問題だらけで草ァ!! -Toward the sky- <1st Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の9月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
「この家の家督は、貴女に継がせるわ」
ベッドに横たわった老婆は、ベッドサイドにいる女性にそう告げた。天を仰ぎながら、老婆は深く息を吐く。
「本当は、あの子に継いで欲しかったのに」
「お母さん。死んだ人間のことを言っても、どうにもならないわ。ウチの家の男はみんな早逝してしまうもの」
女性は憐れむように目を伏せる。自分の一族では、男児や男衆が早逝してしまう傾向があった。唯一の例外かと思われていた双子の弟も亡くなった。――いや、自分が殺した。
しかしながら、世間の大半がこのことを知らない。この老婆――母もまた、世間の一部分であった。彼女は何も知らぬまま、生を終えるのだ。女はひっそり笑みを浮かべる。
ささくれだった母の手が、女性の滑らかな手に触れる。己が守ってきたものすべてを託すように。
お願いね、と老婆は言った。懇ろに、女性に告げる。
女性は頷いた。真摯な表情を崩さぬまま、何度も。
女性の母が眠るように亡くなったのは、その翌日のことであった。
*
「家督相続おめでとうございます」
後ろから聞こえてきた声に振り返れば、黒髪の女性が立っていた。彼女の脇には、控えるようにして男性が佇んでいる。
「ありがとう、
女性が微笑めば、
望むものはすべて弟に奪われた。家督も、信頼も、才能も、弟は女性の望むものすべてを持っていた。何も持たない女性を見つめる黒い瞳は憐れみに満ちていて、思い出すだけで腹立たしい。奴がいなくなったことで、ようやく、女性は望んだものを手にすることができたのである。
忌まわしい存在はいなくなり、誰もが自分を見るようになった。いないもの、いても劣っているものとして扱ってきた連中たちは、女性の当主就任によって掌を返した。誰もが女性を見てくれる。その存在を認めてくれる。女性の望みは、ようやく叶えられた。幸福を噛みしめて、女性は笑う。
先祖代々の墓を感慨深く見下ろした後、女性は踵を返した。自分の後に、
「今日はお祝いよ」
「やったー!」
3人の子どもたちは、女性の言葉に大喜びした。
「手配はばっちりですわ、おねえさま」
「ありがとう。楽しみだわ」
女性と
はしゃぐ子どもたちが先陣を切り、女性と
特に金髪の武士は自慢の駒である。彼を手に入れるために、色々と手を尽くした。主に外堀を埋める方面で、だ。
女性の『知識』とイレギュラーを修正する方法と睨めっこしながら、ようやく手にした
ガンダムや革新者と戦える数少ない人間――そう評されたMSパイロット。勝手な行動をとれないように、しっかり策は練ってある。
他にも、注意すべき相手は山ほどいた。
国連代表として陰で色々と暗躍しているエルガン・ローディックは、女性の有する『知識』では存在しないはずのイレギュラーだ。最終決戦後にアレハンドロの汚職やらなにやらを世間にぶちまけ、戦死した英雄を卑劣なド外道に陥れ、奴の系譜を引く派閥を根こそぎ失脚させたやり手である。何とかして無効化しなくてはならない。
懸念すべき相手として、イノベイドのリボンズ・アルマークもいる。奴の言動および“能力”は、女性の有する『知識』とは大きな差があった。そのため、自身が有する『知識』を踏まえた対策が役に立たない。他のイノベイドたちとも仲がいいため、リジェネ・レジェッタの謀反を利用した行動も取れそうになかった。
(何より一番不気味なのは、悪の組織とスターダスト・トラベラー)
前者は謎が多い技術会社と、後者は人命救助やごろつき退治にふらりと現れてはいなくなる謎の組織である。特に後者のことを「第2のソレスタルビーイング」と持て囃し、危機感を抱く者や期待を抱く者が勝手に騒いでいた。それもそれで邪魔である。
前者の技術力は欲しい。しかし、悪の組織が、現在のアロウズ――あるいは自分たちに協力してくれるとは思えなかった。
ならば、早々に片付けておかねばなるまい。幸い、一企業を攻撃する口実ならいくらでもある。
「おねえさま?」
聞こえた声にハッとすれば、
「どうしたのですか?」
「ちょっと考え事を、ね。……ダメだわ。もうすぐお祝いの席だというのに、余計なことを考えちゃう。忘れて楽しまなくちゃ」
女性は努めて明るく笑って見せた。そう答えた丁度いいタイミングで、リムジンがやって来る。殿の
◇◇◇
1990年代頃に発売されて以降、長らく愛された育成ゲームがある。それは300年以上の年月が過ぎた今でもレトロゲームのアーカイブに掲載されており、多くの人々から愛されている作品となっていた。
新たな世代が発売されていくにつれ、ストーリーは重厚なものになり、育成できるモンスターたちの種類もどんどん増えて、世界大会も開かれていたという。当時の熱狂とその片鱗は、ゲーム関連情報から伺えた。
「くーちゃんは純和風の戦闘BGMが似合うと思うの。太鼓と三味線が唸るタイプのやつ」
「あおちゃん。俺、“虹色の鳳凰”より“仮面の鬼さま”の戦闘曲の方が好きかなぁ」
“虹色の鳳凰”のBGMを指し示せば、弟は何とも言い難そうな顔をして別の曲を指さす。そこには、4つの仮面を使いこなす“仮面の鬼さま”のイラストと戦闘曲があった。
どちらのモンスターも、作品のタイトルを飾った強めのモンスター。ゲームのシナリオとも関わりがあり、和風の戦闘BGMとして人気もある。
尚、ゲームでの性能面では“仮面の鬼さま”の方が優遇されており、“虹色の鳳凰”は対戦勢から不評だった印象があった。
成程。弟が“仮面の鬼さま”を選んだのは、BGMだけではなく、通信対戦で遊ぶ人間としての視点からか。凝り性故か通信対戦関係に手を出している片割れらしい判断だ。
「そっかー! “仮面の鬼さま”、強いもんね! 持ち物が縛られるって問題点はあるけど、それを補って有り余るほどの破壊力! 専用技の特徴を使いこなせば、色々な戦術を考えられる!」
「モンスターとしての強さもあるけど、シナリオでの活躍が好きなんだ。“積み重ねてきた思い出を力にして、何度も立ち上がる”ってシーン。……俺みたいだなあって思って」
片割れはそう言って、照れ臭そうに笑った。弟が“ギャップ萌え”を習得したことに喜びつつ、少女は気づく。
少年は幼い頃から体が弱く、周囲の大人たちからは『長生きできないだろう』と常々言われてきた。その影響か、彼自身も『自分は長生きできない』と思い込み、鬱々とした心境になってしまっている。
そんな彼にとって、彼だけが《識る》ことができる“おはなし”――数多の機動兵器を駆り、愛する地球と人類のために戦う人々の物語――は、片割れの心を奮い立たせる大切な理由になっていた。
親の予想に反して片割れが“細くもしぶとく生きている”のは、『人の心の光』を目の当たりにして、数多の希望と奇跡に触れてきたためだろう。それらが希望と勇気を彼に与え、生きる意志へと結びついているのだ。
それが現実の話ではなくとも、片割れだけが《識っている》“おはなし”でしかなかったとしても、それらが片割れを生かし、奮い立たせている。その姿は、“仮面の鬼さま”が絡んだシナリオで、“仮面の鬼さま”との
主人公との交流で重ねてきた思い出を力に変えて立ち上がって来た“仮面の鬼さま”は、最終形態では『“嘗て一緒に過ごした、一番大切な人”との思い出』を糧にして立ち上がって来る。片割れはそんな“仮面の鬼さま”に、“おはなし”を拠り所にして生きようと足掻く自分を重ねたのであろう。
「いつか俺も、“仮面の鬼さま”みたいになりたいなぁ」
「『ろくでもない連中を棍棒でボコボコにするくらい強くなりたい』ってこと?」
「いや、そうじゃなくて」
少女は“仮面の鬼さま”がストーリー上でやったこと――大切な人や、彼にまつわる思い出の品を奪った“ろくでもない畜生”どもを棍棒で叩きのめした――を連想したが、そうではないらしい。
片割れは何かに思いを馳せるように、窓に視線を向ける。彼の眼差しの向こう側には、きっと、彼を生かす理由になっている人たちの面影があるのだろう。双子の弟の考えることなどお見通しだ。
「……『沢山の“おはなし”から貰った勇気や希望を奮い立たせて、どんな困難にも立ち向かえるようになりたい』って思ったんだ」
「くーちゃん……」
「……でも、無理かなあ。俺がそうなるより、俺が死ぬ方が早いだろうし」
「――そんなことない!」
儚く笑った少年の手を取り、少女は言う。
彼の“おはなし”には遠く及ばないことを理解して。
自分の言葉が、そのウン億分の1くらいの希望になれたらいい。
「くーちゃんは180超えたイケメン日本男児になるんだから! 和装が似合う格好いい男に!!」
「あおちゃん……」
「立派な大人になったくーちゃんは、色々な人たちと出会って、沢山の思い出を積み重ねていくんだ。そうして、それを奮い立たせて、立ち上がれる人になるんだ!」
「くーちゃんならできるよ」と少女は締めくくる。だって、少女は心の底から、そういう未来が来ると信じていたから。
だがしかし、少女の言葉を信じてくれる人間は誰もいなかった。片割れの少年だって、何度言い聞かせても『そうだったらいいのにな』程度にしか思わない。――いや、思えないようにされてしまった。
現状に憤りを募らせているのは少女だけだった。『“おはなし”で出会った人たちとの約束を守るために頑張りたい』と思う片割れの願いを肯定し、背を押してやったのも少女だけだった。
この理不尽に立ち向かえるのも、片割れに『理不尽に立ち向かう権利がある』と訴えることができるのも、自分だけなのだ。少女は少年の手を握りしめながら祈る。
(いつかくーちゃんが、自分の意志で『理不尽に立ち向かう』ことを――『生きるために戦う』ことを、選べるようになりますように)
――自分にも“そうする”権利があると気づいて、それを躊躇うことなく行使できるくらいに元気になってほしい。
今は淡く笑って諦めがちな片割れだけれど、本当は芯が強くて真っすぐな気質の持ち主なのだ。その強さと美しさを、姉はよく知っている。鍛え抜かれた鋼は、そう簡単に錆びたり折れたりしない。
鍛えている最中だからこそ、脆く折れやすい面が表に出てきているだけだ。正しい意味で鍛えられていないからこんなことになっている。――そんな現状に、姉は全く納得してはいないのだ。
「くーちゃん」
「何?」
「鍛え抜かれた“ハガネ”は、そう簡単に折れたりしないんだよ」
それを聞いた片割れは、やっぱり、何とも言えなそうな顔をした。姉は力強く宣言する。
「今まで沢山頑張ってきたじゃん。これからも、沢山頑張るでしょ。――だから、くーちゃんは絶対に大丈夫」
「……ありがとう、あおちゃん」
少年は控えめに微笑む。それでも、先程までの悲しそうな色は色濃く残ったまま。長い時間をかけて植え付けられてしまった価値観を壊すには、まだまだ時間がかかるようだ。長丁場になりそうである。
そんなことを考えながら、少女はゲーム画面を覗き込む。そこには、通信対戦を想定して育てられたモンスターたちの一覧が並んでいた。カーソルは“仮面の鬼さま”に合わせられている。
「じゃあ、くーちゃんは“仮面の鬼さま”を主軸にして対戦用のチーム組むの?」
「“世界大会の女神”をサポート役にしたチーム組むけど」
片割れはそう言いながら、カーソルを該当モンスターに合わせた。白い体毛と水色の縞模様が目立つ、栗鼠みたいな外見のモンスターだった。
今から300年程前に行われた世界大会で話題になったそのモンスターは、試合での活躍ぶりから敬称を付けて呼ばれるようになった。パラメーターはかなり低く、攻撃手段も乏しいため、お世辞にも戦闘能力は高いとは言えない。援護技が豊富という特徴はあったが、1対1での戦いには向かないモンスターであった。
件の試合形式は、“4対4で、一度に戦場に出せるモンスターの数は2体づつ”という条件だった。強力で凶悪な面をしたモンスターの中に、可愛い外見の白い栗鼠がお目見えしたのである。単なるマスコットとしてではなく、仲間たちを勝利へ――
彼女は数多の援護技を駆使し、仲間を守った。仲間にとって不利になる攻撃を引き受け、時には敵の動きを封じる形でサポートし、自らの役目を全うした。本質的には仕事人であるが、モンスターの性別と試合での活躍っぷりから女神と称されていたか。
“仮面の鬼さま”の攻撃力と特殊な力を駆使して敵を殴り倒していくのが好きなのかと思っていたが、見立てが甘かったか。
必殺仕事人というのも似合う気がする。だって、大好きな弟の未来図は、どんな姿でも格好いいと思ったので。
「“仮面の鬼さま”も好きだけど、やっぱり俺は“世界大会の女神”の方が好きかな。“自分の役割を全うして、みんなを助ける”のって、格好いいと思うんだ」
「必殺仕事人ってやつだね! 格好いい! くーちゃんならなれるよ!!」
照れ臭そうに笑った片割れは、少女が持ってきた端末を操作する。映し出されたのは、2000年代に行われた世界大会の動画。
外見も実力もいかついモンスターたちがひしめく中で、“世界大会の女神”が戦場に躍り出る。可憐な姿とは裏腹に、彼女は己の役割を全うした。
強力な相手にはデバフをばら撒いて動きを止め、仲間に対して不利な攻撃を引き受け、勝利への布石を打って出る。可愛い顔した悪魔がそこにいた。
「日本語の技表記だとあまり格好良くないけど、英語版の表記が良く似合うと思うんだ」
「この世で一番格好いい『Follow me』だよね」
「映像の日本語解説も好きなんだ。『すりすりしたいですねぇ』っての」
「それに応えるかのように女神が出てきたのも含んで、芸術点高いもんね。予想通りに仕事果たしてたし」
「“この大会後に使用率が上昇したけど、一般人では使いこなせなくて使用率が元に戻った”っていうオチ含んで綺麗だよね」
「白い栗鼠で“世界大会の女神”クラスの立ち回りを披露してるくーちゃんが言うと、色々な意味で情緒壊れると思うんだ」
つい数時間前に見た弟のプレイングを思い返し、少女は遠い目をした。
世界大会の動画と似たような光景が連発していた映像を思い返す。弟は“世界大会の女神”のように、サポート系に特化したモンスターを扱うのが上手だった。攻撃役がのびのびと活躍できるための地盤を整えるような立ち回り方は、姉から見ても称賛に値する。
“6対6且つ、勝負の場に出せるのは1対1づつ”というルールにおける戦いはあまり得意ではないようだ。複数のモンスターを場に出して戦うルールと比較して、勝率が振るわない。サポート役ありきの戦術構築になりやすいのが一因だろう。敗北時は『サポーターを潰されて瓦解した』例が多かったから。
少女がそんなことを考えていることなど露知らず、片割れは対戦時の設定をいじっていた。
通信対戦を行う際のBGMを何にするのか考えているらしい。しかし、彼は“仮面の鬼さま”ではなく、別のBGMを設定していた。
そのBGMが巷で何と呼ばれているかを知っていた少女は思わず顔を引きつらせ、問いかけた。
「そのBGMにするの? 本当に?」
「うん。“里の弟との最終決戦”が一番好きだし」
「闇落ちのテーマはやめて!!」
***
「くーちゃんは、もうちょっとボキャブラリーを増やした方がいいと思うの」
「……俺のボキャブラリーを増やすのと、競馬の実況を聞くことと何の関係があるの?」
少女の端末から流れるのは、1900年代の日本競馬の映像だ。“待ちかねた福が来る”という由来から名付けられた競走馬の名前をもじった実況が流れている。件の競走馬が1着を取ったレース会場を引き合いに出し、「此度のレース会場にも福が来た」と締めくくっていた。
その他にも、少女が引き合いに出す映像は“競走馬の名前をもじった実況が行われている”という共通点があった。次に少女が再生したのは、先程の映像の1年後に行われた菊の花を冠するG1レース。“青雲の空”という由来から名付けられた競走馬が、見事な逃げを披露して勝利を勝ち取った映像であった。
何とも言えない顔をした片割れに対し、少女は力説する。
「だってくーちゃんの最上級の誉め言葉、『天女』ぐらいしかないじゃん! そんなんじゃ、女の子をドキドキさせられないよ!」
「さっきも訊いたけど、競馬の実況と口説き文句に何の関係があるの? 俺には分からないよ……」
「その子の名前に関連したコメントをさらっと言えたら、絶対格好いいと思うんだよね! くーちゃんの好きな子をイチコロに出来るよ!!」
次に少女が再生した動画は、“織姫座の一等星”という由来から名付けられた競走馬が1着を勝ち取る映像2連続。どちらの実況も、彼女の名前となった一等星をもじった実況がされている。
件の競走馬の勝利を『一等星の輝き』に例えた実況は、どちらも粋な口説き文句として転用できる。特に、樫の木の名を冠したG1レースでは、レースの開催地と一等星が輝く位置を組み合わせていた。
織姫座の一等星は西の空に輝いている。そして、樫の木の名を冠したG1レースの会場は東京だ。それらを把握していたからこそ、「西の一等星が東の空に輝いた」という言葉が出てきたのである。
“名実況を行うためには、下準備として様々な情報を収集・把握しておく必要がある”――そのことは、少女も理解していた。
何も考えないで構えていた場合、咄嗟の場面で粋な発言をすることは難しいのだ。ある程度の文言を用意しておき、状況に合わせて言葉を選んでいることは予想が付く。しかし、それを名実況へ昇華するためのワードチョイスは、実況者の持つセンスにかかっている。
そして何より、センスというものは一朝一夕で磨けるものではない。『センスを磨くことは、実況云々以外の要素にも深く影響する』と少女は考えていた。ついでに、『センスを磨くための情報収集という経験も、別の部門で役に立つ』とも。
「というか、くーちゃんにとっての最大の口説き文句、あたしが言ってるヤツをそのまま使ってるだけじゃない。自分で口説き文句考えられるようにならなきゃ」
「『天女』ダメなの? 俺は素敵な誉め言葉だと思うんだけど……」
「お目が高いと思ってるよ。でも、それだけじゃダメなの。多種多様取り揃えておかないと」
「成程、“ワンパターンしかない”のがダメってことか。だから『“好きな人の名前”から拾えるように』ってことなんだね……」
片割れは少女が言いたいことを正しく理解できたようだ。ただ、少女の主張に対していささか納得していないのか、すっぱいものを頬張ったみたいな顔をしていた。
映像は、海外の女王の名を冠した王室御用達のG1レースで勝利を飾った競走馬の実況が流れている。“胡蝶蘭”の外国語を由来として名付けられた競走馬に因んで、彼女の勝利は『胡蝶蘭の開花』に例えられた。
成績不振を経てからの引退試合を勝利で飾ったことも、『胡蝶蘭の開花』に例えられた理由だろう。尚、実況内で『胡蝶蘭の開花』として扱われた回数は3回。彼女が勝利したG1の総勝利数に因んでいた。少女にとってはかなりお洒落な内容だと思っている。
少女がピックアップした実況を聞いていた少年は、先程と変わらない表情――すっぱいものを頬張ったみたいな顔をしたままだ。実況の良さを理解はしているが、純粋に、少年にとっての好みではなかったのだと思う。
双子だからと言って何もかもが一緒とは限らない。暫しの沈黙後、少年は端末を操作した。再生されたのは、2010年代の前半に行われたG1レース。日本の皇族の名を冠した秋の盾。
「俺、こっちの実況の方が好きかなあ」
牝馬三冠を降してゴール版を駆け抜けたのは、とある漫画に登場する“爆弾”を由来に持つ競走馬。登録情報にはしれっと“我が道を往く”と記載されていたが、それが後付けであるというのはファン公然の秘密であった。
最初の頃はとある漫画のタイトルと本人の成績からシルバーコレクターとして扱われていたが、このレースで突如覚醒し、当時のレートで世界一の称号を冠することになる。名前の由来と素晴らしい末脚から、実況者は彼の劇的な勝利を「この破壊力」と称した。
尚、海外の人間にとってこの競走馬の名前は、「とても格好いい名前」として扱われるという。英語にした際、何処を区切るかによって意味が2通りになり、一定の補完が働くためだ。
1つは名前の由来として明言されている“我が道を往く(だから邪魔をするな)”、もう1つは“早く逃げろ(逃げられるものなら)”。尚、元ネタの爆弾は後者が由来だった。
一応、この競走馬は珍名扱いされているのだが、公式に登録されている名前の由来や勝利数、この馬が賜った世界一の称号が原因で、『格好いい名前を持つ競走馬』とされてしまった。
「確かにこの実況も粋だとは思うよ。思うけどさぁ……」
珍名馬関連の実況を参考にして口説き文句を鍛えるのは、字面的に問題が多すぎるのだ。ううむと考え込む姉のことなど気にも留めず、彼は他の映像を指し示す。
片割れの指示した映像は、全部“珍名馬の実況”だった。名前から着想を得た実況という意味では、非常に分かりやすい例だろう。食べ物の名前系列は顕著である。
だが、それだけだ。少女が想定するような洒落た言い回しとは程遠い。今度はこちらがすっぱいものを頬張ったみたいな顔をする羽目になった。
「女の子ウケはよくないと思うんだ」
「そんなに?」
「笑える要素はあるけど、お笑い担当にされてる感があるっていうか……。心に響くような要素とか、乙女心をくすぐるような要素が薄すぎるというかァ……」
何だかよく分かってなさそうな弟に対して、少女はどう説明すれば伝わるのか分からなかった。ただ、珍名馬の実況を参考にするのは“毛色違いではないか”と思えてならない。
どんな形で言語化すれば、片割れにも納得してもらえるだろうか――そう思いながらうんうん唸っていたら、こちらのリアクションから何となく察したらしく、弟は端末を操作して動画を消した。
「あおちゃんがそこまで悩むんだから、何かあるんだよね? 俺にはよく分からないけど……」
「くーちゃん、覚えときなさい。慣れていようといまいと、時には“お笑い担当扱いされるのをしんどく感じる”ことだってあるんだよ。大事な人相手なら猶更だ。気を回してあげてね」
姉の言葉を聞いた弟は、神妙な面持ちで頷き返した。元から人の様子に機敏な気質の持ち主なので、ここまで言っておけば大丈夫だろう。スパダリ育成計画はまだまだ進行中である。
「型に嵌められて扱われるのが辛いって気持ちは、俺も分かるつもりだし」
――前言撤回。余計なお世話をしてしまった。
己の至らなさに頭を抱えた。そんな姉の姿を見た片割れは、心配そうに声をかけてくれる。明らかに少女が悪いのに、悪いことした相手を心配してくれる弟は文句なしのスパダリだった。どこに出しても恥ずかしくない、立派な紳士である。少女の基準という意味では、家族の大半が首を傾げるかもしれないけど。
彼はずっと、大人たちから『大人になれない可哀そうな子ども』だと言われてきた。『体が弱いから、大人になるまで生きられない』と、常日頃から、言葉や態度で思い知らされている。生きようと足掻いている片割れにとって、その言葉や態度にどれ程足を引っ張られ、心を傷つけられてきたのか。考えるだけでやるせない。
「ごめんくーちゃん。気を回してなかったの、あたしのほうだわ」
「あおちゃん!? あおちゃん何があったの!?」
「いっそ殺して」
「そこまで言わなくていいから! 俺、あおちゃんには元気でいてほしいし!!」
愚かなことをした姉を必死に励ます弟の姿に、少女は後光を見た。
絶対幸せになってほしいなと思ったし、そのためにも頑張らねばと決意した。
ついでに、今日の黒歴史は一生忘れてはいけないと強く思った。
◆
――本当は、忘れたくも、離れたくもなかったのだ。
◆
子どもの泣き声が響いている。双子として生まれた自分の半身。
泣いているのは男の子。自分よりも後に生まれた、可愛い可愛い弟だ。
「いやだ、いやだよ」
弟は選ばれた。“てんしさま”の代弁者に。それが嫌で、泣いていた。
弟を選んだ“てんしさま”は、それを名誉なことだという。“てんしさま”の代弁者になれば、弟は元気になれるという。外を駆け回ることもできるし、病気で寝込むこともないし、空へ行きたいという夢だって叶うんだ、と。
「そのためには、弟が大切にしている“おはなし”を、全部忘れさせる必要がある」と“てんしさま”は言った。弟は、“おはなし”を忘れたくないと泣いている。彼がその“おはなし”を大切にしていたことは、ずっと見てきたから知っていた。
嫌がる弟を、“てんしさま”はむりやり連れて行こうとした。弟は必死になって抵抗する。吹けば飛ぶような頼りない体は、あっという間に“てんしさま”につかまってしまった。鳥の翼をへし折るが如く、“てんしさま”は弟の目を覆う。
「だれか、たすけて」
弟のか細い悲鳴に、少女は飛び出した。“てんしさま”と弟の間に割って入る。
弟を庇うようにして立った少女は、“てんしさま”を見上げた。
「弟を連れて行かないで」
少女は、“てんしさま”から視線を逸らすことなく告げた。
「代わりに、あたしを連れて行って」
姉の言葉に、弟は大きく目を見開いた。情けない声で自分の名前を呼ぶ弟に、姉は満面の笑みを浮かべて見せる。
「大丈夫。お姉ちゃんが、守ってあげる」
弟に笑いかけた後で、少女は“てんしさま”に向き直った。“てんしさま”はしばらく少女を見下ろしていたが、妥協することにしたらしい。
弟にかざしていた手を引っ込めて、少女を招き入れた。少女は躊躇うことなくそれに従う。“てんしさま”は祝福するかのように、少女へ手をかざした。
少女は逃げなかった。ただまっすぐに、その祝福を受け入れた。それが何を意味しているか、知ったうえで――覚悟したうえで。
◇◇◆
雷張ジョーは“空の貴公子”と“空の護り手”の部下
同じ日本人ということで、“空の護り手”はジョーのことを気にかけていた。ジョーは“空の貴公子”を慕って敬愛していたし、その延長線として、“自分が慕う男が信頼を置く副隊長”である“空の護り手”にも礼を尽くしてくれた義理堅い男であった。
しかし彼は今、“機密情報を奪おうとして失敗し、そのまま逃げた連邦軍の脱走兵”として――得体の知れぬ無法者の一員・“エースのジョー”として暗躍を繰り返している。
今回、自分たちがこの戦場に降り立ったのは、『ソレスタルビーイングを始めとした寄せ集め部隊による“エースのジョー”、もとい雷張ジョーに関する照会と、彼に関連する情報提供の要請』が理由であった。
地球連邦軍から彼女たちの元へ派遣されることになったのは、雷張ジョーの元上官であった“貴公子”と“護り手”、そして第三者――それでも、立場は『連邦軍人』――視点から“直感的に、正しい判断を降せそうなエース級パイロット”ということで選ばれたコーラサワーである。
結婚してマネキン姓に変わった彼は、今日も元気に“幸せのコーラサワー”として活躍していた。そういうところでは浮かれ気味であるものの、繊細な操縦技量と反射的に最適解を叩き出す戦闘技術はさらに磨きをかけている。性格もちゃらんぽらん気味ではあったが、軍人としての判断は非常にまっとうな男であった。本当に心強い。
「待たせたな! 地球連邦軍のエース、“幸せのコーラサワー”だ!」
無法者が駆る機体を蹴散らしながら、コーラサワーの駆るジンクスが降り立つ。
それに続くような形で、“貴公子”と“護り手”の“勇者”も無法者の前に躍り出た。
<あれって、“不死身のコーラサワー”って名乗ってた人……?>
<改名したみたいね>
“祝福の聖歌(思考)”と彼の伴侶の会話が《聴こえてきた》。この場にはそぐわない指摘であるが、以前はソレスタルビーイングの居候をしていた身。彼の反応としては通常運転だった。良識人ではあるが、伴侶共々マイペースな気質だったことを思い出す。
<もう1機の方は見たことのないタイプだが……>
<あー! 開発中だったフラッグの後継機!!>
この場に降り立った“勇者”の姿からユニオンフラッグ系列の機体を連想したのか、“勇者”の系譜を看破した者がいた。
幼い少年の声に、“護り手”は思わず目を丸くする。ちょっとした驚きは、すぐに納得へと変わった。口元に笑みが浮かぶ。
それは、隊長機に乗っていた“貴公子”も同じだったらしい。ふっと口元を緩めつつ、通信のチャンネルを開く。
「地球連邦軍ソルブレイヴズ隊所属の“空の貴公子”だ。これより、そちらを援護する」
「同じく、地球連邦軍ソルブレイヴズ隊所属、“空の護り手”。隊長機に続く」
<――!!>
視界の端で、ジョーが息を飲む音が《聴こえた》。だが、次の瞬間、彼は別の意味で息を飲むこととなる。
「お父さん!!」
<副隊長の子ども!!?>
通信に割り込んできたのは、互いの仕事の関係で離れて暮らしていた息子であった。ぱああと目を輝かせて声をかけてきた息子へ微笑み返す。
脱走兵になったジョーは“空の護り手”の息子関係の情報を一切掴んでいなかったらしい。困惑と戸惑いの感情が《伝わってきて》、ちょっと苦笑した。
ジョーは何を思ったのか、“空の護り手”の駆る“勇者”と“理想への憧れ”が駆るガンダム、そして息子の駆る“小さな隼”を交互に見比べていた。混乱し過ぎである。
「派遣先の情報が入ってこなかったから、もしかしてとは思ってたけど……」
「僕の派遣先、ソレスタルビーイングだったんです。機密情報に抵触しちゃうから、あまり連絡できなくて」
「いいよ。元気にやってるって分かったから。――これからは、一緒に戦えるな」
「はい!!」
息子との会話もそこそこに、“空の護り手”は“理想への憧れ”へ視線を向ける。
彼女はガンダムのモニター越しから“空の護り手”を見つめていた。
<――ここからならば、“
その事実に口元が綻んでしまったのは、致し方ないことだろう。
「これから、よろしく頼む」
「――っ……! 勿論です! 一緒に頑張りましょう!!」
その名を体現するかの如く、“理想への憧れ”は輝くような笑顔で答えた。存外嬉しそうな様子に、こちらも胸が温かくなる。彼女たちと肩を並べて戦えることが嬉しい。
「了解した。協力に感謝する」
<“革新者”……。共に戦う日が、ついに来たな……>
『好敵手と共に戦えるのが嬉しい』というのは、自分や彼女の相棒の方も同じだったようだ。
“空の貴公子”の通信を受けた“革新者”は、普段よりも口元を緩めて礼を述べていた。それにつられるようにして、“空の貴公子”も微笑む。感慨深そうに呟く《聲》からは、今までの出来事に思いを馳せている心境が《伺えた》。
何も知らぬ頃に出会い、次は追う者と追われる者として戦場で対峙し、互いの正体を知っても尚手を取ることを選び、天使の行く末と向き合った日々。自分の掌にある小さな世界と愛する人を人質に取られ、望まぬ選択ばかり選ばされ続けながらも、暗闇の底から天使の姿を見つめ続けた日々。
数多の痛みや悲しみを超えて、“空の貴公子”と“革新者”はここにいる。その事実を噛み締めるようにして、彼の“勇者”と彼女のガンダムは前を向いた。無法者たちは乱入者である“空の護り手”たち――特に“空の貴公子”を狙って攻撃を仕掛けようと動く。
次の瞬間、ジョーが駆っていた機体が無法者に対して攻撃を繰り出した。明らかな怒気と強い敵意を持った一撃に、無法者は驚きの声を上げる。
ここに来る前にどのようなやり取りがあったかは不明だが、無法者のやり方はジョーの逆鱗に触れたらしい。眦を吊り上げ、己の敵に対して刃を向けた。
「俺は、俺の敵を絶対に許さない……!」
「俺たちと一緒に戦うのか?」
「そのつもりはない。だが、一時休戦だ」
「いいだろう!」
連邦軍は雷張ジョーを“機密情報を奪うのに失敗し、そのまま逃げだした脱走兵”として見ている。彼の目的次第では、軍法会議にかける間もなく死刑が執行される可能性もあろう。
けれど、今、無法者に対して刃を向けた彼の姿は――フラッグファイターとして共に空を駆けた頃の彼と、何も変わっていなかった。
ジョーの心は固く閉ざされており、彼の真意は何一つとして伺えない。元上官である自分たちにも言えないことがあって、それが彼の決意に結びついているためだろうか。
今この場は、無法者を倒すために戦ってくれるらしい。フラッグやジンクス以外の機体に搭乗しているジョーの姿を見るのは慣れないが、動きを見る限り、パイロットとしての腕は劣っていない様子だった。そういう所も相変わらずで、あの頃に戻ったような気持になる。
だからこそ、知りたいと願うのだ。手を伸ばさずにはいられない。
『機密情報を奪おうとして失敗し、そのまま逃げた脱走兵』という汚名を被ってでも、彼が成し遂げようとしていることを。
「行こうぜ、2人とも。連邦軍軍人として、無法者を放置しておくわけにはいかないからな」
「了解だ……!」
「勿論!」
思いを馳せていた“空の護り手”を現実に引き戻したのは、からりとした笑みを浮かべたコーラサワーだった。本人はきっと「俺はバカだから空気なんて読めない」と言うだろうが、こうして声をかけてくれたことは非常にありがたい。
彼に続くような形で、2機の“勇者”は空を駆けた。連邦軍の援軍があって勢いに乗ったのか、無法者を撃退するのに時間はかからなかった。ソレスタルビーイングの面々やジョーと連携を図ったのは久しいものの、ブランクを感じるようなことはない。
敵の指揮官機は舞人とマイトガインによって一刀両断され、機体は大破。パイロットは情けない悲鳴を残して撤退していった。それを見届けたジョーは、舞人に対して「決着は別の機会に(意訳)」と言い残し、この場から離脱を図ろうとする。
「待て、ジョー」
“空の貴公子”から名前を呼ばれ、ジョーと彼の駆る機体が動きを止める。
軍を裏切り脱走兵になっても、彼の中に燻るものはあるらしい。
「嘗ての上官の言葉は聞く気があるようだな」
「……あなたは俺に、空を飛ぶことを教えてくれた……」
「そうだ。……そして、私は新たな部隊を編成するために、腕利きを集めようとした」
“空の貴公子”は訥々と、当時のことを語る。
紆余曲折あって『還って来た』“空の貴公子”と“空の護り手”は、新たな部隊を結成するために動き始めた。アロウズに転属し、最終的には良識派と合流してクーデターに参加した旧オーバーフラッグス部隊――ハワード・メイスン、ダリル・ダッジ、アキラ・タケイ、ジョシュア・エドワーズらを中心に、戦乱を生き残ったフラッグやイナクト乗りの精鋭を集めていた。
そのとき、2人は旧オーバーフラッグス部隊の最年少だったジョー・ライバル――雷張ジョーにも声をかけようとしていた。が、2人が“のっぴきならない諸事情”でドタバタしている間に、彼は既に脱走兵となっていたのだ。彼の人柄を知る上官として、或いは1人の人間として、2人はどうしても“雷張ジョーがそんなことをする人間だとは思えなかった”。
「答えろ、ジョー。一体何のために、そんなことをした?」
「……あなたの命令でも、それはできない……」
嘗ての上官からの問いかけにも、ジョーは答えない。ただ、彼に応えたジョーの声は、酷く震えていた。
少し前、“空の護り手”の問いに対し、似たような調子で『できない』と答えた男の声色とよく似ている。
“空の貴公子”は“のっぴきならない諸事情”でドタバタしていた頃の自分を思い出したのだろう。大きく目を見開いた彼は、思わずと言った調子で声を荒げた。
「目を覚ませ、ジョー! 例え不本意だったとしても、あのようなアウトローと付き合えば、お前も闇に飲まれるぞ! 今ならまだ――」
「……昔の俺は、もう死んだんだ」
尊敬していた上官の言葉にさえ立ち止まらない。立ち止まろうとさえしない――それは、今、“空の護り手”の前で繰り広げられたとおりだ。
勿論、“尊敬する上官が信頼している副官”でしかない“空の護り手”の言葉になど、ジョーが耳を貸すはずもない。……だとしても。
「ジョー」
“空の護り手”は嘗ての僚友の名を呼び、武装を展開する。何の変哲もないただの棒を高らかに掲げて力を発現すれば、それは青い光を収束させた。青く輝く御旗が揺れ、澄み渡った音が響き渡った。
嘗ての日々を思い描く。ユニオンの精鋭部隊として空を駆けた日々を、或いは地上で語り合った日々を。仲間たちは最年少であったジョーを気にかけており、頻繁に世話を焼いていたか――
『うわぁーッ!? なんだこれはァ!?』
『スターゲイジーパエリアだよ! イギリス料理の伝統的なパイ料理を元ネタにした盛り付けにしたんだ!』
『うわあああああん! 何だかもの凄く生臭いよぉぉぉぉ! 前食べたハラワタ味のパエリアより酷い臭いするぅぅぅぅぅ!』
『どうして……どうして、こんなことに……?』
『こんなん人の食うもんじゃねぇよォ……!!』
(いかん、なんか変なの混じった)
「こんなん人の食うもんじゃねぇよォ……!!」
意図せず混入したスターゲイジーパエリア(ハラワタ味)を頭の隅に追いやりつつ、“空の護り手”はジョーへのコンタクトを続ける。■■波による流れ弾を喰らったコーラサワーが当時の心境を思い出してしまったようで、さめざめと泣きだした。
コーラサワーも“あの現場に居合わせ、スターゲイジーパエリア(ハラワタ味)の餌食となった被害者”だ。美食と芸術の国に生まれた彼にとって、アレは耐えがたい地獄であったろう。直近の被害という点を差し引いてもトラウマになっている様子だった。
勿論、意図せず混入したスターゲイジーパエリア(ハラワタ味)のように、頭を抱えたくなるようなこともあった。けれど、そのどれもが“貴公子”・“護り手”にとってはかけがえのない思い出である。
心を閉じていたとしても、柔らかなところに響くはずだ。
だって、ジョーの本質は、あの頃と変わっていないのだから。
ある種の確信を抱きながら、“空の護り手”は問いかける。
「――旗は、見えるか?」
「――――」
ジョーはこちらに背を向けたまま、何も言わずに立ち去った。
<――ああ、よく見える>
だけど、微かに《聲》が聞こえたのだ。
<今の俺には、眩しすぎるくらいに>
◆◆◇
「おい、大丈夫か?」
声をかけられて、振り返る。鳶色の髪と深緑の瞳が、自分を憂うようにこちらを見
自分の身長は169cmに対し、相手の身長は185cm。彼が羨ましくないと言えばウソになるが、低身長だからといって自分を卑下する気はさらさらない。無いものねだりをしてもいいことがないためだ。
この身長差と外見年齢のせいで色々揉めたのだが、関係ない話なので割愛するとしよう。
「なんでもないよ。
それを聞いた青年もまた、“物思いにふけるような傷を抱いている人間”でもある。だから、肩をすくめるだけに留めてくれた。
内心青年に感謝しながら、男は天を仰いだ。どこまでも広がる満天の
自分たちがいる場所はとても居心地がいい。『ここ』にいる人々は、“同胞”になりたての自分や青年に対して、とても親身に接してくれる。非情に助かるし、実際に何度も助けられてきた。
だが、このまま『ここ』に居続けるという選択肢を選ぶ気にはなれなかった。男は既に“世間からは『死亡した』という扱い”をされているけれど、帰るべき場所や大切な人たちがいる。
それに、止めなければならない相手がいるのだ。
世界に悪意をまき散らす存在と化した身内に、その身内によって傀儡にされてしまった親友。特に後者は、精神崩壊一歩手前と言っても過言ではない状態である。彼が愛した女性と連絡が取れれば彼を助ける勝機はあるのだが、世の中は上手くいかないようだ。
『ここ』の面々は、男が抱える事情を知っている。それだけでなく、男の願いに同調し、率先的に手助けをしてくれたのだ。感謝してもしきれない。『ここ』から出て行かないのは、協力してくれる面々の恩義に報いるためでもあった。閑話休題。
「しかし、アンタも律儀だな」
「何が?」
「もう軍属じゃないのに、
「仕事柄というヤツだよ。キミが古巣のことを忘れられないのと一緒さ」
「違いない。……で、今回の奴には何と名付けたんだ?」
「『V』。“果て無き星の海を往く
青年は苦笑して肩を竦めた後、思いを馳せるように天を仰ぐ。
「しっかし、ここは怖いな。あらゆる機体のデータが揃ってる上に、材料まで自給自足だ。それらが揃えれば即座に作れる。……本拠地に返したはずの愛機が『ここ』の格納庫にあったのを見たときは、本当に度肝を抜かれたぞ」
青年は深々と息を吐いた。彼が回想している光景は、彼がここに着た直後のことだろう。
詳しいことは知らないが、そのときの驚きっぷりは『ここ』の面々の笑い話になっていた。
「ガンダニュウム合金なんて出てきたときは真顔で噴出したからな」
「ワシなんて卒倒寸前だったぞ。おまけに、欠陥品とはいえ、ゼロシステムやらEXAMシステムのデータも出てきたからのう」
男の会話に加わったのは、白髪で杖をついた老紳士である。彼もまた、世間から死亡認定を頂いた“お仲間”であった。
「教授の『おにーさん』って、凄い人だったんですね。勤めてる場所も凄いですけど」
「ワシ自身が一番驚いておるよ。そのデータから様々な機体やシステムを設計開発していたのだからな。しかも、複数のシステムを組み合わせて運用する案も出ていたらしい」
老紳士は天を仰いだ。
『おにーさん』曰く、
『計画の中には、GNドライブとゼロシステムの両方を搭載する予定もあったみたいですよ。中にはAGEデバイスも組み込もうかって話も出てたんですが、色々無茶苦茶なことになったのと、非人道的な状態になりそうだったんでおじゃんになりました』
……らしい。
ゼロシステムは未来を予測するシステムだ。それを踏まえて、計測された未来から『必勝』の手を導き出すという使い方ができる。ただし、このシステム、使用者に凄まじい負荷がかかる。パイロットによっては奇行に走ったり、同士討ちをしたり、自爆しようとするからタチが悪い。
おまけに、ゼロシステムが見せるのは『必勝』の手だけではない。『敗北』の未来を指し示すことだってあるのだ。パイロットにとって都合のいい未来を見せるものではなく、不都合な未来が示されてもうろたえてはいけないのである。うろたえれば即座に精神をやられるためだ。
中には、『システムを使用した当人がうろたえていなくても、第三者から見て「使用者の精神状態がヤバイ」と評される』こともある。他には、システム使用後に、システムを使っていないにもかかわらず、幻聴や幻覚に襲われるという後遺症を発症した者もいるらしい。
AGEデバイスは、機体に蓄積された戦闘データから有効な武装を作り出すというシステムだ。近接武器から遠距離武器まで、幅広い武装を生み出せる。ゼロシステムと組み合わせれば、『未来予知で集められたデータを基にして武装を量産する』というトンデモ性能を有する機体ができてしまうのだ。
本来ならデータ蓄積のために戦闘経験を積まねばならないのだが、ゼロシステムによる未来予知がその戦闘経験にかかる時間を丸々カットしてしまう。経験のためにかかる時間がなくなってしまうということは、際限なく新しい武器を生み出せるということだ。ただの兵器生産工場である。
「GNドライブのトランザムシステムに、AGEシステムとゼロシステム搭載機か……」
「そんな組み合わせの機体がなくてよかった……」
「技術者のロマンとは言えるが、想像すると寒気しかせんよ」
男の言葉に、青年と老紳士は遠い目をした。その気持ちはよくわかる。
あまりこの話をしていると、精神が擦り切れてしまいそうだ。
無限拳とか、ドルイドシステムとか、A.T.フィールドとか、ナノマシンとか、考えるだけで気が遠くなるものは沢山ある。
「ところで教授。どうしてここに?」
「おお、そうだ。キミに用があったんだ」
そう言って、老紳士は端末を指し示す。
「先日、例の機体に搭載したシステムのテストを行っただろう? そのときのデータを元にして、改良を施したのでな。その報告と、近々またテストを行うという連絡をしに来たんじゃ」
「了解です」
男は了承の返事を返した。端末を取り出し、そのデータを受け取る。示されたのは、ユニオン最強のMS――フラッグの面影を色濃く宿した、新しい機体だった。
元々は男が乗っていたMSだが、大破したため、それを修理改修する形で生まれた機体である。“ここ”で作り出された特殊なドライブを2つも搭載した豪華仕様であった。
出力2倍、暴走度合2倍のハイリスク・ハイリターンである。搭乗者の慣れとOSおよび期待改良が必須であり、そういう意味でも、男は“ここ”の世話になるしかない。
まあ、世話になっている分、色々協力はしているが。
潜入工作とか、厨房とか、テストパイロットとか。
「そちらのキミも、同じ連絡が入ったぞ」
「マジかよ。あの能力、使ってると気持ち悪くなるんだよな……」
青年は深々とため息をついた。
「色々聞こえすぎるんだよ。聞きたくないことまで聞こえるっつーか……」
「その辺の調整も兼ねてのテストだから、頑張ってね」
のほほんとした声に振り返れば、ペールグリーンの髪を腰まで伸ばした女性がいた。彼女の言葉を聞いた青年はがっくりと肩を落とす。
そう考えると、無自覚に制御している自分はマシなのかもしれない、と、男は思った。他人にアドバイスすることができないのはネックであるが。
和やかな空気が漂う。元々自分がいた場所も、『ここ』と同じくらい優しくて、明るくて、大切で、愛おしい場所だった。
男は端末に視線を向けた。
フラッグの系譜を継いだ新しい機体。
男にとって大切な場所へと『還る』ための力。
(……還るよ。必ず、あの場所に)
脳裏に浮かんだのは、大切な部下たちの後ろ姿。そして、孤軍奮闘し続ける親友の後ろ姿だった。
【参考及び参照】
『ポケットモンスター ハートゴールド』より、『戦闘! ホウオウ!』
『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット 碧の仮面』より、『戦闘! オーガポン!』、『決戦! スグリ!』
『ポケモンWCS2014世界大会決勝戦』より、『パチリスさん』
『G1レース別競馬名実況集(Horse Life)』より、『1997年菊花賞(1着マチカネフクキタル)』、『1998年菊花賞(1着セイウンスカイ)』、『1993年桜花賞 1着 ベガ』、『1993オークス 1着 ベガ』、『2000年エリザベス女王杯 1着 ファレノプシス』
『カンテレ競馬』より、『2013年天皇賞秋 1着 ジャスタウェイ』
『Google翻訳』より、『Dimension』(次元、寸法)、『Driver』(運転者、御者、馭者)
これにて、1st編は完結です。ご愛読ありがとうございました。
2nd編に続きます。気長にお待ちください。