ブタ野郎に親友を作っただけのお話   作:ノラン

1 / 35



一話目は、オリ主二人の出会いから。






中学生編
空野天と神崎颯


 

 

 

 空野天との出会いは——多分、自分の一方的なものであったと、神崎颯は振り返る。

 

 

 でもそれが、かけがえのない存在との、出会いだったのだと。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 中学二年、五月。

 

 

  浮かれに浮かれ、遊びに遊んだ春休みが終わり、休みの気分が完全に抜け、気持ちを新たに学業に専念する者たちが増えてきた頃。

 

 未だ春休み気分の余韻に浸り、友人との遊びに熱を注いでいる者たちが、迫る中間試験の影にゆるやかな危機感を感じ始めた頃。

 

 浮かれることもなく、遊ぶこともなく、ただ平々凡々な休みを過ごした者たちが、学校生活という名の日常を感じつつある頃。

 

 

「アイツ……いつも一人じゃね?」

 

 

 その男——神崎(かんざき)(はやと)は、眠そうな声で呟いた。

 

 がたいの良い、筋肉質な男だ。全体的に無駄な脂肪が見られず、着用する白ワイシャツの上からでも、そのゴツさは見て取れる。

 見る者たちに結構な筋トレと運動をしているだろうなと第一印象を抱かせる、屈強そうな男。

 身長も中学二年にして170センチ近く、喧嘩を売ったら確実に返り討ちにされそうな見てくれ。

 

 中学二年でこれなのだから、これから先には更なる肉体の発達が期待できる。

 その体型のせいか、髪型が短髪なことも相まって某格闘ゲームの主人公の姿を彷彿とさせる男——男というよりも漢。

 

 神崎颯とは、そのような者だ。

 

 

「なぁ、お前らもそう思わねぇか?」

 

 

 昼下がり。

 

 午前中の授業が終わって昼休みを迎えた彼は、自分の下に勝手に集まってきた友人たちに声をかけながら、手に持ったツナマヨおにぎりを一口。

 腰掛けた椅子の上で器用にあぐらをかき、背もたれに腕を乗せながら咀嚼。声を聞いた一部の友人が「ん?」と小首を傾げ、自分の視線を辿るのを横目にした。

 

 

「アイツだよ。ほら、あそこにいるヤツ」

 

 

 顎をしゃくり、颯はクラスの一点を指す。

 

 他クラスと自クラスの生徒が入り交じるクラス——自分らと同じく昼食中の話に花を咲かせる人たちを通り越した、颯の視線。その終点にいる、一人の生徒。

 

 クラスの窓際。一番後ろの一番端っこ。この時間帯ならば、晴れ模様の日差しが差し込んで眠気が倍増しそうな席にいる、一つの存在。

 

 颯の言う人が誰なのか分かった友人の一人が「あぁ、アイツな」と、友人の輪の中から声を発すると、

 

 

「なんか、近寄りづらい、って言うか。俺に近寄るな、みたいなオーラ出してるから、みんな触れないようにしてんだよ」

 

 

 「口には出してないけどな」と。

 

 ストレートティーで喉を潤す友人の言葉に「そうなのか」と、颯は咀嚼したツナマヨを飲み込む。それから、プリンを食べながら外を眺めるその人を眺め始める。

 

 細くてシュッとした、整った顔立ちの男だと思った。ツーブロックで七三で分けた髪型が似合っていて、奥二重で目つきが悪い。

 体格としては自分よりは小さいものの、160センチは越えているだろう。自分の周りに群がる連中と比べて割とがたいが良く、外見では分からないけど、あれは多分、鍛えている体だと適当に予想できる。

 

 捲った袖から見える二の腕も細くはなく、体型も標準よりもやや筋肉質寄り。制服姿ではイマイチ判断がつかないが、颯には彼がもやしではないことは感覚的に分かった。

 

 だからだろうか。ぱっと見だとヤンキーっぽく見えなくもない。

 

 

「顔、ちょっとカッコいいじゃん」

「最近のトレンドからはズレてるけどな」

「目つき鋭いね、あの子」

「昭和のヤンキー感ある」

「オールバック似合いそう」

 

「お前ら、ひでぇ言いようだな」

 

 

 言いたい放題の友人たちに苦笑。女子の感想と男子の感想を聞きながら、最後の一口のツナマヨを頬張り、ズボンで適当に手を拭く。

 

 しかし、今ので自分が抱いた彼の第一印象は、間違っていなかったと颯は密かに納得していた。

 カッコいいと思うが、最近のイケメンとは少し違う気もするし。目つきは鋭い上に、現代でやんちゃしてるヤンキーとは別格の気配を感じる。

 

 オールバックが似合う——これが一番ではないだろうか。七三で髪を分けているのも理由としてあるだろうが、あの男にはオールバックが一番な気がする。

 

 ただ、

 

 

「ああやってのほほーんとしてたら、ヤンキーっぽく見えねぇけどな」

 

 

 「確かに」と友人が小さく笑うのを感じながら、颯は彼のことを観察。

 

 窓の外を見る彼の目は、はっきり言ってどこを見ているのかさっぱり分からない。否、見ているのかすら曖昧で、心ここに在らずな様子。

 

 ぼーっとしている、と。そう表現するのが正しい。

 ほとんど食べ終えたプリンのカップを眼下にしながら、人差し指と親指で摘んだプラスチックの小さいスプーンをぷらーんぷらーん揺らしていた。

 

 なにをしているのか意味が分からない。

 

 

「友達とか、いねぇのかな」

 

 

 基本、自分が近寄らなくても向こうから勝手に友人が近寄ってくる颯。

 誰にでも気さくで優しく、友好的であり。少々大雑把で適当なところはあれども、老若男女から好かれるノリのいい、善良な心を灯し続ける少年。

 そんな男からすれば、今の彼の状況は苦でしかない。

 

 クラスのほとんどの人間が誰かと昼食を食べながら賑やかに談笑する——その中でたった一人、黙々と、静かに、昼食をとる。

 拷問か、それに似たなにかではないだろうかとさえ思える。

 

 

「あれじゃね? 学年上がったし、クラス替えで友達と別のクラスになっちゃったパターン」

 

「だが、(だち)の全員と違うクラスにはならねぇだろ」

 

「分かんないよ? うちの学校、学年ごとに五クラスあるから。友達が少なかったら普通にあるかも」

 

 

 「みんながみんな、颯みたいに誰とでも仲良くなれて、誰からも好かれるわけじゃないしさ」と。

 

 言葉を付け足すポニテ女子の友人に「そうなのか……?」と颯は目を細め、頭の上に小さな疑問符を浮かべる。

 

 確かに、その可能性は否定しきれない。謎にクラスが多いのがこの中学。言われたように友人の数が少なかったら、同じクラスになる確率も変わってくるか。

 

 しかし、「んー」と唇を固く結んで難しそうに低く唸る颯的には考えられないことだった。

 友人作りで困ったことなど、生まれてから一度もないし。作ろうと思わなくても、勝手に作られていくことが多い。

 

 なぜか、普通に接しているだけで周りに人が集まってくるのだ。

 明るく振る舞って、楽しい話をして、男女問わずわいわいしたい——そう思って接しているだけなのに、今のように、色々と集まってくる。

 

 まるで、自分が中心人物であるかのように。

 

 

「だが、流石に他クラスにはいるだろ。ここにはいなくても、他のクラスに行けばたくさん」

 

 

 そんな颯だから、彼の状況にはどうしても理解が追いつかない。理解しようとしても、あんな状況で平然としていられる精神力にいっそ感心してくる。

 

 しかし、言ったようにここにはいなくても他クラスに行けば友人の十人や二十人くらいいるはず。

 昼食の移動が制限されているわけでもないから、行こうと思えば行ける環境だ。

 

 となると、

 

 

「群れるのが嫌いなタイプか」

 

「かもね」

「うわー。群れてるのが弱いと思ってる人間か」

「一人の俺カッケー、って思ってそう」

 

「偏見が過ぎる」

 

「孤高の存在、ってこと?」

「中学二年で孤高の存在かぁ」

「俺は周りとは違う、って思ってそう」

 

「だから偏見が過ぎる」

 

 

 相変わらず言いたい放題の声と、楽しそうな表情に釣られてからから笑う颯。不意に彼は、本人にこのやりとりを聞かれたら嫌な思いをさせてしまうと懸念する。

 が、クラスのあちこちから上がる喧騒に掻き消されて、本人には聞こえないだろうと完結した。

 

 聞こえていたら、それはそれだ。謝るついでに話す機会を作って、彼とも友達になろう。

 そんな端っこにいないで自分たちとわいわいやろう——そう言って、この輪の中に入れてやろう。

 

 

「アイツ、寂しくねぇのかな」

 

「ああいうのが好きなタイプなんじゃないの?」

 

 

 ふと思った颯の疑問に、ボブ女子の声が重なった。

 颯と同じく着々と昼食を胃の中に取り込む彼女は、視線の先にいる男を見ながら、

 

 

「騒がしいのが苦手だったり、話についていけなかったり。自分のペースでやっていきたい、って人も中にはいるでしょうし」

 

「そうかぁ?」

 

「寂しかったら、知り合いの所にでも行くでしょ。行かないのは、別に今の状況をなんとも思ってない、ってことだとアタシは勝手に思ってるけど。まぁ、その友人すらいなかったら話は別だね」

 

 

 端的な意見に、尚も颯は喉を唸らせる。やっぱり彼の状況が理解できない。

 どうして一人でも寂しくないのか。どうして一人でも平気でいられるのか。どうして一人でも苦しくないのか。

 

 友人に囲まれて育った颯には、物珍しく思えてきた。中学二年という思春期真っ只中な今、色々と心の変化があって、あんな感じなのだろうかと勝手に思えばそれで話は済むが。

 

 なにか、そんな感じではない気がする。

 なにか、慣れてるような感じがする。

 

 

「てかアイツ、すごいな。全員が各々のグループ作って昼飯食ってんのに、違和感なさすぎだろ」

「確かにね。一人で食べてるのに違和感ないね」

「存在感が空気なんじゃないの?」

「もはや、クラスの置物」

「静止画と言っても過言じゃない」

 

「お前ら、ちょっとは相手を思いやれ」

 

 

 意図的にか、無意識にか。

 

 『俺に近寄ってくんじゃねぇオーラ』を纏っていて、見た目的にも怖そうに見えるから、あまり近寄りたくないと周囲の人間が共通に思う男。

 にも関わらず、あのようにぼーっとしているとそれらの雰囲気が上手く相殺され、結果として完全に存在感が空気と化している。

 

 お陰で、クラスにいる全員が誰かと固まっているのに、たった一人でいる状況に違和感がない。

 周りの人間も自分たちと同じ認識なのか、彼の存在に気づいていないように感じる。

 

 どこにいても目立つ颯とは、真反対だった。

 

 

「学校生活、楽しんでんのかな。アイツ」

 

 

 食べ終わった昼食のゴミをビニール袋にぶち込み、適当に結んでバックの中に放り込みながら、颯は机に頬杖をつく。

 喉が渇いたから、買ってきた午後の紅茶を喉に流し込んだ。

 

 あんな姿を見ていると、彼は学校生活を満喫しているのか聞いてみたくなってくる。

 自分以外の人とたくさん接することができる学校という場——どうせなら、友達と騒がしくした方が楽しいに決まっているはずだ。

 

 そのような意味合いでは、彼は颯が思う『楽しい』とはかけ離れた学校生活。反対、真反対だ。

 誰とも話してないし、いつの間にか机に乗る物を片付けて突っ伏しているし、本当につまらなさそう。

 

 どうせならアイツとも仲良くなりたい。そんなことを思う颯に「んでも」と友人は言葉を繋げて、

 

 

「部活してるときのアイツ見たことあるけど、普通に楽しそうに話してたよ」

「あー。仲良くなったら曝け出すタイプか」

「けど、群れたがらないからそれもない、と」

「一匹狼、ってやつ? 目つき狼みてぇに鋭いし。クラスに一人はいる奴的な?」

「あんな奴がクラスに一人いてたまるか。学校に一人にしろよ」

 

「お前ら、さっきっから容赦ないな」

 

 

 「え?」と同じ反応を返してくる友人たちに「そういうところだぞ」と適当に返し、颯は喉から上がってきたあくびを一つ。

 目を潤わせる涙を人差し指で拭い、「つか、昨日のアニメ見た!?」と、話題を変える声を聞き流しながら彼を見る。

 

 彼は、本格的に眠ったようだ。昼食を終えた直後に眠くなるのは分かる。自分も、この後の授業の半分は寝て過ごす予定だ。

 

 どこかに行くわけでもなく、誰かと話すわけでもない、あの男。自分が置かれた環境とは、対極に位置する環境に置かれた男。

 

 

 なんとなく、その男のことが気になる颯だった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 放課後。

 

 颯はバックを背負いながら、様々な方向から部活動による騒がしい声が薄く反響してくる校内を歩いていた。

 

 他クラスの友人に話しかけられたり、午後の授業を寝ていたことを担任に注意されたり、ガラの悪い後輩たちに「ちわーっす!」と言われたりと、色々ありながら、彼は歩く。

 

 踏み出す両の足に迷いはなく、体が進む方向は明確だ。窓の外に見える校庭で部活に勤しむ野球部を眺める彼の行き先に、狂いはない。

 

 

 ——聞いたところによると、あの男は男子バレー部に入っているらしい。

 

 

 あの男のことが気になって友人に聞き回った末、男子バレー部に入っている友人からそう聞いた。ついでに、今日の練習場所も。

 今日は、どうやら体育館でやるらしい。外で練習すると学校の外周を十周も走らされるから良かったと、聞いた友人が遠い目をしていたのを鮮明に記憶している。

 

 その際、少しあの男について聞いてみた。

 

 

『部活で、アイツはどんな感じだ?』

 

『めっちゃうるさいし、めっちゃ話す』

 

 

 とてつもなく、気になった颯である。

 

 予想した答えとは大きく外れた回答に、颯の関心メーターは限界まで引き上げられた。

 ただでさえ自分とは性質が違う男。これだけで気になる対象に入るのに、そう言われれば確かめずにはいられない。

 

 目的地は、体育館だ。

 

 

「あ、神崎先輩。またね」

 

「おう。またな」

 

 

 すれちがった後輩と一言交わし、上履きから靴に履き替え、校舎の出入り口をくぐる。温かい日差しの眩しさに目を細めた。

 

 校舎から体育館までは、時間にして約三十秒。走れば十秒で辿り着く距離にある。出入り口から顔を出せば、体育館は目と鼻の先。

 

 

「——ナイスレシーブ!」

 

 

 だから、体育館で部活をしている声がよく聞こえる。

 

 今のは、あの男の声だろうか。まともに話したことがない上に話しているところを聞いたこともないから判断ができない。

 否、これから実際に見るのだから判断する必要はない。見た情報だけを信じ、自分の中のあの男の人物像を形づくりにいく。

 

 

「——センター!」

「——フェイントぉ!」

「——前ぇぇ!」

「——ワンチ!」

 

 

 聞こえてくる、声と声の殴り合い。

 

 鼓膜を殴りつけるそれは、間違なく体育館にいる者どもの猛々しい声。

 時折、どすんという重い音も聞こえてくる。きゅっ、という床を強く蹴り上げる音もだ。

 

 確か、この中学の男子バレー部はそれなりに強かったはず。あまり興味がないから功績は知らないが、強かったというのは印象に残っている。

 

 それなら、練習もそれなりにハードなのだろう。そんなことを思いながら、颯は複数個ある体育館の出入り口の中の一つから顔を覗かせ、中を見た。

 

 見て——。

 

 

「——しっ!」

 

 

 一番に、あの男の姿が目に飛び込む。

 

 自分が探していた人物は、今しがた飛んできたボールに跳びついているところだった。

 床とボールの間に己の両腕を差し込み、叩きつけられるはずの弾丸をコートの中心に拾い上げる。

 ボールの軌道を目で追いつつ胸から床に滑り込み、手をついて前に進む慣性を殺し、すぐさま立ち上がる。淀みない動作。

 

 おそらく、試合形式で練習しているのだろう。彼の次に見えた光景は、ネットを挟んだ六人と六人が目まぐるしく動き回る戦場だ。

 

 放物線を高く描くボールは、コートの中心にいる男の真上へ。

 

 

「レフトぉ!」

 

 

 ネット(ぎわ)

 

 その中央にいる男に、手を上げながら叫ぶ男がいる。

 ネットから距離をとり、相手コートを鋭く睨む、目当ての男がバレー部にいると教えてくれた友人であった。

 確か、自分はウィングスパイカーとかいうポジションだと話してくれた気がする。

 

 

「任せた!」

「任された!」

 

 

 呼び声に応える二回目に触った人——おそらくセッターと思われる男が、叫んだ友人にボールを上げた。

 ふわりと浮かび、柔らかい曲線を描くボールは、切り込むように助走し、両腕を翼のように広げて跳躍した友人の手前に落ち、

 

 

「だぁ!」

 

 

 直後。

 

 どすんという鈍い音と同時、迎え撃つ二人の壁を、豪快にぶち抜いた。俺の前に立つな、そう言い聞かせるような吹き飛ばしっぷりだ。

 力一杯に振り切る腕が放つボールは、至近距離で放たれれば反応することは難しく。そのまま相手コートに鋭い軌跡を残しながら叩きつけられ——、

 

 

「っしゃぁ!」

 

 

 弾丸を放った友人にも劣らぬ気合いの乗った声が短く立ち、床に落ちるはずだったボールが高く上げられる。

 ボールの軌道、その直線上に構えていた一人が真正面で受け止めていた。

 初めから、打たれるコースが分かっていたような位置どりだ。

 

 思わず「おぉ」と感嘆の声を漏らす颯。次の瞬間、彼は更なる感嘆の声を漏らすことになる。

 

 

「センター!」

 

 

 ボールが上がった瞬間、中央から真っ直ぐネットに突っ込む身長の高い男がいた。

 左右の打つ人は助走距離を確保し、自分にボールが上がるのを待っているというのに。あのプレイヤーは我先にと一直線だ。

 

 それが何を意味するか、颯には分からない。

 今から何が起こるのか、バレーをほとんど見たことがないバレーにわか、否、にわかにすらなれない颯には分からない。

 

 が、

 

 

「——速攻ッ!」

 

 

 あの男が、短く声を荒げた。

 

 物静かそうで、昼休みには一言も発さず、ただ眠りについていた男が。

 異様な存在感を放ちながら、数瞬後の未来予知を声にして轟かせ、味方に指示を飛ばし、

 

 

「らぁーーッ!」

 

 

 ボールが短く上がった瞬間、中央から飛び込んだ男がボールを相手コートに叩きつける。

 先程のお返し——そう言わんばかりに「速攻ッ!」の声に反応して跳びついた一人の壁によって大きく軌道を変えられながらも、豪快に打ち抜いた。

 

 捻じ曲げられた動線の終点は、誰の手も届かないコートの角。跳びついた一人の壁によって速度が緩和されたことを考慮しても、あのボールを上げるのは難しいだろう。

 

 やられたらやり返す。今、行われているのは男と男の殴り合いだと颯に錯覚させる光景は、その一撃で終止符となり——、

 

 

「んっ!」

 

 

 終止符を拒む、者がいた。

 

 ボールが落ちる寸前。真横に弾かれるように跳びつくあの男が片腕の面を突き出し、床とボールの間に割り込む。無理な体勢、無理な着地ながらに辛うじて上げていた。

 先に攻撃を上げたプレイヤーのような、思考を伴った動きではない。今のは、本能的に飛びついたような感じが、外から見る颯にはする。

 

 故に、絶対に決まると思った颯が「マジかよ!?」と驚き、コート内から「ナイスガッツ!」と賞賛の声が上がり、

 

 

「カバーーぁ!」

 

 

 その声を覆い隠すほどの声量で、あの男が吠えた。

 

 渾身の一本だと。そうであると全員に知らしめる声が体育館中に響き渡り、颯の鼓膜を強く震わせている。

 それ以上に、心が震えていた。想像もできなかったガッツのある姿に、眠そうで気怠るそうだった男の熱の入った姿に、無意識に口角が釣り上がる。

 

 強引に上げたボールは完璧とは言えない。寧ろ、完璧とは程遠い返球だ。

 面が天井ではなくネットを見ていたことで、ほぼ真横に跳ね返るボールはネットに受け止められ、このままならば一秒もなく重力に従って床に落ちる。

 

 

「繋げ繋げ!」

「カバー!」

 

「チャンスボール!」

「下がれぇ!」

 

 

 双方のコートから声が、一度に入り乱れる。

 

 ネット際で構えていた一人が落下したボールを咄嗟に拾い上げ、カバーに入るもう一人が後方から相手コートに高く返す。

 返される球が緩いものだと悟った相手コートの全員が体勢を整え、完璧な一本目から瞬時に攻撃体勢を作り出す。

 ドタバタな返球を見せたこちら側も、その頃には完全に防御体勢を整えていた。

 

 恐らく、ボールを高く返したのは体勢を整える暇を作るためだろう。この慌ただしい状況で、よくそんな行動が選択できる余裕があるものだ。

 

 

「レフトぉ!」

「ライトぉ!」

「センターー!」

「バックぅ!」

 

 

 血気盛んに吠える攻撃者たちが、セッターに「俺に寄越せ」と叫び散らす。

 俺が、俺が打つのだ。俺が最後の一撃を決めるのだ、と。攻撃の主導権を握るセッターに自己の存在を主張し、ボールを打ち出す腕には感情という名の力が宿っている。

 

 対する防御側。

 来る会心の一撃に集中するこちらは、攻撃を直接防ぐ壁が三人。

 自分が注目する男を含めた残りの三人は、壁が突破されたときのために後方で構えている。

 どこにボールが上がるか。誰が跳ぶか。一度に展開される視界内の情報を瞬時に処理せんと目を見開いていた。

 

 もちろん、あの男もその中の一人。

 鋭く呼気を放つ男は、口が半開きになるほどに意識を研ぎ澄まし、飛び込む情報の中から必要なもののみ拾い上げ、放たれる豪撃を意地でも拾わんとしている。

 

 

「……すげぇ」

 

 

 クラスで見た、物静かな雰囲気とはまるで違う。別人かと疑ってしまうほど猛っている姿に、颯はまたしても無意識に感嘆を漏らす。

 

 昼休み、教室で見かけた姿。一体、誰があの姿から今の彼を想像できようか。

 気怠さの色は消え、代わりに真っ赤に燃え盛る赤色の感情が瞳に灯っている姿は、颯が『超』がつくほど好きな人間の姿。

 

 なんだか、体がうずうずしてくる。

 

 

「ーー!」

 

 

 一瞬の読み合い。

 

 右か、左か、真ん中か。あるいは後ろか。様々な選択肢を与えられたセッターが選んだのは左。

 綺麗な姿勢から上げられたボールが、斜めの軌道を描きながら宙を切り裂く。その先にいるのは、十分な助走を跳躍の力に変えた攻撃者だ。

 

 

「レフトーー!」

 

「ブロック二枚!」

 

 

 声が颯に届いたとき、既に事は済んでいた。

 

 声が上がるよりも早く反応した二人の壁が、強烈な一撃を叩き込む人間の下へ吸い込まれるように跳びつく。

 遅い。左——レフト側から跳躍した攻撃者は、既に腕を振りかぶっている。壁が追いつくよりも先、つまり壁の真上から、重い音を鳴り響かせながら全力の一撃が叩き込まれた。

 

 壁の防御を振り切った、完璧な一撃。速さで追尾をぶっちぎった、会心の一撃。

 その一撃は、最後の砦とも言える後方の三人——誰よりも早く反応したあの男、両腕の面を構え、受け止める姿勢を完成させた男との真っ向勝負を挑み。

 

 そして、

 

 

「ちぃーーッ!」

 

 

 ボールが、後方に流れる。

 

 どんと壁に強く当たる音がして、受け止めたあの男が表情を苛立ちに歪め、尻餅をつきながら怒気を孕む声をこぼした。

 

 

「ナイスキー!」

「今のラリーはすごかったねぇ」

「長かったなぁ!」

「やっとまともなのが決まった」

「多分、まぐれ」

「おい」

 

 

 直後から聞こえてくるのは、相手コート内での賞賛の声。壁を抜け、最後の砦を吹っ飛ばした攻撃者とチームメイトがハイタッチ。

 全員が等しく笑みを浮かべながら手の平を合わせ、喜びを分かち合っている。

 

 攻撃者との真っ向勝負を挑んだ結果だ。

 

 あの男がボールの威力を受け止めきれずに弾かれ、後ろに流れたボールが壁に当たり、長かったらしいラリーにようやく終止符が打たれたらしい。

 

 今のラリーに魅入っていた颯。知らない間に詰まっていた息を弱く吐く彼は、この胸を熱くさせる感情のまま、あの男に声をかけようと腹筋に力を入れ、

 

 

「な——」

 

「取れなかったぁぁ! クソがぁぁ!」

 

 

 発した声が、その声に掻き消された。

 

 声の主は、驚いて喉に声を詰まらせた颯の視線の先——拳を床に叩きつけたあの男が、歯を食いしばりながら双眸をキッと尖らせている。

 相当悔しかったのだろう。「ナイスガッツだったぞ」と差し伸べられた手を取っているときも、犬の唸り声を思わせる勢いで低く唸り、八つ当たりした拳を握りしめていた。

 

 そうかと思えば、舌打ちした彼は寄ってきたチームメイトに軽く頭を下げて、

 

 

「いや、ごめん! マジでごめん! 今の、絶対に取れたやつだった! 正面に入りきれてなかった! ちょっとズレた!」

 

「いやいや。そんなことねぇって。今のはブロックの上からだったから。上げるの難しかったと思う」

 

「そーゆーのを、俺は上げないといけないの! リベロだから! 今のは取らないといけないボールなの! リベロだから!」

 

「分かった分かった。分かったから落ち着け。長いラリーで熱がこもってんのは分かったから」

 

「リベロだからぁ!」

「分かったって」

 

 

 顔を顰めながら乱心する彼が「天、切り替えろよー!」と、顧問と思われる先生から声を受けているのを見ながら、颯は友人との会話を思い出す。

 

 

『部活で、アイツはどんな感じだ?』

 

『めっちゃうるさいし、めっちゃ話す』

 

 

 なんとなく、友人の言っていたことが分かったような気がした。確かにあれはうるさいし、めっちゃ話している。

 長いラリーを終わらせたのが自分のミス、という事実もあるだろう。悔しいという思いが外から眺める颯にもひしひしと伝わってきた。

 

 けれど、それは彼がバレーに対して熱心に取り組んでいることの証拠で。自分が担うリベロとかいうやつにプライドを持っている証拠だ。

 彼はきっと、一つ一つのプレーにプライドを乗せているのだろう。自分にも、その感情が重なる部分があるからよく分かる。

 

 だから、その熱量が。彼がバレーに注ぐ熱量が、直向きさが、颯にとっては凄まじく好ましい。

 あんなにアツい男だったなんて、知らなかった。

 

 もっと早くに知れていたら、今の自分がふつふつと湧き上がる後悔と、大噴火する好奇心に胸を踊らせることもなかったろうに。

 

 

「次は絶対に拾う。もう落とさない」

 

「じゃあ、落としたら今度遊ぶときにアイス奢って」

「俺にも」

「じゃあ俺にも」

 

「スポーツを通して金銭的な要求をするのは良くないと思います」

 

 

 ガン見する颯に気づく様子のない彼の冷静な返しに、奢りを要求した面々が「ちぇー」と残念そうな顔色を浮かべる。

 声色からして、本心から奢ってもらうつもりがないことは分かる颯だ。

 今のは多分、親しい間柄でのみ許される軽口のようなものなのだろう。

 

 羨ましい。自分も、あの男と親しくなりたい。元から興味があったが、今ので興味度は限界突破した。

 

 だから、

 

 

「お前、すげぇな! クラスで見た感じとぜんっぜん(ちげ)ぇじゃねぇか! 違いすぎてビビったぞ!」

 

 

 行動に出た。

 考えるよりも行動、それが颯のモットー。

 

 バレー部に彼の存在があることを教えた颯の友人が「あ、来たんだ」と苦笑。

 突然の来客に呆然とする人たちの空気が体育館の空気と化し。

 颯だと理解した顧問が「おい、颯。練習中だぞ」と呆れた様子で近寄り。

 どかどか近づいてくる颯に「え?」と困惑する彼がポカンとした顔つき。

 

 これら全ての反応は同時。全員が、颯の自己中な行為に何かしらの反応を見せている。

 が、具に自分に向けられるそれらを颯は無視。目の前の男しか見えていない颯は、おもちゃを見つけたような楽しげな表情だ。

 

 彼の目の前に立つ颯は、困惑したままの彼に歯を見せて笑い、

 

 

「昼休みによ、(だち)と一緒にお前の話をしてたんだよ。みんな誰かと飯食ってんのにお前だけ一人でいる、ってな。んで、俺からすりゃそれは違和感の塊でよ。ちょっとお前に興味が湧いて——」

 

「あの……」

 

 

 勝手に割り込んで、勝手に理由を語る。

 

 相手からすれば困惑するのが当然な颯の言葉が、彼の声によって強制的に止められる。

 呆気にとられた顔に困惑が色濃く浮かび上がる彼に、「なんだ?」と颯が返せば、彼は「えと……」言葉を選ぶ沈黙を数秒だけ作り、

 

 

「君は誰ですか?」

 

「俺か? 俺は神崎颯ってんだ!」

 

 

 「知ってるよ」と。顧問とバレー部に所属する複数の友人からの野次が突き刺さる。

 が、その程度で今の颯は止まらない。

 

 手を差し出し、「お前は?」と完全に自分のペースに彼を巻き込むと、彼は——空野(そらの)(てん)は、近づいてくる手と颯の顔を交互に見ながら、

 

 

「空野……天です。とりあえず、体育館だから靴は脱いだ方がいいと思いますよ?」

 

 

 

 これが、後に『大』つくほどの親友関係となる、神崎颯と空野天のファーストコンタクトであった。

 

 

 






現在公開中のおでかけシスターを見る→高校の頃にハマっていた青ブタに再びハマり出す→地上波で放送されたゆめみる少女を見る→原作が読みたくなってラノベを全て買う→面白ぇ!→二次創作書いてみたい!

と、こんな感じで始めた二次創作。今更書いたところで、読んでくださる方がいるかは分かりませんが、書きたくて書いたものなので、のんびり進めていこうと思います。

オリ主二人と梓川咲太との絡みは、次回にでも。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。