ブタ野郎に親友を作っただけのお話   作:ノラン

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ブタバカ野郎どもと爽やかイケメン野郎

 

 

 

「天が寂しそうだったから、一緒に昼飯を食いにきてやったぞ」

 

「それ、どっちかってーと咲太の方じゃなくて?」

 

「クラスでぼっちなのはどこの誰かな」

 

「学校でぼっちなのはどこの誰だと思う?」

 

「望んでなったわけじゃない」

 

「俺もだよ」

 

 

 昼休みを迎えた峰ヶ原高校の一室、1年3組に天と咲太の呑気な声が立つ。

 ほとんどの教室が自クラスや他クラスの生徒で賑わい、くだらない話がそこかしこで上がる中。この教室の端っこでも親友同士の軽口の交わし合いが行われていた。

 

 四時間目を終えた咲太が、颯のいる1年1組から天のいる1年3組に移動してきた形。

 苗字が『そ』から始まるからか、奇跡的に窓際の一番後ろという神席(角席)を確保した天の席を、なぜか咲太が占領している。

 トイレから帰ってきた時には、既に座られていた天である。我が物顔で椅子を占領しては、先ほどの会話が一発目から交わされたのだ。

 

 尤も、咲太に席を占領されることなど今に始まったことではない。

 特に気にしない天は、咲太が机の上に弁当を広げるのを横目に「よっと」と声をこぼし、開いた窓枠にひょいと腰掛けた。

 

 途端、咲太の苦笑いが飛んでくる。

 

 

「落ちたら死ぬぞ」

 

「大丈夫だよ。落ちないから」

 

「見てるコッチが気が気じゃないんだが」

 

 

 自分が座る椅子のすぐ真横で行われる命綱無しの絶叫アトラクションに、咲太は呆れたようなため息を一つ。

 

 窓から地面までの距離が短いならまだしも、ここは高校の三階。地面までの距離はおよそ十メートル程度だから、体勢を後ろに倒して、落下したら余裕で死ぬ。

 そんなスリリングなことを日頃から平然と行う天はきっと、頭のネジが外れているのだろう。

 

 スリルを味わって「こぇー」と楽しんでいるならまだしも、彼の場合はそれすら感じていない。椅子に座る感覚で三階の窓枠に腰掛けている。

 実際、彼は咲太と同じように弁当を膝に置いて昼食を取り始めた。器用なバランス感覚で姿勢を保ち、背筋を伸ばしてもぐもぐ中。

 

 

「………はぁ」

 

「どしたの? 疲れてるの?」

 

「お前のせいだよ」

 

 

 落ちたら死ぬ場所で。命綱もなしに。左手は箸を握り、右手は弁当箱を握り、どこにも掴まっていない体勢で。

 見ている咲太がため息を溢したくなるのは、必然だと言える。

 

 それに、視線を向けているのは咲太だけではないことを彼は感じている。

 窓際の一番後ろなことで教室の全体を一瞥できるここでは、周囲からの目がよく見えるのだ。

 

 

「ただでさえ僕と天が一緒にいると視線が集まるのに、これ以上集めてどうするつもりだ」

 

「人気者は辛いね」

 

「棒読みで、脳死で会話すんな」

 

 

 天がなにも考えず脊髄反射だけで会話していることが発覚したのを横に、咲太は視線で教室内をぐるりと一瞥。

 ハンバーグを咀嚼しながら、この一室にいる自分らが確実に浮いていることを確認した。自分らの周りにだけ、変に人がいない。

 

 視線が、あっちこっちから向けられている。ガン見されているのではなくチラ見——ほとんどの人間が自分らのことをチラチラ見ている。

 咲太が視線を飛ばした途端、すっと視線を逸らした。けれど、また見てくる。全ての視線が刺すようなもので、嫌悪感が伝わってきた。

 

 白い目だ。

 

 

「……誰が漏らしたんだろうねぇ」

 

 

 天も気づいていたのか、態度を変えると、主に咲太に向けられているその視線に対抗するような勢いで眼光を尖らせる。

 声の緩やかさとは裏腹に、明確な敵意を孕んだもの。『数』の視線を『個』の視線で押し返した。

 

 見慣れた咲太でも「こわっ」と言いそうになる、狼のような眼光。

 この教室で天がぼっちになった原因が露出すると、彼は「はぁ」と吐息し、

 

 

「咲太の、病院送り事件の噂」

 

「ま、中学の誰かだろうな」

 

「んなこと分かってる。中学の誰が流したんだろうね、ってこと」

 

 

 数の視線を跳ね返したところで、天は床から離れた両足をぶらぶら。

 彼にしては珍しい苛立ち気味なそれを見ると、自分のために怒ってくれているのだと思えて、咲太はちょっとだけ嬉しかったり。

 

 ——高校生活が始まって早一ヶ月弱。峰ヶ原高校には、梓川咲太のよくない噂が蔓延していた。

 

 事の発端は、誰が書いたかも分からないネットの掲示板。

 そこに中学時代、咲太が起こしたと思われている暴力事件で同級生を三人病院送りにした——通称『病院送り事件』のことが書かれていたのだ。

 

 恐らく、同じ中学の同級生だろう。

 「中学は横浜」だの、「その事件のせいで進学先の横浜の高校ではなく、二次募集で峰ヶ原高校を受験し、わざわざ引っ越してきた」だの、散々な書かれよう。

 

 一応天も見たが、はっきり言って悪意しかない。他にもめちゃくちゃ書かれていて、虫唾が走る。正しい正しくないはともかく、個人の情報がここまで晒されるものなのかと。

 そのおかげで、ネットの中の『梓川咲太』が範馬勇次郎並みの化け物になっている。もはや原型を留めてなさすぎて、いっそ笑ってやる方がいいのではと思うほど。

 

 ありがちなネットの構図。有る事無い事書かれて、捏造されにされた結果だ。本当に馬鹿馬鹿しい。

 

 

「そういうわけもあって、咲太は無事にぼっちになったと。中学と同じく学校という輪から爪弾きにされて、周りから白い目を向けられて株が大暴落」

 

「その僕と一緒にいる天も、現在進行形で株が地の底に落ちてるけど?」

 

「大丈夫。中学の三年間、咲太と颯と一緒にいるときと、バレー部で活動してるとき以外は、基本的にぼっちだったから。一人が好きになっちゃったから」

 

「周りから避けられても大丈夫ってことか」

 

「俺の場合、避けられるじゃなくて近寄られない、だけどね」

 

 

 からから笑う天。軽口程度に自虐ネタを言える精神状態を見ると、コイツは本当に大丈夫なんだなと咲太は思った。

 

 目つきが悪く、雰囲気が尖るせいで周囲の人間から近寄られないオーラを無意識に放つ天。彼は、この教室でも見事にクラスメイトの輪に溶け込めなかったらしい。

 例によって今回も、何もしていないのにぼっちだ。中学から数えて四年連続ぼっちとなると、流石に慣れている感が窺える。

 

 別に、天の人間性に問題があるわけじゃないと咲太は思う。

 見た目に反して礼儀正しいし、細かな気遣いもできる、普通に優しい人だ。他人と話ができないほどコミュ障でもない。

 実際、入学初日は隣の人と話していたのを咲太は見ている。

 

 けれど、それを見た目がひっくり返すと。

 天の良いところを知ったら誰でも普通に友人になれると咲太は思うのだが、そこに辿り着くまでの壁が分厚すぎるのだ。

 

 

「まぁ、別に慣れっこだからいいけどさ。クラスメイトと一言も話せないわけじゃないし。この前、なんか知らないけどペアワークの時に、空野君って意外と普通なんだね、って女子に驚かれたし」

 

「お前、クラスの連中から普通じゃないって思われてるのかよ。……いや、そうだな。天は色々と普通じゃない。頭のネジが五本くらい外れてる」

 

「窓に座る俺を見ながら言われると、なんか腹立つ。これくらい普通でしょ?」

 

「それを普通だと思ってることが普通じゃない」

 

 

 真顔のマジトーンで言う咲太が首を横に振り、天が「えぇ……」と困惑の声を溢す。

 

 そんな感じで、周囲の人間から腫れ物コンビとして扱われつつある天と咲太。

 学校社会から見てぼっちな二人は、今日も二人仲良く昼食を取る。

 

 

「そういえば、颯は?」

 

 

 思い出した風な言い方の天。机に置いた水筒を手に取り、茶で喉を潤す彼に、咲太は「ああ、アイツか」と3組の黒板を見た。

 否、黒板ではなく、黒板のずっと先——1組にいるであろう颯を見た。

 

 

「颯なら今頃、1組のイケイケグループの頭として盛り上がってるだろうさ」

 

「あー。いつものね」

 

 

 ポテトサラダを口に運び、咀嚼し始めた咲太に天は何度も小さく頷く。

 特に驚くこともなく、「やっぱりか」と言いたげな様子から察するに、なんとなく自分の返答を予想していたのだろうと咲太は思う。

 

 パリピでウェェイな陽キャである颯は、どうやら今回もクラスの中心人物として名を馳せているらしい。

 コミュ力お化けで、大人数で遊ぶことが大好きで、誰に対しても気さくで、友好的に話しかける彼は基本的に誰からも好印象を抱かれることが多く。

 中学の三年間、どのクラスにおいても中心人物であったことを二人は聞いている。聞いていなくても、彼の人となりを知れば察せられる。

 

 あのクラスでも、それが存分に効果を発揮したのだろう。

 人柄と雰囲気の良さからか、勝手に人が寄ってくる彼は、スクールカースト一軍の先頭に立ったと。

 これで無意識なのだからすごい。彼は、普通に過ごしているだけで中心人物になってしまうのだ。

 

 

「じゃ、咲太はなんでここに? アイツのことだから、お前をその輪の中に入れようとしたんじゃないの? お前の噂のこともあるし、咲太はそんな人じゃない、とか言ってさ」

 

「僕が、颯みたいな奴がわんさかいるイケイケグループに混ざれると思うか? どっちかって言うと、僕の性格は天寄りなんだぞ」

 

「つまり、逃げてきたと」

 

「そんな感じ。噂に関しては特に気にしてないしな」

 

 

 四等分した最後のハンバーグを口の中に放り込み、咲太は鼻から深々と息を吐く。

 疲労感をたっぷり含んだそれを見ると、大変な思いをしたんだろうなと思った天が、「お疲れ様」と言って肩を叩いた。

 

 颯がどうであれ、咲太がそれでいいと思っているなら、天は何も言わない。

 

 

「でも、言ってもいいんだよ? その噂は間違ってるよー、って。今すぐここで叫んでも」

 

「どうせやるなら校庭に行ってやってこい。どっかの主張みたく学校の屋上から校庭に向かって叫ぶみたいに………待て待て。冗談。ほんとにやろうとするな」

 

 

 一足先に昼食を食べ終わった天がさっと弁当箱をバッグの中に片付け、膝が自由になると窓から足を下ろし。

 無言でその場から立ち去ろうとしたところで、適当に語る咲太が服の裾を掴んで天を全力で止めた。

 

 流石の天も本気でやる気はない。「冗談だよ」と冗談には冗談で対抗する姿勢を見せ、再び窓枠に腰掛ける。

 にしては、態度と表情が本気(マジ)だったような気がするが。

 

 

「ほら。噂って空気みたいなものだろ? 誰もが自然と読まなきゃいけないようなものになってる空気。読まないと僕たちみたいに爪弾きにされる空気」

 

「空気は読むものじゃなくて吸うものだよ」

 

「そういう意味じゃない」

 

 

 天然なのかボケなのか、多分ボケだろう。

 どちらなのか曖昧な返し方をしてきた天をその一言で突っぱねると、窓枠に腰掛けたことに触れない咲太は「だからさ」と前置き、

 

 

「熱心に本当のことを言ったところで無意味だろ。なにを言ったところで、なにあいつ、って思われるだけだろうし。そんな空気となんて戦うだけ無駄だと僕は諦めた」

 

「戦ってみないと分からない。って、颯なら言いそうだね」

 

「言うだろうな。颯だし」

 

「そうだね。颯だし」

 

 

 少し遅れて弁当を食べ終わった咲太が弁当箱を袋の中に片付けながら笑うと、頷く天もまた笑う。

 その笑みの理由は、颯がそう言って奮闘する絵面が容易に想像できるからだ。

 

 咲太からそう言われなければ彼は今頃、クラス全員にそのことを語っているはず。否、もしかすると学校全体に叫んでいるかもしれない。それこそ、全員の視線が集まる校庭で。

 だって、彼は友達想いの良い奴だから。実際、中学三年の夏休み明け、退院して学校に来れるようになった咲太が同じ現象に悩まされたときに、彼は色々と頑張っていた。

 

 尤も、

 

 

「颯がどう頑張っても、あんまり効果は期待できないと思うけど」

 

「去年がそれを証明してる」

 

「知ってる」

 

 

 あの颯も、空気の前では無力だった。中学全体に波紋した咲太の最悪な噂は、彼の影響力を以ってしてもどうにもならなかったのだ。

 学校全体はもちろん、クラスの中ですら、絡まった誤解の糸を解くことは困難であった。

 

 なら、もう気にするだけ無駄だと咲太は悟った。頑張るだけ徒労を重ねるだけで、下手に挑むと集中砲火を浴びかねない。

 それは彼に限った話ではない。彼を守ろうとする天と颯にも言えることだ。事実として、天は咲太とセットにされて『腫れ物コンビ』と言われつつある。

 

 咲太と一緒にいる——ただそれだけで変なレッテルが次々と貼られていく。この学校での『梓川咲太』とは、言わば疫病神のようなもの。

 一年の一学期が始まった時点でこれとは、噂とは本当に怖いものだと身を以て知った天だった。

 

 

「だから颯には、何もしなくていい、って言っておいた。下手に触ると大爆発するから、そっとしておけって」

 

「それが妥当な判断だと思うよ。俺は既に溶け込めなくなってるから別にいいけど、アイツは違うし」

 

「本人は納得してなかったけどな」

 

 

 机に広げた弁当を片付けると、眠そうにあくびをした咲太は机に突っ伏す。

 釣られた天が「だよね」と言いながら、口に手を添えながらあくびをした。

 

 納得するわけがない。理不尽な理由で咲太が周囲の人間から避けられて、彼が黙ってられるわけがないだろう。

 彼はそういう男だから。友達から助けを求められたら、迷わず助けにいくようなバカな男だから。

 

 それでも、被害者本人からそう言われたら流石の颯も黙ったらしい。本当なら聞こえるはずの、颯の奮闘は聞こえてこない。

 前回みたく、彼が学校中を走り回って噂を解消しようとすることはなかった。

 

 

「そういえばさ。僕のクラスに変なやつがいて」

 

「変な奴?」

 

 

 噂に関してはもういいだろう。話題を変えようとした咲太が眠そうな目で言うと、天が小首を傾げた。

 天を見るために顔を横に向ける咲太は「そう」と、片頬を机にぴたっとくっつけながら、

 

 

「そいつ、四六時中、白衣着てるんだよ」

 

「学校の先生とかじゃなくて?」

 

「その下に制服は着てたぞ」

 

「なにそれ。変な人」

 

「天に、変な人、って言われるとか最悪だな」

 

「おい。どーゆーことだよ」

 

 

 コツンと咲太の肩を小突いた天が苦笑し、その笑みを見上げる咲太が人を小馬鹿にする笑みを薄く浮かべて「ふっ」と笑声を漏らす。

 

 相変わらず、その二人には教室内にいる生徒からの視線が刺さっていた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「んー。やっぱり納得ならんな」

 

 

 時同じくして、1年1組。

 

 天と咲太改め腫れ物コンビが3組で白衣女子について話している中、腕を組みながら難しい表情をしている男が、この教室にはいた。

 もちろん、颯だ。知らない間に1組のカーストグループの頂点に立っていた彼は今、自分の椅子に座って悩ましげに喉を唸らせている。

 

 その周囲には今、誰もいない。

 数分前までは自分の席にぞろぞろ近寄ってきた六人のクラスメイトと昼食をとっていたのだが、その人たちは今、揃って購買に行っている。

 

 つまり今、颯は一人ということ。

 

 

「どうにかして、咲太の噂を払拭してやりてぇな」

 

 

 一人になった彼は、そのことばかり考えてしまっていた。

 誰が掲示板に書いたのか、発信元の不明な性格の悪い書き込みが、先ほどからずっと脳裏を過ぎる。

 

 書き始めたやつをぶっ飛ばしてやりたい気分だった。あんな悪質な書き込み、咲太の立場を悪い方向に追い込もうとしてやったことに決まっているから。

 そのせいで咲太は『病院送り事件』の加害者として学校全体から避けられ、高校が始まってから僅か一ヶ月弱にして異質な存在として認知されてしまっている。

 

 一体、どうしたらあんな噂を簡単に信じられるのか、心底意味が分からない。

 咲太の雰囲気を外から見ればそれができないことなど一目瞭然なのに。本当は咲太が病院に送られただけなのに。

 

 確証もないネットの噂を面白がってネタにし、その波紋は一人から学校全体に広がり、噂だったものはいつしか真実となり、それが一つの『空気』となって浸透していく。信じられていく。

 

 その過程が、颯には我慢ならない。

 

 

「アイツがなにしたってんだよ。ふざけんじゃねぇ」

 

 

 「ちっ」と舌打ちし、颯は奥歯を噛み締める。決して声に出すことのできない感情が、胸の中でふつふつと燃え上がっている感覚がした。

 敢えて言葉にするなら、苛立ち。自分は今、咲太を取り巻く環境にイラついている。

 

 もちろん、颯はそれをなんとかしようと動いた。中学の二の舞にはなってたまるかと、自分を中心として勝手に広がっているグループに、咲太を入れ込もうとした。

 そいつらに事情を説明して、分かってもらおうとした。

 のだが、

 

 

「僕は天と食べるから、颯はそいつらと食べろよ。あと……なにもするな」

 

 

 と、逃げられた。ついでに、やろうとしたことを察せられた彼に強めに口止めされて。

 

 自分はいいからそっちを優先しろ——そんな風に言われた気がした。

 新しい友人を作ろうとしているのに自分は邪魔だからと、己の境遇を理解している彼に気遣われた感じだった。

 

 尚のこと、イラつく颯だ。

 

 

「気ぃまで遣わせて……それでも親友かよ」

 

 

 なにもできない、自分自身に。

 なにもしてあげられない、自分自身に。

 

 咲太本人から真実を言うなと口止めされているから言わないが。

 それだと颯の中に苛立ちが積もりまくり、そのうち憤慨となって爆発しそうな気しかしない。

 

 咲太はそれでいいかもしれない。彼なりに割り切っているから。けれど、彼がよくても颯がダメなのだ。

 これから始まる高校の三年間、咲太がずっと『病院送り事件』の噂に振り回され続ける——そう思うだけで腸が煮え返る。

 

 なにか、良い方法はないだろうか。

 

 

「なぁ、ちょっといい?」

 

 

 高校開始早々、心を悩ませる出来事に四苦八苦。心の代わりに頭を「うがー!」と掻きむしってしまいたい——そんなとき、不意に声がかけられた。

 

 声が流れてきたのは背中から。なんだと思って振り返ると、見えたのはこちらに近寄ってくる一人の男子生徒。

 

 優男で爽やかイケメン。その男子生徒に対しての第一印象はそれだった。

 全体的に顔の作りがシャープで、目や鼻といったパーツが整った顔立ちの良い男。普通に男性アイドルとして芸能界で活動してそうなレベル。

 体つきはしっかりしており、中学から部活をしてきたのだと一目見ただけで分かる。

 

 天とは違ったベクトルのイケメン。天は、優男で爽やかイケメンというより優男でコワモテだ。

 モテているかどうかは知らないが。モテてもおかしくないと颯は思う。

 

 モテたところで彼には心に決めた人がいるから、意味なんてないが。

 

 

「なんだ?」

 

 

 天がモテるか否かはさておき、机の正面に来たイケメンに颯は小首を傾げる。

 悩ましげな表情を内側に引っ込めた彼は、万人受けする笑みを浮かべた。

 

 その笑みを受けながら、イケメンは机に手を置きながらしゃがみ込む。

 そして、颯と目線の高さを合わせると、

 

 

「俺は国見(くにみ) 佑真(ゆうま)。同じクラスの一年」

 

「俺は神崎颯。よろしくな」

 

「おう」

 

 

 フレンドリーな男同士が打ち解けるのは一瞬。佑真が差し出した手を颯が取ると、二人の間で握手が交わされる。

 陽キャ同士はこれだけで友人判定だ。友人の定義など知ったことかと言わんばかりの笑みを両者が交換し合い、初めの挨拶は終わった。

 

 この瞬間、お互いが「こいつ、ちゃんと鍛えてる」という感想を手の感触から思う。

 

 

「んで? 俺に用でもあんのか?」

 

 

 感想は心の中に留めておく二人が手を離し、颯が誰も座っていない咲太の席をポンと叩く。

 意図を察した佑真は「それなんだけどさ」と前置きながら、咲太の席にどかっと腰掛け、

 

 

「颯がいつも一緒にいる……梓川の噂、あれってまじ?」

 

「なわけねぇだろ。佑真には咲太が、同級生を病院送りにできそうな奴に見えるのか?」

 

 

 ナチュラルに下の名前で呼び合う陽キャな距離の詰め方を互いにしながら、颯は佑真の疑問を鼻で笑い飛ばす。

 噂を信じる人間からすればおかしな行為かもしれない。けれど颯や天の二人——噂の真実を知っている人間からすれば、これが普通なのだ。

 

 だから、目の前の男には変なものを見る目をされるのだろう。本当にイラつく。

 そう思う颯は僅かに目を細めると、言葉を受け止めるための余裕を心に作り、

 

 

「見えないから聞きにきたんだよ。梓川とよく一緒にいる颯なら、なんか分かるんじゃないかと思ってな」

 

 

 作った余裕が、無用なものであったと知った。

 

 からっと笑う佑真が放った予想外な発言に、思わず「は?」と素っ頓狂な声を溢してしまう颯。唖然とする彼は「は?」の口のまま数秒だけ固まる。

 

 その数秒が過ぎれば、彼は動いた。

 

 

「佑真、ちょっと来い!」

 

「え? どこに?」

 

「今から咲太んとこにいくぞ! 今のやつ、アイツの前で言ってやってくれ!」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「だから俺は年下派で………咲太、颯が来た」

 

「お?」

 

 

 未だ決着がつかない『年上派VS年下派』の戦いを狭い空間で繰り広げていたとき、それは起きた。

 

 窓枠に腰掛けていた天が、不意に3組の黒板側の出入り口から颯が入ってくるのを見た。

 彼の声に反応した咲太がむくっと起き上がると、咲太も同じものを見た。

 

 なにやら興奮した様子で、爽やかイケメン——佑真を連れてきた颯を。

 

 

「誰だ?」

 

「知らん」

 

 

 眠そうな目をした二人が佑真に対する情報を交換し合う中、颯は二人に近づく。

 人と机の間を縫うように進み、天と咲太がいる窓際の一番後ろへと一直線。

 腫れ物コンビに近づくがたいの良い男と佑真に視線が集まるが、気にしていない様子だ。

 

 そのまま佑真を連れた颯は、二人の前に来ると、

 

 

「咲太。お前のあの噂を信じないやつがいた」

 

「は?」

 

 

 なんの文脈もなしに放たれた衝撃的な言葉に、咲太が唖然とした声を漏らす。

 奇しくも先程の颯と全く同じリアクションを見せると、咲太は彼の横に並ぶ佑真を怪訝そうな目で見た。

 天も「マジで?」と呟き、驚く反応を大っぴらに見せている。

 

 威力のある発言に、明らかな反応を見せる二人。心構えの一つもできていない彼らに佑真が「おう」と頷くと、

 

 

「噂について聞いたときに颯から言われたんだよ。そんなわけねぇ、って」

 

「……お前は颯の言葉を信じるのか?」

 

 

 にわかには信じられない。そんな様子で咲太は問いかける。隣の天も、期待と疑念が目の奥に渦巻いていた。

 

 中学、高校と同じ現状を経験した咲太からすると、はっきり言って信じられない。

 だって誰もが真実か不確かな噂を信じ、咲太に真実を聞く前に離れていくのだから。

 

 それが普通だと思っていたし、仕方ないことだと諦めていた。

 

 

「だって、違うんだろ?」

 

「そうだけどさ」

 

「なら、顔も名前も知らない奴が言い出した噂より、目の前にいる梓川の話を信じるよ」

 

 

 だからこそ、咲太は目の前で歯を見せて爽やかスマイルを浮かべる男に心底驚いている。

 天と颯——自分の事情を全て知っていないのに噂を信じず、こうして確認しに来たことに。

 

 

「すげー。この人マジで言ってる。希少種だ!」

 

「奇行種だ! のイントネーションで言うな」

 

「黒の煙弾を撃たないと。早急に駆逐する」

 

「やめてやれ。つかお前、降りろ。死に急ぎ野郎って呼ぶぞ」

 

 

 天と颯がくだらないやりとりを繰り広げるのを横目に、「はぁ」とため息。

 そして、咲太は心から表情に浮かんできた笑みを佑真に見せると、

 

 

「お前って最悪だな」

 

「は? この流れでどうしてそうなるんだよ」

 

「性格までイケメンとか、もはや、全男子の敵だ」

 

「なんだそりゃ」

 

 

 清々しい笑みを見せ返し、言葉と一緒に笑いを声にする佑真。そんな彼に、咲太は再び「はぁ」とため息。一緒に笑みが溢れた。

 どこか嬉しそうな様子の咲太を見ると、くだらないやり取りをしていた親友二人は「ふっ」と笑い、

 

 

「咲太にも、俺ら以外の友達ができたな」

 

「んね。良かったね」

 

「お前も佑真と友達になるんだよ」

 

 

 自分は違うと言いたそうな天の背を平手で叩き、強引に窓から降ろす颯。

 思ったよりも痛かったのか「普通に痛いんだけど」と、衝撃部に手を添える天は颯を睨んでいる。

 

 軽くではあっても鋭い眼光で見据えられるとビビりそうになる颯は、その視線を誤魔化すように「それじゃあよ」と指をパチンと鳴らし、

 

 

「初めに、自己紹介でもしておこうぜ。名前は知っておいた方がいいだろ」

 

「そうだな」

 

 

 その返事をしたのは佑真だ。

 颯と同じ雰囲気を纏う彼は天とも友人になるつもりでいるのか、颯の提案に特に違和感を抱く様子はない。

 

 咲太が佑真を「最悪だな」と言った理由が、なんとなく分かった気がした天。

 別に友人になりたくないわけじゃない彼は、「分かったよ」と頷くと、

 

 

「俺は空野天。よろしくね」

 

「僕は梓川咲太。よろしくな」

 

 

 握手をする挙動を見せぬまま、付いてきた咲太と一緒に友達の第一歩目を踏み出し、

 

 

「俺は国見佑真。よろしく」

 

 

 一歩目を踏み出す姿勢を快く受け取った佑真が、友人関係の開始として二人の肩に手を置く。

 

 

 こうして、ブタ野郎一人とバカ野郎二人から構成された親友三人組に、爽やかイケメン野郎一人が加わったのだった。

 

 

 

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