることなら、もう一度、あの人が笑っている姿を見てみたいものだわ」

 

「そのためにも、俺たちは成果を挙げ続けないとな」

 

 

 ちょっとボロボロになったエルガンも、イニーの言葉に同意する。

 

 ナスカが滅びを迎えて以降、グラン・パは冷徹な指導者として振る舞い、人類と戦う道を選んだ。優しくて涙脆く、思慮深かった彼の姿を見たのがずいぶん昔のように思える。

 両親と同年代――或いは、グラン・パと同世代のミュウは、ベルたちナスカチルドレンとは別ベクトルで、指導者たるジョミーのことを畏怖していた。

 勿論、嘗てのタカ派だった長老・ゼルでさえ『皆殺しはやりすぎだと思う』と控えめに苦言を呈するレベルだ。今の彼から見れば、ジョミーはタカを通り越してフェンリルに見えたことだろう。

 

 ジョミーが心を閉ざしてしまったことに気づいているミュウは何人いるだろう。ナスカチルドレンのリーダー格であるトォニィは、敬愛しすぎているせいでまだ気づいていない。

 グラン・パと同世代のミュウたちも、嘗ての姿を知っているはずなのに『変わってしまった』の一言で終わらせている。……今の彼は、孤独であった。それを癒すための術など、何1つない。

 

 

「あたしたちには、戦い続けることしか出来ないからね」

 

「ナスカで命を落とした人々の未練や無念を晴らす方法を、彼は“青い星(テラ)帰還(かえ)る”ことに見出した。だからあの人は、戦う道を選んだのよ」

 

「人類に踏み躙られた過去は変えられないし、未来のために奴らを叩き潰した過去も然りだ。――だが、俺は信じている。積み重ねた犠牲は、俺たちミュウの未来を勝ち取るためのものだと」

 

「……相変わらず、難しいことばっかり考えてるよなあ。3人は」

 

「お前の年齢、本当は4歳だもんな」

 

「エルガンの方が僕より年下じゃないか。キミ、本当は1歳だろう?」

 

 

 顔を見合わせて頷き合うベル、イニー、エルガンの姿を見ていたトォニィは肩を竦める。

 最年長が見せた子どもっぽい一面に目を細めたエルガンだが、彼はナスカチルドレンの最年少だ。

 げんなりした顔のトォニィからツッコミを貰ったのは、当然のことである。

 

 

 

*

 

 

 

 シャングリラ内部は相変わらずピリピリしている。ミュウたちの旅の終着点――青い星(テラ)に繋がる座標を手に入れてから、更に年単位の時間が過ぎ去っていた。

 

 人類によってナスカを滅ぼされて以降、シャングリラは青い星(テラ)を目指す旅を再開した。同時に、旅路の中で立ちはだかる人類軍を殲滅してきたのだ。ベルを含んだナスカチルドレンは、ジョミーの道を切り開く『牙』として戦いを繰り広げている。

 数多の戦艦を潰し、戦闘機を潰し、脱出艇さえも潰したナスカチルドレンのことを、仲間たちがあまりよく思っていないことは知っていた。自分たちと他のミュウとの間に、言語化しにくい溝が出来上がっていることにも気づいていた。

 それでも、道が完全に分かたれることが無かったのは、“ベル・イニス・エルガンの3人が実質的な鎹役になっていたこと”と“ナスカチルドレンを束ねる長・トォニィが当代指導者のジョミーを敬愛しており、彼のために尽くすことを至上としている”ためだった。

 

 

『“戦闘機の設計開発や整備を学びたい”……?』

 

『うん! あたし、早く大人になって、みんなを守れるようになりたい! それで、グラン・パのお手伝いが出来るようになりたいんだ! だから、お願いします!』

 

 

 ベルは昔から、機械いじりが大好きな子どもだった。ラナロウの得意分野をそっくりそのまま受け継いだような形である。そこから設計開発に興味を持ち、シャングリラでその部門を担当しているミュウ――ヤエに弟子入りを志願した。

 

 同期のナスカチルドレンたちはみんな“自分たち以外のミュウは雑魚”と言ってクルーを見下していたから、ベルたちのように“クルーの誰かに弟子入りする”というタイプはいなかった。例外は“グラン・パとナスカチルドレン以外のミュウは雑魚。グラン・パは最高なので一生仕える”と思っているトォニィくらいだ。

 他にもベルは、長老をとっ捕まえて現役時代の彼/彼女らが使っていた戦術を学んだり、シドから操舵を教わったり、ルリやニナを巻き込んでオペレーターのやり方も教わったりと、自分に出来ることはすべて挑戦してみた。イニスやエルガンも同じようにして、クルーたちから教えを乞うていた。

 

 

『もう大丈夫だよ! みんなに『死ね』って言ってきた人間たちは、あたしたちがぜーんぶやっつけたから! これからもみんなのことは絶対守るから、安心して、どーんと構えててね!』

 

『俺たちは、貴方方を青い星(テラ)に連れていく。そのために道を切り開くことを選んだんだ。……俺たちを信じて、任せてくれ。必ず応えてみせるから』

 

『故郷や両親のことについて、思うことがないとは言い切れないわ。私たちはトォニィのようになれないし、グラン・パのようにもなれない。――それでも、私たちは私たちなりに、みんなの未来を切り開く力になりたいと思っているの』

 

 

 ベルが、エルガンが、イニスがそう言って先輩たちのミュウに笑いかける度に、彼や彼女たちは辛そうに笑う。

 言いたいことを全部飲み込んで、思念波すらも抑え込んで、泣き出しそうな顔をしながら頭を撫でてくれた。

 青い星(テラ)の行く手を阻む障害(モノ)を叩き潰す度に、彼や彼女らも覚悟を決めたような顔をすることが増えた。

 

 トォニィ以外のナスカチルドレンは、ベルたちの態度を不満に思っていた。『ミュウの中で一番強いのは自分たちだ』と自負しているから、他の世代の弱いミュウに頭を下げるのが気に入らないらしい。……最も、トォニィ以外の面々はベルやイニス、エルガンに一度も勝てたことがないため、嫌々我慢していたのだけれど。

 

 尚、一番強いトォニィはグラン・パ大好きなので、グラン・パに謀反するような真似――他世代のミュウを暴力で叩きのめす――なんてしない。

 それ故に、ナスカチルドレンとその他のミュウの間に生じた溝や軋轢は、ミュウの結束を壊すような事態に発生することはなかった。閑話休題。

 

 

「うーん……」

 

「アルテラ、何してるの?」

 

「ひゃあ!?」

 

 

 悩まし気に唸っていたアルテラに声をかければ、彼女は声をひっくり返しながらこちらへ振り返った。

 

 彼女の手に左手握られていたのはドリンクだ。しかも、微かに花をかすめたのはフルーツジュースの匂い。トォニィが好む銘柄である。

 対して、利き手である右手に握られていたのはペンだ。アルテラは飲み物のカップに何かを書こう――或いは描こうとしていたらしい。

 

 

「ついにトォニィへプロポーズするんだ?」

 

「そ、そうよ!? 悪い!?」

 

 

 いつもなら顔を真っ赤にしてうみゃうみゃ叫び出すのだが、今日のアルテラは強気であった。正しく言うなれば“開き直った”というヤツなのかもしれない。

 アルテラは、生まれて数か月くらいのときからトォニィが大好きである。“トォニィがアルテラを受け入れ、望んでくれるのであれば、トォニィの子どもを産みたい”と思っているくらいには。

 その言葉を聞き出すまでに丸々1日かかったし、そのうち半日は(形式上)戦闘訓練に費やしたし、聞き出した後は『みんなに言ったら許さないから!!』とサイオン派でどつかれた。

 

 顔を真っ赤にしてポコポコ思念波を飛ばしてくるアルテラだけれど、ペン片手に飲み物のカップと睨めっこしているあたり、プロポーズの文言をどうするかが一切決まっていないようだ。カップをテーブルに置き直しては、「ああでもない」、「こうでもない」と唸っていた。

 こういうときに、ベルたちの両親が生きていたらどんなアドバイスをしてくれたのだろう。ナスカチルドレンの親たちの大半が“男性が女性にプロポーズして成立した”タイプだった。ベルの両親も、イニスの両親もそのタイプである。女性側がモノにしていたのはエルガンの両親だったか。

 

 顎に手を当てて考え込んでいたアルテラが、ベルに視線を向けた。何かを言いかけるように口を開き――けれど、即座に顔をしかめる。アルテラの問いかけに対するベルの答えが“一文字一句、()()()()のときと一緒”だったからだろう。

 

 

「『貴方の子どもを孕ませてくれ』が一番手っ取り早いと思うんだけど」

 

「いつ聞いても最低!!」

 

 

 アルテラは顔を真っ赤にして吠えた。

 勢いそのままベルを睨みつける。

 

 

「本命へのプロポーズとして最ッッ低なんだけど!? 全然参考にならない! ――もういい、自分で考える!!」

 

「そっかー。頑張れー」

 

 

 アルテラは飲み物とペンを片手に、ベルの元から離れていく。

 

 彼女の背中へ手を振りながら、ベルはアルテラの武運を祈った。

 ――それが、アルテラとの“最期の会話”になるとは思わずに。

 

 

 

***

 

 

 

『貴方の笑顔が好き!』

 

 

 飲み物のカップに書かれていた、アルテラのプロポーズ。

 朴念仁のトォニィが大きく目を見開き、口元を戦慄かせる。

 

 そして――彼はそれを抱えて、慟哭した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 “ユグドラシルはもう持たない”――人間たちの言葉通り、地下で“何か”が起きて以降、施設は倒壊を始めている。

 

 本来なら、逃げ惑う人間たちと同じように避難行動に出るべきなのだろう。だが、地下にはまだ、グランドマザーに会いに行ったグラン・パ――指導者(ソルジャー)たるジョミーが取り残されている。彼を放置して逃げることなど出来るはずがない。

 荒ぶる青(タイプ・ブルー)としての力を駆使し、地下へ地下へと降りていく。長老たちとフィシスを置いてけぼりにしてしまったことが気がかりだが、自分たちはジョミーを優先することを選んだ身。彼や彼女たちがジョミーを信じたように、自分たちも彼や彼女たちを信じるほかない。

 

 降りて、降りて、降りて、降りて――ついに最下層のフロアへ転移する。

 真っ暗になった部屋には、瓦礫と機械の残骸が転がっていた。

 階段の上に仰向けで倒れこんでいるのは――ベルフトゥーロたちが探していた“大切な人”。

 

 

「「「グラン・パ!」」」

 

 

 トォニィ、ベルフトゥーロ、イニスが慌てて彼の元へと駆け寄る。肩からの出血と、脇腹に突き刺さった剣。どこからどう見ても満身創痍だ。

 普通に考えれば、下手人として想定されるのは隣にいたキースだろう。ベルフトゥーロやイニスが動くよりも先にトォニィが激高し、奴の胸倉を掴んだ。

 

 

「貴様、よくもォ!」

 

「違う! ……彼は一緒に戦った仲間だ」

 

 

 キースへ追撃を喰らわせようとしたトォニィを、ジョミーが引き留める。

 見れば、奴の胸には剣が深々と突き刺さっているではないか。

 この場に漂う感情の残滓を拾えば、地下で何が起こったかの断片を掴むことが出来た。

 

 

『僕は自由に、この空を飛び続けるんだ!』

 

『みんな友達! ――みんな、元気でちゅかー?』

 

『僕が、貴方を死なせない』

 

 

 キース・アニアンがS.D.体制下で出会い、S.D.体制によって奪われた大切な人たちの姿がよぎる。彼らとの出会いと交流が、機械の申し子たるこの男にヒトとしての意志を与えた。

 

 奴が人類に向けて放送した宣言――あれは、グランドマザーに対する反逆だ。同時に、グランドマザーの庇護(かんし)下に置かれて安寧を貪っていた人類に、ヒトとして立ち上がる最後のチャンスを与えたのと同義。これで立ち上がらなければ、人類は永遠に機械の家畜として飼殺されていたであろう。

 トォニィはそれを見て鼻で笑い、フィシスから平手打ちを叩き込まれていた。ベルフトゥーロも、トォニィのアレは最大級の失言だと思っている。“ヒトの可能性に賭けた”という意味では、キース・アニアンはジョミー・マーキス・シンの同志と言えよう。

 

 

『何故力を使おうとしない!? ミュウの力を! その力があれば、私の心臓を止めることなど容易だろう!? 何を躊躇う必要がある!?』

 

『僕は、キミと話し合うために来たんだ。殺し合いがしたいんじゃない! 分かり合いたいだけなんだ……!』

 

 

 キース・アニアンがS.D.体制を肯定し、ミュウ排斥を唱え続けていたのは、機械の申し子として生きることに殉じたためではない。奴はミュウが“人類の進化の必然”だと認めていた。

 認めていたからこそ、それをジョミーに証明させようとしたのだ。『指導者同士の最終決戦でキースが敗北すれば、ミュウの存続が認められるようプログラムされていた』ことを知っていたから。

 

 

『私は自分のしたいようにする……!』

 

『理解不能。キース・アニアン、ジョミー・マーキス・シンを討て』

 

『彼を離せ! 貴女は時代遅れのシステムだ、もういい!』

 

 

 けれど、頑なにキースを傷つけまいとするジョミーの様子を静観していたグランドマザーは、キース/人類の判定勝ちという判断を下し、ミュウの殲滅のために動き出してしまった。キースに対してジョミーを討つよう命令を下した。――それを、キースは無視した。グランドマザーに銃口を向けるという形で、自らの意志を示した。

 人類の指導者が「やめろ」と言っているのに、グランドマザーは止まらない。『ミュウ殲滅は承認された』と繰り返し、意見を翻したキースを『ミュウからの精神汚染を受けた』というお題目で処分したのだ。彼の胸に突き刺さった剣は致命傷で、このまま放置すれば助からないことは目に見えている。

 

 

『貴様……! 機械め……!!』

 

『――すべてのミュウよ、僕に力を!』

 

 

 ナスカの一件があって以降、ジョミーはいつだって冷徹だった。けれど、ベルフトゥーロは知っている。ジョミーは元々感情豊かで優しいヒトだってことを。

 優しいからこそ責任感が強くて、みんなを希望ある未来へ導こうと必死だった。ずっと心を閉ざしてきたけれど、キースを傷つけられたことでタガが外れたのだろう。

 ジョミーはいつだって、仲間のために戦うヒトだった。友達のことを大切にしていた。――キースの行動を目の当たりにしたから、彼はキースを“仲間”と呼んだ。

 

 

(グラン・パの、友達……)

 

 

 コイツがナスカを滅ぼした――それは知っている。奴がメギドを率いてこなければ、両親は今でも元気でいたはずなのだ。きっと、新しいナスカチルドレンが増えていったことだろう。

 憎む気持ちがなかったかと問われれば、何とも言い難いのは事実。だけど、自らの意志でグランドマザーに反逆し、ジョミーと共に戦ったこの男を、これ以上糾弾する気持ちにはなれなかった。

 

 ベルフトゥーロは暫しキースを見つめていたが、年相応に狼狽するトォニィとイニスの方へ向き直る。

 

 

「グラン・パ! 帰ろう、シャングリラに……!」

 

「早く治療しないと!」

 

「待て、トォニィ。……ベル、イニー……お前たちに、頼みたいことがある……」

 

 

 決意を宿した新緑を目の当たりにし、ベルフトゥーロは《理解(わかっ)てしまった》。大好きなグラン・パは――ジョミーは、死ぬ覚悟を固めてしまったのだと。

 恐らく、イニスやトォニィも察しただろう。施設が倒壊する音に紛れて、自分たちが息を飲む音が響いた。

 

 

「メギドを……地球(テラ)を破壊しようとしているメギドを、止めてくれ……!」

 

「嫌だ! こんな惑星(ほし)どうだっていい! 早くしないとグラン・パが死んじゃう!!」

 

 

 しかし、ナスカチルドレン最年長/実年齢10歳未満の子どもで、グラン・パ大好きなトォニィは、ジョミーとの別離を理解したくないようだ。

 身も蓋もないことを叫んでジョミーへ縋りつき、現実から目を背けようとする――それは、ベルフトゥーロやイニスの本心そのものであった。

 2人もトォニィと同じように縋りつこうと手を伸ばしたが、それを制するかのようにジョミーが言葉を続ける。

 

 

「トォニィ。僕からの、最期の頼みだ……。死んでいった仲間の想いを、無駄にしないためにも……お願いだ」

 

「嫌だ嫌だ嫌だっ! グラン・パを置いてなんか行けないっ!」

 

「そうだよ! みんなで一緒に帰ろう!?」

 

「私たちが力を合わせれば、それくらい――」

 

 

 駄々をこねて泣き喚くトォニィ、ジョミーを抱き起そうと手を伸ばすベルフトゥーロとイニスを制し、3人の頭をなでる。

 

 

「トォニィ、ベル、イニー……お前たちは強い子だ。僕の自慢の……人類を、ミュウを……ヒトを、頼む……!」

 

「――っ、グラン・パ……」

 

「……分かった」

 

「――嫌だ! そんなの嫌だよ!」

 

 

 すべてを察して何も言えなくなったイニスは、それでも小さく頷き返した。

 トォニィのように縋りつきたい気持ちを押し――それ以上に、ジョミーの願いを叶えたい一心で、ベルフトゥーロも頷く。

 しかし、トォニィはジョミーを抱きしめる腕に力を込めた。ずっと一緒にいたいという己の願いに縋りつくように。

 

 ジョミーは静かに微笑み、トォニィの頭を撫でた。ナスカがまだ健在だった頃――トォニィたちが子どもでいられた頃、一緒に遊んでくれたときを思い出したのは、あの頃と同じ微笑みと眼差しを感じたからだ。

 

 

「お前だから頼んでいるんだ、トォニィ……。お前は次の時代を生きろ。そのために、僕たちは戦ってきたんだ。ブルーとの約束を果たすために、僕はここまで来た……」

 

 

 トォニィに語り掛けながらも、ジョミーは今までの旅路に思いを馳せている様子だった。初代指導者との邂逅、自身がミュウであることを受け入れられずにいた頃、ソルジャー・ブルーの想いを受け継いだときのこと、アルテメシアからの逃避行と流浪の旅、ナスカへの定住、ナスカの悲劇と同胞の死体、鋼の意志を持って強硬手段を突き進んだ日々――。

 多分、ジョミーに頭を撫でられているトォニィも、ベルフトゥーロと同じものを《視たのだ》と思う。小さく息を飲む音が聞こえたような気がした。ジョミーは微笑み、けれど真面目な表情を浮かべてトォニィを見返した。

 

 

「――次は、お前が人類と手を取り合い、新しい時代を作れ」

 

 

 次の瞬間、隣にいたキースがトォニィの肩を叩いた。

 驚いて振り返れば、己の死を自覚しつつも、静かな面持ちのキース・アニアン。

 

 

「若者よ、伝えてくれ。『人類とミュウは、共に手を取り合え』と」

 

「あんた、人類の指導者でしょ!? それくらい、自分で言いなさいよ!」

 

 

 ベルフトゥーロはキースの手を取り、そう怒鳴りつけていた。

 キース・アニアンが致命傷を負い助からないことを理解した上で――でも、どうしても納得できなくて、叫んでいた。

 ベルフトゥーロの叫びを聞いたキースは目を瞬かせていたが、申し訳なさそうに目を伏せる。

 

 

「……そうだな。……キミの言うとおりだ」

 

 

 彼は小さく頷いた後、ベルフトゥーロの手を放して、胸元のバッジへ手を伸ばす。誰かと通信を取っているらしい。断片的に拾えた思念の先には、20代半ばの青年の姿があった。茶髪と浅黒い肌が特徴的な、赤い制服を身に纏う男――セルジュ・スタージョン。

 セルジュこそが、キース・アニアンが見出した自分の後継者――人類の新たな指導者なのだろう。キースから名指しされたセルジュは感極まったように――どこか悲痛な色を湛えて、キースを呼んだ。心の底からキースを慕っているが故に。<アニアン閣下>と紡いだ《聲》が酷く震えていた。

 

 その脇で、トォニィは小さくかぶりを振る。

 

 

「僕は強くなんかない……! 僕はまだ子どもだ。グラン・パがいなきゃヤダ……!」

 

「トォニィ……」

 

 

 普段のベルフトゥーロやイニスだったら、「ウジウジするな」と言ってトォニィに蹴りの1つや2つお見舞いしていただろう。多分、本当はそうするべきなのかもしれない。

 だってこれは、ジョミーの最期のお願いだ。トォニィに指導者(ソルジャー)の意志とヒトの未来を託し、ベルフトゥーロとイニスにその助力をしてほしいという意思の表れ。

 今にも燃え尽きようとしている命の炎を、己の魂を震わせながら残している遺言なのだ。無視することなどしてはいけない。――けど、それは、彼との永遠の離別(わかれ)を意味している。

 

 まるで、自分が2人いるみたいだ。片方はジョミーの最期の願いを叶えたいと思うのに、片方はジョミーとの別れを嫌がりこの場へ留まろうとする。

 動かなければいけないのに、体が動かない。頭の中がグチャグチャで、それでもすべきことが何かをはっきり見据えていて、自分自身が理解できなかった。

 

 次の瞬間、ジョミーが補聴器を外した。ソルジャー・ブルーから彼が受け継いだ形見の品物であり、ミュウの指導者(ソルジャー)であることの証。それを、トォニィの手に握らせる。

 

 

「!」

 

「トォニィ……お前が次の指導者(ソルジャー)だ。ミュウを……人類を……導け……!」

 

 

 ジョミーの言葉を聞いたトォニィは、躊躇うように身を震わせる。

 

 けれど、それは一瞬のこと。

 幾許の間目を閉じた後、瞼を開き、頷き返した。

 

 そこにいたのは、数秒前まで駄々をこねていた子どもではない。ミュウの未来を――ひいてはヒトの未来を背負って立つ指導者の顔をしていた。それを見たイニスが、伺うように口を開く。

 

 

「トォニィ――いいえ、指導者(ソルジャー)・アスカ。指示を」

 

「……そんなの、決まってる! ――エルガンやタキオンたちと合流し、軌道上にあるメギドを破壊するぞ! ついて来い、ベル、イニー!」

 

「おうよ!!」

「招致!」

 

 

 2代目指導者最後の遺言――ひいては、新たな指導者の最初の命令を果たすために、3人は《飛んだ》。

 

 

 

***

 

 

 

「エルガン! タキオン! ツェーレン! ペスタチオ! 手を貸せ、メギドを討つ!!」

 

 

 荒ぶる青(タイプ・ブルー)の力を解放し、トォニィはシャングリラに残っていたナスカチルドレンへ通達する。

 

 他のミュウはシドの指示を受け、地表にいる人類の救出へ向かっていた。もっと言えば、メギドを停止させることができる力を持っているミュウは、トォニィを始めとした荒ぶる青(タイプ・ブルー)――ナスカチルドレンのみ。タキオンたちは即座に<了解>と返事をし、《飛んで》きてくれた。

 丁度反対方向から飛来したのは、先の戦いでアルテラたちを屠った国家騎士団の精鋭部隊。キースが後を託した後継者――セルジュ・スタージョンが仲間たちにメギドへの攻撃指示を出しているところだった。自分たちだけで片付けるのは荷が重いが、ミュウと人類が手を取り合えば、幾らメギドとて無事ではいられまい。

 

 

「弾の出し惜しみはするな! 一気に叩く!」

 

「――行くぞ!」

 

 

 お互い、通信なんて開いていない。けれど、トォニィとセルジュは、まるで示し合わせたかのように攻撃を繰り出す。

 国家騎士団の精鋭がミサイルを撃ったタイミングで、サイオン波を纏ったナスカチルドレンの突撃が先にメギドをぶち抜いた。

 一歩遅れて、国家騎士団の機体が放ったミサイルがメギドに着弾する。出し惜しみなしの一斉掃射は、5つのメギドを破壊した。

 

 残りはあと1機。国家騎士団は全弾撃ち尽くして攻撃手段は皆無、ナスカチルドレンは距離がありすぎてメギドに届かないという最悪な状況。文字通りの八方塞がりだ。

 

 

「どけぇぇぇぇぇ、ヒヨッ子どもォォォォォ!!」

 

 

 若き指導者たちが歯噛みする中、人類側の戦艦が飛び出してきた。メギド付近に陣取っていたそれは、全速前進でメギドに突っ込む。文字通りの体当たり――いや、特攻だ。戦艦はメギドの砲撃部分手前に突き刺さる。それでも戦艦は自身の最高速度を保ったまま。結果、メギドの照準を大きくずらすことに成功した。

 メギドの砲撃は地表を軽く掠るだけで済んだ。星の核に照射されていたら、地球(テラ)もナスカと同じ滅びの道を辿っただろう。それでも戦艦は全速前進を続けた結果、メギドそのものがぐらりと傾く。メギド本体はそのまま、地表へ向かって落下していった。

 

 

「マードック大佐ァ!」

 

 

 セルジュの悲鳴が響き渡る。それに対して、マードックと呼ばれた男が涼し気に微笑む姿が《視えた》。

 

 戦艦のブリッジが爆発炎上しているにも拘らず、彼は不敵な笑顔を絶やさない。

 それは指揮官としての意地か、或いは人類の礎になることを選んだが故の矜持か。

 

 

<若造。お前たちにばかり、格好は付けさせん>

 

<大佐!>

 

<あのバカに会ったら伝えてくれ。『お前はよくやったよ』とな>

 

 

 セルジュとの通信を終えたマードックだが、次の瞬間、彼の不敵な微笑は盛大に崩れる。男にとって予定外のことが起きたためだ。

 マードックは部下たちを全員下ろしてメギドに特攻を仕掛けた。故に、あの戦艦にはマードック以外誰も乗っていない。

 だが、彼の元に歩み寄って来る足音が、マードックの思い込みを否定した。驚いたマードックが振り返った先には、さっぱりしたショートボブの女性が1人。

 

 

<グレイブ>

 

<ミシェル……? 退艦しなかったのか……!?>

 

<『貴方のいない世界で1人生きろ』と?>

 

 

 ミシェルと呼ばれた女は、マードックに対して熱を持った眼差しを向けていた。その眼差しを、ベルフトゥーロは見たことがある。ナスカチルドレンの両親が互いの伴侶を見ていたときのものだ。

 

 その感情を、ベルフトゥーロは知っている。俗にいう、愛や恋という感情(モノ)だ。ミシェルはそれを胸の奥に秘めながら、ずっとマードックの傍に控えていたのである。不敵に笑い返したマードックだけれど、ミシェルを見返す彼の眼差しにも同じ感情(モノ)が宿っていた。

 成人検査をパスし、ステーションで勉学に励んだ人類は適性ごとに分けられる。人類の大半は――子どもを養育する夫婦も含めて――一般クラスに割り振られるが、優秀な者は地位の高い専門職及び軍人のエリートコース、片手で数える程度の優秀な成績を持つ者は政治・軍部の中でも要職に就くメンバーズ・エリートに分けられる。

 一般クラスで養父母になる以外の道を選んだ人類は、一生独身としてS.D.体制を支えるために尽くすことが義務付けられていた。恋愛なんてご法度である。そんな中でも、愛する人の傍に居たい/愛する人を傍に置きたいという秘めたる思いを抱いて生きている者がいたのも事実だったのだろう。マードックとミシェルがその例だった。

 

 

<馬鹿な女だな、お前は>

 

<貴方に似ちゃったのよ>

 

 

 マードックとミシェルはくすりと笑う。椅子に座ったマードックは当たり前のようにミシェルを迎え入れる体勢を取り、ミシェルは彼の上に覆いかぶさる。

 椅子の上に乗ったマードックと両手を絡めたミシェルは幸せそうに微笑んだ。マードックも静かに目を細め、彼女の名を呼ぶ。彼女もまた、彼の名前を呼んだ。

 

 次の瞬間、戦艦のブリッジが爆発した。2人の思念が途切れ、ベルフトゥーロの意識は現実へと戻って来る。メギドは落下を続け、大気圏に突入したのが見えた。間髪入れず、セルジュの絶叫が響き渡る。

 

 しかし、悲嘆の声は彼だけではない。

 あちこちから《聲》が《聴こえてくる》。

 

 

<ジョミー……辿り着けないの、許してください>

 

 

 人間の女性を庇い、瓦礫に押し潰されたリオ。彼は、ジョミーが一番最初に接触したミュウだった。

 ソルジャー・ブルーの命を受けたときと同じように、ジョミーを迎えに行こうとしたのだろう。

 けれど彼は、瓦礫に押し潰されそうになった見ず知らずの女性を放ってはおけなかった。

 

 

<嫌! どうして……!>

 

<貴女は生きるんじゃ!>

 

<私たちがいたことを、覚えていてください!>

 

<駄目、私も一緒に――>

 

 

 ジョミーを助けようとして地下に降りていた長老とフィシスは、そこで人間の子どもたちと遭遇した。建物の崩壊スピードや状況を鑑みると、長老とフィシスは先に進めそうにない。

 彼らは地下にいた多くの子どもたちを助けるために、力を合わせることにした。『自分たちが協力すれば、子どもたちを助けることくらいはできるだろう』と。

 

 しかし、長老たちが助けようとしたのは子どもたちだけではなかった。共に力を合わせていたフィシスも、彼女に無断で、シャングリラへと転移させたのである。意表を突かれたフィシスが手を伸ばすが、彼女の手は長老たちの手を掴むことは叶わなかった。

 

 

<……箱の最後には、希望が残ったんだ>

 

 

 キースと共にグランドマザーの部屋に残ったジョミーは、安堵に口元を緩めた。その言葉を最後に、彼の思念がふつりと途切れる。それが意味することは――。

 それは、隣にいたキースも気づいたのだろう。彼は暫しジョミーを見つめていたが、寂しそうに微笑んだまま天を仰いだ。

 

 

<……最期まで、私は独りか>

 

 

 亡くしてきたもの、見送ってきた人々――彼らの姿を思い浮かべるキースの思念が、轟音と共に途切れる。

 ベルフトゥーロは泣きたいのを堪えるようにして歯噛みし、トォニィに続くように転移する。

 転移先はシャングリラのブリッジ。新たな指導者になったトォニィは、混乱するミュウたちに指示を飛ばす。

 

 程なくして、シドが送り込んだシャトルの回収が完了した。それを見届けたトォニィは、地球から離れるように指示を出す。それを聞いたツェーレンが目を丸くした。

 

 

地球(テラ)を離れるの?」

 

「そうだ。もう僕らに出来ることは何もない」

 

「どこへ?」

 

 

 ルリが訊ねる。目指すべき場所へと辿り着いたが故に、これからの行き先は何も分からない。それはきっと、指示を出すトォニィだって同じだろう。

 けれど、終着点は既に決まっている。『そこへみんなを導け』と、先代の指導者(ソルジャー)――ジョミーから託されたのだから。

 

 

「僕たちの――ヒトの未来へ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

良い男(うんめいのあいて)を見つけた」

 

「え?」

 

 

 込み上げてくる衝動のまま、ベルフトゥーロは少年の手を取る。

 その勢いに身を任せ、ベルフトゥーロは、少年に思いの丈をぶつけた。

 

 

「少年、私はキミが好きだ! キミが欲しい!! ――私にキミの子どもを孕ませてくれ!!!」

 

「待たんかいぃぃぃぃッ!!」

 

 

 カッコよく決めたベルフトゥーロの脳天に、エルガンのサイオン波が叩きこまれた。

 

 

 

***

 

 

 

「神様、仏様、コーラサワーッ! もしくはキリコ・キューヴィーも連れてこい!!」

 

 

 固く閉ざされた部屋の向うから、女性の叫び声が木霊する。相変わらず、訳の分からない単語だった。声の主曰く、「ご利益がある」らしい。

 長らく一緒に育ってきたエルガン・ローディックとイニス・メファシエル・レイでさえよくわからないのだ。他の人間たちがわかるはずもなかった。

 

 

「マリアネラが生まれるときも、あのフレーズで願掛けしてたな」

 

「そのおかげか、この子もすくすく育っているわ」

 

 

 銀の髪をさらりと揺らしながら、イニスは静かに目を細めた。彼女の腕には、数か月前に生まれた赤子が抱えられている。

 ペールグリーンの髪と御空色の瞳を持つ女児がこてんと首を傾げた。顔立ちは母親(イニス)、色合いは父親(アラン)が遺伝したらしい。

 平時は愛娘にめろめろなアランだが、友達のことは気になっているようで、しきりに扉を眺めていた。

 

 女性の夫である黒髪の男性は、椅子に座って端末を弄繰り回している。何かの結果を確認しては、女性の叫び声に耳を傾け、再び端末をいじることを繰り返している。

 

 

「……キミ。何度ヴェーダで計算しても『母子ともに健康、問題ない』って結果以外出ないんだから、いい加減にしなよ」

 

「手持無沙汰とは恐ろしいものでな。今ならキミの気持ちがよくわかるよ、アラン」

 

 

 男は力なく微笑んだ。自分が作ったスパコンに、母子の健康状態云々を計算させていたらしい。何て無駄な使い方なんだ、と、この場にいる誰もがそう考えた。

 

 

「しかし、ヴェーダは『キミとイニスが結婚する』可能性を計算できなかったからな。まだまだ改良を重ねる必要がありそうだ」

 

「改良云々はもう充分だと思うぞ」

 

「そうだね。結婚の件については、当の僕らも予測不可能だったしね」

 

 

 一抹の不安を零した男に、エルガンとアランは苦笑した。また、背後から絶叫が響く。思わず、面々は扉へ視線を向けた。あそこで、親友である女性は「母になるため」に戦っている。その痛みを体感できない自分たちは、母子ともに無事であることを祈るのだ。

 ややあって、扉の向こうから赤子の泣き声が聞こえてきた。この場に居合わせた者たちは大急ぎで立ち上がる。扉が開かれた先にいたのは、汗だくになりながらもやり遂げたような笑みを浮かべた女性と、彼女に抱かれた赤ん坊だった。

 

 

「私、頑張ったよ! 褒めて褒めて!!」

 

「ああ。ああ。凄いよ、凄いよベル」

 

 

 満面の笑みを浮かべる妻に、夫は涙目になりながらうんうん頷いた。そんな彼らに、緑の髪に紫の瞳を持つ少年は気圧されたらしい。所在なさげにしている。

 だが、女性は構うことなく少年を呼んだ。少年はおずおずと3人の元へ歩み寄る。

 

 

「ほら。キミのおにいさんですよー」

 

 

 女性の言葉に思うことがあったようで、少年は弾かれたように女性を見た。そうして、ちょっと泣きそうな顔で微笑み、頷く。

 

 自分は兄なのだと言い聞かせるように、少年はそっと目を伏せた。すぐに顔を上げて、女性の腕に抱かれた子どもに手を差し伸べる。子どもはきゃっきゃと笑い、少年の指を掴んだ。

 小さな手。慣れないものに触れているという事実に、少年はおっかなびっくりしている様子だった。「人間は脆いから、慎重に触れないと……。ああもう、どうすればいいかな」と悩ましげに呟く。

 女性の親友の娘で散々練習しただろう、という言葉が口から出かかったが、少年にとっては天と地の差があることはみんな知っていた。だから、微笑ましく見守ることにとどめておいた。知らぬは当人ばかりだろう。

 

 

「ベルフトゥーロ」

 

 

 イニスに名前を呼ばれた女性――ベルフトゥーロが振り返る。イニスは静かに微笑んだ。

 

 

「おめでとう」

 

「うん、ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 同じ赤い星(故郷)で生まれ、故郷を亡くし、友を亡くし、尊敬する指導者から未来を託されて。

 新たな未来へ向かって飛び回っていたときに別宇宙の青い星(テラ)を見つけて、自分たちの道は分かたれた。

 別の銀河からやって来た旅人たちと対面した青年は、機動兵器を駆る旅人たちの姿に“友”から託された《想い》を見た。

 

 嘗ての友は――彼女や彼らは、もういない。夢見た未来を切り開くために、自分の役目を全うした。そうして、青年の届かない場所へといってしまった。

 そのくせ、最後の最後まで笑っていたのだ。3人の生き様は、嘗ての2代目指導者のものと変わらない。彼女も、彼も、彼女も、満足げな顔をしていた。

 

 

「はは、ははは……っ!」

 

 

 言いたい言葉は沢山あるのに、何一つとして声にならない。口をついてこぼれたのは笑い声。瞳から零れ落ちたのは、久しく流していなかった涙。

 

 

「――やっぱり、お前らは凄いよ」

 

 

 未来への鐘を鳴らした女と、彼女と共に進んだ者たちに思いを馳せて。

 ミュウの3代目指導者は、泣き笑いの表情を浮かべたのだった。




【参考及び参照】
『天使・悪魔 - キャラ名とかハンドルネームとか考えるのに参考になりそうなサイト』より、『テイアイエル(未来を司る天使)』(テイアイエルを元にして「ティアエラ」)
『天使辞典』より、『メファシエル』

リメイク前作品の感想欄(レイトレインさま)より『神様仏様コーラサワー』
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