問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
“武士道”と名乗っていた頃の自分にも、生き恥を晒してまで生き永らえた理由があった。道化――いや、あれはどちらかと言えば玩具か――にされても尚、生きようと決意した理由があった。
真っ暗闇の宇宙を引き裂くように飛んだのは、“天使”の機体が持つ特徴だった緑色の光。その先にいるのは、白と青を基調にした“天使”/自分が焦がれてやまなかった“革新者”。
この心臓が止まるまで、この意識が途切れるまで、その光を――その姿を、目に焼き付けて終われたのなら。
本当の願いは投げ捨てた。手を伸ばすには、積み重ねてきた生き恥が多すぎる。暗く嗤った女の白い手が、自分の体を這いずり回る感覚が振り払えない。
最早自分は、あの頃には戻れない。“革新者”も、変わり果ててしまった自分の悍ましい姿を目の当りにしたら、侮蔑の眼差しと軽蔑の言葉を向けるのだろう。
すべてが終わったら、二度とこちらを振り返ることはないのだ。彼女は前を向き、未来を生きるために生きていく。――そうして、自分は過去になるのだ。
(――あの日、私は思ったのだ。『ならばせめて、キミの“未来の水先案内人”になれたらいい』と)
自分が“壊れていく”中で、せめてそれだけはと願っていた。彼女の名を呼ぶこともできず、彼女の足を引っ張るような真似しかできず、そのくせ未来のない自分。
好敵手としての矜持はとうに折れ、彼女を愛した男という勤めも果たすことのできない、いずれは思考もままならない肉塊に成り果てるだけの命だ。だからこそ足掻き続けた。
足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて。
その果てに、“天使”の手を取ることができた。蒼く煌めく御旗の元へ“還る”ことができた。失ったものは沢山あって、積み重ねた罪や口に出せない黒歴史も沢山残ったままで、やることだって沢山あった。絶えず動き続ける世界と、新たに迫りくる驚異の数々。忙殺される日々を過ごす中、それでも考えずにはいられない。
“武士道”と名乗り始めた頃から、ずっと同じ光景を見続けている。蒼く煌めく“未来への水先案内人”――それに殉じることだけが、自分に許された唯一のことだと思っていた。それだけは奪われたくないと願って、それを標にして
(ずっと、確証があった。悟りを開いたとも言えるだろうし、使命感とも言えるだろう。或いは――脅迫概念とも言える程のモノが)
今なら――いや、今だからこそ、自分は胸を張っている。誰を泣かせることになっても、誰の怒りを買うことになろうとも、誰から罵詈雑言をぶつけられようと、何人たりともそれを否定させない。それが我が友であろうとも、共に戦う僚友であろうとも、“革新者”たる彼女であってもだ。
(――そうだ)
荒い呼吸を繰り返しながら、前を向く。
そうして、いつもの調子で笑った。
(私は、この
彼女の道を阻むモノは一掃した。だが、後一手が足りない。自分の機体はもう既に満身創痍だし、既に“金属生命体”によって浸食されている。浸食は機体内部どころか、自分の身体まで進んでいた。
いずれ自分の機体は“金属生命体”によって完全に侵食され、“革新者”やZ-BLUEを害するだけの存在に成り果てるだろう。武装も殆ど使用不可。文字通りの万事休す。最早手立ては失われた。
……否、まだだ。まだできることがある。自分の役目を――彼女の“未来の水先案内人”になるという役目を果たすために、必要なものは残っている。そうと決まれば――
『この戦場、私も命を懸けて戦う! ――だが、敢えて言おう! 『必ず生きて帰る』と!』
「…………」
脳裏に浮かんだのは、出撃前に自分が言った言葉だ。彼女と対をなす“もう1人の革新者”であり、自分が越えるべき存在と見定めた人物。
彼から『命を粗末にするな』と、『“革新者”を泣かせるような真似はするな』と釘を刺された際への返答。その言葉に嘘はなかった。
――結局、嘘にしてしまうけれど。
『生きることをやめてしまったら、明日を掴むことなんてできないだろう』
『……だから、俺は生きる。お前も、生きろ。――生きてくれ、グラハム・エーカー』
(……また、キミを泣かせてしまうのだろうな)
誓いを果たすことができない己の不甲斐なさに苦笑する。いつか、この
『全部終わったら、鍋パーティしよう。俺と、お前と、“革新者”と、“理想への憧れ”の4人でさ』
『…………』
『後でリクエスト聞いてやる。だから、何味にするのかちゃんと考えておけよ』
出撃前に交わした副官との会話。
目を丸くする自分の答えを敢えて聞かなかった彼に言えなかったこと。
――“自分は、彼が作った鍋を食べられない”という
『来年はどうする?』
『――また来年も、私の誕生日を祝ってくれないか?』
『それでいいのか?』
『ああ。プレゼントはなくてもいい。キミが「おめでとう」と言ってくれるなら、私はそれだけで充分だよ』
戦いが始まる前――つかの間の平和な時間に祝ってもらった、己の誕生日。
自分が、来年の話をしてきた“革新者”に告げた願い事。
――“来年の誕生日は来ない”という
『未来は変わらない』
そう言っていた誰かが辿った結末を、自分は《識っていた》。主を裏切り、数多の人を騙し、卑劣な裏切り者となってでも、主ごと人類を救わんと奮闘した忠義の男を。
“裏切り者”の名を冠したマキナから齎された英知に、彼は自身の結末を見た。『故に、自分たちでは世界を救えないのだ』という答えを悟って、そうして――彼は役目に殉じた。
かの殉教者の名は、何だったか――なんて、考える。馬鹿みたいな現実逃避はここまでだ。
(――還りたかった、な)
未練や後悔は山のようにあった。もうやってこない未来を惜しみ、悼む。
ああでも、悪くはなかった。幸せだった。充分生きた。
だから――もう、いかなくては。“未来への水先案内人”として。
敢えて機体の動力源を暴走させる。目標は、“金属生命体”の中核――その道を阻む巨大な壁。
一世一代、さいごの大仕事だ。後ろ髪を引かれるような感情を振り払って、尻込みしそうになる己を鼓舞するように。
“未来への水先案内人”として在れることを誇りながら、自分が生き永らえた意味を噛み締めながら、男は腹と心の底から叫んだ。
「これは、死ではない! 人類が、生き残るための――!!」
◆
男は走っていた。夜景に彩られた街並みを一切気にすることなく、待ち合わせに指定された場所まで駆け抜ける。
(すっかり遅くなってしまった……!)
時間は既に夜の8時。待ち合わせ時間を既に3時間以上過ぎていた。これだけの時間待ちぼうけを喰らったなら、愛想を尽かして立ち去っていてもおかしくない。端末の連絡を確認したが、待ち人からの連絡はなかった。
“彼女からはまだ、『待ちきれないので帰る』と言われていない”――しつこくて諦めの悪い男が食らいつくには充分な理由である。いや、どちらかと言えば、縋りついているといった方が近いのかもしれなかった。
長い戦いが終わり、いびつに重なっていた多元宇宙が正されたのはつい先日のこと。あるべき場所へと還った者たちは、それぞれ事後処理に追われていた。男もその1人である。
ELSとの対話が成し遂げられたこの世界では、事後処理が終わり次第、刹那とイデアが旅立つこととなっていた。滅びの危機に瀕しているかの種族の故郷を救うために。
多元世界の研究技術が『ある程度』残っているとはいえ、彼女たちが旅を終えて戻ってくるまでの目途は一切立っていない。数年単位か、数十年単位か、或いは――数百年単位かかるのかも。
『……暫く、お前の誕生日を祝ってやれない』
申し訳なさそうに目を伏せた刹那の姿を思い浮かべる。彼女にそんな顔をさせてしまった自分の不甲斐なさに頭を抱えたくなったが、そんなことをしている暇があるなら走らなければ。
こうやって、刹那に思いを馳せることができる――それがどれ程の価値があるのか、男は《識っている》。刹那と心を交わすことができる幸福を、そんな未来へたどり着けた幸運を。
せっかくその権利を勝ち取ったのだ。無駄にしたくないと思うのが人間というものだろう。だが、自分は軍属の身。復興や事後処理を中途半端に放り出すわけにもいかなかったワケで。
できる限りの最善は尽くした。だから今、こうして、男は待ち合わせ場所まで走っている。走って、走って、走って、ようやく待ち合わせ場所の展望台――その入り口に辿り着いた。丁度そのタイミングで、ライトアップの光が消える。閉館時間になってしまったらしい。
展望台の周辺にいる人々は帰り支度で慌ただしい様子だ。男は周囲を見回したが、待ち人の姿は一切見当たらない。時間を見れば午後の9時。こんな事実を羅列されて、前向きに考えられる人間は少なかろう。それでも、一縷の望みに縋るようにして、端末にメッセージが来ていないか確認しようと――
「――グラハム・エーカー!」
待ち人の声が聞こえた気がして顔を上げる。そこにいたのは男――グラハムの待ち人である刹那。彼女は息を切らせてこちらへ駆け寄って来た。
上着や靴などは男性物に見間違えるようなデザインであるが、あくまでもそれは小物だ。本命は、控えめな装飾が施された白いワンピース。
青と白を基調にした服装――それを見て真っ先に思い浮かんだのは、いつかの軍事演習場に降臨したガンダムエクシアを彷彿とさせる。
はっきり言おう。暫し呆けた。
「すまない、遅くなった」
「い、いや……。私の方も、今来たばかりなんだ」
何故かしどろもどろな答えしか返せなくて、グラハムは内心苦虫を噛み潰していた。何か気の利いたことの1つや2つ言えたらよかったのだが、喉が痞えてしまったかのように息苦しい。奇妙な沈黙に耐え切れなくなった男は、現実逃避がてら今後の予定を組み立てることにした。
現在時刻は夜の9時過ぎ。店も施設も大半が営業を終えている。何かを見て回るにしても、どこかの店に行くとしても、行動範囲はぐっと狭まってくる。何をするにしても時間がない。
このまま『何もできないまま』というのは落ち着かないのだ。幾ら男が“してもらう”――或いは“もてなされる”側であっても、この状況に甘んじているのは性に合わなかった。
「……何も、用意できなかったんだ」
「刹那……」
男が気の利いた言葉の1つをひねり出すよりも、刹那が申し訳なさそうに目を伏せる方が早かった。彼女はそれ以上の言い訳をしない。当事者として胸を痛めているらしかった。
彼女の《聲》を拾い上げる。<戦後の混乱に乗じて馬鹿なことをしようとしていた連中を鎮圧するために奔走した>結果がこの現状。この日のためにしていた準備は全部ダメになってしまったらしい。
それ故の『何も用意できなかった』なのだろう。俯き、沈黙してしまった彼女の顔を見るのが忍びなくて、グラハムは咄嗟に彼女の手を取った。弾かれたように顔を上げた彼女を真正面から見つめ、微笑む。
「なら、1つ、私の頼みを聞いてもらえないだろうか?」
「俺にできる範囲なら」
「――祝ってくれないか? 『おめでとう』と。……去年、キミに頼んだ通りに」
――そう言った自分の声は、震えていなかっただろうか。
だって、男は《識っていた》。自分はきっと、今“こうして”いられない――そんな未来の可能性を《視ていた》のだ。
“あのとき、踏み出そうとした自分の手を引き留めてくれる人々がいなかったら”――そんなIFを考えることが怖いくらいに、今が満ち足りている。
『来年はどうする?』
『――また来年も、私の誕生日を祝ってくれないか?』
『それでいいのか?』
『ああ。プレゼントはなくてもいい。キミが「おめでとう」と言ってくれるなら、私はそれだけで充分だよ』
戦いが始まる前――つかの間の平和な時間に祝ってもらった、己の誕生日。
自分が、来年の話をしてきた刹那へ告げた願い事。
彼女は目を丸くして息を吞む。グラハムの言葉に込めた意図は、正しく伝わったらしい。
ほんの一瞬、刹那の表情が歪んだ。泣き出してしまいそうな面持ちは、けれどすぐに苦笑へと変わる。そうして――彼女は柔らかに微笑んだ。
「――誕生日おめでとう、グラハム」
***
遠くから物音が聞こえてくる。起き抜けのぼんやりした意識ではあるが、それが生活音――料理を作っているときに聞こえてくる音だということは気づいた。
包丁で何かを切る音、フライパンで何かを焼く音、材料や食器を洗う際の流水音がとても心地良い。このまま、とろとろとした眠気に身を任せてしまいたいと思う程度には。
程なくして、良い香りが鼻をくすぐる。食欲をそそる匂いだ。スパイス系の香りだろうか? その間に紛れるようにして、どことなく甘い香りがする。
まどろむ意識のまま手を伸ばす。衣擦れの音とシーツの滑るような感覚があるだけで、何度か空を切った。傍にあるはずだと思っていた質量や温もりがないことに気づいたとき、まどろんでいた意識が一気に覚醒する。案の定、隣はもぬけの空だった。
シーツに残った温度からして、隣にいたはずだった相手がベッドを出てから相当の時間が経過したのであろう。……成程。生活音を出していたのは、先にベッドから出ていた張本人――刹那らしい。グラハムはゆっくりと体を起こした。
久々の逢瀬ということで、グラハムは誕生日当日の夕方から長めの休暇届を出した。刹那側の事情はよく分からないが、昨日の会話を思い出す限り、こちらと似たようなものなのだろう。彼女が拠点としているセーフハウスの内装をしげしげと観察しながら、グラハムは身支度をした。
(……相変わらず、伽藍洞としているな。すぐに離れることを想定しているわけだから、荷物が少ない方が都合がいいのだろうが)
モデルルームと大差ない内装と、刹那が持ち込んだであろう僅かな私物。その中に見知ったもの――グラハムが刹那に贈ったプレゼントを見かけて、思わず口が緩む。
その他にも、刹那が誰かから受け取った品物がちらほらしている。セーフハウスに招待される機会が増えれば増える程、少しづつ、彼女の私物――贈り主たちが刹那を想う《聲》も増えてきた。
それらすべてに応えるかのように、刹那は私物を丁寧に扱っていた。時折、ふとした拍子に穏やかな微笑を浮かべる回数が増えてきたことも、グラハムにとっては嬉しいことだった。
「おはよう、刹那」
「ああ、おはよう」
ダイニングに足を踏み入れれば、静かに目を細める刹那と、美味しそうな料理が飛び込んでくる。どれも、グラハムには馴染みのない料理だ。
以前、刹那が『自分の故郷の料理』と言って送ってくれた手作り菓子は中東のものだった。ということは、テーブルに並んだ料理は刹那の故郷の料理なのだろう。
刹那に振舞われたとき以外のグラハムにとって、中東料理を食べる機会はそう多くはない。故に、食卓を彩る料理に対して物珍しさを感じるのは当然のことだった。
料理を眺めるグラハムに対して何を思ったのか、刹那は苦笑する。
「本当は、昨日の夕餉として振舞う予定だったんだ。1日遅れてしまったが……」
「そんなことはない。気持ちだけでも充分だというのに……今年は贅沢だな。――キミの故郷の料理かな?」
「ああ。……母さんが生きていた頃、一緒に作ったものだ」
もう戻れない過去をなぞるように、或いは悼むように、刹那は目を伏せる。そんな彼女を、グラハムは静かに見つめていた。
つかず離れずの位置に立って、彼女の心に寄り沿う。親がいないグラハムに何ができるかは分からなかったけれど、何かしてやりたかった。
暫しの沈黙の後、刹那に促されて席に着く。彼女は居心地悪そうに視線を彷徨わせた後、自分が作った料理の解説を始めた。
『祝い事などで必ず食される』というポピュラーな料理――肉を乗せた炊き込みご飯・カブサ。肉料理の付け合わせとして長い伝統があるパセリメインのサラダ・タブーレ、茹でたひよこ豆やにんにく、スパイス等を混ぜたものの上にきゅうりやビーツを乗せたストリートフード・バリラ。
「それから」と言って言葉を切った刹那は、冷蔵庫を開ける。彼女が持ってきたのは小さな陶器。ほのかに漂う甘い香りは、嘗て嗅いだことがあった。その料理の名前は、ウムアリ。中東の言葉で“アリのお母さん”と呼ばれる伝統的なデザートで、祝賀や祭りのときに振舞われるものだ。
パンとバターを使ったプリンのような焼き菓子には、沢山のナッツや乾燥フルーツが入っている。焼く前にすべての材料を牛乳に浸し、その上から砂糖をかけて焼き上げたもの。――刹那が初めてグラハムに振舞ってくれた、手作りの菓子だった。
「……次は、いつ作ってやれるか分からないから」
「刹那……」
刹那は申し訳なさそうに目を伏せた。『暫くの間、グラハムの誕生日を祝ってやれない』と告げたときと同じ顔をしていた。彼女にそんな顔をして欲しくないのに、自分には成す術がないと言うのがもどかしい。
グラハムは刹那に地球のことを頼まれた身。彼女にとって、グラハム・エーカーという人間は“後を頼めるくらいには信頼を置いている相手”なのだろう。不義理と不貞行為を働いて、愚行を繰り返して、前へ進もうとしていた彼女の足を引っ張って困らせたというのに、刹那は“後を託す相手”としてグラハムを選んでくれた。
去年の誕生日ではろくでもない隠し事をして、彼女に内緒で死ぬ覚悟を固めていたというのに、刹那は怒らなかった。いつかと同じように手を伸ばし、『生きてくれ』と言ってくれた。そうして今年の誕生日もグラハムの我が儘を叶えてくれて、一夜明けた後も素敵な贈り物を手渡してくれている。
(彼女を愛する男として、私に出来ることは――)
『想いを口に出すのは無粋になりがちだ』
『だが、時には口に出さねば相手の心に想いが響かぬ時もある』
――不意に、ノイズ塗れの
見知らぬ場所の、見知らぬ施設内部。新たな一歩として旅立つ者たちと、そんな旅人たちを見送る誰か。旅立つ者たちから『共に来て欲しい』と希われていたニュータイプの少年は、『箱を開けた責任を果たす』と言って地球に残った。ザビ家の末裔の傍に居ることを選んだのだ。
外宇宙への旅路へ志願した者の中には、戦時特例による司法取引で無罪放免となった者もいる。彼らはイノベイターと共に旅立つことを望んでいたようだ。彼らの想いを感じ取った女性は敢えて何も語らないことにしたようだが、そんな彼女に苦言を呈した者がいた。今の言葉は、そのうちの片方が彼女に語ったことだった。
男性のソレは、苦言というよりはアドバイスに近い。それは嘗て自分が経験したことであり、イノベイターの女性から教わったことでもあった。同時に、嘗ての女性が『男性から教わったことだ』と零していたものでもある。それを聞いた女性は仲間たちを見回した後、意を決したように口を開いた。
『みんなと共に行けることは心強い。……だが、それ以上に俺は嬉しく思っている』
刹那から“後を託された”ことを、グラハムは誇りに思っている。そこに嘘偽りもない。
それと同じくらい、グラハムは“刹那と共に往きたかった”。それが我が儘でしかないことを理解している。
口に出すにはあまりにも無粋。こんなものを刹那の心に投げかけたところで、彼女の邪魔にしかならないだろう。そんなことは否が応でも《
「旅路は、キミたちだけで行かなければならないのか?」
「グラハム……?」
「――やはり、私のような
「そんなことは……!」
存外、意地の悪い――拗ねたような調子の声が出ていたらしい。刹那が珍しく声を荒げて否定にかかった。
それでも、刹那はグラハムを旅路の供に選ぶつもりはないようだ。赤銅色の瞳は、途方に暮れてしまったように揺れている。
「すまない」と短く謝罪し、グラハムは刹那に手を伸ばす。頭を撫でて、頬に触れて、彼女の顔を覗き込んだ。
「私は自他共に認める程我慢弱い。少しでも、キミには早く帰ってきて欲しいと思っている」
「……すまない」
「謝らないでくれ。これは私の我が儘だ。……まあ、私も
人間としての枠組みはとうに超えてしまった身。新人類の1種として『目覚めた』己は、普通の人間とは比べ物にならない程の長命と、緩やかな加齢を手に入れた。現在確認されている限り、最長記録は500年程度だ。それくらいの間なら、刹那の帰還を待ち続けることが出来る。もしかしたら、最長記録が更新される可能性もあるかもしれない。
刹那は言った。『旅路の最中に、ELSと融合する必要が出てくるかもしれない』と。ELSと融合した人間の寿命がどうなるかは分からないが、今のグラハムならば“彼女が旅路を終えて帰還した後も、充分共に時間を歩むことはできる”だろう。――“3桁年内に、彼女が還ってきてくれたのならば”という前提がつくけれど。
「ああそうだ。我が儘ついでに、幾つかいいだろうか?」
「俺に出来る範囲なら」
グラハムの言葉に、刹那は即座に頷き返す。どこまでも真摯な眼差しと想いが伝わってきた。――そういうところが愛おしいと思う。
「――すべてを終えて帰還したキミを、一番
それを聞いた刹那が目を丸くする。彼女はグラハム・エーカーという男の気質を熟知していた。それ故に、意外に思ったのだろう。
先程も彼女に言ったが、グラハムは自他共に認める程には我慢弱い性格である。自分で言うのも何だが、独占力も人一倍あるし、割と執着しやすい方だ。
多分、そういう人間が望むのは“一番
「ああでも、帰還に関する連絡は、一番最初にして欲しいな」
「何故?」
「キミを迎えるための準備があるからね。お好み焼きの材料を揃えたり、パウンドケーキを焼いたりとか」
お好み焼きとパウンドケーキ――2つの料理名を聞いた刹那は、グラハムが言わんとしていることの意味を理解したらしい。小さく息を飲んだ。
刹那がグラハムにウムアリを手渡してくれた日のオフ会で作った料理がお好み焼きで、ウムアリへの返礼としてグラハムが作った菓子がパウンドケーキである。
この時点で、彼女は既にグラハムが言わんとすることを理解している。だが、グラハムは敢えてそれを口に出した。
「どれだけ時間がかかっても構わない。戻ってきた後、私よりも先に会いたい誰かがいてもいいんだ。そちらを優先してくれていい。だから――」
“刹那が地球に帰ってきたら会いたい相手”には見当がついているし、その相手に対して妬いてしまう気持ちがないわけではない。己の我慢弱さに関しては言わずもがな。……それでも、「構わない」と言いきれてしまうのは、偏に彼女への『愛』であった。
空を愛し、空に焦がれた少年時代。刹那とガンダムに出会い、彼女らに焦がれて駆け出した青年期は、未だ道の途中。戦乱が終わり、新たな始まりを迎えた世界共々、道は続くのだ。グラハムを取り巻く環境は大きく変わり、グラハムも変わっていく。
胸に抱き続けるこの『愛』のカタチも、それを出力した際に形作られるであろうモノも、絶えず変化し続けるのだろう。だけど、変わらないものがあるとするなら、それは――。
「旅が終わった後は――キミと共に在ることを、許してほしいんだ」
ELSの故郷を救い、地球に帰還した後。刹那が再び外宇宙へと旅立つのか、地球に根を下ろすのかは分からない。現時点での展望を聞いたところで、旅の途中で心変わりすることもあるだろう。新たなステージに踏み出すのも、未来を夢見る若者たちの背中を見守るのも、彼女の自由だ。
今回の旅路に、グラハム・エーカーは不必要である。刹那はそれについて申し訳なさそうにしていたけれど、己の意見を曲げるつもりはないようだった。グラハムだって思うところはあるけれど、彼女から“後を託せる相手”として見出された身。そこに不満はない。
だが、グラハムにだって限界はある。元々が我慢弱い気質なのだ。自分の限界は熟知している。故に、出した
それを素直に告げれば、刹那は何とも言え無さそうな表情でグラハムを見つめる。赤銅色の瞳に滲むのは、呆れと慈愛。
グラハム的にはそれだけで充分なのだが、刹那は少し考え込むような動作を見せた。おや、と思ったのと、彼女が小声で呟いたのはほぼ同時。
己に言い聞かせる様な声色で紡がれたのは――つい先程《視た》
「“言葉にしなければ、相手の心に響かないこともある”、か……」
「刹那?」
意を決したように、刹那は小さく頷いた。
赤銅色の瞳は、どこまでも澄み渡っている。
「改めて言う。……今回の旅路に、あんたを連れていくことは出来ない」
彼女が紡ぐ言葉を、グラハムは真正面から受け止める。込められた想いに触れようと試みる。
「旅路は、長く過酷なものになるだろう。いつ戻れるかも分からない。だから、暫くは、あんたの誕生日を祝ってやれないんだ。すまない」
知っている。だってそれは、他ならぬ刹那がグラハムに語った話だ。それを“今、改めて話すこと”に意味があるのだろう。
刹那は一度そこで言葉を切った後、躊躇うように俯く。その様子は、いつかの少女の面影を連れてきた。
グラハムが刹那の正体を知った後の、1番最初の逢瀬――終わりと崩壊を覚悟して向き合った、最初の決戦を思い返す。
あのときの少女は、手を強く握りしめて泣いていた。『自分には何かを望む権利などない』と、己を罰しているかのように。
今の刹那は、その時と同じように手を握りしめている。唯一の違いは、彼女の瞳に滲む感情が悲嘆ではないことだろう。
――例えるならそれは、緊張、だろうか。
「だが――」
赤銅色の瞳は、真っすぐにグラハムを映し出す。
「今回の旅路が終わり、お前の元に帰ってきたら、そのときは――」
彼女は微笑み、手を差し伸べてきた。
「俺と一緒に……共に行こう。グラハム」
刹那の言葉が、刹那の想いが、グラハムの心に響き渡る。“心臓を矢で打ち抜かれる”とはこういうことか――なんて思ったのと、刹那がぎょっとしたように目を剥いたのはほぼ同時。
酷く狼狽した様子の彼女から「泣くほど嫌か……!?」と問われて漸く、グラハムは『自分が泣いている』ことに気づいた。グラハムは苦笑し、静かに流れ続ける涙を拭った。
「心配は無用だ。嬉し涙というヤツだよ。……少しばかり、情けないがね」
差し伸べられた手に応えるように、グラハムも手を伸ばした。刹那の手を取って、そっと握り返す。
互いの顔を見て微笑み合って、額を合わせてまた笑う。<嬉しい>や<愛している>という互いの《聲》がよく聞こえてきて、それが嬉しい。心が結ばれているのだと――分かり合えているのだと実感する。それを齎してくれたのは、他ならぬ刹那だった。
暫しじゃれ合った後――我に返って照れ臭くなったのか、刹那が顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。「料理が冷めてしまう」という彼女の言葉に同意し――それでもかなり名残惜しかったのだけれど――グラハムは刹那を離し、朝食に向き合う。
自分たちがじゃれ合っていた時間は思いのほか長かったらしく、料理から漂う湯気が見えない。それでも料理の熱は薄らと残っており、食べられないわけではなかった。いざというときは、電子レンジという文明の利器もある。
雑談に興じながら、グラハムは料理に手を伸ばす。
別れまでの足音など感じさせないくらい、穏やかで幸せな時間が流れていた。
◆◆◆
宇宙を覆い尽くす勢いで飛来する“金属生命体”。人類の未来を賭けた、異種族との
ク■ンタ■バースト。“それを使うことのできる彼女の機体を、“金属生命体”の中心部へと送り出す”ことが、アルティメット・クロスに与えられた任務であった。そのために、仲間たちは戦場を駆ける。
対話の道は閉ざされている。あと少しで手が届くのに、巨大な壁に阻まれた。
道はない。道がない。希望が絶たれる。女性たちは、あまりにも分厚い壁に直面していた。
その絶望を引き裂くように、鮮烈な
「未来への水先案内人は、この私が引き受けた!」
その言葉と共に、好敵手は飛び出していく。その先には、巨大な壁。
『道理を無茶で押し通す』を地で行く好敵手だが、どう見ても無茶で押し通せる壁ではない。
「何を躊躇している!? 生きる為に戦えと言ったのは、キミの筈だ!」
それは、遠い日に、女性が好敵手に贈った言葉だった。
「行け! 生きて未来を切り開け!!」
巨大な障害に阻まれる。それでも好敵手は飛んでいく。鮮烈なまでもの
機体の動力部から溢れる赤い粒子も、より一層輝きを増した。まるで、好敵手の想いに共鳴するかのように。
障害を突き破ろうとすればする程、好敵手は己の命を削っていく。彼の纏う気迫が、何人たりとも彼を止めることを赦さない。
「これは、死ではない! 人類が、生き残るための――!!」
吐血しても、体を蝕まれようとも、命が削られていこうとも、男は止まらなかった。止まるような性格ではないと、女性は長い付き合いで理解していた。
怖いくらい真っ直ぐで、何事に対しても真摯であろうとした人。愚直すぎるがゆえに、変な方向に走り出すこともしばしばある、難儀な性格をした人。
――女性を愛してやまなかった人。
「“革新者”」
不意に、好敵手が女性の名前を呼んだ。
女性は、目の前に男がいることに酷く驚いていた。周囲の光景が、激戦区から平原に変わっていたのだから当然と言えよう。どこまでも青い空と、広い平原が広がる。
そこが好敵手の心の世界だと女性が気づく。男は幸せそうに微笑んで、女性を手招きした。恥ずかしさに文句を言いつつ、彼女は男の腕に収まる。男は満足そうに頷いた。
女性はふと、視界の端で起きた異変に気づく。
男の利き手が、ぼろぼろと崩れ落ちていくではないか。
利き手だけではない。左半身が、そうしてこの世界そのものが、何かに侵食されるように消えていく!!
男は残念そうに苦笑した。
「私は、この結末に後悔していない。むしろ、誇りに思う。やっと私は、キミの好敵手に相応しい存在になれただろうから」
ああでも、と男は付け加える。
「……しかし、残念だな。ようやくキミと並べる存在に至れたと思ったのに、キミと、キミのガンダムと決着をつけることが叶わないとは」
“この男は、いったい何を言っているのだ”――女性は心の中で戦慄いた。理解したら最後、彼はここから永遠に
だから、彼女のすべてがそれを拒むのだ。女性の表情を見た男は、ますます困ったような顔をする。
「悲しむ必要はないよ。私は未来の水先案内人。キミの行く末を、ずっと見守っているから」
彼の言葉に、嘘偽りはない。だが、彼はもう、自分の傍には居ないのだ。
「思うんだ。あの日、キミと3度も出逢った意味を。あの日、キミという存在によって生かされた意味を」
男は噛みしめるように目を閉じる。自分の中にある美しいものを抱え込むような笑みに、女性は胸が苦しくなった。
1回目は何も知らない者同士として、2回目はガンダムとフラッグのパイロットとして、3回目は明日のために戦い続ける者同士として、自分たちは顔を合わせてきた。
あるときは戦場で、あるときは街中で、出会っては別れてを繰り返してきた。そのすべてが、互いにとってかけがえのない時間だったのだ。
「――ああ、そうだな。私はこのために生きてきた。このために生まれてきたんだ」
そんなこと、望んでいない。そんなことのために、生きろと言ったわけじゃない。
女性は大声で叫びたかった。でも、多分、男はそれすら《識っていて》、女性への言葉を贈っている。
おそらくは、最期の会話になるであろう言葉を、命が燃え尽きていく中で、必死になって探している。
「満足して生きた。まあ、心残りがないわけではないが」
男はそう言って、指を折りながら諳んじた。
大切な約束の数々を、来るはずだった――もう来ない明日の日常を。
「もっと空を飛びたかった。仲間たちと一緒に笑っていたかった。副官が作ってくれるであろう、帰還パーティの鍋が食べたかった。カレー味でもいいから食べたかった。最期は青い空で迎えたかった。……酷いな、未練ばかりだ。女々しくて笑ってしまうよ」
男は呆れたように苦笑した後、真摯な眼差しで女性を見返す。
「しかし、特に心残りなのは2つある。1つめは先程言った、“キミと、キミのガンダムとの決着がつけられない”こと」
翠緑の眼差しは、沈痛そうに揺れていた。
「――もう1つは、“結局最期まで、キミを幸せにしてやれなかった”ことだ」
失ってしまった利き腕の代わりに、残った手で、男は女性の頬を撫でる。慈しみを込めた手つきに、思わず女性は首を振った。
男が悔いる理由なんてない。それ以前に、最期だなんて言われる筋合いもない。おまけに、女性はまだ、男を幸せにしていないのだ。
壊すことしかできない自分が、誰かに与えたいと思ったもの。それをまだ、彼に手渡していない。手渡せていない。
「逝くな」
自分でも驚くほど、情けない声だった。
「まだ何も伝えていないんだ」
今にも泣き出してしまいそうな声だった。
「……俺はまだ、あんたを幸せにしていない……!」
女性の言葉に、男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。目を真ん丸にして、何度も瞬きを繰り返す。ややあって、男は幸せそうにはにかんだ。
「やはり、私は永遠に、キミに敵わないんだな」
男の体が、闇に飲まれる。美しい青空と平原が、真っ黒に塗りつぶされる。
彼の気配が遠のいた。慌てて女性は手を伸ばす。だが、何も掴めなかった。
「最期まで、ありがとう」
男は笑う。いつか見た儚げな笑みではなく、普段通りの快活な笑みを浮かべて。
「キミに出会えて、本当に良かった」
男は笑う。女性に出会えたことが自分の幸福だった、と言わんばかりに目を細めて。
「――愛している、“革新者”」
世界が暗転する。次の瞬間、分厚い壁が吹き飛んだ。対話への道が拓かれたのだ。
好敵手の死を悼む時間はない。彼が最期に切り拓いた道が閉ざされる前に、行かなくては。
操縦桿を動かし、突き進む。男が最期に残した言葉を胸に、ただまっすぐに突き進んだ。
そうして、対話の
宇宙に花が咲き誇り、人類の未来は定まった。
けれどもそこに、彼はいない。――彼が、いない。
「……あんた、馬鹿だろ」
―― そうだな。ことに、キミとガンダムのことに関しては ――
その言葉に帰ってくるはずの返事は、2度となかった。
◆
前々回の大戦後、地球連邦軍に接収された外宇宙航行艦――艦と銘打たれているが、実際は小惑星を改造して作られたもので、宇宙要塞と称しても過言ではない――ソレスタルビーイング号の改造、及び改装が終わったのは、アルティメット・クロスが駆け抜けた前大戦の終了後から1か月後のことである。
地球連邦軍、ソレスタルビーイング、悪の組織/スターダスト・トラベラー、その他諸々の協力を経て、ソレスタルビーイング号は外宇宙航行艦としての最終調整を終えた。
旅立って早々、仲間たちは宴会を始めた。クーゴ・ハガネを筆頭とした料理部隊が猛威を振るっており、誰も彼もが食べて騒ぐので忙しい。刹那もその宴で一定の戦果を挙げてきた。深入りしすぎると後に響くことを知っているため、少し早めに撤退したわけである。……まあ、それ以外にも理由はあるのだが。
「グラハム」
中庭のベンチに座って
「どうしたんだ、刹那。宴会はまだ――」
「あんたが抜け出したのに気づいてな。……隣、いいか?」
「ああ、構わない」
グラハムは二つ返事で頷き、ぽんぽんと隣を指示した。刹那も頷き、隣に腰かける。グラハムは静かに目を細めて刹那を見つめた。蕩けるような微笑を向けられることに対して、刹那は未だに慣れそうになかった。
誤魔化すように視線を逸らす。天窓から覗くのは、どこまでも限りなく広がる満天の星。視界の端にちらつく青い星の姿も、随分遠ざかったように思う。旅立ってからまだ数時間しか経過していないけれど、酷く感慨深い。
心地よい沈黙が続く。もう一度グラハムに視線を向ければ、彼も刹那と同じように天窓の星を見上げていた。――その横顔が、酷く儚いもののように見えたのは、刹那の気のせいではないのだろう。
「ELSと対話を成すための戦いのとき、あんたが
“未来への水先案内人”――或いは、“永久の道標”。
先の大戦よりも前から、グラハム・エーカーが隠し続けてきた秘密。或いは、前々回の大戦で彼が負った後遺症と、彼の死を暗示する数多の
“武士道”だった頃の彼にとって、その
奴は何も語らなかったけれど、『それが自分の生きてきた理由なのだ』と思って凝り固まってしまう程に追い詰められていたようだ。閑話休題。
囁くような声で零せば、グラハムはぎくりと肩をすくませた。刹那に向き直ったグラハムの表情は硬くぎこちない。口元は笑っているけれど、端がやや引きつっている。翡翠の瞳には、らしくもなく動揺の色が滲んでいた。
何かを思案するように目を伏せたグラハムであったが、煙に巻く方法を模索できなかったらしい。元来まっすぐで誠実な男ゆえに、誤魔化すのは好きではないのだろう。観念したように両腕を挙げた。
「いつから気づいていたんだ」
「確信に変わったのは、ヒトマキナを倒しに月面へ向かう前だ。以前からあんたが何かを考え込んでいたことは察していたがな」
「……やれやれ。これでも隠していたつもりなんだがね」
「あんたの聲は分かりやすい」
刹那の言葉を聞いたグラハムは、深々と息を吐いて額に手を当てた。「やはりクーゴの指摘通りか」と零したあたり、副官から言われない限り気づかなかっただろう。
「……“それ”が、私に与えられた運命だと思ったんだ」
幾何かの沈黙ののち、グラハムはぽつぽつと話し始める。
「ずっと、ずっと、似たような
「違う」
刹那は強い調子で反論した。グラハムは目を丸くする。
「俺は、
「刹那……」
「俺は、未来を掴むために生きろと言ったんだ。死ぬために生きろと言った覚えはないぞ」
「……そうだな、そうだった。キミに追いつきたいと、肩を並べるに相応しい好敵手になりたいと焦るあまり、視野狭窄に陥っていたようだ。すまない」
グラハムは頭を下げ、悲しそうに微笑んだ。「自分もまだまだだ」と呟くその横顔は、刹那を見上げているように見える。身長はグラハムの方が高いのに、だ。
おそらく、刹那とグラハムの間には、常人には説明しがたい距離があるのだろう。自分たちはすぐ隣にいるはずなのに、どうしてか、互いが酷く遠い存在のように思ってしまう。
彼がそんな風に刹那を見つめるようになったのは、前々回の大戦が終わってからだ。グラハム・エーカーに関わるすべてを人質に取られ、傀儡として飼い殺しにされかけていたときの出来事が起因になっているのだと思う。
神聖なものを見るような眼差しで見上げられるというのは、やはり慣れない。
刹那は自分の過去と罪を、或いは業の重さが如何程のものかを理解しているが故に。
真っすぐ、一途に、ひたむきに、刹那へ愛を手渡し続けた男の眩さに救われてきたからこそ、余計に。
「……俺は、あんたが思っているような存在じゃないぞ」
「私も、キミが思っているような存在ではないよ」
「俺がここまでこれたのは、あんたがいてくれたおかげだ。あんたが道を切り開いてくれたから、俺はELSとの対話を成し遂げることができた」
「それを言うなら、私が“ここにいられる”のはキミが手を回してくれたおかげだ。あのとき、射撃型のガンダムと可変型のガンダムが援護してくれたのが何よりの証拠だろう?」
互いに譲らないし譲れないけれど、よくよく考えれば、このやり取りは非常に不毛で滑稽だ。刹那がそれに気づいたように、グラハムも察知したのだろう。屈託のない笑みを零した。
「引き分けだな」
「こんなことに勝敗をつける必要はないだろう? 俺はあんたに助けられたし、俺もあんたを助けることができた。それでいいじゃないか」
「……ははっ。やはり、私はキミに敵わないようだ」
グラハムは笑う。悲しそうに、悔しそうに、けれど――幸せそうに。翡翠の瞳はただ真っすぐに刹那を見つめる。先程まで“距離がある”と思っていたはずなのに、今は、互いの存在がとても近く感じた。
伸ばした手が触れ合う。ただそれだけで、胸の奥を温かな感情が満たしていく。この世界に神はいないけれど、かけがえのない仲間たちと――グラハムと出会えた。だから、世界を信じられた。信じることができたのだ。
「キミの想いに、私はいつも救われていたんだよ。刹那」
「俺も、あんたの想いに救われていたんだ」
顔を見合わせて、また笑った。
触れ合う温もりが心地よい。かすかな吐息がこぼれる。焼き付くような熱が纏わりつくような感覚に、刹那の体が震えた。――恐らくは、グラハムも。
刹那を射抜く翡翠の双瞼は、獰猛な獣を連想させた。刹那を求めてやまぬのだと訴えるその眼差しには覚えがある。瞳に映る自分もまた、彼を求めてやまない。
「……どちらの部屋に行こうか」
「俺はどちらでも構わないが」
「近いのは、私の部屋だったな」
余裕なさそうに笑ったグラハムは、刹那を思い切り引き寄せて抱きしめた。刹那の視界の端で青い燐光が爆ぜる。世界が反転し、刹那はグラハムに押し倒された。背中を受け止めたのは、彼の部屋に備え付けられていたベッドである。
互いに手を伸ばし、背中に手を回す。愛おしいのだと訴える《聲》は鮮明に聞こえているし、相手にだってきちんと届いていた。それがとても幸せなことなのだと、刹那は知っていた。――おそらくは、幸せそうに目を細めたグラハムも。
***
見覚えのある艦内、見覚えのある人々。彼や彼女たちは、大マゼラン銀河を往く最中に出会った異星人や異種族との出会いと、対話による相互理解についてを語り合っている。
とある事情で、自分たちは並行世界の地球に住まう人々と共に戦った。その際に経験した出来事が、自分に
『自分たちの世界でも、あちらの世界で体験したように、対話と相互理解を成し遂げたい』――我が儘にも近いソレに、『共に往く』と言ってくれた仲間たちがいた。
自分たちと共闘した経験がある者たちも、非公式にサポートすることを名乗り出てくれた。軍部は接収していた宇宙要塞を提供し、民間企業/秘密結社は宇宙要塞を外宇宙航行艦へ改造してくれた。
特に、自分の好敵手を自負する最愛の人は、自分の我が儘を――『自分たちが去った後の地球を頼みたい』という願いを聞いてくれたのだ。感謝してもし足りない。
『刹那……。キミは、心の赴くままに進め』
静かな面持ちでこちらを見上げるのは、刹那が地球を託した相手だった。
普段の彼はよく喋るし、表情の変化や主張も激しい奴だ。テンションが上がると、喋りながら無自覚に《聲》を垂れ流すこともある。本人が喋っていなくとも、《聲》が大音量で漏れることもあった。
なのに――今の彼は言葉少なく、表情変化も乏しい。唯一感情の色を読み取れる
自他共に我慢弱いと認める彼が“何も言わなかった”のは、ひとえに“刹那のため”だった。一途で、ひたむきで、真っすぐに。刹那への愛を手渡してきた男の在り方と本質は、今でも何も変わらない。
だから刹那は、彼に惹かれた。自分にそんな資格はないと分かっていて――それでも彼を幸せにしたいと思ったのだ。
面々との挨拶を終えた後、刹那は踵を返して彼の元へと歩み寄る。別れの挨拶は済んだと言わんばかりの様子でいた彼は、酷く面食らっていた。
『どうした?』
『やり残したことがあったことを思い出した』
挙動不審になった男を真っすぐ見つめる。
刹那の想いを《読み取った》のか、彼は神妙な面持ちでこちらを見返した。
それを受け止め、理解して、寄り添いたいと願うように。
『今回の旅路が終わり、お前の元に帰ってきたら、そのときは――』
刹那は微笑み、手を差し伸べた。
『俺と一緒に……共に行こう。グラハム』
刹那の言葉は、刹那の想いは、グラハムの心に届いただろうか――なんて思ったのと、驚いたように息を飲んだグラハムが無言のまま涙を零したのはほぼ同時。
ぎょっとした刹那から『泣くほど嫌か……!?』と問われて漸く、グラハムは“自分が泣いている”ことに気づいたようだ。彼は苦笑し、静かに流れ続ける涙を拭った。
『心配は無用だ。嬉し涙というヤツだよ。……少しばかり、情けないがね』
差し伸べられた手に応えるように、グラハムも手を伸ばした。刹那の手を取って、そっと握り返す。
互いの顔を見て微笑み合って、額を合わせてまた笑う。<嬉しい>や<愛している>という互いの《聲》がよく聞こえてきて、それが嬉しい。心が結ばれているのだと――分かり合えているのだと実感する。それを齎してくれたのは、他ならぬグラハムだった。
暫しじゃれ合った後、我に返って照れ臭くなった刹那は、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。『そろそろ出発時間だから』という自分の言葉に同意し――それでもかなり名残惜しそうにしていたのだけれど――グラハムは刹那を離した。……離した、のだが。
『……あれ?』
『なんと』
ブリッジはもぬけの空。見送りに来てくれた者も、共に往くと言ってくれた仲間たちの姿もない。周囲を見回せば、机の上に何枚かのメモが散乱している。
『出発時刻のn分前になったら連絡します』だの『勝手にやってろ。但し、時間は守れ』だの『ごゆっくり』等々、好き放題書き殴られていた。
意図せず2人きりの時間を得た刹那とグラハムは顔を見合わせる。互いに目を細め、手を伸ばして――世界が暗転した。
暫しぼうっと部屋を眺めていた刹那は、少し遅れて、意識がなくなる以前の出来事を思い出した。
部屋の中は薄暗い。刹那が隣を見れば、グラハムがあどけない寝顔を晒しているところだった。情事後の不快感は一切ないあたり、それはそれは丁寧に事後処理をしてくれたのだろう。容易に想像がついて、なんだか居たたまれない気持ちになった。
グラハムがぐっすり眠っていることをいいことに、刹那は彼の横顔をまじまじと観察する。顔の左側を覆う傷跡からは、痛々しいものを感じない。現代医療技術を駆使すれば傷跡を消すことも可能だろうが、グラハムはそれをしようとはしなかった。
(気持ちは分からなくもないが……)
グラハムは日の当たる場所を全力疾走してきたような顔をしているが、以前は『次第に仲間たちとの記憶を失っていく』なんて極限状態に身を置いていた時期があった。だから、彼は己の繋がりに関するものを奪われまいと足掻いていた。この傷を残し続けたのも、その一環だ。今でも傷跡を残し続けるのも、似たような状況に陥ったときのことを考えているのかもしれない。
刹那がそんなことを考えていたとき、グラハムが身じろぎした。苦しそうな吐息を漏らした彼の瞼から、涙が流れ落ちる。呻き声や悲鳴を飲み込む度に、反比例するが如く、幾筋もの涙が流れていく。刹那がぎょっとしたのと、グラハムが口を開いたのはほぼ同時。
「……“永久の道標”……」
「ッ!?」
「これが……私の、……“命の答え”……」
刹那は慌ててグラハムの手を握り締めた。革新者としての力が、彼が見ている光景のすべてを拾い上げる。
青い光が爆ぜた。己の命と引き換えに開いた対話への道。男はいつも、かすかな未練と痛みを抱いたまま、命を燃やして散っていく。それが自分の役目なのだと、この男は《識っていた》。
……それでも、諦められない光景があった。悲しそうに笑う男は、愛する女を腕に抱く。戦いが始まる前の、日常の1コマ。グラハム・エーカーの、34回目の誕生日。
『――また来年も、私の誕生日を祝ってくれないか?』
『それだけでいいのか?』
『ああ。プレゼントはなくてもいい。キミが「おめでとう」と言ってくれるなら、私はそれだけで充分だよ』
来るはずのない未来を夢見た。けれど、それを口に出して、愛する人を泣かせたくなかった。大切な仲間たちのことを困らせたくなかった。……だから、彼はずっと、自分の胸の中にしまい込み続けたのだ。
刹那はグラハムの頬を叩き、彼の名前を呼ぶ。このまま、彼をこんな夢の中に捕らわれさせてはいけない。
「グラハム。おい、グラハム!」
「……あ……?」
グラハムはぼんやりとこちらを見ていたが、意識はすぐ鮮明になったらしい。暫し目を瞬かせた後、夢心地のまま刹那の名前を呼んだ。虚ろだった深緑は、すぐさま鮮やかな翡翠へ色を変える。それを見て、刹那はほっとした。
「大丈夫か?」
「……ああ。すまない」
何が起きていたのかを察したのだろう。グラハムは申し訳なさそうに苦笑し、乱雑に涙を拭った。
「そうだな。私は生きている。生きて、それを成すのだと決めたんだ」
雨後に咲いた花の如く、彼は笑う。屈託のないそれに、刹那もまた安堵した。
望んだ明日はやってくる。運命を超えて、可能性を集めて、自分たちの旅はこれからも続くのだ。その事実が何よりも尊い。
その幸せを噛みしめながら、額と額を合わせて、2人して微笑み合った。
じゃれ合いながら、刹那は思い返す。
『ELSの母星を救いに行く』という話をした後のこと。
『今は、共に往こう。グラハム』
『――っ……! ああ、ああ! 共に往こう、刹那!』
刹那がそう言って手を伸ばしたとき、彼は感極まったように表情を輝かせた。自分の望みが叶ったと言わんばかりに、眩い笑顔を浮かべて、刹那の手を取ってくれた。
あの日の選択が、今この瞬間に繋がっている。刹那はこの選択を、間違っていたとは思わない。だって今、グラハムは幸せそうに微笑んでいるから。
それと同じように、夢の中で見た刹那の選択も、間違っていたとは思わなかった。だって、あちらのグラハムも、幸せそうに微笑んでいたから。
望んだ明日はやってくる。運命を超えて、可能性を集めて、自分たちの旅はこれからも続くのだ。
【参考及び参照】
『TABIPPO.NET 中東で食べたい国民食8選』より、『カプサ』、『タブーレ』
『世界の料理 総合情報サイト e-food.jp』より、『カブサ(カブセ)』、『タブーレ』、『バリラ』
『ペルソナ3(劇場版)』より、『キミの記憶』、『僕の証』